【糸迎】裁きを受けるひと

マスター:三田村 薫

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
  • relation
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
3~5人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/01/25 19:00
完成日
2019/01/31 01:14

このシナリオは2日間納期が延長されています。

みんなの思い出

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オープニング

●前回までのあらすじ
 フマーレで発生していた連続連れ去り・傷害事件。その犯人は、嫉妬歪虚アウグスタと契約した退役軍人ザイラ・シェーヴォラ。迎えが間に合わなかったことに心の折れた彼女はアウグスタの誘いに乗って契約し、自分が救えなかった怪我人を、何の関係も無い人間に投影して連れ去っていたのである。自分ではない迎えに対して嫉妬したアウグスタが被害者を襲って怪我をさせていた。

 ハンターたちの尽力により、アウグスタを退けザイラは確保。戦闘の際に大怪我をした彼女は監視付きで治療を受けていたが、その傷も癒えた。証人もいる、証拠もある、本人の自白もある。裁判の日取りも決まり、ハンターたちにも証人として出廷が求められた。

 だが、一つだけ未解決のことがある。

 ザイラとアウグスタの契約はまだ残っているのだ。

●オフィスの心配事
「君たち、ザイラの裁判に出るんだろう?」
 オフィス中年職員は、ハンターたちをそう言って呼び止めた。
「アウグスタと彼女の契約はまだ切れてないらしい。もしかしたら、アウグスタがザイラを取り返しに来る可能性もある。とは言え、彼女も今度は別のハンターにちょっかい掛けてるようだからザイラをどうする気なのかはちょっと予想がつかない。くれぐれも気をつけて」

 ハンターたちは、彼の言うことに頷いて裁判所に向かった。

●償いの法廷
 裁判所には、証人としてオフィス職員の平坂みことと、魔術師のヴィルジーリオも到着していた。みことはザイラを捕縛したときに連れ去られていた被害者で、ヴィルジーリオはその時に彼女をオフィスに連れ帰っている。
「あ、皆さんこんにちは。今日は私証人なんですよぉ」
「お疲れ様です。何事もなく終わると良いですね」
 無表情ではあるが、彼も少し神経質になっているようではある。アウグスタを警戒しているのだろう、ハンターたちには、彼の装備が戦闘に備えたものであることがわかった。

 やがて、裁判が開廷した。覚醒者としての装備を全部外された、着の身着のままのザイラは少しやつれているように見える。裁判官は、証言台に立った彼女に対して罪状を読み上げる。
「相違ありませんか?」
「はい」
 ザイラは頷いた。彼女の弁護士も、それを穏やかな顔で見守っている。
 戦うためではなくて、償うための裁判だと受け止めているようだ。被害者たちも、ザイラに対しては同情的で、どちらかと言えば怒りはアウグスタに向いているようにも見える。とは言え、実行犯である彼女を責める声もあるし、責任があることは間違いない。

