「そう言う訳で引き続き探索を続けます」
　ハンターオフィスにそう連絡を入れて、彼等・ハンターはそのまま地下へと進む。
　思えば長い道のりだった。突如として舞い込んだ屋敷への歪虚襲来の依頼。
　子供達を助け屋敷付近の調査をし、外部と内部の謎解きをへてここまで来たのだ。
（一体何を隠している？）
　オフィスや家族の話では先祖の魔術師はこれと言った功績も残さずこの世を去ったとか。
　もし重大な発見をしていたなら世に発表したに違いないし、逆であったならこんな回りくどい隠し方などする必要はなかった筈だ。となると、そうせざる負えない理由があったという事か。
　柱時計の先にある扉を開く。
　その先には樹の近くにあったモノに似た下りの階段が続いており、相変わらずの狭さだった。人一人が歩くので精一杯の通路を暫く進むと、柱時計のとよく似た扉が顔を出す。
（いよいよだ…）
　キィィと木が軋む音がした。もう何年も使われていなかった筈だから当たり前だろう。
「さむっ」
　それ程下っていない筈だが、ハンターの一人が声を漏らす。
「なんて場所だ」
　そうして、その先にあった研究所の想像だにしない姿…。
　広さでいうと、屋敷の半分位かもしれないが、思いの外天井は高い。
　しかし、天井と言うにはあまりに武骨。それもその筈、この空間自体作られたのとはどこか違う。
　所々に岩肌が見え、少し奥には庭の樹の根に当たるのだろう部分が露出している。
　いわばここは洞窟のようなそんな場所と言えるだろう。そんな空間にどうやって持ち込んだのか机と椅子が一セット。その他に見当たるのは丈夫な木箱と簡単な棚が少し。この分だと材料を持ち込んで中で組み立てたと見える。
「どれ…見てみるか」
　乱雑に置かれた資料を一つ手に取り、目を通す。
　そこには鉱石の成分なのだろう普通の人が見ても何の事だか判らない数値が記されている。
「ねぇ、もしかしてこれも例の石かしら？」
　露出している岩肌に触れた一人が言う。
　なぜそう思ったのかと言えば、理由は簡単。触れたと同時に薄ぼんやりと光を帯びたからだ。
「まるでこちらに反応しているみたいだな」
　蛍のような淡い光であるが、埋もれた中で光を帯びて誰かがぽつりと呟く。
　そんな折だ。

　ドドドドドッ

　地響きのような音と共に入り口から向かって右側の壁が崩れ、土煙が上がる。
「ッ！？」
　ハンターらが咄嗟に身を潜める。
　するとその土煙のその奥に見えたのは大きな爪を持った異形の化け物だ。大凡身長は2.5m、腕が異様に発達しているようで腕から肩にかけては極太でその形はモグラのそれに似ているが、顔と足は人のものに近い。そんな彼を筆頭にスライムやミミズのような魔物がワラワラと侵入してくる。
（何だ、アイツらは？　何が目的だ？）
　木箱や棚の陰に隠れて敵の動きを窺う。
「……力ノ源…ドコダ？　ココ、ダッタ…筈ダガ？　サガセ」
　敵がきょろきょろと部屋を見渡し、部下らに鉱石を探させる。
（力の源？　まさか…いや、それよりも前に奴らをどうにかしないと）
　辺りの壁を体当たりをするスライムを見取り、皆がアイコンタクトする。
　このままではこの研究所自体が崩れてしまいかねない。しかし、どうするか。
　派手に暴れる事のできないこの場所で、未知の敵相手にどう立ち回るか。判断はハンターに任される。

●合流
　これは地下へ降りる少し前の話だ。
　屋敷の通路を進めばそこは研究所となる為、地下へと向かう前にまずは状況報告。
　それと共に継続ｏｒ離脱の確認と新規との入れ替えを行う。
「レイアがいるんだろ？　だったら俺が行くぜ」
「私も微力ながらお供させて頂きます」
　そこで手を上げたのは二人のハンター。屋敷の周りには未だにちらほらと雑魔の類いが見え隠れするが、この二人のレベルであれば問題はないだろう。樹からの通路は特殊であるから今回は正面玄関の内鍵を開けて貰い、堂々と前から入る。
「まあ、今のところあの厄介な蜘蛛もいないようだしな。いけるだろ」
　レオーネ・インヴェトーレ(ka1441)が柱時計の傍から出現した雑魔を思い出して言う。
「だが、出てこないとも限らなんからな。事は急いだ方がいいと思うぞ」
　とこれはレイア・アローネ(ka4082)。出てきたら斬るだけだが…避けられる戦いは回避するに越した事がない。しかし、それほどかからないと報告を受けて、彼等は下に降りるのを踏み止まり、応援が来るのをロビーで待つ。広めの屋敷は不気味に静かであったが、幸いここで戦闘は起こらず。合図を受けて内鍵を開き、仲間を入れ替える。
