ゲスト
(ka0000)
【初夢】立ち上がれよ、Gladiator
マスター:近藤豊

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2019/01/02 22:00
- 完成日
- 2019/01/04 15:29
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「ハロー、シチズン! 私はエンドレスです」
新型CAM『ヴァルキリー』を乗せた揚陸艦『ヴァルハラ』は、メキシコシティから一路南アフリカへ向かっていた。
ヴァルキリー及び搭載されたシステムDAS『Deadry Alliance System』の産みの親であるマドゥラ・フォレスト博士。彼女が事前に入力していた自動プログラムでヴァルハラは南アフリカへ移動しているのだが、ヴァルキリー達のパイロットの顔は暗いままであった。
「あの機体に……」
暗く押し黙ったパイロット達の沈黙を引き裂くように、一人のパイロットが口を開く。
だが、次の言葉が何が出てくるのかを他のパイロット達は即座に理解していた。
「私の大切な『あの人』がいるんでしょ?」
DASの核となるブラックボックスは統一地球連合宙軍内でも最重要機密となっていた。
その機密の正体は、人間の感情に眠るエネルギーを研究した精神力学を元に創造されたエンジンである。具体的には液体化されて自身で死ぬ事すら許されなくなった人間。
パイロットの大切な人間がヴァルキリーの核となり、パイロットを想う心を利用して高い性能を引き出していた。
「ああ……。戦争に勝つ為、なんだろうけど……鬼畜以下の所業だ」
苦々しい表情のまま、言葉を漏らす。
この場にいるパイロット達にとって大切な人が、液体化されて愛機の中にいる。
逃げる事も、話す事も、逃げる事も許されない。
できるのは、大切な人を想う事だけ。
強制された想いを前に、パイロットは苦悩する。
今までDASを稼働させてきたが、それは核として眠る大切な人の想いを使ったものだった。
軽くなる命。
血塗られた技術は、パイロット達と核となった人間の運命を翻弄する。
――更に、悪い事は重なる。
「残念なお知らせが二点あります。
一つはこの船の燃料が残り少ない事から、ケープタウン到達が限界です。その上、目的地は敵拠点である事から本艦は飛行不可能レベルのダメージが予想されます」
「え!?」
「これも始めから想定された状況です。気にしないで下さい」
気にするな、とは言うが、自身の機体がバラバラにされるのをどう思っているのだろうか。
そのようなプログラムだとしても――。
「もう一つは、軍が本艦の奪還を目指して動き始めました。軍に捕縛されれば身柄を拘束されます。DASの真実と共に闇から闇へ葬られるでしょう」
追加でエンドレスからもたらされる情報。
軍は作戦から離れたヴァルキリーとパイロット達を追跡するように進軍を開始した。エンドレスの話では既に大軍は南アフリカへ向かっている事を察知。欧州、アメリカ、中東の軍を南アフリカに向けて進軍を開始したらしい。
「お尋ね者な上、今から向かうは敵の本拠地か」
退けば、軍に身柄を拘束。まともな裁判も行われず、事実は闇から闇へ葬られる。生かしておくのか、それとも闇で人知れず殺されるか。
進めば、そこは歪虚の本拠地。地球方面司令官の黙示騎士ウォーレンが待っている事は周知の事実。本拠地の対空砲火も激しい事から、ヴァルキリーが到着する頃にはエンドレスもヴァルハラもその機能を停止しているだろう。
退くも進むも地獄――それがパイロット達に残された未来である。
「……博士は、何故南アフリカへ私達を行かせるのかしら?」
「そりゃ、ヴァルキリーで歪虚と戦えって事だろ?」
「私達、このまま戦っていいのかな……」
パイロットの言葉に、再び沈黙が訪れた。
ヴァルキリーに乗って戦えば、再びDASの一部となった者に負担をかける事になる。
歪虚を相手に戦うしかないとしても――。
悲痛なパイロット達を前に、エンドレスは非情な言葉を告げる。
「間もなく南アフリカ、ケープタウンへ到着します。ヴァルキリー機内にて待機をお願いします」
●
「私には不要です」
歪虚ブラッドリー(kz0252)は吐き捨てるように言った。
ケープタウンに建造されたドーム型巨大クラスタは、地球を侵攻する歪虚達にとって最大の重要拠点である。ここが陥落すれば、歪虚は地球における橋頭堡を失う事になる。
冷たい声を前に、黙示騎士ウォーレンが諫める。
「そう言うな。人は力を付けた。それはお前にも分かるだろう」
「ええ、天使達は強くなりました」
「それに応える為にも必要だ」
ウォーレンはそう言うが、ブラッドリーは納得できなかった。
「稼働させれば、汎用DASが稼働します。これで貴方の力は向上するでしょう」
汎用DAS。
それは量産型ヴァルキリーに搭載されたエンジンである。通常ヴァルキリーはパイロットにとって大切な者であり、大切な者が想う気持ちがヴァルキリーに力を与える。しかし、この場合量産には不向きである。そこで軍は核にパイロットが大切な者だと『思い込ませる』事に成功した。
言い換えれば、まったくの他人を大切な者と誤認させてエネルギーを引き出している。
――人はここまで非情になれる。それも戦争という狂気に満ちた時間が為せる所業なのか。
「俺はお前を信じよう。できれば、人の技術に頼りたくはないが」
ウォーレンの言葉にブラッドリーは明確に不機嫌さを露わにする。
そう、歪虚側に持ち込まれた兵器は人間が生み出した代物なのだ。
何故歪虚に力を貸すのか。これが罠と考える方が自然だ。
「もう一度問います。何故、私達に力を?」
「私は……どっちが勝とうがどうでも良いのです。私が見たいのは……私が生み出した兵器同士が戦い、どちらが上かを競い合う姿」
この天使も、心が壊れている。
それがブラッドリーにとって率直な感想だ。
この戦いで生み出された歪みは、何処まで狂わされていくのか。
まさにこの星は煉獄。
「好きになさい、フォレスト博士」
そう言い残して、ブラッドリーはマドゥラ・フォレスト博士に背を向けた。
●
<エンドレスから事前情報>
ケープタウンクラスタでは下記敵の出現が予想されます。事前情報である為、下記以外の装備や能力を保有している可能性もあります。
・歪虚CAM × 多数
敵に撃破されたCAMに狂気が取り憑いた存在。手にしているアサルトライフルやソードで攻撃。
・中型狂気(地上) × 多数
多脚型で手には巨大なハサミ、腹部に大きな口を持つ狂気。サイズはCAM程度だが、反応速度は歪虚を上回る。
・歪虚CAM『ペイルライダー』
歪虚ブラッドリーが操縦する機体。深い蒼に染められ、赤い瞳を持つ機体は敵対者に死をもたらしている。情報によれば電磁バリアや連射式レールガンを装備。スペックは大幅に異なる上、大型電磁砲に注意。
・黙示騎士ウォーレン
地球方面司令の黙示騎士。撃破成功すれば、歪虚の地球侵攻は瓦解するでしょう。
判明している武器はサーベル。正面から堂々と戦いを挑む力押しタイプです。
私がお手伝いできるのは、ここまでです。
敬天愛人。皆様のご武運祈ります。
新型CAM『ヴァルキリー』を乗せた揚陸艦『ヴァルハラ』は、メキシコシティから一路南アフリカへ向かっていた。
ヴァルキリー及び搭載されたシステムDAS『Deadry Alliance System』の産みの親であるマドゥラ・フォレスト博士。彼女が事前に入力していた自動プログラムでヴァルハラは南アフリカへ移動しているのだが、ヴァルキリー達のパイロットの顔は暗いままであった。
「あの機体に……」
暗く押し黙ったパイロット達の沈黙を引き裂くように、一人のパイロットが口を開く。
だが、次の言葉が何が出てくるのかを他のパイロット達は即座に理解していた。
「私の大切な『あの人』がいるんでしょ?」
DASの核となるブラックボックスは統一地球連合宙軍内でも最重要機密となっていた。
その機密の正体は、人間の感情に眠るエネルギーを研究した精神力学を元に創造されたエンジンである。具体的には液体化されて自身で死ぬ事すら許されなくなった人間。
パイロットの大切な人間がヴァルキリーの核となり、パイロットを想う心を利用して高い性能を引き出していた。
「ああ……。戦争に勝つ為、なんだろうけど……鬼畜以下の所業だ」
苦々しい表情のまま、言葉を漏らす。
この場にいるパイロット達にとって大切な人が、液体化されて愛機の中にいる。
逃げる事も、話す事も、逃げる事も許されない。
できるのは、大切な人を想う事だけ。
強制された想いを前に、パイロットは苦悩する。
今までDASを稼働させてきたが、それは核として眠る大切な人の想いを使ったものだった。
軽くなる命。
血塗られた技術は、パイロット達と核となった人間の運命を翻弄する。
――更に、悪い事は重なる。
「残念なお知らせが二点あります。
一つはこの船の燃料が残り少ない事から、ケープタウン到達が限界です。その上、目的地は敵拠点である事から本艦は飛行不可能レベルのダメージが予想されます」
「え!?」
「これも始めから想定された状況です。気にしないで下さい」
気にするな、とは言うが、自身の機体がバラバラにされるのをどう思っているのだろうか。
そのようなプログラムだとしても――。
「もう一つは、軍が本艦の奪還を目指して動き始めました。軍に捕縛されれば身柄を拘束されます。DASの真実と共に闇から闇へ葬られるでしょう」
追加でエンドレスからもたらされる情報。
軍は作戦から離れたヴァルキリーとパイロット達を追跡するように進軍を開始した。エンドレスの話では既に大軍は南アフリカへ向かっている事を察知。欧州、アメリカ、中東の軍を南アフリカに向けて進軍を開始したらしい。
「お尋ね者な上、今から向かうは敵の本拠地か」
退けば、軍に身柄を拘束。まともな裁判も行われず、事実は闇から闇へ葬られる。生かしておくのか、それとも闇で人知れず殺されるか。
進めば、そこは歪虚の本拠地。地球方面司令官の黙示騎士ウォーレンが待っている事は周知の事実。本拠地の対空砲火も激しい事から、ヴァルキリーが到着する頃にはエンドレスもヴァルハラもその機能を停止しているだろう。
退くも進むも地獄――それがパイロット達に残された未来である。
「……博士は、何故南アフリカへ私達を行かせるのかしら?」
「そりゃ、ヴァルキリーで歪虚と戦えって事だろ?」
「私達、このまま戦っていいのかな……」
パイロットの言葉に、再び沈黙が訪れた。
ヴァルキリーに乗って戦えば、再びDASの一部となった者に負担をかける事になる。
歪虚を相手に戦うしかないとしても――。
悲痛なパイロット達を前に、エンドレスは非情な言葉を告げる。
「間もなく南アフリカ、ケープタウンへ到着します。ヴァルキリー機内にて待機をお願いします」
●
「私には不要です」
歪虚ブラッドリー(kz0252)は吐き捨てるように言った。
ケープタウンに建造されたドーム型巨大クラスタは、地球を侵攻する歪虚達にとって最大の重要拠点である。ここが陥落すれば、歪虚は地球における橋頭堡を失う事になる。
