運命の輪【reversed】

マスター:藤山なないろ

シナリオ形態
ショート
難易度
不明
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
6日
締切
2015/01/15 12:00
完成日
2015/01/28 03:41

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

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オープニング

 運命の輪【Wheel of Fortune】
 タロットの大アルカナに属する10番目のカード。
 正位置の場合は、転換点、変化、出会い、解決、定められた運命などを示す。
 そして逆位置の場合は、情勢の急激な悪化、別れ、すれ違い、アクシデントの到来などを示す。

●生きるとは、無数の選択の積み重ねである

 カーテンの隙間から射す朝日が起床時間を告げる。貴方は今すぐに起きる選択肢もあれば、布団を被って二度寝を選ぶ権利だってある。もし起きたのなら次は身支度が先か、朝食が先か。むしろ朝食をとるか否かにも選択肢があり、やがて身支度を整えた貴方がどこに向かうのか、誰と会い、何をするのかも……それら全て、貴方自身が人生において決断してきた選択だ。
 生きるとはすなわち、無数の選択の積み重ねである。ifなどない現実だからこそ、1つ1つの選択が尊いのだろう。

 さて、貴方はいま新たな分岐点に立っているようだ。生憎な話、今ここにある「運命の輪」は「逆位置」を示している。とはいえ、「運命の輪」というカード自体、「転機」や「変化」などという類の、いわば“切欠”を示していることに間違いはない。いつだって“輪”を回す第三者によって、その結果は“好転”する可能性を秘めている。
 つまり、この物語──具体的に述べるなら“在る少女”の未来を貴方次第で“変化”させることができるのかもしれないということだ。
 少女の名は、ユエル・グリムゲーテ(kz0070)。先日、黒大公ベリアルの側近に父を殺されたばかり。
 しかし少女は、父の死を嘆く間もなく、王都で兵団を率い復興作業にあたるという選択をしたようだ。

 さて、そんな中、貴方は今どこでどんな選択をするのだろうか?

●存在価値【reversed】

 古都、アークエルス。歴史や魔法など様々な研究を目的とした学術都市だ。
 日々究理と研鑽に明け暮れてばかりの“学問に魂を売った変質者”が集まる街だと私は思っている。そう言うと否定の意を示す研究者もいるが、実際問題怪しげな研究に手を染めている連中もいるものだから、一概に否定もできまい。
 歴史や魔法の研究には、賢人の知識と知恵が欠かせない。そういった理由などから、ここアークエルスには、グラズヘイム国営の王立図書館が建てられている。王立図書館は、この古ぼけた街の象徴たる建物で、“グリフヴァルト”の通り名で親しまれている。名の示すまま、膨大な“文字の森”である為だ。
 世間から切り離され、純粋に英知へ身を浸し、己の好奇心の向くまま生きるのに、ここほど相応しい場所もないだろう。
 そんな街で、まさか“あの名”を耳にするとは、思いもしなかった。
「ゲイル……侯爵が、歪虚に殺された……?」
 そんな訃報を聞いたのは、黒大公ベリアルが王都を離れて間もない頃だった。
 魔法を専門とし、もっぱら知の海に潜る連中には、そんな世俗の話などどうでもよいことだろう。だが、“私”は違う。“私”が専門とするのは魔法ではなく、歴史だ。つまりこの一大事は王国にとって……否、この世界にとって大きな出来事として歴史に刻まれるだろうと直感した。だからこそ、私はこの件に関する情報を集め始めていたのだが……。
「はい。グリムゲーテ家と言えば、王国西方の領地を治める侯爵家。その領主さまともあろう方が、なぜ前線へ赴いたのでしょうね。追撃指揮を執ったのは騎士団長のエリオットと聞きますが、政治的意図があったのでしょうか」
 情報源となる少年は、王立図書館の司書見習いをしている。情報の提供行為をチップに換え、彼は彼の欲しい書物や新聞を買い漁っているのだと言うが、今はそんな話はいい。
「いえ……私見を述べるなら、あの騎士団長殿にそのようなあからさまな政略は似合わないと、そう思いますね。ゲイル侯爵は、甥にあたる王国騎士団長殿を支援する意で私兵団を率いて出陣したのでしょう。ですが……当の指揮官が、殺されてしまった。敵は人型、でしょう? 今まで通りには、行かなかったのかもしれません」
 推察を立てる程度はどうとでもなるが、胸を浸していくのは圧倒的多数の疑問。
 なぜ、どうして、彼は死んだのか。なぜ死なねばならなかったのか。彼亡き後、あの家はどのような状態だろうか。
 考えても詮無いことだ。そう思う。なのに……
「浮かない顔ですね。ひょっとして、御縁のある方だったのですか?」
 そう指摘され、初めて気がついた。
 ──私は今、なぜ、浮かない顔をしていたのだろうか。
 その理由を知りたいと思った。同時に、知ってはならないと、危険信号のような忠告すら聴こえていた気がした。
 好奇心とは明確に違う、重く暗い感情が蠢き始めている。
 遠い日に捨てたはずの感情が、全てが、今また自身を覆い尽くそうとする予兆を感じていた──。

