ゲスト
(ka0000)
幸せ分けてくださいなっ!
マスター:石田まきば

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/02/09 09:00
- 完成日
- 2019/02/21 13:52
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●チョコレートイベント、開幕です!
仕事の募集とは違う、ちょっとした呼びかけ用に使われている掲示板。
そこに、今年もあるポスターが貼られていく。
「ああ、もうそんな時期なんだね」
フクカンが踏み台の上で更に背伸びをしながら貼っている様子を眺めながら、シャイネがのんびりと文面を眺める。
「そうなんですよ! 今年はちょっとだけ規模も大きくするって話なんです」
ここみてください、と貼り終えたポスターの中、他より少しだけ小さい文字になっている部分を指さすフクカン。
「どれどれ……へえ♪ 楽しそうだけど、どうしてここだけ読みにくくなっているんだい?」
「降らせ隊の企画は、なるべく知っている人を少なくしたいんです。なるべくいろんな人に、サプライズで楽しい気分になってほしいですからね!」
事前の告知も制限しているくらいです。なんて内部情報を知っているのは、フクカンもこの企画の手伝いを行っているからだ。
「ふぅん? 確かに小さい子とか、女の子は楽しんでくれそうだね♪」
「はいっ! チョコレート、幸せな気分になりますしね! 勿論贈るのも幸せですよ、どんな顔をしてもらえるか、想像しながら……えへへ、タングラムさまぁ……♪」
どうやらそのまま、今年贈るチョコレートを考える時間に入りこんでしまったらしい。
「くふ……ふふふ~♪」
「この日は当日ではない、よね……なら、僕も参加出来そうかな」
当日は広場で詩うつもりなので。折角だから、詩う刺激を求めに行ってみようかな?
●チョコレート投げ隊、参加者募集のお知らせ(オフィス内掲示物より抜粋)
リアルブルーで言うところの節分とバレンタインを一度に楽しもう!
貴方も祝福のチョコレートをふりまいてみませんか?
・概要
チョコレートの粒(個包装済み)を投げて、道行く人達を祝福しよう!
・場所
リゼリオの数区画を確保しています。
公園を中心として、店が並ぶ大通りも含みます。
※ 必要な手続きを取り、許可を貰ってあります。
※ 当日にこのイベントが行われることは事前掲示や情報回覧によって告知を済ませています。
※ 当日も、区画を示すための目印として、イベントの旗(チョコレートを升に山盛りにしたイラスト)が各地に用意されています。
・時間
日中
(大体10時~16時を想定)
●チョコレート雨降らせ隊、募集のお知らせ(オフィス内掲示物より抜粋)
チョコレートを投げるだけでは物足りない、そんなハンターの皆様に提案です!
今年は街に、お菓子の雨を降らせませんか?
・概要
飛行可能なハンターの皆様で一斉に、リゼリオの街をチョコレートの香りで一杯にしよう!
・場所
リゼリオの数区画を確保しています。
公園を中心として、店が並ぶ大通りも含みます。
※ 投げ隊と同じ区画です。
・時間
15時
各自時間を確認できる品をご用意ください、サプライズ企画のため、合図は予定しておりません。
15時から降らせはじめていただき、振らせきったら各自終了という形をとらせていただきます。
※ こちらも必要な手続きを取り、許可を貰ってあります。
※ 当日にこのイベントが行われることは情報回覧によって告知を済ませていますが、これは区画内の店舗経営者等、企画関係者に限定しています。
※ 大型ユニットの待機場所は予めご用意してありますので、必要な方は受付時にスタッフにご確認ください。
●投げ隊&降らせ隊共通項目
・報酬
皆で楽しむためのイベントであり、強いて言えばチョコレートの粒が報酬となります。
手元に残ったチョコレートはそのままお持ち帰りいただいて大丈夫です。
・受付場所
APVの一室
投げ隊と降らせ隊、両方に受付することが可能です。
片方だけでの参加も可能です。
・注意
あくまでも『祝福』です。
怪我をさせてはいけません。
誹謗中傷はスタッフからの厳重注意等の対応により行動そのものが……(記述はここで途切れている)
●噂の奴等はやってくる?
かつてピースホライズンの路地裏で同志を募っていた2人の男は、今、リゼリオの裏路地で打ち合わせを行っていた。
「同志よ、我々の崇高なる使命が今年も待ち遠しいわけなのだが」
「何だ同志よ、なぜそんなに首を傾げている?」
「……同志よ、なぜ我々はこうして、リゼリオに出張っているのか……」
最初は彼らの考えたイベントだったはずである。
裏路地で、仮面をつけて。声高らかにカップルへの憎しみを叫び、チョコレートを贈り合うイベントへの恨みや羨望を小さなチョコレートに籠めろと仲間を集めて。
チョコレートを幸せの象徴だとか縁起ものだと偽装した噂話をばらまいて、実際はドロドロの嫉妬心を籠めて力いっぱいチョコレートを投げていたあの頃はどこに行ったのだろう?
気付けばリゼリオで似たイベントが行われるようになって、そこに尊敬する先達にイベント運営の教えを請いたいと招かれて。
毎年繰り返すうちに、捏造した噂話だったはずの物語が、気付けばイベントの存在意義となっていて。
参加者は恨みつらみよりも、他者を祝うことを重要視するようになって……
悪い事ではない。結果論だが、なんだかいいイベントになっているし。販促にもなっているという噂もあるし。
気まずいわけでもない。確かに偽装だし捏造だが、悪い事をしたつもりは無い。だって初期のチョコレートはこの二人が自腹を切って用意したくらいなので。
ただ……初心を忘れてしまったことに気付いてしまったのである。腑抜けていたことに気付いてしまったのである。
「……同志よ……我々は、どうしたらいいのか!」
「同志よ、すまない、忘れていた!」
「だから同志、どうしようと言っているのだ!」
「そうだな……今年は初心を思い出して、鬼となるのはどうだろうか」
「それも悪くない……だが」
「どうした、同志よ」
「今年は、大量に降らせるらしいのだ……」
「! そういえば……!」
「「片付けが大変ではないか!」」
彼等は悪だくみのような企画はするが、別に悪いやつではないのである。
ちょっと嫉妬だったり、羨望だったりの感情が育ちやすくて、そして方向性がおかしいだけなのである。
「では同志、こういうのはどうだろうか」
「名案があるのか? なら聞こう、同志よ」
「我々は箒と塵取り、そして背負い籠をもって鬼となるべきだ」
「そうか、15時以降の参加とするのだな!」
「わかってくれたか、流石同志」
「そして籠に山盛りになったら、カップルにぶちまければ……」
「チョコレート滝の完成だな!」
「「完璧だ!」」
うん、と2人頷いて。
「我らはチョコレートが憎い!」
「甘いものが憎い!」
「「我ら、はじまりのチョコレート鬼!」」
「誇りを纏い!」
「武器を持ち!」
「「恋人達を甘き香りの聖地に誘わん!!」」
悪い事ではない。彼等は平和なイベントへの参加が続いた結果、根もボケたようである。
仕事の募集とは違う、ちょっとした呼びかけ用に使われている掲示板。
そこに、今年もあるポスターが貼られていく。
「ああ、もうそんな時期なんだね」
フクカンが踏み台の上で更に背伸びをしながら貼っている様子を眺めながら、シャイネがのんびりと文面を眺める。
「そうなんですよ! 今年はちょっとだけ規模も大きくするって話なんです」
ここみてください、と貼り終えたポスターの中、他より少しだけ小さい文字になっている部分を指さすフクカン。
「どれどれ……へえ♪ 楽しそうだけど、どうしてここだけ読みにくくなっているんだい?」
「降らせ隊の企画は、なるべく知っている人を少なくしたいんです。なるべくいろんな人に、サプライズで楽しい気分になってほしいですからね!」
事前の告知も制限しているくらいです。なんて内部情報を知っているのは、フクカンもこの企画の手伝いを行っているからだ。
「ふぅん? 確かに小さい子とか、女の子は楽しんでくれそうだね♪」
「はいっ! チョコレート、幸せな気分になりますしね! 勿論贈るのも幸せですよ、どんな顔をしてもらえるか、想像しながら……えへへ、タングラムさまぁ……♪」
どうやらそのまま、今年贈るチョコレートを考える時間に入りこんでしまったらしい。
「くふ……ふふふ~♪」
「この日は当日ではない、よね……なら、僕も参加出来そうかな」
当日は広場で詩うつもりなので。折角だから、詩う刺激を求めに行ってみようかな?
●チョコレート投げ隊、参加者募集のお知らせ(オフィス内掲示物より抜粋)
リアルブルーで言うところの節分とバレンタインを一度に楽しもう!
貴方も祝福のチョコレートをふりまいてみませんか?
・概要
チョコレートの粒(個包装済み)を投げて、道行く人達を祝福しよう!
・場所
リゼリオの数区画を確保しています。
公園を中心として、店が並ぶ大通りも含みます。
※ 必要な手続きを取り、許可を貰ってあります。
※ 当日にこのイベントが行われることは事前掲示や情報回覧によって告知を済ませています。
※ 当日も、区画を示すための目印として、イベントの旗(チョコレートを升に山盛りにしたイラスト)が各地に用意されています。
・時間
日中
(大体10時~16時を想定)
●チョコレート雨降らせ隊、募集のお知らせ(オフィス内掲示物より抜粋)
チョコレートを投げるだけでは物足りない、そんなハンターの皆様に提案です!
今年は街に、お菓子の雨を降らせませんか?
・概要
飛行可能なハンターの皆様で一斉に、リゼリオの街をチョコレートの香りで一杯にしよう!
・場所
リゼリオの数区画を確保しています。
公園を中心として、店が並ぶ大通りも含みます。
※ 投げ隊と同じ区画です。
・時間
15時
各自時間を確認できる品をご用意ください、サプライズ企画のため、合図は予定しておりません。
15時から降らせはじめていただき、振らせきったら各自終了という形をとらせていただきます。
※ こちらも必要な手続きを取り、許可を貰ってあります。
※ 当日にこのイベントが行われることは情報回覧によって告知を済ませていますが、これは区画内の店舗経営者等、企画関係者に限定しています。
※ 大型ユニットの待機場所は予めご用意してありますので、必要な方は受付時にスタッフにご確認ください。
●投げ隊&降らせ隊共通項目
・報酬
皆で楽しむためのイベントであり、強いて言えばチョコレートの粒が報酬となります。
手元に残ったチョコレートはそのままお持ち帰りいただいて大丈夫です。
・受付場所
APVの一室
投げ隊と降らせ隊、両方に受付することが可能です。
片方だけでの参加も可能です。
・注意
あくまでも『祝福』です。
怪我をさせてはいけません。
誹謗中傷はスタッフからの厳重注意等の対応により行動そのものが……(記述はここで途切れている)
●噂の奴等はやってくる?
かつてピースホライズンの路地裏で同志を募っていた2人の男は、今、リゼリオの裏路地で打ち合わせを行っていた。
「同志よ、我々の崇高なる使命が今年も待ち遠しいわけなのだが」
「何だ同志よ、なぜそんなに首を傾げている?」
「……同志よ、なぜ我々はこうして、リゼリオに出張っているのか……」
最初は彼らの考えたイベントだったはずである。
裏路地で、仮面をつけて。声高らかにカップルへの憎しみを叫び、チョコレートを贈り合うイベントへの恨みや羨望を小さなチョコレートに籠めろと仲間を集めて。
チョコレートを幸せの象徴だとか縁起ものだと偽装した噂話をばらまいて、実際はドロドロの嫉妬心を籠めて力いっぱいチョコレートを投げていたあの頃はどこに行ったのだろう?
