ゲスト
(ka0000)
愛の味は行列をつくる
マスター:サトー

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/01/17 19:00
- 完成日
- 2015/01/23 06:40
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
町を囲い込むように林檎の木が林立する。
人口数千の小さな町に冬の息吹きが流れ込み、通りを行く人は身を竦めて足早に往来を抜けていく。
その店の前も、人々は立ち止まることなく通り過ぎるばかりだった。
「暇ですねぇ……」
カウンターの女が背後に向かって話しかけるも、どこからも応えは無い。
店内に客の姿は無く、従って話しかけた相手は自ずと奥の調理場にいる店長ただ一人なのだが、調理場からは何の音も届いてこない。
「あまりに暇すぎて、死んじゃったんでしょうか……」
女は前に向き直って、ため息とともに呟く。瞬間、ごつんと良い音がして、女が頭を押さえてうずくまった。その背後には、店長らしき中年のおっさんが立っていた。
「人を勝手に殺すな、バカタレ」
うんうんと呻く女を放って、店長はカウンターの椅子に腰かける。店内をぐるりと見回して、むすっとした顔になった。閑散とした店内にため息も出てこない。
リゼリオで修行すること十年、ようやくこの町にて自分の店を持つことができたというのに、状況は芳しくない。
最初の半年はうまくいっていたのだ。
リゼリオから三日ほど離れたこの町に出来た初めての菓子店ということもあって、珍しがった客が毎日のように押し寄せてきては男の焼き菓子をいくつも買っていき、嬉しい悲鳴をしぼり出させた。
調理から販売まで全て一人でこなしていたため、店は小ぢんまりとしたものだったが、近隣の町村からも客が来て、売り切れなど日常茶飯事だった。
一人ではとても回せないと店員を一人雇うことにして、さあこれからガンガン稼ぐぞ、という頃合いに、できたのだ。どこぞの大都市にある大店の支店を名乗る菓子屋が。
大方、男の店が繁盛しているのを噂にききつけ、需要があると見て取り、支店を出店することにしたのだろう。
味はどっこいどっこいだったが、商品は同じ焼き菓子。また、如何せん規模が違いすぎた。男の店よりも遥かに大きく、調理師も店員も十全で、より多くの種類を、より安く、町の人々に提供した。
加えて挑戦的なことに、その店は男の店のはす向かいにあった。
家からの距離が同じならば、より充実した店に行くのは道理だろう。
男の店はあっという間にすたれ、残ったのは、贔屓にしてくれる数少ない良客と不出来な店員と店を建てた時の借金……。このままでは早晩店は潰れ、自分達は路頭に迷うだろう。
「痛いですよぉ……。私も一応女なんですから」
「役立たずに女も男もあるか」
頭をさすりながら立ち上がった女性店員に、店長は吐き捨てるように言った。
「私のまかない美味しいじゃないですか。店長もそう言ってたでしょう?」
「お前なあ……ここは飯屋じゃなくて、菓子屋なんだよ! いくら飯を作るのがうまかろうが、肝心の菓子作りができなきゃ意味ねえんだ!」
その言葉に、女は不平を述べようとしたが出てこなかった。事実だったからだ。
女の菓子作りの腕は壊滅的だった。男がいくら懇切丁寧に教えようとも、簡単なクッキーすらまともに作ることはできなかった。
ふざけて作っても普通はこうはならないだろう。どこをどう間違えたらこんな味になるのか、と男はゴミ袋に向かって呪詛の言葉を吐くのが常だった。
「でも! 私はお菓子が大好きなんです! お菓子が作れるようになりたいんですよ!」
「口だけなら何とでも言えような。本当にやる気があるんなら、少しは何か身についてもおかしくないだろう。ぼーっと突っ立って飯ばかり食いやがって、それ以上肉なんかつけてもしょうがねえぞ」
男の無思慮な言葉に、女の意気も上がっていく。
「本気です! やる気だってあります! このお店だって……私が立て直して見せます!」
確かにやる気があるのは、男も認めているところだった。何とか一人前の菓子職人に育ててやりたいという気持ちもあった。だが、そのような余裕はこの店からはもう無くなってしまった。このままここで、女の夢を閉ざしてしまうのは忍びなかった。
息が上がりつつある女を見て、男ははんと鼻で笑った。
「いいだろう。そこまで言うんなら、見せて貰おうじゃないか」
「え?」
「一週間だ。一週間後にテストをする。何か目玉になる新しい品でも考えて来い」
「い、一週間って! っていうか、なんですかそれ! 新しい品? そんなの無理です。無理無理」
迷うことなく両手でバツを作り首を振る女に、男が怒鳴りつける。
「お前にはこの町に対する愛が足りねえ!
俺がこうして店を開いていられるのも、お前がここで働いていられるのも、全て町の人が商品を買っていってくれるおかげなんだ。お客を喜ばせてやろうって気がねえのか!」
「そりゃあ、喜ばせられるなら喜ばせて上げたいですけど……。私には向いてないっていうか、荷が重すぎるっていうか……」
両手の人差し指を突き合わせて、女は上目づかいに見てくる。その仕草が男の怒りを掻きたてる。
「お前はこの町を愛してるって言いきれんのか!?」
「は、はい!」
「なら、その気持ちを形にしてみろってんだ!
てめえを生かしてくれてるこの町に感謝の念でも抱いてりゃ、新しい品でも作って喜ばせてやろうって気になるだろうが」
「そ、それなら店長が作れば――」
「俺のこたぁいいんだよ!
