ゲスト
(ka0000)
【碧剣】仄暗く無明には遠い世界の底で
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- シリーズ(続編)
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/02/19 12:00
- 完成日
- 2019/03/08 08:02
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
遠い昔、それはただ一柱の光に過ぎなかった。
――世界に、罅が入るまでは。
●
「が、ア、アアアア……ッ!」
赤滅する視界の中、少年は絶叫していた。眼前には、“敵”。切断し消滅させるべき忌まわしき存在、歪虚だ。それはヒトの形をしていた。そして、少女のように見えた。見えた、というのは、ともすれば老人のようにも見えそうな外観のせいだ。
目立つのはひび割れた肌。何かしらの体液がこびりついている。そこをまばらに覆うのは茨と――鱗、そして、不規則に蠢く眼玉。そんな【モノ】が、尋常なヒトであるはずが、ない。
しかし。
「w■▲a ■aksur s!g m※st▲ nest■n ▲oa?」
絶叫する少年を眺めて、首をかしげたまま言葉を紡いだ。なめらかな動きには明らかな、意思があって。そっと、手を伸ばす。ゆるゆると、近づいてくる。
そいつはまるで、剣を手に絶叫しがちがちと震える少年を――案ずるように。
その歪虚に対し、少年は。
「い、ゃ、だ……!」
少年の絶叫が、石壁を叩く。
●
「という夢を見たんだ」
「……そうか」
作戦決行前。シュリ・エルキンズが現上司であるロシュ・フェイランドに報告したところ、上役は渋い顔で応じた。シュリだって、こんなことを唐突に言われたら困りもするだろうとは思う。ロシュは蛋白にこう応じた。
「それで、お前はその歪虚を斬れたのか?」
「斬ったよ」
「斬った……お前が、か?」
今度こそ意外そうに、ロシュは振り返る。その顔つきからロシュが本気で驚いていることが分かり、シュリは苦笑した。
「夢の中だから、理由とかもあんまりはっきりしないんだけど、僕は斬ったみたいだ。“彼女”は消えて、それでおしまい」
「……そうか」
言いよどむロシュに配慮が透けて見え、シュリは若干の後悔を覚えなくもない。しかし、本心を隠し続けた結果、望まぬ事態に至ってしまった過去が、シュリの背を押した。
「シュリ。もし万が一、お前が生存者に希望を見出しているようならば……やめておけ。何も考えずに、一振りの剣となるほうがいい。分水嶺は、とっくの昔に超えているんだ」
「……?」
ロシュの鋭い視線に、息を呑む。
「“歪虚が満ちた場所で普通の人間が生きていけるはずがない”。あのシャルシェレット卿ですら、歪虚に接していた時間ゆえに危篤に陥り、今だって治療と幾重もの浄化を受けねばまともに生活もできん」
「……」
「地底にいるのは、墜ちた存在だけ――お前の敵だ。夢の中のお前は、正しかった。斬らねばならない、それが、必要なことだった。だから、此処から先では躊躇うなよ。……」
ロシュはそのまま何かを続けようとして、言葉を切った。少なくとも、シュリにはそう見えた。
「どうしたの?」
「……なんでもない。言うべきは言った。俺は休む」
「うん。ありがとう、ロシュ」
別室へと移動していくロシュは、返事をすることも、振り返ることもなかった。シュリはその背をじっと眺めたまま、左手で愛剣の柄に触れていた。
―・―
自室に戻ったロシュは、息を吐く。自嘲と痛みを洗い流すように、深く。
想起されるのは、騎士団長ゲオルギウスの忠告だった。
シュリに、歪虚を憎む兆候が見えるようならば。狂戦士に成り下がり、混乱に陥る前に――シュリを……。
そのために、絶好の機会だったというのに。果たせなかった。
「もう」
震える声で、吐き出した。あり得べかざることだが、もし、万が一、生存者がいるならば。もし、シュリが夢で見たように、知性を持つヒトがいるならば。そうさせた敵の目的にシュリと碧剣が関連しているとは思えないが、それでもシュリは歪虚を憎み得る。そのことが、ただただ、苦しい。
「……もう、十分に傷ついたはずだ。そうだろう」
●
「諸君のおかげで十分に情報を集めることができた」
明朗なロシュの言葉がブリーフィングルームに響く。過日との違いといえば、ハンター以外の人間の数が多いこと。年の頃はロシュと同じくらいだが、騎士というには匂いが異なる。どこか砕けた雰囲気を漂わせていた。
「こいつらは私が非公式に招集した。騎士ではないが、覚醒者で……王国貴族だ。私にとっては学友にあたるが、この場ではおもねる必要はない。危険の多い調査に参加せず、成果に群がっているだけだからな」
「……ロシュ、そんな言い方しなくても」
彼らと面識があるらしいシュリが反駁するが、ロシュはおろか、召集された貴族たちですら苦笑している。
「【傲慢王】で騒がしいこの時期に領内から出てこれる程度の立場なんだ。本当に気にしないでくれ」
魔杖を手にした男が言えば、他の面々も頷いている。
「話を戻すぞ。目標の歪虚は地下に潜っていることは明らかだが、その出入り口は雪に閉ざされている。重要なのは、それを抉じ開けることは我々の存在が露呈することと同義だということだ。周囲一帯の獣達が襲ってくると考えて相違ない」
故に、と前置いて、
