• 王戦

【王戦】大侵攻──ハルトフォート南の攻防

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
8~12人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/02/28 19:00
完成日
2019/03/09 16:01

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 それは嵐にうねる夜の海の様なものだった。
 押し寄せる波の一つ一つが軍勢。それはただ一点を──ハルトフォート砦を目指して押し寄せていた。
 ハルトフォート司令ラーズスヴァンは、砦の駐留部隊を出撃させ、砦近郊の地域に防衛線を展開した。そして、その間に砦の民間人を避難させると同時に、籠城に必要な物資を可能な限り運び込ませた。
 新たに砦に搬入させた物資の多くは弾薬だった。ハルトフォート工廠もフル稼働でそれを生産し続けていた。
 王国に、鉄の暴虐の時代が訪れようとしていた。
 砲兵が戦場の女神となる、そんな時代が──


「目標、敵正面! 突撃破砕射撃、始め!」
 Volcanius隊を率いるリズ・マレシャルの号令と共に、戦場に轟雷の如き轟音が轟然と轟いた。
 野戦陣地の中で砲列を並べたゴーレムが一斉に始めた釣瓶撃ち──放たれた砲弾の豪雨は、怒涛の勢いで押し寄せて来る敵集団の先頭部に着弾し、次々と炸裂の花を咲かせた。
 煮え立つ湯の泡の如くその花弁が開く度に、周囲の敵勢がバタバタと薙ぎ倒された。撒き散らされた破片が肉も骨も鎧も装甲板ものべつ幕無しに吹き飛ばし。異界の兵も魔獣も古代兵器も全て一緒くたに、意味も価値も喪失した『何か』へと変えていった。
 それでも生き残った敵兵は砲弾の豪雨の中を怯む事無く突撃し、陣地へと突入──しようとした所で鉄条網に阻まれた。そこへ塹壕に籠った銃兵たちが一斉射撃を浴びせ掛け、最後に残った勇敢な敵兵たちも瞬く間に撃ち倒されていった。
「……なんだ、これは……」
 敵の前線指揮官が慄いた。
 味方の騎士たちも呻いた。
 彼らが何もする間もなく、戦いは終わっていた。彼らが何かをする間もなく、膨大な数の死と破壊が戦場に溢れ出していた。このような戦いは──いや、そもこれは戦いと呼べるのか? ──見た事がなかった。
 敵の前線指揮官は、将たる傲慢の歪虚に攻撃の一時中止を上申した。彼はハルトフォートで戦死して歪虚となった飛翔騎士の生き残りで、王国騎士時代から実際的な判断が出来る騎士であった。
 傲慢の将は却下した。彼は人間相手に策を弄する要を認めていなかった。数に任せて圧し潰すよう命令し、結果、二度にわたって死体の山を積み上げた。遂には自ら敵陣へと乗り込んでいった彼だったが、陣地を半ばまで斬り裂いたところでハンターたちによって討ち取られた。
 指揮権を引き継いだ敵飛翔騎士はすぐに攻撃を中止した。そして、味方を敵陣地の前から一斉に退かせ始めた。
 陣地の兵たちはポカンとその光景を見送った。やがて、自分たちの勝利を実感すると、雄叫びの様な歓声を二度三度、高らかに謳い上げた。
「……どうにか間に合ったわね」
 そんな中、リズ・マレシャルは冷や汗を拭った。去年10月に王立学園騎士砲兵科を卒業し、ハルトフォート砦機動砲兵隊に配属されたVolcanius隊の小隊長── Volcaniusの運用に関して専門教育を受けた最初の士官の一人である。
 その彼女が指揮して尚、部隊は手持ちの砲弾の殆どをただの一戦で使い果たし掛けていた。今回の勝利は圧倒的に見えて、実のところは薄氷を踏むものだった。
「Gnomeによる野戦築城が間に合って良かったな。あの鉄条網? あれが無ければヤバかったかも知れん」
 捜索騎兵小隊長のハーマン・T・シェルヴィーがそう言ってリズに同意を示した。リズと同じ王立学園騎士砲兵科の出身で、学生時代は同じ班に属していた。元騎士科の貴族の子弟で、最初は得体の知れぬ新兵科への転科を不満に思っていたが、ハンターたちの教育により今では自分の任務の重大性をしっかりと認識している。
「ともかくすぐに砲弾の補給と陣地の修復の手配を。敵は戦力が有り余っているらしいから、すぐにまたやって来るわ」
 リズやハーマンらの手当は早かった。すぐに部隊手持ちの輜重部隊を呼び寄せてVolcaniusの腹を満たしつつ、後方の物資集積場にも早馬を送って追加の補給を手配した。
 だが、敵がやって来るより早く、戦いは再開されることとなった。軍の将たるルイ・シェロン伯爵が主力による追撃を決断し、リズ率いるVolcanius隊にもその支援を命じたからである。
「陣地を出て敵を追う!? 本気なの?!」
「はぁ、本気かどうかは知りませんが、将軍閣下より正式に達せられた命令です。敵の戦力は有り余っているから、この勝勢に乗って少しでも敵を減らしておく必要がある、と……」
 命令書に記されていた方針はこうだった。──ハンターたちのCAMを集めて先鋒の槍として敵の殿軍を蹴散らしつつ、主力である騎士隊の突撃を以って、逃走する敵主力を撃滅する。
「砲兵隊は味方主力の後方に位置し、その攻勢の支援に当たられたし、ね…… 追撃、つまり、移動しながらじゃ陣地は作れないし意味を成さない。確かに自走できる砲兵というのがVolcaniusの強みではあるけれど……」
 リズは渋い顔をした。長い射程と広い攻撃範囲を持つ砲兵ゴーレムも、懐に入り込まれてしまっては対処できる手段に乏しい。自走できるとは言え、足だってそんなに速くはない。そんなVolcanius隊に敗残兵のうろつく戦場へと乗り入れろというのだ、伯爵は。
(シェロン伯か…… オードラン伯とまでは言わないけど、せめてもう少し戦歴のある人物が将だったら……)
 ルイ・シェロン伯爵は、ハルトフォートに派遣されている諸将の中でも比較的若い(といっても30代だが)人物だった。。決して無能な将ではない──武力70代といったところか(???)──が、周囲に比べて実績が少ない点を気にしている節があった。
「戦線が広すぎて、本来、副将を務めるべき人物まで大将として使っている、か…… どうする? 伝令が来なかったことにして陣地に籠るか?」
 ハーマンが冗談めかして告げると伝令がギョッとした。この場合、『伝令が来なかった』とは『ここに来る途中で何らかの事故に遭った』ということ。即ち『伝令が来なかったことにする』とは『伝令が事故に遭ってもらう』ことを意味する。
「そんなこと出来る訳ないでしょ。一応、正式な命令なわけだし…… 砲兵隊だけで孤軍となるのもゾッとしない話だしね。問題は……」
 味方が勝っている間はいい。後衛だし、比較的危険も少ない。だが……
「問題は負けた時。足の遅いゴーレムは真っ先に敵中に置いていかれる、か?」
「そう。それと、敵のこの後退が偽装であった時。その場合、敵は何らかの意図をもってそうしているわけで……」
 まさか、と絶句するハーマンに、リズは顔をしかめて頭を振った。いや、考えすぎならばいいのだ。だが、小なりと言えど部隊を預かる身。まったく考えずにいるわけにはいかない。
「ハーマン、捜索隊を部隊前方に展開して。索敵をお願い。……ここの戦いはまだまだ続く。ここで砲戦機を失う訳にはいかないわ」