「では、次に平坂さんに証言をお願いします」
 控え室で待っていると、みことを迎えに職員がやって来た。彼女が立ち上がって出て行こうとしたその時だった。

 建物の外から、けたたましい金属音が響いたのは。

 ハンターたちはすぐにそれがアウグスタの乗る鉄板の蜘蛛であることに気付いた。法廷が危ない。慌てて飛び込む。
「たたた、大変です!」
 様子を見に行っていたらしい職員も駆け込んできた。
「三メートルはある大型蜘蛛に騎乗した少女が接近! アウグスタのようです!」
 その声に、傍聴席が一気に騒がしくなった。
「おい! あんたが契約してるんだろ! どうにかならないのか!」
 一人の男性がザイラに怒鳴った。ザイラは首を横に振る。
「私の指示を彼女は聞かないわ」
「じゃあどうするんだよ! あんたがいるからここに来たんだろう!」
「それはわからない……でもやることは一つしかない」
 ザイラは裁判長を見た。
「裁判長、アウグスタを撃退します」
 法廷が騒がしくなった。
「幸い、今日は証人として頼もしいハンターが何人も来ています。彼らの手を借りれば、アウグスタを撃退するのも難しくはないはずです。私も助力します。戦闘装備の許可を」
「信用できない!」
 先ほどの男性が怒鳴った。
「信用できない! 装備を渡したら、また歪虚の味方をするかもしれない! 契約しているんだから! 人類の裏切り者、それをどうして信用できる!」
「彼女は私を逃がしてくれました!」
 みことが反論する。
「ええ、無傷で逃がしています。そもそも、傷害の実行犯は彼女ではない。私はどちらの味方をするつもりもありませんが、その辺は再確認しておかないとフェアではありませんね」
 ヴィルジーリオも言葉を添える。彼はハンターたちを見た。
「私より、彼らの意見を聞くべきでしょう。この件に関わっているか、少なくとも経緯を追っている方々です。私より彼女のことはわかっているはずです」
 ザイラもハンターたちを見る。
「力になるわ」
 轟音がした。玄関部分に蜘蛛が激突したらしい。建物が揺れる。
「危ない! 職員の方は避難誘導を! 皆さんは避難してください!」
 ヴィルジーリオが駆け出した。ザイラを糾弾している男は、傍聴席と法廷の境にある手すりを掴んで身を乗り出す。彼はザイラに人差し指を突きつけた。
「俺は逃げないぞ! この女が歪虚の尖兵だと認めない限り……」
「いい加減になさい」
 赤毛の魔術師はその男の腕を掴む。
「それを決めるのはあなたではない。ここは法廷です」
 ヴィルジーリオは男の関節を押さえながら引きずるように法廷を出て行った。既にほとんどの一般人は逃げ出している。あとは裁判長、ザイラと弁護士、ハンターたちだ。
「裁判長、私からもお願いします」
 弁護士が言った。
「弁護士さん、あなたも逃げて」
「いや、あなたの弁護士としてこれだけは言わないと。裁判長、ザイラ・シェーヴォラはその動機からして、困っている人間を放っておけない人格です。こうして罪を認め、出廷している以上、その善意を疑うべきではありません」
 裁判長は考えている。
「あとはあなたたちだけです」
 ヴィルジーリオが戻って来た。
「裁判長、ご判断を」
「うむ。では、君たちの意見を聞かせてくれないか?」
 裁判長はそこでハンターたちを見た。
「彼女に武器を持たせるべきか。もし持たせるべきならば、彼女の装備は証人控え室の右隣に保管してある。緊急事態だから蹴破ってくれて構わない。持たせないべきなら、彼女は我々と共に避難だ」
 彼が言い終わった瞬間だった。こんこん、とノックの音がする。法廷とロビーを結ぶ大きな扉からだ。
「こんにちは。ごめんなさい、ハンターに追われて建物を壊してしまったの」
 幼い少女の声。
「すぐにお暇しようとしたけど……そこにザイラがいるわね?」
「アウグスタ……」
「ねえ、ザイラ。この前はあんなことになっちゃったけど、また私と一緒に来てくれる気はある?」
「……」
 ヴィルジーリオが杖を構えた。ザイラがそれを制する。
「お外で待ってる。早く来てね」
 靴音が遠ざかった。ザイラはハンターたちを見る。
「私はアウグスタに言わないといけないことがある」
 その黒い目には固い決意が灯っていた。

リプレイ本文

●六名出撃
「……ザイラさんがアウグスタと決別するために武器が必要だというなら、お渡しして良いと思います。堕落者を生み出せるアウグスタに丸腰で会うのは、いくらハンターでも危険ですから」
 最初に口を開いたのは穂積 智里(ka6819)だった。ザイラはそれを聞いて、ほっとした顔をする。たとえ他の五人が駄目だと言ったとしても、一人でも賛成してくれる人がいるのは心強いのかもしれない。
「術具の一つもなければ攻性防壁も打てませんしぃ、アウグスタと決別するのに言葉だけの殴り合いで終わるとも思えませんしぃ。ザイラさんの覚悟に必要だと思いますぅ」
 次に同意したのは星野 ハナ(ka5852)だ。彼女はザイラとは初対面ではあるが、アウグスタのことはよく知っている。あの小娘が、関係を断られて逆上しないとも限らない。
「罪を犯したとはいえ、ザイラさんの決意は素晴らしいね」
 優しく微笑んで頷くのはレオン(ka5108)。彼は、ザイラの決意に異議を唱えるつもりはない。その代わり、絶対に守り切ると決めていた。
「君達は話をするべきだよ。君の為にも、アウグスタの為にもさ。ボクはそう思う。六人でアウグスタの元へ行こう」
 フワ ハヤテ(ka0004)は相変わらずかけらの動揺も見せずに朗らかに言う。ザイラは、ハヤテの笑い顔しか見たことがないな、とちょっと思っていたりする。
「やっぱりいい人だと思うし、大丈夫だと思うの。私からも装備許可を要請するわ」
 イリアス(ka0789)もまた、一生懸命頷きながら裁判長に告げる。弁護士が笑顔で裁判官を見た。
「決まりですね」
「決まりだ。ザイラ・シェーヴォラ、武装を許可する。ただし、法の下に命じます。歪虚の撃退が済み次第、速やかにこちらのハンターたちに装備を渡すように」
「裁判長、感謝します」
 ザイラは頭を垂れた。それからハンターたちを見る。
「ありがとう、信じてくれて。絶対裏切らないって約束するわ」
「ではお二人は避難を」
 ヴィルジーリオに伴われて、裁判長と弁護士は法廷を出て行った。ザイラは同時に自分の武器を取りに走った。

