ゲスト
(ka0000)
石路の真意
マスター:電気石八生

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/01/02 07:30
- 完成日
- 2019/01/04 18:20
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●異変
体長10メートルにも及ぶストーンゴーレムが100体、当然とはいえ黙々と作業を続けていた。
シャベルのごとくに変じた両手で辺境の荒野を搔き、やわらかくほぐすものがあり。その土をノズル状の手で吸い込んでは体内にて石灰水と練り合わせ、ブロック状のコンクリート塊に成形するものがある。
それらの間を行き来するのは、球体関節を備えた人間大の金属人形どもだ。
人形はほぐされた土から石ころを抜き出したり、吐き出されたブロックを綺麗に並べ、さらにゴーレムから供給されたコンクリートで間を埋めたりといそがしい。
――ここでひとつ疑問が生じる。本来、セメントとは強度を上げるための骨格として砂利を使うものだ。それをなぜここまで神経質に取り去るのか?
できるだけなめらかにしたいからね。ま、こっちにもいろいろワケがあるのよ。
誰にともなく応えた怠惰は、土中にいくらでも存在する石英を編んだ依り代の肩をすくめてみせた。
「ひとつだけ言っとくけど……邪魔しないほうが身のためよ?」
いくらかの潜伏期間を経て再びクリムゾンウェストへ現われた、鉱石の怠惰ゴヴニア。
彼女が鉱石を編んで造りだした雑魔を繰り、為しているのは路造り。
そしてその理由を、それ以上に語るつもりはないようだった。
●報告
ゲモ・ママはもたらされた情報に眉をひそめて。
「わっけわっかんねぇわねぇ」
「それは僕もだけどね~」
“情報源”はママと声を合わせて唸った。
バーを訪れる客としてはかなり深刻に毛色のちがう――言ってしまえばおかしい風体と風情だが、ここはおかしなオネェが『二郎』と名づけた、これまたおかしな店である。ただそれだけのことなのだが、だからこそよく馴染んでいた。
『荒野の真ん中にずーっと路ができてて、ゴーレムと人形がせっせと造り続けてる。スタート地点は、少なくても僕には見えないくらい遠かったよ』
“情報源”は入ってくるなりそう語った。
ママは聞きながら、なんで報告書にまとめてもらわなかったかしらアタシぃ! とか後悔したものだが、それはまさしく後の祭りってやつだろう。
「ま、いいわぁ。アンタも病み上がりなんだから、メシ食ったら屁ぇこいて寝なさい」
野菜たっぷりなひとり用鍋焼きうどんを出してやりつつ、ママは“情報源”にしっしと手を振ってみせる。
「うう、ビタミンと繊維質とカーボばっかりぃ……マッチョボンバー祭見たかったぁ」
「そのうちまたやるでしょ。なんかアレ、季節ものとかじゃねぇってハナシだし。……ほぉら、プロテイン入れたげるからマッチョにおなり~」
などと邪悪なやさしみを発揮しつつ鶏の胸肉を足してやり、ママはふ~む。あらためて唸った。
情報は確かだろう。なにせ見間違えるようなものではないのだから。問題は、なんのためにそこまでして平らかさに拘り、路づくりをしているのかだ。
揺らしたくねぇもん運ぶ? ニトロとか……は、ないか。マテリアル使うほうが早ぇもんねぇ。そんでも危険物ってのがいちばんわかりやすいんだけど、その危険物がなんなのか、さっぱり思いつかねぇわぁ。
「ゴヴニア絡みってのがまた面倒なのよねぇ」
路づくりの監督しているらしいゴヴニアは、ハンターとのコミュニケーションを厭わない珍奇な怠惰だ。
ただ、黙して語らないタイプなら探りの入れようもあるが、訊けば答えてくるのが逆に難しい。真実を語ると信じ切れる相手ではないし、逆に真実を語られたとて見極めようもないのだから。
そのへんまで考えてああいうキャラ作ってる感じもするのよねぇ。あ~、メンドクサイ!
「ま、考えるのはやめないけど、悩んでるのは時間のムダよね!」
かくて頭に詰まった無駄をぶるぶると振り捨てたママは、ハンターたちの招集を決める。
知らないまま事が起こったらサイアクだし。せめて備えられるくらいに調べさせてもらうわよぉ。
体長10メートルにも及ぶストーンゴーレムが100体、当然とはいえ黙々と作業を続けていた。
シャベルのごとくに変じた両手で辺境の荒野を搔き、やわらかくほぐすものがあり。その土をノズル状の手で吸い込んでは体内にて石灰水と練り合わせ、ブロック状のコンクリート塊に成形するものがある。
それらの間を行き来するのは、球体関節を備えた人間大の金属人形どもだ。
人形はほぐされた土から石ころを抜き出したり、吐き出されたブロックを綺麗に並べ、さらにゴーレムから供給されたコンクリートで間を埋めたりといそがしい。
――ここでひとつ疑問が生じる。本来、セメントとは強度を上げるための骨格として砂利を使うものだ。それをなぜここまで神経質に取り去るのか?
できるだけなめらかにしたいからね。ま、こっちにもいろいろワケがあるのよ。
誰にともなく応えた怠惰は、土中にいくらでも存在する石英を編んだ依り代の肩をすくめてみせた。
「ひとつだけ言っとくけど……邪魔しないほうが身のためよ?」
いくらかの潜伏期間を経て再びクリムゾンウェストへ現われた、鉱石の怠惰ゴヴニア。
彼女が鉱石を編んで造りだした雑魔を繰り、為しているのは路造り。
そしてその理由を、それ以上に語るつもりはないようだった。
●報告
ゲモ・ママはもたらされた情報に眉をひそめて。
「わっけわっかんねぇわねぇ」
「それは僕もだけどね~」
“情報源”はママと声を合わせて唸った。
バーを訪れる客としてはかなり深刻に毛色のちがう――言ってしまえばおかしい風体と風情だが、ここはおかしなオネェが『二郎』と名づけた、これまたおかしな店である。ただそれだけのことなのだが、だからこそよく馴染んでいた。
『荒野の真ん中にずーっと路ができてて、ゴーレムと人形がせっせと造り続けてる。スタート地点は、少なくても僕には見えないくらい遠かったよ』
“情報源”は入ってくるなりそう語った。
ママは聞きながら、なんで報告書にまとめてもらわなかったかしらアタシぃ! とか後悔したものだが、それはまさしく後の祭りってやつだろう。
「ま、いいわぁ。アンタも病み上がりなんだから、メシ食ったら屁ぇこいて寝なさい」
野菜たっぷりなひとり用鍋焼きうどんを出してやりつつ、ママは“情報源”にしっしと手を振ってみせる。
「うう、ビタミンと繊維質とカーボばっかりぃ……マッチョボンバー祭見たかったぁ」
「そのうちまたやるでしょ。なんかアレ、季節ものとかじゃねぇってハナシだし。……ほぉら、プロテイン入れたげるからマッチョにおなり~」
などと邪悪なやさしみを発揮しつつ鶏の胸肉を足してやり、ママはふ~む。あらためて唸った。
情報は確かだろう。なにせ見間違えるようなものではないのだから。問題は、なんのためにそこまでして平らかさに拘り、路づくりをしているのかだ。
揺らしたくねぇもん運ぶ? ニトロとか……は、ないか。マテリアル使うほうが早ぇもんねぇ。そんでも危険物ってのがいちばんわかりやすいんだけど、その危険物がなんなのか、さっぱり思いつかねぇわぁ。
「ゴヴニア絡みってのがまた面倒なのよねぇ」
路づくりの監督しているらしいゴヴニアは、ハンターとのコミュニケーションを厭わない珍奇な怠惰だ。
ただ、黙して語らないタイプなら探りの入れようもあるが、訊けば答えてくるのが逆に難しい。真実を語ると信じ切れる相手ではないし、逆に真実を語られたとて見極めようもないのだから。
そのへんまで考えてああいうキャラ作ってる感じもするのよねぇ。あ~、メンドクサイ!