気付けばリゼリオで似たイベントが行われるようになって、そこに尊敬する先達にイベント運営の教えを請いたいと招かれて。
毎年繰り返すうちに、捏造した噂話だったはずの物語が、気付けばイベントの存在意義となっていて。
参加者は恨みつらみよりも、他者を祝うことを重要視するようになって……
悪い事ではない。結果論だが、なんだかいいイベントになっているし。販促にもなっているという噂もあるし。
気まずいわけでもない。確かに偽装だし捏造だが、悪い事をしたつもりは無い。だって初期のチョコレートはこの二人が自腹を切って用意したくらいなので。
ただ……初心を忘れてしまったことに気付いてしまったのである。腑抜けていたことに気付いてしまったのである。
「……同志よ……我々は、どうしたらいいのか!」
「同志よ、すまない、忘れていた!」
「だから同志、どうしようと言っているのだ!」
「そうだな……今年は初心を思い出して、鬼となるのはどうだろうか」
「それも悪くない……だが」
「どうした、同志よ」
「今年は、大量に降らせるらしいのだ……」
「! そういえば……!」
「「片付けが大変ではないか!」」
彼等は悪だくみのような企画はするが、別に悪いやつではないのである。
ちょっと嫉妬だったり、羨望だったりの感情が育ちやすくて、そして方向性がおかしいだけなのである。
「では同志、こういうのはどうだろうか」
「名案があるのか? なら聞こう、同志よ」
「我々は箒と塵取り、そして背負い籠をもって鬼となるべきだ」
「そうか、15時以降の参加とするのだな!」
「わかってくれたか、流石同志」
「そして籠に山盛りになったら、カップルにぶちまければ……」
「チョコレート滝の完成だな!」
「「完璧だ!」」
うん、と2人頷いて。
「我らはチョコレートが憎い!」
「甘いものが憎い!」
「「我ら、はじまりのチョコレート鬼!」」
「誇りを纏い!」
「武器を持ち!」
「「恋人達を甘き香りの聖地に誘わん!!」」
悪い事ではない。彼等は平和なイベントへの参加が続いた結果、根もボケたようである。
リプレイ本文
●準備し隊
炒って味と香りを高めた木の実に、淡い色の甘い衣を纏わせる。お菓子の姿を借りた宝石の粒が山のように盛られて居れば、そこは宝物殿に違いない。
「幸運を呼ぶドラジェはいかがかな? 土産用に包むこともできるけれど、ここでお茶と一緒に分け合って楽しむこともできる」
そういってシャーリーン・クリオール(ka0184)が指し示す先には笑顔でカップを傾ける恋人達の姿。
バーニャのために用意した籠に幅が広めのリボンをつけて、白羽で覆うのとは反対側になるように、斜めに肩から下げさせる。
「これでお揃いだね」
持ち手付きの籠に、揃いの橙色のリボンを結び付けてから微笑むソナ(ka1352)に、嬉しそうに跳ねるバーニャ。転がるような鈴の音が一層、互いの気持ちを増幅している気がした。
チョコレートの粒を籠に詰め込んで、繰り出した街にはどこか甘い香りが漂っているような気がする。中でも特に甘く香る道を選ぼうとするバーニャに手を引かれながら、ソナはどうやって広場を目指そうかと首を傾げる。
(手を繋いだままだと投げるのも難しいですし)
充分に広さのある場所なら、バーニャの居場所を把握しながらも、チョコレート投げを楽しめると思うのだけれど。
(このままだと、屋台が並ぶ道ばかり回ることになりますね)
別に特別バーニャが食いしん坊だとかそういうわけではないのだ。それだけリゼリオが賑やかで、道行く人に訴えかけてくる、素敵な誘惑が多いだけ。
「ソナ、そのお菓子を買ったら、広場に行ってみる?」
今にも駆け寄っていきそうなほどに腕を引かれた先にあるのはドラジェの小山。芸を見せる人もいるだろうから、ここよりももっと人が居るのだと。そんな人々を眺める時間をとろうと提案すれば、小さな尻尾がふるりと揺れた。
「チョコは食べられねぇけど参加してぇっぽい」
そう説明して、参加証でもある鬼面を4枚多く受け取ったカイン・シュミート(ka6967)を見ながら、リーベ・ヴァチン(ka7144)も鬼面を受け取った。
カインの手により面を身に着けていくフラウ、ケルス、ブルーメにヴィンデ。四者の瞳はきらきらと輝いている。
「皆張り切ってるんだよな」
練習とばかりにケルスがカインの周囲を一周する。その間にケルスの鞍の上からブルーメが投げたチョコをヴィンデが空中でキャッチ。自由に歩き回るフラウの上にチョコレートを落とした。移動、投擲、落下に客引き……といったところだろうか?
「役割分担も済んでるのか。皆、すごいな」
イイ女達で誇らしいと喜ぶカインの視界にリーベの眉が僅かに歪んだのが見えた。
(何かあったかわからねぇが、リーベが言わないなら無理に聞き出すことじゃねぇな)
改めて、皆で楽しめそうでよい事だと微笑むカインに四者がそれぞれすり寄っていく。
(お前の寵愛が欲しくて女同士の戦いしてるんだろ)
鈍感さは今日も健在だと思うリーベだが、薮を突くつもりはなかった。今日だって、出掛ける前の女の戦いを目撃しているのだ。
(同行するのが誰かって、自分達で決めていることをカインは褒めてたが)
あれはそんな穏やかなものじゃなかった。知らないのは幸せなのだと思っておく。楽しそうにしているのを態々邪魔するつもりはなかった。
グリフォンのキャリアー込みで運べる限界までのチョコを預かった鳳凰院ひりょ(ka3744)だが、オフィスを出てチョコが詰まった袋を積む時にはじめて息を飲んだ。
「……人手が足りない」
訓練を施されたグリフォンであるし相棒として信頼もしているので、指示をすればその通り飛んでくれるとは思う。だがひとりでチョコを撒くにしては多すぎる。
(雨を意識するなら、終わるのはいつになるだろうか)
ただ闇雲に降らせるのでは駄目だとわかる。しかし引き受けた手前、受付にチョコを返しに行くのも不義理だと思うのだ。
(どうすれば……)
肩を落とし思考の波に浚われそうになったが、幸運にも聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「お兄様、また何かお困りですか?」
前にも似たようなことがありましたね、なんて声が続いて。鳳凰院 流宇(ka1922)がひりょの様子を伺う。
「るぅ! ちょうど良い所に!」
喜色を浮かべながら迎えるが、かけられた言葉に以前の記憶がよみがえる。
(確かに……でも、今日までだって色々あったんだ)
まさか自分自身が成長していないのだろうか、なんて不安がよぎりかけて、強く首を振った。
(守るべき人も出来て、色々と経験を重ねてきているはずですが……)
降らせ隊の概要を聞きながら、流宇は兄の顔を見つめる。心底安堵したと書いてあるような気さえする。ハンターになる前から知っているその表情に、自分も安堵を覚えているのだと気付いた。
(そういう不器用な所がお兄様……なのかしら?)
互いに変化があっても無くても、血の繋がりは変わる筈がない。大切な人が出来たからって、兄離れの必要はないのかもしれない、なんて思うのだ。
「これでグリフォンの軌道は安定させられそうだな」
流宇の協力を得たことで安堵の息を零すひりょ。
「あーーー! うっかりしてた!」
突如響く慌てた声。兄妹の視線の先では燕尾服の鎬鬼(ka5760)が頭を抱えている。その背にはチョコの詰まった籠が背負われているので、同じ企画への参加者だと分かる。
「ワイバーン用のリボンも用意してたってのに」
言葉通りピンクのリボンを持っているが、肝心の相棒が居ない。
「降らせ隊か? なら同乗可能だがどうだろう」
チョコが多いので人手は多い方が良いと、すかさず声をかけるひりょ。
「本当か! 助かる!」
募集を見てからずっと気になっていたせいだろうか、受付に向かう際、ついに言葉になってしまった。
「バレンタインに何で節分が混じるのかしら」
そんな北条・佳奈美(ka4065)の呟きに答えるのは、それまできょろきょろと周囲を見回していたはずの双子の姉、北条・真奈美(ka4064)である。
「あはははぁっ♪ カナちゃん、細かいことは良いからぁっ♪」
ぎゅぅっと腕に抱きついて、そのままぐいぐい先を急ごうとする。
「今はとにかくぅ、頼んじゃおうよぉっ♪」
「そうね……折角用意したのだもの」
蒼界に居た時だって、国によって同じイベントでも解釈やら何やら違ったのだ。今更細かい事を気にしても仕方ない……そう納得することにして、妹も姉に身体を寄せた。
「ほらほらぁ、皆待っているからぁ、頑張ろうねぇっ♪」
まずは、たぁくさんチョコレート貰わないとねぇ?
「駄目ですよぉ、グデちゃん。食べていいのは落ちちゃったお菓子だけですからねぇ」
グデちゃんの襲撃を片手間にあしらいながら、星野 ハナ(ka5852)は受付の横に確保したスペースで、黙々と最後の仕上げを進めている。
「チョコレートばっかりだと甘じょっぱいものも絶対欲しくなりますよねぇ。それに節分も兼ねてるわけですしぃ。……風邪引きさんにはチョコレートだと刺激が強すぎですしぃ」
そう伝えた結果、持ちこみ分の菓子類(煎餅や木の実、そして飴)の資金を支払われたし、なんなら今APVにある分も使ってくれて構わないと言われたのだ。
(あれぇ、作業が増えてますぅ?)
そう思いはするものの、準備してきたものと同じように個包装していく。なにせ背負い籠いっぱいになる程やってきたのだ、ちょっとくらい別の事を考えていても、その手は着実に動いていた。
「この量に、更にチョコレートですよねぇ?」
当初の予定よりもずいぶんと増えたお菓子の山を見るハナの、服の裾がくいくいと引かれた。
「うーん、配りきれなくなったら、その時はグデちゃんのにしてもいいですよぉ」
期待に満ちた瞳の輝きが強くなったので。少しくらいは残すようにしようと思うハナだった。
●投げ隊
広場の周囲でも、屋台はそこかしこに並んでいる。香ばしい香りや甘い香りに誘われることはあるけれど、籠の中のチョコレートを思い出して、そのたびにしっかりと頷くバーニャ。
「これは投げる分なのよ」
そうソナが伝えた事をしっかり噛みしめているのだろう。
「投げて貰った分は、私達のものになるから、ね」
ひとつずつ丁寧に、受け取りやすいようにと斜め上に投げるソナが微笑みかける。投げ終わって籠が空になったら、幸せの欠片を集めに行こうと言葉を添えて。
「♪」
ちいさな鈴音は、賑やかな中では聴き逃してしまいそうになることもあるけれど。すぐ傍で跳ねるように歩くバーニャをソナが見失うことはなかった。
黄色と黒の、所謂虎縞模様。そんな揃いのビキニを身に着けギリギリまでボディラインを晒す双子の頭には、勿論鬼角カチューシャである。寒そうだからと貸し出されたロングマフラーがふわふわと二人の肌を撫でる。
「ふふっ、カナちゃんってばくすぐっちゃぁやだよぉっ♪」
お返しだ、と妹の身体を擽り始める真奈美。言いがかりだと分かっていてもそれを受けて身をよじる佳奈美。
「んんっ♪ 私の手はさっきからずっと、チョコを投げて……るわっ?」
「あれぇ~そうかなぁ?」
「そんな悪戯マナ姉にはお返しね?」
「はぅんっ♪」
つつっと姉の鎖骨を指でなぞる妹の視線が、2人の様子を伺う周囲の男性陣に向かう。
「「「ッ!」」」
「鬼娘に群がるなんて物好きにはも、お仕置きが必要みたいね……?」
「邪魔したお兄さん達には、チョコレート投げちゃうよぉ?」
双子鬼に射すくめられた男性陣は格好の的である。皆、逃げるには難しい状況(意味深)になってしまったので。
「ほらほら、ありがたく受け取りなさーいっ♪」
妹の容赦ないチョコレート射撃! 男性陣に対しては振りかぶって、最大限勢いをつけている!
