ゲスト
(ka0000)
【初夢】あなたとあなたの夢の国
マスター:KINUTA

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 8日
- 締切
- 2019/01/07 22:00
- 完成日
- 2019/01/16 01:06
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●REAL
西暦2XXX年。
仮想世界と現実を隔てていた『画面』という垣根が消え失せて久しい。
有機マイクロチップを体内に挿入することで人は、仮想世界を直にその目で見、直にその手で触れられるようになった。文字通り別の世界の人間になりきり、楽しめるようになった。
それに伴い仮想世界もより現実へと近づいた。いや、もはやもう一つのもう現実と呼んで差し支えない。
仮想世界の非実在者たち――いわゆるゲームキャラクターも、実在者と区別がつけられない。自分の意思を持ち、喜怒哀楽を感じ、自立して行動する。ある意味それ以上に真に迫った存在となった。
環境汚染、人口爆発、山積みの社会問題。
人類はそれから目を背けるかのように無数の仮想世界を作り出し、その中へのめり込んでいく……。
●UNREAL1
見渡す限り整然と続く、緑化の行き届いた町並み。
その中心にあるのはピラミッド型をした白い巨大建築物。四方には大きくこう書いてある。
【共有・均等・安定こそ幸福】
それこそがこの仮想世界『EQUAL』の中枢。
その最高位に位置するキャラクターは――Ministerial Arrange Guidance Of International――頭文字をとってMAGOI――通称マゴイ。
彼女は現在大満足であった。
何故かというについ先日、この仮想世界の容量が大幅拡張したからだ。
『……新しい区画が……作れる……市民が増える……万歳……』
EQUALの一層の発展を喜んだ後彼女は、時折かいま見る現実世界について思いを馳せる。
あの世界は統一されてない。全てが不完全で未熟で混乱しており、貧富の格差を解消出来ていない。共有も均等も安定もはなはだしく欠けている。
あそこに存在せざるを得ない人々の何と気の毒なこと。
『……現実が『EQUAL』になれば……『EQUAL』が現実になれば……皆どれほど幸福になることか……』
夢見るように彼女は呟き、いつも変わらぬきれいな町並みを眺める。
それから視線をその先へと向かわせる。
そこには彼女が今いるのと全く同じ形をしたピラミッドがあった。ただし、色は黒。白いピラミッドにあるような窓が一つもない。
四方には大きくこう書いてある。
【幸福を理解しないものには、それが理解出来るよう教育の機会を与える】
黒いピラミッドの中へ政治犯を乗せた護送車が、何台も連なり入って行く。
言い忘れたが『EQUAL』はディストピアゲームだ。
知恵と身体能力の限りを尽くし思想警察から逃れる。あるいは知恵と身体能力の限りを尽くし政治犯を捕らえる。というのがスタンダードな遊び方。
市民の一員になり日常を過ごすという遊び方もあるにはある。やっているのはごくごく少数だが。
この世界では政治的に間違ったことさえしなければ誰でも、普通に安定したよい暮らしが送れるのである。
●UNREAL2
のどかな山々の連なる、小さな村。蝉が鳴きヒマワリが咲いている。青い空には入道雲。
今は夏、真っ盛り。
ここは村の駐在所。
犬のお巡りさんである非実在者のカチャは、新規村民の道案内をしていた。地図を手にして。
「ここが村役場。もぐやん村長の家はその隣です。それで、これが村市場。そこで日常生活に必要なものは一通り揃えられます。ここにないものが買いたいときはですね、あの駅から汽車に乗って町に行けば、百貨店があります。そこから乗り換えれば海にも行けますよ。今の季節ですと、海水浴のイベントが行われていますね。近々花火大会もあります。あなたに割り当てられたスペースは、ここです。ヒマワリ畑のすぐ隣」
地図を渡された新規村民のウサギさんはカチャにお礼を言い、うきうきした様子で自分の新居へ向かって行った。
カチャは手を振りそれを見送る。
そこでのどかなチャイムが聞こえてきた。
「あ、もうお昼」
カチャは駐在所に戻り、お昼ご飯のサンドイッチを食べる。
「平和だなー……」
そう、仮想世界『あにまるのどかぐらし』は平和だ。
アニマル化した人々がのどかにまったり日常を過ごす――というのがこのゲームの趣旨なのだから当然である。
駐在所はあるが、事件らしい事件は起きない。今日も明日も明後日も。それこそがのどかぐらしのコンセプト。
なのだが、最近ちょっと変化が起きている。彼女が住んでいる村ではなく、町で。
非実在者の百貨店店長であるネコ山スペットは、同じく非実在者であるグリーク雑貨店の店長、キツネのニケ・グリークに詰め寄った。
「こっ、ここっ、これはどういうことや! こんなものを郊外におっ建てんなや!」
と彼が指さしているのは、駐車場完備の大型郊外店。
価格はお手頃、品揃えは豊富、メジャーな仮想世界で流通しているアイテムや仮想通貨が一通り揃っているとあって、お客は引きも切らず。
「いけませんか?」
「あかんに決まっとるやんけ! こんなことされたら、この世界のカラーがぶち壊しになるやんけ!」
「しかしお客様は喜んでいるようですよ?」
「お客様が喜んでも、うちの百貨店は閑古鳥が鳴いてんねんぞ! 商店街も客足がさっぱり途絶えてるんやぞ! お前俺らの商売潰す気か!」
「そう言われましてもね、馴れ合いで商いしてても面白くないじゃありませんか。もうずーっとそうだったじゃないですか、うちは」
「面白い面白くないじゃあらへんわ、この世界において商売は競争ちゃうんやから、ずーっとそれでええねん! 大体、よその世界で流通してるアイテムが販売されてるゆうのは、一体どういうことなんや! どっから仕入れたんや! オリジナルアイテムの世界間移動は禁止されてるはずやろ!」
「ああ、それは――まあいいじゃないですか、細かいことはどうでも」
●UNREAL3
「いらっしゃいませ、お嬢様! あなたのおいでをお待ちしておりました!」
スーツを着たイケメンがはにかむような笑顔を見せバラの花を渡す。マダムは微笑んでそれを受け取る。
黄金の輝きとベルベットの深紅、花々に彩られた店内はまさに宮殿。
クールなイケメン、やんちゃなイケメン、かわいいイケメン、渋いイケメン、文学系、理数系、体育会系、どM系、どS系、その他ありとあらゆるイケメンが集うイケメン好きにとってのパラダイスでありエルドラドであり西方極楽浄土。
この世界の名は『孔雀館』。
見れば分かるがホスト系恋愛ゲームである。総じて大人向けの。
その一角にRPG系仮想世界『エルフランド』の非実在者、マリーがいた。彼女は現在、この店舗に勤めているヒモ系美少年ホストのナルシスに、すっかり入れあげているのだ。
「んー、シャンペンタワーいっちゃおうかなー!」
「わー、マリーお姉さん豪快♪」
リプレイ本文
●ギブミー癒し
ここは仮想世界『ラブ・ファントム/らぶ☆ふぁんとむ』
片仮名の側は男性向けエロゲ、平仮名の側は18禁乙女ゲー。双方とも舞台は一緒。出演者と味付けのみが違う――の世界。
露出度多めな衣装をまとった星野 ハナ(ka5852)は、このラブらぶ世界における女神。
今日も彼女は「不幸にして死んでしまった」プレイヤーの前に、後光をまとって降臨。急展開な解説をかましてくる。
「今のあなたは幽霊なの。だから、ちょっと私のお手伝いしてくれたら、あなたの次の転生、チートましましにしてあ・げ・る☆(ちなみにこの『あなた』の部分は、ラブ側なら『貴方』らぶ側なら『貴女』と表記される)」
それが終わるとハート型のスクリーンに、心に傷を負った(ラブ側プレイヤーには)魅力溢れる5人の美女、(らぶ側プレイヤーには)魅力溢れる5人の美男子を映し出す。
「この人たちの生活の朝から晩まで密着し心の傷を取り除くことがあなたのし・め・い☆」
続けて以下の御褒美が待っていることを告げ、プレイヤーの意欲を煽りまくる。
「……転生先? 成功した彼女(彼)の傍も……入れてあげてもいーかなー☆」
ここからプレイヤーは美女、美男子NPCの心の傷を癒す行動を始める。
そこで相手の傷をどれだけ癒せたかによって、本番とも言うべき2章目の転生先や難易度が変化してくるという次第。
ちなみにNPCとあれやこれや出来るのは2章以降から。1章目の段階においてその手のイベントは発生しない。幽霊で肉体がないという設定なのだから当然だ。愛を盛り上げるためには、耐える時間が必要なのだ。「つーかこの1章なくてもゲーム成立すんじゃね?」なんて言っている輩は人間としての修行が足りぬ。
それはそれとして女神ハナの仕事は、第1章だけでなく2章目以降も続く。
プレイヤーが何かにつけてアドバイスを求めてくるのだ。
『駄女神様、なんか彼女がよそよそしいんですけど』
「転生したあなたは、彼女にとって初対面の人間なのよ。友好度を上げるまで前世話は控えてね。引かれちゃうから☆」
『駄女神様ー、彼が怒って口聞いてくれない』
「あらあら、あなたNPCプロフィールを確認しなかったでしょ。そこに設定されているNGワードを口にすると、好感度ダダ下がりしちゃうの。注意してね☆」
『駄女神さま、僕まだ彼女とそんな親密度ですか。判定計算間違えてないですか駄女神様』
「ごめんねー、プレゼント攻勢だけでは親密度って上がりにくいの。ここからはあなたのハートを伝えることに専念するべきよ。頑張ってね☆」
ハナはいかなる愚問珍問クレームにも、女神らしく寛容に、嫌な顔一つせず応対する。
しかしプレイヤーがいない場所までもそうだとは限らない。
本日はサーバー定期メンテナンスの日――ログインしてくるプレイヤーはいない。
というわけで彼女は遠慮なく本性をさらけ出す。
「駄女神じゃなくて女神ですぅ!」
金属バットを膝で折り、電話帳を素手で引き裂き、神殿の壁を蹴りで貫く。
最後、乙女チックに嘆き節。
「チュートリアルでもセーブでも顔合わせてるのに扱い雑過ぎですぅ……くすん」
そして着替えを始める。
「癒しを求めて気分転換してきますぅ」
ここは仮想世界『つむけす』――――いわゆる「落ちゲー」の世界。
マルカ・アニチキン(ka2542)は降りしきるスライムで一杯になった部屋の片隅で、体育座りしていた。
隈の消えない目でうつろに周囲を見回し、呟く。
「眠れない……」
彼女は『PLがスライムを消してくれなければ眠れない、不眠症の一般人』という設定をされたキャラクター。
だから毎日プレイヤーが来ることを心待ちにしているのに、どうしたことか昨日から1人も現れない。
「……どうしたんでしょう……はっ! もしやこのゲームサイト閉鎖されたんじゃ……」
不安をにかられた彼女はスライムを押し分け外に出て、スライムでいっぱいの道を進み、景品配達係ブルーチャーが住むおもちゃ工場に向かった。
「こんにちはー、ブルーチャーさーん」
せっせと景品のぴょこ様ヌイグルミ(換金可能)を作っていた彼はマルカの訪問を受け、工場の扉を開けた。
「おー、マルカか。どうしたんだ」
「あのー、昨日からプレイヤーが全然来ないのですが……何かあったのでしょうか……」
「なんだお前知らないのか。今『つむけす』はサーバーメンテナンス中だぞ」
「え、そうなんですか……メンテナンスはいつ終わるんです?」
「大幅改編らしいから、後数日はかかるんじゃねえか?」
なら誰も来てくれないわけだ。
納得しつつマルカは、大きな息をつき一人ごちる。
「……それなら、どこか近場の癒しスポットにでも行ってきましょうか……」
そこでいきなり背後から肩を叩かれた。
「こんにちはー! 恋してますか~?」
振り向けばそこにいたのは、サーフボードに乗ったサキュバスの少女。リナリス・リーカノア(ka5126)
身を覆うものはマイクロビキニのみ。あらわな肩甲骨から生えているのは悪魔の翼、小さなお尻から生えているのは悪魔の尻尾。
「え、あの、あなたは?」
「ん? あたし? あたしはバーチャルライバーのリナリスです♪ チャンネル登録者は200万超。そうだよね、みんな♪」
と言ってリナリスは、あどけなくもなまめかしい流し目を虚空に向ける。
するとどこからか、熱っぽく湿っぽく脂ぎった歓声が聞こえてきた。
『うおおお、リナたん!』
『愛してるよー!』
『萌えー!』
『オレの嫁-!』
「うふふ、ありがと! あたしもみんなのこと愛してる♪」
投げキッスを虚空に放つリナリスに、マルカが問う。
「あの、今の声はどこから……」
「現実世界からだよ♪」
そこでしげしげサーフボードを見ていたブルーチャーが、声を上げた。
「おい、お前こりゃもしかして、仮想世界間自在移動装置じゃねえのか? 購入額が億単位とかいう超絶激レアアイテムの」
