ゲスト
(ka0000)
【王戦】未来のために、死んでくれ
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/02/07 12:00
- 完成日
- 2019/02/16 17:27
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
罪は、彼にとって馴染み深いものだった。己の裡から這い上がる昏い畏れが、身も心も縛り上げていく。何かを成さねばならないことは明白なのに、震えと後悔に耐えることしかできず、顔をあげることもできやしない。それでも彼を動かしたのは結局のところ、責任――否、自罰とも言うべきものだった。彼がなすべきことは、彼にしかできないこと。よしんばそれが他人にできたとしても……間に合わないかもしれない。
そう。“また”。間に合わないかもしれない。
だったら、足掻くしかなかった。消え入りたいほどの重圧に耐えながら、それでも。
光に祈るだけでは、状況は変わらない。
それだけでは、生かされてしまったオーラン・クロスは、救われることはない。
――だって貴方《エクラ》は誰も、救わない。
かつて紐解いた聖女の記録の中の一節。宗教家でもあるオーランは、その言葉にいくつもの逸話を引いて反論することも出来る。しかし、もはやそれは適わないのだ。“オーラン自身が、深い共感を持ってしまっている”、今となっては。
だからこそ足掻くしかない。歯を食いしばりながら、我武者羅に。
●
傲慢王イヴ。過去の歪虚王の性能や性質を鑑みるに、その最たる脅威を【強制】と考えていたオーランは、かねてよりその対策をすすめていた。スポンサーはヘクス・シャルシェレット。上司はセドリック・マクファーソンという分厚い圧力に耐えながら、法術陣を『携帯』するという技術を達成することができた。
数多の聖職者によって聖別された資材を湯水のごとく使いながら、ようやく。
しかし――まだ、足りない。それが明らかになってしまったのは、過日、神霊樹を徹してミュールなる歪虚の過去に迫った時のこと。
イヴの【強制】は、ハンターたちの備えをたやすく突破し、【死】に至らしめた。過去の交戦経緯から、強制には範囲型の強制と、単体型の強制があることは判明していたが、イヴは数多の覚醒者に対して同時に死を命令せしめた。
それがその出力に由来するものか、特殊な働きかけがあるのかは不明だが、その対策は必須だった。こちらの戦力が如何なるものであれ、イヴの【強制】を前にしてはただの同士討ちの駒にすぎない。
そんな危険な戦場に――"また"、ハンターを晒すのか。
それだけは、いやだった。
しかし。
「……そろそろ、諦めるしかないんじゃないかな」
眼前。スポンサーのヘクスはだらしなく肘を突いた姿勢のまま、オーランを見つめている。
「技術的な方向性は定まったんだろう。あとは、イヴの【強制】がどこに働くかを調べ、それをどのように守るか。さらに……守れるか。じゃあ、あとはやるだけだ。これは“以前も”言ったとおりのことだけれど……」
選択を突きつける男のさまを、オーランは正視できない。きっと、ヘクスは悪魔の如き笑顔をしているに違いない。そしてそれは実際に、そのとおりなのだった。
「『アレ』しか方法はないと思うけど?」
傲然と笑ったヘクスは、悄然と項垂れるオーランの芯を手折るように、言葉に毒を染み込ませる。まるで蛇に睨まれた蛙のよう。脂汗をだらだらと流しながら、オーランは返事もできなかった。なぜなら、その選択は……。
「……ハンターに、死ねというのと、一緒です。そんな依頼、彼らが受けるはずがない」
「かといって騎士は動かせない。この事態じゃ、いつ本格的な大攻勢が始まるかわからない。聖堂戦士団もそうだ。勿論僕だって、そうしないで済むならそれに越したことはないと思うよ? でもさぁ」
空気が、軋む。それはあるいは、オーランの錯覚だったのかもしれないが。
そうだ。
もう、"いた"のだ。検証のために、ヘクスが差し出した者たちが。
「残念ながらもう、“うち”の志願者はみんな廃人同然だ。度重なる検証で薬と洗脳で記憶に蓋をして漸く表の業務をこなせている状況で……そのトラウマ故に、過去に飛ぶことが出来る人間はもはやいない」
「…………っ!」
「オーラン。君は【ハンターがそんな依頼を受けるはずがない】といったけど。いるよ。そんな物好きは……まぁ、多分、三人ぐらいはきっといる。十分じゃないか。だって、そうしなきゃ……」
淡い吐息の気配と――恐怖。言葉を聞く前に、莫大な自罰が湧き上がり、オーランは顔を上げた。落ち窪んだ目が、ヘクスのそれと絡み合う。
ヘクスは――。
「君自身、その手で誰かを殺すことになるかもしれないんだよ?」
転瞬。
「ッッッッッッッッセェェェェェェイイイ!!!!」
「どわっ!」
「……おっと」
突如室内に湧き上がった大喝と巨体に、オーランは魂消て転倒し、ヘクスは目を丸くして姿勢を正す。
「我輩を求める声が聞こえたぞ!!!」
「………………お久しぶりです、プラトニス様」
かろうじて声を出したのがオーラン。対して、ヘクスは何気ない所作で室外へと出ようとしていた。
「ンンンンム!!! 待てェいヘクス!!!! 今日こそお主の腐った口を節制で満たしてやらねばならん!!!!」
いつだったかと同様にプラトニスをオーランに押し付けようとしていたヘクスは、名指しされたことに息を吐き、振り返る。
「や、他意があったのは認めるけど……必要なことだったんじゃないかなあ」
