王都第七街区 脱獄のその後。──『抗争』

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
8~12人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2019/01/21 19:00
完成日
2019/01/29 20:17

みんなの思い出

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オープニング

 仲の良い家族だった── 『怪力事件の脱獄犯』の内、唯一、所在の判明していないジェレミー・スタッブズの実家の周囲で聞き込みをした際、一家を知る住民たちは口を揃えてそう言った。
 家族構成は両親と一男一女。誰に対しても親切で温和ということで周辺の評判はすこぶる良い。第七街区の住人の多くがそうであるように、歪虚との戦火で失われたリベルタース地方の出身。スタッブズ一家のいた辺りはリベルタースでも奥まった地区にあり、逃避行は凄惨を極めた。かの村の住民で生きて王都に辿り着けた者は二割に満たない。
 そんな過酷な旅を経て王都に辿り着いた一家は第七街区北西部に居を構え、逃避行中に病で両親を亡くして天涯孤独になっていた隣家の少女カロルを引き取り、貧しいながらも温かい家庭を築いた。一人息子であったジェイミーは、幼馴染の少女と実の兄弟の様に温和で元気に育ったが、かの『テスカ教団事件』で第七街区北西部は大きな被害を受け、一家はドゥブレー地区へ引っ越した。
 新参者にも拘らず、仕事はすぐに見つかった。ドゥブレー地区は噂に違わぬ好景気で、一家はようやく人並みの暮らしを取り戻した。成長したジェイミーとカロルは互いを憎からず思う様になり、ひそかに結婚の約束も交わした。
 だが、先の王都第六城壁戦によって一家の生活は再び破壊された。住居こそ無事だったものの、ジェイミーもカロルも職場を失った。
 生活はすぐに困窮した。そんな中、ドゥブレー地区に高利貸しが暗躍し始めた。それはドゥブレー地区に隣接するネトルシップ区の金貸したちで、戦災に困窮する人々の弱みに付け込むやり口だった。
 スタッブズ家も、両親がジェイミーの知らぬ間に奴らから金を借りてしまった。都合の良い条件しか説明されなかったのだと息子は後から知らされた。
 すぐに返済で首が回らなくなり、金貸しは返せなければ借金のカタにカロルを連れて行くと言い出した。
「大金がいる」
 ジェレミーは金策に走り回った。だが、大きな被害を受けたドゥブレー地区には金を貸してくれる者も新たに雇ってくれる者も無かった。
 切羽詰まったジェレミーは商家を襲い、警備員に返り討ちにあって捕まった。そして、入れられた牢屋で怪力事件を起こした人々と扇動者に出会い、そこで自身も怪力が発揮できる事に気が付いた。
「力が必要なら僕があげるよ。その為に自分の命を使う覚悟があるなら、だけど」
 ……テスカ教団事件が起こる少し前。飲み屋で知り合った『青年』にそう問われたことを思い出した。
 その時までジェレミーはそれを酒に酔って見た夢だと思っていた。だが、実際に同じような経験をし、力を発揮した者たちを目の当たりにし、同様にしてみた彼は、鉄格子を素手でいとも容易く捻じ曲げて……
「この力があれば、そもそも大金なんて無くたって……」
 そう考えたジェレミーは扇動者たちと分かれ、実家に戻った。だが、カロルは既に借金取りに連れ去られた後だった。
 ジェレミーはすぐに高利貸しの事務所に向かった。そして、怪力を発揮して借金取りたちを皆殺しにし、カロルの居場所を突き止めた。
 ジェレミーは血塗れのまま夜の第七街区をひた走り、ネトルシップ地区にある花街へと向かった。そして、カロルが連れて行かれたという『白の牝鹿』という高級店へと乗り込み……その全てを破壊した。


「よぅ、ブランの旦那、今月も『税金』の徴収に来たぜ。……いないのかい?」
 第七街区ドゥブレー地区。裏通り商店街、その外れっ端──
 『ブランの何でも屋』として知られる雑貨屋を訪れ、いつもの様にみかじめ料を徴収しにきたドゥブレー一家の若い二人組の徴税官は、しかし、営業時間内にも拘らず人気のない店内を見て顔を見合わせた。
 店内は余りに静かすぎた。微かに血の臭いもした。
 二人の顔から腑抜けた雰囲気が無くなった。彼らは近所の子供に駄賃をやってドニの事務所まで走らせると、抜剣して慎重に店内へと足を踏み入れた。
 ……奥で老人が──店主のブランが血まみれで事切れていた。遺体は刃物でズタズタにされていた。拷問の末に殺された事は明らかだった。
「こいつは……酷ぇな……」
 口鼻を押さえて呟いた青年は、まさか自分が同じような死に様を迎えることになるとは思ってもみなかった。
 襲撃者たちはまだ屋内に残っていた。正確には、待ち伏せていた。
 背後から二人に忍び寄る複数の影── 気付いた時には、何もかもが手遅れだった。