その身振りが大きいので、男達の大半はついに蹲ってしまった!
「楽しいねぇ~カナちゃぁんっ♪」
いっしょに投げている姉は、ちらちらと妹の投げるチョコレートを気にしているせいでどこか勢いが弱い。それに気づいた妹は一度手を止めて、男達にあえて優しく語りかけた。
「ねぇ……投げ返してきても、いいのよ?」
「えっ♪ そうだよねぇ。あたしたち鬼だもんねぇ……楽しみだなぁ~♪」
提案によろこぶ姉の声に奮起した男性陣が、上気した顔で姉鬼にチョコレートを投げはじめるまで、あと少し。
賑やかな通りに近づいたところで、運んでいた籠をケルスの鞍へと取りつけるカイン。
「ケルス、チョコの籠よろしくな」
小さく嘶いて顔を寄せて来る彼女の鬣を指で梳くように撫ぜていれば、羽音が近づいてくる。
「甘え上手だな……おいおいヴィンデ、俺は木の枝じゃねぇよ?」
仕方ないなと頭のかわりに腕を差し出せば、腕に移るだけでなく顔の傍へ寄ってくる。
「自分も撫でてってか? この小悪魔め……っ」
要求通りに撫でれば足元に軽い衝撃。視線を下げれば、皆の中でも一番馴染み深い虎柄の毛並み。
「フラウ、拗ねたのか?」
抱き上げ顔を覗き込もうにも、視線を合わせて貰えない。
「ツンツンすんなって。うわ、ブルーメ登ってくるな、抱えてやるから」
珍しく今日はお転婆だなと言えばゆっくりと尻尾が揺れた。
「ん?」
殺気に近い、強い意思を感じて振り向くリーベ。視線の主はカインの腕の中のフラウだ。
(あの女が甘えているだと!?)
だがカインに視線を向けずこちらを牽制してきている様子は、さすが小姑と認める程だ。
(だが、そう来なくてはな)
自分は彼女達と、正面から敵対しているのだ。ここに居る四者だけではない。カインと共に暮らす女達は皆、カインへの恋情を抱いている。
そこに種族は関係ない。そう考えるリーベもまた、そのうちの一人だから。
「私も、欲しいんだ」
公園で遊ぶ子供達がハナに気付き集まってくるのを、笑顔で迎える。
「はーい、みんな両手でお皿を作ってねぇ」
グデちゃんが早速手を前に出しているので、見本だと伝えれば子供達も真似始める。
「それじゃ、福は内ですぅ!」
投げる動きはフリだ。あてずっぽうに投げているように見せつつも、子供達の手の中に入るように意識して放り込んでいく。
きゃぁきゃぁと笑顔になる子供達に微笑みながら続ければ、視界の隅でグデちゃんの尻尾がしんなりしょげている。
(上手く投げられなかった分はグデちゃんのなんですけどねぇ)
後でもう一度伝えるべきか。首を傾げたところで小さな咳が聞こえた。子供の一人かららしい。
「ちょっといいですかぁ」
目線を合わせようとしゃがみ声をかける。ほんの少しだが赤味が強いように感じて、籠から飴を多めにとりだした。
「ちょっとお咳が出てるねぇ。風邪かもしれないし、こういう時はチョコより飴玉の方が良いんだよぉ」
取り出した分を持たせ、ぽんと頭を撫でる。
「早く元気になってねぇ」
「ハッピーバレンタイン!」
ヴァイシュラヴァナの輝きに負けないほどの笑顔で容赦なくチョコを投げる百鬼 一夏(ka7308)の前で、たった今男性がキャッチに失敗し倒れていく。
「このくらい受け止める気合がないと、幸せも愛も手に入りませんよ!」
既に男性は気絶して聞いていない。が、強引なナンパに困っていた女性からは感謝の言葉を貰えたので結果オーライ☆
「こんな勢いよく投げても簡単に割れないチョコです! 縁起物ってことで、そのままお裾分けしますね」
貴女にも幸福と愛が訪れますように。そう、女性は奇跡的にキャッチに成功していたのだ。なにせ一夏は男女関係なく全力投球なので。
(やっぱりパワーを込めたからこその効果です!)
何か違う気もするが、脳内にツッコむ存在は居ないので問題ないのである。
●降らせ隊
「そろそろですね」
星読を懐に戻すサクラ・エルフリード(ka2598)の隣で、剛力の効果込みでの限界ギリギリまで積み込んだチョコの袋が空けやすいようチェックしながら、屋根の上から行き交う人々を眺めるのはシレークス(ka0752)である。
「おめーにも頑張ってもらいますですよ?」
「ホホ~ッ!」
準備運動のつもりだろうか、やる気満々だと言う様に両の翼を羽ばたかせ、シレークスに答えるのはカリブンクルスだ。
「よぉし」
風の抵抗を減らそうと袖や裾を纏め、シレークスが気合を入れる。
「エクラ教徒として、皆に笑顔を届けにいきやがりますよ!」
個包装されたチョコは、小さいからこそ数がある。袋の中を数えようとした宵待 サクラ(ka5561)だが、気付いてぶんぶんと首を横に振った。これだけあればあの子達皆にあげられるなんて……考えてないったら!
「これは降らせる分……イベントを盛り上げる分」
イベント、その言葉が妙に懐かしい気がして言葉が止まった。
「そうだよねぇ」
しみじみとした声が零れたことに、宵待自身笑えばいいのかわからなくなってきた。
(歪虚や卒業式のことで頭がいっぱいで、節分もバレンタインも忘れてたなぁ……)
子供達が喜びそうな企画をし損ねたことに今、気付いたのだ。蒼界に居た時は企業が勝手に盛り立てていたそれらを、うっかりとはいえ忘れていたのが悔やまれる。
「その分、来年はもっと頑張ろう」
反省は次に生かしてこそ! 明るい笑顔を作って、宵待は空を走り出す。
Suiteの調律は済ませてある。不備がないかの確認も済んでいるので万全だと言える。
スマホを確認すれば、予定の時間まであと少しだ。ルナ・レンフィールド(ka1565)は魔箒にマテリアルを籠めて浮かび上がる。
すぐ横を見れば同じように高瀬 未悠(ka3199)も浮かんでいる。こちらは楽器を持たずに、チョコを入れた籠をしっかりと抱えていた。
『エステルちゃん、準備はできてる?』
上空へと昇った2人の影を見上げてから、エステル・クレティエ(ka3783)は甘い香りを漂わせるユメリア(ka7010)へと視線を向ける。互いに頷いて。
『2人とも万全です! タイミングを、5、4、3、……』
スマホの示す画面を確かめて、すぐにしまい込む。言葉にしない2拍で深く息を吸った。
地上から、上空から、音が跳ねまわる。
風の五線譜に乗って踊るのは音符だけでなく、手のひらで簡単に包めてしまいそうなチョコレート達。
タップ音も共に響かせるユメリアのリズムに重なるのはリュートの伴奏、フルートのメロディ、そして未悠の歌。
仄かな灯集める君の 確かな温もり得るために
幸せの欠片で祝福を
未悠の声にルナの声も重なっている。歌の間もずっとチョコは振り続けている。
間奏では少しばかり大きく音が響くように意識して弦を弾けば、地上から噴水のように、やわらかな放物線をチョコの音符が描いている。
クレティエの放り投げたそれは雨となったチョコと同じように人々へと降り注ぐ。
甘い香りを抱く君が いつか温もりを望むように
恋の欠片を語りあおう
リルト・リルトが刻むリズムはどこまでも軽快で、耳にした者がついステップをふんでしまいそうなほど。
手だけではなく、体中のどこかしこでもタンバリンの相手を担わせる。全身が楽器となったかのように舞うユメリアからは絶えずチョコレートが香っている。
伴侶と歩む道を行く君の 温もりが変わらず続くように
笑顔の切欠を振りまいて
恋を実らせた人にだって、甘い幸せな味は等しく届くはずだから。未悠は微笑みを絶やさずに歌い続ける。
幸せそうなカップルが居れば、二人同時に雨が届くように、より幸せが広がればと願いを込める。
前を見つめ続けていつか 視線の先まで幸せにしたい
好きと想う気持ちごと全て幸せの糧に
\ハッピーバレンタイン/
雲の無い青空に昇っていった光が、祝福の言葉を描き出す。街のどの場所からでも読み取れるように、文字の並びを工夫して、飾り立てるようにハートマークも可能な限り沢山並べていく。光に驚いた人々が空を仰ぎ歓声をあげる様子に楽しくなりながら、エステル・ソル(ka3983)は笑顔と共に祝福の祈りを空に籠めている。
ソルが描くハートをくぐるように、アウローラは空を飛翔する。ソルの描く文字を追う様に回転してみせる様子はさながらサーカスのようでもある。
(うむ、今だ……!)