一週間だ。それまでこの店は閉めとくからよ。俺もちょっと休暇でリゼリオに行ってくるから、調理場は好きに使え。期日までにできなかったら、クビだ」
そう言って、男は女の尻を蹴り飛ばして店からたたき出す。
目の前で閉められた扉の前で、女は立ち尽くすこと十分、仕方なしととぼとぼと歩き出す。
「横暴だよぉ……」
だが嘆いていても状況は何も変わらない。不満を訴えるお腹の声に、お昼時なのを思い出し、女は露店で焼き林檎を買って与えてやる。
「美味しいなぁ」
年中購入可能な林檎の中でも、このお店のは格別なのだ。
リスのように頬一杯に膨らませ、女は愉快に通りを練り歩き、自宅に向かう。
「考えてても仕方ないし、とりあえず作ってみるかな。――あ、でも、眠くなってきちゃったから、お昼寝しようっと」
女が目を覚ましたのは翌日の朝だった――。
そうして五日が過ぎた。
「どうしよぉぉぉぉーーーーーー」
約束の期日は明日だというのに、未だ何もできていない。
新商品を急に作れなどと言われても、普通の焼き菓子すらまともに作ることができないというのに、何を言っているのだろうか。
「はぁ、このままじゃクビになっちゃうよ……」
貯蓄は雀の涙ほど。他に行くあてもない。
女は往来をいったりきたり。日暮れも間近。何のアイデアも浮かばないことが、歩調を更に強めていく。悲嘆にくれた声が、店長――ロモロへの愚痴と呪いの言葉に変わり始めた頃、女――メリサはそこに行き当たった。
――ハンターオフィス。そこは、数多の願いを叶えてきた場所――。
人口数千の小さな町に冬の息吹きが流れ込み、通りを行く人は身を竦めて足早に往来を抜けていく。
その店の前も、人々は立ち止まることなく通り過ぎるばかりだった。
「暇ですねぇ……」
カウンターの女が背後に向かって話しかけるも、どこからも応えは無い。
店内に客の姿は無く、従って話しかけた相手は自ずと奥の調理場にいる店長ただ一人なのだが、調理場からは何の音も届いてこない。
「あまりに暇すぎて、死んじゃったんでしょうか……」
女は前に向き直って、ため息とともに呟く。瞬間、ごつんと良い音がして、女が頭を押さえてうずくまった。その背後には、店長らしき中年のおっさんが立っていた。
「人を勝手に殺すな、バカタレ」
うんうんと呻く女を放って、店長はカウンターの椅子に腰かける。店内をぐるりと見回して、むすっとした顔になった。閑散とした店内にため息も出てこない。
リゼリオで修行すること十年、ようやくこの町にて自分の店を持つことができたというのに、状況は芳しくない。
最初の半年はうまくいっていたのだ。
リゼリオから三日ほど離れたこの町に出来た初めての菓子店ということもあって、珍しがった客が毎日のように押し寄せてきては男の焼き菓子をいくつも買っていき、嬉しい悲鳴をしぼり出させた。
調理から販売まで全て一人でこなしていたため、店は小ぢんまりとしたものだったが、近隣の町村からも客が来て、売り切れなど日常茶飯事だった。
一人ではとても回せないと店員を一人雇うことにして、さあこれからガンガン稼ぐぞ、という頃合いに、できたのだ。どこぞの大都市にある大店の支店を名乗る菓子屋が。
大方、男の店が繁盛しているのを噂にききつけ、需要があると見て取り、支店を出店することにしたのだろう。
味はどっこいどっこいだったが、商品は同じ焼き菓子。また、如何せん規模が違いすぎた。男の店よりも遥かに大きく、調理師も店員も十全で、より多くの種類を、より安く、町の人々に提供した。
加えて挑戦的なことに、その店は男の店のはす向かいにあった。
家からの距離が同じならば、より充実した店に行くのは道理だろう。
男の店はあっという間にすたれ、残ったのは、贔屓にしてくれる数少ない良客と不出来な店員と店を建てた時の借金……。このままでは早晩店は潰れ、自分達は路頭に迷うだろう。
「痛いですよぉ……。私も一応女なんですから」
「役立たずに女も男もあるか」
頭をさすりながら立ち上がった女性店員に、店長は吐き捨てるように言った。
「私のまかない美味しいじゃないですか。店長もそう言ってたでしょう?」
「お前なあ……ここは飯屋じゃなくて、菓子屋なんだよ! いくら飯を作るのがうまかろうが、肝心の菓子作りができなきゃ意味ねえんだ!」
その言葉に、女は不平を述べようとしたが出てこなかった。事実だったからだ。
女の菓子作りの腕は壊滅的だった。男がいくら懇切丁寧に教えようとも、簡単なクッキーすらまともに作ることはできなかった。
ふざけて作っても普通はこうはならないだろう。どこをどう間違えたらこんな味になるのか、と男はゴミ袋に向かって呪詛の言葉を吐くのが常だった。
「でも! 私はお菓子が大好きなんです! お菓子が作れるようになりたいんですよ!」
「口だけなら何とでも言えような。本当にやる気があるんなら、少しは何か身についてもおかしくないだろう。ぼーっと突っ立って飯ばかり食いやがって、それ以上肉なんかつけてもしょうがねえぞ」
男の無思慮な言葉に、女の意気も上がっていく。
「本気です! やる気だってあります! このお店だって……私が立て直して見せます!」
確かにやる気があるのは、男も認めているところだった。何とか一人前の菓子職人に育ててやりたいという気持ちもあった。だが、そのような余裕はこの店からはもう無くなってしまった。このままここで、女の夢を閉ざしてしまうのは忍びなかった。
息が上がりつつある女を見て、男ははんと鼻で笑った。
「いいだろう。そこまで言うんなら、見せて貰おうじゃないか」
「え?」
「一週間だ。一週間後にテストをする。何か目玉になる新しい品でも考えて来い」
「い、一週間って! っていうか、なんですかそれ! 新しい品? そんなの無理です。無理無理」
迷うことなく両手でバツを作り首を振る女に、男が怒鳴りつける。
「お前にはこの町に対する愛が足りねえ!
