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【陶曲】忘却の傀儡~フニクリ・フニクラ~

マスター:のどか

シナリオ形態
ショート
難易度
不明
オプション
  • relation
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
3~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/12/28 15:00
完成日
2019/01/10 02:17

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 大木に身を預けて、アルバートは日に日に増す全身の痛みに表情を歪ませた。
 身体が内側から裂けていくような感覚。
 その実、分厚く鋭い刃の鱗が、厚みを増しながら皮膚を突き破り、その身を侵食する。

――認めなさい。彼女がもう、この世にいないことを。

 分かっている……思い出したんだ。
 全部、全部。
 ならば「俺」はなぜここに在るのか。
 それは――
「おや。世紀の名勝負を見物しに行こうと思えば……これはまた、とんだ拾い物ですね」
 心の在り方を決めかけたとき、見知らぬ男の声が頭上から響いた。
 自分よりも頭ひとつ大きな、枯れ木のように細身の男。
 彼はモノクルからのぞくニヤついた表情でアルバートを見下ろすと、木の枝みたいな手を差し出した。
「大丈夫ですか? お手は要りますか? そのまま朽ち果てますか? それもできませんか? やはりお手が要りますか?」
「……うるさい」
「これは失敬」
 アルバートが一蹴すると、男は差し出した手を引っ込める。
「わたくし、コレクターと申します。偉大なる御方に仕えておりましたが――今は、山のご婦人に仕える身でございます」
 聞いてもいないのに、コレクターと名乗る大男はべらべらと自己紹介を始める。
 アルバートは関わり合いになることを嫌い、痛む身体をおしてその場から立ち去ろうとした。
「私どものお屋敷へ参りませんか。負のマテリアルの濃い場所ならば、多少なり苦痛も和らぐでしょう。なに、お仲間ですから」
「……仲間呼ばわりされる筋合いはない」
「これはこれは、強欲よりも傲慢が似合うお方だ」
 コレクターは引き留めるようなことはせず、ただ恭しく、客人を送り出すように頭を垂れた。
「お手が必要ならいつでもお越しくださいませ。我が主――ジャンヌ・ポワソン様とお待ちしております」
 アルバートの足がピタリと止まる。
 そして絶望にも似た青ざめた表情で、コレクターの姿を振り返った。
「な……に……?」
 振るえる唇で、問い返す。
「今、誰の名を口にした……?」
「この先、霧の山にて隠居生活を満喫される奇特で美しいお方ですよ」
 身体が、心が震えた。
 それは衝動か、アルバート自身の願いか。
 受け入れかけた彼の胸に――火種が再びくすぶり始める。
 もとより、理性はとうに吹き飛びかけていた。
 変容した彼の様子にちょっと驚きつつ、コレクターはニコリとその微笑みを厚くする。
「これはまた……とんだ拾い物でしたね」


「――これですっ。本当に断片的なものなのですが」
 神霊樹ネットワークのコンソールを叩きながら、ミリア・クロスフィールド(kz0012)は担当官のルミ・ヘヴンズドア(kz0060)を振り返った。
「ありがとう~! めっちゃ助かったよ!」
 ミリアの肩口からモニタを覗き込んで、ルミは表示された情報に目を走らせる。
「アルバート……アルバート……あはは、ホントに古代の人なんだ」
 アルバートは古代クリムゾンウェスト人なのではないか――これまでの現場の状況や、ハンター達の証言をもとに膨大なライブラリの情報を漁っていた彼女たちは、ついにそれを引き当てた。
「アルバート――かつて『守護者』と呼ばれていた騎士のひとり。情報は少ないですが、かなり優秀な戦士だったみたいですね」
「ひゃ~、ナニコレ。おとぎ話みたいな戦歴ばっかり……」
「噂に尾ひれがついているのかも……実際に見て記録されたものなのかも分かりませんしね」
「まっ、だよねぇ……ってあれ、ここで終わり?」
 コンソールをスクロールして、不意に記述がぷつりと途切れる。
「不自然ですよね。ここでぷっつり。死亡の記録もなくって――」
 そんな中、職員のひとりが慌ただしく駆け寄ってきた。
 受け取った書類を見て、ルミは血相を変えてミリアを見た。
「ごめん、同盟支部に戻らなきゃ。ヴァリオスの旧街道にアルバートが出たみたいっ」
 情報をメモした紙を掴んで、ルミはやや乱暴にポシェットに突っ込む。
「上からも彼に対してはユニットの出撃許可を出してますっ。今度こそ決着をつけましょう!」
「うん! やるのはルミちゃんじゃないけどねっ」
 そう言ってルミは転移措置へと駆けだした。


「畜生、何なんだよこいつは……!」
 ヴァリオス旧街道「霧の山」。
 同盟陸軍の服に身を包んだ少年は、背負いの大剣を握りしめて目の前の敵を見上げた。
 霧の中から姿を現した巨大な竜――全身を刃の鱗に覆われたそれは、周辺に展開した兵士をなぎ倒して街道をまい進する。
「抑えるぞ、バン。救援は必ず来るはずだ」
「んなこた分かってるよ!」
 魔導銃を構える眼鏡の少年が声を掛けると、大剣の少年はいら立ちを隠せない様子で叫んだ。
「だから『警戒』なんてやめとけっつったんだ! 『討伐』しなけりゃ、こうなるんだよ!」
「そうはいっても、首が回らないのはどこも同じだ」
 霧の山――十三魔ジャンヌ・ポワソンの屋敷があると目されるこの地は、現在は同盟軍の重警戒区域に指定されている。
 旧街道沿いに野営地を作り、前線部隊が駐留するようになってひと月。
「偶発としてはできすぎた襲撃か……いや、考えるのは後だ」
「こんなところで、死ねるか……ッ!」
 兵士たちは竜へ立ち向かう。


