ゲスト
(ka0000)
【血断】『希望』の白い船
マスター:猫又ものと

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/02/11 15:00
- 完成日
- 2019/02/25 06:22
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●余命
「おめでとう、ハンターになったんだってね」
「はい。お陰様で無事に登録出来ました」
アスガルドの医療スタッフからのお祝いの言葉に頭を下げるレギ(kz0229)。
彼はハンター登録を済ませ、猟撃士の職に就いた事を報告しにやって来ていた。
「これで強化人間も卒業ですね。皆さんにはお世話になりました」
「その事なんだけど……。君に伝えなくてはいけない事があるんだ」
「……何でしょう?」
医療スタッフ達に青い双眸を向けるレギ。
彼らから言いにくそうな……何だか酷く重苦しい雰囲気を感じて、レギは首を傾げる。
「……君の余命の事だ。恐らくあと1年程。長くて2年くらいだろうと思われる」
「そう、ですか」
「驚かないのかい?」
「高瀬少尉の余命についてもちらっと聞いた事がありましたし。僕もまあ、思いっきり前線で戦ってましたしね。そんなものじゃないかなと……」
どこか他人事のように呟くレギ。
――もう、ずっと前から思っていた事だ。
強化人間の力はVOID由来。使い続ければ、きっと何らかの代償を払う事になる。
それを分かっていて、自分は強化人間の力を行使する事を選んだ。
その代償が、寿命だったというだけの話だろう。
……ただ一つ、気になる事があるとすれば。それは――。
「……アスガルドの子供達も、そうなんですか?」
レギの問いに、言葉に詰まる医療スタッフ達。暫く考えた末に、こくりと頷く。
「……あの子達も随分無茶な運用をされていた。恐らく君と同じか、それより短い子もいるかもしれない」
「……子供達にその話は?」
目を伏せて、首を振る医療スタッフ達。
まだ幼さの残る子供達に、この事実を突きつける事は、あまりにも残酷で出来なかったのだろう。
「そうですか。……いい思い出、残せるようにしてあげないといけませんね」
「……ああ、そうだね」
「子供達については、ハンターさんに相談してもいいですか?」
「ああ。その方があの子達の為になるだろう」
「分かりました」
「……レギ。この先色々と不安に思ったり、怒りを感じたりするかもしれない。その時は遠慮なく我々を頼ってくれ」
医療スタッフ達の気遣いに、こくりと頷くレギ。
――ああ、思いの他早く兄さんに会えそうだなあ。
兄さん、『ちょっと早すぎね?』って言いそうな気がするけど……仕方ないよな。
彼はぼんやりとそんな事を考えながら、崑崙を後にした。
●大きな子供
何で。何で何で何で。どうしてどうして……?
いくら考えても分からない。理解できない。
クリュティエは、『シュレディンガーの死は彼自身の選択だ』と言った。
『なるべくしてなったのだ』と。
――分からない。
あの人はあんなに強くて賢かったのに、どうして死ななくちゃいけなかったのか。
――何? お前、『好き』っていう感情知ってるの? やだなあ……僕よりずっと賢いじゃない。
――最期に一つだけ。テセウス、世界を見るんだ。ニンゲンも、世界の在り方も……そうすれば、きっと君は――。
あの人が言ったように。世界を見れば、あの人の気持ちが分かるようになる……?
あの人が望むなら、俺は全ての世界を見て回る。
そして……俺からあの人を奪ったハンターに復讐するんだ。
まず手始めに――。そうだ。あの『希望』と呼ばれた、白い船を壊しに行こう。
あれはあの人のお気に入りだった。ハンターに使われたくない……。
ふと立ち上がる赤毛の青年。虚空を睨むと……一瞬でその場から消え去った。
●緊急事態
「すみません! どなたか手が空いていらっしゃる方いらっしゃいませんか!?」
慌てた様子でハンターズソサエティに飛び込んで来たレギ。そのただならぬ様子に、ハンター達が振り返る。
「あれ? レギ君じゃない」
「そんなに慌てて、何かあったのか?」
「……ニダヴェリールの制御室に、敵性存在が侵入したという報せが入りました。ラズモネ・シャングリラチームが向かえれば良かったんですが、今別の任務に向かっていて……僕とハンターさんで対処するよう、命令が下りました」
「ちょっとそれどういう事!?」
「ニダヴェリール、警備してなかったのか?」
「勿論警備はしていました。血断作戦に投入される予定もあったので、作業員が調整をしていたら、突然負のマテリアルを撒き散らした赤毛の男が入って来て、制御室に立て籠もったそうで……」
続いたレギの言葉に顔を見合わせるハンター達。
警備をすり抜けたという事は、突然内部に現れた可能性が高い。
その上、負のマテリアルを撒き散らした赤毛の男と言ったら――1人しか思い当たらない。
「その犯人って、あの子よね」
「ああ、黙示騎士のテセウスだろうな……」
「はい。そう名乗ったとトモネ様が仰っていました」
「……トモネが?」
