ゲスト
(ka0000)
【陶曲】その旅路の果て、虚霧のワルツ
マスター:のどか

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/01/17 22:00
- 完成日
- 2019/01/31 23:42
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●霧の山
アメンスィの下した決断と願いは、すぐにオフィスを通してあらゆるハンターに周知されることとなった。
術の行使のために必要とされる「大地の裂目の調査」と「土地精霊たちの増力」。
これらを為す中で、この数ヶ月、ある種の腫物として扱われていた「霧の山」が話題に上がるのはなかば必然であったのかもしれない。
「あそこにはかつて、山を治める精霊の祭壇がありました。霧などに覆われることもなく、空気の澄んだ美しい場所だったのです」
アメンスィの証言によれば、300年前のラルヴァとのゲーム――その攻防の中で所有権を奪われてしまった結果、今のような鬱屈とした「霧の山」の姿になってしまったという。
「祭壇を建て直せば山の精霊はすぐにでも力を取り戻せるでしょう。しかし……彼女が再びあの地を治めるには、“楔”の役割を果たしている脅威を取り除かなければなりません」
霧の山の屋敷――災厄の十三魔ジャンヌ・ポワソン。
同盟の地で表立った行動の少ない彼女とその配下であったが、夢幻城を追い出されたのちに嫉妬歪虚たちが彼らの支配域内に匿ったのは“楔”の役目を任せるためであろう。
「動く必要がない役目だからこそ、逆に彼女のような存在は好まれる。ラルヴァは自らの“駒”の使い方をよく理解しています」
そしてアメンスィは、一呼吸おいて語った。
「霧の山を取り戻して欲しいのです。精霊たちが力を及ぼせない今、あなた方だけが頼りなのです」
かくして、オフィスにて霧の山・ジャンヌ屋敷の攻略隊が募集されることとなる。
狭い室内での戦闘が想定されるため、機動兵器や幻獣を同行させるわけにはいかない。
その身ひとつでの電撃的な制圧作戦が求められるところであった。
●ひとりきりの姫君
「――おや、思ったよりも早かったですね」
サイドボードでお茶を入れながら、コレクターはふと天井の梁を見上げた。
張り付いたような笑顔は変わらぬまま、落ち着いた様子でカップにお茶を入れ切ると、ボードの上に静かに置く。
「そう言えば……フランカはどこへ出かけたのかしら……?」
天蓋付きの大きなベッドのうえで、もぞりとジャンヌが寝返りをうつ。
うつ伏せになって手足を白いシーツの上に投げ出すと、憂鬱な瞳で傍に控えるコレクターのことを見上げた。
「さぁ……遊びに出かけたのではないですか?」
冗談めかして答えたコレクターはその実、フランカの事の顛末をメイド人形を通して知っている。
心が壊れてしまった人形にハンターの邪魔をするだけの力はなかったか。
もう一押し、あの名も知らぬ“強欲”に期待もしたがああなっては仕方がない。
タフであろうとも、あれだけの猛攻をうけては只で済みはしないだろう。
いまごろどこぞの谷底で朽ち果てたか、生き恥を晒しながら朽ちるのを待つだけの身になっているか。
知れぬことは、些末事だ。
「さて……私はお勤めを果たしてまいりますので、姫様はこのまま――いや、動くことなどありませんか」
「……?」
上目遣いで疑問を示してから、ジャンヌはすぐに興味を失って羽毛の枕へと顔をうずめた。
「退屈だわ……」
そのつぶやきに、コレクターは肩をすくめながら答える。
「すぐにでも、騒がしくなりますよ」
彼は恭しく一礼をして、部屋を後にした。
「さて、あなた様の器がどれほどのものか――楽しみですね、ジャンヌ様」
清掃の行き届いた木造の廊下を歩きながら、コレクターはどこか含みのある笑顔を浮かべる。
王の駒として終わるのか、主として比類なき生を見せるのか。
そのどちらでもこれ以上になく愉快なこと。
長年連れ添った部下をすべて失った中で、今の彼女に何ができるのか。
今の彼が知りたいのはただそれだけだ。
見下ろした窓の外で、霧の先からやってくる人間たちの気配をモノクルに収めながら。
●不思議の歪虚屋敷
霧の中にそびえたつ3階建ての大きな屋敷。
記録ではかつてとある富豪の所有物とされていたが、亡くなってからは廃墟となり、今では占領した歪虚の手で修繕され根城として活用されている。
主の名はジャンヌ・ポワソン。
災厄の十三魔に数えられる怠惰の姫君だ。
ここまでの道中、拍子抜けなほどに敵勢力との衝突がなかった。
周辺域でたびたび目撃されているメイド服の陶器人形の姿は一切見当たらず、不気味な静けさのままハンター達は屋敷の前へと布陣する。
すると、まるで彼らを迎え入れるかのように大きな観音開きの玄関が開いた。
奥に覗いた
『みな様、ようこそいらっしゃいました。私、この屋敷の管理を任されておりますコレクターと申します』
どこからともなく、まるで屋敷そのものが語っているかのように壮齢の男の声が辺りに響く。
『みな様のお越しを歓迎いたします。みな様の力が勝れば、主との謁見も可能でしょう』
言葉と同時に屋敷全体が負のマテリアルに覆われ、戸口から覗いた内部の光景が一斉に様変わりした。
グラグラと、まるでパズルを入れ替えるかのように廊下が、階段が、部屋が、その配置を入れ替えていく。
しばらくして地響きと共に収まったその変化。
玄関から覗くのは、左右に扉が連なりながらまっすぐ闇へと続く廊下に様変わりしていた。
『どうぞごゆるりと、私共のお持て成しでおくつろぎください』
アメンスィの下した決断と願いは、すぐにオフィスを通してあらゆるハンターに周知されることとなった。
術の行使のために必要とされる「大地の裂目の調査」と「土地精霊たちの増力」。
これらを為す中で、この数ヶ月、ある種の腫物として扱われていた「霧の山」が話題に上がるのはなかば必然であったのかもしれない。
「あそこにはかつて、山を治める精霊の祭壇がありました。霧などに覆われることもなく、空気の澄んだ美しい場所だったのです」
アメンスィの証言によれば、300年前のラルヴァとのゲーム――その攻防の中で所有権を奪われてしまった結果、今のような鬱屈とした「霧の山」の姿になってしまったという。
「祭壇を建て直せば山の精霊はすぐにでも力を取り戻せるでしょう。しかし……彼女が再びあの地を治めるには、“楔”の役割を果たしている脅威を取り除かなければなりません」
霧の山の屋敷――災厄の十三魔ジャンヌ・ポワソン。
同盟の地で表立った行動の少ない彼女とその配下であったが、夢幻城を追い出されたのちに嫉妬歪虚たちが彼らの支配域内に匿ったのは“楔”の役目を任せるためであろう。
「動く必要がない役目だからこそ、逆に彼女のような存在は好まれる。ラルヴァは自らの“駒”の使い方をよく理解しています」
そしてアメンスィは、一呼吸おいて語った。
「霧の山を取り戻して欲しいのです。精霊たちが力を及ぼせない今、あなた方だけが頼りなのです」
かくして、オフィスにて霧の山・ジャンヌ屋敷の攻略隊が募集されることとなる。
狭い室内での戦闘が想定されるため、機動兵器や幻獣を同行させるわけにはいかない。
その身ひとつでの電撃的な制圧作戦が求められるところであった。
●ひとりきりの姫君
「――おや、思ったよりも早かったですね」
サイドボードでお茶を入れながら、コレクターはふと天井の梁を見上げた。
張り付いたような笑顔は変わらぬまま、落ち着いた様子でカップにお茶を入れ切ると、ボードの上に静かに置く。
「そう言えば……フランカはどこへ出かけたのかしら……?」
天蓋付きの大きなベッドのうえで、もぞりとジャンヌが寝返りをうつ。
うつ伏せになって手足を白いシーツの上に投げ出すと、憂鬱な瞳で傍に控えるコレクターのことを見上げた。
「さぁ……遊びに出かけたのではないですか?」
冗談めかして答えたコレクターはその実、フランカの事の顛末をメイド人形を通して知っている。
心が壊れてしまった人形にハンターの邪魔をするだけの力はなかったか。
もう一押し、あの名も知らぬ“強欲”に期待もしたがああなっては仕方がない。
タフであろうとも、あれだけの猛攻をうけては只で済みはしないだろう。
いまごろどこぞの谷底で朽ち果てたか、生き恥を晒しながら朽ちるのを待つだけの身になっているか。
知れぬことは、些末事だ。
「さて……私はお勤めを果たしてまいりますので、姫様はこのまま――いや、動くことなどありませんか」
「……?」
上目遣いで疑問を示してから、ジャンヌはすぐに興味を失って羽毛の枕へと顔をうずめた。
「退屈だわ……」
そのつぶやきに、コレクターは肩をすくめながら答える。
「すぐにでも、騒がしくなりますよ」
彼は恭しく一礼をして、部屋を後にした。
「さて、あなた様の器がどれほどのものか――楽しみですね、ジャンヌ様」
清掃の行き届いた木造の廊下を歩きながら、コレクターはどこか含みのある笑顔を浮かべる。
王の駒として終わるのか、主として比類なき生を見せるのか。
そのどちらでもこれ以上になく愉快なこと。
長年連れ添った部下をすべて失った中で、今の彼女に何ができるのか。
今の彼が知りたいのはただそれだけだ。
見下ろした窓の外で、霧の先からやってくる人間たちの気配をモノクルに収めながら。
●不思議の歪虚屋敷
霧の中にそびえたつ3階建ての大きな屋敷。
記録ではかつてとある富豪の所有物とされていたが、亡くなってからは廃墟となり、今では占領した歪虚の手で修繕され根城として活用されている。
主の名はジャンヌ・ポワソン。
災厄の十三魔に数えられる怠惰の姫君だ。
ここまでの道中、拍子抜けなほどに敵勢力との衝突がなかった。
周辺域でたびたび目撃されているメイド服の陶器人形の姿は一切見当たらず、不気味な静けさのままハンター達は屋敷の前へと布陣する。
すると、まるで彼らを迎え入れるかのように大きな観音開きの玄関が開いた。
奥に覗いた
『みな様、ようこそいらっしゃいました。私、この屋敷の管理を任されておりますコレクターと申します』
どこからともなく、まるで屋敷そのものが語っているかのように壮齢の男の声が辺りに響く。
『みな様のお越しを歓迎いたします。みな様の力が勝れば、主との謁見も可能でしょう』
言葉と同時に屋敷全体が負のマテリアルに覆われ、戸口から覗いた内部の光景が一斉に様変わりした。
グラグラと、まるでパズルを入れ替えるかのように廊下が、階段が、部屋が、その配置を入れ替えていく。
しばらくして地響きと共に収まったその変化。
玄関から覗くのは、左右に扉が連なりながらまっすぐ闇へと続く廊下に様変わりしていた。
『どうぞごゆるりと、私共のお持て成しでおくつろぎください』
リプレイ本文
●
警戒しつつ入口から屋敷へ足を踏み入れたハンター達は、5人ずつの班に分かれて屋敷の探索を行うこととなった。
キヅカ・リク(ka0038)を中心とした連結通話で幾人かのトランシーバーの同期を行い、それぞれを連絡係として班に配す。
それを基本の連絡網に、他の通信機器も互いに繋げるだけつないで探索は開始された。
最初の小部屋で、マリィア・バルデス(ka5848)はデリンジャーを構えながら、板張りの床を足元を確かめるように進んでいた。
銃口の向きに合わせて水晶球がやや薄暗い部屋の中を照らし、部屋の中にあるベッドや並ぶ調度品を照らし出す。
「ゲストルームでしょうか。普段使いされている印象はありませんね」
整頓されながらも生活感のない部屋の様子にGacrux(ka2726)がぽつりと感想を溢した。
「結局ここに戻ってきた……あの時、もっと私たちに想像力があったなら」
「あの時、私たちはできることを最大限に行いました」
どこか悔しそうに口にしたマリィアに、Uisca Amhran(ka0754)が自らへも言い聞かせるように答える。
「それで納得しようとは思いませんが……ですが戻ってきた私たちには、あの時以上にできることがあるはずです」
「……その通りね」
過ぎた過去は変えられない。
前を向き続けること以外に残される選択肢はないのだ。
「ひとまずジャンヌの居場所を探したいところだけど、個人的には屋敷の一番上か、一番下のどちらかにいると思ってる。だからまず階段を探したいんだ」
「エントランスを見つけられれば一気に登れそうだけれど……とりあえず、この部屋は先に続いているみたいですね」
リクの提案にアティ(ka2729)が部屋の奥に浮かび上がる扉を見た。
不用心にも半開きにされた扉は、少なくともその先に何らかの空間が続いていることを告げる。
「ジャンヌが近ければそれだけ汚染も濃くなると思うの。勘頼みにはなるけれど、何も指針がないよりはマシじゃないかしら」
マリィアの言葉に頷いたガクルックスは、慎重に扉に近づき、魔導剣を構えた。
「良いようにされたまま、というのも癪ですし。できる限りの先手は打っておきますよ」
閃いた刃が木製の扉を両断する。
