ゲスト
(ka0000)
王都、壁の外
マスター:柏木雄馬

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 寸志
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/01/16 22:00
- 完成日
- 2015/01/24 22:32
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「なぜだっ?! なぜ俺たちばかりこんな目に遭わなければならないんだっ?!」
小雨の降り落ちる王都の通称『第七街区』── 焼け落ちた住居、と呼ぶにはささやかな小屋の前で、膝をついた青年が絶望に打ちひしがれた声を上げた。
周辺には青年と同様に家や寄る辺を失い、呆然と立ち尽くす人たちがそこかしこに溢れていた。
彼らの住処──第七街区は、先のベリアルの侵攻に伴う戦災により破壊された。特に主戦場となった第六城壁南門周辺の被害は壊滅的と言ってもよかった。
「いったいいつになったら落ち着いて暮らせるようになるのか……」
憔悴し切った老人が呻く。彼ら第七街区に住む者の多くが、5年前のホロウレイドの戦いで故郷を失った者たちだった。そして今、再び生活基盤を失った。
ドニ・ドゥブレーもまた自嘲するように、焼け落ちた己の賭場を振り返った。──この地に辿り着いてより5年。無からものを積み上げていくことの何と難儀であったことか。そして、それが崩れ去る様の何と無常なることか……
「……で、第七街区の市民に対する王都の食糧支援は継続されるのですね、担当官殿?」
その感慨を。ドニは数瞬で封じ込めると、改めて王都の復興担当官に向き直った。
先の戦いにおいて烏合の衆と化したこの地区の人々を統率し、避難させて以降、王都の役人たちはこの地区で何か折衝事案が発生すると、ドニの元を訪れるようになっていた。他に適当な者もなく、そのままズルズルと『リーダーの真似事』を強いられている。
「城外の難民に対する施しは継続される。その点は安心するが良い」
ドニの問いに、復興担当官は鷹揚に頷いた。ドニよりずっと年下の若い役人──貴族出身のボンボンなのだろう。第七街区の担当という『ババを引かされた』不満と意欲のなさが所作に滲み出ている。
「だが、石材に関しては王都の街区が優先だ。こちらに回ってきた分も、全て街道沿いの復旧に使用される」
「……では、市内の復旧は? この季節、凍える者も出かねませんが?」
「王女殿下が直轄地の木材を切り出す許可を下された。それで凌げ」
その『下知』を最後に立ち去る担当官の一行を見送り…… ドニは忌々しげに唾を吐いた。
「さて、これからどうしやす?」
『補佐役』のアンドルー・バッセルが歩み寄り、指示を仰ぐ。
「暫くは配給頼みだ。公共事業たる城壁建設は再開の目途が立たない。つまり、街区に金は回らない」
「俺たちの『商売』はあがったりですね」
ドニはその通りだ、と舌を打った。だから、一刻も早く商売を再開できるよう、今出来ることをする。
「若い連中は、今、森か?」
「ええ。今頃は材木の切り出しと狩猟の最中でしょう。……良かったんですか? 確かあの森、王家の直轄だったはずですが」
「正式に許可が出た。そっちは心配しなくていい。連中が帰って来たらすぐに『市内』の巡回に出せ。俺のシマで好き勝手はさせるな。ウチの連中もだ。見つけたら相応の報いをくれてやれ」
ドニが厳しい──というより、凄みのある表情で言いつけると、アンドルーは「大丈夫でしょう」と微笑で応えた。
先の避難に際して、ドニの若い手下たちは自ら雑魔から逃げ遅れた人々の殿に立った。元々、こんな状況でさえなかったら身をやつす必要もなかった連中だ。中には人々に対して義務感めいたものを抱き始めた者もいる。
「因果な話だなぁ、おい、アンドルー。まったく…… まったく、何の因果か……」
笑み、というには複雑な表情で、ドニは曇天を仰いだ。
その小さな教会は、この第七街区に戻って来た避難民たちが真っ先に立て直したものだった。
焦げの残る木のテーブルや椅子、泥を塗り固めただけの壁── 焼け残った廃材をかき集めて再建された建物の中で、光取りのガラスの窓と尖塔の鐘だけがピカピカに光輝いている。
開かれたままの扉からドニが教会の中に入ると、一人の修道女が精霊に祈りを捧げている最中だった。彼女の名はマリアンヌ。シスターであると同時にこの教会を預かる身でもある。5年前の逃避行にて人々を励まし続けた司祭が病に倒れた後もこの地に残り、絶望に沈む人々のささやかな信仰の導き手を担っている。
ドニは中折れ帽をテーブルの上に置くと、教会のベンチに腰を掛けて彼女の祈りが終るのを待った。
人が入って来たことには気づいていたのだろう。彼女はドニを見ても驚きはしなかった。
「あら。誰かと思えばドニ・ドゥブレーさん」
「私のことをご存知で?」
「ええ。貴方は有名人ですからね。悪逆な賭場の親分さん?」
その辛辣な物言いに、ドニは「悪逆、ねぇ」と笑った。間抜けな話だが、以前、賭場でなけなしの財産をすった男がこの教会に逃げ込んだことがあった。すぐに若い者が取り立てに窺い、その際、多少の乱暴はあったらしいが…… こちらも客には決められた『ルール』には従ってもらわないと商売が成り立たない。
「こんな王都の法も司直も届かないような街で、あんたのような若い娘が男装もせずに往来を歩けるってぇのは、俺たちみたいなもんが睨みを利かせているからだと思うんだがねぇ」
「あなた方に都合の良い秩序、ですね」
シスターは肩を竦めると、ドニに本題に入るよう促した。反論がなかったことに拍子抜けしつつ、ドニも連絡事項を彼女に伝える。
