ゲスト
(ka0000)
【Serenade】一人静-01
マスター:愁水

- シナリオ形態
- シリーズ(新規)
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~5人
- サポート
- 0~1人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2019/01/30 22:00
- 完成日
- 2019/02/12 03:18
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
わたくしを、愛して。
**
「――はい、五分経ちましたので、次は第二関節を折りますわよ」
細く骨張った軸を砕く。
「今の小指で左手の関節は全て潰してしまいましたわね。次はどの部位に致しましょうか? 右手? それとも、足の指に移ります? ――ああ、そろそろ空腹になる頃合いでしょうか。腎臓を切除して、キドニーパイでも作って差し上げましょうか? わたくし、料理得意なんですのよ」
女は自慢気に微笑みを見せた後、手にしていたペンチを台座に置き、フィレットナイフへ指を滑らせた。
「ああ……でも、おあずけもそそりますわね。ですので、申し訳ありません。お食事は先の楽しみにとっておきましょう」
巨大な十字架に鎖で繋がれた男は首を垂らしたまま、微動だにしない。
男の胸ははだけ、均整のとれた逞しい身体には、幾つもの赤い筋が柘榴のように口を開けていた。その胸元に視線を這わせながら、女が頬を傾ける。
「胸に古い傷がおありなのですね。如何されたのです? 耳が蕩けてしまうような武勇伝でもおありなのかしら? それとも……信頼していた御親友に背後から突き刺された――」
鎖が僅かに、声を鳴らす。
「などでしょうか?」
女は艶然と双眸を細めた。
「さて、そろそろ続きを致しましょう。次は此方がいいかしら?」
伏せられた瞼に、冷たいナイフの腹が据えるように触れる。
「……いえ、いけませんわね。瓶詰めにして眺めるのも好きなのですが、それではわたくしの喘ぐ姿をお見せ出来なくなってしまいますわ。貴方様の瞳には最期までわたくしの姿を焼きつけていただきたいですもの」
毒香を含んだ女の吐息が、男の耳朶を撫ぜた。
「此処ではわたくしと貴方様の二人きり……誰の邪魔も入りませんわ。声を上げて下さって構わないのですよ。最大限の傷みや苦しみを乗り越えた先には、極上の快楽が待っています。最期の時を、共に愉しみましょう」
――。
突如、女は艶やかな唇を歪ませながら、首の違和感に手を据える。――噛み切られていた。呆然と目を向けるその先で、男がその“一部”を吐き捨てる。そして、狼の如き眼光で女を見据えた。服さない――という意志を帯びて。
「ふふ……激しい殿方ですこと」
高鳴る胸を押さえながら、悦を浮かべる。
「ここまで興奮したのは何時振りでしょう。どうか、途中で力尽きないで下さいませね。わたくしをもっと、満足させて下さい」
女性の魅力を余すところなく備えた肉体。その肢体には、彼女が“生前”負った無数の傷跡が刻まれていた。
「暴力の末、人商人にわたくしを売ったお父様も、わたくしの心身を蹂躙した数多くの殿方も、わたくしを残して先に果ててしまいましたの。
独りは、寂しい……。
独りは、寒いのです。
貴方様は最期の瞬間まで、わたくしを愛して下さいますか?」
●
同盟軍駐屯地。
突然の来訪者により、場の空気は緊迫なものとなった。
「だから、一回落ち着けって。行かねぇとは言ってねぇだろ。そん時の状況をもう一度よく説明しろってんだよ」
「……は? 何度言わせんの、ほんと。 あんたの脳みそ、ちゃんと機能してる?」
焦燥に駆り立てられた黒亜(kz0238)が、何時も以上にシュヴァルツ(kz0266)へ食ってかかる。
「あんたら、なんの為にここで待機してんの? 軍人は事が起きたら迅速に動くのが仕事でしょ。だったら――」
「黒亜」
腕組みをして壁に寄り掛かり、二人の遣り取りを眺めていた桜久世 琉架(kz0265)が、窘めるように口を挟んだ。
「自分の力だけでは困難だと判断したから此処へ来たんだろう? だったら、ヴァルの言うことをちゃんと聴きなさい。俺達軍人は、疎かな情報だけでは動けないんだよ。動きたくともね」
反論出来ないその指摘に、黒亜はぐっと唇を引き結ぶ。軈て、鼻からゆっくりと息を抜きながら、「……いつもと、変わりないはずだった」と、口をほどき始めた。
「公演を終えて後片付けをした後、ハク兄はまだ雑務があるからって……オレとクーはハク兄を天幕に残して先に帰路に就いたんだけど。オレ……途中で忘れ物したのに気づいて」
一人、踵を返した。そして、天鵞絨の天幕を引くと、其処には――
「白亜の姿はなく、代わりに残されてたんは争った形跡だったってワケか。……どう思うよ、ルカ」
「……」
「サーカスの動物達も騒いでた。ハク兄になにかあったって思うのが普通でしょ」
「紅亜ちゃんは?」
「……わからない。道端で別れた後、アパートにも帰ってないし……暫く探したけど、あれから行方が知れない」
「なあ、黒亜」
「どうせ、朝まで待ってみろって言うんでしょ。年頃の娘なんだからよくあることって? ……馬鹿なの!? このタイミングで偶然だと思ってんなら、あんた相当頭わいてるよ!」
「だから、話を聞けってんだよッ! 二人を捜すにしてもアテがねぇだろ、先ずは――」
シュヴァルツが言い終える前よりも早く、黒亜は胸元から抜いた紙切れを、ばんっ! と机へ叩きつけた。
「ウチのアパートの前に、これが落ちてた」
