ゲスト
(ka0000)
【郷祭】想いよ届け【CF】
マスター:樹シロカ

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/12/06 22:00
- 完成日
- 2018/12/19 01:50
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●郷祭のある日
今年の郷祭もいよいよ佳境。
ジェオルジには内外問わず多くの人が集まり、たくさんの課題を話し合い、沢山の思い出を作って来た。
(今年も盛況のまま、無事に終われそうだ。よかった……)
若き領主セスト・ジェオルジ(kz0034)がほっと息をつく。
慌ただしい中、お茶を楽しむのもなんだか久しぶりに思えるほどだ。
そこにノックの音が響き、姉のルイーザが銀のトレイを持って居間に入ってきた。
「あらセストもやっと休憩? お疲れ様だったわね」
「姉上もお疲れ様です」
セストは主に村長会議の関連で忙しかったが、ルイーザは来客のもてなしに奮闘していたはずだ。
領外からも多くの見物客や商人が押し寄せるようになった。
もともと自由奔放なルイーザも、ぼんやりしてはいられない。
何度かハンターの助けを借りたこともあったが、今では来客の対応もかなり堂々としたものである。
「でもなんだか今年は、いつもの郷祭とはちょっと違う感じだったわね」
「ええ。今後は精霊様との関係を良好に保つことも、目的になっていくでしょう」
そこでふと、セストはルイーザが運んできたトレイに目を止めた。
「パネトーネですか。もうそんな時期なんですね」
「今年は郷祭が少し遅かったしね。もう少し置いておいてもいいけど、ちょっとずつ食べるのも楽しいわよ」
ルイーザが切り分けたひときれをすすめる。
セストはじっと無言で菓子を見つめた。
「……何よ。あたしが作ったものは危険だっていうの」
ルイーザの声にはとげがある。かつてお菓子作りで何度も失敗していたことを気にしているようだ。
「あ、いえ。そうではなく。姉上でも上手に作れるんだなと思って」
「どーゆー意味かしら???」
セストは言葉に使い方がまずかったことに気が付いたが、ここでうまく言い逃れができるタイプではない。
「……すみません。本当にそういう意味ではなくて。僕でも作れるものかと思いまして」
「そうね、あたしが作れるぐらいだから……って、ほんとに失礼ね!?」
セストは姉をどうにかなだめ、事情を説明するのだった。
●まつりのかたち
色々な問題を話し合う会議を終え、各村の代表たちはそれぞれが持ち込んだ特産品を楽しんでいた。
サルヴァトーレ・ロッソの移民団が移り住んだバチャーレ村の代表であるサイモン・小川(kz0211)も、顔なじみになった何人かとテーブルを囲む。
「それにしても精霊様を祀るというのは、どういう形がいいんでしょうね」
サイモンはどちらかといえば現実的なものを重視するタイプだ。
だが歌や踊りで神々や祖霊を祀ることを、無意味だと考えるわけでもない。
それだけに、今後精霊との付き合いを「どうすれば正しいのか」を知りたいと思っていた。
「領主様のほうで記録がないなら、自分たちで作るしかないだろうな。ほどほどのを」
同じくリアリストの近くの村の村長が、そう言って杯をあおる。
「ほどほどですか?」
「ああ。最初に張り切って派手にやりすぎると、後が続かん。精霊との関係をよくするための祭なんだから、継続しなけりゃ意味がないだろう?」
「なるほど、おっしゃる通りですね」
幸い、村の近くの精霊とはある程度会話も成り立つ。
「とりあえず、精霊様の力が戻る春に次回をと考えています。ご協力をお願いできますか」
「わかった。農作業の少ない時期なら、こっちも助かる」
サイモンは杯を掲げる村長に、自分の盃をあわせる。
少しずつ、バチャーレ村は「ジェオルジの中の村」となりつつあった。
●
精霊はまどろむ。
ヒトの子達の賑やかな声が微かに届く中、山の草木や生き物は近づく冬に備えている。
大地が暫しの眠りにつく時期が近づいていた。
今年の郷祭もいよいよ佳境。
ジェオルジには内外問わず多くの人が集まり、たくさんの課題を話し合い、沢山の思い出を作って来た。
(今年も盛況のまま、無事に終われそうだ。よかった……)
若き領主セスト・ジェオルジ(kz0034)がほっと息をつく。
慌ただしい中、お茶を楽しむのもなんだか久しぶりに思えるほどだ。
そこにノックの音が響き、姉のルイーザが銀のトレイを持って居間に入ってきた。
「あらセストもやっと休憩? お疲れ様だったわね」
「姉上もお疲れ様です」
セストは主に村長会議の関連で忙しかったが、ルイーザは来客のもてなしに奮闘していたはずだ。
領外からも多くの見物客や商人が押し寄せるようになった。
もともと自由奔放なルイーザも、ぼんやりしてはいられない。
何度かハンターの助けを借りたこともあったが、今では来客の対応もかなり堂々としたものである。
「でもなんだか今年は、いつもの郷祭とはちょっと違う感じだったわね」
「ええ。今後は精霊様との関係を良好に保つことも、目的になっていくでしょう」
そこでふと、セストはルイーザが運んできたトレイに目を止めた。
「パネトーネですか。もうそんな時期なんですね」
「今年は郷祭が少し遅かったしね。もう少し置いておいてもいいけど、ちょっとずつ食べるのも楽しいわよ」
ルイーザが切り分けたひときれをすすめる。
セストはじっと無言で菓子を見つめた。
「……何よ。あたしが作ったものは危険だっていうの」
ルイーザの声にはとげがある。かつてお菓子作りで何度も失敗していたことを気にしているようだ。
「あ、いえ。そうではなく。姉上でも上手に作れるんだなと思って」
「どーゆー意味かしら???」
セストは言葉に使い方がまずかったことに気が付いたが、ここでうまく言い逃れができるタイプではない。
「……すみません。本当にそういう意味ではなくて。僕でも作れるものかと思いまして」
「そうね、あたしが作れるぐらいだから……って、ほんとに失礼ね!?」
セストは姉をどうにかなだめ、事情を説明するのだった。
●まつりのかたち
色々な問題を話し合う会議を終え、各村の代表たちはそれぞれが持ち込んだ特産品を楽しんでいた。
サルヴァトーレ・ロッソの移民団が移り住んだバチャーレ村の代表であるサイモン・小川(kz0211)も、顔なじみになった何人かとテーブルを囲む。
「それにしても精霊様を祀るというのは、どういう形がいいんでしょうね」
サイモンはどちらかといえば現実的なものを重視するタイプだ。
だが歌や踊りで神々や祖霊を祀ることを、無意味だと考えるわけでもない。
それだけに、今後精霊との付き合いを「どうすれば正しいのか」を知りたいと思っていた。
「領主様のほうで記録がないなら、自分たちで作るしかないだろうな。ほどほどのを」
同じくリアリストの近くの村の村長が、そう言って杯をあおる。
「ほどほどですか?」
「ああ。最初に張り切って派手にやりすぎると、後が続かん。精霊との関係をよくするための祭なんだから、継続しなけりゃ意味がないだろう?」
「なるほど、おっしゃる通りですね」
幸い、村の近くの精霊とはある程度会話も成り立つ。
「とりあえず、精霊様の力が戻る春に次回をと考えています。ご協力をお願いできますか」
「わかった。農作業の少ない時期なら、こっちも助かる」
サイモンは杯を掲げる村長に、自分の盃をあわせる。
少しずつ、バチャーレ村は「ジェオルジの中の村」となりつつあった。
●
精霊はまどろむ。
ヒトの子達の賑やかな声が微かに届く中、山の草木や生き物は近づく冬に備えている。
大地が暫しの眠りにつく時期が近づいていた。
リプレイ本文
●
郷祭も終盤、各村の代表も今は和やかに集う。
集会に招かれていたハンター達は、サイモンを見つけた。
話し込んでいた相手は、メディオ村のグイド村長だ。
「また会ったな、こっちで話すといい」
ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)は席を譲ろうと立ち上がりかけたグイド村長の肩をおさえ、場に留まるように促した。
「ほどほどか。いいことを言うな」
「聞こえていたか」
グイドが苦笑する。