「王都から配給される食糧の、この教会への割り当てを増やさせてもらう」
「……なぜです? 特別扱いは不要。皆と同じ配分で結構です」
「今回の戦で身寄りをなくしたガキ共を、ここで引き取って欲しい」
ドニの言葉に、今度こそシスターは驚いた。第七街区の様な町で真っ先に飢えて死ぬのは身寄りのない子供たちだ。この教会ではそういった子供たちを率先して引き取っている。だが、まさか、ドニのような男がその仲立ちをしようとは。
「いや、放っておくと奴等、食う為に徒党を組むんだ。そうなるとウチの秩序の障害になるだろう?」
「……なるほど。で、私は何人、子供たちを引き受ければ良いのです?」
「とりあえずは9人。こんなご時勢だ。また幾らか増えるかもしれないが」
ドニはそれだけ伝えると、椅子から立ち上がり帽子を手に取った。
なぜこのような小さな教会や子供たちを気にかけるのか。シスターの問いに暫し沈黙したドニは、「人には縋るものが必要だ」と答えた。特にこのような町にあっては。ああ、勿論、ドニの作る秩序の為に。
「貴方が皆の心の拠り所となってはいかがです? 見たところ、先の逃避行の時といい、人を率いることに慣れていらっしゃるようですが」
シスターのその言葉にドニは思わず振り返り── 故に、入り口から飛び込んできた若い者にドニは表情を見られずに済んだ。
「ドニさん! 雑魔だ! また生き残りの雑魔が出た! 廃墟に潜んでいやがった!」
ドニは無言で帽子を目深に被ると、部下に指示を出しながら教会を後にした。
小雨の降り落ちる王都の通称『第七街区』── 焼け落ちた住居、と呼ぶにはささやかな小屋の前で、膝をついた青年が絶望に打ちひしがれた声を上げた。
周辺には青年と同様に家や寄る辺を失い、呆然と立ち尽くす人たちがそこかしこに溢れていた。
彼らの住処──第七街区は、先のベリアルの侵攻に伴う戦災により破壊された。特に主戦場となった第六城壁南門周辺の被害は壊滅的と言ってもよかった。
「いったいいつになったら落ち着いて暮らせるようになるのか……」
憔悴し切った老人が呻く。彼ら第七街区に住む者の多くが、5年前のホロウレイドの戦いで故郷を失った者たちだった。そして今、再び生活基盤を失った。
ドニ・ドゥブレーもまた自嘲するように、焼け落ちた己の賭場を振り返った。──この地に辿り着いてより5年。無からものを積み上げていくことの何と難儀であったことか。そして、それが崩れ去る様の何と無常なることか……
「……で、第七街区の市民に対する王都の食糧支援は継続されるのですね、担当官殿?」
その感慨を。ドニは数瞬で封じ込めると、改めて王都の復興担当官に向き直った。
先の戦いにおいて烏合の衆と化したこの地区の人々を統率し、避難させて以降、王都の役人たちはこの地区で何か折衝事案が発生すると、ドニの元を訪れるようになっていた。他に適当な者もなく、そのままズルズルと『リーダーの真似事』を強いられている。
「城外の難民に対する施しは継続される。その点は安心するが良い」
ドニの問いに、復興担当官は鷹揚に頷いた。ドニよりずっと年下の若い役人──貴族出身のボンボンなのだろう。第七街区の担当という『ババを引かされた』不満と意欲のなさが所作に滲み出ている。
「だが、石材に関しては王都の街区が優先だ。こちらに回ってきた分も、全て街道沿いの復旧に使用される」
「……では、市内の復旧は? この季節、凍える者も出かねませんが?」
「王女殿下が直轄地の木材を切り出す許可を下された。それで凌げ」
その『下知』を最後に立ち去る担当官の一行を見送り…… ドニは忌々しげに唾を吐いた。
「さて、これからどうしやす?」
『補佐役』のアンドルー・バッセルが歩み寄り、指示を仰ぐ。
「暫くは配給頼みだ。公共事業たる城壁建設は再開の目途が立たない。つまり、街区に金は回らない」
「俺たちの『商売』はあがったりですね」
ドニはその通りだ、と舌を打った。だから、一刻も早く商売を再開できるよう、今出来ることをする。
「若い連中は、今、森か?」
「ええ。今頃は材木の切り出しと狩猟の最中でしょう。……良かったんですか? 確かあの森、王家の直轄だったはずですが」
「正式に許可が出た。そっちは心配しなくていい。連中が帰って来たらすぐに『市内』の巡回に出せ。俺のシマで好き勝手はさせるな。ウチの連中もだ。見つけたら相応の報いをくれてやれ」
ドニが厳しい──というより、凄みのある表情で言いつけると、アンドルーは「大丈夫でしょう」と微笑で応えた。
先の避難に際して、ドニの若い手下たちは自ら雑魔から逃げ遅れた人々の殿に立った。元々、こんな状況でさえなかったら身をやつす必要もなかった連中だ。中には人々に対して義務感めいたものを抱き始めた者もいる。
「因果な話だなぁ、おい、アンドルー。まったく…… まったく、何の因果か……」
笑み、というには複雑な表情で、ドニは曇天を仰いだ。
その小さな教会は、この第七街区に戻って来た避難民たちが真っ先に立て直したものだった。
焦げの残る木のテーブルや椅子、泥を塗り固めただけの壁── 焼け残った廃材をかき集めて再建された建物の中で、光取りのガラスの窓と尖塔の鐘だけがピカピカに光輝いている。
開かれたままの扉からドニが教会の中に入ると、一人の修道女が精霊に祈りを捧げている最中だった。彼女の名はマリアンヌ。シスターであると同時にこの教会を預かる身でもある。5年前の逃避行にて人々を励まし続けた司祭が病に倒れた後もこの地に残り、絶望に沈む人々のささやかな信仰の導き手を担っている。
ドニは中折れ帽をテーブルの上に置くと、教会のベンチに腰を掛けて彼女の祈りが終るのを待った。