俺がこうして店を開いていられるのも、お前がここで働いていられるのも、全て町の人が商品を買っていってくれるおかげなんだ。お客を喜ばせてやろうって気がねえのか!」
「そりゃあ、喜ばせられるなら喜ばせて上げたいですけど……。私には向いてないっていうか、荷が重すぎるっていうか……」
両手の人差し指を突き合わせて、女は上目づかいに見てくる。その仕草が男の怒りを掻きたてる。
「お前はこの町を愛してるって言いきれんのか!?」
「は、はい!」
「なら、その気持ちを形にしてみろってんだ!
てめえを生かしてくれてるこの町に感謝の念でも抱いてりゃ、新しい品でも作って喜ばせてやろうって気になるだろうが」
「そ、それなら店長が作れば――」
「俺のこたぁいいんだよ!
一週間だ。それまでこの店は閉めとくからよ。俺もちょっと休暇でリゼリオに行ってくるから、調理場は好きに使え。期日までにできなかったら、クビだ」
そう言って、男は女の尻を蹴り飛ばして店からたたき出す。
目の前で閉められた扉の前で、女は立ち尽くすこと十分、仕方なしととぼとぼと歩き出す。
「横暴だよぉ……」
だが嘆いていても状況は何も変わらない。不満を訴えるお腹の声に、お昼時なのを思い出し、女は露店で焼き林檎を買って与えてやる。
「美味しいなぁ」
年中購入可能な林檎の中でも、このお店のは格別なのだ。
リスのように頬一杯に膨らませ、女は愉快に通りを練り歩き、自宅に向かう。
「考えてても仕方ないし、とりあえず作ってみるかな。――あ、でも、眠くなってきちゃったから、お昼寝しようっと」
女が目を覚ましたのは翌日の朝だった――。
そうして五日が過ぎた。
「どうしよぉぉぉぉーーーーーー」
約束の期日は明日だというのに、未だ何もできていない。
新商品を急に作れなどと言われても、普通の焼き菓子すらまともに作ることができないというのに、何を言っているのだろうか。
「はぁ、このままじゃクビになっちゃうよ……」
貯蓄は雀の涙ほど。他に行くあてもない。
女は往来をいったりきたり。日暮れも間近。何のアイデアも浮かばないことが、歩調を更に強めていく。悲嘆にくれた声が、店長――ロモロへの愚痴と呪いの言葉に変わり始めた頃、女――メリサはそこに行き当たった。
――ハンターオフィス。そこは、数多の願いを叶えてきた場所――。
リプレイ本文
「俺はオウルだ。よろしくな」
厳つい顔に愛嬌のある笑みを浮かべたオウル(ka2420)に、若干気圧された感じのメリサ。
「ははは、今回はお前さんが依頼人なんだ。いわばオーナーなんだからよ」
遠慮なんていらねえぜ、とメリサの緊張をほぐすように、オウルは豪快に笑う。
「……メリサさん、よろしくお願いします」
結樹 ハル(ka3796)は目の合ったメリサに微笑む。
「はい、こちらこそ」
期日は翌朝まで。あと半日ほどしか無い。一週間の猶予を貰ったとのことだが、未だ何も手つかずの状態。メリサの呑気さに、ハルは微笑むしかない。
「御菓子作りは下手なのに賄料理は上手……と言うのも変な話ね?」
真夜・E=ヘクセ(ka3868)は腰に手を当て首を傾げる。
「賄は簡単ですし!」
胸を張るメリサに、真夜はもしかしたら、と尋ねる。
「賄を作る時は分量や火加減はどうしてるの?」
「そんなの適当ですよ!」
「やっぱり……」
真夜はため息を吐く。
「苦手なもんは誰にだってあらあな。同じくらい長所もな。それならそれで短所を補うこともありだろう」
オウルに、えへへとメリサが笑う。
「えと、何を作りましょうか?」
「そうねぇ、あたしは水菓子を推そうかしら。ババロアなんてどう?」と提案するのは、体は男、心は乙女のカミーユ・鏑木(ka2479)。リゼリオならまだしもこの町では珍しく、競合している焼き菓子とは一風異なるものを提供できるはずだ。
「ばばろあ? なんですかそれは!?」
お菓子には目が無いメリサの瞳が輝く。
「それは作ってからのお楽しみ☆」とウインクするカミーユに、メリサは早く見たいと悶える。
「それとクレープとか……どうかしら? 生地を焼いて盛り付けるだけだし、四季折々で具材を変えれるし……?」
クレープは作業数も少なくて済む。メリサでも覚えやすいだろう。
「くれーぷ……それも聞いたことがありません!」
真夜の提案に、メリサの瞳は興奮に燃える。
皆との相談の結果、その二品を製作することに決定した。
「メリサさん! 一緒に頑張りましょうっ!」
クレール(ka0586)の掛け声に、メリサは「はい!」と両の拳を握った。
●
「こんなところかな……」
店の在庫量と不足物を確認していたハルが呟く。必要な物のリストアップは済んだ。不足物だけでなく既にお店にある物でも、練習と本番用に多めに用意しておくに越したことは無い。リスト化された量は結構なものだ。
「僕も行こうかな」
巽 宗一郎(ka3853)が買い出しを引き受けると、
「あ、私も行きますっ! 板金が調達できれば、専用の調理道具も作りたいので!」
クレールも手を上げる。
「じゃあ行くか」
オウル・ハル・クレール・宗一郎が手分けして買い出しに向かっている間、残ったメンバーはレシピと工程を紙に書き出して、メリサに目を通させていた。
「えっ、これ、全部覚えなきゃいけないんですか……?」
詳細に記された紙を見て、メリサは絶句する。一目見て分かった。これを全て覚えることは不可能だと。