●人の所業

 同盟領にあるハンターズソサエティ本部に、ある日こんな依頼が張り出された。
『調査員募集。依頼内容は、ある対象に関する調査。
 対象に関することなら、現状から近況まで、細かなことでも構わない。少しでも多くの情報を求めている。
 本件は密偵業務につき、“調査方法を勘案できる方”、並びに“約束の守れる方”の受託に限らせて頂く。
 また、本依頼主に関しては、その一切の情報を秘匿させて頂くことをご了承願う。
 <本依頼を受託される方に守って頂く約束事>
 1、本依頼内容、調査結果について一切の他言を禁ずる
 2、本依頼に関する詮索はしないこと
 3、一度本件依頼を受理した者は、調査対象が誰であっても依頼を遂行させること
 本依頼の調査対象の情報は別途記述している。受託者は、受付より封筒を受け取り、随時調査を開始頂くようお願い申し上げる」

 ──調査依頼の2つに1つは大抵胡散臭いものだが、解っていても胡散臭い。
 そこへ、あるハンターが「この依頼を受託する」と受付嬢に申請している場面に遭遇した。良く見ると、受付嬢は受託者に対し“約束事”を念押した後、一通の封筒をハンターに手渡している。

 この依頼を受けるか否か──既に、“選択”は既に始まっているのだった。

●調査概要
 本書状は受託者にのみ開示する情報である。取扱注意。

 調査対象:グリムゲーテ家に関する全般。現状や直近の出来事に関する情報を少しでも多く欲しい。特に“ゲイルの死因の詳細”、“次に家督を継ぐ者は誰か”、“グリムゲーテ家の人々の今の様子”を強く求める。
 調査期間:3日間
 報告方法:受託者全員の報告内容をまとめた調書をハンターズソサエティ本部に提出すること

 <現時点の情報>
 王国西方に位置するグリム領を治めている侯爵家
 前当主ゲイルは死亡。現在の主は不明
 ゲイル(38)の妻はエレミア(36)。二人の子供は長女ユエル(16)、長男エイル(5)
 妻エレミアは、王国騎士団長エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)の母親の妹にあたる

リプレイ本文

●誠堂 匠(ka2876)

「ユエル派とエイル派……ですか」
 王都第三街区の一角。人気のパン屋を出入りする行商夫婦を捕まえ、声をかけたのは匠だった。
「現地の奥さん方の話じゃ“元々秋頃に後継をユエル様とする旨の話があったらしいけど、肝心の儀式を行えないまま大戦が始まってしまった”とか」
「結果が、後継者未決というワケだ」
 グリム領の特産は小麦。それを商売に出入りする行商は仕事柄情報も早ければ、危機感知能力も高い。青年の見立ては正しかったようだ。しかしそれより、匠には思い出した事があった。ユエルと初めて会った日、騎士団長から聞かされた“あの話”だ。
「その“儀式”さえ執り行えば、話は落ち着くのでは?」
「それがね、奥様や一部の騎士さんが、ユエル様を領主にしたくないのだとか」
「おい、お前!」
 現地では口が裂けても出せない話だが、ここは遠く離れた王都の商店街だ。
 とはいえ、この発言には流石に主人が大慌てした。
「記者さん、このことは……」
「ええ、ご安心を」

