ゲスト
(ka0000)
ナイトメア・インヴィテイション
マスター:藤山なないろ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2014/06/27 15:00
- 完成日
- 2014/07/08 02:40
このシナリオは3日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●王都への帰還
「歪虚の大群……か」
大陸最古にして最大の国家、グラズヘイム王国。その王城の中枢たる円卓の間に、二人の男が居た。
一人は、この王国を動かす重要人物、セドリック・マクファーソン(kz0026)。44歳にして聖堂教会の大司教に上り詰めたカリスマで、現在は若き王女を補佐すべく王国へ派遣されており、実質的に王国を任されている。
「エリオット。君は、これを“ただの大群”と片付けることができない……そう言いたいのか」
円卓についているもう一人の青年は、グラズヘイム王国最強を誇る騎士団の長、エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)。先王の近衛隊に従属していた青年で、今は若くしてこの国の軍事を担っている。
「根拠は、有りませんが……」
「君はそう言うがね……困ったことに、武を極める者の直感はなかなか無視できないものがある」
自信なげに語尾を濁す青年に、セドリックは眉を寄せながら笑ってみせる。
王国の重要人物2人が話しているのは、“ある事件“のこと。
大陸西端に位置する、王国の守りの要・ハルトフォート。その砦から少し北上した場所にある田舎町デュニクスに、先日、突如として歪虚の大群が押し寄せたのだ。
歪虚は白い羊のような姿をしており、その数40を下らない。とはいえ、それらの脅威は居合わせたハンターたちにより、討伐することができた。町は、確かに守られた。
だが、エリオットが本件を楽観視できなかったのは、その歪虚の大群が指揮官を擁していたことに起因する。歪虚が単体で実害を起こす事件は数え切れないが、指揮官を擁した歪虚の群れが大挙して事件を起こした、となれば決して“よくある話”ではない。
歪虚絡みの事件の多くは、突発的かつ無作為な発生・急襲。今回もそういった事件ならば、一件落着と判じても問題なかっただろう。けれど、今はまだ、本件に作為があった可能性を否定できないでいる。
実際その事件に出くわした──というより、巻き込まれた──エリオット自身は、それが気にかかっており、今しがた“国の指揮者”たるセドリックに報告したところだった。
「しかし、今すぐ何かできるということでもない。事実、あの類の歪虚はあれ以来見つかっていないのだろう」
「仰る通りです。……しばし、ハルトフォート以北、以東の警邏の強化を騎士団に指示します」
首肯するセドリックに目礼し、エリオットは静かに円卓を立った。
◆ドライシュタット
王国の中心たる王城を背に、城下町を歩く。ここは、王国の首都イルダーナ。王城を中心として放射状に広がる街並みは、石造りで落ち着いた優しい雰囲気を醸し出している。
始まりは、小さな国だった。第1の城壁と名のつく壁は、元々“国そのものを囲う城壁”であった。王国は、集う民を包括し、少しずつ、少しずつ拡張していき、その都度城壁は増えていった。今や7つ目の建造に着手し始めた“城壁”自体が、王国の拡張の歴史そのものでもある。
第2と第3の城壁の間に育まれた王都第3街区。その目抜き通りの一角には王国騎士団本部があり、往来ではよく騎士たちの姿を見ることができる。
「エリオット様、お帰りなさい!」
「お勤めご苦労さまです」
通りを歩けば、行き交う人々が声をかけてくる。ここ、第3街区は、中流家庭の戸建や集合住宅、幅広い事業を展開する大商店などが軒を連ねており、王都の中でも有数の賑やかさを誇る街区だ。ハンターズソサエティ支部、商人ギルドの商店街などはもちろん、王国騎士団本部も、騎士たちの管理する厩舎も、そして下級騎士の宿舎なども併設されている。
ちなみに、上級騎士は王城につめており、エリオット自身も王城が住まいとなっている。とはいえ、“帰宅”せず働きづめであるため、彼の王城での暮らしは実態を伴っていない。
「只今戻りました」
エリオットは、投げかけられる声に律儀に答えながら、王国騎士団本部を目指した。
本部で自らの執務室の扉を閉めると、青年は誰の目にも触れないその場所で深い息をついた。 彼にとって最も心を落ち着けられるのは、この部屋なのかもしれない
上品な革張りの椅子に腰をおろし、椅子の背に後頭部をもたれかけた青年は、そのまま目を閉じた。
自らの命を賭してでも守るべき主君を失ったのは5年前。その5年間、様々なことがあった。
それでも、エリオットは5年経った今もなお、抱えたままの違和感がある。それは「自らが騎士団長を務めている」という現実そのもの。そして、主君を守り切れなかった自らが今なお“騎士”と名乗っていること。
違和感、という言葉で括れるものかは解らない。エリオットには強い抵抗があった。
無論、それを表に出すことはないけれど。
──今は亡き王のため、この身を国とその将来へ捧げるのみ。
「エリオット様、フィアです。よろしいですか?」
執務室の扉から、小気味良いノックの音が響いた。
「……ああ」
王国騎士団長直轄の白の隊に従属する女性隊員の声。気付いて応えた瞬間、青年は“いつもの騎士団長”の顔に戻っていた。
◆戦う理由
王国から西に伸びた街道。その街道は、途中で大きく枝分かれしている。
1つは、王都と西の砦ハルトフォートを結ぶ大街道。そしてもう1つは王都と港町ガンナ・エントラータを結ぶ大街道。
その枝分かれする場所は、先日の戦いが起きたデュニクスの町から大きく離れていない。
『先程、報告がありました。ハルトフォート付近の街道に歪虚が現れたようです』