それで一気に視界を確保して、シールドを構えたまま次のブロックへと足を踏み入れた。
別の扉へと入った班を待ち受けていたのは、掃除用具や一見ガラクタのようなものが積まれた倉庫のような場所だった。
奥に見える別の扉を目指す中で、南條 真水(ka2377)はおお真面目な表情で手に持ったカードをめくる。
「ムムッ……カードが示すには、コレクターとやらは2階にいるみたいだね」
「アハハ、それはいい道しるべだ。もともと闇雲に近い捜索だしね」
どこか愉快そうに笑うイルム=ローレ・エーレ(ka5113)。
とはいえ、ふたりともまるっきり占いの結果を信じているわけではない。
だがどうせしらみつぶしになっていくのなら、ある程度何かに決断を委ねていくのは楽なものだ。
「ちなみに、私の占いだと3階って出ましたよぉ」
「うんうん。つまり、上に行けばいいってことかな」
ニコニコと笑顔を浮かべながら、星野 ハナ(ka5852)も自分の占い結果を語る。
ぶつかり合った2つの結果を、イルムが大人らしくまとめあげた。
「コレクターって執事って感じのきちんとした人なんですよ。だから、私たちを迎えるのにふさわしい場所にいると思うんです」
百鬼 一夏(ka7308)が、壁に大きく自分のサインを残しながらその考えを述べる。
そして現在位置を方眼紙に記していると、その肩にトンと何か固いものが触れた。
びっくりして、慌ててそれを払いのける。
何かの拍子に倒れたのだろうか、木製の柄の長モップだった。
「はぁー、びっくりした!」
「大丈夫ですか?」
大きなため息をついた一夏に、アシェ-ル(ka2983)が笑顔で語り掛ける。
気持ちを落ち着けて笑いあった一夏だったが、突然その表情が凍り付いた。
「どうしたんです?」
首をかしげるアシェールに、一夏は震える手で彼女の後ろを指差す。
アシェールが振り向くと、後ろの床においてあった植木鉢が、ふわふわと宙に浮かび上がっていた。
植木鉢だけじゃない。
周囲にあった掃除用具が、ガラクタの山が、ふわふわと一斉に浮かんでいく。
「おおー、これは俗にいうポルターガイストってやつだね」
「わぁ~、私も生きてるうちに1回くらい見てみたいって思ってたんですよぉ」
感心する真水とハナに、イルムがパンと小さく拍子を打って笑いかけた。
「喜んでくれて嬉しいよ。ただ、どうやら喜んでばかりもいられないみたいだ」
言うや否や、浮かんだ数多の物体が勢いよく部屋の中を飛び回り始めた。
エアルドフリス(ka1856)は、部屋の中央に床にナイフで印を刻みながら静かに考え込む。
「屋敷の外観としては大きな変化はない。とすれば、内部もある程度形を保ったまま変化していると思えるが」
彼らが足を踏み入れたのは同じく客室と思われる場所。
方眼紙にここまでの地図を描いて、ジュード・エアハート(ka0410)はエアルドフリスが撮った外観写真を眺めていた。
「こうしてちゃんと部屋が部屋の形をしているところ見ると、変化っていうより入れ替えって感じがするよね」
一方、部屋をうろうろしているボルディア・コンフラムス(ka0796)は、鼻を何度かすんすん鳴らしてから、うえっと顔をしかめる。
「カビくさくて匂いもなにもあったもんじゃねぇな……」
「もとは廃墟だったらしいですからね。修繕しても、建物自体の古さはどうしようもないのでしょう」
苦笑するイツキ・ウィオラス(ka6512)に、ボルディアは不満を紛らわすように肩をぐるぐる回す。
「随分シャレた仕掛けを用意してくれたもんだが……変化がこれ一度きりとも思えないな」
探索の円滑化を狙って通った扉を外すコーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)に、イツキとジュードがほぼ同時に頷き返す。
「俺もそんな気がします。だけど、それはそれでありがたいんですけどね」
「どういうことだ?」
ジュードの見解に、ボルディアはクエスチョンマークを浮かべる。
「入れ替えの目的はおそらく私たちをジャンヌのもとへたどり着けないようにすることです。だとしたら不自然に遠ざけられる場所。やがて埋められていく地図の空白点から、ある程度の目的地を絞れるようになるはずです」
イツキが優しく解説を添えたが、ボルディアはなおも大きく首をかしげる。
やがて唸りながら髪の毛をわしゃわしゃと掻き上げて、背負った魔斧を抜き放った。
「くそー、そんなちまちまやってられっか! 俺はまっすぐ行くぞ!」
「なっ……おい、ボルディア!」
コーネリアの静止を振り切って、ボルディアが近場の壁をぶちこわして隣の部屋へと飛び出した。
「追いかけるか……?」
とはいえ、あっという間にボルディアの姿は見えなくなってしまう。
「まあ……あれでも守護者だ。そう簡単にはくたばらんだろう」
答えたエアルドフリスは彼女に信頼こそ置いていたものの、頭を悩まされたことには変わらなかった。
「ここは晩餐室……かしら」
だだっ広い空間に大きな長机と椅子が鎮座する部屋を前に、リアリュール(ka2003)がぽつりと漏らす。
後から入ってきた蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)が床に苦無を突き立てると、どんよりと身体を覆う倦怠感に肩をすくめた。
「このような空気の中では、どれほど豪勢な食事でもさぞまずかろう」
「でも、あいつらって基本的にはメシなんか食わなくていいハズだよな。なのに、こうしてちゃんと綺麗にしてあるのはなんでだ?」
リュー・グランフェスト(ka2419)の疑問に明確な答えを出せる者はいないだろう。
だがあえて答えるとすれば、生前の習慣や癖のようなものなのかもしれない。
そんな時、ガタリと椅子のひとつが大きく揺れ動いた。
警戒を強める中、床とテーブルクロスの隙間からメイド服を着たマネキンが這い出す。
「そ、そのまま、床掃除に徹してもらってていいんだけど!」
テンシ・アガート(ka0589)の言葉とは裏腹に、机の下から次々と現れるメイド達。
あっという間に、部屋は人形で埋め尽くされる。
「お客さまをおもてなし――ってわけでもなさそうね」
敵の態勢が整う前に、目にも止まらぬ速さでリボルバーを速射するリアリュール。
次々と放たれた銃弾が陶器の身体を打ち貫く。
「私としては、こういう役回りの方がありがたい」
出鼻をくじかれたメイドの群れに、レイア・アローネ(ka4082)が飛び込んだ。
抜き放った魔導剣が袈裟に敵を両断すると、形を保てなくなった身体が粉々に砕け散る。
「最近この辺りで見るメイドは、寄って集って袋叩きにしてくるそうじゃの? 囲まれぬよう、気を付けてまいろうか」
蜜鈴の生み出した冷気の種子が、レイアそばの人形に着弾し、伸ばした氷の根で身体を貫く。
美しく開いた花弁が散ると、同時に人形もカラカラと砕けていった。
そうして開いたスペースにリューが飛び込んで、レイアの背後を塞ぐ。
背を彼女に預けるように自分自身も後ろへの憂いを絶つと、星神器の名を冠する聖剣を振う。
「時間をかけるつもりはねぇぜ」
赤いマテリアルを纏った剣は一撃で人形を塵へと還す。
少なくとも、これくらいならば彼らにとってものの数ではなかった。
残るひと組が足を踏み入れた部屋は、両サイドに大量の額縁が飾られた長い画廊だった。
「おそらく突き当りは行き止まりか、あっても小部屋がひとつくらいか」
アーサー・ホーガン(ka0471)は剣で遠近感を図って、外観で見た屋敷のサイズ感の記憶と照らし合わせる。
少なくとも敵がいないことは一目瞭然。
警戒は怠らないものの多少は急ぎ足で先を目指す。
「コレクターってんなら、この絵もコレクションか?」
「どうだろうな。前に来たときゃ、小さな陶器人形を大事にしてたぜ」
額縁をつつくミリア・ラスティソード(ka1287)に、ジャック・エルギン(ka1522)はその記憶を思い起こす。
すると、南護 炎(ka6651)が思いつめたように眉をひそめた。
「人形か……この“嫉妬”ってやつらを相手にしていると、どうにも嫌なイメージがついてくるな」
「それは確かに」
ミリアが同意する。
「コレクターもそうだけど……私がより気になるのはジャンヌの方ね」
アリア・セリウス(ka6424)がふと口を挟む。
「何かしら。彼女が動かなくても、その周囲が動くというのが……凄く嫌な予感がするわ」
夢幻城を追い出されて、状況から見ればジャンヌは嫉妬の手引きでこの地へとやってきた。
だが“嫉妬”というモノを知れば知るほど、単なる同族意識や温情からこうして手厚く匿っているようには、彼女にはどうしても思えなかった。
アーサーが少し考え込んでからアリアを見た。
「戦場に駆り出すわけでもなく、ただ『護る』にはそれだけの理由があるってか?」
「ええ……思い過ごしならいいのだけれど」
回廊を抜けて扉を開く。
先に続いていたのは他の班と同じ形状の客室のひとつだった。
その時、ハンター達の足元がぐらりと大きく揺れる。
「罠か!?」
しゃがんでバランスをとりながら、ミリアをフォローするように身構えた炎。
ガタガタと額縁が音を立てて震える中で、やがて床ごと謎の浮遊感がハンター達を襲う。
扉の先の部屋の床がずるりと下がり、先を行っていたアーサーが視界から沈んだ。
「手を伸ばして……!」
咄嗟にアリアが伸ばした手をアーサーが掴む。
だが引っ張りあげるより先に、アリアの腕がずれていく回廊の床と、客室の天井とに挟まれそうになってしまう。
一瞬の判断。
このまま独りにするなら――と、アリアは客室の方に身体を滑り込ませた。
「このタイミング……してやられたな」
揺れが収まって、ミリアがゆっくりと立ち上がりながら舌打ちをする。
構造が変化したということは、扉を戻ってさっきの廊下で合流することができなくなったということ。
顔も見えぬコレクターの最初の一手は、屋敷の中でハンター達を分断するためのものだった。
●
「さて……困りましたね」
僅かな差で変化する部屋の境に乗り遅れたイツキは、ひとり小さなため息をつく。
ノイズの支障があるものの魔導スマホを使って孤立したことは伝えてある。
あとはどうにか、生きて合流するだけ。
「そのためにも、ここの突破が先決でしょうか」
目の前でカタカタ歩み寄るメイドールたちを見据え、蛇節槍を構えた。
突き出す一閃。
その切っ先から放たれたマテリアルが敵の群れを貫いた。
こちらはポルターガイストの相手を終えた真水、ハナ、そしてイルムの三人組。
いくら相手をしてもきりがないと、先へ進むのを急いだところでパーティを分断されてしまった。
「占い結果は上だね」
「私は下ですぅ」
「ワオ、つまりこの階かな?」
占い合戦の2人にイルムが再び折衷案で答える。
しかし、思ったよりも早い構造変化だ。
もし今後も同じサイクルで回されたら、流石に探索も長引きかねないとイルムは危惧する。
「ふむ……こちらの声は聞こえているのかな、コレクター?」
イルムが宙に向かって声を張ると、わずかな間を置いてからどこからともなく声が降り注ぐ。
『何か御用でしょうか?』
まず返事が返ってきたことに一安心。
「このゲーム、いささか君たちに有利過ぎないかな?」
『と、申しますと?』
「勝ち目のないゲームは降りてしまうものだよ。例えばそう『貴方とジャンヌ君の部屋は入れ替えない』なんてルールを付け加えたら、がぜん、やる気も出るのだけれどね?」
彼女の提案に、しばらくの沈黙が流れる。
やがて笑みを含んだような声が返ってきた。
『いいでしょう。その代わり、パズルの難易度を少し上げさせていただきますが』
「ふぅん、思ったより簡単に受け入れたね?」
やり取りを聞いていた真水は、どこかうさん臭そうに相槌をうつ。
少なくともこのコレクターが食えない相手だということは、いましがた見せつけられたばかりだ。
「どうせなら、そのお客様をご主人のもとまで案内してくれればいいのにぃ」
「まあ、主人を殺そうとしてる敵なら仕方ないさ」
ハナの愚痴に真水はあっけらかんとして答える。
「となれば……あと足りないのは姫を攫う騎士かな。それかトンデモドラゴンとか」
「?」
真水の意味深な言葉に、ハナはただ首をかしげることしかできなかった。
「難易度を上げるだぁ? だったらお前を見つけられたら、この妙な能力を解きやがれ!」
イルムの話を聞いたアーサーが、部屋の虚空に向かって叫ぶ。
『おやおや。見つけられたのなら簡単なことですよ。あなた様が、私に力を使う暇を与えぬ存在であればよいのです』
振ってきたコレクターの言葉を、アーサーはハンと鼻で笑う。
「上等だ。首洗って待ってるんだな」
その啖呵に対する返事はなく、代わりに愉快そうな笑い声がこだましながら消えていった。
「――そこっ!」
不意に、アリアの魔導剣が閃く。
だが刃が砕いたのは歪虚ではなく、けたたましい音と共に飛び散る壁掛けの鏡だった。
「逆……!?」
咄嗟に振り返るアリア。
だが、鏡に映っていたはずのそこにメイドールの姿はない。
「どうしたんだ?」
「いえ……見間違いでしょうか」
今のは白昼夢?
