【初夢】ふぁなぶらにんぽーちょー

マスター:ことね桃

シナリオ形態
ショート
難易度
不明
オプション
  • duplication
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
3~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/01/07 12:00
完成日
2019/01/20 18:14

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

『……勇之介、夕凪。お前達の婚儀を許すわけにはいかん。その理由は解るな?』
 時は江戸時代、ある藩の山にひっそりと広がる隠れ里。
 蝋燭に照らされた薄暗い部屋で顔に無数の傷を持つ大柄な女が下手に座る男女の顔を見下ろしながら苦く言った。
「しかし御屋形様! 我々は幼き日より生涯をともに誓い合った身。それゆえ忍びの業を磨き、いずれは幕府に認められ、ともに里を栄えさせようと……」
 勇之介と呼ばれた青年が声を張り、隣に座る夕凪の手に己が手を重ねる。しかしその手を黒く骨ばった手で突っぱねたのは御屋形と呼ばれた女傑だった。
『ええい、黙れ! 夕凪は数里先にある裕福な里の主との盟約にて、既に婚礼の儀の日取りまで決まっておる! 勇之介にもいずれは相応しい相手を用意し、この里の頭領を引き継いでもらうつもりだ。……互いの未来にこれ以上のものはなかろう?』
「……」
 ふたりは女傑の言葉に返せるものがなかった。たしかにこの隠れ里は貧しく、幕府から預けられる諜報の任務のみでは食っていくことができない。
 そこで半農という形で皆生きているが、そもそも土が貧相で食べるものに事欠く年も増えてきた。
 そんな中で里の主の養女・夕凪が裕福な里に嫁ぐことで毎年十分な支援を約束されたのならば……里の者は誰もが喜ぶことだろう。
「わかりました、お義母様……私が役目を果たすことでこの地が救われるのなら……それは本望にございます。今まで育てていただいたご恩を返すことができるのですから……」
 静かに三つ指をついて頭を下げる夕凪。昔から物静かで自分の意志をはっきりとは口にしない少女だが、まさかここまでとは……と勇之介は黙って瞳を潤ませる。
『すまないな、辛い思いをさせて。しかしいずれは報われる日が来る。私が……必ずそうしてやる』
 女傑はかつての戦で斬り裂かれた瞼を撫でると、そのまま腕を組んで目を閉じた。

 ところ変わって、ここは蛍の舞う夏の川沿い。背の高い草に囲まれたそこは勇之介と夕凪の逢引の場となっている。
「夕凪、さっきは何であのようなことを……」
 戸惑いながら歩く勇之介。もしかしてこれが最後の逢引かもしれないと思うと気が気ではない。
 すると先をゆく夕凪がくるりと振り返った。
「勇之介様、逃げましょう」
「え……」
「お義母様は近いうちに、きっとお相手方との交渉に数日里を離れるはずです。その間であれば護衛も去り、私達が姿を消しても……短時間かもしれませんが、気づかない可能性があります」
 ふだんは夢でも見ているかのようなほんわりとした夕凪の瞳。それが鋭く周囲を見回しながら、強く言葉を放った。
「もともと私達はお義母様とは血のつながらない身。私達が消えても……それなら同じように修行してきた仲間の中から美しい者や腕のたつ者が代理となるはず。今まで育てていただいた恩義には反しますが……生涯の伴侶は貴方様だけにございます」
 その言葉に勇之介は夕凪の手を取って、手の甲へ唇を当てた。突然の事に夕凪は「あ……」と顔を赤らめ、声を漏らす。
「西洋では必ず守ると誓った女性にこのような仕草をするそうだ。何があっても守る……この先がどれだけ苦しくとも、お前を幸せにできるならそれでいい……」

 それから数日後、予定通り女傑は駕籠に乗り交渉先へ護衛とともに旅立った。
 そして日が暮れ、時は丑三つ時。勇之介と夕凪はそれぞれ忍び装束を纏い、匕首や手裏剣といった武器を装備し、小山の麓に広がる茂みに身を隠す。
「……もう、この地に帰ることはないのですね」
「そうだな。……まずは北にある港町を目指そう。そこから船で西に行って商人になりすまし、落ち着くまで静かに暮らす。追手がいなくなったらまた別の町に……薬売りとかに化けてもいいかもしれん」
 細かい計画を口にする迂闊さに夕凪が人差し指を立てる。誰かに聞かれてしまえば計画が水の泡になるだろう。
 ふたりは頷きあうと山を越えるべく、一気に駆けだした。

 その頃、屋敷では法螺貝が高く音を上げた。ふたりの失踪に気づいた忍者が「各々がた!」と叫んでは障子をあけて腕利きの忍者達を起こしていく。
「やはりな、あのふたりは危ないと思っていたんだ」
 手甲を嵌めた忍者が苦く呟く。そこに中年の忍びがぼそりと呟いた。
「しかし長年の恋慕を金や食べ物のために引き裂くというのは……辛いだろうな」
 すると硬い手甲が彼の頬にめり込み、土間の壁に身体を叩きつけられた。
「くっ……」
「お前はそんなことを言っているからいつまでたっても半人前なんだ。御屋形様も出発前に仰っていたぞ。万が一の場合はふたりを戦えぬ身にしても良い、連れ戻せと。そうすることでしかこの里は救えん。いい加減、覚悟を決めろ」
「……」
 血のにじんだ口元を拭うと忍びは唇を噛みしめつつ、ふたりの足跡を探し始めた。いくつかの揃った足跡を見つけると、それを基に地図を見ながら10人の精鋭が山へ駆けていく。忍びは血の混じった淡を吐き出すと、彼らの背を追うことにした。