『歪虚の詳細は』
『武器を携えた白い羊のような雑魔が数匹、とのこと』
「白い羊」の言葉を聞いた瞬間、冷たい水を浴びせられたような心地がした。
『……ハンターズソサエティへ、大至急討伐依頼を出してくれるか』
『よろしいのですか?』
自分たち騎士団が動いて済む案件ではなかろうか? そう思ったのだろう。フィアは目を丸くしている。
『あぁ。駐留している全ての騎士には、王都警備ならびに周辺警邏の強化を至急頼みたい』
『仰せの通りに』
部下の答えを聞くと同時に、エリオットは立ちあがった。先程立てかけたばかりの剣をもう一度腰に戻し、短く告げる。
『討伐隊のハンターに同行し、周辺調査をしてくる』
『エリオット様自らが……ですか?』
『……何も無いなら、それでいいんだ』
『承知しました』
怪訝そうに俺の顔を見つめる女性隊員に、納得を促す言葉をかけられたかは解らない。
ただ、エリオットは「自分の目で確かめねばならない」ような気がしていた。
視線の先に、歪虚の姿を捕えたハンターたち。
これまで共にあり続けた王国の騎士たちとも違う。自らの国ではない、あるいは自らの世界ですらない戦いに巻き込まれただろうものも居るかもしれない。
「……君たちは、なぜ、戦うんだ」
そんな彼らの空気に触発されたのかはわからない。
青年の口から、思いがけずそんな言葉が漏れた。
「歪虚の大群……か」
大陸最古にして最大の国家、グラズヘイム王国。その王城の中枢たる円卓の間に、二人の男が居た。
一人は、この王国を動かす重要人物、セドリック・マクファーソン(kz0026)。44歳にして聖堂教会の大司教に上り詰めたカリスマで、現在は若き王女を補佐すべく王国へ派遣されており、実質的に王国を任されている。
「エリオット。君は、これを“ただの大群”と片付けることができない……そう言いたいのか」
円卓についているもう一人の青年は、グラズヘイム王国最強を誇る騎士団の長、エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)。先王の近衛隊に従属していた青年で、今は若くしてこの国の軍事を担っている。
「根拠は、有りませんが……」
「君はそう言うがね……困ったことに、武を極める者の直感はなかなか無視できないものがある」
自信なげに語尾を濁す青年に、セドリックは眉を寄せながら笑ってみせる。
王国の重要人物2人が話しているのは、“ある事件“のこと。
大陸西端に位置する、王国の守りの要・ハルトフォート。その砦から少し北上した場所にある田舎町デュニクスに、先日、突如として歪虚の大群が押し寄せたのだ。
歪虚は白い羊のような姿をしており、その数40を下らない。とはいえ、それらの脅威は居合わせたハンターたちにより、討伐することができた。町は、確かに守られた。
だが、エリオットが本件を楽観視できなかったのは、その歪虚の大群が指揮官を擁していたことに起因する。歪虚が単体で実害を起こす事件は数え切れないが、指揮官を擁した歪虚の群れが大挙して事件を起こした、となれば決して“よくある話”ではない。
歪虚絡みの事件の多くは、突発的かつ無作為な発生・急襲。今回もそういった事件ならば、一件落着と判じても問題なかっただろう。けれど、今はまだ、本件に作為があった可能性を否定できないでいる。
実際その事件に出くわした──というより、巻き込まれた──エリオット自身は、それが気にかかっており、今しがた“国の指揮者”たるセドリックに報告したところだった。
「しかし、今すぐ何かできるということでもない。事実、あの類の歪虚はあれ以来見つかっていないのだろう」
「仰る通りです。……しばし、ハルトフォート以北、以東の警邏の強化を騎士団に指示します」
首肯するセドリックに目礼し、エリオットは静かに円卓を立った。
◆ドライシュタット
王国の中心たる王城を背に、城下町を歩く。ここは、王国の首都イルダーナ。王城を中心として放射状に広がる街並みは、石造りで落ち着いた優しい雰囲気を醸し出している。
始まりは、小さな国だった。第1の城壁と名のつく壁は、元々“国そのものを囲う城壁”であった。王国は、集う民を包括し、少しずつ、少しずつ拡張していき、その都度城壁は増えていった。今や7つ目の建造に着手し始めた“城壁”自体が、王国の拡張の歴史そのものでもある。
第2と第3の城壁の間に育まれた王都第3街区。その目抜き通りの一角には王国騎士団本部があり、往来ではよく騎士たちの姿を見ることができる。
「エリオット様、お帰りなさい!」
「お勤めご苦労さまです」
通りを歩けば、行き交う人々が声をかけてくる。ここ、第3街区は、中流家庭の戸建や集合住宅、幅広い事業を展開する大商店などが軒を連ねており、王都の中でも有数の賑やかさを誇る街区だ。ハンターズソサエティ支部、商人ギルドの商店街などはもちろん、王国騎士団本部も、騎士たちの管理する厩舎も、そして下級騎士の宿舎なども併設されている。
ちなみに、上級騎士は王城につめており、エリオット自身も王城が住まいとなっている。とはいえ、“帰宅”せず働きづめであるため、彼の王城での暮らしは実態を伴っていない。
「只今戻りました」
エリオットは、投げかけられる声に律儀に答えながら、王国騎士団本部を目指した。
本部で自らの執務室の扉を閉めると、青年は誰の目にも触れないその場所で深い息をついた。 彼にとって最も心を落ち着けられるのは、この部屋なのかもしれない
上品な革張りの椅子に腰をおろし、椅子の背に後頭部をもたれかけた青年は、そのまま目を閉じた。
自らの命を賭してでも守るべき主君を失ったのは5年前。その5年間、様々なことがあった。
それでも、エリオットは5年経った今もなお、抱えたままの違和感がある。それは「自らが騎士団長を務めている」という現実そのもの。そして、主君を守り切れなかった自らが今なお“騎士”と名乗っていること。