「すみません、お話し中みたいでしたから」
天王寺茜(ka4080)は礼儀正しく断り、テーブルにつく。その後ろからパトリシア=K=ポラリス(ka5996)がひょっこり顔を出した。
「サイモン、お友達できたのネ?」
「はは……色々と教わっています」
互いを認めなければ「教わる」ことも難しいだろう。
パトリシアはバチャーレ村の根っこが、しっかりこの土地に根付きつつあることを感じて嬉しくなる。
ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)も満面の笑みで杯を上げた。
「なんや、各村総出で楽しくなってきたな!」
すぐにところで、と話を切り出す。
「そっちの村に、祭で音楽とか踊りとかないんかな?」
「古いものだがな」
メディオ村の祭は、早春に山の神に目覚めてもらうよう、焚火を囲んで手拍子で古い歌を歌う、という素朴なものらしい。
「春のオマツリ、いいと思うのヨ」
パトリシアが身を乗り出した。
「ほら、マニュスさまは、伝統や礼儀が結構好きでしょ? ダカラ、お祭りハお供え物や儀式があるといいよネ♪」
早春の祭りなら、準備は冬の間にできる。農閑期でもあり、時間も人手もある程度使えるだろう。
「例えばだケド、お酒を造ってみたり……織物したり、ハどカナ?」
「織物……羊毛や生糸ですか」
サイモンの呟きに、グイド村長が頷いた。
「羊や蚕が要るな。俺の村では木綿を栽培しているが」
「今後の目標が増えましたよ」
ディーナ・フェルミ(ka5843)がうっとりとした表情で呟く。
「精霊さまのお供え……ごちそう……」
一応お行儀よく話し合いに参加していたが、宴会待ちでおなかはぺこぺこ。
はっと我に返ってひっそり口元を拭う。
「ここの精霊さまは、村のみんなと仲良しだったと思うの。何が好きかとか何が見たいかとか、直接精霊さまに聞いても良いと思うの」
宵待 サクラ(ka5561)が頷いて、サイモンに尋ねる。
「精霊様の好きなものを供える、じゃダメなのかな?」
「そうですね……マニュス様は好き嫌いより、こちらの気持ちを重視されるように思います」
サイモンの答えに、サクラが提案する。
「じゃあさ、精霊様を奉る会を作って、供えた物が生鮮食品なら翌日他は1週間後に下げ渡すとか、精霊講ぽい体裁を調えたらどうだろ」
「精霊講、ですか」
聞きなれない言葉に、サイモンが続きを促した。
「リアルブルーの山岳信仰には『講』ってのがあってね。山裾の村の町内会の強制参加に近いんだけど、有志で年ごとの持ち回りで社を掃除したり、参道を整備したり、十数年に1度社の建て替えを行ったりするんだ。状況似てる気がしないかな」
「なるほど、リアルブルーにもそのような村があったのですね」
サイモンは感心したように聞き入る。
(やはり騒がしすぎず、寂しくさせず、お祀りするのが良いのでしょうね)
天央 観智(ka0896)は山岳信仰という言葉に、静かで厳かなイメージを抱いた。
「やはり春と秋等……年に数回、マニュス・ウィリディスさんを訪ねる日を決めて、何人かの代表……が、ご挨拶に伺う……形というのは如何でしょうか?」
近隣の村の代表が時期を決めて参ることで、継続性とある程度の神秘性を持たせる方法だ。
「もちろん、日々、感謝の祈念は……精霊さんも歓迎されるでしょう……」
ルトガーがサイモンに顔を向ける。
「だがそうなると、代表以外の者が納得しないだろうな。上手い繋がり方でさばければいいんだが」
地域の神事として、一般人のお参りを断る、というのもひとつの手段だ。
だが折角多くの人が集まるのだから、上手くやれば近隣の村も賑わうだろう。
茜はその方向が望ましいと思う。
「う~ん……春なら、お花見とかどうでしょうか」
一同の視線が集まる。
「春先に咲く花木の苗を祠の近くに植えるんです。それで、お花見を兼ねた精霊祭なんてどうでしょう」
地精霊にとって、生命の息吹は好ましいもののはず。
苗を植えたり、種をまくことをお参りの手段としてもらえば、精霊に直接会えなくても「精霊のためになる行為」をしたことで満足感は得られるのではないか。
ラィルがパチンと指を鳴らす。
「花見はええと思うな。各村の音楽や踊りを奉納して、コンテストなんてのも面白いと思うで」
ラィルは、バチャーレと他の村が共同体としてもっと仲良くなるべきだと考えていた。
普段から交流していれば、先日のように難癖をつけられることもない。
「なんも歌や踊りでなくてもええんや。詩を朗読してもええし、手芸なんかで会場を華やかに飾ってもらったりな」
「花の木を植えて花見ですか。元々山にあるものなら、祠の周りから少しずつ道沿いに植えていくのもいいかもしれません」
「元からある木の苗を栽培するなら、近隣の村も協力できるだろう」
サイモンもグイド村長もこの案に乗り気のようだ。
パトリシアはポケットから貴石を取り出し、手のひらに乗せる。
「マニュスさまに会えない時、パティはネ。キラキラをマニュスさまに貰った御守りと思っテピカピカ綺麗にしテ、お祈りしてるのヨ♪」
バチャーレ村近くのキアーラ川では「贈った相手が幸せになる」というお守り石がみつかる。
地精霊の祠がある山がその鉱脈だ。
「ピカピカ、綺麗な精霊さま。今日も、この土地とパティ達の側に居てくれてありがとうございますっテ」
「お守りの販売はいい案だと思うぜ」
パトリシアの背後にトリプルJ(ka6653)が立っていた。
「遅ればせながら参上ってことで。売るのに制限があるなら、花見のほかに祠の清掃日なんてのも決めて、貴石をもらえるなんてのもいいんじゃないか?」
ルトガーが小さく笑う。
「賽銭箱、というのも考えたんだが。神官みたいなのがお祓いして、対価を受け取るという案もあるが……少し商売が過ぎるか?」
ディーナはパトリシアの守り石をじっと見つめた。
「例えばだけど、この貴石を使った装身具コンテストをして、優勝賞品を精霊に捧げるお祭りをするとか。人や物の移動があれば近隣の村込みで、この地域の経済が潤ったりしないかなって思うの」
「装身具コンテストってのは面白いんじゃねぇか? 細工物作るのはどの村でもできるだろ?」
トリプルJが促すと、サイモンも頷く。
「石そのものを加工するのは難しいのですが、さっきの手芸。そう、守り袋などはいいかもしれません」
「……しかしあれだな」
グイド村長がふと口元を緩め、サイモンの肩を叩く。
「お前さん、頼りなさそうに見えて、他人を乗せて使うのは上手いな」
「え?」
サイモンが手帳から顔を上げ、目を丸くして周囲を見回した。
●
その頃、ジェオルジ領主の館のキッチンでは。
「ほんっと助かるわあ! あ、うちの料理人の腕はもちろん最高だけど! やっぱりあの人数だしね?」
ルイーザが積み上げた材料をチェックしながら、ため息をつく。
今回の郷祭に協力してくれた人々を労う宴会は、領主一家にとっては仕上げの大仕事である。
料理の得意な助っ人は実にありがたかった。
星野 ハナ(ka5852)は袖をまくり上げ、山積みの卵と対峙した。
「こういうこと言うとぉ、もしかしたら差別的なのかなぁって思っちゃいますけどぉ」
独特のカワイイ系口調はのんびりしているが、卵を割る手つきは素早く、白身を泡立てる姿はパワフルだ。
「それでもやっぱりぃ、同郷のリアルブルーの人が楽しそうにしてるのを見るのはうれしいですぅ。ハンターやってて良かったなぁって思いますぅ」
「そうよねえ。ホントのこと言うと、セストが廃村まるごと移民村にするって言い出したときは、あたしもびっくりしたもの。でも今思えば、いい考えだったわ」
そこにキヅカ・リク(ka0038)とアティ(ka2729)が、大量の小麦粉を運び込んできた。
「これはここに置いていいのかな」
「ありがとう! 重い物を運ばせてごめんね」
「料理は任せてあるから。他に何か下拵えの必要な物とかあるかな」
キヅカはそう言いながら、キッチンを見渡す。
ルイーザは少し申し訳なさそうに、トマトの山を指さした。
「じゃあこのトマトでソースを作りたいの。全部刻んでもらっていい?」
「ふつうに刻めばいいのかしら。じゃああちらに場所をお借りするわね」
アティはトマトの籠をかかえて、キヅカを見た。一緒の作業なら、ますますはかどるというものだ。