冷たい声を前に、黙示騎士ウォーレンが諫める。
「そう言うな。人は力を付けた。それはお前にも分かるだろう」
「ええ、天使達は強くなりました」
「それに応える為にも必要だ」
ウォーレンはそう言うが、ブラッドリーは納得できなかった。
「稼働させれば、汎用DASが稼働します。これで貴方の力は向上するでしょう」
汎用DAS。
それは量産型ヴァルキリーに搭載されたエンジンである。通常ヴァルキリーはパイロットにとって大切な者であり、大切な者が想う気持ちがヴァルキリーに力を与える。しかし、この場合量産には不向きである。そこで軍は核にパイロットが大切な者だと『思い込ませる』事に成功した。
言い換えれば、まったくの他人を大切な者と誤認させてエネルギーを引き出している。
――人はここまで非情になれる。それも戦争という狂気に満ちた時間が為せる所業なのか。
「俺はお前を信じよう。できれば、人の技術に頼りたくはないが」
ウォーレンの言葉にブラッドリーは明確に不機嫌さを露わにする。
そう、歪虚側に持ち込まれた兵器は人間が生み出した代物なのだ。
何故歪虚に力を貸すのか。これが罠と考える方が自然だ。
「もう一度問います。何故、私達に力を?」
「私は……どっちが勝とうがどうでも良いのです。私が見たいのは……私が生み出した兵器同士が戦い、どちらが上かを競い合う姿」
この天使も、心が壊れている。
それがブラッドリーにとって率直な感想だ。
この戦いで生み出された歪みは、何処まで狂わされていくのか。
まさにこの星は煉獄。
「好きになさい、フォレスト博士」
そう言い残して、ブラッドリーはマドゥラ・フォレスト博士に背を向けた。
●
<エンドレスから事前情報>
ケープタウンクラスタでは下記敵の出現が予想されます。事前情報である為、下記以外の装備や能力を保有している可能性もあります。
・歪虚CAM × 多数
敵に撃破されたCAMに狂気が取り憑いた存在。手にしているアサルトライフルやソードで攻撃。
・中型狂気(地上) × 多数
多脚型で手には巨大なハサミ、腹部に大きな口を持つ狂気。サイズはCAM程度だが、反応速度は歪虚を上回る。
・歪虚CAM『ペイルライダー』
歪虚ブラッドリーが操縦する機体。深い蒼に染められ、赤い瞳を持つ機体は敵対者に死をもたらしている。情報によれば電磁バリアや連射式レールガンを装備。スペックは大幅に異なる上、大型電磁砲に注意。
・黙示騎士ウォーレン
地球方面司令の黙示騎士。撃破成功すれば、歪虚の地球侵攻は瓦解するでしょう。
判明している武器はサーベル。正面から堂々と戦いを挑む力押しタイプです。
私がお手伝いできるのは、ここまでです。
敬天愛人。皆様のご武運祈ります。
リプレイ本文
黙示騎士ウォーレン率いるVOIDの軍勢は、人類の故郷たる地球への侵攻を開始して数年が経過していた。
その間、人類の生存圏は確実に削り取られていった。
だが、人類――統一地球連合宙軍は新型CAMを戦線へ投入する。
新型CAM『ヴァルキリー』。
それは既存のCAMの性能を数倍以上に向上させる新型システム『Deadry Alliance System』――通称DASを搭載された機体となっている。こ
このヴァルキリーの登場は革新的であり、VOIDと人類の勢力図を塗り替える程の影響力を保持していた。
ヴァルキリーは量産され、VOIDへの反抗作戦が開始されようとしている最中――ヴァルキリーのパイロット達はある事実を知ってしまう。
禁断の秘密。
それを開けば、VOIDだけではなく軍も敵に回すもの。
それでもパイロット達は知らなければならない秘密であった。
パイロット達を乗せた揚陸艦ヴァルハラは、プログラムに従って南アフリカのケープタウンへと進路を取る。
ウォーレンが待つ居城へ向かうパイロット。
それを追跡するように大群を差し向ける統一地球連合宙軍。
運命の歯車は、既に終焉へ向けて動き始めていた。
●
「こんな馬鹿な事が……」
揚陸艦ヴァルハラの自室で、鞍馬 真(ka5819)は行き場の無い感情をぶつけるように拳で壁を叩いた。
ブラックボックスとされていたDAS。その核は人間の感情をエネルギーへ変換する精神力学を元に液体化された人間であった。それもパイロットにとって最愛とされた人物が収められ、死ぬ事も許されずパイロットへの感情を消費物として使われていた。
つまり、パイロット達はヴァルキリーで戦っている最中、DASの核となっている最愛の人を苦しめ続けていたのだ。
「知らなかったじゃ済まない。VOIDへ勝つ為だからって、人間はここまで非情になれるのか」
鞍馬には分かっていた。
愛機のヴァルキリーの中に妹がいる。
自分を庇って命を落とした妹。
『自分の分まで生きて欲しい』――その願いを守る為に鞍馬は今日まで生きてきた。
だが、その願いを叶える為に戦っていた裏で妹を苦しみ続けていたのだ。
その事実から目を背けて戦うほど、鞍馬は出来た人間ではない。
「……これで、終わりにしよう」
妹は生きろと言った。
だが、妹を苦しめてまで叶えるべき願いなのか。
たとえ勝利しても、そこに鞍馬にとっての自由はあるのか。
眼前のVOIDを倒しても、統一地球連合宙軍は秘密を知ったパイロットを赦しはしない。身柄を拘束するだけではなく、籠の中にいる鳥のように一生を幽閉されて過ごす事になる。いや、もしかしたら適当な罪状をでっち上げて戦場で始末するかもしれない。
「私は、自由を追いかける。最後の瞬間まで」
鞍馬の決意。
その間にもヴァルハラは、ケープタウンに向けて進み続けていた。
●
「……来た。こいつか。こいつさえあれば」
電子戦特化を念頭にカスタマイズされたR7エクスシア『トラバントII』。
その操縦席でリコ・ブジャルド(ka6450)は、ヴァルハラの信号を南アフリカ付近でキャッチする事に成功していた。
現在、地球はVOIDと統一地球連合宙軍という双方の衝突に見られがちだが、実際にはもう少し複雑だ。VOIDの侵攻で最大地球の半分を占拠された理由は各地域の軍が連携を取れていない事が大きな理由だ。アジア、欧州、北米・中南米の地域がバラバラにVOIDと対峙した事でVOID側の電撃戦への対抗が遅れたのだ。
その事実はVOIDによる侵攻で市民に被害が拡大しただけではない。
焦る軍の指揮命令系統の混乱。さらに新型技術開発の理由に市民の財産や人材を徴発する自体まで引き起こしていた。
市民を守るべき軍は、市民から強い恨みを買うケースも存在している。
だが、VOIDと戦う軍は人類にとって正義。
正義の名の下に、一部の市民は切り捨てられてきた。
リコは、そうした市民の一人である。
「情報通り、行き先はケープタウンか。あそこにはケープタウンクラスタがあるって話だったな。目的地はあそこか」
リコはヴァルハラを追跡していた。
それは一家を奪った統一地球連合宙軍の為ではない。
むしろ、統一地球連合宙軍と連合政府への復讐を誓っての行動だ。
軍に敵対行動を取る事はVOID側への支援を意味する。
頭で理解して感情を押し殺せば、不特定大多数は救われるだろう。
しかし、リコを含む一部の人々はその範疇から弾き出された。
財産を奪われ、逆らえばVOIDを味方したとして反逆罪で身柄を拘束。秘密裏に実験材料とされたケースも珍しい話じゃない。
正義ならば、何をやっても許されるのか。
VOIDに勝利したとしても、救われる市民の中に入る事のできなかったリコのような人々の平和は本当の意味でやってくるのだろうか。
裏切り者としての揶揄を乗り越え、リコは反政府活動を開始する。
その活動の果てに入手したのが、新型CAM『ヴァルキリー』と揚陸艦ヴァルハラの脱走。
今や、軍の旗印とされつつある正義の味方ヴァルキリー。
軍は情報を封鎖してこの事実を隠そうとしているが、リコはこの状況こそが政府と軍へ対抗する鍵と睨んでいた。
「デカい博打だ。賭け代は……自分の命。それでもやるしかねぇよな」
トラバントIIはヴァルハラに向けて南へ進路を取る。
既にこの場所もVOIDの支配地域。リコは覚悟を決めて行動を開始する。
●
「あなた、本当に馬鹿よ」
モニターの前で、一人の研究者が呟いた。
某CAMメーカーのテストパイロットだった男は、DASの搭載されたヴァルキリーで様々な戦いを生き抜いてきた。それもヴァルキリーの性能だけではなく、パイロットとしての腕も高いからこそだった。
しかし、男は知ってしまった。
DASの核となる存在は、パイロットの大切な人間である事を。
喋る事も眠る事も許されず、ただDASの中でパイロットの為を『想う事』を要求され続ける。想いは消費され、ヴァルキリーの戦う力へと変換される。
その事実は、男にとって看過できるものではなかった。
「弾道ミサイルを予定通り15分後に発射します。各員発射準備。オリオンの最終チェックを開始して下さい」
大型原子力潜水艦『ポセイドン』の機内に放送が鳴り響く。
太平洋上へ姿を見せた海神は、潜水艦発射型弾道ミサイルに乗せて一機のCAMを送り込む。
オリオン――ヴァルキリーをベースに企業が改修した機体であり、改良型DAS『アトロポス』により機体性能を向上させている。この機体を送り込む事は統一地球連合宙軍にも一切知らせていない。某企業が決定した判断であり、その裏には軍の横暴を牽制する意味合いもある。
「あと15分。発射すれば、社は一切の口を閉ざすわ」
研究者は、誰もいない部屋でモニターへ話し掛ける。
既にオリオンの操縦者は騎乗している。
物理的にではなく『電脳化』されて――。
DASに加え、オリオンはパイロットを電脳化する事で、物理限界を超える超高機動・高出力を実現していた。だが、それはパイロットの肉体を破棄して意志を電脳化するという精神工学の応用が用いられている。
「選んだ道だ。後悔はしていない」
機械音となったパイロットの声。
既に意志だけとなった存在。
肉体を捨ててでも、オリオンと戦う道を選んだ。
「アトロポスとパイロットの意志を強く共鳴させる事で通常以上の性能を引き出せる。だけど……今の技術ではオリオンの機体が耐えられない。長く戦う事はできないわ」
「何分戦える?」
「シミュレーションでは30分。それ以上は機体が追いつけず、霧散する」
起動開始から30分。
言い換えれば、それがパイロットが活動できる最後の時間。
人生最後の30分を、パイロットはVOIDとの戦いで使い切るつもりだ。
「30分か」
「そう、30分。……覚悟は決まっているのね?」
「ああ」
パイロットは、そう答えた。
後戻りするつもりはない。それがオリオンに乗ってきた男の選んだ道だ。
企業の思惑は関係ない。ただ、最後の瞬間まで戦い続ける。
「30分……思い切り暴れてきなさい」
「了解」
涙声の研究者に対してクオン・サガラ(ka0018)――アルター・Aは、いつもと変わらない声で答えた。
●
「エンドレス、何処までクラスタに近付けるの?」
R7エクスシア『mercenario』を射出用カタパルトに乗せるマリィア・バルデス(ka5848)。