「ええ。今、制御室の通信回路を開いて、テセウスと会話を試みていらっしゃるんですよ。トモネ様が時間稼ぎをしてくださっている間に、僕達が突入して制圧します」
「なるほど。そういう手筈なのね……」
「テセウスは制御室に立て籠もって一体何してるんだ」
「そこまでは分かっていないんですが……制御室の入口は電子ロックがかかっていて、入れない状態になっています」
「何てこと……中で破壊工作されたら目も当てられないわね」
「その入口のロックって外から解除できないのか?」
「2人、解除できる人がいます」
「……トモネさんとユーキさん?」
ハンターの言葉に頷くレギ。
ムーンリーフ財団の総帥であるトモネ・ムーンリーフ。
その補佐役であったユーキ・ソリアーノ。
この2人はニダヴェリールの管理権限を持っている。
「トモネはテセウスと通信中で動けないとなると、ユーキに来てもらうしかないのか」
「でもユーキさんって現在捕縛中の身じゃなかった?」
「今回は緊急事態ですし、トモネ様の要請もあってハンターさんが監視するという名目でユーキさんの同行許可を得ています」
「話が早いな。それじゃ決まりだな」
「ニダヴェリールに変な事されても困るし、急ぎましょ」
頷き合うレギとハンター達。
彼らは大急ぎで出立の準備をすると、ハンターズソサエティを後にした。
●通信回路
「……テセウスと言ったな。おぬし、何が目的だ。この船を奪いに来たという訳ではあるまい」
「そうですね。俺、この船動かせませんし。しいて言うなら、『見た』後に壊そうかなって」
「ほう? 見る? どこをだ」
「全体的にですよ。俺の大事な人が、この船気に入ってたんで。壊す前にきちんと見ておこうと思って」
「……そうか。では、眺めの良い場所を教えてやろう。そんなに急いで壊さんでも良かろう?」
「へえ。それはいいですね」
会話に乗ってきたテセウスに、小さく安堵のため息を漏らすトモネ。
――まだ油断は出来ない。このまま気を引き続けなくては……。
ハンターとユーキが辿りつくまで、トモネの孤独な戦いが続いていた。
「おめでとう、ハンターになったんだってね」
「はい。お陰様で無事に登録出来ました」
アスガルドの医療スタッフからのお祝いの言葉に頭を下げるレギ(kz0229)。
彼はハンター登録を済ませ、猟撃士の職に就いた事を報告しにやって来ていた。
「これで強化人間も卒業ですね。皆さんにはお世話になりました」
「その事なんだけど……。君に伝えなくてはいけない事があるんだ」
「……何でしょう?」
医療スタッフ達に青い双眸を向けるレギ。
彼らから言いにくそうな……何だか酷く重苦しい雰囲気を感じて、レギは首を傾げる。
「……君の余命の事だ。恐らくあと1年程。長くて2年くらいだろうと思われる」
「そう、ですか」
「驚かないのかい?」
「高瀬少尉の余命についてもちらっと聞いた事がありましたし。僕もまあ、思いっきり前線で戦ってましたしね。そんなものじゃないかなと……」
どこか他人事のように呟くレギ。
――もう、ずっと前から思っていた事だ。
強化人間の力はVOID由来。使い続ければ、きっと何らかの代償を払う事になる。
それを分かっていて、自分は強化人間の力を行使する事を選んだ。
その代償が、寿命だったというだけの話だろう。
……ただ一つ、気になる事があるとすれば。それは――。
「……アスガルドの子供達も、そうなんですか?」
レギの問いに、言葉に詰まる医療スタッフ達。暫く考えた末に、こくりと頷く。
「……あの子達も随分無茶な運用をされていた。恐らく君と同じか、それより短い子もいるかもしれない」
「……子供達にその話は?」
目を伏せて、首を振る医療スタッフ達。
まだ幼さの残る子供達に、この事実を突きつける事は、あまりにも残酷で出来なかったのだろう。
「そうですか。……いい思い出、残せるようにしてあげないといけませんね」
「……ああ、そうだね」
「子供達については、ハンターさんに相談してもいいですか?」
「ああ。その方があの子達の為になるだろう」
「分かりました」
「……レギ。この先色々と不安に思ったり、怒りを感じたりするかもしれない。その時は遠慮なく我々を頼ってくれ」
医療スタッフ達の気遣いに、こくりと頷くレギ。
――ああ、思いの他早く兄さんに会えそうだなあ。
兄さん、『ちょっと早すぎね?』って言いそうな気がするけど……仕方ないよな。
彼はぼんやりとそんな事を考えながら、崑崙を後にした。
●大きな子供
何で。何で何で何で。どうしてどうして……?
いくら考えても分からない。理解できない。
クリュティエは、『シュレディンガーの死は彼自身の選択だ』と言った。
『なるべくしてなったのだ』と。
――分からない。
あの人はあんなに強くて賢かったのに、どうして死ななくちゃいけなかったのか。
――何? お前、『好き』っていう感情知ってるの? やだなあ……僕よりずっと賢いじゃない。
――最期に一つだけ。テセウス、世界を見るんだ。ニンゲンも、世界の在り方も……そうすれば、きっと君は――。
あの人が言ったように。世界を見れば、あの人の気持ちが分かるようになる……?
