• 血断

【血断】一振りで ひび割れる 脆い絆よ

マスター:凪池シリル

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~5人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/02/25 09:00
完成日
2019/03/05 23:43

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 ──だってあいつが、それでも良いって言ってたんだ。
 それが、共に居られる理由だというなら。
 そいつが駄目だと言ったら終わる、それだけの絆だろう。

「……」
 伊佐美 透 (kz0243)の部屋は物が少ない。上京し一人暮らしを始めてすぐに、片付ける余裕が少ないことに気付いてから心掛けていた習慣ではあるが、この世界に転移してからはそれに加えてそこにもう一つ意味が増えている。……ここは、あくまで仮の住まい。自分はリアルブルーに帰るのだから、と。だから、趣味の品のみならず家具でさえも間に合わせで揃えたような物のままで、その不便さも必要なものとしてそのままにしてきた。
 住居として不完全さ、余白を残す空間。数年、そこで過ごしてこれたのはその余白を埋める存在が訪れていたからだ。来ないと分かっていると改めてそのことを認識する。
 いずれここを去る、そのことは折に触れて伝えてきた。だから──向こうから距離を置いてきたとき、引き留めたいような言葉をかけるのは何か違うのだと思う。いつか二世界はまた分かたれるのかも知れない、その事について、意識しているようできっと、でもまあ、多分なんとかなるんだろう、無意識にそう言うことにしてここまできていた。……その事をきちんと考えるならば、自分が用意しておくべき言葉は。覚悟しておくべきことは何なのだろう。そう考えて──ふと過る。そうやって考えて、ちゃんと話し合える時間は俺たちに残されてるよ……な?
 そこで考えを終えたのはこれ以上は仕方ないと思ったからだし必要な身支度や食事といったものがそこで終わったからだった。こんなこと考え込んでないでハンターオフィスへ向かうべきだ。結局のところ、それでも今一番重く受け止めるべきことは「今それどころじゃないだろう」、その事実だ──それを思い知らせるかのように、依頼を探し始めた直後に『緊急事態、大至急』の言葉がそこに踊った。



 邪神の侵入を防ぐ世界結界には綻びがある。その綻びが発見され次第、神霊樹の分樹を植樹して結界を補強しなければならない。各地の歪虚の動きに対応する他、今ハンターがやらねばならない重要な任務の一つだ。
 厄介なのは綻びがどこにあるかは、侵入されてから初めて分かるという点だろう。動きとしては常に後手になる。
 ──その空間の裂け目は。人々が行き交う街角の上空に突如として現れた。現れた敵、もたらされる惨劇にパニックを起こし逃げ惑う人々。自警団や青年団はそれでも避難と連絡に尽力してみせたし、ソサエティも可能な限り迅速な対応をしただろう、それでも悲劇は防ぎきれなかった。ハンターが駆けつけたその時、既に破壊は撒き散らされていて。その光景に浮かぶ感傷に囚われることすら許されない。
 そう……。
(どんな因縁だよ!?)
 見えたその姿に、叫びそうになりながら、透はなんとか駆けつけるその動きに余計な制限はかけずに済ませた。感情は流されながらも、意識は、行動はすべきことのままに。今新たに死を、破壊を叩きつけんとする一撃を、意識を拡張して己へと向かうものへとねじ曲げる。
 受け止める。絡み付いてくるそれ、そこから侵食してくるものを巧みに防具で捌きながら──
「インタラプタ……──!」
 こらえていた叫びを上げてそこで、それがかつて相対した敵と、その攻撃と同一のものであると改めて認識する。……取り憑く筐体すら無かったが、狂気のVOIDがそのまま肥大化したような単眼と触手。その触手は機械のコードと生々しい肉が絡み合うように一体化して四本の太いそれとなっている。
 記憶と違うのは嘲笑うような無駄口が無く今は自分に興味を持っているようでも無い点か。実際、あのときのあいつは確かに滅ぼした。同型の別個体で、学習前という感じなのだろうか。
 ……が。それでも似た手合いだというなら、もしかして。
「お前……」
 触手を振りほどくと共に、苦々しい表情と苦し気な呟きを見せてやると、それはこれまで無差別に市民を攻撃していた様子から、透に興味を向けたようだった。
 ……ああそうか。『抉りがい』のありそうな相手を狙いたがるいい性格もある程度は同じって訳か!?
 苛立ちながらも、判明している習性を利用しない手も無いだろう。透はそのまま、自然に市民が誘導される方向とは逆に向かう。
 ──かつての仇敵とも言える存在と同じ姿を目にして。そのこと自体には割りと冷静な自分を、透は自覚した。
 勿論一度倒した相手だからといって油断していい訳じゃない。状況としてはあのときより苦しいと言える。
 それでもやっぱり、実感はした。少しずつでも、自分も成長はしているはずなのだ、と。
 もどかしさなら、無力感なら、今もある。
 血の臭いがする。苦悶の呻き。嘆きの声。破壊された建物の見せる陰惨な光景。どうして防げないのか。
 ……それでも、苦しみながら、もがきながらも戦い続けることに、意味はあるはずなんだと。
 これは邪神との戦い。そこに向かう道。すべきことを、一つ一つ進めていく、これでいいんだ。今はそれだけを……──。
 ぎろりと、『それ』と目が合う。嫌悪感を催す、歪んだ狂気の瞳。なんとも言えない不安感が沸き上がって……今は敢えて、それを完全には掻き消さないことにした。
 傍に居ない相棒との事が心を掠める。この不安は、放っておいて良いのだろうか。