だが確かに――
頬を伝う一筋の汗と共に、この屋敷が気の休まる暇のない場所でないことを理解する。
一方、こちらもひとりきりとなってしまったマリィアは、とにかく上の階を目指し続けていた。
探すのは屋敷の主の部屋なのだ。
まず間違いなく、来客用の1階やじめじめした地下ではないはずだ。
「おっと……これはなかなか良い目を引いたみたいね」
廊下を抜けて扉を開けると、目の前に広がっていたのは広いエントランスホール。
奥には弓なりの階段が各階へと繋がっていた。
「今がどのあたりか分からないってのが、情報の精度を下げてしまうけど……」
ホールから3階へ向かうことを他の班へと告げるマリィア。
あわよくばどこかの班と合流できれば、と。
「はぁぁぁぁぁあああ!!」
気合いと共に閃くレイアの太刀筋が、メイドールの半身を吹き飛ばす。
残った半身も蜜鈴の氷の花に蝕まれて、敵はマテリアルの塵と化していった。
「すまぬのぅ。2人となると、どうしても敵の矛先を集めてもらうことになってしまう」
メイドの群れに囲まれながら刃を振うレイアは、それでもふっと、余裕のある笑みを口元に浮かべる。
「仲間のひとりも守れないような覚悟でこの刃を手にしたわけじゃない」
右手の魔導剣を目の前のメイドに突き刺し、左手で刀を抜き放つ。
星神器――天羽羽斬が、レイアのマテリアルを受けて刃の輝きを増す。
メイドの1体が庭鋏を構えてレイアへと飛び掛かった。
その顔面に天羽羽斬の刃を突き立てると、ざくりと、深くえぐるように刃を翻す。
メイド人形が崩れていく中で、残る敵に向かって2つの刃が軌跡を描く。
「うーん、とりあえず方角は変わってないみたいですね」
方位磁石を見ながら、アシェールが一夏を見る。
一夏は調査を終えた部屋の壁にまた自分のサインを書くと、一度、記した地図に視線を落とした。
「それにしても、これだけ的確に手を加えてくるということは、あっちにはこっちの動きが筒抜けってことなんでしょうね」
「あまり考えたくはないですけど、監視されてるみたいでいやな感じですね……」
アシェールの語る懸念に、一夏はぶるっと身震いをする。
「窓の外の景色からここは2階だと思うのですが……さっきの追加ルールが働いているのなら、たぶんコレクターは1階にいると思うんです」
あの日、自分たちを迎えてくれた1階の応接室。
客を迎え入れるなら、待っているのはそこではないか。
それが一夏の考えだった。
「なら、下を目指していきましょう。出来ること、なんでもどんどんやっていくべきです!」
「はいっ!」
互いに笑顔で頷きあって、方針を固める2人。
再び足元が大きく揺れたのは、いざ部屋から出ようとする、その瞬間だった。
●
「みんな無事なのは分かったけど、心配は心配だな……」
狭い螺旋階段を昇りながら、リクはやや沈んだ面持ちだった。
天井から吊られるタイプの階段は、それほど念入りには手入れされていない床板と相まって少々不安定だ。
「信じましょう。私たちのことも信じて貰えるように」
「うん」
後ろの警戒をしながらついてくるアティに、リクは優しく笑い返す。
そんな時、頭上に何かが砕ける嫌な音が響いた。
それが天井から伸びる支えの1本が外れた音だと気づいたリクは、咄嗟に彼女の手を取った。
音を立てて下階に落ちていく階段。
僅かな残骸を掴んで、2人で宙ぶらりんのまま落下に耐える。
「だ、大丈夫……?」
「はい……ありがとうございます」
ほっと一息つくのもつかの間、命綱の残骸も2人分の体重は支えきれないのか、ミシリといやな音を立てる。
「ちょっ、ちょっ、それは待って……!」
焦ったところで事態は好転せず、外れた残骸と一緒に落ちていく2人。
それほど高さがないことが、唯一の救いだっただろう。
薄暗い応接間にウィスカの歌声が響く。
今、屋敷のどのあたりにこの部屋はあるのだろうか。
本来なら光を取り込むためにあるのだろう並んだ小窓からは、それぞれ別の客室の姿が覗いていた。
「今のところ、タイミングの規則性は読めませんね」
ガクルックスが悩まし気にため息をつく。
侵入してから2度目の組み換えだったが、今のところ、そのタイミングはまるで気まぐれのようにしか思えない。
「少なくともこの感じ……ジャンヌの部屋は先ほどまでより近くなったような気はします」
ふと、ウィスカが風邪を引いた時のように気だるい身体を抱く。
ふと扉に気配を感じて、ガクルックスが剣を構える。
だが、そこから覗いた顔を見て警戒を解いた。
「イツキさん!」
「よかった……歌声が聞こえたものだから」
駆け寄ったウィスカに、イツキがほほ笑みながら答える。
独りで戦い続けていたのだろう。
その全身には生傷が絶えなかった。
先ほどのボルディアがそうだったように、テンシの鼻も建物の古さのせいでそれほど大きな役にはたたなかった。
だが飛躍させた聴覚は僅かな物音も察知して、メイドールの奇襲だけは未然に防いでいる。
「マップもだいぶ埋まってきた気がするけれど、この辺りで一度、他の人と照らし合わせてみたいものね」
リアリュールは、そばで椅子が浮き上がったのも無視して、方眼紙への書き込みを続ける。
代わりにリューが剣を振うと、真っ二つになった椅子は力なく床に転がった。
「よく驚かないでいられるね?」
「そう? 慣れかしら……」
テンシが苦笑すると、リアリュールはキョトンとして答える。
そんな2人に、リューは「しっ」と指を立てて目配せをした。
彼が指で指した先、扉から続く廊下には丁寧にモップがけをするメイド人形の姿があった。
「こんな時に律儀だね……あれはあれでちょっと怖いけど」
興味深く眺めるテンシの横で、リアリュールがマップをしまって代わりにリボルバーを引き抜く。
「気づかれる前にやる……?」
「いや、ちょっと待ってくれ」
リューがそっと制した。
「勘だけに頼るより、もうちょっと確かな情報が欲しい。このまま泳がせてみないか?」
それこそ何かの仕事で主人の部屋へ向かう――なんてこともあるだろう。
他2人がリューに同意すると、3人でこっそりと、メイドの動向を追い始めた。
一方、この三度目の構造変化で鉢合わせたジュード、エアルドフリス、コーネリアの班とミリア、炎、ジャックの班は、やや大所帯となりながらも一時の情報を交換する。
厨房区画の真ん中にある調理台で主に行うのはマップのすり合わせ。
他のメンバーに周辺の警戒を頼みながら、ジュード、エアルドフリス、ジャックの3人はそれぞれの方眼紙を重ね合わせた。
「とても、普段使いされているようには思えないな」
竈の様子を見ながらコーネリアがふと漏らした。
手入れが行き届いた、あまりに綺麗すぎる竈たち。
「まー、飯なんて食べないだろうしな」
同じように、ミリアは使われる様子のない食器類をカチャカチャと指でなぞる。
まるでモデルハウスのような無機質な生活感のなさは、ここが人ならざる存在の住処であることを改めて認識させた。
「ふむ。完全ではないが、だいぶ絞れて来たな」
エアルドフリスが写し終えたマップを見て、3つの大きな空白を順に指差す。
「そのあたりとそのあたり。ちょっと許容範囲は広いけど、だいたいどの辺りに向かえばいいかは分かってきたね」
屋敷の上層南部あたりと、中層の北部、それから最下層中央。
3点を目で追ったジュードは、自分のマップの同じ場所にも大きく〇をつけた。
「うち2つは当たりだとして、1つは罠だろうな。ここまでは野郎も想定済みってわけか」
コレクターの張り付いたような微笑みが頭にちらついて、ジャックは何とも言えない気分を抑え込んでコーネリアに目配せする。
彼女が連結でつないだトランシーバーでそのことを伝えると、すぐに各所から了解した旨が返ってきた。
「コレクターはどこにいると思う?」
「少なくとも、ジャンヌの居場所は能力から割り出せそうだな」
炎の問いにミリアは肩をほぐしながら答える。
3点のうち、より倦怠感の強いところがジャンヌの居場所。
であるならばコレクターの居場所は残る2つに絞られる。
「うーん、どうしよう」
腕を組み悩むジュード。
彼の肩をエアルドフリスが優しく叩いた。
「仮に罠であっても、幸いこの人数なら対処のしようがある。それに、選択権は1度限りじゃない」
「うん、そうだね」
ジュードが頷くと同時に、ぐらりと足元が大きく揺れる。
「またか!? 固まって離れるんじゃねぇぞ!」
大きな揺れをみんなで調理台に掴まてやりすごす。
やがて収まってから、今の場所を確認するように小窓の外を見た。
2階端の部屋――だとしたら、次に向かうべき場所は決まっていた。
●
観音開きの扉を開くと、そこには広大な大広間が広がっていた。
ここが本来の役割を担っていたころは舞踏会などが夜通し開催されていたのだろう。
今では絢爛な内装だけを残した、ただ広いだけの物悲しいだけの空間だった。
「先ほどよりひどい気だるさ……ジャンヌはこの先にいるような気がします」
ウィスカは、スキルを通して感じるプレッシャーが次第に増していくのを気が滅入るほどに感じさせられていた。
「お互い、合流できたのは幸いでしたね」
「ああ。だが別れた蜜鈴が心配だ」
ほほ笑んだイツキに、レイアはどこか居心地の悪さを肌で感じる。
とはいえ、おそらくもう敵の目と鼻の先。
ここを攻略することが、何よりも心配の種と被害を減らす最大の方法なのだ。
「もっとも、そう簡単にはいかせてもらえないようだが……」
広間の周りからメイド人形がわらわらとこぞって姿を現す。
先に続く扉を塞ぐように立ちはだかった彼女たちを前に、当然引くという選択は存在しない。
イツキの蛇節槍から放たれたマテリアルが、敵陣を一直線に貫く。
追ってウィスカの龍閃光の衝撃が先頭のメイド数体を吹き飛ばすと、崩れた先陣めがけてレイアが滑り込んだ。
魔導剣の閃きにメイドが塵と化す。
「レイアさん、伏せて!」
突然響いた誰かの叫びに、レイアは咄嗟に身を屈める。
その頭上を駆け抜けたマテリアル光線が、天井から飛び降りて来たメイドのどてっぱらに大きな風穴を空けた。
合流した人影に、ウィスカが声を弾ませる。
「リクさん、ご無事で!」
「大体の方角を貰えたから、何とかね」
リクとアティが3人の隊列に合流すると、すぐに群がるメイドの群れへと対峙する。
数で押しつぶそうとするように、窓から、天井から、次々と現れるメイドたちに若干の食傷を覚えながら、それでもこの道が間違いでないことに安堵する。
「あと一息……どころではなさそうですが、ここが正念場ですね」
アティが飛び掛かってきたメイドを盾で押し返した。
ここで倒れたら負け――それだけは防ぐために、彼女の癒しの祈りが戦場を支える。
●
ジャックを先頭に入った2階北側のやや大きな部屋。
足を踏み入れた瞬間、目の前に広がっていたのは異様な光景だった。
「これは……ドールハウスというやつか?」
部屋の壁すべてに何段にも分けて作られた棚。
そのすべてに、ところ狭しとミニチュアの「家」が飾られていた。
「すっごい。めちゃくちゃ凝ってるねこれ」
半分好奇心を滲ませながら、ジュードは棚の家をまじまじと眺める。
陶器でできた精巧な作りの家具や人形はまるで本物みたいで、作り手の腕の良さを実感する。
「俺が見たのはこの人形だ。ってことは――」
部屋に視線を巡らせたジャックが、はたと、窓際で目を止めた。
そして冷え込む背筋。
先ほどまで誰もいなかったそこに、枯れ木のように細い身体を持った、長身の執事の姿があったのだ。
「ようこそ。ようやくたどり着かれましたね」
「お前がコレクターか……!」
間合いを図り、炎が刀を構える。
「お初の方も、そうでない方も、どうぞお見知りおきを。どうです、私のコレクションは。これだけ揃えるのに300年もかかってしまいましたよ」
張り付いたような微笑みを浮かべながら、コレクターは自慢げに棚を見渡す。
しかし銃声が部屋の中に響くと、彼は僅かに首をひねって銃弾を回避した。
「悪いが、御託を並べている暇はない」
「これは失礼。物品自慢も蒐集家の性癖でありますゆえ」
銃口を向けるコーネリアにコレクターは恭しく頭を垂れると、自らの懐に手を突っ込んだ。
「何か来る!」
相手が手を引き抜くよりも先に、ミリアの大身槍が天井をゴリゴリと抉りながら敵の頭上へと振り下ろされた。
しかし、天井への干渉で勢いがそがれてしまったのか、コレクターはもう一方の硬質な腕で軽々と受け止める。
そして襟の間からずるりと抜き出したのは、その細身のどこに隠していたのか分からない、大ぶりの銃だった。
「飛び道具!?」
放たれた銃弾がミリアの四肢を貫く。
入れ柄違いに飛び込んだ炎が、火の花吹雪を散らせながら大上段の一撃を振り下ろす。
「コレクター、お前を斬る!」
文字通り閃光のような一撃が、コレクターの肩口に深くめり込んだ。
「良い殺気ですね。好ましいほどに」
食い込んだ刃を手でわしりと掴み、炎の身動きをとれなくしたところでその足を払う。
彼が転んだ拍子に飛び出したコレクターは、ジュードへ向けて引き金を引いた。
倒れるように飛びのいたジュードの脚を弾丸が貫く。
痛みに表情を歪ませながら、彼は弓を引いた。
「楽しかったけど、かくれんぼはおしまいだよ」
矢が銃を構える手を貫いて、反動で大きく身体が反れる。
そこへ、入口の方から強烈な水流が放たれた。
「お待たせしましたっ!」
アシェールの剣から放たれた水流が、コレクターの動きを鈍らせる。
直後にコレクターの頭上に氷の花弁が開いた。
「宴はまだ始まったばかりのようじゃの……?」
妖艶な笑みで戦場の様子を眺める蜜鈴。
彼女は数多のコレクションを前に、うっすらと目を細める。
「すまぬが、メインディッシュはおんしではない故のう」
「それは残念です」
半身に冷気を受けながら、コレクターは弾の切れたらしい銃をその場に放る。
次いで懐から、ずるりと大ぶりのアサルトライフルを抜き放った。
「まったく、どうなってるんだあの中身は」
愚痴をこぼしながらライトニングボルトを放ったエアルドフリス。
アサルトライフルの弾幕をストーンウォールの影でしのいで、傍らのジュードが立ち上がるのに手を貸す。
「その銃もコレクションってこと?」
再び踏み込んだミリア。
しかしやはり大ぶりの武器が祟ってか、振り抜くとガリガリと壁や天井に干渉してしまう。
「戦場に対する想像力も必要ですよ?」
「うるさい……!」
ひらりと交わしたコレクターへ、今度は突きで応戦。
これなら環境に干渉することはない。