違和感、という言葉で括れるものかは解らない。エリオットには強い抵抗があった。
無論、それを表に出すことはないけれど。
──今は亡き王のため、この身を国とその将来へ捧げるのみ。
「エリオット様、フィアです。よろしいですか?」
執務室の扉から、小気味良いノックの音が響いた。
「……ああ」
王国騎士団長直轄の白の隊に従属する女性隊員の声。気付いて応えた瞬間、青年は“いつもの騎士団長”の顔に戻っていた。
◆戦う理由
王国から西に伸びた街道。その街道は、途中で大きく枝分かれしている。
1つは、王都と西の砦ハルトフォートを結ぶ大街道。そしてもう1つは王都と港町ガンナ・エントラータを結ぶ大街道。
その枝分かれする場所は、先日の戦いが起きたデュニクスの町から大きく離れていない。
『先程、報告がありました。ハルトフォート付近の街道に歪虚が現れたようです』
『歪虚の詳細は』
『武器を携えた白い羊のような雑魔が数匹、とのこと』
「白い羊」の言葉を聞いた瞬間、冷たい水を浴びせられたような心地がした。
『……ハンターズソサエティへ、大至急討伐依頼を出してくれるか』
『よろしいのですか?』
自分たち騎士団が動いて済む案件ではなかろうか? そう思ったのだろう。フィアは目を丸くしている。
『あぁ。駐留している全ての騎士には、王都警備ならびに周辺警邏の強化を至急頼みたい』
『仰せの通りに』
部下の答えを聞くと同時に、エリオットは立ちあがった。先程立てかけたばかりの剣をもう一度腰に戻し、短く告げる。
『討伐隊のハンターに同行し、周辺調査をしてくる』
『エリオット様自らが……ですか?』
『……何も無いなら、それでいいんだ』
『承知しました』
怪訝そうに俺の顔を見つめる女性隊員に、納得を促す言葉をかけられたかは解らない。
ただ、エリオットは「自分の目で確かめねばならない」ような気がしていた。
視線の先に、歪虚の姿を捕えたハンターたち。
これまで共にあり続けた王国の騎士たちとも違う。自らの国ではない、あるいは自らの世界ですらない戦いに巻き込まれただろうものも居るかもしれない。
「……君たちは、なぜ、戦うんだ」
そんな彼らの空気に触発されたのかはわからない。
青年の口から、思いがけずそんな言葉が漏れた。
リプレイ本文
●
「騎士団長さんよ。アンタ、何か心当たりか心配事でもあるのか?」
王国騎士団からの歪虚討伐依頼を引き受けたハンターの一人、ラスティ(ka1400)がそんな疑問を口にした。この問いは、同道するグラズヘイム王国騎士団長のエリオット・ヴァレンタインに向けられている。ラスティの頭は青い炎が描かれたフードにすっぽり覆われていたが、前髪とフードの隙間から覗く金の双眸は強い。値踏みするような視線が、騎士のそれと絡み合う。
「心当たりはない。ただ……気になった。それだけでは不足か」
ラスティの納得する答えが得られたかは解らない。少年はしばし相手の目を見つめた後、ふいと前を向いた。
「そういや、過日も近隣で似たような雑魔の大群が現れたようだが……此度の5体はどうかな」
少年が仕掛けた話題を好機とばかりに、カダル・アル=カーファハ(ka2166)は言った。反応を確かめるように、エリオットの頭の天辺から足の先まで不躾なほど視線を送りつけると不敵に笑う。
「音に聞く最強の騎士団長殿が直々に御出座しとは不穏な気配だな」
「……現場の騎士たちの方が忙しい。俺が来たのもその程度の理由だ」
「どうだかな」
戦いへの高揚感からだろうか。喉の奥からくくっと低い笑い声を漏らすと、カダルは剣の鞘を撫でた。
「大きな混乱の予感、か……血が騒ぐな」
そんな物騒な話題の渦中、ジェーン・ノーワース(ka2004)は一度だけカダルとエリオットの顔を交互に眺めたが、何を言うでもなく小さく息をついた。彼女にとって、本件の真相や騎士団長の思惑など興味の範疇外だ。もし今彼女が口にする台詞があるのだとしたら、それはきっと「どうだっていい」などという類の言葉だろう。
薄い唇が動くことはなく。華奢な体より遥かに大きな武器を携え、少女は無表情に先を歩いて行った。
一方、依頼主の青年に視線を送るもう一人の少女が居た。
「この人が王国騎士団長……」
リシャーナ(ka1655)は、王都を発ってからここまでの間に気付いたことがあった。率直にいえば、現場のハンターは依頼を忠実にこなせればよい。つまり、依頼の真の目的が何であるかを知る必要は無い。なのに、エリオットは現場の幼いハンターの問いにも都度律儀に応えようとしている。言葉を選びながら、誤解のないように。
そんな様子を見ていたら、リシャーナには自然と感じられたのだ。彼は実直そうな人だ、と。
「エリオット騎士団長」
澄んだ声が呼びとめる。それにまた律儀に振り返る青年を見て、少女に自然と笑みが浮かんだ。
「一緒には戦わないのは私達ハンターを信頼しているから……だったら嬉しいわ」
信頼という言葉は重い。それが相手にどう受け取られたかは解らないが、ややあって青年はこう答えた。
「信頼……しても、いいのか」
余りに愚直な答え。笑っては失礼だろうかと、少女は口元を緩めるにとどめた。
「応えられるよう、在りたいわ」
●
街道をどれくらい西へ歩いただろう。
突如エリオットが足を止め、ジェーンが元より悪い目つきを更に険しくし、遠方を指差した。
「……あれ、見える?」
ハンター達は一斉に目を凝らす。その方角に居たのは群れた獣。……だが、強烈な違和感を訴えている。
二足歩行の、羊。歪虚だ。
「あれが……歪虚。上手く……倒せるかな……」
神乃島・宵(ka0180)が小さく息をのんだ。脅威を前に僅かな不安が芽生えたのか、思わず皆を見回す。
どの覚醒者も、怖気る様子はない。明確な覚悟を持って、今この場に立っているのだろう。
──じゃあ、私は?