 決戦に備えて、準備は進められている。自分も、戦力として成長はしている。けど。
 今は形の見えないこの不安を、なおざりにしてきたのものをそのままにしておいて良いのだろうか。
 すべきことのために仕方がない、そう言って。
 ──終わりの戦いに向けて備えるのは、戦力だけで、戦略だけで、いいのだろうか?

リプレイ本文

「置いていきなさい! 貴方は先にお逃げ!」
「……母さん! 駄目だ!」
「うわぁぁん、怖い、怖いよお……!」
「大丈夫、大丈夫よ、お願い、立つのよ! 走って──」
 悲鳴と混乱が谺する。我先にと逃げる者、動けなくなる者、それを見捨てられないもの。
 そこに。
「救助にきたハンターです。これからあの敵の迎撃と皆さんの避難の支援を行いますので、落ち着いて行動してください」
 力強い音が響く。凛と通るエルバッハ・リオン(ka2434)の声。そして、魔導トラック「スチールブル」の駆動音。
「お年寄りや動けない方はこちらに。それから……」
 スチールブルの運転席から顔を出して、エルバッハは周囲を見回す。目的とおぼしき相手はすぐに見つかり、視線を合わせると相手も彼女の意思をすぐに察する。
「市長が議会場を解放した。一先ずそちらへ。この町で一番、広くて頑丈な建物だ……」
 答えながら、男の声は若干尻すぼみになっていった。自警団も、こんな事態にはどうしたらいいか不安なのだ。一番頑丈? そんな事がこの状況にどんな意味がある? 歪虚の攻撃に、多少の壁の厚みの差など。
 その不安も察して、エルバッハは力強く頷いてみせた。予め最低限確認していた地図。議会場、そこに至る避難経路、位置。
「そこなら安心ですね。大丈夫、私たちの仲間が、敵をそこまでは絶対に近づけさせません」
 絶対に。重大な責任がかかる言葉を、彼女は言い切ってみせた。それでいい、今は迷わず進んで、と。
「先導します。協力をお願いします」
 男が頷くのを確認すると、エルバッハはスチールブルをゆっくりと発進させる。自警団が、青年団が、誘導してその道を拓いていく。
「頼む、母さんを!」
「俺も、俺も乗せてくれえ!」
 恐怖の場に颯爽と現れたいかにも頑健そうな乗り物に市民たちがすがる。
「しっかりしろ、大丈夫だからな!」
「あんたはこっちだよ! いい大人は走れっての!」
 それを、青年団が協力して乗せていき、あるいは必要な座席が奪われないよう整理する。
 エルバッハは一度に一人でも多く運搬出来るようにと座席だけではなく荷台も解放して、人々はそれに身を寄せ合いながら乗り込んでいく。
「……頼む来てくれ! こっちにまだ怪我人が──」
 そんな最中、聞こえてくる叫び。魔導トラックは、引き返すには小回りが利かない。
「あっちには私が行くわ!」
 また、怒号の中にあってなお響き渡る声に人々は顔を上げ……そしてしばし、息を飲んだ。
 見上げた先に居たのは天馬を駆る女性だった。彼女──高瀬 未悠(ka3199)はその相棒であるペガサス、ユノと共に、避難する人々の流れ、その上空を逆行していく。
 傍らに沿うものが呆然とする中、怪我人の元へと降り立ち、優しく屈みこんでその様子を伺う。
 苦痛に呻く姿。どこか骨でも折ったのか顔色は酷く悪い。だが、すぐに命に係わるという風でもない。