人が入って来たことには気づいていたのだろう。彼女はドニを見ても驚きはしなかった。
「あら。誰かと思えばドニ・ドゥブレーさん」
「私のことをご存知で?」
「ええ。貴方は有名人ですからね。悪逆な賭場の親分さん?」
その辛辣な物言いに、ドニは「悪逆、ねぇ」と笑った。間抜けな話だが、以前、賭場でなけなしの財産をすった男がこの教会に逃げ込んだことがあった。すぐに若い者が取り立てに窺い、その際、多少の乱暴はあったらしいが…… こちらも客には決められた『ルール』には従ってもらわないと商売が成り立たない。
「こんな王都の法も司直も届かないような街で、あんたのような若い娘が男装もせずに往来を歩けるってぇのは、俺たちみたいなもんが睨みを利かせているからだと思うんだがねぇ」
「あなた方に都合の良い秩序、ですね」
シスターは肩を竦めると、ドニに本題に入るよう促した。反論がなかったことに拍子抜けしつつ、ドニも連絡事項を彼女に伝える。
「王都から配給される食糧の、この教会への割り当てを増やさせてもらう」
「……なぜです? 特別扱いは不要。皆と同じ配分で結構です」
「今回の戦で身寄りをなくしたガキ共を、ここで引き取って欲しい」
ドニの言葉に、今度こそシスターは驚いた。第七街区の様な町で真っ先に飢えて死ぬのは身寄りのない子供たちだ。この教会ではそういった子供たちを率先して引き取っている。だが、まさか、ドニのような男がその仲立ちをしようとは。
「いや、放っておくと奴等、食う為に徒党を組むんだ。そうなるとウチの秩序の障害になるだろう?」
「……なるほど。で、私は何人、子供たちを引き受ければ良いのです?」
「とりあえずは9人。こんなご時勢だ。また幾らか増えるかもしれないが」
ドニはそれだけ伝えると、椅子から立ち上がり帽子を手に取った。
なぜこのような小さな教会や子供たちを気にかけるのか。シスターの問いに暫し沈黙したドニは、「人には縋るものが必要だ」と答えた。特にこのような町にあっては。ああ、勿論、ドニの作る秩序の為に。
「貴方が皆の心の拠り所となってはいかがです? 見たところ、先の逃避行の時といい、人を率いることに慣れていらっしゃるようですが」
シスターのその言葉にドニは思わず振り返り── 故に、入り口から飛び込んできた若い者にドニは表情を見られずに済んだ。
「ドニさん! 雑魔だ! また生き残りの雑魔が出た! 廃墟に潜んでいやがった!」
ドニは無言で帽子を目深に被ると、部下に指示を出しながら教会を後にした。
リプレイ本文
王都の民の心胆を寒からしめたベリアルの襲撃から2ヶ月── 日常を取り戻し始めた王都の往来を、支援物資を載せた馬車の車列が第七街区へ出発した。
その数は10台以上。第五、第六街区の教会が中心となって集めたもので、ボランティアのハンターたちが護衛を兼ねて同行していた。
纏め役はエルフの貴族、セレス(=Celestine(ka0107))。元王国騎士のユナイテル・キングスコート(ka3458)が騎乗にて先導し。先頭の馬車には陽菜=A=カヤマ(ka3533)やシアーシャ(ka2507)がちょこんと腰を掛けている。
隊列は大街道を南下し、やがて、第六城壁南門から王都の外へ出た。
まず最初に目に入ったのは、急ピッチで復旧が進む大街道沿いの様子──
だが、道を一本、奥にと入ると、その情景は一変した。
焼け落ちた街並、一面に広がるテントとバラック── 人々は虚ろな表情で往来のそこかしこに力なく座り込んでいる……
「噂には聞いていたものの…… ここまでの有様とは……」
「王都の戦いに参加していた時は無我夢中で気がつきませんでした。随分と被害が出てしまいましたのね……」
第七街区の惨状に眉をひそめるユナイテル。陽菜もまた口に手を当て、息を呑む。
(王都は自分が生まれ育った街…… だというのに)
ユナイテルは頭を振った。
自分はこの第七街区について殆ど何も知らなかった──これは恥ずべきことだ。貴族の末席に身を連ねるものとして、そして、民をこそ守るべき騎士として──
反省しなければならない。そして、現実がどのようなものか、その目でしっかりと確かめなければ……
「私、Celestineと申します。単刀直入に申し上げますと、この一帯の復興を支援させていただきたく参上いたしました」
他地区へ向かう一団と分かれてドニの『事務所』前に到着すると、纏め役たるセレスは臆する事なく中へと入り、優雅にそう一礼してみせた。
板で壁を、防水布で屋根を応急しただけの粗末な建物──手前のソファー(ということにしておこう)に座ってこちらを見たのがアンドルー、奥のデスク(ということに以下略)で顔も上げずに書類に向かい合っているのがドニだろう、と当たりをつける。
続いて中に入った陽菜はさり気なく室内を観察した。──無駄も虚飾もない実務的な空間。実際的な男なのだろう。この地区の人々からは活気めいた何か──恐らくは復興への意欲──が見て取れた。それがこのドニの手腕によるものならば、少なくとも無能な男ではない。
「色々と持って来たのですが…… 何分、人の手が足りません。どなたかお手伝いできそうな方をご紹介していただけますとありがたいのですが……」
セレスは取り出した目録にそっと封筒の様なものを挟み込むと、「何の準備もなしに押しかけてしまいまして……」と謝りながらそれをアンドルーへと差し出した。
アンドルーはニヤリと笑った。商売人が地元の有力者と誼を結ぼうとするのは良くある話だ。
「わかっているじゃないか、お嬢さん。で、俺たちは誰に、どんな便宜を図ればよいのかな?」
アンドルーの問い掛けに、セレスは「何も」と答えた。先程の金子はドニの縄張りで活動する事に対する『挨拶』みたいなものだ。自分たちは誰の使い走りでもない。よって特別に計らって欲しいような『便宜』もない。
