ゲスト
(ka0000)
【王戦】海上のクワイアと鳴き声と
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/01/01 07:30
- 完成日
- 2019/01/09 15:19
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「……おお、なんてことだろう……」
ヘクス・シャルシェレットは、王都内の屋敷の一室で嘆きに暮れていた。
その中の一枚の書類には、「嘆願書」と書かれている。ガンナ・エントラータ近郊の港町からのものであった。曰く。漁に出ようにも、騒々しい何者かがいて漁にならないのだ、とのこと。
通常であれば如何に領内の問題とはいえヘクスまで上がってくるほどの案件でもないはずだが、現実として、決裁を下すべき書類としてここにある。
「……いやはや、人材不足極まれり、だね」
ここまで、『色々なもの』をすりつぶしてきた代償であろうか。第六商会もすっかり風通しがよくなってしまったようだ。
肘をついただらしない姿勢のまま、ヘクスはすらりとサインをする。
「12月、か」
【傲慢】の王の宣告から、予定通りの6ヶ月が経った。
此処から先は未知の領域。旗色は、さて、どうだろうか。
「…………抗うさ。あの時からようやく、此処まで来たんだ」
●
さすがに、ハンター達を乗せるにが漁船というのも心もとなかったのだろう。
刻令術を動力とした二艇の小舟――というには、いささか大きく、大型のクルーザーというのがふさわしい――が海原を走る。
王国南方にはいわゆる海峡はなく、天候次第では凄まじい高波が襲ってくることもあるのだとか。本日は晴天の上、風は弱い。安全な船旅が期待できそうだった。
「ニャアアア…………ッ!」
さて。王国各地に生息するユグディラたちの中にはこの海を渡ってきたものもいるらしい。ユグディラはそれなりに器用だが、決して有能ではない。
そこで、港町ではこんな与太話が生まれた。
ユグディラたちが作れた程度の小舟で渡れたとすれば、それは奇跡の為せる業、エクラのお導き、ともいえようか。耳ざといものはユグディラの縁起の良さに目をつけたようで、魚を駄賃に船に乗せているようである。
船首で風に抗いながら、両手を掲げて銘々に声を上げているユグディラ達の心情を理解することは余人にはかなわない。
「ナアアアアアンッ……!」
しかし、まあ、なんだか楽しそうだ。
「そろそろだぜ、アンタたち!」
ユグディラたちの呑気な声を貫いた、野太い中年の声がハンター達に響く。
そう。ハンター達は牧歌的な船旅を味わいに来たのではなく、調査のために来たのだった。
『海上に響く怪音』の調査である。
この海域を見張りこそすれ、積極的に踏み込むことはなかった漁師たちであったが、ハンター達が派遣されてきたとなれば話は別だ。第六商会謹製の動力船で海域に突撃するなどわけはない。
「奴らのせいで魚が逃げやがる。おかげで漁どころじゃねェ。っつーわけで気持ち良くぶっ飛ばしてやってくれや。ゲハハ!」
中年が大口を開けて白い歯をみせて言った、その時のことであった。
「ニャ……?」「ナ……?」
ユグディラたちの合唱が、やんでいた。
海原の向こうから――怪音が、届く。
●
見るものが見れば、アニミズムを想起させる偶像群であった。合計三つ。石柱のようなフォルムに、それぞれ悟李羅、駱駝、駝鳥を模したものが掘りこまれている。それが、海上――否、空中に、浮いていた。
特徴的なのはその大きさか。数百メートルを超える位置にもかかわらず、はっきりと視認ができる。5メートル程度はあろうか。
「どうやら音はあそこかららしいが……ん?!」
船頭の中年が目を細めるや否や、前方に――光が見えた。
「ニャニャッ!?」
「うおおおおおっ!?」
船首にいるユグディラがぐるんぐるんと手を回して面舵いっぱい! ……と伝えたかったのかは定かではないが、舵を切った船は直撃を免れた。
「あの像、訳わからねえのを撃ってきやがった! めちゃくちゃだ!」
ふわふわと漂っていた石像群が加速し、接近してくる。慣性やら空気抵抗やらを置き去りにした機動は、刻礼術を動力とする船よりも速いらしく徐々に距離が詰まってくる。
幸運だったのは、超射程の射撃を撃ってくる気配がないことか。加速している間は撃てないのかもしれないが、余談は許さない。なにせ、足は向こうのほうが速いのだ。接近されるのは必至。
機影と同時に、『音』が迫る。距離の変動により音階を奇異に歪ませながら響くそれは――賛美歌。
「けったいなモン垂れ流しやがって……おい、頼むぜハンター、船はぶっ壊れてもイイがアイツらをぶっ壊さねェと俺たちゃおマンマも食えねえ!」
「ナアアアン!」
荘厳な調べも、漁師とユグディラはただの騒音と切って捨てる。それもそのはずで、彼らにとっては人類の存亡以前に明日の飯の種がかかっているのである。
「……おお、なんてことだろう……」
ヘクス・シャルシェレットは、王都内の屋敷の一室で嘆きに暮れていた。
その中の一枚の書類には、「嘆願書」と書かれている。ガンナ・エントラータ近郊の港町からのものであった。曰く。漁に出ようにも、騒々しい何者かがいて漁にならないのだ、とのこと。
通常であれば如何に領内の問題とはいえヘクスまで上がってくるほどの案件でもないはずだが、現実として、決裁を下すべき書類としてここにある。
「……いやはや、人材不足極まれり、だね」
ここまで、『色々なもの』をすりつぶしてきた代償であろうか。第六商会もすっかり風通しがよくなってしまったようだ。
肘をついただらしない姿勢のまま、ヘクスはすらりとサインをする。
「12月、か」
【傲慢】の王の宣告から、予定通りの6ヶ月が経った。
此処から先は未知の領域。旗色は、さて、どうだろうか。
「…………抗うさ。あの時からようやく、此処まで来たんだ」
●
さすがに、ハンター達を乗せるにが漁船というのも心もとなかったのだろう。
刻令術を動力とした二艇の小舟――というには、いささか大きく、大型のクルーザーというのがふさわしい――が海原を走る。
王国南方にはいわゆる海峡はなく、天候次第では凄まじい高波が襲ってくることもあるのだとか。本日は晴天の上、風は弱い。安全な船旅が期待できそうだった。
