冬の大地

マスター:サトー

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2015/01/12 09:00
完成日
2015/01/15 00:42

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 都市と都市を結ぶ街道。
 地平線の彼方まで続く街道のただ中に、一軒の民家がぽつねんと建っている。
 道行く人はその民家を、「冬の大地」と呼んだ。


 外観は木造の一軒家。二階建て。馬小屋が脇にあり、井戸と小さな畑が裏手にある位で、取り立てて言うほどのことでもない、ただの民家。決して真新しいとは言えない、その古びた家は、宿屋を営んでいた。
 宿屋――といっても、町中にあるような宿屋とは趣きが異なる。ちゃんとした宿泊設備が整っているわけでもなく、旅人向けの雑魚寝ができるスペースがある程度。ひと時の暖を貪るためだけの、粗末な宿屋だ。好んで宿泊しに来るような場所ではない。
 けれど、なぜかこの宿には、好き好んで訪れる者達がいる。客は人それぞれ。性別も歳も立場も、皆ばらばら。ただ一つ共通していることと言えば、それは皆リピーターである、ということだ。そして、初めての訪れの時には皆酷く心を痛めていたのも、共通事項である。
 宿屋を営むのは、五十になる夫婦。不愛想で表情が表に出にくい旦那が厨房を、元気で快活な妻が一階の酒場で接客を担当している。
 「冬の大地」というのは、宿屋の正式名称ではない。客が勝手に名づけ、それを皆が言い伝えているに過ぎない。本来、この宿屋には名前が無い。「好きに呼んでくれ」と言う店主夫婦に甘えて、常連客はそう名付けた。無論、その名前には理由がある。

 この宿屋を訪れる客の中には、時折、えらく貧しい者がいる。
 例えば、着の身着のままでろくに物も持たず一晩の雨露を防ぐ場所を貸してほしい、といった客や、ぼろを纏った裸足で扉を叩く者、小さな子供を連れた痩せぎすの母子、疲れ切った表情で一杯の酒を呷る若者などなど。とても一泊の宿代すら持ち合わせていない客がやって来ることがある。
 そんなとき、店主夫婦はどうするか。
 夫婦は、十分な食料と安らげる暖かな寝床を無償で提供した。「いつか、お金を払いに来てくれたらいい」と言って。そうして、彼らが旅立つ時には、女将はこう言って送り出すのだ。
「ありがとうございました! 良い旅を!」
 その中には、律儀に払いに来る者もいれば、それっきり音沙汰の無い者もいる。
 だが、夫婦がそれに対して不満を言っている姿を見た者はいない。
 店主夫婦はお人好し。客は口ぐちにそう言う。実際、店内を見てみれば、それはよく分かる。民家は内装も外装も手入れはされているが年季を感じさせるのは避けられず、椅子やテーブル、皿やベッドなども、全て手製だ。夫婦自身が身に着けている服にも、継ぎ接ぎがそこかしこに見られる。決して余裕があるわけではない。裕福とは断じて言えない。それでも、夫婦は自分達の方針を曲げることはなかった。
 不器用な生き方かもしれない。けれど、それを粋に感じる者もいた。
 事実、律儀に払いに来た者はその後もかなりの確率でリピーターとなったし、この宿屋に格安で食糧を運んでくる商人も、かつてはここでお世話になった者だ。宿屋はその恵まれぬ立地でありながら、常に賑わっていた。立身出世したのか大金を恩返しと積んでくる者もいたが、夫婦は丁寧に断った。それは他の貧しき人達のために、私たちは今のままで十分だから、と。



 夕暮れが迫る頃、その日も、一人の旅人がやって来た。
 旅人は、客のひしめく酒場の扉をゆっくりと押し開く。
 見るからに憔悴したような三十過ぎの男は、女将にハーモニカを一つ差し出して言った。
「これで、一晩泊めて貰えないか? お金は……無いんだ」
 訊けば、男――オバドは親友と長らく旅をしてきたと言う。親友が歌を歌い、オバドがハーモニカで伴奏する。そうして、日銭を稼ぎ、各地を転々と回って来た。だが、その親友は先日ゴブリンに襲われ命を落としたらしい。
 一人生き残ったオバドは、ふらふらと道に惑い、ここに辿り着いた。もう音楽を続けていくことは不可能だから、このハーモニカはそれなりに値打ちがあるから、売れば宿代位にはなると思う、と。
 女将は厨房の方を振り返る。顔を覗かせていた主人がこくりと頷くのを見て、女将はオバドに微笑んだ。
「お代はいらないよ。さあ、座った」
 戸惑うオバドの肩を抑えつけ椅子に座らせると、女将は厨房の方に消えた。
 オバドは訳が分からないといった顔をしていたが、やがてテーブルに置いたハーモニカに、光の無い瞳を落とした。
 つい先日までは、どこまでも続く輝ける道が見えていたのに、今ではもう……。
 ゴブリンから自身を逃がすために、身体を張った親友――デュオの背が脳裏に焼き付いて離れない。