「悪い、待たせたな」
　騎士のリュー・グランフェスト(ka2419)が言う。
「皆様、無事でなによりです。この度は宜しくお願いします」
　そう丁寧に挨拶するのはセレスティア(ka2691)。
「おお、二人とも来てくれたのだな。これは心強い」
　そんな二人を見て、喜んだのはレイアだった。二人は彼女と知り合いらしい。正確に言えば小隊が一緒らしく、共に戦って来ているから互いの役割は話さずとも心得ている事だろう。
「…あの、失礼ですがレイアさん。その、大丈夫なのですか？」
　着いて早々レイアの様子がいつもと違う事を察知してセレスティアが尋ねる。
「と、言うと？　私は何ともないが」
　そう言う彼女であるが、見た目はともかく本職が見ればそれは一目瞭然だ。
「生命力…かなり消費しているように思えますが」
　戦士故か。事に集中するとどうも自分の事がおざなりになってしまうらしい。
　ハンターオフィスにあるコンディションチェックにでもかかれば、その数値はかなり０に近い。
「あ、すまん…うっかりしていた」
　レイアが苦笑交じりに言葉する。
「そちらの方もですよ。えーと、お名前は…」
「失礼しました。ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)です」
　視線を向けられハッとした様にユーリも自分の状態を認識する。
「なんだ、ピンピンしてるから全然気づかなかったぜ」
　レオーネが二人をまじまじと見て言う。
「本当に…ハンターって自然と無理するから気付かないよね」
　夢路 まよい(ka1328)も今までの経験からそんな事を口にする。
「まあ、いいんじゃね？　今気付いた訳だし」
　そんな中リューが皆の間に立ち、継続参加の者にとっては束の間に休息。
　その間にセレスティアは早速フルリカバーで二人の生命力を回復する。
「さぁて、ほんじゃあ行きますか」
　それを終えると、彼らは改めて柱時計の前に立ち扉を開けた。

　敵の数はこちらよりも多い。木箱や棚に隠れて様子を窺うハンターだが、気付かれるのも時間の問題。なぜなら、部屋は広いと言ってもたかが知れているし、むき出しの岩肌でさえ彼らを完全に隠し通す事は叶わない。ならば、次の取るべき動きは一つだが、それをするには些か気になる事が残っている。
（あの野郎、この鉱石をさっき『力の源』っていったのか？）
　レオーネがむき出しになった岩の一部を見取り考える。
　とはいえ、彼は専門家ではなく、分析するにも知識不足は否めず。出来る事は知れている。けれど、やらないよりはましかもしれない。という事は時間を稼ぐ必要が出てくる訳であるが、そんな時間が果たしてあるだろうか。それでもやってのけるしかない。この研究所ごと壊して埋めるのは最終手段だ。
（俺が囮になる。誰かあの穴を塞いでくれ）
　リューが仲間にそんな指示をジェスチャーで送る。
　するとそれに応えたのはまよいだ。魔術師の彼女であれば、穴を塞ぐのは可能だろう。しかし、そうなると彼女を支える者が必要不可欠。それぞれの担当即座に決めて、一同動き出す。
（ッしゃあ…じゃあ、やってやろうじゃねーの！）
　じゃりっと足元の小石が音を出す。
　そして、立った瞬間に音を察知して一番に視線を向けてくるのはやはりあのモグラ男だ。
「誰ダ！　人間カッ？」
　モグラ男が叫び問う。それに気付いて手下達も破壊を止め、音の先をつき止めようとうねうね動く。
　だが、その時には既にリューは駆け出していた。
　そして、仲間達の隠れている場所からも穴のある場所からも距離を取って、鞘から引き抜いたのは星神器でもある剣、エクスカリバーだ。
「イケ！　邪魔者、排除セヨ」
　男が咄嗟に指示を出す。それは彼にとっては思う壺。こちらに意識を向けてくれるなら、ソウルトーチをする必要性も無くなるというものだ。だが、
「ッ！　何だってんだ？！」
　後方にいたレオーネが思わず声を出す。が当然の事ながら前衛にとっては何が起こったか判らない。けれど、彼の声に気を取られてしまい、一拍動きが遅れている。そこでモグラ男はレオーネに構う事なく、リューに向かって自慢の爪を振り下ろす。
「うわっ！」
　リューはその攻撃を咄嗟に剣で遮ったものの、バランスを崩し大きく仰け反る。
「リュー！」
　そう言いプルガトリオを放とうとしたセレスティアにも思わぬ悲劇。ミミズは元来土の中を進むものだ。地面が硬かろうと、雑魔となったミミズにはそれが容易に出来てしまうらしい。彼女の足に絡みつき、駆け上ってくる。