 一方、この山には小さな小屋がぽつんと建てられていた。
 小屋の中ではエクラ教を信仰するがゆえに迫害され、逃げてきた西洋の女が指を組んで祈っている。なぜかざわめく胸を落ち着かせるために……。その時、小屋を回避するように草を掻きわける音が聞こえた気がした。
『……?』
 戸をがこんと外し、外を見回すも誰もいない。女は平穏な夜明けを願い、襤褸切れ同然の蒲団に身を包み――瞳を閉じた。

 そんな中、貴方も追手のひとりとして出発を命じられた。
 黒装束で身を固め、鉤縄、匕首、刀……それらを装備し、駆け出した貴方はどのような未来を掴むのか……今は誰もわからない。

リプレイ本文

●それぞれの想い

 その日の夜、鞍馬 真(ka5819)はふいに蒲団に触れた手の皮の硬さに気がついた。これは変わり映えのない日々を繰り返してきた証。人と斬り合ううちに傷ついた皮膚が硬くなっている。
 故あって忍びとなった彼は使命を遂行するうちに里で有数の実力者となったものの、死ぬまでそれが続くと考えると背筋が凍る思いがした。
「生きているのに死んでいるような無為の日々……何なんだろうな、私は」
 思わず呟いたその時。里の者の叫びが彼の耳に飛び込んで来た。
「各々がた、勇之介様と夕凪様が姿を消された! 忍びの皆様は早急に捜索の用意を召されよ!!」
「何だって!?」
 がばっと身を起こす真。ふたりが恋仲でありながら夕凪が遠くの街に嫁ぐと決まったことは知っていたが、まさか2人が里を出るとは!
(私も捜索に出るしかないか。……いや、もしかしたらこの騒ぎは自由を得る機会になるか?)
 彼は装束を纏うと共に、腰に5つの発煙弾と手投げ弾を吊るした。

 その頃、紅の髪と瞳を持つ異国の忍びアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は燃えるような彩の愛刀を手にし、思考を巡らせた。
(ふ、駆け落ちとは随分と思い切ったな。以前より私も里を抜けようと考えていたが単独でやるとなれば私にも追手を差し向けられるだろう。……この状況を利用させてもらうか)
 元々鎖国に纏わる動乱で孤独になり、エクラ教徒迫害から逃れるためこの里に身を潜めたアルト。今や最高位の忍びに成長したといえど、この地は彼女にとってただの生活の場に過ぎず愛着はない。
(いっそこの閉鎖された国からも離れよう。この封建的な風土は私には合わない。私は自分で生き方ぐらい決められる人間だ)
 そのためならばどのような犠牲を払おうと構うものか。彼女は戦の気配を感じ冷酷になる心を心地よく感じつつ地を蹴った。

 甲高い声が響く中、義兄弟のアルマ・A・エインズワース(ka4901)とキャリコ・ビューイ(ka5044)は静かに頷きあった。
アルマは絡繰り仕掛けの法具を。キャリコは鉄砲を3丁準備する。
「話は以前から聞かされていたがな。ぬかるなよ、兄者」
キャリコは特に気に入りの異国から取り寄せた大型銃を手に微かに笑う。そんな彼にアルマはいとけない笑みを返した。
「あねさまの願いを叶えるのは僕らの役目。キャリコさんこそ頼みますよ? 頼りになるのは君だけなのですから」
 御屋形を「あねさま」と呼ぶアルマの顔はひどくあどけない。キャリコは半ば呆れたように「相変わらずだな……まぁ、いい。了解した」と頷いた。
 ――アルマとキャリコもかつてアルトと同じく鎖国により日の本に取り残されていた。そんなふたりを救ったのが若き日の御屋形だったことは彼らの記憶に深く刻み込まれている。
『腹が減っているのか。良かったらふたりとも私の里に来ないか? 修行と任務さえ行えば飯には困らぬし、温かい家もある』
 その誘いを受け入れた彼らは御屋形の言う通り修行を重ねるごとにアルマは爆発的な魔の力を会得し、キャリコは鉄砲に驚異的な才能を開花した。それは里にとって大きな恵みであり、義兄弟の存在意義ともなっている。
キャリコは訓練通りに闇に眼を馴らし、統率の取れた足跡を見出すと「こちらだ」とアルマに告げて走り出した。

 くのいちのユウ(ka6891)は単独で駆けだした。先行の追手達は御屋形の手塩にかけて育てられた忍び。2人を必ず捕えようとするに違いない。だが、これから山に向かう面々は何を考えているかわからない。
(何人かは「私と同じ思い」でいてくれるかもしれない。でも、どこまで信用できるか。いざとなったら裏切るかもしれないし、最初から全員敵かもしれない。だから連携は、しない)
 彼女は勇之介と夕凪を救うためだけに駆けている。それはかつて夕凪に命を救われたからだ。
 かつて大陸から送られてきた秘薬・龍造丸。それは幼児を急激かつ強靭に成長させる反面、身体に龍の如き鱗を生やし、炎のような熱を孕ませる恐ろしい薬だった。その秘薬の実験を幕府に命じられたのがこの里。捨て子のユウと同じ立場の子供達は次々と命を落としていった。
 そしてユウが薬を飲まされた際、彼女を救ってくれたのが夕凪だった。
「ゆうなぎ、さま……?」
「良かった。やっと、助けられた」
 熱が下がり意識を取り戻したユウに笑顔を向ける夕凪。それまで彼女はユウ達を救うため法力と薬学を駆使し尽力していたのだ。
(……私はあの日、夕凪様に救われた身。貴女の幸せのためならば私は修羅となりましょう)
 まだ12歳の身でありながら既にしなやかな美女の姿と冷静な思考能力を持つユウ。手の甲から肘の先をはじめ、その身の各所に生えた蒼白の硝子の如き美麗な鱗は夕凪に命を救われた証だ。ユウは誰に告げるわけでもなく、山の闇に姿を消した。