「ブランの店が襲われました。ジャンとジャックの2人も殺られました。近くで子供の死体が上がりましたが関連は不明です」
「警邏中の巡察隊も襲撃を受けました。今日だけでもう2件目です。夜回りも、目明しも、とにかくうちの手の者が手当たり次第にやられています」
 ドゥブレー地区の『地域の実力者』ドニの事務所──
 引っ切り無しに入って来る報告に、事務室のデスクに座ったドニは渋面を隠しもしなかった。
「ウチと、ウチの協力者、支援者を狙い撃ちにした襲撃か……」
 つい先日、ノエル・ネトルシップのシマで、連中の高利貸しと花街が襲われたことは知っていた。すぐに使いをやって、襲撃が自分たちのものではないことは伝えてはいたのだが……
(うちとノエルんとこには遺恨がある…… 本気でウチがやったと信じているのか、或いはこれを機に俺たちを完全に叩き潰すつもりか……)
 既にドゥブレー一家の戦力はズタズタに引き裂かれていた。万一の襲撃を警戒してはいたのだが、通常業務で展開していたところを各個に同時多発的に襲われた。
「ともかく、散らばったウチの兵隊たちを事務所に呼び戻せ。密偵連中には姿を隠すように、と。協力者たちに関しては……」
 そこに部下が飛び込んで来た。またか、とドニは苦虫を噛み潰した。が、もたらされた報告に思わず椅子を蹴立てて立ち上がった。
「新領の第二事務所が襲われました……!」
 第二事務所は拡大したシマを纏める一家の拠点の一つだった。教会を併設し、おいそれと手が出せないようにしてあったのだが、ノエルたちは構わず攻撃して来た。
「アンドルーは無事か?! シスターメレーヌ・サン=ローランは?!」
「お嬢ちゃんはご近所の爺さん婆さんたちに匿われて無事です。アンドルーさんは事務所で指揮を執って立て籠もっています!」
 ドニは歯噛みし、デスクに拳を叩きつけた。
 瞬間、玄関先で破壊的な物音が響き渡り…… ドニは自分の拳をマジマジ見直して頭を振った後、慌てて外へと飛び出した。
 見れば、門の鉄扉をぶち壊して飛び込んで来た馬車が事務所の玄関に突入し、満載していた油に火がつけられたところだった。
 瞬く間に燃え広がり、本拠地事務所を包み込む炎を見上げて……
「ノエルの野郎…… やってくれるじゃねぇか……」
 ドニが凄みと共に呟いた。

リプレイ本文

 油を満載した馬車に突っ込まれ、炎上を始めたドニの事務所の異常に、最初に気付いたのはエルバッハ・リオン(ka2434)だった。
 仕事の打ち合わせの為に事務所に向かっていた途中、蒼天を焦がす炎と立ち昇る白煙に気付いて嫌な予感に眉をひそめつつ、可能な限りの最速で急ぎそちらへ駆けつける。
「燃えてるじゃん! なんか超いいかんじに燃え上がってるんだけどっ!?(笑)」
「ド、ドニさあぁぁ~ん!!!??? ちょ、ドニさんたちは無事ー???!!!」
 同じく、火事に気付いたゾファル・G・初火(ka4407)とシアーシャ(ka2507)と道中で合流し、門から中へと突入する。
 だが、敷地内に飛び込んだ彼女たちが見たものは、消火活動もせず、庭で小銃を構えたまま方陣を組んだドニとその部下たちの姿だった。
 いったい、何が、と訊ねかけたエルは、現場の状況を一瞥して瞬時に事態を察知した。防御態勢を崩さぬドニらはそのままに、炎を噴き上げる建物へと駆け近づく。
「無差別範囲攻撃魔法で燃えている個所を潰します。避けた方が良い箇所があれば事前に言ってください」
 水をかけても消火できないと判断したエルは『破戒消防』を選択した。肌を照り付ける炎に全身から汗を拭き出しながら、踊る様に腕を振って前方へと紫色の重力波を投射して。火元である玄関先の、火事でダメージを負っていた石柱を崩して、火元や可燃物ごと潰して埋める。
 炎の漏れ出る石の隙間には、土を詰めて酸素の通り道を塞いだ。それが出来ぬほど火勢の強い場所にはありったけの『グラビティフォール』を降り注がせて、石材が砂になるまで砕いて埋めた。シアーシャもまた、「消しちまうのかぁ」としょんぼりするゾファルと共に、聖剣を手に攻撃スキルで作業を手伝った。
「……念の為、事務所周辺を見回ってきます。不審な者を見かけたら取り押さえてしまってもよろしいですね?」
 とりあえずの鎮火を確認すると、エルはドニの許可を得て、休む間もなく精力的に門から外へと出て行った。
 入れ替わる様に、ボルディア・コンフラムス(ka0796)が野次馬たちを描き分ける様にしながら事務所へと到着した。通常業務の為に外に出ていたドニの部下たちも三々五々、集まり始めた。しかし、その数は定数よりもずっと少なくなっていた。
「悪ぃが休んでいる暇はねぇ。とにかく地区の情報を集めないと…… 被害状況、敵の規模、それらを把握しとかにゃ次の一手も打てやしねえ」
 ボルディアはそう言うと、警邏隊の各班に持参してきたトランシーバーを1個ずつ手渡した。
「地区を回って報告しろ。町人たちを守れ。襲われたらすぐにこれで俺や近くのハンターたちに報せるんだ。すぐに駆け付けるから、それまで何としても粘り抜け」
 ボルディアはそう言うと、自ら一班を借り受け、ドニの許可を得て街の支援者たちの警護に向かった。
 皆に水と軽食を配っていたシアーシャが、その背を見送り、呟いた。
「一家の関係者が次々と襲われてるって……それってスパイとか潜り込んでいるのかな? 他のシマの関係者って、そんな簡単に居場所とか顔とか分かるものなのかな?」
「この三年間、ノエルもボーッとしていたわけじゃなかったってことだ。実際に殴り合うずっと前から、抗争は始まっている」
 ドニの答えに、だが、シアーシャは不安を隠さなかった。……ノエル一派の襲撃は、商店街や炊き出し現場にも及んでいるらしい。つまり、一般の人々の生活の場が狙われたのだ。……子供とか教会まで見境なく襲っているというのは流石にやり過ぎの様に思える。もしかして、ノエルたちもテスカ教団みたいに歪虚に操られてたりするだろうか……?
「まさか。王国とか世界を相手に喧嘩を売ってらっしゃるお忙しい御歪虚様方だぞ? 王都の第七街区、しかも、ちっぽけなウチのシマだけを狙ってわざわざ騒ぎを起こす意味が分からん」
 そんな二人のやりとりをゾファルは退屈そうに聞いていたが、遂に我慢の限界に達した。
「なー、なー。難しい話はもういいからさぁ、いい加減、俺様ちゃんに俺様ちゃんにひりつくような戦いの場をくれよー」
 ミュージカルの様にクルクル回りながら手を伸ばして訴えかけるゾファル。なんか挙動がおかしいのはあまりに退屈が過ぎたせいか。
「要するにそのノエル? ってとこの連中を全員ぶっちめちまえばいいんだろ? 助っ人として呼ばれたからには報酬分の仕事はするじゃん? だから、早くしちしちしちしち死地くれよおぉぉぉ
 ゾファルの言葉(唄?)に「あはは……」と笑って、シアーシャはドニに向き直った。
「私は炊き出し現場の警護に回るね。みんな苦労して復興を頑張っているのに、ごはんが食べられないのは辛いもんね!」
 ゾファルはそちらについていくことにした。もうお預けを喰らうのは我慢の限界に達していた。