「あったりー。おじさん物知りだね♪ あたしのファン、たくさん投げ銭してくれるいい人たちばかりなんだ。ところでマルカさん、あたしの耳が確かなら、今癒しスポットに行きたいって言ってたよね?」
「はい。どうせ眠れませんしやることもありませんし……」
「じゃあ、あたしと一緒に来ない? 今丁度、仮想世界紹介チャンネルやってるからさ。次に向かうのは、仮想世界で知る人ぞ知るパワースポットだよ♪」
●我ら、スパイトリオ
ここは仮想世界『ライブラリ都市・コアシティ』。
各仮想世界の情報を集積し、検索するために作られた世界。
ここにはリアルタイムで各仮想世界の情報が詰まってくる。
だが閲覧出来るのは、そのうちのほんの一部。
各世界の非実在スパイはそれ以外の隠された情報を求め、日夜この都市で鎬を削っている。
メイム(ka2290)が身を潜めているのは、薄暗い路地。少し離れた位置に、今回のターゲットであるビルが見える。
彼女は桜型妖精・あんずにファミリアズアイをかけ、言った。
「あんず、セキュリティの注意を引いてきて」
あんずはビルの周囲に取り付けられた監視装置に向かい飛んでいく。
それと同時に天竜寺 舞(ka0377)が、素早くビルの裏壁を駆け上がった。
死角となっている窓を音もなく破り、内部に潜入。
廊下の天井に足をつけ、身を潜めつつ進んで行く。
耳にかけたイヤホンから聞こえてくるのは、ビルの外に待機している天竜寺 詩(ka0396)の声。
『お姉ちゃん、その先にある通路はフェイクだよ。ひとつ手前のブースに戻って選択操作しないと、次に進めない』
「了解」
警報が鳴り始めた。
これ以上の撹乱は危険。舞も潜入を果たしたことでもあるし、ということでメイムは、あんずを手元に呼び戻す。
彼女ら3人が狙うのは、アイテムコード(管理者権限つき)。通常別ワールドに移動出来ないアイテムをチートコピーし移動出来るという代物だ。
●年の初めのためしとて
ここは仮想世界『ヤオヨロズ』。八百万の神様が蔓延る、日常系和風ファンタジーな世界。
その中にあまたある神社のうちの一つが、神主キヅカ・リク(ka0038)の治める加農神社。
加農神社は、けして大きくない、いやむしろ小さいほうの神社。
だけど、集客力は抜群に高い。プレイヤー人気ランキングでも、毎回上位に入っている。
その理由をリクは、スタイルがよくてとてもかわいい羊谷 めい(ka0669)が神社の巫女であるからだと見ている。
実際その見方は正しい。彼女宛てにファンレターが送られてくることは、実に多いのだ。奉納絵馬に恋情を書き連ねる図々しい奴も、たまにもいる――リクが発見次第、他の絵馬の下に追いやっているが。
それはそれとして本日加農神社は早朝から、神様や妖怪、精霊、人でごった返している。
なぜかと言うに、今日が元日だからだ。
よき年を迎えるためひとつ祝詞をお払いを、という依頼、ひっきりなし。
そんなわけでリクは大晦日の真夜中から祝詞を唱えっぱなし。
「――諸々禍事罪事穢を祓い給え清め給えと白す事の由を天津神国津神 八百万之神等と共に 天の斑駒の耳振り立て所聞食と畏み畏み白す――」
いい加減のどがガラガラになってきている所、社の裏山に住んでいるカラス天狗たちがやってきた。
「神主殿、新年あけましておめでとうございまする」
「おー、おめでとう。今年もよろしくな」
「こちらこそよろしくお願いいたしまする。ところで神主殿、先程から不埒なばあちゃるらいばあなる者が現れて、神殿のご神体をイジリ回しておりまする」
「えっ!? そ、そりゃまずいな」
お守りのぴょこ様ヌイグルミ(黒)を抱いたマルカは、いい感じに年ふりた鳥居をくぐり、加農神社の境内に入る。
「こんなに混雑しているとは思いませんでしたねえ……」
と同意を求め隣を見るも、そこにいるはずのリナリスは姿を消していた。
どこに行ったのかと慌てて探せば、拝殿の裏手にいた。
そこには注連縄の張り巡らされた空間があり、その中に。
「……巨大海苔巻き……?」
とマルカが誤解するモノがそびえていた。
サーフボードを抱えたリナリスがそれに跨り、自撮りしている。
「みなさーん、これがうわさのパワースポット、加農神社のご神体、キヅカキャノンだよ♪ 見ての通り、黒くて太くておっきいんだよ♪」
巫女のめいが、リナリスをしきりに止めようとしている。
「降りてください! 危ないですから!」
神主リクもやってくる。
「お客さん、ご神体に乗っちゃ駄目ですって! 降りて、降りて! うちのご神体は無用に刺激すると――」
次の瞬間ご神体が轟音を上げた。
リナリスがサーフボードごと天高く吹き飛ばされ、星になる。
とりあえずマルカはお参りを済ませてから、自分一人で癒しを探すことにした。
●少女R
ここは仮想世界『Conquer』。モノポリー的対戦型文明発生ゲームの世界。
1日1ラウンド、1月で1章進むサイクルになっている。
1章で島、2章で大陸、3章で星の覇者になるのが目標。
1月分の行動予約が可能なので、現実世界が忙しい人も問題なく遊べる。入力以外の時間は文明の発展具合に合わせ、苛烈だったりのんびり過ごせたり。
フィロ(ka6966)は2章以降、居所に摩天楼を選んだプレイヤーに割り当てられるメイド。
主人のお世話をする他、ゲームの進捗状況を逐一知らせる役割も担っている。たとえばこんな風に。
『フィロ、3日前着手した諸島エリアにおける水利権買収はどうなっているかな』
「順調でございます、ご主人様。主要水道事業社の株式76パーセントが、あなたのものになりました」
『おお、そうか。なら吸収合併も目前だな。次は西部エリアを狙おう。いやその前に風呂に入ろうかな』
「浴室の準備は出来ております、行ってらっしゃいませ」
主人は貫禄一杯に大股で、宮殿のごとき大広間から出て行こうとした。
刹那フィロが、すっと主人の前に出る。
『どうしたんだ、フィロ』
「不法侵入者が現れたようです。ご主人様、大事を取って一時退避をお願い致します」
『わ、分かった』
覇者になるために他プレイヤーの足を引っ張るというのは、このゲームにおいてよくあることだ。
それから自分の担当するプレイヤーを守るのもまた、メイドたるフィロの仕事。
主人が場から消えると同時に、1人のキャラクターが現れた。
非実在者。可憐な銀髪のエルフ少女。
彼女は、『エルフランド』の住人エルバッハ・リオン(ka2434)――だったもの。
未知の異世界から仮想世界へ降りてきた複数の対邪神兵器と融合し、別の何かに成り果てているもの。
そうとは知らないままフィロは、装備されている武器『星神器』を彼女に向け構える。
「何物です」
リオンの口元が緩んだ。
直後その背中から無数の触手が飛び出す。
フィロが仕掛けた。刃の一閃によって触手が千切れ飛ぶ。が、瞬時に復活しフィロの周囲を包み込む。
「あなた」「知らない?」「この子」「裏切り者」「殺す」
フィロの脳内に見たこともない少女のイメージが浮かぶ――黒髪、お下げ、色の濃い肌、黒い瞳、屈託のない笑顔。
頭にキリを刺されるような痛みに思わず膝をつき、呻く。
「知らない」「みたい」「ですね」
リオンは唐突に姿を消した。出てきたときと同じように。
●癒されるう
ここは仮想世界『あにまるのどかぐらし』。
ねこじゃらしに包まれた猫集会にうってつけな、町外れの空き地。
常にマタタビ酔いしている金毛チンチラ系猫獣人ディーナ・フェルミ(ka5843)は、いつもそこにいる。雨の日もいる。三段重ね土管の一番上、その中へ、濡れないように避難して。
今日も「……にゅふふ」と口をむにゅむにゅさせながら、幸せそうにお昼寝。
それが今日は珍しく起き上がり、動き出した。
「ねーこ、ねーここ、ねーこっこー、猫ねこネーコ、ねーこっこー」
右にゆらゆら左にゆらゆら千鳥足でたどり着いたのは、閑古鳥の鳴く百貨店の前。
そこには、アニマル住人たちをうっとりした目で見つめるマルカがいた。
「こんにちはー」
「あっ、こ、こんにちは」
「マタタビあげるの、どーぞ」
「え? あの、ええっ、いただいていいんですか?」
「いいのー。ディーナのマタタビイベントは、眠りたいのに眠れない人が出たときのみ発生するのー」
と言ってディーナは、にゅふにゅふとマタタビをかじり始める。
匂いに引かれた猫獣人たちが集まってきて喉を鳴らし始めた。
それを見てディーナも目を細め、ごろごろ。
「にゅふん、お猫さまいっぱいなの幸せなの」
その場に転がり皆と一緒に、またお昼寝。
通りに溢れた昼寝猫の集団によって、たちまち町の交通がマヒ。
町のお巡りさん(なぜか犬ばかり)たちがやってきた。
「こら君たち、動いて、動いて!」
「通行の邪魔だよ!」
しかし猫たちは動かない。仕方ないのでお巡りさんたちは、一人一人道の脇に運ぶこととした。
無線で村のお巡りさんに支援を要請。
「もしもし、タホ巡査? 交通整理の応援に来てくれたまえ。マタタビ障害によって交差点が封鎖されてしまっているんだ」
携帯を持ったニケが、その前を通り過ぎて行く。
「あ、ナルシス? あんたちゃんと仕事してんでしょうね」
ここは仮想世界『孔雀館』。
「してるしてるよしたくないけどしてるよ。うるさいなあもう切るよ」
「ナルシス君、誰から電話?」
「僕の姉さん。別のゲームにいるんだけどさ、うるさいのなんの」
そんな会話をナルシスとしていたマリーは、急にぎくっとした顔になった。
「どうしたの、マリーお姉さん」
「いえ、ちょっと……」
と茶を濁しはしたものの内心戦々恐々。何故なら視線の先に、リオンの姿があったからだ。
何かを探すかのようにようにきょろきょろしている。
こんなところで散財している姿を知り合いに見られるのは、気マズイことこの上ない。ゲーム内では清純派で通っているのだ、一応。
(え、で、でもさっきまであの席誰もいなかったわよね……)
どきどきしながら横目で様子見するマリーは、再び驚く。
リオンの姿が一瞬のうちに消えたのだ。
「え?」
その現象に対する考察をじっくりする間もなく、すこぶる騒がしいのが店に入ってきた。
「キャノンにちょっと飛ばされたけどふっかーつ♪ ここは孔雀館、イケメンイケメンまたイケメンな夢の園だよー♪」
リナリスである。
「ねえ、ホストのおにいさん、店内撮影おっけー?」
「お客様のプライバシーが守られるようにするなら、いいですよ? うちは客商売ですから、広報になる取材は願ったりです」
「りょーかい♪ じゃあそういう感じに画像調整しとくね。あれ、そこにいるのもしかしてマリーさん?」
店内に入ったリナリスはソファの後ろに隠れようとしたマリーを目ざとく見つけ、突撃した。
「ねーねー、声も変えてるし顔もモザイクかけてるから質問に答えてよ。今穿いてるパンツは? 200万人があなたの恥ずかしいとこを見てますよ~♪」
「なんなのあんた、いきなり失礼じゃないの! セクハラで訴えるわよ!」
「お姉さんのは黒のレースだよ」
「えっ本当? 意外ー♪」
「何で教えてるのよナルシス君!」
「いや、流れ的にそうした方がいいのかなと思っ――あいたたた!」
一部が紛糾する店に新たな客。
「憩いの場よ、私は今宵も帰ってきたのです!」
ハナだ。気合が入ったカクテルドレス姿である。
機を見るに敏な殿堂入りホストたちが即、迎えに出た。
「いらっしゃいませ、女神様」
「キミのことずっと待ってたよ、ハナちゃん」
どストライクな容姿のイケメンに出迎えられたハナは、日頃のストレスがきれいに拭い去られるのを感じた。
迷わず一番いい席につき、声を張り上げる。ワイングラスを掲げて。
「ドンペリあるだけじゃんじゃん持ってくるですぅ! 無礼講なのですぅ!」
「はい、ドンペリ入りましたー!」
「入りましたー!」
この場において彼女は駄女神ではない。堕女神である。
●全ての市民はEQUALである。
ここは仮想世界『EQUAL』。
今は夜。
通りを歩いているものは誰もいない。
この時間市民は家で休むことが推奨されているのだ。下手に出歩いて見回りの警官にでも出くわしたら、不審行動者と受け取られかない。そうなると後が厄介だ。
まあ仮にその危険がなかったとしても、やはり誰も出歩かないだろう。EQUALには18時以降開いている商店というものがないのだ。市民の足である電車も、地下鉄も、動いていない。市民の休息を邪魔しないようにというMAGOIの心遣いである――と、当局は言う。
静まり返ったガード下。
回廊のように立ち並ぶ橋脚には『MAGOIはあなたを見守っている』という文字だけのポスターが、延々と貼られていた。
コツコツと足音。
目深に帽子を被ったレイア・アローネ(ka4082)が通りがかる。
彼女はしばしポスターを見つめた後。
胸に去来するのはマゴイに対する愛憎と、自分が過去に所属していた研究チーム内でのやり取り。
――誰しも公平で平等な社会運営がされることを望んでいる。だが人は人として生まれる限り万人に対し平等であることが出来ない――