ヴァルハラは事前にプログラムされた通り、南アフリカのケープタウンクラスタに向けて飛行していた。
それは敵の本拠地に向けてヴァルハラ一機で突入するに等しい。VOID側も統一地球連合軍所属の揚陸艦の黙って本拠地へ着陸させるはずがない。こうしている間にもVOIDの対空砲火にヴァルハラは晒され続けている。
「バリアで防衛していますが、長くは保ちません。各員は出撃準備を急いで下さい」
ヴァルハラの中央制御を司るあるエンドレスは、パイロットとヴァルハラを守りながら可能な限りケープタウンクラスタまで接近する。
それは事前に入力されたプログラムに従っただけなのだが、長い時間各地の戦域を転戦してきたエンドレスが体を張った行動にも感じ取れた。
「エンドレス……」
鞍馬は呟いた。
エンドレスは死ぬと理解していても、死地へ向かって飛び続ける。
役目を負い、それを果たそうとする姿勢。
鞍馬はその行動に共感していた。
「エンドレス。最近、恋人がいる夢を見るの。その相手の為なら、どんなに尽力しても惜しくないような。今DASにされたら、パイロットが大事な人だってあっさり誤認しそうな気がするのよね」
マリィアはエンドレスに自分の想いを語り始めた。
VOIDも軍も敵に回った。この世界で味方は誰もいない。
この戦場を生き抜く確率は低い。生き残っても軍に捕縛されれば、どのような目に遭わされるか分からない。
それでも――。
「人の想いを、玩具にされるなんて耐えられない。だから、絶対に死にたくないわ」
マリィアは断言する。
その方法は分からない。
だが、この戦場を必ず生き抜いてみせる。
「では、私は少しでもクラスタ近くに皆様をお連れします。バリアのエネルギーを推進力へ変換します」
エンドレスの声と共にパイロットにかかるG。
バリアへのエネルギーを推進力へ回す事で少しでもクラスタ近くへ強行着陸するつもりだ。だが、それはエンドレスの機体損傷率を向上させる。
「エンドレス、現地で情報を収集してくれた奴がクラスタの近くにいる。指定の地点へ近付けるか?」
リュー・グランフェスト(ka2419)はメイルストロムの操縦席からエンドレスへ話し掛ける。
これまでリューに軍の情報を流してくれていた養父の友人が、ケープタウンクラスタ周辺の情報を集めて送ってくれた。それだけでもありがたいのだが、リューの為に戦いたいと自ら現地でVOIDと交戦している。リューとしても友人を見過ごす事はできない。できれば着地地点付近であれば、その場所へ強行着陸したいところだ。
「予定よりも東へずれていますが、問題ありません。そこへ急行致します」
「私達を助けてくれるなんて、その人は随分あなたを想ってくれるのね。恋人?」
「ば、ばか! 違ぇよ!」
慌てるように否定するリュー。
友人は露払いのつもりなのかもしれないが、そこは大量のVOIDが待ち受ける場所。
あまり無茶をして欲しくはないのだが……。
「安心しろ。ヴァルキリーは生還させる。必ずな」
突撃接近仕様にカスタムしたコンフェッサーの中でミリア・ラスティソード(ka1287)は、はっきりと断言した。
今から自分達が赴くのは生存率が低い最低の地獄だ。
味方は自分達のみ。周囲はすべて敵。
それでもDASの秘密を知るヴァルキリーは、軍の横暴を止める重要な鍵だ。
この戦場からヴァルキリーを脱出させられれば、自分達の置かれた状況も必ず一変する。
「VOIDに勝っても軍が取って代わるなら意味がねぇ。本当の勝利を手にする為には、絶対にヴァルキリーは残さなきゃならねぇ」
「分かった。だけど、死ぬなよ」
ミリアの言葉に、リューはそう返した。
まるで死を覚悟した戦士であるような口ぶり。
その言葉にリューは不安を覚えたのだ。
「心配すんな。もう何度も修羅場を潜ってきたんだ。簡単には死なねぇよ」
ミリアはコンフェサーのシートに体を横たえる。
大きく揺れるヴァルハラ。
大きな振動がパイロット達を襲う。
「エンジン破損。さらに浮遊型が多数機体に取り付いた事で飛行が困難、予定地点の手前ですが緊急着陸します」
けたたましい警報音と共にエンドレスが淡々と状況を報告する。
下がり続ける高度の中で、パイロット達は意を決して出撃。
カタパルトから射出された機体は、対空砲火を掻い潜りながらケープタウンクラスタを目指す。
●
「……あれは!?」
空から墜ちてくる巨大な鉄の塊。
炎と煙を吐きながら墜落。木々をなぎ倒して地面を大きく削り取る。
リューからの情報が正しければ、あれが揚陸艦ヴァルハラ。
ならば、その付近にリュー達が降り立っているはずだ。
「リュー」
リューの友人である多由羅(ka6167)は汎用機『瑞那月』を墜落地点付近へ走らせる。
機動力を上げる代わりに祢々切丸以外の兵装を持たない特殊な機体ではあるが、リューの為にこの戦場で歪虚CAMを倒し続けていた。多由羅はかつてリューを育てた傭兵の従者であったが、傭兵の残した『何かあればアイツを頼む』との言葉を託されていた。以後、その言葉を胸に多由羅はリューの為に裏で支え続ける。
可能な限りの情報収集やリューを捕縛せんとする軍への妨害工作。
だが、リューより告げられたDASの秘密を聞き、かつて仕えた傭兵は既にこの世にはいない事を知った。
「あの方に託された以上、身命を賭してあなたを守ります」
歪虚CAMとすれ違う瞬間、瑞那月の祢々切丸が歪虚CAMに機体を捉える。
大きな刀傷が歪虚CAMの胴体に刻み込まれる。
取り憑いていた狂気が消え失せ、歪虚CAMだったものは地面へと転がる。
多由羅は振り返る事無く、瑞那月を落下地点へと急がせる。
もし、敵陣の真ん中に着地しようものならばリューの命が危うい。
急がなければ――。
「私は急ぎます。そこを通しなさい!」
多由羅は、押し通る。
すべてはあの方の想いに従って。
●
「大した歓迎だよ、本当に」
ミリアはアクティブスラスターで一気に前面の歪虚CAMへ接近。
コンフェッサーのマテリアルフィストを振りかざし、軌道上の歪虚CAMをなぎ倒していく。
神速刺突で道を切り拓こうとするが、大群の前に道は瞬く間に閉ざされてしまう。
ヴァルハラから脱出したパイロット達が着陸したのは、敵陣の真っ直中。ケープタウンクラスタの手前であった事から、敵の防御が厚い地点だった。ケープタウンクラスタを目指したいところだが、大量の歪虚CAMや中型狂気を前に道を拓くのに苦戦を強いられている。
「こんな所で死ぬ訳にはいかないのよ!」
mercenarioの試作型スラスターライフルでミリアを後方から援護するマリィア。
現時点でパイロット達に取り得る対策は、火力を可能な限り前面に集めながら集団でケープタウンクラスタへ向かって移動する事だ。
だが、時間を掛ければ掛ける程、敵の増援はやってくる。防戦を強いられる事から簡単に道を拓く事はできない。
鞍馬の目に飛び込むケープタウンクラスタの姿。
しかし、クラスタは見えていてもあと一歩届かない。
「くっ、もう少しなのに」
鞍馬のヴァルキリーへ迫る二機の歪虚CAM。
マテリアルナイフを片手に突進してくる。
鞍馬はリープテイルで間合いを詰め、マテリアルソードで胸部を貫く。
だが、残る歪虚CAMが側面から襲い掛かる。
「リープテイルで下がれるか?」
ブラスターを再燃させるヴァルキリー。
しかし、それよりも早く歪虚CAMのナイフが差し向けられるが――。
「……!」
突如、歪虚CAMへ突き刺さる黄金のマテリアル。
鞍馬の機体が振り返る先には、大型のキャノンを二門搭載したCAMであった。
「認めたくないものだな」
新型CAMに騎乗していた男の視界にはキャノンで吹き飛ばした歪虚CAMだったものを乗り越えて、次なる歪虚CAMが飛び込んでくる。
男は、両脇のキャノンを反転させて後方に向けてマテリアルを発射。その勢いで一気に間合いを詰める。
「……あなたは?」
「エンプティー・トピカル。そう呼んでくれ」
キャノンが特徴的なCAM『Loki Mk2』に乗る仮面の男は、鞍馬へそう名乗った。
●
エンプティー・トピカルを名乗る仮面の男が合流する事で、パイロット達の戦力は大きく向上する事になる。
だが、それでもケープタウンクラスタへの道はあまりに険しい。
それはケープタウンクラスタへ近づくにつれ、敵の増援が増えてくる事から明らかだ。「切りがない。時間をかければ、軍も到着する」
鞍馬のヴァルキリーがリープテイルで中型狂気へ肉薄。
ハサミを振り下ろすよりも早く、刃が体を貫いた。
VOIDの防御が時間経過と共に増強されるのは厄介だが、一番危険な事は統一地球連合宙軍がここに向かって進軍を開始している事だ。仮にケープタウンクラスタを破壊しても軍に包囲されれば逃げる事は困難になる。
「くそっ。このままじゃヤバいな。
先に進める奴は、行け! 殿は俺が引き受ける」
リューからの通信。
それはリュー自身が盾になる間に、仲間を先にケープタウンクラスタへ突入させる事だ。被害は最小限に抑えながら、黙示騎士ウォーレンを倒すにはこれ以外に方法がない。
「正気?」
「ああ。俺だって死ぬつもりはねぇよ」
メイルストロムのワイヤークローで歪虚CAMを引き寄せながら、大剣の一撃を浴びせかけるリュー。
こうしている間にも敵の増援が次々と現れている。決断は、早い方がいい。
「彼の覚悟を無駄にするな。今は目的を果たす事を考えるんだ」
トピカルの呼び掛けに他の仲間が応じて先を急ぐ。
ある一機以外は――。
「お前も行けよ」
ミリアのコンフェッサーがリューの前に立つ。
ミリアは最初から言っていた。
ヴァルキリーを生還させる、と。
リューが殿を申し出るなら、それは自分が代わるべき役目。
ミリアはそう考えていたのだ。
「何言っているんだ。ヴァルキリーでもないその機体で……」
「重装甲のこいつなら十分殿を務められる。言ったろ? お前等は生き残らなければならないんだ」
重いミリアの一言。
そこへ多由羅の瑞那月が現れる。
「いきなさい、リュー」
「多由羅……」
リューを救うべく戦場に姿を見せた多由羅。
それも、すべてあの人の願いを叶える為。
だが、久しぶりに見たリューの姿に大きな成長を感じ取る。
その上で、多由羅はリューを送り出す。
「リュー達の役割はクラスタの中にいるウォーレンを倒す事。ここで殿を務めるのは、私の役割です」
「…………」
リューの中での葛藤。
されど、その答えは最早出ている。
自らが殿を務めようとしていたのだから。
「無理するんじゃねぇぞ! 後で会おう!!」
「ええ、任せて下さい。心配なら約束しましょう。終わったらパインサラダでも作ってあげます」
メイルストロムは踵を返すと仲間の後を追い始める。
深紅の機体がこの場へ離れていく。
その姿を多由羅は見つめていた。
「いいのかよ。そんな『できもしない』約束なんかして」
ミリアは迫る中型狂気にマテリアルフィストを振るいながら多由羅へ話し掛ける。
この戦いで生き残るのは容易ではない。否、不可能と言っても過言ではない。
ミリアも多由羅も、ここに残る事は命を賭すも同義と理解していた。
「リューの目的を果たさせる為に、この命を使います。これでリューが前に進めるなら、ちょっとした嘘も許してくれます」