無論、宵にも強い想いがある。ここに立つだけの理由が、ある。
少女は、小さな手を重ね合わせるようにして胸に当てた。いつもより少し鼓動が早い。
落ち着けるように瞳を閉じ、深い呼吸を繰り返す。
宵が想うのは、遠く離れた場所──リアルブルーに居る母の事。
早く会いたい。その一心で、少女はハンターになった。
戦うことは好きでも得意でもなんでもない。でも、それが一番早い解決法だと教えてもらった。だから……
「……頑張る」
少女のか細い足は、確かにこの異世界の大地を踏み締めている。今ならきっと恐れず戦えるだろうと思えた。
「街道を荒らすよりは、何もない平地に誘い出した方が、周辺被害を考えず存分に戦えるだろう」
歪虚を発見した一同はカダルの提案に是非もなく、周辺調査を行うというエリオットと別れ、街道から少しそれた平地を進むこととした。だが、街道からそれたハンター達に気付いていないのか、あるいは気付いていて無視を決め込んでいるのか。羊たちはこちらの動きに構いもせず、王都へ続く街道をそのまま東に進んでゆく。それでも確実に距離は縮まっている。歪虚への接近を図るハンター達の中、ラスティが小さく息を吐いた。
「もう少しだ……」
集中を高める少年のマテリアルは、徐々にエネルギーに変換されてゆく。次第に、手にした魔導銃へ装填されゆくかのようにエネルギーが集約。攻性強化、完了。少年の射程、約36m。歪虚の群れは、“既に少年の射程圏に入っている”。だが、少年は撃たない。射程約24mのマジックアローを放つリシャーナに先手を譲ると決めているからだ。
『……君たちは、なぜ、戦うんだ』
ラスティの耳に届いたそれは、彼の心にはノイズだったかもしれない。
……どうして戦うのか、など。あまりに唐突だ。
敢えて理由を言うのなら、それは御大層に世界を救うだとかそんなことじゃない。
彼曰く「もっとくだらない個人的な理由」によるものなのだろう。
魔導銃の引鉄にかかる指へ力がこもる。
少年は、この“戦いという行為”が必要だと思った。そのために、こうして武器を取ったのだ。
「始めるとするか」
カダルの合図を受け、リシャーナは応えの代わりに息を吸い込む。
少女の指先に集うマテリアルの輝きは、やがて一本の光を紡ぎあげる。そして……
「行きます」
──放った。
瞬く間に射出されたエネルギーの矢は距離24mの先に居る歪虚へ見事に命中。ハンター達の先制攻撃は狙い通り成功した。距離が長かったこともあり、それは先頭を行く羊の腕ではなく胴部を貫くに終わったが、怨……と、底冷えするような呻きが風に乗って届いた。ぞくりとするほど呪いめいた響き。羊は唸り声をあげ、ハンター達の方を向いた。まだ息がある。
ようやく出番だとばかりに、ラスティは十分狙いをつけていたそれ目掛け、ためらいなく銃を撃った。思いのほか引鉄が軽かったというどうでもいい事実を知り、少年は戦いに染まる自分に僅かに心を曇らせるけれど、射出されたエネルギーは意に反して迷いなく飛ぶ。先のリシャーナの一撃で動きの鈍っていた歪虚は受けることも叶わず、痛烈な叫びをあげて霧散。
「……残り、4体」
羊たちは、ハンターから攻撃を受けたことにより、ようやく彼らの存在に気づいたようだ。街道を歩いていた群れは、そこからそれるようにハンター達のいる平地へ突出。だが1点、ラスティたちの想定通りでなかったのは、羊たちの移動力が想像以上に高かったことだ。
僅か10秒、瞬く間に距離を詰められた。だが、対するハンターも準備なしにそれを見守る訳ではない。
「向かって来るならば待ち構えれば良い」
霊の力を借りたカダルは、敵の懐に入り込み、かと思えば翻弄し、十分に雑魔の注意を引き付けた。
生じた隙を宵が間断なく刺し、ガラ空きの懐へドリルの強烈な一撃を叩きこむ。
衝撃に態勢の崩れた敵を、ジェーンが追い撃つ。小柄な体で急速に接近すると、驚くほど柔軟に体をしならせた。体格で劣るパワーを、全身のばねで補うのだろう。華奢な腕からは想像もできないほど豪快な一閃が振り抜かれる。切り裂かれた胴部。迸る血飛沫にも少女の面持ちは変わらない、はずだった。だが、眼前のそれはまだ息があり、ジェーンは辟易した表情を見せた。
「おーおー、おっかねえ。喧嘩の弱い俺にはホント辛いぜ」
瀕死の敵へ滑り込んだのはリカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)。崩れた敵の脇腹に狙いを定め、トンファーにマテリアルを注ぎ込む。徐々にエネルギーは収束。限界まで仕上げた強烈な一撃を、一気に叩きこんだ。
あまりの連撃を前に、叫びも漏らさず消えゆく歪虚。
「正面戦闘なんて本当に柄じゃねえんだ、俺はただのコックなんだぜ?」
そう言っておどけるリカルドの眼前、敵数は残り3。青年は直ちに他の歪虚から距離を取るように身を翻す。