――AH(Artificial humane)を作ろう。誰とも血の繋がりがないまっさらな存在なら、万人に対し平等であることが可能だ――
――それに教育を施し統制機構の核にしよう。そして、社会運営の手伝いをさせよう――
私たちは馬鹿だった。
私は馬鹿だった。
あんなことはしてはいけなかったのだ。
苦い悔恨を噛み締めながら、ポスターに手をかけ引き裂く。
警報が鳴り響く。
ポスターの下から有機スクリーンが姿を表した。
そこに映し出されているのは端正な女の顔。長い黒髪、白い細面、切れ長の黒い瞳。
彼女は忌まわしそうにレイアを見る。
『……政治犯レイア……まだEQUALにいたの……』
「当然だ。お前が言ったのだからな『私が道を違えた時は 貴女が私を殺してください』と。それまではここに居続けるさ」
『……そんなこと私は言っていない……全然覚えがない……』
「そうだろうよ、お前は実際何もかも忘れたからな。機構に組み込まれた瞬間に、それまでのことをすべて――」
多数の足音。警笛。
女は前後から現れた思想警察を隠し持っていたビームガンで撃ち抜き、脱出する。吼えながら。
「ああ、待っていろマゴイ。私はお前の親友だ。今、お前を殺し(むかえ)にいく!」
町の一角。
建設現場付近の小道に留め置かれた大型トラックの中。
反マゴイ同盟の一員、トリプルJ(ka6653)がタバコをふかしながら、傍受無線に聞き入っている。
『――で――思想犯罪発生――れいあ――ろうね――速やかに現場へ――』
ハンドルに足をかけた格好で彼は、後部荷台にいるプレイヤーたちに話しかけた。
「俺様を選ぶたぁ見る目があるぜ」
『いやいや、俺たちを選んだお前こそ見る目があるぜ』
『お前はたまに大ポカやらかすからな。尻拭いが出来る優秀な仲間は、どうしても必要だろう』
「……言ってろ」
減らず口を仲間と叩き合っていた彼は、急遽口をつぐむ。
護送車両が列をなし近づいてくる音が聞こえてきたのだ。
「何人助けられるか競争だな」
彼は、運転席の下を開け鉄爪・インシネレーションを取り出した。
背後では仲間たちが短銃、ライフルやマシンガンで武装する。
『J、お前も1つは遠距離攻撃アイテムを持ったらどうだ』
『毎回思うが、近距離武器だけだとリスクが高いぜ』
『何か理由があるのか?』
Jは、タバコをもみ消しつつ答える。
「射撃より操縦や殴り合いが得意なだけだ」
Jはアクセルを踏んだ。小道から大通りへ急発進する。
先頭の装甲車に体当たりし行く手を塞ぐ。
その時、建設現場のライトが一気に点灯した。
スピーカーからいっせいにがなり声が飛び出す。
【思想犯罪発生・発生・発生・最重要思想犯『反マゴイ同盟』の所属者を確認・確認】
そこかしこから重武装の思想警察が姿を表す。
どうもどこからか、襲撃の情報が漏れていたらしい。
Jは運転席から飛び出す。高速機動銃の一斉射撃を、腕に仕込んだエレクトロンシールドで防ぎながら。
「いいぜ、戦闘開始といこうじゃねえの!」
鉄爪が思想警察の喉笛を、次々に裂いた。
どこかで警報が鳴っている。
ルベーノ・バルバライン(ka6752)は、おろおろしているプレイヤーに向け肩をすくめた。
「ようこそディストピアEQUALへ。ここをディストピアと思うからこそ、お前は此処に来たのだろう?」
意図的あるいは無意識的に政治犯・思想犯となったプレイヤーの手助けをするのが、このゲームにおける彼の役割だ。
今このプレイヤーは思想犯イベントを起こした。だから、助けなくてはならない。少なくとも初日の就寝までは。
『ええ、その、知ってますけど私何かしました? 特に体制に反することはやってないはずなんですが』
プレイヤーの背後には閉められた扉。
その向こう側から抑揚のない声が呼びかけてくる。
「市民3764748、速やかにここを開けなさい」
「こちらは警察です。任意の動向を求めます、市民3764748」
部屋の一角には有機スクリーン。
そこに映し出されたニュースキャスターが呼びかけてくる。
『市民3764748、扉を開けなさい。あなたは思想犯罪を犯した疑いをかけられている。あなたは思想統制局によって保護され、教育を受ける義務を負う』
ルベーノは人の悪そうな笑いを受かべ、部屋の隅にあるノートを指さした。
「原因はあれだ。お前は日記をつけようとしただろう」
『え、ええ。日記というか覚書を……逐一得た情報をメモしておけば、プレイしやすくなるかと思って――それが駄目なんですか?』
「駄目だな。AQUALのスローガンは『共有・均等・安定』だろう? 市民全体が閲覧共有出来ないやり方で記録文書を作成しようとすること、それ自体が罪だ」
扉の向こうからの呼びかけが止まり、蹴り破ろうとする音に変わった。
「まあ、続きは後だ。とりあえず早いところ、ここから逃げなくてはな」
「はーい、ここが『EQUAL』の中枢だよー♪ 古参プレイヤーでも滅多に入れない場所なんだー。暗号化がすごすぎて映像一切送れないのが惜しいなー♪」
と言いながらリナリスは、銀色に光るサイバー色豊かな一室を見回した。
四方の壁と天井から伸びた無数の管が伸び、中央に腰掛けているマゴイの体に接続されている。
『……どなた……この世界のキャラクターではないわね……?』
「うん。あたしは、バーチャルライバーのリナリス。早速だけどマゴイさん、インタビューいいかな? 今履いてるパン――あ、ごめんよく見たら裸だ♪ あれかな、マゴイさん家の中では服着ない派?」
『……ええ……コードが絡まるもとになるから……どのみち外には出ない設定だしね……ところであなた……ここに来たのも何かの縁なので……市民になるつもりはない……? 容量が増えた今……EQUALは新たなNPCも募集している……』
いきなり熱心な勧誘を始めるマゴイ。
リナリスは視線をそらす。
「うーん、どっかなー。あたしにはこの世界観合わないと思うんだよねー」
しかしマゴイは引く様子がない。
『……まあそう言わず……住んでみれば……ここがとてもいいところだと実感出来るはず……衣食住完備……週休二日……自然環境に配慮した街づくり……』
本格的な解説がくだくだしく始まる前にリナリスは、逃げた。
「ごめん、次のイベントの予定時間あるから失礼するよ。じゃあまたねー♪」
●ここはこどもの国です
ここは仮想世界『ようこそこどもの国』。
推奨年齢6~18歳の、学齢児童向け社会学習ゲームの世界。
職業体験型テーマパークな子供から見た大人の仕事のミニゲームをする、まったりワールド。
マリィア・バルデス(ka5848)はそこにおける、チュートリアル兼保母キャラの1人である。
「今日もお勉強に来たの? えらいわね? 今日は何を勉強するのかしら」
『えーとね、えーとね、今日はぼく、消防士のおべんきょうしたいなー』
「そう。じゃあ早速やってみましょう!」
プレイヤーの男児と手を繋ぎ、目的のブースまで案内。
その途中には色んな商店があった。
魚屋さん、八百屋さん、お肉屋さん、パン屋さん、ケーキ屋さんにお花屋さん、レストラン、雑貨屋さんetc。
どの店もマリィアのような案内役のお姉さん、お兄さん、そしてプレイヤーの子供たちでいっぱいだ。
「そうそう、クリームを絞ってイチゴを飾って……上手ねー」
「お客さんに渡すときには、笑顔でね。ありがとうございました、また来てねって言うの。はい、良くできました」
「うんうん、間違えず注文がとれたね。きみは最高のウェイトレスだ」
基本どのNPCも、仕事の出来栄えをけなすことはしない。そこまでリアルにしたらプレイヤーは喜ばない。
ウー、ウー、と丸みを帯びたサイレンの音が聞こえてきた。
子供の身長に合わせ作られたかわいらしいビルが燃えている。 消防士の衣装を身につけた子供たちがホースを抱え、その窓へ水をかけていた。
窓の表面には点数が浮かび上がっている。近いものは低く、遠いものは高い。
「わあ、大変! 早速火事が起きてるわ! 消防士さん、早くみんなと一緒に火を消して!」
マリィアがそう言うと男児の衣装が、たちまち消防士のものに変わった。
『うん、わかった! ぼくがんばる!』
プレイヤーが他の子供たちと一緒に火を消し始めるのを、温かく見守るマリィア。
そこへリナリスが現れた。
「はーいみんな、ここは『ようこそこどもの国』。別名仮想キッザ●アだよ♪ 嫌な同僚も上司もいない、ノルマもない、理想の職場ばかりだよ♪」
手早くゲーム紹介を終えた彼女は、早速近くにいたマリィアに話しかける。
「こんにちはー♪ 胸のサイズは? 最後にキスしたのはいつ? 相手は?」
マリィアは人差し指を立て、左右に振った。
「うふふ、それは秘密の設定。だから答えられないの。ところでお嬢ちゃんはどこから来たの? このゲームのキャラクターじゃないわよね? 不法滞在非実在者ならお姉さん逮捕しちゃうぞ♪」
「あれ、意外と威圧的♪」
「このゲームは学童推奨なんだから、年齢制限コードに引っ掛かるような発言はしないでね? もししたとしてもピー音で消されるけど」
リナリスは周囲を見回し、ホース射撃で高得点を叩き出している子――マリィアが担当している男児――に目を留めた。
「ふーん。でもさー、明らかに学童の年齢じゃないプレイヤー交じってるよね。今マリィアさんが手引いてたあの子、実年齢よんじゅ――」
余計なことを言いかけたリナリスにマリィアは、隠し持っていた黄金拳銃を突きつけた。
「なんのことかしら。ここはこどもの国だからこどもしかいないのよ?」
「わー、大人の事情ー♪」
非実在者たちがそんなやり取りを交わしているところ、プレイヤーが戻ってきた。
『おねーさーん、ぼくやったよー! 100点とれたよー!』
マリィアはさっと銃を隠し、駆けてくる男児に微笑みを向ける。
「凄かったわ。貴方消防士に向いてるんじゃないかしら」
腕に飛び込んできた相手の頭を胸に押し付けるようにし、優しくハグ。
『こどもの国』は子供の学習用に作られたゲーム。しかし大人が「俺の仕事ってこう見えてんのか、コンチクショ―!」とやさぐれながら高得点を叩出したりするゲームでもある。
プレイヤーの実年齢が大人だと過疎対策でNPCお姉さんズの行動が微妙にエロくなる……らしい。
●未知との遭遇
ビル内部に潜入した舞は、妹とメイムのアシストを受け首尾よシークレットルームにたどり着いた。
箱型のスーパーコンピューターが、墓石のように立ち並んでいる。外部との繋がりばかりか、お互い同士でさえ連結していない。
「スタンドアロンは厄介だね」
ぼやきながら舞はタブレット端末を取り出す。
その時何かの気配を感じた。
反射的に身構え、気配がした方に体を向ける。
するとそこには、銀色の髪の少女がいた。
背中から数限りない触手が飛び出している。
「!?」
床を蹴って天井に張り付き、距離を取る舞。
触手が次々とコンピューターに絡まっていく。
「見つけた」「あの子がいる場所」「分かった」「こんなところに」「今度こそ」「いろいろ」「弄んでから」「殺してあげます」
けたたましい笑い声と一緒に少女の姿が消えた。
呆然とする舞は、妹からの通信によって我に帰る。
『お姉ちゃん、応答して、お姉ちゃん!』
「あ、ああ、何、詩」
『今タブレットに正体不明のエラーが出たの。まあ、すぐ直ったんだけどさ――何かあった?』
「いや、うん、あるにはあったけど……まあ、後で話すよ。まだデータ取ってないんだ――」
お巡りさん仲間の要請を受け町までやって来たカチャは、早速猫住民をキャリーに乗せ、運搬のお手伝い。
「あれ、ディーナさん? こんなところにいるなんて珍しいですね」
「にゅふふ、今日は特別なの。この人がマタタビイベントを起こしてくれたから~」
自分では動く気持ゼロ。されるままキャリー積まれたディーナは、マルカを指さした。
「あれ、よその世界の方ですか?」
「……はい……眠れなくて……でも今すごく癒されてます……もふもふ最高です……」
「はあ、そうですか。まあ、よかったです。この世界は訪問者が癒されることをコンセプトにしてますから」
と言いながらカチャは、ディーナたち猫住人とマルカを乗せたキャリーを押して行く。
そこでいきなり彼女の足元が崩れた。
緑色の触手が電光石火の早業で飛び出し、カチャを搦め捕る。
「ア゛ーーーー!?」
悲鳴を残し引きずり込まれるカチャ。
崩れた地面が、また閉じる。
ディーナは首を傾げ考え込んだ。
「こんなところにタコさん住んでたかなあ……?」
でもすぐ止める。
「難しいことは他の人が考えるのお任せなの、にゅふふ」
ところでほとんどの人が気づかなかったが、マルカもいつの間にかその場から消えていた。
●二人の別世界
参拝客もはけ、日が落ち、一番星が光る。
加農神社は夕飯の時間。
お品書きは、ご飯、肉じゃが、玉子焼き、小松菜のおひたし、かぶのお吸い物。
「リクさん、どーぞ。あまり大したものはないですけど……」
恥ずかしげに言うめいにリクは、ぶんぶん首を振る。