あの人が望むなら、俺は全ての世界を見て回る。
そして……俺からあの人を奪ったハンターに復讐するんだ。
まず手始めに――。そうだ。あの『希望』と呼ばれた、白い船を壊しに行こう。
あれはあの人のお気に入りだった。ハンターに使われたくない……。
ふと立ち上がる赤毛の青年。虚空を睨むと……一瞬でその場から消え去った。
●緊急事態
「すみません! どなたか手が空いていらっしゃる方いらっしゃいませんか!?」
慌てた様子でハンターズソサエティに飛び込んで来たレギ。そのただならぬ様子に、ハンター達が振り返る。
「あれ? レギ君じゃない」
「そんなに慌てて、何かあったのか?」
「……ニダヴェリールの制御室に、敵性存在が侵入したという報せが入りました。ラズモネ・シャングリラチームが向かえれば良かったんですが、今別の任務に向かっていて……僕とハンターさんで対処するよう、命令が下りました」
「ちょっとそれどういう事!?」
「ニダヴェリール、警備してなかったのか?」
「勿論警備はしていました。血断作戦に投入される予定もあったので、作業員が調整をしていたら、突然負のマテリアルを撒き散らした赤毛の男が入って来て、制御室に立て籠もったそうで……」
続いたレギの言葉に顔を見合わせるハンター達。
警備をすり抜けたという事は、突然内部に現れた可能性が高い。
その上、負のマテリアルを撒き散らした赤毛の男と言ったら――1人しか思い当たらない。
「その犯人って、あの子よね」
「ああ、黙示騎士のテセウスだろうな……」
「はい。そう名乗ったとトモネ様が仰っていました」
「……トモネが?」
「ええ。今、制御室の通信回路を開いて、テセウスと会話を試みていらっしゃるんですよ。トモネ様が時間稼ぎをしてくださっている間に、僕達が突入して制圧します」
「なるほど。そういう手筈なのね……」
「テセウスは制御室に立て籠もって一体何してるんだ」
「そこまでは分かっていないんですが……制御室の入口は電子ロックがかかっていて、入れない状態になっています」
「何てこと……中で破壊工作されたら目も当てられないわね」
「その入口のロックって外から解除できないのか?」
「2人、解除できる人がいます」
「……トモネさんとユーキさん?」
ハンターの言葉に頷くレギ。
ムーンリーフ財団の総帥であるトモネ・ムーンリーフ。
その補佐役であったユーキ・ソリアーノ。
この2人はニダヴェリールの管理権限を持っている。
「トモネはテセウスと通信中で動けないとなると、ユーキに来てもらうしかないのか」
「でもユーキさんって現在捕縛中の身じゃなかった?」
「今回は緊急事態ですし、トモネ様の要請もあってハンターさんが監視するという名目でユーキさんの同行許可を得ています」
「話が早いな。それじゃ決まりだな」
「ニダヴェリールに変な事されても困るし、急ぎましょ」
頷き合うレギとハンター達。
彼らは大急ぎで出立の準備をすると、ハンターズソサエティを後にした。
●通信回路
「……テセウスと言ったな。おぬし、何が目的だ。この船を奪いに来たという訳ではあるまい」
「そうですね。俺、この船動かせませんし。しいて言うなら、『見た』後に壊そうかなって」
「ほう? 見る? どこをだ」
「全体的にですよ。俺の大事な人が、この船気に入ってたんで。壊す前にきちんと見ておこうと思って」
「……そうか。では、眺めの良い場所を教えてやろう。そんなに急いで壊さんでも良かろう?」
「へえ。それはいいですね」
会話に乗ってきたテセウスに、小さく安堵のため息を漏らすトモネ。
――まだ油断は出来ない。このまま気を引き続けなくては……。
ハンターとユーキが辿りつくまで、トモネの孤独な戦いが続いていた。
リプレイ本文
ハンター達が向かった白い船は、物々しい雰囲気が支配していた。
――厳重に管理されているはずの場所に易々と入り込まれたのだ。
乗務員達がピリピリするのも仕方ない話なのかもしれない。
最も、問題の管制室を乗っ取っている歪虚は数あるセキュリティを突破した訳ではない。
いわば『反則』ともいえる方法で入り込んだ訳なのだが……。
「転移して入り込むなんてテセウスにしか出来ないし、あまり自分達を責めないで欲しいよね……」
「そうは言っても入り込まれているのは事実だし、まー始末書は書かされるでしょうね」
ニダヴェリールのスタッフ達を気遣うシアーシャ(ka2507)に、可哀想よねーと続けたアルスレーテ・フュラー(ka6148)。
ルシオ・セレステ(ka0673)はため息をついて、ニダヴェリールの船内を見渡す。
どこまでも続く長い廊下。決して狭くはないが、それでもここで戦えるかと言われたら……難しいと答えざるを得ない。
「……参ったね。戦わずにお引き取り頂きたいけど」
「あいつ、あたし達を恨んでるだろうからね……」
言葉を濁すラミア・マクトゥーム(ka1720)。
――仇は必ず取ってやる! ハンター! お前達を絶対許さないからな!!
