ゲスト
(ka0000)
鉄格子の中
マスター:江口梨奈

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 6~8人
- サポート
- 0~8人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/01/16 22:00
- 完成日
- 2015/01/24 09:57
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
いまや使われることのほとんどない、古い狭い街道を、大小2台の馬車が進んでいた。
「この辺も、潮時だな。官憲の連中が勘付き始めてる」
「まあいいさ、けっこうな収穫があった」
先を走る馬車は小さく、繋がる箱車の中には3人の少女が乗っているだけだ……そして彼女たちには、手枷と猿ぐつわが嵌められている。後を走る馬車は大きく、中に乗る7人の少女達の手足は自由だった。代わりに、窓や扉に鉄格子があるのだけれど。
彼女たちは見知らぬ者同士だ。敢えて共通点を上げるとするならば皆、歳は13、4歳ほどで、なかなか見目が良く、健康的な体つきをしている。つまり、『高く売れそうな』娘だ。
馬車を御している男たちは、人さらいだった。
馬車は静かに進む。乗っている娘達は、泣くことすら諦め呆然としている。ざわざわとした、冬の冷たい風の音だけが聞こえていた。
けれど、その音が一際騒がしくなった。
「? なんだァ……」
と、前を走る男が気付いたときだ。街道の脇からぬっと、黒い塊が飛び出してきた。
「うわっ、熊か!」
いや、違う。熊がこんなに大きいわけがない。熊より二回りほど大きいものが立ちはだかったかと思うと、ぱっくりと口を開けた。体の半分もが開き、赤黒い口腔内をこちらに見せて飛びかかってきたのだ。
「う、うわあああ!!」
前の小さい馬車は、何とかそれを避けることが出来た。けれど、後の馬車は避けきれず、御者と馬とそれぞれの上半身が分断され、唾液と一緒に飲み込まれてしまった。制御を失った馬車は横転し、無言だった7人の少女達も、この時ばかりは悲鳴をあげずにはいられなかった。
「ぎゃあああ、ヴォイドだあああッ!」
小さい馬車は逃げ出した。歪虚はそのまま、残った大きい馬車にむしゃぶりついていた。大口の歪虚は、馬も人も木も革も、構わず噛み砕く。皮肉なことに、少女達を守っているのは忌々しい鉄格子であった。
「はあ、はあ……ここまでくれば……」
獲物の半分以上を失ったのは痛手だが、ゼロよりはましだろう。小さい馬車の男は街道を抜け、目的の引き渡し場所を目指そうとした、が。
「そこの馬車、止まれ。中を改めさせて貰う!」
待ち受けていたのは、2人の騎士だった。悪辣な誘拐組織の調査をしており、有益な情報を元にここで張り込んでいたのだった。拘束された少女たちは、何よりの証拠となった。この時点で騎士たちは知らなかったが、男は組織の幹部に繋がる人物だった。この逮捕により、組織は壊滅されることになるだろう。
「……ずいぶん、少ないな? 聞いた話では、もっといるはずだが」
「俺は知らねぇな」
「ヴォイドよ、ヴォイドが出たの!」
猿ぐつわから解放された少女の一人が訴えた。3人の少女が口々に伝えてくれる情報に、騎士たちは青くなった。まだ7人もの少女が取り残されているとは!