●暗闇の中での探り合い

 アルトは鋭い視覚と恐るべき俊足を駆使し、早々に追手と合流した。
「どうだ、状況は」
その問いに鷹使いの少女が相棒の鷹と視界を共有し、空中から周囲を見回す。
「森に一部不自然に折れた太き枝がございます。どうやら東西に揺らぎながら北へ向かっている模様」
「そういえば北に港町へ繋がる街道があったな。そこから船に乗って逃げる気か?」
 アルトが細い顎に手を当てる。なるほど、そこからならば追手の足を一時的に止められよう。
「……ならば私は君たちと共に行動しよう。もしふたりを見つけたら瞬時に確保する」
「おお、アルト様と共に戦場を駆けられるとは光栄です! ご指導のほどお願いいたします!」
 短刀使いの青年が手を叩いて喜んだ。忍びとしての腕は一流といえど、やはり精神は年齢相応。その無邪気さにアルトは厳しき指導者としての顔を見せつつ、その裏でしたたかに思考した。
(もし追跡を振り切るならば鷹遣いの娘は真っ先に殺るべきだろう。宙から姿を隠すのは面倒だからな。もっとも、先行している10人全てが御屋形の操り人形。全滅させるしかないが)と。

 その頃、アルマはキャリコと距離をとりつつ周囲を見回した。勇之介と夕凪は勿論、今回の混乱に乗じて逃れようとする者があるかもしれない。できれば早々に追手と合流し、情報を集めたくもあるが。
 ――消えた足跡のもと、にわかに首を宙に向ける。すると彼は紫の糸くずが枝に引っかかっているのを目にとめた。紫は夕凪の薬袋と同じ色。もしやと彼は木に登り、月明かりの中で揺れ動く木々を見つめると――そこに、2人の忍びが潜み、彼を警戒するように睨みつけていた。
「その杖、アルマか」
 勇之介が呟く。アルマは彼らを警戒させないよう表情を取り繕った。
「お二人とも待って……! あわっ」
 枝から彼らの潜む木に跳ぼうとした彼は呆気なく落ち、受け身をとるものの膝を強く打つ。その行為はキャリコへの報せなのだが、彼の本心を知らぬ夕凪は木から降りるなり彼へ癒しの光を齎した。
「あ、ありがとうございますぅ」
「いいえ、貴方は里で多くの方の心を癒してくださった。これぐらいは当然です。でも、私達のことは忘れてくださいね」
「夕凪さん……い、家出は駄目ですよう、帰りましょうよう」
 夕凪の拒絶の言葉に涙目で懇願するアルマ。すると勇之介が低い声を放った。
「俺達を止めるつもりなら、例えお前であろうとこの場で斬る」
「「……っ!」」
 アルマが顔を強張らせ、キャリコが銃口を勇之介に向ける。例え勇之介の指が何本か飛ぼうともと覚悟して。
 だが次の瞬間、アルマが涙目で二人へすり寄った。
「わうぅ、わかったです。それならせめて、僕に見送らせてください。僕はどんくさい駄目な忍びですが、術だけは使えますから……お二人を追う人達の目くらましにはなると思います」
 どうする、と見つめ合う勇之介と夕凪。だが夕凪は寛容だ。儚げな美貌に哀しげな色を湛えた。
「アルマさん……私達を守っていると認識されると里へ戻れなくなってしまいますよ」
「わかりました、それなら出来る範囲でお守りしますっ」
 アルマはその想いを気に留めることなく、にっこり笑う。――その時、真が彼らの声を聞き取り3人のもとへ俊脚で駆け付けた。アルマが2人を庇うように杖を横に構える。
「アルマ君、そして勇之介殿と夕凪殿。話は聞かせてもらったよ。私も自由の身になりたいんだ。協力させてもらえないかな?」
「どうしてまた、貴殿のような実力者が」
 勇之介の問いに真が肩を竦め、苦笑する。
「里にいては無為に時が流れる。自分のために生きてみたいだけだよ。君たちのようにね。もしそれが疑わしいと感じた時は……斬り捨ててくれて構わない」
 言葉の最後は静かに――そして真剣に。勇之介は彼の覚悟に息を呑むと、刀を鞘へ納めた。
「貴殿はそれ程の覚悟を持ってまで……ありがたい。それでは皆で何としてもこの山を抜けよう」

 一方、キャリコは他の忍びに気取られぬよう鍛錬を積ませた馬を乗りこなし、追手の弓使いの少年に出会うと彼に着いてくるように声を掛けた。
「逃亡中の忍びはいずれも強者揃いだ。その中で我々が逆転を狙うには死角からの狙撃が必須となる」
「はっ、自分もそう考え単独で追撃しておりました。キャリコ殿、何なりと御申しつけを」
 するとキャリコは従順な態度の彼に狙撃と囮を命じた。囮という役割に弓使いは顔を引き攣らせたが、キャリコの冷淡な瞳に言葉を失い黙って先行する。自分が囮になっている間に必ずキャリコが敵を仕留めてくれると、何度も心の中で自分に言い聞かせながら。

