ゲスト
(ka0000)
【陶曲】リマインダー・ガール
マスター:三田村 薫

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/02/09 15:00
- 完成日
- 2019/02/15 00:19
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●前回までのあらすじ
リアルブルーから転移してきたハンクは、友人との人間関係に悩み始めたところを、嫉妬歪虚アウグスタにつけ込まれる。それによって不安をこじらせた彼は、友人たちからの隔離と荒療治として魔術師のヴィルジーリオ司祭の聖堂に住み込むことになった。
一方エドとジョンは、ハンクのためにも、自分たちのためにも、アウグスタをどうにかしないといけないと決心して、顔見知りの聖導士アルトゥーロの元を訪れた。彼はどうやらアウグスタに見覚えがあるらしく……。
●束の間の休息、割れる
「そうでしたか……離ればなれになるのは寂しいですが、ヴィルジーリオの所なら大丈夫でしょう。彼、容赦もありませんが愉快な人でもありますから」
エドとジョンから話を聞いて、アルトゥーロは微笑んで頷いた。現在ダイニングに通されてお茶とお菓子を食べている。
「愉快……なのか? 全然表情動かないけど」
「喋るとわかりますよ。言葉のはしばしが表情豊かですから」
「へー」
「ところで、話は変わるんですが、司祭さん」
ジョンが切り出した。
「アウグスタのことは思い出せましたか?」
「ああ……」
アルトゥーロは、その名前を聞くと、ふっと寂しそうな顔になった。どうやら思い出せていないらしい。
「全く。過去、司祭として関わった子どものことではないか、と言われて色々と記録を漁ったんですけど出てこなくて。駄目ですね。覚えていてあげられないなんて」
「人間忘れる生き物だからさ」
エドが首を横に振る。
「俺だってもう高校のクラスメイトで思い出せない奴何人もいるよ」
「お前は友達がいないからだろ」
「なんだって?」
「まあまあ。友達と言うのは、多ければ良いと言うものでもない。密着していれば良いと言うものでもない。適した距離感で付き合うのが、どんな相手でも肝要ですよ。四六時中一緒にいれば親友と言うものでもない」
その時だった。礼拝堂の方から物が倒れるような大きな音がする。
「なんだろう。演壇が倒れたのかな。ちょっと見てくるね」
「はーい」
二人はそのまま雑談をして、司祭が何でもなかったよ、と戻ってくるのを待っていた。
だが、聖堂からこちらに来たのは本人ではなくて悲鳴だった。二人は武器を持って、脱兎の如く部屋を飛び出す。まっすぐに聖堂に向かった。
演壇の傍で、仰向けになって倒れているアルトゥーロがすぐに見えた。駆け寄ると、口の周りが汚れている。何かを飲まされたようだった。
「司祭さん! しっかりしてください! 一体何が……」
アルトゥーロは意識を失っているようだが、どうも苦痛を感じているようで、表情が険しい。天井から、金属の音がした。この音には聞き覚えがある。二人は天井を見上げて……。
ブリキの蜘蛛がそこにいた。うじゃうじゃと、優に二十は越えるだろうか。その中に少し大きめ、中型犬くらいの蜘蛛が一匹。背中に王冠のような模様がある。
●孤立無援
「オーガスタ!」
エドは怒鳴った。この蜘蛛は、まさしく今彼らが頭を悩ませているアウグスタのものだ。彼女も近くにいるに違いない。
「あら、覚えていてくれたの、エドワード」
外に繋がる開いたドアのところに、彼女は立っていた。足下には小型蜘蛛がいる。
「彼に何をしたんだ」
ジョンも努めて冷静に尋ねるが、声からは隠しきれない動揺と怒りがにじみ出ている。
「私もよくわからない」
「何でだよ」
「拾ってきただけだから」
「は?」
アウグスタはニコニコしたまましゃべり続ける。
「何かね、その蜘蛛が何かを飲ませると、飲まされた相手は時間が経つと死んじゃうんだって。そう聞いたわ。だから一匹拝借してきたの」
「は、拝借……?」
「毒か?」
「知らなーい」
ジョンはキュアを試みた。しかし、アルトゥーロの不調が癒えた様子はない。
「すごく強い毒か、毒じゃないかだ」
「どっちだ」
「僕にわかるわけないだろ! あの王冠の蜘蛛がそうだな?」
「うん」
「ふざけんなよ!」
エドが立ち上がると、アウグスタは目を細めて見下すように頭をそらす。
「良いのかしら、私に無駄撃ちして」
「どう言う意味だよ」
「ふふ」
アウグスタの後ろから、次々と蜘蛛が入り込んできた。小型犬くらいの大きさの蜘蛛が、後から後からぞろぞろと。外でも悲鳴が上がっている。
「人に見られているから、きっと他の覚醒者が来るのも時間の問題ね。良かったわね。きっと助けが来るわ」
どこか含みのあるものの言い方だ。
「あなたたちだけであの蜘蛛を仕留められるかしら? その間にも、他の蜘蛛がその司祭様を襲いに行くと思うけど」
「やっぱり君はお利口さんだな」
ジョンが歪んだ笑みを浮かべる。
「あの蜘蛛を倒せば彼は助かるんだな」
アウグスタは目をぱちぱちと瞬かせると、しまったとばかりに顔をしかめた。
「もう! 口が滑った! でも、どちらにせよあなたたち二人では無理よ。他の蜘蛛からその人を守らないといけない。そうよね?」
悔しいが彼女の言うとおりだ。自分たちが蜘蛛殺しに専念しては、アルトゥーロが他の蜘蛛に襲われてしまう。吐かせるのも一つの手だが、意識がない状態で吐いては詰まらせる。どのみち、吐かせている間に襲われる。