にっと笑うリカルドが“スペースを空けたそこ”に居たのは、ラスティ。背の高いリカルドの影に、少年が隠れていたのだ。
「後は任せた」
リカルドから託された少年の金の瞳に、様々な術式が浮かんでは消える。かつてない集中。
あまりに滑らかに構えた魔導銃の銃口が光った。
──たったの、一撃だった。
控えていた羊を、ラスティの銃撃が文字通り消し去った。残り、2体。
瞬く間に半数以下となった羊たち。だが、あまりに短い間の出来事だったためだろうか。明らかに敵う筈もないこの状況を未だ認識できていないらしく、哀れにも2体の羊が攻撃直後のハンター達に襲いかかる。
最初に狙われたのは、ジェーン。だが少女はそれを回避。
次いで狙われたのは囮役として雑魔の注意を惹きつけていたカダルだった。羊の振りかぶった大斧が、褐色のエルフへ振り下ろされる。間一髪、身をよじったカダルだが、斧は確かに彼の足を裂いた。ブーツは裂け、生地の合間から血が噴き出す。だが、男の眼前に敵がいる今は、チャンスでもある。
「逃がさねぇ」
斬られた痛みまで享楽するように、カダルは負傷した足を軸にそのまま敵の脚部めがけてバスタードソードを振り抜いた。同時に、剣閃を追うようにジェーン、宵、リカルドが駆ける。
1対4。周りを囲まれ、隙間なく襲い来る連撃。全てをかわし切ることなど、出来やしないだろう。
「いくよ……!」
黒いマテリアルを纏い、猫のようにしなやかに宵が迫る。
小さな手に不似合いな円錐形のドリルを備えた魔導機械が、高速で回転し唸りをあげる。
「祖霊よ、力を貸して……!」
幼いベルセルクは、心にいっぱいの想いを抱いて、その手で敵を貫いた。
貫通した胴部から虚空に溶け行く歪虚。その生死の感覚は曖昧で。けれど少女は、確かに敵を葬っていた。
あと、1体──だが、目の前で羊は逃走を開始した。無論、ハンター達もそれを見越していたため、敵の逃走が無駄に終わることは明白であったのだが、その手際はあまりに見事だった。
カダルが地を駆けるもので追いすがって敵の逃走方向を逸らし、続くリシャーナが羊の脚へ向けて光の矢を放った。瞬後、敵はバランスを崩して大地に勢いよく倒れ込む。
今こそ、好機。それを掴んだのは、ジェーンだった。カダルの逆サイドへランアウトで滑り込む。
少女の瞳には、確かに死を待つだけの哀れな羊が映っていただろう。
だが、少女が見ていたのは更にその先にある“勝利”に他ならない。
──負けたくない。
少女の胸中を支配していたのは、ただそれだけだった。
なぜ戦うのかと、この戦いの前に問いかけた青年の横顔を思い出す。
なぜって、そんなこと決まってる。負けたくない。その為に、心も体も強く在りたかった。それだけだ。
薙刀を強く握る。小さく呼吸をする。
全身が心臓になったみたいに、体のそこかしこからドクドクと音が聞こえてくる。
こんな大事な時に限って、負け続けた記憶が心に影を差す。
少女には今まで一度だって勝ちなんか無くて、だからこそ目の前の勝利に怯えそうになる。
「今度は絶対に、負けない」
小さく呪文のように唱え、震える手を制する。
体にマテリアルを潤滑させた少女は、洗練された動きで全身をしならせた。
大きく振りかぶった刃を、誰よりも素早く薙ぎ払う。それは、確実な一撃。
裂いたそばから消えゆく歪虚の感触は淡く。勝利の手応えはまるでなかったけど。
──もう、恐い事から逃げたりなんて、しない。
目深に被っていたフードが、風に乗ってするりと落ちた。
こうして、ハンター達の視界から歪虚の脅威は消え去った。
●
グラズヘイム王国の首都イルダーナ、第3街区。
王国騎士たちの憩いの場となっている酒場の1つに、ハンターたちは居た。
『なぜ戦うと言われてもな、単なる生活だよ』
帰途につく頃、リカルドはエリオットにそう告げていた。だが、その言葉から本来受けるであろう諦観は彼の口調から感じることができなかった。なぜかはわからないが、青年の表情は、平穏に暮らしてきた人間から遠い匂いを感じさせる。深い事情があるのだろう。本人もそれを語る気配はないようだった。
そんなリカルドも、宴では裏方に回っていた。あくまでコックだ、と言っていた彼はどうやら本当にコックだったらしい。厨房から彼が運んできた大皿には、ハーブの香りを纏わせ、キツネ色に焼き目のついたチキン。
「雇い主殿が負担してくれるということだからな。仕方がない、付き合うとするさ」
カダルはグラスを傾けると、向かいに座る青年へこう切り出す。その視線はやはり鋭いまま。
「さて、“気になること”の調査結果はどうだったんだ?」
「……可もなく不可もなく、だな」
これにはラスティも気がかりがあったのか、机の上に肘を載せ、続きを促すようにエリオットに視線を送る。
「近隣を調べたが、歪虚に関連するものは何も出てこなかった」
「どういう意味?」