 破壊消火を終えたエルはすぐに事務所周辺の見回りを開始した。
 油馬車の突入はほぼ間違いなくノエル一家の仕業だろう。その後の襲撃がなかったことを考えれば、指揮系統の混乱が目的か。『国境』から離れた奥深いこの辺りまで、多数の手下を送り込むのは流石にノエルでも無理があったと見える。
 とは言え、成果を確認する為の人員がまだ残っている可能性は十分にある。手慣れたプロなら、捕まるリスクを考慮してさっさと引き上げているところだが、一『地域の実力者』に過ぎないノエルの手下にそれ程のプロフェッショナルがいるとも思えない。
 事務所の壁に沿って歩きながら、集まった野次馬たちの人垣に視線を向ける。そうして暫く歩いていると、目の合った一人がハッと顔を背け、そそくさとその場を離れ始めた。
 エルは置いてあった木箱を足場にハンターの脚力で野次馬たちの上を跳躍すると、衣服を棚引かせて駆けだした。そして、気付いて駆けだした男の行く手の木を狙い、風の刃を放ってその幹を一撃で断ち切った。
「抵抗したり逃亡したりするようであれば、次は容赦なく直撃させます」
 腰を抜かして座り込み、両手を上げて降伏した男をエルは眠りの雲で眠らせた。
 無力化した男を担いで、エルは事務所に帰還した。
 ドゥブレー一家はこうして情報源たる最初の捕虜を得た。


 抗争が始まった時、シレークス(ka0752)とヴァージル・チェンバレン(ka1989)の二人は第二事務所の近くにいた。
 すぐに救援に向かいたかったがたった二人では多勢に無勢。シレークスはヴァージルを戦況監視の為にその場に残すと、まずは第七街区を回って戦力を集めることにした。
「おや。あれに見えるはシレークス」
 大街道商店街を散歩していたアルト・ハーニー(ka0113)がそのシレークスに気が付いた。一瞬、見なかったふりをして回れ右しようかとも思ったが、もう見つかっているような気もしないでも無し…… それに、どこか深刻そうな表情も気になって、とりあえず、新作の埴輪付きネックレスを胸元に隠してから声を掛けることにした。
「おーい、シレークス! どうしたんだ、こんな所で……」
「埴輪男! ちょうどいいところに……!」
 しまった。見つかってはいなかったか──後悔するも後の祭り。アルトはシレークスに首根っこを引っ掴まれ、ドゥブレー地区まで連れ去られた。
「ヴァージル、第二事務所の様子は」
 シレークスはとある建物の二階に上がると、中にいたヴァージルにそう訊ねた。窓から外の様子を──その窓からははす向かいに位置するドニの第二事務所がよく見えた──窺っていたヴァージルが、淡々とした口調で味方の苦境を報告した。
「……良くはないな。守り手たちはよく粘っているが、数が違い過ぎる。恐らく長くはもたないだろう」
 勝ち目は? と問われ、ヴァージルはふむ、と顎ヒゲを手でしごいた。……先程から観察してるが、敵には特殊な能力の持ち主は見られなかった。数が多いとはいえ、タイミングを計って奇襲できれば敵を崩すことは不可能ではないと思われた。
「では、すぐに助けに行くとしやがりますか。戦力の補充は済んだことですし」
 ヴァージルとシレークスの言動からなんとなく事情を察して、アルトは立ち尽くしたまま小首を傾げた。
「ん、なんだか良く分からないけど、悪人をぶっ飛ばせばいいんだな……?」
 見知った顔が走って来たと思ったら、厄介事に巻き込まれた── 訳の分からない状況ではあるが、こと善悪の判断に関しては、アルトは友人を信頼している。
 第二事務所のシスターメレーヌは既に助け出されていた。襲撃された際、アンドルーによって外へと逃がされ、近所の爺様婆様たちに匿われていた。
「アンドルーさんたちを助けてください……!」
「勿論。可愛い舎弟どもを助けるのも姉貴分の務めでやがります」
 小鳥の様に震えるメレーヌを安心させるようにシレークスがギュッと抱き締めて誓う。そんなメレーヌを見てアルトは「うむ、可憐」と頷いた。シスターとはこうありたい。どうも自分の周りのシスターたちは鉄拳制裁のイメージが強くていけない……
 ハンターたちは二手に分かれて突入準備を整えた。
 そうしている内に第二事務所の教会の扉が破られた。中へ雪崩れ込まんとする襲撃者たちが突破口の周りに集中し…… そこへシレークスとアルトの二人が背後から突っ込んだ。
「うおぉぉぉ……! 何だかよく分からんまま、悪人に襲われているところに俺、参上!」
 雄叫びと共に敵中へと突っ込んだアルトが、両手で振り被った鶴嘴を思いっきり地面へ叩きつけた。突然、背後から襲われて対応する間もあればこそ。つるはしの先から発生した衝撃波が襲撃者たちを薙ぎ払う。
「男に集られてもまったく嬉しくないしねぇ……どうせ纏わりつかれるなら女性を希望するさね。王女様みたいな子が希望だな、うん」
 軽口を叩くアルトをよそに、傍らを突っ切っていくシレークス。下っ端の兵隊どもをスルーして、狙うは現場指揮官らしき人物のみ。「なんだっ!?」と振り返った熊の様な髭の男の首元をガッと掴み上げ、そのまま「どりゃあぁぁ……!」とグルグル回してぶん投げて…… アルトはそんなシレークスの背中を守るように後続しながら、『鞘』を外さぬままのソーサーシールドをぶぅんと振るって、兵隊たちを一気に薙ぎ払う。
 一方、第二事務所の裏口側── 表口側から響いてきた衝撃波の振動と破砕音に、「なんだ……?!」と動揺する襲撃者たち。そんな彼らの背後から飄々と近づいていったヴァージルが、指先で肩をトントンと叩いた。
「表口を気にするよりも、こちらと遊んで欲しいんだがね?」
 なっ……! と驚愕する男たち。その様を存分に堪能してから、ヴァージルは非戦闘態勢のまま、魔導剣を鞘から抜かずに自身の周囲へ衝撃波を放ち、襲撃者たちを吹き飛ばす。
「何をしている! 相手は一人だ。取り囲め!」
「おお、怖い、怖い」
 揶揄う様に呟きながら、ヴァージルは相手が追い付くギリギリの速さで後退した。そして、教会から十分に引き離したところで足を止め、相手が反応するより早く相手へと振り返って、鞘に納めたままの剣で敵先頭を薙ぎ払った。
 その一撃に怯んだ所へ逆にこちらから突っ込んでいくヴァージル。残った敵を各個に無力化し、最後に裏口側の指揮官らしき男を昏倒させて……しまった、と声を上げた。
「おーい、生きてるか? 生きてるよな? ……色々とお話を聞いておきたいんで、殺さないよう注意はしていたんだが」
 傍らに跪いて生存を確認し、ヴァージルは男らの手首をロープで縛って拘束した。更に自裁をさせぬよう、猿轡も嵌めていく……

