• 王戦

【王戦】聖導士学校――彼方の地より

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
  • relation
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~13人
サポート
0~20人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
6日
締切
2019/03/01 19:00
完成日
2019/03/12 04:21

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 ――現地戦力抵抗極大。要増援。
 ――了解。拠点。変換。増援。
 上記の意味の通信が交わされた翌日、王国の片田舎に機械の軍隊が出現した。

●緒戦
 箱形の本体は重々しく頼もしい。
 雄々しく伸びる砲塔にライフリングは無く、傾斜のない装甲はVolcaniusの炸裂弾に耐え抜く。
 戦車は動きを止めない。
 大重量なのに軽乗用車並の速度を出し、立ち向かう王国部隊の退路を塞ぐ形で回り込む。
 聖堂戦士団の虎の子が出る。
 しかし所詮は魔導テクニカル。
 口径10センチ越えの砲塔に狙い撃たれてエンジンごと穴だらけにされる。
 これでVolcaniusは丸裸だ。
 王国の1地方の防衛戦力が、このまま全滅するかと思われた。
「えらく強いな!」
 魔導軽トラの残骸から分厚い鎧の男達が立ち上がる。
 戦車が鮮やかに旋回する。
 6つの砲塔がそれぞれ1人の聖堂戦士を向き、避け様のない徹甲弾を撃ち出した。
「知り合いのハンターに匹敵すると思え!」
 奮起する。
 奇怪な敵を圧倒的格上と改めて認識。
 心身から噴き出すマテリアルで盾を覆い、勘と精霊の囁きに従い宙を殴りつける。
 空振りの感触はなかった。
 異様な、天を単身で支えるような重みが腕から腰へと抜け。
 盾を覆っていた分厚いマテリアルが、壊れた砲弾と一緒になって斜め後ろへ抜けた。
「ゴーレムだけは死んでも守れ!」
 5つの雄叫びが応え、Volcaniusを守る盾の壁を作った。

●医学部または野戦病院
「まあ負けたんですけどね」
 あははと笑うのは6人のうちの1人だ。
 破れた内蔵も新品のように再生されて、今は美味そうに焼き立てパンをかじっている。
「戦死者が出なかったのは皆さんのお陰です。学校を代表して感謝します」
 有力な派閥の幹部であり、男から見れば雲の上の地位にある女が深々と頭を下げた。
「いやいや、これも仕事ですから」
 本人は謙遜しているつもりだが誇らしげに胸を張っている。
 少し鼻毛が目立つ鼻がぴくぴく動いていた
「で、いつ頃退院できるんで……1月?」
 男の表情が渋いものに変わり、女が申し訳なさそうに、しかし断固とした態度で補足する。
「最短で1月です」
「それは……なんとか短くなりませんか。奴等はそらく弾切れで退いただけです。今は少しでも戦力が必要です」
「安静にしないのであれば再起不能もあり得ます。1月くらいなら私達で支えます。だから1月後からは助けてくださいね」
 悪戯っぽく微笑まれ、これは参ったなと楽しげに毛布にくるまる聖堂戦士であった。
 10分後。
「危機的状況です」
 病室での穏やかな顔が嘘のように冷たい殺意の表情だった。
「3部隊が機能を喪失。1部隊は基幹人員が再起不能で再建不可能です」
「我々が迎撃に出ましょうか」
 聖導士養成校に駐留する部隊の長が提案すると、極自然に会議に混じっていた精霊が怯えだす。
「いえ、ルル様を歪虚に奪われたときの方が予想される被害が大きいです」
「嫌な話です」
「ええ」
 一瞬、部隊長と幹部の間で不安な空気が漂った。
「今後の方針について意見は」
「ハンター到着までは部隊長、あなたの指揮に学校全体が従います。増援の要望があれば働きかけますが」
 部隊長は数秒考え込み、にやりと笑って冗談を飛ばす。
「ハンター以上の心当たりがあるなら是非お願いしたいですな」
「そんな都合の良い戦力がいるなら私が教えて欲しいです。では、他に意見はないようなので解散しましょう」
「了解。ハンター到着まで、なんとかして時間を稼ぎます」
 学校は戦時体制へ移行した。

●禁術
 純化し過ぎたものは美しいと同時に恐ろしい。
 丘精霊ルルは、現物を見て初めて理解に至った。
「古エルフ虐殺の慰霊碑です」
 事実しか刻まれていない。
 そして、多くの王国人を憤激させる内容だ。
「王都に知られる頃には邪神問題も解決しているはずですから、致命的な問題にはならないでしょう」
 私の聖堂教会でのキャリアはそこで終わりですがと、極自然に付け加える。
「これを起点とした儀式で、あの高位歪虚に呪をかけます」
 祝福と言い換えても意味は同じだ。
「対象をどう変化させるかはハンターのみなさんに選んで貰いましょう。最も危険を冒してきたのはあの方達です。どんな終わりを望まれても、私は全力で支えるつもりです」
 司祭の言葉に、丘精霊ルルも真剣な顔でうなずく。
「撃退に失敗すればこれも喪われます。勝ちましょう」
 司祭と精霊が、自然に握手を交わした。