「今すぐ全部覚える必要はないさ」
「そうですね。紙に書いておけば、後でおさらいすることもできるし」
ロラン・ラコート(ka0363)とサントール・アスカ(ka2820)の言葉に、メリサはほっと息を吐く。
「まずは目を通して、後は一緒に作りながら頑張りましょ♪」
「はい!」
カミーユに、メリサは力強く頷いた。
「さぁて、林檎を縦8mm状に切って頂戴」
カミーユが横でお手本を見せながら、メリサを促す。
「これを切ればいいんですね!」
「あっ」
メリサが切った林檎は、どう見ても指定された厚さよりも分厚い。
「もう少し薄く、かね」とロラン。
「はい、薄くですね!」
今度はどう見ても薄すぎた。
「これと同じくらいよ」
カミーユが切った林檎を真横に置いて見せる。
「こ、細かいんですね……」
「大丈夫、キミならできる」とサントールが励ます。
「は、はい。え、えと……これくらい、ですか?」
少し歪だが、大分大きさは近づいた。
「そうね、それくらいでいいわ。それにレモン汁をかけて、切った林檎を砂糖水で煮立てるの」
「コンポートね。調理も簡単だし、クレープでも使えると思うわ」
林檎を入れた鍋を火にかけるカミーユと真夜。ぐつぐつと煮立ち始めると、カミーユは中火に落とす。
「ふわぁ、良い香りですねぇ」
涎の垂れそうなメリサ。砂糖と林檎の甘い香りが調理場に漂う。
「中火で5分たったら、赤ワインを加えて弱火で20分よ」
「中火で5分弱火で20分、中火で5分弱火で20分」とぶつぶつ呟くメリサ。必死に覚えようとしているのだろうが、途中から中火で20分弱火で5分に変わっているのは何故だろうか。
「煮込み具合は難しいと思うから、後でよくメモを確認しようか」
「はい、サントールさん」
「じゃあ今のうちにクレープの生地作りをしようかしら」
時間の猶予は少ない。休む間も無く、メリサは真夜の指揮下に入った。
「ただいま戻りました……」
買い出し班の4人が両手に荷物を抱えて戻って来た。が、クレールは浮かない顔。
「クレールさん?」とサントールが訝しむ。
「お目当ての物が無かったらしいぜ」とはオウル。
どうやら閉店時刻で良い板金を扱っている店が見つからず、仕方なく既製品を購入することにしたらしい。
「残念です……」と肩を落とすクレール。
プロとまではいかないものの、精一杯鍛冶師としての腕を揮いたかったのだが、期限が翌朝までとあっては時間も足らなかったかもしれない。
「けど……!」とクレールは瞳を燃やす。「その代わり、お店で一番良い物を選んできました!」
クレールは水菓子の型と平たい形状のフライパンを台に並べる。
「へぇ、中々良さそうだね」
自身も料理を嗜むロランがフライパンをしみじみと眺める。
「ああ、うちで使っている奴にも劣らないぜ」
銀光亭という酒場を営むオウルも応じる。
「そのフライパンの方がやりやすそうね」
真夜は肩を竦める。というのも、メリサの焼くクレープ生地はどれも上手くいっていなかった。
「それです! そう! このフライパンがいけなかったんです!」
少し落ちていたメリサが途端に活気づく。
しかして、再び試行錯誤の練習が始まった。
「牛乳の温めすぎに気を付けて!」カミーユが注意する。
「はい!」
「あ、それは砂糖じゃありません! 塩ですっ!」クレールのチェックが入る。
「はい!」
「弱火で少しとろみがつくまでよ」とカミーユ。ゼラチン、林檎のリキュールを加えていく。
「はい! とろみとろみ」
「おい、火が消えてるぞ」オウルの声がかかる。
「わわっ」
「あ、ちょっと危ない!」とクレール。
「あわわ、前髪がぁ」
「落ち着いて。失敗しても大丈夫だから」サントールがフォローする。
「は、はい!」
「そうよ。鍋底を冷やして生クリームと同じ固さにするの」
カミーユは煮ていない刻んだ林檎と生クリームを加える。
「これでいいですか?」
カミーユが店長ロモロ自慢の機導術による冷凍庫から、作り置き、もとい売れ残りのスポンジケーキを取り出して、卓に置く。
「ええ。そのままスポンジケーキの上に流し込んで」
「は、はい……」そーっと器にそそぐメリサ。
「そう、その調子」サントールの励ましが飛ぶ。
「後はこれを冷やして固めるだけね」
カミーユの言葉にメリサは、はふぅと大きく息を吐く。すかさずメリサの手を引くのは真夜。
「ちょっと休憩でも……」
「何言ってるの。まだ始まったばかりじゃない」
「メリサがいないとできないんだ」ロランが殊更真剣な顔を作って言う。
「え、そ、そうですか? なら、仕方ないですね!」
「油はフライパンに均等に塗って」真夜の指導が始まる。
「はい!」と威勢は良いが、生地は焦げ付いたり、ひっくり返そうとすると破れてしまう。
真夜はメリサのどこが悪いのかつぶさに観察し、責めないようにアドバイスする。
「生地は厚めにしましょう。火加減は弱めに、均等に焼くのよ」
「慌てないで。真夜がついてるから」宗一郎が背中を押す。
「ほら、手を休めない」
「はい!」
そうしてメリサの奮闘が続く中、ハルは使用したボウルや型、食器類の洗い物に勤しみ、メリサが混同しないように使用済みの物を退けて次に必要な物を出しておく。ゴミを纏めて作業スペースを確保し、さりげなくメリサの得意不得意もチェックしてメモしておく。