「――あらあら、ホントに来たわ?」
 ヴァリオスから旧街道をまっすぐ。
 霧の山の現場を目指していたハンター達を、道の真ん中でくるくる踊りながら待っていた少女が出迎える。
 赤青のツートンカラーのメイド服に身を包んだ彼女――嫉妬のメイド歪虚フランカは、驚いたような、楽しいような、感情の入り混じった顔でキャラキャラと笑っていた。
 周辺の茂みに倒れていたメイド人形たちが一斉に起き上がる。
 囲まれた――しかし、今は構っているような時間はない。
 包囲の薄いところ見定めようとするハンター達の視線に、フランカはくるくるくるくる、オルゴール人形みたいに踊り続ける。
「先には行かせちゃいけないってコレクターのおじ様に言われているの。みてみて、カッツォのおじ様からおもちゃも貰ったのよ。あそびましょ、あそびましょ」
 ガサガサと木々を揺らして現れたのは、1機の機動兵器――オート・パラディン。
 フランカはふわりと飛び跳ねると、パラディンの胸部に着地する。
 同時に、どろりと彼女の身体がパラディンの中に溶け込んだ。
 パラディンのどしりとしたフォルムが、めきめきと、握りつぶされるように収縮していく。
 金属がへこむ異音が響く中で、そのシルエットは細く、長く。
 カラーもフランカの服に似たツートンに変化していき、やがて、道化の姿をした機動兵器がぴょんと逆立ちになって挨拶をした。
『ああ、素敵よルチア! ええ、ええ、楽しいわ! うれしいわ! これで私も一緒だから! だけど、また一緒に遊ぶその前に――』