●悪い女
 ザイラを待っている間、ハンターたちは方針について簡単に打ち合わせを始めた。智里は少し下を向いている。
「智里さん、どうしたの? 大丈夫かしら?」
 イリアスが気遣わしげに尋ねると、
「武器を持たずにアウグスタに会って下さいと言いたいです。私達が守りますから。でもきっと、円満な別離なんてないので……自衛手段は絶対必要だろうと思います」
「うん、そうだね。絶対に死なせない。でも、彼女の方もそのつもりでいてもらわないと」
 レオンが頷いた。
「移動は常にザイラさんに合わせる様にして動くよ」
「そうですねぇ。私はこの前ぇ、何度でも振り返ってあげる、とか言われてるんでぇ、それを持ち出してなるべく目標を分散されるように試してみますぅ」
 先日のことだ。ザイラとは違うハンターにちょっかいをかけるアウグスタを阻止しに行った時のこと。挑発するハナに対してアウグスタが言い返したのが「私は何度でも振り返ってあげるわ」だったのだ。
「星野が煽ってくれるなら、的が分散してアウグスタも攻撃に迷いが出るかもしれない。ボクは空から攻撃することにしよう」
 ハヤテがキタブ・アル・アジフをぱらりとめくりながら言った。その中身はまるで読めない紋様が綴られている。
「私は……」
 イリアスは困っているようだった。丸い目が揺らいでいる。
「暴れさえしなければ、私達ともお友達になれるかもしれないのに……暴れないようにお願いしてみてもいいかしら」
「それは構わないと思いますが……」
「アウグスタが聞くかは別の話ですぅ」
「お待たせしてごめんなさい」
 そこに、武装したザイラが戻ってきた。装備をしていてもぎこちない様子はない。元々軍人だったこともあって、動きはきびきびしている。
「行きましょう」
「あ、待ってくださいぃ」
 ハナが呼び止めた。ザイラはきょとんとして符術師の彼女を見る。
「ザイラさん、覚悟はきちんと生きて示して下さいねぇ? 決別のための責任の取り方とか言ってぇ、自死に近い特攻しちゃ駄目ですよぅ? 貴女を迎えに来る本物の貴女のお友達が泣いちゃいますぅ」
「好きなようにはしてもらうけど、その代わり絶対に死なせない」
 レオンも真剣な声で告げた。
「だから、あなたもそのつもりでいて欲しい」
「それは、もちろんよ。死ぬことが責任じゃないわ。私は、私が連れて行った人、怪我をした人たちのためにも、生きて償わないといけない。法に則った罰を受けること、それが人間として、元軍人としての責任の取り方だと思ってる」
「だったら大丈夫ですねぇ」
「……ザイラさん」
 智里もしっかりとした眼差しで問いかける。
「貴女はアウグスタが歪虚だからということだけで、アウグスタを攻撃することができますか。私は攻撃するだけがアウグスタとの絆を断つ手段ではないと思います。攻撃は分かりやすい手段ですが、これを貴女とアウグスタの関係の最後にするつもりなら。きちんと意志を伝えることが一番重要じゃないかと思います」
「この世界に精神感応者なんて居ませんよぅ。言葉として伝えてないことは絶対的に伝わらないんですぅ。言葉として伝えたって猜疑が耳を塞げば届きませんしぃ。だから私は本気で伝えたいことなら耳タコになるくらい言えばいいと思うんですぅ。ザイラさん、死ぬほど無理しちゃ駄目ですよぅ?」
「ええ、その通り。闇雲に攻撃したって、アウグスタには伝わらないと思う。だから、たとえ彼女が私の言うことを聞き入れなくても、逆に何かを提案してきたとしても、私はちゃんと気持ちを伝えたいと思う。関係を絶ちたいと」
 それを聞くと、智里は息を吐いて、軽く笑う。ある意味で、当事者のザイラ以上に気を張っているらしいことは、誰の目からもわかった。
「思いつめすぎても良くないです。恋人を振る悪女のように、貴女とアウグスタの双方の未練、きちんと断ってきて下さいね」
 ザイラはぱちぱちと目を瞬かせた。
「あなたが悪女って言葉を使うと、なんだか不思議……でもわかった。あの時止めてくれたあなたたちの行動を無碍にしないって約束する」