細やかなハルの気遣いにより、知らずメリサの作業は捗る。
漸く完成した生地に、林檎のコンポートと生クリームを添えて包み込む。
「少しガレットに似ていますね」メリサは自身の田舎の料理と似た外見のクレープに興味深げ。
丁度ババロアの方も固まり、上に林檎のコンポートを並べ、溶かしたゼリー液を流す。後は固まるのを待てば終わりだが、もう待てないというメリサの我が儘でそのまま試食となった。
「あら! いけてるわね」とババロアに舌鼓を打つカミーユ。
「……美味しいです」
「さすがですっ!」
ハルとクレールも同様だ。
「美味いな」
「はい、珈琲が欲しくなりますね」
ロランとサントールはクレープを味わう。
そんな最中、真夜は恋人の宗一郎の耳元で囁く。
「ソーイチ……ちょっとこっち来て?」
こっそりと別室に連れていかれ差し出されたのは、真夜が見本にと作ったクレープの試作品。皆の前での凛々しさとは打って変わってデレっとした真夜が、椅子に座った宗一郎を背中から抱きしめ、食べて食べてとせがむ。
苦笑しつつ宗一郎は口に運ぶ。感想を心待ちにしている真夜の頭を撫でてやり、「美味しいよ、真夜」と褒めると、真夜は子犬のようにじゃれついて喜んだ。もし真夜が犬だったら、尻尾をぶんぶんと振っていただろう。
「味に差をつけてみるといいかもな」
買い出しの途中周辺の客層をチェックしていたオウルは、アレンジを提案。高齢者向けに糖分控えめのもの、男向けには隠れ甘党目当てに甘さを濃くし、若い娘にはクリームのトッピングをお洒落にしたりと工夫は可能だ。
「環境にあわすのも愛情ってもんだぜ?」
「確かに、道理だな」
ロランも賛同する。
「果物とリキュールを同じ物に、ワインを白にすれば、他の果物でも応用可能よ」
カミーユは季節毎の変化も強調。宗一郎もクレープの利点を説く。
「冬は出来立ての熱々を、夏場はアイスを添えてひんやりとしたものも出せるよ」
「はっ! そうですね、色々な種類があった方が嬉しいですもんね!」
未知の試食に心を奪われていたメリサの気が戻る。メリサ自身が食べたいだけのような気もするが。
「新商品を知らせる、張り出すチラシも作りましょうか」
「おう。なんなら宣伝としてくるぜ? 儲けを出すのも大事だしな」
ハルとオウルは宣伝用のチラシの作成にとりかかる。
「それなら、店内やオープンテラスにお客さん用のテーブルを置くのもどうかな?」
「いいですね! 気持ちのいい空間は、お菓子をより美味しくしてくれますっ!」
「それは快適そうですね!」
サントールとクレールは、メリサの承諾の下、店内改装の案を考え始める。
「さ、また練習よ。メリサさん」
「真夜さん、何かいいことでもありました?」
「ん、別に?」
その顔は明らかにご機嫌そうだった。
メリサ一人で作れるようになるために、特訓は深夜になっても続いていた。
「これくらいなら僕でも見れるから、真夜は少し休んでおきな」
クレープ生地を焼く作業に勤しんでいたメリサの補助を、宗一郎が変わる。
繰り返しの作業に、メリサの調子も弾みが無くなって来た。
「……紅茶を淹れたので、休憩でもどうですか?」
「珈琲もあります」
ハルと珈琲専門店「リベリカ」の主であるサントールが皆に振る舞う。
宗一郎は疲れの出てきたメリサを外に気分転換に誘う。少し苛立ってもいるようだ。
「何、人間のやってる事なんだ。必ず出来るさ。大丈夫大丈夫」
「はい……そうですよね」
二人は深呼吸し、気持ちを新たにする。
店内に戻ったメリサに、ハルが紅茶を持ってきた。
「……メリサさん。貴方の好きな人を思い浮かべて下さい。その人が貴方のお菓子で笑顔になる。その為に、頑張り所ですよ」
「……はい!」
夜は更けていく。その店から明かりが消えることはついぞ無かった。
「で、できました……」
小鳥が囀り始めた頃、メリサ達の前には、クレープとババロアの完成品があった。それは、正真正銘メリサ一人で製作したものだ。
「みなさん……本当にありがとうございました」
目に隈を作ったメリサは、疲れ切った笑みを浮かべていた。
●
「…………」
様変わりした店内の様子に、ロモロは目を点にしている。僅か一週間店を離れていた間に一体何が起こったのか。
「出来ました!」
メリサは二つの皿を差し出す。
「マジか……」
ロモロは恐る恐る試食する。メリサはどきどきだ。窓からこっそり中の様子を窺っている一同も右に同じだ。
「美味いな……」
宗一郎が微笑を浮かべ、カミーユは嬉しさのあまりハルの首に抱き付く。ハルはどうしていいのか分からない。
「ん?」
ロモロはクレープの包み紙の内側に何やら文字が書かれているのに気付いた。それは、宗一郎が企画し作成した、今日の運勢と題したおみくじ付きの包み紙。リピーターの獲得を目的としたものだ。真夜の意見も取り入れ、端を持って転がすことで火傷の防止にもなっている。
メリサの説明を受け、ロモロは感心したように頻りに頷く。
「で、どうですか?」
オウルの目に力が入る。ロモロは店内を見回した。
「随分と変わっちまったが、悪くない」
店内の改装を請け負ったサントールとクレールがハイタッチする。
「これをお前一人でやったのか?」
「え、あ、はい、もちろん」メリサの目が泳ぐ。
「ほう……一人で、ね」
ロモロはちらりと窓の外の影を見る。
一同は慌てて身を隠す。