「へぇ。こりゃ、将来が楽しみだな。
さぁ、死ぬのは俺達の役目だ。ここから先は行かせねぇ!」
二機に迫るVOIDの軍。
二人は、死を覚悟して対峙する。
●
「博士。潜入に成功した」
「承知しました。暗号化通信も良好のようです。軍には気付かれていません」
「プロジェクトの邪魔になるウォーレンの撃破。必ず成功させる」
「貴方にとっても因縁の相手。確実に倒して下さい。地球の為、我らの為……」
「地球がもたん時が来ているのだ。このままでは悲しみだけが広がって、地球を押し潰す。ならば人類は、自分の手で自分を裁く。そして自然に対して、地球に対して贖罪しなければならん」
「こちらの準備は継続しております。お戻りになられましたら、作戦を決行する手筈です」
「分かった。これからクラスタへ突入する。以後の通信は行えないと思え。脱出時に連絡する」
「お待ちしております。総帥」
●
パイロット達に残された時間は少ない。
この事から敢えて戦力を分散して目的を着実に果たす事が決定した。
黙示騎士ウォーレンの捜索。
ブラッドリーの足止め。
そして、マドゥラ・フォレスト博士の捜索。
短時間であまりに多くの事を成し遂げなければならないのだが、果たせなければ彼らに未来はない。
「お待ちしておりましたよ。天使達」
「ペイルライダー……ブラッドリーか」
ウォーレンを捜索していた鞍馬の前に立つのは、深い蒼に染め上げられた一機の歪虚CAM。
エンドレスの情報であればパリクラスタ防衛の指揮を執っていたブラッドリーを名乗るVOIDだ。最終目標のウォーレンではないが、ここで誰かがブラッドリーを足止めしなければならない。
鞍馬は刀を手にヴァルキリーと対峙する。
「ウォーレンは何処だ」
「この先です。倒されるならお好きにどうぞ」
「なに?」
「ここへ誘われたのは楽園に現れた蛇の仕業。ですが、それも神の思し召し。神の下された試練を私は受けましょう」
ブラッドリーの言葉。
鞍馬はその蛇がマドゥラ博士だとすぐに理解した。
「博士の目的はなんだ?」
「知りません。興味もない。今、興味があるのは出会ってしまった私達の戦いの先にあるもの」
連射式レールガンを構えるペイルライダー。
戦い直前の緊張感。
だが、そこへ大きな地響きが発生する。
「なんだ?」
天井から突き出る円筒状の物体。
そこから一機のCAMが飛び出してくる。
「お前らには、この星はやりません」
金色の粒子を纏いながら現れたのはオリオン。
パリで出会った時とは段違いの能力にペイルライダーは電磁バリアを張って対抗する。
「その力。蛇の与えた知恵の実だけではありませんね。そこまでして戦いを続けますか」
「答える義務はない……そこのヴァルキリー。行け。ここは引き受ける」
アルターAは、鞍馬へ通信を入れる。
「分かった。ここは頼む」
「ああ」
鞍馬のヴァルキリーがブラッドリーの前を通過して後方へと消えていく。
「神の意志に従わぬ傭兵に裁きの鉄槌を」
「時間が無い。遊びはなしだ」
パリで出会った二機のCAMは、最後の決着を付けるべく衝突を開始する。
●
「へへ。ようやく到着したか」
リコのトラバントIIが目指した先は、不時着したヴァルハラだった。
機体に多数の損傷はあるものの、辛うじて中央制御のコンピュータは稼働している。
リコはトラバントIIとコンピュータを接続してシステムへの接触を試みる。
「ハロー……こちらは……エンドレス、です」
「エンドレス。このままじゃ壊れちまうぞ。緊急事態だ。こっちのCAMのシステムへシステムを移行させろ」
リコの狙いはエンドレスの持つシステムと機密データであった。
このデータさえあれば、軍や政府の相手に渡り合える可能性がある。
「要求承認。緊急事態としてシステム移行を開始します」
「頼むぜ。急いでくれよ」
リコはエンドレス周辺にVOIDの姿が消えた事を確認して近づいた。
それは、軍の到着が間近となっている事を意味している。データ移行が遅れれば、軍に拘束される事は間違いない。
「データ移行中……」
「お前のデータがあれば、軍の包囲だって抜けられるはずだ。期待してるぜ」
●
「博士。私達をここへ連れてきた理由……ウェットに考えるなら自分を殺させてすべてを公表したいからじゃないかしら?」
マリィアはマドゥラ博士を発見していた。
オーストラリアで行方不明となっていた博士は、ヴァルハラの行き先をケープタウンへ設定。ヴァルキリー達をここへ移送させた。その意図をマリィアは問い質していた。
「DASを通じて他人との交流。その技術発展を望んでいたけど、軍はそれを隠蔽した事で暴露を……」
「いいえ。私は知りたいだけ」
mercenarioに乗るマリィアの前でも、博士は臆する事はない。
ここにいる時点でVOID側を支援しているのは紛れもない事実。自らの死が近づいているはずだが、マリィアには期待に胸を膨らませているように見える。
「知りたい?」
「そう。私の作り出した技術と父の理論。それを持つ者同士が戦う。戦いは勝者と敗者に立場を分ける。同じ技術を作り出したなら、その差は何? 私はそれを知りたい」
「軍の情報隠蔽は?」
「私にとっては研究できるならどうでも良かった。検体やデータは幾らでも集められたから役には立った。でも、次なる実験は軍だけでは不足なの。だから、VOIDに基地を襲わせたの。ヴァルキリー部隊を転戦させて軍とVOIDと戦わせる」
「そんな事の為に私達は……」
マリィアは博士が軍の仕打ちから裏切ったと考えていた。
だが、博士が軍を裏切っただけではなく、オーストラリアの実験施設を襲わせていた。すべては自身の知識欲の為に。
「博士、あなたは……」
言い掛けたマリィアは自らの制した。
まだその時じゃない。本番は、軍がここへ到着してからだ。
●
「来たか」
ウォーレンの元に辿り着いたのは、リュー、鞍馬、トピカルの三機であった。
「傭兵セイル・ファーストの一番弟子、リュー。そして相棒のメイルストロム」
リューはウォーレンに対して正々堂々と名乗りを上げる。
剣を立て、騎士のように名乗るのは、この戦いへ送り出した者達の想いを背負っているからだ。
「ウォーレン。ここで終わりにする。地球を自由にはさせない」
鞍馬も仲間と連携しながら、正面から戦う相手だ。
きっとこれが最後の戦いになる。下手な小細工は鞍馬自身もしたくはない。
「潔さは良い。そこのお前も名乗ったらどうだ?」
ウォーレンはトピカルへ名乗りを促す。
ウォーレンも感じ取っていたのだろう。トピカルのCAMと似た機体に出会った事がある、と。
「ウォーレン。大気圏での戦いでは仕留め損なったが、地獄から舞い戻ってきた。今度こそ、倒して見せる」
エンプティー・トピカルは仮面を脱ぎ捨てる。
そこにはかつて大気圏での攻防でウォーレンを追い詰めたキヅカ・リク(ka0038)の姿があった。
「やはり貴様か。いいだろう、来い。不利であろうと騎士である故、剣で答えよう」
ウォーレンの言葉と同時にウォーレンの体から金色の粒子が流れ出す。
それはDASの覚醒と同じ状況であった。
「これは……博士がVOIDにDASを渡したのか?」
「そうだろうな。量産型DASを製造したのだから、それの応用だろう」
リューの声に鞍馬は捕捉する。
量産型DASは核となっている人間にパイロットを大切な人間だと『誤認』させてエネルギーに変換する。つまり――。
「ウォーレンを大切な人だと思い込ませたのか。ここまでやるのか。地球の人々は」
キヅカは思わず呟いた。
それは長期化する戦争で垣間見られる人間の狂気。モラルや倫理を抑えられ、必要悪という理由を付けて許可された悪魔の所業。責任は戦争という事象に押しつけられ、罪の意識は掻き消される。
だが、その技術はVOIDに渡ってしまった。
「行くぞ」
ウォーレンの巨躯が動く。
「くっ!」
鞍馬のヴァルキリーはリープテイルを連続多用してウォーレンへ肉薄。
鞍馬の体に強い重圧がかかる。
「どうした、戦士よ?」
「いざ尋常に勝負!」
ウォーレンの横からメイルストロムが高速接近。大剣で斬りつける。
だが、ウォーレンは鞍馬と間合いを取ってメイルストロムの大剣を回避。手にしていた大剣でリューの追撃を受け止める。
「ウォーレン。もうすぐここに軍が大軍を送り込んでくる。そうなれば、人とVOIDの全面衝突だ」
「望むところ。その勝者こそが、生き残るに値する存在だ」
鞍馬とリューの双方をウォーレンは金色の粒子を纏いながら戦い続ける。
これが黙示騎士にDASを使わせた結果。二機の攻撃を巧みに躱しながら迎撃を続ける。
だが、チャンスは思わぬ形で生じる。
「俺の……いや、俺達の目指す先を邪魔する存在。貴様等VOIDは、排除しなければならない」
キヅカのLoki Mk2から金色の粒子が現れる。
『ゴッドキヅカキャノンモード』へ移行する事でキヅカキャノンへ変形。さらに装備されていたキヅカキャノンMk3を取り込んで、槍のような形状へとその体を変える。
「チャンスは一度。二機に気を取られている一瞬を狙う。できるか、俺に」
鞍馬のヴァルキリーがリープテイルを多用して手数を増やす。
その隙をついてメイルストロムがワイヤークローとブレスで畳み掛ける。
幾ら身体能力を向上させても、目の数は変わらない。キヅカが意識の外へいる今が、最大のチャンスだ。
「今だ」
キヅカは後方に向けてキヅカキャノンを発射。
その推進力でウォーレンの背中へ目掛けて飛来する。
「ぬ! バリアがある。残念だったな」
「計算通りだ。ロンギヌスキヅカキャノンを喰らえ……ブラストエンド」
キヅカのゴッドキャノンがバリアをこじ開け、ウォーレンの肉体を直接吹き飛ばす。
その瞬間を二人も逃さない。
「行け、メイルストロム! これで終わらせる」
メイルストロムのリープテイル。
急発信と同時に大剣を前へと構える。
別方向からは、鞍馬のヴァルキリーが急接近する。
「悪い。力を貸してくれ」
ヴァルキリーが金色の粒子を帯びる。
リープテイルで再加速して吹き飛ばされるウォーレンへ追いつく。
そして――。
二本の刃がウォーレンの体を貫いた。
「ま、まさか……ここまでの強さを得るか。人間よ」
ウォーレンは地面へと倒れる。
地球を追い詰めた黙示騎士は、ここで倒される。
それは、ケープタウンクラスタの最後でもあった。
●
一方、もう一つの戦いも決着がついていた。
既に左腕を失っていたオリオン。
だが、右腕に握られたアリアンロッドIIIがペイルライダーの胸部へ深々と刺さっていた。
「さらに自らの体を犠牲にするとは。それは自らへ課した罰、なのでしょうか」
ペイルライダーの機体はスパークすると同時に爆発する。
その後を追うように、オリオンの機体にまとっていた金色の粒子が一層濃くなっていく。時間切れ――約束の30分は、とうの昔に過ぎ去った。
オリオンは最後まで、戦ってくれた。
「罰か……そうかもしれん。いや、裁かれるだけでも幸せだ。罰せられれば、許されるのだから」
アルターAの言葉を最後に、オリオンの機体は金色の粒子に包まれて消失した。
●