「ううん全然そんなことないよ、完璧だよめいちゃん」
ちゃんと美味しいご飯をこんなかわいい子が作ってくれる喜びを噛み締め、食べ始める。「おいしいよ」を連発して。
それを聞いて、めいはうれしかった。
だって大好きな人には元気でいてほしいから。そのために、愛情込めて一生懸命作ったから。
「そうですか? えへへ」
そこでリクが、はたと箸を止める。
「そうだ、昨日から忙しくて、まだ言ってなかったよね。あけましておめでとうございます。今年もどーぞよろしく」
「あ、そういえばそうでしたね。あけましておめでとうございます。よろしくお願いいたします、リクさん。……私、今年もこのお社にいて、いいですか?」
「もちろんもちろん、いつまでもいていいよ! ずーっといていいよ、めいちゃんさえよければ僕は!」
めいが目を丸くした。
自分の口調があまりにも性急かつ前のめりだったことに気づいたリクは、照れ隠しに頭をかく。
「あ、うん、その、いてください。正直うちの神社めいちゃんがいないと回らないんで……お願いします」
めいは袖で口元を隠し、ふふっと笑った。
「はい、います」
彼女は幸せ。彼も幸せ。いつも一緒にいるけれど、今はお互いに向き合う貴重な時間。キラキラしてて、くすぐったくて、あったかい――当り前で貴重な時間。
まるで夢のような。
●任務完了
『データゲット。今から戻るね』
舞からの通信にほっとするのもつかの間、タブレットに映し出されているビルの見取り図の至る所に、赤い点が現れる。
詩は急いで姉に、警告を発した。
「お姉ちゃん、見つかった!」
それから別場所に待機しているメイムに、支援を要請した。
『メイムさん、アシストお願い!』
「アイサー。逃げ道確保しておくよ」
詩との交信状態を確保したままメイムは、現界せしものを発動、祖霊である熊の幻影をまとい巨大化する。
破格の膂力でビル壁の数箇所に穴を空け、今度は天翔かけるものを発動。不可視の翼で一気に隣のビルの屋上まで飛ぶ。
ライフルにデスピアを装填し、銃口をはるか下、先ほど自分がこじ開けてきた脱出口に向ける。
そこにはビルディングの防衛プログラムであるガードマンズが、何もない空間から次々わいて出てきていた。
「早く脱出してよ舞さん、あいつら時間が経つほど分裂増殖する仕様だからねー」
「ドロボー!」「ドロボー!」「タイージ!」
黒スーツに黒眼鏡をかけたコボルド・ガードマンズが、シークレットルームに次々なだれ込んできた。
舞は絶火剣を構え、ガードマンズの銃をかわしつつ、次々切り伏せて行く――峰打ちで。
どうにか部屋の外に出れば、今度はヘルメットに盾、こん棒といった機動隊スタイルのガードマンズが、前後から押し寄せてくる。
「ドロボー!」「ドロボー!」「ヤッツケル!」
迫力に乏しい姿形をしているが、ガードマンズのポテンシャルは高い。攻撃が当たれば結構ダメージが来る。
「ああもう! こんだけの数どこに隠れてた!」
どうにかそこから抜け出した舞は、詩のアドバイスを受け最短ルートで、メイムが作った脱出口までたどり着く。
そこを出た先には――これまで以上の数のガードマンズ。
組体操よろしく三段四段と積み重なり行く手を遮っている。
「「ドロボー!」」「「ドロボー!」」「「ニガサナーイ!」」
「増え過ぎだろ!」
息を切らしつつ剣を構える舞。
次の瞬間ガードマンズのピラミッドが総崩れになった。メイムがデスピアで狙撃したのである。
詩がバイクで現場に駆けつける。
舞がその後部座席に飛び乗る。
そこへメイムが舞い降りてきた。
舞は苦笑し、彼女に言う。
「メイムさん、見せ場取らないでよ」
「ごめんごめん。でも見せ場はまだあると思うよ? この後はシティから脱出しなきゃいけないんだし」
バイクが急発進する。
鼻を噛み目薬を差しなんとかコンディションを戻したガードマンズが、追いかけてくる。
「「ニゲルー!」」「「ニガサナイ!」」「「ツカマエルー!」」
詩はサイドミラーごしに彼らの姿を確認し、呟いた。
「死ぬな殺すな」
虹色の翼が彼女の背から広がる。白竜の翼だ。
その効果受けたガードマンズは混乱を起こす。
「「ドコ?」」「「ドロボー?」」「「ダレ?」」
その間に彼女らは、無事逃走した。
●ゆがむ
キツネのニケは舞から受け取ったデータチップを手持ちのPADに差し込み、内容を確認した。
「確かに注文していた通りのデータですね。ありがとうございました。ご苦労様です」
「大変だったんだからギャラ弾んでね」
との詩の言葉に、もちろんですと肯首する。
「あなたがたはそれだけの仕事をしてくれましたからね。ボーナスを別枠でつけときましょう」
彼女が素直に応じてくれたことで、うかつにも詩はほっとした。
しかしメイムは取引相手に対し、警戒を怠らない。
「ボーナスってもちろん、汎用性が高いウェブマニーでつけるんだよね? のどかぐらし内の通貨じゃなくて」
ニケの白い柔毛に覆われた口が、ニヤリと上向く。
「いいところに気づかれましたね。それでは仕方ありません、ボーナスはウェブマニーでお支払いしましょう」
このキツネ全く油断ならない。
思いながら舞は、町の様子に目をやる。
「ねえ、やけにお巡り多くない?」
「ああ、ちょっとマタタビによる交通障害が起きまして。それと巡査が一人、正体不明の穴に落ちたそうです。バグが起きたのかもしれませんね」
なるほど、確かに犬のお巡りさんたちは手に手にシャベルを持ち、せっせと道を掘っている。
「オーイ、タホ巡査ー、どこにいるんだー」
「返事しろー」
移動装置で『あにまるのどかぐらし』に移動してみれば、そこは巨大な地下通路。
「あれ? こんなステージ『のどかぐらし』の中にあったっけ?」
一人ごちつつリナリスは、とりあえず進む。
すると行く手からキャンキャン声が。
「――やだやだやだやだ! あーっ!――」
声の感じからするに、どうやらすごくエロ――もとい大変なことが起きているらしい。
期待に胸膨らませつつ向かって行った先には、植物とも動物ともつかない触手が空間一杯に蠢いていた。
その中心にリオンがいる。
「早く殺す」「いやまだ」「もっと弄んで」「思い知らせて」「裏切り者」「まだ」「足りない」「もういい殺せ」「まだ」
分裂気味になっている彼女の正体とか目的と、リナリスにはとてつもなくどうでもよかった。
そんなことより触手で(検閲)と(検閲)を(検閲)されて(検閲)(検閲)(検閲)(検閲)いる犬っ娘カチャの姿に目が釘付け。
頬に両手を当て、顔を染める。
「……やだ、可愛いワンちゃん♪ タイプ♪」
リナリスは移動装置の機能を全開にし、吊り上げられているカチャに向け光速で跳んだ。
「そのワンちゃん、あたしがも-らいー!」
千切れた触手をまきつけたカチャをひっさらい、そのまま別の異世界へ移動する。
この割り込みにリオンは激怒した。
自分の中にある対邪神決戦兵器としての力を全開にしその後を追いかける。
彼女自身は意図しなかったが、その力の余波によって、仮想世界間に横たわる障壁のみならず、現実世界と仮想世界における境界をもねじ曲げ、ひびを入れた。
それだけ彼女の存在は、桁外れなものになっていた。もうすでに対邪神兵器ではなく、邪神とさえ呼べるくらいに――。
●つながる
「――はい。本日は良い鴨が手に入りましたので、少々変わったコースを組ませていただきました」
『そうか。楽しみだなあ』
「ご主人様、そろそろ本日の行動のお時間です。予約行動のままでよろしいでしょうか、それとも行動を入力なさいますか?」
『そうだなあ……予約行動のままで』
「かしこまりました。それでは準備致します」
フィロはマッサージ台で気持ち良さそうに寝そべる主人にそっと毛布をかけ、セーブルームに向かった。予約行動確定の継続を入力するためである。
彼女はふと窓に視線を向けた。そして二度見した。
一体どういうことなのか、空から無害そうなぷよぷよのスライムが、規則正しく列を成し降ってきている……。
「……何かサーバートラブルが起きましたでしょうか」
眉を潜めるそこに、ぐだぐだした会話が聞こえてきた。
「あれ、ここどこお?」
「しんないわよぉ。あんたこそなんで知らないの、女神でしょお」
「知るわけないじゃん、女神っつったってゲームの中だけの駄女神だもん、あんたこそなんでわかんないのぉ、森の妖精エルフでしょお、汚れまくってるけどぉ」
「うっさいわねぇ、あんただって汚れでしょお」
廊下の向こうから酔っ払いが2人歩いてくる。
それこそは誰あろう、『孔雀館』で飲み明かしていた、マリーとハナであった。
☆
EQUALに朝が来た。
ルベーノはアジトに匿っていたプレイヤーへ、地図を渡した。それには、思想警察が巡回する時間、相手が所有しているアイテムの性能、また極秘理にアイテムを得られる場所などが事細かに明記してあるのだ。
「今日は安全だが明日のここが安全かは分からん。明日は地図を見て自分の行き先を決めるがいい」
『うう……自信ないなあ。僕この世界でまだ知り合いとか出来てないんですよ……もう少し一緒にいてレクチャーしてくれませんか?』
「俺には次の仕事がある。生きていたらまた会おう」
甘えるなという意味を言外に含ませ相手を突き放した彼はアジトを離れ町へ出て行った。
朝日に照らされている白いピラミッドを見上げ、複雑な表情で呟く。
「マゴイよ。市民のことはさておき、お前自身は幸福なのか?」
それから足を速め、反マゴイ同盟のアジトに向かう。
そこにはJとレイアがすでに戻っていた。両者怪我をしている。同盟側のプレイヤーも減っているようだ。
「今回は黒星か」
その問いに対して、Jはあくまでも強気に答える。
「いや、引き分けだ。向こう側のプレイヤーも多数重体をくらって、ログイン不能になっているからな」
レイアは無言だ。
そこに仲間から、緊急無線が入ってきた。
『おい、大変だ――なんか知らんが、明らかに世界観違う連中が町に現れたぞ――』
『……ン?……』
マゴイは首を傾げた。
町に、これまでにはいなかったNPCが大勢出てきたのだ。プレイヤーも。
『……EQUALの市民志願者かしら……』
それなら喜んで登録するので、ここに来てもらわなければならない。
ということでマゴイは、思想警察に通達を出した。
『……見慣れない市民がいたら……すみやかに思想統制局で保護してちょうだい……』
制服を着た男たちは、早速見つけた見慣れぬ市民に話しかける。
「我々は思想統制局のものです」
「あなた方、市民ではありませんね」
「保護しますので、我々と一緒に来てください」
それに対してディーナは、口をむにゅむにゅさせるだけだった。
「……にゅふふ」
こいつでは話になりそうもないと判断した男たちは、呼びかけの対象をニケに変える。彼女を見下ろして、言う。
「保護しますので、我々と一緒に来てください」
ニケがふふんと鼻を鳴らした。
「嫌だ、と言ったら?」
男の一人がにっこりして答える。
「言うわけがありませんね?」
そのとき男たちの背後から、舞、詩、メイムが飛び出してきた。彼女らは瞬く間に男たちを戦闘不能に落としいれ、ディーナ、ニケを背負い場を離れる。
「なんなんだこの世界!」
「見たところサイバーパンクものみたいだねー♪ あ、あそこで犬のお巡りさんたちが檻に入れられてるよ。詩さん、舞さん、助けなきゃ」
「なんでこんなところへ急に移動したわけ私たち!?」
☆
リクは心地いい朝日を感じつつ目を覚ます。伸びをして、ふすまを開ける。入ってくるのはさわやかな朝の空気。
「うーん、いい朝だ。今日も一日頑張ろう!」
と言った後彼は固まった。
なんか知らないが神社の近くに、『孔雀館』なるホストクラブの建物が出来ていたのだ。
そこからイケメンたちが欠伸しながら出てくる。
「あー、やっと仕事終わりか」
「接客業ってダリーよなー」
「早く帰って寝よ……え? おい、ここどこだ?」
「あんた誰だ?」
お前らこそどこの誰だよとリクは問いたかった。
そこに、めいが出てくる。
「リクさーん、朝ごはん……」
と言いかけ彼女も異変に気づき、絶句。
戸惑っていたイケメンたちが即座にそちらへ寄っていく。
「やあ、かわいいお嬢さん。ちょっといいかな。俺たち今すごく困ってて――」
リクは即座に割って入っていく。
「申しわけありませんが巫女に声をかけるなら僕に話を通してからにしてください?」
そこへわいわい賑やかな声。
「おねーさん、ここどこー?」
「さあ、どこかなー。おねえさんもちょっとわからないのよー」
それはマリィアを筆頭としたお姉さん、お兄さんズに率いられた、こども集団であった。
「わー、でっかいキャノンがあるー」
「乗れ乗れー」
リクは、あわててそっちに駆けて行く。
「それに触っちゃだめー!」
☆
リナリスはカチャを連れ、ハイビスカスの咲き乱れるトロピカルな海岸に降り立った。
何とか復活したカチャはよろよろ起き上がり辺りを見回し、不安そうに鼻を鳴らす。