人手が足りない。急遽、ハンター達へ応援が要請された。
「この辺も、潮時だな。官憲の連中が勘付き始めてる」
「まあいいさ、けっこうな収穫があった」
先を走る馬車は小さく、繋がる箱車の中には3人の少女が乗っているだけだ……そして彼女たちには、手枷と猿ぐつわが嵌められている。後を走る馬車は大きく、中に乗る7人の少女達の手足は自由だった。代わりに、窓や扉に鉄格子があるのだけれど。
彼女たちは見知らぬ者同士だ。敢えて共通点を上げるとするならば皆、歳は13、4歳ほどで、なかなか見目が良く、健康的な体つきをしている。つまり、『高く売れそうな』娘だ。
馬車を御している男たちは、人さらいだった。
馬車は静かに進む。乗っている娘達は、泣くことすら諦め呆然としている。ざわざわとした、冬の冷たい風の音だけが聞こえていた。
けれど、その音が一際騒がしくなった。
「? なんだァ……」
と、前を走る男が気付いたときだ。街道の脇からぬっと、黒い塊が飛び出してきた。
「うわっ、熊か!」
いや、違う。熊がこんなに大きいわけがない。熊より二回りほど大きいものが立ちはだかったかと思うと、ぱっくりと口を開けた。体の半分もが開き、赤黒い口腔内をこちらに見せて飛びかかってきたのだ。
「う、うわあああ!!」
前の小さい馬車は、何とかそれを避けることが出来た。けれど、後の馬車は避けきれず、御者と馬とそれぞれの上半身が分断され、唾液と一緒に飲み込まれてしまった。制御を失った馬車は横転し、無言だった7人の少女達も、この時ばかりは悲鳴をあげずにはいられなかった。
「ぎゃあああ、ヴォイドだあああッ!」
小さい馬車は逃げ出した。歪虚はそのまま、残った大きい馬車にむしゃぶりついていた。大口の歪虚は、馬も人も木も革も、構わず噛み砕く。皮肉なことに、少女達を守っているのは忌々しい鉄格子であった。
「はあ、はあ……ここまでくれば……」
獲物の半分以上を失ったのは痛手だが、ゼロよりはましだろう。小さい馬車の男は街道を抜け、目的の引き渡し場所を目指そうとした、が。
「そこの馬車、止まれ。中を改めさせて貰う!」
待ち受けていたのは、2人の騎士だった。悪辣な誘拐組織の調査をしており、有益な情報を元にここで張り込んでいたのだった。拘束された少女たちは、何よりの証拠となった。この時点で騎士たちは知らなかったが、男は組織の幹部に繋がる人物だった。この逮捕により、組織は壊滅されることになるだろう。
「……ずいぶん、少ないな? 聞いた話では、もっといるはずだが」
「俺は知らねぇな」
「ヴォイドよ、ヴォイドが出たの!」
猿ぐつわから解放された少女の一人が訴えた。3人の少女が口々に伝えてくれる情報に、騎士たちは青くなった。まだ7人もの少女が取り残されているとは!
人手が足りない。急遽、ハンター達へ応援が要請された。
リプレイ本文
●到着
応援の到着を待つ2人の騎士は、鳴り渡る蹄の音に安堵した。思ったよりもずっと早く、彼らは来てくれたのだ。敬礼する騎士らに、イグレーヌ・ランスター(ka3299)もまた、かつてグラズヘイム王国騎士団に属していたときに覚えた作法で礼を返した。
「……そやつが、人買いの一味か?」
騎士らは頷く。イグレーヌが見下ろした先には、後ろ手に縛られた男がいた。さらに後方には、寄り添って座り込む3人の少女達。
(姉様たちが、あんな目に……)
思わず、顔をしかめるファリス(ka2853)。自分よりわずかばかり年上なだけの少女らが、卑しい大人の餌食になりかけていたのかと思うと胸が苦しい。けれど、少なくとも目の前の3人はこうして無事なのだ、ならば、残る姉たちも同じように救われなければならない。
「詳しい場所は分かりますか?」
コーネリア・デュラン(ka0504)が尋ねると、騎士の一人が地図を渡し、説明してくれた。馬車がその場所からここまで逃げるために走った時間を考えて、なるほど、今回皆が乗用馬を用意したのは正解かもしれない。
「……そんなところで死なせはしないわよ」
人さらいなど、反吐が出そうだ。己の過去を思い出してイオ・アル・レサート(ka0392)は手綱を握り、馬の脇腹に合図を送る。その合図で馬は街道に向かって駆けだした。他の仲間も次々と続く。しかしジャック・J・グリーヴ(ka1305)だけ馬に跨ったまま動かず、代わりに人さらいの男に近づいた。そして。