「我々が取り得る作戦は2つだ。敵を釣りだして侵入するか、敵を突破して侵入するか。前者の場合、こいつら貴族たちには陽動を、後者の場合は退路確保を依頼する形となる。3箇所同時の突入か、一箇所のみの突入かは……ハンター、お前たちに任せる。取りやすい作戦を選べ。空を飛んで監視が出来るのは一箇所限りだが、幸い、連日の調査で騎士も同地での潜伏が可能になった。監視ぐらいなら可能だろう。
ただし、作戦にあたり、留意すべきことが2つある。シュリ・エルキンズ」
「は、はい?」
「一つ。敵はおそらく、未だ『我々の存在』を知らないはずだ。過日、私達は遭遇こそしたが、その後の警戒を見るに対応としては自動的な範疇だったと見える。しかし――二つ。我々が潜伏先に突入した瞬間に敵は……シュリ、貴様のことを想定するはずだ。歪虚の気配だけで居場所を探れる存在など限られている上に……おそらくそれは、敵こそが想定し、備えていることだろう」
「……たしかに」
「シュリが囮に回ろうが陽動に回ろうが殿につこうが突入しようが事態は変わらん。好きにしたらいい。重要なのは――敵が、予見される貴様の侵入に、何を用意していたかだ」
●
人間であれば4,5人は並んで通れそうな広々とした石造りの空間を、ヒタリ、ヒタリ、と少女は歩んでいく。
「w▲ dar※r……」
歪虚たちが住まうにしては過剰なほどに『負のマテリアル』が乏しい。しかし石壁はほのかに光り、少女が進む道を照らすようだった。
少女を無視するように、傍らを老人と中年の姿をしたモノが歩みすぎていった。
彼らはそれぞれの手に盆を抱えていた。何処かへと歩み去る二つの歪虚を誇らしげに少女は見送ったのち、たどり着く。
「■■■■■■■」
「■――■……」
少女にとっては聞きとれぬ言葉が満ちた空間。それでもそこは、彼女にとっては幸福に満ちた空間だった。
しずかに膝を付き、祈りを捧げる――。
遠い昔、それはただ一柱の光に過ぎなかった。
――世界に、罅が入るまでは。
●
「が、ア、アアアア……ッ!」
赤滅する視界の中、少年は絶叫していた。眼前には、“敵”。切断し消滅させるべき忌まわしき存在、歪虚だ。それはヒトの形をしていた。そして、少女のように見えた。見えた、というのは、ともすれば老人のようにも見えそうな外観のせいだ。
目立つのはひび割れた肌。何かしらの体液がこびりついている。そこをまばらに覆うのは茨と――鱗、そして、不規則に蠢く眼玉。そんな【モノ】が、尋常なヒトであるはずが、ない。
しかし。
「w■▲a ■aksur s!g m※st▲ nest■n ▲oa?」
絶叫する少年を眺めて、首をかしげたまま言葉を紡いだ。なめらかな動きには明らかな、意思があって。そっと、手を伸ばす。ゆるゆると、近づいてくる。
そいつはまるで、剣を手に絶叫しがちがちと震える少年を――案ずるように。
その歪虚に対し、少年は。
「い、ゃ、だ……!」
少年の絶叫が、石壁を叩く。
●
「という夢を見たんだ」
「……そうか」
作戦決行前。シュリ・エルキンズが現上司であるロシュ・フェイランドに報告したところ、上役は渋い顔で応じた。シュリだって、こんなことを唐突に言われたら困りもするだろうとは思う。ロシュは蛋白にこう応じた。
「それで、お前はその歪虚を斬れたのか?」
「斬ったよ」
「斬った……お前が、か?」
今度こそ意外そうに、ロシュは振り返る。その顔つきからロシュが本気で驚いていることが分かり、シュリは苦笑した。
「夢の中だから、理由とかもあんまりはっきりしないんだけど、僕は斬ったみたいだ。“彼女”は消えて、それでおしまい」
「……そうか」
言いよどむロシュに配慮が透けて見え、シュリは若干の後悔を覚えなくもない。しかし、本心を隠し続けた結果、望まぬ事態に至ってしまった過去が、シュリの背を押した。
「シュリ。もし万が一、お前が生存者に希望を見出しているようならば……やめておけ。何も考えずに、一振りの剣となるほうがいい。分水嶺は、とっくの昔に超えているんだ」
「……?」
ロシュの鋭い視線に、息を呑む。
「“歪虚が満ちた場所で普通の人間が生きていけるはずがない”。あのシャルシェレット卿ですら、歪虚に接していた時間ゆえに危篤に陥り、今だって治療と幾重もの浄化を受けねばまともに生活もできん」
「……」
「地底にいるのは、墜ちた存在だけ――お前の敵だ。夢の中のお前は、正しかった。斬らねばならない、それが、必要なことだった。だから、此処から先では躊躇うなよ。……」
ロシュはそのまま何かを続けようとして、言葉を切った。少なくとも、シュリにはそう見えた。
「どうしたの?」
「……なんでもない。言うべきは言った。俺は休む」
「うん。ありがとう、ロシュ」
別室へと移動していくロシュは、返事をすることも、振り返ることもなかった。シュリはその背をじっと眺めたまま、左手で愛剣の柄に触れていた。
―・―
自室に戻ったロシュは、息を吐く。自嘲と痛みを洗い流すように、深く。
想起されるのは、騎士団長ゲオルギウスの忠告だった。
シュリに、歪虚を憎む兆候が見えるようならば。狂戦士に成り下がり、混乱に陥る前に――シュリを……。
そのために、絶好の機会だったというのに。果たせなかった。
「もう」
震える声で、吐き出した。あり得べかざることだが、もし、万が一、生存者がいるならば。もし、シュリが夢で見たように、知性を持つヒトがいるならば。そうさせた敵の目的にシュリと碧剣が関連しているとは思えないが、それでもシュリは歪虚を憎み得る。そのことが、ただただ、苦しい。