●地図(1文字縦2km横2km)
 abcdefghijkl
あ畑畑畑畑農川畑畑畑畑川川 
い平平平学薬川川川川川川平 平=平地。低木や放棄された畑があります。かなり安全でした
う平平畑畑畑畑平平平平□□ 学=平地。学校が建っています。緑豊か。北側に劇場と関連施設あり
え平平平平平平森木墓平□□ 薬=平地。中規模植物園あり。猫が食事と引換に鳥狩中
お平□□平果果林平□□□□ 農=農業法人の敷地。宿舎、各種倉庫、パン生産設備有
か□□□林平丘林平□□□○ 畑=冬小麦と各種野菜の畑があります
き□□□□湿湿林林林□□□ 果=緩い丘陵。果樹園。柑橘系。休憩所有
く■■□□□林□□□□□□ 丘=平地。丘有り。精霊のおうち
け○■■□□林□□□□×■ 湿=湿った盆地。安全。精霊の遊び場
こ■■■■■林■■■□×■ 川=平地。川があります。水量は並
さ■■■■■林■■◇■■■ 林=平地。祝福された林。歪虚が侵入し辛く、歪虚から攻撃され難い
し■◇■■■□■■◇■■■ 森=森。エルフ以外は侵入困難。成長速度は一般的な水準まで低下
す■■◇■■◇■■◇■■■ 木=東西に歩道がある他は林と同じ。森が浸食開始
せ■◎■■■■■■◎◎■■
そ■■■■■■■■翼◎■■ 墓=平地。遠い昔に悲劇があった場所。墓碑複数有。定期的に掃除
た■■■■■■■■■■■■

□=平地。負のマテリアルによる軽度汚染
×=平地。歪虚が再占拠した土地。現在の汚染は軽度
■=未探索地域。基本的に平地。詳しい情報がない場所です
◇=荒野。負のマテリアルによる重度汚染
○=歪虚出現地点
◎=深刻な歪虚出現地点
翼=この地域での最強歪虚の所在地


 た行から南に4~8キロ行くと隣領。領地の境はほぼ無人地帯。闇鳥、目無し烏は出没せず
 地図の南3分の1の地上は、汚染の影響で遠くからは見辛い
 丘から学校にかけて狼煙台あり。学校から北へ街道あり