「ンンンンなっとらンンン!!! お主のそれは【傲慢】のそれと同じだ! 心を折られた末に掴み取るのはただの従属! 思考停止よ! 己の意思で選び取ってこそが節制というものだ!」
「だから、待ったんだけどなぁ」
「笑止!!! 我輩発憤したぞヘクス!! なぁ、なぁおいそこなオーランよ、迷える中年よ!」
「は、はい」
「お主の節制……決して折れぬその心、我輩はしかとこの目に焼き付けた!」
クワッ! とプラトニスの眦が釣り上がり、大胸筋が炸裂し、上腕二頭筋と前腕がパンプアップする。
「つべこべ言わず依頼を出してこい!!!!」
●
「……つまり、今回の依頼は、ハンターの皆に神霊樹にアクセスし、ミュールが居たという村……唯一イヴの足跡が明らかになったあの村に行ってもらう。そこで【強制】を受けることで、イヴの【強制】の精査をしたい。具体的には、この携行型の法術陣を使ってもらう」
そういって差し出したのは、ティアラのような宝飾品と――黒い布にマテリアル鉱石を加工した染料によって線が引かれた衣服であった。
「全身……タイツ……?」
「……いや、そうだ。そうなんだが、それはインナーなので、ちゃんと服は着てくれて構わないよ」
「………………」
疑念の眼差しにオーランは咳払いをすると、
「その装具と服で、イヴの【強制】を調査する。その結果を携帯型法術陣にフィードバックすることで、イヴへの【強制】の対策としたいんだ。勿論僕も一緒に過去に潜ることになる。…………ごめん。だけど、言わせてほしい」
オーランは固く目を閉じて、最後にこう結んだ。
「頼む。未来のために、死んでくれ」
罪は、彼にとって馴染み深いものだった。己の裡から這い上がる昏い畏れが、身も心も縛り上げていく。何かを成さねばならないことは明白なのに、震えと後悔に耐えることしかできず、顔をあげることもできやしない。それでも彼を動かしたのは結局のところ、責任――否、自罰とも言うべきものだった。彼がなすべきことは、彼にしかできないこと。よしんばそれが他人にできたとしても……間に合わないかもしれない。
そう。“また”。間に合わないかもしれない。
だったら、足掻くしかなかった。消え入りたいほどの重圧に耐えながら、それでも。
光に祈るだけでは、状況は変わらない。
それだけでは、生かされてしまったオーラン・クロスは、救われることはない。
――だって貴方《エクラ》は誰も、救わない。
かつて紐解いた聖女の記録の中の一節。宗教家でもあるオーランは、その言葉にいくつもの逸話を引いて反論することも出来る。しかし、もはやそれは適わないのだ。“オーラン自身が、深い共感を持ってしまっている”、今となっては。
だからこそ足掻くしかない。歯を食いしばりながら、我武者羅に。
●
傲慢王イヴ。過去の歪虚王の性能や性質を鑑みるに、その最たる脅威を【強制】と考えていたオーランは、かねてよりその対策をすすめていた。スポンサーはヘクス・シャルシェレット。上司はセドリック・マクファーソンという分厚い圧力に耐えながら、法術陣を『携帯』するという技術を達成することができた。
数多の聖職者によって聖別された資材を湯水のごとく使いながら、ようやく。
しかし――まだ、足りない。それが明らかになってしまったのは、過日、神霊樹を徹してミュールなる歪虚の過去に迫った時のこと。
イヴの【強制】は、ハンターたちの備えをたやすく突破し、【死】に至らしめた。過去の交戦経緯から、強制には範囲型の強制と、単体型の強制があることは判明していたが、イヴは数多の覚醒者に対して同時に死を命令せしめた。
それがその出力に由来するものか、特殊な働きかけがあるのかは不明だが、その対策は必須だった。こちらの戦力が如何なるものであれ、イヴの【強制】を前にしてはただの同士討ちの駒にすぎない。
そんな危険な戦場に――"また"、ハンターを晒すのか。
それだけは、いやだった。
しかし。
「……そろそろ、諦めるしかないんじゃないかな」
眼前。スポンサーのヘクスはだらしなく肘を突いた姿勢のまま、オーランを見つめている。
「技術的な方向性は定まったんだろう。あとは、イヴの【強制】がどこに働くかを調べ、それをどのように守るか。さらに……守れるか。じゃあ、あとはやるだけだ。これは“以前も”言ったとおりのことだけれど……」
選択を突きつける男のさまを、オーランは正視できない。きっと、ヘクスは悪魔の如き笑顔をしているに違いない。そしてそれは実際に、そのとおりなのだった。
「『アレ』しか方法はないと思うけど?」
傲然と笑ったヘクスは、悄然と項垂れるオーランの芯を手折るように、言葉に毒を染み込ませる。まるで蛇に睨まれた蛙のよう。脂汗をだらだらと流しながら、オーランは返事もできなかった。なぜなら、その選択は……。
「……ハンターに、死ねというのと、一緒です。そんな依頼、彼らが受けるはずがない」
「かといって騎士は動かせない。この事態じゃ、いつ本格的な大攻勢が始まるかわからない。聖堂戦士団もそうだ。勿論僕だって、そうしないで済むならそれに越したことはないと思うよ? でもさぁ」
空気が、軋む。それはあるいは、オーランの錯覚だったのかもしれないが。
そうだ。
もう、"いた"のだ。検証のために、ヘクスが差し出した者たちが。
「残念ながらもう、“うち”の志願者はみんな廃人同然だ。度重なる検証で薬と洗脳で記憶に蓋をして漸く表の業務をこなせている状況で……そのトラウマ故に、過去に飛ぶことが出来る人間はもはやいない」
「…………っ!」
「オーラン。君は【ハンターがそんな依頼を受けるはずがない】といったけど。いるよ。そんな物好きは……まぁ、多分、三人ぐらいはきっといる。十分じゃないか。だって、そうしなきゃ……」