リプレイ本文

 話は少し遡り── 先の応急野戦陣地における攻防の最終盤。
 味方防衛線が危なくなる度に後詰を繰り返していたCAM隊の5機は、それまで猛攻を仕掛けていた敵が潮が引く様に退いていく様を見て、他の守兵らと同じように呆然とそれを見送った。
 唐突になくなった手応えに、「あれ?」と首を傾げるゾファル・G・初火(ka4407)。丘の向こう側、陣地の正面の方から兵らの歓声がドッと湧き…… 鹿東 悠(ka0725)は操縦席の無線に耳を傾け、現状の把握を試みた。
「……どうやら陣地正面を攻めていた傲慢の将が味方に討ち取られたようです。敵の急な撤退は頭目を失ったが故ですね」
 悠のその報告を聞いたリュー・グランフェスト(ka2419)は「マジか!」と機内で三度、拳を握ってガッツポーズを繰り返し。その後、機外スピーカーを使って外の兵ら──戦友たちに、その勝利を知らしめた。
「やったぞ! 勝った! 守り切ったぞ!」
 スピーカー越しにも喜びを隠さぬリューの歓呼に応えて、兵らも勝鬨を上げる。
「くそーっ、あっちが本命だったかー。勝ち戦なんてもう俺様ちゃんたちの出番無しじゃんかー……」
 ヘイムダル『ダルちゃん』のハッチを空けて、熱の籠った身体を手で扇ぎながら悪態を吐くゾファル。全身汗まみれなのはそれだけ戦場で奮戦した事の証──なのだが、バトルジャンキーの少女にとってはそれですらまだ生温い。
 ……やがて、リズの手配した補給物資がCAM隊にも届けられた。すぐに弾薬類の補充とマテリアル鉱石の交換作業が行われ、損傷がある機体には回復も施された。
 それらが終わった頃、CAM隊にもルイ・シェロン伯爵率いる本隊からの伝令が到着した。伝令は、「CAM隊は急ぎ本隊へ集結するよう」とだけ伝えて急ぎその場を去っていった。
「増援要請……? まさか、本隊に何事か……?」
 近衛 惣助(ka0510)は緊迫した。それを聞いたゾファルの見えざるケモ耳がキュピーン! と反応した。
 たとえ砲兵隊が局地戦で勝利を得たとしても、別の戦場で本隊が負けてしまえば元も子もなくなってしまう──食べかけの戦闘糧食を投げ捨て、惣助はCAMへと飛び乗った。ゾファルとリューは既に機体に乗り込み、早く早くと他を急かした。
 悠と天央 観智(ka0896)はやれやれと呟くと、常と変わらぬ所作で機体へ乗り込み、皆にキチンと機体のチェックを終えさせてから進発させた。
 CAM隊の5機が伯本隊へと急行した。だが、本隊は別段、危機に陥ってなどいなかった。代わりに本隊の騎士たちが全員、完全武装の騎乗状態で整列を始めたところだった。
「CAM隊を先鋒に追撃……? 我々は5機しかいないのですが……」
「敵の隊列を崩してくれさえすればいい。そうすれば、後は騎士たちの突撃で蹴散らせる」
 本隊の参謀の説明に、悠は溜め息を吐きながら「なるほど」と呟いた。
 つまり、CAMが『騎兵』で騎士が『歩兵』というわけか。『騎兵』が崩して『歩兵』が喰らう。近代戦なら『騎兵』を『戦車』と置き換えてもいい。
「我々はまだ勝ってはいない。押し寄せる敵兵、雲霞の如く──勝勢の内に少しでも敵の数を減らしておきたい」
 去っていく参謀の背を見送って…… 観智は再びやれやれと頭を振った。
「追撃自体の必要性は分からなくはないですけれど……何と言うか、色々と大雑把に過ぎませんかね」
 仕方のない話ではある。少し前までこちらの戦争と言えば中世レベル──リアルブルーの人間からすれば何もかもがアバウトに見えた。新兵科であるVolcanius──自走砲兵を真の意味で運用できる将がいったいどれだけいるだろう。ましてやCAMなど機種の区別もついていない者が殆どだろう。
「地形的にも、敵の物量的にも、深追いは避けたいところですが……命令である以上は追うしかないでしょうね」
「不合理な話です。不自由この上ない」
 苦笑し合う悠と観智。その間も惣助は必死で現状の考察をしていた。
(傲慢の指揮官は戦死……その後の撤退の決断の速さから見て、判断力のある者が指揮を引き継いだのだろう…… 考えろ。俺がその指揮官ならどうする……? 敵は砲兵という未知の戦力を目の当たりにした。このまま一時撤退──してもおかしくないが、犠牲多しと言えど残存戦力はまだ多勢。なら、撤退を装い、兵を伏せ、追撃に来た敵を叩く……だろうか。追撃がなければそのまま退けばいいだけのことだし……)
「典型的な釣り野伏せりの状況…… 恐らく狙いは砲兵部隊。となれば……」
「伏兵がいるのは間違いないな。点在する林が怪しい。気をつけないと」
 悠と惣助の意見は一致した。観智もまた彼らに同意しつつ、改めて悠と共に深い溜め息を吐いた。
 ……本隊からの急な呼び出しがなければ、事前に砲兵隊指揮官──例えば、リズなどに、敵の待ち伏せや反転攻勢の可能性を伝えられたのに。無線による情報共有と注意喚起を徹底しておきたかったが、砲兵隊から離れた今となっては打てるべき手はない。
「せめて、砲兵隊に随伴したハンターたちが気付いてくれることを期待するしかないですね」
「へへっ! お約束過ぎる展開に、死にそうな感じがBINBINするじゃんかー!」
 そんな中、一人ゾファルだけが満面の笑みを浮かべて活き活きとしていた。先程まで不貞腐れた様にやる気を無くしていたというのに……これも死地好きという変態のなせる所業なのかもしれない(←本人談)
「まあ、なんだ。難しい話はともかく、味方を助けて戦うことに変わりはないんだよな?」
 いや、もう一人、割り切った者がいた。その一人、リューは仲間にそう答えると、片膝立ちした愛機──紅きR7『紅龍』の膝の上に立って、居並ぶ騎士たちに向かって手を振った。
「俺はリュー。リュー・グランフェストだ。今回はよろしくな!」