「ありがてぇ。どうにか間に合ってくれたな」
 血の滲んだ包帯で全身を包み、壁際に座り込んだアンドルーが片手を上げてそう挨拶をして…… シレークスは怒りの形相で捕虜たちを第二事務所内に放り込むと、床に投げ転がした敵指揮官のすぐ脇の壁を剛力で以って蹴り砕いた。
「あんまり壊すなよ~。……両方の意味でだぞ?」
 そのシレークスに告げ、アルトは周囲を警戒すべく外に出た。……まったく。暴力で色々解決しようとする輩は好かない。とりあえず、この『第二事務所の勝利』で事態が落ち着いてくれればいいのだが……
「……問答するつもりも、容赦する理由も欠片もねーです。可及的速やかに、持っている情報を洗いざらい吐き出しやがれ。てめぇらに許されているのはそれだけでやがります」
 シレークスが砕いた壁から靴底を剥がし、欠片を散り落しながら足を戻す。敵の指揮官は彼女に答えず、代わりにその靴に唾を吐いた。瞬間、『その唾を避けた』靴の爪先が男の肝臓に突き入れられた。悶絶する男を見下ろし、一片の慈悲も無い表情で、再度、シレークスが告げる。
「懺悔の時間はとっくに終わってんです。一般人に手を出した時点で、もう情状酌量の余地なんて残ってねぇんですよ。……女子供、老人までも巻き込みやがって…… てめぇら、このシスターシレークスを怒らせてただで済むと思うんじゃねぇぞごらぁ!」
 シレークスは指揮官をボコボコに蹴り倒した。骨の何本かが折れたかもしれない。
 ヴァージルは端からそれをただ黙って見守った。彼が捕まえた裏口側の捕虜たちが彼女の所業に顔面を蒼白にした。
「ひでぇ……」
「酷い? おめーたちが襲撃したここがどこだと思ってやがります。カタギに手を出し、教会まで襲ったことで、ハンターと聖堂教会を敵に回したのだとまだ理解してやがらねーですか?」
 言いつつ、手にした埴輪を握力だけで握り潰して見せるシレークス。仕舞ってあったはずの埴輪が無いことに気付いたアルトの悲鳴が事務所の外から聞こえてきた。
「そのくらいにしておけ、シレークス」
 機を見て、ヴァージルがシレークスの『暴力』を止め、柔和な表情で彼らに尋ねた。『良い警官と悪い警官』だ。
「素直に話してくれれば、俺がこれ以上、彼女に暴力は振るわせない。話してくれないのなら……困ったな。僕には彼女を止められない」