●戦闘態勢
 六人は裁判所から外に出た。門の前で、大型蜘蛛に乗ったアウグスタが、手持ち無沙汰にしている。蜘蛛の首に跨がって、足をぶらぶらさせていた。足音が複数であることに彼女は気付くと、深いため息を吐いて首を横に振る。
「……ついてくると思った。その様子だと、私と来るつもりはないみたいね」
「アウグスタ、一瞬でも私の気持ちに寄り添ってくれたあなたを、私は憎めない。たとえ、契約するための方便であったとしても、一瞬だったとしても、あの時私は確かに楽になった」
「私もよ、ザイラ。最後には、私の言うことなんて全然聞いてくれなかったけど、ちょっとでも私の話を聞いてくれたあなたのこと、完全に嫌いになれない。今結構嫌いになってるけど」
「もう、私たちにお互いは必要ない。だから、もう終わりにしましょう、アウグスタ。二人とも駄目になるわ」
「…………」
 アウグスタは黙り込んだ。今まで誰も見たことのない顔。人の恐怖を楽しんでいるわけでも、怒り狂っているわけでも、苛立っているわけでもない。考えても考えても答えが出ないときの顔。
「最初から、無理があったのよ。あなたにはもう帰る場所がないもの。誰も迎えに行けないわ。連れて帰る場所がない」
「それは言わないで」
 沈んだ声だ。アウグスタは顔を上げる。
「そう、わかった。あなたはどうあっても私と来てくれないってことは、いくら私がお馬鹿さんでもよくわかった」
 イリアスがほっとしたように息を吐いた。これで、アウグスタと争わなくて済むかも知れない。本当だったら挨拶の一つでもするべきなのかもしれないが、今は「こんにちは」なんて言える雰囲気ではない。状況が落ち着いたら改めて……。
「でもね、だから、はい帰りますって言うのも、ちょっとかっこ悪いわよね?」
「懲りないね、君は」
 アウグスタの一言で、一斉に動き始めた蜘蛛を見ながらレオンが呟く。
「せっかく敵同士になったんだもの! 戦っておかないと損だわ!」
「そ、損得の話なのかしら……?」
「イリアスさん、アウグスタは戦闘態勢です」
 智里の言葉に、イリアスはおろおろしていたが、最終的に弓をしまった。アイデアル・ソングを歌い始める。
「迎えというのが何なのか、ちょっとボクには理解できないけどね」
 ハヤテが肩を竦めた。彼はマジックフライトを発動する。これで空から戦うつもりだった。
「少なくともお迎えに行こうという意思を持つ相手を探すべきだと思うな」
「それはね、あなたが満ち足りてるってことだと思うな。願わなくても、当たり前に迎えに来てくれる人がいるのよね。どんな人かしらないけど。妬ましいわね。でも今日は許してあげる」
「はは、そりゃどうも。まあ暴れる限りは、止めるために迎えに行こう。ハンターとしてできるのはその程度さ」
 彼は飛び上がる。逆光の中で、彼はアウグスタに笑いかけた。
「ちゃんとお迎えに来てくれる人が来るといいね。その前に死ぬかもしれないが、なあにそれこそお迎えが来たってことなのさ!」
 レオンはハナに目配せした。どうなるかはともかく、ザイラの次に狙われるように仕向けるのは彼女だ。彼がガウスジェイルを施すと、ハナはそれを理解する。ザイラとレオンの傍に寄った。
「糸に関してはぁ、心配しないでくださいぃ。呪詛返しあるのでぇ、倍返しですぅ」
「わかった。それ以外で、あなたへの攻撃も、可能な限り受け持とう」
 アルマス・ノヴァが光を放つ。
「今回は守る事こそがボクの仕事だ」