「なら、そいつは受け取れねぇよ。純粋な人の善意、ってやつの上前をはねるほど落ちぶれちゃいねぇつもりだ」
書類から顔を挙げ、ドニが言う。セレスも陽菜と目配せ、続ける。
「そうは申されましても、私もMontfort家の女。一度差し出したものをつき返されても困ります。人手を集めていただく手間賃としてお納め願いませんか?」
「一声かけるだけだ。手間なんてねぇよ。だが、そうだな…… 寄付金だっていうのなら、教会のシスターへ回しておく」
セレスの面子を慮ったのだろう。押し問答の末、ドニはようやく目録を受け取った。
どうやら信頼に足る男であるらしい── 陽菜とセレスは持って来た物資の配分はドニに一任すると伝えると、事務所から外に出た。
「不思議な方ですのね、ドニさんって…… 何となく気になります」
馬車へ向かいつつ呟く陽菜。それを聞いたシアーシャが、頭の中で妄想を一周させて訊ねる。
「恋なのっ?! 一目惚れなのっ?! そんなに素敵なオジサマだったのっ?!」
「いえ、気になったというのは雰囲気が少し父に似ていたからで」
なぁんだ、とがっくりするシアーシャ。陽菜ははたと気がついた。
父に似た男──そうか。だから、何か反発めいたものを感じていたのか……
●
翌日、午後。第七街区某所、廃墟──
焼け落ちた建物の窓から中の様子を窺って…… シアーシャは手信号──というには大きな身振り手振りでもって、仲間たちに歪虚の存在を報せた。
小型の雑魔。数は4── 報告を受けたユナイテルとラスティ(ka1400)が頷き、青年たちをその場に残して自分たちだけで前に出る。
かつては扉があったであろう出入り口の左右に取り付き、カウントダウン。Nowと同時に敵へ銃撃を仕掛けるラスティの横を、剣を抜いたユナイテルが室内へと突入する……
「こんなのまで雑魔になってんのか……」
廃墟に巣食っていた雑魔を掃討し終えて── 床に転がった鶏の死骸を見下ろし、ラスティは呟いた。
「おそらくは住人が食用に飼っていたものでしょう。避難の際に残され、歪虚化したものでしょうが……」
感慨と共に頷くユナイテル。──主をなくした廃墟の跡。かつての生活の痕跡を見て取るにつけ、やるせない気持ちが湧き起こる……
「お疲れ様です、ユナイテルさん。お疲れ、ラスティ」
そこに、木材を肩に担いだドニの部下や街区の青年たちを連れて、ラスティの『姉』、椿姫・T・ノーチェ(ka1225)がやって来た。
すぐに焼け残った廃材を撤去し始める青年たち。この地区の復旧の妨げになっていた雑魔はハンターたちが排除した。彼らが建設の手伝いを始めて以降、復旧のスピードは急速に上がりつつある。
「人が心穏やかに過ごすには、衣・食・住が満たされることが望ましいからな…… 衣に関してはまだ難しい。食は当面心配ない。となればまず重視すべきは住だろう」
ラスティが呟くと、椿姫がからかうような、だが、どこか嬉しそうな表情で『弟』の事を眺めていた。
「……ボランティアなんてガラじゃない、って言ってなかったっけ?」
「……王国ユニオンにはいつも世話になってるしな。たまには恩返しも悪くねぇ」
途中でらしくないと気づいたのか、ばりばりと頭を掻いてその場を離れるラスティ。その背を微笑で見送りながら、椿姫もまた作業へ戻る……
「第七街区の人が絶望しているのは、何もかも失ってしまったってこともあるけど…… 王都の人たちから見捨てられてるっていう想いが強いからじゃないかな……?」
視察──と言う名の散歩に訪れたドニに、休憩中のシアーシャが作業を見守りつつ訊ねた。
「ここに来る前、あたし、王都でお手伝いをしてくれる人を探したたんだよ? でも……」
第七街区に救いの手を! と書かれた看板を前後に提げ、それでは足りぬとばかりに巨大な看板を手に王都の往来を歩いたシアーシャ── だが、興味を持って集まってくれた人の中でも、その呼びかけに応じてくれる者は殆どいなかった。
「それに、ほら、あの復興担当官…… どうやって決めているのかな? もっとやる気のある人に変えてもらえないのかな?」
シアーシャの問いに、ドニは「そうだなぁ……」と呟いた。
「役職には限りがある。復興担当と言う降って湧いたような臨時の役でも、とりあえずこなせば箔はつくからな。何より復興担当は色々と『旨み』も多い。建設、物資、物流、諸々、それらに関わる商人たちが群がってくる。やりたがる奴は多いさ」
もっとも、避難民だらけの第七街区に旨みなど殆どないから、競争を勝ち抜き担当官になってみれば選りに選って第七街区── こんなはずじゃなかった、というのがあの担当官の本音だろう。
憤るシアーシャ。ドニは笑う。
「なに、無能なら無能なりに価値はある。勝手にやれというのなら、少なくとも邪魔はされない」
「衛生状態が悪いと様々な支障を来すんです。食事をする場所とトイレ、治療を行う場所は清潔にしていなければいけません」
手元の地図──街の復興計画書と実地を見比べながら、椿姫は現場の式を担当するドニの若い部下にそう指摘した。
軍隊で衛生管理の部門にいた椿姫は、彼らに衛生面でアドバイスをする立場についていた。ラスティが意趣返しに「専門家だ」と大仰に紹介した為だ。
(まぁ、誰かが指摘しなければならないことではあるのだけど……)
思いつつ、生真面目に問題点を洗い出す椿姫。──トイレに関しては既に糞尿を溜め込まず、定期的に畑の肥料として汲み取る体制が出来ていた。問題は診療所だ。
「安全に治療を行える場所は?」
椿姫は腕を組んで思案した。……確か、教会が復旧を終えていたはず。とりあえずはそこに簡易的な治療拠点を設営させてもらうべきか……?