「ま、考えるのはやめないけど、悩んでるのは時間のムダよね!」
かくて頭に詰まった無駄をぶるぶると振り捨てたママは、ハンターたちの招集を決める。
知らないまま事が起こったらサイアクだし。せめて備えられるくらいに調べさせてもらうわよぉ。
リプレイ本文
●のぞき見
辺境のただ中、命なき人形どもはなにを思うこともなにを語ることもなく、最大効率を為して石路を敷き続ける。
「……」
小首を傾げてそれを見守るは、鉱石を依り代とする正体不明の怠惰ゴヴニアだ。今は土に含まれるありふれた石英――水晶になりきれぬ灰色の酸化鉱物――に宿り、人型を成している。
「ストーンゴーレムが石路造りとはいったいなんの冗談なのでしょう……?」
悪質なものだろうとは思いますが。巨岩の上よりゴーレムの作業を窺うハンターたちのひとり、多由羅(ka6167)はそうつぶやいてかぶりを振った。
対してシンシア・クリスティー(ka1536)のコメントは。
「使い減りしない労働力って資本家の夢だよねー」
「なに考えてるかはインタビューするとして。その前にさらっと調査しとかないとだよね」
イヴ(ka6763)は岩影に控えさせていたワイバーンへ跳び乗り、飛翔の翼を伸べさせた。
「わ、わ! いきなり飛んじゃうと見つかっちゃって撃墜! とかになりません!?」
百鬼 一夏(ka7308)があわてて、いっしょに歪虚の作業をのぞき見ていたポロウの瑠璃茉莉の背に跨がる。こうなればせめて的を増やして危険度を下げておかなければ。
「わふ。お兄ちゃんが言ってたです。そういう感じの怠惰じゃないみたいだって」
アルマ・A・エインズワース(ka4901)が、尖り耳の先を振り振り述べる。
彼の兄であるハンターは直接的にも間接的にも、複数回ゴヴニアと対した経験を持っている。ここへ来るに際して話は聞いてきたから、そのあたりの面倒臭さも知識としてわきまえていた。
「なんにせよじゃ。歪虚から邪魔するなって言われて、はいわかりました! というわけにはいかんのじゃよなー」
のぞき見は仲間に任せ、搭乗したダインスレイブ“ヤクト・バウ・PC”の計器チェックを進めていたミグ・ロマイヤー(ka0665)の言。
さて。彼の怠惰は多弁だそうじゃが、真実を語るとは思えぬ。ならば力尽くでというのが順序じゃが、依り代を壊したところでなにが解決することもないじゃろう。つまりミグらがすべきは次に繋げる布石を打つことじゃ。
右眼を覆う眼帯の端から噴き出すオーラの炎を指先で払い、ミグはヤクト・バウ・PCを岩陰より踏み出させた。
●接触
ワイバーンの力強いはばたきで一気に高空に至ったイヴは、魔導スマートフォンで情景を撮影、自らの目で見た情報を仲間へ伝える。
「こちらイヴ! 石路は一本路で傾斜なし。ゆるーくカーブしてるけど、大きい岩とか避けてるからってことみたい。基本的にはまっすぐで、どこから続いてるのかはよくわかんない、かな」
と。
『もしもしゴヴニアだけど。一応警告しとくわよ? 探り入れんのはいいけどね、それってあんたたちの首締めることになるから』
ゴヴニアからの通話が飛び込んできた。
こういうとこよくわかんないよねー。イヴは肩をすくめつつワイバーンの高度を下げ、着地ポイントを探す。横づけしたところでなにをされることもなかろうが、歪虚を信用するよりは賢い選択だろう。
「と、いうことらしいですが」
リーリー“瑞那月”に跨がる多由羅が、魔導スマートフォンから漏れ出すゴヴニアの声を示し。
「普通に通話してくるんだ……」
同じくリーリーに騎乗したシンシアがむぅ、眉根をしかめた。
「なにを考えているものかわかりませんが、好戦的ではないようです。どこまでが許容されるものかを探りましょうか」
多由羅は瑞那月を進ませ、慎重に路へと近づいていく。その間にハンドサインを上空へ示せば、瑠璃茉莉を旋回させていた一夏がハンドサインで合図を返し、ゆるやかに進み始めた。
シンシアはそれを見送りつつ、スマホの通話を切った。
割り込み通話できる以上、こちらの会話はあの怠惰にすべて筒抜けということになる。視認情報は問題なくとも、見解や推察を聞かせるのは避けたい。彼女にはひとつの懸念があったから。
アルマと共にとある依頼へ参戦した仲間がもたらした、新しき怠惰王オーロラ始動の報。その目覚めがもたらすという「怠惰の感染」が、人間のみならず歪虚にも影響を及ぼすのだとすれば……
それはもう、眠っててもらいたいよね? 平らな路造って、そーっとそーっと運びたいはずだもの。
この見解は後で共有するとして、まずは路の構造を調べよう。たとえばそう、どれほどの強度を有していて、なにかギミックが仕込まれていないかどうか。貴人を運ぶなら当然、ただの路ではないはずだから。
リーリーに跳躍をうながしたシンシアは、自らのマテリアルをくべてその頼りない翼に風をまとわせた。
「わふ。わふー? こんにちはですー。なにしてるですー?」
仲間たちが調査に向かう中、アルマは真っ向からゴヴニアへ笑みを向け、歩み寄っていく。
「見たまんま路造ってるだけだけど? ――石ころ残すんじゃないわよー」
黙々と作業を続けるゴーレムどもの狭間を行き交う金属人形どもは膝を折って了解を示し、作業へ戻った。
「わぅ? 石……全部取っちゃったらもろくなっちゃいますけど、大丈夫です? 頑丈さより滑らかさを重視するってことは、あんまり回数使わないです?」
「有り金全部差し出したら教えたげるわ。で、あんたはどこの誰?」
「あ、ごめんなさいです。僕、アルマです! お姉さんはなんてお名前です?」
「こっちじゃゴヴニアって名乗ってるわ。で、あんたはなに? 尋問係?」
アルマはふるふるとかぶりを振り、「あ」と眉根を跳ね上げて、「秘密です!」。もちろんバレバレなわけだが、それを見逃す相手であることはすぐに知れた。だからそのまま、会話を続行する。
「ゴヴニアさん? ……もしかして、僕と同じ色の髪に緑の瞳で、これくらいの背丈の男の人とゲームしたことないです?」
「って、あの仏頂面?」
「はい! 僕、弟です! お兄ちゃんがお世話になりましたですー!」
ひと通りのことはその兄から聞いているわけで、それをしてこの無邪気を発揮できるあたり、この青年は意外と策士なのかもしれない。もっとも初対面のゴヴニアに、そこまで勘ぐる余地はなかったし、おそらくは興味もないだろうが。
「聞きたいことがあるんなら早めにね、片眼鏡。あんたのお友だちがあれこれやらかし始めたら、お話なんてしてる暇なくなるわよ」
「ゴヴ姐じゃーん! なにやってるのぉ?」
そこへイヴが駆け込んでくる。偶然を装っているわけだが、こちらはアルマの真っ向勝負とちがい、様式美といったところだ。
「頭ドレスまで来てるわけ? めんどくさいわねー」
石英の顔をしかめるゴヴニアにイヴはかるい笑顔で「いやいや」。
「わたしがめんどくさかったことなんてないでしょー」
だって、腹の探り合いはそっちの得意だし? 言外に含めておいて、イヴはなに食わぬ顔で路を指し。
「この路ってなに?」
アルマも大きくうなずいて。
「わふわふ。どうして路がいるです?」
ゴヴニアはふたりがかりの質問に辟易と肩をすくめてみせた。
「通行用以外に使い道ないでしょ」
「歪虚用ってことだよね。わたしたちより前に来た人に邪魔するなーって言ったみたいだけど、それって人間にデメリットあるから?」
いきなりぶっ込むことになったが、これはしかたあるまい。そもそも世間話から入れるような関係ではないのだから。
そしてこの質問への回答は、ゴヴニアが先にアルマへ告げた「お友だちがやらかし始めたら」の真意を探るヒントになるはず。だからこそ最初に聞いておきたい事情がイヴにはあった。
「そりゃあるわよ。ま、あたしは別にどうでもいいけどね」
イヴはアルマにアイコンタクト。
この路は歪虚用で、路が壊れたところでゴヴニアは困らない。そしてそれは人間サイドになんらかのデメリットをもたらす可能性がある。
アルマは固められた路を指先でなぜ、「わふー」。
「すっごく平らですー。乗ってみていいです?」
「塗り立てんとこはだめよ。足跡つくから」
気安い返答にイヴも乗っかり、アルマを追った。
さて、ここからが質問と調査の本番。虚実を見極め、少しでも多くの実りを持ち帰らなければ。
一方、ミグはヤクト・バウ・PCに路から一定の距離を取らせ、観察を続けていた。
ただ路を敷くだけならタールを撒いて固めれば足りる。なのにここまでの手間をかけて路を、強度度外視で造り上げるには相応の理由があるはず。
普通に考えるならば重量物を運ぶ必要があるからなのじゃが、強度を考えておらぬ以上はそれすら偽装と見るべきじゃろう。
彼のゴヴニアとやらは鉱石を繰るという。ならば不純物を混じえたものは繰りにくいのではないかの? 路自体が長大なコンクリート製の線であるなら……それを依り代としてなんぞを為すつもりなのやもしれぬのじゃ。
「どうあれ、仕込みくらいはしておかねばならんじゃろ」
滑空砲“プラネットキャノン”の弾道計算を終えたミグは息をつき、そのときを待つ。
そして瑠璃茉莉を駆り、路を辿ってその起点を目ざす一夏である。
情景を暗記し、小さな地図へちまちまと情報を書きつけていくが、しかし。
「この路、どこから続いてるんだろ?」
路はどこまでも続いていて、まるで先は見えなかった。これほど長い路に、いったいなにを通すつもりなのか……
「もしもし、百鬼です! 多由羅さん、そっちはどうですか!?」
地上から起点を目ざす多由羅に通話を飛ばせば、ジャミングされることもなく彼女の声音が返ってきた。
『多由羅です。こちらは警戒態勢で進んでいる分遅れてはいますが、現状雑魔に邪魔をされるようなことにはなっていません。先行している百鬼が無事なのであれば、私も速度を上げるべきでしょうか』
「いえいえ、なにがあるかわかりませんからそのままで! 空からの情報はばっちりお知らせしますね!」
通話を切って、一夏は瑠璃茉莉に語りかける。
「ここからじゃ見つけるホーも使えないからね。よーく見て、危ないなって思ったらささーって逃げるんだよ」
ほうー!! 驚くほどの勢いで応えた瑠璃茉莉が、唐突に急旋回。
放り出されそうになった一夏はあわてて鐙「ネウロン」にしがみつき、持ちこたえる。
「どうしたの、瑠璃茉」
その言葉尻と瑠璃茉莉の右翼がなにかに突き上げられ、貫かれた。
失速し、くるくると墜ちていく瑠璃茉莉を抱えた一夏は必死で目をこらす。地上から飛来したものは、槍。そして。
――貴様らが犯した禁忌の代償、払ってもらうぞ。
なに、この声!? それにこの、すっごく怖い感じ……負のマテリアル!! やばいよ、やばいやばいやばい! 早く知らせなくちゃ、ほんとにやばい!!
百鬼はああ言いましたが、あまり距離が開くのは好ましくありませんね。
多由羅は遙か先を飛んでいるだろう一夏を透かし見た。
ここまではアクシデントに対するべく通常移動で来たのだが、作業を終えた場所にゴーレムや金属人形が留まっていることはなかった。ゆえに厳戒態勢の必要もなかろう。
「警戒は解かないままロケットランを」
主の命に高く応え、瑞那月が足を速めた。
その背に体を低く倒し込んで加速を助け、多由羅は路の起点へと進む。
●実験
「アルマちゃんとイヴちゃんが路に乗る前に、ちょっとあたしのほうで試させてもらっていいかな? 危険なことはないと思うけど、念のために待っててほしいんだ」
ゴヴニアの許可を得たふたりを一度止めて、シンシアがリーリーを促した。
先に風の力を受けたリーリーが思いきりジャンプ、次いで必死にはばたき、ふわりと浮き上がった。
「ちょっとだけがんばってね」
路の上空へ至るまでにマギサークレットの力を借りて集中を高め、ハンターはもちろん、ゴーレムや金属人形が範囲内にいないことを確かめて。
「いくよ!」
路の真ん中へグラビティフォールの紫光を路へ叩きつけた。
大事なものをそっと運ぶなら、馬車なりなんなりの乗り物は耐震構造を付与されて重くなるはず。それだけ路の強度も必要だ。しかも現場監督は鉱石を繰る怠惰なのだから、隠し能力的なものがあってもおかしくない。
秘密があるなら見せてもらうよ!?