「助けてくださってありがとうございます。で、ここ、どこの仮想世界ですか?」
「さあ。突発的にワープしちゃったからわかんないや」
「えええそんなあああ。困りますよ、私交番の仕事があるから、早く帰らないと……」
眉を八の字にするカチャに胸キュンのリナリス、抱き上げ(のどかぐらしの住人は総じて小さいのだ)なで回す。
「発情期あるのかな~?」
「うひゃああ、やめてくださいよお」
嫌がる様子に内心萌えつつ彼女は、呪文を唱える。
カチャの姿が全裸の犬娘から、犬耳をつけた全裸の少女に変わった。
「えええええなんですかこれ!」
「やだーかあいー☆ ね、結婚して一緒に暮らそう♪」
そこに突如、見知らぬプレイヤーが。
『あのーすいません。駄女神様知りませんか? プレイがうまくいかないんでアドバイス欲しいんですが……』
「知らないよ。ていうか、ここ無人島じゃなかったの?」
『違いますよ。ラブファントムの男女混合夏の合宿ステージです。ここで親密度上がれば、彼女と一線越えられるんですけど……なかなかうまくいかなくて。どうしたらいいんでしょうねえ』
早いところお邪魔虫に退散してもらいたかったリナリスは、心底ろくでもないアドバイスをした。
「襲っちゃえ襲っちゃえ。先に既成事実作っちゃえばいいんだよ。そしたら親密度は後からついてくるよ!」
☆
マルカは戸惑っていた。気づけば自分が見も知らない場所にいたので。
「え? えええ?」
なんだかえらく大掛かりな装置が周囲を取り巻いている。顔色の悪い寝不足そうな男たちが自分の姿を見て、感動し目を輝かせている。
「おお! 成功だ!」「やったあ!」
わけが分からないので、とりあえず聞いてみる。
「……あのー、ここは一体どこの仮想世界なのでしょうか?」
「ははは、ここは仮想世界じゃありません、現実世界ですよ。我々は非実在者を実在の世界に呼ぶ研究をしている者なのです」
「ええっ!?」
うそだろう、と言いたいがどうやら本当のことであるようだ。
「ここが現実……」
プレイヤーが生きている世界とは一体どんなものかと興味津々なマルカは、わくわくしながら、部屋の窓から外を見た。
……砂交じりの風が吹き荒れていて薄暗い。
修繕の行き届かないビル群がどこまでも続いている。
道路は砂で覆われて、道行く人々は大半が、防塵眼鏡やマスクで顔を覆っている。
無気力かつ退廃的な光景を前にマルカは、がっかり。
(これなら、私がいた世界の方がずっときれいです)
男たちが得意げに言った。
「我々は、数多の仮想世界をもっと身近に感じるために、あなたたちを現実に呼んで、ともに時を過ごせるようにしようとその技術を開発――」
そこで、どんという轟音。
首をすくめ何事かと再び外を見れば、勢いあまって現実世界に転移してしまったリオンが、青く光る八面体を核にした植物系巨大怪獣と化しのたくっていた。
「逃がした」「お前のせいだ」「違うお前の」「早く探せ」「仮想世界に戻れ」
どうも、自分同士で喧嘩しているらしい……。
この後マルカは現実世界にて仮想世界永久存続運動を始め、リオンが開けた世界と世界の裂け目をますます大きくする役割を担う。
そしていずれ現実世界と仮想世界を反転させてしまうこととなるのだが……それはまた別の話、別の機会にお話しするとしよう。
ここは仮想世界『ラブ・ファントム/らぶ☆ふぁんとむ』
片仮名の側は男性向けエロゲ、平仮名の側は18禁乙女ゲー。双方とも舞台は一緒。出演者と味付けのみが違う――の世界。
露出度多めな衣装をまとった星野 ハナ(ka5852)は、このラブらぶ世界における女神。
今日も彼女は「不幸にして死んでしまった」プレイヤーの前に、後光をまとって降臨。急展開な解説をかましてくる。
「今のあなたは幽霊なの。だから、ちょっと私のお手伝いしてくれたら、あなたの次の転生、チートましましにしてあ・げ・る☆(ちなみにこの『あなた』の部分は、ラブ側なら『貴方』らぶ側なら『貴女』と表記される)」
それが終わるとハート型のスクリーンに、心に傷を負った(ラブ側プレイヤーには)魅力溢れる5人の美女、(らぶ側プレイヤーには)魅力溢れる5人の美男子を映し出す。
「この人たちの生活の朝から晩まで密着し心の傷を取り除くことがあなたのし・め・い☆」
続けて以下の御褒美が待っていることを告げ、プレイヤーの意欲を煽りまくる。
「……転生先? 成功した彼女(彼)の傍も……入れてあげてもいーかなー☆」
ここからプレイヤーは美女、美男子NPCの心の傷を癒す行動を始める。
そこで相手の傷をどれだけ癒せたかによって、本番とも言うべき2章目の転生先や難易度が変化してくるという次第。
ちなみにNPCとあれやこれや出来るのは2章以降から。1章目の段階においてその手のイベントは発生しない。幽霊で肉体がないという設定なのだから当然だ。愛を盛り上げるためには、耐える時間が必要なのだ。「つーかこの1章なくてもゲーム成立すんじゃね?」なんて言っている輩は人間としての修行が足りぬ。
それはそれとして女神ハナの仕事は、第1章だけでなく2章目以降も続く。
プレイヤーが何かにつけてアドバイスを求めてくるのだ。
『駄女神様、なんか彼女がよそよそしいんですけど』
「転生したあなたは、彼女にとって初対面の人間なのよ。友好度を上げるまで前世話は控えてね。引かれちゃうから☆」
『駄女神様ー、彼が怒って口聞いてくれない』
「あらあら、あなたNPCプロフィールを確認しなかったでしょ。そこに設定されているNGワードを口にすると、好感度ダダ下がりしちゃうの。注意してね☆」
『駄女神さま、僕まだ彼女とそんな親密度ですか。判定計算間違えてないですか駄女神様』
「ごめんねー、プレゼント攻勢だけでは親密度って上がりにくいの。ここからはあなたのハートを伝えることに専念するべきよ。頑張ってね☆」
ハナはいかなる愚問珍問クレームにも、女神らしく寛容に、嫌な顔一つせず応対する。
しかしプレイヤーがいない場所までもそうだとは限らない。
本日はサーバー定期メンテナンスの日――ログインしてくるプレイヤーはいない。
というわけで彼女は遠慮なく本性をさらけ出す。
「駄女神じゃなくて女神ですぅ!」
金属バットを膝で折り、電話帳を素手で引き裂き、神殿の壁を蹴りで貫く。
最後、乙女チックに嘆き節。
「チュートリアルでもセーブでも顔合わせてるのに扱い雑過ぎですぅ……くすん」
そして着替えを始める。
「癒しを求めて気分転換してきますぅ」
ここは仮想世界『つむけす』――――いわゆる「落ちゲー」の世界。
マルカ・アニチキン(ka2542)は降りしきるスライムで一杯になった部屋の片隅で、体育座りしていた。
隈の消えない目でうつろに周囲を見回し、呟く。
「眠れない……」
彼女は『PLがスライムを消してくれなければ眠れない、不眠症の一般人』という設定をされたキャラクター。
だから毎日プレイヤーが来ることを心待ちにしているのに、どうしたことか昨日から1人も現れない。
「……どうしたんでしょう……はっ! もしやこのゲームサイト閉鎖されたんじゃ……」
不安をにかられた彼女はスライムを押し分け外に出て、スライムでいっぱいの道を進み、景品配達係ブルーチャーが住むおもちゃ工場に向かった。
「こんにちはー、ブルーチャーさーん」
せっせと景品のぴょこ様ヌイグルミ(換金可能)を作っていた彼はマルカの訪問を受け、工場の扉を開けた。
「おー、マルカか。どうしたんだ」
「あのー、昨日からプレイヤーが全然来ないのですが……何かあったのでしょうか……」
「なんだお前知らないのか。今『つむけす』はサーバーメンテナンス中だぞ」
「え、そうなんですか……メンテナンスはいつ終わるんです?」
「大幅改編らしいから、後数日はかかるんじゃねえか?」
なら誰も来てくれないわけだ。
納得しつつマルカは、大きな息をつき一人ごちる。
「……それなら、どこか近場の癒しスポットにでも行ってきましょうか……」
そこでいきなり背後から肩を叩かれた。
「こんにちはー! 恋してますか~?」
振り向けばそこにいたのは、サーフボードに乗ったサキュバスの少女。リナリス・リーカノア(ka5126)
身を覆うものはマイクロビキニのみ。あらわな肩甲骨から生えているのは悪魔の翼、小さなお尻から生えているのは悪魔の尻尾。
「え、あの、あなたは?」
「ん? あたし? あたしはバーチャルライバーのリナリスです♪ チャンネル登録者は200万超。そうだよね、みんな♪」
と言ってリナリスは、あどけなくもなまめかしい流し目を虚空に向ける。
するとどこからか、熱っぽく湿っぽく脂ぎった歓声が聞こえてきた。
『うおおお、リナたん!』
『愛してるよー!』
『萌えー!』
『オレの嫁-!』
「うふふ、ありがと! あたしもみんなのこと愛してる♪」
投げキッスを虚空に放つリナリスに、マルカが問う。
「あの、今の声はどこから……」
「現実世界からだよ♪」
そこでしげしげサーフボードを見ていたブルーチャーが、声を上げた。
「おい、お前こりゃもしかして、仮想世界間自在移動装置じゃねえのか? 購入額が億単位とかいう超絶激レアアイテムの」
「あったりー。おじさん物知りだね♪ あたしのファン、たくさん投げ銭してくれるいい人たちばかりなんだ。ところでマルカさん、あたしの耳が確かなら、今癒しスポットに行きたいって言ってたよね?」
「はい。どうせ眠れませんしやることもありませんし……」
「じゃあ、あたしと一緒に来ない? 今丁度、仮想世界紹介チャンネルやってるからさ。次に向かうのは、仮想世界で知る人ぞ知るパワースポットだよ♪」
●我ら、スパイトリオ
ここは仮想世界『ライブラリ都市・コアシティ』。
各仮想世界の情報を集積し、検索するために作られた世界。
ここにはリアルタイムで各仮想世界の情報が詰まってくる。
だが閲覧出来るのは、そのうちのほんの一部。
各世界の非実在スパイはそれ以外の隠された情報を求め、日夜この都市で鎬を削っている。
メイム(ka2290)が身を潜めているのは、薄暗い路地。少し離れた位置に、今回のターゲットであるビルが見える。
彼女は桜型妖精・あんずにファミリアズアイをかけ、言った。
「あんず、セキュリティの注意を引いてきて」
あんずはビルの周囲に取り付けられた監視装置に向かい飛んでいく。
それと同時に天竜寺 舞(ka0377)が、素早くビルの裏壁を駆け上がった。
死角となっている窓を音もなく破り、内部に潜入。
廊下の天井に足をつけ、身を潜めつつ進んで行く。
耳にかけたイヤホンから聞こえてくるのは、ビルの外に待機している天竜寺 詩(ka0396)の声。
『お姉ちゃん、その先にある通路はフェイクだよ。ひとつ手前のブースに戻って選択操作しないと、次に進めない』
「了解」
警報が鳴り始めた。
これ以上の撹乱は危険。舞も潜入を果たしたことでもあるし、ということでメイムは、あんずを手元に呼び戻す。
彼女ら3人が狙うのは、アイテムコード(管理者権限つき)。通常別ワールドに移動出来ないアイテムをチートコピーし移動出来るという代物だ。
●年の初めのためしとて
ここは仮想世界『ヤオヨロズ』。八百万の神様が蔓延る、日常系和風ファンタジーな世界。
その中にあまたある神社のうちの一つが、神主キヅカ・リク(ka0038)の治める加農神社。
加農神社は、けして大きくない、いやむしろ小さいほうの神社。
だけど、集客力は抜群に高い。プレイヤー人気ランキングでも、毎回上位に入っている。
その理由をリクは、スタイルがよくてとてもかわいい羊谷 めい(ka0669)が神社の巫女であるからだと見ている。
実際その見方は正しい。彼女宛てにファンレターが送られてくることは、実に多いのだ。奉納絵馬に恋情を書き連ねる図々しい奴も、たまにもいる――リクが発見次第、他の絵馬の下に追いやっているが。
それはそれとして本日加農神社は早朝から、神様や妖怪、精霊、人でごった返している。
なぜかと言うに、今日が元日だからだ。
よき年を迎えるためひとつ祝詞をお払いを、という依頼、ひっきりなし。
そんなわけでリクは大晦日の真夜中から祝詞を唱えっぱなし。
「――諸々禍事罪事穢を祓い給え清め給えと白す事の由を天津神国津神 八百万之神等と共に 天の斑駒の耳振り立て所聞食と畏み畏み白す――」
いい加減のどがガラガラになってきている所、社の裏山に住んでいるカラス天狗たちがやってきた。
「神主殿、新年あけましておめでとうございまする」
「おー、おめでとう。今年もよろしくな」
「こちらこそよろしくお願いいたしまする。ところで神主殿、先程から不埒なばあちゃるらいばあなる者が現れて、神殿のご神体をイジリ回しておりまする」
「えっ!? そ、そりゃまずいな」
お守りのぴょこ様ヌイグルミ(黒)を抱いたマルカは、いい感じに年ふりた鳥居をくぐり、加農神社の境内に入る。
「こんなに混雑しているとは思いませんでしたねえ……」
と同意を求め隣を見るも、そこにいるはずのリナリスは姿を消していた。