ルイーザが小麦粉を計って分けたボウルをハナに示した。
「結構な量よね?」
「やっぱりぃ、クリスマスっぽい食事色々出したいじゃないですかぁ。なんちゃってシュトーレンやクグロフだと結構材料かぶらせられますしぃどうせ発酵時間が必要ですしぃ」
オーブンの数が充分なら、他にもジンジャークッキーやブッシュドノエルも並ぶ予定だ。
「ルイーザ様、バターの練り具合はこのぐらいでよろしいでしょうか」
生真面目に声をかけるのはフィロ(ka6966)だ。メイドタイプのオートマトンに、今回の仕事はまさにうってつけである。
キッチンで作業していると、失われたやさしい記憶が戻ってくるような気さえする。
「さすがね! 完璧だわ」
「恐れ入ります。ところでルイーザ様は食べたい物、あるいは食べさせたい物はおありですか? 主催者として外せない物があるなら、まずそちらからお手伝いしたいと思います」
「うーん、そうね。メインのお料理はもう準備してあるのよね。フィロさんの得意な物とか、おすすめのお料理とか、作ってもらえたら助かるわ」
「承知しました。微力を尽くします」
フィロはすぐに材料を見渡して作業に取り掛かる。
浅緋 零(ka4710)は暫くの間、フィロの手元を眺めていたが、何かを思いついたように口を開いた。
「あの……フィロは、何を作る、の……かな」
考え考え、言葉を紡ぐように尋ねると、フィロは手を止めないまま首を巡らせる。
「はい、クリスピータイプのピザを2種類焼きます。1つはチキンとガーリックとトマト、1つはシナモンとチョコレートをと考えております。クリスマスはピザやチキンが喜ばれるそうですので、少々追加させていただきました」
「うん、皆、きっと……喜ぶ、ね」
零はまた少し考え、パンを薄く切って色々な食材を乗せたブルスケッタと、コンソメスープ、ローストビーフを作ることにした。
雨を告げる鳥 ( ka6258 ) はいつもの通り、零の顔を真っすぐに見つめる。
大切な友人が安らいでくれることを願って誘ってみたが、働きながらその表情が和らぐのをみて安心する。
「私は教えてほしい。レイ。家庭料理の作り方を」
「レインは、お料理も……きちんと、出来そうだと、おもってた」
雨を告げる鳥はどこか律儀に首を振った。
「私はできる。旅中での料理。だが経験が足りない。家庭料理について。私は感心する。レイの手際の良さに」
「じゃあ、一緒に……たくさんあっても、すぐに、なくなる料理……」
零は微笑むと、友人にクリスマスを彩る料理について語った。
●
パネトーネ組は食堂の大きなテーブルを囲む。
セストは相変わらず会議のような顔で、ぺこりと頭を下げた。
「では皆様、宜しくお願いいたします。とりあえずパネトーネのレシピはここにあります」
レシピを見てすぐに作れたら苦労はない。
クリスマスのイベントに協力しようという姿勢は立派なものだが、作ったことがないからこその暴挙ともいえる。
マリィア・バルデス ( ka5848 ) はセストの緊張をほぐすように声をかけた。
「うちの部隊でもクリスマス時期に良く作ったのよね。シュトーレンもルッカセットも作ったけど。という訳で経験者よ、これでもね」
「助かります。僕は本来、食べる専門ですので」
「ふふ、でも頑張ろうと思ってるのね。楽しみだわ。ああそうそう、お供えに行くなら一緒に行きたいわ。良いかしら?」
「お供えできるものが完成すれば……お願いします」
セストが少し不安そうに付け足す。
「パネ?」
小首をかしげるミア(ka7035)は、そもそもパネトーネになじみがなかった。
「パネ……パ……パ……パネェパンニャスな!」
まあ間違ってはいないだろう。
サクラ・エルフリード(ka2598)も作ったことがないという。
「ん、名前は初めて聞きましたが、パンのようなお菓子、という事でしょうかね……」
だがサクラ自身、料理自体はある面を除けばそれなりに可能だ。お菓子なら問題なく作れそうと、レシピを覗き込む。
「作り方を覚えて帰りたい所ですし、しっかりとお手伝いさせて貰います……」
「ああ、良かったらレシピはお渡しします」
レイア・アローネ(ka4082)もセストのレシピを受け取る。
「……いや、特に作る相手などはいないのだが……最低限の自炊ぐらいしか経験がない。いい勉強になるだろう」
ひとつ何かを知れば、その分だけ世界は広がる。
それに、いつかこのお菓子で、誰かを喜ばせることができるかもしれない。
レイアの表情が少し柔らかくなった。
「ピアチェーレ、シニョーレ・セスト」
馴染んだ言葉をこの土地で使うことを愉しむように、レオーネ・ティラトーレ(ka7249)が声をかけた。
「パネトーネは専門じゃないが、毎年食べてたしな。味のチェックは間違いないと思うんだぜ」
明るい笑顔で冗談めかしてレシピを受け取った。
「よし、じゃあ始めるか。なあに、こういうのはできる奴が1人活躍するより、10人が試行錯誤して作った方がいいのさ」
マリィアが皆に声をかけながら、粉を計り、砂糖や塩、卵黄などをこね合わせ、バターを揉み込む。
(リアルブルーの人間が多く溶け込んだ土地で、聖輝節のお手伝い。そう考えるとリアルブルー人としてはとてもうれしくなるわね)
紅の大地は彼らを受け入れてくれた。ならば自分も何か手助けをしたいと思うのだ。
「美味しいパネェパン食べたいニャスし、頑張ってこねこねするニャスよー!」
鼻の頭に白い粉をつけて、ミアは一生懸命生地をこねた。
「いいぞ、美味いパネトーネのためにその調子で頑張れ」
進み具合を見ながら、レオーネはレーズン等のフルーツやクルミの前処理をして、すぐに混ぜられるように準備する。
「卵たっぷり、甘くするニャス♪ フルーツも胡桃もどさどさーニャス。リッチなパネェパンにするんニャス」
歌うようなミアの言葉に、皆の口の中はもう甘く幸せ。
トラウィス(ka7073)と深守・H・大樹(ka7084)も、材料に恐る恐る手を伸ばした。
「大ちゃん様、私にもお手伝いできるでしょうか」
戦闘に特化したオートマトンには、料理の機能はない……ような気がする。
だが今回は大樹の手伝いで頑張ろうと思うのだ。
「パネトーネ、は聞いたことないけど、分かる人に素直に聞いて、確認しながら頑張ろう。覚えて帰れるのが理想かな」
大樹はトラウィスも一緒に同じ作業をしてほしかった。
材料を無心にこねていると、思わぬ言葉が飛び出してくる。
「この前夢見が悪かったんだ」
「夢ですか」
「うん、不思議だよね」
オートマトンが夢を見ることがあるのか、その驚きはすぐにやってこなかった。
それは夢の内容が、あまりに悲しかったからだ。
「……僕、独りぼっちで死んじゃったんだよね」
夢ではなく、遠い記憶ではないかと胸が苦しくなるほどで。
「だからかな、今日はトラちゃんくんと一緒に遊べて嬉しくて楽しいんだよね。独りぼっちじゃないんだって」
トラウィスは真っ直ぐ目を上げ、大樹の目を見つめる。
「ご安心ください。そのような時があれば必ず行きます。駆けつけます。決して御一人にはさせません」
友は常に傍にいるもの。それを教えてくれた人を独りになどしないと。
「ふふ、トラちゃんくんありがとう。あ、手が止まっちゃってたね、頑張らなきゃ」
互いに相手を独りにはしない。
それを確かめるように、ふたりは作業に没頭していく。
こうしてパネトーネが焼き上がり、マリィアは仕上げに粉砂糖を雪のように振りかけた。
大きい物小さい物、ちょっと歪んだ物、真ん丸な物。
「……案外できるものですね」
「出来ないかもしれない、と思われていたのでしょうか」
サクラの尤もな指摘に、セストは素直に頷いた。
「売り物を作るというのは、正直無謀だと思っていました。皆様のご協力のお陰で、なんとかなりそうです」
ミアが嬉しそうに、ちょっと不格好なパネトーネを眺める。
(……見栄えもよくて、香りも味もいいのが一番なのかもしれないけど)
何かを作るとき、人は思いを込める。
大切な人が、大好きな人が、みんな笑顔で美味しいと言ってくれる幸せを想いながら。
「これからもたくさん作って上手になりたいニャスね♪ あとできれば、セストちゃんも笑顔で作るといいニャスよ♪」
「心がけましょう」
セストは出来栄えを見比べると、一番きれいに膨らんだ(彼自身が作ったものではないと思われる)パネトーネを選んだ。