そのアウローラの身にしっかりと脚をかけて、レイア・アローネ(ka4082)は騎乗している。どうにかあけた両腕に抱えるのは勿論チョコで、事前に決めておいたタイミングが来るたびにチョコを降らせていく。
一通り描いたら、次の場所へ。ソルの魔箒が次の場所へと向かうのに気付いて、アウローラも一度大きくぐるりと回ってから、追いかけていく。
「鬼は……!」
外、と続けそうになったがエルフリードは一度口をきゅっと閉じた。大きく揺れたせいだ。シレークスと2人足並みを揃えるため、飛行橇とカリブンクルスの鞍が縄で繋がっているのだ。ポロウはそもそも橇を引く為の存在ではないので気休め程度ではあるが、狙いと違う場所にとびあがるなんて事故は避けることが出来ていた。揺れの軽減は望めなかったがどうってことはない、多分。
「幸せを分けてあげやがりますよ! さあ、受け取るがいいのですよ!」
声をあげながらチョコを盛大にばら撒いていくシレークスは揺れの支障は出ていないようだ。そこはカリブンクルスの技量のおかげなのだろう。
「ホ~ッ?」
ヒトで言うところの首を傾げる仕草。頭を横にしたカリブンクルスの軌道が少しだけ横にずれた。
「おめーは安定した飛行が最優先ですよ!」
今日の、いや最近のシレークスは随分と機嫌がいい。不思議に思っているのだが、生憎ポロウの言葉が通じないためにカリブンクルスの疑問に答えがもたらされる気配はない。
例えば、幸せを分けるなら、そもそも与える側が幸せになっていなければいけないわけで。どんな幸せが彼女に訪れているのか、とか。
(色々と大変な時期ではありますが)
舌を噛まぬよう気をつけているせいか、エルフリードがそこに気付く余裕はなかった。ただ内心で、祈るように、想う。
(今この瞬間くらいは、たくさんの人々に。幸せな時間を過ごしてほしいですね……)
飛行体勢が落ち着いたので、どうにか声を出せそうだ。
「シレークスさん、出来るだけ多くに幸せを届けるとしましょうか……」
「あったりまえじゃねーですか」
言われるまでもありませんよ、なんて笑顔が返ってきていた。
夜空の黒と、夕日を思わせる紅。共に空の色と薔薇の飾りを纏った2人の魔女が、揃いの魔箒を携えて空を駆ける。常に寄り添い離れずに飛ぶ2人の間には、それぞれの手で支えられたチョコの袋。
少しずつ傾けながら、流れ星の尾をひくようにチョコの雨を降らせていく。
紅の魔女の手に光る文字がより魔法めいた空気を強調しているからだろうか、絵本の表紙のような風景を作り上げていた。
「ほら、ひばりちゃん。笑顔笑顔~♪」
きらきらした目を向けてくる子供達に気付いて、おっかなびっくり手を振る黒の魔女。雲雀(ka6084)の緊張が走る表情にくすくすと笑いながら、紅の魔女グラディート(ka6433)が声をかける。
「ディ……そうはいってもですね」
予想以上に集まってしまった人目に、どうしても恥ずかしさが勝ってしまうのだ。
つんっ
「!?」
頬を突く感触に驚けば、気付かぬうちにすぐ近くまで箒を寄せたディの微笑みがすぐ傍に迫っている。
「ほら、折角のドレスなんだし。皆、可愛い子にもらった方が嬉しいから、ね?」
そのままするりと頬を撫でて、耳元に唇を寄せる。
「でも、こんなにかわいくしたのは僕だってこと、覚えててね?」
「!?」
手が触れた時はほんのり染まる程度だった頬が、一気に熱をもった。
「うりゃーー! お一人さんも懇ろな奴らも、纏めて腹いっぱい食らいやがれーー!!」
時間と同時に盛大に投げ始める鎬鬼。
「素敵なバレンタインになりますように」
勢いはないが、まんべんなく降らせようと、できれば人々の手元に落ちるように、なんて意識して丁寧に投げていく流宇。
「今の道を、ゆっくり戻ってくれるか」
大通りの上空を、道に沿うように駆けさせたひりょは簡単な指示を出すことで少しだけ手元をあける。元の位置に戻ったらまた指示が必要だろうが、これでしばらくはチョコを投げられそうだ。
「にしても……鬼が幸せのチョコレートを投げるのか」
節分を思い出すひりょの呟きに気付いた鎬鬼がにししと笑う。
「鬼が福を撒くってのも、洒落が効いてていいんじゃね?」
「ふふっ」
思わず零れた流宇の笑い声。
「素敵な洒落だと思います」
ところで、と鎬鬼に首を傾げる。
「投げ方にコツはありますか?」
お上手ですよねと続く褒め言葉に、面食らったのか鎬鬼の視線が逸れた。
「あれだよ、祝い餅! ああいうのって豪快にやるもんだろ? これだけあるんだ、ちょっとくらい雑でも皆困りゃしないって」
「確かに……」
「そうだな、もっと勢いをつけてみるか」
甘い甘い雨が降る。
籠を掲げるように持たバーニャがチョコレートの粒を受けとめるようにくるくると回れば、鈴音も追いかけるように軽やかなメロディを紡いでいく。
幸せの欠片は心の温もりを灯して
甘い香り降りしきる中
贈りあって分けあって
寄り添えばそこにある
ソナがそっと口ずさめば、気付いたバーニャがステップを利用してリズムを刻んでいる。
気付いた周囲の人々がチョコレートを拾って、バーニャの籠にやさしく投げ入れていく。
幸せの欠片を籠いっぱいに詰め込んで
祈りを想いを受け止めて
届ける誰かも届けられた誰かも
喜びを感謝を幸せを
籠いっぱいになると同時に歌も終わって、揃えたお辞儀には拍手がもたらされた。
幻獣達と協力して降らせ続けているチョコの雨の中を楽しみ始めている宵待。
「子供の頃からのみんなの憧れだもんね」
いいなぁと呟いて、空を仰ぐ。いつか見た絵本の中に紛れ込んだみたいだ。
「これは降ってきた分だから……いいよね?」
そっと、持っていた袋を広げて、入りこんだいくつかのチョコを眺める。あの子達の土産話にするのもいいかな、なんて考え始めていた。
●届け隊
チョコの数が多ければ、それだけ降らせることができる数も増える。当たり前のことだ。
なるべく間が空かないように、そして偏らないように。その上でより多く届けられるように。
贈り物のための買い物をしている存在には、無意識に多めに降らせてしまっていたりする。
(ああいうのが流行りなんですかね?)
その上で、何を買い求めているのか、なんの店かを確認するシレークスは、あとで立ち寄ろうか、そんな風に考えてしまっているのだ。
「……酒なら自信があるんですがねぇ」
それ以外で、と考えると不慣れで……自信を持てない自覚があった。
「サクラ、終わったらちょっと付き合ってもらいますよ!」
「え、なんです?」
振り向けばだいぶ離れていたようだ。
「ホホッ!」
察したカリブンクルスが距離を詰める。
「いい子ですよカリブンクルス。袋が空になったら、買い物に出ますよサクラ!」
「チョコに合いそうなお酒でもあったんですか……?」
「おめー、どーしてわたくしが買うものをお酒だと決めつけてるんですかねぇ?」
「ホホッ!」
主従から心外だと責められても、エルフリードは目を瞬かせるばかり。確かにシレークスの酒量は多いので仕方がないだろう、
「え……違うんですか?」
「買いますけどねぇ?」
結局買うらしい。じゃあ何を理由に言い出したのか。
「……なら……残りも全て、降らせませんと……」
首は傾げたものの、答えが思いつかなかったエルフリードは、先を急ぐことにした。
ルナと未悠が降りてきたのを見計らって、ユメリアはそっと包みを取り出す。
何より大切で、大好きな3人を想い選んだ包みの中身は同じチョコレートなのだけれど。
「私からのプレゼントです。少し早いとは思ったのですが」
4人で揃って過ごせるこの日が良いと思ったから持ってきたのだ。笑顔を浮かべてユメリアはひとつひとつ渡していく。
未悠に渡す包みだけ、他の2つと違うシルエット。まるで何度もやり直したような、包み切れずに溢れたような。
「まとまりきらなかったんです」
その言葉にルナとクレティエは思い出す。自分達のラッピング相談に乗ってくれたその時、ユメリア自身はまだ迷っていたことを。
「これだけ気持ちが籠もったチョコレート、私、他に知らないわ」
笑顔で受け取る未悠に、ユメリアが破顔した。
「リーベ、俺らもチョコ撒くか……って、遅かったか」
彼女がチョコを投げた先の子供達の笑顔。その穏やかな空気にカインの頬が僅かに緩む。
「ん……ああ、大丈夫だ」
フラウの身じろぎに視線を戻せば、ペンダントへ向かう虎柄の手。
「気付いてんだろ」
自戒の証は懐古の標でもあるが、感情を閉じ込める蓋にはならなかった。対の指輪の理由を知るフラウは、それを意識させようとしたのだろうか。
(俺はあの女が好きだ)
静かに身を任せてくるフラウの温もりに、出来た女だなと感謝した。
「皆で楽しむ時間だってのに出遅れた」
フラウを降ろしたカインもチョコを投げ始める。ヴィンデが落とすチョコを誰が上手に受け止めるか競争している子供達に、ブルーメがチョコをあてて気を逸らす。
ケルスの籠から受け取った半分をカインに渡したリーベが新たに投げたチョコは緩やかな放物線を描いていく。
(この子らもいつか同じように誰かの幸せを願ってチョコを投げるのかもな)
そんな未来を想像するのも、悪くない。
幸せそうに寄り添い歩く恋人達の様子を見かけ、クレティエの脳裏にフレーズが浮かぶ。
ルナに視線を向ければ、頷いてくれる。もう一度同じ旋律を繰り返してくれるから、その音に声を乗せていく。
突然の風に 踊るのは木の葉だけ
どこに居ても 変わらない想いを遠く貴方に向けて
繋いだ想い この先もずっときっと
冬の風 火照る頬を優しく撫でて春へと誘うから
勇気を出したから実ったその関係に、羨ましさもある。
歌い終えたフレーズと同じ音をフルートで繰り返しながら、クレティエは故郷に居る人を想う。
(今はまだ、小さくても。積み重ねていければそれでいい)
親友にもチョコの祝福を。そして少しだけ自分も持ち帰ろう。
知らぬうちに 熱くなる瞼の奥
目を閉じて 雫が想いが零れないように
抱いた想い あなたと好きな人がずっと
幸せな道 温かな未来を共に歩んでいけますように
同じメロディに乗せて歌うのはユメリア。踊りながらそっと周囲へとチョコを投げていく。
道行く人々だけでなく、共に今音を紡ぐ友人達にも。
クレティエとユメリアが投げたチョコを喜んで身に受けた未悠は、丁度手のひらの上に落ちてきたチョコレートを摘む。
(美味しい。友情もたくさん籠もっているのよね。私がこんなにお裾分けされちゃってていいのかしら?)
もっとたくさんの人に届けられるように。そう強く思うからこそ、チョコを投げる手に気持ちをより強く籠めていく。
勿論勢いをつけるような形ではなくて、どこまでも優しく。
コーラスと伴奏に徹していたルナの声が、やはりこれまでと同じメロディに乗せて響き始めていた。
楽しい気持ち 忘れずに空を仰いで
光照らし 見守る誰かが必ず見つかるから
悪天候でも 雲は何時か風が吹き飛ばすの
出会えた喜びと 幸せの欠片で祝福を
ルナの手がユグドラシルを振りはじめ、曲が終息していく。それは偶然にもチョコレートの雨が終わるタイミングに近かったようだ。
上空を駆けるハンター達の姿も見えなくなった頃、サプライズセッションも周囲の拍手と共に終わりを迎えた。
「今年も楽しい事いっぱいありますようにですぅ」
年配の方々の散歩コースにも足を運んだハナは、手渡しで菓子を配っていった。
「……最後までちゃんと狙わずにいられましたからぁ、これはグデちゃんの分ですよぉ」
最後に残したハナの両手の皿に山盛り一杯分のお菓子は、グデちゃんの幸せを祈る分☆
子供には優しく投げていた一夏だが、次第に女性達にチョコ投げを求められるようになり、そのまま彼女達の対応に追われることになる。
「そのまま構えててくださいね!」
ちょっとだけ武術の受け身指導っぽくなってきているし、順番待ちの女性達も真剣に話を聞いている。一夏の投げたチョコを無事に受け止めて、そのチョコをお守りにすればバレンタインの告白に上手くいく……という謎の噂が独り歩きしていたのだ!