どこに行ったのかと慌てて探せば、拝殿の裏手にいた。
そこには注連縄の張り巡らされた空間があり、その中に。
「……巨大海苔巻き……?」
とマルカが誤解するモノがそびえていた。
サーフボードを抱えたリナリスがそれに跨り、自撮りしている。
「みなさーん、これがうわさのパワースポット、加農神社のご神体、キヅカキャノンだよ♪ 見ての通り、黒くて太くておっきいんだよ♪」
巫女のめいが、リナリスをしきりに止めようとしている。
「降りてください! 危ないですから!」
神主リクもやってくる。
「お客さん、ご神体に乗っちゃ駄目ですって! 降りて、降りて! うちのご神体は無用に刺激すると――」
次の瞬間ご神体が轟音を上げた。
リナリスがサーフボードごと天高く吹き飛ばされ、星になる。
とりあえずマルカはお参りを済ませてから、自分一人で癒しを探すことにした。
●少女R
ここは仮想世界『Conquer』。モノポリー的対戦型文明発生ゲームの世界。
1日1ラウンド、1月で1章進むサイクルになっている。
1章で島、2章で大陸、3章で星の覇者になるのが目標。
1月分の行動予約が可能なので、現実世界が忙しい人も問題なく遊べる。入力以外の時間は文明の発展具合に合わせ、苛烈だったりのんびり過ごせたり。
フィロ(ka6966)は2章以降、居所に摩天楼を選んだプレイヤーに割り当てられるメイド。
主人のお世話をする他、ゲームの進捗状況を逐一知らせる役割も担っている。たとえばこんな風に。
『フィロ、3日前着手した諸島エリアにおける水利権買収はどうなっているかな』
「順調でございます、ご主人様。主要水道事業社の株式76パーセントが、あなたのものになりました」
『おお、そうか。なら吸収合併も目前だな。次は西部エリアを狙おう。いやその前に風呂に入ろうかな』
「浴室の準備は出来ております、行ってらっしゃいませ」
主人は貫禄一杯に大股で、宮殿のごとき大広間から出て行こうとした。
刹那フィロが、すっと主人の前に出る。
『どうしたんだ、フィロ』
「不法侵入者が現れたようです。ご主人様、大事を取って一時退避をお願い致します」
『わ、分かった』
覇者になるために他プレイヤーの足を引っ張るというのは、このゲームにおいてよくあることだ。
それから自分の担当するプレイヤーを守るのもまた、メイドたるフィロの仕事。
主人が場から消えると同時に、1人のキャラクターが現れた。
非実在者。可憐な銀髪のエルフ少女。
彼女は、『エルフランド』の住人エルバッハ・リオン(ka2434)――だったもの。
未知の異世界から仮想世界へ降りてきた複数の対邪神兵器と融合し、別の何かに成り果てているもの。
そうとは知らないままフィロは、装備されている武器『星神器』を彼女に向け構える。
「何物です」
リオンの口元が緩んだ。
直後その背中から無数の触手が飛び出す。
フィロが仕掛けた。刃の一閃によって触手が千切れ飛ぶ。が、瞬時に復活しフィロの周囲を包み込む。
「あなた」「知らない?」「この子」「裏切り者」「殺す」
フィロの脳内に見たこともない少女のイメージが浮かぶ――黒髪、お下げ、色の濃い肌、黒い瞳、屈託のない笑顔。
頭にキリを刺されるような痛みに思わず膝をつき、呻く。
「知らない」「みたい」「ですね」
リオンは唐突に姿を消した。出てきたときと同じように。
●癒されるう
ここは仮想世界『あにまるのどかぐらし』。
ねこじゃらしに包まれた猫集会にうってつけな、町外れの空き地。
常にマタタビ酔いしている金毛チンチラ系猫獣人ディーナ・フェルミ(ka5843)は、いつもそこにいる。雨の日もいる。三段重ね土管の一番上、その中へ、濡れないように避難して。
今日も「……にゅふふ」と口をむにゅむにゅさせながら、幸せそうにお昼寝。
それが今日は珍しく起き上がり、動き出した。
「ねーこ、ねーここ、ねーこっこー、猫ねこネーコ、ねーこっこー」
右にゆらゆら左にゆらゆら千鳥足でたどり着いたのは、閑古鳥の鳴く百貨店の前。
そこには、アニマル住人たちをうっとりした目で見つめるマルカがいた。
「こんにちはー」
「あっ、こ、こんにちは」
「マタタビあげるの、どーぞ」
「え? あの、ええっ、いただいていいんですか?」
「いいのー。ディーナのマタタビイベントは、眠りたいのに眠れない人が出たときのみ発生するのー」
と言ってディーナは、にゅふにゅふとマタタビをかじり始める。
匂いに引かれた猫獣人たちが集まってきて喉を鳴らし始めた。
それを見てディーナも目を細め、ごろごろ。
「にゅふん、お猫さまいっぱいなの幸せなの」
その場に転がり皆と一緒に、またお昼寝。
通りに溢れた昼寝猫の集団によって、たちまち町の交通がマヒ。
町のお巡りさん(なぜか犬ばかり)たちがやってきた。
「こら君たち、動いて、動いて!」
「通行の邪魔だよ!」
しかし猫たちは動かない。仕方ないのでお巡りさんたちは、一人一人道の脇に運ぶこととした。
無線で村のお巡りさんに支援を要請。
「もしもし、タホ巡査? 交通整理の応援に来てくれたまえ。マタタビ障害によって交差点が封鎖されてしまっているんだ」
携帯を持ったニケが、その前を通り過ぎて行く。
「あ、ナルシス? あんたちゃんと仕事してんでしょうね」
ここは仮想世界『孔雀館』。
「してるしてるよしたくないけどしてるよ。うるさいなあもう切るよ」
「ナルシス君、誰から電話?」
「僕の姉さん。別のゲームにいるんだけどさ、うるさいのなんの」
そんな会話をナルシスとしていたマリーは、急にぎくっとした顔になった。
「どうしたの、マリーお姉さん」
「いえ、ちょっと……」
と茶を濁しはしたものの内心戦々恐々。何故なら視線の先に、リオンの姿があったからだ。
何かを探すかのようにようにきょろきょろしている。
こんなところで散財している姿を知り合いに見られるのは、気マズイことこの上ない。ゲーム内では清純派で通っているのだ、一応。
(え、で、でもさっきまであの席誰もいなかったわよね……)
どきどきしながら横目で様子見するマリーは、再び驚く。
リオンの姿が一瞬のうちに消えたのだ。
「え?」
その現象に対する考察をじっくりする間もなく、すこぶる騒がしいのが店に入ってきた。
「キャノンにちょっと飛ばされたけどふっかーつ♪ ここは孔雀館、イケメンイケメンまたイケメンな夢の園だよー♪」
リナリスである。
「ねえ、ホストのおにいさん、店内撮影おっけー?」
「お客様のプライバシーが守られるようにするなら、いいですよ? うちは客商売ですから、広報になる取材は願ったりです」
「りょーかい♪ じゃあそういう感じに画像調整しとくね。あれ、そこにいるのもしかしてマリーさん?」
店内に入ったリナリスはソファの後ろに隠れようとしたマリーを目ざとく見つけ、突撃した。
「ねーねー、声も変えてるし顔もモザイクかけてるから質問に答えてよ。今穿いてるパンツは? 200万人があなたの恥ずかしいとこを見てますよ~♪」
「なんなのあんた、いきなり失礼じゃないの! セクハラで訴えるわよ!」
「お姉さんのは黒のレースだよ」
「えっ本当? 意外ー♪」
「何で教えてるのよナルシス君!」
「いや、流れ的にそうした方がいいのかなと思っ――あいたたた!」
一部が紛糾する店に新たな客。
「憩いの場よ、私は今宵も帰ってきたのです!」
ハナだ。気合が入ったカクテルドレス姿である。
機を見るに敏な殿堂入りホストたちが即、迎えに出た。
「いらっしゃいませ、女神様」
「キミのことずっと待ってたよ、ハナちゃん」
どストライクな容姿のイケメンに出迎えられたハナは、日頃のストレスがきれいに拭い去られるのを感じた。
迷わず一番いい席につき、声を張り上げる。ワイングラスを掲げて。
「ドンペリあるだけじゃんじゃん持ってくるですぅ! 無礼講なのですぅ!」
「はい、ドンペリ入りましたー!」
「入りましたー!」
この場において彼女は駄女神ではない。堕女神である。
●全ての市民はEQUALである。
ここは仮想世界『EQUAL』。
今は夜。
通りを歩いているものは誰もいない。
この時間市民は家で休むことが推奨されているのだ。下手に出歩いて見回りの警官にでも出くわしたら、不審行動者と受け取られかない。そうなると後が厄介だ。
まあ仮にその危険がなかったとしても、やはり誰も出歩かないだろう。EQUALには18時以降開いている商店というものがないのだ。市民の足である電車も、地下鉄も、動いていない。市民の休息を邪魔しないようにというMAGOIの心遣いである――と、当局は言う。
静まり返ったガード下。
回廊のように立ち並ぶ橋脚には『MAGOIはあなたを見守っている』という文字だけのポスターが、延々と貼られていた。
コツコツと足音。
目深に帽子を被ったレイア・アローネ(ka4082)が通りがかる。
彼女はしばしポスターを見つめた後。
胸に去来するのはマゴイに対する愛憎と、自分が過去に所属していた研究チーム内でのやり取り。
――誰しも公平で平等な社会運営がされることを望んでいる。だが人は人として生まれる限り万人に対し平等であることが出来ない――
――AH(Artificial humane)を作ろう。誰とも血の繋がりがないまっさらな存在なら、万人に対し平等であることが可能だ――
――それに教育を施し統制機構の核にしよう。そして、社会運営の手伝いをさせよう――
私たちは馬鹿だった。
私は馬鹿だった。
あんなことはしてはいけなかったのだ。
苦い悔恨を噛み締めながら、ポスターに手をかけ引き裂く。
警報が鳴り響く。
ポスターの下から有機スクリーンが姿を表した。
そこに映し出されているのは端正な女の顔。長い黒髪、白い細面、切れ長の黒い瞳。
彼女は忌まわしそうにレイアを見る。
『……政治犯レイア……まだEQUALにいたの……』
「当然だ。お前が言ったのだからな『私が道を違えた時は 貴女が私を殺してください』と。それまではここに居続けるさ」
『……そんなこと私は言っていない……全然覚えがない……』
「そうだろうよ、お前は実際何もかも忘れたからな。機構に組み込まれた瞬間に、それまでのことをすべて――」
多数の足音。警笛。
女は前後から現れた思想警察を隠し持っていたビームガンで撃ち抜き、脱出する。吼えながら。
「ああ、待っていろマゴイ。私はお前の親友だ。今、お前を殺し(むかえ)にいく!」
町の一角。
建設現場付近の小道に留め置かれた大型トラックの中。
反マゴイ同盟の一員、トリプルJ(ka6653)がタバコをふかしながら、傍受無線に聞き入っている。
『――で――思想犯罪発生――れいあ――ろうね――速やかに現場へ――』
ハンドルに足をかけた格好で彼は、後部荷台にいるプレイヤーたちに話しかけた。
「俺様を選ぶたぁ見る目があるぜ」
『いやいや、俺たちを選んだお前こそ見る目があるぜ』
『お前はたまに大ポカやらかすからな。尻拭いが出来る優秀な仲間は、どうしても必要だろう』
「……言ってろ」
減らず口を仲間と叩き合っていた彼は、急遽口をつぐむ。
護送車両が列をなし近づいてくる音が聞こえてきたのだ。
「何人助けられるか競争だな」
彼は、運転席の下を開け鉄爪・インシネレーションを取り出した。
背後では仲間たちが短銃、ライフルやマシンガンで武装する。
『J、お前も1つは遠距離攻撃アイテムを持ったらどうだ』
『毎回思うが、近距離武器だけだとリスクが高いぜ』
『何か理由があるのか?』
Jは、タバコをもみ消しつつ答える。
「射撃より操縦や殴り合いが得意なだけだ」
Jはアクセルを踏んだ。小道から大通りへ急発進する。
先頭の装甲車に体当たりし行く手を塞ぐ。
その時、建設現場のライトが一気に点灯した。
スピーカーからいっせいにがなり声が飛び出す。
【思想犯罪発生・発生・発生・最重要思想犯『反マゴイ同盟』の所属者を確認・確認】
そこかしこから重武装の思想警察が姿を表す。
どうもどこからか、襲撃の情報が漏れていたらしい。
Jは運転席から飛び出す。高速機動銃の一斉射撃を、腕に仕込んだエレクトロンシールドで防ぎながら。
「いいぜ、戦闘開始といこうじゃねえの!」
鉄爪が思想警察の喉笛を、次々に裂いた。
どこかで警報が鳴っている。
ルベーノ・バルバライン(ka6752)は、おろおろしているプレイヤーに向け肩をすくめた。
「ようこそディストピアEQUALへ。ここをディストピアと思うからこそ、お前は此処に来たのだろう?」
意図的あるいは無意識的に政治犯・思想犯となったプレイヤーの手助けをするのが、このゲームにおける彼の役割だ。
今このプレイヤーは思想犯イベントを起こした。だから、助けなくてはならない。少なくとも初日の就寝までは。
『ええ、その、知ってますけど私何かしました? 特に体制に反することはやってないはずなんですが』
プレイヤーの背後には閉められた扉。
その向こう側から抑揚のない声が呼びかけてくる。