●同病相憐れむ
 アウグスタが手綱を引いた。蜘蛛が足を立てて体を持ち上げる。
「蜘蛛っ子アウグスタ、お待たせですぅ。さあ楽しく殺りあいましょぉ」
 ハナが符を五枚さばいた。アウグスタを巻き込むように、五色光符陣を発動する。
「蜘蛛っ子だって私を二の次三の次にしてるじゃないですかぁ。この前構うって言ったのにぃ」
 わざとらしく拗ねた様に言ってみせると、アウグスタは蜘蛛の上ですまし顔。
「そうねハナちゃん。私もフられちゃったわ。私たち一緒ね! なんだっけ、こう言うの、『どーびょーあいあわれむ』って言うんでしょ?」
 アウグスタの注意がハナに向いた。ザイラが智里を見る。
「彼は飛んでる。彼女は向こうにいるから、焼き払っても巻き込む事はないわ。混戦になる前の、今がチャンスだと思う」
「はい! アウグスタ……貴女とザイラさんが共に歩む未来はありません。それは今、私達が断ち切ります」
 智里とザイラ、二人の発動媒体から、炎が噴き出した。ファイアスローワーだ。上空から、ハヤテがマジックアローを降らせる。フォースリングの術式が効いて、本来なら一本の矢は五本になる。
「ねえ、アウグスタさん、暴れないってわけには、いかないのかしら」
 イリアスは説得を試みた。傷つけ合いたくない。アウグスタは首だけ振り返った。
「そうすれば私達とも一緒に遊べるようになれるかも。どうかしら」
「うーん、ごめんね! 私、『ゆーわ』とか『わかい』には興味ないの!」
 融和と和解、だろう。イリアスは困惑しながらも、自分にウィンドガストをかけた。少なくとも、アウグスタが自分を敵だと認識していることは明らかだからだ。
(なるべく誰も傷つけないように、あってほしいわ)
 セイレーン・エコーが増幅した歌声は味方のマテリアルを活性化させていた。これで、多少のことではやられたりしない。
 レオンは刺突一閃で蜘蛛の群れに突っ込んだ。ブリキ板のひしゃげる音、金属同士がぶつかる甲高い音がする。彼はそこからアウグスタを見上げた。盾に持ち替える。
「彼女は帰るべき場所を定めた。君はこれ以上何がしたいんだい? アウグスタ」
「もうこれ以上何もしないわ。ただ、これで帰るのが悔しいだけよ!」
 アウグスタはハナに狙いを付けた。首を傾げて、わざとらしく唇を尖らせる。
「ね、ハナちゃんならわかるでしょ? フられちゃったら寂しいものね! 抱きしめてあげる!」
 大蜘蛛がハナに向かって糸を吐きかけた。ハナはこれを狙っていた。覚醒の効果で青く輝く目が、更にきらりと一瞬の光を放ったように見える。
「肉を斬らせて……骨を断つ、ですよぅ!」
 呪詛返し。符術師のルーツである東方で、呪いから身を守るために編み出された術だ。ハンターのスキルとしての呪詛返しは、相手が放つこちらの不調を誘うような技を、更に強力にして相手に跳ね返す。再び五枚のカードを切って、ハナは自分に掛けられた、身動きを取れなくなると言う「呪詛」をアウグスタに跳ね返した!
 イリアスのアイデアル・ソングが効いている。この歌は、不調の度合いを下げて、抵抗を容易にする。
「倍返しですぅ!」
「きゃーっ!?」
 自分に返って来た不調に、アウグスタは悲鳴を上げた。しかし、運が良かったのか、間一髪のところで彼女はそれに抵抗しきる。
「なーにが倍返しよ! ずるじゃない! 人の技を取り上げて!」
「私はねぇ! 修羅の国って言われてる所の出身なんですぅ! 肉を斬らせて骨を断つ! 『ハナちゃん』なんて言って甘く見てると火傷しますからねぇ!」
「言ったわね! フられちゃうくせに! フられちゃうくせに!」
「少なくともぉ! お前と違って生きてる者同士ですからぁ! スタートラインが違うんですよーだ!」
 依頼人の幸せには最大限留意する。それがハナの信条だ。ザイラが今回の依頼人かと言うと話は別だが、少なくとも歪虚と関係を絶ちたがっている彼女の気持ちには応えたい。
 死んじゃ駄目だ。だからハナはアウグスタを煽り続ける。来るなら来い。
 肉を斬らせて、骨を断つ。彼女は符をリロードした。
 いくらでも灼いてやる。