「こりゃぁ……教会のチラシか? かろうじて読めんのが……あー、“クリスマスのご案内”……って、何だこの日付。何年も前のもんじゃねーか」
「不自然でしょ」
シュヴァルツはボロボロのチラシを手に取ると、表面を琉架の方へ向ける。
「ああ……確か五年程前に歪虚の襲撃を受けた教会だね。それ以来、無人のはずだが」
「……なんで知ってんの」
「君と違って信心深いからね」
平然と心にもないことを言い放つ。
「しかし、それがもし手掛かりだとしたら……」
「十中八九、罠だろうな。消えた白亜と紅亜は“餌”ってワケか?」
「餌、ねぇ……」
抑揚のない調子で、独り言ちる琉架。
「罠でもなんでもいい、不自然な手がかりでも今は――」
「縋るしかないだろうね」
「……ッ」
「まあ、いいさ。付き合ってあげるよ、“私用”でね。只もう少し人数を集めてきなさい。何が待ち受けているかわからないからね。向かうのはそれからだ」
何かを言いたそうに、だが、言葉を返せない黒亜は下唇をきゅっと噛むと、短く顎を引きながら踵を返した。
「随分と優しいじゃねぇの」
「そう思うなら、君の勘違いだよ。そうなる予定もない。……」
「何だ。何か解せねぇか?」
「さあ……。白狼と紅亜ちゃんが攫われたのだとして、相手は誰を釣りたいのかな……ってね」
それは、本当に“罠”なのか。
それとも、誠の“手がかり”か――誰かの“道導”か。
わたくしを、愛して。
**
「――はい、五分経ちましたので、次は第二関節を折りますわよ」
細く骨張った軸を砕く。
「今の小指で左手の関節は全て潰してしまいましたわね。次はどの部位に致しましょうか? 右手? それとも、足の指に移ります? ――ああ、そろそろ空腹になる頃合いでしょうか。腎臓を切除して、キドニーパイでも作って差し上げましょうか? わたくし、料理得意なんですのよ」
女は自慢気に微笑みを見せた後、手にしていたペンチを台座に置き、フィレットナイフへ指を滑らせた。
「ああ……でも、おあずけもそそりますわね。ですので、申し訳ありません。お食事は先の楽しみにとっておきましょう」
巨大な十字架に鎖で繋がれた男は首を垂らしたまま、微動だにしない。
男の胸ははだけ、均整のとれた逞しい身体には、幾つもの赤い筋が柘榴のように口を開けていた。その胸元に視線を這わせながら、女が頬を傾ける。
「胸に古い傷がおありなのですね。如何されたのです? 耳が蕩けてしまうような武勇伝でもおありなのかしら? それとも……信頼していた御親友に背後から突き刺された――」
鎖が僅かに、声を鳴らす。
「などでしょうか?」
女は艶然と双眸を細めた。
「さて、そろそろ続きを致しましょう。次は此方がいいかしら?」
伏せられた瞼に、冷たいナイフの腹が据えるように触れる。
「……いえ、いけませんわね。瓶詰めにして眺めるのも好きなのですが、それではわたくしの喘ぐ姿をお見せ出来なくなってしまいますわ。貴方様の瞳には最期までわたくしの姿を焼きつけていただきたいですもの」
毒香を含んだ女の吐息が、男の耳朶を撫ぜた。
「此処ではわたくしと貴方様の二人きり……誰の邪魔も入りませんわ。声を上げて下さって構わないのですよ。最大限の傷みや苦しみを乗り越えた先には、極上の快楽が待っています。最期の時を、共に愉しみましょう」
――。
突如、女は艶やかな唇を歪ませながら、首の違和感に手を据える。――噛み切られていた。呆然と目を向けるその先で、男がその“一部”を吐き捨てる。そして、狼の如き眼光で女を見据えた。服さない――という意志を帯びて。
「ふふ……激しい殿方ですこと」
高鳴る胸を押さえながら、悦を浮かべる。
「ここまで興奮したのは何時振りでしょう。どうか、途中で力尽きないで下さいませね。わたくしをもっと、満足させて下さい」
女性の魅力を余すところなく備えた肉体。その肢体には、彼女が“生前”負った無数の傷跡が刻まれていた。
「暴力の末、人商人にわたくしを売ったお父様も、わたくしの心身を蹂躙した数多くの殿方も、わたくしを残して先に果ててしまいましたの。
独りは、寂しい……。
独りは、寒いのです。
貴方様は最期の瞬間まで、わたくしを愛して下さいますか?」
●
同盟軍駐屯地。
突然の来訪者により、場の空気は緊迫なものとなった。
「だから、一回落ち着けって。行かねぇとは言ってねぇだろ。そん時の状況をもう一度よく説明しろってんだよ」
「……は? 何度言わせんの、ほんと。 あんたの脳みそ、ちゃんと機能してる?」
焦燥に駆り立てられた黒亜(kz0238)が、何時も以上にシュヴァルツ(kz0266)へ食ってかかる。
「あんたら、なんの為にここで待機してんの? 軍人は事が起きたら迅速に動くのが仕事でしょ。だったら――」
「黒亜」
腕組みをして壁に寄り掛かり、二人の遣り取りを眺めていた桜久世 琉架(kz0265)が、窘めるように口を挟んだ。
「自分の力だけでは困難だと判断したから此処へ来たんだろう? だったら、ヴァルの言うことをちゃんと聴きなさい。俺達軍人は、疎かな情報だけでは動けないんだよ。動きたくともね」
反論出来ないその指摘に、黒亜はぐっと唇を引き結ぶ。軈て、鼻からゆっくりと息を抜きながら、「……いつもと、変わりないはずだった」と、口をほどき始めた。
「公演を終えて後片付けをした後、ハク兄はまだ雑務があるからって……オレとクーはハク兄を天幕に残して先に帰路に就いたんだけど。オレ……途中で忘れ物したのに気づいて」
一人、踵を返した。そして、天鵞絨の天幕を引くと、其処には――
「白亜の姿はなく、代わりに残されてたんは争った形跡だったってワケか。……どう思うよ、ルカ」
「……」
「サーカスの動物達も騒いでた。ハク兄になにかあったって思うのが普通でしょ」
「紅亜ちゃんは?」