「やった! クラスタが崩れていく」
ミリアの目にもはっきりと分かる。
ケープタウンクラスタの外壁が崩れていく事を。
それはウォーレンの死を意味していた。
ならば、残されたミリアの仕事は総仕上げとなる。
「どのみち、この機体じゃ逃げられない。だったら、少しでもあいつらの生き残る可能性を引き上げてやる」
ミリアはソウルトーチを使った。
周辺から殺到する歪虚CAM。それも群れを成して集まってくる。
「ミリア様」
多由羅の呼び掛け。
既に瑞那月も現れるVOIDの前に戦う術を失っている。逃げる事も最早不可能だろう。
「こっちに目を集めれば、逃げやすくなるだろ」
「でしたら、お供致しましょう。これだけ集めて自爆すれば、道も拓きやすくなりましょう」
「へっ……ナイスアイディアだ」
既に二機に抗う術は残されていない。
それならば、少しでも自爆に巻き込んでリュー達を脱出しやすくする。
それが二機にできる最後の足掻きだ。
「マスター……貴方の命に背く事をお許し下さい……。
リュー。私は信じています。マスターを継ぐ貴方に、どうか……」
多由羅の言葉を最後に、二機は多くの歪虚CAMを巻き込んで爆発した。
●
崩れゆくクラスタの中で、マリィアは博士と対峙していた。
博士を生かせば、核となった人間を早期に戻せるかもしれない。
それは博士自身にも分かっていた。
「DASは更に進化する。人の感情には無限の可能性を秘めている。やはり精神力学は誤っていないのよ。軍が秘匿していただけでは、ここまでの結果は得られなかった」
「……」
マリィアはmercenarioの試作型スラスターライフルを博士に突き付ける。
「どういうつもり? 私はまだ研究を続けなければならないの。ここで死ぬ訳にはいかないのよ」
「こんな私にも愛する人はいるの。その人の為なら、自分の身を犠牲にできるかもしれない。だけど、この感情を他人の消費物として使われる訳にはいかないのよ」
マリィアは博士に照準を定める。
巨大な銃口が自分に向けられる意味を、博士は今頃気付いたようだ。
「ここで私を殺しても何の意味もないわ? そ、そうよ。あなたの大切な人を探してあげる。私が……」
「VOIDを巻き込んですべてを暴露しようとしたと思ってた。それなら博士を助ける意味もあった。だけど……博士が生きていれば、研究の名の下に多くの人が不幸になる。
軍もDASもVOIDも関係ない。私がここで終わらせる。可哀想なヴァルキリーを産まない為に」
マリィアは、今まで流していた通信を切った。
今まで博士との会話は、周辺に展開している軍にも入っているだろう。
DASに秘められた秘密や博士の裏切りで軍は大騒ぎしている頃だ。
だが、ここから先は必要ない。博士の悲鳴は、マリィアだけが聞けばいい。
「待ちなさい。今私を殺せば、人類は大きな損失になる。私は勝利に役立つ為に正義の研究を……」
「正義なんて名乗らないで。正義なんて、どこにもないの」
マリィアはスラスターライフルの引き金を引いた。
●
「いたいた。お前、ヴァルキリーだろ? 今から軍の包囲網を突破する。手伝ってくれよ」
リコはクラスタから脱出したリューの姿を見つけた。
気付けば、鞍馬やキヅカとはぐれてしまい、リューだけが単身包囲網突破を試みようとしていた。
「構わないが、多由羅を知らないか? 瑞那月ってCAMに乗っていたんだが」
「……知らねぇ」
リコは敢えて知らないフリをした。
軍の通信を傍受する最中、リューの名前を口にする通信を耳にした事。
そして、その通信を最後に大きな爆発を目撃した事。
リコはこの状況から脱出を優先するべきと判断したのだ。
「そうか。まあ、約束したからな。きっと自力で脱出してるだろ」
「じゃあ、行くぜ」
リコはトラバントIIのジャミング装置を使って軍の一部へ通信妨害を仕掛ける。
エンドレスも力を貸してくれたおかげで、軍の包囲網突破に役立った。
――リューが多由羅の死を知るのは、もう少し後の事だった。
●
「……最後まできみを苦しめて、ごめん。
これで最後だから。もう少しだけ力を貸して欲しい」
鞍馬のヴァルキリーは軍に向かって単身攻撃を仕掛ける。
仲間を逃がす為には、誰かが軍を相手にしなければならない。
既に散っていた仲間の努力を無にしない為にも、鞍馬は最後までケープタウンに残っていた。
「そんな役回りだと、自分でも分かってる」
リープテイルでデュミナスに肉薄。
刃を突き立てた後、急発信。ライフルの銃弾を回避する。
既に複数の銃弾がヴァルキリーの機体を貫いている。VOIDやウォーレンとの戦いで負った傷で軍を相手取るのは、そもそも自殺行為だった。
それでも――。
「投降しろ! そうすれば、軍事裁判にはかけてやる」
軍からの一方的な通信。
だが、鞍馬は通信機の電源を切った。
DASを多用してヴァルキリーで戦ってきた鞍馬に、裁判を受ける資格はないと考えていたからだ。
「ようやく、休めるよ。本当に長かった……」
鞍馬はリープテイルを再燃させる。
ライフルを構えたデュミナス部隊を前に、ヴァルキリーが最後の意地を見せた。
●
統一地球連合宙軍は、ケープタウンクラスタの破壊を殲滅。
VOID地球拠点破壊を自らの手柄として発表した。
それは、事実上の勝利宣言である。
地球の人々はそれを両手で受け入れた。
その裏ではリコを始めとする反政府組織が暗躍。既にネット上ではDASの機密を流して反政府の機運を高め始めている。
一つの戦争が終わり、新たなる戦争の狼煙が上がる。
「総帥、既に準備は整っております」
「そうか」
キヅカ――反連合コロニー同盟総帥は、ゴッドモードの噴射を利用して大気圏を抜ける事に成功していた。
地球の連合政府から搾取され続けた連合コロニーは、反旗を翻して連合政府と連合宙軍へ鉄槌を下そうとしていた。既に量産型Lokiから始まった『neo deluge project』は、大詰めを迎えようとしていた。
「諸君。VOIDとの戦いを通じて、俺はある決意をした。
人類は今後、絶対に戦争を起こさないようにするべきだ。
それが『neo deluge project』の真なる目的だ」
キヅカは指し示した先には、数千万人が暮らす事も可能なコロニーサイズの巨大キャノン『エターナルキヅカキャノン』である。巨砲主義が跋扈していたコロニー同盟でも失敗策として放置されていたキヅカキャノンを、キヅカは敢えてこの作戦へ転用した。
超巨大キヅカキャノンを地球へと落下させて、核の冬を引き起こす。戦争の原因となる人間を殲滅させる為だ。
「このキャノンをもって、地球圏の戦争の源である戦争に居続ける人々を粛正する。
自らの道を拓く為、難民の為の政治を為に入れる為に! あと一息。
新たなる巨砲の時代を築く為に、俺に力を貸していただきたい! ジークキャノン!」
反連合コロニー同盟の手を離れ、巨大なキャノンは地球の引力に引かれ始める。
人間は、新たなる戦争を始めようとしていた。
その間、人類の生存圏は確実に削り取られていった。
だが、人類――統一地球連合宙軍は新型CAMを戦線へ投入する。
新型CAM『ヴァルキリー』。
それは既存のCAMの性能を数倍以上に向上させる新型システム『Deadry Alliance System』――通称DASを搭載された機体となっている。こ
このヴァルキリーの登場は革新的であり、VOIDと人類の勢力図を塗り替える程の影響力を保持していた。
ヴァルキリーは量産され、VOIDへの反抗作戦が開始されようとしている最中――ヴァルキリーのパイロット達はある事実を知ってしまう。
禁断の秘密。
それを開けば、VOIDだけではなく軍も敵に回すもの。
それでもパイロット達は知らなければならない秘密であった。
パイロット達を乗せた揚陸艦ヴァルハラは、プログラムに従って南アフリカのケープタウンへと進路を取る。
ウォーレンが待つ居城へ向かうパイロット。
それを追跡するように大群を差し向ける統一地球連合宙軍。
運命の歯車は、既に終焉へ向けて動き始めていた。
●
「こんな馬鹿な事が……」
揚陸艦ヴァルハラの自室で、鞍馬 真(ka5819)は行き場の無い感情をぶつけるように拳で壁を叩いた。
ブラックボックスとされていたDAS。その核は人間の感情をエネルギーへ変換する精神力学を元に液体化された人間であった。それもパイロットにとって最愛とされた人物が収められ、死ぬ事も許されずパイロットへの感情を消費物として使われていた。
つまり、パイロット達はヴァルキリーで戦っている最中、DASの核となっている最愛の人を苦しめ続けていたのだ。
「知らなかったじゃ済まない。VOIDへ勝つ為だからって、人間はここまで非情になれるのか」
鞍馬には分かっていた。
愛機のヴァルキリーの中に妹がいる。
自分を庇って命を落とした妹。
『自分の分まで生きて欲しい』――その願いを守る為に鞍馬は今日まで生きてきた。
だが、その願いを叶える為に戦っていた裏で妹を苦しみ続けていたのだ。
その事実から目を背けて戦うほど、鞍馬は出来た人間ではない。
「……これで、終わりにしよう」
妹は生きろと言った。
だが、妹を苦しめてまで叶えるべき願いなのか。
たとえ勝利しても、そこに鞍馬にとっての自由はあるのか。
眼前のVOIDを倒しても、統一地球連合宙軍は秘密を知ったパイロットを赦しはしない。身柄を拘束するだけではなく、籠の中にいる鳥のように一生を幽閉されて過ごす事になる。いや、もしかしたら適当な罪状をでっち上げて戦場で始末するかもしれない。
「私は、自由を追いかける。最後の瞬間まで」
鞍馬の決意。
その間にもヴァルハラは、ケープタウンに向けて進み続けていた。
●
「……来た。こいつか。こいつさえあれば」
電子戦特化を念頭にカスタマイズされたR7エクスシア『トラバントII』。
その操縦席でリコ・ブジャルド(ka6450)は、ヴァルハラの信号を南アフリカ付近でキャッチする事に成功していた。
現在、地球はVOIDと統一地球連合宙軍という双方の衝突に見られがちだが、実際にはもう少し複雑だ。VOIDの侵攻で最大地球の半分を占拠された理由は各地域の軍が連携を取れていない事が大きな理由だ。アジア、欧州、北米・中南米の地域がバラバラにVOIDと対峙した事でVOID側の電撃戦への対抗が遅れたのだ。
その事実はVOIDによる侵攻で市民に被害が拡大しただけではない。
焦る軍の指揮命令系統の混乱。さらに新型技術開発の理由に市民の財産や人材を徴発する自体まで引き起こしていた。
市民を守るべき軍は、市民から強い恨みを買うケースも存在している。
だが、VOIDと戦う軍は人類にとって正義。
正義の名の下に、一部の市民は切り捨てられてきた。
リコは、そうした市民の一人である。
「情報通り、行き先はケープタウンか。あそこにはケープタウンクラスタがあるって話だったな。目的地はあそこか」
リコはヴァルハラを追跡していた。
それは一家を奪った統一地球連合宙軍の為ではない。
むしろ、統一地球連合宙軍と連合政府への復讐を誓っての行動だ。
軍に敵対行動を取る事はVOID側への支援を意味する。