●肩代わり
 ザイラを絶対に死なせない、と言う点でレオンもまたハナと意見を同じくしている。ハナが煽るなら好都合だ。後は、的になりやすい人間の攻撃を引き受けて、ザイラへの負担を減らす。
 アウグスタはハナを攻撃する気満々だ。手綱がパチンと鳴った。蜘蛛はハナの方に狙いを定めると突進を仕掛ける。耳を聾する金属音が轟いた。
「行かせないよ」
 ガウスジェイルは正しく発動した。
「あらっ?」
 アウグスタは、何故か進行方向が狂った勢いのために、蜘蛛の上でぐらっと傾いた。蜘蛛はそのままガウスジェイルに引き寄せられてレオンに向かって行く。レオンは腰を落として、盾を構えた。金属同士が衝突する大きな音が立ち、燐光が揺らめく。
「くっ……!」
 盾を持った腕が痛い。しかし、レオンも戦闘に備えた装備はしてきている。蜘蛛は、押し切れないと察して後ずさった。
「だ、大丈夫!?」
 イリアスが叫んだ。レオンは後退する大蜘蛛をまっすぐに見据えて答える。
「大丈夫だ。心配いらない」
「この蜘蛛に突進されてもハンターは皆耐えちゃう! 普通の人間だったらぺちゃんこなのに!」
「何人ぺちゃんこにしたんですか」
「あなたは自分が潰した蜘蛛の数を数えてるの?」
 アウグスタは智里に言い放つ。その智里に、蜘蛛が数匹たかって来た。ぶつかられたり噛み付かれたりもしたが、装備がその顎を通すことはない。
 イリアスにも蜘蛛が寄ってきた。彼女は慌てて後ずさる。
「あら、あらら? 遊ぶって感じじゃ、なさそうね……」
 どう見ても攻撃しに来ているその蜘蛛に、イリアスは少々残念そうな顔をしている。しかし、ウィンドガストを掛けてある彼女は回避が適った。
「ザイラさん」
 ザイラにもまた蜘蛛が向かって行く。レオンが声を掛けると、ザイラは彼を押しとどめた。
「大丈夫よ」
 攻性防壁が発動した。蜘蛛が一体弾き飛ばされる。だが、向かったのは一体ではない。残りはレオンが引き受けた。盾で受ければどうと言うことはない。
「ありがとう」
「言ったでしょう、絶対死なせないって」
「ええ」
 ザイラは笑みを見せた。泣きそうな表情は変わらないが、どこか吹っ切れたような笑顔だ。
「ほらまたぁ、さみしいじゃないですかぁ!」
「わ、私のせいじゃないもん!」
 自分の矛先を無理矢理変えてしまったレオンにアウグスタが警戒していると、ハナが茶化すように五色光符陣を展開した。鋭い閃光が、金属の蜘蛛を白く照らす。
「め、目がちかちかする……」
「あっはっは! それは重畳」
 ハヤテが空からマジックアローを降らせた。目がくらんで、アウグスタは回避が難しい。
「そ、空からってずるくない!?」
「いやいや、君は蜘蛛に乗って高いところにいられるだろう? ボクは高いところに乗っけてくれる蜘蛛がいないから自力なのさ。涙ぐましいと思わないかい?」
「ぜーんぜん思わないっ!」
 ザイラからデルタレイが飛んできた。蜘蛛の頭や胴に、白い光が炸裂する。
「もう……! 戦うって決めた途端容赦がないわね!」
「あなたもね、アウグスタ。これが本当の私たちの立場なのに、すごく不思議な気分」
「ふん」
「レオンさん、大丈夫ですか」
 智里がレオンにヒールを掛けた。腕の傷が癒えていく。レオンはふっと息を吐く。体力の三分の二を持って行かれたようなダメージだったからだ。
「ありがとう。かなり重たかった。でも、守ると決めたから」
「はい。皆同じ気持ちだと思います」
 レオンは自分でもアンチボディを施した。まだ痛みは残るが、戦うのに不足はない。今度は障壁も守ってくれる。
「次、来ます!」
 智里が警戒を促した。レオンは再び盾を構える。数の減った蜘蛛が、なお衰えない闘志でハンターたちに向かって来た。