dお=農業法人有志が制圧

fあ=取水設備を拡張工事完了
fさ=東西隣接地の負マテリアル濃度が高く、植樹した木の消耗あり
fこ=ルルの希望に従い、マティと生徒達が植樹しました

lき=大量の歪虚が出現しハンターに討たれた結果、浄化が進行
lく=同上


●依頼票
 臨時教師または歪虚討伐
 またはそれに関連する何か
 戦車型の敵は歪虚として扱う

 敵の戦力は巨大である。
 土地と建物を放棄し丘に籠もり、精霊の加護のもと戦えば撃退は可能だと思われる。

リプレイ本文

●到着
 剛速球である。
 にわか仕立ての地図アプリが表示されたままのPDAが、殺意すら感じられる速度で宵待 サクラ(ka5561)を襲う。
 サクラは眼球の手前10センチで受け止めた。
 ちらりと画面に目を向けると、そこにあるのは限度を超えたグロ映像だ。
 表示が本当に正しいのならリアルブルー先進国の有力部隊相当の戦力がこちらに向かっていることになる。
 言いたいことも確認したいことも無数にあるが時間がない。
 サクラは説明を全て省略して結論だけ口にした。
「イコちゃん王都に印刷指示!」
「制御できませんよっ!」
「承知の上だこんちくしょー!」
 聖堂教会司祭と高位ハンターが殺気じみた視線を向け合う。
 この地域に大きな影響力を持つ2人とは思えない、年齢相応の剥き出しの姿だった。
「ミグのは後回しにせい!」
 喧噪に負けない声でミグ・ロマイヤー(ka0665)が指示を出す。
 聖堂戦士団によって馬車から降ろされる木箱の中には弾薬がみっちりだ。
 箱をかち割ると、規格の統一など知らぬ! という勢いで多種多様な弾薬が姿を現す。
「先に出撃する者達への補給を優先……なんじゃとー?」
 知り合いの整備員に耳打ちされ憤激する。
 先程までの怒声がそよ風に感じるほどの、具体的には丘精霊ルルが死んだふりをするレベルの怒りであった。
「あのルクシュバリエさえあれば戦車歪虚の100や200物の数ではなかったのにーーっ」
 この世の終わりというタイトルがつきそうな嘆き方に、司祭がはっとしてR7に乗り込むエルフに声をかけた。
「そんなに強力なのですか」
「どうでしょうか」
 自身も開発に関わったエルバッハ・リオン(ka2434)は、HMDをつけたまま小首をかしげた。
「戦い方次第だと思います」
 強力な機体であるのは確かだが、対戦車のための機体ではないのだ。
 爽やかな風が吹いた。
 一瞬遅れて非常に食欲をそそる香りが司祭の五感を刺激し腹が小さく鳴る。
 第一報が届いてから今まで避難準備の指揮に忙殺されて水を飲む暇もなかったので、一度意識してしまうと食欲に耐えるのが困難になる。
「緊張して食欲はないかもしれないが」
 加熱されたパンと肉汁の香りは暴力的とすらいえる。
「食べておいたほうが良い」
 在校生を引き連れカイン・A・A・マッコール(ka5336)が現れる。
 大型の盆の上にはチーズステーキサンドがずらりと並ぶ。
 生徒が手伝ったものは見た目が酷いが、材料は良いものを使っているので差し入れされた聖堂戦士も大満足だ。
「そのままでは持たないよ」
 カイン作のチーズステーキサンドを直接手渡す。
 ここだけ少女漫画のような雰囲気だが、肝心の2人は全く気付けていない。
「そう、ですね。ありがとうございます」
 淑女としての教育は受けているが、イコニアは実戦経験豊富な聖導士でもある。
 平然と手づかみして、しかし中の具はこぼさず口の中も晒さず綺麗に囓る。
 緑の目が丸く開かれた。
 麦と肉の甘さに予想外の辛みが加わり、刺激で顔が熱く汗まで出る。
 水を探すがどこにもない。
 吐き出すわけにもいかない。
 もったいないし、何より美味しいからだ。
 カインが声を上げて笑った。
 恨めしげに彼を見上げるイコニアは、多少の険はあるが年頃女性としての顔をしていた。
「悪かった」
 カインは悪びれない。
 立ち働く生徒や聖堂戦士からの視線に手をあげて答えながら、甘いカフェラテをイコニアに手渡す。
「けど少しは肩の力抜けただろ」
 司祭のじっとりとした視線は、芳醇な甘さと可愛らしい器と中身によってかなり柔らかくなる。
「殺気立って構えていても上手くいくもんじゃない、周りを信じて落ち着いて構えてろ」
 女性徒からの熱い視点には気付かない。
 後片付けは戦勝後と思い切り、カインは盆を置き慣れた手つきで装備を点検する。
「どんな手を使ってでも生き延びて、あんたを守り抜いて傍にいてあんたを生涯幸せにしろと騎士団の爺さんたちに頼まれた」
 兜を被ったの彼の表情は隠れている。
「言われるまでもない。俺が大好きなイコニアの命を諦めるわけがないのに」
「いつの間にあの人達を手なずけたんです?」
 甲斐性がある異性に口説かれて悪い気はしない。
 以前に比べればずっとマシだけどまだタイミングを外してる……と内心思うイコニアであった。
「ルルしゃん!」
「わかった!」
 Gnome達が穴を掘り始める。
 スキルの効果が普段より数割増えているように見えるのは、この地を司る精霊が手を貸しているからだろう。
「学校に一直線に来られないよう落とし穴を配置するでちゅよ。砲と炸裂弾は待避壕にまとめておくでちゅ」
「残っている聖堂士科と戦士団は、医療科と負傷者を護衛しながら丘迄退避。法人ゴーレムは2隊に分かれて」
 司祭と代わってメイム(ka2290)達が仕切り始める。
「ルルさん今度また持ってくるけどこのチョコどうぞ」 
 自作のお菓子を小さな口に突っ込む。
 ややボサボサ頭のエルフ少女をクッキーで表現し、薄く塗られたビターチョコレートで修道服を表現。
 瞳はレーズン、頭髪は白チョコ、頭頂部のアホ毛が数字の3に見える。
 自身がモデルのチョコレート菓子が瞬く間に丘精霊の中に消え、焦って過呼吸気味だった緊張がプルプル震える程度まで落ち着く。
「損耗の回復になるかな? 本当は味わってほしいけど今回余裕が……ソナさん、ルルさんを丘迄送ってあげて」
「済みません後少し」
 ソナ(ka1352)は今年入学する生徒に仕事を割り振っている。
 小柄で穏やかなソナも高位の覚醒者だ。
 この地のことを知らぬ子供に気配だけで上下関係を叩き込むことなど容易い。
「トラックは負傷者に回して下さい。法人の資産は申し訳ないですが」
「ゴーレムちゃんを半分生き残らせてもらえば大丈夫ですよ」
 法人女性陣は力強く微笑み輸送を手伝いに向かう。
「後は」
 ソナは南を見た。
 歪虚の活動は普段より低調だ。
 おそらく何らかの変化が進行しているのだろうが、今は関わっている余裕が無い。
 自身の中で疼く残滓を感じる。
「そなー!」
「行きましょう」
 飛びついてきたルルを器用に抱き留める。
「これっ」
 手渡されたのは2つの人形だ。
 技術的には拙いが籠められたマテリアルは凄まじい。
 精霊の存在の一部をを費やした、対歪虚の囮であった。
「戦闘でも、がんばるからっ」
 空元気だ。
 ソナ自身もソナの中にある残滓も、ルルの恐怖と精一杯の強がりを正確に見抜いている。
 強く真っ直ぐに育った。
 教育として考えるなら、ある程度要望に添ってあげた方がいいのだろう。
 しかし敵は強くルルは脆い。
「ルル様が頼りなのです」
 地面に下ろし、対等の存在して目線をあわせる。
「戦う人も、ここに集まるひとも、皆ルル様が見守っているのを感じるから頑張れるのです」
 丘精霊の顔に寂しさが浮かび、けれどすぐに口元を引き締め真正面からソナを受け止める。
「だから」
「うん、分かった。いっしょに頑張りたいけど邪魔になっちゃうから、丘で待ってる!」
 精一杯の笑顔を浮かべ、ルルはハンターの手を煩わせないようするため自力で丘へ跳ぶ。
「これをルル様に渡してあげて」
 ソナは生徒にもルルの力になってもらえるようにお願いして手作りのお菓子を渡し、自身はペガサスに乗って戦場へ向かった。
 子猫達の鳴き声が聞こえる。
 丘へ向かう魔導トラックの荷台に乗せられ、包帯姿の聖堂戦士に見守られながら寂しげに鳴いている。
「行かないのですか」
 イツキ・ウィオラス(ka6512)が尋ねても親猫達は動かない。
 地平線の向こうに消えるまで見送り続け、覚悟を決めた目で立ち上がる。
 学校の周囲に散り、歪虚を警戒するつもりだ。
 イツキ背中に暖かなものが触れる。
 はっとして振り返ると、心配そうにこちらに見るイェジドと目が合った。
「……残滓の事、少し、気になる?」
 琥珀色の瞳が微かに暗くなる。
 心の底から心配しているのが強く伝わってくる。
 イツキは弁解に近い言葉を口にしようとして、結局口に出来ずに俯いてしまう。
「御免ね。いつも、我侭で。――でも。もう暫く、付き合って」
 歪虚ではない負の気配が漂い、エルフと幻獣が戦場へ駆けていった。