オレンジジュースを口にしていた宵が首を傾げる。
「言葉通りだ」
「なるほど、無駄足だったってことか」
次の料理を運んできたリカルドが落胆した様子で大げさにため息をついてみせ、カダルが笑った。
「ご苦労なこった。それじゃ、次の紛争予想地域でも教えてもらうとしようか」
宴も酣、エリオットの杯に酒を注ぎながら、少女は先ほどの問いを反芻していた。それは、戦う理由。
「エリオット騎士団長、あなたが戦うのはやっぱり王国と民の為?」
何気ない問い。だが、今の青年には思うところがあったのかもしれない。
ややあって、確かめるような返答があった。
「そう、だな。そうだと思う」
青年も迷いながら、それでも日々王国を、人々を守ることに奔走しているのだろう。
そう思うと、リシャーナは言えなかった。
──自分は想い出を守る為、過去に囚われたまま戦ってる、なんて。
「……そう。今日は共に戦った皆に歌を捧げるわ」
リシャーナの奏でる歌は森の澄んだ空気のように心地の良い響きで、酒場に居た他の騎士たちの心をも慰めた。
歌う音色の向こうには、彼女の故郷の森の景色があるのだろう。
少女の心が、時が、ありとあらゆる全てが止まったあの日あの瞬間の景色が。
忘れることなどできないまま、時の過ぎゆくことも忘れて、少女は王都の夜に歌った。
「騎士団長さんよ。アンタ、何か心当たりか心配事でもあるのか?」
王国騎士団からの歪虚討伐依頼を引き受けたハンターの一人、ラスティ(ka1400)がそんな疑問を口にした。この問いは、同道するグラズヘイム王国騎士団長のエリオット・ヴァレンタインに向けられている。ラスティの頭は青い炎が描かれたフードにすっぽり覆われていたが、前髪とフードの隙間から覗く金の双眸は強い。値踏みするような視線が、騎士のそれと絡み合う。
「心当たりはない。ただ……気になった。それだけでは不足か」
ラスティの納得する答えが得られたかは解らない。少年はしばし相手の目を見つめた後、ふいと前を向いた。
「そういや、過日も近隣で似たような雑魔の大群が現れたようだが……此度の5体はどうかな」
少年が仕掛けた話題を好機とばかりに、カダル・アル=カーファハ(ka2166)は言った。反応を確かめるように、エリオットの頭の天辺から足の先まで不躾なほど視線を送りつけると不敵に笑う。
「音に聞く最強の騎士団長殿が直々に御出座しとは不穏な気配だな」
「……現場の騎士たちの方が忙しい。俺が来たのもその程度の理由だ」
「どうだかな」
戦いへの高揚感からだろうか。喉の奥からくくっと低い笑い声を漏らすと、カダルは剣の鞘を撫でた。
「大きな混乱の予感、か……血が騒ぐな」
そんな物騒な話題の渦中、ジェーン・ノーワース(ka2004)は一度だけカダルとエリオットの顔を交互に眺めたが、何を言うでもなく小さく息をついた。彼女にとって、本件の真相や騎士団長の思惑など興味の範疇外だ。もし今彼女が口にする台詞があるのだとしたら、それはきっと「どうだっていい」などという類の言葉だろう。
薄い唇が動くことはなく。華奢な体より遥かに大きな武器を携え、少女は無表情に先を歩いて行った。
一方、依頼主の青年に視線を送るもう一人の少女が居た。
「この人が王国騎士団長……」
リシャーナ(ka1655)は、王都を発ってからここまでの間に気付いたことがあった。率直にいえば、現場のハンターは依頼を忠実にこなせればよい。つまり、依頼の真の目的が何であるかを知る必要は無い。なのに、エリオットは現場の幼いハンターの問いにも都度律儀に応えようとしている。言葉を選びながら、誤解のないように。
そんな様子を見ていたら、リシャーナには自然と感じられたのだ。彼は実直そうな人だ、と。
「エリオット騎士団長」
澄んだ声が呼びとめる。それにまた律儀に振り返る青年を見て、少女に自然と笑みが浮かんだ。
「一緒には戦わないのは私達ハンターを信頼しているから……だったら嬉しいわ」
信頼という言葉は重い。それが相手にどう受け取られたかは解らないが、ややあって青年はこう答えた。
「信頼……しても、いいのか」
余りに愚直な答え。笑っては失礼だろうかと、少女は口元を緩めるにとどめた。
「応えられるよう、在りたいわ」
●
街道をどれくらい西へ歩いただろう。
突如エリオットが足を止め、ジェーンが元より悪い目つきを更に険しくし、遠方を指差した。
「……あれ、見える?」
ハンター達は一斉に目を凝らす。その方角に居たのは群れた獣。……だが、強烈な違和感を訴えている。
二足歩行の、羊。歪虚だ。
「あれが……歪虚。上手く……倒せるかな……」
神乃島・宵(ka0180)が小さく息をのんだ。脅威を前に僅かな不安が芽生えたのか、思わず皆を見回す。
どの覚醒者も、怖気る様子はない。明確な覚悟を持って、今この場に立っているのだろう。
──じゃあ、私は?