「エリオット様。お知合いの誠堂匠という青年がいらしています」
 ノックから間もなく入室を促す声が聞こえ、匠は律儀に頭を下げて重厚な扉を開けた。勧められるままソファに腰かけるも、淹れたての茶に手もつけず、匠は思いつめた様子で切り出す。
「……ゲイルさんの最後、何と聞いていますか?」
「敵を逃がすまいと自ら弓を射り、最期まで、国のため立派に戦ったと」
「そう、ですか。でも、あの時……俺たちが救出を優先していれば、ゲイルさんを助けられたかもしれない」
「……お前は、俺と同じことを言うんだな」
 匠は俄かに目を見開いた。その瞬間、エリオットに“自分の面影”が重なって見えた気がしたからだ。
「匠、叔父上は強い騎士だった。だからこそ……俺は叔父上がこの作戦に必要であると判断し、叔父上もそれを受けてくれた。彼のその選択を、意志を、もう“否定”しないと決めたんだ」
「これは……否定にあたるのでしょうか」
「少なくとも俺は、ユエルに叱られたよ。“他者の下した全ての判断にすら責任を持とうというのは神の所業だ”と」
「それでも、俺は……此度の事、申し訳なかった、と」
「それはお前の美点だ。だが……お前が咎を負うことは、ないんだ」
 匠はただ黙し、ややあって「ご冥福を、心よりお祈り申し上げます」と、丁寧な一礼の後に部屋を辞した。


●エルウィング・ヴァリエ(ka0814)

「“蛇の道は蛇”とも言いますし……ね」
 その日、エルウィングが足を踏み入れたのは第3街区で最も繁盛していた酒場。最初に捉まえた商人から目的の情報を得られなかった代わりに、“情報屋が酒場によく現れる”というネタを掴んだのが切欠だった。酒場のマスターにも話を聞く予定だったこともあり、一も二もなく酒場へ向かったのが先程の事。
「グリムゲーテ家について聞きたいことがあります」
 バーカウンターの向こうでジョッキを磨くマスターらしき男に、少女は声を顰めて尋ねた。
「……次の家督を継ぐのは長男のエイル様かと思われますが、違うのでしょうか?」
「さぁ、俺には解らんが」
 男が少女へ向ける視線は、“品定め”そのもの。しかし、少女は動じないよう自らを律し、次の句を継ぐ。
「大変お聞きし難いのですけれど……ゲイル侯爵には、ユエル様とエイル様以外にお子様はいらっしゃらないのでしょうか?」
「聞いたこともないな。……嬢ちゃん、グリムゲーテは国に忠義を尽くす立派な家だ。事情は知らんが、滅多な事を言うもんじゃねえ」
 そんなやり取りを聞かれていたのか否かは解らないが、少女は酒場で情報屋に会うことができなかった。

「私も先の戦いでベリアルやクラベルと戦いましたわ。……是非私にもお手伝いさせて下さい!」
「おう! 頼むよ、嬢ちゃん」
 二日目。グリム騎士団に快く迎え入れられた少女は、彼らと復興作業に尽力していた。共に過ごす中でそれとなく尋ねたゲイルの最期の戦いぶりについて、皆「最期まで国の為に戦い続けた強い人だった」と口を揃えて称賛した。周囲から寄せられる信頼や好意は厚く、相対的に亡くした者の大きさを思い知らされるたエルウィングは、丁重にユエルに弔意を示す。
「本当に、立派な方だったのですね」
「……ありがとうございます」
 対する少女は歳に不相応なほど、凛とした面持ちで頭を下げた。

 翌日、グリムゲーテ邸に入ることが叶わなかった少女は、領民から情報収集を開始。しかし、直轄だけあって王都と比べて皆口が堅く、目ぼしい情報は得られなかった。


●静架(ka0387)