「今度は単調になってしまいますね」
コレクターは風に揺れる柳のように切っ先を躱そうとするが、身体を蝕む正のマテリアルがそれを邪魔する。
それでも身体を掠める程度に直撃を避けると、長い柄に沿って距離を詰める。
槍を引くのは間に合わず、ミリアはゼロ距離で鎧の隙間に銃口を押し付けられる。
銃声が、彼女の腹を貫いた。
「ミリアさん!」
咄嗟にアシェールが取ったセクシーポーズから放たれた光が、次いでミリアの脳天に銃口を向けたコレクターを彼女の傍から弾き飛ばす。
「貴様ぁぁぁぁぁ!!」
すかさず、すさまじい気迫で炎がコレクターに迫った。
太刀を銃身で受け止めた相手を、そのまま押しつぶさん勢いで体重を乗せる。
「怒りや絶望は命の輝きです。その瞬間こそ、いつまでも眺めていたいものですね」
コレクターが無防備などてっぱらを蹴り上げると、炎は思わず胃液を吐き出しながら膝をつく。
すぐに蜜鈴とエアルドフリスの魔法や、ジュードとコーネリアの射撃が叩きこまれた。
「やはり時代の変化というものは素晴らしい。ヒトは常々、効率のいい殺意を生み出していきます」
彼はにこやかにそのすべてを無防備に受け止めると、炎の後頭部を銃床で強打する。
それで意識を失った無防備な背中に、丁寧な追撃の弾が撃ち込まれた。
弾を打ち尽くしたライフルを放り捨てて、再び懐をまさぐるコレクター。
しかし新たな武器を抜き放つ前に、そばの壁が盛大な音を立てて吹き飛んだ。
「見つけたぜ……やっぱ、まっすぐは間違っちゃいねぇ!」
「おおっと、これはこれは」
飛び込んで来た全身傷だらけのボルディアに、流石のコレクターも一瞬たじろぐ。
「景気づけに一発、くらいやがれぇぇぇぇ!!」
振りぬかれた巨大な魔斧は、ミリア同様に壁に深く突き刺さる。
しかしそれでも力任せに振った一撃が、棚のドールハウスを粉々に砕きながらコレクターの横っ面に直撃、吹き飛ばす。
「まったく、規格外だな……」
確かな手ごたえにドヤ顔の彼女を見て、コーネリアは乾いた笑みをこぼすことしかできなかった。
「おや、どうやら大分遅れてしまったようだね?」
ボルディアの作った大穴から顔を覗かせたイルムが、部屋の様子を見ながらやや申し訳なさそうに肩をすくめた。
途中でボルディアと出会った彼女は、まっすぐ突き進むというその意思をくんで、代わりに方角の指示を行ったのだ。
「やっと見つけました、コレクター!」
共にやってきた一夏が、高ぶった気持ちでフンスと鼻息を荒くする。
「いいですね……もてなし甲斐があるというものですよ」
ドールハウスの瓦礫の中から身を起こしたコレクターが、なおも不敵に笑みを浮かべた。
●
大広間は、さながら舞踏会の装いを見せていた。
もっとも違いがあるとすれば、その多くは美しい衣装の貴族たちではなく、モノトーンのメイド達であるという点。
「まだこんなに戦力があったのかよ……!」
まるで憑りつかれるように次々群がるメイド人形に、流石のリューもたじたじであった。
竜貫で一直線に突破することは可能でも、左右からの群れに弱いのはどうしても仕方がない。
ガウスジェイルで攻撃を一手に引き受ける中で、疲れを知らない敵の連撃に次第に生傷も増えていく。
「まるで全戦力をこちらへ投入しているみたい……コレクターは自分の守りを捨てたのかしら?」
「自分よりも主人を護る使用人根性? こういう時、そういうのはいらないんですよお!」
ハナの五色光符陣で身動きを阻害されたメイドたちを、リアリュールがフォールシュートが次々と撃ち抜いていく。
もとよりこれだけ敵が多ければ適当に撃ってもどれかに当たりそうなものだが、それで味方に当たったら目も当てられない。
「うーん、コレクターが見つかったっていうからこっちに合流したけど、こりゃあっちに行った方が楽できたかな?」
マテリアルでできた電磁加速砲の輝きの下、真水は真顔で「まいったまいった」と愚痴をこぼす。
「そんなこと言わないで! こっちきてくれて、ありがたいくらいなんだから!」
テンシがどこまで本気か測り兼ねて、割とマジな感じで返すと、真水も申し訳なさそうに頭をかく。
「それにしてもこのメイド、動きが霧の街道に出たとの一緒だね。なるほど、コレクターってやつの配下だったか」
それとなく観察しながら、新たな加速砲がメイドを粉砕する。
考えてみれば確かに、あの純粋無垢な道化ロボじゃこれだけ繊細(?)で狡猾(?)な部下は育てられない気がする。
「くっ……振り切れない!」
数多の刃にさらされて、イツキは次第に攻撃を受け止めきれなくなってくる。
ひとり頭の敵対数が増えてくると、なかなかにターゲットの切り替えもうまく誘導がきかなくなってくる。
リクとイツキと簡易に陣形を組むものの、どうしてももろいところから、ほころびが生まれ始めていた。
「あぶない……!」
咄嗟に、アティがイツキのことを突き飛ばす。
完全に意識の外から突き出された高枝鋏を、代わりにその身で受け止めた。
「アティさん!」
「くぅ……」
おびただしい血を流しながら膝をついたアティは、それでも笑いながらイツキを見上げる。
「だい、じょうぶ……です。わたし、このために……きた、んだから」
ふっとアティが意識を失うと、イツキの槍が血の滴る刃を持ったメイドを吹き飛ばす。
「彼女を戦場の外へ。これがもし館の全戦力なら、部屋の外はむしろ安全なはずです」
間に割って入ったガクルックスが、壁となりながら語り掛ける。
「いえ……ガクルックスさん。そのまま少しの間、アティさんのことをお願いします」
「それはどういう――」
ガクルックス尋ねる前に、イツキがまっすぐ奥の――ジャンヌのいる部屋の扉へ向かって槍を構える。
もとより、この傷ではこの先どれだけ力になれるかわからない。
それなら――
「今の全力で、扉までを蹴散らします」
当然、扉を護るようにイツキめがけて群がるメイドールたち。
それをむしろ好機ととらえ、彼女は青龍翔咬波の斬弾をありったけ乱れ打つ。
側面から刃が閃こうと、見据えるのは真正面。
扉までの花道を一層し終えたころ、彼女の気力もまた限界を迎えた。
●
「おや……少々状況が芳しくないようですね」
ひび割れたモノクルで天井を見上げながら、コレクターはふと独り言ちる。
直前まで真正面で撃ち合っていたコーネリアが、肩で息をしながら膝をついた。
「くそ……連戦で血を失いすぎたか」
「お客様のお相手は楽しいものですが、私も私の仕事をしなければなりません」
無防備にも背を向けて窓際の机へと向かうコレクター。
しかし、そこに広がっていた光景を見て、はっと目を見開いた。
「悪いな。気は進まねぇが、バラさせて貰ったぜ」
ひとつだけ机の上に置かれていた大型のドールハウス。
それを真っ二つに砕くように、ジャックの剣が突き立てられていた。
「どうにもこの屋敷に似てるなっと思ってたんだ」
ニヤリと笑ったジャックに、コレクターは片手で目元を覆って、それから耐えるような笑みをこぼした。
「いえいえ……構いませんよ。もとより、私自身が混乱しないよう準備していたものです」
「なに?」
「ですが――」
コレクターは一拍置いてから、満面の笑みでジャックを見下ろした。
「先ほどから、やはりコレクションを破壊されるというのは、胸にこたえるものがありますね」
笑顔の中の冷たい眼差しに、ジャックの背筋がゾクリと騒ぐ。
そんな中、数発の銃声がコレクターを襲った。
彼は身構えてそれを受け止めると、ジャックの前から距離を取った。
「やっとたどりつけたぜ、待たせたな!」
大ぶりの銃で牽制するアーサーの隣で、マリィアもまた大型魔導銃をとどろかせる。
「合流させてもらったよしみよ。力を貸すわ」
口にしながら、コレクターを視界に収めるとわずかに表情を歪ませる。
立て続けの銃撃がコレクターの注意を引きつけると、その背後でアリアがロンギヌスの持つ星の力を解放する。
突如として膨れ上がった正のマテリアルのうねりに、コレクターの瞳が大きく見開かれた。
「解き放つ――アンフォルタス」
自らの魔法エネルギーも刃に添えたロンギヌスが、一筋の閃きとなって部屋を貫く。
槍は身構える暇もなくコレクターの胸部を穿ち、背にした壁をも貫通して、風穴をあける。
身体に空いた穴を指先でなぞりながら、彼の身体がふらりと傾いた。
「ク……クククク……なるほど。これが大精霊の力ですか」
「いいえ、違うわ」
アリアが柔らかくも鋭く断言する。
「それを扱う、ヒトの力よ」
「……けっこう! その輝きこそ、私の求める価値なのです!」
倒れかけた身体で踏み留まって、コレクターは懐からマシンガンを引き抜く。
「これじゃかくれんぼじゃなくって、だるまさんがころんだだよ……!」
ジュードの放つ天裁矢がコレクターの肩を射る。
だが返しの銃弾が不幸にも、彼の柔らかいわき腹を貫いた。
「うっ……」
「ジュード、無理をするな!」
膝をついた彼をエアルドフリスが支える。
「ごめん、ちょっと今日は長いこと頑張り過ぎたみたい……」
意識はあるが、これまでの探索も含めて体力的には限界だ。
アースウォールで射線を遮蔽すると、エアルドフリスはジュードに肩を貸して戦場から後退させた。
「よくもジュードさんを……!」
側面から懐に詰め寄った一夏は、コレクターの長い腕をからめとってふわりと投げ飛ばす。
そこにアーサーの剣が振り下ろされると、敵は仰向けのまま拳銃で受け止めた。
「歪虚のくせに火器たあ、珍しい野郎だな」
「ええ。とても手軽に殺せますから」
もう片方の手で新たな拳銃を抜き放ち、銃口を目の前のアーサーへと向ける。
彼が大きく飛びのくと、銃弾はその頬を掠めていった。
その構えた腕を、マリィアの銃弾が打ち抜く。
反動で取り落とした拳銃がカラカラと床を転がった。
「これは私の落とし前よ……」
あの日、霧の山から帰らなかった人間がいることを知っている。
目の前の男が何をしたのか……尋ねたところでその答えが重要なのではない。
戻ってきた自分がやるべきことは、そんなことじゃない。
「俺をやるんじゃなかったのかよ……!」
たった1体の歪虚相手に広がる被害に、ジャックが気を引きつけるように啖呵を切る。
自らの命をも吸わせたマテリアルを刃に込め、振り下ろした一撃がコレクターの身体に突き刺さる。
「そうですね……あなたには代償を払っていただかなくては」
突き刺さった刃を握りしめ、ニィと笑みを浮かべる。
向けた銃口。
ジャックは首をひねって射線を避ける。
放たれた銃弾。
それは天井につり下がったあるものを撃ち抜く。
「なっ……」
音に気付いて頭上を見上げた先。
次の瞬間、きらびやかな輝きと共に、重量のあるジャンデリアがジャックの頭上から降り注いでいた。
耳をつんざくような破砕音が響いて、燭台を飾る宝石が辺り一面にジェリービーンズのように散らばる。
血を流してぐったりとする彼の下から這い出したコレクターは、彼自身も、全身に大小のヒビを浮かべていた。
「さて……どうやら、ここまでのようですね」
燕尾服の埃を払いながら、コレクターは言う。
「ほほう。逃がすと思ってるのかえ?」
不敵な笑みを浮かべる蜜鈴と共に、ボルディアが魔斧を振う。
コラクターはバックステップでぎりぎり避けてみせるが、背後に回っていたイルムのレイピアがその背中を突いた。
「君は頭がキレるし実に厄介だ。できれば早々にご退場いただけるとありがたいのだけれどね」
「はは、ご冗談を」
懐に手を突っ込んだコレクター。
その瞬間、イチかバチか、アシェールが反魔法の力を解き放つ。
それを知らずに抜き放った彼の手の中から、ぽろりと、小さい何かが床に零れ落ちた。
「おや……?」
驚きながらも、一瞬、全員の意識が床へ向いた隙にコレクターはイルムの前から飛びのく。
「それではみな様。ごきげんよう」
「あっ、待ちやがれッ!!」
気づいたボルディアが飛び掛かったが間に合わず、彼は窓ガラスを突き破って、彼の姿は霧の中へと消えていった。
「ちくしょー! まだ暴れたりねぇぞ!!」
吠えるボルディアの足元で、アリアがコレクターの落としたものを拾い上げる。
「これは……ミニチュアの拳銃?」
数センチにも満たない小さな、だけどひどく精巧な作りの玩具の拳銃。
彼女はその不可解な物体に首をかしげると、突然、胸に激痛が走った。
「もう逃げ去ったとお思いでしたか?」
「……えっ?」
わけも分からず見下ろした胸元に、じんわりと染み出るように咲く赤い花。
同時にコレクターの微笑みと銃口が窓枠からのぞいているのが見えた。
「やはりあなただけは手にかけておくことにしました。あまりに危険でありますがゆえ」
握りつぶしそうな勢いで窓枠にしがみついていたコレクターが、こんどこそふっと、霧の中へと消えていく。
脳裏にその表情を焼き付けたまま、アリアはふらりと崩れ落ちた。
●
イツキが作り出した道を駆け抜け、メイドの群れを突破する。
リクの聖機剣から放たれた機導砲が扉を吹き飛ばすと、ハンター達は一斉に部屋の中へなだれ込んだ。
広い部屋は落ち着いた調度品に囲まれ、ここが日常的な生活の場であることを一目で思わせる。
そして部屋の最奥、窓際に設えた天蓋付きのベッドの上で、ジャンヌ・ポワソン(kz0154)がもぞりと寝返りをうった。
「ジャンヌ・ポワソン……!」
その姿に、リクは緊張した様子で身構える。
「あら……どうしてニンゲンがこんなところにいるの?」
気だるげに、まるで何もわかっていない様子で、ジャンヌの瞳がハンター達を見る。
同時にズンと重くのしかかるような倦怠感が彼らの身体を襲った。
「これが……ジャンヌの“怠惰”?」
思わず膝をついたウィスカが、ぼんやりとした頭で彼女を見る。
だが、怠惰王のそれともまた違う独特の感覚。
まるでジャンヌの感情が流れ込んでくるかのような、不可解な一体感。
「うわっ、流石に開けっ放しはメイドが……って、扉は壊しちゃったからね。しかたないね」
戸口に押し寄せて来たメイド軍団に真水が何とも言えないしかめっ面を向ける。
全く動けないほどではないのは彼女の歌のおかげか。
盾を構えて、電磁加速砲の銃口を向ける。
「とりあえずこっちは南条さんが任された。入ってくるのを1体ずつ壊していく簡単なお仕事だよ」
放たれた弾体マテリアル杭が、メイドの顔を破砕する。
「コレクターはどこかしら……フランカでもいいのだけれど。まだ帰ってないの?」
ジャンヌの言葉に、リアリュールが眉をひそめる。
(フランカ……消滅したことを知らないの?)