「痛っ……」
エドは足に鋭い痛みを感じた。見れば、既に蜘蛛がこちらまで到達し始めている。
「じゃあね、間に合うと良いわね。さよなら」
アウグスタはにっこりと笑うと、聖堂のドアを閉めた。外からかんぬきを掛ける音がする。
「くそ!」
噛まれた足は熱を持ち始めている。毒か。ひとまずアルトゥーロを演壇の上に上げなくてはならない。二人で司祭を演壇に乗せた。しかし、この程度の高さに上げても焼け石に水だ。
「か、壁歩きで行けるかな」
エドが王冠の蜘蛛を見上げて呟く。ジョンが首を振った。
「たかられて終わりだぞ。悲鳴がした。助けが来る。それまで守り切るしかない」
●ハンターオフィスにて
「アルトゥーロも災難だね。前にも虫の歪虚に聖堂を襲われなかったかな?」
中年職員はがりがりと頭をかいた。
「いや、悠長なことは言ってられない。通報した人の話によると、聖堂からは訪れていた客人の怒鳴り声しか聞こえず、アルトゥーロの声は全く聞こえなかったそうだ。聞き取れた内容からも、アルトゥーロが危ないことは間違いない。救出を急いでくれ」
●幽霊でも見たような顔
アウグスタは町から離れながら、先ほど襲った司祭のことを思い出した。
「そういえば、あの人、どうして私を見て『幽霊でも見たような』顔をしたのかしら?」
はて、と首を傾げる。アウグスタと目が合った彼は、とんでもないことを忘れていたことに気付いたような顔をしていたのだ。
「まあ、いっか。今から戻って聞くわけにもいかないし。どうせ死んじゃうものね」
良い天気だった。大蜘蛛に乗って走ると、風が心地良い。少し寒いけど。
アウグスタはその天気に機嫌を良くすると、アルトゥーロのことは忘れてしまった。
リアルブルーから転移してきたハンクは、友人との人間関係に悩み始めたところを、嫉妬歪虚アウグスタにつけ込まれる。それによって不安をこじらせた彼は、友人たちからの隔離と荒療治として魔術師のヴィルジーリオ司祭の聖堂に住み込むことになった。
一方エドとジョンは、ハンクのためにも、自分たちのためにも、アウグスタをどうにかしないといけないと決心して、顔見知りの聖導士アルトゥーロの元を訪れた。彼はどうやらアウグスタに見覚えがあるらしく……。
●束の間の休息、割れる
「そうでしたか……離ればなれになるのは寂しいですが、ヴィルジーリオの所なら大丈夫でしょう。彼、容赦もありませんが愉快な人でもありますから」
エドとジョンから話を聞いて、アルトゥーロは微笑んで頷いた。現在ダイニングに通されてお茶とお菓子を食べている。
「愉快……なのか? 全然表情動かないけど」
「喋るとわかりますよ。言葉のはしばしが表情豊かですから」
「へー」
「ところで、話は変わるんですが、司祭さん」
ジョンが切り出した。
「アウグスタのことは思い出せましたか?」
「ああ……」
アルトゥーロは、その名前を聞くと、ふっと寂しそうな顔になった。どうやら思い出せていないらしい。
「全く。過去、司祭として関わった子どものことではないか、と言われて色々と記録を漁ったんですけど出てこなくて。駄目ですね。覚えていてあげられないなんて」
「人間忘れる生き物だからさ」
エドが首を横に振る。
「俺だってもう高校のクラスメイトで思い出せない奴何人もいるよ」
「お前は友達がいないからだろ」
「なんだって?」
「まあまあ。友達と言うのは、多ければ良いと言うものでもない。密着していれば良いと言うものでもない。適した距離感で付き合うのが、どんな相手でも肝要ですよ。四六時中一緒にいれば親友と言うものでもない」
その時だった。礼拝堂の方から物が倒れるような大きな音がする。
「なんだろう。演壇が倒れたのかな。ちょっと見てくるね」
「はーい」
二人はそのまま雑談をして、司祭が何でもなかったよ、と戻ってくるのを待っていた。
だが、聖堂からこちらに来たのは本人ではなくて悲鳴だった。二人は武器を持って、脱兎の如く部屋を飛び出す。まっすぐに聖堂に向かった。
演壇の傍で、仰向けになって倒れているアルトゥーロがすぐに見えた。駆け寄ると、口の周りが汚れている。何かを飲まされたようだった。
「司祭さん! しっかりしてください! 一体何が……」
アルトゥーロは意識を失っているようだが、どうも苦痛を感じているようで、表情が険しい。天井から、金属の音がした。この音には聞き覚えがある。二人は天井を見上げて……。
ブリキの蜘蛛がそこにいた。うじゃうじゃと、優に二十は越えるだろうか。その中に少し大きめ、中型犬くらいの蜘蛛が一匹。背中に王冠のような模様がある。
●孤立無援
「オーガスタ!」
エドは怒鳴った。この蜘蛛は、まさしく今彼らが頭を悩ませているアウグスタのものだ。彼女も近くにいるに違いない。
「あら、覚えていてくれたの、エドワード」
外に繋がる開いたドアのところに、彼女は立っていた。足下には小型蜘蛛がいる。
「彼に何をしたんだ」
ジョンも努めて冷静に尋ねるが、声からは隠しきれない動揺と怒りがにじみ出ている。
「私もよくわからない」
「何でだよ」
「拾ってきただけだから」
「は?」
アウグスタはニコニコしたまましゃべり続ける。
「何かね、その蜘蛛が何かを飲ませると、飲まされた相手は時間が経つと死んじゃうんだって。そう聞いたわ。だから一匹拝借してきたの」
「は、拝借……?」
「毒か?」
「知らなーい」