●大嫌い
「いやあ、悪いね、僕だけ高見の見物で」
「ハヤテさんはそこにいて! 降りてきたら、危ないわ」
 呑気に言い放つハヤテに、蜘蛛の攻撃を回避するイリアスが呼びかけた。
「うんうん、そうさせてもらうよ、何て言ったってボクは戦い向きじゃないからね」
「嘘おっしゃい!」
 アウグスタが叫んだ。彼女は、次にザイラを狙って蜘蛛を走らせる。だが、またしてもレオンの方に攻撃のベクトルをねじ曲げられて、急カーブを余儀なくされた。おまけに蜘蛛は頭から地面に突っ込んでレオンに当たらない。しかし、すぐに体勢を立て直して糸を吹きかけた。
「効かないよ」
 レオンは自分に絡んだ糸を引きちぎった。アウグスタが愕然としてそれを見ている。イリアスのアイデアル・ソングが効いているのだ。
「……この歌、蜘蛛の糸を弱くするのね……」
 前にも同じようなことがあった。ハンターが歌うのはいつもそうだ。
「……歌が全部嫌いになりそう」
「元々歌は好きかい?」
「嫌いじゃないわ」
「そうか」
 マジックアローが再び五本、飛んでいく。ハヤテとしては脚を狙いたかったが、流石に空から正確に狙いを当てるのは難しい。
 蜘蛛も大分減った。ハンターたちはアウグスタに攻撃を集中させる。ハナは五色光符陣、レオンは刺突一閃、智里とザイラはファイアスローワー。
「これが、私からあなたへの拒絶の意思。アウグスタ、もう私はあなたに手を貸せない」
「共に歩むべきではないんです。アウグスタ。あなたとザイラさんは、本当なら道が交わってはいけないんです」
「私がいますからぁ、泣かないでください、蜘蛛っ子」
「君がどうあがいても、彼女は連れて行かせない」
「どうしても、駄目? 傷つけ合うしかできない?」
「さて、どうする? アウグスタ」
 ハヤテが微笑む。
「すっかり、君が失恋したってことになってるよ。まだザイラに復縁を迫るかい?」
「……ザイラなんか」
 アウグスタは威嚇するように胸を張った。ザイラをキッと睨む。
「ザイラなんか………ザイラなんか………大っ嫌いよ! 絶交してやる! 二度と私に構わないで!」
 ザイラが、予想外の反応に驚いていると、アウグスタはそのまま蜘蛛の手綱をぐいと引いた。それに応じてぐるりと頭が反対を向き、焦げたりひしゃげたりした蜘蛛は、少女を乗せて裁判所の門をぶち破って出て行った。来たときに取れかかっていた鉄の門が、ウェハースでも折る様に取れてしまう。
「……アウグスタ」
「後悔は、しないでください」
 智里がその手を取る。
「あなたは正しいことをしたと思います」
「残った蜘蛛を片付けよう」
 大蜘蛛に追いつけなかったり、はぐれてしまったりした蜘蛛がまだ残っている。レオンがアルマス・ノヴァを構えた。

●束の間の休息
 ハンターたちは、人々が避難しているところに言って裁判長に事の収拾を報告した。ザイラの裁判は、本日の分はこれにて終了となり、後日また仕切り直しと言う形になる。

 それから数日後、もう一度裁判が開かれた。今度はアウグスタが乱入することもなく、粛々と進められた。ハンターたちの中で、今回の件に関わった者たちは証言をし、書記がそれを書き留める。
 結局、ザイラには実刑が下った。覚醒者であり、なおかつ同盟の平和を守る軍人と言う職を経験しておきながら、歪虚に手を貸してしまった罪はやはり重い。その一方で、職務を賢明に果たそうとしても、本人にはどうしようもない事情で心が折れてしまったと言うことで情状酌量の余地がある、とは判決で申し渡された。
「以上が判決となります」
「ありがとうございます」
 裁判長と被告人のそのやりとりをもって、裁判は閉廷となった。