●主力戦車級
 戦車とは、極論すれば装甲と砲を積んだ自動車でしかない。
 素材の性能や加工の技術、様々な要素を組み合わされるコツ等が無数に必要で、リアルブルーでも独力開発可能な国は極少数。
 それでも超高位歪虚とは違って殴れば殺せる。壊せるのだ。
 ママチャリが駆けている。
 否。
 モデルはママチャリだが素材も設計も別物だ。
 なにしろ、成人男性何人分だが分からない巨大な斧を乗せても速度が落ちない。
 積まれた魔導エンジンの高性能だけでは説明しきれない敏捷性だった。
「やべぇな」
 ボルディア・コンフラムス(ka0796)の額に汗が浮く。
 ママチャリと斧1本で戦車8両と戦うのは問題ない。
 それが恐ろしく速く、高速移動中も砲が揺れないのも構わない。
 体を左に傾ける。
 CAMとは違って姿勢制御用のスラスターなど積まれてはいない。
 ボルディア本人の身体能力と平衡感覚だけで、ママチャリを倒れる寸前まで傾かせその上で限界まで強化した盾を斜めに向ける。
 砲声が届くよりも盾に火花が散る方が速かった。
 半ば液体と化した砲弾が斜め後ろに飛び散る。
 壮絶な訓練と実戦で鍛え上げられた筋骨に痛みが残っていた。
「そりゃ弱いとこ……あれで弱いっていうのもなんだが……狙うよなぁ!」
 狙いはボルディアではなく後続のハンターだった。当たって死ぬほど弱くはないが被害は大きくなる。
 力を込めてペダルを漕ぐ。
 既に馬並の速度が出ていたママチャリが敵戦車に近い速度に達し、無数の機銃弾が織り成す弾幕を上段のようにかいくぐる。
「まずは2匹っ」
 通常時でも膨大なマテリアルが戦艦主砲の如く噴出する。
 霊的感覚を持つ者なら目が眩むほどの量だ。
 無論、無駄遣いは1欠片も存在しない。
 ボルディアの五体に計算し尽くされた加速が与えられ、ひたすら固く重い刃が音を置き去りにして複合素材を襲う。
「む」
 指の力とマテリアルの量を微修正。
 精密機器でも誤差を読み取れない精度で刃筋を立て、装甲を断ち割りそのまま中身を切り裂き反対側に抜け、さらにもう1両の半ばまで切り裂く。
 金属の焼ける臭いに混じって微かな油の臭いがした。
 思ったよりも、強い。
「ディーナァ!」
「分かったの。後退開始。ルル様から預かった人形も使わせてもらうの」
 両者とも音で会話しているつもりだが、実際は互いのマテリアルを感じて意思疎通に近い。
 そうしないと、戦闘の展開速度に全く追いつけない。
 生き残りの戦車が離れて行く。
 速度を緩めず、無限軌道でドリフトしながら左右に分かれてボルディアに対する十字砲火を狙う。
「ホフマン、炸裂弾装填目標戦車撃てー」
 敵の意識がボルディアに向いた時点で砲撃が始まる。
「魔術の翼が輝いて、聖者の袈裟は翻る♪ 朱き双刃、閃く光矢がこの地の災い打ち払う~♪」
 ゴーレム達がメイムの歌の援護を受け炸裂弾を次々に送り出す。
 対邪神で無数の歪虚を屠り、極一部とはいえ邪神に傷すらつけた砲撃は敵戦車にも通用した。
 傾斜が必要ないほど強固な装甲に小さな穴が開き、中で生じた火災により細い煙が発生する。
 おそらく、中は外に比べると非常に脆い。
 反撃が始まる。
 主砲弾を敢えて使わなかった1両が、自律自走砲に向け1発の弾を放つ。
 ボルディアもヴァイス(ka0364)も他のハンターに向かう攻撃を遮るので精一杯だ。
 ハンターや戦車と比べると無防備同然のVolcaniusの胸に、小さく深い穴と無数のひび割れが生じる。
 そのまま受け身もとれずに地面に落ち、衝撃で歪んだ砲身が転がった。
 次に狙われたのは黒いCAMだ。
 再装填に時間がかかる主砲ではなく、途切れなく再装填される機銃で以てエルバッハ・リオン(ka2434)の機体を狙う。
「右は防ぐ」
 その長身を覆い隠すほど巨大な盾を軽々操り、ヴァイスは対歪虚兵器ではない兵器と正面から打ち合う。
 酷く躱しにくい。
 人間と兵器を壊すことを徹底的に突き詰めた、真摯な努力を感じる冷たい銃撃だった。
 深紅の毛並みが向かい風で揺れる。イェジドが大地を踏みしめ雄々しく吼える。
 下半身の安定を提供されたヴァイスは相棒の期待に見事に答え、黒CAMを狙う機銃弾数百発を見事に打ち落とす。
 ヴァイスの戦技と装備は、これほどの兵器に対抗可能な高みに到達していた。
 電撃を纏う弾丸が戦車に向かう。
 素晴らしい威力ではあるのだがボルディアの一撃ほどの威力は無く、おそらく数十トンに達するであろう敵戦車の一部だけを壊す。
 敵の動きは止まらない。
 ダメージを受けても戦闘能力を維持してこちらに銃撃を続けている。
 HMDに警告表示。
 マテリアルシールドが次の攻撃で破られるほどに消耗していた。
「厳しい戦いですが、負けるつもりはありません」
 こちらを援護するため戻ってこようとするボルディアに、敵への突撃と追撃を続けるよう伝える。
 敵の……歪虚であるはずの敵の動きは異様だ。
 少し杓子定規とはいえ、まるで熟練の軍人が乗っているかのようにボルディアからは距離をとり射程を活かしてウィザードばかりを攻撃している。
「ここを彼らの終焉の地にしてあげます」
 エルバッハは今後の展開を予測し決断を下した。
 射程と速度で負けている。既にU字型に包囲されていて、このままでは包囲殲滅されかねない。
 ならばCAMの消耗を前提に戦うだけだ。
 黒い装甲と金のパーツがひび割れる。
 チャージが間に合わなくなったマテリアルシールドは力を失い、斬艦刀と盾として扱い防いでも主砲弾による損害は非常に大きい。
 それが一度に8発。
 既に装甲は裂け、隙間から敵戦車が見えてしまうような状況だった。
「甘く見られたものです」
 ファイアーボールを爆発させる。
 直径10メートルの衝撃が不用意に近づいた2両を貫く。
 主力戦車級の車体は広範囲攻撃の威力を効率よく受け止めてしまい、装甲を上回った攻撃力に耐えきれずに中身をずたずたにされた。
「これは」
 手応えが予想より軽い。
 生命を奪った感覚は皆無で、ただの機械と雑魔を壊した感触だ。
 考えている間も敵の攻撃は止まらない。
 ファイアーボールが届かない距離から、大量の機銃弾をばらまき装甲と斬艦刀を削ってくる。
「マテリアルカーテンは正常に稼働中」
 これがなければ既に機体は擱座でエルバッハもミートボールだ。
 攻撃をウィンドスラッシュに切り替えて1両の装甲を裂き、しかし反撃が通じたのはそこまでだった。
 エルバッハ機の速度と射程は全て把握された。
 攻撃しようにも絶対に届かない距離を保たれ一方的に攻撃される。
 右股部分に着弾。
 負担を減らした動きをさせても関節部の崩壊は止まらず、膝から下を失いウィザードが倒れた。
 敵戦車は近づいて来ない。
 ボルディアに何度も何度も追い散らされながら、追い散らされていない車両1~2両で確実にウィザードに当てて操縦席部分を粉砕した。
「いけるか」
「はい」
 当然のように脱出済みだ。
 ヴァイスは片手だけでエルバッハを抱き上げ己の背後に座らせる。
 敵の残りは4両。
 こちらの被害はCAM1体だけだが、射程と移動速度を見抜かれてしまった。
 主砲弾が紅蓮のイェジドを狙う。
 速度も狙いも非常に素晴らしく、回避力を高めるスキルを使わないと直撃弾を浴びかねない。
「焦るなよ。これは緒戦だ」
 落ち着き払った声がグレンの焦りを消し去る。
 戦意も怒りもあるが、熟練のハンターであるヴァイスは攻めどきも引き際も間違えない。
「頼む」
 トランシーバーを使って要請すると、任せてという元気な言葉が即座に返って来た。
 エクスシアが開きっぱなしのコクピットハッチへ指を突っ込んだ。
 数秒後。指を引き抜くと指の先にルル人形がきつく縛り付けられていた。
「聖遺物級のこれを使い潰すのはどうかと思うけど」
 敵戦車の進路が変わった。
 これまでは積極的に攻撃しても2両程度しかこちらに意識を向けなかったのに、今はボルディアを牽制する以外の個体は全てディーナ・フェルミ(ka5843)のR7を注視している。
 正確には指先にある精霊の気配だ。
 無防備なそれは、歪虚王に献上する価値のあるお宝に見えているはずだ。
 敵戦車はマテリアルライフルの間合にも入らないし、スラスターライフルが届く距離まで近づくこともない。
 ボルディアが追いかけきても圧倒的な移動力を活かして距離を保ち、ハンターの攻撃が届かない距離からお宝を運ぶR7を潰すため砲撃を仕掛ける。
「誰も死なせないし、重傷になんてさせないの。そのために、来たの」
 北数キロの地点に別の敵集団がいる。
 それを迎撃するための戦力はない。
 最終防衛ラインで予想より多くの戦車と戦うことになりそうだ。