 同刻。炊き出し現場── 第六城壁戦被災地域の住宅街へと繰り出したゾファルは、適当に街を回りながら、目についた悪党を片っ端からぶん殴っていた。
「あれじゃん? 街中でひどいことしてる連中を見つけて、ブン殴りゃあいいだけの簡単なお仕事じゃん? 悪・即・殴打、じゃん?」
 その嬉々として走り回る様はまさに悪鬼羅刹の如く。街を襲撃するノエルの手下から、喧嘩をする酔っ払い、ご近所さんのDV野郎まで、のべつ幕なくぶっ飛ばし。やがて、自警団もないような小さな町会の炊き出し現場が襲われている現場を見つけて、疾風のように駆け寄り、竜巻の様に暴れ回って襲撃者の全てを薙ぎ倒した。
「女子供や老人は一か所に集めとくと守り易いぜ? 男衆の本懐ってやつ? 見せ場じゃーん! ……それでもダメそうなら他の炊き出し現場と合流するじゃん。仲間が『要塞化』してるはずだし」
 その『要塞化』(←誇張あり)された炊き出し現場は、一見無防備に見えた。守備についているのも震えながら剣を構える小娘(シアーシャ)一人── 涙目で「ここは通しませんよ……!」と虚勢を張る少女にプッと噴き出し、ゲラゲラ笑い出した襲撃者たちが、とっ捕まえたらひん剥いてどんな辱めを加えてやるかを野卑た声で投げ掛けた。
「や、やっぱり無理! 皆さん、逃げてくださ~い!」
 半泣きで顔を真っ赤にしてシアーシャが奥へと逃げ出し、襲撃者たちが笑いながら炊き出し現場へ突入する。
 直後、先頭を行く襲撃者たちの姿が突然、掻き消えた。慌てて多々良を踏む後続たち。見れば眼前の地面がすっぽりと無くなっており、先行した者たちがその中で呻いていた。
「落とし穴だと!?」
 いや、それは落とし穴というより堀だった。後から続く者に止まるよう警告を発した指揮官は、だが、更に後方から突っ込んで来たゾファルにみんな纏めて落とされた。
「……見込み違いじゃーん。君たちが生み出す地獄って、結局、弱い者いじめだし」
 穴に落ちた襲撃者たちをしゃがんで見下ろしながら、がっくり肩を落とすゾファル。敵を落とし穴へと『誘導』したシアーシャが戻って来て、コホンと咳払いの後、宣告した。
「あなたたちは捕虜です。なので尋問します。答えないと洋服剥き剥き+くすぐりの刑です。漏らしても(?)止めません!」
 なんか表紙にマジックで『はずかしめ手帳』と書かれたノート(誰から貰った)を手に顔を真っ赤にして告げるシアーシャ。それを聞いて「むしろご褒美」と思える剛の者は僅かだった(いるんだ……)。……くすぐりが立派な拷問であることを知る者たちは、その顔面を蒼白にして恐怖した。


 激動の抗争初日が終わった。
 ドゥブレー一家とハンターたちは奇襲の衝撃から立ち直り、反撃を加えて『拠点』に対するネトルシップ一家の攻撃を全て頓挫させた。
 その際、多数の捕虜を得たものの、結果から言えば彼らは碌な情報を持っていなかった。ノエルの手下たちは縦のラインで下された命令に従って動いていただけで、横の繋がりは一切なかった。つまり、他の連中がどこで何をしているのか、知らされていなかった。当然、ノエルの居場所等の情報も……

「襲撃、すっかりなくなっちゃったじゃーん……」
「ありませんねぇ…… 本来、平和なのは良い事なんですけど……」
 翌日以降、事務所や炊き出し現場などへの攻撃は無くなった。ネトルシップ一家は、攻撃の比重をソフトターゲット──ドゥブレー地区に住む一般市民へ移したのだ。
 襲撃は待ち伏せによる不意打ちと、守りの無い場所に対してのみ行われた。攻撃は短時間──警邏隊やハンターたちが現場に駆けつけた時には既に襲撃者たちは姿を消している──そんな神経戦が繰り広げられるようになっていた。

「まさかこのクリムゾンウェスト──それも第七街区の抗争で不正規戦を仕掛けられるなんて」
 そう大きく溜め息を吐いた星野 ハナ(ka5852)は、ネトルシップ地区の中心地──花街にあるノエルの本部事務所のすぐ近くに身を潜めていた。
 ノエルが仕掛けて来たゲリラ戦に対する対抗手段として、ハナは敵の本丸に対する逆襲を仕掛けることにした。ノエルの居場所は掴めていなかったが、上手くいけば関連する情報を入手できるかもしれない。あちらもまさか『一人』に本部を攻撃されるなんて思ってもみないだろうし……
(そもそもドニさんも準備不足なんですよねぇー。人手が足りないのは分かってますけどぉ、後手後手を踏まされてぇ)
 だからこそ、ここで先手を取る。
 ハナはマフラーで顔をグルグル巻きにして隠すと、素早くノエルの事務所へ近づいて行った。
 物陰から『生命探知』で警護の様子を観察し。外の見張りを無力化しつつ敷地内へと進入していく。
 無事に入り口の脇に張り付き、再度の『生命探知』で内部の様子を確認する。……多くの人員をドゥブレー地区の攻撃に繰り出しているためか、本部は予想通り手薄だった。ハナはそっと扉を開けるとそっと五色符を滑り込ませ、内部でそれを炸裂させた。立ち昇る光の結界、混乱する男たち── 瞬間、ハナは扉を蹴り開けて内部へ突入し、探知で位置を確認していた男たちへ立て続けに符を投射していった。他の部屋からやって来た増援を光符陣で薙ぎ払い、逆に符を放り込んでは部屋の一つ一つを制圧していく。
「貴様ァ、ドニの手の者か!?」
「あんたたちがドニさんの事務所を2つも潰したからぁ、ここを新事務所にするんですぅ」
 きゃぴきゃぴとはしゃぐように告げるハナに「こんなことをしてタダで済むと……」と凄もうとしたその男は、一瞬で表情を変えたハナに睨まれ、息を呑んで沈黙した。
「あ? あんたたち、通りすがりの子供まで殺しましたよねぇ? そっちこそ、楽に許されると思わないでくださいねぇ」
「あれは……俺たちの指示では……」
 とりあえずハナは男たちを縛ると、ノエルの私室と事務室と思しき部屋の捜索を開始した。そして、隠し金庫の中から手早く帳簿や書類を押収し、手早く事務所を後にした。
(さて、ノエルの隠れてそうな所は……)
 ハナは人気のない路地裏で幾つか候補をピックアップすると、その店の裏手に回り、雇われ店員に小銭を握らせ、内部へと進入した。
 店の中には……誰もいなかった。瞬間、嫌な予感が脳裏を過った。カードを一枚引いての即席占術──その結果が凶であるのを確認して外へと飛び出した直後。建物全体が爆発して巨大な炎に包まれた。
「……まさか、残っていた資料も全部罠ぁ!? っていうか、ハンター一人殺すのにここまでする!?」
 追っ手の気配に、ハナはすぐにその場を離れた。彼女がドゥブレー地区に帰還したのは日を跨いでのこととなった。