淡い吐息の気配と――恐怖。言葉を聞く前に、莫大な自罰が湧き上がり、オーランは顔を上げた。落ち窪んだ目が、ヘクスのそれと絡み合う。
ヘクスは――。
「君自身、その手で誰かを殺すことになるかもしれないんだよ?」
転瞬。
「ッッッッッッッッセェェェェェェイイイ!!!!」
「どわっ!」
「……おっと」
突如室内に湧き上がった大喝と巨体に、オーランは魂消て転倒し、ヘクスは目を丸くして姿勢を正す。
「我輩を求める声が聞こえたぞ!!!」
「………………お久しぶりです、プラトニス様」
かろうじて声を出したのがオーラン。対して、ヘクスは何気ない所作で室外へと出ようとしていた。
「ンンンンム!!! 待てェいヘクス!!!! 今日こそお主の腐った口を節制で満たしてやらねばならん!!!!」
いつだったかと同様にプラトニスをオーランに押し付けようとしていたヘクスは、名指しされたことに息を吐き、振り返る。
「や、他意があったのは認めるけど……必要なことだったんじゃないかなあ」
「ンンンンなっとらンンン!!! お主のそれは【傲慢】のそれと同じだ! 心を折られた末に掴み取るのはただの従属! 思考停止よ! 己の意思で選び取ってこそが節制というものだ!」
「だから、待ったんだけどなぁ」
「笑止!!! 我輩発憤したぞヘクス!! なぁ、なぁおいそこなオーランよ、迷える中年よ!」
「は、はい」
「お主の節制……決して折れぬその心、我輩はしかとこの目に焼き付けた!」
クワッ! とプラトニスの眦が釣り上がり、大胸筋が炸裂し、上腕二頭筋と前腕がパンプアップする。
「つべこべ言わず依頼を出してこい!!!!」
●
「……つまり、今回の依頼は、ハンターの皆に神霊樹にアクセスし、ミュールが居たという村……唯一イヴの足跡が明らかになったあの村に行ってもらう。そこで【強制】を受けることで、イヴの【強制】の精査をしたい。具体的には、この携行型の法術陣を使ってもらう」
そういって差し出したのは、ティアラのような宝飾品と――黒い布にマテリアル鉱石を加工した染料によって線が引かれた衣服であった。
「全身……タイツ……?」
「……いや、そうだ。そうなんだが、それはインナーなので、ちゃんと服は着てくれて構わないよ」
「………………」
疑念の眼差しにオーランは咳払いをすると、
「その装具と服で、イヴの【強制】を調査する。その結果を携帯型法術陣にフィードバックすることで、イヴへの【強制】の対策としたいんだ。勿論僕も一緒に過去に潜ることになる。…………ごめん。だけど、言わせてほしい」
オーランは固く目を閉じて、最後にこう結んだ。
「頼む。未来のために、死んでくれ」
リプレイ本文
●
「それでは、これで滞在させていただきたく」
「ああ……いや、ううむ……」
誠堂 匠(ka2876)が差し出した貨幣を懐に入れた村長は、一同を眺めて葛藤を滲ませた。
無理もない、と匠ですら思う。
チャリ……ぎぃ……と。異音を響かせるクローディオ・シャール(ka0030) 。当時には王国には無かったであろうママチャリ『ヴィクトリア』――は、まだ、いい。
「その傷で大丈夫か、ジャック」
「大丈夫だ! 問題ねぇ!」
無表情ながら気遣わしげなクローディオの声に重体のジャック・J・グリーヴ(ka1305)は威風堂々と答えた。なるほど、篤い友情の掛け合いだが――無論、問題は、あった。
「……あの格好、演者か、何かで……?」
視線の先。いい年こいた二人の男が。
股間をもりっとさせた全身タイツ姿であることだった……。
●
アルマ・A・エインズワース(ka4901)は「わふー、変態さんですー」と言って去り、村人たちと戯れにいく。若干警戒されている中に飛び込んでいく当たりもさすがだが、これからの『相談』の気配を感じてのことだった。
一同は特に引き止めるでもなく、オーラン・クロスを囲んで調整に入る。つまりは、オーランがどこに隠れたものか、というもの。
酒場を覗いてきた深守・H・大樹(ka7084)がふと、村の奥を振り返る。
「村の中……なら、あそこの酒場なら、それなりに身を隠しつつ、様子を伺えそうだったけれど」
「広域強制の例もある。個人的には、村の外のほうが安全じゃないかな。どうだろう」
そこに、静かな匠の言葉が、待ったをかけた。ハンター達は納得とともに、自然とオーランを見やる。どこか放心していた様子のオーランは若干慌てた様子で、こういったのだった。
「……あ、僕はそれでも大丈夫だよ。フィールドワークは、それなりに経験があるから」
●
「……皆、冷静だね」
「まぁ、仕事なんで」
時間まで、手持ち無沙汰となった時間。ぽつとこぼしたオーランに龍華 狼(ka4940)がぴしゃり、と応じた。普段依頼主に振りまく愛想を思えば、常ならざる狼の様子に――しかし、オーランは気づかない。彼にだって、余裕はなかった。
「辛気臭ェ顔してんじゃねぇよ、オーラン!」
「づっ!?」
どん、と背を叩かれてムセこむオーラン。叩いたジャックは大笑しつつ、言う。
「タダ働きなんざ死んでも御免だ。命を燃やすんなら、もともと未来の為だっての……だからよオーラン、もう一度言っちゃくれねぇか」
太陽のような男は、それと同じだけの熱量で、言う。
「『未来の為に、共に進んでくれ』ってよ」
「……君は、死ぬのが怖くないのか?」
愕然とするオーランは、畏怖するように青年を見つめる。ジャックは視線をそらさぬばかりか、当たり前だ、とばかりに頷いた。見れば、ジャックの傍らのクローディオも首肯している。