「……すみません、少しだけ我慢して」
 僅かな合間に判断して、彼女はここで治療の技を施すよりもこのままエルバッハの元まで運ぶことを選んだ。
 エルバッハのスチールブルには予め、こうした事態の為に重傷者を固定するためのベッドが備えられていた。彼は一旦、そこへと横たえられる。エルバッハも、同乗する者たちも、拘束と移動の苦痛に呻く彼に励ましの言葉をかけ続ける。
 その様子を確認して、未悠は再び、人々がやって来る方へと飛び立っていく。
「……救助が行えていない場所は?」
 誘導する自警団の一人に話しかける。
「……っ! 歪虚が、やって来る方には……向かえ、なくて……」
 震えは。どんな感情が起こさせるものだろう。未悠は彼の肩を優しく叩く。
「そう。分かったわ。そちらには私が行く。……ここまで有難う。恐怖に耐えて、よく皆を誘導、救助してくれたわ」
 近くにいる団員全員に聞こえるように、未悠は暖かく彼らに謝意を述べ、激励した。
 出来ることに限りは有るかもしれない。それでも、貴方たちが救った命は間違いなくあるのだということを。
「歪虚とは、今は私たちの仲間が戦ってる。……どうか彼らを信じて。敵周辺のことは、私たちに任せて。一人でも多くの命を救いましょう──共に」
 彼女の言葉に、団員たちは深く頷き、そしてまた走り始める。
 彼女も、彼女がすべきことのために再びユノに跨がり、飛翔した。
 遡っていく。歪虚がいる方へと。それが出現し、辿ってきた道を。
 そこに広がっている光景は──

(──まあ、地獄さながら、だな)
 降り立ったその場所を一目見て。初月 賢四郎(ka1046)は独りごちる。そこに、感情の彩りは無かった。ただ静かに、現実を見つめる。
 目の前に転がる骸に対して、己に何か出来たか? 否だ。間に合いようが無かった。そこに捧げる思考も感傷も要らない──少なくとも、今は。あっさりと割りきって、とかく今必要とされることに思考を切り替える。
 視線を横に送る。こちらから見て左翼に、メアリ・ロイド(ka6633)が彼女のオートソルジャーと共に布陣している。ならば己はその逆サイドに。
 ついで視線を前方に。鞍馬 真(ka5819)が、その両手に長大な杖を掲げながら歪虚本体へと肉薄していく。星神器、それによる大魔術が展開される、と共に傍に居た透に呼び掛けると、彼もまた本体へと近づいていった。
 ……先の、『インタラプタ』との戦いを賢四郎も経験している。その時は……敵の性格を利用して、透が囮となっていた。そのことを踏まえ、己がとるべき一手目は。
 賢四郎の詠唱と共に光が生まれ透を包む。味方の一部が避難誘導に回り揃わないうちは凌ぐ構えだ。ならば落ちる可能性が少しでも高いものから支援を。
「生憎と舞台に立てる様な柄ではないのでね。なら役者の出番を最大限盛り立てる……自分に出来る事を粛々とやるだけですよ」
 本体に再接近する二人を見つめつつ呟く。次いで、触手二本と本体、三体を狙って機導術の光弾を放つ。敵を撃ち抜いた後、それらはトランプの札の幻影へと姿を変えた。最も右の触手を撃ち抜いた光は二枚のAに。最も左の触手を撃ち抜いた光は二枚の8に。そして本体を撃ち抜くのは……伏せられた一枚。ポーカーの役を決定付けるその一枚は今はなんだったのか。