その問いへの答はひどくシンプルだった。
まず、着魔ポイントはその魔力圧に耐えられず大きく抉れた。次の瞬間には魔法の有効範囲内に細かなヒビがはしり、一気に割れ砕ける。
「え?」
あまりにも他愛なく生み出された惨状。
しかし、雑魔はひたすらに新たな路を築く作業へ没頭し、見向きもしない。
「えーっと。なんのタネもしかけもない、ただのコンクリだったみたい?」
崩壊した路、雑魔、ゴヴニア、三点の間で視線を回すシンシアに、その一点であるゴヴニアから連絡が入った。
『あのさ、作業見てたらわかるでしょ。どこにタネとかしかけとか練り込む隙があるわけ?』
「大事なもの運ぶのかなって! そしたら路だってもっとこう、ちゃんと造るでしょ!」
『目のつけどころは悪くなかったけどねー。強度いるなら砂利混ぜてるわよ』
反射的に言い返してきたシンシアへ肩をすくめてみせ、ゴヴニアはアルマを、イヴを見やる。
「で、あんたたちはどうするの?」
ふたりが選んだ「どうする」は、無事を保つ路へ踏み込むことだった。
イヴはさりげなく灰色の路上へかがみこみ、掌をあてがって感触を確かめた。
感触は……平らかながらグリップはいい。執拗なほど平らかさに拘っているだけで、材質自体はただの原始的なコンクリートのようだ。
そしてこの路は荒野よりもおよそ10センチほど高い。これはコンクリートブロックの都合なんだろう。路幅は15メートルほどで、縁石はなし。つまり、通過物が路を踏み外す心配はないということか。
「これってほかのパーツとか組み合わせる?」
イヴの問いにゴヴニアは下唇を突き出して。
「ただのコンクリになに足すのよ」
あ、これは誘導になんなかったな。リニアのレール通すんならもっとちがうやりかたあるもんね。イヴは思考を笑みでごまかした。
「なんかさ~、石灰って濡れるといろいろあるじゃん? 雨降るとタイヘンかなって」
「長耳の国じゃ雨降るとそこら中から熱でんの? そんなんあたしが見てみたいわ」
聞きかじり系お馬鹿を演じるイヴにあきれた顔を向けるゴヴニア。そこへアルマがにっこり笑顔を割り込ませ。
「わふ! 僕も見てみたいですー」
そのままゴヴニアの目を引いて、路をぽふぽふ。
「こんなに平らだったら、転ぶ心配がなくて素敵です!」
「そりゃ転ばれたらたまんないから」
モノクルの奥に隠されたアルマの目がしばたたき。
「壊れやすかったり、あんまり揺らしちゃいけないものとか運ぶです?」
「あんたの国だったらマジで熱出そうだけど……もうちょっと包み隠したほうがいいんじゃない? ど真ん中すぎでしょ」
言葉の鋭さに反し、ゴヴニアの目線はやわらかい。
そしてアルマはアルマで、無邪気を失いはしなかった。
「わふ? 不思議だから訊いてみたいなって、そう思うです」
ゴヴニアは彼へのコメントは追加せず、イヴのほうへ石英の眼を向ける。
「あんたはどう? まっすぐ投げてくんの? それともこのまま曲げ球?」
勘頼りと言いつつ、それでもあれこれ考えるタイプであることはすでに知られている。ならばここはひとつ。
「つかさ、そもそもこれって路? ほんとに使うんだったら往路なの復路なの?」
アルマに倣ってど真ん中だ。
「使うわよ、往路で。復路にはならないんじゃない? あと、繰り返しになるけどこの路ってある意味、あんたたちのために造ってるとこあるんだからね」
そして耳を澄ますしぐさをしてみせ。
「ちなみにあんたのお友だち、めんどくさい奴のお怒りに触れたみたいよ? そいつがこっちまで来ないうちにやることすませて逃げるのね」
身構えそうになる体を意志の力で押さえ込み、イヴは視認できる限りの状況をチェック――少なくとも、路の調査をしているハンターに問題は起きていない。だとすれば、起点探しに出た多由羅と一夏になにかあったのか?
「めんどくさい奴がもうすぐ来る? なに、わたしよりめんどくさいの?」
スマホが通話状態になっていることを確かめ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。アルマならなにがあっても大概大丈夫だろうし、ならばここでしておくべきは情報の伝達と保持だ。
「ほんとは来てほしくないからいろいろ条件つけて置いてきたのに、あんたたちが会いに行っちゃうんじゃあね」
どうやら隠されていた地雷を踏み抜いたということらしい。
イヴはアルマに、そしてハンター各員に告げる。
「じゃあ、急がなくちゃね。その前にもうひとつだけ訊きたいんだけど」
「なに?」
「ルートをわたしたちに晒したメリットってなんなのさ? 壊されても怒んないわけは?」
「決まってるでしょ」
石英の面がいたずらっぽく笑んで。
「敷けても壊されても、あたし的にはどっちでもいいからね。困るのはあたしじゃないから」
かくてイヴのスマホ越し、ゴヴニアの言葉を聞いたミグが動き出す。
「すでにこちらが困る状況であるならば、あと少し足したところで問題ないじゃろ」
ミグは、ヤクト・バウ・PCの太く長い両腕の先から伸びた長い爪を土へ突き立て、砲撃姿勢を据えさせた。
彼女自身が基礎設計から手を入れ、重砲撃という一方向へ超特化させたこの異形の機体、素がダインスレイブであることを言い当てられる者はそういまい。
時代がどうあれ、巨砲には巨砲の意義があるものじゃ。すなわち圧倒的破壊力という意義が。
果たしてプラネットキャノンのトリガーを引き。
左右の砲より撃ち出された徹甲榴弾が、たった今置かれた真新しいコンクリートを抉って路の先端部へ突き立ち、まわりの金属人形もろとも爆圧で噴き飛ばし、爆炎で蒸発させる。
にわかに色めき立つ――とはいえ意志があるわけでもないから、単純に戦闘モードへ切り替わっただけなのだろう――人形とゴーレムをすがめた左眼で見やり、ミグは口の端を吊り上げた。
『さて、そこの怠惰よ。そなたも雑魔どもに加わり、ミグと対するか?』
この戦闘行為があくまで自分の独断であることを示しつつ問う彼女に、ゴヴニアはげんなりと返す。
「なんの罪もない雑魔のこと惨殺するとか、ハンターの良識ってどうなってんの?」
『調査活動の一環じゃ。それに、人と歪虚の“良好”な関係を、したり顔で語らせるつもりかえ?』
そりゃうんざりだわー。ゴヴニアはさらにげんなり肩を落とし。
「とにかく相手するとかめんどくさいし、あたしは気にしないでがんばって? あー、帰っちゃいたいけどあいつ来るのよねー、マジ最悪! 超めんどくさい!」
「そろそろ教えてよ。あいつって誰?」
イヴの問いにもめんどうくさげな眼を向けて。
「来たらわかるわよ、多分」
これ以上答える気はないが、邪魔をする気もないか。重畳じゃ。
ミグの両手がトリガーを絞り、緩慢な動きでこちらへ迫り来るゴーレムの胴を貫通徹甲弾でぶち抜いた。それなりに硬いが、しょせんはそこらの石の寄せ集め。質量と高速を兼ね備えた砲弾の相手になろうはずはない。
「さすがに厚みがある分、後ろのゴーレムまでは届かんか」
機能を給弾に限定することで効率を高められた補助アームが次々に新たな砲弾をキャノンへ詰め込んでいく。そのリズムに乗り、徹甲弾装填からの連続砲撃を食らわせながら、ミグはゴーレム、そして金属人形との距離を測った。
あと30秒、いや、40秒はいけるか。いやいや、撤収も考えねばならぬし、紛れさせる機も計らねばならぬ。無理は禁物じゃな。
ぎりぎり30秒と定め、ミグはコクピットの端にくくりつけてある魔導短伝話へ語りかける。
「皆、すまぬが撤収の準備を進めつつ人形どもの相手を頼む。今日の主目的は調査ゆえ、こちらへ来るという面倒な輩の顔も拝むくらいはしておかねばなるまい?」
さて、これでミグへ集中しておった敵の目は分散されるじゃろう。チャ~ンス、ということじゃな。
――などとミグが何事かを企む中、アルマはゴヴニアもイブも置き去り、動き出した雑魔どもへ駆けだしていた。
「ゴーレムさん硬そうです! お人形さんもおもしろそうです! ちょっとくださいですー」
その笑顔が、錬金杖「ヴァイザースタッフ」の放つ凄絶なマテリアル光にかき消される。
アルマの先に描き出された三角光が三条の光線と化し、彼を囲みにかかった金属人形を貫いた。
「鬼さんこっち、とでも言えばもっと遊んでくれますか?」
崩れた包囲の隙間と人形の攻撃を優美なサイドステップですり抜け、踵を返してターン。緩慢に追ってくるゴーレムどもへ炎扇を噴きつける。
関節を溶かされた巨体が宙に泳ぎ、倒れ込むころにはもう、アルマの姿は消えていた。
「もっと本気で遊びましょうよ。まさかそれが本気なら……僕がお片付けしてあげましょうか」
稚気を狂気に反転させて“遊ぶ”アルマをながめやり、ゴヴニアは「ニンゲンって見かけによらない感じよねー」、肩をすくめて苦笑した。
●間隙
ここで時を数十秒巻き戻す。
地上から投げ放たれた槍に翼を突き抜かれた瑠璃茉莉。墜ちていく中で一夏は必死で相棒を引っぱり上げる。
「瑠璃茉莉、気合気合気合ーっ!!」
主の気迫が届いたか、あわやというところで体を引き起こした瑠璃茉莉が気合で胴体着陸。ふくぶくしい腹で荒野を跳ね、衝撃を殺してついに止まった。
サムズアップしかけた一夏だが。ふと体を倒し込み、声音を噛み殺す。緊急事態で忘れていたが、あの異様な負のマテリアルを放った主は、この近くにいるのだから。
「余裕だな、小娘」
一夏は悟る。
見つかるわけないよね。だってこのへん全部、あのマテリアルでいっぱいなんだから。
気づいてしまえばもう、圧倒されるばかり。体がすくんで動かなかった。
しかし。
これは調査だ。ならば少しでも多くの情報を持ち帰らなければならない。自分にそれができないなら、仲間に託さなければ。かくて震える指でスマホを通話状態にして。
「あなた、誰ですか?」
声音を絞り出して問うた。
「それを知ってどうする? ああ」
世界を押し分けるようにして顕われたのは、冷めた声音をそのままに映した男。ただしその面は黄金の仮面に隠され、見えない。
「次の機会があると思っているわけか」
目の前の男がただの人間でないことはすぐに知れた。歪虚だ。しかもただの歪虚ではない。新米の域から抜け出し、一端へ足を踏み入れた彼女が初めて対する強大な……おそらくは幹部級の。
「あなたみたいなすごい歪虚が、こんなところでなにしてるんですか?」
「蠅叩きだ。石塊に邪魔をされなければ面倒はなかったものを……」
固まった瑠璃茉莉を背にかばい、一夏は自らの両腕を鎧う聖拳「プロミネント・グリム」の硬い感触を確かめた。
私はあっさり殺されちゃうよね。でも、それがみんなに伝われば、ムダになんてならない。
「瑠璃茉莉。私が突っ込むから、そのまま逃げてみんなに知らせて」
この頭の宝冠にはずかしい私は見せられないから。最期の瞬間まで、なりたい私を叩きつけてやる!