ジョンはキュアを試みた。しかし、アルトゥーロの不調が癒えた様子はない。
「すごく強い毒か、毒じゃないかだ」
「どっちだ」
「僕にわかるわけないだろ! あの王冠の蜘蛛がそうだな?」
「うん」
「ふざけんなよ!」
エドが立ち上がると、アウグスタは目を細めて見下すように頭をそらす。
「良いのかしら、私に無駄撃ちして」
「どう言う意味だよ」
「ふふ」
アウグスタの後ろから、次々と蜘蛛が入り込んできた。小型犬くらいの大きさの蜘蛛が、後から後からぞろぞろと。外でも悲鳴が上がっている。
「人に見られているから、きっと他の覚醒者が来るのも時間の問題ね。良かったわね。きっと助けが来るわ」
どこか含みのあるものの言い方だ。
「あなたたちだけであの蜘蛛を仕留められるかしら? その間にも、他の蜘蛛がその司祭様を襲いに行くと思うけど」
「やっぱり君はお利口さんだな」
ジョンが歪んだ笑みを浮かべる。
「あの蜘蛛を倒せば彼は助かるんだな」
アウグスタは目をぱちぱちと瞬かせると、しまったとばかりに顔をしかめた。
「もう! 口が滑った! でも、どちらにせよあなたたち二人では無理よ。他の蜘蛛からその人を守らないといけない。そうよね?」
悔しいが彼女の言うとおりだ。自分たちが蜘蛛殺しに専念しては、アルトゥーロが他の蜘蛛に襲われてしまう。吐かせるのも一つの手だが、意識がない状態で吐いては詰まらせる。どのみち、吐かせている間に襲われる。
「痛っ……」
エドは足に鋭い痛みを感じた。見れば、既に蜘蛛がこちらまで到達し始めている。
「じゃあね、間に合うと良いわね。さよなら」
アウグスタはにっこりと笑うと、聖堂のドアを閉めた。外からかんぬきを掛ける音がする。
「くそ!」
噛まれた足は熱を持ち始めている。毒か。ひとまずアルトゥーロを演壇の上に上げなくてはならない。二人で司祭を演壇に乗せた。しかし、この程度の高さに上げても焼け石に水だ。
「か、壁歩きで行けるかな」
エドが王冠の蜘蛛を見上げて呟く。ジョンが首を振った。
「たかられて終わりだぞ。悲鳴がした。助けが来る。それまで守り切るしかない」
●ハンターオフィスにて
「アルトゥーロも災難だね。前にも虫の歪虚に聖堂を襲われなかったかな?」
中年職員はがりがりと頭をかいた。
「いや、悠長なことは言ってられない。通報した人の話によると、聖堂からは訪れていた客人の怒鳴り声しか聞こえず、アルトゥーロの声は全く聞こえなかったそうだ。聞き取れた内容からも、アルトゥーロが危ないことは間違いない。救出を急いでくれ」
●幽霊でも見たような顔
アウグスタは町から離れながら、先ほど襲った司祭のことを思い出した。
「そういえば、あの人、どうして私を見て『幽霊でも見たような』顔をしたのかしら?」
はて、と首を傾げる。アウグスタと目が合った彼は、とんでもないことを忘れていたことに気付いたような顔をしていたのだ。
「まあ、いっか。今から戻って聞くわけにもいかないし。どうせ死んじゃうものね」
良い天気だった。大蜘蛛に乗って走ると、風が心地良い。少し寒いけど。
アウグスタはその天気に機嫌を良くすると、アルトゥーロのことは忘れてしまった。
リプレイ本文
●時間の問題
「おじいさま!」
アウグスタは、嫉妬王・ラルヴァの姿を見付けるとその腰に飛びついた。老人はその小さな頭を見下ろすと、微笑み掛ける。
「やあ、アウグスタ。私が教えた蜘蛛はどうだったかね?」
「すごかった! ほんとに倒れちゃった! あとは死ぬのも時間の問題よ。すごく便利だったわ。ありがとう」
少女は無邪気に笑う。その相手が自分を見て変えた表情なんて忘れて。
●死者の掟
時音 ざくろ(ka1250)が聖堂の外から掛かった閂を外そうと手を伸ばしたのを遮ったのは、ゾファル・G・初火(ka4407)だった。
「蹴破っちゃえばいいじゃーん」
彼女はそう言うと、きょとんとしたざくろの目の前で扉に蹴りを放った。吹き飛んだ扉と閂に押しつぶされて、数体の蜘蛛が消滅する。
「きめー、こいつらきめー」
本気でそう思っているわけではないだろう。自らの闘志を煽るようでもある。ハンターたちが聖堂に突入すると、演壇の付近で声が上がった。
「皆死ぬんだ!!!!」
「死なないって言ってるだろ!!!!」
アルマ・A・エインズワース(ka4901)はその声に聞き覚えがあった。二度ほど助けたことがある、リアルブルーからの少年たちだ。確か、名前はエドとジョン。
「その通り、皆さんは死なないです! 状況のご説明ください!」
そして、自分を頼っていることを知っている。アルマは両腕を広げて、靴音高く聖堂の床を踏む。その体を、黒い幻影が覆っていく。
「アルマさん……!」
ジョンが心から安心した顔になる。それからすぐに、壁の一箇所を指さした。
「あの蜘蛛! あの蜘蛛倒してください! よくわかんないけど、あれをどうにかすれば司祭さんが助かるらしいんで!」
ハンターたちは壁に目をこらす。ざくろが人差し指を壁の一箇所に向けた。
「居たっ、あの高い所に他の奴より大きくて模様付いた蜘蛛が」
「つまりアレをじゅっとすればいいですね! シオン!」
アルマが呼びかけた。白い狩衣、赤い宝玉のサークレット、そして白い天秤を持った青年。その姿は、さながら東洋の術士。仙堂 紫苑(ka5953)は相棒の声に応じると、持っていた天秤……星神器・アヌビスを掲げた。見る見るうちにその色が変わっていく。