「え、えへへ」
「時に、どこにそんな金があったんだ? お前金無いって言ってたろ」
「そりゃ勿論お店の――」
ごつん。
蹲るメリサ。
「はぁ……ったく」
ロモロは調理場へ足を向ける。
「何してんだ。さっさと来い」
「へ?」
「林檎を使ったのは良い。けど、煮込みが甘い。生地にムラがある」
「はぁ」
「ぐずぐずするな。さっさと作り方を俺に教えろ」
「は、はい!」
ロモロの後を、メリサはメモを手に走って追いかける。
「やれやれ、上手くいったのかな」
ロランは紫煙をくゆらせる。皆は一様に疲労していたが、その顔には笑みが生まれていた。
宗一郎の背で疲れて眠る真夜が囁く。
「ん……そーいち、すき……」
「……寝言か。……僕もだよ、真夜」
宗一郎は慈愛に満ちた表情で真夜を背負い直す。この熱々ぶりに、一同は苦笑気味だ。
「お熱いこったな!」
オウルの豪快な笑い声が朝日に轟いた。
その日、店は新商品のチラシを持った客で久方ぶりの賑わいを見せたそうな――。
厳つい顔に愛嬌のある笑みを浮かべたオウル(ka2420)に、若干気圧された感じのメリサ。
「ははは、今回はお前さんが依頼人なんだ。いわばオーナーなんだからよ」
遠慮なんていらねえぜ、とメリサの緊張をほぐすように、オウルは豪快に笑う。
「……メリサさん、よろしくお願いします」
結樹 ハル(ka3796)は目の合ったメリサに微笑む。
「はい、こちらこそ」
期日は翌朝まで。あと半日ほどしか無い。一週間の猶予を貰ったとのことだが、未だ何も手つかずの状態。メリサの呑気さに、ハルは微笑むしかない。
「御菓子作りは下手なのに賄料理は上手……と言うのも変な話ね?」
真夜・E=ヘクセ(ka3868)は腰に手を当て首を傾げる。
「賄は簡単ですし!」
胸を張るメリサに、真夜はもしかしたら、と尋ねる。
「賄を作る時は分量や火加減はどうしてるの?」
「そんなの適当ですよ!」
「やっぱり……」
真夜はため息を吐く。
「苦手なもんは誰にだってあらあな。同じくらい長所もな。それならそれで短所を補うこともありだろう」
オウルに、えへへとメリサが笑う。
「えと、何を作りましょうか?」
「そうねぇ、あたしは水菓子を推そうかしら。ババロアなんてどう?」と提案するのは、体は男、心は乙女のカミーユ・鏑木(ka2479)。リゼリオならまだしもこの町では珍しく、競合している焼き菓子とは一風異なるものを提供できるはずだ。
「ばばろあ? なんですかそれは!?」
お菓子には目が無いメリサの瞳が輝く。
「それは作ってからのお楽しみ☆」とウインクするカミーユに、メリサは早く見たいと悶える。
「それとクレープとか……どうかしら? 生地を焼いて盛り付けるだけだし、四季折々で具材を変えれるし……?」
クレープは作業数も少なくて済む。メリサでも覚えやすいだろう。
「くれーぷ……それも聞いたことがありません!」
真夜の提案に、メリサの瞳は興奮に燃える。
皆との相談の結果、その二品を製作することに決定した。
「メリサさん! 一緒に頑張りましょうっ!」
クレール(ka0586)の掛け声に、メリサは「はい!」と両の拳を握った。
●
「こんなところかな……」
店の在庫量と不足物を確認していたハルが呟く。必要な物のリストアップは済んだ。不足物だけでなく既にお店にある物でも、練習と本番用に多めに用意しておくに越したことは無い。リスト化された量は結構なものだ。
「僕も行こうかな」
巽 宗一郎(ka3853)が買い出しを引き受けると、
「あ、私も行きますっ! 板金が調達できれば、専用の調理道具も作りたいので!」
クレールも手を上げる。
「じゃあ行くか」
オウル・ハル・クレール・宗一郎が手分けして買い出しに向かっている間、残ったメンバーはレシピと工程を紙に書き出して、メリサに目を通させていた。
「えっ、これ、全部覚えなきゃいけないんですか……?」
詳細に記された紙を見て、メリサは絶句する。一目見て分かった。これを全て覚えることは不可能だと。
「今すぐ全部覚える必要はないさ」
「そうですね。紙に書いておけば、後でおさらいすることもできるし」
ロラン・ラコート(ka0363)とサントール・アスカ(ka2820)の言葉に、メリサはほっと息を吐く。
「まずは目を通して、後は一緒に作りながら頑張りましょ♪」
「はい!」
カミーユに、メリサは力強く頷いた。
「さぁて、林檎を縦8mm状に切って頂戴」
カミーユが横でお手本を見せながら、メリサを促す。
「これを切ればいいんですね!」
「あっ」
メリサが切った林檎は、どう見ても指定された厚さよりも分厚い。
「もう少し薄く、かね」とロラン。
「はい、薄くですね!」
今度はどう見ても薄すぎた。
「これと同じくらいよ」
カミーユが切った林檎を真横に置いて見せる。
「こ、細かいんですね……」
「大丈夫、キミならできる」とサントールが励ます。
「は、はい。え、えと……これくらい、ですか?」
少し歪だが、大分大きさは近づいた。
「そうね、それくらいでいいわ。それにレモン汁をかけて、切った林檎を砂糖水で煮立てるの」
「コンポートね。調理も簡単だし、クレープでも使えると思うわ」
林檎を入れた鍋を火にかけるカミーユと真夜。ぐつぐつと煮立ち始めると、カミーユは中火に落とす。
「ふわぁ、良い香りですねぇ」