決意がマテリアルに熱を与え、鬼の本性を解き放つ。いつもなら自分の有様に引いているところだが、今はかまっていられなかった。
その必死を見た男は鼻をひとつ鳴らし、手にした槍の穂先を一夏へ突きつけて。
「せいぜいやる気を出して来い。末路は変わらんがな」
と。
「百鬼!!」
横合いから突っ込んできた塊が男と一夏の間に割り込み、蹴立てた土埃で煙幕を張った。
「間に合いましたね!」
瑞那月の背から声を投げたのは、ロケットランで荒野を突っ切り、連絡が絶たれた一夏を追ってきた多由羅であった。
男をたくましい脚と鉤爪とで牽制しつつ、瑞那月が心臓の鼓動を浮き立たせるように鳴けば、瑠璃茉莉の傷ついた翼が見る間に癒えていく。
「退きますよ! ――あっさりと退かせてくれる相手ではないようですけれど」
多由羅はその脚力で瑞那月の上に自らの上体を据え、斜に構えた斬魔刀「祢々切丸」の切っ先を男へ向けた。
刃の長さだけでも2メートルを超える巨大刀。対する者の心をへし折るには充分な圧を備えていたが、男は小揺るぎもせず歩を踏み出して。
「俺の力を鈍らせたか、石塊。面をつけさせたわけが知れた」
その声に応えたものは、黄金の仮面そのものであった。
『汝相手では一時の気休めに過ぎぬがな。そも、汝(なれ)を連れ来るつもりもなかったのだ。我儘は聞き遂げた。ゆえに約定は守ってもらうぞ。彼(か)の路、血で穢すは赦さぬ』
「あいつに迫る蝿を見逃すつもりはないが……門出を穢すのは確かに無粋だな。いいだろう、そのまま俺を縛めておけ」
『聞き分けてくれやったは重畳』
仮面の声音が途切れた途端、男が跳んだ。
「ただし仕置きだけはしておく」
突き込まれた穂先を見ず、多由羅は瑞那月にリーリージャンプさせ、男の頭上を跳び抜ける。ここまで蓄えてきた戦いの経験が告げていた。見ていてはかわせない!
おおおおおお!! 野太い咆哮をあげて突っ込んだ一夏が、着地して硬直した男の横腹を突き上げる。筋力のすべてをもって地へ突き立てた両脚を砲台とし、ひねりを効かせた左拳という砲弾を叩きつける螺旋突。
「気合はいい」
一夏の拳が肝臓に届く寸前、槍の柄でそれを抑えた男がその場で体を巡らせ、彼女の首筋へ肘を打ちつけた。
「技が拙い」
崩れ落ちる一夏を一瞥、身を翻して多由羅と向き合う。
「剣が頼りのようだが、次元斬でも食らわせてくれる気か?」
「百鬼を吹き飛ばさなかったのはそのためですか……存外に小賢しいのですね」
わずか4メートルの先から突き込まれた男の視線をすがめた目でいなし、自らの足で地を踏んだ多由羅は祢々切丸を八相に構えた。騎乗していては太刀筋が揺らぐ。
どうやら仮面の主に本来あるべき力を抑えられているようだが、それでもこの男に二の太刀は届くまい。ゆえに、一の太刀を決める。
「刃を交わす前に、ひとつだけお訊きしてよろしいでしょうか。この辺境にはびこる怠惰の首領ビッグマーは先ほど滅んだと聞いていますが……この一件、そのことと関係があるものでしょうか?」
槍を中段に構えなおした男はかすかに面を傾げ、吐き捨てた。
「関係があると言えば満足するか。それよりも、貴様はどうする? こうして見合っているだけですむとは思うまい」
「もちろん」
多由羅の剣が、掲げられた高さをそのままに寝かされた。巨大刀による霞構え。
「推して参ります」
果たして、静かに進めた一歩が地を踏んだ刹那、音なき衝撃が響き渡り。
瞬時に間合を踏み越えた多由羅の刃が男の胸元へ向かう。
「疾風剣か」
対して男は槍のしなりで円を描き、穂先で切っ先を絡め取ろうとするが――
あなた様が万全であるか、これが二の太刀であったなら、あっさりと巻き取られていたでしょうね。
技を見切った男は、ひとつだけ見切り損なったのだ。すなわち、この祢々切丸が3メートル40センチの全長をそのままに映す重さを備えていることを。
穂先の円陣を押し割り、男の胸へ突き立つ切っ先。咄嗟に返した石突で払われ、わずかに肉を裂いたに留まったが、それでも技によらぬ重さが男の姿勢を崩し、後じさらせるには足りた。そして。
「ここで見てるだけなんて、できないでしょおおおおおお!!」
必死の形相で男の背へしがみついた一夏が、男の後じさりに合わせてその足を刈り、巻き込みながら投げ倒した。競技であればけして許容されぬ危険な投げである。
自らが地へ叩き就けた男を返り見ず、一夏が飛び込んできた瑠璃茉莉へ跨がって空へ。
「多由羅さん! 今です!」
「承知いたしました!」
同じく瑞那月に騎乗した多由羅がロケットランで駆けだした。
駆けながら、瑞那月が心配そうに多由羅へ視線を投げてくる。
「十分に引き離したら治癒を頼みます」
やさしく笑んだ彼女の左腕は内の骨を螺旋状にねじり折られ、凄絶な痛みを訴えていた。
押し割ったはずの男の穂先が多由羅の左腕を巻き取り、瞬時にへし折っていったのだ。
百鬼が狙われたのは、私に先んじて路の起点を目ざしたから……ですね。あれほどの歪虚が守る先にあるもの、そしてそれが運ばれるのでしょうこの路。謎ばかりです。
「――石塊、挨拶に行くくらいは止めんだろうな?」
『約定を守ると誓えるか?』
「貴様の面子などはどうでもいいが、潰せばあいつに背くこととなる」
『ふむ。ならば妾は先触れておかねばならぬか。この上なく面倒な輩来たるがことを』
●正体
「え? え? なにか来る? 急いだほうがよさげ?」
シンシアに首筋をぽんぽん叩かれたリーリーが首をもたげ、彼女に力強い視線を返した。多分、いつでも行けます的な感じ。
「することなんてもう、足止めとかくらいだけどね!」
飛ぶ代わりに地を駆けるリーリーの鞍上で集中。シンシアは魔杖「ランブロス」を伸べ、金属人形どもへグラビティフォールを叩きつけた。圧壊した重力が四肢をひしゃげさせた人形を捕らえ、その前進を鈍らせる。
しかしながら、心持たぬ人形は仲間の背を踏みつけて進み、その四肢を引きちぎって振り上げ、淡々と迫り来るのだ。
「こんなの、いつまでも抑えとけないよ!」
そこへ一夏からの通話が届く。強大な負のマテリアルを放つ歪虚に調査を阻まれたと。次いで届いた多由羅の通話は、その歪虚はなにかを守るため、路の途中で番を務めていたらしい。
こちらへ来るというものがその歪虚であることは明白だ。そしてゴヴニアの態度からして、そこまでまずいことにはならないだろうことも予想できる。
この路が重いものを運ぶために造られていないことは実験で知れた。そしてそれが壊れることは、歪虚ならぬ人間にとってよからぬ影響を及ぼすとゴヴニアは言う。
この路は運送路ということでまちがいないだろう。ただし、運ばれてくるものにそれほどの重さはなく、かといって悪路であっても特に問題はない、強力な歪虚に守られているもの。
もう情報漏洩を気にしている場合ではない。シンシアはスマホの回線を全解放し。
「この路って、新しい怠惰王が通る路なんじゃないの!?」
そして路のなめらかさを保ちたかった理由が本当にこちらのためなのだとしたら――
「王様の力に影響受けない部下がいるってことなんじゃない? すごく強い歪虚のことはわかんないけど、あのゴヴニアちゃんみたいに依り代で、それこそ使い減りしない歪虚とか」
シンシアのうそぶきに、ゴヴニアの声音が応えた。
『いいとこ突いてくるわねー。答え合わせはしたげないけど、そこまで考えつくのは花丸よー』
通話を終えたゴヴニアにイヴが迫る。
「今から来るの、怠惰!?」
「そうよー。来るとか言いつつ、あたしもいっしょにいるんだけどね。まあ、暴れないって約束はしたから心配ないでしょ」
ここに至ってイヴは確信した。ゴヴニアは言わないことこそあれ、語る言葉に虚はない。ならば先のシンシアへの言からも知れる。よほど巧妙なトリックが仕込まれていない限り、この路は怠惰王が辿る路なのだと。
「新しい怠惰王って寝てるの? 起きてるの?」
どうせ言葉を弄したところで見透かされるだけだ。ならば遠慮も配慮もせず、ど真ん中に投げ込み続けてやる。
「起きてるわよ。ただね、そのやる気が問題なのよねー」
ミグはトリガーを引きながら思考する。
やる気じゃと? なんじゃそれは? やる気出るとか出ないとか、そんなに問題か? 怠惰王はもう起きておるんじゃろ?