その眩さに、目がくらむ。
「わふわふ! 『本当に』死なないために、今一度死んでおく、ってことですから!」
「…………」
アルマの言葉に、オーランは絶句した。しかし、驚愕と同時に、納得もあった。プラトニスの無根拠な後押しはこのためかと。清冽な『強さ』の光は――オーランの濁りを、確かに軽くする。
「――共闘した王国騎士達が命を落とすのを見てきました」
オーランの傍らに立つ匠が、言う。それはまさにオーラン自身が抱える澱と同質のもので、驚きに目を見開く。
「彼らのおかげで、自分の生命があります……今度は、此方が返す番です」
似たものを抱えた彼が、オーランが見逃していた――否、見つめることができなかったものに、光を落とす。
「感謝します。機会を与えてくれた事を」
―・―
(……どうなんだ、それ)
少年は、そんな光景を見つめながら、胸中で呟いた。唐突に湧いた反駁を払うように、首を振る。
(……いや実際に死ぬ訳じゃねぇーし……ビビッてるわけじゃ……)
その葛藤に、応じるものはなかった。
●
予定通りに、災厄は訪れた。世界に罅が入り、暗紫の靄が湧き出る。殷々と音をひいて――傲慢王イヴが、その姿をあらわした。
「……ほう。大層な心がけだ。よもや歓待とはな」
少年――あるいは青年ともつかぬ白皙の美貌。その口の端は釣り上がり、舐め回すように一同を見やる。かつて相対した者たちとは違い、覚悟と知識を持って、この場にいる六名のハンター達は動かなかった。轢死しそうなほどのマテリアルの威圧感は、確かにある。
――しかし、死すら想定してこの場にいるハンター達は、毅い。傲慢王との相対に恐れを抱く由が無い。
チリーン、と。鈴が鳴る。ジャーコ、と。チェーンが回る。
「……」
クローディオの無言の圧。さすがのジャックも目を細め、天を仰いだ。
●
「……悪ぃが、時間をもらうぜ」
と、ジャックは『仲間たち』に告げたうえで、一歩前に征く。
「酒がある。アンタの分もだ」
「…………」
「話がしてェ」
「ほぅ」
ず、と。一同を眺め見たイヴは、改めてジャックを見た。
「随分と奇妙な趣向と思えば……匂いがするな。貴様、世界の守護者か」
「――関係ねェ。アンタのことが知りてぇ、それだけだ」
「ふん……」
イヴは空を眺め――しばしの後、「"気配"はない、か」と呟き、嗤った。
「奇異極まるが……なるほど。興が乗ったぞ、人間。そこの連中はどうやら違うらしいが、少しだけなら付き合ってやっても良い。だがな」
指を鳴らすと同時、靄から闇色の鎖が這い出て、ジャックが掲げた酒瓶が弾ける。
攻撃の気配に身構える一同に対し――葡萄酒に塗れたジャックは、動かない。
「それは、この俺には安酒が過ぎる」
そうして差し出されたのは、黄金色の盃。その中には琥珀色の液体が、陽光を弾いて輝いているが――禍々しい負のマテリアルの気配は噎せ返るほどに濃密で。同じものを掲げたイヴは嘲笑した。
「余興の褒美だ。飲めよ、人間」
「おう」
手にあるのは絶死の魔杯。
「――ハ。上等じゃねぇか」
しかし、男はそんな言葉とともに一息に飲み干した。即座にジャックの全身に悪寒が走り、体の各所が震えだす。それでも、不敵な笑みは崩さない。その様を眺めたイヴはますます笑みを深めて、見下ろしている。
「ひ、とつ、きかせ、ろ、」
「許そう」
「アンタの下で、なら……ヒト、は、幸せ、に……なれる、かを、よ」
想起されたのは、メフィスト。高慢だが孤独故に滅びた歪虚。
あの歪虚は、確かに――幸せそうに見えたのだ。それ故のジャックの問いに、イヴは笑った。
「愚問だな。俺の為に生きるものは、誰もが至上の幸福を得ようとも。それが傲慢の王に仕えるということ」
く、と。盃を呷ったイヴは、
「"この世界をただ無に帰す墜神とは、比べるまでもない"」
と言い捨てた。
そして。
「最後に、褒美を下すぞ、人間」
――そしてその牙を、露わにした。
『その目で、見届けよ』
●
「――――ッ!!!」
我知らず、クローディオは駆け出していた。聖導士の目で見ずとも、ジャックは死の淵に立っていた。
しかし。
ああ、そうだ。この歪虚は"その死すら、奪った"のだ。震え、窮迫した呼吸の中でジャックは目を見開いている。その傍らを駆け抜け、イヴに殴りかかる。
「……くく、これはいい。心地良い憎悪だ。そうか、コイツはお前の友か」
「その、通りだ……っ」
介錯をする、という発想は終ぞ浮かばぬままに、喝破し、義腕を振るう。
「不遜だが」
くつくつと嗤うイヴの背後から、動きがあった。一つは金属質の大輪と、漆黒の大剣。いずれも紫褐色の光を放っている。同時、クローディオの背後から到達した壮絶な熱線を大輪が弾く。拮抗の傍らで、イヴはクローディオの拳を眺めると。
「――『跪け』」
同時に紡がれた、広域強制。それは、クローディオの向こうに立つハンター達を見据えてのものでもあった、が。
「が、ぁ……」
奇しくも、盃を手に這いつくばるジャックの傍らで、膝を折り、頭を垂れる。
「俺自ら、慈悲をくれてやろう」
瞬後。クローディオの視界がずれていく。
―・―
私は――お前を救おうと、思っていた。オーラン・クロス。
流れる視界の中。最初に思ったのは、そのことだった。
使命感ごと、私が、散り散りになっていく。
――ああ、怖い。恐ろしいよ。ジャック。
眼前、お前が、居なくなっていく。
そのことが、恐ろしい。
友、よ。
私は――そのことが……少し、だけ……
●
イヴは周囲を見渡した。少年が一人。そして、人形が一人、膝を折り俯いている。しかし、そうならなかったものが二人。