「見せてみろアヌビス……生者を妬む死者の呪い、冥府が貴方を呼んでいる。嗚呼、何故貴方はまだ生きている……?」
ゆらり、と吊られた皿が揺れている。
「『死者の掟』」
聖堂が静かになった、ように感じた。と言うのも、「死者の掟」は相手の身動きを止める封印術。直径十四メートルの範囲に作用した結果、そこにいる蜘蛛たちの動きが止まって金属音が止んだからだ。それ以外の蜘蛛は動いているが、かなり音が小さくなったのは間違いない。
ゾファルは背負っていたフライングスレッドで、ざくろはジェットブーツからのアルケミックフライトで飛び上がった。
「頼んだアルマ、俺は向こうのカバーに向かう」
「はーいっ!」
アルマは嬉々として返事をすると、剣を抜いた。この前も剣だっけ? エドはその様子をじっと眺めた。そして、確か三本出ても一体一発だと聞いている紺碧の流星が、刀身から展開されて三本全て冠の蜘蛛に飛んでいくのを見て目を剥いた。
「食らえ!」
レイア・アローネ(ka4082)も、ソウルエッジを施したカオスウィースと、彼女のマテリアルに応じた色に染まる星神器・天羽羽斬を振るった。蜘蛛を二体潰したところで、更に一直線にオーラの斬撃が延びる。冠蜘蛛までの道が、かなり開かれた。
「あと、任せたぞ!」
彼女は仲間たちに声を掛けると、紫苑を追って演壇の方に向かおうとした。
●毒ではないなにか
紫苑が下駄を鳴らして演壇に駆けつけると、既にディーナ・フェルミ(ka5843)が到着していた。彼女はレイバシアーを両手で掲げて、法術・ゴッドブレスを三人にかけている。
「三人とも毒を抜くの!」
エドとジョンの噛み傷の腫れはそれで引いた。傷の具合で、毒であることはすぐにわかった。しかし、アルトゥーロの意識が戻らない。
「効いてない? まだ何か掛かってるの!?」
「ものすごく強い毒か、毒じゃないかです」
ジョンが言う。紫苑が首を横に振った。歯車が回る青い瞳は、アルトゥーロの様子をじっと観察している。
「毒ならゴッドブレスで解除できる筈だ。毒じゃない」
「オーガスタは何かを飲ませたと言ってました」
「飲ませるもので毒じゃないものか」
紫苑が呟く。考えようにも、後から後から蜘蛛がたかってくる。さっき動きを止めた、冠蜘蛛の周辺以外は、彼らを狙ってきているようだ。紫苑は飛びかかってくる蜘蛛を、ディスターブで弾き飛ばした。障壁が一瞬だけ浮かび上がる。ディーナには蜘蛛の糸が絡みついた、が。
「そんなもの効かないのー!」
首に絡んだ糸を、彼女は一喝の元に引きちぎった。
「前みたいな状況だな、殲滅する」
クリスマスの事件。あの時も彼は屋内籠城組だった。アヌビスは依然、持ち主の色に染まって皿を揺らしている。
●壁面の戦い
ゾファルはスレッドに乗って天井付近に飛んでいった。冠蜘蛛はアルマとざくろが引き受けてくれる。司祭たちは紫苑、レイア、ディーナが守ってくれる。それなら、自分は天井を掃除するとしよう。
「ヒャッハー、お前ら皆殺しじゃーん」
バトルジャンキーの名に恥じないことを言いながら、彼女は剣の役割も果たすナックル・ドラセナの刃を振るった。縦横無尽に動き、蜘蛛を叩き落としていく。空中分解する蜘蛛、天井に足が引っかかったままぶら下がって消える蜘蛛、床の上で割れる蜘蛛。
赤を基調とした花騎士の装備を纏った彼女は、赤い暴風のように天井付近を暴れる。巻き付く糸もなんのその。彼女の動きについて行かれずに、切れていく。
飛んでいられる時間には限りがある。それまでに、どうにか天井の蜘蛛を片付けたい。
「くっ!」
レイアは、後から後から自分に飛びついてくる蜘蛛を、カオスウィースの刀身で防いだ。カオスセラミックとブリキがぶつかり合う高い音がする。
「レイア! 大丈夫!?」
上からざくろの声がした。レイアは天井を仰ぐ。
「大丈夫だ! それよりその蜘蛛を頼む!」
「任せて! 行くよ! 超機動パワーオン、弾け跳べっ!」
こちらもレイアと同じくカオスセラミックの赤い剣だ。その刀身が、マテリアルを受けて膨れ上がる。彼は息を吸い込むと、それを振りかぶった。
「……超・重・斬、縦一文字斬り!」
蜘蛛の胴部に、的確に命中する。腹が潰れた様だが、倒すには至らない。それでもかなりのダメージが見て取れる。
「わうーっ! もうちょっとですーっ!」
アルマがはしゃいでいる。彼が、自分に飛びかかってきた蜘蛛をひらりとかわすと、マテリアルに輝く梅の刺繍が幻想的に翻った。
●救命成功
「わうーっ! もうちょっとですーっ!」
アルマの声に、紫苑は振り返った。ざくろが叩いたのだろう。冠蜘蛛の腹部がつぶれかかっているのを見て、頷く。それから、まだ意識のない司祭を見た。
「もう少しだ。頑張って」
「まだ何か掛かってるの……もう一度ゴッドブレスかけるの!」
ディーナは再びレイバシアーを掲げて祈りを捧げた。
「邪魔だ!」
レイアが、中央付近で目の前の蜘蛛を薙ぎ払っている。紫苑は彼女と相棒に声を掛けた。
「レイアさん、アルマ、そのまま動かないで!」
彼は、レイアとアルマの間を縫うようにしてアイシクルコフィンを発動した。蜘蛛たちが、下から突き出した氷の柱に貫かれ、弾き飛ばされ、消えていく。氷の砕ける音、ブリキが折れる音が響き渡った。
「シオンー! 今のすごかったですよー! 僕も頑張るです!」
「良いぞ、派手にやっちまえ」
相棒の声に応えて、アルマは再びドリーフックを蜘蛛に向けた。澄んだ蒼さを帯びる光線が、再び冠蜘蛛に射出される。
「落ちた!」