 同じ頃。野戦陣地内のVolcanius隊──
 伝令により伝えられた本隊からの追撃支援命令、その内容をリズから聞かされたハンターたちは、全員が声を揃えてその危険性を訴えた。
「確かに、敵は将を失って潰走した風に見えますが……追撃は勇み足であるように私には思えます」
「指揮官シェロン伯の気持ちは分かる。分かるが、この状況は相手に利がある」
「敵も無能という訳でもあるまい。何かしらの対策は用意してあると見るべきだ」
 ヴァルナ=エリゴス(ka2651)、ジーナ(ka1643)、ロニ・カルディス(ka0551)が口々に反対意見を述べた。ハーマンなどは「伝令が来なかったことにするか」と命令無視まで仄めかした。
 リズは眉間を揉みほぐしながら、「……仕方ないわ。正式な命令だもの」と、片手を上げてそれらを制した。
「む……命令とあれば、選り好みできる状況ではないな」
「まあ、何が来ようと私は私の役目を果たすだけけどね」
 仕方ないな、という風に、ジーナと鞍馬 真(ka5819)は苦笑を浮かべて己の任務を受け入れた。
 そうこう相談をしている内に、本隊から催促の伝令が来た。命令書には──逃げる敵の足が速く、合流前だが追撃を敢行する。砲兵隊は急ぎ本隊に合流せよ──と記されていた。まだ進路上の索敵も終わってないってのに、とリズが渋面を隠さなくなった。
「……これは、罠があろうとも喰い破ってみせよと、そういうことなのでしょうか」
「あれだけ戦果を挙げたVolcanius隊が真っ先に狙われるって、少し考えたら分かりそうな気がするんだけど……」
 ヴァルナと顔を見合わせながら、真はやれやれと息を吐いた。──まったく、常に戦功を挙げなければならない貴族というものは大変だ。もっとも、そう考えた真自身はと言えば地位や名誉を求める心情とは縁遠く、その価値観からは距離が空くというか、どうしても他人事感が拭えないのだが。
「確かに、罠をかけるとしたらこちらに対して、でしょうね…… 私はこちらに護衛として残るとしましょうか……」
 ヴァルナと顔を見合わせて嘆息したサクラ・エルフリード(ka2598)は、そう言って飛竜の元へと向かった。
 陣地のその幻獣厩舎──といっても、杭を打って柵を立てて防水布を屋根代わりにしただけの簡素なもの──には既にセレスティア(ka2691)がいて、愛馬(ペガサス)に人参をあげていた。というか、ついでに他の幻獣たちにも餌を与え、装具の装着も済ませてあった。
「すみません、勝手を致しました。セレスティアと申します。すぐに飛び立てるよう準備は済ませてあります」
 セレスティア手ずからやった生肉を美味しそうに頬張る愛竜を見やって「浮気者ですね」と苦笑しつつ、サクラはセレスティアに礼を言うと、共に空へと舞って砲兵隊上空の直掩についた。
「……これは互いの連絡を密にしておいた方がいいだろうな」
 ロニはそう呟くと捜索騎兵たちの元に赴き、ハーマンの許可を得て自分たちの無線機の周波数を捜索騎兵のものに合わせた。状況の変化や異変を通信により共有し、孤立や不意打ちによる各個撃破を防ぐ為だ。広範囲に展開する捜索騎兵には狼煙や呼子による符丁の他に、ハンターたちが持つものと同程度性能の無線機が少数、導入されていた。
「敵の逆撃、或いは偽装撤退による伏撃が予想される。林や地形の起伏等があれば、敵が身を潜めていないか特によく確認してくれ。また、敵を発見しても、深追いしたり、他の味方から孤立しないよう注意してもらいたい」
 小隊長であるハーマンの口を借りて行ったロニの訓示に、捜索騎兵たちは了解と返したが、ロニにはそれがどうにも上辺だけのものに感じられた。
(……本当に分かっているのか?)
 ロニは眉をひそめたが、捜索騎兵らに対する指揮権の無い彼には改めて言い含めることは出来なかった。
 ハンス・ラインフェルト(ka6750)は無言でスッと目を細めると、イェジド『ヴラウヴォルフ』の首を撫でながら、そっとその耳元に口を寄せた。
「……ヴラウヴォルフ。私たちはあのハーマンの隊についていきます。歪虚の匂いを嗅ぎ付けたら、すぐに教えてください」
 その言葉を理解したものか、ブラウヴォルフが不思議そうな表情でハンスのことを見返した。
「なに、命には軽重がある──それだけの話です。……確かにVolcanius隊は狙われるでしょう。でも、その前に初撃で食い荒らされそうな部隊がいるじゃありませんか」

 将たるシェロン伯の命に従い、野戦陣地を出たVolcanius隊は本隊に合流するべく西進を開始した。
 その針路の安全を確保する為、先立って進発した捜索騎兵隊が前方広範囲に亘って展開し、ロニ、ヴァルナの両名もまた、愛竜に乗って空からその索敵任務に加わった。ハンスは愛狼の背に跨り、鼻歌混じりに相棒との旅を満喫しながらハーマン隊に後続した。扇状に展開した捜索騎兵の北側にヴァルナ、中央にロニ、そして、南側にハーマン隊とハンスという布陣である。
(オープン回線でどうにかCAM隊と渡りがつけられれば良いのだが……)
 最も本隊に近づく中央の空を往きながら、ロニはラヴェンドラの背から双眼鏡で地上に視線を飛ばし続けた。そして、敵を見つけると近くの捜索騎兵らに報告を入れた。
「地上を徘徊中の魔獣を発見。狼型、数は2。そちらに気付いている」
 ロニの報告に了解と返し、捜索騎兵の一班が迎撃を開始する。
 鳴り響く呼子の音に、周辺から駆けつける他の捜索騎兵たち── 獣たちは手負いなのか、狂った様に咆哮しながら突進し。それを二人一組で迎撃する間に、他の二組が左右から獣たちへ槍を突き入れた。
(どうやら支援の必要はないようだな)
 ロニは戦闘から目を外し、周囲の地上へ視線を振った。そして、逃走する異界の兵4人に気が付いた。
「逃がすか!」
 捜索騎兵たちも気が付いた。獣を討ち取った余勢を駆り、馬に拍車を掛けて8人がかりで追い縋る。……異界の兵は反撃せず、ただひたすらに逃げ続けた。獣の様なスタミナで走り続ける彼らも、だが、徐々に距離を詰められていき…… やがて騎兵たちに囲まれて狩猟の如く討ち取られた。
「深追いは必要ないぞ。捜索騎兵の本分を果たすべきだ」
 まるで騎士の様に凱歌を上げる捜索騎兵らに空から無線で釘を刺し、ロニは小さく溜め息を吐いた。
 ……どうやら騎士科上がりの兵たちは目の前の敵を討つ事に入れ込む傾向があるようだった。捜索任務の重要性については王立学校で教育されたはずなのだが…… ハーマンの様に本心から割り切れた者は残念ながら少数派であるらしい。
 北側の空を飛ぶヴァルナも、眼下の捜索騎兵たちに同様の傾向を見た。だが、それと同時に、敵敗残兵の行動傾向のようなものも捉えていた。
(魔獣の多くは統率者も無く、ただ本能に従って乱雑に逃げているように見受けられます。対して、異界の兵の方は秩序だって逃げているように思えますね……)
 異界の兵は皆、北西に向かって逃げていく── 騎竜シエルの背の上で、マッピングセットに記した敵の矢印を見て思案して……ヴァルナはその事実を無線で味方に報せた後、北西方向に舵を切った。
 彼らは隊列も無く数人ごとに固まって北西へと移動していく異界の兵たち──その画一的な動きは捜索騎兵たちにも看破された。進路を予測されて回り込まれ、次々と討ち取られていく敵兵たちは、だが、頑なに北西へと逃げ続けた。
(なぜ、そこまで…… もしかして、そう命令をされたから?)
 ヴァルナはハッと顔を上げた。その視界に、荒野に点在する林の存在が飛び込んで来た。
「シエル」
 ヴァルナは愛竜に高度を下げて林の上を旋回させつつ、斜めに傾いだ騎竜の上から地上に目を凝らした。だが、空からは林の中に潜んだ敵を見つけられそうになかった。
(確かに、砲兵隊の進路のクリアも捜索騎兵の役割ではありますが……こんな時の為の捜索騎兵でしょうに)
 短い逡巡の後、ヴァルナはシエルに林の中への降下を命じた。……何も無ければそれでよし。だが、もし罠があるならば、そんな所に砲兵隊に入れるわけにはいかない。
 林の中に開けた場所を見つけ、そこへ飛竜を着地させる。
 今にも木々の陰から敵が出て来そうな気配を感じつつ、緊張した面持ちで林の中を回ったヴァルナは…… しかし、敵と遭遇することなく探索を終えた。
 その林に伏兵はいなかった。それだけでなく、敗残兵の姿もなかった。……ただの一人も。一匹も。
(いや、おかしくないですか? 外にあれだけ敗残兵がいたというのに、こんな隠れやすい地形に逃げ込む者がただの一人もいないなんて)
 まさか、とヴァルナは踵を返して飛竜に跳び乗った。
 まさか…… まさか敵は、こちらの捜索の目を北側に引っ張った?