「チッ、悪趣味ですよ！」
　がそれを阻んだのはユーリだった。さっきのそれから既に立ち直ったらしい。
　ひとまず何があったかはさておいて、セレスティアの足元のミミズを貫くと彼女もまたモグラの元へと一直線に駆け出す。その間もリューの転倒直後を狙って、モグラ男が爪を振り被っていたが、それはレイアの横やりによって阻まれたようだ。彼女はリューの危機に立体攻撃を発動し、瞬時に間に入った。しなやかな姿態を翻して、せまいながらのムーンサルトに一瞬目を奪われる。
「たっく、何だったんだ…さっきのは」
　一方レオーネは目を擦りつ、さっきの状況を振り返り再び考える。
　仲間が戦う中での思考…急がなければと焦りが募る。
　けれど、ここではまだ彼にこの謎は解けきれない。彼の手にはただただ眩しく輝く石があるのみであった。

●穴
　前衛が苦戦する中でまよいも中盤での粘りを見せる。
　この屋敷の事件に関わってから何度も使っているマジックアローの複数撃ち。今回もこれを駆使して、迫ってくる敵を食い止めるしかない。それに加えて、今回は穴を塞ぐという大仕事もしなければならない。
（乗りかかった船だけど…正直キツイのよねッ）
　大規模戦同様の苛烈さ。一人ではないとはいえ、防御の高い敵を相手にすると骨が折れる。魔力尽きるのが先か、はたまたあちらの数が減るのが先か。しかし、ここを塞がなくては確実に前者の未来しか見えなくなってしまう。
（こうなればやるしかないわね）
　迫ってくる雑魔の群れを前に彼女は複雑な詠唱を開始する。
　それは同時に二つの魔術を行使する為のとても難しいものだ。足に絡みついてくる敵を無視し、完成を急ぐ。が、思いの外敵の動きが早く、足にいたそれは瞬く間に腕まで上がり、発動に必要な動作の阻害する。
「クッ、やめなさいよ！」
　ギリっと締め付けられて、手にしている杖を落としそうになる。
「くそっ、これじゃあ集中できねー！」
　それに気付いて、後方で分析を試みていたレオーネが杖を取った。
　そこからスペルスラスターＰＳＬのおかげでかなりの動きをみせ、まよいの腕を締め付けるスライムに蒼機杖を振り下ろす。
『グキャーー』
　するとスライムから甲高い悲鳴が上がって、物理に近い攻撃でも何とか彼女の束縛を解除する事ができたようだ。
「レオーネ、何か判りそう？」
　まよいがこそりと尋ねる。
「どうだろな？」
　それにそう答えて、彼はまよいと背中合わせで敵を迎え撃つ。
「まあ、まずはこっちよね」
　簡単に判るようでは秘密の意味がない。お楽しみは後とばかりに、今は戦いに集中する。
「壁を作れんのはお前だけだ。さっさとやってくれよな」
　レオーネが接近してくる敵をアイシクルコンフィンで阻みながら言う。
「了解！　今までの分、ちゃんと持ち堪えなさいよ！」
　彼のその言葉にそう答えて、いつの間にか連携プレーが出来るようになった二人。
　これもこの事件に関わり、共に歩んできた二人の努力の賜物かもしれない。まよいがレオーネのサポートを得て、冷静にアースウォール発動の詠唱を始める。完成すれば一枚二ｍ四方あるから、この穴からの新手をだいぶ防ぐ事が出来る。
（さぁ、反撃開始よっ）
　まよいが詠唱を終え、力を解き放つ。するとその解放されたマテリアルに反応するように今度は部屋全体がカァァと光を帯びる。そして、穴の前に出来るは一枚の土壁。彼女はそれに続いて、何枚もの壁を形成し敵の進行を一時的にストップさせる。
「クッ、余計ナ事ヲ…」
　それを前にモグラ男が初めて不快な色を露わにした。

●土竜
　攻撃は当然、当たらなければ意味がない。
　モグラ男は思いの外俊敏に動き、ハンター達の動きを回避する。
（一体どうなってやがるんだ？）
　一般的に見てモグラにどんなイメージをお持ちだろうか。
　土から顔を出すちょっと可愛い生き物？　畑を荒らす害獣？　それとも昔はやったゲームの筐体？
　案外『モグラ』に関しての知識が少ない事がここで仇となる。
「遅イゾ、ハンター共ッ！」
　モグラ男が豪快に爪を振り回す。モグラ男にとってはこの研究所などどうでもいいのだろう。もし仮に埋まったとしても彼は掘り起こすのも可能だ。一方こちらはそうはいかない。極力研究所は残したい。鉱石についての資料があるなら、それを持って帰りたいとも思う為、どうしても動きが制限されてしまう。
「クッ、厄介この上ないなっ」
　レイアが魔導剣を構えて、刺し抜こうと刃を突き出す。