 ユエルが騎士団という鉄壁に守られていることを把握した静架は、頃合いを見計らって王国騎士団本部前へとやってきていた。
「皆さんに……気を付かれないようにしませんと」
 短い深呼吸の後、静架はそっと本部の入口を叩く。しかし……その姿は、小奇麗な年頃の“少女”そのものだ。
「植え替え用の鉢をお持ちしました」
「鉢? つい昨日、エルフのお嬢さんが世話してたばかりだぞ?」
 理由をつけて騎士団長室への潜入を試みようとしたが、持ってきた理由が合わなかった。
「そうでしたか、手違いですみません。お手伝いの仕事に来たのですが、騎士団長室は……」
「団長の手伝いは、先ごろ別の貴族のお嬢さんが来ていたぞ。……君、ハンターか? 名前は?」
 どうにも騎士団長への来訪者が多い日だったらしい。だが、静架が手こずっていたそこへ、幸運にも目的の男が現れた。
「……何の騒ぎだ」

「自己鍛錬の一環とはいえ……来るなら一言連絡をくれれば良かったんだ」
 くつくつと笑うエリオットに悪びれもせず、溜息をついて静架は言う。
「普通に顔を出しても面白くないですから」
 黙ってソファへ腰を駆け“少女”はこんな話題を振る。
「そういえば、先の大戦お疲れ様でした」
「あぁ。助力に感謝する」
「いえ……ですが、国は大変なようですね。有力貴族の、何でしたか、侯爵様が亡くなられたとか」
 戦死した侯爵殿の話になるとエリオットが途端に顔を曇らせた。その実直さに苦い想いを味わいながら、静架は続ける。
「炊き出し支援の場でも、もちきりでしたよ。……城下ではご息女が指揮をとっていらっしゃるのだとか」
 飄々と話す静架に反し、部屋の空気は恐ろしく重い。幾許かの沈黙の後、漸く青年が口を開いた。
「彼女は、俺の従妹でな。叔父上亡き後、以前にも増して家族や領民を不安にせぬよう努めているようだ」
「そうですか。彼女が爵位を継承なさる日が、楽しみですね」
 刹那、エリオットの視線が落ちた。
「……どうだろう、な」
「失礼、幼いご長男もいらっしゃるのでしたか。この国の爵位継承に関して存じ上げなくて……」
「あぁ、そう言う意味ではない。ユエルが……彼女が決めることだと、思ったんだ。いっそ、“力”を活かして騎士団に来るのも良いと思うが」
「“力”? もしや従妹殿には“覚醒者”としての素質が……」
「……! いや、すまない。話に夢中になり過ぎた。今の話は忘れてくれ」


●ヒヨス・アマミヤ(ka1403)

「そういえば、初めてここに来たんだけど、ここを統治してる人はどういう人?」
 王都での調査が空振りに終わった翌日、向かったグリム領でヒヨスが声をかけたのは幼い子供達だった。しかし、ヒヨスの質問に、子供たちはみな顔を見合わせている。
「こないだまでは、ゲイル様が領主様だったんだ」
「……こないだ、まで?」
 知っている素振りは見せず、ヒヨスは子供の会話に合わせて、自然に話を聞きだしていく。
「うん。歪虚に殺されたんだって、母ちゃんが言ってた」
「そう。家族は哀しいでしょうね……お子さんとか、いらっしゃるのかな?」
「ユエルとエイル」
「その子たちは外で遊んだりしないのかな? 誘ってみようよ!」
 子供たちは誰もヒヨスの思惑を疑うことなどなかった。だが、何故か子供たちはまた顔を見合わせ始めてしまう。
「今、領主様のお家は皆悲しいから、元気が出るまでそっとしておいてあげなさい、って……」
 恐らく、両親の言いつけなのだろう。一人の少年が、ヒヨスの無邪気で優しい提案を受け、もどかしげに答えた。だが、少女は諦めずに食い下がる。
「きっとエイルくんも……寂しいと思うんだ。だって、ヒヨもね、お父さんとお母さんいなくなった時に寂しかったんだ!」
 しばし押し黙っていた子供達は……やがて、ヒヨスの懸命な訴えに賛同し、こくりと頷いた。