現場を確認すべく、椿姫は教会へ向かう事にした。
女性の一人歩きは、と同行を申し出るユナイテル。そんなタマじゃないんだがな、と毒づきながらも、ラスティもついてくる。
移動の途中、近くの路地で悲鳴が上がって、椿姫が誰よりも早く飛び出した。慌てて騎乗し、後を追うユナイテル。ラスティはゆっくり歩いて後を追った。この辺りの雑魔は掃討済みだった。となれば人同士のごたごただ。
辿り着いてみれば案の定、複数の男が老婆の持つ支援物資の袋を奪おうとしているところだった。
(人か……!)
それを見たユナイテルは一瞬、躊躇し…… だが、すぐに覚悟を決めて抜剣した。確かに彼らも自分などには分からぬ苦境にあるのかもしれない。だが、だからといって他者の権利や財産を奪っていい理由にはなりえない。
椿姫は何も言わずに一気に間合いを詰めると、一番近くにいた男の腕を取って投げ飛ばした。怯みつつ、なんだ、てめぇ! と凄む男たち。そこへユナイテルが騎馬で背後から路地へと突入する。
「そこまでだ、下郎!」
「騎士だ!」
不意をつかれ、慌てふためき逃げ散る男たち。駆けつけて来たドニ配下の若い男たちが、目配せをしてその後を追う。
「『隣町』の連中ですね。恐らくこちらに支援物資が届いたと聞き及んだのでしょう」
「急なこととは言え、余所者が差し出がましくも場を騒がせてしまいました。申し訳ありません」
ユナイテルが下馬して謝ると、若い男は「いえ、こちらこそ、お手を煩わせてしまいまして」、と頭を下げた。……恐らく犯人たちは逃げられないだろう。その後、彼らがどうなるのかは、聞かないでおくことにする。
椿姫は座り込んで泣く老婆の元に歩み寄った。その背後に無言でラスティが立つ。
「どうして…… なぜ私らばかりこんな目に……」
むせびなく老婆の肩を、椿姫はそっと抱いた。
「……いつまでもこんな日ばかりではないです。きっとご苦労が報われる日がきます。いつか、必ず。絶対に……」
●
「生活に必要な衣食住…… とりわけ食ですわよね! 腹が減っては戦はできぬ、なのですわ!」
翌日、教会── 持参した支援物資を元に行われた炊き出しの会場で、陽菜はそう拳を握ってやる気を漲らせた。
「皆様、物資は十分な量がありますから、お急ぎになら荷でくださいましね!」
朝早くから並んだ人々に対し、セレスが声を涸らして呼びかける。それを見たユナイテルは驚き、目を見開いた。
(ノブレス・オブリージュですか…… なるほど。王国も多くの貴族がこうあれば良いのですが)
ユナイテルは頷くと自らも配膳に加わった。慣れぬ作業ゆえ、どうにも笑顔がぎこちなくなってはしまうが。
「あ、トーマスさん、こんにちは! 今日は楽しんでいってくださいね! フィリップさん、腰の具合はもう良いんですか?」
満面の笑みでひとりひとり名前を呼びながら物資を手渡すシアーシャ。覚えたのですか、と驚くユナイテル。シアーシャは頷き、照れた様に笑った。彼女は積極的に街区に出かけ、動くことが億劫な独り身の老人たちに物資を届けて回っていたのだ。
今回の炊き出しの話を聞いて、彼らは自発的に小屋から出かけた。恐らくは孫に会いに来るような心持ちであったのだろう……
炊き出しが終ると、椿姫は愛犬のレトと共に教会の子供たちとリアルブルーの遊戯で遊んだ。ルールは一緒に遊びながら教えた。童心に返ったようにはしゃぐ姉の姿をラスティは傍から眺めていたが、すぐに巻き込まれて子供たちに集られる。
陽菜はシスターたちと片付けを終えると、畑仕事を手伝った。
「農具って、意外と重いのですね……」
リアルブルーでは都会暮らし。初めて手にした鍬をへっぴり腰で振り上げながら…… 新鮮な驚きと共に、気合を入れて振り下ろす。
料理にも初めて挑戦した。人々の負担になってはいけない、と持参した食材で作ったサンドイッチ。ただ切り、挟むだけだというのに、見た目は見れたものではなかったが。
「この僅か数日の体験だけでも、自分が生きてきた世界がいかに狭いものだったかが良く分かりました」
セレスと共についた午後の茶会で感慨を零すユナイテル。なら価値がありましたわね、とセレスは返した。とは言え、本当の貧民街というのはこんなに生易しいものではないのだけれど……
「俺たちも、孤児院で育ったんだ」
遊びつかれた子供たちに告げるラスティ。それで励ませるとは思っていない。だが、世界がこの教会の中だけではないことを── 第七街区だけではないことは知っていて欲しかった。
人には縋るものが必要、というのは理解できる。必要なのだ。希望と言うものは。
「きっと。必ず。絶対…… そんな言葉で希望を与えることは、悪いことではないと思います。絶対、なんてものが存在しないことは分かっています。それでも私は言い続けます。その道を歩むことから決して逃げません。……後悔はしたくありませんから」
レトの背を撫でながら夕陽に染まった空を見上げる。
「……強く、生きたいよな」
ラスティも天を仰いだ。