――あなたを壊した人間を、みんなみんな壊してくるわ。

リプレイ本文


 挑発するようなひょこひょこした動きで飛び跳ねる、道化型機動兵器フランカ。
 細い両腕から赤熱の光線が放たれると、街道を駆け抜けていたイェジドとリーリーがサイドステップでそれを回避する。
 外れた熱線はただの地面に突き刺さって、その周囲を真っ赤に燃え上がらせる。
「フォーコ、あいつの気配を追え!」
 ジャック・エルギン(ka1522)が背中から、そう呼んだイェジドの頭をわしわし撫でながら叫ぶ。
 いまや敵のホームグラウンドと化しているこの近辺。
 霧の中に隠れられては得られる勝機も逃がしてしまう。
「また君とダンスできて嬉しいよ。ルチア君!」
『あらあら、まだ生きていたのね?』
 並走するリーリー――エールデの背でイルム=ローレ・エーレ(ka5113)がレイピアの切っ先を振う。
 空間を隔てて発生した斬撃が敵のどてっぱらを捉えたが、フランカは腰のあたりからぱっかり2つに身体を割ってそれを回避した。
「ワオ、大道芸!?」
 大げさに驚いてみせたイルムの眼前でフランカは再び元の姿に合体する。
 同時に、わらわらと霧の先から現れたメイド人形たちが彼女らの行く手を阻んだ。
「私が牽制する」
 リアリュール(ka2003)の放った輝く矢が放物線を描きながら分散し、メイド軍団前列の数体に突き刺さる。
 光が亀裂のように彼女らの身体を蝕むと、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が真正面から集団に飛び込んだ。
 赤光一閃。
 一筋の光のようも見える彼女の踏み込みは、その実、多数の斬撃の集合体だ。
 幾重にも振われた刃はひとところにメイドールの群れを飲み込み、瓦礫へと変える。
「付き合ってる暇はない。私たちの任務は先にある」
 アルトの一閃で拓いた進路に、CAMの巨大な足が踏み込んだ。
 そのままメイドールを跨いで走るコンフェッサーが、地響きをたてながらフランカへと突撃する。
「一気に片付けさせてもらいます!」
 百鬼 一夏(ka7308)のレバー操作でコンフェッサーはフランカの両腕を掴んでグイグイと力任せに押し出す。
 地上のハンターからすれば見上げる位置でのぶつかり合い。
『見たことない玩具だわ。壊しがいがありそう』
「そう簡単には……!」
 上半身は組み合ったまま、フランカの繰り出した鋭い蹴りをコンフェッサーは脛の装甲で受け止める。
 そのまま体重移動で重心を崩すと、敵の巨体をふわりと投げ飛ばした。
「――ファイア」
 ずしんと倒れたフランカにへ、マリィア・バルデス(ka5848)のエクスシア――mercenarioの2丁拳銃が火を噴く。
 上空からはポロウのホー之丞に乗った南條 真水(ka2377)の放つ三叉の光が追って降り注ぎ、霧の中に土埃を巻き上げた。
「この程度でやられてくれると慢心する南條さんではないけどね」
 上空を旋回しながら、土埃から伸びた脚から目を離さない真水。
 転がされて、起きるためにじたばたもがく道化足に不審な動きはないが――
「『上半分』が抜けてるよッ!」
 錬金杖から放たれる無数の光――ガンマレイでメイドールを打ち抜いたソフィア =リリィホルム(ka2383)の言葉に、真水は空中へ視線を外す。
『――気づかれちゃったわ。大きいのも困りものね』
 光る両腕から放たれた熱線。
 右手は真水へ。
 左手は邁進する先陣のアルトへ。
 アルトは身を反らして射線を回避すると、そのまま転倒する下半身へと刃を切り込む。
 メキリと鈍い音が響いて、鋼の装甲に大きな亀裂が走った。
 一方の真水は、ホー之丞が翼の付け根に備え付けた盾で熱線を受け止める。
 被弾と同時に焼け付くような光が四散して、ふわふわの毛並みに残り火のように燃え移った。
「ホー之丞のふかふかがっ!?」
 毛並みをチリチリにしていく火種を思わず手で払うが、それくらいでマテリアルの炎を消すことはできず、彼が自力で振り払うのを願うしかない。
「これは許されざるよ……ところで、ジャック君のフォーコはどっちの匂いを追ってるかな?」
 真水の問いに、フォーコの様子を確認したジャックはじたばたする下半身の方を指差す。
「じゃあ、ホー之丞はあっちのジェスターハットを追うんだよ。ちゃんとできたら、今晩のご飯はワンランク上のお肉にしてあげよう」
 餌につられて光った瞳が、ふわふわ漂うフランカの上半身を捉える。
 見ているのは姿ではなく纏うマテリアル。
 霧の中でも、その輝きを見失うことはしない。
『あらあら、一撃で落ちないわ? ルチアと同じで強くなったはずなのに』
「ルチアか……ああ、確かにアイツと一緒だな」
 コンフェッサーの横をフォーコが駆け抜けて、ジャックはバスタードソードをフルスイング。
 飛び掛かってきたメイドールを砕きながら、ようやく腰をもたげた地上のフランカを強く打ち付ける。
「悪いがよ、この先、ルチアと会うことも遊ぶことも、もう2度とねえ。ここで壊れてもそれで終わり。壊れた玩具と遊ぶヤツなんざ……誰もいねえんだよ!」
 柄にもなく、感情を逆なでるような言葉を浴びせるジャック。
 空中のフランカは笑顔のまま張り付いた表情でわなわなと肩を震わせる。
『嘘を言ったって無駄よ! だって私はルチアといっしょで、ルチアは私と一緒なのだもの!』
 支離滅裂な言葉で叫びながら両の手を正面で握り合わせると、それらは複雑に融合して巨砲の口が姿を現す。
『ぜんぶぜんぶ燃やしてあげる! あなたのような玩具は、私たちもいらない!』
 激昂を伴う熱線が霧の戦場を一文字に貫く。
 ギリギリで回避したフォーコ。
 そして退避の遅れたメルセナリオの脚部を展開したマテリアルカーテンごと光が飲み込んでいた。
 今までの攻撃とは比べ物にもならない破壊力。
 直撃はすなわち、死をも想起させた。
「掠っただけ……そう割りきれるのが、CAMのいいところよ」
 被弾した脚部を庇うことなく、マリィアはメルセナリオに素早く反撃体制を取らせる。
 腕がくっついてバランスの悪いフランカの横っ面にハンドガンを乱れ撃って、立ち位置を変えるように戦場を走り抜ける。
(効果てきめんか……憎まれ役を買ったんだ。意味がなきゃ困るぜ)
 フォーコをいたわるように撫でながら、ジャックはやや淀んだ瞳で空中のフランカを見上げる。
 合体していた腕はゆっくりと、パズルがほどけるように分離して、やがて元の2本へと戻っていた。
「そう怒らなくてもいいじゃないか! どうしてボクたちは巡り合う運命なのだから!」
 イルムは襲い掛かるメイドールに囲まれながら、そう笑ってみせる。
『壊そうとしても壊れない玩具は素敵よ。何度でも何度でも、壊して遊べるのだから……!』
 前後左右、示し合わせたようにイルムへ交互に襲い掛かるメイドールの刃。
 はじめは難なく対処できても、程度が積み重なれば次第に受けきれず、鋭い牛刀がまたがるエールデの肌を裂く。
 同じように四方八方から飛び掛かるメイドールの刃を間一髪やり過ごしながら、ソフィアは表情を曇らせた。
「こいつらの動き、機械的だが的確だ。指揮されてねぇ自立型ってんなら、作った奴は相当優秀だが……」
 あの道化歪虚がそうだとはとても思えない。
 だとしたら、一体誰が――
「っつぅ……! 有象無象が調子に乗るんじゃねぇ!」
 右へ左へ何度か振り回せるうちに、やがて生じた死角から突かれた高枝鋏が小脇を裂く。
 ソフィアは咄嗟に地面に錬金杖を突き立てると、周囲にガンマレイの『支点』を展開。
 取り囲むメイドールを吹き飛ばした。
「こんなところで時間をかけるわけにはいかないのに……」
 光の矢――リトリビューションで戦場のメイドールをまとめて射抜くリアリュール。
 目の前の敵に集中を途切れさせることはしないが、それでも時間が経つにつれて急いていく想いを押しとどめることはできない。
 アルバートが――刃の竜が現れたのなら、積み重なるのは死体の山。
 かつてグラウンド・ゼロで見た光景が頭の中をフラッシュバックする。
 視線の先で、地上のフランカがマテリアル刃を纏って、独楽のように回転しながら周囲のハンターを蹴散らす。
 止まったところでもう一度距離を詰めたジャックやアルトの刃に、今度は実体の刃で応戦すると、やがて脚はぴょんと飛び跳ねて距離を取る。
 そこへ今度はコンフェッサーが飛び込んで、細い足首を掴んで「えいや」と投げ飛ばした。
 脚はまた独楽のように回転して何とか転倒を免れると、突き出した脚をぱっかりと2つに割って、隙間から鋭い針をコンフェッサーめがけて乱れ打つ。
 追い打つように空中からも2本の熱線が降り注いで、激しい爆音が響く。
 それを眺めていた彼女の背後から、ユグティラのティオーが心配そうに覗き込んだのに笑顔で答えて彼女は矢を番える。
「祓う――私は先へ行かなければならないのだから」
 交差した腕で数多の針と、空からの熱線を受けたコンフェッサーは、それでも揺らぐことなく反撃の一歩を踏み出す。
「まだ倒れない……これがCAMなんですね!」
 初めてのCAMでの戦闘。
 相手は目に見えて格上。
 不安がないわけじゃない。
 だけど、それ以上にチリチリと焼け付く心が、彼女の握る操縦桿を支えていた。
 行く手を阻まれている焦り。
 強敵を相手にする恐怖。