「ニャアアア…………ッ!」
さて。王国各地に生息するユグディラたちの中にはこの海を渡ってきたものもいるらしい。ユグディラはそれなりに器用だが、決して有能ではない。
そこで、港町ではこんな与太話が生まれた。
ユグディラたちが作れた程度の小舟で渡れたとすれば、それは奇跡の為せる業、エクラのお導き、ともいえようか。耳ざといものはユグディラの縁起の良さに目をつけたようで、魚を駄賃に船に乗せているようである。
船首で風に抗いながら、両手を掲げて銘々に声を上げているユグディラ達の心情を理解することは余人にはかなわない。
「ナアアアアアンッ……!」
しかし、まあ、なんだか楽しそうだ。
「そろそろだぜ、アンタたち!」
ユグディラたちの呑気な声を貫いた、野太い中年の声がハンター達に響く。
そう。ハンター達は牧歌的な船旅を味わいに来たのではなく、調査のために来たのだった。
『海上に響く怪音』の調査である。
この海域を見張りこそすれ、積極的に踏み込むことはなかった漁師たちであったが、ハンター達が派遣されてきたとなれば話は別だ。第六商会謹製の動力船で海域に突撃するなどわけはない。
「奴らのせいで魚が逃げやがる。おかげで漁どころじゃねェ。っつーわけで気持ち良くぶっ飛ばしてやってくれや。ゲハハ!」
中年が大口を開けて白い歯をみせて言った、その時のことであった。
「ニャ……?」「ナ……?」
ユグディラたちの合唱が、やんでいた。
海原の向こうから――怪音が、届く。
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見るものが見れば、アニミズムを想起させる偶像群であった。合計三つ。石柱のようなフォルムに、それぞれ悟李羅、駱駝、駝鳥を模したものが掘りこまれている。それが、海上――否、空中に、浮いていた。
特徴的なのはその大きさか。数百メートルを超える位置にもかかわらず、はっきりと視認ができる。5メートル程度はあろうか。
「どうやら音はあそこかららしいが……ん?!」
船頭の中年が目を細めるや否や、前方に――光が見えた。
「ニャニャッ!?」
「うおおおおおっ!?」
船首にいるユグディラがぐるんぐるんと手を回して面舵いっぱい! ……と伝えたかったのかは定かではないが、舵を切った船は直撃を免れた。
「あの像、訳わからねえのを撃ってきやがった! めちゃくちゃだ!」
ふわふわと漂っていた石像群が加速し、接近してくる。慣性やら空気抵抗やらを置き去りにした機動は、刻礼術を動力とする船よりも速いらしく徐々に距離が詰まってくる。
幸運だったのは、超射程の射撃を撃ってくる気配がないことか。加速している間は撃てないのかもしれないが、余談は許さない。なにせ、足は向こうのほうが速いのだ。接近されるのは必至。
機影と同時に、『音』が迫る。距離の変動により音階を奇異に歪ませながら響くそれは――賛美歌。
「けったいなモン垂れ流しやがって……おい、頼むぜハンター、船はぶっ壊れてもイイがアイツらをぶっ壊さねェと俺たちゃおマンマも食えねえ!」
「ナアアアン!」
荘厳な調べも、漁師とユグディラはただの騒音と切って捨てる。それもそのはずで、彼らにとっては人類の存亡以前に明日の飯の種がかかっているのである。
リプレイ本文
●
ナァン、ニャアンと和やかな鳴き声に、花厳 刹那(ka3984)の目元がゆるむ。
ユグディラの存在は、まぁ、いい。和むし。
「……それに比べて」
遠方に在る石像軍団は、なんだろう。悟李羅。駱駝。駝鳥。どれをとっても海とも空とも関係がない。
「なにか意味が………………まあ、きっと、趣味。趣味ですよね。うんうん」
考えようとして、やめた。無秩序過ぎて考えるのも時間の無駄だろうし。
ふと、船に据えられた無線機からノイズ音が届き、刹那は空を見上げた。竜に、グリフォンに――ヘリコプター。
『運搬をご希望の場合、又は戦闘後運搬が必要になった場合はお気軽にお申し付けください』
そのうち、ヘリコプターに搭乗したフィロ(ka6966)の声は、平時の通り冷静そのもの。
「ほんとに、無茶しないでくださいね」
『忍耐も仕事のうちですから。ご配慮に感謝いたします、刹那様』
「……そう」
重体を慮っての言葉だったが、これだった。戦闘機動が障らなければいいのだが。別の船に乗り込んだクローディオ・シャール(ka0030)が、刹那の様子をみて頷いていた。
いざとなれば自分が治療を、ということと受け、軽く頭を下げる。
さて、と。見る。頭上にいた飛竜やグリフォンたちは、随分と先に行ってしまった。
『こちら研司。敵の射程は不明、狙いは雑ながらラッキーパンチがあるとも限らない。後方で回避に専念をお願いします。こっちにも攻撃を散らしてみる。
オーヴァー』
次に無線に響いたのは、藤堂研司(ka0569)の声。そして、応じるように「ナアアアアン!」とユグディラの鳴き声が海上に響いた。
●
ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)は、背に届いたユグディラの声に笑みを浮かべた。
かわいいのぅ、とこぼすと、不意にグリフォン――オーデムの体が揺れる。
「おぉ、すまんすまん」
まさか老熟したグリフォンが嫉妬するとは思えない。集中しろ、という注意だろう。振り切り、真っ向に見やる。
「空飛ぶ賛美歌を歌う像……? また面妖なものが現れたのぅ」
「未確認飛行物体には違いないけど……アレもUFOのうちに入るんかな?」
「ゆーふぉ……?」
オーデムとならぶワイバーン、竜葵に乗った研司の言に、ヴィルマは小首を傾げた。
相棒に、すこしばかりの緊張が見えた。
「ハ。グラウは海を見るのは初めてか。まァ怖いモンじゃねぇからいつもの通り頼むぜェ」
ワイバーンのグラウの首筋を撫でたシガレット=ウナギパイ(ka2884)はけらけらと笑う。戦闘直前にもかかわらず禁煙を強いられていたため些か窮屈であったが、少し気が晴れた。
「あ、その子は海がはじめてんなんだぁ」
はじめて同士だね、と桜崎 幸(ka7161)がグラウに柔らかく笑む。
「ぼくは今回、はじめて空を飛ぶんだぁ。どきどき、するよね……楽しみだなぁ、って。そう思わない?」