ざくろが叫んだ。落下した蜘蛛を、彼は追い掛けるように降りていくが、蜘蛛は長椅子で一度跳ねると、そのまま塵になって消えた。
「うっ……」
アルトゥーロが呻いた。咳き込んでいる。
「アーサー! しっかりしろ! 大丈夫か!」
その胸にエドがしがみつく。まだ意識は戻らないが、その表情には苦痛の色は既にない。
「た、助かったみたいだな……」
ジョンががっくりと膝をついた。ディーナが慌てて駆け寄る。
「司祭は大丈夫だ! 残りの殲滅を!」
紫苑が声を張り上げた。
●オカタヅケ
来るものから叩いて構わないならハンターたちに負ける理由はない。ゾファルとざくろは飛行時間終了に備えて、順次地上に降りた。レイアが演壇に辿り着くと、今度は紫苑が前に出る。アルマと視線を交わし、二人はそこら中を炎の破壊エネルギーで焼き払う。
「シオンー! せーのでいくです!」
「ああ! せーの!」
そこから漏れた雑魔たちは、ざくろの拡散ヒートレイ、ゾファルの二刀流からのスターブラストプラチナムによって端から倒されていく。
「一匹だって逃しはしない……全て燃えろ!」
「そっちには行かせないじゃーん」
ディーナはアルトゥーロにリザレクションを試みた。
「しっかりするのー!」
レイアは、元々こちら側にいた蜘蛛たちの相手を引き受けた。ファイアスローワーでは味方に被害が出る。
「あっちに行け!」
ディーナは、これだけのハンターが全力で蜘蛛を潰しに掛かったら、建物が倒壊するのではないか。そう思っていたようだが、幸いにも長椅子全部と床、壁の一部が損傷しただけで終わった。とは言え丸ごと改修が必要だろう。
「わふっ。よく頑張りました! もう大丈夫ですーっ」
そう言ってアルマがエドとジョンの方を振り返ると、その腹めがけてエドが飛びついた。
「わうっ!?」
「こ、怖かった……」
エドは泣いている。
「俺も、ジョンも、皆死ぬと思った……死にたくなかった……」
「よしよし」
「助けてくれてありがとう……」
「どーいたしましてですっ」
アルマの耳はぱたぱたと動いたが、やがてスッと水平になる。
「それにしても…こうやってヒトを手に掛けようとするのを見ちゃったからには、あの子はオカタヅケしなきゃですねー? ……うふふ」
激怒すると、却って笑顔になる人はいるものだが、どうやらアルマもその一人らしい。彼の腹に甘えて泣いているエドは、幸いにもその顔を見なくて済んだが、ばっちり見てしまったジョンは心の中でアウグスタに対して十字を切るのであった。安らかに眠れ。なんならこの怒りを受信して今すぐでも良い。
「あ、そうだ。ご紹介です! シオンですー。こないだちょっと喋った、僕の相棒さんですっ」
「え?」
その言葉に、エドが顔を上げて紫苑を見る。
「よろしく。仙堂紫苑です」
「エドワード・ダックワースです……」
「ジョン・パタースンです」
そういえば、この前アウグスタに友人関係の悩みはないのかと問い詰められた時に、アルマは「ない」と断言していた。あの息の合い方を見ると、確かに嫉妬する必要はないのだろう。
「アウグスタのお片付けもそうだけど、まずはこの聖堂のお片付けもしなきゃなの……壊れた長椅子の先が尖ってて危ないの……」
●石割の娘
やがて、アルトゥーロが目を覚ました。彼は、ハンターたちの顔を見るや、良くなった顔色を再び青くして跳ね起き、叫ぶ。
「石割の娘アウグスタ! 思い出した! 行方不明だった! やっぱり死んでたんだ!」
レイアとディーナが顔を見合わせる。
「アルトゥーロ、彼女のことを知っているなら、教えて欲しい」
レイアが重い口調で告げた。
「憎み切れないところもある敵だが……それでも倒さなければなるまい……犠牲を出さない為にも……」
「に、二十年前に僕の村が歪虚に襲われた時、行方不明になった一人です……僕はそこまで親しかった訳じゃなくて。ただ賢くて社交的なお姉さんだったのは……少し……」
彼は自分の手を見る。
「僕はこんなに大きくなってしまったのに、彼女はあの時のままなんですね……」
「アルトゥーロ……」
「昔のご近所殺しに来たのかよ……」
エドが引きつった顔で言う。
「覚えてないんだと思います。多分、僕に目を付けたのはこの前蛇を倒した時だと思うし。一度死んでいるし……記憶もどの程度あるのか……でも」
アルトゥーロは首を横に振る。
「でも、歪虚になっているのなら、僕はエクラ教徒として、同郷の者として、彼女が安らかな眠りにつけるようにしなくてはいけません。歪虚になったのは、彼女が望んだことなのか、そうでないのか。どの道、人間としての生を終えた存在を、歪虚のものにされることを僕は許せません」
「ああ、そうだな」
レイアも頷いた。
「恐らくだが、一部はお前も知っている少女アウグスタなんだろう」
憎みきれないとレイアは言った。アウグスタにはそれくらいの個性がある。きっとそれは生前のものを引き継いでいる。
「だが」
山の中で、郷祭で垣間見せた残虐性。教師に蜘蛛をけしかけて追い立てたり、郷祭で相対したハンターに、頭をちぎってボールにしてやると言ったり。あの嗜虐的な瞳の光は歪虚のそれなのだ。
「だが、歪虚だからな……」
「はい……彼も言いましたが」
アルマを見る。
「僕に限らず、人を手に掛けるなら、放ってはおけません。それは生前の彼女の名誉を損なうことにもなります。ちょっとずつ思い出してきました。遅くまで遊んでいると、母親がアウグスタを迎えに行くんです。お夕飯ですよって。それを待って、わざと遅くまで外にいたんじゃないでしょうか……」