 西欧の血を引くルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)は追手のうち、癒し手と法術使い、符術使いと出会うといつも通りの元気な声でこう宣言した。
「ルンルン忍法を駆使し、おフランス忍者がお二人を抹殺しちゃいますよー!」
 そんな高らかかつ可憐な声に慌てる3人。もとより生命力がさほど高くない者ばかりだからこそ、先行している面々より心細さがあるのだろう。
「まぁまぁ、戦には定石というものがあるのですよー。それに従い工夫すれば力が弱くとも勝機は得られるのです! ……例えばこの山の滝を利用するとか」
「なるほど……逃げ場のない場所で畳みかければ我々でもあの2人を捕えることもできましょうか」
「うんうん。忍びの戦とは力のみにあらずなのですよ。ここを使わなきゃ、です!」
 笑いながら頭を人差し指で叩く秋桜。しかし彼女の心中は真剣だ。
(恋する想いは100万パワー、全てはワールドのピープルの幸せの為になんだからっ! ……悪いけれど、全員敵だと思って策を立てさせてもらいますね)
 秋桜は北に向かう足跡を見据え、どう追手と勇之介達を「目的地」まで誘導するべきか考え始める。
 それを木の上から隠の徒の術で気配を消し去り、見つめる者がいた。ユウである。
(秋桜さんは何を考えているのでしょう。滝へ誘導だなんて、揉み合いにでもなったら死者が出かねない。追跡して、最悪の場合は私が……っ!)
 ユウは周囲を見回すと秋桜と3名の追手を追うために足音もなく飛び降り、追跡を開始した。

 そんな中、自分のペースで森を駆ける少女がいた。琴吹 琉那(ka6082)である。
 彼女は刀術を得手とするくのいちと合流するなり激しく叱責された。
「貴女は何を考えておる!? 夕凪様は里の存続に不可欠な存在ぞ!」
「堪忍してや。追ってはみたものの、えらい逃げ足が速いわ。私では追いつけへんかっただけ。未熟やぁ……」
 わざと息を荒げて力不足を演じる琉那。くのいちは舌打ちすると絡繰使いの少年に先行するよう指示を出した。
「貴女は新入りの部類だろうが、これからは慎重かつ遅れず駆けるよう心掛けよ。今晩は里の未来がかかる戦になるからな」
「了解や。出来る限りのことはさせてもらうわ」
 口では下手に出るも、実は琉那は多くの任務をこなしている腕利きである。しかし年に数日しか里に戻らないためほぼ全員と面識がない。彼女の顔を知っているのは御屋形のみ。
(ふふ、別に見つかってもええで? ウチはいつも任務に出ておったもの。せやから万一会うても急にバッサリとならんはずや。このお嬢ちゃんとは途中で別れて、適当にやらせてもらお)
 くのいちの後方でにっと笑う琉那。彼女は手裏剣を指に挟むと速度を上げた。

 その頃、蓬(ka7311)は山から里を見下ろして「これでもう戻ることはないでしょう。皆さん、どうか恙なき毎日を……さようなら」と呟いた。
 彼女は以前より里を出て外の世界を旅することを夢想していた。任務に出た時だけ見ることの許される外の世界。
 もっとも、経験が浅い彼女に与えられる任務は市井の人々から情報を集める程度だったが、それでも平和な世界で様々な文化に触れる人々に憧れを感じていた。
(私は忍びではない生き方を探してみたい。御屋形様に背くことになっても里を出て……旅をしてみたい)
 そのため、この騒動は彼女にとって見逃せない機となっていた。まずは勇之介らに追手の一員として接近せねばと気が焦る。
 ――その時、体術を得意とする青年の姿が目に映った。
「あの、勇之介様達を追われている方ですか? 私もあの里の者です。銃の心得がありますのでお手伝いさせてください」
「いいだろう。ただし足は引っ張るなよ」
 傲慢な気のある男は疑うことなく夜目を利かせ、北へ走っていく。蓬はそれに黙ってついていった。

 一方、甲冑を纏った法術使いの濡羽 香墨(ka6760)と12歳という若年にして剣技を極めた澪(ka6002)は剣舞を得意とする少女と共に山を駆け――勇之介らの姿を見つけると戦闘態勢に入った。
「勇之介、夕凪様! お覚悟召されよッ!!」
 剣舞の少女は香墨と澪が支援につくものと信じ、剣を抜き放った。しかし彼女に対し香墨は光の杭を撃ち出した。辛うじて躱した少女が怒りを露わに叫ぶ。
「何をする!? お前が狙うは勇之介のはずだろうっ!」
 しかし香墨は無言で今度は無数の闇色の刃を放った。刃が少女の腕を傷つけ、そこから広がる影が脚を硬直させる。
「……貴様……!」
「……ごめんね」
 身動きの取れなくなった少女の腰を探り、捕縛用の縄を見つけた澪はそれで少女の腕を縛り付け、口に布を詰め込んで地に転がした。そして得物の刀を叢に遠く放り投げる。この少女が戦力になることはしばらくあるまい。
「本当は口封じに殺すのが常道なのだろうけど……そういうの、好きじゃないから。ありがとう、澪」
「ううん、香墨が後悔のないように務めるのが私の喜びだから」
 安堵したように見つめ合うふたり。しかし真は魔の力を宿した血色の刃を少女に振り上げた。
「赦してくれとは言わないよ、先に地獄で待っていてくれ」
 刃が振り下ろされる途端、ごろりと転がる首。香墨が思わず息を呑む。
「君達も追手を手にかけた身だ。あの里から逃げるつもりなのだろう? ならば生涯追われることを自覚すべきだ。辛いだろうが……追手には必ず止めをささねばならないよ」
 これは長年暗殺を手掛けてきた真だからこそ達した結論である。安寧を得るためには敵を全て殺めるしかないと。澪が震える香墨を庇うように真の前に立ち塞がる。
「……わかった。ただ、香墨は優しい子だから。私が代わりに殺る……それでいい?」
 彼は「その覚悟があるならね」と答え、勇之介達に彼女らの同行を許すよう求めた。