 全力を出さなければ――やられるのは自分。
「だから私が全力を出すのは……ここなんです!」
 突き出された拳が螺旋を描いてうねり、足の付け根に鋭く突き刺さる。
 地上のフランカは反動で反転、そのまま、返しのマテリアル刃で切りつける。
 足元にメイドールも群がってくるが、それでもCAMは倒れない。
「CAMは目立つし、盾になる。倒れなければ私の勝ち……最高に燃える展開じゃないですかッ!」
 コックピットで叫ぶ一夏。
 コンフェッサーの足元からアルトが飛び込み、一閃が敵の足元をすくった。
 彼女に対しては分が悪いのを理解しているのか、再び距離を取ろうとする地上のフランカ。
 だが、退路に回り込んだイェジド――イレーネがその進路を妨害する。
 咆哮で威嚇も加えるが、ただの脚でしかない下半身には効果がないようだった。
「良いタイミングだ。なら、もう一閃――」
 返しの刃が再度逆側の足元をすくう。
 ひしゃげた鉄板が破片となって飛び散り、右のくるぶしから先が音を立てて地面を転がった。
『あらあらあら……よくもやってくれたわね!?』
 片足で器用にバランスを取った脚部で、失った足先から伸びるマテリアル刃がアルトに迫る。
 彼女は難なくそれを躱して、今度は自らバックステップで距離を取った。
「分離するってのに、意識がひとつしかないのは致命的ね。上半身がお留守よ?」
 足元に群がるメイドールをマテリアルカーテン越しに意に介さず、メルセナリオの銃弾が無防備な空中フランカの胸部に突き刺さる。
『大きな人形……ルチアを襲ったのも、そいつらなのに!』
 再び両手を重ね合わせるフランカ。
 しかし、熱線を放つよりも先に上空から真水のクライアが降り注ぐ。
「ほら、遊びたいんだろう。オニさんこちらって」
 咄嗟に目標を変更し、砲身を上空へ向けるフランカ。
 だがホー之丞がすいすい空を飛びまわって、的確な狙いを定めさせない。
『なら……これでどうかしら!?』
「なにっ!?」
 ジャックの目の前で、バスタードソードを叩きつけた脚部がピョンと空高く飛び跳ねた。
 そのまま重ねた上半身の手を踏み台に、さらにもう一段高くジャンプ。
 ゴウと音を立て、上空の真水たちの目の前に大きな影が差す。
「おっと……これはまずいね」
 マジのトーンで、垂れる冷や汗。
 開いた2本の脚がそれぞれ半分ずつ分断。
 計四叉に別れて、鷲掴むようにホー之丞を捕らえる。
 じたばたともがいてみせるが拘束は解けず、身動きの取れなくなった真水とホー之丞は、掴まれたまま重力に任せて落下した。
『ほうら、これなら狙う必要がないでしょう?』
 落下する「それ」へ砲身を掲げるフランカ。
 次の瞬間、巨大な熱線が自らの脚ごと飲み込んで、霧の空を突き抜けた。
「攻性防壁――ッ!」
 真水は咄嗟にマテリアルの障壁を張って応戦。
 熱線の直撃と共に弾けた雷撃が、空中のフランカを弾き飛ばす。
 それでも、自らも直撃を受けた彼女は数秒の後、固い地面に身を投げ出されていた。
「真水さん……っ!?」
 落下点に迫ったメイドールを、リアリュールのリトリビューションとソフィアのガンマレイが散らす。
 なおも残った群れをメルセナリオから放たれたプラズマグレネードが飲み込むと、その隙にようやく近場にいたイルムがその傍に駆け寄れた。
「大丈夫かい!?」
 さらさらと散っていく「脚部だったもの」のマテリアル光の中で、真水はよろりとその身を起こす。
「う……南條さんは何とか大丈夫。だけど――」
 傍らには熱線の直撃と落下の衝撃で気を失ってしまったホー之丞の姿。
 真水含め、傷は浅いものじゃない。
「とにかく、ホー之丞君を安全なところへ……」
「そんな場所があれば、だけどね」
 リーリーで駆け寄ったイルムが真水へヒールをかけると、真水も自らへエナジーショットを撃ちこみ、合わせて動けるだけの治療を施す。
 負傷者を感知したのか、カタカタカラカラと音を立てて歩み寄るメイドール。
 大分数は減ったとはいえ、それでもまだハンター達を取り囲める程度には戦場を埋め尽くしている。
「大丈夫、友人は自分で守るよ」
 自分ならまだ戦える。
 クライアの魔法陣を展開しながら、真水は錬金杖を振う。
 その中でふと、マリィアが辺りを見渡した。
「……『上』はどこへいったの?」
 咄嗟に、他のハンター達も周囲に目を走らせる。
 迫るメイドール。
 その上空に、上半身だけとなったフランカの姿が見当たらない。
「動きを追っていたのは……クソッ、ホー之丞か!」
 ジャックのフォーコが追っていた下半身は、すでに跡形もなく光となった。
 一方でホー之丞のマテリアル探知を逃れた上半身が、濃い霧に隠れて姿をくらましてしまっていた。
『くすくすくす。さあ、捕まえたから今度はこっちの番よ? オニさんこちら』
 フランカの声が戦場にこだまする。
 直後、霧を割って2本の熱線が光って、ジャックとアルトが咄嗟に散開しそれを回避する。
「3時の方向――っ。だめ、もう消えててしまったわ……」
 時折ゆらりと現れる影を、その都度捉えるリアリュール。
 しかし、それをあざ笑うように再び濃い霧の中へと引っ込んで、視界の外へと外れてしまう。
 そんな状況でもメイドールたちは関係なしに襲い掛かる。
 死角を作り出し振われる刃に、致命傷はないにしても、じわじわとハンター達の体力は削られていた。
「私が囮になりますか?」
 こういう時のためのCAMなのだからと、一夏が真っ先に名乗りを上げる。
 だがそれを遮って、イルムがエールデと共にゆったりと飛び出した。
「申し訳ないけど、エスコートの役得は譲れないね」
 彼女は舞台の上の役者のようにもろ手を広げると、よく通る声で霧の中へと語り掛ける。
「ボクは嬉しいんだ、また君とダンスできるのがね! そうだろう、ルチア君!」
『私はルチアじゃないわ。だけどルチアはいつでも私と一緒にいるの。だって私たちは、ずっとずっと、そうしているさだめにあるのだから』
「そうだろうか? 彼女はあのお城で、ボクのことを優しく抱きしめてくれたよ?」
 その返事にしめたと、イルムは言葉を続ける。
 それを邪魔するメイドールは、仲間たちの援護射撃で砕け散った。
『そ……そんなはずがないわ。私たちはいつでも一緒――』
「だからボクは答えたのさ。お別れを、その唇でね」
 口にして、右手の人差し指と中指に施した口づけを虚空へ投げる。
 しばらくの静寂。
 次の瞬間、赤い輝きがぼうっと霧の中へ浮かび上がった。
「イルム……ッ!」
 駆け寄ろうとしたジャック。
 しかし、エールデを翻させたイルムが視線で制する。
「ダメだジャック。君はフォーコにあれを追わせるんだ」
 ジャックは一瞬狼狽えたが、苦虫を噛み潰すように表情を歪ませると、フォーコを光の方へ向かって走らせた。
 狙い済まされた熱線がエールデごとイルムを飲み込む。
 それを視界の端に捉え、目をつぶって最短距離。
 余波を身体に受けながら、フォーコとジャックはフランカへの距離を詰める。
 再び霧の中へと退避するフランカ。
 しかし、彼女は既にフォーコのテリトリーの中だ。
「9時方向ッ! 今度は逃がさねぇぇぇえええ!!」
 低空を漂うフランカの背に、ジャックのバスタードソードが振り下ろされる。
『なっ……霧の中なのに!?』
 無防備な背中に強烈な一撃を受けたフランカは、咄嗟に振り向いて右腕の照準をジャックに合わせる。
「させません――ッ!」
 しかし猛ダッシュで飛び込んで来た一夏のコンフェッサーが、突き出されたフランカの腕を掴む。
『あなたでも構わないのよ……!』
 左手から放たれた熱線が機体の肩を貫く。
 装甲が吹き飛んで内部のフレームがあらわになるが、可動に支障はない。
 これが最後の一投。
 背負いで投げられたフランカの上半身は、地面に激しく叩きつけられる。
『きゃぁぁぁぁああああ!?!?』
「そのまま取り押さえろッ!」
 フランカの叫びが響く中で、コンフェッサーの背中を足場に飛び上がったアルトが、落下の重力を乗せてフランカの胸部に法術刀を突き立てる。
 装甲に蜘蛛の巣状のヒビが入り、砕けた。
 中から現れたマテリアルの結晶体が淡い輝きを放って白日にさらされる。
「元がオートパラディンなら動力部を砕けば――」
 ソフィアが装備をライフル状の星神器に持ち替え、結晶体に照準を合わせる。
 放たれた銃弾がそれに突き刺さると、表面に亀裂が入る。
『だめ……!』
 もがくフランカだが、抑えつけるコンフェッサーがそれを許さない。
 そんな彼女の頭上に影が差し、ふと見上げる。
『……あっ』
「時間がないの……これで、ジ・エンドよ」
 結晶体に押し付けられたメルセナリオの銃口が火を放つ。
 クリスタルグラスが砕け散るような美しい音色と共に、結晶体は粉みじんに砕け、散っていた。
『あーあ……つかまっちゃった』
 砕けた結晶体がマテリアルの光になって消えていくと、フランカの身体もまた光の雫となって空に舞っていく。
『一度くらい、姫様と……ちゃんと遊びたかった……なぁ』
 最期にそう呟いて、フランカのマテリアル反応は完全に消え去っていった。
「今度はみんなでダンスを踊ろう……お屋敷の舞踏会で、ね……」
 リアリュールに抱き起され、かろうじて意識を取り戻したイルム。
 飛んでいく光へ向かって掠れた声で、そう言い添えていた。