アルマと、匠。
「随分と、精強なようだが」
「……」
「わふふ! さすが強そうな歪虚です!!!」
匠は、動かない。見に徹するのは、オーランの要請を思ってのことだ。対して、アルマの興味は、大輪へと向かっていた。確実に命中したはずなのに、アルマの火力でも貫けない『盾』。それだけで、稀有な存在だといえた。
「あ、はじめましてですー。僕……『魔王の卵』って名乗っとくです!」
「ハ。俺の前で王とはな」
心底愉快げに、【傲慢】の王は笑った。同時、"攻撃を受けた"大輪から、紫色の線がアルマへと伸びていく。イヴからではなく、彼を護っていた『盾』からの【懲罰】と気付き、アルマはすかさず対応を図るが――。
「『動くな』」
言葉と、【強制】が、膝を折り防御姿勢を取りかけたアルマを縛る。
痩身のアルマの細い顎をイヴはつまみ上げ、アルマの目を覗き込んだ。
その"底"を見透かすように。
「――驕るなよ、人間風情が。如何に飾ろうとも、孤独を恐れる程度の虚飾では王器とは言えん」
そして、【懲罰】の光が、アルマの胸を貫いた。不動を命じられている青年は、身じろぎ一つすることもかなわないまま、彼自身が放った灼熱に身を灼かれ――。
―・―
……じわ、と。なにかが、這い寄って、くる。
あぁ、そっか。
僕、痛いのも死ぬのも、怖くないわけじゃなかった、んです。
いつも、参謀さんやお友達が一緒だから。
斃れても……『連れて行ってくれる』のがわかっていたから、大丈夫だっただけで。
わふ、見透かされた通り、です。
僕、は――孤独が、怖い。
●
「あい……、ぁ……」
そう言い残して絶息したアルマの死を、匠は確認する。
「貴様は来ないのか?」
「――俺のような雑兵を【強制】できない、ということに驚いていたところだ」
「ハ。吠える」
都合二度の"範囲"【強制】を受けた匠は、都度「知的黄金律」を使用していた。抵抗の感触は、やや奇異といえた。ともすれば、強制に対し自ら従いそうになっていた"ような、唾棄すべき感覚。抵抗できて初めて、そう知覚できる。
――相対した瞬間から、何かしらの異能が働いているのか……?
「歪虚王級が配下も連れずに何故この村を襲う?」
刀を腰だめに構えた匠に対して、傲慢王は笑う。
「ただの余興よ。"匂い"がしたからな。だが、此度は思わぬ拾い物だった」
ハンター達を見回しながら、盃を呷り。
「だが、貴様は別だな……その目、不快極まるぞ。よもやこの俺を図ろうとはな」
来る、と。匠が構えた瞬間のことだった。知的黄金率のマテリアルが、一瞬にして引き剥がされる。
「『死ね』」
瞬後、匠の意識は暗転した。急速に、どこかへとむかって収束していく。留めることも、抗うこともできない濁流の中、最後にこう思った。
――ま、だ……。
●
――生きることすら、辞めさせる、か。
匠に施された単体向けの【強制】。大樹自身が食らった【強制】すら難なく抵抗してみせた匠が、ああもたやすく手折られる。
(これが、傲慢の王……)
依然跪いたままの大樹は、動けない。けれど――言葉と頭は、動く。
「イヴ……【強制】での死では、僕ら自身が死を選んだわけじゃない。君の能力で命が絶たれても、僕の心を作り変えてはいない……だから、僕たちに敗北は付けられない」
「ほう……やはり、か」
さらなる【強制】を引き出そうとする大樹の言葉。しかし、イヴが興味を示したのは、ただ一点。
「俺の名を知る貴様らは、何者だ?」
「……っ」
己の失言を、大樹は悟った。
イヴは驕慢だが、愚鈍ではない。
「……未来からの干渉……否、観測か? あるいはこの俺自身すら模倣されているとでも……? 『答えろ』。貴様らは何を図って」
【強制】の気配に、大樹は即応する。このままでは――"オーラン"の存在が、露見する。
「……っ!」
己が言葉を紡ごうとする前に。
手にした魔剣で、己の胸を貫かんとする。
――意図した形とは違う終わり。けれども、依頼の完遂のためには必須だった。
どこかで、"生きろ"と、声がした……気がした。
直後、魔剣が自らの胸を貫く。激痛と苦しさに明滅する視界の中――何かが、過っていった。
―・―
生きろ。
お前は生きろ、と誰かが、叫んでいる。
僕は振り切った。今と、同じだ。
振り切って、走りきって――。
……そうだ、彼の名は……。
●
「……ふん」
不快気なイヴの足元に、二人。
元より息も絶え絶えなジャックは、もはや言葉を話せる状態ではなく。
残る、もうひとり。狼は。
「狂ったか」
そんなイヴに応じるように。
「死にたくない」
ぶつぶつと。
「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない母さんが、まだ迎えに来てないんだ」
呟いていた。
幼い精神が、絶死の気配を前に恐慌している。奇しくも、イヴが「この状況」に気づいたことが引き金だった。これがシミュレートだと気づいたイヴが、この慮外の存在を前に、死が安全だと思えなかった。
「母さんは俺を探してるはずなんだ死ねない死にたくない死ぬわけにはいかない」
ガチガチと歯を鳴らして。
「一緒に暮らせる様にお金だって貯めてるんだ死んだら、死ねない、そのお金も意味が無くなっちゃうだろ」
「……死兵だとしても、益々わからんな」
自制を無くし呟き続ける狼は、気づかない。仮に『正気に戻れ』と王が命じれば、再び地獄に引き戻されてしまう、などと。
しかし、王はそれをしなかった。王の手が、少年の額へと伸びていく。
「神を呪うその絶望は心地よいぞ、小僧。仮にこれが質の悪い再演に過ぎぬとしてもな」