「そんな人が……」
ジョンの顔が蒼白になっている。
「そんな人が、歪虚になるんですか」
母親に甘えて、迎えに来てもらえるようにわざと待っているような女の子が。
「そんな人が……歪虚になると人を殺すんですか……」
ハロウィンでは彼女の蜘蛛に刺されたらしい男の記録が残っている。
「そんな人が……歪虚になると誰かの心の隙間につけ込んだりするんですか……!?」
彼の友人は、今アウグスタにつけ込まれて苦しんでいる。
「ジョン……」
ざくろがその背中を撫でた。ジョンは口を手で覆う。
「ご、ごめんなさい……その、歪虚って、僕たちから遠いものだと思っていたから……」
リアルブルーに出ていたものは、明らかに人間でない見た目のものばかりだった。リアルブルーとクリムゾンウェストのギャップの一つに、そう言うものもある。
やがて、外が騒がしくなった。聖堂が静かになったのを、事態の収束と見た町の人間が集まってきたのだ。
「ひとまず、町の人たちに司祭が無事だって言うことは伝えるの。後のことはそれから考えるの」
「ええ、そうですね……今日は助けて頂いてありがとうございました」
アルトゥーロは青い顔のまま、ハンターたちに頭を下げた。
「おじいさま!」
アウグスタは、嫉妬王・ラルヴァの姿を見付けるとその腰に飛びついた。老人はその小さな頭を見下ろすと、微笑み掛ける。
「やあ、アウグスタ。私が教えた蜘蛛はどうだったかね?」
「すごかった! ほんとに倒れちゃった! あとは死ぬのも時間の問題よ。すごく便利だったわ。ありがとう」
少女は無邪気に笑う。その相手が自分を見て変えた表情なんて忘れて。
●死者の掟
時音 ざくろ(ka1250)が聖堂の外から掛かった閂を外そうと手を伸ばしたのを遮ったのは、ゾファル・G・初火(ka4407)だった。
「蹴破っちゃえばいいじゃーん」
彼女はそう言うと、きょとんとしたざくろの目の前で扉に蹴りを放った。吹き飛んだ扉と閂に押しつぶされて、数体の蜘蛛が消滅する。
「きめー、こいつらきめー」
本気でそう思っているわけではないだろう。自らの闘志を煽るようでもある。ハンターたちが聖堂に突入すると、演壇の付近で声が上がった。
「皆死ぬんだ!!!!」
「死なないって言ってるだろ!!!!」
アルマ・A・エインズワース(ka4901)はその声に聞き覚えがあった。二度ほど助けたことがある、リアルブルーからの少年たちだ。確か、名前はエドとジョン。
「その通り、皆さんは死なないです! 状況のご説明ください!」
そして、自分を頼っていることを知っている。アルマは両腕を広げて、靴音高く聖堂の床を踏む。その体を、黒い幻影が覆っていく。
「アルマさん……!」
ジョンが心から安心した顔になる。それからすぐに、壁の一箇所を指さした。
「あの蜘蛛! あの蜘蛛倒してください! よくわかんないけど、あれをどうにかすれば司祭さんが助かるらしいんで!」
ハンターたちは壁に目をこらす。ざくろが人差し指を壁の一箇所に向けた。
「居たっ、あの高い所に他の奴より大きくて模様付いた蜘蛛が」
「つまりアレをじゅっとすればいいですね! シオン!」
アルマが呼びかけた。白い狩衣、赤い宝玉のサークレット、そして白い天秤を持った青年。その姿は、さながら東洋の術士。仙堂 紫苑(ka5953)は相棒の声に応じると、持っていた天秤……星神器・アヌビスを掲げた。見る見るうちにその色が変わっていく。
「見せてみろアヌビス……生者を妬む死者の呪い、冥府が貴方を呼んでいる。嗚呼、何故貴方はまだ生きている……?」
ゆらり、と吊られた皿が揺れている。
「『死者の掟』」
聖堂が静かになった、ように感じた。と言うのも、「死者の掟」は相手の身動きを止める封印術。直径十四メートルの範囲に作用した結果、そこにいる蜘蛛たちの動きが止まって金属音が止んだからだ。それ以外の蜘蛛は動いているが、かなり音が小さくなったのは間違いない。
ゾファルは背負っていたフライングスレッドで、ざくろはジェットブーツからのアルケミックフライトで飛び上がった。
「頼んだアルマ、俺は向こうのカバーに向かう」
「はーいっ!」
アルマは嬉々として返事をすると、剣を抜いた。この前も剣だっけ? エドはその様子をじっと眺めた。そして、確か三本出ても一体一発だと聞いている紺碧の流星が、刀身から展開されて三本全て冠の蜘蛛に飛んでいくのを見て目を剥いた。
「食らえ!」
レイア・アローネ(ka4082)も、ソウルエッジを施したカオスウィースと、彼女のマテリアルに応じた色に染まる星神器・天羽羽斬を振るった。蜘蛛を二体潰したところで、更に一直線にオーラの斬撃が延びる。冠蜘蛛までの道が、かなり開かれた。
「あと、任せたぞ!」
彼女は仲間たちに声を掛けると、紫苑を追って演壇の方に向かおうとした。
●毒ではないなにか
紫苑が下駄を鳴らして演壇に駆けつけると、既にディーナ・フェルミ(ka5843)が到着していた。彼女はレイバシアーを両手で掲げて、法術・ゴッドブレスを三人にかけている。
「三人とも毒を抜くの!」
エドとジョンの噛み傷の腫れはそれで引いた。傷の具合で、毒であることはすぐにわかった。しかし、アルトゥーロの意識が戻らない。
「効いてない? まだ何か掛かってるの!?」
「ものすごく強い毒か、毒じゃないかです」
ジョンが言う。紫苑が首を横に振った。歯車が回る青い瞳は、アルトゥーロの様子をじっと観察している。