 気づくと、周辺のメイドールたちの姿がなくなっていた。
 フランカが敗北したことで撤退したのか。
 それとも――
「申し訳ないけれど、ボクはここまでだ。みんなの帰りを待つよ」
 そう力ない笑顔で笑って、イルムはまだ気を失ったままのエールデを優しく撫でた。
「ホー之丞のこと、よろしく頼むよ」
「もちろん。真水君の悲しむ顔は見たくないからね」
 彼女に託したホー之丞を後ろ髪引かれる思いで見つめて、やがて真水は振り切るように顔をぶるぶると振る。
 先のことを考えると、瀕死のホー之丞を連れていく方が危険だ。
 彼のことを思えば、置いていくほかない。
「フォーコ、お前もいっぱいいっぱいだろうが……完全に戦えないわけじゃねぇ。万が一の時は、イルムたちを守ってやってくれ」
 一度とは言え巨大熱線にさらされたフォーコも、この先の戦いへ向かうには心配な傷を負っている。
 ジャックもここは苦渋の決断で、イルム達の護衛として残すことにした。
 下手に誰かが残るよりは、威嚇や追跡を駆使できる彼の方が役に立つことは多いだろう。
「私とソフィアさんのユグティラがプレリュードを奏でるから、現地までは聞こえる範囲をついて来て」
「回復薬を分けてくれたら、南條さんのお注射もあるからね」
 リアリュールがそう語ると、ティオーとソフィアのユグティラ――ケルンが勇んで曲を奏で始める。
 その旋律がマテリアルを活性化させ、傷をわずかにだか回復させ始めたのを感じると、ハンター達は残り短い現場山道への道を急いだ。
 