 デュオは陽気で考え無しな奴だった。
「俺達は音楽が大好きだ。けど、その才能は無い」などと自虐しつつも、ちっとも悲しそうな顔をすることなく、むしろ胸を張っていた。「人の記憶に残るなんて大層なことは俺達には無理でも、音楽への愛さえあれば、ほんのひと時、ほんのちょっと、その心に明かりを灯すことはできるはずさ!」と。
 そんなデュオだったからこそ、大して上手くもない歌声にも、人々は立ち止まり耳を貸してくれたのだろう。
 そんなデュオだったからこそ、大して自信の無い自分も、デュオと共に歩んでくることが出来たのだろう。貧しくとも、心に影の差すことのない日々を、歩んでくることが出来たのだろう。そう、歩んでくることが出来た、それはもう、過去形になってしまった。

 遺体は今も尚、ゴブリンの住処に囚われているのだろう。もし取り返しに行くのならば、それは文字通り命がけになる。まず間違いなく死ぬだろう。そんな度胸も無い自分に、不義理を成してしまった自分に、愕然としてオバドは彷徨った。
 形見の回収すらも叶わなかった。せめてデュオが大事にしていた家宝の宝石がついていたペンダントだけでも回収することができていれば、また違ったのかもしれないが、もう遅い。
 いっそ、あの時一緒に死んでいれば……、そんなことがオバドの脳内を呪文のように巡り続けている間、その後ろのテーブルには、ハンターの一団が席に着いていた。
 ひと時の休息を、と仕事帰りに立ち寄ったハンター達は、オバドの話を聞き、何やら思う所があったようだった――。

リプレイ本文

 オバドの卓上のハーモニカを見つめているルシン(ka0453)。
「スープかホットミルクをお願いできますか? それと、できれば毛布も」
 エステル・クレティエ(ka3783)は厨房の方へ赴き、オバドの為にと女将に尋ねる。お代は自分が持つというエステルに、女将は微笑んで「いいんだよ。元より貰うつもりはないから」と首を振った。
 その間に、クリスティン・ガフ(ka1090)は立ち上がり、オバドの肩に手をおく。
「すまないが、話は聞かせて貰った」
 それに続いて、アゼル=B=スティングレイ(ka3150)とエヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)、ルシンと報告書片手にデブリーフィングをしていたCharlotte・V・K(ka0468)も席を移る。
「話……そうですか」
 顔を上げたオバドは理解しているのかいないのか分からぬ表情で、再び俯く。
「実は近隣の村からゴブリンの討伐依頼が出ていてな」
 ゴブリン、という単語に、オバドはびくっと身体を強張らせる。クリスティンは構わず話を続ける。
「私はこれからその依頼を受けに町に戻る。デュオ殿の遺体の引き取りなども掛け合ってみよう」
「……えっ?」
 クリスティンは返事を待たず、宿を出て馬で最寄りの町に駆けて行った。
 散策の合間に立ち寄った神代 誠一(ka2086)も静かに席を立ち、相席をしていた同職らしき面々にオバドのことを目配せする。遺品の捜索、それが自身にできる彼への励ましなのではないかと。
「あの、お気をつけて」
 誠一の気持ちを察したルナ・レンフィールド(ka1565)が声をかける。誠一は頷いて、戸の向こうに消えた。ルシンは目端に映った誠一の無事を祈り、自分もまたできることを、と気を改める。
 呆然と揺れ動く扉を見ているオバドに、エステルが温かなスープを運んでくる。
「どうぞ」
 言って、エステルは毛布を膝の上にかけてやる。今は心も体も温めてやらなければ、元気など取り戻せない。
 言われるがままに口に運ぶオバドを、一同は無言で見守る。思いの外空腹だったのか、スープはあっという間に空になった。
「私達で良ければ、お話して貰えませんか?」
 温まった身体が、どうしようもなく生を実感させる。
『想いは音に、形にしないと消化できないから。全部吐き出してくださいな』と、声を失ったエヴァの持つスケッチブックにも書かれていた。
 促されるままに、オバドはぽつりぽつりと現在の心境を、デュオのことを零し始めた。そのほとんどは、後悔と友への懺悔、自らの醜さに終始していた。涙も無く話すオバドの姿は、枯れ落ちた冬木のそれだ。