調査にかかる中、口頭でシンシアから見解は聞いていた。怠惰王のことも、怠惰の感染についても。起きているならもう、すべては遅いのではないのか。
いや、ちがうな。そうではないのじゃ。限りなく平らかな路を敷くことに意味があった――すでに過去形だが――なら、遅くなかったわけじゃ。
「……これはもしや、やらかしてしもうたかの?」
ここまで路を破壊したのはミグなのだから。が、反省は後ほどするとして、今はとにかく、次の手の仕込みをせねば。
時限信管に細工し、起爆を封じた徹甲榴弾の一発をゴーレムの足元へ撃ち込み、もう一発で膝を砕く。倒れ込んだゴーレムが蓋をして、コンクリートにめり込んだ一発を隠した。徹甲榴弾は貫通徹甲弾よりも弾速がかなり遅い。ゆえに角度さえ計ってやれば、こうして予定通りに路の内へ潜り込むというわけだ。
ゴヴニアはまるで気づいていないようだが、気にしていないだけなのかもしれない。むしろその確率のほうが高いだろう。それでもだ。
今は死に駒であろうとて、いずれ奇貨に転じぬとも限らんのじゃ。
「はいみんなそこまでー。怖いのが来るから控えおろー」
ゴヴニアがカンカン手を打ち鳴らすと、雑魔どもは動きを止めてその場へ膝をついた。さながら貴人を迎える兵のごとくにだ。
「大仰な出迎えだな」
失笑を含めた声音が響き。無骨なばかりの槍を携え、黄金の仮面をつけた男が4人の前に姿を現わした。
数十メートル離れてなおハンターたちを圧倒する負のマテリアル。
場に押し詰まる緊張を解きほぐすかのように、仮面が声音を発する。
『騒がしくしておっては話すもままなるまい。見よ、汝が敵となろうものどもを』
「そうそう。あんたは普通に顔合わせなんだからさ、面倒起こさないでいい子にしててよ」
仮面に続くゴヴニア。いや、この怠惰のことを知る者ならば悟るだろう。あの黄金もこの石英も、どちらもゴヴニアの依り代であることを。
「……嫌なにおいがします。一秒だって我慢してやりたくない、大嫌いなにおいです」
いつにない冷めた表情でアルマは言い、手にしていた金属人形の腕を放り捨てた。自制のためというよりも、こんなもので殴りかかるほど安い嫌気ではないことを示すために。
「奇遇だな。俺も同感だ」
男は言い放ち、仮面を脱ぎ落とす。
「ただし今日は殺してやれん。俺のもっとも神聖なものにかけて誓ったのでな」
アルマはその顔を確かめ、かすかに唇を歪めて牙を剥いた。
「誰より会いたくなくて、誰より会いたかった相手ですよ。闇黒の魔人――青木 燕太郎」
「ふん」
黒眼黒髪の魔人、青木は冷笑して言い放つ。
「今日はこれだけを告げに来た。以後、この路に近づくならば決めてこい。俺と対し、殺される覚悟をな」
そして顎先でハンターたちの背後を指し。
「今日無事に帰してやるのはそのための猶予だ」
その言葉をさらうように、これまで一度も姿を見せていなかったゲモ・ママから一同に通話が入った。
『帰してくれるってんだから帰ってらっしゃい。情報は生きて持ち帰るのが最上よ』
そしてゴヴニアへ向けて。
『路のヒミツの答え合わせはさせてもらったわ。アンタたちのやりてぇこともね。いつまでもやられっぱなしじゃ終わんねぇわよ』
「はいはいおつかれー。あんた、ここのハンターが全滅したとき用の飛脚でしょ? かくれんぼで盗み聞きして、お友だちが死んじゃうの見張ってるとかタイヘンよねー」
互いに言の葉の刃を交わし、引く。
『……みんなも言いたいことあるでしょうけど、とにかく今はアタシの言うこと聞いてちょうだい』
果たして一同は警戒しつつ場を離れる。
その中でアルマが青木と極冷の視線を交錯させ、イヴはゴヴニアを返り見て。
「路造ってる途中でハンター呼ぶ必要、ほんとはなかったでしょ? だからゴヴ姐って実は寂しがり屋なのかなって。わたしでよければいくらでもアソんであげるよ。……どっちかが死んじゃうまではね」
ゴヴニアは応えず、薄笑みを傾げた。
多由羅と一夏の合流を経て、ハンターたちは帰路へとついた。
ママが運転するトレーラーのカーゴの内、機体や幻獣と共に乗せられた6人は、なにを語ることもなく沈黙を貫く。
ただの調査であったはずの依頼が大きな事変へ続く扉であったらしいことを噛み締め、それぞれの胸中にてそれぞれの思いを重ねるばかりであった。
辺境のただ中、命なき人形どもはなにを思うこともなにを語ることもなく、最大効率を為して石路を敷き続ける。
「……」
小首を傾げてそれを見守るは、鉱石を依り代とする正体不明の怠惰ゴヴニアだ。今は土に含まれるありふれた石英――水晶になりきれぬ灰色の酸化鉱物――に宿り、人型を成している。
「ストーンゴーレムが石路造りとはいったいなんの冗談なのでしょう……?」
悪質なものだろうとは思いますが。巨岩の上よりゴーレムの作業を窺うハンターたちのひとり、多由羅(ka6167)はそうつぶやいてかぶりを振った。
対してシンシア・クリスティー(ka1536)のコメントは。
「使い減りしない労働力って資本家の夢だよねー」
「なに考えてるかはインタビューするとして。その前にさらっと調査しとかないとだよね」
イヴ(ka6763)は岩影に控えさせていたワイバーンへ跳び乗り、飛翔の翼を伸べさせた。
「わ、わ! いきなり飛んじゃうと見つかっちゃって撃墜! とかになりません!?」
百鬼 一夏(ka7308)があわてて、いっしょに歪虚の作業をのぞき見ていたポロウの瑠璃茉莉の背に跨がる。こうなればせめて的を増やして危険度を下げておかなければ。
「わふ。お兄ちゃんが言ってたです。そういう感じの怠惰じゃないみたいだって」
アルマ・A・エインズワース(ka4901)が、尖り耳の先を振り振り述べる。
彼の兄であるハンターは直接的にも間接的にも、複数回ゴヴニアと対した経験を持っている。ここへ来るに際して話は聞いてきたから、そのあたりの面倒臭さも知識としてわきまえていた。
「なんにせよじゃ。歪虚から邪魔するなって言われて、はいわかりました! というわけにはいかんのじゃよなー」
のぞき見は仲間に任せ、搭乗したダインスレイブ“ヤクト・バウ・PC”の計器チェックを進めていたミグ・ロマイヤー(ka0665)の言。
さて。彼の怠惰は多弁だそうじゃが、真実を語るとは思えぬ。ならば力尽くでというのが順序じゃが、依り代を壊したところでなにが解決することもないじゃろう。つまりミグらがすべきは次に繋げる布石を打つことじゃ。
右眼を覆う眼帯の端から噴き出すオーラの炎を指先で払い、ミグはヤクト・バウ・PCを岩陰より踏み出させた。
●接触
ワイバーンの力強いはばたきで一気に高空に至ったイヴは、魔導スマートフォンで情景を撮影、自らの目で見た情報を仲間へ伝える。
「こちらイヴ! 石路は一本路で傾斜なし。ゆるーくカーブしてるけど、大きい岩とか避けてるからってことみたい。基本的にはまっすぐで、どこから続いてるのかはよくわかんない、かな」
と。
『もしもしゴヴニアだけど。一応警告しとくわよ? 探り入れんのはいいけどね、それってあんたたちの首締めることになるから』
ゴヴニアからの通話が飛び込んできた。
こういうとこよくわかんないよねー。イヴは肩をすくめつつワイバーンの高度を下げ、着地ポイントを探す。横づけしたところでなにをされることもなかろうが、歪虚を信用するよりは賢い選択だろう。
「と、いうことらしいですが」
リーリー“瑞那月”に跨がる多由羅が、魔導スマートフォンから漏れ出すゴヴニアの声を示し。
「普通に通話してくるんだ……」
同じくリーリーに騎乗したシンシアがむぅ、眉根をしかめた。
「なにを考えているものかわかりませんが、好戦的ではないようです。どこまでが許容されるものかを探りましょうか」
多由羅は瑞那月を進ませ、慎重に路へと近づいていく。その間にハンドサインを上空へ示せば、瑠璃茉莉を旋回させていた一夏がハンドサインで合図を返し、ゆるやかに進み始めた。
シンシアはそれを見送りつつ、スマホの通話を切った。
割り込み通話できる以上、こちらの会話はあの怠惰にすべて筒抜けということになる。視認情報は問題なくとも、見解や推察を聞かせるのは避けたい。彼女にはひとつの懸念があったから。
アルマと共にとある依頼へ参戦した仲間がもたらした、新しき怠惰王オーロラ始動の報。その目覚めがもたらすという「怠惰の感染」が、人間のみならず歪虚にも影響を及ぼすのだとすれば……
それはもう、眠っててもらいたいよね? 平らな路造って、そーっとそーっと運びたいはずだもの。
この見解は後で共有するとして、まずは路の構造を調べよう。たとえばそう、どれほどの強度を有していて、なにかギミックが仕込まれていないかどうか。貴人を運ぶなら当然、ただの路ではないはずだから。
リーリーに跳躍をうながしたシンシアは、自らのマテリアルをくべてその頼りない翼に風をまとわせた。
「わふ。わふー? こんにちはですー。なにしてるですー?」
仲間たちが調査に向かう中、アルマは真っ向からゴヴニアへ笑みを向け、歩み寄っていく。
「見たまんま路造ってるだけだけど? ――石ころ残すんじゃないわよー」
黙々と作業を続けるゴーレムどもの狭間を行き交う金属人形どもは膝を折って了解を示し、作業へ戻った。
「わぅ? 石……全部取っちゃったらもろくなっちゃいますけど、大丈夫です? 頑丈さより滑らかさを重視するってことは、あんまり回数使わないです?」
「有り金全部差し出したら教えたげるわ。で、あんたはどこの誰?」
「あ、ごめんなさいです。僕、アルマです! お姉さんはなんてお名前です?」
「こっちじゃゴヴニアって名乗ってるわ。で、あんたはなに? 尋問係?」
アルマはふるふるとかぶりを振り、「あ」と眉根を跳ね上げて、「秘密です!」。もちろんバレバレなわけだが、それを見逃す相手であることはすぐに知れた。だからそのまま、会話を続行する。
「ゴヴニアさん? ……もしかして、僕と同じ色の髪に緑の瞳で、これくらいの背丈の男の人とゲームしたことないです?」