「王都は街区ごとに壁で区切られてはいるけれど…… 人と人の心の壁なら取り払えると思うんです!」
なんか近くに来ていたドニを目敏く見つけて、シアーシャは力強く言った。
彼女が王都で行った寄付活動は確かに成功とは言いがたかった。だが、それでも。決してたくさんではなかったけれど…… 第七街区のことを他人事じゃないって思っている人は、確かにいたのだ。
「困っている時には助け合えるお友達が、いつか、きっと! 王都の中に、一人でも多く…… 必ず、できるはずだから!」
その数は10台以上。第五、第六街区の教会が中心となって集めたもので、ボランティアのハンターたちが護衛を兼ねて同行していた。
纏め役はエルフの貴族、セレス(=Celestine(ka0107))。元王国騎士のユナイテル・キングスコート(ka3458)が騎乗にて先導し。先頭の馬車には陽菜=A=カヤマ(ka3533)やシアーシャ(ka2507)がちょこんと腰を掛けている。
隊列は大街道を南下し、やがて、第六城壁南門から王都の外へ出た。
まず最初に目に入ったのは、急ピッチで復旧が進む大街道沿いの様子──
だが、道を一本、奥にと入ると、その情景は一変した。
焼け落ちた街並、一面に広がるテントとバラック── 人々は虚ろな表情で往来のそこかしこに力なく座り込んでいる……
「噂には聞いていたものの…… ここまでの有様とは……」
「王都の戦いに参加していた時は無我夢中で気がつきませんでした。随分と被害が出てしまいましたのね……」
第七街区の惨状に眉をひそめるユナイテル。陽菜もまた口に手を当て、息を呑む。
(王都は自分が生まれ育った街…… だというのに)
ユナイテルは頭を振った。
自分はこの第七街区について殆ど何も知らなかった──これは恥ずべきことだ。貴族の末席に身を連ねるものとして、そして、民をこそ守るべき騎士として──
反省しなければならない。そして、現実がどのようなものか、その目でしっかりと確かめなければ……
「私、Celestineと申します。単刀直入に申し上げますと、この一帯の復興を支援させていただきたく参上いたしました」
他地区へ向かう一団と分かれてドニの『事務所』前に到着すると、纏め役たるセレスは臆する事なく中へと入り、優雅にそう一礼してみせた。
板で壁を、防水布で屋根を応急しただけの粗末な建物──手前のソファー(ということにしておこう)に座ってこちらを見たのがアンドルー、奥のデスク(ということに以下略)で顔も上げずに書類に向かい合っているのがドニだろう、と当たりをつける。
続いて中に入った陽菜はさり気なく室内を観察した。──無駄も虚飾もない実務的な空間。実際的な男なのだろう。この地区の人々からは活気めいた何か──恐らくは復興への意欲──が見て取れた。それがこのドニの手腕によるものならば、少なくとも無能な男ではない。
「色々と持って来たのですが…… 何分、人の手が足りません。どなたかお手伝いできそうな方をご紹介していただけますとありがたいのですが……」
セレスは取り出した目録にそっと封筒の様なものを挟み込むと、「何の準備もなしに押しかけてしまいまして……」と謝りながらそれをアンドルーへと差し出した。
アンドルーはニヤリと笑った。商売人が地元の有力者と誼を結ぼうとするのは良くある話だ。
「わかっているじゃないか、お嬢さん。で、俺たちは誰に、どんな便宜を図ればよいのかな?」
アンドルーの問い掛けに、セレスは「何も」と答えた。先程の金子はドニの縄張りで活動する事に対する『挨拶』みたいなものだ。自分たちは誰の使い走りでもない。よって特別に計らって欲しいような『便宜』もない。
「なら、そいつは受け取れねぇよ。純粋な人の善意、ってやつの上前をはねるほど落ちぶれちゃいねぇつもりだ」
書類から顔を挙げ、ドニが言う。セレスも陽菜と目配せ、続ける。
「そうは申されましても、私もMontfort家の女。一度差し出したものをつき返されても困ります。人手を集めていただく手間賃としてお納め願いませんか?」
「一声かけるだけだ。手間なんてねぇよ。だが、そうだな…… 寄付金だっていうのなら、教会のシスターへ回しておく」
セレスの面子を慮ったのだろう。押し問答の末、ドニはようやく目録を受け取った。
どうやら信頼に足る男であるらしい── 陽菜とセレスは持って来た物資の配分はドニに一任すると伝えると、事務所から外に出た。
「不思議な方ですのね、ドニさんって…… 何となく気になります」
馬車へ向かいつつ呟く陽菜。それを聞いたシアーシャが、頭の中で妄想を一周させて訊ねる。
「恋なのっ?! 一目惚れなのっ?! そんなに素敵なオジサマだったのっ?!」
「いえ、気になったというのは雰囲気が少し父に似ていたからで」
なぁんだ、とがっくりするシアーシャ。陽菜ははたと気がついた。
父に似た男──そうか。だから、何か反発めいたものを感じていたのか……
●