 同刻、捜索区域南を索敵するハーマン隊──
 小隊長ハーマンと上空のハンスが持つ無線機に、同じく南を索敵する捜索騎兵の一班から急を告げるコールが入った。
「C3班から捜騎全騎へ! 地図座標S5グリッドの林の中から夥しい数の敵が飛び出して来たのを視認した!」
 ざわり、と、高揚と緊張がないまぜになった感覚がハーマン隊の皆の背に走った。やはり敵の伏兵はいたのだ。
「C1からC3、詳細を報告せよ」
「……敵勢、目視による概算でおよそ200! 全て騎兵! 馬型魔獣の背に異界の兵が乗っている! 襲歩(全速)にて東北東へと進行中!」
 報告が来る間にも、ハーマンの部下が地図に定規で進路予測の線を引いた。
「あっ!」
 部下が小さく声を上げた。敵は間違いなく、移動中のVolcanius隊を指向していた。そして、その移動経路の途中には……ハーマン隊が位置している。
「……すぐに捜索騎兵を呼び集めましょう!」
 別の部下がハーマンに意見を具申した。
「敵勢が200程度なら、騎兵だけでも足止めくらいならば可能です。砲兵隊が態勢を整えるまで、我々が時間を稼がないと」
「それはいけません」
 答えたのはハーマンではなくハンスだった。彼は騎乗した愛狼をハーマンと部下たちとの間に割り込む様に進ませると、ハーマンに向かって手を伸ばして言った。
「すぐに敵の騎兵が来ます。私の後ろに乗ってください」
 何を言っているんだ、とハーマンは訊ねた。
 何を言っているんだ、とハンスは答えた。
「ブラウヴォルフにはあと1人しか乗れません。ならば乗せる相手は選ばなければいけない」
 気づいていますか? とハンスは問うた。今、この部隊で貴方より命の重い方はいないということを。騎士の矜持を脇に置き、新しい時代の騎兵の在り方を理解している人間は、今、この場には他にいないということを。
「敵を発見したなら各自、Volcanius隊に戻ればいい。『砲兵隊にまっすぐ戻れ』と号令をかけるだけなら、私の後ろでもできるでしょう」
 だが、騎士としての価値観に捉われたままの部下たちは貴方の言うことを恐らく聞かない。だからこそ、自分は無理矢理にでも貴方を連れ去る為にここに来たのだ。……そんな古い価値観に付き合わせて、こんなところで貴方に死なれてもらっては困るのだ。
「それはできませんよ、教官」
 ハーマンは毅然と胸を張った。微笑すら口元に浮かべて。
「ここで一人で逃げてしまえば、今後、私は彼らの隊長足りえなくなってしまいます」
 ハーマンは無線機を手に取った。そして、他班の長たちに呼び掛けた。
「捜索騎兵小隊長から全騎へ達する。現時点を以って索敵を中断。砲兵隊に向かって走れ」
「騎士が敵に背中を見せるのですか?!」
「俺たちは騎士じゃない。捜索騎兵だ。生きて帰り、味方に情報を持ち換えるのが役目だ。それを果たせぬことこそ騎士の名折れと心得よ」
 既に敵騎兵出現の報告は無線で砲兵隊に届いている。が、そのことをハーマンは黙っておいた。そして、悪戯な笑みを浮かべてハンスに敬礼をした。
「では、教官。私もずらかります。部下らと共に」
 ハーマンが部下に全力での離脱を命じた。共に命を張ると言った彼の言葉に逆らう部下はもういなかった。
「……教え子が爆発的に成長する様を目の当たりに出来たのは、教官冥利につきますが……」
 ハンスはそう苦笑すると、逃げる彼らの殿軍に立った。後方を振り返ると、荒野を驀進する敵騎兵の砂塵が見えた。
 いざとなればハーマン一人を連れて逃げ去る覚悟のハンスだったが…… 幸いなことに、敵はVolcanius隊への突進を優先し、逃げ去る捜索騎兵たちには見向きもしなかった。
 よく統率された部隊だった。或いは有能な指揮官が率いているのかもしれない。


 伏兵はやはりいた。そして、このVolcanius隊を狙っている── 一方を受けた砲兵隊はすぐに移動を止め、荒野に複数の方陣を組んで連結させた。
「敵を発見しました! 報告通り西南西からです!」
「このまま何事も無く終われば良かったのですが……流石にそうはいかないようですね……」
 警戒飛行中だったセレスティアとサクラがそれを見つけ、呼子を鳴らし、発煙筒を振って、無線を持っていない兵らにも敵の接近を報せた。地上からそれを見上げた真は無線で本隊やCAM隊への連絡を試みたが、距離があるからか、或いはそれ以外の要因か、答えが返ってくることはなかった。
「他隊の救援を仰ぎたいところだけど……こちらの状況に気付いてくれるまで、自力で長時間、耐え忍ぶ必要がありそうだね。……セレーネ!」
 真はユキウサギのセレーネを呼び、手分けしてVolcaniusを守るよう指示を出した。
「敵が突入して来たら、まずVolcaniusに『雪水晶』を掛けてくれ。その後は『紅水晶』での移動の妨害、『旋風撃』での迎撃を頼む」
 兎式全身鎧に身を包んだセレーネは主の命に無言でコクリと頷くと、隣りのVolcaniusの前へと落ち着いた歩調で移動する。
 ──Volcanius隊の砲撃が始まった。敵は先の戦訓を活かし、広い範囲に散開しながら突っ込んで来た。故に砲撃による戦果は先の陣地戦の時ほどには望めなかった。
「敵が来ます! 射撃は隊長の指示に従うように! 慌てて撃ちかけないでください!」
 セレスティアは呼子を吹き鳴らしながら銃兵たちの上を飛び回り、自身と前線の味方に『エナジーレイン』──敵意から身を守る守護の力を光の雨となって降り注がせた。
 ……敵が砲の射程の内側に潜り込んだ。舞い上がった砂塵は既に間近。轟く蹄の音は既に大地を伝う振動となって、兵たちの身体を震わせて……
「……撃て!」
 膝射と立射、二重に横列を組んだ銃兵たちが、リズの命に従って一斉射撃を浴びせ掛けた。槍の穂先を並べて突っ込んで来た敵騎兵たちがその場にバタバタと崩れ落ちた。
 だが、生き残った敵はその銃弾の雨の中を怯む事無く突進した。その様はまるで感情など無いようだった。
 生き残りは投げ槍を銃兵たちに投げ放つと、その崩れかけた箇所から横列を蹴散らし、方陣の中へと斬り込み始めた。
「セレーネ!」
 真の号令に、崩れかけた味方の戦線の中に飛び込んだユキウサギが、赤き光の結界術を展開して敵の突入を押し留めた。真もすぐさま相棒をフォローすべく、グローブホルダーから引き抜いたマテリアルホログラムカードを3枚、空中へと投げ放った。見えざる風に乗って敵の頭上へ舞ったそれら『風雷陣』の符は直後、空中で稲妻と化して敵へと降り注いぎ、その鎧を撃ち貫いた。
「私たちも行きますよ、ワイバーン。味方をフォローするのです」
 サクラが飛竜の手綱を引いて進路を指示し、引き抜いた魔剣を振って降下、突撃の命を下した。
 旋回・降下した飛竜に味方の防衛線に沿って戦場を横切るように飛ばせながら、サクラは眼下の敵に向かって『ファイアブレス』による爆撃の指示を出し。応じた騎竜が味方と切り結ぶ敵先頭集団に対して上空から舐めるように爆裂の息を吹きかける。
 爆炎に炙られて吹き飛び、異界の兵たちが落馬した。だが、やはり敵は怯まない。手の届かぬ空中のサクラと飛竜には目もくれず、ただひたすらに目の前の防衛線を抜けようとする。
「む……私を無視して行こうとは良い度胸です…… しかし、貴方たち、この筋肉の魅力に抗うことができますかね……?」
 旋回して再び上空へと戻って来たサクラが、飛竜の上でムンッ! とポーズを決めた。同時に彼女の筋肉から溢れ出るマッスルライト(何それ。フロントダブルバイセップスから流れるようなサイドチェスト──その圧倒的な存在感と異物感()に、周囲の敵兵の目が頭上に釘付けとなる。
 瞬間、敵兵の隙を見て取ったジーナが前に出て逆撃に転じた。小柄な体全体にマテリアルを漲らせ、その身長を優に超える双鎚「カーク・ゲーン」を両手に振るい、動きの止まった馬型魔獣と異界の騎兵らを竜巻の様なラッシュで薙ぎ払っていくドワーフ少女。それに後続するオートソルジャー『グラス』もまた、正確無比な動きと位置取りで彼女の背後をフォローしつつ、高速回転する刃の剣を縦横無尽に振り回してパラディン型の外装に返り血を滴らせていく。
 敵の前線が崩れた。ハンターたちの反転攻勢に耐え切れずに落馬した敵騎兵たちを、銃兵たちが寄ってたかって何度も銃剣を突き入れた。
「敵、第一陣、後退!」
 最初の敵の突撃を防ぎ切り、兵たちの間に歓声が上がった。しかし、それは間髪入れずに突っ込んで来た敵第二陣によってかき消された。
「敵の後続、突撃してきます。西面と南面です!」
 回復の光を振り撒きながら戦場を飛び回っていたセレスティアが、上空から視認した光景を眼下のハンターたちに報告する。
 ジーナは真と頷き合うと彼とユキウサギにその場を任せ、自分とグラスは南面の味方を支援するべく駆け出した。