●誘引
 ルル人形のアホ毛が揺れている。
 裁縫技術は素人未満だが独特の味と愛嬌がある。
 だが霊的な感覚で見ると多くの存在が絶句するはずだ。
 地域を象徴する精霊が、針で己の指を何度も刺して零れたマテリアルで布を染め上げた一品なのだ。
「頑張らないと」
 ドラグーンにして守護者のユウ(ka6891)が気合いを入れる。
 彼女もまた魔導ママチャリの使い手だ。
 ボルディアに比べると軽装だからだろうか。恐るべき速度の敵戦車と全く同じ速度で西へ走っていた。
「でも……」
 別れ際のルルの顔を思い出す。
 知り合いのおねえちゃんが上司の上司の直属部下になってしまったことに気付いたような、なんとも表現し辛い情け無い表情だった。
「無事に還って、ケーキを焼いてあげないと」
 そのためにはあらゆる手段を尽くす。
 川面で魚がはねる。
 反射した陽光がユウの目を直撃したタイミングで、進路上に放置されたスコップが現れる。
 ユウは特に意識もせずに進路変更。スコップの脇を通過。
 結構凸凹した土手を完璧に整備された道であるかのように静かに走り抜ける。
 背後からで爆発音が届く。
 自己を構成するマテリアルを燃やして、真球型歪虚が強烈な状態異常攻撃を放ったのだ。
 だが効かない。
 本人の鍛錬と厳選した装備によって得られた抵抗力は、その程度のデバフを完全に防御する。
 敵の1隊を思うがままに引きつけるユウではあるが本人の意識としては全く余裕が無い。
「追い込まれてるみたい」
 当初の計画では少し速度を落とすつもりだったのに、最初から全力で走る展開になっている。
 道のない場所でも走行可能な無限機動が脅威なのだ。
 川を渡るのも土手を上るのも自由自在。
 1両が引き離されても別の数量がより近い位置にいて、ほんの少しずつではあるがユウとの距離が縮まり続けている。
 仮にユウより少しでも遅い者が囮役をしていたら、完全に包囲されて逃げることもできずに戦死していただろう。
「余力は」
 ハンドルをいきなり曲げる。
 いつの間にか主砲の距離まで迫った戦車が、理想的なタイミングで4両による狙撃を仕掛ける。
 土手に逃げ道は無い、はずであった。
「残らないかな」
 ホイールが軽快にまわる。
 戦場仕様のタイヤが宙を踏みしめ速度を維持している。
 空渡の効果だ。
 ユウの口元が引き締まる。
 1分ごとに飛んでくる同時狙撃を、マテリアルの消費による加速で躱し続ける。
 いつの間にか川から離れ、取水設備が背後に遠ざかっていた。
「っ」
 ユウの肩すれすれを主砲弾が通過する。
 防具に強烈な負荷がかかりユウの肩骨にひびが入る。
 多く攻撃を仕掛けられた場合、必然的に発生してしまう紛れ当たりだ。
 その瞬間多くの出来事が起こった。
 敵戦車2両が大量のエネルギーを使って無理矢理に加速し、既に2キロメートル以上引き離された浮遊歪虚が全力で曲を奏でる。
 そして、青い閃光が3つ地上から放たれ3つの爆発が空に生じた。
「わぅぅーっ! 魔法職の手数が少ないと思ったら大間違いですっ!」
 犬耳犬尻尾が幻視できそうな喜び用を見せるのはアルマ・A・エインズワース。
 後衛ハンターの中で最高峰の攻撃力を誇る機導師である。
 移動力で逃げられかねない敵戦車ではなく、ハンターには無害でも学校にいる戦力には有効な歪虚を狙うのは実に戦巧者だ。
 まあ、ユウが発煙筒で敵の動きを知らせていた故の戦果でもあるのだが。
「先に獲られたか」
 標的はいくらでもいる
 ユウが引きつけた8両だけでなく、北から2隊16両の敵戦力が近づいて来ている。
「戦車対龍娘か。カートゥーンでももっと控えめだぞ」
 アニス・テスタロッサは鼻で笑い、敵先頭の無限機動に銃撃を浴びせた。
「失敗ばかりです」
 エステル(ka5826)はため息をついた。
 装甲の厚みが1センチを超えることもある聖堂戦士団とは異なり、白地のシャツの上に黒い艶消しのレザーベストを羽織っただけという軽装だ。
 そんな彼女にユウが引き寄せた戦車隊が近づき、音を置き去りにした主砲弾が迫る。
 エステルを狙ったものではないが、彼女が従えるVolcaniusを狙った強烈な8発だ。
 盾による防御。
 鼓膜の許容範囲を超える衝突音。
 凶悪な衝撃波が大気を歪ませエステルとVolcaniusを隠す。
 こほんと咳払いが1つ。
 穏やかな風が粉塵を押し退けると、エステルを起点にYの字に刻まれた亀裂が現れた。
「素晴らしい威力です」
 髪を一つに括っていなければ悲惨な髪型になっていたかもしれないと、穏やかな表情を浮かべたまま思う。
 さすがに無傷ではないが、後2度なら回復術無しで持ち堪えることができそうだ。
「この1戦で力尽きるかもしれませんが、多くの子供と負傷者を守って戦った結果であれば胸を張れるでしょう」
 極めて高度な法術を平然と行使。
 短時間であれば北の真球歪虚の攻撃に耐える力をゴーレムに付与する。
「存分にやりなさい」
 本人はハンター或いは傭兵として活動しているつもりでも、言動はどこからどう見ても王国貴族であった。
「すごい」
 他のハンターと合流したユウが目をきらきらさせている。