「……もう、十分に傷ついたはずだ。そうだろう」
●
「諸君のおかげで十分に情報を集めることができた」
明朗なロシュの言葉がブリーフィングルームに響く。過日との違いといえば、ハンター以外の人間の数が多いこと。年の頃はロシュと同じくらいだが、騎士というには匂いが異なる。どこか砕けた雰囲気を漂わせていた。
「こいつらは私が非公式に招集した。騎士ではないが、覚醒者で……王国貴族だ。私にとっては学友にあたるが、この場ではおもねる必要はない。危険の多い調査に参加せず、成果に群がっているだけだからな」
「……ロシュ、そんな言い方しなくても」
彼らと面識があるらしいシュリが反駁するが、ロシュはおろか、召集された貴族たちですら苦笑している。
「【傲慢王】で騒がしいこの時期に領内から出てこれる程度の立場なんだ。本当に気にしないでくれ」
魔杖を手にした男が言えば、他の面々も頷いている。
「話を戻すぞ。目標の歪虚は地下に潜っていることは明らかだが、その出入り口は雪に閉ざされている。重要なのは、それを抉じ開けることは我々の存在が露呈することと同義だということだ。周囲一帯の獣達が襲ってくると考えて相違ない」
故に、と前置いて、
「我々が取り得る作戦は2つだ。敵を釣りだして侵入するか、敵を突破して侵入するか。前者の場合、こいつら貴族たちには陽動を、後者の場合は退路確保を依頼する形となる。3箇所同時の突入か、一箇所のみの突入かは……ハンター、お前たちに任せる。取りやすい作戦を選べ。空を飛んで監視が出来るのは一箇所限りだが、幸い、連日の調査で騎士も同地での潜伏が可能になった。監視ぐらいなら可能だろう。
ただし、作戦にあたり、留意すべきことが2つある。シュリ・エルキンズ」
「は、はい?」
「一つ。敵はおそらく、未だ『我々の存在』を知らないはずだ。過日、私達は遭遇こそしたが、その後の警戒を見るに対応としては自動的な範疇だったと見える。しかし――二つ。我々が潜伏先に突入した瞬間に敵は……シュリ、貴様のことを想定するはずだ。歪虚の気配だけで居場所を探れる存在など限られている上に……おそらくそれは、敵こそが想定し、備えていることだろう」
「……たしかに」
「シュリが囮に回ろうが陽動に回ろうが殿につこうが突入しようが事態は変わらん。好きにしたらいい。重要なのは――敵が、予見される貴様の侵入に、何を用意していたかだ」
●
人間であれば4,5人は並んで通れそうな広々とした石造りの空間を、ヒタリ、ヒタリ、と少女は歩んでいく。
「w▲ dar※r……」
歪虚たちが住まうにしては過剰なほどに『負のマテリアル』が乏しい。しかし石壁はほのかに光り、少女が進む道を照らすようだった。
少女を無視するように、傍らを老人と中年の姿をしたモノが歩みすぎていった。
彼らはそれぞれの手に盆を抱えていた。何処かへと歩み去る二つの歪虚を誇らしげに少女は見送ったのち、たどり着く。
「■■■■■■■」
「■――■……」
少女にとっては聞きとれぬ言葉が満ちた空間。それでもそこは、彼女にとっては幸福に満ちた空間だった。
しずかに膝を付き、祈りを捧げる――。
リプレイ本文
●
事前の調査で作成した地図は十全にその役目を果たしていた。同道する疾影士の従騎士が先導し、監視の獣達を避けるルートを進んでいく。
『成程。皆さんは伝統的貴族の努めを果たされる、という訳ですな』
如才ないエアルドフリス(ka1856)の言に、貴族たちは渋面を露わにしたものだが、ロシュと貴族たちは二手に分かれて陽動に回っている。
エアルドフリスが頭上を見上げると、グリフォンの影。
(……任せるしかないね)
ジュード・エアハート(ka0410)の囁き声に、男は首肯で返す。退路の確保、監視は内部に突入する自分たちでは果たせない生命線だ。
――さてさて、鬼が出るか蛇がでるか……ですが。
と、ソフィア =リリィホルム(ka2383)はシュリを見やり、少年の表情に微かな陰りを見たとき、遠くから戦闘の音。それが、合図となった。周囲から鳴動するように、足跡が響く。
「始まったわね」
周囲の気配を伺いながら、八原 篝(ka3104)。敵とのニアミスは避けれそうと判断して、前を向く。どこか思いつめたような瞳だった。
――まぁ、愉快なもんじゃあなかろうがね。
それを盗み見て、息を吐いたエアルドフリスは覡らしい直観で、そう思う。けども、まあ。
「それじゃあ、敵さんの腹の中へお邪魔するとしよう」
「……っ」
一つシュリの背を叩いて、歩を進めた。
終わらせるためには、征かねばならないのだから。
●
見張りに唯一残っていた鹿型を切り捨て、マッシュ・アクラシス(ka0771)は雪を蹴り分ける。同じく前衛についたヴォルフガング・エーヴァルト(ka0139)もそれに続く。
――騎士団、剣、聖女、茨、マテリアル、人間。
ざくざくと、剣に足を使いながら入り口を探るマッシュの脳裏に早期される言葉と光景。事の起こりは何なのか。この奥にある結末は……一体、何なのか。
思考している間に、感触があった。石とも土とも違う感触に、雪のなかに手を突っ込み、闘狩人の膂力で雪ごと引き上げる。
虚のように大きくひらいた"入り口"を前に、
「はてさて……これは一体、何年前の続きなのか」
男は無感慨な調子で呟いた。
「どんナ感じカナと思ってたケド、結構キレイだネ!」
アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)は洞窟内が明るく照らされている様を感慨深げに眺めている。