「市民3764748、速やかにここを開けなさい」
「こちらは警察です。任意の動向を求めます、市民3764748」
部屋の一角には有機スクリーン。
そこに映し出されたニュースキャスターが呼びかけてくる。
『市民3764748、扉を開けなさい。あなたは思想犯罪を犯した疑いをかけられている。あなたは思想統制局によって保護され、教育を受ける義務を負う』
ルベーノは人の悪そうな笑いを受かべ、部屋の隅にあるノートを指さした。
「原因はあれだ。お前は日記をつけようとしただろう」
『え、ええ。日記というか覚書を……逐一得た情報をメモしておけば、プレイしやすくなるかと思って――それが駄目なんですか?』
「駄目だな。AQUALのスローガンは『共有・均等・安定』だろう? 市民全体が閲覧共有出来ないやり方で記録文書を作成しようとすること、それ自体が罪だ」
扉の向こうからの呼びかけが止まり、蹴り破ろうとする音に変わった。
「まあ、続きは後だ。とりあえず早いところ、ここから逃げなくてはな」
「はーい、ここが『EQUAL』の中枢だよー♪ 古参プレイヤーでも滅多に入れない場所なんだー。暗号化がすごすぎて映像一切送れないのが惜しいなー♪」
と言いながらリナリスは、銀色に光るサイバー色豊かな一室を見回した。
四方の壁と天井から伸びた無数の管が伸び、中央に腰掛けているマゴイの体に接続されている。
『……どなた……この世界のキャラクターではないわね……?』
「うん。あたしは、バーチャルライバーのリナリス。早速だけどマゴイさん、インタビューいいかな? 今履いてるパン――あ、ごめんよく見たら裸だ♪ あれかな、マゴイさん家の中では服着ない派?」
『……ええ……コードが絡まるもとになるから……どのみち外には出ない設定だしね……ところであなた……ここに来たのも何かの縁なので……市民になるつもりはない……? 容量が増えた今……EQUALは新たなNPCも募集している……』
いきなり熱心な勧誘を始めるマゴイ。
リナリスは視線をそらす。
「うーん、どっかなー。あたしにはこの世界観合わないと思うんだよねー」
しかしマゴイは引く様子がない。
『……まあそう言わず……住んでみれば……ここがとてもいいところだと実感出来るはず……衣食住完備……週休二日……自然環境に配慮した街づくり……』
本格的な解説がくだくだしく始まる前にリナリスは、逃げた。
「ごめん、次のイベントの予定時間あるから失礼するよ。じゃあまたねー♪」
●ここはこどもの国です
ここは仮想世界『ようこそこどもの国』。
推奨年齢6~18歳の、学齢児童向け社会学習ゲームの世界。
職業体験型テーマパークな子供から見た大人の仕事のミニゲームをする、まったりワールド。
マリィア・バルデス(ka5848)はそこにおける、チュートリアル兼保母キャラの1人である。
「今日もお勉強に来たの? えらいわね? 今日は何を勉強するのかしら」
『えーとね、えーとね、今日はぼく、消防士のおべんきょうしたいなー』
「そう。じゃあ早速やってみましょう!」
プレイヤーの男児と手を繋ぎ、目的のブースまで案内。
その途中には色んな商店があった。
魚屋さん、八百屋さん、お肉屋さん、パン屋さん、ケーキ屋さんにお花屋さん、レストラン、雑貨屋さんetc。
どの店もマリィアのような案内役のお姉さん、お兄さん、そしてプレイヤーの子供たちでいっぱいだ。
「そうそう、クリームを絞ってイチゴを飾って……上手ねー」
「お客さんに渡すときには、笑顔でね。ありがとうございました、また来てねって言うの。はい、良くできました」
「うんうん、間違えず注文がとれたね。きみは最高のウェイトレスだ」
基本どのNPCも、仕事の出来栄えをけなすことはしない。そこまでリアルにしたらプレイヤーは喜ばない。
ウー、ウー、と丸みを帯びたサイレンの音が聞こえてきた。
子供の身長に合わせ作られたかわいらしいビルが燃えている。 消防士の衣装を身につけた子供たちがホースを抱え、その窓へ水をかけていた。
窓の表面には点数が浮かび上がっている。近いものは低く、遠いものは高い。
「わあ、大変! 早速火事が起きてるわ! 消防士さん、早くみんなと一緒に火を消して!」
マリィアがそう言うと男児の衣装が、たちまち消防士のものに変わった。
『うん、わかった! ぼくがんばる!』
プレイヤーが他の子供たちと一緒に火を消し始めるのを、温かく見守るマリィア。
そこへリナリスが現れた。
「はーいみんな、ここは『ようこそこどもの国』。別名仮想キッザ●アだよ♪ 嫌な同僚も上司もいない、ノルマもない、理想の職場ばかりだよ♪」
手早くゲーム紹介を終えた彼女は、早速近くにいたマリィアに話しかける。
「こんにちはー♪ 胸のサイズは? 最後にキスしたのはいつ? 相手は?」
マリィアは人差し指を立て、左右に振った。
「うふふ、それは秘密の設定。だから答えられないの。ところでお嬢ちゃんはどこから来たの? このゲームのキャラクターじゃないわよね? 不法滞在非実在者ならお姉さん逮捕しちゃうぞ♪」
「あれ、意外と威圧的♪」
「このゲームは学童推奨なんだから、年齢制限コードに引っ掛かるような発言はしないでね? もししたとしてもピー音で消されるけど」
リナリスは周囲を見回し、ホース射撃で高得点を叩き出している子――マリィアが担当している男児――に目を留めた。
「ふーん。でもさー、明らかに学童の年齢じゃないプレイヤー交じってるよね。今マリィアさんが手引いてたあの子、実年齢よんじゅ――」
余計なことを言いかけたリナリスにマリィアは、隠し持っていた黄金拳銃を突きつけた。
「なんのことかしら。ここはこどもの国だからこどもしかいないのよ?」
「わー、大人の事情ー♪」
非実在者たちがそんなやり取りを交わしているところ、プレイヤーが戻ってきた。
『おねーさーん、ぼくやったよー! 100点とれたよー!』
マリィアはさっと銃を隠し、駆けてくる男児に微笑みを向ける。
「凄かったわ。貴方消防士に向いてるんじゃないかしら」
腕に飛び込んできた相手の頭を胸に押し付けるようにし、優しくハグ。
『こどもの国』は子供の学習用に作られたゲーム。しかし大人が「俺の仕事ってこう見えてんのか、コンチクショ―!」とやさぐれながら高得点を叩出したりするゲームでもある。
プレイヤーの実年齢が大人だと過疎対策でNPCお姉さんズの行動が微妙にエロくなる……らしい。
●未知との遭遇
ビル内部に潜入した舞は、妹とメイムのアシストを受け首尾よシークレットルームにたどり着いた。
箱型のスーパーコンピューターが、墓石のように立ち並んでいる。外部との繋がりばかりか、お互い同士でさえ連結していない。
「スタンドアロンは厄介だね」
ぼやきながら舞はタブレット端末を取り出す。
その時何かの気配を感じた。
反射的に身構え、気配がした方に体を向ける。
するとそこには、銀色の髪の少女がいた。
背中から数限りない触手が飛び出している。
「!?」
床を蹴って天井に張り付き、距離を取る舞。
触手が次々とコンピューターに絡まっていく。
「見つけた」「あの子がいる場所」「分かった」「こんなところに」「今度こそ」「いろいろ」「弄んでから」「殺してあげます」
けたたましい笑い声と一緒に少女の姿が消えた。
呆然とする舞は、妹からの通信によって我に帰る。
『お姉ちゃん、応答して、お姉ちゃん!』
「あ、ああ、何、詩」
『今タブレットに正体不明のエラーが出たの。まあ、すぐ直ったんだけどさ――何かあった?』
「いや、うん、あるにはあったけど……まあ、後で話すよ。まだデータ取ってないんだ――」
お巡りさん仲間の要請を受け町までやって来たカチャは、早速猫住民をキャリーに乗せ、運搬のお手伝い。
「あれ、ディーナさん? こんなところにいるなんて珍しいですね」
「にゅふふ、今日は特別なの。この人がマタタビイベントを起こしてくれたから~」
自分では動く気持ゼロ。されるままキャリー積まれたディーナは、マルカを指さした。
「あれ、よその世界の方ですか?」
「……はい……眠れなくて……でも今すごく癒されてます……もふもふ最高です……」
「はあ、そうですか。まあ、よかったです。この世界は訪問者が癒されることをコンセプトにしてますから」
と言いながらカチャは、ディーナたち猫住人とマルカを乗せたキャリーを押して行く。
そこでいきなり彼女の足元が崩れた。
緑色の触手が電光石火の早業で飛び出し、カチャを搦め捕る。
「ア゛ーーーー!?」
悲鳴を残し引きずり込まれるカチャ。
崩れた地面が、また閉じる。
ディーナは首を傾げ考え込んだ。
「こんなところにタコさん住んでたかなあ……?」
でもすぐ止める。
「難しいことは他の人が考えるのお任せなの、にゅふふ」
ところでほとんどの人が気づかなかったが、マルカもいつの間にかその場から消えていた。
●二人の別世界
参拝客もはけ、日が落ち、一番星が光る。
加農神社は夕飯の時間。
お品書きは、ご飯、肉じゃが、玉子焼き、小松菜のおひたし、かぶのお吸い物。
「リクさん、どーぞ。あまり大したものはないですけど……」
恥ずかしげに言うめいにリクは、ぶんぶん首を振る。
「ううん全然そんなことないよ、完璧だよめいちゃん」
ちゃんと美味しいご飯をこんなかわいい子が作ってくれる喜びを噛み締め、食べ始める。「おいしいよ」を連発して。
それを聞いて、めいはうれしかった。
だって大好きな人には元気でいてほしいから。そのために、愛情込めて一生懸命作ったから。
「そうですか? えへへ」
そこでリクが、はたと箸を止める。
「そうだ、昨日から忙しくて、まだ言ってなかったよね。あけましておめでとうございます。今年もどーぞよろしく」
「あ、そういえばそうでしたね。あけましておめでとうございます。よろしくお願いいたします、リクさん。……私、今年もこのお社にいて、いいですか?」
「もちろんもちろん、いつまでもいていいよ! ずーっといていいよ、めいちゃんさえよければ僕は!」
めいが目を丸くした。
自分の口調があまりにも性急かつ前のめりだったことに気づいたリクは、照れ隠しに頭をかく。
「あ、うん、その、いてください。正直うちの神社めいちゃんがいないと回らないんで……お願いします」
めいは袖で口元を隠し、ふふっと笑った。
「はい、います」
彼女は幸せ。彼も幸せ。いつも一緒にいるけれど、今はお互いに向き合う貴重な時間。キラキラしてて、くすぐったくて、あったかい――当り前で貴重な時間。
まるで夢のような。
●任務完了
『データゲット。今から戻るね』
舞からの通信にほっとするのもつかの間、タブレットに映し出されているビルの見取り図の至る所に、赤い点が現れる。
詩は急いで姉に、警告を発した。
「お姉ちゃん、見つかった!」
それから別場所に待機しているメイムに、支援を要請した。
『メイムさん、アシストお願い!』
「アイサー。逃げ道確保しておくよ」
詩との交信状態を確保したままメイムは、現界せしものを発動、祖霊である熊の幻影をまとい巨大化する。
破格の膂力でビル壁の数箇所に穴を空け、今度は天翔かけるものを発動。不可視の翼で一気に隣のビルの屋上まで飛ぶ。
ライフルにデスピアを装填し、銃口をはるか下、先ほど自分がこじ開けてきた脱出口に向ける。
そこにはビルディングの防衛プログラムであるガードマンズが、何もない空間から次々わいて出てきていた。
「早く脱出してよ舞さん、あいつら時間が経つほど分裂増殖する仕様だからねー」
「ドロボー!」「ドロボー!」「タイージ!」
黒スーツに黒眼鏡をかけたコボルド・ガードマンズが、シークレットルームに次々なだれ込んできた。
舞は絶火剣を構え、ガードマンズの銃をかわしつつ、次々切り伏せて行く――峰打ちで。
どうにか部屋の外に出れば、今度はヘルメットに盾、こん棒といった機動隊スタイルのガードマンズが、前後から押し寄せてくる。
「ドロボー!」「ドロボー!」「ヤッツケル!」
迫力に乏しい姿形をしているが、ガードマンズのポテンシャルは高い。攻撃が当たれば結構ダメージが来る。
「ああもう! こんだけの数どこに隠れてた!」
どうにかそこから抜け出した舞は、詩のアドバイスを受け最短ルートで、メイムが作った脱出口までたどり着く。
そこを出た先には――これまで以上の数のガードマンズ。
組体操よろしく三段四段と積み重なり行く手を遮っている。
「「ドロボー!」」「「ドロボー!」」「「ニガサナーイ!」」
「増え過ぎだろ!」
息を切らしつつ剣を構える舞。
次の瞬間ガードマンズのピラミッドが総崩れになった。メイムがデスピアで狙撃したのである。
詩がバイクで現場に駆けつける。
舞がその後部座席に飛び乗る。
そこへメイムが舞い降りてきた。
舞は苦笑し、彼女に言う。
「メイムさん、見せ場取らないでよ」
「ごめんごめん。でも見せ場はまだあると思うよ? この後はシティから脱出しなきゃいけないんだし」
バイクが急発進する。