翌日、午後。第七街区某所、廃墟──
焼け落ちた建物の窓から中の様子を窺って…… シアーシャは手信号──というには大きな身振り手振りでもって、仲間たちに歪虚の存在を報せた。
小型の雑魔。数は4── 報告を受けたユナイテルとラスティ(ka1400)が頷き、青年たちをその場に残して自分たちだけで前に出る。
かつては扉があったであろう出入り口の左右に取り付き、カウントダウン。Nowと同時に敵へ銃撃を仕掛けるラスティの横を、剣を抜いたユナイテルが室内へと突入する……
「こんなのまで雑魔になってんのか……」
廃墟に巣食っていた雑魔を掃討し終えて── 床に転がった鶏の死骸を見下ろし、ラスティは呟いた。
「おそらくは住人が食用に飼っていたものでしょう。避難の際に残され、歪虚化したものでしょうが……」
感慨と共に頷くユナイテル。──主をなくした廃墟の跡。かつての生活の痕跡を見て取るにつけ、やるせない気持ちが湧き起こる……
「お疲れ様です、ユナイテルさん。お疲れ、ラスティ」
そこに、木材を肩に担いだドニの部下や街区の青年たちを連れて、ラスティの『姉』、椿姫・T・ノーチェ(ka1225)がやって来た。
すぐに焼け残った廃材を撤去し始める青年たち。この地区の復旧の妨げになっていた雑魔はハンターたちが排除した。彼らが建設の手伝いを始めて以降、復旧のスピードは急速に上がりつつある。
「人が心穏やかに過ごすには、衣・食・住が満たされることが望ましいからな…… 衣に関してはまだ難しい。食は当面心配ない。となればまず重視すべきは住だろう」
ラスティが呟くと、椿姫がからかうような、だが、どこか嬉しそうな表情で『弟』の事を眺めていた。
「……ボランティアなんてガラじゃない、って言ってなかったっけ?」
「……王国ユニオンにはいつも世話になってるしな。たまには恩返しも悪くねぇ」
途中でらしくないと気づいたのか、ばりばりと頭を掻いてその場を離れるラスティ。その背を微笑で見送りながら、椿姫もまた作業へ戻る……
「第七街区の人が絶望しているのは、何もかも失ってしまったってこともあるけど…… 王都の人たちから見捨てられてるっていう想いが強いからじゃないかな……?」
視察──と言う名の散歩に訪れたドニに、休憩中のシアーシャが作業を見守りつつ訊ねた。
「ここに来る前、あたし、王都でお手伝いをしてくれる人を探したたんだよ? でも……」
第七街区に救いの手を! と書かれた看板を前後に提げ、それでは足りぬとばかりに巨大な看板を手に王都の往来を歩いたシアーシャ── だが、興味を持って集まってくれた人の中でも、その呼びかけに応じてくれる者は殆どいなかった。
「それに、ほら、あの復興担当官…… どうやって決めているのかな? もっとやる気のある人に変えてもらえないのかな?」
シアーシャの問いに、ドニは「そうだなぁ……」と呟いた。
「役職には限りがある。復興担当と言う降って湧いたような臨時の役でも、とりあえずこなせば箔はつくからな。何より復興担当は色々と『旨み』も多い。建設、物資、物流、諸々、それらに関わる商人たちが群がってくる。やりたがる奴は多いさ」
もっとも、避難民だらけの第七街区に旨みなど殆どないから、競争を勝ち抜き担当官になってみれば選りに選って第七街区── こんなはずじゃなかった、というのがあの担当官の本音だろう。
憤るシアーシャ。ドニは笑う。
「なに、無能なら無能なりに価値はある。勝手にやれというのなら、少なくとも邪魔はされない」
「衛生状態が悪いと様々な支障を来すんです。食事をする場所とトイレ、治療を行う場所は清潔にしていなければいけません」
手元の地図──街の復興計画書と実地を見比べながら、椿姫は現場の式を担当するドニの若い部下にそう指摘した。
軍隊で衛生管理の部門にいた椿姫は、彼らに衛生面でアドバイスをする立場についていた。ラスティが意趣返しに「専門家だ」と大仰に紹介した為だ。
(まぁ、誰かが指摘しなければならないことではあるのだけど……)
思いつつ、生真面目に問題点を洗い出す椿姫。──トイレに関しては既に糞尿を溜め込まず、定期的に畑の肥料として汲み取る体制が出来ていた。問題は診療所だ。
「安全に治療を行える場所は?」
椿姫は腕を組んで思案した。……確か、教会が復旧を終えていたはず。とりあえずはそこに簡易的な治療拠点を設営させてもらうべきか……?
現場を確認すべく、椿姫は教会へ向かう事にした。
女性の一人歩きは、と同行を申し出るユナイテル。そんなタマじゃないんだがな、と毒づきながらも、ラスティもついてくる。
移動の途中、近くの路地で悲鳴が上がって、椿姫が誰よりも早く飛び出した。慌てて騎乗し、後を追うユナイテル。ラスティはゆっくり歩いて後を追った。この辺りの雑魔は掃討済みだった。となれば人同士のごたごただ。
辿り着いてみれば案の定、複数の男が老婆の持つ支援物資の袋を奪おうとしているところだった。
(人か……!)