言葉に、グラウは唸り声を返した。付き合いのあるシガレットには若干ヤケが混じっているように見えたが、幸は満足そうだ。
「コレが終わったら港で海に浸からせてみようかねェ」
「そうそう、チャレンジチャレンジ!」
――おォ、コッチはコッチで面白いネ。
盗み聞きをしていたアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)はフフリ、と含み笑い。面白い像が見られると聞いて駆けつけたが、ちょっとした余録に満足度があがる。
「にしテモ、悟李羅に、駱駝に、駝鳥、と……随分面白いラインナップだけれど、コレにはどんな意味があるのだろうネ?」
目を細めて、見やる先。遠すぎて小さくしか見えないが……。
「タダの模様に見えるケレド、実はコレが何かの高度な暗号になっていたりトカ……したりするのカナ」
いうと、ふふり、と幸が笑った。
「ごりら、らくだ、だちょう。なんだかしりとりみたいだよねぇ」
「ハハ! まっさかそんな安直ナわけないよネ☆」
●
距離が詰まる。一団の中から研司が先行。刹那の船は後方に待機し、。クローディオが乗る船は有事の際の援護のために遅れて随伴している。
研司の飛竜は、機動要塞藤堂号からの強引な出力を全身の力で捩じ伏せ、推力に転じる。
「射程圏内。射ェ!!」
距離が詰まるほどに散開し始めている。
――悟李羅は森の賢人というが、そのせいか?
大真面目に頭の片隅に留めつつ、ミサイルを放つ。狙いは、優先撃破対象の悟李羅――だが。
「まぁ当たんねえか!」
カクカクとした動きで回避され、見当はずれの位置でプラズマ珠が生じた。研司が射つのならばまだしも、竜葵には荷が勝つか。まあ、想定内だ。
こちらに向かってくる3体の像がさらに散開。向こうが連携を取れない、という意味で言えば好都合でもある。
「こっちが的になれりゃあいい! 竜葵、射程が縮んだらもう一発だ!」
●
双方の速度もあり、みるみるうちに距離が詰まる。
それは同時に。
「やっぱりうるさいのぅ……!!」
遠方であっても聞こえる程度の音量だ。近づけば近づくだけ、騒音が凄まじい。
『スピーカーの限界を超えていますね。音質の劣化はそのためでしょう。海上でも音を届かせることに注力した結果でしょうか?』
大真面目に分析するフィロのヘリもまた、後方寄りに位置している。当てにしていた自身のスキルが覚醒しなければ使えない以上、後方からの兵装のみでの支援が順当と判断してのことだ。
そのままハンターたちは、幸が駱駝よりに。アルヴィンが駝鳥よりに移動。悟李羅は中央に位置しているため、大きく半包囲を図るような形になった。
「それにしてもこやつら、なぜ賛美歌を…これを作ったのは人間かえ?」
というヴィルマの疑問の声に。
「悟李羅ァァァァアアアアア!!」
「ひあっ!?」
雄叫びとともに研司が乗る飛竜が突進。騎乗している研司は引き絞った矢弓を放ち――命中。
「こっち見ろォォォォォォ!!!!」
――なんという大声じゃ……。
騒音を貫くべく発された大音声。それが有効であったかどうかはさておき、悟李羅は研司に狙いを定めた様子。また、豪快な立ち回りと同時に両翼からアルヴィン、幸が駝鳥と駱駝に接近する姿勢をみせたことで、敵の2体はそちらへと対応するべくさらに散開していく。
「オーデム!」
形は成った。ヴィルマはそれを確認し、オーデムを駆る。意を汲んだグリフォンは突出してくる悟李羅の上前方に位置するように飛翔。縮む距離と速度を目算しながら、マテリアルを編みあげ、圧搾するイメージ。
「先にお主からじゃ!」
集束魔と併用したファイアボールが焔を曳き、そのままの勢いで悟李羅を貫く。
同時、オーデムの機動が加速。応じるように放たれたマテリアルレーザーが、オーデムの軌跡をなぞるように放たれていた。石像に破損は見られるが、その飛行には影響が見られない。
「……っ、硬いのぅ」
つぶやいた瞬後、眼下の石像周囲で火炎が散った。フィロ機が放ったミサイルランチャーだ。発射後の機動はヴィルマの目からしても、鈍い。もしフィロ機が狙われた場合、十分な戦闘機動ができるか、どうか。
「いくぜェ、グラウ!」
ヴィルマの懸念を払拭するように、シガレットがシャドウブレットを射ちはなった。射程いっぱいだが、一団の中では最接近する形。空力を無視した機動をする悟李羅像が、自分に狙いを定めたのを自覚したシガレットは口の端を歪める。
「得体がしれねえし気味が悪ぃなァ」
――傲慢の王のお目覚め、ってところか。
これまでのラインナップの中でも奇異な敵だが、今この時に限れば自分を狙うなら御の字だ。
「俺ァしぶといぜ、悟李羅ァ!」
シガレットの気迫に続くように、グラウの咆哮が海上に響いた。
●
「お、わ、あ、あ、あぁぁ……! シュタールありがとぉぉ!!」
蒼空に、幸の悲鳴が響き渡った。追走してくる駱駝型にぴったりマークされているシュタールは、神がかり的な回避を連続している。悟李羅像から引き離す上でも、味方の船から敵を引き離す上でも有用ではあるが、物言わぬ駱駝像の追撃の圧がすごい。
デルタレイや機導砲では、こちらからの攻撃も全弾命中とは言いがたいが、それなりに攻撃は当たっている。
問題は敵の頑健さ。悟李羅側が集中攻撃でもなかなかあっさりとは墜ちないあたりで嫌な予感はしていたが。
「……いまなら、届く、かなぁ!」
右手できっちりシュタールの手綱を握りながら、振り返る。左手を振り払うようにして機導術を解き放つ。ファイアスローアー。至近からの攻撃で逃げ場を潰すように放たれた一撃は、余さず駱駝像を飲み込んだ。
しかし、まだ墜ちてはいない。火炎の向こうからは依然としてヒビ割れた賛美歌が続いたままだ。
幸にとっても耳が痛いほどの騒音は、シュタールにとっても苦痛に違いない。けれど、愛騎は苦言も零さずに回避機動を取り続けている。
――その頑張りに、報いたいなぁ。
果報者だなぁ、などと考えていたところ。
「ぐ、……っ!」
シュタールの苦鳴が響くと同時に、機動が乱れる。落下は免れたが、至近からのレーザーの直撃に、大気と肉が焼ける悪臭が届く。高空での戦闘では、幸にできることは限られている。せめて追撃を阻害するように幸は機導術を放たんとして――ふと、気づいた。
シュタールの傷が、癒えている。当然、幸にもシュタールにもできないことだ。
『無事か?』