「……わからない。道端で別れた後、アパートにも帰ってないし……暫く探したけど、あれから行方が知れない」
「なあ、黒亜」
「どうせ、朝まで待ってみろって言うんでしょ。年頃の娘なんだからよくあることって? ……馬鹿なの!? このタイミングで偶然だと思ってんなら、あんた相当頭わいてるよ!」
「だから、話を聞けってんだよッ! 二人を捜すにしてもアテがねぇだろ、先ずは――」
シュヴァルツが言い終える前よりも早く、黒亜は胸元から抜いた紙切れを、ばんっ! と机へ叩きつけた。
「ウチのアパートの前に、これが落ちてた」
「こりゃぁ……教会のチラシか? かろうじて読めんのが……あー、“クリスマスのご案内”……って、何だこの日付。何年も前のもんじゃねーか」
「不自然でしょ」
シュヴァルツはボロボロのチラシを手に取ると、表面を琉架の方へ向ける。
「ああ……確か五年程前に歪虚の襲撃を受けた教会だね。それ以来、無人のはずだが」
「……なんで知ってんの」
「君と違って信心深いからね」
平然と心にもないことを言い放つ。
「しかし、それがもし手掛かりだとしたら……」
「十中八九、罠だろうな。消えた白亜と紅亜は“餌”ってワケか?」
「餌、ねぇ……」
抑揚のない調子で、独り言ちる琉架。
「罠でもなんでもいい、不自然な手がかりでも今は――」
「縋るしかないだろうね」
「……ッ」
「まあ、いいさ。付き合ってあげるよ、“私用”でね。只もう少し人数を集めてきなさい。何が待ち受けているかわからないからね。向かうのはそれからだ」
何かを言いたそうに、だが、言葉を返せない黒亜は下唇をきゅっと噛むと、短く顎を引きながら踵を返した。
「随分と優しいじゃねぇの」
「そう思うなら、君の勘違いだよ。そうなる予定もない。……」
「何だ。何か解せねぇか?」
「さあ……。白狼と紅亜ちゃんが攫われたのだとして、相手は誰を釣りたいのかな……ってね」
それは、本当に“罠”なのか。
それとも、誠の“手がかり”か――誰かの“道導”か。
リプレイ本文
●
木漏れ日を彩る一輪の小花が、聴(ゆるし)に染まる鬼の髪に咲く。
割れないように。
壊れないように。
「ミアの心を、留めて」
**
地下聖堂の口が、五人を迎え入れる。
等間隔に揺らぐ壁掛け蝋燭の火が、澱んだ闇を妖しく照らしていた。
灯火を辿り、先頭を行く黒亜(kz0238)が闇のベールを掴む。
その先の光景に、弟の琴線は――
「……にい、さん……」
ぷつん、と、切れた。
「黒亜ッ!!」
切迫した声を張る白藤(ka3768)の隣で、気色に見せぬ蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)が、迅速に《エンジェルフェザー》を発動させる。
「(平静を欠くな、とは言うても……黒亜には酷か。然れど、焦りは隙を生む故、案じておかねばのう)」
翻る外套。
突如斬り込んできた剣筋に、妖艶な女は瞠目した。心当たりの無いところに矢が飛んできたという顔であったが、瞬時にそれと推し量り、嘲笑を浮かべる。
「密事の邪魔をなさるなんて、無粋な御令弟様……いえ、“御子様”ですこと」
「……あんたはノイズだ。死ね」
腐りきった聖堂が、強欲と憎悪に染まる。
「しゃあない……うちが白亜の保護に向かうわ」
篝火と名乗った堕落者の死角に潜んでいた白藤が、視線を定める。戦闘になった際、黒亜に予め求めていたのは、白亜(kz0237)の保護であった。だが、それは篝火の残忍な行いによって打ち砕かれる。今の黒亜の精神状態では、篝火の目的を問い質すことすら難しいだろう。
――目的。
「御令兄様の代わりに、貴方様が愛して下さるのですか?」
誤った意志に、白藤の端整な目許が歪む。
「(その男を殺して、うちに執着(あい)される事が……お望みやろか?)」
白藤が体勢を整えたと同時、疾風の如く駆け出したのは――ミア(ka7035)だ。その気配を感じ取った篝火に、険しい相が表れる。しかし、ミアの意思は白亜の保護――
ではなく、
「(本当は触れたいけど、それはミアの役目じゃない)」
――囮。
白藤が勢いよく床石を蹴る。その後ろから、万が一に備え、彼女に《エンジェルフェザー》を掛けるシュヴァルツ(kz0266)が続いた。
白亜は四肢の関節を潰され、十字架に磔にされていた。その全身はまるで、真赤の花が咲き乱れているようであった。首は力無く前に垂れ、微動だにしない。白藤は「……堪忍」と、影に籠もったような声で呟き、繊弱な指先を彼の身体へ伸ばす。――が、
「オレに任せな。お前もコイツも、“今”はそれを望んじゃいねぇだろ」
彼女の手を引かせたシュヴァルツの横顔は、何時にないほど厳粛した面差しであった。
翡翠の種が一つ、弾ける。
「待てと言おうと無理無茶を通すがおんし等じゃて……ロベリアの胃痛もわからぬでもない。しかし……ほんに、随分と痛めつけたものじゃのう」
想いを乗せた乙女の脚――《東風姫》、そして、衝動を緩和させる障壁をミアに掛け終えた蜜鈴の眉間には、深い皺が刻まれていた。
「(紅亜が言うておった“会いたい人”とやらも気になるが……白亜は一体、誰を誘う為の餌じゃろうの? ……いや。そもそも、散広告が罠ではなく、示唆であるとしたら……?)」
●
『油断はせんと、こっちもすぐ連れ戻すわ』
遠離る友の言葉が、友の背中達が、脳裏を幾度も過ぎっていた。
「(――どうか、無事で)」
時間は一滴ずつ確実に滴ってゆく。
出会ったのは悪意。
迎えられたのは暴力。
「(俺は否定する)」
歪な所業を。
友を傷つける者を。
否定する。
「(友の為なら、俺は)」
己の感情を――
「(次こそ、この手で必ず)」
緑に冴える風が、レナード=クーク(ka6613)の意志を定めづけるかのように光輝した。