 グリムゲーテ邸を一目見て、遊び道具を取りに行くという理由で潜入できるような場所でもないとヒヨスは理解した。故に、少女は子供たちの背を押すことで“それ”を果たそうとしたのだ。
「おっちゃん! 俺たち、エイルと遊びたいなって……」
 少年の一人が邸の門番に勇気を振り絞って告げると、門番はその好意を思ってか目を潤ませて何度も頷いた。
「坊ちゃんも喜ぶだろう。少し、待っていなさい」
 これでもうじきエイルに会える……少年たちは勿論、ヒヨスも小さく息をつく。だが、ややあって報告を受けた門番は悲しそうにこう告げた。
「すまない。坊ちゃんはしばらく遊べないようだ。……君たちに解るかどうか、“喪に服す”と仰っている」


●エステル・L・V・W(ka0548)

「ねえアナタ。わたくしとお友達にならない?」
 その少女は、桃色の髪に緑柱色の瞳という大層目立つ容姿をしていた。私が戸惑っていると、彼女は鼻を鳴らしてこう言うのだ。
「街で聞いたわ。追撃戦で亡くなった強い騎士様がアナタのお父上だって」
 私、ユエル・グリムゲーテは、この少女の意図を理解した気がした。彼女は、私に同情しているのではないだろうか? そんな思いが胸に過った。
「いっぱいの感情が行き場を失くして。でも、責任は果たさなくちゃいけない……でも、そのいっぱいを昇華できないと、とっても辛くなるの。昔のわたくしみたいに」
 熱っぽく力説する少女は、おもむろに私の両手を握りしめてくる。余りの唐突さに驚くが、それ以上に私の心を脅かしたのは“手先から伝わる温もり”だった。
「なぜ、貴方は初対面の私にそこまで仰るのですか?」
「アナタが、昔のわたくしのようだから」
 私の事など何も知らないはずの少女は、私が自分に似ているのだと憚らずに告げる。この迷いのなさ、そして率直さは──実に“子供らしい”と思う。私は、どこかでそれを眩しいと感じていた。
「あの……友達とは、一体?」
 彼女の熱に浮かされて、思いがけずに零れた疑問。少女は、それに驚いたように目を見開いた。けれどすぐ、ころころ変わる表情で笑って見せる。
「尚の事、今日からお友達決定ね。アナタ、お父上を継いで領主になるのでしょう?」
「それと友達が、どんな関係なのですか。それに、私が継ぐとも限りません」
「あら失礼。ともかく、これって大事なことよ」
 本当に、呆れるほどに強引だ。
 彼女は私の動揺などお構いなく、掴んでいた両手を離すと、改めて握手を交わしてきた。
「……解りました。ならば一つ、伺いたいことがございます」
「なぁに?」
「貴方のお名前を、教えてください」

 少女──エステルは、後にこんなことを言った。
「弟君にもね、一度会えないかしら」
 芽生えたのは小さな疑念。
「私の一存では。私は今、本邸で暮らしておりませんし」
「どうして誰かの許可がいるの?」
 無論、下らない跡目争いが始まる可能性がある──などとは、言えなかった。


●ルア・パーシアーナ(ka0355)