無線から響いた声。クローディオ・シャール。彼が、船上から法術を施してくれたらしい。被弾してから治療までが凄まじく早かった、が。
――これなら、大丈夫そう。
被弾しても、一撃で幸かシュタールが墜ちなければ、継続して戦える。もちろん、シュタールがいたずらに傷つくのは避けたい所ではある、が。
仕事が果たせそう、という安堵は、強い。
「行こう、シュタール!」
●
駝鳥像の足止めに回ったアルヴィンは、葛藤していた。
駝鳥の意匠を仔細に眺めてみたところ……なるほど、少しばかり、リーリーに似ている。細かな造形や描写が稚拙にすぎるため、リーリーが聞いたら激怒しそうではあるが。
「ムムムっ!」
持ち帰って見せてみたい……そんな稚気が湧き上がってきた。とはいえ、持参したスマホを取り出す余裕はまだなかった。そんな暇があったら弓を引くか、法術を放つか、周囲の状況把握が優先される。
幸い、どの戦線も上手くは言っている様子。対してこちらは――というと。
「あはは、目と鼻の先、とはこのことダネ!」
マーキス・ソングの都合上それなりに接近しないと効果がないので、先程の通り仔細に観察できていた、というわけだった。
超至近距離のドッグファイトとなっているし、被弾もそれなりにあるのだが、幸い、アルヴィン自身が治療ができている。攻める必要がない以上、焦る必要もないことをアルヴィンはよく理解していた。
けれども、何もしない、というわけではなくて。
「……っと、やっと効いた、カナ!」
本日、幾度目かのプルガトリオ――マテリアルで構成された暗色の刃が、駝鳥像の機動を空中に縫い止めた。
機動力を削げば、仮に敵の行動方針が変わったとしても制御ができる。距離を外して回避もしやすくなる点でも『時間稼ぎ』という意味ならば上々だ――と、思っていたが。
「お?」
見れば、駝鳥像の前面に、マテリアルの光が収束していっている。
「……おおっと!!」
機動できないと判断するや否や、砲撃に切り替えたらしい。
――問題は、その狙いの先だった。
●
クローディオの船は当初、悟李羅像の方で射撃支援をしていたが、幸の動静を見てそちらに船を向けた。
もとより、飛行できるものがいなければ船上での戦闘を想定していた船員であったから、否やはない。現に、上空では幸と駱駝像が機動戦を繰り広げているが、それを支えているのはクローディオの支援の成果だ。
射撃支援も適度に行ってはいるが、深追いはしない。幸が被弾していないときに限り、撃てばいい。
射撃をせんと構えていた、そのときだ。
「あんちゃん! 動くぞ!!!」
船員の警句と急な加速に上手く反応できなかった。義腕ではない右手で船縁を掴み、無理やりに支える。
「どうした」
「撃ってきそうだ、ってよ!」
「む」
幸が対応している駱駝像ではない。仲間たちにボコボコに叩かれている悟李羅像でもなさそうだ。次いで視線を巡らせた先に、光。
すかさず、そちらへと身を躍らせたのはさすが、と言えようか。
問題はその衝撃のほうで。
「あんちゃんっ!?」
「ニャアアッ!?」
「む……っ」
強烈な熱線を盾と鎧で受け止めたクローディオは、そのまま反対側の船縁に脚をとられ。
落水した。
●
クローディオの落水は、戦場にあってやや呑気に響いた。
「たしかに、あちらが狙われますよね……」
射撃に治療に、と動き回っていた船だ。『こちら』と比べて、脅威度は高いに決まっている。刹那の逡巡は一瞬のことだった。
「私が参ります。あちらにお近づきになりすぎませんよう!」
言いおいて、海上へと飛び込む。クローディオは確か、義腕だったはずだ。全身鎧に加え、船上に居るのはユグディラと船員だけ。早急な救助が望ましい。
船ごと接近するのも手ではあるが、それではなんのために安全域で待機してもらっていたのか、ということになる。
故に、『海上』を、走った。穏やかとはいえ、地上とは異なる波上の感触を、しかと確認しながら。
「ヴィルマさんに、あとでお礼を言わなきゃですね……!」
事前にウォーターウォークをかけてくれた魔女に感謝し、飛ぶように、疾走した。
●
クローディオの落水を確認したフィロは、回収に向かう刹那に無線を飛ばした。
「こちらに収容しますか?」
『もともと彼が乗っていた船に戻します。あちらの船が沈んでいたときはお願いします!』
フィロ単身ではホバリングと回収を両立するのは困難ではある。
それに――見れば、クローディオは海面になんとか顔をだしながら、それでも幸への治療を優先しているようだった。戦場に、大きな乱れはない。
――今は、こちらを落とすことが優先、ですね。
幾度目かのミサイルランチャーを放つ先、悟李羅像はすでに半壊していた。
縦横無尽に機動するシガレットたちやヴィルマの攻撃を援護するように、研司が支援射撃を重ねている。
濃密な火力は、ワイバーンよりも火力に秀でた覚醒者たちからのもの。それゆえに片時も緩むことなく、間断なく浴びせられ続けた悟李羅型は機能不全をきたしたか、機動の足も鈍っている。
「グラウ。トドメ、行くぜェ……!」
「――――!」
気勢と同時。グラウが悟李羅像に最接近。グラウの全身からマテリアルの奔流が放たれ――重ねて、シガレットの体からも、法術が解き放たれる。レイン・オブ・ライトとセイクリッドフラッシュ。光爆に飲まれた悟李羅像の姿が一瞬だけ、掻き消える。
「しつこいのぅ……!」
しかし、賛美歌は健在だった。調子すらも外れ、途切れ途切れの音。それを頼りに、ヴィルマが火炎球を撃ち放つのと――
「よぉし、次だ!!」
研司が、二連の矢を放つのは、ほぼ同時。賛美歌を飲み込む爆音の中、研司は颯爽と竜葵の向きを変えていく。
後には墜落していく残骸だけ。その行く末を後方から追従するフィロは眺めていたが……その残骸すらも、溶けるように消えていった。
「目標の消失を確認しました。……彼らからは回収は望めなさそうですね」
●
「ひゃー、真冬の海……ごめんネ!」
思わぬ結果に肝を冷やしたアルヴィンであったが、クローディオの位置と行動のおかげで大事には至らず。さすがのアルヴィンにとっても若干の良心の呵責を覚えるところであったが、どちらかというと、ずぶ濡れのクローディオが刹那に『海上で』引き上げられ、どっこいしょと船上に投げ込まれている様が響く。
――その絵面はズルすぎル……!