薄闇の帳が下りた主聖堂に、冷えた空気が漂っていた。
「あの風貌。多分、聴覚か嗅覚で判別してるか。OK。私が囮になって攻撃を引き受けるわ」
大地から立ち上る結界《修祓陣》を展開させたロベリア・李(ka4206)は、紫煙の香を朧雲のように燻らす。見ざる敵――御去ルの嗅覚を感知させる為だ。
「琉架。修祓陣の範囲から出ないようにね」
ロベリアは交戦を開始した桜久世 琉架(kz0265)に注意を促すが、
「俺のことなら構わないでいいよ。行動を制限されるのは苦手なんだ」
感覚と本能で動く琉架の瞳には、死合う手しか映らない。ロベリアは鳩尾に疼きを感じながら、琉架に次いで、魔法の命中と威力に秀でる《コンボカード》を発動。直後の――
「――この力は、この時の為にあるのね。きっと」
光の束――《デルタレイB》
その光は、暗澹と横たわる空気と御去ルの腕を射貫く。
散らばる煌めき。これこそ、教会の本質か。
「(今回の状況……以前聞いたクラルスか、堕落者にしたVOIDが絡んでる可能性は高いわね。ただ、白亜と紅亜は別の相手に攫われた気がするのよ。紅亜は……多分、知ってる相手に着いていった? 態々手掛かりを残した理由は、決着を付けろと言っている……?)」
誰が、誰と。
――わからない。取っ掛かりとなるものが少なすぎる。
だが、
「どんな過去があるのかは知らない。どんな因縁があるのかも。でもね。あの子たちの笑顔を奪うような真似だけは、絶対にさせやしないわ」
攻撃を続ける。
「皆、連れて帰ってみせる。大丈夫……大丈夫よ」
心の繋がりを辿って、進むしかないのだ。
血と。
埃と。
咆哮――。
鮮血に滲む友の傷を、藤花の雨――《慈雨の花》が柔らかく癒していく。
「傷つく人を見るのは嫌。それが、どんな人だろうと……そんな風に言えるほど聖女ではないけれど、”私の友人”が傷つけられることに腹が立つのよ」
しかし、“怒り”は大切な友人達が抱えてくれる。けれど、どうか苦しみすぎないで。
「(黒亜さん、ミアさん、白藤さん――私達は、あなた達を助けるためにここに居るの。どうか信じて。自分を、私達を。必ず救えるという”真実”を)」
腕のリーチを受け弾いた琉架が、灯(ka7179)の傍らへ飛び退ってきた。怜悧を帯びた彼の横顔に、何故か心の中を仕舞っておけず、灯はぽつりと蟠りを漏らす。
「……おかしいかな、琉架さん。見えもしない未来の”真実”なんて。でも、それが保証のない”真実”でもいいでしょう。絶対に失わせたくないの、友人の”大切”を」
琉架は視線を御去ルに据えたまま、顔色一つ変えずにいた。そして、冷淡な声音で「前を見なさい」と、短く告げる。一抹の哀愁を差し込みながら、灯は顎を引いた。
「自分の直感を信じない者に、道は開けないよ。見えないのなら見えないなりに光を当て、君にとっての“真実”を一心に成しなさい」
灯が俄に瞼を膨らませた時には、既に黒蛇の姿はなかった。
凄まじく重い衝撃が、盾から伝わってくる。ロベリアの身体が吹き飛ばされると同時、雷を纏った障壁が突進してきた御去ルを弾き飛ばした。互いの身体が逆方向の空へ舞い、ロベリアの背中は壁に叩きつけられる。御去ルは両腕で受身を取るが、
「無駄に長いその腕、落としてすっきりさせてやる」
琉架は麻痺を帯びた御去ルの右肩にレイピアの刀身を刺突で捩じ込ませると、そのまま勢いよく振り上げた。威容さが失われた聖堂に響く叫喚。長椅子に肉の塊がぼとり、鈍い音を立てて落ちた。
ロベリアは喉を伝う血に咳き込みながら、崩れた体勢を立て直す。途端、御去ルは狂乱する衝動のまま、彼女の存在目掛けて突進してきた。
しかし――
「させないわ」
気丈に声を張り、灯が掌を翳す。
正に、“聖女”の裁き――《ジャッジメント》。神々しい光の杭が御去ルを断罪する。膝から崩れ落ちた御去ルの耳に、最期に打ち込んだ音は――
「チェックメイトよ」
トライアングルから奔る、光の軌跡。
額を貫かれた御去ルは、どすん――と、うつ伏せに倒れ、沈黙した。
皮膚の上に留まる血を掌で覆いながら、灯は、ふ、と、息を漏らす。
「(此処を知らせた人は白亜さんを救いたかったのかな……そう、思いたい)」
彼女は――紅亜(kz0239)は、何処へ消えたのだろうか。
連れ去られたのか。それとも、自らの意志で付いて行ったのか。
「(それほどまでに彼女の心を揺らがせる相手は……恋人?)」
――嘗ての自分がそうだったように。
ステンドグラスから差し込む淡い月光が、灯の瞳に僅かな翳りを映していた。
●
紅蓮に歪んだ鬼首花。
ぽとりと落ち――
「彼はお前を受け入れたか? 身体を、心を、許したか?」
鬼が、嗤う。
自尊心を衝かれた篝火の足刀蹴りを、頑健にさせたその身で受けるミア。
憤りから生まれたその寸隙が見逃されることはない。外套の裏地が翻り、月季花の一閃が篝火の腹に咲く。しかし、黒亜の一刀も又、怒りに滲んでいた。
「(……唯一の存在が虐げられ、穢されたら、正気でいられるはずがない)」
だから、彼の意思を尊重したかった。
「(クロちゃんの心を否定するなんて、出来ない。――だいじょうぶ、ミアが護るよ。クロちゃんの心を護る)」
跳躍しながら背進した篝火がミアの追撃に合わせて、“氷仙”を放つ。――が、
「愛(ころ)したいか? 愛(ころ)されたいか? ……後者なれば、叶えてやろう」
照らす光に広がる、一粒の波紋。
蜜鈴の《水鏡》が、それの成就を許さない。
ミアと黒亜の双撃を受けるも、篝火の双眸には厭悪な眺望が映っていた。
「……わたくしが気づいていないとでも思いまして?」
邪悪な意図に満ちた火球が、白亜の意識に呼び掛ける白藤へ放たれる。
その時――
――……カランコロン!