「毒ならゴッドブレスで解除できる筈だ。毒じゃない」
「オーガスタは何かを飲ませたと言ってました」
「飲ませるもので毒じゃないものか」
紫苑が呟く。考えようにも、後から後から蜘蛛がたかってくる。さっき動きを止めた、冠蜘蛛の周辺以外は、彼らを狙ってきているようだ。紫苑は飛びかかってくる蜘蛛を、ディスターブで弾き飛ばした。障壁が一瞬だけ浮かび上がる。ディーナには蜘蛛の糸が絡みついた、が。
「そんなもの効かないのー!」
首に絡んだ糸を、彼女は一喝の元に引きちぎった。
「前みたいな状況だな、殲滅する」
クリスマスの事件。あの時も彼は屋内籠城組だった。アヌビスは依然、持ち主の色に染まって皿を揺らしている。
●壁面の戦い
ゾファルはスレッドに乗って天井付近に飛んでいった。冠蜘蛛はアルマとざくろが引き受けてくれる。司祭たちは紫苑、レイア、ディーナが守ってくれる。それなら、自分は天井を掃除するとしよう。
「ヒャッハー、お前ら皆殺しじゃーん」
バトルジャンキーの名に恥じないことを言いながら、彼女は剣の役割も果たすナックル・ドラセナの刃を振るった。縦横無尽に動き、蜘蛛を叩き落としていく。空中分解する蜘蛛、天井に足が引っかかったままぶら下がって消える蜘蛛、床の上で割れる蜘蛛。
赤を基調とした花騎士の装備を纏った彼女は、赤い暴風のように天井付近を暴れる。巻き付く糸もなんのその。彼女の動きについて行かれずに、切れていく。
飛んでいられる時間には限りがある。それまでに、どうにか天井の蜘蛛を片付けたい。
「くっ!」
レイアは、後から後から自分に飛びついてくる蜘蛛を、カオスウィースの刀身で防いだ。カオスセラミックとブリキがぶつかり合う高い音がする。
「レイア! 大丈夫!?」
上からざくろの声がした。レイアは天井を仰ぐ。
「大丈夫だ! それよりその蜘蛛を頼む!」
「任せて! 行くよ! 超機動パワーオン、弾け跳べっ!」
こちらもレイアと同じくカオスセラミックの赤い剣だ。その刀身が、マテリアルを受けて膨れ上がる。彼は息を吸い込むと、それを振りかぶった。
「……超・重・斬、縦一文字斬り!」
蜘蛛の胴部に、的確に命中する。腹が潰れた様だが、倒すには至らない。それでもかなりのダメージが見て取れる。
「わうーっ! もうちょっとですーっ!」
アルマがはしゃいでいる。彼が、自分に飛びかかってきた蜘蛛をひらりとかわすと、マテリアルに輝く梅の刺繍が幻想的に翻った。
●救命成功
「わうーっ! もうちょっとですーっ!」
アルマの声に、紫苑は振り返った。ざくろが叩いたのだろう。冠蜘蛛の腹部がつぶれかかっているのを見て、頷く。それから、まだ意識のない司祭を見た。
「もう少しだ。頑張って」
「まだ何か掛かってるの……もう一度ゴッドブレスかけるの!」
ディーナは再びレイバシアーを掲げて祈りを捧げた。
「邪魔だ!」
レイアが、中央付近で目の前の蜘蛛を薙ぎ払っている。紫苑は彼女と相棒に声を掛けた。
「レイアさん、アルマ、そのまま動かないで!」
彼は、レイアとアルマの間を縫うようにしてアイシクルコフィンを発動した。蜘蛛たちが、下から突き出した氷の柱に貫かれ、弾き飛ばされ、消えていく。氷の砕ける音、ブリキが折れる音が響き渡った。
「シオンー! 今のすごかったですよー! 僕も頑張るです!」
「良いぞ、派手にやっちまえ」
相棒の声に応えて、アルマは再びドリーフックを蜘蛛に向けた。澄んだ蒼さを帯びる光線が、再び冠蜘蛛に射出される。
「落ちた!」
ざくろが叫んだ。落下した蜘蛛を、彼は追い掛けるように降りていくが、蜘蛛は長椅子で一度跳ねると、そのまま塵になって消えた。
「うっ……」
アルトゥーロが呻いた。咳き込んでいる。
「アーサー! しっかりしろ! 大丈夫か!」
その胸にエドがしがみつく。まだ意識は戻らないが、その表情には苦痛の色は既にない。
「た、助かったみたいだな……」
ジョンががっくりと膝をついた。ディーナが慌てて駆け寄る。
「司祭は大丈夫だ! 残りの殲滅を!」
紫苑が声を張り上げた。
●オカタヅケ
来るものから叩いて構わないならハンターたちに負ける理由はない。ゾファルとざくろは飛行時間終了に備えて、順次地上に降りた。レイアが演壇に辿り着くと、今度は紫苑が前に出る。アルマと視線を交わし、二人はそこら中を炎の破壊エネルギーで焼き払う。
「シオンー! せーのでいくです!」
「ああ! せーの!」
そこから漏れた雑魔たちは、ざくろの拡散ヒートレイ、ゾファルの二刀流からのスターブラストプラチナムによって端から倒されていく。
「一匹だって逃しはしない……全て燃えろ!」
「そっちには行かせないじゃーん」
ディーナはアルトゥーロにリザレクションを試みた。
「しっかりするのー!」
レイアは、元々こちら側にいた蜘蛛たちの相手を引き受けた。ファイアスローワーでは味方に被害が出る。
「あっちに行け!」
ディーナは、これだけのハンターが全力で蜘蛛を潰しに掛かったら、建物が倒壊するのではないか。そう思っていたようだが、幸いにも長椅子全部と床、壁の一部が損傷しただけで終わった。とは言え丸ごと改修が必要だろう。
「わふっ。よく頑張りました! もう大丈夫ですーっ」
そう言ってアルマがエドとジョンの方を振り返ると、その腹めがけてエドが飛びついた。
「わうっ!?」
「こ、怖かった……」
エドは泣いている。
「俺も、ジョンも、皆死ぬと思った……死にたくなかった……」
「よしよし」