涎の垂れそうなメリサ。砂糖と林檎の甘い香りが調理場に漂う。
「中火で5分たったら、赤ワインを加えて弱火で20分よ」
「中火で5分弱火で20分、中火で5分弱火で20分」とぶつぶつ呟くメリサ。必死に覚えようとしているのだろうが、途中から中火で20分弱火で5分に変わっているのは何故だろうか。
「煮込み具合は難しいと思うから、後でよくメモを確認しようか」
「はい、サントールさん」
「じゃあ今のうちにクレープの生地作りをしようかしら」
時間の猶予は少ない。休む間も無く、メリサは真夜の指揮下に入った。
「ただいま戻りました……」
買い出し班の4人が両手に荷物を抱えて戻って来た。が、クレールは浮かない顔。
「クレールさん?」とサントールが訝しむ。
「お目当ての物が無かったらしいぜ」とはオウル。
どうやら閉店時刻で良い板金を扱っている店が見つからず、仕方なく既製品を購入することにしたらしい。
「残念です……」と肩を落とすクレール。
プロとまではいかないものの、精一杯鍛冶師としての腕を揮いたかったのだが、期限が翌朝までとあっては時間も足らなかったかもしれない。
「けど……!」とクレールは瞳を燃やす。「その代わり、お店で一番良い物を選んできました!」
クレールは水菓子の型と平たい形状のフライパンを台に並べる。
「へぇ、中々良さそうだね」
自身も料理を嗜むロランがフライパンをしみじみと眺める。
「ああ、うちで使っている奴にも劣らないぜ」
銀光亭という酒場を営むオウルも応じる。
「そのフライパンの方がやりやすそうね」
真夜は肩を竦める。というのも、メリサの焼くクレープ生地はどれも上手くいっていなかった。
「それです! そう! このフライパンがいけなかったんです!」
少し落ちていたメリサが途端に活気づく。
しかして、再び試行錯誤の練習が始まった。
「牛乳の温めすぎに気を付けて!」カミーユが注意する。
「はい!」
「あ、それは砂糖じゃありません! 塩ですっ!」クレールのチェックが入る。
「はい!」
「弱火で少しとろみがつくまでよ」とカミーユ。ゼラチン、林檎のリキュールを加えていく。
「はい! とろみとろみ」
「おい、火が消えてるぞ」オウルの声がかかる。
「わわっ」
「あ、ちょっと危ない!」とクレール。
「あわわ、前髪がぁ」
「落ち着いて。失敗しても大丈夫だから」サントールがフォローする。
「は、はい!」
「そうよ。鍋底を冷やして生クリームと同じ固さにするの」
カミーユは煮ていない刻んだ林檎と生クリームを加える。
「これでいいですか?」
カミーユが店長ロモロ自慢の機導術による冷凍庫から、作り置き、もとい売れ残りのスポンジケーキを取り出して、卓に置く。
「ええ。そのままスポンジケーキの上に流し込んで」
「は、はい……」そーっと器にそそぐメリサ。
「そう、その調子」サントールの励ましが飛ぶ。
「後はこれを冷やして固めるだけね」
カミーユの言葉にメリサは、はふぅと大きく息を吐く。すかさずメリサの手を引くのは真夜。
「ちょっと休憩でも……」
「何言ってるの。まだ始まったばかりじゃない」
「メリサがいないとできないんだ」ロランが殊更真剣な顔を作って言う。
「え、そ、そうですか? なら、仕方ないですね!」
「油はフライパンに均等に塗って」真夜の指導が始まる。
「はい!」と威勢は良いが、生地は焦げ付いたり、ひっくり返そうとすると破れてしまう。
真夜はメリサのどこが悪いのかつぶさに観察し、責めないようにアドバイスする。
「生地は厚めにしましょう。火加減は弱めに、均等に焼くのよ」
「慌てないで。真夜がついてるから」宗一郎が背中を押す。
「ほら、手を休めない」
「はい!」
そうしてメリサの奮闘が続く中、ハルは使用したボウルや型、食器類の洗い物に勤しみ、メリサが混同しないように使用済みの物を退けて次に必要な物を出しておく。ゴミを纏めて作業スペースを確保し、さりげなくメリサの得意不得意もチェックしてメモしておく。
細やかなハルの気遣いにより、知らずメリサの作業は捗る。
漸く完成した生地に、林檎のコンポートと生クリームを添えて包み込む。
「少しガレットに似ていますね」メリサは自身の田舎の料理と似た外見のクレープに興味深げ。
丁度ババロアの方も固まり、上に林檎のコンポートを並べ、溶かしたゼリー液を流す。後は固まるのを待てば終わりだが、もう待てないというメリサの我が儘でそのまま試食となった。
「あら! いけてるわね」とババロアに舌鼓を打つカミーユ。
「……美味しいです」
「さすがですっ!」
ハルとクレールも同様だ。
「美味いな」
「はい、珈琲が欲しくなりますね」
ロランとサントールはクレープを味わう。
そんな最中、真夜は恋人の宗一郎の耳元で囁く。
「ソーイチ……ちょっとこっち来て?」
こっそりと別室に連れていかれ差し出されたのは、真夜が見本にと作ったクレープの試作品。皆の前での凛々しさとは打って変わってデレっとした真夜が、椅子に座った宗一郎を背中から抱きしめ、食べて食べてとせがむ。
苦笑しつつ宗一郎は口に運ぶ。感想を心待ちにしている真夜の頭を撫でてやり、「美味しいよ、真夜」と褒めると、真夜は子犬のようにじゃれついて喜んだ。もし真夜が犬だったら、尻尾をぶんぶんと振っていただろう。
「味に差をつけてみるといいかもな」