それを見たユナイテルは一瞬、躊躇し…… だが、すぐに覚悟を決めて抜剣した。確かに彼らも自分などには分からぬ苦境にあるのかもしれない。だが、だからといって他者の権利や財産を奪っていい理由にはなりえない。
椿姫は何も言わずに一気に間合いを詰めると、一番近くにいた男の腕を取って投げ飛ばした。怯みつつ、なんだ、てめぇ! と凄む男たち。そこへユナイテルが騎馬で背後から路地へと突入する。
「そこまでだ、下郎!」
「騎士だ!」
不意をつかれ、慌てふためき逃げ散る男たち。駆けつけて来たドニ配下の若い男たちが、目配せをしてその後を追う。
「『隣町』の連中ですね。恐らくこちらに支援物資が届いたと聞き及んだのでしょう」
「急なこととは言え、余所者が差し出がましくも場を騒がせてしまいました。申し訳ありません」
ユナイテルが下馬して謝ると、若い男は「いえ、こちらこそ、お手を煩わせてしまいまして」、と頭を下げた。……恐らく犯人たちは逃げられないだろう。その後、彼らがどうなるのかは、聞かないでおくことにする。
椿姫は座り込んで泣く老婆の元に歩み寄った。その背後に無言でラスティが立つ。
「どうして…… なぜ私らばかりこんな目に……」
むせびなく老婆の肩を、椿姫はそっと抱いた。
「……いつまでもこんな日ばかりではないです。きっとご苦労が報われる日がきます。いつか、必ず。絶対に……」
●
「生活に必要な衣食住…… とりわけ食ですわよね! 腹が減っては戦はできぬ、なのですわ!」
翌日、教会── 持参した支援物資を元に行われた炊き出しの会場で、陽菜はそう拳を握ってやる気を漲らせた。
「皆様、物資は十分な量がありますから、お急ぎになら荷でくださいましね!」
朝早くから並んだ人々に対し、セレスが声を涸らして呼びかける。それを見たユナイテルは驚き、目を見開いた。
(ノブレス・オブリージュですか…… なるほど。王国も多くの貴族がこうあれば良いのですが)
ユナイテルは頷くと自らも配膳に加わった。慣れぬ作業ゆえ、どうにも笑顔がぎこちなくなってはしまうが。
「あ、トーマスさん、こんにちは! 今日は楽しんでいってくださいね! フィリップさん、腰の具合はもう良いんですか?」
満面の笑みでひとりひとり名前を呼びながら物資を手渡すシアーシャ。覚えたのですか、と驚くユナイテル。シアーシャは頷き、照れた様に笑った。彼女は積極的に街区に出かけ、動くことが億劫な独り身の老人たちに物資を届けて回っていたのだ。
今回の炊き出しの話を聞いて、彼らは自発的に小屋から出かけた。恐らくは孫に会いに来るような心持ちであったのだろう……
炊き出しが終ると、椿姫は愛犬のレトと共に教会の子供たちとリアルブルーの遊戯で遊んだ。ルールは一緒に遊びながら教えた。童心に返ったようにはしゃぐ姉の姿をラスティは傍から眺めていたが、すぐに巻き込まれて子供たちに集られる。
陽菜はシスターたちと片付けを終えると、畑仕事を手伝った。
「農具って、意外と重いのですね……」
リアルブルーでは都会暮らし。初めて手にした鍬をへっぴり腰で振り上げながら…… 新鮮な驚きと共に、気合を入れて振り下ろす。
料理にも初めて挑戦した。人々の負担になってはいけない、と持参した食材で作ったサンドイッチ。ただ切り、挟むだけだというのに、見た目は見れたものではなかったが。
「この僅か数日の体験だけでも、自分が生きてきた世界がいかに狭いものだったかが良く分かりました」
セレスと共についた午後の茶会で感慨を零すユナイテル。なら価値がありましたわね、とセレスは返した。とは言え、本当の貧民街というのはこんなに生易しいものではないのだけれど……
「俺たちも、孤児院で育ったんだ」
遊びつかれた子供たちに告げるラスティ。それで励ませるとは思っていない。だが、世界がこの教会の中だけではないことを── 第七街区だけではないことは知っていて欲しかった。
人には縋るものが必要、というのは理解できる。必要なのだ。希望と言うものは。
「きっと。必ず。絶対…… そんな言葉で希望を与えることは、悪いことではないと思います。絶対、なんてものが存在しないことは分かっています。それでも私は言い続けます。その道を歩むことから決して逃げません。……後悔はしたくありませんから」
レトの背を撫でながら夕陽に染まった空を見上げる。
「……強く、生きたいよな」
ラスティも天を仰いだ。
「王都は街区ごとに壁で区切られてはいるけれど…… 人と人の心の壁なら取り払えると思うんです!」
なんか近くに来ていたドニを目敏く見つけて、シアーシャは力強く言った。
彼女が王都で行った寄付活動は確かに成功とは言いがたかった。だが、それでも。決してたくさんではなかったけれど…… 第七街区のことを他人事じゃないって思っている人は、確かにいたのだ。
「困っている時には助け合えるお友達が、いつか、きっと! 王都の中に、一人でも多く…… 必ず、できるはずだから!」
依頼結果
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相談卓 ラスティ(ka1400) 人間(リアルブルー)|20才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2015/01/15 16:36:06 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/01/11 01:45:15 |