 重砲陣地にも匹敵する威力を叩き付けられているのに、エステルが防いでVolcaniusが反撃を行っている。
 戦いになっている。
 リアルブルーの最新型に匹敵する戦車8両と砲撃戦を行っている。
 だがエステルを計算に入れなければ戦力差は絶望的だ。
 一度防御に失敗するだけで、エステルは耐えられてもVolcaniusがもたない。
 だからユウは出撃する。
 圧倒的な速度を活かして敵勢の端にとりつき、魔剣による連撃を浴びせる。
 ゴーレムとの砲撃戦で軽傷を負った戦車は断末魔の如く震えて動きを止め、しかしその1両の損失によりハンター側の戦力を正当に評価できるようになる。
 足を止めて戦えば負ける。
 それなら、勝利を焦らず本来の戦い方をすれば良いのだ。
 戦車隊7両が潮が引くように後退する。
 エステルは追撃しない。
 すれば、敵が増援と合流したとき1人で逃げることもできなくなる。
 エステル達の反応を見て戦車隊が再度進路変更。
 敵戦車は防御に優れるエステルを狙わず、飛び抜けて多いマテリアルを纏うユウに攻撃を集中する。
 なお、質自体は守護者であるユウの方が高く、ルル人形は量が多いだけである。
 守護者として選ばれるだけありユウは回避術も受け技術も高レベルでそれを活かすための装備も揃えている。
 でも足りない。
 対人の戦争用の兵器の速射は異様なほどで、歪虚相手ならスキル抜きでも最低9割躱せるのに今はマテリアルで加速しないと2割から4割当たりかねない。
「ユウさん、私にまわしてください!」
 鮮やかな青が閃光と化す。
 Volcaniusの砲撃に耐えた装甲を紙のように裂いて中身を露出させる。
 覚醒状態のイツキから音も無く光が零れ落ちる。
 普段なら新雪の純白と闇夜の如き黒でバランスがとれているはずなのに、今は黒の割合があまりにも多く振るう槍もどこか禍々しい。
「イツキさん」
 ユウは沈痛な面持ちだ。
 龍と共に生き歪虚と戦い続けてきた種族であるユウにとり、古エルフ由来といえ負の力を受け入れてしまったイツキを見るのは非常に辛い。
 それを理解した上でイツキは槍を振るう。
 忠実に従うエイルに移動を任せ、超高位の覚醒者並に躱せるエイルでも躱しきれない砲弾を槍で切り裂き被害を減らす。
「お前達などに」
 闇が濃くなる。
 紫の瞳が光を吸い込む深淵と化す。
「ルル様に指一本触れさせるものか」
 負に墜ちたエルフの残滓とイツキの思いが一致する。
 正と負のマテリアルが食らいあい消滅しながら純粋な力を生み出し、元々強力な槍の強度を一段階引き上げる。
 敵戦車の中の優先順位が入れ替わる。
 疲労で動きが鈍りつつあるユウとの距離をとり、別系列の歪虚かもしれないイツキに対して複数方向から弾幕を張る。
 エイルは死を覚悟した。
 面を通り越して立体で攻撃されるとスキルがあっても回避しきれない。
 なんとかイツキだけは助けようとして、背中から浸食してくる冷たさに気付いた。
「この地を護れるのなら」
 光も闇も消えた。
 イツキの肌が月下の花のように白く、光ではなく闇を象徴するものとして敵戦車のセンサに焼き付く。
「彼らの――古のエルフたちの生きた証となれるなら」
 共に育ってきたイェジドが止めろと吼えるが気付かない。
 イツキはエイルと共に、闇と半ば同化して主力戦車級歪虚に槍を振るう。
 装甲が砕けて舞う。
 滅びた異星の人類の残滓が電算機ごと押し潰されて宙へ消える。
 同士討ち覚悟の主砲弾。
 エルフとイェジドが闇鳥のように地面に沈んでそのまま泳いで槍を突き刺す。
「イツキさん! それ以上は駄目で」
 息が乱れる。
 ほんのわずかのずれた動きが回避能力を落とし銃弾が直撃する。
 闇色の瞳は、崩れ落ちるドラグーンに路傍の石へ向ける目を向けていた。
「お陰でゴーレムが助かったというべきなのでしょうが」
 馬蹄の音と一緒にエステルの声が近づいて来る。
 強烈ではあるが禍々しさのない光が広がる。
 異様なエルフに気を取られていた戦車3両を焼き尽くす。安全を確保してからエステルはユウに治癒術を使う。
「それ以上深く潜ると戻れなくなります」
 エステルは某司祭より人間としてずっとまともだ。
 聖導士ではあるが融通は効く。
 だが歪虚を放置できる立場でもない。
「私に、同僚に手をかけさせないでください」
 いつでもセイクリッドフラッシュで消し飛ばせる位置で止まり、ただ静かな瞳でイツキを見た。
 イツキは、深呼吸をしようとして長い間呼吸していないことに気付く。
 途端に五感が正常に戻り、凄まじい痛みとそれを上回る脱力感が全身を襲う。
「わっ」
 エイルと一緒に支えようとしたユウが倒れかかる。
 ユウも限界が近い。欠損はないが重傷だ。
「後は任せて下さい。後1隊であれば……」
 エステルは、アニスの銃撃とVolcaniusの砲撃に押されていく残存車両から目を離し、北を見やって眉を寄せる。
「もう1隊を攻撃してから私も戻ります。学校の護衛、よろしくお願いしますね」
 ゴーレムを護衛につけて2人を学校に向かわせる。
 残存車両の2両が合流して新手は10両。
 ゴーレムによる砲撃がないので苦しい戦いになりそうだった。