最後に王は、『眠れ」と呟いた。
―・―
だから死にたくない
死にたくない
死にたくない…死にたくない…
母さん迎えに来てよ、助けに来てよ
……俺を、置いて行かないでよ……。
●
イヴが、村の中から薄汚れた少女を連れ去ったのを確認して――漸く、オーラン・クロスの足は動いた。自分でも意外なほどに、確固たる足取りで。
ジャックとクローディオは、笑っていた。
アルマは安らかに。大樹はなにかを見つけたような。
匠は不屈を滲ませ――狼は、母さんと呟き、眠っていた。
オーランは彼ら一人ひとりから、【強制】の痕跡調査を行っていく。
――ただ、ひとり。
「それでは、これで滞在させていただきたく」
「ああ……いや、ううむ……」
誠堂 匠(ka2876)が差し出した貨幣を懐に入れた村長は、一同を眺めて葛藤を滲ませた。
無理もない、と匠ですら思う。
チャリ……ぎぃ……と。異音を響かせるクローディオ・シャール(ka0030) 。当時には王国には無かったであろうママチャリ『ヴィクトリア』――は、まだ、いい。
「その傷で大丈夫か、ジャック」
「大丈夫だ! 問題ねぇ!」
無表情ながら気遣わしげなクローディオの声に重体のジャック・J・グリーヴ(ka1305)は威風堂々と答えた。なるほど、篤い友情の掛け合いだが――無論、問題は、あった。
「……あの格好、演者か、何かで……?」
視線の先。いい年こいた二人の男が。
股間をもりっとさせた全身タイツ姿であることだった……。
●
アルマ・A・エインズワース(ka4901)は「わふー、変態さんですー」と言って去り、村人たちと戯れにいく。若干警戒されている中に飛び込んでいく当たりもさすがだが、これからの『相談』の気配を感じてのことだった。
一同は特に引き止めるでもなく、オーラン・クロスを囲んで調整に入る。つまりは、オーランがどこに隠れたものか、というもの。
酒場を覗いてきた深守・H・大樹(ka7084)がふと、村の奥を振り返る。
「村の中……なら、あそこの酒場なら、それなりに身を隠しつつ、様子を伺えそうだったけれど」
「広域強制の例もある。個人的には、村の外のほうが安全じゃないかな。どうだろう」
そこに、静かな匠の言葉が、待ったをかけた。ハンター達は納得とともに、自然とオーランを見やる。どこか放心していた様子のオーランは若干慌てた様子で、こういったのだった。
「……あ、僕はそれでも大丈夫だよ。フィールドワークは、それなりに経験があるから」
●
「……皆、冷静だね」
「まぁ、仕事なんで」
時間まで、手持ち無沙汰となった時間。ぽつとこぼしたオーランに龍華 狼(ka4940)がぴしゃり、と応じた。普段依頼主に振りまく愛想を思えば、常ならざる狼の様子に――しかし、オーランは気づかない。彼にだって、余裕はなかった。
「辛気臭ェ顔してんじゃねぇよ、オーラン!」
「づっ!?」
どん、と背を叩かれてムセこむオーラン。叩いたジャックは大笑しつつ、言う。
「タダ働きなんざ死んでも御免だ。命を燃やすんなら、もともと未来の為だっての……だからよオーラン、もう一度言っちゃくれねぇか」
太陽のような男は、それと同じだけの熱量で、言う。
「『未来の為に、共に進んでくれ』ってよ」
「……君は、死ぬのが怖くないのか?」
愕然とするオーランは、畏怖するように青年を見つめる。ジャックは視線をそらさぬばかりか、当たり前だ、とばかりに頷いた。見れば、ジャックの傍らのクローディオも首肯している。
その眩さに、目がくらむ。
「わふわふ! 『本当に』死なないために、今一度死んでおく、ってことですから!」
「…………」
アルマの言葉に、オーランは絶句した。しかし、驚愕と同時に、納得もあった。プラトニスの無根拠な後押しはこのためかと。清冽な『強さ』の光は――オーランの濁りを、確かに軽くする。
「――共闘した王国騎士達が命を落とすのを見てきました」
オーランの傍らに立つ匠が、言う。それはまさにオーラン自身が抱える澱と同質のもので、驚きに目を見開く。
「彼らのおかげで、自分の生命があります……今度は、此方が返す番です」
似たものを抱えた彼が、オーランが見逃していた――否、見つめることができなかったものに、光を落とす。
「感謝します。機会を与えてくれた事を」
―・―
(……どうなんだ、それ)
少年は、そんな光景を見つめながら、胸中で呟いた。唐突に湧いた反駁を払うように、首を振る。
(……いや実際に死ぬ訳じゃねぇーし……ビビッてるわけじゃ……)
その葛藤に、応じるものはなかった。
●
予定通りに、災厄は訪れた。世界に罅が入り、暗紫の靄が湧き出る。殷々と音をひいて――傲慢王イヴが、その姿をあらわした。
「……ほう。大層な心がけだ。よもや歓待とはな」
少年――あるいは青年ともつかぬ白皙の美貌。その口の端は釣り上がり、舐め回すように一同を見やる。かつて相対した者たちとは違い、覚悟と知識を持って、この場にいる六名のハンター達は動かなかった。轢死しそうなほどのマテリアルの威圧感は、確かにある。
――しかし、死すら想定してこの場にいるハンター達は、毅い。傲慢王との相対に恐れを抱く由が無い。
チリーン、と。鈴が鳴る。ジャーコ、と。チェーンが回る。
「……」
クローディオの無言の圧。さすがのジャックも目を細め、天を仰いだ。
●
「……悪ぃが、時間をもらうぜ」
と、ジャックは『仲間たち』に告げたうえで、一歩前に征く。
「酒がある。アンタの分もだ」
「…………」
「話がしてェ」
「ほぅ」
ず、と。一同を眺め見たイヴは、改めてジャックを見た。