「貴方の幸せと愛に! ハッピーバレンタイーン!」
また一粒、投げましたー!!!
一仕事終えた鎬鬼は土産用のチョコを探し回る。上空から店の集まる場所の目星はついたけれど、品まではしっかり確認できなかったので、改めて。
「甘いのは外せねぇけど、酒入りなんてのもあるといいよな」
それは彼が大切に想う家族達に贈る品だ。
「なあ、それどんな味するか教えてもらえねぇか?」
出来たら味見させてもらえねぇかな、なんて交渉しつつ。皆の好みを思い浮かベながら吟味を重ねていった。
(き、気になるのです……)
大好きな友の様子が気になって。そっと追いかける事を決めたソル。別に誰かさんのナンパを止めるためではなくて。ただ彼女の幸せを願っているから。
「なんとか全て降らせたな……ん、どこへいく?」
休みなしの曲芸飛行にほぅと息をついていたレイアに、そっと指を口元にあてて気配を抑えるよう頼む。
「ちょこっとだけ、こっそり覗きたいのです」
変装は完璧だからと、静かにソルが示す先には、レイアも知る二人の背中。
「……ひばりとディじゃないか……」
この組み合わせなら答えは一つ、デートで間違いないだろうと思う。どちらもドレスを着ているし、装いに手を抜くなんてこともありえないので、外見上は完璧な女子同士なのだが。
むしろ雲雀がいつも以上にドレスアップされているので、きっとディの手腕によるものだろう。そこまでつらつらと考えたレイアだが、はっと我に返る。
「いやその……覗きはいかんと思うぞ……うん……」
既にまじまじと見てしまってはいるのだが。レイアも女の子、デートに興味がないなんて嘘は付けない。心身ともにぐらついているのは、乙女心が理由なだけではない。曲芸飛行の余韻がまだ残っているからだ。
「いかん……だから、エステルが邪魔をしないよう見守らなくてはいけないな?」
ちょうど、アウローラという壁役も居ることだし。隠れ場所には困らないだろう。そこまで考えたレイアはソルに付き合い2人の尾行を開始する。まだ、思考能力は平常時に戻っていないようだった。
視界の隅になんども映り込むワイバーンは見覚えがありすぎるし、その影に慌てて身を隠す2人分の影の目的は、間違いなく自分達なのだろう。
(せっかくのデートだからね、気付かないふりをしていてあげるよ?)
敢えて視線を向けないようにしながらも雲雀をエスコートするディ。降らせ隊を終えたのだからと、街歩きを提案していたのだ。
「ディ? どうしたのですか」
隣を歩く雲雀が心配そうに見上げて来る、その仕草に愛情を募らせる。
(うん、今がいいかな)
事前に用意しておいたチョコレートの包みを取り出す。雲雀の視線がそちらにそれた隙を使って取り出すのは一輪の真紅の薔薇。
「わ……」
突如現れた薔薇に目を瞬かせた雲雀は、籠められた言葉を思い出す。恋する乙女なら憧れる、その意味は。
(……本当に?)
その香りが、花の存在感を確かに示しているのに。どこか夢見心地になってしまうのは、それだけディへの想いがあるからで。
「ハッピーバレンタイン、だよ♪」
優しく紡がれた言葉と共に、触れあった唇から再び熱が増す。
「わ、わわわわ……はわぁ……」
仮面で顔を隠してはいるけれど、甘い空気を目の当たりにしたソルは着ぐるみでもふもふになった両手で更に顔を覆う。
「やるな……ディ……」
レイアの方はガン見である。壁にされているアウローラはどこまでも暇そうに欠伸をしているので興味はないらしい。
「よかったです……よかったですねひばりちゃん……っ」
幸せな風景を堪能し、流石にこれ以上の尾行はよくないと、今更ながらに撤退を考え始める。
「同志、女同士でいちゃつくのはカップルとみなすべきだろうか」
「年齢性別関係なく、恋人同士ならカップルだと考えるな、同志よ」
「「ならば、チョコレート滝を喰らもがっ!?」」
通りすがった二人組がかき集めたチョコ入りの籠を構えたところで、ソルからの竹ドノエルフォーユー!
「邪魔者退散なのです!」
折角のラブラブで幸せな空気をどうして壊してくれるのかと、思った瞬間にぶん投げていた。あまりの衝撃的な味に、2人はそのままぶっ倒れた!
「……エスティ?」
折角気付かないふりをしていてあげたのに。そう語るディはとてもよい笑顔だった。
(……ああ、あれかな?)
鬼の面をつけている二人の男を見つけ出したシャーリーンは、翼型のフィールドを羽ばたかせ留まり木へと着地する。なんだか肩を落としているのは気になるが……あとはスキルを発動させるだけ。
念じてすぐ、丁寧に包装しカードを添えた、林檎の包み焼きパイが消えた。
突然現れた贈り物に驚き周囲を見回す二人は送り主を見つけることができない。隅に青い翼の鳥が描かれたカードには、シャーリーンが間借りしている店の名前と場所の説明が添えられていた。
「あとは……友人達の労いもしなくてはね」
耳をすまし、演奏を辿って。シャーリーンは再び空中へと躍り出た。
「……居た。るぅ、あの連中で間違いないか?」
「先ほど見た2人だと思います」
自分達のように降らせるわけでも、投げるわけでもないのにチョコを集めていた二人組。その姿は引き受けたチョコを全て降らせ終わるまでに何度も見かけることになった。あまりの頻度に、兄妹は様子を伺うことにしたのだ。
「何しているのかと思ったが……まあ、悪事ではなかったな」
滝のようなチョコ攻撃(未遂)をどう評価していいか迷うが……危険があれば妹を護るつもりでいたひりょの懸念は不要だったようだ。
「修行か」
思わずツッコめば、すぐ横で流宇が小さくふき出した。
「お兄様ってば……あ、どこかに行くみたいですよ?」
笑いが落ち着いたところで、2人組が移動を始める。
「何か探しているようだが、るぅ、まだ追ってみるか?」
「気になったままですし、お供します」
●締め隊
ちいさなお茶処で、シャーリーンは客の合間を幾度も縫う様に動き回る。
「甘い物に飽きたなら、これはどうさね」
温かな湯気を立てて差し出すのはブイヤベースにウフ・アン・ムーレット。幸せを配った者達の舌とお腹に幸せを運ぶのが、今日のシャーリーン一番の目的なのだから。
招待状に誘われ、おっかなびっくり辿り着いた二人組は、温かい気持ちに触れるなんて思いがけない幸せにむせび泣いている。
「結構重労働だったからな。甘いものもいいが、腹にたまるのもよさそうだ……」
改めて終わったことを実感したのか、気の抜けた声でお茶処に立ち寄る提案をするひりょに流宇がくすくすと笑う。
「私も賛成です、食べて行きましょう、お兄様」
勿論ドラジェは別腹で、お土産に買っていきましょうね?
炒って味と香りを高めた木の実に、淡い色の甘い衣を纏わせる。お菓子の姿を借りた宝石の粒が山のように盛られて居れば、そこは宝物殿に違いない。
「幸運を呼ぶドラジェはいかがかな? 土産用に包むこともできるけれど、ここでお茶と一緒に分け合って楽しむこともできる」
そういってシャーリーン・クリオール(ka0184)が指し示す先には笑顔でカップを傾ける恋人達の姿。
バーニャのために用意した籠に幅が広めのリボンをつけて、白羽で覆うのとは反対側になるように、斜めに肩から下げさせる。
「これでお揃いだね」
持ち手付きの籠に、揃いの橙色のリボンを結び付けてから微笑むソナ(ka1352)に、嬉しそうに跳ねるバーニャ。転がるような鈴の音が一層、互いの気持ちを増幅している気がした。
チョコレートの粒を籠に詰め込んで、繰り出した街にはどこか甘い香りが漂っているような気がする。中でも特に甘く香る道を選ぼうとするバーニャに手を引かれながら、ソナはどうやって広場を目指そうかと首を傾げる。
(手を繋いだままだと投げるのも難しいですし)
充分に広さのある場所なら、バーニャの居場所を把握しながらも、チョコレート投げを楽しめると思うのだけれど。
(このままだと、屋台が並ぶ道ばかり回ることになりますね)
別に特別バーニャが食いしん坊だとかそういうわけではないのだ。それだけリゼリオが賑やかで、道行く人に訴えかけてくる、素敵な誘惑が多いだけ。
「ソナ、そのお菓子を買ったら、広場に行ってみる?」
今にも駆け寄っていきそうなほどに腕を引かれた先にあるのはドラジェの小山。芸を見せる人もいるだろうから、ここよりももっと人が居るのだと。そんな人々を眺める時間をとろうと提案すれば、小さな尻尾がふるりと揺れた。
「チョコは食べられねぇけど参加してぇっぽい」
そう説明して、参加証でもある鬼面を4枚多く受け取ったカイン・シュミート(ka6967)を見ながら、リーベ・ヴァチン(ka7144)も鬼面を受け取った。
カインの手により面を身に着けていくフラウ、ケルス、ブルーメにヴィンデ。四者の瞳はきらきらと輝いている。
「皆張り切ってるんだよな」
練習とばかりにケルスがカインの周囲を一周する。その間にケルスの鞍の上からブルーメが投げたチョコをヴィンデが空中でキャッチ。自由に歩き回るフラウの上にチョコレートを落とした。移動、投擲、落下に客引き……といったところだろうか?
「役割分担も済んでるのか。皆、すごいな」
イイ女達で誇らしいと喜ぶカインの視界にリーベの眉が僅かに歪んだのが見えた。
(何かあったかわからねぇが、リーベが言わないなら無理に聞き出すことじゃねぇな)
改めて、皆で楽しめそうでよい事だと微笑むカインに四者がそれぞれすり寄っていく。
(お前の寵愛が欲しくて女同士の戦いしてるんだろ)
鈍感さは今日も健在だと思うリーベだが、薮を突くつもりはなかった。今日だって、出掛ける前の女の戦いを目撃しているのだ。
(同行するのが誰かって、自分達で決めていることをカインは褒めてたが)
あれはそんな穏やかなものじゃなかった。知らないのは幸せなのだと思っておく。楽しそうにしているのを態々邪魔するつもりはなかった。
グリフォンのキャリアー込みで運べる限界までのチョコを預かった鳳凰院ひりょ(ka3744)だが、オフィスを出てチョコが詰まった袋を積む時にはじめて息を飲んだ。
「……人手が足りない」
訓練を施されたグリフォンであるし相棒として信頼もしているので、指示をすればその通り飛んでくれるとは思う。だがひとりでチョコを撒くにしては多すぎる。
(雨を意識するなら、終わるのはいつになるだろうか)
ただ闇雲に降らせるのでは駄目だとわかる。しかし引き受けた手前、受付にチョコを返しに行くのも不義理だと思うのだ。
(どうすれば……)
肩を落とし思考の波に浚われそうになったが、幸運にも聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「お兄様、また何かお困りですか?」
前にも似たようなことがありましたね、なんて声が続いて。鳳凰院 流宇(ka1922)がひりょの様子を伺う。
「るぅ! ちょうど良い所に!」
喜色を浮かべながら迎えるが、かけられた言葉に以前の記憶がよみがえる。
(確かに……でも、今日までだって色々あったんだ)
まさか自分自身が成長していないのだろうか、なんて不安がよぎりかけて、強く首を振った。
(守るべき人も出来て、色々と経験を重ねてきているはずですが……)
降らせ隊の概要を聞きながら、流宇は兄の顔を見つめる。心底安堵したと書いてあるような気さえする。ハンターになる前から知っているその表情に、自分も安堵を覚えているのだと気付いた。
(そういう不器用な所がお兄様……なのかしら?)