白藤の耳へ、カウベルの“声”がそよ風のように響いてきた。
白藤は既の所で銃声を鳴らし、火球の直撃を免れる。そして、蝶の黒炎を吹き上げ、覚醒。体勢を据えた。だが、篝火がその僅かな機を逃すはずがない。黒亜の一太刀をすり抜け、蜜鈴の雷撃で右脚を潰しながらも、菫青石の瞳は強欲で執拗な色を深くする。
「その御方はわたくしのもの……わたくしが愛すのですわ!!」
火の鳥が甲高い喚声を上げて、羽ばたいてきた。
「(白亜やシュヴァルツがおるんや、下手に避けられへん……!)」
白藤が射線上から彼等を突き飛ばそうとした、その瞬間――
「三毛!」
黒亜の急いた声音に、もしや、と視線を戻す。
目の前――其処には、火の鳥を堰き止めるようにその身を盾にするミアと、彼女に準ずる黒亜の姿があった。武器による防御と蜜鈴の補助があったものの、身を挺した代償は大きい。
それでも、
「(ダディの前で皆の悲鳴を聞かせたくない)」
彼の“灯り”を護りたい。その一心であった。
噛み締めた唇を血の色で兆しながら、白藤は大切な妹猫の意思を汲み、戦意を集束させる。僅かに散り乱れてくる火の花弁が肌を焼くが、この程度、取るに足りない。
射撃の強化を図り、両腕に反動を走らせた。
放たれたその弾丸は、篝火の左腿を貫く。彼女の両足は枯れ木のようにたわいなく折れるが、
「いや……わたくしは今度こそ愛されるの……!」
袂を払い、氷矢を空間へ滑らせる。
彼女のその思想に、
「ほんまに愛してほしいんは……誰でもえぇ事ないんちゃうやろか……」
白藤が、ぽつり、と、雫を溢すように呟いた。
鋭い響きを立てて空気を裂いてくる氷矢。
それを穿つは――雷の華。
「妾の愛しき友の笑顔を奪った罪を許しはせぬ……こう見えて妾も怒って居る故のう」
切実で歪な眼差しを、にこりと突き返す蜜鈴。
「執着……殺したい程の愛情……最も愛されている瞬間に殺されたいという愛……わからぬでも無い」
しかし。
「何人たりとも、どんな理由があろうと」
友の心は失わせない。
友の想いを、犯させはしない。
「傲慢等と……上等じゃ。そうで無くば斯様に長くは生きれぬ故のう……さて、妾が愛(ころ)してやろうて、須く死ね」
黒亜の剣閃に即応したミアの一撃が“水仙”を砕く。
「彼を支配したつもりでいたのか? 残念。お前には彼の血も、心臓も、心も、愛も、全て、何一つ――支配させない」
二撃、三撃――《白虎神拳「追咬」》が篝火の肉体と精神を揺さぶり――
「(――……)」
ミアの八重歯が唇に喰い込む。篝火の肌に痕付く傷が、凄惨な過去を物語っていることは明らかであった。だが、同情はしても――赦せはしない。
「念仏を抱いて死ね」
――終撃。
篝火の身体は滴る血の重みに倒れるかのように、仰向けに崩れ落ちた。
巣食ったその歪な愛に、蜜鈴が止めを刺そうとする。
その時――
「やめろ!!!」
突如、制する声が空間を、空気を響かせた。
「白亜……」
深い安堵を漏らした白藤が、彼の名を呟く。
シュヴァルツの傍らを離れ、蹌踉とした足取りで歩む彼を、白藤達は佇んだまま眼差しで案じていた。だが、彼が篝火の傍らへ片膝をつくと、面差しを硬くし、篝火の反応に身構える。
しかし、その杞憂は途端に過ぎゆく。白亜は上着のポケットからハンカチを抜くと――
「傷を付けて……すまなかった」
壊れた玩具のような痛々しいその様で、哀憐の情を目許に、篝火の首に咲く真新しい“現在(いま)”の傷口へ当てたのであった。
目を見張ったのは恐らく、篝火だけではなかっただろう。
只、双眸を細くしたのは。
堪えきれず、すい、と目を逸らしたのは。
眉を顰ませ、睫毛を伏せたのは。
心が力を発し、応える唇を震わせながら、途切れそうになる息を細く吸い込んだのは――……
「死にゆく女に未練を残させるなんて……罪な御方ですこと……」
やるせない菫青石の瞳が、弱々しく微笑む。
「貴方様の“御親友”にしてやられるのも癪ですので……教えて差し上げます、わ……。御令妹様は……貴方様と、御親友様が初めて出会った場所に……いるはず、です……」
白亜の顔色は、驚きも憤りも見せなかった。
只一つ、涙を流す時のような、儚い瞬きをしただけであった。
「“彼”は……“生きて”いるのか……?」
「いいえ」
「……そうか」
朝霧が散るように、篝火の相の影が尽きてゆく。
「どう……か、祈ること……は、おゆるしください……生きて、いるときに……あなたさま……と、出会え、て……いた……ら……、……と……」
――目尻を伝う雫が、彼女の“篝火”を静かに消していった。
「……くーちゃん」
ミアは自責の念が漏れ出ないように、ぎゅっと掌を握る。
「絶対に、助け出すから」
月来香の導が、沈む前に。