 グリム領へ向かう馬車の中、向かい合って座る少女が二人──ルアとエステルだ。
「服飾関係のお店を当たってみたけど、ダメだった。貴族の継承権ってお金の流れと関連していると思ったんだけどね……」
「ひょっとしたら、まだ“本格的な跡目争い”に発展する前か、或いは後継ぎ争いの軸となる人が王都に身を置いていないとか?」
「なるほど、それはあるかも。……あ、そろそろ着くみたいだよ」
 その日の夕方、目的のグリムゲーテ邸に赴いたエステルは、真っ先に門番へ声をかけた。
 ルアはと言えば、侍女として一歩後ろで荷物や上着を持って控えている。エステルの身形と合わせれば、彼女が身分ある家の娘なのだろうと解るが……。
「エイルさんに会わせてもらえないかしら」
「はぁ!?」
 突然の物言いに驚いたのは門番だけではない。ルアが慌てて門番と少女の間に入り、説明を開始する。
「あの、お嬢様、まずはお名前を申し上げた方がよろしいのではないかと……」
「わたくしが? ……仕方がないわね。エステル・L・V・Wよ。ユエルの友達」
 ふてくされたように言うエステルは、無礼を働いた下々の者に渋々身分を明かす本物の“貴族の娘”のようだ。(いや、実際そうなのだが)そんな態度を見ていれば、門番も察するに値したのだろう。
「エイルさんを心配して来たの。ユエルはまだ、7街区の復興支援でしばらく戻らないと言っていましたし!」
「お嬢様は、お忙しくしていらっしゃるのだな。……少し、待っていてくれ」
 門番が控えの兵に伝えること、しばし。戻ってきた兵の伝言で門番が申し訳なさそうにこう告げた。
「すまないが、やはりエイル様は誰ともお会いしないそうだ」
「そう、ですか」
 門番の様子に同乗したのか、“お嬢様”を立てるはずのルアが自ら口を開く。
「何方がいらしても、エイル様は出てこないし、誰とも会いたくないと言う」
「……なるほど。エイル様は“ゲイル様がお亡くなりになって以降、外部の誰ともお会いになっていない”ということですね」
 ルアの目は、真っ直ぐ邸の奥を見つめていた。


●名も知れぬ雇い人へ

 書状には、“今回ハンターらが得た全ての事実”が記載された。
 一つ、ゲイルの死の詳細。国のため忠義を尽くし、命を落としたこと。
 二つ、次に家督を継ぐ者。候補は二名。一名は長女ユエル。少女が“覚醒者である可能性”が浮上したが、真偽は定かではない。もう一人は、長男エイル。まだ幼く、現状候補としての実態はないが、様々な憶測を招いている。
 最後に、グリムゲーテ家の人々の様子。妻、長男は共に邸に籠り、外部との接触を途絶。かたや長女は積極的に活動しているようだ。

 代表として書状を認めた匠は、綴り終えた紙の上へ筆を転がした。
 ──下衆な真似をしてる。
 眼鏡を外して眉間を押さえると、深い息をついて天を仰いだ。しかし青年は、彼の目の前で起きたゲイルの死の真相を、伝えなければならないと感じていたのだろう。その使命感もあって、こうして仕事は全うできた。だが──
「匿名の依頼、か。全てを報告するのは気が進まないね」
 書状には“匠が知る全て”は意図して記載していない。同時に、匠は“ただ一人、依頼書を保管する選択をした”。

 これがどのような結末をもたらすのかは、まだ分からない。
 ただ一つ明らかなのは──“運命は、既に廻り出した”と言うことだ。

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MVP一覧

  • アークシューター
    静架ka0387
  • 黒の懐刀
    誠堂 匠ka2876

重体一覧

参加者一覧

  • Theory Craft
    ルア・パーシアーナ(ka0355
    人間(紅)|16才|女性|疾影士
  • アークシューター
    静架(ka0387
    人間(蒼)|19才|男性|猟撃士
  • その名は
    エステル・L・V・W(ka0548
    人間(紅)|15才|女性|霊闘士
  • 紫桃の令嬢
    エルウィング・ヴァリエ(ka0814
    人間(蒼)|16才|女性|聖導士
  • 爛漫少女
    ヒヨス・アマミヤ(ka1403
    人間(蒼)|16才|女性|魔術師
  • 黒の懐刀
    誠堂 匠(ka2876
    人間(蒼)|25才|男性|疾影士

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依頼相談掲示板
アイコン 真実はいつも一つっ!【相談卓】
ヒヨス・アマミヤ(ka1403
人間(リアルブルー)|16才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2015/01/14 22:40:00
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/01/10 11:24:59