 山道の戦場が近づくにつれ、再びメイドールが姿を現すようになる。
 それに織り交じって響くのは山を揺るがすような低く、どう猛な雄たけび。
 走りながらメイドたちを蹴散らせるアルトが先陣となって先を急ぐと、やがて同盟軍の激しい銃撃にさらされる鋼色の魔竜の姿があった。
「間違いない。グラウンド・ゼロで見た、アルバートの竜の姿よ」
 一目見て、リアリュールは眉をひそめる。
「結局これ……ですかぁ」
 錬金杖を腰に差し、代わりに背負っていた星神器を携え、弾の装填を確認する。
 それからケルンへ目線を送ると、互いにいつでも行ける事を確認する。
「ここからは手はず通り。陸軍の援護に入るわ」
 先んじて前に出たマリィア機が構えた大型バズーカの引き金を引く。
 砲弾がアルバートに命中し、爆炎と共に砕け散った鱗がキラキラと霧中に輝いた。
 援軍の存在に気付いた軍が弾かれたように視線を向けると、ジャックが盾を構えて前線へと駆け寄る。
「ピーノ……!」
 ジャックが中距離で魔導銃を構える眼鏡の青年――ピーノへ叫ぶと、彼は振り返って目を丸くする。
「援軍は君達か……助かる!」
「無駄話してる暇はねぇぞ。被害の状況は?」
「重軽傷合わせて26。死者は4……だ」
「分かった。とにかく一度立て直してくれ。その間は俺たちが引き受ける!」
 爆炎の中から顔を表したアルバートが、その口に炎を蓄える。
 それが吹かれるより先に、接近したメルセナリオから噴き出した光の翼が射線を遮った。
 光に阻まれた炎は左右に四散し、周囲を赤く照らし出す。
「やあああぁぁぁあああッ!!」
 一方、光を突っ切って飛び込んだ一夏のコンフェッサーが、飛翔撃をアルバートの強靭な胸部へと叩きこむ。
 飛び散った鱗が突き込まれた拳に突き刺さるが、アルバートもまた衝撃で後ずさった。
 入れ替わるようにコンフェッサーの足元に群がるメイドール。
 その中をアルトが駆け抜けると、一瞬のうちに集団はすべて砕け散った。
(かつて『守護者』と呼ばれていた騎士……か)
 スキルの余力を認識しながら、四つん這いで迫るアルバートの巨体を見上げる。
 振りぬかれた鱗の腕を跳躍ひとつで避けると、代わりに胴部に直撃を受けたコンフェッサーの装甲がばらばらと頭上から降り注いだ。
「一夏、無理はしないで」
「私はまだ大丈夫です! それにもう、盾として時間を稼ぐことしかできませんから……!」
 マリィアの通信に、一夏は変わらぬ前向きなトーンで返す。
 トレース機能による自身のスキルに頼った彼女の機体には、現状、ほとんど余力は残されていない。
 使い切れば、あとはジリ貧。
 だとするならば――あとはやれるとこまでやるのみ。

「――というわけだ。手伝ってもらえるか」
「君たちの方が交戦経験は多い。それで切り抜けられるのならば、協力しよう」
 ピーノに取り次いでもらって手身近に小隊長へと作戦を伝えたジャック。
 小隊長は額の傷を布切れで縛りながら答える。
「後衛隊は敵歪虚と一定距離を維持し、攻撃を継続。前衛隊は周辺の陶器人形から後衛隊を守れ。行動開始ッ!」
「「「「イエス、サーッ!」」」」
 瓦解目前ながらも指揮を通してテキパキと状況を立て直す同盟軍。
 この辺りは規律で縛られた軍という纏まりの長所だろう。

「さて……ぶちかますぞケルン。今度はもう、躊躇する必要はねぇ」
 ブリューナクを構えたソフィアは、己のマテリアルを介して供えられたリミッターを解放する。
 内部で膨張していくマテリアルが銃身を赤熱させ、ぼうと、彼女の周囲へとあふれ始めた。
 足元でケルンの奏でる旋律が、蓄えたマテリアルを
「ここがお前の旅の主着点だ……古の夢と共に眠れ!」
 膨大な熱量で放たれた銃弾が、虚空でふっと消失する。