木漏れ日を彩る一輪の小花が、聴(ゆるし)に染まる鬼の髪に咲く。
割れないように。
壊れないように。
「ミアの心を、留めて」
**
地下聖堂の口が、五人を迎え入れる。
等間隔に揺らぐ壁掛け蝋燭の火が、澱んだ闇を妖しく照らしていた。
灯火を辿り、先頭を行く黒亜(kz0238)が闇のベールを掴む。
その先の光景に、弟の琴線は――
「……にい、さん……」
ぷつん、と、切れた。
「黒亜ッ!!」
切迫した声を張る白藤(ka3768)の隣で、気色に見せぬ蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)が、迅速に《エンジェルフェザー》を発動させる。
「(平静を欠くな、とは言うても……黒亜には酷か。然れど、焦りは隙を生む故、案じておかねばのう)」
翻る外套。
突如斬り込んできた剣筋に、妖艶な女は瞠目した。心当たりの無いところに矢が飛んできたという顔であったが、瞬時にそれと推し量り、嘲笑を浮かべる。
「密事の邪魔をなさるなんて、無粋な御令弟様……いえ、“御子様”ですこと」
「……あんたはノイズだ。死ね」
腐りきった聖堂が、強欲と憎悪に染まる。
「しゃあない……うちが白亜の保護に向かうわ」
篝火と名乗った堕落者の死角に潜んでいた白藤が、視線を定める。戦闘になった際、黒亜に予め求めていたのは、白亜(kz0237)の保護であった。だが、それは篝火の残忍な行いによって打ち砕かれる。今の黒亜の精神状態では、篝火の目的を問い質すことすら難しいだろう。
――目的。
「御令兄様の代わりに、貴方様が愛して下さるのですか?」
誤った意志に、白藤の端整な目許が歪む。
「(その男を殺して、うちに執着(あい)される事が……お望みやろか?)」
白藤が体勢を整えたと同時、疾風の如く駆け出したのは――ミア(ka7035)だ。その気配を感じ取った篝火に、険しい相が表れる。しかし、ミアの意思は白亜の保護――
ではなく、
「(本当は触れたいけど、それはミアの役目じゃない)」
――囮。
白藤が勢いよく床石を蹴る。その後ろから、万が一に備え、彼女に《エンジェルフェザー》を掛けるシュヴァルツ(kz0266)が続いた。
白亜は四肢の関節を潰され、十字架に磔にされていた。その全身はまるで、真赤の花が咲き乱れているようであった。首は力無く前に垂れ、微動だにしない。白藤は「……堪忍」と、影に籠もったような声で呟き、繊弱な指先を彼の身体へ伸ばす。――が、
「オレに任せな。お前もコイツも、“今”はそれを望んじゃいねぇだろ」
彼女の手を引かせたシュヴァルツの横顔は、何時にないほど厳粛した面差しであった。
翡翠の種が一つ、弾ける。
「待てと言おうと無理無茶を通すがおんし等じゃて……ロベリアの胃痛もわからぬでもない。しかし……ほんに、随分と痛めつけたものじゃのう」
想いを乗せた乙女の脚――《東風姫》、そして、衝動を緩和させる障壁をミアに掛け終えた蜜鈴の眉間には、深い皺が刻まれていた。
「(紅亜が言うておった“会いたい人”とやらも気になるが……白亜は一体、誰を誘う為の餌じゃろうの? ……いや。そもそも、散広告が罠ではなく、示唆であるとしたら……?)」
●
『油断はせんと、こっちもすぐ連れ戻すわ』
遠離る友の言葉が、友の背中達が、脳裏を幾度も過ぎっていた。
「(――どうか、無事で)」
時間は一滴ずつ確実に滴ってゆく。
出会ったのは悪意。
迎えられたのは暴力。
「(俺は否定する)」
歪な所業を。
友を傷つける者を。
否定する。
「(友の為なら、俺は)」
己の感情を――
「(次こそ、この手で必ず)」
緑に冴える風が、レナード=クーク(ka6613)の意志を定めづけるかのように光輝した。
薄闇の帳が下りた主聖堂に、冷えた空気が漂っていた。
「あの風貌。多分、聴覚か嗅覚で判別してるか。OK。私が囮になって攻撃を引き受けるわ」
大地から立ち上る結界《修祓陣》を展開させたロベリア・李(ka4206)は、紫煙の香を朧雲のように燻らす。見ざる敵――御去ルの嗅覚を感知させる為だ。
「琉架。修祓陣の範囲から出ないようにね」
ロベリアは交戦を開始した桜久世 琉架(kz0265)に注意を促すが、
「俺のことなら構わないでいいよ。行動を制限されるのは苦手なんだ」
感覚と本能で動く琉架の瞳には、死合う手しか映らない。ロベリアは鳩尾に疼きを感じながら、琉架に次いで、魔法の命中と威力に秀でる《コンボカード》を発動。直後の――
「――この力は、この時の為にあるのね。きっと」
光の束――《デルタレイB》
その光は、暗澹と横たわる空気と御去ルの腕を射貫く。
散らばる煌めき。これこそ、教会の本質か。