空蒼の大規模作戦でシュレディンガーを討ち取った時の赤毛の歪虚の叫び。
それがチクリと胸を刺すようで……。
ヴァイス(ka0364)は制御室への道をユーキに確認しながら、ふと彼を振り返る。
「ユーキ、トモネとは連絡がついたか?」
「はい。今のところ件の歪虚は素直に通信に応じているとのこと。眺めの良い場所について話をしたら興味を示したと……」
「眺めのいい場所? そんな場所があるのか?」
「ええ。恐らく展望室のことかと。ニダヴェリールの中心……頭頂部に希望の神を模した像があるのですが、その下に展望室が設けられているのですよ」
「そんな場所があるんですね」
ヴァイスの声に頷くユーキ。続いたフィロ(ka6966)に、彼はもう一度頷く。
「……ここは人が住めるようにもなっていますから。そういったものも用意されているんです」
元々ニダヴェリールはコロニーを転用した戦艦である。
万が一の時に、人々を収容する『箱舟』としての機能も備えている、ということなのだろう。
急ぎ足で戻ってきたレギ(kz0229)に気付いたアルスレーテが、ひらひらと手を振った。
「お疲れ様、レギ」
「はい! アルスレーテさん今日も綺麗ですね」
「……本当ブレないわねー。いい加減にしないとあんたの天使に言いつけるわよ?」
「僕の天使さんはこの程度じゃ怒らないんで大丈夫です!」
あっけらかんというレギに、馬鹿なのね、とぼやいたアルスレーテ。
ルシオは苦笑しながら口を開く。
「レギ。私がお願いしたことはやって貰えたのかな?」
「そうでした! 艦内にいたスタッフ、避難完了したそうです」
「そうか。ありがとう。これで最悪の事態は避けられるかな。……それじゃあ行こうか」
「はい。その前に……。ユーキ様にお願いがございます」
「何でしょう」
「管制室内には私達だけで参ります。ユーキ様は外でお待ち戴きたいのですが……」
どこか必死な様子のフィロをじっと見つめるユーキ。
ヴァイスもそうだな……と続ける。
「テセウスは、あんたを『シュレディンガーを裏切った者』と認識していてもおかしくない」
「はい。顔を見た瞬間激高する可能性がございます」
「……元々、私は財団の全ての責を負って退場すべきだったのです。今も余生のようなものですから、ご配慮戴く必要はないかと」
「いいえ。……いいえ。ユーキ様にはまだ成すべきことがございます。トモネ様の為にもどうか……」
自嘲気味に笑うユーキに首を振るフィロ。
――自分の考えが正しいとは思わない。
けれど……守るものを選べと言われたら、私が選択するものはただ一つ。
トモネ様の笑顔を、トモネ様とユーキ様の幸せな未来を守りたい。
だから――。
ぶつかり合う視線。ユーキは俯くと、ふう……とため息をついた。
「……分かりました。皆さんの言葉に従いましょう。……それでは、制御室にご案内します」
「うん! 宜しくお願いね!」
重い雰囲気を払拭するシアーシャの明るい声。
ハンター達はユーキの背を追うようにして歩き出す。
まもなくハンター達は制御室の前に到着した。
防音がしっかりしているらしい。テセウスが話している声は聞こえない。
ユーキはドアの横にある操作板の前に立つと、ハンター達に目配せをした。
「ロックを解除します。宜しいですね?」
「いつでもどうぞー」
ユーキに軽い調子で答えたアルスレーテ。
彼が慣れた手つきで操作板に触れると、ドアについているライトが赤から緑に変化した。
……どうやら、ロックの解除に成功したらしい。
「ユーキ様はここでお待ちくださいね」
「レギ、ユーキを頼んだよ」
「了解しました」
小声で念を押すフィロ。ルシオに頷き返すレギ。
仲間達に合図を送り、滑り込むようにして真っ先に制御室に侵入したヴァイスは、目の前の光景に絶句した。
様々な機械や装置が並ぶ室内。その中心で……赤毛の青年が、重厚な椅子で膝を抱えて丸くなっていたので。
勿論戦闘は避けるべきだし、そのつもりで来たのだが……。
――何だこいつ。尋常ではない量の負のマテリアルを感じるということは、間違いなく歪虚ではある。
こちらに気付いている筈なのに、反応する様子が見られないのは何故なのだろう。
機を狙っているのか。それとも……。
この歪虚がいつ攻撃に転じても対応できるように、注意深く様子を伺うヴァイス。
無防備な体勢のまま若草色の瞳をこちらに向けたテセウスと目が合う。
「……もう来たんですか? 思ったより早かったですね」
「流石にこの状況を放っておく訳にいかなかったものでな。テセウスと言ったか? お初にお目にかかる。俺はヴァイスと言う」
「ご丁寧にどうも。……で? 管制室を占拠してる侵入者をつまみ出さなくていいんですか?」
「勿論、ここの安全を守る義務はあるが。こちらとしても手荒な真似をするつもりはない」
「へえ。ハンターってすぐ実力行使に出るんだと思ってたんですけどね」
「……そうでもない。力を行使するのは、その必要がある時だけさ」
「……そうですか。じゃあ、その力、使って貰いましょうか」
不意に膨れ上がる殺意。椅子から跳ね上がり、大剣を振り下ろすテセウス。
守りの構えをし、燃え盛る劫火のような赫色のオーラを纏ったヴァイスがそれを受け止める。
フィロとルシオはすぐさま、二人の間に割って入った。
「まだお話の途中かと思いましたが……随分と短慮なのでは、テセウス様」
「……止めなさい。君の大切な人は敵を見たら即攻撃を仕掛けるような人だったかい?」
「うるさいな! あの人を殺したくせに!」
「あなたの怒りは当然よ。私だって妹たちになんかあったら怒るもの」
「じゃあ殺されてくれる?」
「残念ながらそれは出来ないわね」