頭で理解して感情を押し殺せば、不特定大多数は救われるだろう。
しかし、リコを含む一部の人々はその範疇から弾き出された。
財産を奪われ、逆らえばVOIDを味方したとして反逆罪で身柄を拘束。秘密裏に実験材料とされたケースも珍しい話じゃない。
正義ならば、何をやっても許されるのか。
VOIDに勝利したとしても、救われる市民の中に入る事のできなかったリコのような人々の平和は本当の意味でやってくるのだろうか。
裏切り者としての揶揄を乗り越え、リコは反政府活動を開始する。
その活動の果てに入手したのが、新型CAM『ヴァルキリー』と揚陸艦ヴァルハラの脱走。
今や、軍の旗印とされつつある正義の味方ヴァルキリー。
軍は情報を封鎖してこの事実を隠そうとしているが、リコはこの状況こそが政府と軍へ対抗する鍵と睨んでいた。
「デカい博打だ。賭け代は……自分の命。それでもやるしかねぇよな」
トラバントIIはヴァルハラに向けて南へ進路を取る。
既にこの場所もVOIDの支配地域。リコは覚悟を決めて行動を開始する。
●
「あなた、本当に馬鹿よ」
モニターの前で、一人の研究者が呟いた。
某CAMメーカーのテストパイロットだった男は、DASの搭載されたヴァルキリーで様々な戦いを生き抜いてきた。それもヴァルキリーの性能だけではなく、パイロットとしての腕も高いからこそだった。
しかし、男は知ってしまった。
DASの核となる存在は、パイロットの大切な人間である事を。
喋る事も眠る事も許されず、ただDASの中でパイロットの為を『想う事』を要求され続ける。想いは消費され、ヴァルキリーの戦う力へと変換される。
その事実は、男にとって看過できるものではなかった。
「弾道ミサイルを予定通り15分後に発射します。各員発射準備。オリオンの最終チェックを開始して下さい」
大型原子力潜水艦『ポセイドン』の機内に放送が鳴り響く。
太平洋上へ姿を見せた海神は、潜水艦発射型弾道ミサイルに乗せて一機のCAMを送り込む。
オリオン――ヴァルキリーをベースに企業が改修した機体であり、改良型DAS『アトロポス』により機体性能を向上させている。この機体を送り込む事は統一地球連合宙軍にも一切知らせていない。某企業が決定した判断であり、その裏には軍の横暴を牽制する意味合いもある。
「あと15分。発射すれば、社は一切の口を閉ざすわ」
研究者は、誰もいない部屋でモニターへ話し掛ける。
既にオリオンの操縦者は騎乗している。
物理的にではなく『電脳化』されて――。
DASに加え、オリオンはパイロットを電脳化する事で、物理限界を超える超高機動・高出力を実現していた。だが、それはパイロットの肉体を破棄して意志を電脳化するという精神工学の応用が用いられている。
「選んだ道だ。後悔はしていない」
機械音となったパイロットの声。
既に意志だけとなった存在。
肉体を捨ててでも、オリオンと戦う道を選んだ。
「アトロポスとパイロットの意志を強く共鳴させる事で通常以上の性能を引き出せる。だけど……今の技術ではオリオンの機体が耐えられない。長く戦う事はできないわ」
「何分戦える?」
「シミュレーションでは30分。それ以上は機体が追いつけず、霧散する」
起動開始から30分。
言い換えれば、それがパイロットが活動できる最後の時間。
人生最後の30分を、パイロットはVOIDとの戦いで使い切るつもりだ。
「30分か」
「そう、30分。……覚悟は決まっているのね?」
「ああ」
パイロットは、そう答えた。
後戻りするつもりはない。それがオリオンに乗ってきた男の選んだ道だ。
企業の思惑は関係ない。ただ、最後の瞬間まで戦い続ける。
「30分……思い切り暴れてきなさい」
「了解」
涙声の研究者に対してクオン・サガラ(ka0018)――アルター・Aは、いつもと変わらない声で答えた。
●
「エンドレス、何処までクラスタに近付けるの?」
R7エクスシア『mercenario』を射出用カタパルトに乗せるマリィア・バルデス(ka5848)。
ヴァルハラは事前にプログラムされた通り、南アフリカのケープタウンクラスタに向けて飛行していた。
それは敵の本拠地に向けてヴァルハラ一機で突入するに等しい。VOID側も統一地球連合軍所属の揚陸艦の黙って本拠地へ着陸させるはずがない。こうしている間にもVOIDの対空砲火にヴァルハラは晒され続けている。
「バリアで防衛していますが、長くは保ちません。各員は出撃準備を急いで下さい」
ヴァルハラの中央制御を司るあるエンドレスは、パイロットとヴァルハラを守りながら可能な限りケープタウンクラスタまで接近する。
それは事前に入力されたプログラムに従っただけなのだが、長い時間各地の戦域を転戦してきたエンドレスが体を張った行動にも感じ取れた。
「エンドレス……」
鞍馬は呟いた。
エンドレスは死ぬと理解していても、死地へ向かって飛び続ける。
役目を負い、それを果たそうとする姿勢。
鞍馬はその行動に共感していた。
「エンドレス。最近、恋人がいる夢を見るの。その相手の為なら、どんなに尽力しても惜しくないような。今DASにされたら、パイロットが大事な人だってあっさり誤認しそうな気がするのよね」
マリィアはエンドレスに自分の想いを語り始めた。
VOIDも軍も敵に回った。この世界で味方は誰もいない。
この戦場を生き抜く確率は低い。生き残っても軍に捕縛されれば、どのような目に遭わされるか分からない。
それでも――。
「人の想いを、玩具にされるなんて耐えられない。だから、絶対に死にたくないわ」
マリィアは断言する。
その方法は分からない。
だが、この戦場を必ず生き抜いてみせる。
「では、私は少しでもクラスタ近くに皆様をお連れします。バリアのエネルギーを推進力へ変換します」
エンドレスの声と共にパイロットにかかるG。
バリアへのエネルギーを推進力へ回す事で少しでもクラスタ近くへ強行着陸するつもりだ。だが、それはエンドレスの機体損傷率を向上させる。
「エンドレス、現地で情報を収集してくれた奴がクラスタの近くにいる。指定の地点へ近付けるか?」
リュー・グランフェスト(ka2419)はメイルストロムの操縦席からエンドレスへ話し掛ける。
これまでリューに軍の情報を流してくれていた養父の友人が、ケープタウンクラスタ周辺の情報を集めて送ってくれた。それだけでもありがたいのだが、リューの為に戦いたいと自ら現地でVOIDと交戦している。リューとしても友人を見過ごす事はできない。できれば着地地点付近であれば、その場所へ強行着陸したいところだ。
「予定よりも東へずれていますが、問題ありません。そこへ急行致します」
「私達を助けてくれるなんて、その人は随分あなたを想ってくれるのね。恋人?」
「ば、ばか! 違ぇよ!」
慌てるように否定するリュー。
友人は露払いのつもりなのかもしれないが、そこは大量のVOIDが待ち受ける場所。
あまり無茶をして欲しくはないのだが……。
「安心しろ。ヴァルキリーは生還させる。必ずな」
突撃接近仕様にカスタムしたコンフェッサーの中でミリア・ラスティソード(ka1287)は、はっきりと断言した。
今から自分達が赴くのは生存率が低い最低の地獄だ。
味方は自分達のみ。周囲はすべて敵。
それでもDASの秘密を知るヴァルキリーは、軍の横暴を止める重要な鍵だ。
この戦場からヴァルキリーを脱出させられれば、自分達の置かれた状況も必ず一変する。
「VOIDに勝っても軍が取って代わるなら意味がねぇ。本当の勝利を手にする為には、絶対にヴァルキリーは残さなきゃならねぇ」
「分かった。だけど、死ぬなよ」
ミリアの言葉に、リューはそう返した。
まるで死を覚悟した戦士であるような口ぶり。
その言葉にリューは不安を覚えたのだ。
「心配すんな。もう何度も修羅場を潜ってきたんだ。簡単には死なねぇよ」
ミリアはコンフェサーのシートに体を横たえる。
大きく揺れるヴァルハラ。
大きな振動がパイロット達を襲う。
「エンジン破損。さらに浮遊型が多数機体に取り付いた事で飛行が困難、予定地点の手前ですが緊急着陸します」
けたたましい警報音と共にエンドレスが淡々と状況を報告する。
下がり続ける高度の中で、パイロット達は意を決して出撃。
カタパルトから射出された機体は、対空砲火を掻い潜りながらケープタウンクラスタを目指す。
●
「……あれは!?」
空から墜ちてくる巨大な鉄の塊。
炎と煙を吐きながら墜落。木々をなぎ倒して地面を大きく削り取る。
リューからの情報が正しければ、あれが揚陸艦ヴァルハラ。
ならば、その付近にリュー達が降り立っているはずだ。
「リュー」
リューの友人である多由羅(ka6167)は汎用機『瑞那月』を墜落地点付近へ走らせる。
機動力を上げる代わりに祢々切丸以外の兵装を持たない特殊な機体ではあるが、リューの為にこの戦場で歪虚CAMを倒し続けていた。多由羅はかつてリューを育てた傭兵の従者であったが、傭兵の残した『何かあればアイツを頼む』との言葉を託されていた。以後、その言葉を胸に多由羅はリューの為に裏で支え続ける。
可能な限りの情報収集やリューを捕縛せんとする軍への妨害工作。
だが、リューより告げられたDASの秘密を聞き、かつて仕えた傭兵は既にこの世にはいない事を知った。
「あの方に託された以上、身命を賭してあなたを守ります」
歪虚CAMとすれ違う瞬間、瑞那月の祢々切丸が歪虚CAMに機体を捉える。
大きな刀傷が歪虚CAMの胴体に刻み込まれる。
取り憑いていた狂気が消え失せ、歪虚CAMだったものは地面へと転がる。
多由羅は振り返る事無く、瑞那月を落下地点へと急がせる。
もし、敵陣の真ん中に着地しようものならばリューの命が危うい。
急がなければ――。
「私は急ぎます。そこを通しなさい!」
多由羅は、押し通る。
すべてはあの方の想いに従って。
●
「大した歓迎だよ、本当に」
ミリアはアクティブスラスターで一気に前面の歪虚CAMへ接近。
コンフェッサーのマテリアルフィストを振りかざし、軌道上の歪虚CAMをなぎ倒していく。
神速刺突で道を切り拓こうとするが、大群の前に道は瞬く間に閉ざされてしまう。
ヴァルハラから脱出したパイロット達が着陸したのは、敵陣の真っ直中。ケープタウンクラスタの手前であった事から、敵の防御が厚い地点だった。ケープタウンクラスタを目指したいところだが、大量の歪虚CAMや中型狂気を前に道を拓くのに苦戦を強いられている。
「こんな所で死ぬ訳にはいかないのよ!」
mercenarioの試作型スラスターライフルでミリアを後方から援護するマリィア。
現時点でパイロット達に取り得る対策は、火力を可能な限り前面に集めながら集団でケープタウンクラスタへ向かって移動する事だ。
だが、時間を掛ければ掛ける程、敵の増援はやってくる。防戦を強いられる事から簡単に道を拓く事はできない。
鞍馬の目に飛び込むケープタウンクラスタの姿。
しかし、クラスタは見えていてもあと一歩届かない。
「くっ、もう少しなのに」
鞍馬のヴァルキリーへ迫る二機の歪虚CAM。
マテリアルナイフを片手に突進してくる。