買い出しの途中周辺の客層をチェックしていたオウルは、アレンジを提案。高齢者向けに糖分控えめのもの、男向けには隠れ甘党目当てに甘さを濃くし、若い娘にはクリームのトッピングをお洒落にしたりと工夫は可能だ。
「環境にあわすのも愛情ってもんだぜ?」
「確かに、道理だな」
ロランも賛同する。
「果物とリキュールを同じ物に、ワインを白にすれば、他の果物でも応用可能よ」
カミーユは季節毎の変化も強調。宗一郎もクレープの利点を説く。
「冬は出来立ての熱々を、夏場はアイスを添えてひんやりとしたものも出せるよ」
「はっ! そうですね、色々な種類があった方が嬉しいですもんね!」
未知の試食に心を奪われていたメリサの気が戻る。メリサ自身が食べたいだけのような気もするが。
「新商品を知らせる、張り出すチラシも作りましょうか」
「おう。なんなら宣伝としてくるぜ? 儲けを出すのも大事だしな」
ハルとオウルは宣伝用のチラシの作成にとりかかる。
「それなら、店内やオープンテラスにお客さん用のテーブルを置くのもどうかな?」
「いいですね! 気持ちのいい空間は、お菓子をより美味しくしてくれますっ!」
「それは快適そうですね!」
サントールとクレールは、メリサの承諾の下、店内改装の案を考え始める。
「さ、また練習よ。メリサさん」
「真夜さん、何かいいことでもありました?」
「ん、別に?」
その顔は明らかにご機嫌そうだった。
メリサ一人で作れるようになるために、特訓は深夜になっても続いていた。
「これくらいなら僕でも見れるから、真夜は少し休んでおきな」
クレープ生地を焼く作業に勤しんでいたメリサの補助を、宗一郎が変わる。
繰り返しの作業に、メリサの調子も弾みが無くなって来た。
「……紅茶を淹れたので、休憩でもどうですか?」
「珈琲もあります」
ハルと珈琲専門店「リベリカ」の主であるサントールが皆に振る舞う。
宗一郎は疲れの出てきたメリサを外に気分転換に誘う。少し苛立ってもいるようだ。
「何、人間のやってる事なんだ。必ず出来るさ。大丈夫大丈夫」
「はい……そうですよね」
二人は深呼吸し、気持ちを新たにする。
店内に戻ったメリサに、ハルが紅茶を持ってきた。
「……メリサさん。貴方の好きな人を思い浮かべて下さい。その人が貴方のお菓子で笑顔になる。その為に、頑張り所ですよ」
「……はい!」
夜は更けていく。その店から明かりが消えることはついぞ無かった。
「で、できました……」
小鳥が囀り始めた頃、メリサ達の前には、クレープとババロアの完成品があった。それは、正真正銘メリサ一人で製作したものだ。
「みなさん……本当にありがとうございました」
目に隈を作ったメリサは、疲れ切った笑みを浮かべていた。
●
「…………」
様変わりした店内の様子に、ロモロは目を点にしている。僅か一週間店を離れていた間に一体何が起こったのか。
「出来ました!」
メリサは二つの皿を差し出す。
「マジか……」
ロモロは恐る恐る試食する。メリサはどきどきだ。窓からこっそり中の様子を窺っている一同も右に同じだ。
「美味いな……」
宗一郎が微笑を浮かべ、カミーユは嬉しさのあまりハルの首に抱き付く。ハルはどうしていいのか分からない。
「ん?」
ロモロはクレープの包み紙の内側に何やら文字が書かれているのに気付いた。それは、宗一郎が企画し作成した、今日の運勢と題したおみくじ付きの包み紙。リピーターの獲得を目的としたものだ。真夜の意見も取り入れ、端を持って転がすことで火傷の防止にもなっている。
メリサの説明を受け、ロモロは感心したように頻りに頷く。
「で、どうですか?」
オウルの目に力が入る。ロモロは店内を見回した。
「随分と変わっちまったが、悪くない」
店内の改装を請け負ったサントールとクレールがハイタッチする。
「これをお前一人でやったのか?」
「え、あ、はい、もちろん」メリサの目が泳ぐ。
「ほう……一人で、ね」
ロモロはちらりと窓の外の影を見る。
一同は慌てて身を隠す。
「え、えへへ」
「時に、どこにそんな金があったんだ? お前金無いって言ってたろ」
「そりゃ勿論お店の――」
ごつん。
蹲るメリサ。
「はぁ……ったく」
ロモロは調理場へ足を向ける。
「何してんだ。さっさと来い」
「へ?」
「林檎を使ったのは良い。けど、煮込みが甘い。生地にムラがある」
「はぁ」
「ぐずぐずするな。さっさと作り方を俺に教えろ」
「は、はい!」
ロモロの後を、メリサはメモを手に走って追いかける。
「やれやれ、上手くいったのかな」
ロランは紫煙をくゆらせる。皆は一様に疲労していたが、その顔には笑みが生まれていた。
宗一郎の背で疲れて眠る真夜が囁く。
「ん……そーいち、すき……」
「……寝言か。……僕もだよ、真夜」
宗一郎は慈愛に満ちた表情で真夜を背負い直す。この熱々ぶりに、一同は苦笑気味だ。
「お熱いこったな!」
オウルの豪快な笑い声が朝日に轟いた。
その日、店は新商品のチラシを持った客で久方ぶりの賑わいを見せたそうな――。
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最終発言 2015/01/16 18:29:23 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/01/16 18:50:34 |