 メアリは目の前の触手二本の抑え役として動く。自らは銃撃で圧力をかけながら、オートソルジャー、メルキセデクに前進を命じる。武器停止に能力値低下。共に厄介な能力だ。だが対策は準備してある──メアリは銃を触手に向けながら、逆の手に持つ杖をしっかりと意識した。バッドステータスを食らったら機導術で対策すると共に、武器を封じられたら攻撃にも用いる。癒し手として、判断は正確に、素早く。今は一刻も時間を無駄には出来ない。
 ……とは言え、今は真の星影の唄の影響もあり、対応に追われることは無かった。
 なら……一気に触手を断つ。斬魔刀を掲げるメルキセデクの腕にマテリアルが集まる。敢えてマテリアルを片寄らせ近接攻撃に特化した構えを取り、機械の兵が斬り込んで行く。狙うは……武器停止を行う方の触手。
 合わせて、彼女も銃を構えた。機導術で強化され、雷撃を帯びた弾丸が撃ち出される。電流に身悶えするように、不自由にその身をくねらせる触手に、人には振るえぬ巨刀の斬撃が重なった。

 直接攻撃から身を守るヤルダバオートと、精神を安定させる星影の唄。準備を終えると真は一気に本体へと肉薄した。
「君の判断に任せるけど……出来れば、共に本体を攻撃してほしい」
 そうして、彼は透に告げた。透は、僅かに眉を動かす。
 初手からの本体攻撃。それは、透の描く攻略法とは異なっていた。バッドステータスに注意し、まずは厄介な能力を持つ触手から、なるべく一本ずつ切り落とし減らしてから本体へ。それが前回確立した戦い方だと。
 真の考え方は、つまり短期決戦を目指したものか。リスクを負って何故そうするのか? ……自明だ。周囲に散らばる死。破壊。時間をかければ……リスクの向き先は自分たち以外になる。
「……分かった。付き合うよ」
 上手くいかなければ、最大威力の触手乱舞に巻き込まれるのだろう。そのたち位置に、透も乗った。隣に並び、本体に向かい合う。
 本当に、速攻で薙ぎ倒す、それだけを意識しているのだろう。真の攻撃は初めから全力だった。二刀の攻撃を繰り出すと、即座にそこに纏わせた生体マテリアルを解放して逆流、叩き込んでいく。
 己を驚異と認識させ注意を向けるというその意図は、触手による精神侵食が上手くいかないという状況も相まって上手くはまった。本体による爆撃、そして触手による攻撃が全て真の方を向く。
 ヤルダバオートに守られ触れることなく落ちた攻撃もある。だが、それを掻い潜りさえすれば、同じ意思によって繰り出される同時攻撃、背後から回り込むような触手からのそれを捌ききるのは、真の経験、身体能力をもってしても容易ではない──。
 一本からの熱線が捻じ曲がった。透がその攻撃を受け止める。
 何かを思い出して、ふと、真の顔に影が差して。
「……無理に庇いはしないよ。この布陣ならダメージは程よく分散させた方がいい、だろ?」
 落ち着いた声で、透は言った。
「……バッドステータスは大丈夫そう?」
「君の唄と初月さんの支援でどうにか」
 頷いて、真は今度こそ完全に敵へと向き直った。再び全力攻撃に構える。透がそれを援護するように、眼球の近くや触手の根元など、妨害を意識した精度に注力した剣を振るう。
 その二人の剣を、真のユグディラ、シトロンの奏でる曲が強化する。
 ……ああ。やっぱり。
 前にインタラプタと戦ったときと違って、今は心から信頼して背を預けられる存在になっていると真は感じた。そして。
(……こんな状況で不謹慎だけどさ、それが嬉しいよ)
 つい、そんなことを考える。