口にはせず、ややなまった動作でリボルバーを構える。
「勝負は一瞬だ……1、2の3でいくよ」
リクが目配せをして、3つ数える。
1……2……3――
彼が手にしたたいまつに火をつけ、ジャンヌの眠るベッドへと放り込む。
火はゆっくりとシーツへと燃え移って、やがて次第にベッドの方へと燃え広がり始めた。
ジャンヌは火を前にしてもとりたてて動く様子はなく、ただぼーっと燃え広がる炎を眺めている。
リューが気怠さを圧して、飛び出した。
まっすぐ、彼女の気を引くように大ぶりで、聖剣を振り下ろす。
魔法エネルギーを纏った刃は彼女のネグリジェを一文字に切り裂いて、その真珠のような肌に、一筋の赤い筋を浮かび上がらせる。
「反応なしかよ……くそっ、やりづれぇな!」
何もしないジャンヌに、リューはなんだか無性に腹立たしさを覚える。
まるで弱い者いじめをしているかのようで、彼の正義感が揺らぐのだ。
いや、相手が弱いものでも、善きものでもないことは分かっているのだが。
やがてベッド全体が炎に包まれ、もうもうと黒い煙が部屋を包み始める。
服まで焦げ始めると、流石にジャンヌもその身体をゆっくりとおこした。
「ねぇ……どうして放っておいてくれないのかしら?」
「どうしてって……」
その純粋無垢たる問いに、テンシは一瞬たじろぐ。
「この霧の山は精霊の土地だったんだ。俺たちは、それを取り戻さなきゃいけない」
「そう……なら勝手に持っていけばいいじゃない」
「いや、そのためにはあなたをここから退かさないとって……ああっ、なんか俺、間違ったこと言ってるかな!?」
テンシは急に不安になって、周りに同意を求めた。
「貴女が嫉妬王の駒である限り、私達は精霊を想う立場として、貴女を狙い続けます」
彼の言いたいことを代弁するように、ウィスカが凛とした口調で語る。
それから表情に僅かな不安を覗かせて、一言、言い添えた。
「もし私達が静かな所を用意できるとしたら……此方へ加担してくれますか?」
ジャンヌは小さく首をかしげる。
サラリと流れた金髪が、炎に照らされて美しく輝いた。
「何もいらない。なにも欲しくない。私は私のままでいい。それ以外、なにも――なのにどうして、みんな私に何かを与えようとするの?」
「それはきっと、あなたを求める者がいるから」
リアリュールが銃口を向けたまま答える。
「あなたは存在しているだけで歪虚の――嫉妬王の役に立っている。だからこそあなたが居なくなることを、きっと彼らは望んでいない」
「……望まなくたって私はどこにもいかないわ」
ジャンヌの言葉に、ガクルックスが僅かに眉を動かした。
「それは、誰かを待っているからですか?」
「……え?」
ジャンヌが眉をひそめる。
「遠い昔……あんたを迎えに行くと言った男は記憶にありませんか」
「私を……迎えに……?」
揺らめく炎の影になって、彼女の表情はうかがい知れない。
だがその口調は、どこか遠い忘れた記憶を掘り起こすかのように、不安と戸惑いに満ちたものだった。
「忘れたのなら思い出せるかしら……アルバートという星の守護者を」
「ある……ばーと……」
口の中で反すうすると同時に、ベッドの足が音を立てて崩れた。
ガタンと大きく傾いて、ジャンヌは炎の中から放り出される。
焼け焦げたネグリジェのまま、ゆっくりと身体をおこすジャンヌ。
その煤こけた表情は、果てしない絶望に満ちていた。
「ジャンヌ……?」
その表情に込められた意味をリアリュールは知らない。
「限界だ……やるしかない!」
炎が木造の床に燃え移り、やがて周りの調度品にまで広がり始める。
リクが浄化カートリッジを部屋の中心に転がすと同時に、ハナの印符がジャンヌの周囲をとり囲んだ。
「うーん、何かあるかわからないけれど、とりあえず封じておきますねぇ」
ひとまず倦怠感が消えないことだけは確認して、それでも未知の力があっても封じるられるように己のマテリアルで彼女のマテリアルを縛り付ける。
一瞬迷いを見せたリアリュールも、リボルバーを構えなおすと彼女の足元へ向けて引き金を引いた。
大きな音に、ジャンヌは座ったままずりずりと後退する。
「とにかくまず、屋敷から出してしまえば……!」
テンシが大ぶりの鎌の柄で、力いっぱいジャンヌを強打する。
弾き飛ばされた彼女の身体が、壁に激しく打ち付けられた。
「一気に押し込むぞ!」
二刀を振うレイアの刃は、顔を護るように身構えたジャンヌの腕へと鋭く突き立つ。
お返しに振われたジャンヌの手――それは飛びまわる羽虫を払うような、なんの技術も伴わない一振り――は、レイアの正面に現れたマテリアル障壁に阻まれる。
「これで……チェックだ」
障壁を張ったリクが、腕の振りでマテリアルの流れを変え、受けた衝撃をジャンヌ自身へと跳ね返す。
自らの力で弾き飛ばされたジャンヌの身体は、古い壁を簡単に突き破って、外へと投げ出されていた。
3階の高さから、ふわりと落下の浮遊感が彼女を襲う。
何も考えず、何者にもなれず、彼女はただため息交じりに霧で覆われた空を見上げていた。
そこに現れた、小さな黒い影も――
「なんだ……!?」
ハンター達は大きく開いた壁の穴から、はるか下方を見下ろす。
そこにいたのは、頭以外の全身を鱗に覆われた1人の男の姿。
彼はその隻腕にジャンヌを抱え、物言わず、3階の彼らを見上げていた。
「アルバート……!?」
「まさか……!」
リアリュールとガクルックスが声を上げる。
だが、間違いない。
おそらく先の戦いから治っていない全身の傷跡も、今だボタボタとどす黒い液体を垂れ流す失った腕の傷も、そしてその赤銅の瞳も。
「ははっ――ほんとに来ちゃったよ、トンデモドラゴン」
フラグ立てちゃった気がしたんだよなぁ。
いつの間にかいなくなっていたメイド軍団から解放された真水は、乾いた笑みを浮かべていた。
腕の中で、ジャンヌは呆然とした様子で彼の顔を眺める。
アルバートはハンター達が飛び降りてこないのを警戒していたのか、やがてそうでないことを理解すると、これまた片方だけになった翼を大きく広げて霧の空へと飛び立った。
「あれがアルバート……ジャンヌをどこへ?」
溢したリクの言葉に、ウィスカが静かに首を振る。
「分かりません……ですが願わくは、歪虚にも、我々にも関係しない場所へ旅立ってくれることを」
誰かに利用されないように――と、その願いはきっと叶わぬものと予感しながら。
警戒しつつ入口から屋敷へ足を踏み入れたハンター達は、5人ずつの班に分かれて屋敷の探索を行うこととなった。
キヅカ・リク(ka0038)を中心とした連結通話で幾人かのトランシーバーの同期を行い、それぞれを連絡係として班に配す。
それを基本の連絡網に、他の通信機器も互いに繋げるだけつないで探索は開始された。
最初の小部屋で、マリィア・バルデス(ka5848)はデリンジャーを構えながら、板張りの床を足元を確かめるように進んでいた。
銃口の向きに合わせて水晶球がやや薄暗い部屋の中を照らし、部屋の中にあるベッドや並ぶ調度品を照らし出す。
「ゲストルームでしょうか。普段使いされている印象はありませんね」
整頓されながらも生活感のない部屋の様子にGacrux(ka2726)がぽつりと感想を溢した。
「結局ここに戻ってきた……あの時、もっと私たちに想像力があったなら」
「あの時、私たちはできることを最大限に行いました」
どこか悔しそうに口にしたマリィアに、Uisca Amhran(ka0754)が自らへも言い聞かせるように答える。
「それで納得しようとは思いませんが……ですが戻ってきた私たちには、あの時以上にできることがあるはずです」
「……その通りね」
過ぎた過去は変えられない。
前を向き続けること以外に残される選択肢はないのだ。
「ひとまずジャンヌの居場所を探したいところだけど、個人的には屋敷の一番上か、一番下のどちらかにいると思ってる。だからまず階段を探したいんだ」
「エントランスを見つけられれば一気に登れそうだけれど……とりあえず、この部屋は先に続いているみたいですね」
リクの提案にアティ(ka2729)が部屋の奥に浮かび上がる扉を見た。
不用心にも半開きにされた扉は、少なくともその先に何らかの空間が続いていることを告げる。
「ジャンヌが近ければそれだけ汚染も濃くなると思うの。勘頼みにはなるけれど、何も指針がないよりはマシじゃないかしら」
マリィアの言葉に頷いたガクルックスは、慎重に扉に近づき、魔導剣を構えた。
「良いようにされたまま、というのも癪ですし。できる限りの先手は打っておきますよ」
閃いた刃が木製の扉を両断する。
それで一気に視界を確保して、シールドを構えたまま次のブロックへと足を踏み入れた。
別の扉へと入った班を待ち受けていたのは、掃除用具や一見ガラクタのようなものが積まれた倉庫のような場所だった。
奥に見える別の扉を目指す中で、南條 真水(ka2377)はおお真面目な表情で手に持ったカードをめくる。
「ムムッ……カードが示すには、コレクターとやらは2階にいるみたいだね」
「アハハ、それはいい道しるべだ。もともと闇雲に近い捜索だしね」
どこか愉快そうに笑うイルム=ローレ・エーレ(ka5113)。
とはいえ、ふたりともまるっきり占いの結果を信じているわけではない。
だがどうせしらみつぶしになっていくのなら、ある程度何かに決断を委ねていくのは楽なものだ。
「ちなみに、私の占いだと3階って出ましたよぉ」
「うんうん。つまり、上に行けばいいってことかな」
ニコニコと笑顔を浮かべながら、星野 ハナ(ka5852)も自分の占い結果を語る。
ぶつかり合った2つの結果を、イルムが大人らしくまとめあげた。
「コレクターって執事って感じのきちんとした人なんですよ。だから、私たちを迎えるのにふさわしい場所にいると思うんです」
百鬼 一夏(ka7308)が、壁に大きく自分のサインを残しながらその考えを述べる。
そして現在位置を方眼紙に記していると、その肩にトンと何か固いものが触れた。
びっくりして、慌ててそれを払いのける。
何かの拍子に倒れたのだろうか、木製の柄の長モップだった。
「はぁー、びっくりした!」
「大丈夫ですか?」
大きなため息をついた一夏に、アシェ-ル(ka2983)が笑顔で語り掛ける。
気持ちを落ち着けて笑いあった一夏だったが、突然その表情が凍り付いた。
「どうしたんです?」
首をかしげるアシェールに、一夏は震える手で彼女の後ろを指差す。
アシェールが振り向くと、後ろの床においてあった植木鉢が、ふわふわと宙に浮かび上がっていた。
植木鉢だけじゃない。
周囲にあった掃除用具が、ガラクタの山が、ふわふわと一斉に浮かんでいく。
「おおー、これは俗にいうポルターガイストってやつだね」
「わぁ~、私も生きてるうちに1回くらい見てみたいって思ってたんですよぉ」
感心する真水とハナに、イルムがパンと小さく拍子を打って笑いかけた。
「喜んでくれて嬉しいよ。ただ、どうやら喜んでばかりもいられないみたいだ」
言うや否や、浮かんだ数多の物体が勢いよく部屋の中を飛び回り始めた。
エアルドフリス(ka1856)は、部屋の中央に床にナイフで印を刻みながら静かに考え込む。
「屋敷の外観としては大きな変化はない。とすれば、内部もある程度形を保ったまま変化していると思えるが」
彼らが足を踏み入れたのは同じく客室と思われる場所。
方眼紙にここまでの地図を描いて、ジュード・エアハート(ka0410)はエアルドフリスが撮った外観写真を眺めていた。
「こうしてちゃんと部屋が部屋の形をしているところ見ると、変化っていうより入れ替えって感じがするよね」
一方、部屋をうろうろしているボルディア・コンフラムス(ka0796)は、鼻を何度かすんすん鳴らしてから、うえっと顔をしかめる。
「カビくさくて匂いもなにもあったもんじゃねぇな……」
「もとは廃墟だったらしいですからね。修繕しても、建物自体の古さはどうしようもないのでしょう」
苦笑するイツキ・ウィオラス(ka6512)に、ボルディアは不満を紛らわすように肩をぐるぐる回す。
「随分シャレた仕掛けを用意してくれたもんだが……変化がこれ一度きりとも思えないな」
探索の円滑化を狙って通った扉を外すコーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)に、イツキとジュードがほぼ同時に頷き返す。
「俺もそんな気がします。だけど、それはそれでありがたいんですけどね」
「どういうことだ?」
ジュードの見解に、ボルディアはクエスチョンマークを浮かべる。
「入れ替えの目的はおそらく私たちをジャンヌのもとへたどり着けないようにすることです。だとしたら不自然に遠ざけられる場所。やがて埋められていく地図の空白点から、ある程度の目的地を絞れるようになるはずです」
イツキが優しく解説を添えたが、ボルディアはなおも大きく首をかしげる。
やがて唸りながら髪の毛をわしゃわしゃと掻き上げて、背負った魔斧を抜き放った。
「くそー、そんなちまちまやってられっか! 俺はまっすぐ行くぞ!」
「なっ……おい、ボルディア!」
コーネリアの静止を振り切って、ボルディアが近場の壁をぶちこわして隣の部屋へと飛び出した。
「追いかけるか……?」
とはいえ、あっという間にボルディアの姿は見えなくなってしまう。
「まあ……あれでも守護者だ。そう簡単にはくたばらんだろう」
答えたエアルドフリスは彼女に信頼こそ置いていたものの、頭を悩まされたことには変わらなかった。
「ここは晩餐室……かしら」
だだっ広い空間に大きな長机と椅子が鎮座する部屋を前に、リアリュール(ka2003)がぽつりと漏らす。
後から入ってきた蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)が床に苦無を突き立てると、どんよりと身体を覆う倦怠感に肩をすくめた。
「このような空気の中では、どれほど豪勢な食事でもさぞまずかろう」
「でも、あいつらって基本的にはメシなんか食わなくていいハズだよな。なのに、こうしてちゃんと綺麗にしてあるのはなんでだ?」
リュー・グランフェスト(ka2419)の疑問に明確な答えを出せる者はいないだろう。
だがあえて答えるとすれば、生前の習慣や癖のようなものなのかもしれない。
そんな時、ガタリと椅子のひとつが大きく揺れ動いた。
警戒を強める中、床とテーブルクロスの隙間からメイド服を着たマネキンが這い出す。