「これは明日の朝、精霊様にお供えに行きます」
少し後で、こっそりとレオーネが声をかける。
「あー、そのなんだ。土産に持って帰ったりはできないか?」
セストが珍しく声を上げて笑った。
「僕としたことが、大事なことを忘れていました。少し置いても美味しいものですし、皆様どうぞお持ちください」
「嬉しいね。俺を待ってる可愛いプリンチペッサ達へのお土産にしたかったんだ」
遠い世界まで避難してきて、ようやく落ち着いてきたところだ。懐かしいお菓子を、妹達は喜んでくれるだろう。
そこへセストの姉のルイーザが飛び込んできた。
「セスト! お母様が着替えがまだだって、あなたを探してるわよ!」
「え、あれ? ああ皆様、本当にありがとうございました。少々失礼します、宴会場でまたお会いしましょう!」
ふたりが慌ただしく走り出ていくと、外はもう暗くなっていた。
●
集会場では、昼よりもっと賑やかな宴が始まった。
セストの短い挨拶も待ちきれないように、人々は飲み物片手にごちそうにかぶりつく。
フィロはセストの前で一礼すると、自分の希望を伝えた。
「私は給仕として参加させてただけないでしょうか」
セストはオートマトンと対面するのは初めてだったが、話には聞いている。
「皆様の慰労会も兼ねているので、ごゆっくりお過ごしいただこうかと思ったのですが」
フィロは静かに首を振った。
「此方の方が本職ですので、お手伝いさせていただく方が気が休まります」
「ではお好きなようにお過ごしください。助けていただけるのは、本当のところは助かります」
「ありがとうございます」
フィロは料理や飲み物を運び、汚れた食器を運び出す。
疲れを知らないように、くるくると働く姿は、どこか誇らしげであった。
ハナはお気に入りのドレスに着替えて、宴にやってきた。
「ほろ酔いぐらいの隙は作るべきだと思いますぅ」
などと独り言を言いつつ、料理のついでに仕込んでいたグリューワイン風のホットワインを自分で飲む。
「それ、ちょっといただいていいかしら?」
マリィアが声をかけた。
「もちろんですよぅ。飲みやすくて可愛いなんて、素敵だと思いませんかぁ」
「ほんと。色も綺麗だし美味しいわ」
マリィアは既に会場の主なお酒を制覇し、現在二周目だが全く酔っているようには見えない。しかもあてはなんでもこい。
ハナが作ったクッキーをつまみに、楽しそうだ。
「ジンジャークッキーか。クリスマスの菓子だと聞くが」
レイアが手に取ってしげしげと眺める。
「ツリーに飾ったりもするんですぅ」
「しっかり焼いてあるから、日持ちするのよ」
ハナとマリィアからレシピを教えてもらい、レイアはまたひとつ「出来ること」を増やす。
宵待 サクラもその場に加わった。
「普段ずっと聖導士学校に詰めてて他に行ったことがなかったからさ、リアルブルーの人が入植してて精霊様も居るって聞いたから、勉強させて貰いに来たんだ」
「ここの人たちはぁ、なんかいい感じにお互いが慣れてきちゃってますねぇ」
ハナの感想に、マリィアも頷く。
(今、ここには蒼も紅もないのよね。聖輝節の奇跡、という訳かしら?)
そこに、軽快な弦楽器の音が響いてくる。
「お、女子会。楽しそうやなあ。混じっても構わん?」
ラィルが借りたバイオリンを器用に鳴らしながら、人懐こい笑顔を浮かべた。
「ちょっと感想とか聞きたくてな。こういうのって精霊の祭っぽいと思う?」
サクラが真面目に耳を傾ける。
「宗教的な祭りなら荘厳な音楽もいいけど、精霊様なら山や大地を感じられる、素朴な音楽もいいんじゃないかな」
「やっぱりそう思うよな? あ、そのパネトーネ、もらってもええか?」
呼び止められたミアが、パネトーネを咥えながらびくっと振り向く。
「も、もちろんニャス! 頑張って作ったパネェパンをどうぞニャス♪」
「パネトーネもいただくの~」
すぐにディーナが籠に手を伸ばした。
まだこれから味は変化していくが、出来たてもまた美味しい。
「これを同盟のお店で売るニャスね! セストちゃん、本番も頑張ってほしいニャス」
「売れるかどうか占ってみるですぅ」
ハナが上機嫌でカードを繰る。その後、一同に暫しの静寂が訪れたようだが……。
「細かいことは気にしないのがぁ美容には一番でぇ」
「たぶんきっと、参加することに意義があるニャスよ!」
うやむやの内に、再び飲んだり食べたりが始まるのだった。
周囲の人々も同じよう賑やかだ。
中には既に酔っ払って、ちょっとした小競り合い等も起きている。
「乱暴する人はご飯あげないの~」
ディーナがディヴァインウィルの障壁で、互いの距離をとらせつつ、しっかりごちそうを確保。
断じてごちそうを独り占めするためではない。たぶん。
「丸焼きのチキンもピザも美味しいの~」
細い体のどこに入るのか、見ている方が幸せになるような笑顔で、どんどんごちそうを平らげていく。
トリプルJは、目を真ん丸にして会場を眺めている人物をようやく見つけた。
「よ、マリナ。お前もちゃんと食ってるか? このままじゃすぐになくなっちまうぞ」
「ああ……うん。なんかあんなに美味しそうに食べられると、つい見とれてしまって」
マリナはバチャーレ村の特産品を宴会場で提供していた。
「で、お祭りはどんな感じになりそう?」
「ああ、参拝ついでに花見ができるよう、苗を植える方向になりそうだ」
「素敵ね。マニュス様も喜ぶんじゃないかな」
トリプルJはマリナの顔を覗き込む。
「わかるのか?」
「なんとなく。思い込みかもしれないけど」
精霊が助けてくれた時の感覚が残っているのだという。
「だったら精霊に感謝を伝えてくれよ。来年もその先も、お前や村のみんなが笑って生活できりゃそれでいいんだ」
トリプルJは、子供にするようにマリナの頭をくしゃくしゃと撫でまわした。
トラウィスと大樹は、壁際の少し静かな席に落ち着いていた。
「トラちゃんくん、ここではみんなが笑顔だね」
さっき思い出した悲しい記憶とは正反対の温かさと明るさが満ちている。
「余りに騒ぎが大きくなるようでしたら、私も制圧に回りましょうか」
大真面目に会場を監視するトラウィスの言葉に、大樹は大丈夫だよ、とこたえた。
「トラちゃんくん、本当にありがとう」
「大ちゃん様と共にあることが私の喜びです」
この平穏がなるべく長く続くように。願えば叶うなら、何かに願いたかった。
シレークス(ka0752)はごった返す会場で、ようやく目指す相手を見つける。
「おぉ、サクラじゃねーですか。こいつ、わたくしの舎弟でやがります♪」
サクラ・エルフリードは満面の笑みを浮かべるシレークスをまじまじと見返した。
「シレークスさん、とうとう……あ、いえ、なんでもありません」
ついに若いツバメを。そう言いかけて、僅かに顔を赤らめ、言葉を切った。
シレークスはそんなことはお構いなしに、ぐいぐいと人混みをかき分けていく。
「せっかくなので酒をじゃねぇ、宴会をばっちり楽しむですよ」
ひとりまったり場を楽しんでいたサクラだが、拒否権はないようだ。
しかも苦笑いで持ち上げたグラスは、シレークスの手によって唇に着く前にさらわれてしまう。
「サクラ。おめーは飲むんじゃねーですよ?」
親友であり、いつもつるんでいるサクラのことはよく知っている。
真面目で頑張り屋のサクラの唯一と言っていい悪癖、酔うと大変な状況になることも……。
「解せません」
「黙ってこっちのジュースを飲みやがれなのです」
なんだかんだで、シレークスは世話焼きのようだ。
アティは慌てて会場に入り、キヅカの姿を探す。
「こっちだよ、アティ」
「ごめんなさい、少し迷ってしまって」
新しいドレスの裾を少しつまんで、はにかみながら微笑んだ。
「どう? 似合ってるかしら?」
「当然だよ。一緒に選んだんだから」
くすっと笑って、キヅカは付け加えた。
「アティは元々スタイルもいいし可愛いんだから、もっと自信持たないとね! そしたらちゃーんと立派な彼氏もGetだ!」
普段大人しめのアティに、もっと積極的になれと発破をかける。
「ありがとう。そうだわ、キヅカくんはお酒はどう?」
「アティと同じものでいいよ。柘榴のジュースなんてあるんだね」
ふたりで他愛のない会話を交わし、少し食べ物をつまむ。
(……なんだか新鮮な感じね。こういうのもデートっていうのかしら?)