 歪虚がどこから現れ、どう、進んで来たのか。
 空から見れば、それはすぐに明らかだった。
 ……夥しい血。肉片。破壊。
 町の途中から突如そうなり、血を引きずる跡と共にそれが続いていく。
 絶望は吐き気と共に胸をせりあがってきて、未悠は強い意志でそれを一旦飲み込んだ。
 罪悪感にもがき苦しむのも、
 自分の無力さに絶望するのも、
 一人でも多く守って、救ってからだ。
 ……すぐ背後に、戦闘の気配。これほどまで敵に近いところで倒れる人々の状態はどれも酷いものだった。それでも、まだ……生きたいと願う命がそこにあるなら。迎えに行かなければならない。
 まだ血を流す身体、その一つに駆け寄っていく。脈動を確認し、必要な癒しを施し、後で纏めて運ぶために、少しでも楽な場所に安置する。そうして、次の被害者へと向かい──
『そっちで、良いのか?』
 聞こえたのは。すぐ近くに居る歪虚、そこからなのだろうか。
『それはもう死体かもれしないな? 今すぐ治療が必要なのはあっちかも知れないな?』
『間違えたら、手遅れだ』
『右の奴か? 左の奴か? お前の選択で──死ぬ。お前が殺すんだ』
「──……っ!」
 浮かび上がる声に、未悠は息を詰まらせた。息が苦しい。目の前が涙で滲む。
「ええそうよ。否定はしない。私は──私のせいで人が死ぬのが、怖くて仕方が無い」
 それでも。
「それでも、間違えた責任を恐れて、選ばないことだけは、しないのよ!」
 未悠は翔ける。まだ助かりそうな一人へと向かって。
 いつだって失うのが怖い。
 無力な自分が許せない。
 ──それでも私は守りたい。この世界で命を終えるその瞬間まで。

 戦況は安定していた。触手に集中して狙われる真と透がバッドステータスで崩れる気配は今のところ無い。ヤルダバオートの守りもあり、防御面でも一先ず問題は無さそうだ。賢四郎はいざとなれば自分も前に出て的を散らそうかと思っていたが、この状況なら、このままメアリと共に回復支援をしていた方が良いだろう。淡々と分析する。
 一気に攻撃が命中し重体となる懸念が0ではない。でなくとも、治療するとは言え、攻撃を受けることそこに苦痛が無いわけもないが。今は。すべきことの効率化の前にそんなのは些細なことだ。
 ──まともでいるという贅沢は終わった後でいい……。
 また心に矛盾が過る。諦観と諦めきれぬ心。そう、理性とは別のところで常に感じ続けてはいる。
『……何? 哲学しちゃってんの?』
 その隙に。
 揶揄の声が聞こえて顔を上げる。前衛は落とせぬと理解したのか、触手の一本が賢四郎を向いていた。伸びた線が胴にまとわりつき、意識を闇が覆う。
『無駄って分かってて、自分は頑張ったって後で言い訳したいだけじゃないの?』
『何も出来ないくせに。足掻くのって見苦しいよな』
 見えない顔が。幾つも彼の意識を取り囲む。誰でもない、何処にでもいる誰か。匿名の悪意。
「知った事か!」
 心を──スキルを──塞ごうとする攻撃に賢四郎は叫び、抗う。
「理不尽と不条理まみれのこの世界で賽を振りもしなかった者がしたり顔で審判するなッ!!」
 視界が晴れていく。一度は封じられた感触に、それでも彼は自身の意志でそれをはね除ける。
(いや、意志などではない、か。覚醒者としての抵抗力の結果ですよ。ただのね)
 そうして彼はまた、理屈で世界を見つめていく。確実なる積み重ねのために。