「そ、そのまま、床掃除に徹してもらってていいんだけど!」
テンシ・アガート(ka0589)の言葉とは裏腹に、机の下から次々と現れるメイド達。
あっという間に、部屋は人形で埋め尽くされる。
「お客さまをおもてなし――ってわけでもなさそうね」
敵の態勢が整う前に、目にも止まらぬ速さでリボルバーを速射するリアリュール。
次々と放たれた銃弾が陶器の身体を打ち貫く。
「私としては、こういう役回りの方がありがたい」
出鼻をくじかれたメイドの群れに、レイア・アローネ(ka4082)が飛び込んだ。
抜き放った魔導剣が袈裟に敵を両断すると、形を保てなくなった身体が粉々に砕け散る。
「最近この辺りで見るメイドは、寄って集って袋叩きにしてくるそうじゃの? 囲まれぬよう、気を付けてまいろうか」
蜜鈴の生み出した冷気の種子が、レイアそばの人形に着弾し、伸ばした氷の根で身体を貫く。
美しく開いた花弁が散ると、同時に人形もカラカラと砕けていった。
そうして開いたスペースにリューが飛び込んで、レイアの背後を塞ぐ。
背を彼女に預けるように自分自身も後ろへの憂いを絶つと、星神器の名を冠する聖剣を振う。
「時間をかけるつもりはねぇぜ」
赤いマテリアルを纏った剣は一撃で人形を塵へと還す。
少なくとも、これくらいならば彼らにとってものの数ではなかった。
残るひと組が足を踏み入れた部屋は、両サイドに大量の額縁が飾られた長い画廊だった。
「おそらく突き当りは行き止まりか、あっても小部屋がひとつくらいか」
アーサー・ホーガン(ka0471)は剣で遠近感を図って、外観で見た屋敷のサイズ感の記憶と照らし合わせる。
少なくとも敵がいないことは一目瞭然。
警戒は怠らないものの多少は急ぎ足で先を目指す。
「コレクターってんなら、この絵もコレクションか?」
「どうだろうな。前に来たときゃ、小さな陶器人形を大事にしてたぜ」
額縁をつつくミリア・ラスティソード(ka1287)に、ジャック・エルギン(ka1522)はその記憶を思い起こす。
すると、南護 炎(ka6651)が思いつめたように眉をひそめた。
「人形か……この“嫉妬”ってやつらを相手にしていると、どうにも嫌なイメージがついてくるな」
「それは確かに」
ミリアが同意する。
「コレクターもそうだけど……私がより気になるのはジャンヌの方ね」
アリア・セリウス(ka6424)がふと口を挟む。
「何かしら。彼女が動かなくても、その周囲が動くというのが……凄く嫌な予感がするわ」
夢幻城を追い出されて、状況から見ればジャンヌは嫉妬の手引きでこの地へとやってきた。
だが“嫉妬”というモノを知れば知るほど、単なる同族意識や温情からこうして手厚く匿っているようには、彼女にはどうしても思えなかった。
アーサーが少し考え込んでからアリアを見た。
「戦場に駆り出すわけでもなく、ただ『護る』にはそれだけの理由があるってか?」
「ええ……思い過ごしならいいのだけれど」
回廊を抜けて扉を開く。
先に続いていたのは他の班と同じ形状の客室のひとつだった。
その時、ハンター達の足元がぐらりと大きく揺れる。
「罠か!?」
しゃがんでバランスをとりながら、ミリアをフォローするように身構えた炎。
ガタガタと額縁が音を立てて震える中で、やがて床ごと謎の浮遊感がハンター達を襲う。
扉の先の部屋の床がずるりと下がり、先を行っていたアーサーが視界から沈んだ。
「手を伸ばして……!」
咄嗟にアリアが伸ばした手をアーサーが掴む。
だが引っ張りあげるより先に、アリアの腕がずれていく回廊の床と、客室の天井とに挟まれそうになってしまう。
一瞬の判断。
このまま独りにするなら――と、アリアは客室の方に身体を滑り込ませた。
「このタイミング……してやられたな」
揺れが収まって、ミリアがゆっくりと立ち上がりながら舌打ちをする。
構造が変化したということは、扉を戻ってさっきの廊下で合流することができなくなったということ。
顔も見えぬコレクターの最初の一手は、屋敷の中でハンター達を分断するためのものだった。
●
「さて……困りましたね」
僅かな差で変化する部屋の境に乗り遅れたイツキは、ひとり小さなため息をつく。
ノイズの支障があるものの魔導スマホを使って孤立したことは伝えてある。
あとはどうにか、生きて合流するだけ。
「そのためにも、ここの突破が先決でしょうか」
目の前でカタカタ歩み寄るメイドールたちを見据え、蛇節槍を構えた。
突き出す一閃。
その切っ先から放たれたマテリアルが敵の群れを貫いた。
こちらはポルターガイストの相手を終えた真水、ハナ、そしてイルムの三人組。
いくら相手をしてもきりがないと、先へ進むのを急いだところでパーティを分断されてしまった。
「占い結果は上だね」
「私は下ですぅ」
「ワオ、つまりこの階かな?」
占い合戦の2人にイルムが再び折衷案で答える。
しかし、思ったよりも早い構造変化だ。
もし今後も同じサイクルで回されたら、流石に探索も長引きかねないとイルムは危惧する。
「ふむ……こちらの声は聞こえているのかな、コレクター?」
イルムが宙に向かって声を張ると、わずかな間を置いてからどこからともなく声が降り注ぐ。
『何か御用でしょうか?』
まず返事が返ってきたことに一安心。
「このゲーム、いささか君たちに有利過ぎないかな?」
『と、申しますと?』
「勝ち目のないゲームは降りてしまうものだよ。例えばそう『貴方とジャンヌ君の部屋は入れ替えない』なんてルールを付け加えたら、がぜん、やる気も出るのだけれどね?」
彼女の提案に、しばらくの沈黙が流れる。
やがて笑みを含んだような声が返ってきた。
『いいでしょう。その代わり、パズルの難易度を少し上げさせていただきますが』
「ふぅん、思ったより簡単に受け入れたね?」
やり取りを聞いていた真水は、どこかうさん臭そうに相槌をうつ。
少なくともこのコレクターが食えない相手だということは、いましがた見せつけられたばかりだ。
「どうせなら、そのお客様をご主人のもとまで案内してくれればいいのにぃ」
「まあ、主人を殺そうとしてる敵なら仕方ないさ」
ハナの愚痴に真水はあっけらかんとして答える。
「となれば……あと足りないのは姫を攫う騎士かな。それかトンデモドラゴンとか」
「?」
真水の意味深な言葉に、ハナはただ首をかしげることしかできなかった。
「難易度を上げるだぁ? だったらお前を見つけられたら、この妙な能力を解きやがれ!」
イルムの話を聞いたアーサーが、部屋の虚空に向かって叫ぶ。
『おやおや。見つけられたのなら簡単なことですよ。あなた様が、私に力を使う暇を与えぬ存在であればよいのです』
振ってきたコレクターの言葉を、アーサーはハンと鼻で笑う。
「上等だ。首洗って待ってるんだな」
その啖呵に対する返事はなく、代わりに愉快そうな笑い声がこだましながら消えていった。
「――そこっ!」
不意に、アリアの魔導剣が閃く。
だが刃が砕いたのは歪虚ではなく、けたたましい音と共に飛び散る壁掛けの鏡だった。
「逆……!?」
咄嗟に振り返るアリア。
だが、鏡に映っていたはずのそこにメイドールの姿はない。
「どうしたんだ?」
「いえ……見間違いでしょうか」
今のは白昼夢?
だが確かに――
頬を伝う一筋の汗と共に、この屋敷が気の休まる暇のない場所でないことを理解する。
一方、こちらもひとりきりとなってしまったマリィアは、とにかく上の階を目指し続けていた。
探すのは屋敷の主の部屋なのだ。
まず間違いなく、来客用の1階やじめじめした地下ではないはずだ。
「おっと……これはなかなか良い目を引いたみたいね」
廊下を抜けて扉を開けると、目の前に広がっていたのは広いエントランスホール。
奥には弓なりの階段が各階へと繋がっていた。
「今がどのあたりか分からないってのが、情報の精度を下げてしまうけど……」
ホールから3階へ向かうことを他の班へと告げるマリィア。
あわよくばどこかの班と合流できれば、と。
「はぁぁぁぁぁあああ!!」
気合いと共に閃くレイアの太刀筋が、メイドールの半身を吹き飛ばす。
残った半身も蜜鈴の氷の花に蝕まれて、敵はマテリアルの塵と化していった。
「すまぬのぅ。2人となると、どうしても敵の矛先を集めてもらうことになってしまう」
メイドの群れに囲まれながら刃を振うレイアは、それでもふっと、余裕のある笑みを口元に浮かべる。
「仲間のひとりも守れないような覚悟でこの刃を手にしたわけじゃない」
右手の魔導剣を目の前のメイドに突き刺し、左手で刀を抜き放つ。
星神器――天羽羽斬が、レイアのマテリアルを受けて刃の輝きを増す。
メイドの1体が庭鋏を構えてレイアへと飛び掛かった。
その顔面に天羽羽斬の刃を突き立てると、ざくりと、深くえぐるように刃を翻す。
メイド人形が崩れていく中で、残る敵に向かって2つの刃が軌跡を描く。
「うーん、とりあえず方角は変わってないみたいですね」
方位磁石を見ながら、アシェールが一夏を見る。
一夏は調査を終えた部屋の壁にまた自分のサインを書くと、一度、記した地図に視線を落とした。
「それにしても、これだけ的確に手を加えてくるということは、あっちにはこっちの動きが筒抜けってことなんでしょうね」
「あまり考えたくはないですけど、監視されてるみたいでいやな感じですね……」
アシェールの語る懸念に、一夏はぶるっと身震いをする。
「窓の外の景色からここは2階だと思うのですが……さっきの追加ルールが働いているのなら、たぶんコレクターは1階にいると思うんです」
あの日、自分たちを迎えてくれた1階の応接室。
客を迎え入れるなら、待っているのはそこではないか。
それが一夏の考えだった。
「なら、下を目指していきましょう。出来ること、なんでもどんどんやっていくべきです!」
「はいっ!」
互いに笑顔で頷きあって、方針を固める2人。
再び足元が大きく揺れたのは、いざ部屋から出ようとする、その瞬間だった。
●
「みんな無事なのは分かったけど、心配は心配だな……」
狭い螺旋階段を昇りながら、リクはやや沈んだ面持ちだった。
天井から吊られるタイプの階段は、それほど念入りには手入れされていない床板と相まって少々不安定だ。
「信じましょう。私たちのことも信じて貰えるように」
「うん」
後ろの警戒をしながらついてくるアティに、リクは優しく笑い返す。
そんな時、頭上に何かが砕ける嫌な音が響いた。
それが天井から伸びる支えの1本が外れた音だと気づいたリクは、咄嗟に彼女の手を取った。
音を立てて下階に落ちていく階段。
僅かな残骸を掴んで、2人で宙ぶらりんのまま落下に耐える。
「だ、大丈夫……?」
「はい……ありがとうございます」
ほっと一息つくのもつかの間、命綱の残骸も2人分の体重は支えきれないのか、ミシリといやな音を立てる。
「ちょっ、ちょっ、それは待って……!」
焦ったところで事態は好転せず、外れた残骸と一緒に落ちていく2人。
それほど高さがないことが、唯一の救いだっただろう。
薄暗い応接間にウィスカの歌声が響く。
今、屋敷のどのあたりにこの部屋はあるのだろうか。
本来なら光を取り込むためにあるのだろう並んだ小窓からは、それぞれ別の客室の姿が覗いていた。
「今のところ、タイミングの規則性は読めませんね」
ガクルックスが悩まし気にため息をつく。
侵入してから2度目の組み換えだったが、今のところ、そのタイミングはまるで気まぐれのようにしか思えない。
「少なくともこの感じ……ジャンヌの部屋は先ほどまでより近くなったような気はします」
ふと、ウィスカが風邪を引いた時のように気だるい身体を抱く。
ふと扉に気配を感じて、ガクルックスが剣を構える。
だが、そこから覗いた顔を見て警戒を解いた。
「イツキさん!」
「よかった……歌声が聞こえたものだから」
駆け寄ったウィスカに、イツキがほほ笑みながら答える。
独りで戦い続けていたのだろう。
その全身には生傷が絶えなかった。
先ほどのボルディアがそうだったように、テンシの鼻も建物の古さのせいでそれほど大きな役にはたたなかった。
だが飛躍させた聴覚は僅かな物音も察知して、メイドールの奇襲だけは未然に防いでいる。
「マップもだいぶ埋まってきた気がするけれど、この辺りで一度、他の人と照らし合わせてみたいものね」
リアリュールは、そばで椅子が浮き上がったのも無視して、方眼紙への書き込みを続ける。
代わりにリューが剣を振うと、真っ二つになった椅子は力なく床に転がった。
「よく驚かないでいられるね?」
「そう? 慣れかしら……」
テンシが苦笑すると、リアリュールはキョトンとして答える。
そんな2人に、リューは「しっ」と指を立てて目配せをした。
彼が指で指した先、扉から続く廊下には丁寧にモップがけをするメイド人形の姿があった。
「こんな時に律儀だね……あれはあれでちょっと怖いけど」
興味深く眺めるテンシの横で、リアリュールがマップをしまって代わりにリボルバーを引き抜く。
「気づかれる前にやる……?」
「いや、ちょっと待ってくれ」
リューがそっと制した。
「勘だけに頼るより、もうちょっと確かな情報が欲しい。このまま泳がせてみないか?」
それこそ何かの仕事で主人の部屋へ向かう――なんてこともあるだろう。
他2人がリューに同意すると、3人でこっそりと、メイドの動向を追い始めた。
一方、この三度目の構造変化で鉢合わせたジュード、エアルドフリス、コーネリアの班とミリア、炎、ジャックの班は、やや大所帯となりながらも一時の情報を交換する。
厨房区画の真ん中にある調理台で主に行うのはマップのすり合わせ。
他のメンバーに周辺の警戒を頼みながら、ジュード、エアルドフリス、ジャックの3人はそれぞれの方眼紙を重ね合わせた。
「とても、普段使いされているようには思えないな」
竈の様子を見ながらコーネリアがふと漏らした。
手入れが行き届いた、あまりに綺麗すぎる竈たち。
「まー、飯なんて食べないだろうしな」
同じように、ミリアは使われる様子のない食器類をカチャカチャと指でなぞる。
まるでモデルハウスのような無機質な生活感のなさは、ここが人ならざる存在の住処であることを改めて認識させた。
「ふむ。完全ではないが、だいぶ絞れて来たな」
エアルドフリスが写し終えたマップを見て、3つの大きな空白を順に指差す。
「そのあたりとそのあたり。ちょっと許容範囲は広いけど、だいたいどの辺りに向かえばいいかは分かってきたね」
屋敷の上層南部あたりと、中層の北部、それから最下層中央。