「助けてくれてありがとう……」
「どーいたしましてですっ」
アルマの耳はぱたぱたと動いたが、やがてスッと水平になる。
「それにしても…こうやってヒトを手に掛けようとするのを見ちゃったからには、あの子はオカタヅケしなきゃですねー? ……うふふ」
激怒すると、却って笑顔になる人はいるものだが、どうやらアルマもその一人らしい。彼の腹に甘えて泣いているエドは、幸いにもその顔を見なくて済んだが、ばっちり見てしまったジョンは心の中でアウグスタに対して十字を切るのであった。安らかに眠れ。なんならこの怒りを受信して今すぐでも良い。
「あ、そうだ。ご紹介です! シオンですー。こないだちょっと喋った、僕の相棒さんですっ」
「え?」
その言葉に、エドが顔を上げて紫苑を見る。
「よろしく。仙堂紫苑です」
「エドワード・ダックワースです……」
「ジョン・パタースンです」
そういえば、この前アウグスタに友人関係の悩みはないのかと問い詰められた時に、アルマは「ない」と断言していた。あの息の合い方を見ると、確かに嫉妬する必要はないのだろう。
「アウグスタのお片付けもそうだけど、まずはこの聖堂のお片付けもしなきゃなの……壊れた長椅子の先が尖ってて危ないの……」
●石割の娘
やがて、アルトゥーロが目を覚ました。彼は、ハンターたちの顔を見るや、良くなった顔色を再び青くして跳ね起き、叫ぶ。
「石割の娘アウグスタ! 思い出した! 行方不明だった! やっぱり死んでたんだ!」
レイアとディーナが顔を見合わせる。
「アルトゥーロ、彼女のことを知っているなら、教えて欲しい」
レイアが重い口調で告げた。
「憎み切れないところもある敵だが……それでも倒さなければなるまい……犠牲を出さない為にも……」
「に、二十年前に僕の村が歪虚に襲われた時、行方不明になった一人です……僕はそこまで親しかった訳じゃなくて。ただ賢くて社交的なお姉さんだったのは……少し……」
彼は自分の手を見る。
「僕はこんなに大きくなってしまったのに、彼女はあの時のままなんですね……」
「アルトゥーロ……」
「昔のご近所殺しに来たのかよ……」
エドが引きつった顔で言う。
「覚えてないんだと思います。多分、僕に目を付けたのはこの前蛇を倒した時だと思うし。一度死んでいるし……記憶もどの程度あるのか……でも」
アルトゥーロは首を横に振る。
「でも、歪虚になっているのなら、僕はエクラ教徒として、同郷の者として、彼女が安らかな眠りにつけるようにしなくてはいけません。歪虚になったのは、彼女が望んだことなのか、そうでないのか。どの道、人間としての生を終えた存在を、歪虚のものにされることを僕は許せません」
「ああ、そうだな」
レイアも頷いた。
「恐らくだが、一部はお前も知っている少女アウグスタなんだろう」
憎みきれないとレイアは言った。アウグスタにはそれくらいの個性がある。きっとそれは生前のものを引き継いでいる。
「だが」
山の中で、郷祭で垣間見せた残虐性。教師に蜘蛛をけしかけて追い立てたり、郷祭で相対したハンターに、頭をちぎってボールにしてやると言ったり。あの嗜虐的な瞳の光は歪虚のそれなのだ。
「だが、歪虚だからな……」
「はい……彼も言いましたが」
アルマを見る。
「僕に限らず、人を手に掛けるなら、放ってはおけません。それは生前の彼女の名誉を損なうことにもなります。ちょっとずつ思い出してきました。遅くまで遊んでいると、母親がアウグスタを迎えに行くんです。お夕飯ですよって。それを待って、わざと遅くまで外にいたんじゃないでしょうか……」
「そんな人が……」
ジョンの顔が蒼白になっている。
「そんな人が、歪虚になるんですか」
母親に甘えて、迎えに来てもらえるようにわざと待っているような女の子が。
「そんな人が……歪虚になると人を殺すんですか……」
ハロウィンでは彼女の蜘蛛に刺されたらしい男の記録が残っている。
「そんな人が……歪虚になると誰かの心の隙間につけ込んだりするんですか……!?」
彼の友人は、今アウグスタにつけ込まれて苦しんでいる。
「ジョン……」
ざくろがその背中を撫でた。ジョンは口を手で覆う。
「ご、ごめんなさい……その、歪虚って、僕たちから遠いものだと思っていたから……」
リアルブルーに出ていたものは、明らかに人間でない見た目のものばかりだった。リアルブルーとクリムゾンウェストのギャップの一つに、そう言うものもある。
やがて、外が騒がしくなった。聖堂が静かになったのを、事態の収束と見た町の人間が集まってきたのだ。
「ひとまず、町の人たちに司祭が無事だって言うことは伝えるの。後のことはそれから考えるの」
「ええ、そうですね……今日は助けて頂いてありがとうございました」
アルトゥーロは青い顔のまま、ハンターたちに頭を下げた。
依頼結果
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マテリアルリンク参加者一覧
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相談卓 仙堂 紫苑(ka5953) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2019/02/09 10:22:06 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/02/04 22:34:42 |