「随分と奇妙な趣向と思えば……匂いがするな。貴様、世界の守護者か」
「――関係ねェ。アンタのことが知りてぇ、それだけだ」
「ふん……」
イヴは空を眺め――しばしの後、「"気配"はない、か」と呟き、嗤った。
「奇異極まるが……なるほど。興が乗ったぞ、人間。そこの連中はどうやら違うらしいが、少しだけなら付き合ってやっても良い。だがな」
指を鳴らすと同時、靄から闇色の鎖が這い出て、ジャックが掲げた酒瓶が弾ける。
攻撃の気配に身構える一同に対し――葡萄酒に塗れたジャックは、動かない。
「それは、この俺には安酒が過ぎる」
そうして差し出されたのは、黄金色の盃。その中には琥珀色の液体が、陽光を弾いて輝いているが――禍々しい負のマテリアルの気配は噎せ返るほどに濃密で。同じものを掲げたイヴは嘲笑した。
「余興の褒美だ。飲めよ、人間」
「おう」
手にあるのは絶死の魔杯。
「――ハ。上等じゃねぇか」
しかし、男はそんな言葉とともに一息に飲み干した。即座にジャックの全身に悪寒が走り、体の各所が震えだす。それでも、不敵な笑みは崩さない。その様を眺めたイヴはますます笑みを深めて、見下ろしている。
「ひ、とつ、きかせ、ろ、」
「許そう」
「アンタの下で、なら……ヒト、は、幸せ、に……なれる、かを、よ」
想起されたのは、メフィスト。高慢だが孤独故に滅びた歪虚。
あの歪虚は、確かに――幸せそうに見えたのだ。それ故のジャックの問いに、イヴは笑った。
「愚問だな。俺の為に生きるものは、誰もが至上の幸福を得ようとも。それが傲慢の王に仕えるということ」
く、と。盃を呷ったイヴは、
「"この世界をただ無に帰す墜神とは、比べるまでもない"」
と言い捨てた。
そして。
「最後に、褒美を下すぞ、人間」
――そしてその牙を、露わにした。
『その目で、見届けよ』
●
「――――ッ!!!」
我知らず、クローディオは駆け出していた。聖導士の目で見ずとも、ジャックは死の淵に立っていた。
しかし。
ああ、そうだ。この歪虚は"その死すら、奪った"のだ。震え、窮迫した呼吸の中でジャックは目を見開いている。その傍らを駆け抜け、イヴに殴りかかる。
「……くく、これはいい。心地良い憎悪だ。そうか、コイツはお前の友か」
「その、通りだ……っ」
介錯をする、という発想は終ぞ浮かばぬままに、喝破し、義腕を振るう。
「不遜だが」
くつくつと嗤うイヴの背後から、動きがあった。一つは金属質の大輪と、漆黒の大剣。いずれも紫褐色の光を放っている。同時、クローディオの背後から到達した壮絶な熱線を大輪が弾く。拮抗の傍らで、イヴはクローディオの拳を眺めると。
「――『跪け』」
同時に紡がれた、広域強制。それは、クローディオの向こうに立つハンター達を見据えてのものでもあった、が。
「が、ぁ……」
奇しくも、盃を手に這いつくばるジャックの傍らで、膝を折り、頭を垂れる。
「俺自ら、慈悲をくれてやろう」
瞬後。クローディオの視界がずれていく。
―・―
私は――お前を救おうと、思っていた。オーラン・クロス。
流れる視界の中。最初に思ったのは、そのことだった。
使命感ごと、私が、散り散りになっていく。
――ああ、怖い。恐ろしいよ。ジャック。
眼前、お前が、居なくなっていく。
そのことが、恐ろしい。
友、よ。
私は――そのことが……少し、だけ……
●
イヴは周囲を見渡した。少年が一人。そして、人形が一人、膝を折り俯いている。しかし、そうならなかったものが二人。
アルマと、匠。
「随分と、精強なようだが」
「……」
「わふふ! さすが強そうな歪虚です!!!」
匠は、動かない。見に徹するのは、オーランの要請を思ってのことだ。対して、アルマの興味は、大輪へと向かっていた。確実に命中したはずなのに、アルマの火力でも貫けない『盾』。それだけで、稀有な存在だといえた。
「あ、はじめましてですー。僕……『魔王の卵』って名乗っとくです!」
「ハ。俺の前で王とはな」
心底愉快げに、【傲慢】の王は笑った。同時、"攻撃を受けた"大輪から、紫色の線がアルマへと伸びていく。イヴからではなく、彼を護っていた『盾』からの【懲罰】と気付き、アルマはすかさず対応を図るが――。
「『動くな』」
言葉と、【強制】が、膝を折り防御姿勢を取りかけたアルマを縛る。
痩身のアルマの細い顎をイヴはつまみ上げ、アルマの目を覗き込んだ。
その"底"を見透かすように。
「――驕るなよ、人間風情が。如何に飾ろうとも、孤独を恐れる程度の虚飾では王器とは言えん」
そして、【懲罰】の光が、アルマの胸を貫いた。不動を命じられている青年は、身じろぎ一つすることもかなわないまま、彼自身が放った灼熱に身を灼かれ――。
―・―
……じわ、と。なにかが、這い寄って、くる。
あぁ、そっか。
僕、痛いのも死ぬのも、怖くないわけじゃなかった、んです。
いつも、参謀さんやお友達が一緒だから。
斃れても……『連れて行ってくれる』のがわかっていたから、大丈夫だっただけで。
わふ、見透かされた通り、です。
僕、は――孤独が、怖い。
●
「あい……、ぁ……」
そう言い残して絶息したアルマの死を、匠は確認する。
「貴様は来ないのか?」
「――俺のような雑兵を【強制】できない、ということに驚いていたところだ」
「ハ。吠える」
都合二度の"範囲"【強制】を受けた匠は、都度「知的黄金律」を使用していた。抵抗の感触は、やや奇異といえた。ともすれば、強制に対し自ら従いそうになっていた"ような、唾棄すべき感覚。抵抗できて初めて、そう知覚できる。
――相対した瞬間から、何かしらの異能が働いているのか……?