「これは……鉱石……? 植物?」
石壁の光源を指先でなぞったジュードは、指を眺め擦るが特に変化はない。何かの塗料のようにも見えるのだが。
「エメラルドタブレットとかも光ってたように思うけど……地質、とかかな」
「自然トこうはならなサソウだケド」
同じように指でなぞり、香りを確かめるアルヴィンだがとくにピンとは来なかったようだった。
「うーん……」
ジュードは頭の片隅に留めつつ、歩を進めることとする。
「特に気配はねぇな」
「まだ、とも言うべきですが……」
前衛として戦闘即応に務めるヴォルフガングとマッシュ。マッシュがちらと横目でシュリを振り返り見ると、
「……地上の動きだけ、ですね」
逆にいえば、そう接近はされていないということでもあった。程々に警戒を緩めつつ、一同は足を速める。
「しかし、この道はすごいな。もともとこうだったとは思えんが」
「まっすぐ掘り込んだわけでもなさそうですもんね……機能的っていうわけでもないですし」
感嘆するエアルドフリスに、ドワーフらしい感想で返すソフィア。やや湾曲する道を不満げに眺めながら、「まぁ、あえて見通しを悪くしてるって意味なら及第点ですかね」と鼻を鳴らす。
「……オッ!」
「どうした?」
周囲のみならず、頭上や足元まで警戒していたアルヴィンは何事かに気づいたように声を上げる。ヴォルフガングが振り返ると。
「ヤ、土壌じゃナイようダネ……ルール―に言わレテ気づいタケド」
この分だと足元からの奇襲はなさそうか、と思った、その時。
「来ます!」
シュリが抜剣。そして、遠くから有象無象の足跡が連なって響く。硬い岩肌を叩く蹄や、蹴り出す音。呼吸の音はないが、想定は容易だった。
「……獣たち」
確認も兼ねて後方を仰ぎ見たうえで篝が言えば、ヴォルフガングは歯を剥くようにして嗤った。まるでいつぞやの再演だ。
「……三方を虱潰しってことかね」
比較的視界の良い位置まで戻りつつ、隘路での戦闘となった。前衛にシュリが出て、入れ替わりにジュードが交代。マッシュとヴォルフガング、シュリで横並びに構えた後方に、ソフィア、アルヴィン、エアルドフリス、篝、ジュードと続く。
「うへ、壮観ですね」
全速力で突入してくる獣達を前にソフィアは呻いた。小型から中型の獣が多いが、いかんせん数が多い。射線が通り次第銃撃を重ね、一射一殺を狙うも後逸は避け得ないほど。
「最悪コレと三連戦、か」
茨に眼球や鱗で覆われた獣達の姿を見て嫌悪に表情を歪めつつも、エアルドフリスは慣れた所作とともに魔術を編む。今は即応、殲滅を優先すべきと判断した。
「我均衡を以て均衡を破らんと欲す。理に叛く代償の甘受を誓約せん」
殷、と音を曳いた術が成る。幾重にも紡がれた氷晶が獣達を包み込んだ。
「――鎖せ!」
飲み込まれた獣達は衝撃に斃れ、すぐに消えていく。しかし、そこを埋めるように、敵。
「いつもながら、きりがない……っ!」
篝もエアルドフリス同様、範囲攻撃を選択した。高速で放たれた矢が、隘路であっても五月雨のごとく降り注ぐ。
「――ッ!」
二人が面でこじ開けた空間にシュリとヴォルフガング、マッシュが突撃。獣達に飲まれる中被弾はどうしても重なるが――この判断が奏功した、とも言えた。立ち位置敵に囮になることで後方への溢流はあるものの、限定的となる。そこに、アルヴィン、ソフィア、ジュードが銃撃を重ねていく。
「……シッ!」
ヴォルフガングは一歩、前へ。長槍の間合いでなぎ払いを行い敵を薙ぎ払うと、マッシュとシュリは残敵に対応する。剣の影響で自己治癒するシュリはともかくとして、初手で火力を出し惜しみしなかったことが効いて、ヴォルフガング、マッシュの被害は許容範囲内といえた。特に、味方の火力を背景に全身鎧に身を包み頑健極まるマッシュはスキル使用を控える余力があり、ヴォルフガングは長柄の得物を存分に振るい、薙ぎ払い、刺突一閃を使用することで空間をこじ開けた。接近する敵を都度後続が払っていくことで、図が当たった形になる。
「38体……ヤー、結構多かったネ」
律儀に数えていたアルヴィンが治療の要否を確認しようとすると、不要とばかりにヴォルフガングはポーションで対応した。マッシュも黙して固辞。頼もしい様に笑んだアルヴィンは戦闘の後を眺める。
「チョット、おかしかったヨネ?」
「消えるのが、早かったかも。どういう理屈かは分からないけど……親玉の一部……とかなのかな」
ジュードが言えば、周囲の警戒をしながらソフィアが、
「うーん。けど、外の歪虚と比べても早かった、と思いますが……」
――早い、か。
ううむ、と唸りながらジュードは壁を眺め見ながら思索したが――答えは、得られなかった。
今は、まだ。
●
「……負の気配を探って、とも思ったが、なかなか上手くはいかんものだな」
中衛のエアルドフリスの声が響く。曲がりくねった道を抜けてたどり着いた倉庫は、四方から道が入る中継点でもあるようだった。シュリの反応を伺うが、下を指差すのみ。まずはこちらの規模の調査を優先している、というところだろうか。
ソフィアの提案のもと、感嘆に調査を行う。
「おいてあるのは主に食材……ですかね。この寒さまなら保存は効きそうですけど……燻製されたものまでありますよ」
倉庫内をひとしきり調査しているソフィアは自身の目利きを告げる。と、粗造な棚に並べられたものを眺めてアルヴィンはケラケラと笑う。
「ツマみ食いしタラダメだヨ、シュリくん」