鞍馬はリープテイルで間合いを詰め、マテリアルソードで胸部を貫く。
だが、残る歪虚CAMが側面から襲い掛かる。
「リープテイルで下がれるか?」
ブラスターを再燃させるヴァルキリー。
しかし、それよりも早く歪虚CAMのナイフが差し向けられるが――。
「……!」
突如、歪虚CAMへ突き刺さる黄金のマテリアル。
鞍馬の機体が振り返る先には、大型のキャノンを二門搭載したCAMであった。
「認めたくないものだな」
新型CAMに騎乗していた男の視界にはキャノンで吹き飛ばした歪虚CAMだったものを乗り越えて、次なる歪虚CAMが飛び込んでくる。
男は、両脇のキャノンを反転させて後方に向けてマテリアルを発射。その勢いで一気に間合いを詰める。
「……あなたは?」
「エンプティー・トピカル。そう呼んでくれ」
キャノンが特徴的なCAM『Loki Mk2』に乗る仮面の男は、鞍馬へそう名乗った。
●
エンプティー・トピカルを名乗る仮面の男が合流する事で、パイロット達の戦力は大きく向上する事になる。
だが、それでもケープタウンクラスタへの道はあまりに険しい。
それはケープタウンクラスタへ近づくにつれ、敵の増援が増えてくる事から明らかだ。「切りがない。時間をかければ、軍も到着する」
鞍馬のヴァルキリーがリープテイルで中型狂気へ肉薄。
ハサミを振り下ろすよりも早く、刃が体を貫いた。
VOIDの防御が時間経過と共に増強されるのは厄介だが、一番危険な事は統一地球連合宙軍がここに向かって進軍を開始している事だ。仮にケープタウンクラスタを破壊しても軍に包囲されれば逃げる事は困難になる。
「くそっ。このままじゃヤバいな。
先に進める奴は、行け! 殿は俺が引き受ける」
リューからの通信。
それはリュー自身が盾になる間に、仲間を先にケープタウンクラスタへ突入させる事だ。被害は最小限に抑えながら、黙示騎士ウォーレンを倒すにはこれ以外に方法がない。
「正気?」
「ああ。俺だって死ぬつもりはねぇよ」
メイルストロムのワイヤークローで歪虚CAMを引き寄せながら、大剣の一撃を浴びせかけるリュー。
こうしている間にも敵の増援が次々と現れている。決断は、早い方がいい。
「彼の覚悟を無駄にするな。今は目的を果たす事を考えるんだ」
トピカルの呼び掛けに他の仲間が応じて先を急ぐ。
ある一機以外は――。
「お前も行けよ」
ミリアのコンフェッサーがリューの前に立つ。
ミリアは最初から言っていた。
ヴァルキリーを生還させる、と。
リューが殿を申し出るなら、それは自分が代わるべき役目。
ミリアはそう考えていたのだ。
「何言っているんだ。ヴァルキリーでもないその機体で……」
「重装甲のこいつなら十分殿を務められる。言ったろ? お前等は生き残らなければならないんだ」
重いミリアの一言。
そこへ多由羅の瑞那月が現れる。
「いきなさい、リュー」
「多由羅……」
リューを救うべく戦場に姿を見せた多由羅。
それも、すべてあの人の願いを叶える為。
だが、久しぶりに見たリューの姿に大きな成長を感じ取る。
その上で、多由羅はリューを送り出す。
「リュー達の役割はクラスタの中にいるウォーレンを倒す事。ここで殿を務めるのは、私の役割です」
「…………」
リューの中での葛藤。
されど、その答えは最早出ている。
自らが殿を務めようとしていたのだから。
「無理するんじゃねぇぞ! 後で会おう!!」
「ええ、任せて下さい。心配なら約束しましょう。終わったらパインサラダでも作ってあげます」
メイルストロムは踵を返すと仲間の後を追い始める。
深紅の機体がこの場へ離れていく。
その姿を多由羅は見つめていた。
「いいのかよ。そんな『できもしない』約束なんかして」
ミリアは迫る中型狂気にマテリアルフィストを振るいながら多由羅へ話し掛ける。
この戦いで生き残るのは容易ではない。否、不可能と言っても過言ではない。
ミリアも多由羅も、ここに残る事は命を賭すも同義と理解していた。
「リューの目的を果たさせる為に、この命を使います。これでリューが前に進めるなら、ちょっとした嘘も許してくれます」
「へぇ。こりゃ、将来が楽しみだな。
さぁ、死ぬのは俺達の役目だ。ここから先は行かせねぇ!」
二機に迫るVOIDの軍。
二人は、死を覚悟して対峙する。
●
「博士。潜入に成功した」
「承知しました。暗号化通信も良好のようです。軍には気付かれていません」
「プロジェクトの邪魔になるウォーレンの撃破。必ず成功させる」
「貴方にとっても因縁の相手。確実に倒して下さい。地球の為、我らの為……」
「地球がもたん時が来ているのだ。このままでは悲しみだけが広がって、地球を押し潰す。ならば人類は、自分の手で自分を裁く。そして自然に対して、地球に対して贖罪しなければならん」
「こちらの準備は継続しております。お戻りになられましたら、作戦を決行する手筈です」
「分かった。これからクラスタへ突入する。以後の通信は行えないと思え。脱出時に連絡する」
「お待ちしております。総帥」
●
パイロット達に残された時間は少ない。
この事から敢えて戦力を分散して目的を着実に果たす事が決定した。
黙示騎士ウォーレンの捜索。
ブラッドリーの足止め。
そして、マドゥラ・フォレスト博士の捜索。
短時間であまりに多くの事を成し遂げなければならないのだが、果たせなければ彼らに未来はない。
「お待ちしておりましたよ。天使達」
「ペイルライダー……ブラッドリーか」
ウォーレンを捜索していた鞍馬の前に立つのは、深い蒼に染め上げられた一機の歪虚CAM。
エンドレスの情報であればパリクラスタ防衛の指揮を執っていたブラッドリーを名乗るVOIDだ。最終目標のウォーレンではないが、ここで誰かがブラッドリーを足止めしなければならない。
鞍馬は刀を手にヴァルキリーと対峙する。
「ウォーレンは何処だ」
「この先です。倒されるならお好きにどうぞ」
「なに?」
「ここへ誘われたのは楽園に現れた蛇の仕業。ですが、それも神の思し召し。神の下された試練を私は受けましょう」
ブラッドリーの言葉。
鞍馬はその蛇がマドゥラ博士だとすぐに理解した。
「博士の目的はなんだ?」
「知りません。興味もない。今、興味があるのは出会ってしまった私達の戦いの先にあるもの」
連射式レールガンを構えるペイルライダー。
戦い直前の緊張感。
だが、そこへ大きな地響きが発生する。
「なんだ?」
天井から突き出る円筒状の物体。
そこから一機のCAMが飛び出してくる。
「お前らには、この星はやりません」
金色の粒子を纏いながら現れたのはオリオン。
パリで出会った時とは段違いの能力にペイルライダーは電磁バリアを張って対抗する。
「その力。蛇の与えた知恵の実だけではありませんね。そこまでして戦いを続けますか」
「答える義務はない……そこのヴァルキリー。行け。ここは引き受ける」
アルターAは、鞍馬へ通信を入れる。
「分かった。ここは頼む」
「ああ」
鞍馬のヴァルキリーがブラッドリーの前を通過して後方へと消えていく。
「神の意志に従わぬ傭兵に裁きの鉄槌を」
「時間が無い。遊びはなしだ」
パリで出会った二機のCAMは、最後の決着を付けるべく衝突を開始する。
●
「へへ。ようやく到着したか」
リコのトラバントIIが目指した先は、不時着したヴァルハラだった。
機体に多数の損傷はあるものの、辛うじて中央制御のコンピュータは稼働している。
リコはトラバントIIとコンピュータを接続してシステムへの接触を試みる。
「ハロー……こちらは……エンドレス、です」
「エンドレス。このままじゃ壊れちまうぞ。緊急事態だ。こっちのCAMのシステムへシステムを移行させろ」
リコの狙いはエンドレスの持つシステムと機密データであった。
このデータさえあれば、軍や政府の相手に渡り合える可能性がある。
「要求承認。緊急事態としてシステム移行を開始します」
「頼むぜ。急いでくれよ」
リコはエンドレス周辺にVOIDの姿が消えた事を確認して近づいた。
それは、軍の到着が間近となっている事を意味している。データ移行が遅れれば、軍に拘束される事は間違いない。
「データ移行中……」
「お前のデータがあれば、軍の包囲だって抜けられるはずだ。期待してるぜ」
●
「博士。私達をここへ連れてきた理由……ウェットに考えるなら自分を殺させてすべてを公表したいからじゃないかしら?」
マリィアはマドゥラ博士を発見していた。
オーストラリアで行方不明となっていた博士は、ヴァルハラの行き先をケープタウンへ設定。ヴァルキリー達をここへ移送させた。その意図をマリィアは問い質していた。
「DASを通じて他人との交流。その技術発展を望んでいたけど、軍はそれを隠蔽した事で暴露を……」
「いいえ。私は知りたいだけ」
mercenarioに乗るマリィアの前でも、博士は臆する事はない。
ここにいる時点でVOID側を支援しているのは紛れもない事実。自らの死が近づいているはずだが、マリィアには期待に胸を膨らませているように見える。
「知りたい?」
「そう。私の作り出した技術と父の理論。それを持つ者同士が戦う。戦いは勝者と敗者に立場を分ける。同じ技術を作り出したなら、その差は何? 私はそれを知りたい」
「軍の情報隠蔽は?」
「私にとっては研究できるならどうでも良かった。検体やデータは幾らでも集められたから役には立った。でも、次なる実験は軍だけでは不足なの。だから、VOIDに基地を襲わせたの。ヴァルキリー部隊を転戦させて軍とVOIDと戦わせる」
「そんな事の為に私達は……」
マリィアは博士が軍の仕打ちから裏切ったと考えていた。
だが、博士が軍を裏切っただけではなく、オーストラリアの実験施設を襲わせていた。すべては自身の知識欲の為に。
「博士、あなたは……」
言い掛けたマリィアは自らの制した。
まだその時じゃない。本番は、軍がここへ到着してからだ。
●
「来たか」
ウォーレンの元に辿り着いたのは、リュー、鞍馬、トピカルの三機であった。
「傭兵セイル・ファーストの一番弟子、リュー。そして相棒のメイルストロム」
リューはウォーレンに対して正々堂々と名乗りを上げる。
剣を立て、騎士のように名乗るのは、この戦いへ送り出した者達の想いを背負っているからだ。
「ウォーレン。ここで終わりにする。地球を自由にはさせない」
鞍馬も仲間と連携しながら、正面から戦う相手だ。
きっとこれが最後の戦いになる。下手な小細工は鞍馬自身もしたくはない。
「潔さは良い。そこのお前も名乗ったらどうだ?」
ウォーレンはトピカルへ名乗りを促す。
ウォーレンも感じ取っていたのだろう。トピカルのCAMと似た機体に出会った事がある、と。
「ウォーレン。大気圏での戦いでは仕留め損なったが、地獄から舞い戻ってきた。今度こそ、倒して見せる」
エンプティー・トピカルは仮面を脱ぎ捨てる。
そこにはかつて大気圏での攻防でウォーレンを追い詰めたキヅカ・リク(ka0038)の姿があった。
「やはり貴様か。いいだろう、来い。不利であろうと騎士である故、剣で答えよう」
ウォーレンの言葉と同時にウォーレンの体から金色の粒子が流れ出す。
それはDASの覚醒と同じ状況であった。