互いに変化があっても無くても、血の繋がりは変わる筈がない。大切な人が出来たからって、兄離れの必要はないのかもしれない、なんて思うのだ。
「これでグリフォンの軌道は安定させられそうだな」
流宇の協力を得たことで安堵の息を零すひりょ。
「あーーー! うっかりしてた!」
突如響く慌てた声。兄妹の視線の先では燕尾服の鎬鬼(ka5760)が頭を抱えている。その背にはチョコの詰まった籠が背負われているので、同じ企画への参加者だと分かる。
「ワイバーン用のリボンも用意してたってのに」
言葉通りピンクのリボンを持っているが、肝心の相棒が居ない。
「降らせ隊か? なら同乗可能だがどうだろう」
チョコが多いので人手は多い方が良いと、すかさず声をかけるひりょ。
「本当か! 助かる!」
募集を見てからずっと気になっていたせいだろうか、受付に向かう際、ついに言葉になってしまった。
「バレンタインに何で節分が混じるのかしら」
そんな北条・佳奈美(ka4065)の呟きに答えるのは、それまできょろきょろと周囲を見回していたはずの双子の姉、北条・真奈美(ka4064)である。
「あはははぁっ♪ カナちゃん、細かいことは良いからぁっ♪」
ぎゅぅっと腕に抱きついて、そのままぐいぐい先を急ごうとする。
「今はとにかくぅ、頼んじゃおうよぉっ♪」
「そうね……折角用意したのだもの」
蒼界に居た時だって、国によって同じイベントでも解釈やら何やら違ったのだ。今更細かい事を気にしても仕方ない……そう納得することにして、妹も姉に身体を寄せた。
「ほらほらぁ、皆待っているからぁ、頑張ろうねぇっ♪」
まずは、たぁくさんチョコレート貰わないとねぇ?
「駄目ですよぉ、グデちゃん。食べていいのは落ちちゃったお菓子だけですからねぇ」
グデちゃんの襲撃を片手間にあしらいながら、星野 ハナ(ka5852)は受付の横に確保したスペースで、黙々と最後の仕上げを進めている。
「チョコレートばっかりだと甘じょっぱいものも絶対欲しくなりますよねぇ。それに節分も兼ねてるわけですしぃ。……風邪引きさんにはチョコレートだと刺激が強すぎですしぃ」
そう伝えた結果、持ちこみ分の菓子類(煎餅や木の実、そして飴)の資金を支払われたし、なんなら今APVにある分も使ってくれて構わないと言われたのだ。
(あれぇ、作業が増えてますぅ?)
そう思いはするものの、準備してきたものと同じように個包装していく。なにせ背負い籠いっぱいになる程やってきたのだ、ちょっとくらい別の事を考えていても、その手は着実に動いていた。
「この量に、更にチョコレートですよねぇ?」
当初の予定よりもずいぶんと増えたお菓子の山を見るハナの、服の裾がくいくいと引かれた。
「うーん、配りきれなくなったら、その時はグデちゃんのにしてもいいですよぉ」
期待に満ちた瞳の輝きが強くなったので。少しくらいは残すようにしようと思うハナだった。
●投げ隊
広場の周囲でも、屋台はそこかしこに並んでいる。香ばしい香りや甘い香りに誘われることはあるけれど、籠の中のチョコレートを思い出して、そのたびにしっかりと頷くバーニャ。
「これは投げる分なのよ」
そうソナが伝えた事をしっかり噛みしめているのだろう。
「投げて貰った分は、私達のものになるから、ね」
ひとつずつ丁寧に、受け取りやすいようにと斜め上に投げるソナが微笑みかける。投げ終わって籠が空になったら、幸せの欠片を集めに行こうと言葉を添えて。
「♪」
ちいさな鈴音は、賑やかな中では聴き逃してしまいそうになることもあるけれど。すぐ傍で跳ねるように歩くバーニャをソナが見失うことはなかった。
黄色と黒の、所謂虎縞模様。そんな揃いのビキニを身に着けギリギリまでボディラインを晒す双子の頭には、勿論鬼角カチューシャである。寒そうだからと貸し出されたロングマフラーがふわふわと二人の肌を撫でる。
「ふふっ、カナちゃんってばくすぐっちゃぁやだよぉっ♪」
お返しだ、と妹の身体を擽り始める真奈美。言いがかりだと分かっていてもそれを受けて身をよじる佳奈美。
「んんっ♪ 私の手はさっきからずっと、チョコを投げて……るわっ?」
「あれぇ~そうかなぁ?」
「そんな悪戯マナ姉にはお返しね?」
「はぅんっ♪」
つつっと姉の鎖骨を指でなぞる妹の視線が、2人の様子を伺う周囲の男性陣に向かう。
「「「ッ!」」」
「鬼娘に群がるなんて物好きにはも、お仕置きが必要みたいね……?」
「邪魔したお兄さん達には、チョコレート投げちゃうよぉ?」
双子鬼に射すくめられた男性陣は格好の的である。皆、逃げるには難しい状況(意味深)になってしまったので。
「ほらほら、ありがたく受け取りなさーいっ♪」
妹の容赦ないチョコレート射撃! 男性陣に対しては振りかぶって、最大限勢いをつけている!
その身振りが大きいので、男達の大半はついに蹲ってしまった!
「楽しいねぇ~カナちゃぁんっ♪」
いっしょに投げている姉は、ちらちらと妹の投げるチョコレートを気にしているせいでどこか勢いが弱い。それに気づいた妹は一度手を止めて、男達にあえて優しく語りかけた。
「ねぇ……投げ返してきても、いいのよ?」
「えっ♪ そうだよねぇ。あたしたち鬼だもんねぇ……楽しみだなぁ~♪」
提案によろこぶ姉の声に奮起した男性陣が、上気した顔で姉鬼にチョコレートを投げはじめるまで、あと少し。
賑やかな通りに近づいたところで、運んでいた籠をケルスの鞍へと取りつけるカイン。
「ケルス、チョコの籠よろしくな」
小さく嘶いて顔を寄せて来る彼女の鬣を指で梳くように撫ぜていれば、羽音が近づいてくる。
「甘え上手だな……おいおいヴィンデ、俺は木の枝じゃねぇよ?」
仕方ないなと頭のかわりに腕を差し出せば、腕に移るだけでなく顔の傍へ寄ってくる。
「自分も撫でてってか? この小悪魔め……っ」
要求通りに撫でれば足元に軽い衝撃。視線を下げれば、皆の中でも一番馴染み深い虎柄の毛並み。
「フラウ、拗ねたのか?」
抱き上げ顔を覗き込もうにも、視線を合わせて貰えない。
「ツンツンすんなって。うわ、ブルーメ登ってくるな、抱えてやるから」
珍しく今日はお転婆だなと言えばゆっくりと尻尾が揺れた。
「ん?」
殺気に近い、強い意思を感じて振り向くリーベ。視線の主はカインの腕の中のフラウだ。
(あの女が甘えているだと!?)
だがカインに視線を向けずこちらを牽制してきている様子は、さすが小姑と認める程だ。
(だが、そう来なくてはな)
自分は彼女達と、正面から敵対しているのだ。ここに居る四者だけではない。カインと共に暮らす女達は皆、カインへの恋情を抱いている。
そこに種族は関係ない。そう考えるリーベもまた、そのうちの一人だから。
「私も、欲しいんだ」
公園で遊ぶ子供達がハナに気付き集まってくるのを、笑顔で迎える。
「はーい、みんな両手でお皿を作ってねぇ」
グデちゃんが早速手を前に出しているので、見本だと伝えれば子供達も真似始める。
「それじゃ、福は内ですぅ!」
投げる動きはフリだ。あてずっぽうに投げているように見せつつも、子供達の手の中に入るように意識して放り込んでいく。
きゃぁきゃぁと笑顔になる子供達に微笑みながら続ければ、視界の隅でグデちゃんの尻尾がしんなりしょげている。
(上手く投げられなかった分はグデちゃんのなんですけどねぇ)
後でもう一度伝えるべきか。首を傾げたところで小さな咳が聞こえた。子供の一人かららしい。
「ちょっといいですかぁ」
目線を合わせようとしゃがみ声をかける。ほんの少しだが赤味が強いように感じて、籠から飴を多めにとりだした。
「ちょっとお咳が出てるねぇ。風邪かもしれないし、こういう時はチョコより飴玉の方が良いんだよぉ」
取り出した分を持たせ、ぽんと頭を撫でる。
「早く元気になってねぇ」
「ハッピーバレンタイン!」
ヴァイシュラヴァナの輝きに負けないほどの笑顔で容赦なくチョコを投げる百鬼 一夏(ka7308)の前で、たった今男性がキャッチに失敗し倒れていく。
「このくらい受け止める気合がないと、幸せも愛も手に入りませんよ!」
既に男性は気絶して聞いていない。が、強引なナンパに困っていた女性からは感謝の言葉を貰えたので結果オーライ☆
「こんな勢いよく投げても簡単に割れないチョコです! 縁起物ってことで、そのままお裾分けしますね」
貴女にも幸福と愛が訪れますように。そう、女性は奇跡的にキャッチに成功していたのだ。なにせ一夏は男女関係なく全力投球なので。
(やっぱりパワーを込めたからこその効果です!)
何か違う気もするが、脳内にツッコむ存在は居ないので問題ないのである。
●降らせ隊
「そろそろですね」
星読を懐に戻すサクラ・エルフリード(ka2598)の隣で、剛力の効果込みでの限界ギリギリまで積み込んだチョコの袋が空けやすいようチェックしながら、屋根の上から行き交う人々を眺めるのはシレークス(ka0752)である。
「おめーにも頑張ってもらいますですよ?」
「ホホ~ッ!」
準備運動のつもりだろうか、やる気満々だと言う様に両の翼を羽ばたかせ、シレークスに答えるのはカリブンクルスだ。
「よぉし」
風の抵抗を減らそうと袖や裾を纏め、シレークスが気合を入れる。
「エクラ教徒として、皆に笑顔を届けにいきやがりますよ!」
個包装されたチョコは、小さいからこそ数がある。袋の中を数えようとした宵待 サクラ(ka5561)だが、気付いてぶんぶんと首を横に振った。これだけあればあの子達皆にあげられるなんて……考えてないったら!