――顕現せよ、赤き太陽。

 瞬間、アルバートの腹部を中心とした巨大な火炎球が、攻性防壁の雷撃を纏って巨体を丸ごと飲み込んだ。
 灼熱で鱗がどろりと溶け、その身を直接焼き焦がす。
 悲痛なまでの叫びが山に轟き、巨体は音を立て、地面に崩れ落ちた。
「アルバート……!」
 リアリュールが絞るモノトーンの矢が、同色の光を纏ってアルバートへと叩きこまれた。
 それを皮切りに、一斉に叩き込まれる銃弾・砲弾・魔法の嵐。
 健在の同盟軍のものも含めて、四方八方から乱れ飛ぶ。
「接近戦は不利だとしても――」
 振るわれたアルトの法術刀は、熱した刃でバターを切るようにアルバートの皮膚を切り裂き、深く背中を抉る。
 早くも再生しかけている僅かな鱗が飛び散ったが、彼女の足はそれが降り注ぐよりもなお疾く、戦場を抜けていく。
 皆が持てるだけの弾を打ち込んだころ、砕けた鱗をパラパラと散りばめながら竜がゆっくりとその巨体を起こす。
 まだ健在――しかし、所々完全に鱗が剥げるほどの激しい損傷を受けた身体からは、ぼたりぼたりとおびただしい量の真っ黒な体液を滴らせていた。
 雄たけびと共にアルバートが穴だらけの翼を広げて、周辺のメイドールを根こそぎ蹴散らしながら飛びかかる。
 咄嗟に滑り込んで、咆哮と共に立ちふさがるアルトのイレーネ。
 足を止められたアルバートは、目の前のイェジドを敵意の瞳で見下ろした。
 大木のような腕が地面ごとえぐり取るようにイレーネを薙いで、先の戦いの傷が癒えきれていない真っ白な身体が、ボールのようにハズみながら転がった。
「さぁさぁ、攻撃の手を休めないでね。緩めたところから捲られるよ、これは」
 クライアの光線をアルバートへ集中する真水。
 どちらが先に退くか……もしくは倒れるか。
 ここまで来たら、後はありったけの総力戦だ。
 十字砲火をその身に受けながら、アルバートの火炎が射撃体勢にあったソフィアとメルセナリオの方へと放たれる。
 マリィアは炎の中でメルセナリオの射撃姿勢を崩さずトリガーを引き続け、盾を構えながら飛びのいたソフィアとはケルンは余波熱に焼かれる。
「ケルン、悪い。もう少しだけ踏ん張ってくれ」
 彼女が煤こけた相棒に詫びを入れると、ケルンは「心配するな」と言いたげにどんと胸を張る。
 勢いで地面を転がりながら盾を銃に持ち替え、照準。
 火炎を放った直後の頭部へと銃弾を放つ。
 雷撃を帯びた弾は鱗を貫いて顎に突き刺さり、雷がアルバートの全身を駆け巡った。
 しかし、驚くべきはその回復力か。
 傷こそ癒えていないものの、ソフィアの「光条」で損壊させた刃の鱗は早々に生え変わりつつある。
 もともと代謝が良いからこそ、あれだけぽろぽろと剥がれるのだ。
 リカバリーも時間の問題である。
 再びめったらに火炎を吹くアルバート。
 その横っ面をコンフェッサーのボロボロの拳が捉える。
「あと少し……まだ、持ちますっ!」
 顔面への立て続けの強打によろめいたアルバート。
 しかし、その反動で振られた尻尾が足元をすくい、コンフェッサーは転倒する。
「しまった――」
 振り上げられた巨腕と鉤爪がディスプレイごしに閃き、一夏は咄嗟に脱出レバーを引く。
 間一髪。
 彼女が飛び出した後のコックピットを、振り下ろされた一撃がすりつぶしていた。
「おおっと、大丈夫かな?」
「は、はいっ! なんとか……!」
 転がるように着地した一夏は、メイドールの刃をころんともうひと回転して避けて飛び起きる。
 真水のクライアの光がメイド軍団に穴を作り、その隙に一夏は包囲を突破。
 近場の友軍のもとへ合流する。
 一方、アルバートは動かなくなったコンフェッサーに執拗に攻撃を加え続けていた。
 魔導エンジン自体はまだ生きている。
 おそらく、既に抜け殻となっていることに気づいていないのだろう。
「全力を出せるのもあと数回。何か……決定打が欲しいな」
 アルバートの足元を斬り抜けたアルトは、血塗られたマテリアル刃を鞘に納め、再び抜き放つ。
 新たに形成された刃は美しい焔色そのものだったが、何度となく受けた返り血は次第に柄の方へもおよび、どことなく、その輝きが鈍くなっているような気がする。
「あいつの体力は底なしかよ……!」
「そう思わせるほど、精神的にタフなだけだと思うけれどね」
 ジャックに答えたマリィアは、メルセナリオのカメラでアルバートの全身を隅々見渡す。
 いたるところに、普通の生き物なら致命傷と呼んでも差支えのない傷。
 ごぽりごぽりと噴き出す体液が、身体があげる悲鳴のようにも感じられた。
「そこまでして戦い続けるのは、本当にただの衝動的なもの……?」
 リアリュールの脳裏に浮かぶのは、ジェオルジの村で少女に聞いた名前。
 ジャンヌ――今の「霧の山」の主が彼の求めるその人なのだとしたら、狂乱の竜と化してなおこの地に現れたのは偶然なのか。
 それとも“強欲”の衝動のまま、すべての雑念を拭い捨てて、ただ純粋に求めるものがそれだというのだろうか。
 だとしたら彼は――
 放つ3連弓が、同盟軍の陣とは別方向から山なり弧を描いてアルバートの腕を貫く。
 返しの火炎が迫って、リアリュールは咄嗟に騎馬を翻す。
 一方、跳躍から残り火を切って滑空するアルバートがグンと距離を詰めて、リアリュールは立て続けに矢を放った。
 弓の一矢が彼の右目を深く抉る。
 それを意に介さぬように一度着地したアルバートは、そのまま再び地を蹴った。
 巨体ならではの速度で一気に距離を詰めて、身体のひねりを加えた尻尾の一撃がリアリュールの視界に迫った。
「あなたを幽閉した古代人は、諦めたからこそなの? それとも一分の望みを賭けたの……?」
 今となっては確かめようのない問い。
 ただ少なくとも今となってはすべて手遅れなのだと、視界が覆いつくされる瞬間に彼女は理解した。
「いい加減にしろ……!」
 再び雷弾を放ったソフィア。
 その後ろで、抑えきれなかったメイドールの刃を受けてついにケルンが倒れる。
 銃弾に膝を打ち抜かれたアルバートは、思わずがっくりと半身崩れる。
 しかし倒れたまま火炎を吐くと、同盟軍の一部ごと、盾で身構えたジャックを飲み込んだ。
「こっちはこっちで……さっきのとは別の意味で強烈だぜ」
 さっき、とはフランカの熱線の事だろう。
 盾ごしに身を焦がしながら、再び弓に持ち替えたジャックは貫徹の一矢をアルバートの肩に放る。
 周辺の鱗と丸ごと砕いて突き刺さった一撃。
 すぐに軍の集中砲火が放たれる。
 メルセナリオの銃弾もそれに乗って、さらに追い打ちをかけた。
 支えとしていた腕が崩れそうになるアルバートだったが、気合としか言いようがない力で踏みとどまって、激しい雄たけびを上げる。
 ふっと、周囲の霧が渦巻き始めたような気がして思わず辺りを見渡す兵士たち。
 それが何なのか気づいて、マリィアは咄嗟に叫びながら機体を反転させた。
「全速力で退避して……っ!」
 直後、アルバートを中心に吹き荒れる大竜巻。
 それは戦場に散らばった鱗の破片を巻き上げて、まるでフードプロセッサーの中にいるかのように周囲を切り刻む。
 やがて風が止んだ時、距離を掴みきれなかった兵士たちの虫の息が、あちらこちらでうめき声となって響いていた。
「ふざけた真似を……」
 メルセナリオもまた、直撃を避けこそすれ半身を竜巻に持っていかれる。
 失った左肩から先。
 ズタボロの左足で辛うじて直立を保つと、こちらもまた最後の力を絞っているのか、隙だらけの動きで突進してくるアルバートへ追撃を放つ。
 ギリギリのところで身を翻し、倒れるようにして突進を避けるメルセナリオ。
 入れ違いに飛来したジャックの弓が、敵の胸部を穿って、びしりと胸殻に亀裂が入る。
「そこ……っ!」
 真水の展開した魔法陣――クライアの3本の針が光を生んで、亀裂を押し広げた。
 そこへ飛び込んだのはアルト。
 ここで肉に届かせるにはこっちだ――背負った巨大な剛刀に持ち替えて、その切っ先を無理やり亀裂へとねじ込む。
 そのまま渾身の一刀を振り抜くと、アルバートの左の肩から先――巨腕が、大きな音を立てて地面に転がった。
「かつて、同じように何かを守りたくて必死に戦っていた人であろうとも……歪虚になった以上、私にとってはただ滅ぼす対象だ」
 降り注ぐおびただしい量の体液の雨の中で、彼女はつぶやく。
 前足で体重を支えているアルバートは、その支えのひとつを失って大きく身体が揺れた。
 そこに銃声が響いて、アルバートの頭殻が弾ける。
 ブリューナクの銃口の先、ソフィアの瞳は寸分たがわず、狙いを外さなかった。
 アルバートの身体が大きくのけ反って、そのままぐらりと山の斜面に崩れる。
 力なく倒れた巨体は、ガラガラと古木をなぎ倒しながら急な斜面を流れ落ちていった。
「追いますか……?」
「そうしたいのはやまやまだが……」
 一夏の問いに、ジャックは阿鼻叫喚の戦場を見渡す。
 辛うじて、息のあるものがほとんど。
 しかし、先ほどの粉刃旋風で同盟軍は半壊に近い被害を受けている。
「しばらくここで様子を見よう。負傷者の回収が優先だ」
 剛刀を鞘に納めながらアルトが言う。
 