無論、宵にも強い想いがある。ここに立つだけの理由が、ある。
少女は、小さな手を重ね合わせるようにして胸に当てた。いつもより少し鼓動が早い。
落ち着けるように瞳を閉じ、深い呼吸を繰り返す。
宵が想うのは、遠く離れた場所──リアルブルーに居る母の事。
早く会いたい。その一心で、少女はハンターになった。
戦うことは好きでも得意でもなんでもない。でも、それが一番早い解決法だと教えてもらった。だから……
「……頑張る」
少女のか細い足は、確かにこの異世界の大地を踏み締めている。今ならきっと恐れず戦えるだろうと思えた。
「街道を荒らすよりは、何もない平地に誘い出した方が、周辺被害を考えず存分に戦えるだろう」
歪虚を発見した一同はカダルの提案に是非もなく、周辺調査を行うというエリオットと別れ、街道から少しそれた平地を進むこととした。だが、街道からそれたハンター達に気付いていないのか、あるいは気付いていて無視を決め込んでいるのか。羊たちはこちらの動きに構いもせず、王都へ続く街道をそのまま東に進んでゆく。それでも確実に距離は縮まっている。歪虚への接近を図るハンター達の中、ラスティが小さく息を吐いた。
「もう少しだ……」
集中を高める少年のマテリアルは、徐々にエネルギーに変換されてゆく。次第に、手にした魔導銃へ装填されゆくかのようにエネルギーが集約。攻性強化、完了。少年の射程、約36m。歪虚の群れは、“既に少年の射程圏に入っている”。だが、少年は撃たない。射程約24mのマジックアローを放つリシャーナに先手を譲ると決めているからだ。
『……君たちは、なぜ、戦うんだ』
ラスティの耳に届いたそれは、彼の心にはノイズだったかもしれない。
……どうして戦うのか、など。あまりに唐突だ。
敢えて理由を言うのなら、それは御大層に世界を救うだとかそんなことじゃない。
彼曰く「もっとくだらない個人的な理由」によるものなのだろう。
魔導銃の引鉄にかかる指へ力がこもる。
少年は、この“戦いという行為”が必要だと思った。そのために、こうして武器を取ったのだ。
「始めるとするか」
カダルの合図を受け、リシャーナは応えの代わりに息を吸い込む。
少女の指先に集うマテリアルの輝きは、やがて一本の光を紡ぎあげる。そして……
「行きます」
──放った。
瞬く間に射出されたエネルギーの矢は距離24mの先に居る歪虚へ見事に命中。ハンター達の先制攻撃は狙い通り成功した。距離が長かったこともあり、それは先頭を行く羊の腕ではなく胴部を貫くに終わったが、怨……と、底冷えするような呻きが風に乗って届いた。ぞくりとするほど呪いめいた響き。羊は唸り声をあげ、ハンター達の方を向いた。まだ息がある。
ようやく出番だとばかりに、ラスティは十分狙いをつけていたそれ目掛け、ためらいなく銃を撃った。思いのほか引鉄が軽かったというどうでもいい事実を知り、少年は戦いに染まる自分に僅かに心を曇らせるけれど、射出されたエネルギーは意に反して迷いなく飛ぶ。先のリシャーナの一撃で動きの鈍っていた歪虚は受けることも叶わず、痛烈な叫びをあげて霧散。
「……残り、4体」
羊たちは、ハンターから攻撃を受けたことにより、ようやく彼らの存在に気づいたようだ。街道を歩いていた群れは、そこからそれるようにハンター達のいる平地へ突出。だが1点、ラスティたちの想定通りでなかったのは、羊たちの移動力が想像以上に高かったことだ。
僅か10秒、瞬く間に距離を詰められた。だが、対するハンターも準備なしにそれを見守る訳ではない。
「向かって来るならば待ち構えれば良い」
霊の力を借りたカダルは、敵の懐に入り込み、かと思えば翻弄し、十分に雑魔の注意を引き付けた。
生じた隙を宵が間断なく刺し、ガラ空きの懐へドリルの強烈な一撃を叩きこむ。
衝撃に態勢の崩れた敵を、ジェーンが追い撃つ。小柄な体で急速に接近すると、驚くほど柔軟に体をしならせた。体格で劣るパワーを、全身のばねで補うのだろう。華奢な腕からは想像もできないほど豪快な一閃が振り抜かれる。切り裂かれた胴部。迸る血飛沫にも少女の面持ちは変わらない、はずだった。だが、眼前のそれはまだ息があり、ジェーンは辟易した表情を見せた。
「おーおー、おっかねえ。喧嘩の弱い俺にはホント辛いぜ」
瀕死の敵へ滑り込んだのはリカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)。崩れた敵の脇腹に狙いを定め、トンファーにマテリアルを注ぎ込む。徐々にエネルギーは収束。限界まで仕上げた強烈な一撃を、一気に叩きこんだ。
あまりの連撃を前に、叫びも漏らさず消えゆく歪虚。
「正面戦闘なんて本当に柄じゃねえんだ、俺はただのコックなんだぜ?」
そう言っておどけるリカルドの眼前、敵数は残り3。青年は直ちに他の歪虚から距離を取るように身を翻す。
にっと笑うリカルドが“スペースを空けたそこ”に居たのは、ラスティ。背の高いリカルドの影に、少年が隠れていたのだ。
「後は任せた」
リカルドから託された少年の金の瞳に、様々な術式が浮かんでは消える。かつてない集中。
あまりに滑らかに構えた魔導銃の銃口が光った。
──たったの、一撃だった。
控えていた羊を、ラスティの銃撃が文字通り消し去った。残り、2体。
瞬く間に半数以下となった羊たち。だが、あまりに短い間の出来事だったためだろうか。明らかに敵う筈もないこの状況を未だ認識できていないらしく、哀れにも2体の羊が攻撃直後のハンター達に襲いかかる。
最初に狙われたのは、ジェーン。だが少女はそれを回避。
次いで狙われたのは囮役として雑魔の注意を惹きつけていたカダルだった。羊の振りかぶった大斧が、褐色のエルフへ振り下ろされる。間一髪、身をよじったカダルだが、斧は確かに彼の足を裂いた。ブーツは裂け、生地の合間から血が噴き出す。だが、男の眼前に敵がいる今は、チャンスでもある。