「……っ!」
 触手が同時に動く。本体の元へと引き寄せられるように。そうして構えのように位置を取る──四本とも。
 警戒していたメアリは咄嗟に距離を取る。だが、本体を倒しきるつもりの真と透はそのままだ。エルバッハと未悠はまだ救助から戻っていない。
 ──最大数の触手乱舞が、前衛全員に襲いかかる。
 勝算があるとすればやはりヤルダバオートが効果中、という事だろう。広範囲を何度も薙ぎ払う触手の群れの動きを結界が幾度か反らし、そして防御する。どうにか凌ぎきった彼らを、メアリが、賢四郎が、シトロンが癒す。だが、次にこれが来るときにはヤルダバオートは終わっているだろう……。
 そこに、排気音と共にスチールブルが到着する。
「市民たちはもう大丈夫です。大分距離は稼げました。後は彼らに誘導を任せてきました」
 エルバッハが鼓舞するように伝える。そうしてスチールブルから降りて戦況を確認して……。
「どこを狙えば?」
 尋ねる。メテオスウォームを撃ち込もうとした彼女だが、この状況ではどうやっても前衛を巻き込んでしまう。声をかけて下がらせるにも、そうすれば下がった者の攻撃がそのターン無駄になるわけで、この場合逆に効率が悪いだろう。結局ウィンドスラッシュがこの場合最適だった。
「……ここまできたら、本体を叩くべきだな」
 賢四郎が分析、決意してエルバッハに告げる。メアリもそこで、メルキセデクに本体への攻撃を命じた。
 未悠もそこへユノと共に飛び立ってくる。ユノに仲間の回復を命じると着地、メアリたちが相手取る触手へと向かう。
 真は相変わらず、シトロンの援護を受け透と共に猛攻を重ねていた。
 既にメアリと賢四郎によってダメージが重ねられていた、武器封じを行う触手が、未悠の攻撃も加わって千切れ飛ぶ。乱舞攻撃にこれで多少の安心が生まれたが……結局。本体の猛攻に振り切った真の判断が効を奏したと言うべきだろう。程なくして、歪虚は崩れ去っていったのだった。