 しばらく周囲の警戒を強めていたが改めてアルバートが接近する気配はなく。
 この濃い霧の下で息絶えたのか、それとも一時的に気を失っているのか。
 ハンター含む味方の負傷者の撤収準備が整ったところで、ようやく余力のあるハンターで軽く山を下りてみることにした。
 彼が滑り落ちたと思われる痕はずっと下の方まで続いて、やがて、切り立った崖を境にぷっつりと途絶えた。
 山の上よりはずっと薄い霧の中、うっすらと見える谷底には竜の姿も、人の姿も見当たらない。
「こういう決まりが悪い感じの決着、あんまり好きじゃないんだよね。どうしても疑心が芽生えるじゃないか」
 あのタフさを思えば、ため息交じりに語る真水の言葉を誰も否定はできず、僅かな沈黙が流れる。
「……戻るか」
 ソフィアが静かに口にすると、誰からともなく踵を返す。
 どちらにしろ、あの傷だ。
 生きていてもそう長くはない。
 だが、その考えでは腑に落ちない漠然とした不安は、いつまでも心の中に残り続けていた。

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    ジャック・エルギン(ka1522
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    フォーコ
    フォーコ(ka1522unit001
    ユニット|幻獣
  • よき羊飼い
    リアリュール(ka2003
    エルフ|17才|女性|猟撃士
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    ティオー
    ティオー(ka2003unit001
    ユニット|幻獣
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    人間(蒼)|22才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    ホーノジョウ
    ホー之丞(ka2377unit002
    ユニット|幻獣
  • 大工房
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    ドワーフ|14才|女性|機導師
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    ケルン
    ケルン(ka2383unit005
    ユニット|幻獣
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    イェジド
    イレーネ(ka3109unit001
    ユニット|幻獣
  • 凛然奏する蒼礼の色
    イルム=ローレ・エーレ(ka5113
    人間(紅)|24才|女性|舞刀士
  • ユニットアイコン
    エールデ
    エールデ(ka5113unit001
    ユニット|幻獣
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    メルセナリオ
    mercenario(ka5848unit002
    ユニット|CAM
  • ヒーローを目指す炎娘
    百鬼 一夏(ka7308
    鬼|17才|女性|格闘士
  • ユニットアイコン
    ホットリップス
    ホットリップス(ka7308unit002
    ユニット|CAM

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マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
ジャック・エルギン(ka1522
人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2018/12/28 07:32:07
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/12/24 11:03:03