 伏兵の敵騎兵による砲兵隊への突撃が始まる少し前── 本隊に呼び集められたCAM隊の方でも、敵本隊に対する追撃が始まろうとしていた。
「一つ確認します。砲兵隊がまだ合流していないようですが、追撃を始めてしまって構わないのですね?」
「思ったより敵本隊の足が速い。砲兵の合流を待っていたら逃げられてしまう」
 悠と観智の懸念にそう答え、参謀が改めて追撃の指示を出す。
 表面上は何も言わずに、ハンターたちは機体を立ち上げ、西へと逃げる敵の追撃を開始した。
 ……攻撃を急ぐ理由は果たして本当に言葉通りか。或いは、砲兵隊が叩き出した戦果に焦りを感じたが故か。ただ一つだけ確かなことは、自分たちが恐らく敵の思惑に乗せられているであろうこと──
「……センサーに感。前方、敵の最後尾に大物がいる。数は2。こちらの半数だ」
 歪虚を相手に、レーダーは絶対の索敵手段であるとは断言できない。が、この場の古代兵器相手には十全の性能を示した。
 観智の報告に、リューは『フライトユニット』を起動して機体を空へと飛ばした。
 広がった視界に、逃げる敵の後尾が捉えられた。そこには確かに大型の古代兵器が存在していた。
「視認した。なんか平べったい金属製の亀みたいなのが2体、殿軍にいる。野戦陣地での戦闘時には見掛けなかったヤツだ」
 リューの報告に、各機のコクピットに鳴り響いた警告音が重なった。見れば、前方の『金属亀』のVLS(垂直発射管)から打ち上げられたミサイルが、その鎌首をこちらに向けて突進してくるところだった。
「撃って来た!」
 リューはすぐに機の手足を振って、スラスターを噴射して回避行動へと移った。だが、白煙を曳いて空を駆ける誘導弾はピタリとその動きに追随し……Gに振り回されながらHMDの視界の端にそれを確認したリューはそれに対して機体を正面へ向け直し、『マテリアルカーテン』を展開しながらその攻撃を受け止めた。
 飛翔して来た誘導弾が地上の各機にも降り注ぐ。その爆炎の中、観智は機の浮遊盾を起動して空中に展開しながら、広射角砲を構えさせて反撃の砲火を撃ち放った。観智のR6M2は射撃戦仕様──手にした大型プラズマキャノンは長大な射程を誇る。足を止めずに動き回り、敵弾をギリギリまで引き付けた後、回避行動。爆発を背景に停止した朝護に発砲──砲口から斜めに放たれたプラズマ光線が『亀』の周囲の空間を切り裂き、撃ち出された直後の敵誘導弾が『亀』の至近で爆発し、爆圧が亀を地面へ押し付ける。
 誘導弾による攻撃が半減し──その隙を、ハンターたちは見逃さなかった。ミサイルの発射を続けるもう一台へ目標を変更した観智機の砲撃支援の下、地上を突っ込んでいく惣助、悠、ゾファルの3機。空中でクルリと姿勢制御を行ったリュー機もまた一気に空から距離を詰める。
 近づいて来る敵機に対して、亀たちは旋回した主砲塔による砲撃を開始した。実体弾の様に弧を描いて飛来した魔力弾が、ジグザグに回避運動を取る惣助機、悠機、ゾファル機の間に着弾して次々と爆発の華を咲かせる。
「支援に移る。そのまま突っ込め!」
「了解じゃん! 敵さんのケツの穴から天華突っ込んでぐりぐり抉ったるじゃん!」
 惣助のオファニム『無銘』が縦の動きから横へと機動を変え、左腕に構えた波動銃から『マテリアルビーム』を撃ち放った。放たれた光線は先程、観智の砲撃により損傷を受けた巨大な亀の1体を縦に貫き、爆発を生じせしめた。
 ガクリと力尽きた様に擱座する亀の1体。もう1体が主砲を速射し、惣助機の射撃の妨害に掛かる。惣助機はローラーダッシュで進路を切り返し、その砲撃の悉くを回避した。『無銘』はそれまで惣助が搭乗して来た重装砲撃機と異なり、装甲を極力排して機動力を追求した真逆のコンセプトの機体だった。操縦士としての適性を開花させた惣助がようやく御せる様になった暴れ馬だ。
 足を止めた亀に前衛機が突進する。それを待たずに前進を続けながら、援護の砲撃を浴びせるもう1体に惣助と観智が浴びせる牽制射。「そりゃあぁぁ!」と突っ込んでいたゾファルの『バケツ頭の黒セイダー』、魔導アーマー・ヘイムダルの『ダルちゃん』に対して狂った様に浴びせられる近接火力のレーザー機銃──聖機盾でそれを受けつつ走り込んだゾファル機が、その亀を踏み台にして前方へと跳躍し──
 その隙に肉薄した悠のR7、濃紺の『Azrael』が、背部ラックから外した斬艦刀──機体の全高ほどに長大な肉厚の無骨な大太刀──を思いっきり振り下ろし、亀の片側の脚を関節部から断ち折った。空中に跳ね飛ばされた象の如き太い脚が弧を描いて地面へ落下し、バランスを崩されて傾いだ亀から放たれていた銃火がゾファル機の背から逸れる。慌てて振り返った機銃の砲口を悠機が盾で圧し潰し。まだ無事な機銃から放たれた銃火を無視して強引に飛び上がった『高出力重装高機動機』が、真下に向けた斬艦刀、その切っ先を主砲塔の基部に突き入れ…… 機体ごと捻る様に振り抜いて、主砲塔を切り飛ばす。
 その開いた大穴へ向かって、上空を通過しながら電磁加速砲を撃ち下ろすリューの『紅龍』。悠機もまた跳び退さりながら、敵機へ向かってマテリアルライフルの光条を立て続けに撃ち放ち──内部に砲弾を撃ち込まれた亀は破孔という破孔から炎を噴き出し、直後、大爆発を起こして砕け散る。
 リュー機はそのままもう1体の亀をフライパスしてその前面に降り立つと、振り向きざまに斬艦刀を真横に薙ぎ払い、敵の前足をひしゃげさせた。
 その間に跳躍から疾走へと移ったゾファル機が、その亀の背後に肉薄した。放たれた主砲弾を腰を屈めて潜り抜け、抜き放った魔導剣を発動体に展開した『スペルブレード』で敵の後部装甲を斬りつける。
 逃げる為にこちらに『尻を向けていた』亀の薄い後部装甲はその一撃に耐えられなかった。ゾファルは斬り裂いた装甲の破孔に機の左腕を突っ込むと、握っていたスペルランチャー天華を撃ち放った。直後、内側に起こった連続爆発にモコモコと盛り上がる亀装甲──リュー機と慌てて腕を引き抜いたゾファル機が跳び退さり、直後、爆発した亀がガシャリと地面に擱座する──
「よしっ! このまま敵本隊に追いつくぞ!」
「釣り野伏が始まるまで、削れるだけ削り取ってやるじゃん!」
 リューの言葉は後方の味方騎兵を鼓舞する為に。ゾファルの言葉は別に誰の為でもなく自分の為に。
 そうして追撃を再開しようとしたCAM隊のハンターたちは、だが、目の前に広がる光景に前へ進むことが出来なかった。
 いつの間にか、戦場の光景は一変していた。先を逃げていたはずの敵が、こちらに向き直ってずらりと整列していたからだ。
「……!」
 リューは機の腰を落として盾と斬艦刀を構え直した。
 こちらの戦力がCAMであることを察していたのか、居並ぶ敵は全て大型の象型魔獣と猪型魔獣で揃えられていた。その集まった数はまるで小山の如く──その集団が、いっせいにこちらへ向かって突撃を開始した。