　だが、この動きでは直線状にしか攻撃を当てられず避けられたら、はいそれまで。カウンターを狙うものの、相手もそれを警戒しているようで深くまでは踏み込んでは来ない。それどころか、敵の方が更に上と見える。
「なっ」
「また、ですか」
　踏み込んだ先の地盤を緩くして、彼らの隙を作るミミズとの連携は見事なものだ。ミミズも本能的に食べられる位なら協力して生かして貰う道を取っているらしく、モグラの指示に従順に従っているように見える。
　バランスを崩しかけた二人目掛けて、モグラの渾身の爪攻撃が襲う。
「は、相手にとって不足無しってな！」
　がその爪攻撃はリューのソウルトーチによって身体を捻らされ、モグラ男も二人の急所から捉える事ができない。
「グ、モウ少シダッタモノヲ…」
　モグラがイラつきを見せる。
「は、それは残念だったな」
　リューはそう言い返すものの、次の一手までは至れず。
　何故なら、ソウルトーチは範囲の技。周りにいた雑魚までも呼び寄せる結果となったからだ。伸びてくるスライムにスキル強化済みの剣を振り下ろす。そんな中、一人後方で全体の状況をずっと見守りながら支援してきたセレスティアがとある事に気付く。
（あのモグラ…もしかすると）
　始めから少し気になっていた事がある。戦闘開始直後のアレだ。あの時あれ程鉱石が眩しく輝いたというのに、モグラ男の動きは今とそれ程変わらなかった。そしてさっきも…ソウルトーチに魅かれ身体を捻っていたが、その折オーラが立ち昇るリューに対して男は眩しそうな素振りを微塵も見せていない。
（つまりはあのモグラ…余り目が見えないのかも？）
　見えなければ眩しさなど感じない。人間であれば多少の光を感じるだろうが、もしそれも感じないのであれば手を翳したりする必要もない。
（だとしたら…彼の反応の速さの元は）
　人には五つの感覚が存在する。その中であのモグラにも共通している感覚と言えば――。
「弱点、判りました！　音です、音と匂いに気を付けて下さい！」
　セレスティアが突然皆に向けて言い放つ。
「何、それ」
「マジかよ」
　その言葉に皆が驚いたように言葉する。
「チッ……」
　それを聞き、モグラも僅かに神妙な表情を見せ、突如穴を掘り地下へと潜ってしまう。
「さしずめ当たりって所か？」
　ひとまず残っていた雑魚を氷漬けにしたレオーネが言う。
「土の中で生活する彼に光はあまり必要ありません。けど、その代わり必要になってくるのは耳と鼻。きっとあれはそれで私達の位置や行動を察知している筈です」
　セレスティアがいつになく興奮気味にそう語る。
「成程な…だったら、やりようはあるな」
　リューが言う。散々てこずらせてくれた相手だ。こちらもきっちりお返ししなくては。
「しかし、どうするんだ？　アイツは土の中だ…もう逃げたのでは？」
　レイアの言葉はもっともだった。弱点を知られては分が悪い事位子供でも分かる。
「なあ、だったら誘き出せばいいんじゃね？　この鉱石を使えば出来るかもしれないぜ？」
　いつの間に取り出したのか、卵位の石を見せレオーネが言う。
「と言うと…」
「多分、この石はオレらの力を保存できるっぽいんだよな。試しにやってみたらほら、この通り」
　レオーネが手にした石に力を籠める。
　するとぼんやりと光を帯び始め、込めた分に応じて発光量は増してくるではないか。
「これが隠された鉱石の正体なの？」
　まよいが言う。
「多分な。今でこそ龍鉱石とかマテリアル鉱石なんてもんがあるからあれだが、当時そんなものがなかったとしたらこれは大発見だ。だが、こんなものがいきなり世に出たらどうよ？」
　奪い合いになるかもしれないし、歪虚の手に渡ればどう利用されるかもわからない。発見した事自体は素晴らしい事だが、不用意に公にしてはならないと先祖は思ったのかもしれない。
「けど、じゃあなんで今更襲ってきたんだ？　今までだって、この下にあったんだろ？」
　封印されていた訳ではないのに…その辺はもう少し調べないといけないのかもしれない。
「けど、あのモグラが来た以上はまだ何かあるのかもしれませんし、それが使えるのなら使ってでも倒した方がいいでしょうね」
　今後の為にも…あの歪虚を放置する訳にはいかないと皆思う。
　がひとまずこの場の雑魚は排除できた訳でここで一息。
　モグラ男を警戒しつつも、彼らはこの場の資料をかき集め始める。
　だが、本当にこの石がマテリアルを保存する鉱石ならば…なぜ今も光っていないのか。
　しかし、今の彼らにそこまで考えている余裕はなかった。