●撤退
 光と闇が形作る矢が、戦車の上面に突き刺さる。
 闇の割合の方が随分大きく、突き刺さったままの矢から攻撃的なマテリアルが浸食して電算機の負マテリアルと衝突する。
「慣れませんね」
 ソナは弓を構えたまま合図を出す。
 ペガサスのディアンは翼を広げて限界まで加速し、包囲を狭めてくる敵戦車隊から逃げ出した。
 敵の攻撃は激しく乗り降りする時間的余裕はどこにもない。
 数台壊せてもソナとディアンが討たれたら釣り合いがとれないのだ。
 ディアンが体を捻る。
 機銃による対空射撃の大部分が頭上を行き過ぎ、しかし割合的には小さくても数は多い銃弾がペガサスを襲う。
 獣兜「アウリス」が被弾によって揺れ、目を回しそうになるのをディアンが気合いで耐えた。
「もう少し」
 祈りとマテリアルをディアンの負傷部位にそっと添える。
 高度なマテリアル操作技術により、負傷前よりも健康な状態に復元するが精神的な疲労までは回復しない。
 せめて数分の休憩をとらせてあげたかった。
「頑張って」
 頑張っている。
 でもそろそろ限界だ。
 通信と同時に聞き慣れぬ銃声が届く。
 戦車隊に追随していた浮遊歪虚がアニス達により破壊され重力に捕まり落下していく。
「配置につきました」
 エラ・“dJehuty”・ベルからの連絡が届いた。
 砲撃可能なゴーレムを集め、自身がガウスジェイルで盾となることを前提とした陣を敷いている。
「始める」
 フィーナ・マギ・フィルムの宣言で反攻が始まる。
 数十の魔法陣が重なりあいながら地上から浮かび上がり、粒子ビームの豪雨が移動中の敵戦車隊に直撃する。
 装甲表面がどろりと溶けていく。
 効果範囲はハンターのスキルの域を超え、まるで高位歪虚の攻撃のようだ。
 だが射程が短い。
 魔術師の攻撃として長射程の部類でも、対人類の兵器と比べるとどうしようもなく短い。
 フィーナは頑丈な遮蔽物を活かして足止めと距離の確保をしようとする。
 それに対する戦車隊の反応は単純だ。
 一度その場に停止して、魔術が行使された土地目がけて一斉砲撃。
 農業法人本社は頑丈ではあっても軍事施設では無い。
 土台ごと柱を砕かれ屋根を巻き込み全体が崩れていく。フィーナも巻き込まれないよう避難するだけで精一杯だ。
「よくありませんね」
 馬を走らせるエステルが小さく息を吐いた。
 フィーナが原因の負マテリアル濃度上昇が肌で感じられる。
「ハンター同士で相打つ展開にはしたくないですが」
 視線を向けることすらせずに盾を掲げる。
 回避困難ほどの速射であっても盾で受け止めるのは難しくない。
 エステルなどの極少数を除けば、受け止めはしても衝撃で消し飛ぶか胴に大穴が開いて即死するだけだが。
 農業法人の本拠から粉塵が噴き上がる。
 それはまるで大規模火災のようで、大型の厨房や運びきれなかった為が砕けあるいは焼かれて灰になり拡散していく。
 エラが指揮するゴーレム隊が一撃を加える。
 しかし敵戦車達はまともに相手をしようとはしない。
 移動力の差を活かせば無視が可能で、ハンターの本拠或いはあの精霊の気配を追う方が優先だと判断しているのだ。
「北部での抗戦を断念します」
 エステルは南に馬を走らせる。
 追いついてきた戦車の攻撃をひたすら防いで後退に専念し、攻撃のため敵戦車が速度を落とす度にわずかに距離を稼いでまた追いつかれる。
 馬を守るので、精一杯だった。