テセウスの怒りに燃える目線を受け止めてしれっと答えるアルスレーテ。
ラミアはじっとテセウスを見つめる。
「テセウス。あんた、ここに何しに来たんだい?」
「何って、この船を壊すんだよ!」
「あたし達が到着する前に壊すことだって出来た筈だろ。何で今まで大人しくしてたのさ」
「……それは。この船は、あの人のお気に入りだったから。壊す前に見ておこうと思って」
「そっか。大切な人が好きだったものを見に来たんだね……」
しんみりと呟くシアーシャ。
大事な人を喪って、その人が好きだったものを見たいと思った。
その気持ちが理解出来て……とても胸が痛む。
――以前、リアルブルーで会った時から思っていたが、この歪虚はすごく素直なのだ。
だから、彼の大切な人もテセウスに色々な経験をさせたかったのかもしれない。
「ねえねえ。テセウスは、ここがどうして大切な人のお気に入りだったのか、理由は知ってるの?」
「それは……知らない」
「だったら、ここがお気に入りだった理由がわかるまで、戦闘やめよ? 今壊したら、ずっと分からないままになっちゃうよ」
「このまま戦闘を継続すると船を見ることが出来なくなるぞ。……いいのか?」
「勿論、タダでとは言わないわ。剣を収めてくれたら、お姉さんがお弁当あげるわよ。どうかしら」
シアーシャとヴァイス、アルスレーテを交互に見て、渋々ながら頷くテセウス。
ルシオは安堵のため息を漏らすと通信回線を開く。
「トモネ、聞こえるかい? ルシオだ。眺めの良い場所というのは展望室で合っているかい?」
『ああ、そうだ』
「分かった。ユーキに案内してもらうよ」
『すまない。……くれぐれもユーキを頼む』
「はい。お任せください。トモネ様」
通信機越しの心配そうなトモネの声に、フィロは優しく声をかけた。
円状になっている展望室は、360度ぐるりと大きな窓ガラスが組み込まれ、基地を眼下に望み、空が手に届きそうだった。
「ほう。トモネの言う通り、眺めのいい場所だな」
「うん。シュレディンガー様がお気に入りだったのも分かる気がする」
「そうだね。この光景、テセウスの大切な人も見たんだろうね」
ヴァイスの隣で窓を覗き込むテセウス。シアーシャもこくりと頷く。
「……ここ、あんたの大切な人のお気に入りだったんだろ? なのに壊そうとするの?」
「だからこそ、他の人間に使われたくないんだよ」
真っ直ぐに見つめるラミアに、強い視線を返すテセウス。
殺意と憎悪を向けられて、その思いの強さに何故だかほっとする。
アイツと同じ顔で、無関心でいられる方がきっと堪らないし……それは多分、シュレディンガーが持ちえなかったものだから。
いや、持っていたけれど。大切な人との出会いで変わってしまったのだろうか……。
――そして思う。
あたしは……どうすればいいのだろう。
あれだけイェルズと同じ顔をしてるのが許せなくて。消すことを願った。
でも、今になって――死なせたくないとも思ってしまっている。
参ったな。憎まれているはずなのに。情が移ってしまったんだろうか……。
そんなことを思うラミア。テセウスはアルスレーテから受け取ったサンドウィッチに齧りついて目を輝かせる。
「あ。これ美味しい……!」
「でしょ。すごくいいツナ缶使ってるのよー。沢山食べなさい」
「やったー!」
真っ直ぐな憎悪を向けていたかと思えば、高級ツナサンドに大喜びするテセウスにヴァイスとフィロは微妙な目線を送る。
「……こいつ本当に歪虚なのか?」
「その筈なんですが……」
「何かこう……やりにくいな」
「単純といえば単純なんでしょうけれども……」
「アルスレーテさん、僕も高級ツナサンド食べたいです」
「レギはこっちで我慢しなさい」
ボソボソと会話をするヴァイスとフィロの横でレギにピシャリと言い返したアルスレーテ。シアーシャもツナサンドを頬張る。
「美味しいねー。みなとみらいのアイスクリームは残念なことになっちゃったもんね。今日は邪魔が入らずに食べられて良かったね」
よしよしとテセウスの頭を撫でるシアーシャ。その感覚に、テセウスが首を傾げる。
「あ、今心のモヤモヤが少し晴れました」
「……モヤモヤって?」
「はい。以前、シュレディンガー様が消えて怒ってた時、クリュティエが抱きしめてくれて……その時もモヤモヤした感じがなくなったんです」
「……何だって?」
抱きしめられ、頭を撫でられて喜びを示す。悲しみが癒えたと感じる。
――それではまるで、人間の子供ではないか。
そこでハッとするルシオ。
――テセウスは親を亡くして傷ついている子供そのものだ。
だから行動に統合性がない。
寂しさを埋める為に――親であるシュレディンガーの面影を追って、ここまでやってきたのだろう。
テセウスは歪虚である以上、『世界を無に還す』という本能が備わっているはずだ。
それなのに、ヒトとの触れ合いを『良いもの』と認識する。
こんな矛盾を抱えている以上、いつか彼を苦しめることになるのかもしれない。
――シュレディンガーは、それを理解していたのだろうか。
そんなことを考えながら、ルシオは口を開く。
「いいかい。テセウス。誰かとの大切な記憶、物や場所はその縁……それを思い出と言うんだよ」
「思い出……?」
「そう。思い出。君の心にいる大切な人は消えない。君が覚えている限りは、ずっと君と共にある」
「うん。皆で見た光景や、こうして食べたごはんも思い出になるんだよ。今日のことも思い出になるね」
「そっか。……クリュティエが言っている意味が良く分からなかったんだけど、その説明なら分かる」
続くシアーシャの説明に頷くテセウス。彼女は再び赤毛の歪虚の頭を撫でる。
「理解出来てえらいねー」
「わーい。ルシオ母さんはなでなでしてくれないの?」