男の顎を、思い切り蹴り上げた。
「とりあえず、あとでブン殴ってやるからな、クソ野郎!」
金になるものを売るのは商人の基本だ、それは理解出来る。だが、理解出来るのと許せるのとは話が別だ。まったく胸くそ悪い事件だと唾を吐いて、遅ればせながら皆の隊列に続いた。
●歪虚(1)
誰もが、無言で駆けていた。決して遠い距離ではないのに、何時間も走っているように感じる。五感を研ぎ澄ませ、歪な存在の気配を探る。
ふ、と血のにおいを感じた。
と同時に、星輝 Amhran(ka0724)の愛馬・桂の歩みが鈍くなった。併走するUisca Amhran(ka0754)と顔を見合わせ、頷く。
地を見ると、出来たばかりの轍がある。むちゃくちゃな軌道を描いていた。
「おまえらはココで待ってろ、暴れられちゃあ厄介ダ」
ヤナギ・エリューナク(ka0265)は馬を降り、顔を撫でながら言い聞かす。
「近いようだな」
改めて様子を伺うと、風に乗って漂う、森に似つかわしくない幾つもの違和感。イレーヌ(ka1372)もその場に馬を残す。いつでも力を解放出来るよう、フェアリーワンドを手に握る。
徐々に歩を進めていくと、道の先に黒い大きな影が動いているのを見つけた。影は、横倒しになっている馬車に覆い被さるように乗り上げ、木枠を端から囓っていた。
周りには、壊れた馬車の破片、軸から外れて転がる車輪、飛び散る血痕、かつて馬の脚だったもの、そして……イオの表情が硬くなる……かつて人だったものが散乱していた。
(神が与えたもうた裁きか……)
イグレーヌはひとりごちた。正しい道を外した者に、正しい死は訪れない、その分かりやすい例がここに出来上がった。けれど、そのとばっちりを、あの鉄格子の中にいる少女達が喰ういわれはない。
「さァ、こっちに向いてくれるといいんだけどナ……」
ヤナギはオートマチックピストルを構え、まずは歪虚の顔らしき場所を狙う。引き金をひくと同時にコーネリアとファリスが馬車に向かって走った。チッと小さい火花が歪虚の鼻先を擦り、その衝撃で歪虚は体を馬車から離した。見れば、覆い被さっていた大部分が口で、べっとりとした唾液が糸のように繋がっていた。
歪虚は自身を傷つけた相手を捜し、こちらを振り返る。
「どこ見てんだ、こっちだアアアア!」
雄叫びを上げながら、ジャックは続けざまに銃を撃ち込む。さすがワン・オブ・サウザンドだ、歪虚の赤い口の中に着実に銃弾をめり込ませる。しかし損傷を与えるまでには至らず、寧ろ怒りを増幅させるばかりだった。
「好都合」
いい反応だ、とジャックは舌なめずりをした。
美味くもなんともない木と鉄の塊から完全に口を離し、歪虚はずしん、ずしんとこちらに向かってきた。目指す先には、きらきらとしたマテリアルに満ちあふれる大量の獲物。
「さあ、来よ。おぬしに用意された馳走はここじゃぞ」
星輝は己の体のまわりに現れた霧をひらひらと舞わせ、ヴォイドを誘惑する。このご馳走に盛られた毒に気付かず迫ってくるヴォイドに、星輝は不敵な笑みを浮かべていた。
ヴォイドは既に、馬車の少女達の事を忘れている。ファリスは唾液でぬるぬる滑る鉄格子の隙間から、中を覗き込んだ。
「姉様方、大丈夫ですの?」
声をかける。と、ひとかたまりになって震えていた少女らは、窓の外にヴォイドの喉ではなく人間の顔があると知るやいなや、狂ったように喚きながらこちらへ飛びかかり、鉄格子を掴んでガチャガチャと揺すりだした。
「出して出して出して出して出して出して出してえェエエエエエ!!!!」
「落ち着いて。あのヴォイドを見たでしょう?」
努めて穏やかに、コーネリアは彼女らに声をかける。これほど怖い目に遭ったのだ、今すぐにでもここから逃げ出したい気持ちは分かる。
「私たちはハンターです、助けに来ました。どうか信じて、待っていて下さい」
ハンターが助けに来た……その言葉で少女らは静かになった。鉄格子を握る手が緩み、代わりにその手が胸の前で組まれる。
ファリスとコーネリアは、馬車の前に立ち塞がった。もう二度と、誰にも彼女たちを傷つけさせたりはしない!