「これは降らせる分……イベントを盛り上げる分」
イベント、その言葉が妙に懐かしい気がして言葉が止まった。
「そうだよねぇ」
しみじみとした声が零れたことに、宵待自身笑えばいいのかわからなくなってきた。
(歪虚や卒業式のことで頭がいっぱいで、節分もバレンタインも忘れてたなぁ……)
子供達が喜びそうな企画をし損ねたことに今、気付いたのだ。蒼界に居た時は企業が勝手に盛り立てていたそれらを、うっかりとはいえ忘れていたのが悔やまれる。
「その分、来年はもっと頑張ろう」
反省は次に生かしてこそ! 明るい笑顔を作って、宵待は空を走り出す。
Suiteの調律は済ませてある。不備がないかの確認も済んでいるので万全だと言える。
スマホを確認すれば、予定の時間まであと少しだ。ルナ・レンフィールド(ka1565)は魔箒にマテリアルを籠めて浮かび上がる。
すぐ横を見れば同じように高瀬 未悠(ka3199)も浮かんでいる。こちらは楽器を持たずに、チョコを入れた籠をしっかりと抱えていた。
『エステルちゃん、準備はできてる?』
上空へと昇った2人の影を見上げてから、エステル・クレティエ(ka3783)は甘い香りを漂わせるユメリア(ka7010)へと視線を向ける。互いに頷いて。
『2人とも万全です! タイミングを、5、4、3、……』
スマホの示す画面を確かめて、すぐにしまい込む。言葉にしない2拍で深く息を吸った。
地上から、上空から、音が跳ねまわる。
風の五線譜に乗って踊るのは音符だけでなく、手のひらで簡単に包めてしまいそうなチョコレート達。
タップ音も共に響かせるユメリアのリズムに重なるのはリュートの伴奏、フルートのメロディ、そして未悠の歌。
仄かな灯集める君の 確かな温もり得るために
幸せの欠片で祝福を
未悠の声にルナの声も重なっている。歌の間もずっとチョコは振り続けている。
間奏では少しばかり大きく音が響くように意識して弦を弾けば、地上から噴水のように、やわらかな放物線をチョコの音符が描いている。
クレティエの放り投げたそれは雨となったチョコと同じように人々へと降り注ぐ。
甘い香りを抱く君が いつか温もりを望むように
恋の欠片を語りあおう
リルト・リルトが刻むリズムはどこまでも軽快で、耳にした者がついステップをふんでしまいそうなほど。
手だけではなく、体中のどこかしこでもタンバリンの相手を担わせる。全身が楽器となったかのように舞うユメリアからは絶えずチョコレートが香っている。
伴侶と歩む道を行く君の 温もりが変わらず続くように
笑顔の切欠を振りまいて
恋を実らせた人にだって、甘い幸せな味は等しく届くはずだから。未悠は微笑みを絶やさずに歌い続ける。
幸せそうなカップルが居れば、二人同時に雨が届くように、より幸せが広がればと願いを込める。
前を見つめ続けていつか 視線の先まで幸せにしたい
好きと想う気持ちごと全て幸せの糧に
\ハッピーバレンタイン/
雲の無い青空に昇っていった光が、祝福の言葉を描き出す。街のどの場所からでも読み取れるように、文字の並びを工夫して、飾り立てるようにハートマークも可能な限り沢山並べていく。光に驚いた人々が空を仰ぎ歓声をあげる様子に楽しくなりながら、エステル・ソル(ka3983)は笑顔と共に祝福の祈りを空に籠めている。
ソルが描くハートをくぐるように、アウローラは空を飛翔する。ソルの描く文字を追う様に回転してみせる様子はさながらサーカスのようでもある。
(うむ、今だ……!)
そのアウローラの身にしっかりと脚をかけて、レイア・アローネ(ka4082)は騎乗している。どうにかあけた両腕に抱えるのは勿論チョコで、事前に決めておいたタイミングが来るたびにチョコを降らせていく。
一通り描いたら、次の場所へ。ソルの魔箒が次の場所へと向かうのに気付いて、アウローラも一度大きくぐるりと回ってから、追いかけていく。
「鬼は……!」
外、と続けそうになったがエルフリードは一度口をきゅっと閉じた。大きく揺れたせいだ。シレークスと2人足並みを揃えるため、飛行橇とカリブンクルスの鞍が縄で繋がっているのだ。ポロウはそもそも橇を引く為の存在ではないので気休め程度ではあるが、狙いと違う場所にとびあがるなんて事故は避けることが出来ていた。揺れの軽減は望めなかったがどうってことはない、多分。
「幸せを分けてあげやがりますよ! さあ、受け取るがいいのですよ!」
声をあげながらチョコを盛大にばら撒いていくシレークスは揺れの支障は出ていないようだ。そこはカリブンクルスの技量のおかげなのだろう。
「ホ~ッ?」
ヒトで言うところの首を傾げる仕草。頭を横にしたカリブンクルスの軌道が少しだけ横にずれた。
「おめーは安定した飛行が最優先ですよ!」
今日の、いや最近のシレークスは随分と機嫌がいい。不思議に思っているのだが、生憎ポロウの言葉が通じないためにカリブンクルスの疑問に答えがもたらされる気配はない。
例えば、幸せを分けるなら、そもそも与える側が幸せになっていなければいけないわけで。どんな幸せが彼女に訪れているのか、とか。
(色々と大変な時期ではありますが)
舌を噛まぬよう気をつけているせいか、エルフリードがそこに気付く余裕はなかった。ただ内心で、祈るように、想う。
(今この瞬間くらいは、たくさんの人々に。幸せな時間を過ごしてほしいですね……)
飛行体勢が落ち着いたので、どうにか声を出せそうだ。
「シレークスさん、出来るだけ多くに幸せを届けるとしましょうか……」
「あったりまえじゃねーですか」
言われるまでもありませんよ、なんて笑顔が返ってきていた。
夜空の黒と、夕日を思わせる紅。共に空の色と薔薇の飾りを纏った2人の魔女が、揃いの魔箒を携えて空を駆ける。常に寄り添い離れずに飛ぶ2人の間には、それぞれの手で支えられたチョコの袋。
少しずつ傾けながら、流れ星の尾をひくようにチョコの雨を降らせていく。
紅の魔女の手に光る文字がより魔法めいた空気を強調しているからだろうか、絵本の表紙のような風景を作り上げていた。
「ほら、ひばりちゃん。笑顔笑顔~♪」
きらきらした目を向けてくる子供達に気付いて、おっかなびっくり手を振る黒の魔女。雲雀(ka6084)の緊張が走る表情にくすくすと笑いながら、紅の魔女グラディート(ka6433)が声をかける。
「ディ……そうはいってもですね」
予想以上に集まってしまった人目に、どうしても恥ずかしさが勝ってしまうのだ。
つんっ
「!?」
頬を突く感触に驚けば、気付かぬうちにすぐ近くまで箒を寄せたディの微笑みがすぐ傍に迫っている。
「ほら、折角のドレスなんだし。皆、可愛い子にもらった方が嬉しいから、ね?」
そのままするりと頬を撫でて、耳元に唇を寄せる。
「でも、こんなにかわいくしたのは僕だってこと、覚えててね?」
「!?」
手が触れた時はほんのり染まる程度だった頬が、一気に熱をもった。
「うりゃーー! お一人さんも懇ろな奴らも、纏めて腹いっぱい食らいやがれーー!!」
時間と同時に盛大に投げ始める鎬鬼。
「素敵なバレンタインになりますように」
勢いはないが、まんべんなく降らせようと、できれば人々の手元に落ちるように、なんて意識して丁寧に投げていく流宇。
「今の道を、ゆっくり戻ってくれるか」
大通りの上空を、道に沿うように駆けさせたひりょは簡単な指示を出すことで少しだけ手元をあける。元の位置に戻ったらまた指示が必要だろうが、これでしばらくはチョコを投げられそうだ。
「にしても……鬼が幸せのチョコレートを投げるのか」
節分を思い出すひりょの呟きに気付いた鎬鬼がにししと笑う。
「鬼が福を撒くってのも、洒落が効いてていいんじゃね?」
「ふふっ」
思わず零れた流宇の笑い声。
「素敵な洒落だと思います」
ところで、と鎬鬼に首を傾げる。
「投げ方にコツはありますか?」
お上手ですよねと続く褒め言葉に、面食らったのか鎬鬼の視線が逸れた。
「あれだよ、祝い餅! ああいうのって豪快にやるもんだろ? これだけあるんだ、ちょっとくらい雑でも皆困りゃしないって」
「確かに……」
「そうだな、もっと勢いをつけてみるか」
甘い甘い雨が降る。
籠を掲げるように持たバーニャがチョコレートの粒を受けとめるようにくるくると回れば、鈴音も追いかけるように軽やかなメロディを紡いでいく。
幸せの欠片は心の温もりを灯して
甘い香り降りしきる中
贈りあって分けあって
寄り添えばそこにある
ソナがそっと口ずさめば、気付いたバーニャがステップを利用してリズムを刻んでいる。
気付いた周囲の人々がチョコレートを拾って、バーニャの籠にやさしく投げ入れていく。
幸せの欠片を籠いっぱいに詰め込んで
祈りを想いを受け止めて
届ける誰かも届けられた誰かも
喜びを感謝を幸せを
籠いっぱいになると同時に歌も終わって、揃えたお辞儀には拍手がもたらされた。
幻獣達と協力して降らせ続けているチョコの雨の中を楽しみ始めている宵待。
「子供の頃からのみんなの憧れだもんね」
いいなぁと呟いて、空を仰ぐ。いつか見た絵本の中に紛れ込んだみたいだ。
「これは降ってきた分だから……いいよね?」
そっと、持っていた袋を広げて、入りこんだいくつかのチョコを眺める。あの子達の土産話にするのもいいかな、なんて考え始めていた。
●届け隊
チョコの数が多ければ、それだけ降らせることができる数も増える。当たり前のことだ。
なるべく間が空かないように、そして偏らないように。その上でより多く届けられるように。
贈り物のための買い物をしている存在には、無意識に多めに降らせてしまっていたりする。
(ああいうのが流行りなんですかね?)