「君は相変わらず図々しいな」
調子に乗るテセウスに苦笑するルシオ。アルスレーテは眉根を寄せて胸を押さえる。
「仲間が『母さん』って言われると若干心が痛むわね……。この子の誕生ってある意味私のせいなとこあるから……」
――災厄の十三魔、アレクサンドルと戦ったあの日。部下であるロボットを振り切れればイェルズが無茶する必要はなかったのだ。
今更言っても仕方のないことだけれど――。
「え。じゃあ貴女も母さんですか?」
「ぶん殴られたいの?」
青筋を立てて笑うアルスレーテ。こほん、と咳ばらいをすると包みをテセウスに差し出す。
「……ともあれ、お土産のツナサンドもあげるから今日は帰りなさい」
「え。まだここ壊してないですよ」
「あんたが殺したいのはあたし達なんだろ?」
「はい。この船を破壊するのはまさに八つ当たり。お門違いですね」
「ここは君意外の誰かの思い出の場所でもあるんだ。今の君ならその意味が分かるね?」
「大切な人は、テセウスに世界を見てって望んだんだよね。だったら見て回らなきゃ。壊したらもったいないよ」
ラミアとフィロ、ルシオとシアーシャの言葉に考え込むテセウス。
暫しの沈黙の後、こくりと頷いた。
「……分かりました。今日は帰ります。……と、君の名前聞いてもいいです?」
「私? シアーシャだよ」
「シアーシャさん。俺の友達になってくれます?」
「ん? いいよ!」
「いいのか……?」
「……本当、どうしたらいいんだろ」
テセウスとシアーシャのやり取りに、でっかい冷や汗を流すヴァイス。
ラミアは小さな声で、苦し気に呟いた。
こうして、ハンター達の活躍によりニダヴェリールの奪還に成功した。
そして、もう1つの朗報は、今回の依頼に協力した功績が認められ、ユーキ・ソリアーノは身柄の拘束を解かれることとなった。
ニダヴェリールの管理権限を持つものとして、戦線に復帰する日も近い――そう聞いたハンター達は、胸を撫で下ろしつつ帰路についたのだった。
――厳重に管理されているはずの場所に易々と入り込まれたのだ。
乗務員達がピリピリするのも仕方ない話なのかもしれない。
最も、問題の管制室を乗っ取っている歪虚は数あるセキュリティを突破した訳ではない。
いわば『反則』ともいえる方法で入り込んだ訳なのだが……。
「転移して入り込むなんてテセウスにしか出来ないし、あまり自分達を責めないで欲しいよね……」
「そうは言っても入り込まれているのは事実だし、まー始末書は書かされるでしょうね」
ニダヴェリールのスタッフ達を気遣うシアーシャ(ka2507)に、可哀想よねーと続けたアルスレーテ・フュラー(ka6148)。
ルシオ・セレステ(ka0673)はため息をついて、ニダヴェリールの船内を見渡す。
どこまでも続く長い廊下。決して狭くはないが、それでもここで戦えるかと言われたら……難しいと答えざるを得ない。
「……参ったね。戦わずにお引き取り頂きたいけど」
「あいつ、あたし達を恨んでるだろうからね……」
言葉を濁すラミア・マクトゥーム(ka1720)。
――仇は必ず取ってやる! ハンター! お前達を絶対許さないからな!!
空蒼の大規模作戦でシュレディンガーを討ち取った時の赤毛の歪虚の叫び。
それがチクリと胸を刺すようで……。
ヴァイス(ka0364)は制御室への道をユーキに確認しながら、ふと彼を振り返る。
「ユーキ、トモネとは連絡がついたか?」
「はい。今のところ件の歪虚は素直に通信に応じているとのこと。眺めの良い場所について話をしたら興味を示したと……」
「眺めのいい場所? そんな場所があるのか?」
「ええ。恐らく展望室のことかと。ニダヴェリールの中心……頭頂部に希望の神を模した像があるのですが、その下に展望室が設けられているのですよ」
「そんな場所があるんですね」
ヴァイスの声に頷くユーキ。続いたフィロ(ka6966)に、彼はもう一度頷く。
「……ここは人が住めるようにもなっていますから。そういったものも用意されているんです」
元々ニダヴェリールはコロニーを転用した戦艦である。
万が一の時に、人々を収容する『箱舟』としての機能も備えている、ということなのだろう。
急ぎ足で戻ってきたレギ(kz0229)に気付いたアルスレーテが、ひらひらと手を振った。
「お疲れ様、レギ」
「はい! アルスレーテさん今日も綺麗ですね」
「……本当ブレないわねー。いい加減にしないとあんたの天使に言いつけるわよ?」
「僕の天使さんはこの程度じゃ怒らないんで大丈夫です!」
あっけらかんというレギに、馬鹿なのね、とぼやいたアルスレーテ。
ルシオは苦笑しながら口を開く。
「レギ。私がお願いしたことはやって貰えたのかな?」
「そうでした! 艦内にいたスタッフ、避難完了したそうです」
「そうか。ありがとう。これで最悪の事態は避けられるかな。……それじゃあ行こうか」
「はい。その前に……。ユーキ様にお願いがございます」
「何でしょう」
「管制室内には私達だけで参ります。ユーキ様は外でお待ち戴きたいのですが……」
どこか必死な様子のフィロをじっと見つめるユーキ。
ヴァイスもそうだな……と続ける。
「テセウスは、あんたを『シュレディンガーを裏切った者』と認識していてもおかしくない」
「はい。顔を見た瞬間激高する可能性がございます」
「……元々、私は財団の全ての責を負って退場すべきだったのです。今も余生のようなものですから、ご配慮戴く必要はないかと」
「いいえ。……いいえ。ユーキ様にはまだ成すべきことがございます。トモネ様の為にもどうか……」
自嘲気味に笑うユーキに首を振るフィロ。
――自分の考えが正しいとは思わない。