 ……脅威と恐怖が消えて。
 あとはただ、悲しみだけが残った。
 戦いが終わるなりハンターたちは残りの救助作業に従事した。幻獣含め、回復が行えるものは重体者から中心に癒していくが……もはや並みの回復魔法では受け付けないほど深手を負った者も居る。手が施せず腕の中で消える命もあって……未悠は今度こそ、悔しさにうち震える。
 ──後に。市長は述べたが。それでも、ここから望みうる限り最大限の結果を残してくれたと。
 やがて、それも一段落する。
 メアリが、透へと近付いて、言った。
「他人を観察するのは自分でも悪い癖だと思うんですが、つい見てしまうんですよね。……戦闘中の貴方の顔に迷いか悩みか、何かが一瞬見えた気がしました」
 彼女の言葉に、透はぎょっと肩を震えさせた。
「私の中で伊佐美さんは大人で、しっかりしていて落ち着いて見えるなと。だからこそ、自分の悩みは置いておいて、周囲の状況を優先するそんな人かなという印象で。──まさに今、悩みを置いていませんか」
「……。いや、俺はそんな……」
「戦闘中に少しでも気になるって事は大事なことなんですよ、それは。こんな戦いの最中に、じゃなくて戦いの最中だからこそ。何が起こるか分らないときこそ、自分の大切な人や大切な事に向き合って、遠ざけないでぶつかるのが良いと私は思います」
 彼女の見解に、透は何か口を挟みたそうではあったが。メアリは空気を読まないのか敢えて無視するのか、怒濤の勢いで畳み掛ける。
「戦うのは、手段。そちらに意識をさきすぎて、終わった後に勝っても何も残らなかったら虚しいです。戦いの最中に、恋をしてる私みたいなのも居るんですから良いんですよ、それぐらい自由で。私はもちろん戦いますが、同時に後悔しないように気持ちを伝えて、全力で恋もします。……自分の想いを大切にして下さい」
 そこで、彼女の話は漸く終わったようで。
「ええと……うん」
 透は、ただ勢いに飲まれたかのように、とりあえずそう答えた。
 何というか、彼女の恋の話になって、透としての印象は、自分への忠告というより彼女自身の宣言に思えた。そして、それはまあ……頑張ってください、お相手は知りませんが、と、そんな風に思う。
「あの人こんなパワフルな人だったか?」
 総じて、ただ圧倒された。これまで何度か依頼で行き合った印象は、無表情で淡々とした印象だった、そのギャップもあって。
「まあ、私も詳しくは判らないけど……彼女は彼女で、一つ何か吹っ切ったのかなあ……?」
 聞かれた気がして真が答えた。ついでのように、彼もそのまま透に向き直る。
「きみはちょっと良い子すぎるよ。たまには我儘を言って、感情のままぶつかっても良いと思うんだ」
「君まで……俺は身勝手な奴だよ。これまで散々言ってきたじゃないか……」
 真の言葉に透は、消え行くような声で言って視線をまた、悲しみに染まる町へと向けた。
 世界は悲劇に包まれている。そんな中で。
「今は、伝えたいことがいつまでも伝えられるとは限らない世の中だからね」
 だからこそと、真は告げた。
 ……余計なお節介だと、真は自覚していた。それでも、放っておくことは出来なくて。
「……どうか、後悔の無い選択をしてほしい」
 そう言うと。
「後悔の無い選択なんて、あるのかな?」
 震える声で、透がポツリと言った。
「……え?」
「選ぶ時点で、どうしても、選ばなかった方は捨てることになるのに」
 真は透を見る。
「でも、選べるんだ! 俺は! もし紅の世界と蒼の世界、どちらか一つだけを選べと言われたら! 苦しいよ、だけど──もう迷わない。迷わないんだ!」
 ずっと、心の奥底にはあったのだ。夢のために、友を切り捨てることになるのかもしれない、という棘が。透に言わせれば、真もメアリも逆だ。自分はずっと我儘をし続けて、その結果……どうあっても選択になれば後悔するようにしてしまった。
「何も返せないって分かってて、それでもあいつの懐の広さに一方的に甘えてた。その始末をどう着ければいいんだろうな。……俺が考えないといけないのは、そこだよ」
 深刻な想いを受けて真はただ、胸の奥の空洞が吹き抜けていくのを感じていた。
 自分もいい加減、己の未来を決めなければならないのかもしれない。だけど。
 その内戦いの中で死ぬだろうとか、また忘れるんじゃないか、とか。
 思うのはそんなことばかりで──何も思い付かなかった。

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MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 矛盾に向かう理知への敬意
    初月 賢四郎(ka1046
    人間(蒼)|29才|男性|機導師
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    スチールブル
    スチールブル(ka2434unit002
    ユニット|車両
  • シグルドと共に
    未悠(ka3199
    人間(蒼)|21才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ペガサス
    ユノ(ka3199unit003
    ユニット|幻獣

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    シトロン
    シトロン(ka5819unit004
    ユニット|幻獣
  • 天使にはなれなくて
    メアリ・ロイド(ka6633
    人間(蒼)|24才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    メルキセデク
    メルキセデク(ka6633unit002
    ユニット|自動兵器

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
鞍馬 真(ka5819
人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2019/02/20 22:46:36
アイコン 相談卓
鞍馬 真(ka5819
人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2019/02/24 08:08:52
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/02/21 00:57:56