「って、あの仏頂面?」
「はい! 僕、弟です! お兄ちゃんがお世話になりましたですー!」
ひと通りのことはその兄から聞いているわけで、それをしてこの無邪気を発揮できるあたり、この青年は意外と策士なのかもしれない。もっとも初対面のゴヴニアに、そこまで勘ぐる余地はなかったし、おそらくは興味もないだろうが。
「聞きたいことがあるんなら早めにね、片眼鏡。あんたのお友だちがあれこれやらかし始めたら、お話なんてしてる暇なくなるわよ」
「ゴヴ姐じゃーん! なにやってるのぉ?」
そこへイヴが駆け込んでくる。偶然を装っているわけだが、こちらはアルマの真っ向勝負とちがい、様式美といったところだ。
「頭ドレスまで来てるわけ? めんどくさいわねー」
石英の顔をしかめるゴヴニアにイヴはかるい笑顔で「いやいや」。
「わたしがめんどくさかったことなんてないでしょー」
だって、腹の探り合いはそっちの得意だし? 言外に含めておいて、イヴはなに食わぬ顔で路を指し。
「この路ってなに?」
アルマも大きくうなずいて。
「わふわふ。どうして路がいるです?」
ゴヴニアはふたりがかりの質問に辟易と肩をすくめてみせた。
「通行用以外に使い道ないでしょ」
「歪虚用ってことだよね。わたしたちより前に来た人に邪魔するなーって言ったみたいだけど、それって人間にデメリットあるから?」
いきなりぶっ込むことになったが、これはしかたあるまい。そもそも世間話から入れるような関係ではないのだから。
そしてこの質問への回答は、ゴヴニアが先にアルマへ告げた「お友だちがやらかし始めたら」の真意を探るヒントになるはず。だからこそ最初に聞いておきたい事情がイヴにはあった。
「そりゃあるわよ。ま、あたしは別にどうでもいいけどね」
イヴはアルマにアイコンタクト。
この路は歪虚用で、路が壊れたところでゴヴニアは困らない。そしてそれは人間サイドになんらかのデメリットをもたらす可能性がある。
アルマは固められた路を指先でなぜ、「わふー」。
「すっごく平らですー。乗ってみていいです?」
「塗り立てんとこはだめよ。足跡つくから」
気安い返答にイヴも乗っかり、アルマを追った。
さて、ここからが質問と調査の本番。虚実を見極め、少しでも多くの実りを持ち帰らなければ。
一方、ミグはヤクト・バウ・PCに路から一定の距離を取らせ、観察を続けていた。
ただ路を敷くだけならタールを撒いて固めれば足りる。なのにここまでの手間をかけて路を、強度度外視で造り上げるには相応の理由があるはず。
普通に考えるならば重量物を運ぶ必要があるからなのじゃが、強度を考えておらぬ以上はそれすら偽装と見るべきじゃろう。
彼のゴヴニアとやらは鉱石を繰るという。ならば不純物を混じえたものは繰りにくいのではないかの? 路自体が長大なコンクリート製の線であるなら……それを依り代としてなんぞを為すつもりなのやもしれぬのじゃ。
「どうあれ、仕込みくらいはしておかねばならんじゃろ」
滑空砲“プラネットキャノン”の弾道計算を終えたミグは息をつき、そのときを待つ。
そして瑠璃茉莉を駆り、路を辿ってその起点を目ざす一夏である。
情景を暗記し、小さな地図へちまちまと情報を書きつけていくが、しかし。
「この路、どこから続いてるんだろ?」
路はどこまでも続いていて、まるで先は見えなかった。これほど長い路に、いったいなにを通すつもりなのか……
「もしもし、百鬼です! 多由羅さん、そっちはどうですか!?」
地上から起点を目ざす多由羅に通話を飛ばせば、ジャミングされることもなく彼女の声音が返ってきた。
『多由羅です。こちらは警戒態勢で進んでいる分遅れてはいますが、現状雑魔に邪魔をされるようなことにはなっていません。先行している百鬼が無事なのであれば、私も速度を上げるべきでしょうか』
「いえいえ、なにがあるかわかりませんからそのままで! 空からの情報はばっちりお知らせしますね!」
通話を切って、一夏は瑠璃茉莉に語りかける。
「ここからじゃ見つけるホーも使えないからね。よーく見て、危ないなって思ったらささーって逃げるんだよ」
ほうー!! 驚くほどの勢いで応えた瑠璃茉莉が、唐突に急旋回。
放り出されそうになった一夏はあわてて鐙「ネウロン」にしがみつき、持ちこたえる。
「どうしたの、瑠璃茉」
その言葉尻と瑠璃茉莉の右翼がなにかに突き上げられ、貫かれた。
失速し、くるくると墜ちていく瑠璃茉莉を抱えた一夏は必死で目をこらす。地上から飛来したものは、槍。そして。
――貴様らが犯した禁忌の代償、払ってもらうぞ。
なに、この声!? それにこの、すっごく怖い感じ……負のマテリアル!! やばいよ、やばいやばいやばい! 早く知らせなくちゃ、ほんとにやばい!!
百鬼はああ言いましたが、あまり距離が開くのは好ましくありませんね。
多由羅は遙か先を飛んでいるだろう一夏を透かし見た。
ここまではアクシデントに対するべく通常移動で来たのだが、作業を終えた場所にゴーレムや金属人形が留まっていることはなかった。ゆえに厳戒態勢の必要もなかろう。
「警戒は解かないままロケットランを」
主の命に高く応え、瑞那月が足を速めた。
その背に体を低く倒し込んで加速を助け、多由羅は路の起点へと進む。
●実験
「アルマちゃんとイヴちゃんが路に乗る前に、ちょっとあたしのほうで試させてもらっていいかな? 危険なことはないと思うけど、念のために待っててほしいんだ」
ゴヴニアの許可を得たふたりを一度止めて、シンシアがリーリーを促した。
先に風の力を受けたリーリーが思いきりジャンプ、次いで必死にはばたき、ふわりと浮き上がった。
「ちょっとだけがんばってね」
路の上空へ至るまでにマギサークレットの力を借りて集中を高め、ハンターはもちろん、ゴーレムや金属人形が範囲内にいないことを確かめて。
「いくよ!」
路の真ん中へグラビティフォールの紫光を路へ叩きつけた。
大事なものをそっと運ぶなら、馬車なりなんなりの乗り物は耐震構造を付与されて重くなるはず。それだけ路の強度も必要だ。しかも現場監督は鉱石を繰る怠惰なのだから、隠し能力的なものがあってもおかしくない。
秘密があるなら見せてもらうよ!?
その問いへの答はひどくシンプルだった。
まず、着魔ポイントはその魔力圧に耐えられず大きく抉れた。次の瞬間には魔法の有効範囲内に細かなヒビがはしり、一気に割れ砕ける。
「え?」
あまりにも他愛なく生み出された惨状。
しかし、雑魔はひたすらに新たな路を築く作業へ没頭し、見向きもしない。
「えーっと。なんのタネもしかけもない、ただのコンクリだったみたい?」
崩壊した路、雑魔、ゴヴニア、三点の間で視線を回すシンシアに、その一点であるゴヴニアから連絡が入った。
『あのさ、作業見てたらわかるでしょ。どこにタネとかしかけとか練り込む隙があるわけ?』
「大事なもの運ぶのかなって! そしたら路だってもっとこう、ちゃんと造るでしょ!」
『目のつけどころは悪くなかったけどねー。強度いるなら砂利混ぜてるわよ』
反射的に言い返してきたシンシアへ肩をすくめてみせ、ゴヴニアはアルマを、イヴを見やる。
「で、あんたたちはどうするの?」
ふたりが選んだ「どうする」は、無事を保つ路へ踏み込むことだった。
イヴはさりげなく灰色の路上へかがみこみ、掌をあてがって感触を確かめた。
感触は……平らかながらグリップはいい。執拗なほど平らかさに拘っているだけで、材質自体はただの原始的なコンクリートのようだ。
そしてこの路は荒野よりもおよそ10センチほど高い。これはコンクリートブロックの都合なんだろう。路幅は15メートルほどで、縁石はなし。つまり、通過物が路を踏み外す心配はないということか。
「これってほかのパーツとか組み合わせる?」
イヴの問いにゴヴニアは下唇を突き出して。
「ただのコンクリになに足すのよ」
あ、これは誘導になんなかったな。リニアのレール通すんならもっとちがうやりかたあるもんね。イヴは思考を笑みでごまかした。
「なんかさ~、石灰って濡れるといろいろあるじゃん? 雨降るとタイヘンかなって」
「長耳の国じゃ雨降るとそこら中から熱でんの? そんなんあたしが見てみたいわ」
聞きかじり系お馬鹿を演じるイヴにあきれた顔を向けるゴヴニア。そこへアルマがにっこり笑顔を割り込ませ。
「わふ! 僕も見てみたいですー」
そのままゴヴニアの目を引いて、路をぽふぽふ。
「こんなに平らだったら、転ぶ心配がなくて素敵です!」
「そりゃ転ばれたらたまんないから」
モノクルの奥に隠されたアルマの目がしばたたき。
「壊れやすかったり、あんまり揺らしちゃいけないものとか運ぶです?」
「あんたの国だったらマジで熱出そうだけど……もうちょっと包み隠したほうがいいんじゃない? ど真ん中すぎでしょ」
言葉の鋭さに反し、ゴヴニアの目線はやわらかい。
そしてアルマはアルマで、無邪気を失いはしなかった。
「わふ? 不思議だから訊いてみたいなって、そう思うです」
ゴヴニアは彼へのコメントは追加せず、イヴのほうへ石英の眼を向ける。
「あんたはどう? まっすぐ投げてくんの? それともこのまま曲げ球?」
勘頼りと言いつつ、それでもあれこれ考えるタイプであることはすでに知られている。ならばここはひとつ。
「つかさ、そもそもこれって路? ほんとに使うんだったら往路なの復路なの?」
アルマに倣ってど真ん中だ。
「使うわよ、往路で。復路にはならないんじゃない? あと、繰り返しになるけどこの路ってある意味、あんたたちのために造ってるとこあるんだからね」
そして耳を澄ますしぐさをしてみせ。
「ちなみにあんたのお友だち、めんどくさい奴のお怒りに触れたみたいよ? そいつがこっちまで来ないうちにやることすませて逃げるのね」
身構えそうになる体を意志の力で押さえ込み、イヴは視認できる限りの状況をチェック――少なくとも、路の調査をしているハンターに問題は起きていない。だとすれば、起点探しに出た多由羅と一夏になにかあったのか?