けれど……守るものを選べと言われたら、私が選択するものはただ一つ。
トモネ様の笑顔を、トモネ様とユーキ様の幸せな未来を守りたい。
だから――。
ぶつかり合う視線。ユーキは俯くと、ふう……とため息をついた。
「……分かりました。皆さんの言葉に従いましょう。……それでは、制御室にご案内します」
「うん! 宜しくお願いね!」
重い雰囲気を払拭するシアーシャの明るい声。
ハンター達はユーキの背を追うようにして歩き出す。
まもなくハンター達は制御室の前に到着した。
防音がしっかりしているらしい。テセウスが話している声は聞こえない。
ユーキはドアの横にある操作板の前に立つと、ハンター達に目配せをした。
「ロックを解除します。宜しいですね?」
「いつでもどうぞー」
ユーキに軽い調子で答えたアルスレーテ。
彼が慣れた手つきで操作板に触れると、ドアについているライトが赤から緑に変化した。
……どうやら、ロックの解除に成功したらしい。
「ユーキ様はここでお待ちくださいね」
「レギ、ユーキを頼んだよ」
「了解しました」
小声で念を押すフィロ。ルシオに頷き返すレギ。
仲間達に合図を送り、滑り込むようにして真っ先に制御室に侵入したヴァイスは、目の前の光景に絶句した。
様々な機械や装置が並ぶ室内。その中心で……赤毛の青年が、重厚な椅子で膝を抱えて丸くなっていたので。
勿論戦闘は避けるべきだし、そのつもりで来たのだが……。
――何だこいつ。尋常ではない量の負のマテリアルを感じるということは、間違いなく歪虚ではある。
こちらに気付いている筈なのに、反応する様子が見られないのは何故なのだろう。
機を狙っているのか。それとも……。
この歪虚がいつ攻撃に転じても対応できるように、注意深く様子を伺うヴァイス。
無防備な体勢のまま若草色の瞳をこちらに向けたテセウスと目が合う。
「……もう来たんですか? 思ったより早かったですね」
「流石にこの状況を放っておく訳にいかなかったものでな。テセウスと言ったか? お初にお目にかかる。俺はヴァイスと言う」
「ご丁寧にどうも。……で? 管制室を占拠してる侵入者をつまみ出さなくていいんですか?」
「勿論、ここの安全を守る義務はあるが。こちらとしても手荒な真似をするつもりはない」
「へえ。ハンターってすぐ実力行使に出るんだと思ってたんですけどね」
「……そうでもない。力を行使するのは、その必要がある時だけさ」
「……そうですか。じゃあ、その力、使って貰いましょうか」
不意に膨れ上がる殺意。椅子から跳ね上がり、大剣を振り下ろすテセウス。
守りの構えをし、燃え盛る劫火のような赫色のオーラを纏ったヴァイスがそれを受け止める。
フィロとルシオはすぐさま、二人の間に割って入った。
「まだお話の途中かと思いましたが……随分と短慮なのでは、テセウス様」
「……止めなさい。君の大切な人は敵を見たら即攻撃を仕掛けるような人だったかい?」
「うるさいな! あの人を殺したくせに!」
「あなたの怒りは当然よ。私だって妹たちになんかあったら怒るもの」
「じゃあ殺されてくれる?」
「残念ながらそれは出来ないわね」
テセウスの怒りに燃える目線を受け止めてしれっと答えるアルスレーテ。
ラミアはじっとテセウスを見つめる。
「テセウス。あんた、ここに何しに来たんだい?」
「何って、この船を壊すんだよ!」
「あたし達が到着する前に壊すことだって出来た筈だろ。何で今まで大人しくしてたのさ」
「……それは。この船は、あの人のお気に入りだったから。壊す前に見ておこうと思って」
「そっか。大切な人が好きだったものを見に来たんだね……」
しんみりと呟くシアーシャ。
大事な人を喪って、その人が好きだったものを見たいと思った。
その気持ちが理解出来て……とても胸が痛む。
――以前、リアルブルーで会った時から思っていたが、この歪虚はすごく素直なのだ。
だから、彼の大切な人もテセウスに色々な経験をさせたかったのかもしれない。
「ねえねえ。テセウスは、ここがどうして大切な人のお気に入りだったのか、理由は知ってるの?」
「それは……知らない」
「だったら、ここがお気に入りだった理由がわかるまで、戦闘やめよ? 今壊したら、ずっと分からないままになっちゃうよ」
「このまま戦闘を継続すると船を見ることが出来なくなるぞ。……いいのか?」
「勿論、タダでとは言わないわ。剣を収めてくれたら、お姉さんがお弁当あげるわよ。どうかしら」
シアーシャとヴァイス、アルスレーテを交互に見て、渋々ながら頷くテセウス。
ルシオは安堵のため息を漏らすと通信回線を開く。
「トモネ、聞こえるかい? ルシオだ。眺めの良い場所というのは展望室で合っているかい?」
『ああ、そうだ』
「分かった。ユーキに案内してもらうよ」
『すまない。……くれぐれもユーキを頼む』
「はい。お任せください。トモネ様」
通信機越しの心配そうなトモネの声に、フィロは優しく声をかけた。
円状になっている展望室は、360度ぐるりと大きな窓ガラスが組み込まれ、基地を眼下に望み、空が手に届きそうだった。
「ほう。トモネの言う通り、眺めのいい場所だな」
「うん。シュレディンガー様がお気に入りだったのも分かる気がする」
「そうだね。この光景、テセウスの大切な人も見たんだろうね」
ヴァイスの隣で窓を覗き込むテセウス。シアーシャもこくりと頷く。
「……ここ、あんたの大切な人のお気に入りだったんだろ? なのに壊そうとするの?」
「だからこそ、他の人間に使われたくないんだよ」
真っ直ぐに見つめるラミアに、強い視線を返すテセウス。
殺意と憎悪を向けられて、その思いの強さに何故だかほっとする。