アティは流れてきた音楽に耳を傾ける。
「服を選んでくれて、それと今日も付き合ってくれてありがとう」
「うん、偶にはゆっくり過ごすのもいいからね」
思い切ったようにアティが付け加える。
「あの、また付き合ってもらえるかしら?」
キヅカは自分の上着を脱いで、少し寒そうに見えるアティの肩にかけた。
「そうだね」
今年ももうすぐ終わる。それを生きて迎えられたことが、奇跡のようだ。
だから「また」という言葉に、来年もこうして生きて年の瀬を迎えられるかどうかという思いが忍び寄る。
「そうだといいなぁ」
揺れる蝋燭の灯に目を細め、キヅカは呟いた。
茜はトレイに乗せた飲み物やごちそうを、パトリシアの前に置いた。
「お疲れさま♪ 甘いモノ貰ってきたから食べない?」
「わ、お菓子もお料理もたくさん! コレ、セストのパネトーネ? 楽しみだヨネ」
隣にちょこんと座る子供たちにもおすそ分け。
「おいしいよおねえちゃん!」
「おいしいネ♪ ジュースはどうカナ? 甘い甘いオレンジのジュースなのヨ。オレンジはお花もキレイね」
パトリシアは花にあふれる未来の村を思い描いた。
「こっちのはクリームがたっぷりのブッシュドノエルよ。クリーム好き?」
「すきー!」
茜はバチャーレ村から母親に連れられてきた姉妹といっしょにケーキをほおばる。
その食べっぷりに、ルトガーは杯を掲げた。
「すっかり明るくなったな、ふたりとも」
「ふふ、うちの子は強いからね。って言いたいところだけど、あんたたちのお陰だね」
姉妹の母親であるアニタが、サービスだとばかりに追加の杯を置いた。
「ごめん、あんまり残ってないんだけど……良かったら食べて!」
マリナがあちこちから伸びてくる手から守り抜いたローストビーフの皿を、必死の形相で運んできた。
「つまみにちょうどいいな。マリナもここでちょっと休んでいくといい」
「そうさせてもらうわ。ほんと、みんな元気よね!」
観智は静かな笑みを浮かべ、賑やかなテーブルを見守る。
(こんなお祭りもまたいいものかもしれませんね。精霊様のご希望次第ではあるのでしょうが)
来年どころか、そのはるか先を見る者達だ。
苗が花を咲かせるまでには、何年もかかるだろう。
だが一歩を進みださなければ、目的地には決してたどり着けないのだ。
茜が自分を呼ぶ声に振り向いた。
雨を告げる鳥の、真っすぐで印象的な瞳が茜を見つめている。
「私はお願いする。レイとの写真を魔導カメラで撮って欲しいと」
「いいわよ、並んで並んで!」
隣に並んだ零は、カメラに向かってそっとピースサインをしてみせる。
雨を告げる鳥も手を上げ、真似してみた。
零ははにかんだような笑みを浮かべる。
「ピースは、幸せ……とか、楽しいの、サイン……なんだよ」
あなたと一緒にいると、楽しい、嬉しい。
軽く振る指が、言葉よりもはっきりとそう言っていた。
撮れた写真をふたりで覗き込んで確認すると、今日の思い出の場面が次々と表示されていく。
「宝物がまた一つ増えたな」
雨を告げる鳥が、零だけが気づく程度の微かな笑みを浮かべていた。
それもまた、零にとっての宝物だ。
「みんなでも。二人でも。来年も、一緒に、遊ぼう……ね」
「私は望む。レイとまたピースをすることを」
ルイーザは厨房で後片付けを続けるレオーネに声をかけた。
「ここに少し置いておくわね」
トレイの上にはチキンや野菜のロースト、お菓子と軽い飲み物が乗っていた。
「グラッツェ、シニョリーナ」
「ふふ、あなたは蒼界の私たちの国と似た場所から来たんですって?」
「まあね」
軽くかわしたレオーネに、ルイーザもそれ以上は詮索しない。
「良ければ次の祭りにもいらっしゃいな。次はプリンチペッサ達も一緒にね」
「考えておくよ」
軽く手を振って、ルイーザは会場に戻っていく。
次も、その次も、またここで逢おう。
祭に込めた想いは、未来への約束でもあるのだから。
<了>
郷祭も終盤、各村の代表も今は和やかに集う。
集会に招かれていたハンター達は、サイモンを見つけた。
話し込んでいた相手は、メディオ村のグイド村長だ。
「また会ったな、こっちで話すといい」
ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)は席を譲ろうと立ち上がりかけたグイド村長の肩をおさえ、場に留まるように促した。
「ほどほどか。いいことを言うな」
「聞こえていたか」
グイドが苦笑する。
「すみません、お話し中みたいでしたから」
天王寺茜(ka4080)は礼儀正しく断り、テーブルにつく。その後ろからパトリシア=K=ポラリス(ka5996)がひょっこり顔を出した。
「サイモン、お友達できたのネ?」
「はは……色々と教わっています」
互いを認めなければ「教わる」ことも難しいだろう。
パトリシアはバチャーレ村の根っこが、しっかりこの土地に根付きつつあることを感じて嬉しくなる。
ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)も満面の笑みで杯を上げた。
「なんや、各村総出で楽しくなってきたな!」
すぐにところで、と話を切り出す。
「そっちの村に、祭で音楽とか踊りとかないんかな?」
「古いものだがな」
メディオ村の祭は、早春に山の神に目覚めてもらうよう、焚火を囲んで手拍子で古い歌を歌う、という素朴なものらしい。
「春のオマツリ、いいと思うのヨ」
パトリシアが身を乗り出した。
「ほら、マニュスさまは、伝統や礼儀が結構好きでしょ? ダカラ、お祭りハお供え物や儀式があるといいよネ♪」
早春の祭りなら、準備は冬の間にできる。農閑期でもあり、時間も人手もある程度使えるだろう。
「例えばだケド、お酒を造ってみたり……織物したり、ハどカナ?」
「織物……羊毛や生糸ですか」
サイモンの呟きに、グイド村長が頷いた。
「羊や蚕が要るな。俺の村では木綿を栽培しているが」
「今後の目標が増えましたよ」
ディーナ・フェルミ(ka5843)がうっとりとした表情で呟く。
「精霊さまのお供え……ごちそう……」
一応お行儀よく話し合いに参加していたが、宴会待ちでおなかはぺこぺこ。
はっと我に返ってひっそり口元を拭う。
「ここの精霊さまは、村のみんなと仲良しだったと思うの。何が好きかとか何が見たいかとか、直接精霊さまに聞いても良いと思うの」
宵待 サクラ(ka5561)が頷いて、サイモンに尋ねる。
「精霊様の好きなものを供える、じゃダメなのかな?」
「そうですね……マニュス様は好き嫌いより、こちらの気持ちを重視されるように思います」
サイモンの答えに、サクラが提案する。
「じゃあさ、精霊様を奉る会を作って、供えた物が生鮮食品なら翌日他は1週間後に下げ渡すとか、精霊講ぽい体裁を調えたらどうだろ」
「精霊講、ですか」
聞きなれない言葉に、サイモンが続きを促した。
「リアルブルーの山岳信仰には『講』ってのがあってね。山裾の村の町内会の強制参加に近いんだけど、有志で年ごとの持ち回りで社を掃除したり、参道を整備したり、十数年に1度社の建て替えを行ったりするんだ。状況似てる気がしないかな」
「なるほど、リアルブルーにもそのような村があったのですね」
サイモンは感心したように聞き入る。
(やはり騒がしすぎず、寂しくさせず、お祀りするのが良いのでしょうね)
天央 観智(ka0896)は山岳信仰という言葉に、静かで厳かなイメージを抱いた。
「やはり春と秋等……年に数回、マニュス・ウィリディスさんを訪ねる日を決めて、何人かの代表……が、ご挨拶に伺う……形というのは如何でしょうか?」
近隣の村の代表が時期を決めて参ることで、継続性とある程度の神秘性を持たせる方法だ。
「もちろん、日々、感謝の祈念は……精霊さんも歓迎されるでしょう……」
ルトガーがサイモンに顔を向ける。
「だがそうなると、代表以外の者が納得しないだろうな。上手い繋がり方でさばければいいんだが」
地域の神事として、一般人のお参りを断る、というのもひとつの手段だ。
だが折角多くの人が集まるのだから、上手くやれば近隣の村も賑わうだろう。