鼻を噛み目薬を差しなんとかコンディションを戻したガードマンズが、追いかけてくる。
「「ニゲルー!」」「「ニガサナイ!」」「「ツカマエルー!」」
詩はサイドミラーごしに彼らの姿を確認し、呟いた。
「死ぬな殺すな」
虹色の翼が彼女の背から広がる。白竜の翼だ。
その効果受けたガードマンズは混乱を起こす。
「「ドコ?」」「「ドロボー?」」「「ダレ?」」
その間に彼女らは、無事逃走した。
●ゆがむ
キツネのニケは舞から受け取ったデータチップを手持ちのPADに差し込み、内容を確認した。
「確かに注文していた通りのデータですね。ありがとうございました。ご苦労様です」
「大変だったんだからギャラ弾んでね」
との詩の言葉に、もちろんですと肯首する。
「あなたがたはそれだけの仕事をしてくれましたからね。ボーナスを別枠でつけときましょう」
彼女が素直に応じてくれたことで、うかつにも詩はほっとした。
しかしメイムは取引相手に対し、警戒を怠らない。
「ボーナスってもちろん、汎用性が高いウェブマニーでつけるんだよね? のどかぐらし内の通貨じゃなくて」
ニケの白い柔毛に覆われた口が、ニヤリと上向く。
「いいところに気づかれましたね。それでは仕方ありません、ボーナスはウェブマニーでお支払いしましょう」
このキツネ全く油断ならない。
思いながら舞は、町の様子に目をやる。
「ねえ、やけにお巡り多くない?」
「ああ、ちょっとマタタビによる交通障害が起きまして。それと巡査が一人、正体不明の穴に落ちたそうです。バグが起きたのかもしれませんね」
なるほど、確かに犬のお巡りさんたちは手に手にシャベルを持ち、せっせと道を掘っている。
「オーイ、タホ巡査ー、どこにいるんだー」
「返事しろー」
移動装置で『あにまるのどかぐらし』に移動してみれば、そこは巨大な地下通路。
「あれ? こんなステージ『のどかぐらし』の中にあったっけ?」
一人ごちつつリナリスは、とりあえず進む。
すると行く手からキャンキャン声が。
「――やだやだやだやだ! あーっ!――」
声の感じからするに、どうやらすごくエロ――もとい大変なことが起きているらしい。
期待に胸膨らませつつ向かって行った先には、植物とも動物ともつかない触手が空間一杯に蠢いていた。
その中心にリオンがいる。
「早く殺す」「いやまだ」「もっと弄んで」「思い知らせて」「裏切り者」「まだ」「足りない」「もういい殺せ」「まだ」
分裂気味になっている彼女の正体とか目的と、リナリスにはとてつもなくどうでもよかった。
そんなことより触手で(検閲)と(検閲)を(検閲)されて(検閲)(検閲)(検閲)(検閲)いる犬っ娘カチャの姿に目が釘付け。
頬に両手を当て、顔を染める。
「……やだ、可愛いワンちゃん♪ タイプ♪」
リナリスは移動装置の機能を全開にし、吊り上げられているカチャに向け光速で跳んだ。
「そのワンちゃん、あたしがも-らいー!」
千切れた触手をまきつけたカチャをひっさらい、そのまま別の異世界へ移動する。
この割り込みにリオンは激怒した。
自分の中にある対邪神決戦兵器としての力を全開にしその後を追いかける。
彼女自身は意図しなかったが、その力の余波によって、仮想世界間に横たわる障壁のみならず、現実世界と仮想世界における境界をもねじ曲げ、ひびを入れた。
それだけ彼女の存在は、桁外れなものになっていた。もうすでに対邪神兵器ではなく、邪神とさえ呼べるくらいに――。
●つながる
「――はい。本日は良い鴨が手に入りましたので、少々変わったコースを組ませていただきました」
『そうか。楽しみだなあ』
「ご主人様、そろそろ本日の行動のお時間です。予約行動のままでよろしいでしょうか、それとも行動を入力なさいますか?」
『そうだなあ……予約行動のままで』
「かしこまりました。それでは準備致します」
フィロはマッサージ台で気持ち良さそうに寝そべる主人にそっと毛布をかけ、セーブルームに向かった。予約行動確定の継続を入力するためである。
彼女はふと窓に視線を向けた。そして二度見した。
一体どういうことなのか、空から無害そうなぷよぷよのスライムが、規則正しく列を成し降ってきている……。
「……何かサーバートラブルが起きましたでしょうか」
眉を潜めるそこに、ぐだぐだした会話が聞こえてきた。
「あれ、ここどこお?」
「しんないわよぉ。あんたこそなんで知らないの、女神でしょお」
「知るわけないじゃん、女神っつったってゲームの中だけの駄女神だもん、あんたこそなんでわかんないのぉ、森の妖精エルフでしょお、汚れまくってるけどぉ」
「うっさいわねぇ、あんただって汚れでしょお」
廊下の向こうから酔っ払いが2人歩いてくる。
それこそは誰あろう、『孔雀館』で飲み明かしていた、マリーとハナであった。
☆
EQUALに朝が来た。
ルベーノはアジトに匿っていたプレイヤーへ、地図を渡した。それには、思想警察が巡回する時間、相手が所有しているアイテムの性能、また極秘理にアイテムを得られる場所などが事細かに明記してあるのだ。
「今日は安全だが明日のここが安全かは分からん。明日は地図を見て自分の行き先を決めるがいい」
『うう……自信ないなあ。僕この世界でまだ知り合いとか出来てないんですよ……もう少し一緒にいてレクチャーしてくれませんか?』
「俺には次の仕事がある。生きていたらまた会おう」
甘えるなという意味を言外に含ませ相手を突き放した彼はアジトを離れ町へ出て行った。
朝日に照らされている白いピラミッドを見上げ、複雑な表情で呟く。
「マゴイよ。市民のことはさておき、お前自身は幸福なのか?」
それから足を速め、反マゴイ同盟のアジトに向かう。
そこにはJとレイアがすでに戻っていた。両者怪我をしている。同盟側のプレイヤーも減っているようだ。
「今回は黒星か」
その問いに対して、Jはあくまでも強気に答える。
「いや、引き分けだ。向こう側のプレイヤーも多数重体をくらって、ログイン不能になっているからな」
レイアは無言だ。
そこに仲間から、緊急無線が入ってきた。
『おい、大変だ――なんか知らんが、明らかに世界観違う連中が町に現れたぞ――』
『……ン?……』
マゴイは首を傾げた。
町に、これまでにはいなかったNPCが大勢出てきたのだ。プレイヤーも。
『……EQUALの市民志願者かしら……』
それなら喜んで登録するので、ここに来てもらわなければならない。
ということでマゴイは、思想警察に通達を出した。
『……見慣れない市民がいたら……すみやかに思想統制局で保護してちょうだい……』
制服を着た男たちは、早速見つけた見慣れぬ市民に話しかける。
「我々は思想統制局のものです」
「あなた方、市民ではありませんね」
「保護しますので、我々と一緒に来てください」
それに対してディーナは、口をむにゅむにゅさせるだけだった。
「……にゅふふ」
こいつでは話になりそうもないと判断した男たちは、呼びかけの対象をニケに変える。彼女を見下ろして、言う。
「保護しますので、我々と一緒に来てください」
ニケがふふんと鼻を鳴らした。
「嫌だ、と言ったら?」
男の一人がにっこりして答える。
「言うわけがありませんね?」
そのとき男たちの背後から、舞、詩、メイムが飛び出してきた。彼女らは瞬く間に男たちを戦闘不能に落としいれ、ディーナ、ニケを背負い場を離れる。
「なんなんだこの世界!」
「見たところサイバーパンクものみたいだねー♪ あ、あそこで犬のお巡りさんたちが檻に入れられてるよ。詩さん、舞さん、助けなきゃ」
「なんでこんなところへ急に移動したわけ私たち!?」
☆
リクは心地いい朝日を感じつつ目を覚ます。伸びをして、ふすまを開ける。入ってくるのはさわやかな朝の空気。
「うーん、いい朝だ。今日も一日頑張ろう!」
と言った後彼は固まった。
なんか知らないが神社の近くに、『孔雀館』なるホストクラブの建物が出来ていたのだ。
そこからイケメンたちが欠伸しながら出てくる。
「あー、やっと仕事終わりか」
「接客業ってダリーよなー」
「早く帰って寝よ……え? おい、ここどこだ?」
「あんた誰だ?」
お前らこそどこの誰だよとリクは問いたかった。
そこに、めいが出てくる。
「リクさーん、朝ごはん……」
と言いかけ彼女も異変に気づき、絶句。
戸惑っていたイケメンたちが即座にそちらへ寄っていく。
「やあ、かわいいお嬢さん。ちょっといいかな。俺たち今すごく困ってて――」
リクは即座に割って入っていく。
「申しわけありませんが巫女に声をかけるなら僕に話を通してからにしてください?」
そこへわいわい賑やかな声。
「おねーさん、ここどこー?」
「さあ、どこかなー。おねえさんもちょっとわからないのよー」
それはマリィアを筆頭としたお姉さん、お兄さんズに率いられた、こども集団であった。
「わー、でっかいキャノンがあるー」
「乗れ乗れー」
リクは、あわててそっちに駆けて行く。
「それに触っちゃだめー!」
☆
リナリスはカチャを連れ、ハイビスカスの咲き乱れるトロピカルな海岸に降り立った。
何とか復活したカチャはよろよろ起き上がり辺りを見回し、不安そうに鼻を鳴らす。
「助けてくださってありがとうございます。で、ここ、どこの仮想世界ですか?」
「さあ。突発的にワープしちゃったからわかんないや」
「えええそんなあああ。困りますよ、私交番の仕事があるから、早く帰らないと……」
眉を八の字にするカチャに胸キュンのリナリス、抱き上げ(のどかぐらしの住人は総じて小さいのだ)なで回す。
「発情期あるのかな~?」
「うひゃああ、やめてくださいよお」
嫌がる様子に内心萌えつつ彼女は、呪文を唱える。
カチャの姿が全裸の犬娘から、犬耳をつけた全裸の少女に変わった。
「えええええなんですかこれ!」
「やだーかあいー☆ ね、結婚して一緒に暮らそう♪」
そこに突如、見知らぬプレイヤーが。
『あのーすいません。駄女神様知りませんか? プレイがうまくいかないんでアドバイス欲しいんですが……』
「知らないよ。ていうか、ここ無人島じゃなかったの?」
『違いますよ。ラブファントムの男女混合夏の合宿ステージです。ここで親密度上がれば、彼女と一線越えられるんですけど……なかなかうまくいかなくて。どうしたらいいんでしょうねえ』
早いところお邪魔虫に退散してもらいたかったリナリスは、心底ろくでもないアドバイスをした。
「襲っちゃえ襲っちゃえ。先に既成事実作っちゃえばいいんだよ。そしたら親密度は後からついてくるよ!」
☆
マルカは戸惑っていた。気づけば自分が見も知らない場所にいたので。
「え? えええ?」
なんだかえらく大掛かりな装置が周囲を取り巻いている。顔色の悪い寝不足そうな男たちが自分の姿を見て、感動し目を輝かせている。
「おお! 成功だ!」「やったあ!」
わけが分からないので、とりあえず聞いてみる。
「……あのー、ここは一体どこの仮想世界なのでしょうか?」
「ははは、ここは仮想世界じゃありません、現実世界ですよ。我々は非実在者を実在の世界に呼ぶ研究をしている者なのです」
「ええっ!?」
うそだろう、と言いたいがどうやら本当のことであるようだ。
「ここが現実……」
プレイヤーが生きている世界とは一体どんなものかと興味津々なマルカは、わくわくしながら、部屋の窓から外を見た。
……砂交じりの風が吹き荒れていて薄暗い。
修繕の行き届かないビル群がどこまでも続いている。
道路は砂で覆われて、道行く人々は大半が、防塵眼鏡やマスクで顔を覆っている。
無気力かつ退廃的な光景を前にマルカは、がっかり。
(これなら、私がいた世界の方がずっときれいです)
男たちが得意げに言った。
「我々は、数多の仮想世界をもっと身近に感じるために、あなたたちを現実に呼んで、ともに時を過ごせるようにしようとその技術を開発――」
そこで、どんという轟音。
首をすくめ何事かと再び外を見れば、勢いあまって現実世界に転移してしまったリオンが、青く光る八面体を核にした植物系巨大怪獣と化しのたくっていた。
「逃がした」「お前のせいだ」「違うお前の」「早く探せ」「仮想世界に戻れ」
どうも、自分同士で喧嘩しているらしい……。
この後マルカは現実世界にて仮想世界永久存続運動を始め、リオンが開けた世界と世界の裂け目をますます大きくする役割を担う。
そしていずれ現実世界と仮想世界を反転させてしまうこととなるのだが……それはまた別の話、別の機会にお話しするとしよう。
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相談卓 マルカ・アニチキン(ka2542) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2019/01/06 22:45:46 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/01/07 15:56:05 |