とまれ、結果的には彼一人で駱駝像をとどめることができたことには違いなかった。移動を留められた駝鳥像は散発的にレーザーを打ってはいるが――眼前。アルヴィンを狙わずに、駝鳥型に猛火力を浴びせているハンター達に向け、レーザーを放たんとする駝鳥像がいる。
狙う対象はバラバラで、アルヴィンから見ても困惑しているようにすら見えるほど。哀れなことに、魔法を浴びせたヴィルマを狙えば、シガレットのグラウが後背から襲いかかる、という有様だ。
――劣勢だっていうのに、ずいぶんと鈍いネ?
この機体がただ音楽用とは思えない。戦闘を想定しているとは思われるが、指揮する者がいなければ齟齬が出てしまうのだろうか。
側面。竜葵の背から、研司が星神器「蚩尤」を構えていた。膨大なマテリアルの収束が、殷々と音を曳き――。
「――――沈めェ!」
砲撃にも似た四射が、光燐を撒き散らしながら駝鳥型に猛突。その先では、悠々と空を舞い、熱線を避けるヴィルマとオーデム。
作戦が図にあたった形に、ふふりとアルヴィンは笑みを浮かべる。
『ミサイルランチャー、発射します』
フィロの魔導ヘリから放たれたランチャーで押し下げられたその頭を、桜の花びらがはらりと落ちた。
「これで……っ!」
刹那、であった。クローディオを船上に回収した少女が、空中を踏み上がって駆け上がる。少女の手にした短剣から伸びた炎の剣身がしゃらりと駝鳥像を撫で――。
散、と。その石身を断ち切ったのだった。
少女のスカートは蔵倫によって守られたことは付記しておきたい。
●
駱駝像が散るまで、そう時間はかからなかった。
溶けるように消えていく最後の像を見下ろしながら――。
「あっぶなかったぁ……!」
命からがら、といった幸の安堵の声に、シュタールが唸り声をあげる。そこに込められていたのは、不満――ではなく。
「上出来、だってぇ? ……ふふ、ありがとう、シュタール!」
幸自身が巻き込まれて被弾したときはアンチボディで回復することはできた。けれど、クローディオの治療があったとはいえ、身体を張って頑張ったのは相棒のほうで。冒頭のやり取りに、しっかりと応じてくれた相棒に感謝の念をいだきつつ、その身体を撫でた。
遠景に水平線を眺めるシガレットとグラウ。
「なーンもみえねえなァ。アイツらどこからきやがったんだァ……?」
ぐる、と喉を鳴らすグラウは、濡れそぼったクローディオが寒そうに線上で毛布にくるまり、ユグディラ達に囲まれている様を見つめている。なお、うち一匹はオーデムから降りたヴィルマに抱えられてご満悦そうだった。
グラウが見ているのはもちろんユグディラのほうではなく……。
「……海につかるのはもうちょっと暖かくなってからにするかァ」
るる、と、再び喉を鳴らした。
かくして、海上での戦闘は大きな被害もなく幕を下ろしたのだった。
悟李羅、駱駝、駝鳥――三種の像に、大したこともない謎を残して――。
ナァン、ニャアンと和やかな鳴き声に、花厳 刹那(ka3984)の目元がゆるむ。
ユグディラの存在は、まぁ、いい。和むし。
「……それに比べて」
遠方に在る石像軍団は、なんだろう。悟李羅。駱駝。駝鳥。どれをとっても海とも空とも関係がない。
「なにか意味が………………まあ、きっと、趣味。趣味ですよね。うんうん」
考えようとして、やめた。無秩序過ぎて考えるのも時間の無駄だろうし。
ふと、船に据えられた無線機からノイズ音が届き、刹那は空を見上げた。竜に、グリフォンに――ヘリコプター。
『運搬をご希望の場合、又は戦闘後運搬が必要になった場合はお気軽にお申し付けください』
そのうち、ヘリコプターに搭乗したフィロ(ka6966)の声は、平時の通り冷静そのもの。
「ほんとに、無茶しないでくださいね」
『忍耐も仕事のうちですから。ご配慮に感謝いたします、刹那様』
「……そう」
重体を慮っての言葉だったが、これだった。戦闘機動が障らなければいいのだが。別の船に乗り込んだクローディオ・シャール(ka0030)が、刹那の様子をみて頷いていた。
いざとなれば自分が治療を、ということと受け、軽く頭を下げる。
さて、と。見る。頭上にいた飛竜やグリフォンたちは、随分と先に行ってしまった。
『こちら研司。敵の射程は不明、狙いは雑ながらラッキーパンチがあるとも限らない。後方で回避に専念をお願いします。こっちにも攻撃を散らしてみる。
オーヴァー』
次に無線に響いたのは、藤堂研司(ka0569)の声。そして、応じるように「ナアアアアン!」とユグディラの鳴き声が海上に響いた。
●
ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)は、背に届いたユグディラの声に笑みを浮かべた。
かわいいのぅ、とこぼすと、不意にグリフォン――オーデムの体が揺れる。
「おぉ、すまんすまん」
まさか老熟したグリフォンが嫉妬するとは思えない。集中しろ、という注意だろう。振り切り、真っ向に見やる。
「空飛ぶ賛美歌を歌う像……? また面妖なものが現れたのぅ」
「未確認飛行物体には違いないけど……アレもUFOのうちに入るんかな?」
「ゆーふぉ……?」
オーデムとならぶワイバーン、竜葵に乗った研司の言に、ヴィルマは小首を傾げた。
相棒に、すこしばかりの緊張が見えた。
「ハ。グラウは海を見るのは初めてか。まァ怖いモンじゃねぇからいつもの通り頼むぜェ」
ワイバーンのグラウの首筋を撫でたシガレット=ウナギパイ(ka2884)はけらけらと笑う。戦闘直前にもかかわらず禁煙を強いられていたため些か窮屈であったが、少し気が晴れた。