「しません!」
「ふむ……」
マッシュはかすかに嘆息すると、袋に包まれたものを剣先でつつく。弾けるようにこぼれたのは製粉された小麦粉。歪虚が加工できるとも思えない。
「略奪してきたものも含まれそうですが」
これらが意味するところは明快だった。
「歪虚が必要とするものでも無さそうですね」
マッシュの言葉に、シュリの表情に光が差したかのように明るくなる。
「そうだケド、今は必要じゃなくなッテル……っていうノモありソウだヨネ」
――村人を攫った目的。その意図を勘案するアルヴィンとしては、楽観視はできなかった。敵の目的がシュリを潰すことだというのならば、現状は温い。そう感じた。何より、我々自身が遅きに失している。シュリを期待させた挙げ句、彼の心を折られるような事態は避けたい――と、まあ、そんなアルヴィンの胸中はいざしらず、普段明るい言動のアルヴィンに釘を刺されてシュリはぐぅ、と唸ったのだった。ソフィアは双方の意図を組みつつ、シュリの背を叩く。
「ま、どのみち今は進むしかないってことです。余計なことは考えすぎずに、集中しましょ」
そのときのことだった。シュリの顔が跳ね上がり、抜刀。
「下から来ます!」
●
「挟撃はさけたいところではありますが」
シュリの感知上の制限を踏まえるに、罠の可能性は否定できない。杭を打つようなマッシュの言葉に、ジュードはためらいながら、いう。
「……けど、キリがない、かも。」
余力の問題がある。先ほど別な二つの入口へと向かった敵。それがそのままこちらに挟撃に回るリスクと――一方で、律儀に倒した場合の消耗。先ほどの交戦でも、範囲スキルの消耗はある。しかし、治療スキルやポーションの消耗も抑えたいのも事実で。
一同の視線がジュードに集まる。挟撃に対する解が得られなければ、正攻法が次善。
ジュードは葛藤の末、スマートフォンを手に取る。
幸いここは、負の気配が薄い。通じるかは賭けになる、が。
「――ロシュ君、聞こえる?」
●
『雇い主使いの荒い傭兵がいたものだな!』
果たして。憤慨してみせたロシュは、各隊に通達し突入を選んだ。対して、後顧の憂いが絶てた一同は突破を図る。向かってきたのは中型~大型の獣型に、ヒト型の歪虚が主だった。再びの通路での戦闘であったものの、数が多い。已む無しとマッシュがガウスジェイルを用いることで被弾を彼に集中させることができた。
結果的に後逸はあったものの、後衛戦力は無事。被弾が嵩んだヴォルフガング、マッシュにアルヴィンが治療を施すが、結果から言えば大幅な損耗減となったのは間違いない。
なお、戦闘中の挟撃は無かった。
――百余体を殲滅し、そこからさらに進んだ先で、一同は足を止めた。
通路の先にたった一人立ち、こちらをみつめる少女が、居た。
「so■mer iak ※dj?」
●
「この子……っ!」
見覚えのある少女の姿と言葉に足を止めたシュリ。対して、戦闘態勢を取ったハンターたちは、これまでと様子が異なる存在に攻撃の手を止める。戦意がない、と。そう見えた。しかし。斯様な少女がいるはずもない。
……肌のあちこちに茨が這い、肩や頬に眼球が蠢く少女など。
様子をみる一同の中一人の少女が、前に出た。
篝、であった。
「司祭は……『フォーリ・イノサンティ』は奥に居るの?」
「Fr※?」
「……篝、さん?」
「待って」
驚愕し、問い詰めようとするシュリを、ソフィアが抱きすくめるようにして止めた。唐突に出た名前、明らかに異質な少女。そして――おそらくは、碧剣による衝動と。それら板挟みになった少年の体は、震えていた。
対して、眼前の少女は花開くように笑みを浮かべ、
「foΣ■ in※▲ne!」
とても明るい表情だった。
――言葉は通じずとも、その名前だけは知っているとはっきりわかるくらいには。
確信が事実に至った瞬間を、篝は想像していたよりも静かに受け止めることができた。それでも、口渇に鈍る舌を、なんとか動かす。
「……あの人は何をしようとしているの? あなた達は、」
「dir※λ//…」
何事かを呟いたのち少女は――歪虚は、くるりと背を向けて走りだした。痩せこけた足相応の、少女のような走り方で。
「……」
いつでも魔術を放つことができるように構えていたエアルドフリスは、それと悟られぬように胸を抑える。こちらに敵意を示さない歪虚。その存在が、どうにも許容しがたい……しかし、同時に。
「こりゃあまるで……ヒトじゃあないか」
探求者として――あるいは覡としての綯い交ぜになった胸中が、どうにも、こらえ難かった。
言葉に、シュリの体に震えが走る。
例えそれが夢の中であったとしても。彼は確かに、彼女を斬った。そのことが――。
「この状況、憎むな……っつっても無理があるとは思いますけど」
ふと、耳元に、声。
「だけど憎しみは剣を曇らせて鈍らせます。剣は、持ち手を移す鏡でもあるんですからね」
そうして、少女の姿が見えなくなったところで、声の主――ソフィアはその手をほどいた。そうして、思いっきりシュリの背を叩く。
「どわ……っ!」
よろけつつ振り返るシュリに対し、ソフィアは微かに笑みを浮かべた。
「その鏡が曇って見えなくなったらわたしが研いで磨いてあげましょう……なんてねっ」
●
少女を追って深層に向かうと、一層開けた空間にたどり着く。
大小様々な石像がそこかしこに並べられているのがまず印象に残った。やや稚拙だが――茨と、眼球、そして鱗といった、歪虚に共通する意匠が見られる。
「……なんだこりゃ?」