「めんどくさい奴がもうすぐ来る? なに、わたしよりめんどくさいの?」
スマホが通話状態になっていることを確かめ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。アルマならなにがあっても大概大丈夫だろうし、ならばここでしておくべきは情報の伝達と保持だ。
「ほんとは来てほしくないからいろいろ条件つけて置いてきたのに、あんたたちが会いに行っちゃうんじゃあね」
どうやら隠されていた地雷を踏み抜いたということらしい。
イヴはアルマに、そしてハンター各員に告げる。
「じゃあ、急がなくちゃね。その前にもうひとつだけ訊きたいんだけど」
「なに?」
「ルートをわたしたちに晒したメリットってなんなのさ? 壊されても怒んないわけは?」
「決まってるでしょ」
石英の面がいたずらっぽく笑んで。
「敷けても壊されても、あたし的にはどっちでもいいからね。困るのはあたしじゃないから」
かくてイヴのスマホ越し、ゴヴニアの言葉を聞いたミグが動き出す。
「すでにこちらが困る状況であるならば、あと少し足したところで問題ないじゃろ」
ミグは、ヤクト・バウ・PCの太く長い両腕の先から伸びた長い爪を土へ突き立て、砲撃姿勢を据えさせた。
彼女自身が基礎設計から手を入れ、重砲撃という一方向へ超特化させたこの異形の機体、素がダインスレイブであることを言い当てられる者はそういまい。
時代がどうあれ、巨砲には巨砲の意義があるものじゃ。すなわち圧倒的破壊力という意義が。
果たしてプラネットキャノンのトリガーを引き。
左右の砲より撃ち出された徹甲榴弾が、たった今置かれた真新しいコンクリートを抉って路の先端部へ突き立ち、まわりの金属人形もろとも爆圧で噴き飛ばし、爆炎で蒸発させる。
にわかに色めき立つ――とはいえ意志があるわけでもないから、単純に戦闘モードへ切り替わっただけなのだろう――人形とゴーレムをすがめた左眼で見やり、ミグは口の端を吊り上げた。
『さて、そこの怠惰よ。そなたも雑魔どもに加わり、ミグと対するか?』
この戦闘行為があくまで自分の独断であることを示しつつ問う彼女に、ゴヴニアはげんなりと返す。
「なんの罪もない雑魔のこと惨殺するとか、ハンターの良識ってどうなってんの?」
『調査活動の一環じゃ。それに、人と歪虚の“良好”な関係を、したり顔で語らせるつもりかえ?』
そりゃうんざりだわー。ゴヴニアはさらにげんなり肩を落とし。
「とにかく相手するとかめんどくさいし、あたしは気にしないでがんばって? あー、帰っちゃいたいけどあいつ来るのよねー、マジ最悪! 超めんどくさい!」
「そろそろ教えてよ。あいつって誰?」
イヴの問いにもめんどうくさげな眼を向けて。
「来たらわかるわよ、多分」
これ以上答える気はないが、邪魔をする気もないか。重畳じゃ。
ミグの両手がトリガーを絞り、緩慢な動きでこちらへ迫り来るゴーレムの胴を貫通徹甲弾でぶち抜いた。それなりに硬いが、しょせんはそこらの石の寄せ集め。質量と高速を兼ね備えた砲弾の相手になろうはずはない。
「さすがに厚みがある分、後ろのゴーレムまでは届かんか」
機能を給弾に限定することで効率を高められた補助アームが次々に新たな砲弾をキャノンへ詰め込んでいく。そのリズムに乗り、徹甲弾装填からの連続砲撃を食らわせながら、ミグはゴーレム、そして金属人形との距離を測った。
あと30秒、いや、40秒はいけるか。いやいや、撤収も考えねばならぬし、紛れさせる機も計らねばならぬ。無理は禁物じゃな。
ぎりぎり30秒と定め、ミグはコクピットの端にくくりつけてある魔導短伝話へ語りかける。
「皆、すまぬが撤収の準備を進めつつ人形どもの相手を頼む。今日の主目的は調査ゆえ、こちらへ来るという面倒な輩の顔も拝むくらいはしておかねばなるまい?」
さて、これでミグへ集中しておった敵の目は分散されるじゃろう。チャ~ンス、ということじゃな。
――などとミグが何事かを企む中、アルマはゴヴニアもイブも置き去り、動き出した雑魔どもへ駆けだしていた。
「ゴーレムさん硬そうです! お人形さんもおもしろそうです! ちょっとくださいですー」
その笑顔が、錬金杖「ヴァイザースタッフ」の放つ凄絶なマテリアル光にかき消される。
アルマの先に描き出された三角光が三条の光線と化し、彼を囲みにかかった金属人形を貫いた。
「鬼さんこっち、とでも言えばもっと遊んでくれますか?」
崩れた包囲の隙間と人形の攻撃を優美なサイドステップですり抜け、踵を返してターン。緩慢に追ってくるゴーレムどもへ炎扇を噴きつける。
関節を溶かされた巨体が宙に泳ぎ、倒れ込むころにはもう、アルマの姿は消えていた。
「もっと本気で遊びましょうよ。まさかそれが本気なら……僕がお片付けしてあげましょうか」
稚気を狂気に反転させて“遊ぶ”アルマをながめやり、ゴヴニアは「ニンゲンって見かけによらない感じよねー」、肩をすくめて苦笑した。
●間隙
ここで時を数十秒巻き戻す。
地上から投げ放たれた槍に翼を突き抜かれた瑠璃茉莉。墜ちていく中で一夏は必死で相棒を引っぱり上げる。
「瑠璃茉莉、気合気合気合ーっ!!」
主の気迫が届いたか、あわやというところで体を引き起こした瑠璃茉莉が気合で胴体着陸。ふくぶくしい腹で荒野を跳ね、衝撃を殺してついに止まった。
サムズアップしかけた一夏だが。ふと体を倒し込み、声音を噛み殺す。緊急事態で忘れていたが、あの異様な負のマテリアルを放った主は、この近くにいるのだから。
「余裕だな、小娘」
一夏は悟る。
見つかるわけないよね。だってこのへん全部、あのマテリアルでいっぱいなんだから。
気づいてしまえばもう、圧倒されるばかり。体がすくんで動かなかった。
しかし。
これは調査だ。ならば少しでも多くの情報を持ち帰らなければならない。自分にそれができないなら、仲間に託さなければ。かくて震える指でスマホを通話状態にして。
「あなた、誰ですか?」
声音を絞り出して問うた。
「それを知ってどうする? ああ」
世界を押し分けるようにして顕われたのは、冷めた声音をそのままに映した男。ただしその面は黄金の仮面に隠され、見えない。
「次の機会があると思っているわけか」
目の前の男がただの人間でないことはすぐに知れた。歪虚だ。しかもただの歪虚ではない。新米の域から抜け出し、一端へ足を踏み入れた彼女が初めて対する強大な……おそらくは幹部級の。
「あなたみたいなすごい歪虚が、こんなところでなにしてるんですか?」
「蠅叩きだ。石塊に邪魔をされなければ面倒はなかったものを……」
固まった瑠璃茉莉を背にかばい、一夏は自らの両腕を鎧う聖拳「プロミネント・グリム」の硬い感触を確かめた。
私はあっさり殺されちゃうよね。でも、それがみんなに伝われば、ムダになんてならない。
「瑠璃茉莉。私が突っ込むから、そのまま逃げてみんなに知らせて」
この頭の宝冠にはずかしい私は見せられないから。最期の瞬間まで、なりたい私を叩きつけてやる!
決意がマテリアルに熱を与え、鬼の本性を解き放つ。いつもなら自分の有様に引いているところだが、今はかまっていられなかった。
その必死を見た男は鼻をひとつ鳴らし、手にした槍の穂先を一夏へ突きつけて。
「せいぜいやる気を出して来い。末路は変わらんがな」
と。
「百鬼!!」
横合いから突っ込んできた塊が男と一夏の間に割り込み、蹴立てた土埃で煙幕を張った。
「間に合いましたね!」
瑞那月の背から声を投げたのは、ロケットランで荒野を突っ切り、連絡が絶たれた一夏を追ってきた多由羅であった。
男をたくましい脚と鉤爪とで牽制しつつ、瑞那月が心臓の鼓動を浮き立たせるように鳴けば、瑠璃茉莉の傷ついた翼が見る間に癒えていく。
「退きますよ! ――あっさりと退かせてくれる相手ではないようですけれど」
多由羅はその脚力で瑞那月の上に自らの上体を据え、斜に構えた斬魔刀「祢々切丸」の切っ先を男へ向けた。
刃の長さだけでも2メートルを超える巨大刀。対する者の心をへし折るには充分な圧を備えていたが、男は小揺るぎもせず歩を踏み出して。
「俺の力を鈍らせたか、石塊。面をつけさせたわけが知れた」
その声に応えたものは、黄金の仮面そのものであった。
『汝相手では一時の気休めに過ぎぬがな。そも、汝(なれ)を連れ来るつもりもなかったのだ。我儘は聞き遂げた。ゆえに約定は守ってもらうぞ。彼(か)の路、血で穢すは赦さぬ』
「あいつに迫る蝿を見逃すつもりはないが……門出を穢すのは確かに無粋だな。いいだろう、そのまま俺を縛めておけ」
『聞き分けてくれやったは重畳』
仮面の声音が途切れた途端、男が跳んだ。
「ただし仕置きだけはしておく」
突き込まれた穂先を見ず、多由羅は瑞那月にリーリージャンプさせ、男の頭上を跳び抜ける。ここまで蓄えてきた戦いの経験が告げていた。見ていてはかわせない!