●歪虚(2)
「さあ、こっちじゃぞ。ほれほれ、どこを見ておる」
星輝はちょこまかと、挑発するように動き回る。動きながら、ワイヤーウィップの端を途中の木に掛け、引き延ばした反対側を離れた別の木に掛ける。即席の罠だ、さあこれで悪食な歪虚はどうなるか。……星輝にかぶりつこうとした上顎が、ワイヤーウィップを通過し、ヴォイドの体から分断されて地に落ちた。
『グアアア、グガガガガ……』
「鼻先が削れただけか、しぶといのう」
けれど、これによって黒一色の歪虚に、常に赤い部分が剥き出しになるようになった。
「そのまま、じっとしてなさい」
イオの『ファイアアロー』が、歪虚の脚を狙う。覚醒したイオから発せられた炎は、小さな赤い蠍の幻影を伴い、まずは左の後ろ脚を射抜いた。
「まだまだよ」
歪虚の脚は4本。次に狙うのは右後ろ脚。再び力を蓄え、炎の矢で貫く。身をよじる歪虚は、焼けた脚を不細工に動かしながら、喰らうべき対象をイオに修正する。
「……あら、なぁに。退かないわよ?」
食べてみなさい、蠍の火で中から燃やしてあげるわ。その言葉通りイオは、次に狙う先を歪虚の喉に変えた。その汚らしい唾液を蒸発させてやるべく、新しい炎を生みだし、歪虚にぶつける。ギャッと悲鳴があがり、歪虚がひるんだ。
……かのように思えたが!
猛り狂った歪虚はただめちゃくちゃに、暴れることをやめなかった。いくら炎で焼かれようが我を忘れた歪虚は、イオに巨体をぶつけてくる。
「きゃっ」
「イオ!」
イレーヌの『プロテクション』に護られ、はじき飛ばされるも怪我を免れる。
「くっ、なんて馬鹿力……」
「いけない、あの方向は!」
すでに歪虚は、何を狙っているのか分からない。けれど確実なのは、このまままっすぐ進めば馬車のあるところへ戻ってしまうということだ。
「間に合って……」
『ホーリーライト』で止めることができるか、イレーヌは激しく動く標的に狙いを定める。けれど、予想の付かない動きをする歪虚をなかなか捉えられない。
「歪虚め……」
憎々しげに、イグレーヌは呟く。
誓ったのだ、少女達を救うと。
この一撃を外すわけにはいかない。『シャープシューティング』・『エイミング』・『強弾』、用いることのできる全ての力を開放する。
「主はのたまった……」
土は土に、灰は灰に、塵は塵にと。
「光あれ」
渾身の力のこめられた矢がイグレーヌの手から離れる。
そこから描かれる軌道はひたすら一直線で、それは彼女たちの望む結果へと導くものとなった。
●救出
「もう、ヴォイドはいないようだな」
イレーヌがもう一度、辺りを見回す。ここへ到着したときに感じた違和感はもう完全に消えていた。
「どうだ、開きそうか?」
「まあ、待て……」
誰も鉄格子の鍵は持っていない。ジャックが用意していたシープスツールで解錠を試みる。上手くいかなければ、最終的に箱車を叩き割ればよいのだが。
「これ以上、姉様方を怖がらせたくありませんの……」
ファリスも、心配そうにジャックの手元を見つめる。叩き割るとなると、きっと中の少女らは怖がってしまうに違いない、なるべく避けたい手段である。そうして、あまり複雑な鍵ではなかったのが幸いして、数分としないうちに鍵が開いた。
「キャーーーッ」
黄色い歓声があがり、最初に出てきた少女は迷わずジャックに抱きついた。
「あ、あう、あうう……」
顔を真っ赤にし、鯉のように口をぱくぱくさせるジャックを助けるべく、ヤナギが割って入るとレディたちの手をとった。
「待たせたナ、お姫様たち」
「とんでもないわァ、王子様ぁ」
気の利いた口説き文句の言えないツンデレ兄貴は地べたに転がされる。不甲斐ない木偶の坊にイオが不思議そうに尋ねる。
「ジャックさんも笑顔で応えればいいんじゃないでしょうか?」
「出来るか。恥ずか死ぬ」