「あ、その子は海がはじめてんなんだぁ」
はじめて同士だね、と桜崎 幸(ka7161)がグラウに柔らかく笑む。
「ぼくは今回、はじめて空を飛ぶんだぁ。どきどき、するよね……楽しみだなぁ、って。そう思わない?」
言葉に、グラウは唸り声を返した。付き合いのあるシガレットには若干ヤケが混じっているように見えたが、幸は満足そうだ。
「コレが終わったら港で海に浸からせてみようかねェ」
「そうそう、チャレンジチャレンジ!」
――おォ、コッチはコッチで面白いネ。
盗み聞きをしていたアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)はフフリ、と含み笑い。面白い像が見られると聞いて駆けつけたが、ちょっとした余録に満足度があがる。
「にしテモ、悟李羅に、駱駝に、駝鳥、と……随分面白いラインナップだけれど、コレにはどんな意味があるのだろうネ?」
目を細めて、見やる先。遠すぎて小さくしか見えないが……。
「タダの模様に見えるケレド、実はコレが何かの高度な暗号になっていたりトカ……したりするのカナ」
いうと、ふふり、と幸が笑った。
「ごりら、らくだ、だちょう。なんだかしりとりみたいだよねぇ」
「ハハ! まっさかそんな安直ナわけないよネ☆」
●
距離が詰まる。一団の中から研司が先行。刹那の船は後方に待機し、。クローディオが乗る船は有事の際の援護のために遅れて随伴している。
研司の飛竜は、機動要塞藤堂号からの強引な出力を全身の力で捩じ伏せ、推力に転じる。
「射程圏内。射ェ!!」
距離が詰まるほどに散開し始めている。
――悟李羅は森の賢人というが、そのせいか?
大真面目に頭の片隅に留めつつ、ミサイルを放つ。狙いは、優先撃破対象の悟李羅――だが。
「まぁ当たんねえか!」
カクカクとした動きで回避され、見当はずれの位置でプラズマ珠が生じた。研司が射つのならばまだしも、竜葵には荷が勝つか。まあ、想定内だ。
こちらに向かってくる3体の像がさらに散開。向こうが連携を取れない、という意味で言えば好都合でもある。
「こっちが的になれりゃあいい! 竜葵、射程が縮んだらもう一発だ!」
●
双方の速度もあり、みるみるうちに距離が詰まる。
それは同時に。
「やっぱりうるさいのぅ……!!」
遠方であっても聞こえる程度の音量だ。近づけば近づくだけ、騒音が凄まじい。
『スピーカーの限界を超えていますね。音質の劣化はそのためでしょう。海上でも音を届かせることに注力した結果でしょうか?』
大真面目に分析するフィロのヘリもまた、後方寄りに位置している。当てにしていた自身のスキルが覚醒しなければ使えない以上、後方からの兵装のみでの支援が順当と判断してのことだ。
そのままハンターたちは、幸が駱駝よりに。アルヴィンが駝鳥よりに移動。悟李羅は中央に位置しているため、大きく半包囲を図るような形になった。
「それにしてもこやつら、なぜ賛美歌を…これを作ったのは人間かえ?」
というヴィルマの疑問の声に。
「悟李羅ァァァァアアアアア!!」
「ひあっ!?」
雄叫びとともに研司が乗る飛竜が突進。騎乗している研司は引き絞った矢弓を放ち――命中。
「こっち見ろォォォォォォ!!!!」
――なんという大声じゃ……。
騒音を貫くべく発された大音声。それが有効であったかどうかはさておき、悟李羅は研司に狙いを定めた様子。また、豪快な立ち回りと同時に両翼からアルヴィン、幸が駝鳥と駱駝に接近する姿勢をみせたことで、敵の2体はそちらへと対応するべくさらに散開していく。
「オーデム!」
形は成った。ヴィルマはそれを確認し、オーデムを駆る。意を汲んだグリフォンは突出してくる悟李羅の上前方に位置するように飛翔。縮む距離と速度を目算しながら、マテリアルを編みあげ、圧搾するイメージ。
「先にお主からじゃ!」
集束魔と併用したファイアボールが焔を曳き、そのままの勢いで悟李羅を貫く。
同時、オーデムの機動が加速。応じるように放たれたマテリアルレーザーが、オーデムの軌跡をなぞるように放たれていた。石像に破損は見られるが、その飛行には影響が見られない。
「……っ、硬いのぅ」
つぶやいた瞬後、眼下の石像周囲で火炎が散った。フィロ機が放ったミサイルランチャーだ。発射後の機動はヴィルマの目からしても、鈍い。もしフィロ機が狙われた場合、十分な戦闘機動ができるか、どうか。
「いくぜェ、グラウ!」
ヴィルマの懸念を払拭するように、シガレットがシャドウブレットを射ちはなった。射程いっぱいだが、一団の中では最接近する形。空力を無視した機動をする悟李羅像が、自分に狙いを定めたのを自覚したシガレットは口の端を歪める。
「得体がしれねえし気味が悪ぃなァ」
――傲慢の王のお目覚め、ってところか。
これまでのラインナップの中でも奇異な敵だが、今この時に限れば自分を狙うなら御の字だ。
「俺ァしぶといぜ、悟李羅ァ!」
シガレットの気迫に続くように、グラウの咆哮が海上に響いた。
●
「お、わ、あ、あ、あぁぁ……! シュタールありがとぉぉ!!」
蒼空に、幸の悲鳴が響き渡った。追走してくる駱駝型にぴったりマークされているシュタールは、神がかり的な回避を連続している。悟李羅像から引き離す上でも、味方の船から敵を引き離す上でも有用ではあるが、物言わぬ駱駝像の追撃の圧がすごい。
デルタレイや機導砲では、こちらからの攻撃も全弾命中とは言いがたいが、それなりに攻撃は当たっている。