 そのように激しさを増す抗争から遠く離れて、活動をする2人のハンターがいた。脱獄し、行方の分からなくなっていたジェレミー・スタッブスの捜索に当たっていたアデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)とレイア・アローネ(ka4082)だ。
 これまでの捜査の結果、どうやら彼が、今回の抗争の引き金となった高利貸しと高級店『白の牝鹿』襲撃の下手人らしきことが分かった。
 2人の聞き込みに対し、ご近所の酒場の店主が『白の牝鹿』襲撃時に見聞きしたことを語ってくれた。彼は二人の事をノエルの部下だと勘違いしていた。
「酷い有様だったぜ。火まで出ちまって、危うく大火になるとこだったし…… 犯人? ああ、俺が見たのは、駆けつけた若い衆を蹴散らして逃げた若い男の背中だけだ。人間離れした怪力で、ありゃあハンターだったんじゃないかって。……大勢死んだって話だ。『白の牝鹿』の支配人も店の女たちを逃がす為に最後まで残って死んじまった……渋くていい人だったのに」
 その店主からは、生き延びた『白の牝鹿』のホステスのことを教えてもらった。彼女は逃げ遅れて身を隠していたという。つまり、事件当時、店内にいた。
「……あの男はとにかく目に入った全てのものを破壊する様な勢いだった。客も店員も男も女も椅子も机もお構いなしに、手に届く範囲全てを殴って投げて…… 私の目の前に飛んで来た用心棒の死体は半分になっていた。あいつ、人間じゃない。化け物よ!」
 女は震えながら当時の様子を語った。アデリシアとレイアは視線を交わして確信を得つつ、更に気付いた事が無いかを訊ねた。
「……そう言えば、あいつ、誰かを探しているみたいだった。支配人はひどい拷問を受けても最後まで口を割らなかったけど、それも次に尋問された店員があっけなく口を割っておじゃん。その後、あいつはここにはもう用が無いとばかりに飛び出していったけど……」
 アデリシアは頷いた。そして、確認の質問をした。
「探していた人の名前、カロルって言いませんでしたか? ここの従業員では?」
「カロル……?」
 ホステスは首を捻った。そして、何かを思い出したように、ああ、と手を打った。
「あの娘がそんな名前だったかなぁ……? この店に来てすぐ、ノエルさんに見初められて連れ出された若い娘が」

「どうやら高利貸しと『白の牝鹿』を襲ったのはジェレミーで間違いないですね。直接的な証拠はまだ無いですが、捕まえて面通しをすれば証明できるでしょう。犯行がドニさんたちの仕業でないと分かれば、抗争の調停もできるかもしれません」
 活気あふれる花街の目抜き通り── 淡々と告げながら先を進むアデリシアに、レイアは難しい顔のまま足を止めた。
「……ジェレミーを助けることは出来ないだろうか」
 振り返ったアデリシアにレイアが告げた。彼女は今回の捜査の為にジェイミーという青年を調べた。そして、その境遇に同情的な心情を抱く様になっていた。
「彼の行いは許されることではない。勿論、市民の安全が最優先だし、その処遇を私が決められることでもない。けれど、私は、彼には出来れば生きて償ってほしいと思っている」
 レイアの言葉にアデリシアは沈黙した。……調停を行えば、ノエル側が犯人の引き渡しを求められるのは確実だ。その場合はまず間違いなく拷問の末、殺される。
「……とりあえず、ジェレミーの身柄を押さえてから考えましょう。暴走の危険性もありますし」
 二人は無言のまま移動した。扉が破壊されたまま放置された邸──それはノエル・ネトルシップが囲っていた愛人宅の一つだった。ジェレミーは『白の牝鹿』で知り得た三件の愛人宅の内、二件を順番に襲撃した。その二件目でカロルが浚われた。家の警備に当たっていた若い衆たちは殺された。……最初に襲われた邸では、愛人も。
「火事騒ぎの混乱に乗じて中心街を抜け出し、ここを襲撃したようですね。……もしかしたら、愛人が殺されたことが、今回の抗争が始まった本当の原因なのかもしれませんね」
 アデリシアの推察に、レイアはやるせない気持ちになった。
 ジェイミーはどこに行ったのか。
 カロルは果たして一緒なのか。
 だが、二人はこの第七街区という大海の中に紛れてしまった。どこから捜索の手をつければいいのか、それすらも思いつかない。
「見つける事ができたとして、話が出来る状態なのか…… カロルが生きているのであれば、巻き込みたくはないですが……」
 アデリシアが前を向いたままポツリと言った。ドゥブレー地区の彼の実家に、両親の死体があった。それは人外の力でバラバラに引き裂かれていた。
 レイアも無言で前へと進む。……ネトルシップ地区にジェイミーは土地勘がない。ドゥブレー地区は既に手配済みで……
(他に彼が潜伏できるような、そんな場所があっただろうか……)