茜はその方向が望ましいと思う。
「う~ん……春なら、お花見とかどうでしょうか」
一同の視線が集まる。
「春先に咲く花木の苗を祠の近くに植えるんです。それで、お花見を兼ねた精霊祭なんてどうでしょう」
地精霊にとって、生命の息吹は好ましいもののはず。
苗を植えたり、種をまくことをお参りの手段としてもらえば、精霊に直接会えなくても「精霊のためになる行為」をしたことで満足感は得られるのではないか。
ラィルがパチンと指を鳴らす。
「花見はええと思うな。各村の音楽や踊りを奉納して、コンテストなんてのも面白いと思うで」
ラィルは、バチャーレと他の村が共同体としてもっと仲良くなるべきだと考えていた。
普段から交流していれば、先日のように難癖をつけられることもない。
「なんも歌や踊りでなくてもええんや。詩を朗読してもええし、手芸なんかで会場を華やかに飾ってもらったりな」
「花の木を植えて花見ですか。元々山にあるものなら、祠の周りから少しずつ道沿いに植えていくのもいいかもしれません」
「元からある木の苗を栽培するなら、近隣の村も協力できるだろう」
サイモンもグイド村長もこの案に乗り気のようだ。
パトリシアはポケットから貴石を取り出し、手のひらに乗せる。
「マニュスさまに会えない時、パティはネ。キラキラをマニュスさまに貰った御守りと思っテピカピカ綺麗にしテ、お祈りしてるのヨ♪」
バチャーレ村近くのキアーラ川では「贈った相手が幸せになる」というお守り石がみつかる。
地精霊の祠がある山がその鉱脈だ。
「ピカピカ、綺麗な精霊さま。今日も、この土地とパティ達の側に居てくれてありがとうございますっテ」
「お守りの販売はいい案だと思うぜ」
パトリシアの背後にトリプルJ(ka6653)が立っていた。
「遅ればせながら参上ってことで。売るのに制限があるなら、花見のほかに祠の清掃日なんてのも決めて、貴石をもらえるなんてのもいいんじゃないか?」
ルトガーが小さく笑う。
「賽銭箱、というのも考えたんだが。神官みたいなのがお祓いして、対価を受け取るという案もあるが……少し商売が過ぎるか?」
ディーナはパトリシアの守り石をじっと見つめた。
「例えばだけど、この貴石を使った装身具コンテストをして、優勝賞品を精霊に捧げるお祭りをするとか。人や物の移動があれば近隣の村込みで、この地域の経済が潤ったりしないかなって思うの」
「装身具コンテストってのは面白いんじゃねぇか? 細工物作るのはどの村でもできるだろ?」
トリプルJが促すと、サイモンも頷く。
「石そのものを加工するのは難しいのですが、さっきの手芸。そう、守り袋などはいいかもしれません」
「……しかしあれだな」
グイド村長がふと口元を緩め、サイモンの肩を叩く。
「お前さん、頼りなさそうに見えて、他人を乗せて使うのは上手いな」
「え?」
サイモンが手帳から顔を上げ、目を丸くして周囲を見回した。
●
その頃、ジェオルジ領主の館のキッチンでは。
「ほんっと助かるわあ! あ、うちの料理人の腕はもちろん最高だけど! やっぱりあの人数だしね?」
ルイーザが積み上げた材料をチェックしながら、ため息をつく。
今回の郷祭に協力してくれた人々を労う宴会は、領主一家にとっては仕上げの大仕事である。
料理の得意な助っ人は実にありがたかった。
星野 ハナ(ka5852)は袖をまくり上げ、山積みの卵と対峙した。
「こういうこと言うとぉ、もしかしたら差別的なのかなぁって思っちゃいますけどぉ」
独特のカワイイ系口調はのんびりしているが、卵を割る手つきは素早く、白身を泡立てる姿はパワフルだ。
「それでもやっぱりぃ、同郷のリアルブルーの人が楽しそうにしてるのを見るのはうれしいですぅ。ハンターやってて良かったなぁって思いますぅ」
「そうよねえ。ホントのこと言うと、セストが廃村まるごと移民村にするって言い出したときは、あたしもびっくりしたもの。でも今思えば、いい考えだったわ」
そこにキヅカ・リク(ka0038)とアティ(ka2729)が、大量の小麦粉を運び込んできた。
「これはここに置いていいのかな」
「ありがとう! 重い物を運ばせてごめんね」
「料理は任せてあるから。他に何か下拵えの必要な物とかあるかな」
キヅカはそう言いながら、キッチンを見渡す。
ルイーザは少し申し訳なさそうに、トマトの山を指さした。
「じゃあこのトマトでソースを作りたいの。全部刻んでもらっていい?」
「ふつうに刻めばいいのかしら。じゃああちらに場所をお借りするわね」
アティはトマトの籠をかかえて、キヅカを見た。一緒の作業なら、ますますはかどるというものだ。
ルイーザが小麦粉を計って分けたボウルをハナに示した。
「結構な量よね?」
「やっぱりぃ、クリスマスっぽい食事色々出したいじゃないですかぁ。なんちゃってシュトーレンやクグロフだと結構材料かぶらせられますしぃどうせ発酵時間が必要ですしぃ」
オーブンの数が充分なら、他にもジンジャークッキーやブッシュドノエルも並ぶ予定だ。
「ルイーザ様、バターの練り具合はこのぐらいでよろしいでしょうか」
生真面目に声をかけるのはフィロ(ka6966)だ。メイドタイプのオートマトンに、今回の仕事はまさにうってつけである。
キッチンで作業していると、失われたやさしい記憶が戻ってくるような気さえする。
「さすがね! 完璧だわ」
「恐れ入ります。ところでルイーザ様は食べたい物、あるいは食べさせたい物はおありですか? 主催者として外せない物があるなら、まずそちらからお手伝いしたいと思います」
「うーん、そうね。メインのお料理はもう準備してあるのよね。フィロさんの得意な物とか、おすすめのお料理とか、作ってもらえたら助かるわ」
「承知しました。微力を尽くします」
フィロはすぐに材料を見渡して作業に取り掛かる。
浅緋 零(ka4710)は暫くの間、フィロの手元を眺めていたが、何かを思いついたように口を開いた。
「あの……フィロは、何を作る、の……かな」
考え考え、言葉を紡ぐように尋ねると、フィロは手を止めないまま首を巡らせる。
「はい、クリスピータイプのピザを2種類焼きます。1つはチキンとガーリックとトマト、1つはシナモンとチョコレートをと考えております。クリスマスはピザやチキンが喜ばれるそうですので、少々追加させていただきました」
「うん、皆、きっと……喜ぶ、ね」
零はまた少し考え、パンを薄く切って色々な食材を乗せたブルスケッタと、コンソメスープ、ローストビーフを作ることにした。
雨を告げる鳥 ( ka6258 ) はいつもの通り、零の顔を真っすぐに見つめる。
大切な友人が安らいでくれることを願って誘ってみたが、働きながらその表情が和らぐのをみて安心する。
「私は教えてほしい。レイ。家庭料理の作り方を」
「レインは、お料理も……きちんと、出来そうだと、おもってた」
雨を告げる鳥はどこか律儀に首を振った。
「私はできる。旅中での料理。だが経験が足りない。家庭料理について。私は感心する。レイの手際の良さに」
「じゃあ、一緒に……たくさんあっても、すぐに、なくなる料理……」
零は微笑むと、友人にクリスマスを彩る料理について語った。
●
パネトーネ組は食堂の大きなテーブルを囲む。
セストは相変わらず会議のような顔で、ぺこりと頭を下げた。
「では皆様、宜しくお願いいたします。とりあえずパネトーネのレシピはここにあります」
レシピを見てすぐに作れたら苦労はない。
クリスマスのイベントに協力しようという姿勢は立派なものだが、作ったことがないからこその暴挙ともいえる。
マリィア・バルデス ( ka5848 ) はセストの緊張をほぐすように声をかけた。
「うちの部隊でもクリスマス時期に良く作ったのよね。シュトーレンもルッカセットも作ったけど。という訳で経験者よ、これでもね」
「助かります。僕は本来、食べる専門ですので」
「ふふ、でも頑張ろうと思ってるのね。楽しみだわ。ああそうそう、お供えに行くなら一緒に行きたいわ。良いかしら?」