ヴォルフガングが用心しつつ石像を蹴りとばすと、そのまま傾き、弾けるように壊れた。乾いた音が空洞内に響き渡る中、アルヴィンは石像を検分していく。
「……先鋭的だケド、宗教的ニュアンスは……感じナクモ、ナイ、ヨウナ……」
一同の様子を眺めながら、マッシュは黙考する。
篝があげたものは、馴染みのある名前だった。聖堂戦士団の古兵。彼ならたしかに、碧剣を識っていてもおかしくはない。
――いやはや。また会えるとは、思っていませんでしたが。
回顧と同時に胸に熾る殺意の火を、確かに自覚していた。
歪虚というのならば、やることは決まっている。
他方、ヴォルフガングは少女の行く先を見て、舌打ちをこぼす。幸せな結末など、あるべくもない道行きと確信できた。ならばせめて、誰かが納得できるように――手を汚すことぐらいは、と。そう、思ったのだった。
ジュードは葉脈のように広がる壁の模様を眺めていた。
薄い負の気配。何者かによって掘り進められた洞窟。多量の歪虚の消失。
――それをつなぐ線が、気になる。
「地獄の釜……ってヤツは、コンナ感じなのカモね」
アルヴィンの、どこか愉悦を孕んだ声に、ジュードは我知らず頷いていた。
「……そうだとしても」
行かなくてはいけない。この物語に、終止符を打つために。
事前の調査で作成した地図は十全にその役目を果たしていた。同道する疾影士の従騎士が先導し、監視の獣達を避けるルートを進んでいく。
『成程。皆さんは伝統的貴族の努めを果たされる、という訳ですな』
如才ないエアルドフリス(ka1856)の言に、貴族たちは渋面を露わにしたものだが、ロシュと貴族たちは二手に分かれて陽動に回っている。
エアルドフリスが頭上を見上げると、グリフォンの影。
(……任せるしかないね)
ジュード・エアハート(ka0410)の囁き声に、男は首肯で返す。退路の確保、監視は内部に突入する自分たちでは果たせない生命線だ。
――さてさて、鬼が出るか蛇がでるか……ですが。
と、ソフィア =リリィホルム(ka2383)はシュリを見やり、少年の表情に微かな陰りを見たとき、遠くから戦闘の音。それが、合図となった。周囲から鳴動するように、足跡が響く。
「始まったわね」
周囲の気配を伺いながら、八原 篝(ka3104)。敵とのニアミスは避けれそうと判断して、前を向く。どこか思いつめたような瞳だった。
――まぁ、愉快なもんじゃあなかろうがね。
それを盗み見て、息を吐いたエアルドフリスは覡らしい直観で、そう思う。けども、まあ。
「それじゃあ、敵さんの腹の中へお邪魔するとしよう」
「……っ」
一つシュリの背を叩いて、歩を進めた。
終わらせるためには、征かねばならないのだから。
●
見張りに唯一残っていた鹿型を切り捨て、マッシュ・アクラシス(ka0771)は雪を蹴り分ける。同じく前衛についたヴォルフガング・エーヴァルト(ka0139)もそれに続く。
――騎士団、剣、聖女、茨、マテリアル、人間。
ざくざくと、剣に足を使いながら入り口を探るマッシュの脳裏に早期される言葉と光景。事の起こりは何なのか。この奥にある結末は……一体、何なのか。
思考している間に、感触があった。石とも土とも違う感触に、雪のなかに手を突っ込み、闘狩人の膂力で雪ごと引き上げる。
虚のように大きくひらいた"入り口"を前に、
「はてさて……これは一体、何年前の続きなのか」
男は無感慨な調子で呟いた。
「どんナ感じカナと思ってたケド、結構キレイだネ!」
アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)は洞窟内が明るく照らされている様を感慨深げに眺めている。
「これは……鉱石……? 植物?」
石壁の光源を指先でなぞったジュードは、指を眺め擦るが特に変化はない。何かの塗料のようにも見えるのだが。
「エメラルドタブレットとかも光ってたように思うけど……地質、とかかな」
「自然トこうはならなサソウだケド」
同じように指でなぞり、香りを確かめるアルヴィンだがとくにピンとは来なかったようだった。
「うーん……」
ジュードは頭の片隅に留めつつ、歩を進めることとする。
「特に気配はねぇな」
「まだ、とも言うべきですが……」
前衛として戦闘即応に務めるヴォルフガングとマッシュ。マッシュがちらと横目でシュリを振り返り見ると、
「……地上の動きだけ、ですね」
逆にいえば、そう接近はされていないということでもあった。程々に警戒を緩めつつ、一同は足を速める。
「しかし、この道はすごいな。もともとこうだったとは思えんが」
「まっすぐ掘り込んだわけでもなさそうですもんね……機能的っていうわけでもないですし」
感嘆するエアルドフリスに、ドワーフらしい感想で返すソフィア。やや湾曲する道を不満げに眺めながら、「まぁ、あえて見通しを悪くしてるって意味なら及第点ですかね」と鼻を鳴らす。
「……オッ!」
「どうした?」
周囲のみならず、頭上や足元まで警戒していたアルヴィンは何事かに気づいたように声を上げる。ヴォルフガングが振り返ると。
「ヤ、土壌じゃナイようダネ……ルール―に言わレテ気づいタケド」
この分だと足元からの奇襲はなさそうか、と思った、その時。
「来ます!」
シュリが抜剣。そして、遠くから有象無象の足跡が連なって響く。硬い岩肌を叩く蹄や、蹴り出す音。呼吸の音はないが、想定は容易だった。
「……獣たち」
確認も兼ねて後方を仰ぎ見たうえで篝が言えば、ヴォルフガングは歯を剥くようにして嗤った。まるでいつぞやの再演だ。