「始まった……!」
 惣助は向かって来る敵の鼻面へ向けて長射程ライフルを撃ち放ちながら、後続する味方主力に向かって敵の反転攻勢が始まったことを声高く訴えた。
 観智もまた広射角砲の射撃を開始。ゾクゾクッと背筋を震わせたゾファルも笑顔でスペルランチャーを水平発射。しかし、敵の突進は止まらない。
「……ッ! 敵を足止めします。一斉砲撃で一掃する準備を!」
 悠は擱座した亀を片端に置き、『エンジェルハイロゥ』を左右へと展開した。背部エンハンサーから光の翼の如きマテリアル粒子が噴出し、敵の前面に壁を作る。
「付き合うぜ。もう一つの片端は任せろ!」
「無茶をしますね……! 味方の砲撃には巻き込まれないようにしてくださいよ!」
 展開した光の壁の端に、守りの構えを取ったリュー機が陣取った。地響きと共に突っ込んで来る魔象と魔猪たちの突撃が、壁と盾にぶつかり、ひしゃげた。
「発砲……今!」
 敵の足が止まった。突撃の流れが蟠ったその場所へ、ゾファルは「そりゃあ!」と天華をぶっ放し、敵中へ炎の流星を降り注がせた。観智もまた動きの止まった魔象や魔猪に狙いを定め、光の壁越しに眉間を狙い撃っていく。
「……今だ!」
 瞬間、惣助は機を壁際まで前進させにかかった。その正面にぶち当たろうとした猪型のぶちかましは、リュー機盾で受け凌いだ。
 猪の牙にカチ上げられて宙へと舞うリュー機。空中で姿勢を制御して真上から電磁砲を撃ち下ろし──脳天を撃ち貫かれて倒れ伏した猪を踏み越え、惣助機が射点に到達。悠の光の壁の前に停まって並んだ敵に波動銃を向けて、構える。
「ぶっ放せ!」
「紅龍、ライトニング・ブレス!」
 着地したリュー機と共に、並んで構えた銃の砲口からマテリアルの光条を撃ち放つ惣助機。真横から一直線に撃ち貫かれた敵の群が、魔象2体を残して倒れ伏し。残ったそれも観智機が狙撃して撃ち倒した。
 CAM隊に襲い掛かった敵の第一陣は打ち倒された。だが、間髪を入れずに第二陣が襲い掛かって来た。
 敵の数は余りに多かった。悠機が展開する光の翼は変わらず正面の敵を阻み続けていたが、その脇を抜けて来る敵は止められない。
「クソッ!」
 リュー機は迫る敵へ電磁砲を撃ち続けたが、すぐに突撃して来た敵に肉薄されて守りの構えで受け凌ぎ、急遽抜き放った斬艦刀で前面の敵を薙ぎ払った。
「これは……防ぎきれませんよ?」
 最後衛の観智機はその壁の脇を抜けて来る敵を狙撃し続けていたが、その全てはとても倒し切れない。ただ一人、ゾファルの心底楽しそうな笑い声が無線に響き渡っていた。
「雑兵はいらないじゃん! 敵の大将はどこじゃぁ~ん!」
 迫る敵集団の正面に天華を水平発射で叩き込み。その反応から指揮官の有無を判別しつつ、肉薄して来た敵を光の刃で斬り捨てながら……
「はずれ! 次!」
 将がいないと判断するや、すぐに移動して別の敵集団へと狙いを変えていく。
「……光の壁を解除します」
 僅かな思考の後、悠が皆に提案した。
「わざわざこんな所で敵の突撃に付き合う必要はない。CAMは動かぬ城壁ではないんだ」
 とは言え、単純に後退しては被害が広がる。特に後方の本隊は、魔猪はともかく魔象は防げまい。
「CAMの火力と機動力を活かして戦うんだ。敵の位置と規模から優先順位をつけて、機動戦で逆に敵を各個撃破する」
「遊撃か!」
「それでいきましょう」
 観智はそう答えるとすぐにガトリング砲の射撃を中止し、支援任務から解き放たれた機を後方へと下がらせた。惣助機も後ろへ下がりながら『フォールシュート』を空へと放ち、降り注ぐ砲弾の雨で敵集団を薙ぎ払う。
 ダメコンと装填を終えたリュー機が悠機の肩を叩いて報せ、悠機が『エンジェルハイロゥ』を解除する。迫る猪の頭を盾の端で突き殴り倒しつつ、スラスターを噴かせて跳び退いて…… 残されたリュー機はマテリアルビームの牽制射を放った後、空へと飛び上がって後ろに下がる。
「CAM隊より伯本隊。これよりCAM隊は遊撃戦へと移行する。騎兵隊には退路の確保と抜けていく敵への対処を求む」
「砲兵隊、砲兵隊、こちらCAM隊。敵の反転攻勢を受けている。砲撃支援が可能な位置まで前進は可能か否か?」
 悠と共に後方へと呼びかける惣助の無線に、初めて砲兵隊が応えを帰した。
 それは空中を前進して通信可能範囲に入ったロニによる応答だった。ロニは惣助から伝えられる内容を砲兵隊へと中継しつつ、こちらもまた出現した敵騎兵の襲撃を受けている旨、伝えた。
「やはりあちらが本命か……!」
 惣助は歯噛みした。すぐにでも救援に赴きたいところだが、こちらも十分に戦力が足りているとは言えない状況だった。
 そんな折、上空のリューの『フライトユニット』の稼働時間が限界を迎えた。咳込む背部ブースターの残り火を焚きながら地上へと降下するリュー機。そのカメラが魔象や魔猪に混じった異界の騎兵を、敵陣の奥深くに見出した。
「前方、400m奥に敵騎兵らしきものを認む! ……なあ、アレって指揮官か何かじゃないのか?」
「マジ!?」
 瞬間、ゾファルが『フライトユニット』の力場を発動させ、地を蹴り、光を纏って空へと上がった。
「マジか!?」
 そのまま敵将へと向かって空を駆け始めたゾファルを、惣助と観智が長距離狙撃で支援する。
「おらおらー、歪虚の大将ちゃん! ゾファルちゃんが殺しに来てやったぜー。いざ尋常に勝負勝負!」
 空中、左手に持った軽量型スペルランチャーを眼下に撃ち下ろしながら、そのまま丸い機体をメテオの如く突っ込ませ。右手に展開した魔導剣に光刃纏わせ、一閃して敵を薙ぐ。
「敵将、討ち取ったり~! ……って、あれ? これって、異界の将……? さっき見た飛翔騎士じゃないじゃんよ?」
 ゾファルが討ち取った将、それは歪虚の騎士将ではなかった。
 だが、それがこの周囲の魔獣たちを統制するユニットであることには間違いなかった。
「行ってください」
 周囲の敵から統制が失われたのを確認して、悠は惣助にそう告げた。
「すまん、騎士隊の方は頼む。今後のことを見据えると、損害は出したくないからな」
 惣助は機体全てのスラスターを噴射すると、砲兵隊への移動を開始した。炎の様なオーラを揺らめかして走る惣助機に、観智機もまた追随していった。
「さて、こちらは敵を誘導しますよ。騎士隊へ向かわせるわけにはいきませんから」
「付き合うぜ!」
 悠の言葉に、リューは変わらず笑顔で親指を立てて見せた。ゾファルの方は、問うまでも無く勝手に死地を楽しんでいる。
「それでこそ、です」
 悠は機体のマテリアルの流れを自身と同一化させると、『ソウルトーチ』を焚いて敵の目を引き付けた。
 統率を失った敵は、それにまんまと喰いついた。効果範囲外の魔獣たちも、思考も無くその流れに乗った。
 3機のCAMは騎士隊と砲兵隊から離れる北東へとそれを誘導していった。
 以降、その敵戦力がこの戦場に係わることはなかった。