「お供えできるものが完成すれば……お願いします」
セストが少し不安そうに付け足す。
「パネ?」
小首をかしげるミア(ka7035)は、そもそもパネトーネになじみがなかった。
「パネ……パ……パ……パネェパンニャスな!」
まあ間違ってはいないだろう。
サクラ・エルフリード(ka2598)も作ったことがないという。
「ん、名前は初めて聞きましたが、パンのようなお菓子、という事でしょうかね……」
だがサクラ自身、料理自体はある面を除けばそれなりに可能だ。お菓子なら問題なく作れそうと、レシピを覗き込む。
「作り方を覚えて帰りたい所ですし、しっかりとお手伝いさせて貰います……」
「ああ、良かったらレシピはお渡しします」
レイア・アローネ(ka4082)もセストのレシピを受け取る。
「……いや、特に作る相手などはいないのだが……最低限の自炊ぐらいしか経験がない。いい勉強になるだろう」
ひとつ何かを知れば、その分だけ世界は広がる。
それに、いつかこのお菓子で、誰かを喜ばせることができるかもしれない。
レイアの表情が少し柔らかくなった。
「ピアチェーレ、シニョーレ・セスト」
馴染んだ言葉をこの土地で使うことを愉しむように、レオーネ・ティラトーレ(ka7249)が声をかけた。
「パネトーネは専門じゃないが、毎年食べてたしな。味のチェックは間違いないと思うんだぜ」
明るい笑顔で冗談めかしてレシピを受け取った。
「よし、じゃあ始めるか。なあに、こういうのはできる奴が1人活躍するより、10人が試行錯誤して作った方がいいのさ」
マリィアが皆に声をかけながら、粉を計り、砂糖や塩、卵黄などをこね合わせ、バターを揉み込む。
(リアルブルーの人間が多く溶け込んだ土地で、聖輝節のお手伝い。そう考えるとリアルブルー人としてはとてもうれしくなるわね)
紅の大地は彼らを受け入れてくれた。ならば自分も何か手助けをしたいと思うのだ。
「美味しいパネェパン食べたいニャスし、頑張ってこねこねするニャスよー!」
鼻の頭に白い粉をつけて、ミアは一生懸命生地をこねた。
「いいぞ、美味いパネトーネのためにその調子で頑張れ」
進み具合を見ながら、レオーネはレーズン等のフルーツやクルミの前処理をして、すぐに混ぜられるように準備する。
「卵たっぷり、甘くするニャス♪ フルーツも胡桃もどさどさーニャス。リッチなパネェパンにするんニャス」
歌うようなミアの言葉に、皆の口の中はもう甘く幸せ。
トラウィス(ka7073)と深守・H・大樹(ka7084)も、材料に恐る恐る手を伸ばした。
「大ちゃん様、私にもお手伝いできるでしょうか」
戦闘に特化したオートマトンには、料理の機能はない……ような気がする。
だが今回は大樹の手伝いで頑張ろうと思うのだ。
「パネトーネ、は聞いたことないけど、分かる人に素直に聞いて、確認しながら頑張ろう。覚えて帰れるのが理想かな」
大樹はトラウィスも一緒に同じ作業をしてほしかった。
材料を無心にこねていると、思わぬ言葉が飛び出してくる。
「この前夢見が悪かったんだ」
「夢ですか」
「うん、不思議だよね」
オートマトンが夢を見ることがあるのか、その驚きはすぐにやってこなかった。
それは夢の内容が、あまりに悲しかったからだ。
「……僕、独りぼっちで死んじゃったんだよね」
夢ではなく、遠い記憶ではないかと胸が苦しくなるほどで。
「だからかな、今日はトラちゃんくんと一緒に遊べて嬉しくて楽しいんだよね。独りぼっちじゃないんだって」
トラウィスは真っ直ぐ目を上げ、大樹の目を見つめる。
「ご安心ください。そのような時があれば必ず行きます。駆けつけます。決して御一人にはさせません」
友は常に傍にいるもの。それを教えてくれた人を独りになどしないと。
「ふふ、トラちゃんくんありがとう。あ、手が止まっちゃってたね、頑張らなきゃ」
互いに相手を独りにはしない。
それを確かめるように、ふたりは作業に没頭していく。
こうしてパネトーネが焼き上がり、マリィアは仕上げに粉砂糖を雪のように振りかけた。
大きい物小さい物、ちょっと歪んだ物、真ん丸な物。
「……案外できるものですね」
「出来ないかもしれない、と思われていたのでしょうか」
サクラの尤もな指摘に、セストは素直に頷いた。
「売り物を作るというのは、正直無謀だと思っていました。皆様のご協力のお陰で、なんとかなりそうです」
ミアが嬉しそうに、ちょっと不格好なパネトーネを眺める。
(……見栄えもよくて、香りも味もいいのが一番なのかもしれないけど)
何かを作るとき、人は思いを込める。
大切な人が、大好きな人が、みんな笑顔で美味しいと言ってくれる幸せを想いながら。
「これからもたくさん作って上手になりたいニャスね♪ あとできれば、セストちゃんも笑顔で作るといいニャスよ♪」
「心がけましょう」
セストは出来栄えを見比べると、一番きれいに膨らんだ(彼自身が作ったものではないと思われる)パネトーネを選んだ。
「これは明日の朝、精霊様にお供えに行きます」
少し後で、こっそりとレオーネが声をかける。
「あー、そのなんだ。土産に持って帰ったりはできないか?」
セストが珍しく声を上げて笑った。
「僕としたことが、大事なことを忘れていました。少し置いても美味しいものですし、皆様どうぞお持ちください」
「嬉しいね。俺を待ってる可愛いプリンチペッサ達へのお土産にしたかったんだ」
遠い世界まで避難してきて、ようやく落ち着いてきたところだ。懐かしいお菓子を、妹達は喜んでくれるだろう。
そこへセストの姉のルイーザが飛び込んできた。
「セスト! お母様が着替えがまだだって、あなたを探してるわよ!」
「え、あれ? ああ皆様、本当にありがとうございました。少々失礼します、宴会場でまたお会いしましょう!」
ふたりが慌ただしく走り出ていくと、外はもう暗くなっていた。
●
集会場では、昼よりもっと賑やかな宴が始まった。
セストの短い挨拶も待ちきれないように、人々は飲み物片手にごちそうにかぶりつく。
フィロはセストの前で一礼すると、自分の希望を伝えた。
「私は給仕として参加させてただけないでしょうか」
セストはオートマトンと対面するのは初めてだったが、話には聞いている。
「皆様の慰労会も兼ねているので、ごゆっくりお過ごしいただこうかと思ったのですが」
フィロは静かに首を振った。
「此方の方が本職ですので、お手伝いさせていただく方が気が休まります」
「ではお好きなようにお過ごしください。助けていただけるのは、本当のところは助かります」
「ありがとうございます」
フィロは料理や飲み物を運び、汚れた食器を運び出す。
疲れを知らないように、くるくると働く姿は、どこか誇らしげであった。
ハナはお気に入りのドレスに着替えて、宴にやってきた。
「ほろ酔いぐらいの隙は作るべきだと思いますぅ」
などと独り言を言いつつ、料理のついでに仕込んでいたグリューワイン風のホットワインを自分で飲む。
「それ、ちょっといただいていいかしら?」
マリィアが声をかけた。
「もちろんですよぅ。飲みやすくて可愛いなんて、素敵だと思いませんかぁ」
「ほんと。色も綺麗だし美味しいわ」
マリィアは既に会場の主なお酒を制覇し、現在二周目だが全く酔っているようには見えない。しかもあてはなんでもこい。
ハナが作ったクッキーをつまみに、楽しそうだ。
「ジンジャークッキーか。クリスマスの菓子だと聞くが」
レイアが手に取ってしげしげと眺める。
「ツリーに飾ったりもするんですぅ」
「しっかり焼いてあるから、日持ちするのよ」
ハナとマリィアからレシピを教えてもらい、レイアはまたひとつ「出来ること」を増やす。
宵待 サクラもその場に加わった。
「普段ずっと聖導士学校に詰めてて他に行ったことがなかったからさ、リアルブルーの人が入植してて精霊様も居るって聞いたから、勉強させて貰いに来たんだ」
「ここの人たちはぁ、なんかいい感じにお互いが慣れてきちゃってますねぇ」
ハナの感想に、マリィアも頷く。
(今、ここには蒼も紅もないのよね。聖輝節の奇跡、という訳かしら?)