「……三方を虱潰しってことかね」
比較的視界の良い位置まで戻りつつ、隘路での戦闘となった。前衛にシュリが出て、入れ替わりにジュードが交代。マッシュとヴォルフガング、シュリで横並びに構えた後方に、ソフィア、アルヴィン、エアルドフリス、篝、ジュードと続く。
「うへ、壮観ですね」
全速力で突入してくる獣達を前にソフィアは呻いた。小型から中型の獣が多いが、いかんせん数が多い。射線が通り次第銃撃を重ね、一射一殺を狙うも後逸は避け得ないほど。
「最悪コレと三連戦、か」
茨に眼球や鱗で覆われた獣達の姿を見て嫌悪に表情を歪めつつも、エアルドフリスは慣れた所作とともに魔術を編む。今は即応、殲滅を優先すべきと判断した。
「我均衡を以て均衡を破らんと欲す。理に叛く代償の甘受を誓約せん」
殷、と音を曳いた術が成る。幾重にも紡がれた氷晶が獣達を包み込んだ。
「――鎖せ!」
飲み込まれた獣達は衝撃に斃れ、すぐに消えていく。しかし、そこを埋めるように、敵。
「いつもながら、きりがない……っ!」
篝もエアルドフリス同様、範囲攻撃を選択した。高速で放たれた矢が、隘路であっても五月雨のごとく降り注ぐ。
「――ッ!」
二人が面でこじ開けた空間にシュリとヴォルフガング、マッシュが突撃。獣達に飲まれる中被弾はどうしても重なるが――この判断が奏功した、とも言えた。立ち位置敵に囮になることで後方への溢流はあるものの、限定的となる。そこに、アルヴィン、ソフィア、ジュードが銃撃を重ねていく。
「……シッ!」
ヴォルフガングは一歩、前へ。長槍の間合いでなぎ払いを行い敵を薙ぎ払うと、マッシュとシュリは残敵に対応する。剣の影響で自己治癒するシュリはともかくとして、初手で火力を出し惜しみしなかったことが効いて、ヴォルフガング、マッシュの被害は許容範囲内といえた。特に、味方の火力を背景に全身鎧に身を包み頑健極まるマッシュはスキル使用を控える余力があり、ヴォルフガングは長柄の得物を存分に振るい、薙ぎ払い、刺突一閃を使用することで空間をこじ開けた。接近する敵を都度後続が払っていくことで、図が当たった形になる。
「38体……ヤー、結構多かったネ」
律儀に数えていたアルヴィンが治療の要否を確認しようとすると、不要とばかりにヴォルフガングはポーションで対応した。マッシュも黙して固辞。頼もしい様に笑んだアルヴィンは戦闘の後を眺める。
「チョット、おかしかったヨネ?」
「消えるのが、早かったかも。どういう理屈かは分からないけど……親玉の一部……とかなのかな」
ジュードが言えば、周囲の警戒をしながらソフィアが、
「うーん。けど、外の歪虚と比べても早かった、と思いますが……」
――早い、か。
ううむ、と唸りながらジュードは壁を眺め見ながら思索したが――答えは、得られなかった。
今は、まだ。
●
「……負の気配を探って、とも思ったが、なかなか上手くはいかんものだな」
中衛のエアルドフリスの声が響く。曲がりくねった道を抜けてたどり着いた倉庫は、四方から道が入る中継点でもあるようだった。シュリの反応を伺うが、下を指差すのみ。まずはこちらの規模の調査を優先している、というところだろうか。
ソフィアの提案のもと、感嘆に調査を行う。
「おいてあるのは主に食材……ですかね。この寒さまなら保存は効きそうですけど……燻製されたものまでありますよ」
倉庫内をひとしきり調査しているソフィアは自身の目利きを告げる。と、粗造な棚に並べられたものを眺めてアルヴィンはケラケラと笑う。
「ツマみ食いしタラダメだヨ、シュリくん」
「しません!」
「ふむ……」
マッシュはかすかに嘆息すると、袋に包まれたものを剣先でつつく。弾けるようにこぼれたのは製粉された小麦粉。歪虚が加工できるとも思えない。
「略奪してきたものも含まれそうですが」
これらが意味するところは明快だった。
「歪虚が必要とするものでも無さそうですね」
マッシュの言葉に、シュリの表情に光が差したかのように明るくなる。
「そうだケド、今は必要じゃなくなッテル……っていうノモありソウだヨネ」
――村人を攫った目的。その意図を勘案するアルヴィンとしては、楽観視はできなかった。敵の目的がシュリを潰すことだというのならば、現状は温い。そう感じた。何より、我々自身が遅きに失している。シュリを期待させた挙げ句、彼の心を折られるような事態は避けたい――と、まあ、そんなアルヴィンの胸中はいざしらず、普段明るい言動のアルヴィンに釘を刺されてシュリはぐぅ、と唸ったのだった。ソフィアは双方の意図を組みつつ、シュリの背を叩く。
「ま、どのみち今は進むしかないってことです。余計なことは考えすぎずに、集中しましょ」
そのときのことだった。シュリの顔が跳ね上がり、抜刀。
「下から来ます!」
●
「挟撃はさけたいところではありますが」
シュリの感知上の制限を踏まえるに、罠の可能性は否定できない。杭を打つようなマッシュの言葉に、ジュードはためらいながら、いう。
「……けど、キリがない、かも。」
余力の問題がある。先ほど別な二つの入口へと向かった敵。それがそのままこちらに挟撃に回るリスクと――一方で、律儀に倒した場合の消耗。先ほどの交戦でも、範囲スキルの消耗はある。しかし、治療スキルやポーションの消耗も抑えたいのも事実で。
一同の視線がジュードに集まる。挟撃に対する解が得られなければ、正攻法が次善。
ジュードは葛藤の末、スマートフォンを手に取る。