●闘争

 アルトがまず手に掛けたのはやはり鷹使いの少女だった。先ほどの戦により勇之介達の居場所を粗方掴んだ以上、鷹の視界を共有するだけでなく癒しの波動を広げる能力や、陣を地に刻むことで光を放つ業を持つこの少女は最早厄介者でしかない。
「アルト様、何で」
「私は里を抜ける。だから不要なものは斬り捨てるんだ」
「私は、不要……?」
 その言葉を最期に涙を一筋流し、少女は息絶えた。そこに偵察にと先行させていた青年が戻り、事切れた彼女を抱くと悲痛に叫んだ。
「な、なぜこんなことに……アルト様!」
「……私も丁度偵察に出ていたところでな。おそらくは勇之介か夕凪か……それとも奴らに与したものが殺ったのだろう。本当に残念なことだ」
 悲しげに目を伏せつつ、彼女は青年の反応を見た。身体を震わせる彼の表情は明らかに感情的で操りやすそうだ。
 アルトは「仇を討つなら今しかないぞ」と告げ、北へ走り出した。男は少女の躯を叢に寝かせるように葬るとアルトに黙したまま追走した。

 時同じくして勇之介らが北へと向かうさなか、突如アルマが木の根に転び足を挫いた。
 香墨が癒しの力を発動させようとするがアルマは「わうぅっ! 痛いです~」と足を抱いて転がり、茂みに潜り込む。
(香墨さんは明らかに逃亡派。今が好機です、キャリコさん!)
アルマを追ってきた香墨は疑うことなく彼の脚に手を伸ばそうとした。そこに威力を極限まで高めた弾丸が放たれる。
「あああッ!!?」
 香墨の太腿から飛び散る血肉。澪が咄嗟に茂みに跳び込み、香墨の脚を止血すると遠くに見える弓使いの姿を睨みつけた。
「お前がやったのね。よくも香墨を!」
 勿論弓使いはただの囮。真犯人のキャリコは再び銃に力を注ぎ、澪を撃とうとしたが……想定外のことが起きた。
 秋桜を追っていたはずのユウが闇の力で姿を隠し、弓使いの胸を天誅殺で両断したのだ。
「貴女は……ユウ!?」
 澪が叫ぶ。弓使いは何があったのか理解できなかったのだろう。目を見開いたまま地に伏せる。キャリコはそんな彼に「同情するが……これも任務なんでな。赦しは請わん、恨めよ」と詫びつつ標的を静かに変えた。
 ユウは叫んだ。
「香墨さんを安全な場所へ! 夕凪様もいらっしゃるのでしょう!? 敵の追手はまだいます。速やかにこの場をお離れください!」
 そう、彼女が認識している上では秋桜らがこの地に来るはずなのだ。それにまだ目にしていない追手もいる。ユウは己が身を盾にしてでも夕凪を守る気概でいるが、集団戦となれば分が悪い。
「わかった。香墨……少しだけ、辛抱して」
 既に気絶した香墨を背負い、後方に下がる澪。そこにユウも加わろうとするも、アルト、秋桜、蓬、ならびに追手の生き残り7人が到着するなり彼女らの追跡を始めた。
 特に秋桜は時折悪戯じみた表情で「リア充死すべし、慈悲はないのです」などと言いながら風雷陣を放ち、周辺の木々を倒していく。まるで脇道を塞ぐかのように。
 その中で短刀使いの青年が叫んだ。
「ユウ、貴様は夕凪様に恩義があったはずだな。そのためか、あの子を殺ったのは!?」
 彼はアルトにでたらめな情報を吹き込まれたのだろう。明確に夕凪派とされるユウに短刀が向けられる。
「……何のことかは存じませんが、貴方の殺意が夕凪様に向かう可能性がひとつでもあるならば。私は貴方を……殺します」
 ユウは持ち主を不幸にするという伝承が紡がれている大剣を彼に向けた。今更不幸が何だというのだ、ここまで愛する人を守って来られたことこそ奇跡であり幸福だ。
 そして勇之介と夕凪も覚悟を決めたのだろう。アルマを連れて岩陰から姿を現した。
 ここは渓谷の始まりとなっている滝の前。足を滑らせれば命すら落としかねない危険な場所だ。
「お前達は俺と夕凪を連れ戻しに来たのだろう? 俺は犠牲を望まんが、しかし傷ついた者、死した者への想いもあろう……」
「勇之介様が望むなら、私も最期まで」
 もはや誰もが死を避けられぬ戦いが始まろうとしている――各々が本心を隠したまま、得物だけを己の味方にして。