ヤナギは女の子に取り囲まれ、もみくちゃにされながらも歯の浮くような言葉を並べ立てる。少女らは先ほどまでの恐怖はどこへやら、どん底から救い出してくれたというオマケ付きで魅力が増大した白馬の王子にうっとりしていた。
「さあ、こんな歪虚臭いところからは、さっさとおさらばじゃ」
星輝が口笛を吹いてしばらく待つと、聞き慣れた蹄の音が近づいてきた。
「ほうれ、皆の衆。歩くのもしんどいじゃろう、好きな馬に乗れ」
先の騎士らによって手配された、少女達を保護する手筈も整っている頃だろう。
「急いで帰らなくてもいいわよ、どうせ戻ったら、お役所の面倒くさい訊問があるんでしょう?」
と、イオが言った。大きな誘拐組織に関わった少女達だ、あれこれ聞かれるのは分かっている。
「遠回りして、先にギルドに戻るわよ。そこでお茶とお菓子でゆっくりしましょう」
ね、とイオはウインクをした。
それで7人の少女達は、嬉しそうに笑ったのだった。
応援の到着を待つ2人の騎士は、鳴り渡る蹄の音に安堵した。思ったよりもずっと早く、彼らは来てくれたのだ。敬礼する騎士らに、イグレーヌ・ランスター(ka3299)もまた、かつてグラズヘイム王国騎士団に属していたときに覚えた作法で礼を返した。
「……そやつが、人買いの一味か?」
騎士らは頷く。イグレーヌが見下ろした先には、後ろ手に縛られた男がいた。さらに後方には、寄り添って座り込む3人の少女達。
(姉様たちが、あんな目に……)
思わず、顔をしかめるファリス(ka2853)。自分よりわずかばかり年上なだけの少女らが、卑しい大人の餌食になりかけていたのかと思うと胸が苦しい。けれど、少なくとも目の前の3人はこうして無事なのだ、ならば、残る姉たちも同じように救われなければならない。
「詳しい場所は分かりますか?」
コーネリア・デュラン(ka0504)が尋ねると、騎士の一人が地図を渡し、説明してくれた。馬車がその場所からここまで逃げるために走った時間を考えて、なるほど、今回皆が乗用馬を用意したのは正解かもしれない。
「……そんなところで死なせはしないわよ」
人さらいなど、反吐が出そうだ。己の過去を思い出してイオ・アル・レサート(ka0392)は手綱を握り、馬の脇腹に合図を送る。その合図で馬は街道に向かって駆けだした。他の仲間も次々と続く。しかしジャック・J・グリーヴ(ka1305)だけ馬に跨ったまま動かず、代わりに人さらいの男に近づいた。そして。
男の顎を、思い切り蹴り上げた。
「とりあえず、あとでブン殴ってやるからな、クソ野郎!」
金になるものを売るのは商人の基本だ、それは理解出来る。だが、理解出来るのと許せるのとは話が別だ。まったく胸くそ悪い事件だと唾を吐いて、遅ればせながら皆の隊列に続いた。
●歪虚(1)
誰もが、無言で駆けていた。決して遠い距離ではないのに、何時間も走っているように感じる。五感を研ぎ澄ませ、歪な存在の気配を探る。
ふ、と血のにおいを感じた。
と同時に、星輝 Amhran(ka0724)の愛馬・桂の歩みが鈍くなった。併走するUisca Amhran(ka0754)と顔を見合わせ、頷く。
地を見ると、出来たばかりの轍がある。むちゃくちゃな軌道を描いていた。
「おまえらはココで待ってろ、暴れられちゃあ厄介ダ」
ヤナギ・エリューナク(ka0265)は馬を降り、顔を撫でながら言い聞かす。
「近いようだな」
改めて様子を伺うと、風に乗って漂う、森に似つかわしくない幾つもの違和感。イレーヌ(ka1372)もその場に馬を残す。いつでも力を解放出来るよう、フェアリーワンドを手に握る。
徐々に歩を進めていくと、道の先に黒い大きな影が動いているのを見つけた。影は、横倒しになっている馬車に覆い被さるように乗り上げ、木枠を端から囓っていた。
周りには、壊れた馬車の破片、軸から外れて転がる車輪、飛び散る血痕、かつて馬の脚だったもの、そして……イオの表情が硬くなる……かつて人だったものが散乱していた。