 同刻。砲兵隊、連結方陣──
 セレスティアは開戦以来、ペガサスの背に乗って戦場を飛び巡り、回復支援によって味方の戦線を支え続けていた。
 怪我人が出れば地上へ下りて『フルリカバリー』。激戦により負傷者が増えた後には『ファーストエイド』でペガサスの『ヒールウィンド』──回復の光の風と立て続けに数を熟した。前線指揮官クラスに重傷者が出た場合は、高位法術を用いてその命を繋ぎ留め、戦線へと復帰させた。
「ありがとう、助かったわ」
 蒼い顔をして起き上がったリズを励ます間もなく、次の負傷者を癒すべく空へと舞い上がるペガサスとセレスティア。
 ──彼女は回復支援で戦線を支え続けた。少なくとも、戦場にいるハンターたちの戦闘能力を維持し得る回復量で。
 それでも神ならざる身。広い戦場のそこかしこで喪われていく命の全てを拾うことまでは出来ないが……

「……地上が押され気味ですね。私も地上へ降ります。手分けして戦いましょう、ワイバーン」
 サクラはセレスティアに手信号でその旨を伝えると、手綱を振って飛竜に高度を下げさせた。そして、方陣の上空を失速ギリギリの速度で通過させつつ、地面へと飛び降りた。
 コロコロと地面を転がる様にしながら受け身を取って身を起こし。得物である魔剣を引き抜きながら、Volcaniusを守る銃兵たちの列に加わり、『セイクリッドフラッシュ』の閃光を放って周囲の敵を吹き飛ばした。
 周囲に上がる歓声。落馬した敵兵を銃兵たちが討ち取っていく。
「ワイバーン!」
 更にサクラは呼子を吹いて飛竜を呼び寄せ、剣先を振って攻撃指示を出した。
 戦場を横切る様に飛んで来た飛竜が『レイン・オブ・ライト』──光の槍の豪雨で敵の戦闘を薙ぎ払い。サクラもまた呼応し、人差し指から放つ影の弾丸で敵を狙い撃っていく……
 別の戦線でも、ジーナとグラスが奮戦する。見えざる盾で敵の攻撃を受け凌ぎ、自動回復で己の傷を癒しつつ、汗の飛沫を散らして双鎚を振るい続けるドワーフ少女。その傍ら、側面からジーナを狙って突っ込んで来た敵の騎兵に対して巨大な岩盾でもって壁と成し、自身の身体を敵前に晒して傷つきながら、ソーブレードが撒き散らす火花の中、自律型機動兵器が淡々と主を守って刃を振るう。
 真とセレーネのコンビもまた押し寄せる敵騎兵を相手に激戦を繰り広げている。
 無言のまま縦一文字に飛び上がってグルっと縦に回転しながら、ユキウサギが手にした魔剣を突撃して来た敵騎兵の馬の頭を殴りつける。昏倒し、倒れながら突っ込んで来た馬の身体をサイドステップで躱しながら、その頭部に留めの一撃を振り下ろし。主たる真もまた騎兵の方の喉元に剣の切っ先を突き入れて。同時に、カードホルダーから取り出した最後の『風雷陣』符を振り向きざまに投げ放ち、雷で以って敵を撃つ。
「このままでは……」
 回復魔法の殆どを使い切ったセレスティアが、自らも星剣を抜いて地上の戦線へと舞い降りる。
 だが、敵の突撃は留まるところを知らない。銃兵たちも持って来た鉄条網を投げ広げて果敢に抵抗を続けているが、そもそもの戦力が違い過ぎた。
 方陣に穴が開き始める。敵はその間隙に馬体を捻じ込みに来た。
 リズはゴーレムを前に出して兵を守るかの決断に迫られた。貴重な戦力──だが、それは、兵たちの命に代えられるものか? しかし、その決断は後々、更に多くの兵を殺す事にはならないか──?
 結果的に、リズが決断を強いられることはなかった。
 捜索騎兵とそれに随伴したハンターたちが戻って来たからだ。
「突撃! 敵を薙ぎ払います!」
 共に飛竜に乗って駆けつけて来たヴァルナとロニが空から戦場へと進入し、光の槍の豪雨で以って後方から眼下の敵騎兵への爆撃を始める。
 それを地上から見上げながら、ハンスは捜索騎兵たちを先導して、爆撃により隊列の崩れた敵騎兵へと突っ込んだ。
 イェジド『ブラウヴォルフ』の背から見えざる斬撃の嵐を前方へと投射して、血煙と共に敵兵を切り飛ばすハンス。続け様の連続剣戟投射で敵の横腹を抉るように食い破り。態勢を整えて反撃へと転じた敵が味方騎兵に側背攻撃を仕掛けるや、急ぎ、先頭から駆け戻り、突き出された槍の穂先を籠手の表面に受け滑らせつつ、愛狼に指示を出しての『ウォークライ』。敵の動きが停まったところへ騎狼ごと体当たりをぶちかまし、その動きをブロックして敵の先鋒の鋭鋒の出足を潰す。
 その間に、味方の防衛戦へと辿り着いたヴァルナは眼科の敵へ散弾銃を撃ち捲りつつ、高度を下げて味方の戦線へと下り立った。眼前に迫る敵に飛竜が魔竜牙を開いてブレスを放ち、爆炎が敵を薙ぎ払って敵の隊列が千々に乱れる。
 ロニもまた上空から地上に『ブルガトリオ』──闇の乱刃による足止めを投げ放ち、敵の隊列に間隙を生じせしめ、集団突撃による連携を続々と断ち切っていった。後続を止められ、少数で突っ込んで来た敵を、銃兵たちが一斉射撃を浴びせて各個に打ち倒していく。
 やがて、CAM隊の惣助機と観智機が到着すると、戦況は完全に一変した。敵を射程に収めるやすぐに足を止めた観智機と惣助機がはるか後方から遠距離攻撃を開始すると、『マルチロックオン』や『プラズマシューター』による電磁加速で狙われた前線指揮官たちが次々と吹き飛び、敵は完全に崩された。
「どうやらここまでか……」
 飛翔歪虚の将はクッと奥歯を噛み締めた。その視線の先では、マテリアルを纏ったヴァルナと飛竜の突撃に、前線の騎兵たちが吹き飛ばされる様が見えた。
「だが、せめて1台でも多くのゴーレムを……」
 飛翔歪虚は愛馬に魔力の翼を展開させると、一気に戦場を駆け抜けて砲兵隊を直撃しようとした。奇しくもそれは、魔象魔猪部隊の前線指揮官にゾファルがしたことと同じだった。
「敵騎進入! 西南方面!」
 これあるを予期して警戒していた真が、正面空中を突撃して来る敵に気付いて警報を発した。
「クソッ、間に合え……!」
「ワイバーン……!」
 ロニは竜首を巡らせ、急加速でそちらへ向かい。サクラもまた飛竜を呼んでその進路を阻ませようとしたが……間に合わない!
 その進路に割り込むことができたのは、『天駆けるもの』──祖霊の力をその身に宿し、幻影の翼を羽ばたかせて空へと舞って駆けつけたジーナと、飛竜を駆って駆けつけたヴァルナだけだった。
 双鎚を、魔力の乗せた魔剣を手に敵の突進を阻むべく真正面から打ちかかる2人。だが、飛翔騎士の方にはそれに付き合うつもりはない。
「邪魔だ、道を空けろ!」
 飛翔騎士は槍に自身の魔力を纏わせると、それを振るって正面のジーナとヴァルナを吹き散らした。その一撃は2人を弾き飛ばして前方の針路を開かせて── 後はただ行くのみと『勝ち』を確信した飛翔騎士は、だが、直後、自身もその突進を阻まれていた。吹き飛ばされる直前、ヴァルナが敵の攻撃に合わせた『カウンターバースト』──範囲攻撃すら打ち返すその一撃が自身の足をも止めていたのだ。
 飛翔騎士はすぐさま突撃を再開しようとした。だが、その間隙に追いついてきたロニが『レクイエム』を高々と謳い上げ、その動きを一瞬、拘束した。
 瞬間、後方から精密照準による狙撃で観智機が放った一弾が、飛翔騎士が乗る歪虚の馬を撃ち貫いた。闇光の粒子となって消えゆく王国騎士時代からの愛馬を見送って、飛翔騎士は自身に翼を生やして更に前進しようとした。
 その眼前に、再びジーナとヴァルナが立ちはだかった。敵が放った魔力を逆に利用して増大した魔法剣の力を、一気に投射するヴァルナ。ジーナもまた力を漲らせた双鎚の連撃で以って鎧の装甲を立て続けに連打する。
「まだだ、まだ……!」
 その二人の間を強引に縫って砲兵隊へと迫る将。
 後方から飛んで来た、サクラのルーンソードがその首筋を背後から斬り裂いた。
 敵将は「あ……」と呟いて、それきり闇光の霧と化して故国の空に溶けていった。