●現れる本心、そして訪れる無数の死

 死闘はアルトの意外な行動から流れが大きく乱れ始めた。
 なんと彼女は踏鳴で爆発的に脚力を加速させ、勇之介と激しく剣戟を繰り返したかとおもいきや、勇之介と夕凪の後ろに滑り込みその背を斬りつけたのだ。
 しかしそれは血糊を大きくぶちまけただけ。剣戟の最中、彼女は勇之介と密談を交わしていたのだ。
「二人とも、私に斬られたふりをして倒れてくれ。死したように見せかけ、追手が確認にきた瞬間を我々3人で一気に畳みかける」と。
「……わかった」
 勇之介と夕凪が小さく頷く。そして二人は悲鳴と共に血まみれになりうめき声をあげた。
「夕凪様あっ!」
 ユウがすぐに駆け出すものの短刀使いが彼女の前に立ち塞がる。そこにユウの足場にかからない程度の位置へ地縛符を仕掛ける者がいた。
「なんだ、これ。足が思うように動かないっ。くそっ!」
 犯人はそれまで捕縛派を気取っていた秋桜。彼女はユウにしか聞こえないよう、小声ですれ違いざまに囁く。
(ふふふ、風下に立ったがうぬの不覚なのです。愛するふたりを死で別つのは赦されないこと。ユウさん、足止めとかく乱は私に任せてください!!)
(ありがとう、秋桜さん!)
 一方、アルマはそれを好機とばかりに本性を現した。今までキャリコと御屋形にしか見せなかった冷酷な笑み。彼は勇之介と夕凪が倒れる中、とどめとばかりに氷の力を宿した手を翳す。
 だがその瞬間、澪の次元斬が彼の目の前の木々を滅多切りにし、ふたりをアルマの視界から隠し、氷の刃から守り抜いた。
「アルマも……裏切者ね?」
「僕はあねさまのためなら何でもします。そう、道化だろうと暗殺だろうとね……それに、先に裏切ったのはこのふたりなんですよ? この僕があねさまを裏切るゴミを見逃すわけないじゃないですかぁ」
 へらりと笑って凍り付いた木を蹴散らすアルマ。次の手番には次元斬で守ることはできない。澪が苦悩し顔を歪める。
 その裏でキャリコは誰が敵で味方なのか見定めようとしていた。義兄と追手の生き残りは味方。真と澪とユウと勇之介、夕凪は敵。香墨は戦力外と考えてよいだろう。
 一方でアルトのあの手際の良さには疑問を感じるし、秋桜も何を考えているのかわからない。
「……仕方あるまい、とにかく敵の中で実力者から殺るだけだ」
 もう銃には十分な力が宿っている。彼は優に向けて銃を向けたが――その腕を鋭く琉那が蹴飛ばした。
「……っ!」
 咄嗟に短銃を構えるキャリコ。しかし彼女は「鉄砲は堪忍や、痛ぅて好かんのよ」とおどけたような口調で壁歩きと俊脚を重ね、高木に登るとこう続けた。
「うちは未熟な忍びや、それよりも狙うべきもんがあるんとちゃうん?」
 たしかにそうだ。真は追手たちの業を俊脚で躱し、二刀流の刃で複数の相手を手玉にとっては気迫で一直線に並んだ敵を薙ぎ倒す。澪も覚悟を決めた様子で、虫の息の追手たちに祈るような瞳を向けつつ刀を刺した。
 今や真っ当な戦いができているのは義兄ぐらいなもので、そこに複数の刃が向かえばどうなるか。キャリコは敵複数人の額へ照準を合わせる。――その時、聴きなれた声が響いた。
『お前達……やはりこうなったか』
 傷だらけの大女、御屋形が馬に乗って山頂から彼らを見下ろす。その瞳にはただ現実を受け入れただけの冷たさがあった。
「あねさま! おかえりなさいっ!」
 アルマが無邪気に声を弾ませる。その一方で全員が動きを止めた。キャリコが銃を構えたまま思考する。
(確か族長は護衛と共に駕籠で向かったはず。それに帰投が早すぎる。どういうことだ?)
 その疑問に答えるように御屋形は口を開いた。
「夕凪は私の養女ゆえ、あまりに多くの機密を知っている。だからこそあの街の有力者に求められたわけだが……ふふっ、奴のくだらん陰謀の始末が終わったので帰ってきたのだ』
 するとアルマが冷徹な声で問う。
「ならば夕凪さんの顔には他所へ嫁げぬよう傷を。勇之介さんは四肢の腱を断つことで戦う力を奪うのはいかがでしょう。そうすれば2人は別れさせずに済むのでは?」
『いや、件の当主が不慮の死を迎え、代わりに物分かりの良い嫡男が夕凪を迎えることになった。さすがに里の未来を捨てるわけにはいかんのでな。ましてや里から逃げようとする男にやるほど私は酔狂ではない。それにこの機に乗じて忍びの宿命から逃げようとする者達も許すわけにはいかぬ』
 そう高みから睨みつける彼女の腕には戦闘用に誂えた重厚な鉞があった。アルマは仕方ないとばかりに西洋風の外套を翻す。
「わかりました。キャリコさん、追手の皆……御屋形様とともに裏切者へ罰を与えましょう」
 その宣言と同時に再び始まる戦。アルトはこの戦を早急に終わらせることを決意した。要は――主力である御屋形とアルマとキャリコを仕留めれば後はどうにでもなる。何せ養女の夕凪以外に跡取りの居ない里だ、御屋形が消えれば追手を送る余裕さえなくなるだろう。
 アルトは残像を纏うと騎士刀を構え、御屋形に踏鳴で爆発的な速度の突撃を敢行した。
「今までよくも修羅の道を歩ませてくれたな……蓮華ッ!!」
 二連の刃を避けるべく馬の腹を軽く蹴る御屋形。しかしアルトの左手に構えた縄付きの鉤爪が回避を許さない。
『ぐっ……!』
 御屋形の脚に刀が浅く刺さる。……だが、痛みはひとつだけ。アルマが立ち塞がり、彼女を庇っていたのだ。
 キャリコと御屋形が悲鳴の如く叫ぶ。
『「アルマ!!?」』
「あねさま、にげて、ください。ここは僕にまかせて……」
 アルマは知っている。自分には常人には持ちえない魔の力があるが、アルトにはそれを超える速さと力があることを。
 ――胸が、痛い。血が止まらず、夏のはずなのに体が冷える。もうきっと、自分は助からない。だから最後の魔の力を。義弟と行く先のなかった自分に生きる道を与えてくれた人のために。
「全員、凍って砕けろ……蒼光の曼殊沙華……!」
 紡いだ術はあまりも鮮やかで美しい蒼の氷柱の華だった。アルマを斬り捨てようとしたくのいちは血色の華になり、体術使いも右半身を引きちぎられ、術を行使しようとした忍びは顔を潰された。
 もっとも、最大の敵であるアルトはその執念に驚かされつつも躱すことに成功していたが。
「御屋形、逃げないのか。お前の娘は死に、守り手も救われない。例え無様であろうとも逃げ、子を持ち、里を立て直すのが責務だと思うが?」
 アルトが渇いた声で問う。その時、風を裂く音が聴こえた。アルトの右腕、肘から先が――消えている。
「敵が一人と思わぬことだ。義兄の仇、討たせてもらう!」
 普段は戦場で感情を見せぬキャリコが声を荒げる。彼の手にはアルコルと呼ばれた銃が硝煙を上げていた。
 トリガーエンド――西洋ではこう呼ばれる、たったひとつの銃弾に全ての力を乗せて必殺の一撃を繰り出す業。
 アルトはすかさず愛刀を手首ごと拾うと、高度な治癒術を施し、その身を翻した。復讐鬼と化したあの男が銃を持ち換え、あの必殺の弾を討つ前にと。
(さすがに欠落した部位を修復するのは無理か……まぁ、いい。あの御屋形が他の連中と斬り合っているうちに私は港へ行き、そして出島へ向かおう。この国の機密を知りたがっている機関は多いはずだからな)
 隻腕となったアルトは痛みの和らいだ腕に薄く笑みを浮かべると、剣だけを持ち手首を茂みに投げ捨てた。自由と比べれば安いものだと思いながら。