 それから、ハンターオフィスに手紙が届いた。ザイラからの獄中の手紙だ。この度はハンターオフィス、並びにハンターたちに迷惑と世話を掛けたことに対する謝罪と、それでも救いの手を差し伸べてくれたことに対する礼。そして、自分とアウグスタの契約が切れたらしいこと。いつの間に切れていたのか、ザイラにもわからないらしい。
「アウグスタが、本当に私をどう思っていたかはわかりません。覚醒者の手駒を手放したくなかったのか、歪虚としてはなく個人として私のことを憎からず思っていたのか。少なくとも、最後に私は彼女のとって悪い女であったでしょう」
 手紙にはそう綴られていた。

「一時はどうなるかと思ったけど、これでめでたしめでたし、かな」
 オフィス中年職員は、手紙をハンターたちに見せると、そう言って穏やかに微笑んだ。
「何回も、危うい場面があったと思う。それでも、君たちがちゃんと帰って来てくれて良かったと私は思ってるよ。この件に限らず、どんな依頼でも、君たちの無事は常に祈っている」

 あと一歩、と言うところで間に合わないことはある。もう少しと言うところで届かないこともある。

「後はアウグスタだね。やれやれ、本当に一体何が彼女を突き動かしているのやら……本腰を入れて調査、討伐する必要がありそうだな……」
「討伐……」
 イリアスが呟いた。
「まだ私もたくさん考えないといけなくなるわね……ごめんなさいね。どうしたらいいのかわかってないから……」
「言葉が通じる相手を殺さないといけないというのは、本来ならとても辛いことだ」
 職員は言った。
「どうしたら良いのかわからなくて当然だ。ただ、歪虚は我々の生活を脅かす。それが、たとえ少女の姿をしていても、愛らしく笑ったとしても、話ができたとしても、だ」
「ま、暴れている内は止めるために迎えに行ってあげるよ。本人にもそう言ったしね」
 ハヤテが涼しい顔で言う。
「それで満足してくれるとは思ってないが。ハンターとしてはね、そうせざるを得ないからね」
「……私は、討伐するより先に、どうして彼女が歪虚になったのかが知りたいです」
 智里が呟くように告げる。
「ああ、退治するにしても、今までの過程の中で弱点や行動原理がわかるから、調査は必要だ。計画する」
「彼女が何をしたいか、だね」
 レオンが頷いた。
「そうだ。何をしたくて……この場合は迎えが欲しいのか。それがどうしてなのか、仕留めるには何が必要か」
「案外、普通かもしれませんよぉ」
 ハナが言う。
「私に言いましたぁ、フられちゃったからおんなじねって。フられて悲しいとかさみしいって感性はあると思うんですぅ。あと、どんなことを言われたら嫌って言う感性?」
 彼女の持論の一つとして、自分たちと敵の違いは主義主張のみと言う物がある。
「そうだな。君たちとある程度会話ができると言うことは、案外価値観が近いとかそう言うところもあるのかもしれない。怒ったり、泣いたりするからね」
 職員は息を吐いた。
「何にせよ、あとはこれから考えよう。今回の件はこれで決着だ。お疲れ様だった。今までこの件に関わってくれたハンターにも、伝えられそうなら伝えておいてくれ。縁があったらまた頼むよ」
 ハンターたちは解散した。オフィスの片隅では、
「C.J.さん私のプリン食べちゃったでしょ!」
「僕じゃないよ! ヴィルジーリオがお腹空いたって言うからあげたんだよ!」
「やっぱりC.J.さんが持ち出したんじゃないですかぁー!」
 C.J.を問い詰めている平坂と、その近くでプリンを食べながら固まっているヴィルジーリオが見えた。
 オフィスで継続していた問題が一つ解決された、束の間の休息の時間。

依頼結果

依頼成功度大成功
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MVP一覧

  • 死者へ捧ぐ楽しき祈り
    レオンka5108

重体一覧

参加者一覧

  • THE "MAGE"
    フワ ハヤテ(ka0004
    エルフ|26才|男性|魔術師
  • 金糸篇読了
    イリアス(ka0789
    エルフ|19才|女性|猟撃士
  • 死者へ捧ぐ楽しき祈り
    レオン(ka5108
    人間(紅)|16才|男性|闘狩人
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 私は彼が好きらしい
    穂積 智里(ka6819
    人間(蒼)|18才|女性|機導師

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
フワ ハヤテ(ka0004
エルフ|26才|男性|魔術師(マギステル)
最終発言
2019/01/25 11:03:44
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/01/23 21:17:29