そこに、軽快な弦楽器の音が響いてくる。
「お、女子会。楽しそうやなあ。混じっても構わん?」
ラィルが借りたバイオリンを器用に鳴らしながら、人懐こい笑顔を浮かべた。
「ちょっと感想とか聞きたくてな。こういうのって精霊の祭っぽいと思う?」
サクラが真面目に耳を傾ける。
「宗教的な祭りなら荘厳な音楽もいいけど、精霊様なら山や大地を感じられる、素朴な音楽もいいんじゃないかな」
「やっぱりそう思うよな? あ、そのパネトーネ、もらってもええか?」
呼び止められたミアが、パネトーネを咥えながらびくっと振り向く。
「も、もちろんニャス! 頑張って作ったパネェパンをどうぞニャス♪」
「パネトーネもいただくの~」
すぐにディーナが籠に手を伸ばした。
まだこれから味は変化していくが、出来たてもまた美味しい。
「これを同盟のお店で売るニャスね! セストちゃん、本番も頑張ってほしいニャス」
「売れるかどうか占ってみるですぅ」
ハナが上機嫌でカードを繰る。その後、一同に暫しの静寂が訪れたようだが……。
「細かいことは気にしないのがぁ美容には一番でぇ」
「たぶんきっと、参加することに意義があるニャスよ!」
うやむやの内に、再び飲んだり食べたりが始まるのだった。
周囲の人々も同じよう賑やかだ。
中には既に酔っ払って、ちょっとした小競り合い等も起きている。
「乱暴する人はご飯あげないの~」
ディーナがディヴァインウィルの障壁で、互いの距離をとらせつつ、しっかりごちそうを確保。
断じてごちそうを独り占めするためではない。たぶん。
「丸焼きのチキンもピザも美味しいの~」
細い体のどこに入るのか、見ている方が幸せになるような笑顔で、どんどんごちそうを平らげていく。
トリプルJは、目を真ん丸にして会場を眺めている人物をようやく見つけた。
「よ、マリナ。お前もちゃんと食ってるか? このままじゃすぐになくなっちまうぞ」
「ああ……うん。なんかあんなに美味しそうに食べられると、つい見とれてしまって」
マリナはバチャーレ村の特産品を宴会場で提供していた。
「で、お祭りはどんな感じになりそう?」
「ああ、参拝ついでに花見ができるよう、苗を植える方向になりそうだ」
「素敵ね。マニュス様も喜ぶんじゃないかな」
トリプルJはマリナの顔を覗き込む。
「わかるのか?」
「なんとなく。思い込みかもしれないけど」
精霊が助けてくれた時の感覚が残っているのだという。
「だったら精霊に感謝を伝えてくれよ。来年もその先も、お前や村のみんなが笑って生活できりゃそれでいいんだ」
トリプルJは、子供にするようにマリナの頭をくしゃくしゃと撫でまわした。
トラウィスと大樹は、壁際の少し静かな席に落ち着いていた。
「トラちゃんくん、ここではみんなが笑顔だね」
さっき思い出した悲しい記憶とは正反対の温かさと明るさが満ちている。
「余りに騒ぎが大きくなるようでしたら、私も制圧に回りましょうか」
大真面目に会場を監視するトラウィスの言葉に、大樹は大丈夫だよ、とこたえた。
「トラちゃんくん、本当にありがとう」
「大ちゃん様と共にあることが私の喜びです」
この平穏がなるべく長く続くように。願えば叶うなら、何かに願いたかった。
シレークス(ka0752)はごった返す会場で、ようやく目指す相手を見つける。
「おぉ、サクラじゃねーですか。こいつ、わたくしの舎弟でやがります♪」
サクラ・エルフリードは満面の笑みを浮かべるシレークスをまじまじと見返した。
「シレークスさん、とうとう……あ、いえ、なんでもありません」
ついに若いツバメを。そう言いかけて、僅かに顔を赤らめ、言葉を切った。
シレークスはそんなことはお構いなしに、ぐいぐいと人混みをかき分けていく。
「せっかくなので酒をじゃねぇ、宴会をばっちり楽しむですよ」
ひとりまったり場を楽しんでいたサクラだが、拒否権はないようだ。
しかも苦笑いで持ち上げたグラスは、シレークスの手によって唇に着く前にさらわれてしまう。
「サクラ。おめーは飲むんじゃねーですよ?」
親友であり、いつもつるんでいるサクラのことはよく知っている。
真面目で頑張り屋のサクラの唯一と言っていい悪癖、酔うと大変な状況になることも……。
「解せません」
「黙ってこっちのジュースを飲みやがれなのです」
なんだかんだで、シレークスは世話焼きのようだ。
アティは慌てて会場に入り、キヅカの姿を探す。
「こっちだよ、アティ」
「ごめんなさい、少し迷ってしまって」
新しいドレスの裾を少しつまんで、はにかみながら微笑んだ。
「どう? 似合ってるかしら?」
「当然だよ。一緒に選んだんだから」
くすっと笑って、キヅカは付け加えた。
「アティは元々スタイルもいいし可愛いんだから、もっと自信持たないとね! そしたらちゃーんと立派な彼氏もGetだ!」
普段大人しめのアティに、もっと積極的になれと発破をかける。
「ありがとう。そうだわ、キヅカくんはお酒はどう?」
「アティと同じものでいいよ。柘榴のジュースなんてあるんだね」
ふたりで他愛のない会話を交わし、少し食べ物をつまむ。
(……なんだか新鮮な感じね。こういうのもデートっていうのかしら?)
アティは流れてきた音楽に耳を傾ける。
「服を選んでくれて、それと今日も付き合ってくれてありがとう」
「うん、偶にはゆっくり過ごすのもいいからね」
思い切ったようにアティが付け加える。
「あの、また付き合ってもらえるかしら?」
キヅカは自分の上着を脱いで、少し寒そうに見えるアティの肩にかけた。
「そうだね」
今年ももうすぐ終わる。それを生きて迎えられたことが、奇跡のようだ。
だから「また」という言葉に、来年もこうして生きて年の瀬を迎えられるかどうかという思いが忍び寄る。
「そうだといいなぁ」
揺れる蝋燭の灯に目を細め、キヅカは呟いた。
茜はトレイに乗せた飲み物やごちそうを、パトリシアの前に置いた。
「お疲れさま♪ 甘いモノ貰ってきたから食べない?」
「わ、お菓子もお料理もたくさん! コレ、セストのパネトーネ? 楽しみだヨネ」
隣にちょこんと座る子供たちにもおすそ分け。
「おいしいよおねえちゃん!」
「おいしいネ♪ ジュースはどうカナ? 甘い甘いオレンジのジュースなのヨ。オレンジはお花もキレイね」
パトリシアは花にあふれる未来の村を思い描いた。
「こっちのはクリームがたっぷりのブッシュドノエルよ。クリーム好き?」
「すきー!」
茜はバチャーレ村から母親に連れられてきた姉妹といっしょにケーキをほおばる。
その食べっぷりに、ルトガーは杯を掲げた。
「すっかり明るくなったな、ふたりとも」
「ふふ、うちの子は強いからね。って言いたいところだけど、あんたたちのお陰だね」
姉妹の母親であるアニタが、サービスだとばかりに追加の杯を置いた。
「ごめん、あんまり残ってないんだけど……良かったら食べて!」
マリナがあちこちから伸びてくる手から守り抜いたローストビーフの皿を、必死の形相で運んできた。
「つまみにちょうどいいな。マリナもここでちょっと休んでいくといい」
「そうさせてもらうわ。ほんと、みんな元気よね!」
観智は静かな笑みを浮かべ、賑やかなテーブルを見守る。
(こんなお祭りもまたいいものかもしれませんね。精霊様のご希望次第ではあるのでしょうが)
来年どころか、そのはるか先を見る者達だ。
苗が花を咲かせるまでには、何年もかかるだろう。
だが一歩を進みださなければ、目的地には決してたどり着けないのだ。
茜が自分を呼ぶ声に振り向いた。
雨を告げる鳥の、真っすぐで印象的な瞳が茜を見つめている。
「私はお願いする。レイとの写真を魔導カメラで撮って欲しいと」
「いいわよ、並んで並んで!」
隣に並んだ零は、カメラに向かってそっとピースサインをしてみせる。
雨を告げる鳥も手を上げ、真似してみた。
零ははにかんだような笑みを浮かべる。
「ピースは、幸せ……とか、楽しいの、サイン……なんだよ」
あなたと一緒にいると、楽しい、嬉しい。
軽く振る指が、言葉よりもはっきりとそう言っていた。
撮れた写真をふたりで覗き込んで確認すると、今日の思い出の場面が次々と表示されていく。
「宝物がまた一つ増えたな」
雨を告げる鳥が、零だけが気づく程度の微かな笑みを浮かべていた。
それもまた、零にとっての宝物だ。
「みんなでも。二人でも。来年も、一緒に、遊ぼう……ね」
「私は望む。レイとまたピースをすることを」
ルイーザは厨房で後片付けを続けるレオーネに声をかけた。
「ここに少し置いておくわね」
トレイの上にはチキンや野菜のロースト、お菓子と軽い飲み物が乗っていた。
「グラッツェ、シニョリーナ」
「ふふ、あなたは蒼界の私たちの国と似た場所から来たんですって?」
「まあね」
軽くかわしたレオーネに、ルイーザもそれ以上は詮索しない。
「良ければ次の祭りにもいらっしゃいな。次はプリンチペッサ達も一緒にね」
「考えておくよ」
軽く手を振って、ルイーザは会場に戻っていく。
次も、その次も、またここで逢おう。
祭に込めた想いは、未来への約束でもあるのだから。
<了>
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相談&雑談卓 天王寺茜(ka4080) 人間(リアルブルー)|18才|女性|機導師(アルケミスト) |
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