3点を目で追ったジュードは、自分のマップの同じ場所にも大きく〇をつけた。
「うち2つは当たりだとして、1つは罠だろうな。ここまでは野郎も想定済みってわけか」
コレクターの張り付いたような微笑みが頭にちらついて、ジャックは何とも言えない気分を抑え込んでコーネリアに目配せする。
彼女が連結でつないだトランシーバーでそのことを伝えると、すぐに各所から了解した旨が返ってきた。
「コレクターはどこにいると思う?」
「少なくとも、ジャンヌの居場所は能力から割り出せそうだな」
炎の問いにミリアは肩をほぐしながら答える。
3点のうち、より倦怠感の強いところがジャンヌの居場所。
であるならばコレクターの居場所は残る2つに絞られる。
「うーん、どうしよう」
腕を組み悩むジュード。
彼の肩をエアルドフリスが優しく叩いた。
「仮に罠であっても、幸いこの人数なら対処のしようがある。それに、選択権は1度限りじゃない」
「うん、そうだね」
ジュードが頷くと同時に、ぐらりと足元が大きく揺れる。
「またか!? 固まって離れるんじゃねぇぞ!」
大きな揺れをみんなで調理台に掴まてやりすごす。
やがて収まってから、今の場所を確認するように小窓の外を見た。
2階端の部屋――だとしたら、次に向かうべき場所は決まっていた。
●
観音開きの扉を開くと、そこには広大な大広間が広がっていた。
ここが本来の役割を担っていたころは舞踏会などが夜通し開催されていたのだろう。
今では絢爛な内装だけを残した、ただ広いだけの物悲しいだけの空間だった。
「先ほどよりひどい気だるさ……ジャンヌはこの先にいるような気がします」
ウィスカは、スキルを通して感じるプレッシャーが次第に増していくのを気が滅入るほどに感じさせられていた。
「お互い、合流できたのは幸いでしたね」
「ああ。だが別れた蜜鈴が心配だ」
ほほ笑んだイツキに、レイアはどこか居心地の悪さを肌で感じる。
とはいえ、おそらくもう敵の目と鼻の先。
ここを攻略することが、何よりも心配の種と被害を減らす最大の方法なのだ。
「もっとも、そう簡単にはいかせてもらえないようだが……」
広間の周りからメイド人形がわらわらとこぞって姿を現す。
先に続く扉を塞ぐように立ちはだかった彼女たちを前に、当然引くという選択は存在しない。
イツキの蛇節槍から放たれたマテリアルが、敵陣を一直線に貫く。
追ってウィスカの龍閃光の衝撃が先頭のメイド数体を吹き飛ばすと、崩れた先陣めがけてレイアが滑り込んだ。
魔導剣の閃きにメイドが塵と化す。
「レイアさん、伏せて!」
突然響いた誰かの叫びに、レイアは咄嗟に身を屈める。
その頭上を駆け抜けたマテリアル光線が、天井から飛び降りて来たメイドのどてっぱらに大きな風穴を空けた。
合流した人影に、ウィスカが声を弾ませる。
「リクさん、ご無事で!」
「大体の方角を貰えたから、何とかね」
リクとアティが3人の隊列に合流すると、すぐに群がるメイドの群れへと対峙する。
数で押しつぶそうとするように、窓から、天井から、次々と現れるメイドたちに若干の食傷を覚えながら、それでもこの道が間違いでないことに安堵する。
「あと一息……どころではなさそうですが、ここが正念場ですね」
アティが飛び掛かってきたメイドを盾で押し返した。
ここで倒れたら負け――それだけは防ぐために、彼女の癒しの祈りが戦場を支える。
●
ジャックを先頭に入った2階北側のやや大きな部屋。
足を踏み入れた瞬間、目の前に広がっていたのは異様な光景だった。
「これは……ドールハウスというやつか?」
部屋の壁すべてに何段にも分けて作られた棚。
そのすべてに、ところ狭しとミニチュアの「家」が飾られていた。
「すっごい。めちゃくちゃ凝ってるねこれ」
半分好奇心を滲ませながら、ジュードは棚の家をまじまじと眺める。
陶器でできた精巧な作りの家具や人形はまるで本物みたいで、作り手の腕の良さを実感する。
「俺が見たのはこの人形だ。ってことは――」
部屋に視線を巡らせたジャックが、はたと、窓際で目を止めた。
そして冷え込む背筋。
先ほどまで誰もいなかったそこに、枯れ木のように細い身体を持った、長身の執事の姿があったのだ。
「ようこそ。ようやくたどり着かれましたね」
「お前がコレクターか……!」
間合いを図り、炎が刀を構える。
「お初の方も、そうでない方も、どうぞお見知りおきを。どうです、私のコレクションは。これだけ揃えるのに300年もかかってしまいましたよ」
張り付いたような微笑みを浮かべながら、コレクターは自慢げに棚を見渡す。
しかし銃声が部屋の中に響くと、彼は僅かに首をひねって銃弾を回避した。
「悪いが、御託を並べている暇はない」
「これは失礼。物品自慢も蒐集家の性癖でありますゆえ」
銃口を向けるコーネリアにコレクターは恭しく頭を垂れると、自らの懐に手を突っ込んだ。
「何か来る!」
相手が手を引き抜くよりも先に、ミリアの大身槍が天井をゴリゴリと抉りながら敵の頭上へと振り下ろされた。
しかし、天井への干渉で勢いがそがれてしまったのか、コレクターはもう一方の硬質な腕で軽々と受け止める。
そして襟の間からずるりと抜き出したのは、その細身のどこに隠していたのか分からない、大ぶりの銃だった。
「飛び道具!?」
放たれた銃弾がミリアの四肢を貫く。
入れ柄違いに飛び込んだ炎が、火の花吹雪を散らせながら大上段の一撃を振り下ろす。
「コレクター、お前を斬る!」
文字通り閃光のような一撃が、コレクターの肩口に深くめり込んだ。
「良い殺気ですね。好ましいほどに」
食い込んだ刃を手でわしりと掴み、炎の身動きをとれなくしたところでその足を払う。
彼が転んだ拍子に飛び出したコレクターは、ジュードへ向けて引き金を引いた。
倒れるように飛びのいたジュードの脚を弾丸が貫く。
痛みに表情を歪ませながら、彼は弓を引いた。
「楽しかったけど、かくれんぼはおしまいだよ」
矢が銃を構える手を貫いて、反動で大きく身体が反れる。
そこへ、入口の方から強烈な水流が放たれた。
「お待たせしましたっ!」
アシェールの剣から放たれた水流が、コレクターの動きを鈍らせる。
直後にコレクターの頭上に氷の花弁が開いた。
「宴はまだ始まったばかりのようじゃの……?」
妖艶な笑みで戦場の様子を眺める蜜鈴。
彼女は数多のコレクションを前に、うっすらと目を細める。
「すまぬが、メインディッシュはおんしではない故のう」
「それは残念です」
半身に冷気を受けながら、コレクターは弾の切れたらしい銃をその場に放る。
次いで懐から、ずるりと大ぶりのアサルトライフルを抜き放った。
「まったく、どうなってるんだあの中身は」
愚痴をこぼしながらライトニングボルトを放ったエアルドフリス。
アサルトライフルの弾幕をストーンウォールの影でしのいで、傍らのジュードが立ち上がるのに手を貸す。
「その銃もコレクションってこと?」
再び踏み込んだミリア。
しかしやはり大ぶりの武器が祟ってか、振り抜くとガリガリと壁や天井に干渉してしまう。
「戦場に対する想像力も必要ですよ?」
「うるさい……!」
ひらりと交わしたコレクターへ、今度は突きで応戦。
これなら環境に干渉することはない。
「今度は単調になってしまいますね」
コレクターは風に揺れる柳のように切っ先を躱そうとするが、身体を蝕む正のマテリアルがそれを邪魔する。
それでも身体を掠める程度に直撃を避けると、長い柄に沿って距離を詰める。
槍を引くのは間に合わず、ミリアはゼロ距離で鎧の隙間に銃口を押し付けられる。
銃声が、彼女の腹を貫いた。
「ミリアさん!」
咄嗟にアシェールが取ったセクシーポーズから放たれた光が、次いでミリアの脳天に銃口を向けたコレクターを彼女の傍から弾き飛ばす。
「貴様ぁぁぁぁぁ!!」
すかさず、すさまじい気迫で炎がコレクターに迫った。
太刀を銃身で受け止めた相手を、そのまま押しつぶさん勢いで体重を乗せる。
「怒りや絶望は命の輝きです。その瞬間こそ、いつまでも眺めていたいものですね」
コレクターが無防備などてっぱらを蹴り上げると、炎は思わず胃液を吐き出しながら膝をつく。
すぐに蜜鈴とエアルドフリスの魔法や、ジュードとコーネリアの射撃が叩きこまれた。
「やはり時代の変化というものは素晴らしい。ヒトは常々、効率のいい殺意を生み出していきます」
彼はにこやかにそのすべてを無防備に受け止めると、炎の後頭部を銃床で強打する。
それで意識を失った無防備な背中に、丁寧な追撃の弾が撃ち込まれた。
弾を打ち尽くしたライフルを放り捨てて、再び懐をまさぐるコレクター。
しかし新たな武器を抜き放つ前に、そばの壁が盛大な音を立てて吹き飛んだ。
「見つけたぜ……やっぱ、まっすぐは間違っちゃいねぇ!」
「おおっと、これはこれは」
飛び込んで来た全身傷だらけのボルディアに、流石のコレクターも一瞬たじろぐ。
「景気づけに一発、くらいやがれぇぇぇぇ!!」
振りぬかれた巨大な魔斧は、ミリア同様に壁に深く突き刺さる。
しかしそれでも力任せに振った一撃が、棚のドールハウスを粉々に砕きながらコレクターの横っ面に直撃、吹き飛ばす。
「まったく、規格外だな……」
確かな手ごたえにドヤ顔の彼女を見て、コーネリアは乾いた笑みをこぼすことしかできなかった。
「おや、どうやら大分遅れてしまったようだね?」
ボルディアの作った大穴から顔を覗かせたイルムが、部屋の様子を見ながらやや申し訳なさそうに肩をすくめた。
途中でボルディアと出会った彼女は、まっすぐ突き進むというその意思をくんで、代わりに方角の指示を行ったのだ。
「やっと見つけました、コレクター!」
共にやってきた一夏が、高ぶった気持ちでフンスと鼻息を荒くする。
「いいですね……もてなし甲斐があるというものですよ」
ドールハウスの瓦礫の中から身を起こしたコレクターが、なおも不敵に笑みを浮かべた。
●
大広間は、さながら舞踏会の装いを見せていた。
もっとも違いがあるとすれば、その多くは美しい衣装の貴族たちではなく、モノトーンのメイド達であるという点。
「まだこんなに戦力があったのかよ……!」
まるで憑りつかれるように次々群がるメイド人形に、流石のリューもたじたじであった。
竜貫で一直線に突破することは可能でも、左右からの群れに弱いのはどうしても仕方がない。
ガウスジェイルで攻撃を一手に引き受ける中で、疲れを知らない敵の連撃に次第に生傷も増えていく。
「まるで全戦力をこちらへ投入しているみたい……コレクターは自分の守りを捨てたのかしら?」
「自分よりも主人を護る使用人根性? こういう時、そういうのはいらないんですよお!」
ハナの五色光符陣で身動きを阻害されたメイドたちを、リアリュールがフォールシュートが次々と撃ち抜いていく。
もとよりこれだけ敵が多ければ適当に撃ってもどれかに当たりそうなものだが、それで味方に当たったら目も当てられない。
「うーん、コレクターが見つかったっていうからこっちに合流したけど、こりゃあっちに行った方が楽できたかな?」
マテリアルでできた電磁加速砲の輝きの下、真水は真顔で「まいったまいった」と愚痴をこぼす。
「そんなこと言わないで! こっちきてくれて、ありがたいくらいなんだから!」
テンシがどこまで本気か測り兼ねて、割とマジな感じで返すと、真水も申し訳なさそうに頭をかく。
「それにしてもこのメイド、動きが霧の街道に出たとの一緒だね。なるほど、コレクターってやつの配下だったか」
それとなく観察しながら、新たな加速砲がメイドを粉砕する。
考えてみれば確かに、あの純粋無垢な道化ロボじゃこれだけ繊細(?)で狡猾(?)な部下は育てられない気がする。
「くっ……振り切れない!」
数多の刃にさらされて、イツキは次第に攻撃を受け止めきれなくなってくる。
ひとり頭の敵対数が増えてくると、なかなかにターゲットの切り替えもうまく誘導がきかなくなってくる。
リクとイツキと簡易に陣形を組むものの、どうしてももろいところから、ほころびが生まれ始めていた。
「あぶない……!」
咄嗟に、アティがイツキのことを突き飛ばす。
完全に意識の外から突き出された高枝鋏を、代わりにその身で受け止めた。
「アティさん!」
「くぅ……」
おびただしい血を流しながら膝をついたアティは、それでも笑いながらイツキを見上げる。
「だい、じょうぶ……です。わたし、このために……きた、んだから」
ふっとアティが意識を失うと、イツキの槍が血の滴る刃を持ったメイドを吹き飛ばす。
「彼女を戦場の外へ。これがもし館の全戦力なら、部屋の外はむしろ安全なはずです」
間に割って入ったガクルックスが、壁となりながら語り掛ける。
「いえ……ガクルックスさん。そのまま少しの間、アティさんのことをお願いします」
「それはどういう――」
ガクルックス尋ねる前に、イツキがまっすぐ奥の――ジャンヌのいる部屋の扉へ向かって槍を構える。
もとより、この傷ではこの先どれだけ力になれるかわからない。
それなら――
「今の全力で、扉までを蹴散らします」
当然、扉を護るようにイツキめがけて群がるメイドールたち。
それをむしろ好機ととらえ、彼女は青龍翔咬波の斬弾をありったけ乱れ打つ。
側面から刃が閃こうと、見据えるのは真正面。
扉までの花道を一層し終えたころ、彼女の気力もまた限界を迎えた。
●
「おや……少々状況が芳しくないようですね」
ひび割れたモノクルで天井を見上げながら、コレクターはふと独り言ちる。
直前まで真正面で撃ち合っていたコーネリアが、肩で息をしながら膝をついた。
「くそ……連戦で血を失いすぎたか」
「お客様のお相手は楽しいものですが、私も私の仕事をしなければなりません」
無防備にも背を向けて窓際の机へと向かうコレクター。
しかし、そこに広がっていた光景を見て、はっと目を見開いた。
「悪いな。気は進まねぇが、バラさせて貰ったぜ」
ひとつだけ机の上に置かれていた大型のドールハウス。
それを真っ二つに砕くように、ジャックの剣が突き立てられていた。
「どうにもこの屋敷に似てるなっと思ってたんだ」
ニヤリと笑ったジャックに、コレクターは片手で目元を覆って、それから耐えるような笑みをこぼした。
「いえいえ……構いませんよ。もとより、私自身が混乱しないよう準備していたものです」
「なに?」
「ですが――」
コレクターは一拍置いてから、満面の笑みでジャックを見下ろした。
「先ほどから、やはりコレクションを破壊されるというのは、胸にこたえるものがありますね」