「(今回の状況……以前聞いたクラルスか、堕落者にしたVOIDが絡んでる可能性は高いわね。ただ、白亜と紅亜は別の相手に攫われた気がするのよ。紅亜は……多分、知ってる相手に着いていった? 態々手掛かりを残した理由は、決着を付けろと言っている……?)」
誰が、誰と。
――わからない。取っ掛かりとなるものが少なすぎる。
だが、
「どんな過去があるのかは知らない。どんな因縁があるのかも。でもね。あの子たちの笑顔を奪うような真似だけは、絶対にさせやしないわ」
攻撃を続ける。
「皆、連れて帰ってみせる。大丈夫……大丈夫よ」
心の繋がりを辿って、進むしかないのだ。
血と。
埃と。
咆哮――。
鮮血に滲む友の傷を、藤花の雨――《慈雨の花》が柔らかく癒していく。
「傷つく人を見るのは嫌。それが、どんな人だろうと……そんな風に言えるほど聖女ではないけれど、”私の友人”が傷つけられることに腹が立つのよ」
しかし、“怒り”は大切な友人達が抱えてくれる。けれど、どうか苦しみすぎないで。
「(黒亜さん、ミアさん、白藤さん――私達は、あなた達を助けるためにここに居るの。どうか信じて。自分を、私達を。必ず救えるという”真実”を)」
腕のリーチを受け弾いた琉架が、灯(ka7179)の傍らへ飛び退ってきた。怜悧を帯びた彼の横顔に、何故か心の中を仕舞っておけず、灯はぽつりと蟠りを漏らす。
「……おかしいかな、琉架さん。見えもしない未来の”真実”なんて。でも、それが保証のない”真実”でもいいでしょう。絶対に失わせたくないの、友人の”大切”を」
琉架は視線を御去ルに据えたまま、顔色一つ変えずにいた。そして、冷淡な声音で「前を見なさい」と、短く告げる。一抹の哀愁を差し込みながら、灯は顎を引いた。
「自分の直感を信じない者に、道は開けないよ。見えないのなら見えないなりに光を当て、君にとっての“真実”を一心に成しなさい」
灯が俄に瞼を膨らませた時には、既に黒蛇の姿はなかった。
凄まじく重い衝撃が、盾から伝わってくる。ロベリアの身体が吹き飛ばされると同時、雷を纏った障壁が突進してきた御去ルを弾き飛ばした。互いの身体が逆方向の空へ舞い、ロベリアの背中は壁に叩きつけられる。御去ルは両腕で受身を取るが、
「無駄に長いその腕、落としてすっきりさせてやる」
琉架は麻痺を帯びた御去ルの右肩にレイピアの刀身を刺突で捩じ込ませると、そのまま勢いよく振り上げた。威容さが失われた聖堂に響く叫喚。長椅子に肉の塊がぼとり、鈍い音を立てて落ちた。
ロベリアは喉を伝う血に咳き込みながら、崩れた体勢を立て直す。途端、御去ルは狂乱する衝動のまま、彼女の存在目掛けて突進してきた。
しかし――
「させないわ」
気丈に声を張り、灯が掌を翳す。
正に、“聖女”の裁き――《ジャッジメント》。神々しい光の杭が御去ルを断罪する。膝から崩れ落ちた御去ルの耳に、最期に打ち込んだ音は――
「チェックメイトよ」
トライアングルから奔る、光の軌跡。
額を貫かれた御去ルは、どすん――と、うつ伏せに倒れ、沈黙した。
皮膚の上に留まる血を掌で覆いながら、灯は、ふ、と、息を漏らす。
「(此処を知らせた人は白亜さんを救いたかったのかな……そう、思いたい)」
彼女は――紅亜(kz0239)は、何処へ消えたのだろうか。
連れ去られたのか。それとも、自らの意志で付いて行ったのか。
「(それほどまでに彼女の心を揺らがせる相手は……恋人?)」
――嘗ての自分がそうだったように。
ステンドグラスから差し込む淡い月光が、灯の瞳に僅かな翳りを映していた。
●
紅蓮に歪んだ鬼首花。
ぽとりと落ち――
「彼はお前を受け入れたか? 身体を、心を、許したか?」
鬼が、嗤う。
自尊心を衝かれた篝火の足刀蹴りを、頑健にさせたその身で受けるミア。
憤りから生まれたその寸隙が見逃されることはない。外套の裏地が翻り、月季花の一閃が篝火の腹に咲く。しかし、黒亜の一刀も又、怒りに滲んでいた。
「(……唯一の存在が虐げられ、穢されたら、正気でいられるはずがない)」
だから、彼の意思を尊重したかった。
「(クロちゃんの心を否定するなんて、出来ない。――だいじょうぶ、ミアが護るよ。クロちゃんの心を護る)」
跳躍しながら背進した篝火がミアの追撃に合わせて、“氷仙”を放つ。――が、
「愛(ころ)したいか? 愛(ころ)されたいか? ……後者なれば、叶えてやろう」
照らす光に広がる、一粒の波紋。
蜜鈴の《水鏡》が、それの成就を許さない。
ミアと黒亜の双撃を受けるも、篝火の双眸には厭悪な眺望が映っていた。
「……わたくしが気づいていないとでも思いまして?」
邪悪な意図に満ちた火球が、白亜の意識に呼び掛ける白藤へ放たれる。
その時――
――……カランコロン!