「なに?」
 クリスティンは眉間に皺を寄せる。ハンターオフィスにて事前に掛け合っておくことで、後の不要な諍いを未然に防ぐために訪れたのだが、丁度討伐隊が出発するところだという。
「オフィスとして1個人に特別に便宜を図ることはできませんが、現地でどうされるかはハンターさん次第です。今なら参加も間に合いますが」
 一度報告に宿へ戻ろうと考えていたが、そうもいかないようだ。参加できれば、遺体の引き取りなども請け負うことができるだろう。
 悩んだ末に、クリスティンは首肯した。

 夕闇が広がる街道を懸命に疾走する光があった。誠一だ。
 酒で温まった体も、切り裂くような寒風でもう冷え切ってしまっているが、誠一の瞳は一心に前方を見据え、揺るがない。
 誰かに頼まれたのではない、自己満足だ。それでも、あのような話を聞いて聞かぬ振りなどできなかった。気の利いた言葉も音楽も紡げない。ただのお節介と言われども、それでも――。
 馬が潰れないギリギリの速度で、誠一は愛馬を走らせる。


 大方の想いを吐き出させると、オバドの瞳に僅かながら光が戻ったようだった。話をする内に幾らか整理がついたのかもしれない。
 漸く話ができそうだと見計らい、Charlotteは自身の経験を語り聞かせた。
 リアルブルーでの軍人時代、相棒や部下、同僚の死。自分がもっと上手に立ち回れていたならば、と後悔したことなど数知れないことを。
「自責の念、悲しさ、悔しさ、無力さ……。君の心の中は、それらが渦巻いている事だろう」
 それは正しくCharlotte自身が辿って来た道のりだった。
「だが、君の相方、デュオくんが命を拾い、君があの場で死んでいたなら、どうなっていただろうか?」
 オバドは、はたと身震いした。そんな想像は思いもつかなかった。もし、逆の立場だったら、デュオは――。
「その痛みには、意味がある。彼が君を守って亡くなった様に、君もまた、彼の分まで苦しんでいるんだ。彼が背負うかもしれなかった途方も無い痛み、それは彼が生きた証でもあると思う」
「そうだぜ。こっちも似たようなもんだ」
 昔を思い出したアゼルは乱雑な髪を掻きむしる。全てを失った海賊時代、唯一人生き残った自身に課したもの。それは、仲間と亡き弟の遺志を継ぐこと。
「人の心に灯を点して生きる事、それがお前の友の願いだったんじゃねえのか?
 そいつから目を背けて、お前の友は何と言う? 親しんだ友の声は聞こえねえか?」
 そうだ。それはデュオが常々言っていたことだ。だけど。
「俺一人じゃ、何も……」
 平凡な自分が旅をしてこられたのも、全てデュオという輝く道標がいたからに他ならない。とても、一人でやっていく自信など、ありはしない。
 エヴァは静かにオバドの話を聞いていた。できなかった後悔は長く記憶に纏わり続ける。だからこそ全てを吐き出して欲しいのだが、オバドにはまだ躊躇いが見られた。
 つと、美しく繊細な音色が一隅から響く。そこには、リュートを手にしたルナがいた。
 ルナのリュートが奏でるのは、冬の大地が春を迎えて新しい命が芽吹くのを思わせる、淡くしめやかな曲調。同じ音楽を愛する同志として何とかしてあげたいと、一音一音に想いを込めて、弦を優しく撫でるように指を滑らせる。
 客は皆、突如始まった優しげな調べに、一段声を落として耳を傾ける。オバドもまた、その柔らかな音色に揺らぐ心を繋ぎとめる。
「オバドさんが生きていてくれて、良かったです」
 ルナの紡ぐ音に耳を傾けながら、エステルは言う。
「デュオさんが誰かって、形見を届ける人が居るって解っただけでも、オバドさんが生き残った意味があるんです」
 此処で出会ったのも、きっとデュオの導きがあったのだと思いたい。
 エステルは店内を見回す。どこかほっとする感じの宿。身を寄せ合って居並ぶ客の姿からは、温かさが感じられる。
 不意に、ルナとエステルの視線が合う。二人は頷き、エステルは席を立つ。ルナの隣の席に腰かけると、自らの横笛を口元に当てる。
 それほど自信は無い。でも今は、彼に捧げる音楽があることがきっと大事なのだ。
 二重奏は密やかに、緩やかに音階を辿っていく。せめて天国への旅路が安らかである様にと、祈りの鎮魂歌がしんみりとした店内をお淑やかにそぞろ歩く。
「死ぬも生きるも己次第だが、二人の決意を反故にしちまうのか?」
 アゼルはルナとエステルを見つめているオバドに、問いかける。
 音楽の持つ力を、音楽の持つ可能性を。
「先に進めるのはオバド、お前だけだ」
「……はい」
 オバドはルナとエステルから目を離さず、ただそう答えた。いつの間にか、オバドの手はハーモニカを強く握りしめていた。
「そのハーモニカ……とても大切にされているんですね」
 オバドはハーモニカを持ち、ルシンに言う。
「旅立つときに、二人の全財産をはたいて買ったものなんです……」
 これでもう後戻りできない、と笑ったデュオの顔が瞼を焼いた。