笑顔の中の冷たい眼差しに、ジャックの背筋がゾクリと騒ぐ。
そんな中、数発の銃声がコレクターを襲った。
彼は身構えてそれを受け止めると、ジャックの前から距離を取った。
「やっとたどりつけたぜ、待たせたな!」
大ぶりの銃で牽制するアーサーの隣で、マリィアもまた大型魔導銃をとどろかせる。
「合流させてもらったよしみよ。力を貸すわ」
口にしながら、コレクターを視界に収めるとわずかに表情を歪ませる。
立て続けの銃撃がコレクターの注意を引きつけると、その背後でアリアがロンギヌスの持つ星の力を解放する。
突如として膨れ上がった正のマテリアルのうねりに、コレクターの瞳が大きく見開かれた。
「解き放つ――アンフォルタス」
自らの魔法エネルギーも刃に添えたロンギヌスが、一筋の閃きとなって部屋を貫く。
槍は身構える暇もなくコレクターの胸部を穿ち、背にした壁をも貫通して、風穴をあける。
身体に空いた穴を指先でなぞりながら、彼の身体がふらりと傾いた。
「ク……クククク……なるほど。これが大精霊の力ですか」
「いいえ、違うわ」
アリアが柔らかくも鋭く断言する。
「それを扱う、ヒトの力よ」
「……けっこう! その輝きこそ、私の求める価値なのです!」
倒れかけた身体で踏み留まって、コレクターは懐からマシンガンを引き抜く。
「これじゃかくれんぼじゃなくって、だるまさんがころんだだよ……!」
ジュードの放つ天裁矢がコレクターの肩を射る。
だが返しの銃弾が不幸にも、彼の柔らかいわき腹を貫いた。
「うっ……」
「ジュード、無理をするな!」
膝をついた彼をエアルドフリスが支える。
「ごめん、ちょっと今日は長いこと頑張り過ぎたみたい……」
意識はあるが、これまでの探索も含めて体力的には限界だ。
アースウォールで射線を遮蔽すると、エアルドフリスはジュードに肩を貸して戦場から後退させた。
「よくもジュードさんを……!」
側面から懐に詰め寄った一夏は、コレクターの長い腕をからめとってふわりと投げ飛ばす。
そこにアーサーの剣が振り下ろされると、敵は仰向けのまま拳銃で受け止めた。
「歪虚のくせに火器たあ、珍しい野郎だな」
「ええ。とても手軽に殺せますから」
もう片方の手で新たな拳銃を抜き放ち、銃口を目の前のアーサーへと向ける。
彼が大きく飛びのくと、銃弾はその頬を掠めていった。
その構えた腕を、マリィアの銃弾が打ち抜く。
反動で取り落とした拳銃がカラカラと床を転がった。
「これは私の落とし前よ……」
あの日、霧の山から帰らなかった人間がいることを知っている。
目の前の男が何をしたのか……尋ねたところでその答えが重要なのではない。
戻ってきた自分がやるべきことは、そんなことじゃない。
「俺をやるんじゃなかったのかよ……!」
たった1体の歪虚相手に広がる被害に、ジャックが気を引きつけるように啖呵を切る。
自らの命をも吸わせたマテリアルを刃に込め、振り下ろした一撃がコレクターの身体に突き刺さる。
「そうですね……あなたには代償を払っていただかなくては」
突き刺さった刃を握りしめ、ニィと笑みを浮かべる。
向けた銃口。
ジャックは首をひねって射線を避ける。
放たれた銃弾。
それは天井につり下がったあるものを撃ち抜く。
「なっ……」
音に気付いて頭上を見上げた先。
次の瞬間、きらびやかな輝きと共に、重量のあるジャンデリアがジャックの頭上から降り注いでいた。
耳をつんざくような破砕音が響いて、燭台を飾る宝石が辺り一面にジェリービーンズのように散らばる。
血を流してぐったりとする彼の下から這い出したコレクターは、彼自身も、全身に大小のヒビを浮かべていた。
「さて……どうやら、ここまでのようですね」
燕尾服の埃を払いながら、コレクターは言う。
「ほほう。逃がすと思ってるのかえ?」
不敵な笑みを浮かべる蜜鈴と共に、ボルディアが魔斧を振う。
コラクターはバックステップでぎりぎり避けてみせるが、背後に回っていたイルムのレイピアがその背中を突いた。
「君は頭がキレるし実に厄介だ。できれば早々にご退場いただけるとありがたいのだけれどね」
「はは、ご冗談を」
懐に手を突っ込んだコレクター。
その瞬間、イチかバチか、アシェールが反魔法の力を解き放つ。
それを知らずに抜き放った彼の手の中から、ぽろりと、小さい何かが床に零れ落ちた。
「おや……?」
驚きながらも、一瞬、全員の意識が床へ向いた隙にコレクターはイルムの前から飛びのく。
「それではみな様。ごきげんよう」
「あっ、待ちやがれッ!!」
気づいたボルディアが飛び掛かったが間に合わず、彼は窓ガラスを突き破って、彼の姿は霧の中へと消えていった。
「ちくしょー! まだ暴れたりねぇぞ!!」
吠えるボルディアの足元で、アリアがコレクターの落としたものを拾い上げる。
「これは……ミニチュアの拳銃?」
数センチにも満たない小さな、だけどひどく精巧な作りの玩具の拳銃。
彼女はその不可解な物体に首をかしげると、突然、胸に激痛が走った。
「もう逃げ去ったとお思いでしたか?」
「……えっ?」
わけも分からず見下ろした胸元に、じんわりと染み出るように咲く赤い花。
同時にコレクターの微笑みと銃口が窓枠からのぞいているのが見えた。
「やはりあなただけは手にかけておくことにしました。あまりに危険でありますがゆえ」
握りつぶしそうな勢いで窓枠にしがみついていたコレクターが、こんどこそふっと、霧の中へと消えていく。
脳裏にその表情を焼き付けたまま、アリアはふらりと崩れ落ちた。
●
イツキが作り出した道を駆け抜け、メイドの群れを突破する。
リクの聖機剣から放たれた機導砲が扉を吹き飛ばすと、ハンター達は一斉に部屋の中へなだれ込んだ。
広い部屋は落ち着いた調度品に囲まれ、ここが日常的な生活の場であることを一目で思わせる。
そして部屋の最奥、窓際に設えた天蓋付きのベッドの上で、ジャンヌ・ポワソン(kz0154)がもぞりと寝返りをうった。
「ジャンヌ・ポワソン……!」
その姿に、リクは緊張した様子で身構える。
「あら……どうしてニンゲンがこんなところにいるの?」
気だるげに、まるで何もわかっていない様子で、ジャンヌの瞳がハンター達を見る。
同時にズンと重くのしかかるような倦怠感が彼らの身体を襲った。
「これが……ジャンヌの“怠惰”?」
思わず膝をついたウィスカが、ぼんやりとした頭で彼女を見る。
だが、怠惰王のそれともまた違う独特の感覚。
まるでジャンヌの感情が流れ込んでくるかのような、不可解な一体感。
「うわっ、流石に開けっ放しはメイドが……って、扉は壊しちゃったからね。しかたないね」
戸口に押し寄せて来たメイド軍団に真水が何とも言えないしかめっ面を向ける。
全く動けないほどではないのは彼女の歌のおかげか。
盾を構えて、電磁加速砲の銃口を向ける。
「とりあえずこっちは南条さんが任された。入ってくるのを1体ずつ壊していく簡単なお仕事だよ」
放たれた弾体マテリアル杭が、メイドの顔を破砕する。
「コレクターはどこかしら……フランカでもいいのだけれど。まだ帰ってないの?」
ジャンヌの言葉に、リアリュールが眉をひそめる。
(フランカ……消滅したことを知らないの?)
口にはせず、ややなまった動作でリボルバーを構える。
「勝負は一瞬だ……1、2の3でいくよ」
リクが目配せをして、3つ数える。
1……2……3――
彼が手にしたたいまつに火をつけ、ジャンヌの眠るベッドへと放り込む。
火はゆっくりとシーツへと燃え移って、やがて次第にベッドの方へと燃え広がり始めた。
ジャンヌは火を前にしてもとりたてて動く様子はなく、ただぼーっと燃え広がる炎を眺めている。
リューが気怠さを圧して、飛び出した。
まっすぐ、彼女の気を引くように大ぶりで、聖剣を振り下ろす。
魔法エネルギーを纏った刃は彼女のネグリジェを一文字に切り裂いて、その真珠のような肌に、一筋の赤い筋を浮かび上がらせる。
「反応なしかよ……くそっ、やりづれぇな!」
何もしないジャンヌに、リューはなんだか無性に腹立たしさを覚える。
まるで弱い者いじめをしているかのようで、彼の正義感が揺らぐのだ。
いや、相手が弱いものでも、善きものでもないことは分かっているのだが。
やがてベッド全体が炎に包まれ、もうもうと黒い煙が部屋を包み始める。
服まで焦げ始めると、流石にジャンヌもその身体をゆっくりとおこした。
「ねぇ……どうして放っておいてくれないのかしら?」
「どうしてって……」
その純粋無垢たる問いに、テンシは一瞬たじろぐ。
「この霧の山は精霊の土地だったんだ。俺たちは、それを取り戻さなきゃいけない」
「そう……なら勝手に持っていけばいいじゃない」
「いや、そのためにはあなたをここから退かさないとって……ああっ、なんか俺、間違ったこと言ってるかな!?」
テンシは急に不安になって、周りに同意を求めた。
「貴女が嫉妬王の駒である限り、私達は精霊を想う立場として、貴女を狙い続けます」
彼の言いたいことを代弁するように、ウィスカが凛とした口調で語る。
それから表情に僅かな不安を覗かせて、一言、言い添えた。
「もし私達が静かな所を用意できるとしたら……此方へ加担してくれますか?」
ジャンヌは小さく首をかしげる。
サラリと流れた金髪が、炎に照らされて美しく輝いた。
「何もいらない。なにも欲しくない。私は私のままでいい。それ以外、なにも――なのにどうして、みんな私に何かを与えようとするの?」
「それはきっと、あなたを求める者がいるから」
リアリュールが銃口を向けたまま答える。
「あなたは存在しているだけで歪虚の――嫉妬王の役に立っている。だからこそあなたが居なくなることを、きっと彼らは望んでいない」
「……望まなくたって私はどこにもいかないわ」
ジャンヌの言葉に、ガクルックスが僅かに眉を動かした。
「それは、誰かを待っているからですか?」
「……え?」
ジャンヌが眉をひそめる。
「遠い昔……あんたを迎えに行くと言った男は記憶にありませんか」
「私を……迎えに……?」
揺らめく炎の影になって、彼女の表情はうかがい知れない。
だがその口調は、どこか遠い忘れた記憶を掘り起こすかのように、不安と戸惑いに満ちたものだった。
「忘れたのなら思い出せるかしら……アルバートという星の守護者を」
「ある……ばーと……」
口の中で反すうすると同時に、ベッドの足が音を立てて崩れた。
ガタンと大きく傾いて、ジャンヌは炎の中から放り出される。
焼け焦げたネグリジェのまま、ゆっくりと身体をおこすジャンヌ。
その煤こけた表情は、果てしない絶望に満ちていた。
「ジャンヌ……?」
その表情に込められた意味をリアリュールは知らない。
「限界だ……やるしかない!」
炎が木造の床に燃え移り、やがて周りの調度品にまで広がり始める。
リクが浄化カートリッジを部屋の中心に転がすと同時に、ハナの印符がジャンヌの周囲をとり囲んだ。
「うーん、何かあるかわからないけれど、とりあえず封じておきますねぇ」
ひとまず倦怠感が消えないことだけは確認して、それでも未知の力があっても封じるられるように己のマテリアルで彼女のマテリアルを縛り付ける。
一瞬迷いを見せたリアリュールも、リボルバーを構えなおすと彼女の足元へ向けて引き金を引いた。
大きな音に、ジャンヌは座ったままずりずりと後退する。
「とにかくまず、屋敷から出してしまえば……!」
テンシが大ぶりの鎌の柄で、力いっぱいジャンヌを強打する。
弾き飛ばされた彼女の身体が、壁に激しく打ち付けられた。
「一気に押し込むぞ!」
二刀を振うレイアの刃は、顔を護るように身構えたジャンヌの腕へと鋭く突き立つ。
お返しに振われたジャンヌの手――それは飛びまわる羽虫を払うような、なんの技術も伴わない一振り――は、レイアの正面に現れたマテリアル障壁に阻まれる。
「これで……チェックだ」
障壁を張ったリクが、腕の振りでマテリアルの流れを変え、受けた衝撃をジャンヌ自身へと跳ね返す。
自らの力で弾き飛ばされたジャンヌの身体は、古い壁を簡単に突き破って、外へと投げ出されていた。
3階の高さから、ふわりと落下の浮遊感が彼女を襲う。
何も考えず、何者にもなれず、彼女はただため息交じりに霧で覆われた空を見上げていた。
そこに現れた、小さな黒い影も――
「なんだ……!?」
ハンター達は大きく開いた壁の穴から、はるか下方を見下ろす。
そこにいたのは、頭以外の全身を鱗に覆われた1人の男の姿。
彼はその隻腕にジャンヌを抱え、物言わず、3階の彼らを見上げていた。
「アルバート……!?」
「まさか……!」
リアリュールとガクルックスが声を上げる。
だが、間違いない。
おそらく先の戦いから治っていない全身の傷跡も、今だボタボタとどす黒い液体を垂れ流す失った腕の傷も、そしてその赤銅の瞳も。
「ははっ――ほんとに来ちゃったよ、トンデモドラゴン」
フラグ立てちゃった気がしたんだよなぁ。
いつの間にかいなくなっていたメイド軍団から解放された真水は、乾いた笑みを浮かべていた。
腕の中で、ジャンヌは呆然とした様子で彼の顔を眺める。
アルバートはハンター達が飛び降りてこないのを警戒していたのか、やがてそうでないことを理解すると、これまた片方だけになった翼を大きく広げて霧の空へと飛び立った。
「あれがアルバート……ジャンヌをどこへ?」
溢したリクの言葉に、ウィスカが静かに首を振る。
「分かりません……ですが願わくは、歪虚にも、我々にも関係しない場所へ旅立ってくれることを」
誰かに利用されないように――と、その願いはきっと叶わぬものと予感しながら。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
---|
面白かった! | 23人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
質問卓 鬼塚 陸(ka0038) 人間(リアルブルー)|22才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2019/01/16 07:33:23 |
|
![]() |
相談卓 ジャック・エルギン(ka1522) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2019/01/17 21:16:04 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/01/17 15:35:18 |