幸いここは、負の気配が薄い。通じるかは賭けになる、が。
「――ロシュ君、聞こえる?」
●
『雇い主使いの荒い傭兵がいたものだな!』
果たして。憤慨してみせたロシュは、各隊に通達し突入を選んだ。対して、後顧の憂いが絶てた一同は突破を図る。向かってきたのは中型~大型の獣型に、ヒト型の歪虚が主だった。再びの通路での戦闘であったものの、数が多い。已む無しとマッシュがガウスジェイルを用いることで被弾を彼に集中させることができた。
結果的に後逸はあったものの、後衛戦力は無事。被弾が嵩んだヴォルフガング、マッシュにアルヴィンが治療を施すが、結果から言えば大幅な損耗減となったのは間違いない。
なお、戦闘中の挟撃は無かった。
――百余体を殲滅し、そこからさらに進んだ先で、一同は足を止めた。
通路の先にたった一人立ち、こちらをみつめる少女が、居た。
「so■mer iak ※dj?」
●
「この子……っ!」
見覚えのある少女の姿と言葉に足を止めたシュリ。対して、戦闘態勢を取ったハンターたちは、これまでと様子が異なる存在に攻撃の手を止める。戦意がない、と。そう見えた。しかし。斯様な少女がいるはずもない。
……肌のあちこちに茨が這い、肩や頬に眼球が蠢く少女など。
様子をみる一同の中一人の少女が、前に出た。
篝、であった。
「司祭は……『フォーリ・イノサンティ』は奥に居るの?」
「Fr※?」
「……篝、さん?」
「待って」
驚愕し、問い詰めようとするシュリを、ソフィアが抱きすくめるようにして止めた。唐突に出た名前、明らかに異質な少女。そして――おそらくは、碧剣による衝動と。それら板挟みになった少年の体は、震えていた。
対して、眼前の少女は花開くように笑みを浮かべ、
「foΣ■ in※▲ne!」
とても明るい表情だった。
――言葉は通じずとも、その名前だけは知っているとはっきりわかるくらいには。
確信が事実に至った瞬間を、篝は想像していたよりも静かに受け止めることができた。それでも、口渇に鈍る舌を、なんとか動かす。
「……あの人は何をしようとしているの? あなた達は、」
「dir※λ//…」
何事かを呟いたのち少女は――歪虚は、くるりと背を向けて走りだした。痩せこけた足相応の、少女のような走り方で。
「……」
いつでも魔術を放つことができるように構えていたエアルドフリスは、それと悟られぬように胸を抑える。こちらに敵意を示さない歪虚。その存在が、どうにも許容しがたい……しかし、同時に。
「こりゃあまるで……ヒトじゃあないか」
探求者として――あるいは覡としての綯い交ぜになった胸中が、どうにも、こらえ難かった。
言葉に、シュリの体に震えが走る。
例えそれが夢の中であったとしても。彼は確かに、彼女を斬った。そのことが――。
「この状況、憎むな……っつっても無理があるとは思いますけど」
ふと、耳元に、声。
「だけど憎しみは剣を曇らせて鈍らせます。剣は、持ち手を移す鏡でもあるんですからね」
そうして、少女の姿が見えなくなったところで、声の主――ソフィアはその手をほどいた。そうして、思いっきりシュリの背を叩く。
「どわ……っ!」
よろけつつ振り返るシュリに対し、ソフィアは微かに笑みを浮かべた。
「その鏡が曇って見えなくなったらわたしが研いで磨いてあげましょう……なんてねっ」
●
少女を追って深層に向かうと、一層開けた空間にたどり着く。
大小様々な石像がそこかしこに並べられているのがまず印象に残った。やや稚拙だが――茨と、眼球、そして鱗といった、歪虚に共通する意匠が見られる。
「……なんだこりゃ?」
ヴォルフガングが用心しつつ石像を蹴りとばすと、そのまま傾き、弾けるように壊れた。乾いた音が空洞内に響き渡る中、アルヴィンは石像を検分していく。
「……先鋭的だケド、宗教的ニュアンスは……感じナクモ、ナイ、ヨウナ……」
一同の様子を眺めながら、マッシュは黙考する。
篝があげたものは、馴染みのある名前だった。聖堂戦士団の古兵。彼ならたしかに、碧剣を識っていてもおかしくはない。
――いやはや。また会えるとは、思っていませんでしたが。
回顧と同時に胸に熾る殺意の火を、確かに自覚していた。
歪虚というのならば、やることは決まっている。
他方、ヴォルフガングは少女の行く先を見て、舌打ちをこぼす。幸せな結末など、あるべくもない道行きと確信できた。ならばせめて、誰かが納得できるように――手を汚すことぐらいは、と。そう、思ったのだった。
ジュードは葉脈のように広がる壁の模様を眺めていた。
薄い負の気配。何者かによって掘り進められた洞窟。多量の歪虚の消失。
――それをつなぐ線が、気になる。
「地獄の釜……ってヤツは、コンナ感じなのカモね」
アルヴィンの、どこか愉悦を孕んだ声に、ジュードは我知らず頷いていた。
「……そうだとしても」
行かなくてはいけない。この物語に、終止符を打つために。
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冬の狩り 第3日【相談卓】 エアルドフリス(ka1856) 人間(クリムゾンウェスト)|30才|男性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2019/02/18 22:36:19 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/02/16 14:43:29 |