問題は敵の頑健さ。悟李羅側が集中攻撃でもなかなかあっさりとは墜ちないあたりで嫌な予感はしていたが。
「……いまなら、届く、かなぁ!」
右手できっちりシュタールの手綱を握りながら、振り返る。左手を振り払うようにして機導術を解き放つ。ファイアスローアー。至近からの攻撃で逃げ場を潰すように放たれた一撃は、余さず駱駝像を飲み込んだ。
しかし、まだ墜ちてはいない。火炎の向こうからは依然としてヒビ割れた賛美歌が続いたままだ。
幸にとっても耳が痛いほどの騒音は、シュタールにとっても苦痛に違いない。けれど、愛騎は苦言も零さずに回避機動を取り続けている。
――その頑張りに、報いたいなぁ。
果報者だなぁ、などと考えていたところ。
「ぐ、……っ!」
シュタールの苦鳴が響くと同時に、機動が乱れる。落下は免れたが、至近からのレーザーの直撃に、大気と肉が焼ける悪臭が届く。高空での戦闘では、幸にできることは限られている。せめて追撃を阻害するように幸は機導術を放たんとして――ふと、気づいた。
シュタールの傷が、癒えている。当然、幸にもシュタールにもできないことだ。
『無事か?』
無線から響いた声。クローディオ・シャール。彼が、船上から法術を施してくれたらしい。被弾してから治療までが凄まじく早かった、が。
――これなら、大丈夫そう。
被弾しても、一撃で幸かシュタールが墜ちなければ、継続して戦える。もちろん、シュタールがいたずらに傷つくのは避けたい所ではある、が。
仕事が果たせそう、という安堵は、強い。
「行こう、シュタール!」
●
駝鳥像の足止めに回ったアルヴィンは、葛藤していた。
駝鳥の意匠を仔細に眺めてみたところ……なるほど、少しばかり、リーリーに似ている。細かな造形や描写が稚拙にすぎるため、リーリーが聞いたら激怒しそうではあるが。
「ムムムっ!」
持ち帰って見せてみたい……そんな稚気が湧き上がってきた。とはいえ、持参したスマホを取り出す余裕はまだなかった。そんな暇があったら弓を引くか、法術を放つか、周囲の状況把握が優先される。
幸い、どの戦線も上手くは言っている様子。対してこちらは――というと。
「あはは、目と鼻の先、とはこのことダネ!」
マーキス・ソングの都合上それなりに接近しないと効果がないので、先程の通り仔細に観察できていた、というわけだった。
超至近距離のドッグファイトとなっているし、被弾もそれなりにあるのだが、幸い、アルヴィン自身が治療ができている。攻める必要がない以上、焦る必要もないことをアルヴィンはよく理解していた。
けれども、何もしない、というわけではなくて。
「……っと、やっと効いた、カナ!」
本日、幾度目かのプルガトリオ――マテリアルで構成された暗色の刃が、駝鳥像の機動を空中に縫い止めた。
機動力を削げば、仮に敵の行動方針が変わったとしても制御ができる。距離を外して回避もしやすくなる点でも『時間稼ぎ』という意味ならば上々だ――と、思っていたが。
「お?」
見れば、駝鳥像の前面に、マテリアルの光が収束していっている。
「……おおっと!!」
機動できないと判断するや否や、砲撃に切り替えたらしい。
――問題は、その狙いの先だった。
●
クローディオの船は当初、悟李羅像の方で射撃支援をしていたが、幸の動静を見てそちらに船を向けた。
もとより、飛行できるものがいなければ船上での戦闘を想定していた船員であったから、否やはない。現に、上空では幸と駱駝像が機動戦を繰り広げているが、それを支えているのはクローディオの支援の成果だ。
射撃支援も適度に行ってはいるが、深追いはしない。幸が被弾していないときに限り、撃てばいい。
射撃をせんと構えていた、そのときだ。
「あんちゃん! 動くぞ!!!」
船員の警句と急な加速に上手く反応できなかった。義腕ではない右手で船縁を掴み、無理やりに支える。
「どうした」
「撃ってきそうだ、ってよ!」
「む」
幸が対応している駱駝像ではない。仲間たちにボコボコに叩かれている悟李羅像でもなさそうだ。次いで視線を巡らせた先に、光。
すかさず、そちらへと身を躍らせたのはさすが、と言えようか。
問題はその衝撃のほうで。
「あんちゃんっ!?」
「ニャアアッ!?」
「む……っ」
強烈な熱線を盾と鎧で受け止めたクローディオは、そのまま反対側の船縁に脚をとられ。
落水した。
●
クローディオの落水は、戦場にあってやや呑気に響いた。
「たしかに、あちらが狙われますよね……」
射撃に治療に、と動き回っていた船だ。『こちら』と比べて、脅威度は高いに決まっている。刹那の逡巡は一瞬のことだった。
「私が参ります。あちらにお近づきになりすぎませんよう!」
言いおいて、海上へと飛び込む。クローディオは確か、義腕だったはずだ。全身鎧に加え、船上に居るのはユグディラと船員だけ。早急な救助が望ましい。
船ごと接近するのも手ではあるが、それではなんのために安全域で待機してもらっていたのか、ということになる。
故に、『海上』を、走った。穏やかとはいえ、地上とは異なる波上の感触を、しかと確認しながら。
「ヴィルマさんに、あとでお礼を言わなきゃですね……!」
事前にウォーターウォークをかけてくれた魔女に感謝し、飛ぶように、疾走した。
●
クローディオの落水を確認したフィロは、回収に向かう刹那に無線を飛ばした。
「こちらに収容しますか?」
『もともと彼が乗っていた船に戻します。あちらの船が沈んでいたときはお願いします!』