 アルトとアルマの居なくなった戦場はますます混迷を極めていた。
 秋桜の地縛符で疾走できなくなった青年と癒し手がのろのろと勇之介らの遺体を改めようとしたところ、アルトの言いつけを覚えていたふたりが起き上がり、各々が強烈な業を叩き込む。そしてよろめいた青年を気まぐれで地に降りた琉那が鎧通しの力が宿った脚で蹴り倒し、癒し手の頭を蓬が十分に狙い撃ち抜いた。
 符の使い手は澪が容赦なく符ごと次元斬で斬り刻み、半身を失った体術使いはユウがとどめを刺した。そして最後に生き残った絡繰り使いは――真が呆気なく斬り捨てる。
 勿論御屋形とキャリコは若き忍びを失うまいと善戦するも、この流れは既に変えられなくなっていた。

 もはや顔見知りばかりとなった戦場。真もこの戦の無意味さに嫌気がさしたのだろう。丁度岩が入り組んでいる難所を目にすると、発煙弾から色の濃いものを選び、地に叩きつけた。
「私は知人は斬らない主義でね。この辺でお暇させてもらうよ」
 穏やかな声と共に姿を消す真。もう彼は二度とこの地に帰ってくることはないだろう。
 澪も物陰に身を移し、香墨が意識を取り戻し傷を癒したのを確認すると彼女へ肩を貸した。
「……澪、ごめんね」
「ううん。香墨、私達は逃げきれればそれでいい。二人のことは心配だけど、私達にできるのはきっとここまでだから」
「ん。それに。里にはもう戻れない」
 頷く香墨の顔はひどい罪悪感に塗れていた。澪は彼女の漆黒の瞳を見つめ、言う。
「いい? 香墨、私は生きて貴女と共にいたいの、香墨のことが一番大事だから! だから逃げよう!」
 その切実な声に、香墨は今までずっと耐えてきた涙をようやく流した。


●死

 忍び達の逃亡が続く中、滝の上では勇之介の始末が行われようとしていた。泣き叫ぶ夕凪を抱きかかえ「どうかご辛抱を」と説得するユウ。
 秋桜は勇之介を羽交い絞めにした。そして「勇之介殿、此度の失態はあまりに甚大につき私も責任を取りまする。いざ、お覚悟を!」と叫び、滝へと高く跳び上がる。身が逆さになる瞬間、ユウに片眼で合図して。――その身には御霊符「影装」の力が宿っている。
「勇之介さん、どこに落ちたい? ルンルン忍法ニンジャドライバー……生きて幸せに」
 やがて、ど……んと響く水音。滝壺から朱い水が広がる様子に御屋形が目を瞑った。
「いやあああ! 勇之介様、私を……私をどうかひとりにしないでくださいませ!!」
 夕凪が錯乱して絶叫した。その時、ユウもまた夕凪を抱きしめ。
「それでは私どもも参りましょう。私達も里抜けを考えた者同士、責任をとらねばなりません」
 ユウは夕凪を全身で包み込むようにして抱き、堕ちていった。その様にも御屋形は呆然とし……ただ、自分の腕の中で冷たくなっていくアルマの頬に涙を落としていた。
「あねさま……なんか、寒いのにほっぺがあったかいです。ふしぎですね」
「そうだな、おかしいな。なんでだろう」
「ねえ。最後の時にキャリコさんとあねさまと一緒で僕……とっても嬉しいです。今まで怖いこと、悪いこと、したけど……最後が幸せってなんか……」
 ふふ、と笑いアルマが息を引き取る。その顔はとても愛らしかった。
「アルマ、俺は忘れない。今日のことを……絶対に。例え奴がどこへ行こうとも仇を討ってやる」
 キャリコはそう呟くと銃口が焼け付いた銃を肩に掛け、里へ下りて行った。御屋形は「何故だ、此処まで多くのものを……」と虚ろに呟くと、アルマの遺体を抱き何処かへと姿を消した。