 ノエルの一家に、チンピラたちとはまた毛色の違う手下たちがいた。
 後ろ暗い稼業にあって、特に隠匿されるべき所業── 命の価値の低いこの第七街区にあって尚、特別な『仕事』に従事する者たち。殺しを生業とする奴輩だ。
 彼らは今回の抗争において、ドニの政治的・財政的に支援する者たちの暗殺という任に当たっていた。
 彼らは余計な殺しは行わない。それだけ足が付きやすくなるからだ。だが、今回の抗争に先立って戦闘力強化の為にノエルにより新たに配属された新人たち──突如、人外の怪力を発揮できるようになったチンピラたち──は、特に必要も無く子供を殺すという所業を行った。
 頭領は新人たちを叱責したが、人外の力に溺れた彼らが素直に聞くわけも無く。ノエルから新たに送られて来た『本命の指令』を彼らに丸投げして『放逐』した。
 厄介者たちが追い出して、暗殺者たちは本来の支援者殺しの任に戻った。
 だが、間が悪い事に…… そこで『炎の煉獄』と遭遇してしまうこととなった。

 地区の裏通り商店街── 警邏の一班を引き連れたボルディアは、ここで支援者たちの警護に当たっていた。
「おう、ドニんとこの。今回は酷いことになっちまったなあ」
 切符の良い挨拶と共に店先で茶を出す町会長トトム── この抗争の中、敢えて店を閉めずに通常通りの生活を送る彼を狙って暗殺者たちはやって来た。本来の最初のターゲット──だが、新人たちの所為で後回しになっていたもので…… そのせいで、今日。彼らはボルディアと現場でかち合う羽目になった。
「おりゃあぁぁ!」
 手練れが相手と見て、警邏隊を下げ自分一人で前に出たボルディアを4人で囲んだ暗殺者たちは、ボルディアが巨大な魔斧を一振りしたその風圧だけで体勢を崩された。その余りの『性能差』に手練れが故に気付いてしまった暗殺者たちを一瞥してフンと鼻を鳴らす。ボルディアは得物を手放すと、中指と人差し指でクイクイと敵を招いた。まるでハンデだとでも言うように──
 男たちが一斉に仕掛けた。ボルディアの拳が唸りを上げて最初の一人を吹き飛ばした。背後から振るわれた毒刃を躱しながら後ろ回し蹴りで纏めて二人を蹴り飛ばす。それだけで骨の2、3本はいかれてしまった。
「チッ。この大変なご時世に…… 人間同士で足の引っ張り合いをしてンじゃ……ねえよ、っと!」
 ボルディアは最後の一人の襟首を掴み上げ、額をぶつけてメンチを切ると、そのまま片手の膂力だけで思いっきり投げつけた。トトムの店の裏口をぶち破り、地面を跳ねて転がる頭領── 男は受け身を取って身を起こすと、そのまま脇目も振らずに逃げ出した。逃げられて慌てる警邏たちに、ボルディアは平然と男が逃げて行った方へ歩いていった。周囲の目撃情報を基に『逃がした』男の足取りを追い……嗅ぎ慣れた故郷の柑橘系の果実の匂いを『超嗅覚』で感じて、ボルディアは人込みの中に男を発見した。
 男には果実の皮の匂いがつけられていた。そして、逃げ切れたと油断した男に追いついた。
 逃げ込んだセーフハウスの扉を蹴り破り、ボルディアが男と暗殺者たちの拠点を制圧した。
 男が焼き損ねた指令書が残されており…… そこに記されていた『本命の指令』にボルディアは目を見開いた。


 ドゥブレー地区の外れにあるジョアニス教会は、今日も喧噪の外にあった。
 いつものようにボランティアに訪れたサクラ・エルフリード(ka2598)は、教会のシスターたちを手伝い、孤児院の子供たちと共に過ごし…… 日が落ちてから訊ねてきたJ・D(ka3351)の応対に出ると、小首を傾げて飄々と訊ねた。
「おや、J・Dさん。こちらに顔を出すのは随分と久しぶりですね。今日は就寝前の語り聞かせのお手伝いですか?」
「……しらばっくれるのはよせやい。分かってんだろ? ……子供の人死にが出やがった。同じような事がいつ起こったッておかしかァねえ」
 J・Dの顔に笑みはなかった。声のトーンは低く、いつもの洒落た小粋な言い回しもない。
 サクラは「人間同士で争っているような時ではないのに……」と小さく溜め息を吐きながら、J・Dと共にシスターマリアンヌの元へ赴き、どうやらここも襲撃されそうだ、と伝えた。
 ボルディアが得た情報──焼け残っていた『本命の指令書』には『3年前の借りを返す』との文言が記されていた。マリアンヌもまた3年前の騒動においてノエルに因縁がある。多数の人手を割くことができないドニは、万一の事態に備えて信頼できる人物を教会に派遣することにした。
 ドニはJ・Dを選び、頼むぞ、と念を押した。つまり、「そういうことだ」とJ・Dは理解している。
「そいじゃあ、サクラ。中は頼んだぜ。俺ァ外を見回ってくらぁ」
「……はい」
 J・Dは子供たちに会わずにそのまま外に出た。その背をサクラは無言で見送り……備えの為に踵を返した。