フィロ単身ではホバリングと回収を両立するのは困難ではある。
それに――見れば、クローディオは海面になんとか顔をだしながら、それでも幸への治療を優先しているようだった。戦場に、大きな乱れはない。
――今は、こちらを落とすことが優先、ですね。
幾度目かのミサイルランチャーを放つ先、悟李羅像はすでに半壊していた。
縦横無尽に機動するシガレットたちやヴィルマの攻撃を援護するように、研司が支援射撃を重ねている。
濃密な火力は、ワイバーンよりも火力に秀でた覚醒者たちからのもの。それゆえに片時も緩むことなく、間断なく浴びせられ続けた悟李羅型は機能不全をきたしたか、機動の足も鈍っている。
「グラウ。トドメ、行くぜェ……!」
「――――!」
気勢と同時。グラウが悟李羅像に最接近。グラウの全身からマテリアルの奔流が放たれ――重ねて、シガレットの体からも、法術が解き放たれる。レイン・オブ・ライトとセイクリッドフラッシュ。光爆に飲まれた悟李羅像の姿が一瞬だけ、掻き消える。
「しつこいのぅ……!」
しかし、賛美歌は健在だった。調子すらも外れ、途切れ途切れの音。それを頼りに、ヴィルマが火炎球を撃ち放つのと――
「よぉし、次だ!!」
研司が、二連の矢を放つのは、ほぼ同時。賛美歌を飲み込む爆音の中、研司は颯爽と竜葵の向きを変えていく。
後には墜落していく残骸だけ。その行く末を後方から追従するフィロは眺めていたが……その残骸すらも、溶けるように消えていった。
「目標の消失を確認しました。……彼らからは回収は望めなさそうですね」
●
「ひゃー、真冬の海……ごめんネ!」
思わぬ結果に肝を冷やしたアルヴィンであったが、クローディオの位置と行動のおかげで大事には至らず。さすがのアルヴィンにとっても若干の良心の呵責を覚えるところであったが、どちらかというと、ずぶ濡れのクローディオが刹那に『海上で』引き上げられ、どっこいしょと船上に投げ込まれている様が響く。
――その絵面はズルすぎル……!
とまれ、結果的には彼一人で駱駝像をとどめることができたことには違いなかった。移動を留められた駝鳥像は散発的にレーザーを打ってはいるが――眼前。アルヴィンを狙わずに、駝鳥型に猛火力を浴びせているハンター達に向け、レーザーを放たんとする駝鳥像がいる。
狙う対象はバラバラで、アルヴィンから見ても困惑しているようにすら見えるほど。哀れなことに、魔法を浴びせたヴィルマを狙えば、シガレットのグラウが後背から襲いかかる、という有様だ。
――劣勢だっていうのに、ずいぶんと鈍いネ?
この機体がただ音楽用とは思えない。戦闘を想定しているとは思われるが、指揮する者がいなければ齟齬が出てしまうのだろうか。
側面。竜葵の背から、研司が星神器「蚩尤」を構えていた。膨大なマテリアルの収束が、殷々と音を曳き――。
「――――沈めェ!」
砲撃にも似た四射が、光燐を撒き散らしながら駝鳥型に猛突。その先では、悠々と空を舞い、熱線を避けるヴィルマとオーデム。
作戦が図にあたった形に、ふふりとアルヴィンは笑みを浮かべる。
『ミサイルランチャー、発射します』
フィロの魔導ヘリから放たれたランチャーで押し下げられたその頭を、桜の花びらがはらりと落ちた。
「これで……っ!」
刹那、であった。クローディオを船上に回収した少女が、空中を踏み上がって駆け上がる。少女の手にした短剣から伸びた炎の剣身がしゃらりと駝鳥像を撫で――。
散、と。その石身を断ち切ったのだった。
少女のスカートは蔵倫によって守られたことは付記しておきたい。
●
駱駝像が散るまで、そう時間はかからなかった。
溶けるように消えていく最後の像を見下ろしながら――。
「あっぶなかったぁ……!」
命からがら、といった幸の安堵の声に、シュタールが唸り声をあげる。そこに込められていたのは、不満――ではなく。
「上出来、だってぇ? ……ふふ、ありがとう、シュタール!」
幸自身が巻き込まれて被弾したときはアンチボディで回復することはできた。けれど、クローディオの治療があったとはいえ、身体を張って頑張ったのは相棒のほうで。冒頭のやり取りに、しっかりと応じてくれた相棒に感謝の念をいだきつつ、その身体を撫でた。
遠景に水平線を眺めるシガレットとグラウ。
「なーンもみえねえなァ。アイツらどこからきやがったんだァ……?」
ぐる、と喉を鳴らすグラウは、濡れそぼったクローディオが寒そうに線上で毛布にくるまり、ユグディラ達に囲まれている様を見つめている。なお、うち一匹はオーデムから降りたヴィルマに抱えられてご満悦そうだった。
グラウが見ているのはもちろんユグディラのほうではなく……。
「……海につかるのはもうちょっと暖かくなってからにするかァ」
るる、と、再び喉を鳴らした。
かくして、海上での戦闘は大きな被害もなく幕を下ろしたのだった。
悟李羅、駱駝、駝鳥――三種の像に、大したこともない謎を残して――。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/01/01 03:57:47 |
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相談卓 シガレット=ウナギパイ(ka2884) 人間(クリムゾンウェスト)|32才|男性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2018/12/31 20:50:42 |