 ルナとエステルの調べが店内に染み渡った頃には、オバドの顔にも血色が戻ってきていた。次から次へと料理を運んでくる女将。食事が一段落し、演奏が途切れたところで、ルシンは徐に立ち上がった。
「……デュオさんは、どちらの方角ですか?」
 オバドは一旦神妙な顔をすると、左手を上げ指をさす。
 ルシンは示された方角を向き、目を伏せて、シンプルなレクイエムを歌う。オバドのことは任せて、どうぞ安らかに見守ってください、との想いを込めて。艶やかな歌声は仄かに悲しみと慰撫の念を届け、途中からはルナの伴奏が加わり、より一層ルシンの声を引き立てた。
 当たり前のように居た人がいなくなる。それは、自身の半身をもがれた様なものと言う者もいるが、ルシンにはよく解らない。でも、負のエネルギーを正のエネルギーに変換する術は知っている。
「……どうか今は、彼のために悲しんであげてください。貴方にはそれが許されています」
 オバドはこみ上げて来るものを必死に堪えようと振り仰ぐ。
 ルシンはそっと席を離れ、オバドに背を向けて、デュオの眠る方角の窓辺に佇んだ。
 演奏を終えたルナは、静かだが情感の籠った拍手に迎えられ、オバドの前にやって来る。
「知ってますか? さっき演奏した曲、リアルブルーの何百年も前に作曲されたものなんです。音楽に込められた想いは残り続けるんです。記号としての楽譜だけでなく、人々の心に」
 デュオの歌声が道行く人々の心に留まったように、その想いもまた――
「誰よりも貴方の心の中に残っていませんか?」
「そうです。デュオさんが残した音楽は、オバドさんが覚えていて、奏でている限り、デュオさんの魂は其処に宿り続けるんです」
 エステルも微笑む。
「デュオの想い……」
 オバドは呟いて目を伏せる。
「よければご一緒にいかがですか?」
 ルナとエステルの誘いに、オバドは暫し黙考して、やがて――首を横に振った。
「俺は……デュオを置いて逃げたんだ。あいつをそのままにして、俺だけなんて……」
 彼らの想いは伝わっている。けれど、前を向いて歩き出すためには、区切りが必要だ。
 オバドは悄然として、階上へ消えた。


 誠一は藪の中から、様子を窺う。
 デュオの遺体は見つかった。だが、付近をゴブリンが4体うろついている。単身飛び込むのは、聊か無謀か。とはいえ、亡骸を放置しておくことはできない。
 迷う誠一の耳に微かに人の足音が届く。
「あれは……?」
「間に合ったか」
 クリスティン達だった。

(寒かった、ですよね……)
 誠一はデュオの前に跪く。ジャケットを脱ぎ、無残に裂かれた上着の上から亡骸を覆う。見開いた瞼を閉じてやり、冥福を祈る。
「荷台に運ぼう」
 クリスティンの言葉に誠一は頷いた。他のハンター達も手を貸す。クリスティンの口添えを受けて、彼らは実に協力的だった。


●翌日
 翌早朝から宿の扉がぎぃと音を立てる。誠一とクリスティンだった。
 一階の広間にいた一同は、汗だくになっている二人を喜んで迎えた。
「ご無事で何より」
 誠一は安堵するルシンに、頼まれていたデュオの衣服の切れ端を手渡す。早速ルシンはハーモニカ入れの製作にとりかかる。
「さすがに疲れましたね」
 クリスティンは、手短にこれまでのことを伝える。デュオの遺体は無事で、ハンター達が最寄りの村に運んでくれたこと、バテていた愛馬の代用に馬を貸してくれたこと。
「それと、これも」
 誠一の手には、デュオの遺品である水色の宝石がついたペンダントがあった。