おおおおおお!! 野太い咆哮をあげて突っ込んだ一夏が、着地して硬直した男の横腹を突き上げる。筋力のすべてをもって地へ突き立てた両脚を砲台とし、ひねりを効かせた左拳という砲弾を叩きつける螺旋突。
「気合はいい」
一夏の拳が肝臓に届く寸前、槍の柄でそれを抑えた男がその場で体を巡らせ、彼女の首筋へ肘を打ちつけた。
「技が拙い」
崩れ落ちる一夏を一瞥、身を翻して多由羅と向き合う。
「剣が頼りのようだが、次元斬でも食らわせてくれる気か?」
「百鬼を吹き飛ばさなかったのはそのためですか……存外に小賢しいのですね」
わずか4メートルの先から突き込まれた男の視線をすがめた目でいなし、自らの足で地を踏んだ多由羅は祢々切丸を八相に構えた。騎乗していては太刀筋が揺らぐ。
どうやら仮面の主に本来あるべき力を抑えられているようだが、それでもこの男に二の太刀は届くまい。ゆえに、一の太刀を決める。
「刃を交わす前に、ひとつだけお訊きしてよろしいでしょうか。この辺境にはびこる怠惰の首領ビッグマーは先ほど滅んだと聞いていますが……この一件、そのことと関係があるものでしょうか?」
槍を中段に構えなおした男はかすかに面を傾げ、吐き捨てた。
「関係があると言えば満足するか。それよりも、貴様はどうする? こうして見合っているだけですむとは思うまい」
「もちろん」
多由羅の剣が、掲げられた高さをそのままに寝かされた。巨大刀による霞構え。
「推して参ります」
果たして、静かに進めた一歩が地を踏んだ刹那、音なき衝撃が響き渡り。
瞬時に間合を踏み越えた多由羅の刃が男の胸元へ向かう。
「疾風剣か」
対して男は槍のしなりで円を描き、穂先で切っ先を絡め取ろうとするが――
あなた様が万全であるか、これが二の太刀であったなら、あっさりと巻き取られていたでしょうね。
技を見切った男は、ひとつだけ見切り損なったのだ。すなわち、この祢々切丸が3メートル40センチの全長をそのままに映す重さを備えていることを。
穂先の円陣を押し割り、男の胸へ突き立つ切っ先。咄嗟に返した石突で払われ、わずかに肉を裂いたに留まったが、それでも技によらぬ重さが男の姿勢を崩し、後じさらせるには足りた。そして。
「ここで見てるだけなんて、できないでしょおおおおおお!!」
必死の形相で男の背へしがみついた一夏が、男の後じさりに合わせてその足を刈り、巻き込みながら投げ倒した。競技であればけして許容されぬ危険な投げである。
自らが地へ叩き就けた男を返り見ず、一夏が飛び込んできた瑠璃茉莉へ跨がって空へ。
「多由羅さん! 今です!」
「承知いたしました!」
同じく瑞那月に騎乗した多由羅がロケットランで駆けだした。
駆けながら、瑞那月が心配そうに多由羅へ視線を投げてくる。
「十分に引き離したら治癒を頼みます」
やさしく笑んだ彼女の左腕は内の骨を螺旋状にねじり折られ、凄絶な痛みを訴えていた。
押し割ったはずの男の穂先が多由羅の左腕を巻き取り、瞬時にへし折っていったのだ。
百鬼が狙われたのは、私に先んじて路の起点を目ざしたから……ですね。あれほどの歪虚が守る先にあるもの、そしてそれが運ばれるのでしょうこの路。謎ばかりです。
「――石塊、挨拶に行くくらいは止めんだろうな?」
『約定を守ると誓えるか?』
「貴様の面子などはどうでもいいが、潰せばあいつに背くこととなる」
『ふむ。ならば妾は先触れておかねばならぬか。この上なく面倒な輩来たるがことを』
●正体
「え? え? なにか来る? 急いだほうがよさげ?」
シンシアに首筋をぽんぽん叩かれたリーリーが首をもたげ、彼女に力強い視線を返した。多分、いつでも行けます的な感じ。
「することなんてもう、足止めとかくらいだけどね!」
飛ぶ代わりに地を駆けるリーリーの鞍上で集中。シンシアは魔杖「ランブロス」を伸べ、金属人形どもへグラビティフォールを叩きつけた。圧壊した重力が四肢をひしゃげさせた人形を捕らえ、その前進を鈍らせる。
しかしながら、心持たぬ人形は仲間の背を踏みつけて進み、その四肢を引きちぎって振り上げ、淡々と迫り来るのだ。
「こんなの、いつまでも抑えとけないよ!」
そこへ一夏からの通話が届く。強大な負のマテリアルを放つ歪虚に調査を阻まれたと。次いで届いた多由羅の通話は、その歪虚はなにかを守るため、路の途中で番を務めていたらしい。
こちらへ来るというものがその歪虚であることは明白だ。そしてゴヴニアの態度からして、そこまでまずいことにはならないだろうことも予想できる。
この路が重いものを運ぶために造られていないことは実験で知れた。そしてそれが壊れることは、歪虚ならぬ人間にとってよからぬ影響を及ぼすとゴヴニアは言う。
この路は運送路ということでまちがいないだろう。ただし、運ばれてくるものにそれほどの重さはなく、かといって悪路であっても特に問題はない、強力な歪虚に守られているもの。
もう情報漏洩を気にしている場合ではない。シンシアはスマホの回線を全解放し。
「この路って、新しい怠惰王が通る路なんじゃないの!?」
そして路のなめらかさを保ちたかった理由が本当にこちらのためなのだとしたら――
「王様の力に影響受けない部下がいるってことなんじゃない? すごく強い歪虚のことはわかんないけど、あのゴヴニアちゃんみたいに依り代で、それこそ使い減りしない歪虚とか」
シンシアのうそぶきに、ゴヴニアの声音が応えた。
『いいとこ突いてくるわねー。答え合わせはしたげないけど、そこまで考えつくのは花丸よー』
通話を終えたゴヴニアにイヴが迫る。
「今から来るの、怠惰!?」
「そうよー。来るとか言いつつ、あたしもいっしょにいるんだけどね。まあ、暴れないって約束はしたから心配ないでしょ」
ここに至ってイヴは確信した。ゴヴニアは言わないことこそあれ、語る言葉に虚はない。ならば先のシンシアへの言からも知れる。よほど巧妙なトリックが仕込まれていない限り、この路は怠惰王が辿る路なのだと。
「新しい怠惰王って寝てるの? 起きてるの?」
どうせ言葉を弄したところで見透かされるだけだ。ならば遠慮も配慮もせず、ど真ん中に投げ込み続けてやる。
「起きてるわよ。ただね、そのやる気が問題なのよねー」
ミグはトリガーを引きながら思考する。
やる気じゃと? なんじゃそれは? やる気出るとか出ないとか、そんなに問題か? 怠惰王はもう起きておるんじゃろ?
調査にかかる中、口頭でシンシアから見解は聞いていた。怠惰王のことも、怠惰の感染についても。起きているならもう、すべては遅いのではないのか。
いや、ちがうな。そうではないのじゃ。限りなく平らかな路を敷くことに意味があった――すでに過去形だが――なら、遅くなかったわけじゃ。
「……これはもしや、やらかしてしもうたかの?」
ここまで路を破壊したのはミグなのだから。が、反省は後ほどするとして、今はとにかく、次の手の仕込みをせねば。
時限信管に細工し、起爆を封じた徹甲榴弾の一発をゴーレムの足元へ撃ち込み、もう一発で膝を砕く。倒れ込んだゴーレムが蓋をして、コンクリートにめり込んだ一発を隠した。徹甲榴弾は貫通徹甲弾よりも弾速がかなり遅い。ゆえに角度さえ計ってやれば、こうして予定通りに路の内へ潜り込むというわけだ。
ゴヴニアはまるで気づいていないようだが、気にしていないだけなのかもしれない。むしろその確率のほうが高いだろう。それでもだ。
今は死に駒であろうとて、いずれ奇貨に転じぬとも限らんのじゃ。
「はいみんなそこまでー。怖いのが来るから控えおろー」
ゴヴニアがカンカン手を打ち鳴らすと、雑魔どもは動きを止めてその場へ膝をついた。さながら貴人を迎える兵のごとくにだ。
「大仰な出迎えだな」
失笑を含めた声音が響き。無骨なばかりの槍を携え、黄金の仮面をつけた男が4人の前に姿を現わした。
数十メートル離れてなおハンターたちを圧倒する負のマテリアル。
場に押し詰まる緊張を解きほぐすかのように、仮面が声音を発する。
『騒がしくしておっては話すもままなるまい。見よ、汝が敵となろうものどもを』
「そうそう。あんたは普通に顔合わせなんだからさ、面倒起こさないでいい子にしててよ」
仮面に続くゴヴニア。いや、この怠惰のことを知る者ならば悟るだろう。あの黄金もこの石英も、どちらもゴヴニアの依り代であることを。
「……嫌なにおいがします。一秒だって我慢してやりたくない、大嫌いなにおいです」
いつにない冷めた表情でアルマは言い、手にしていた金属人形の腕を放り捨てた。自制のためというよりも、こんなもので殴りかかるほど安い嫌気ではないことを示すために。
「奇遇だな。俺も同感だ」
男は言い放ち、仮面を脱ぎ落とす。
「ただし今日は殺してやれん。俺のもっとも神聖なものにかけて誓ったのでな」
アルマはその顔を確かめ、かすかに唇を歪めて牙を剥いた。
「誰より会いたくなくて、誰より会いたかった相手ですよ。闇黒の魔人――青木 燕太郎」
「ふん」
黒眼黒髪の魔人、青木は冷笑して言い放つ。
「今日はこれだけを告げに来た。以後、この路に近づくならば決めてこい。俺と対し、殺される覚悟をな」
そして顎先でハンターたちの背後を指し。
「今日無事に帰してやるのはそのための猶予だ」
その言葉をさらうように、これまで一度も姿を見せていなかったゲモ・ママから一同に通話が入った。
『帰してくれるってんだから帰ってらっしゃい。情報は生きて持ち帰るのが最上よ』
そしてゴヴニアへ向けて。
『路のヒミツの答え合わせはさせてもらったわ。アンタたちのやりてぇこともね。いつまでもやられっぱなしじゃ終わんねぇわよ』
「はいはいおつかれー。あんた、ここのハンターが全滅したとき用の飛脚でしょ? かくれんぼで盗み聞きして、お友だちが死んじゃうの見張ってるとかタイヘンよねー」
互いに言の葉の刃を交わし、引く。
『……みんなも言いたいことあるでしょうけど、とにかく今はアタシの言うこと聞いてちょうだい』
果たして一同は警戒しつつ場を離れる。
その中でアルマが青木と極冷の視線を交錯させ、イヴはゴヴニアを返り見て。
「路造ってる途中でハンター呼ぶ必要、ほんとはなかったでしょ? だからゴヴ姐って実は寂しがり屋なのかなって。わたしでよければいくらでもアソんであげるよ。……どっちかが死んじゃうまではね」
ゴヴニアは応えず、薄笑みを傾げた。
多由羅と一夏の合流を経て、ハンターたちは帰路へとついた。
ママが運転するトレーラーのカーゴの内、機体や幻獣と共に乗せられた6人は、なにを語ることもなく沈黙を貫く。
ただの調査であったはずの依頼が大きな事変へ続く扉であったらしいことを噛み締め、それぞれの胸中にてそれぞれの思いを重ねるばかりであった。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 イヴ(ka6763) エルフ|21才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2019/01/01 21:17:07 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/12/30 08:39:50 |