「これは……博士がVOIDにDASを渡したのか?」
「そうだろうな。量産型DASを製造したのだから、それの応用だろう」
リューの声に鞍馬は捕捉する。
量産型DASは核となっている人間にパイロットを大切な人間だと『誤認』させてエネルギーに変換する。つまり――。
「ウォーレンを大切な人だと思い込ませたのか。ここまでやるのか。地球の人々は」
キヅカは思わず呟いた。
それは長期化する戦争で垣間見られる人間の狂気。モラルや倫理を抑えられ、必要悪という理由を付けて許可された悪魔の所業。責任は戦争という事象に押しつけられ、罪の意識は掻き消される。
だが、その技術はVOIDに渡ってしまった。
「行くぞ」
ウォーレンの巨躯が動く。
「くっ!」
鞍馬のヴァルキリーはリープテイルを連続多用してウォーレンへ肉薄。
鞍馬の体に強い重圧がかかる。
「どうした、戦士よ?」
「いざ尋常に勝負!」
ウォーレンの横からメイルストロムが高速接近。大剣で斬りつける。
だが、ウォーレンは鞍馬と間合いを取ってメイルストロムの大剣を回避。手にしていた大剣でリューの追撃を受け止める。
「ウォーレン。もうすぐここに軍が大軍を送り込んでくる。そうなれば、人とVOIDの全面衝突だ」
「望むところ。その勝者こそが、生き残るに値する存在だ」
鞍馬とリューの双方をウォーレンは金色の粒子を纏いながら戦い続ける。
これが黙示騎士にDASを使わせた結果。二機の攻撃を巧みに躱しながら迎撃を続ける。
だが、チャンスは思わぬ形で生じる。
「俺の……いや、俺達の目指す先を邪魔する存在。貴様等VOIDは、排除しなければならない」
キヅカのLoki Mk2から金色の粒子が現れる。
『ゴッドキヅカキャノンモード』へ移行する事でキヅカキャノンへ変形。さらに装備されていたキヅカキャノンMk3を取り込んで、槍のような形状へとその体を変える。
「チャンスは一度。二機に気を取られている一瞬を狙う。できるか、俺に」
鞍馬のヴァルキリーがリープテイルを多用して手数を増やす。
その隙をついてメイルストロムがワイヤークローとブレスで畳み掛ける。
幾ら身体能力を向上させても、目の数は変わらない。キヅカが意識の外へいる今が、最大のチャンスだ。
「今だ」
キヅカは後方に向けてキヅカキャノンを発射。
その推進力でウォーレンの背中へ目掛けて飛来する。
「ぬ! バリアがある。残念だったな」
「計算通りだ。ロンギヌスキヅカキャノンを喰らえ……ブラストエンド」
キヅカのゴッドキャノンがバリアをこじ開け、ウォーレンの肉体を直接吹き飛ばす。
その瞬間を二人も逃さない。
「行け、メイルストロム! これで終わらせる」
メイルストロムのリープテイル。
急発信と同時に大剣を前へと構える。
別方向からは、鞍馬のヴァルキリーが急接近する。
「悪い。力を貸してくれ」
ヴァルキリーが金色の粒子を帯びる。
リープテイルで再加速して吹き飛ばされるウォーレンへ追いつく。
そして――。
二本の刃がウォーレンの体を貫いた。
「ま、まさか……ここまでの強さを得るか。人間よ」
ウォーレンは地面へと倒れる。
地球を追い詰めた黙示騎士は、ここで倒される。
それは、ケープタウンクラスタの最後でもあった。
●
一方、もう一つの戦いも決着がついていた。
既に左腕を失っていたオリオン。
だが、右腕に握られたアリアンロッドIIIがペイルライダーの胸部へ深々と刺さっていた。
「さらに自らの体を犠牲にするとは。それは自らへ課した罰、なのでしょうか」
ペイルライダーの機体はスパークすると同時に爆発する。
その後を追うように、オリオンの機体にまとっていた金色の粒子が一層濃くなっていく。時間切れ――約束の30分は、とうの昔に過ぎ去った。
オリオンは最後まで、戦ってくれた。
「罰か……そうかもしれん。いや、裁かれるだけでも幸せだ。罰せられれば、許されるのだから」
アルターAの言葉を最後に、オリオンの機体は金色の粒子に包まれて消失した。
●
「やった! クラスタが崩れていく」
ミリアの目にもはっきりと分かる。
ケープタウンクラスタの外壁が崩れていく事を。
それはウォーレンの死を意味していた。
ならば、残されたミリアの仕事は総仕上げとなる。
「どのみち、この機体じゃ逃げられない。だったら、少しでもあいつらの生き残る可能性を引き上げてやる」
ミリアはソウルトーチを使った。
周辺から殺到する歪虚CAM。それも群れを成して集まってくる。
「ミリア様」
多由羅の呼び掛け。
既に瑞那月も現れるVOIDの前に戦う術を失っている。逃げる事も最早不可能だろう。
「こっちに目を集めれば、逃げやすくなるだろ」
「でしたら、お供致しましょう。これだけ集めて自爆すれば、道も拓きやすくなりましょう」
「へっ……ナイスアイディアだ」
既に二機に抗う術は残されていない。
それならば、少しでも自爆に巻き込んでリュー達を脱出しやすくする。
それが二機にできる最後の足掻きだ。
「マスター……貴方の命に背く事をお許し下さい……。
リュー。私は信じています。マスターを継ぐ貴方に、どうか……」
多由羅の言葉を最後に、二機は多くの歪虚CAMを巻き込んで爆発した。
●
崩れゆくクラスタの中で、マリィアは博士と対峙していた。
博士を生かせば、核となった人間を早期に戻せるかもしれない。
それは博士自身にも分かっていた。
「DASは更に進化する。人の感情には無限の可能性を秘めている。やはり精神力学は誤っていないのよ。軍が秘匿していただけでは、ここまでの結果は得られなかった」
「……」
マリィアはmercenarioの試作型スラスターライフルを博士に突き付ける。
「どういうつもり? 私はまだ研究を続けなければならないの。ここで死ぬ訳にはいかないのよ」
「こんな私にも愛する人はいるの。その人の為なら、自分の身を犠牲にできるかもしれない。だけど、この感情を他人の消費物として使われる訳にはいかないのよ」
マリィアは博士に照準を定める。
巨大な銃口が自分に向けられる意味を、博士は今頃気付いたようだ。
「ここで私を殺しても何の意味もないわ? そ、そうよ。あなたの大切な人を探してあげる。私が……」
「VOIDを巻き込んですべてを暴露しようとしたと思ってた。それなら博士を助ける意味もあった。だけど……博士が生きていれば、研究の名の下に多くの人が不幸になる。
軍もDASもVOIDも関係ない。私がここで終わらせる。可哀想なヴァルキリーを産まない為に」
マリィアは、今まで流していた通信を切った。
今まで博士との会話は、周辺に展開している軍にも入っているだろう。
DASに秘められた秘密や博士の裏切りで軍は大騒ぎしている頃だ。
だが、ここから先は必要ない。博士の悲鳴は、マリィアだけが聞けばいい。
「待ちなさい。今私を殺せば、人類は大きな損失になる。私は勝利に役立つ為に正義の研究を……」
「正義なんて名乗らないで。正義なんて、どこにもないの」
マリィアはスラスターライフルの引き金を引いた。
●
「いたいた。お前、ヴァルキリーだろ? 今から軍の包囲網を突破する。手伝ってくれよ」
リコはクラスタから脱出したリューの姿を見つけた。
気付けば、鞍馬やキヅカとはぐれてしまい、リューだけが単身包囲網突破を試みようとしていた。
「構わないが、多由羅を知らないか? 瑞那月ってCAMに乗っていたんだが」
「……知らねぇ」
リコは敢えて知らないフリをした。
軍の通信を傍受する最中、リューの名前を口にする通信を耳にした事。
そして、その通信を最後に大きな爆発を目撃した事。
リコはこの状況から脱出を優先するべきと判断したのだ。
「そうか。まあ、約束したからな。きっと自力で脱出してるだろ」
「じゃあ、行くぜ」
リコはトラバントIIのジャミング装置を使って軍の一部へ通信妨害を仕掛ける。
エンドレスも力を貸してくれたおかげで、軍の包囲網突破に役立った。
――リューが多由羅の死を知るのは、もう少し後の事だった。
●
「……最後まできみを苦しめて、ごめん。
これで最後だから。もう少しだけ力を貸して欲しい」
鞍馬のヴァルキリーは軍に向かって単身攻撃を仕掛ける。
仲間を逃がす為には、誰かが軍を相手にしなければならない。
既に散っていた仲間の努力を無にしない為にも、鞍馬は最後までケープタウンに残っていた。
「そんな役回りだと、自分でも分かってる」
リープテイルでデュミナスに肉薄。
刃を突き立てた後、急発信。ライフルの銃弾を回避する。
既に複数の銃弾がヴァルキリーの機体を貫いている。VOIDやウォーレンとの戦いで負った傷で軍を相手取るのは、そもそも自殺行為だった。
それでも――。
「投降しろ! そうすれば、軍事裁判にはかけてやる」
軍からの一方的な通信。
だが、鞍馬は通信機の電源を切った。
DASを多用してヴァルキリーで戦ってきた鞍馬に、裁判を受ける資格はないと考えていたからだ。
「ようやく、休めるよ。本当に長かった……」
鞍馬はリープテイルを再燃させる。
ライフルを構えたデュミナス部隊を前に、ヴァルキリーが最後の意地を見せた。
●
統一地球連合宙軍は、ケープタウンクラスタの破壊を殲滅。
VOID地球拠点破壊を自らの手柄として発表した。
それは、事実上の勝利宣言である。
地球の人々はそれを両手で受け入れた。
その裏ではリコを始めとする反政府組織が暗躍。既にネット上ではDASの機密を流して反政府の機運を高め始めている。
一つの戦争が終わり、新たなる戦争の狼煙が上がる。
「総帥、既に準備は整っております」
「そうか」
キヅカ――反連合コロニー同盟総帥は、ゴッドモードの噴射を利用して大気圏を抜ける事に成功していた。
地球の連合政府から搾取され続けた連合コロニーは、反旗を翻して連合政府と連合宙軍へ鉄槌を下そうとしていた。既に量産型Lokiから始まった『neo deluge project』は、大詰めを迎えようとしていた。
「諸君。VOIDとの戦いを通じて、俺はある決意をした。
人類は今後、絶対に戦争を起こさないようにするべきだ。
それが『neo deluge project』の真なる目的だ」
キヅカは指し示した先には、数千万人が暮らす事も可能なコロニーサイズの巨大キャノン『エターナルキヅカキャノン』である。巨砲主義が跋扈していたコロニー同盟でも失敗策として放置されていたキヅカキャノンを、キヅカは敢えてこの作戦へ転用した。
超巨大キヅカキャノンを地球へと落下させて、核の冬を引き起こす。戦争の原因となる人間を殲滅させる為だ。
「このキャノンをもって、地球圏の戦争の源である戦争に居続ける人々を粛正する。
自らの道を拓く為、難民の為の政治を為に入れる為に! あと一息。
新たなる巨砲の時代を築く為に、俺に力を貸していただきたい! ジークキャノン!」
反連合コロニー同盟の手を離れ、巨大なキャノンは地球の引力に引かれ始める。
人間は、新たなる戦争を始めようとしていた。
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最終発言 2019/01/01 08:46:17 |