白藤の耳へ、カウベルの“声”がそよ風のように響いてきた。
白藤は既の所で銃声を鳴らし、火球の直撃を免れる。そして、蝶の黒炎を吹き上げ、覚醒。体勢を据えた。だが、篝火がその僅かな機を逃すはずがない。黒亜の一太刀をすり抜け、蜜鈴の雷撃で右脚を潰しながらも、菫青石の瞳は強欲で執拗な色を深くする。
「その御方はわたくしのもの……わたくしが愛すのですわ!!」
火の鳥が甲高い喚声を上げて、羽ばたいてきた。
「(白亜やシュヴァルツがおるんや、下手に避けられへん……!)」
白藤が射線上から彼等を突き飛ばそうとした、その瞬間――
「三毛!」
黒亜の急いた声音に、もしや、と視線を戻す。
目の前――其処には、火の鳥を堰き止めるようにその身を盾にするミアと、彼女に準ずる黒亜の姿があった。武器による防御と蜜鈴の補助があったものの、身を挺した代償は大きい。
それでも、
「(ダディの前で皆の悲鳴を聞かせたくない)」
彼の“灯り”を護りたい。その一心であった。
噛み締めた唇を血の色で兆しながら、白藤は大切な妹猫の意思を汲み、戦意を集束させる。僅かに散り乱れてくる火の花弁が肌を焼くが、この程度、取るに足りない。
射撃の強化を図り、両腕に反動を走らせた。
放たれたその弾丸は、篝火の左腿を貫く。彼女の両足は枯れ木のようにたわいなく折れるが、
「いや……わたくしは今度こそ愛されるの……!」
袂を払い、氷矢を空間へ滑らせる。
彼女のその思想に、
「ほんまに愛してほしいんは……誰でもえぇ事ないんちゃうやろか……」
白藤が、ぽつり、と、雫を溢すように呟いた。
鋭い響きを立てて空気を裂いてくる氷矢。
それを穿つは――雷の華。
「妾の愛しき友の笑顔を奪った罪を許しはせぬ……こう見えて妾も怒って居る故のう」
切実で歪な眼差しを、にこりと突き返す蜜鈴。
「執着……殺したい程の愛情……最も愛されている瞬間に殺されたいという愛……わからぬでも無い」
しかし。
「何人たりとも、どんな理由があろうと」
友の心は失わせない。
友の想いを、犯させはしない。
「傲慢等と……上等じゃ。そうで無くば斯様に長くは生きれぬ故のう……さて、妾が愛(ころ)してやろうて、須く死ね」
黒亜の剣閃に即応したミアの一撃が“水仙”を砕く。
「彼を支配したつもりでいたのか? 残念。お前には彼の血も、心臓も、心も、愛も、全て、何一つ――支配させない」
二撃、三撃――《白虎神拳「追咬」》が篝火の肉体と精神を揺さぶり――
「(――……)」
ミアの八重歯が唇に喰い込む。篝火の肌に痕付く傷が、凄惨な過去を物語っていることは明らかであった。だが、同情はしても――赦せはしない。
「念仏を抱いて死ね」
――終撃。
篝火の身体は滴る血の重みに倒れるかのように、仰向けに崩れ落ちた。
巣食ったその歪な愛に、蜜鈴が止めを刺そうとする。
その時――
「やめろ!!!」
突如、制する声が空間を、空気を響かせた。
「白亜……」
深い安堵を漏らした白藤が、彼の名を呟く。
シュヴァルツの傍らを離れ、蹌踉とした足取りで歩む彼を、白藤達は佇んだまま眼差しで案じていた。だが、彼が篝火の傍らへ片膝をつくと、面差しを硬くし、篝火の反応に身構える。
しかし、その杞憂は途端に過ぎゆく。白亜は上着のポケットからハンカチを抜くと――
「傷を付けて……すまなかった」
壊れた玩具のような痛々しいその様で、哀憐の情を目許に、篝火の首に咲く真新しい“現在(いま)”の傷口へ当てたのであった。
目を見張ったのは恐らく、篝火だけではなかっただろう。
只、双眸を細くしたのは。
堪えきれず、すい、と目を逸らしたのは。
眉を顰ませ、睫毛を伏せたのは。
心が力を発し、応える唇を震わせながら、途切れそうになる息を細く吸い込んだのは――……
「死にゆく女に未練を残させるなんて……罪な御方ですこと……」
やるせない菫青石の瞳が、弱々しく微笑む。
「貴方様の“御親友”にしてやられるのも癪ですので……教えて差し上げます、わ……。御令妹様は……貴方様と、御親友様が初めて出会った場所に……いるはず、です……」
白亜の顔色は、驚きも憤りも見せなかった。
只一つ、涙を流す時のような、儚い瞬きをしただけであった。
「“彼”は……“生きて”いるのか……?」
「いいえ」
「……そうか」
朝霧が散るように、篝火の相の影が尽きてゆく。
「どう……か、祈ること……は、おゆるしください……生きて、いるときに……あなたさま……と、出会え、て……いた……ら……、……と……」
――目尻を伝う雫が、彼女の“篝火”を静かに消していった。
「……くーちゃん」
ミアは自責の念が漏れ出ないように、ぎゅっと掌を握る。
「絶対に、助け出すから」
月来香の導が、沈む前に。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
- レナード=クーク(ka6613)
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 ロベリア・李(ka4206) 人間(リアルブルー)|38才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2019/01/30 08:01:42 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/01/25 22:28:18 |