アイツと同じ顔で、無関心でいられる方がきっと堪らないし……それは多分、シュレディンガーが持ちえなかったものだから。
いや、持っていたけれど。大切な人との出会いで変わってしまったのだろうか……。
――そして思う。
あたしは……どうすればいいのだろう。
あれだけイェルズと同じ顔をしてるのが許せなくて。消すことを願った。
でも、今になって――死なせたくないとも思ってしまっている。
参ったな。憎まれているはずなのに。情が移ってしまったんだろうか……。
そんなことを思うラミア。テセウスはアルスレーテから受け取ったサンドウィッチに齧りついて目を輝かせる。
「あ。これ美味しい……!」
「でしょ。すごくいいツナ缶使ってるのよー。沢山食べなさい」
「やったー!」
真っ直ぐな憎悪を向けていたかと思えば、高級ツナサンドに大喜びするテセウスにヴァイスとフィロは微妙な目線を送る。
「……こいつ本当に歪虚なのか?」
「その筈なんですが……」
「何かこう……やりにくいな」
「単純といえば単純なんでしょうけれども……」
「アルスレーテさん、僕も高級ツナサンド食べたいです」
「レギはこっちで我慢しなさい」
ボソボソと会話をするヴァイスとフィロの横でレギにピシャリと言い返したアルスレーテ。シアーシャもツナサンドを頬張る。
「美味しいねー。みなとみらいのアイスクリームは残念なことになっちゃったもんね。今日は邪魔が入らずに食べられて良かったね」
よしよしとテセウスの頭を撫でるシアーシャ。その感覚に、テセウスが首を傾げる。
「あ、今心のモヤモヤが少し晴れました」
「……モヤモヤって?」
「はい。以前、シュレディンガー様が消えて怒ってた時、クリュティエが抱きしめてくれて……その時もモヤモヤした感じがなくなったんです」
「……何だって?」
抱きしめられ、頭を撫でられて喜びを示す。悲しみが癒えたと感じる。
――それではまるで、人間の子供ではないか。
そこでハッとするルシオ。
――テセウスは親を亡くして傷ついている子供そのものだ。
だから行動に統合性がない。
寂しさを埋める為に――親であるシュレディンガーの面影を追って、ここまでやってきたのだろう。
テセウスは歪虚である以上、『世界を無に還す』という本能が備わっているはずだ。
それなのに、ヒトとの触れ合いを『良いもの』と認識する。
こんな矛盾を抱えている以上、いつか彼を苦しめることになるのかもしれない。
――シュレディンガーは、それを理解していたのだろうか。
そんなことを考えながら、ルシオは口を開く。
「いいかい。テセウス。誰かとの大切な記憶、物や場所はその縁……それを思い出と言うんだよ」
「思い出……?」
「そう。思い出。君の心にいる大切な人は消えない。君が覚えている限りは、ずっと君と共にある」
「うん。皆で見た光景や、こうして食べたごはんも思い出になるんだよ。今日のことも思い出になるね」
「そっか。……クリュティエが言っている意味が良く分からなかったんだけど、その説明なら分かる」
続くシアーシャの説明に頷くテセウス。彼女は再び赤毛の歪虚の頭を撫でる。
「理解出来てえらいねー」
「わーい。ルシオ母さんはなでなでしてくれないの?」
「君は相変わらず図々しいな」
調子に乗るテセウスに苦笑するルシオ。アルスレーテは眉根を寄せて胸を押さえる。
「仲間が『母さん』って言われると若干心が痛むわね……。この子の誕生ってある意味私のせいなとこあるから……」
――災厄の十三魔、アレクサンドルと戦ったあの日。部下であるロボットを振り切れればイェルズが無茶する必要はなかったのだ。
今更言っても仕方のないことだけれど――。
「え。じゃあ貴女も母さんですか?」
「ぶん殴られたいの?」
青筋を立てて笑うアルスレーテ。こほん、と咳ばらいをすると包みをテセウスに差し出す。
「……ともあれ、お土産のツナサンドもあげるから今日は帰りなさい」
「え。まだここ壊してないですよ」
「あんたが殺したいのはあたし達なんだろ?」
「はい。この船を破壊するのはまさに八つ当たり。お門違いですね」
「ここは君意外の誰かの思い出の場所でもあるんだ。今の君ならその意味が分かるね?」
「大切な人は、テセウスに世界を見てって望んだんだよね。だったら見て回らなきゃ。壊したらもったいないよ」
ラミアとフィロ、ルシオとシアーシャの言葉に考え込むテセウス。
暫しの沈黙の後、こくりと頷いた。
「……分かりました。今日は帰ります。……と、君の名前聞いてもいいです?」
「私? シアーシャだよ」
「シアーシャさん。俺の友達になってくれます?」
「ん? いいよ!」
「いいのか……?」
「……本当、どうしたらいいんだろ」
テセウスとシアーシャのやり取りに、でっかい冷や汗を流すヴァイス。
ラミアは小さな声で、苦し気に呟いた。
こうして、ハンター達の活躍によりニダヴェリールの奪還に成功した。
そして、もう1つの朗報は、今回の依頼に協力した功績が認められ、ユーキ・ソリアーノは身柄の拘束を解かれることとなった。
ニダヴェリールの管理権限を持つものとして、戦線に復帰する日も近い――そう聞いたハンター達は、胸を撫で下ろしつつ帰路についたのだった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/02/11 13:16:39 |
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相談卓 アルスレーテ・フュラー(ka6148) エルフ|27才|女性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2019/02/11 13:21:53 |