 数時間後、階下に降りてきたオバドに、誠一はペンダントを手渡した。
「まさか、そんな……」
 水色の宝石のペンダント。それは亡き親友の宝物。手にしたまま固まるオバドに、誠一は事情を話し、遺体の埋葬へ行こうと手を差し伸べる。
「どうしてそこまで……」という、目頭を押さえたオバドの問いに、クリスティンは皆を見渡す。
 あけすけに物を言ってしまう自分には、言葉による慰め役は向いていない。親友を失い、自身の心も砕かれた男に、却って傷に塩を塗りかねない。しかし、オバドには先を見据えて貰いたかった。今この瞬間だけでなく、これから先の長い人生を。それが亡き親友の為でもあるのだと。
「私は不器用なのでな。理屈で考えて、これが最良だと思ったのだ。
 私は私にできる事を。莫迦が勝手に考えてやっただけだから気にする事はない」
 オバドの心に涙が溢れる。
 彼らは皆、赤の他人である自分を励まそうと動いてくれている。何の見返りも無いというのに。それを嬉しいと感じてしまう自分が、無性に、やるせなかった。
「一緒に行きませんか?」
『皆がついて行ってくれるし、迎えに行ってあげたら?
 どちらにとっても、"友達"だからこそ、それが一番いいと思うのだけど』
 ルナとエヴァの勧めに、オバドも否やは無い。
「ありがとう……」
 くぐもった声が立ち直るには、少し時間がかかった。

 出発前、エヴァはこっそりと女将にお願いする。
『あの人、また寄ることがあると思うの
 そしたら、彼に音楽を頼んでほしいわ
 演奏する理由が時にあったほうがいいと思うし
 何より、宿が楽しくなるわ!
 私もきっとまた来るから!』
 女将はエヴァに満面の笑みで頷いた。
「ありがとうございました! 良い旅を!」
 女将は手を振って一行を見送る。村までは約1日かかる。その間の食事も女将は全員分持たせてくれた。オバドは必ずまた来ると約束して頭を下げた。


 夜明け前、一向は村に着いた。
 埋葬を終えたオバドの肩に、アゼルは手を置く。
「お前は一人じゃない」
 デュオは心中に在り、此処に八人の仲間も出来た。
 ハーモニカの音色が響くとき、デュオは皆の内に蘇り、それがデュオの生きた証になる。
「祈れ、友と己の道行きを。歌え、生きた証を。そして歩め、友と共に」
「ああ、出来れば彼が愛した音楽を、これからも続けていって欲しいものだね」
 頷くCharlotte。ルシンはオバドに手製のハーモニカ入れを手渡す。
「一緒に、演奏しませんか?」
「お二人の思い出の曲、教えてください」
「そうだな。私も聞きたい」
 エステルとクリスティンも懇願するように言う。
「誰よりもオバドさん、貴方の音楽を愛していたのは、彼ではないのですか?」と、誠一もその踏み出そうとする一歩の背を押す。
 彼らの言う通りだった。ここで全てを投げ出して、それでデュオが喜ぶわけがない。生き残った者には、託されたものがある。
「さあ、奏でましょう!」
 笑顔のルナに、オバドはハーモニカを口に添えた。
 4人の奏でるその鎮魂歌は情緒纏綿として聴く者を虜にした。レクイエムとオーバード。それは新たな旅立ちの歌だった。
『想像で描いた絵だから、細かい部分は目をつむってね』
 エヴァは笑って、スケッチブックに書いた絵を2枚渡す。
 1枚はオバドとデュオの演奏している絵。もう1枚は、今見た4人の演奏している姿。形見と同様に、形として残るものも大切だ。
 今は凍えるように寒くとも、やがて春は必ずやってくる。
「また会おうぜ!」
 足の生えた太陽が顔を出す。
 奇縁により出会った9人は、顔を上げ、それぞれの道へと旅立っていった――。

 

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重体一覧

参加者一覧

  • 雄弁なる真紅の瞳
    エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029
    人間(紅)|18才|女性|魔術師

  • ルシン(ka0453
    エルフ|20才|女性|魔術師
  • 金色の影
    Charlotte・V・K(ka0468
    人間(蒼)|26才|女性|機導師
  • 天に届く刃
    クリスティン・ガフ(ka1090
    人間(紅)|19才|女性|闘狩人
  • 光森の奏者
    ルナ・レンフィールド(ka1565
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • その力は未来ある誰かの為
    神代 誠一(ka2086
    人間(蒼)|32才|男性|疾影士
  • 粗野で優しき姉御
    アゼル=B=スティングレイ(ka3150
    エルフ|25才|女性|聖導士
  • 星の音を奏でる者
    エステル・クレティエ(ka3783
    人間(紅)|17才|女性|魔術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 【相談】オバドさんを励ます会
ルナ・レンフィールド(ka1565
人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2015/01/12 06:51:21
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/01/12 06:47:51