「逃がさねぇ」
斬られた痛みまで享楽するように、カダルは負傷した足を軸にそのまま敵の脚部めがけてバスタードソードを振り抜いた。同時に、剣閃を追うようにジェーン、宵、リカルドが駆ける。
1対4。周りを囲まれ、隙間なく襲い来る連撃。全てをかわし切ることなど、出来やしないだろう。
「いくよ……!」
黒いマテリアルを纏い、猫のようにしなやかに宵が迫る。
小さな手に不似合いな円錐形のドリルを備えた魔導機械が、高速で回転し唸りをあげる。
「祖霊よ、力を貸して……!」
幼いベルセルクは、心にいっぱいの想いを抱いて、その手で敵を貫いた。
貫通した胴部から虚空に溶け行く歪虚。その生死の感覚は曖昧で。けれど少女は、確かに敵を葬っていた。
あと、1体──だが、目の前で羊は逃走を開始した。無論、ハンター達もそれを見越していたため、敵の逃走が無駄に終わることは明白であったのだが、その手際はあまりに見事だった。
カダルが地を駆けるもので追いすがって敵の逃走方向を逸らし、続くリシャーナが羊の脚へ向けて光の矢を放った。瞬後、敵はバランスを崩して大地に勢いよく倒れ込む。
今こそ、好機。それを掴んだのは、ジェーンだった。カダルの逆サイドへランアウトで滑り込む。
少女の瞳には、確かに死を待つだけの哀れな羊が映っていただろう。
だが、少女が見ていたのは更にその先にある“勝利”に他ならない。
──負けたくない。
少女の胸中を支配していたのは、ただそれだけだった。
なぜ戦うのかと、この戦いの前に問いかけた青年の横顔を思い出す。
なぜって、そんなこと決まってる。負けたくない。その為に、心も体も強く在りたかった。それだけだ。
薙刀を強く握る。小さく呼吸をする。
全身が心臓になったみたいに、体のそこかしこからドクドクと音が聞こえてくる。
こんな大事な時に限って、負け続けた記憶が心に影を差す。
少女には今まで一度だって勝ちなんか無くて、だからこそ目の前の勝利に怯えそうになる。
「今度は絶対に、負けない」
小さく呪文のように唱え、震える手を制する。
体にマテリアルを潤滑させた少女は、洗練された動きで全身をしならせた。
大きく振りかぶった刃を、誰よりも素早く薙ぎ払う。それは、確実な一撃。
裂いたそばから消えゆく歪虚の感触は淡く。勝利の手応えはまるでなかったけど。
──もう、恐い事から逃げたりなんて、しない。
目深に被っていたフードが、風に乗ってするりと落ちた。
こうして、ハンター達の視界から歪虚の脅威は消え去った。
●
グラズヘイム王国の首都イルダーナ、第3街区。
王国騎士たちの憩いの場となっている酒場の1つに、ハンターたちは居た。
『なぜ戦うと言われてもな、単なる生活だよ』
帰途につく頃、リカルドはエリオットにそう告げていた。だが、その言葉から本来受けるであろう諦観は彼の口調から感じることができなかった。なぜかはわからないが、青年の表情は、平穏に暮らしてきた人間から遠い匂いを感じさせる。深い事情があるのだろう。本人もそれを語る気配はないようだった。
そんなリカルドも、宴では裏方に回っていた。あくまでコックだ、と言っていた彼はどうやら本当にコックだったらしい。厨房から彼が運んできた大皿には、ハーブの香りを纏わせ、キツネ色に焼き目のついたチキン。
「雇い主殿が負担してくれるということだからな。仕方がない、付き合うとするさ」
カダルはグラスを傾けると、向かいに座る青年へこう切り出す。その視線はやはり鋭いまま。
「さて、“気になること”の調査結果はどうだったんだ?」
「……可もなく不可もなく、だな」
これにはラスティも気がかりがあったのか、机の上に肘を載せ、続きを促すようにエリオットに視線を送る。
「近隣を調べたが、歪虚に関連するものは何も出てこなかった」
「どういう意味?」
オレンジジュースを口にしていた宵が首を傾げる。
「言葉通りだ」
「なるほど、無駄足だったってことか」
次の料理を運んできたリカルドが落胆した様子で大げさにため息をついてみせ、カダルが笑った。
「ご苦労なこった。それじゃ、次の紛争予想地域でも教えてもらうとしようか」
宴も酣、エリオットの杯に酒を注ぎながら、少女は先ほどの問いを反芻していた。それは、戦う理由。
「エリオット騎士団長、あなたが戦うのはやっぱり王国と民の為?」
何気ない問い。だが、今の青年には思うところがあったのかもしれない。
ややあって、確かめるような返答があった。
「そう、だな。そうだと思う」
青年も迷いながら、それでも日々王国を、人々を守ることに奔走しているのだろう。
そう思うと、リシャーナは言えなかった。
──自分は想い出を守る為、過去に囚われたまま戦ってる、なんて。
「……そう。今日は共に戦った皆に歌を捧げるわ」
リシャーナの奏でる歌は森の澄んだ空気のように心地の良い響きで、酒場に居た他の騎士たちの心をも慰めた。
歌う音色の向こうには、彼女の故郷の森の景色があるのだろう。
少女の心が、時が、ありとあらゆる全てが止まったあの日あの瞬間の景色が。
忘れることなどできないまま、時の過ぎゆくことも忘れて、少女は王都の夜に歌った。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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作戦相談卓 ラスティ(ka1400) 人間(リアルブルー)|20才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2014/06/27 03:46:40 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/06/22 17:12:33 |