 反転攻勢に出た敵の本体を散々引き回した後── 可能な限りの敵を削って伯本隊へと帰還した悠、ゾファル、リューの3機は、騎士たちを襲っていた少数の魔象を打ち払ってその危機を救った。
 騎士隊を初めとする伯本隊の損害は、可能な限り抑えられた。
 砲兵隊から敵将を討ち取ったという報告も上がって来て意気上がった伯爵は、更なる追撃によって戦果の拡大を主張し、ハンターたちに苦み走った笑み(或いは本気の愉悦の笑み)を浮かばせた。

 一方、戦い終えた砲兵隊──
 将を失い、敗走する敵の騎兵に対して、サクラは深追いをしないように捜索騎兵たちに告げた。それよりも本来の任務──周囲の索敵を厳となし、残党による襲撃を警戒するよう言い含めた。
 戦い終わって再び負傷兵の治療を始めたセレスティアに、戦闘中に助けられた兵たちが纏まってやって来て、命を救われた礼を言って深々と頭を下げた。

 ──戦闘は終了した。誰もがそう思っていた。
 ……故に、砲兵隊に迫る影に、この時、気付ている者は誰もいなかった。
 林の中に潜んで砲兵隊の侵入を待ち構えていたそれらの伏兵は、敵騎兵襲撃開始の時点で林を出て、味方が攻めかかる喧噪に乗じて反対側から匍匐前進で這い寄り続けていた。
 戦い終わって緩んだ空気の中── 彼らは見張りの銃兵の首を掻き切ると、身を起こして砲兵に向かって一路、疾く荒野を駆け始めた。
 もし、周囲が林や草原であったなら、その接近に気付けなかったかもしれない。だが、戦場は身を隠す物とてない荒野の只中で──故に、周囲を警戒していた真はその不自然な動きをする何者かの接近に気付くことが出来た。
「そこ! 何者か?!」
 誰何の声に答えは無い。真は「敵だ!」と断じるとカードホルダーに手をやって。しかし、風雷陣を使い切っていたことを思い出して、Volcanius目指して駆け出した。
 気づいた銃兵たちも駆け寄り、三々五々に発砲する。一人、また一人と倒れ伏すなか、生き残った最後の一人が、胸と背中に背負った『爆弾』の紐を引っ張って起動し、鎮座した2体のVolcaniusの間へと飛び込んだ。
 直後に巨大な『爆発』が発し──石製の砲兵ゴーレムが粉々になって吹き飛んだ。
 リズやハーマンは戸惑った様に互いの顔を見合わせた。──「敵はなぜ、『何も存在しない』荒野のど真ん中で自爆をしたのだろう……?」
「……間に合った……!」
 一人、事情を知る真だけが荒い息でホッと倒れ込んだ。
 『ヤルダバオート』──星神器「カ・ディンギル」の力を引き出した真が使った、周囲の認識と現象を書き換える結界を展開する大魔法である。
 突入して来た自爆兵は、この結界により認識阻害の呪いをかけられ、何も無い荒野の只中に突っ込み、自爆を果たしたのであった。

 今度こそ戦いは終了した。
 砲兵隊直衛の銃兵の死傷者・負傷者多数── だが、Volcanius本体への被害は辛うじて防がれた。


 補給を終えたリューの紅龍が索敵の為にフライトユニットで空へと舞い上がる。
 彼方の地上に見た光景に、操縦席の中でリューは言葉を失っていた。

 既に新たな敵集団がこちらに向かって行軍していた。
 その規模は、今、辛うじて撃退した敵と同程度。或いはそれを上回る。しかも、その敵には疲労も損耗もまったくない状態なのだ。
「……他の戦線の様子は?」
 通夜の様な空気の中、伯爵が参謀たちに訊ねた。
 押し込まれている、と彼らは答えた。敵軍の数は、王国の軍事の常識を超えていた。
「後退する。これ以上は支えきれん」
 伯は決断をした。
 砲兵隊は築城した野戦陣地を破却して、ハルトフォート砦へ向かって退いた。

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重体一覧

参加者一覧

  • 双璧の盾
    近衛 惣助(ka0510
    人間(蒼)|28才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    ムメイ
    無銘(ka0510unit003
    ユニット|CAM
  • 支援巧者
    ロニ・カルディス(ka0551
    ドワーフ|20才|男性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ラヴェンドラ
    ラヴェンドラ(ka0551unit004
    ユニット|幻獣
  • 粛々たる刃
    鹿東 悠(ka0725
    人間(蒼)|32才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    アズラエル
    Azrael(ka0725unit001
    ユニット|CAM
  • 止まらぬ探求者
    天央 観智(ka0896
    人間(蒼)|25才|男性|魔術師
  • ユニットアイコン
    マドウガタデュミナス
    魔導型デュミナス射撃戦仕様(ka0896unit003
    ユニット|CAM
  • 勝利への開拓
    ジーナ(ka1643
    ドワーフ|21才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    グラス
    グラス(ka1643unit003
    ユニット|自動兵器
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェスト(ka2419
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ロート
    紅龍(ka2419unit003
    ユニット|CAM
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ワイバーン
    ワイバーン(ka2598unit005
    ユニット|幻獣
  • 誓槍の騎士
    ヴァルナ=エリゴス(ka2651
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    シエル
    シエル(ka2651unit004
    ユニット|幻獣
  • 淡光の戦乙女
    セレスティア(ka2691
    人間(紅)|19才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ロスヴァイセ
    ロスヴァイセ(ka2691unit004
    ユニット|幻獣
  • ゾファル怠極拳
    ゾファル・G・初火(ka4407
    人間(蒼)|16才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    マドウアーマー「ヘイムダル」
    ダルちゃん(ka4407unit005
    ユニット|魔導アーマー

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    セレーネ
    セレーネ(ka5819unit003
    ユニット|幻獣
  • 変わらぬ変わり者
    ハンス・ラインフェルト(ka6750
    人間(蒼)|21才|男性|舞刀士
  • ユニットアイコン
    ブラウヴォルフ
    ブラウヴォルフ(ka6750unit004
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談所
天央 観智(ka0896
人間(リアルブルー)|25才|男性|魔術師(マギステル)
最終発言
2019/02/28 06:52:00
アイコン 質問卓
天央 観智(ka0896
人間(リアルブルー)|25才|男性|魔術師(マギステル)
最終発言
2019/02/23 16:44:26
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/02/26 01:46:11