(神が与えたもうた裁きか……)
イグレーヌはひとりごちた。正しい道を外した者に、正しい死は訪れない、その分かりやすい例がここに出来上がった。けれど、そのとばっちりを、あの鉄格子の中にいる少女達が喰ういわれはない。
「さァ、こっちに向いてくれるといいんだけどナ……」
ヤナギはオートマチックピストルを構え、まずは歪虚の顔らしき場所を狙う。引き金をひくと同時にコーネリアとファリスが馬車に向かって走った。チッと小さい火花が歪虚の鼻先を擦り、その衝撃で歪虚は体を馬車から離した。見れば、覆い被さっていた大部分が口で、べっとりとした唾液が糸のように繋がっていた。
歪虚は自身を傷つけた相手を捜し、こちらを振り返る。
「どこ見てんだ、こっちだアアアア!」
雄叫びを上げながら、ジャックは続けざまに銃を撃ち込む。さすがワン・オブ・サウザンドだ、歪虚の赤い口の中に着実に銃弾をめり込ませる。しかし損傷を与えるまでには至らず、寧ろ怒りを増幅させるばかりだった。
「好都合」
いい反応だ、とジャックは舌なめずりをした。
美味くもなんともない木と鉄の塊から完全に口を離し、歪虚はずしん、ずしんとこちらに向かってきた。目指す先には、きらきらとしたマテリアルに満ちあふれる大量の獲物。
「さあ、来よ。おぬしに用意された馳走はここじゃぞ」
星輝は己の体のまわりに現れた霧をひらひらと舞わせ、ヴォイドを誘惑する。このご馳走に盛られた毒に気付かず迫ってくるヴォイドに、星輝は不敵な笑みを浮かべていた。
ヴォイドは既に、馬車の少女達の事を忘れている。ファリスは唾液でぬるぬる滑る鉄格子の隙間から、中を覗き込んだ。
「姉様方、大丈夫ですの?」
声をかける。と、ひとかたまりになって震えていた少女らは、窓の外にヴォイドの喉ではなく人間の顔があると知るやいなや、狂ったように喚きながらこちらへ飛びかかり、鉄格子を掴んでガチャガチャと揺すりだした。
「出して出して出して出して出して出して出してえェエエエエエ!!!!」
「落ち着いて。あのヴォイドを見たでしょう?」
努めて穏やかに、コーネリアは彼女らに声をかける。これほど怖い目に遭ったのだ、今すぐにでもここから逃げ出したい気持ちは分かる。
「私たちはハンターです、助けに来ました。どうか信じて、待っていて下さい」
ハンターが助けに来た……その言葉で少女らは静かになった。鉄格子を握る手が緩み、代わりにその手が胸の前で組まれる。
ファリスとコーネリアは、馬車の前に立ち塞がった。もう二度と、誰にも彼女たちを傷つけさせたりはしない!
●歪虚(2)
「さあ、こっちじゃぞ。ほれほれ、どこを見ておる」
星輝はちょこまかと、挑発するように動き回る。動きながら、ワイヤーウィップの端を途中の木に掛け、引き延ばした反対側を離れた別の木に掛ける。即席の罠だ、さあこれで悪食な歪虚はどうなるか。……星輝にかぶりつこうとした上顎が、ワイヤーウィップを通過し、ヴォイドの体から分断されて地に落ちた。
『グアアア、グガガガガ……』
「鼻先が削れただけか、しぶといのう」
けれど、これによって黒一色の歪虚に、常に赤い部分が剥き出しになるようになった。
「そのまま、じっとしてなさい」
イオの『ファイアアロー』が、歪虚の脚を狙う。覚醒したイオから発せられた炎は、小さな赤い蠍の幻影を伴い、まずは左の後ろ脚を射抜いた。
「まだまだよ」
歪虚の脚は4本。次に狙うのは右後ろ脚。再び力を蓄え、炎の矢で貫く。身をよじる歪虚は、焼けた脚を不細工に動かしながら、喰らうべき対象をイオに修正する。
「……あら、なぁに。退かないわよ?」
食べてみなさい、蠍の火で中から燃やしてあげるわ。その言葉通りイオは、次に狙う先を歪虚の喉に変えた。その汚らしい唾液を蒸発させてやるべく、新しい炎を生みだし、歪虚にぶつける。ギャッと悲鳴があがり、歪虚がひるんだ。
……かのように思えたが!