●結末

 秋桜は滝壺から血まみれになった背を撫でながら這い上がると、勇之介の腕を引っ張り上げた。
「壁歩きで壁に吸い付いて少しだけ落下速度を落としたけれど、やっぱり少し痛かったですね~」
 彼女はそう笑いながら、女性陣が降りてくるのを見守っている。
 ユウは大剣を断崖に突き刺して滝の裏側に姿を隠し、隠の徒で気配を消した状態で手ごろな大きさの岩を落とし自殺を偽装したのだった。
「さぁ、もうここからは自由です。……って、私達もそうなんですけど♪」
 秋桜が陽気に笑う。そこに琉那が現れ、呆れ顔を浮かべた。
「ほんに……アンタらがどこまで本気なんか知りたかっただけやのになぁ。抜け忍として追われながらも最期まで寄り添い支え合う覚悟があるのかっちゅうな。そしたらこんなことやらかす始末……」
 その言葉にびしょ濡れの勇之介は「此度は誠に申し訳ない」と皆に頭を下げた。琉那は4人に向けて厳しい声で続ける。
「ええか? 忍びは死ぬまで忍びや。普通の人生なんて送れへん。慎ましき幸に隣り合わせになるのが修羅の道や。……それでもええんか」
 するとユウが小首を傾げて言った。
「でもこれからは危険な薬の実験に使われたり、鉄砲玉扱いされなくて済むんです。斬って斬られるのは日常でしたし……十分に幸福な気がします」
「そうなのです。日によっては戦わなくても良い平和で自由な日があるのかもしれないのです。それだけで十分ですよ♪」
 秋桜の言葉に頷きあう4人。琉那は「まぁ、そういうもんかもしれんけど……ま、私も晴れて抜け忍の身になったし。好きに生かせてもらうわ」と苦笑いを浮かべて森の奥へ姿を消していった。

 その頃、真は北の港町にたどり着いていた。新品の装束を纏い乗船手続きをとる。
 ふと船着き場を見れば片腕を隠し頭巾をかぶった女の姿がある。もしやと駆けると、案の定それはアルトだった。
「傷の具合は……」
「すぐに治療したから問題はない。義手を手に入れるまでは悪目立ちするがね。それよりも、もう私はこの閉鎖された国には戻らない。今はまだ見ぬ故郷に帰ってから何をしようか心が躍っているのだよ」
「……自由、ということか。この先には何があるのだろう。私は必ず生き抜いてみせるよ。今まだ見ぬ景色を、知り得なかった知識を、触れたことなき物や匂い、感じたことのない想いを識るために」
「……それでは互いの旅路の無事を願って、別れとしよう」
「ああ」
 それっきり二人は言葉を交わすことなく別々の船に乗って新天地に向かった。これ以降の2人の記録は残っていない。

 蓬は戦が終わった後、呆然としていた。どこに向かうべきか見当がつかなくなるほどに。
 そんな中、山を彷徨う彼女は粗末な小屋を見つけた。
(たしか山に西洋人が隠れ住む小屋があったはず。それが、これ? 御屋形様は『あれはエクラ教の修道女だ。手を出せば厄介なことになる。放っておけ』と仰っていたけれど)
 もしかしたら思考や経験の異なる人と出会い、話すことで新しい道が見つかるかもしれない。蓬はそう考え、木々から瑞々しい果物を採取すると粗末な戸を軽く叩いた。
 金髪に紫色の瞳を持つ女に蓬は緊張を覚えたが――何事も最初が肝心だ。蓬が笑顔を取り繕って果物を差し出し、事情を話す。
「道に迷ってしまいまして。夜明けには出ていきますから、どうか助けていただけませんか……」
 そんな蓬の願いに寂しがりの西洋人は人好きのする笑顔を浮かべ「ヨカッタラ、ドウゾ」と答えた。

 その頃、香墨は西に向かう街道から隠れ里のある山を振り返っていた。実はまだ香墨の脚は術を幾度も掛けても痛む。身体の部位は治っても機能は衰えている――現代で言うところのリハビリテーションが必要な状態だ。それが弱気にさせるのか。
「御屋形様には悪いけど」
 思わず漏らした呟きに澪が少しツンとした声で返す。
「香墨、もう振り返らないの。私達はこのまま里を離れるのだから。過酷な道行になるとは思う。けれど……」
「……きっと大丈夫、澪がいるから。それはそれで」
「「貴女と一緒なら。どこまででも行けるから」」
 重なり合った二つの声。二人は笑いあうと手に手をとって、新しい世界へと踏み出していった。

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  • 茨の王
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    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • 自在の弾丸
    キャリコ・ビューイ(ka5044
    人間(紅)|18才|男性|猟撃士
  • 忍軍創設者
    ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784
    人間(蒼)|17才|女性|符術師

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 比翼連理―瞳―
    澪(ka6002
    鬼|12才|女性|舞刀士
  • 忍者(自称)
    琴吹 琉那(ka6082
    人間(蒼)|16才|女性|格闘士
  • 比翼連理―翼―
    濡羽 香墨(ka6760
    鬼|16才|女性|聖導士
  • 無垢なる守護者
    ユウ(ka6891
    ドラグーン|21才|女性|疾影士
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    蓬(ka7311
    人間(蒼)|13才|女性|猟撃士

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アイコン 質問卓
アルマ・A・エインズワース(ka4901
エルフ|26才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2019/01/03 16:38:51
アイコン 悔いなき忍生の為に【相談卓】
アルマ・A・エインズワース(ka4901
エルフ|26才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2019/01/06 12:12:48
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/01/06 09:10:39