その上で、何を買い求めているのか、なんの店かを確認するシレークスは、あとで立ち寄ろうか、そんな風に考えてしまっているのだ。
「……酒なら自信があるんですがねぇ」
それ以外で、と考えると不慣れで……自信を持てない自覚があった。
「サクラ、終わったらちょっと付き合ってもらいますよ!」
「え、なんです?」
振り向けばだいぶ離れていたようだ。
「ホホッ!」
察したカリブンクルスが距離を詰める。
「いい子ですよカリブンクルス。袋が空になったら、買い物に出ますよサクラ!」
「チョコに合いそうなお酒でもあったんですか……?」
「おめー、どーしてわたくしが買うものをお酒だと決めつけてるんですかねぇ?」
「ホホッ!」
主従から心外だと責められても、エルフリードは目を瞬かせるばかり。確かにシレークスの酒量は多いので仕方がないだろう、
「え……違うんですか?」
「買いますけどねぇ?」
結局買うらしい。じゃあ何を理由に言い出したのか。
「……なら……残りも全て、降らせませんと……」
首は傾げたものの、答えが思いつかなかったエルフリードは、先を急ぐことにした。
ルナと未悠が降りてきたのを見計らって、ユメリアはそっと包みを取り出す。
何より大切で、大好きな3人を想い選んだ包みの中身は同じチョコレートなのだけれど。
「私からのプレゼントです。少し早いとは思ったのですが」
4人で揃って過ごせるこの日が良いと思ったから持ってきたのだ。笑顔を浮かべてユメリアはひとつひとつ渡していく。
未悠に渡す包みだけ、他の2つと違うシルエット。まるで何度もやり直したような、包み切れずに溢れたような。
「まとまりきらなかったんです」
その言葉にルナとクレティエは思い出す。自分達のラッピング相談に乗ってくれたその時、ユメリア自身はまだ迷っていたことを。
「これだけ気持ちが籠もったチョコレート、私、他に知らないわ」
笑顔で受け取る未悠に、ユメリアが破顔した。
「リーベ、俺らもチョコ撒くか……って、遅かったか」
彼女がチョコを投げた先の子供達の笑顔。その穏やかな空気にカインの頬が僅かに緩む。
「ん……ああ、大丈夫だ」
フラウの身じろぎに視線を戻せば、ペンダントへ向かう虎柄の手。
「気付いてんだろ」
自戒の証は懐古の標でもあるが、感情を閉じ込める蓋にはならなかった。対の指輪の理由を知るフラウは、それを意識させようとしたのだろうか。
(俺はあの女が好きだ)
静かに身を任せてくるフラウの温もりに、出来た女だなと感謝した。
「皆で楽しむ時間だってのに出遅れた」
フラウを降ろしたカインもチョコを投げ始める。ヴィンデが落とすチョコを誰が上手に受け止めるか競争している子供達に、ブルーメがチョコをあてて気を逸らす。
ケルスの籠から受け取った半分をカインに渡したリーベが新たに投げたチョコは緩やかな放物線を描いていく。
(この子らもいつか同じように誰かの幸せを願ってチョコを投げるのかもな)
そんな未来を想像するのも、悪くない。
幸せそうに寄り添い歩く恋人達の様子を見かけ、クレティエの脳裏にフレーズが浮かぶ。
ルナに視線を向ければ、頷いてくれる。もう一度同じ旋律を繰り返してくれるから、その音に声を乗せていく。
突然の風に 踊るのは木の葉だけ
どこに居ても 変わらない想いを遠く貴方に向けて
繋いだ想い この先もずっときっと
冬の風 火照る頬を優しく撫でて春へと誘うから
勇気を出したから実ったその関係に、羨ましさもある。
歌い終えたフレーズと同じ音をフルートで繰り返しながら、クレティエは故郷に居る人を想う。
(今はまだ、小さくても。積み重ねていければそれでいい)
親友にもチョコの祝福を。そして少しだけ自分も持ち帰ろう。
知らぬうちに 熱くなる瞼の奥
目を閉じて 雫が想いが零れないように
抱いた想い あなたと好きな人がずっと
幸せな道 温かな未来を共に歩んでいけますように
同じメロディに乗せて歌うのはユメリア。踊りながらそっと周囲へとチョコを投げていく。
道行く人々だけでなく、共に今音を紡ぐ友人達にも。
クレティエとユメリアが投げたチョコを喜んで身に受けた未悠は、丁度手のひらの上に落ちてきたチョコレートを摘む。
(美味しい。友情もたくさん籠もっているのよね。私がこんなにお裾分けされちゃってていいのかしら?)
もっとたくさんの人に届けられるように。そう強く思うからこそ、チョコを投げる手に気持ちをより強く籠めていく。
勿論勢いをつけるような形ではなくて、どこまでも優しく。
コーラスと伴奏に徹していたルナの声が、やはりこれまでと同じメロディに乗せて響き始めていた。
楽しい気持ち 忘れずに空を仰いで
光照らし 見守る誰かが必ず見つかるから
悪天候でも 雲は何時か風が吹き飛ばすの
出会えた喜びと 幸せの欠片で祝福を
ルナの手がユグドラシルを振りはじめ、曲が終息していく。それは偶然にもチョコレートの雨が終わるタイミングに近かったようだ。
上空を駆けるハンター達の姿も見えなくなった頃、サプライズセッションも周囲の拍手と共に終わりを迎えた。
「今年も楽しい事いっぱいありますようにですぅ」
年配の方々の散歩コースにも足を運んだハナは、手渡しで菓子を配っていった。
「……最後までちゃんと狙わずにいられましたからぁ、これはグデちゃんの分ですよぉ」
最後に残したハナの両手の皿に山盛り一杯分のお菓子は、グデちゃんの幸せを祈る分☆
子供には優しく投げていた一夏だが、次第に女性達にチョコ投げを求められるようになり、そのまま彼女達の対応に追われることになる。
「そのまま構えててくださいね!」
ちょっとだけ武術の受け身指導っぽくなってきているし、順番待ちの女性達も真剣に話を聞いている。一夏の投げたチョコを無事に受け止めて、そのチョコをお守りにすればバレンタインの告白に上手くいく……という謎の噂が独り歩きしていたのだ!
「貴方の幸せと愛に! ハッピーバレンタイーン!」
また一粒、投げましたー!!!
一仕事終えた鎬鬼は土産用のチョコを探し回る。上空から店の集まる場所の目星はついたけれど、品まではしっかり確認できなかったので、改めて。
「甘いのは外せねぇけど、酒入りなんてのもあるといいよな」
それは彼が大切に想う家族達に贈る品だ。
「なあ、それどんな味するか教えてもらえねぇか?」
出来たら味見させてもらえねぇかな、なんて交渉しつつ。皆の好みを思い浮かベながら吟味を重ねていった。
(き、気になるのです……)
大好きな友の様子が気になって。そっと追いかける事を決めたソル。別に誰かさんのナンパを止めるためではなくて。ただ彼女の幸せを願っているから。
「なんとか全て降らせたな……ん、どこへいく?」
休みなしの曲芸飛行にほぅと息をついていたレイアに、そっと指を口元にあてて気配を抑えるよう頼む。
「ちょこっとだけ、こっそり覗きたいのです」
変装は完璧だからと、静かにソルが示す先には、レイアも知る二人の背中。
「……ひばりとディじゃないか……」
この組み合わせなら答えは一つ、デートで間違いないだろうと思う。どちらもドレスを着ているし、装いに手を抜くなんてこともありえないので、外見上は完璧な女子同士なのだが。
むしろ雲雀がいつも以上にドレスアップされているので、きっとディの手腕によるものだろう。そこまでつらつらと考えたレイアだが、はっと我に返る。
「いやその……覗きはいかんと思うぞ……うん……」
既にまじまじと見てしまってはいるのだが。レイアも女の子、デートに興味がないなんて嘘は付けない。心身ともにぐらついているのは、乙女心が理由なだけではない。曲芸飛行の余韻がまだ残っているからだ。
「いかん……だから、エステルが邪魔をしないよう見守らなくてはいけないな?」
ちょうど、アウローラという壁役も居ることだし。隠れ場所には困らないだろう。そこまで考えたレイアはソルに付き合い2人の尾行を開始する。まだ、思考能力は平常時に戻っていないようだった。
視界の隅になんども映り込むワイバーンは見覚えがありすぎるし、その影に慌てて身を隠す2人分の影の目的は、間違いなく自分達なのだろう。
(せっかくのデートだからね、気付かないふりをしていてあげるよ?)
敢えて視線を向けないようにしながらも雲雀をエスコートするディ。降らせ隊を終えたのだからと、街歩きを提案していたのだ。
「ディ? どうしたのですか」
隣を歩く雲雀が心配そうに見上げて来る、その仕草に愛情を募らせる。
(うん、今がいいかな)
事前に用意しておいたチョコレートの包みを取り出す。雲雀の視線がそちらにそれた隙を使って取り出すのは一輪の真紅の薔薇。
「わ……」
突如現れた薔薇に目を瞬かせた雲雀は、籠められた言葉を思い出す。恋する乙女なら憧れる、その意味は。
(……本当に?)
その香りが、花の存在感を確かに示しているのに。どこか夢見心地になってしまうのは、それだけディへの想いがあるからで。
「ハッピーバレンタイン、だよ♪」
優しく紡がれた言葉と共に、触れあった唇から再び熱が増す。
「わ、わわわわ……はわぁ……」
仮面で顔を隠してはいるけれど、甘い空気を目の当たりにしたソルは着ぐるみでもふもふになった両手で更に顔を覆う。
「やるな……ディ……」
レイアの方はガン見である。壁にされているアウローラはどこまでも暇そうに欠伸をしているので興味はないらしい。
「よかったです……よかったですねひばりちゃん……っ」
幸せな風景を堪能し、流石にこれ以上の尾行はよくないと、今更ながらに撤退を考え始める。
「同志、女同士でいちゃつくのはカップルとみなすべきだろうか」
「年齢性別関係なく、恋人同士ならカップルだと考えるな、同志よ」
「「ならば、チョコレート滝を喰らもがっ!?」」
通りすがった二人組がかき集めたチョコ入りの籠を構えたところで、ソルからの竹ドノエルフォーユー!
「邪魔者退散なのです!」
折角のラブラブで幸せな空気をどうして壊してくれるのかと、思った瞬間にぶん投げていた。あまりの衝撃的な味に、2人はそのままぶっ倒れた!
「……エスティ?」
折角気付かないふりをしていてあげたのに。そう語るディはとてもよい笑顔だった。
(……ああ、あれかな?)
鬼の面をつけている二人の男を見つけ出したシャーリーンは、翼型のフィールドを羽ばたかせ留まり木へと着地する。なんだか肩を落としているのは気になるが……あとはスキルを発動させるだけ。
念じてすぐ、丁寧に包装しカードを添えた、林檎の包み焼きパイが消えた。
突然現れた贈り物に驚き周囲を見回す二人は送り主を見つけることができない。隅に青い翼の鳥が描かれたカードには、シャーリーンが間借りしている店の名前と場所の説明が添えられていた。
「あとは……友人達の労いもしなくてはね」
耳をすまし、演奏を辿って。シャーリーンは再び空中へと躍り出た。
「……居た。るぅ、あの連中で間違いないか?」
「先ほど見た2人だと思います」
自分達のように降らせるわけでも、投げるわけでもないのにチョコを集めていた二人組。その姿は引き受けたチョコを全て降らせ終わるまでに何度も見かけることになった。あまりの頻度に、兄妹は様子を伺うことにしたのだ。
「何しているのかと思ったが……まあ、悪事ではなかったな」
滝のようなチョコ攻撃(未遂)をどう評価していいか迷うが……危険があれば妹を護るつもりでいたひりょの懸念は不要だったようだ。
「修行か」
思わずツッコめば、すぐ横で流宇が小さくふき出した。
「お兄様ってば……あ、どこかに行くみたいですよ?」
笑いが落ち着いたところで、2人組が移動を始める。
「何か探しているようだが、るぅ、まだ追ってみるか?」
「気になったままですし、お供します」
●締め隊
ちいさなお茶処で、シャーリーンは客の合間を幾度も縫う様に動き回る。
「甘い物に飽きたなら、これはどうさね」
温かな湯気を立てて差し出すのはブイヤベースにウフ・アン・ムーレット。幸せを配った者達の舌とお腹に幸せを運ぶのが、今日のシャーリーン一番の目的なのだから。
招待状に誘われ、おっかなびっくり辿り着いた二人組は、温かい気持ちに触れるなんて思いがけない幸せにむせび泣いている。
「結構重労働だったからな。甘いものもいいが、腹にたまるのもよさそうだ……」
改めて終わったことを実感したのか、気の抜けた声でお茶処に立ち寄る提案をするひりょに流宇がくすくすと笑う。
「私も賛成です、食べて行きましょう、お兄様」
勿論ドラジェは別腹で、お土産に買っていきましょうね?
依頼結果
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相談卓 ひりょ・ムーンリーフ(ka3744) 人間(リアルブルー)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2019/02/09 08:02:13 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/02/08 20:05:09 |