猛り狂った歪虚はただめちゃくちゃに、暴れることをやめなかった。いくら炎で焼かれようが我を忘れた歪虚は、イオに巨体をぶつけてくる。
「きゃっ」
「イオ!」
イレーヌの『プロテクション』に護られ、はじき飛ばされるも怪我を免れる。
「くっ、なんて馬鹿力……」
「いけない、あの方向は!」
すでに歪虚は、何を狙っているのか分からない。けれど確実なのは、このまままっすぐ進めば馬車のあるところへ戻ってしまうということだ。
「間に合って……」
『ホーリーライト』で止めることができるか、イレーヌは激しく動く標的に狙いを定める。けれど、予想の付かない動きをする歪虚をなかなか捉えられない。
「歪虚め……」
憎々しげに、イグレーヌは呟く。
誓ったのだ、少女達を救うと。
この一撃を外すわけにはいかない。『シャープシューティング』・『エイミング』・『強弾』、用いることのできる全ての力を開放する。
「主はのたまった……」
土は土に、灰は灰に、塵は塵にと。
「光あれ」
渾身の力のこめられた矢がイグレーヌの手から離れる。
そこから描かれる軌道はひたすら一直線で、それは彼女たちの望む結果へと導くものとなった。
●救出
「もう、ヴォイドはいないようだな」
イレーヌがもう一度、辺りを見回す。ここへ到着したときに感じた違和感はもう完全に消えていた。
「どうだ、開きそうか?」
「まあ、待て……」
誰も鉄格子の鍵は持っていない。ジャックが用意していたシープスツールで解錠を試みる。上手くいかなければ、最終的に箱車を叩き割ればよいのだが。
「これ以上、姉様方を怖がらせたくありませんの……」
ファリスも、心配そうにジャックの手元を見つめる。叩き割るとなると、きっと中の少女らは怖がってしまうに違いない、なるべく避けたい手段である。そうして、あまり複雑な鍵ではなかったのが幸いして、数分としないうちに鍵が開いた。
「キャーーーッ」
黄色い歓声があがり、最初に出てきた少女は迷わずジャックに抱きついた。
「あ、あう、あうう……」
顔を真っ赤にし、鯉のように口をぱくぱくさせるジャックを助けるべく、ヤナギが割って入るとレディたちの手をとった。
「待たせたナ、お姫様たち」
「とんでもないわァ、王子様ぁ」
気の利いた口説き文句の言えないツンデレ兄貴は地べたに転がされる。不甲斐ない木偶の坊にイオが不思議そうに尋ねる。
「ジャックさんも笑顔で応えればいいんじゃないでしょうか?」
「出来るか。恥ずか死ぬ」
ヤナギは女の子に取り囲まれ、もみくちゃにされながらも歯の浮くような言葉を並べ立てる。少女らは先ほどまでの恐怖はどこへやら、どん底から救い出してくれたというオマケ付きで魅力が増大した白馬の王子にうっとりしていた。
「さあ、こんな歪虚臭いところからは、さっさとおさらばじゃ」
星輝が口笛を吹いてしばらく待つと、聞き慣れた蹄の音が近づいてきた。
「ほうれ、皆の衆。歩くのもしんどいじゃろう、好きな馬に乗れ」
先の騎士らによって手配された、少女達を保護する手筈も整っている頃だろう。
「急いで帰らなくてもいいわよ、どうせ戻ったら、お役所の面倒くさい訊問があるんでしょう?」
と、イオが言った。大きな誘拐組織に関わった少女達だ、あれこれ聞かれるのは分かっている。
「遠回りして、先にギルドに戻るわよ。そこでお茶とお菓子でゆっくりしましょう」
ね、とイオはウインクをした。
それで7人の少女達は、嬉しそうに笑ったのだった。
依頼結果
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MVP一覧
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
- Uisca=S=Amhran(ka0754)
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/01/14 20:58:48 |
|
![]() |
相談用 星輝 Amhran(ka0724) エルフ|10才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/01/16 04:14:44 |