 深夜。夜半過ぎ。闇夜── 教会の正面入り口に、動く人影が取りついた。
 それらは錠前の突いた鎖を怪力で引き千切り、蝶番ごと扉を破壊して強引に教会内部への侵入を開始した。
「ガキどもは皆殺しにしろ。シスターたちはひん剥いて掻っ攫え。お楽しみは帰ってからだ」
 興奮を隠しもせずに下卑た台詞を吐く男たちに。前方、闇の中から小さく呟く声がした。
「まったく…… ここを襲う連中というのはどいつもこいつも同じ様な事しか考えられないのでしょうかね……」
 男たちが足を止めて武器を構えた。「誰だ、姿を表せ!」との彼らの誰何に、闇の中の声の主が「隠れてなどいませんよ……」と言って前へと進み出る。
 現れたのは、サクラだった。男たちはホッと息を吐いた。
「なんだ。子供か」
「こら、誰がちみっこですか。……あなたたちにはお仕置きが必要ですね。筋肉の力を恐れぬなら掛かって来なさい……と言いつつ『セイクリッドフラッシュ』!(←」
 マッスルポーズと共に放たれた閃光が襲撃者たちの視界を灼いた。まともにそれを浴びた者はそれだけで戦闘不能になった。サクラは容赦なく距離を詰めて各個に格闘戦へと持ち込んだ。対応しようとした襲撃者たちは暗闇の中、長椅子などに足をぶつけて移動もままならなかった。対するサクラは勝手知ったるなんとやら。怪力? 錬筋術師を相手に力比べをしようと?
「倫理爆砕拳ー(棒」
「うわあぁぁ……!」
 最後に、逃げようとしたリーダーが後ろから打ち倒された。それに馬乗りになりながら、サクラがにっこりと昏い笑顔を浮かべて告げた。
「さて、あなたが襲撃のリーダーですね…… 質問に素直に答えるならよし。答えないなら……何かお仕置きを追加しますが……」

 正面で戦闘が始まったのを受け、裏口側に潜んでいた襲撃者たちが動き出した。正門側の連中の雑な手並みと異なり、洗練された動きで鍵を開け、連携しつつ中へと進……もうとした。
 その手が門の木扉を開こうとした瞬間、闇の中からどこからともなく放たれた銃弾が男の肺を貫いた。自分の血に溺れる男を尻目に、地に付せて狙撃者の居場所を探ろうとした襲撃者たちは……だが、散開しておくべきだった。頭上から降り注いできたマテリアルの銃弾の光の雨が、地面にへばりついた男たちを薙ぎ払った。思わず身を起こしてその場を離れようとした者は、直後、狙い撃たれて地を転がった。
「散開しろ。誰でもいい。教会へ侵入してターゲットを仕留めてこい」
 指揮官の指示通りに男たちが行動を始めると、それまで単発での狙撃に徹していた狙撃手が、自分が隠れた位置が露見するのも構わず、フルオートで数人を薙ぎ払った。
「あそこだ……!」
 狙撃地点へ殺到して来る男たちを他所に、敷地内へ侵入しようとする襲撃者たちを凍結弾で下半身ごと地面へ張り付け、その血をも凍らせる。その間に接近を果たした男たちを銃床で殴り、小銃に相手の腕を巻き込むように近接格闘術で投げ飛ばし。引き抜いた拳銃を向け、発砲して止めを差す。
「訳有りのがきんちょどもが、折角、日陰も血溜りも踏まずに生きてゆこうとしているンだ…… そこへずけずけ足ィ踏み入れようってンなら、その肚の据わりを試してやろうじゃねえか、悪党共め」
 全ての敵を制圧し終えて、狙撃手──J・Dはサクラに連絡を入れた。
「捕虜は取ったか……? ……そうか。そいつはよかった」
 J・Dは殺し損ねて倒れている敵に銃撃を浴びせて皆殺しにした。
 全ては教会の外で起きた事── 敷地内には血の一滴も零さず、そして、その日、J・Dは教会に足を踏み入れなかった。


 ノエル一家の実働部隊は、ハンターたちの活躍により事実上、壊滅した。
 だが、神経戦へと移行した抗争は終わらない。ノエルとジェイミーの居場所は分からぬまま── そして、その日を迎えることとなる。

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参加者一覧

  • ヌリエのセンセ―
    アルト・ハーニー(ka0113
    人間(蒼)|25才|男性|闘狩人
  • 戦神の加護
    アデリシア・R・時音(ka0746
    人間(紅)|26才|女性|聖導士
  • 流浪の剛力修道女
    シレークス(ka0752
    ドワーフ|20才|女性|闘狩人
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 俯瞰視の狩人
    ヴァージル・チェンバレン(ka1989
    人間(紅)|45才|男性|闘狩人
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • 力の限り前向きに!
    シアーシャ(ka2507
    人間(紅)|16才|女性|闘狩人
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 交渉人
    J・D(ka3351
    エルフ|26才|男性|猟撃士
  • 乙女の護り
    レイア・アローネ(ka4082
    人間(紅)|24才|女性|闘狩人
  • ゾファル怠極拳
    ゾファル・G・初火(ka4407
    人間(蒼)|16才|女性|闘狩人
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師

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アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/01/20 13:39:46
アイコン 相談です…
サクラ・エルフリード(ka2598
人間(クリムゾンウェスト)|15才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2019/01/21 17:43:27