「歪虚王級が配下も連れずに何故この村を襲う?」
刀を腰だめに構えた匠に対して、傲慢王は笑う。
「ただの余興よ。"匂い"がしたからな。だが、此度は思わぬ拾い物だった」
ハンター達を見回しながら、盃を呷り。
「だが、貴様は別だな……その目、不快極まるぞ。よもやこの俺を図ろうとはな」
来る、と。匠が構えた瞬間のことだった。知的黄金率のマテリアルが、一瞬にして引き剥がされる。
「『死ね』」
瞬後、匠の意識は暗転した。急速に、どこかへとむかって収束していく。留めることも、抗うこともできない濁流の中、最後にこう思った。
――ま、だ……。
●
――生きることすら、辞めさせる、か。
匠に施された単体向けの【強制】。大樹自身が食らった【強制】すら難なく抵抗してみせた匠が、ああもたやすく手折られる。
(これが、傲慢の王……)
依然跪いたままの大樹は、動けない。けれど――言葉と頭は、動く。
「イヴ……【強制】での死では、僕ら自身が死を選んだわけじゃない。君の能力で命が絶たれても、僕の心を作り変えてはいない……だから、僕たちに敗北は付けられない」
「ほう……やはり、か」
さらなる【強制】を引き出そうとする大樹の言葉。しかし、イヴが興味を示したのは、ただ一点。
「俺の名を知る貴様らは、何者だ?」
「……っ」
己の失言を、大樹は悟った。
イヴは驕慢だが、愚鈍ではない。
「……未来からの干渉……否、観測か? あるいはこの俺自身すら模倣されているとでも……? 『答えろ』。貴様らは何を図って」
【強制】の気配に、大樹は即応する。このままでは――"オーラン"の存在が、露見する。
「……っ!」
己が言葉を紡ごうとする前に。
手にした魔剣で、己の胸を貫かんとする。
――意図した形とは違う終わり。けれども、依頼の完遂のためには必須だった。
どこかで、"生きろ"と、声がした……気がした。
直後、魔剣が自らの胸を貫く。激痛と苦しさに明滅する視界の中――何かが、過っていった。
―・―
生きろ。
お前は生きろ、と誰かが、叫んでいる。
僕は振り切った。今と、同じだ。
振り切って、走りきって――。
……そうだ、彼の名は……。
●
「……ふん」
不快気なイヴの足元に、二人。
元より息も絶え絶えなジャックは、もはや言葉を話せる状態ではなく。
残る、もうひとり。狼は。
「狂ったか」
そんなイヴに応じるように。
「死にたくない」
ぶつぶつと。
「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない母さんが、まだ迎えに来てないんだ」
呟いていた。
幼い精神が、絶死の気配を前に恐慌している。奇しくも、イヴが「この状況」に気づいたことが引き金だった。これがシミュレートだと気づいたイヴが、この慮外の存在を前に、死が安全だと思えなかった。
「母さんは俺を探してるはずなんだ死ねない死にたくない死ぬわけにはいかない」
ガチガチと歯を鳴らして。
「一緒に暮らせる様にお金だって貯めてるんだ死んだら、死ねない、そのお金も意味が無くなっちゃうだろ」
「……死兵だとしても、益々わからんな」
自制を無くし呟き続ける狼は、気づかない。仮に『正気に戻れ』と王が命じれば、再び地獄に引き戻されてしまう、などと。
しかし、王はそれをしなかった。王の手が、少年の額へと伸びていく。
「神を呪うその絶望は心地よいぞ、小僧。仮にこれが質の悪い再演に過ぎぬとしてもな」
最後に王は、『眠れ」と呟いた。
―・―
だから死にたくない
死にたくない
死にたくない…死にたくない…
母さん迎えに来てよ、助けに来てよ
……俺を、置いて行かないでよ……。
●
イヴが、村の中から薄汚れた少女を連れ去ったのを確認して――漸く、オーラン・クロスの足は動いた。自分でも意外なほどに、確固たる足取りで。
ジャックとクローディオは、笑っていた。
アルマは安らかに。大樹はなにかを見つけたような。
匠は不屈を滲ませ――狼は、母さんと呟き、眠っていた。
オーランは彼ら一人ひとりから、【強制】の痕跡調査を行っていく。
――ただ、ひとり。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/02/04 00:02:31 |
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相談卓 誠堂 匠(ka2876) 人間(リアルブルー)|25才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2019/02/06 23:02:18 |