●浄化結界
 聖罰刃ターミナー・レイ。
 曰くのある片刃の刃であり、扱いには複数の意味で注意が必要な一品だ。
 それなのに、中腰のR7エクスシアが園芸用小型スコップか何かのように扱っている。
「イコちゃーん、こんな感じでいいのー?」
 サクラが操縦しながら大声を出す。
 校舎を囲む形で線を引くのはかなりの重労働で、サクラは気力を磨り減らし、登録名九十二郎のR7は腰部の不調をHMD経由で訴えている。
「北西に50メートル直線でお願いします。多少ずれてもこちらであわせますので速度優先で」
「そりゃやるけどさ」
 無理矢理に2人乗りしているので結構狭い。
「無理してない?」
 なにしろ派手に光っている。
 金の髪は内側から輝き、元より白い肌が非現実的な存在感でサクラの目に焼き付く。
 訓練を重ねても柔らかな四肢に微かな香りなど、真っ当な人間に道を誤らせる要素満載だ。
「聖堂教会基準では無理じゃないんですけどね」
 見た目は聖女あるいは生贄の乙女なのに口調は軽い。
 ただし捨て鉢な印象は全く無い。
 闘志を剥き出しにして、己の命とマテリアルを削りCAMを通して地面へ流し込んでいる。
「敵が歪虚じゃないなら大損なんですけど」
「まあ歪虚だよね」
「ですよね」
 高位ハンターと聖堂教会有力派閥の幹部と思えないほど気安い会話だ。
 こういう会話が出来る程度に付き合いが長いし命を賭けあってきた。
「来るぞ」
 通信機から別の女性の声が響く。
 イコニアは祈りの言葉と共に儀式を完成させ、体温が下がった状態でサクラに体重を預ける。
「休んでなよ。その間しっかり守ったげるから」
 微笑んでいてもサクラの目は笑っていない。
 どんな手段を使っても生き延びさせるつもりだった。
「速い、固い、長射程。見事なものよ」
 重厚な滑空砲を備えたCAMの中で、小さな体で大きな仕事を成し遂げた開発者が敵を評価した。
 敵は、対歪虚という要素を考えないのであれば、あらゆる要素が揃った完成度の高い兵器だ。
 ハンターの装備もCAMも対歪虚のために開発されたものであり、仮に同じ技術水準で作られたとしても勝つのは至難。
 つまり不可能ではないということだ。
「決死隊の馬鹿共! 準備はよいか!」
 野太い喚声が通信機越しに聞こえる。
 ミグは幼くすら見える顔に老練かつ凶猛な笑みを浮かべ、大音声で決戦開始の宣言を宣言した。
「ぶっ殺す、歪虚全員皆殺しジャー!」
 2つの砲身が爆炎に包まれた。
 大重量の機体が津波に流される小舟のように後ろに押され、しかし校庭に固定された脚部と補助腕とアンカーにより勢いを吸収される。
「弾着……今!」
 爆撃機による爆撃じみた爆発が敵戦車隊を覆う。
 同時に徹甲弾10発近くがヤクト・バウ・PCに直撃する。
「ぬるいわぁっ!」
 HMDにエラーが表示されるより速く振動の質から不具合箇所と特定。
 適度に予備回路に切り替えながら、自作の怪しげな魔導機械に自身のマテリアルを叩き込む。
 原型のダインスレイブと比べると雄々しくも禍々しく鍛えられたヤクト・バウ・PCが、ここまで牽引してきた重装甲コンテナというかミグ式グランドスラム製造システムから爆薬を取り出し2門の砲身に取り付ける。
 必要な時間は約7秒。
 技術の粋とも言えるしマッド技術者の暴走ともいえる技術である。
「運べー!」
「敵弾がなんぼのもんじゃー!」
 メイスを捨てた聖堂戦士が御神輿を担ぐようにして次のコンテナを運んで来る。
 時折砲弾が直撃しているが吹き飛ぶだけで死にはしない。
 その程度には強いし頑丈だ。
「てー!」
 第二射。
 再装填中の敵戦車達は素早く散開しながら距離をとろうとする。
 相変わらずの高速だが、主砲を上回るミグ機の射程からは逃れられない。
 爆薬増量とブースターによる加速で無理矢理威力を高めたライフルグレネードが、直径60メートルの地獄を作って主力戦車級4両を半壊状態にした。
「やれぇい!」
 轟音で聴覚が麻痺したままミグが叫ぶ。
 サクラの体に縋りながら、聖堂教会司祭が悪鬼じみた表情と声で引き金を引く。
「エクラ万歳、滅べ歪虚!」
 大気が震え大地が歪んだ。
 戦車砲の流れ弾でぼろぼろの新築校舎が端から崩れていく。
 正属性の呪いともいえる浄化の波動が敵戦車を突き抜け、エンジンに不調を引き起こし電算機の負マテリアルを押さえつけることに成功する。
「2分で仕留める」
「1分で十分だぜ」
 幻獣乗りの闘狩人とママチャリ霊闘士が真正面から突っ込んだ。
 膨大な機銃弾が2人とイェジドを襲うがこれで止まるようならとっくに死んでいる。
「いかせんよ」
 大鎌の真紅の刃が不気味に光る。
 弾けた小さな光が5本の矢となり、ミグ機の砲撃で大破寸前の戦車に2、2、1本突き刺さって過不足無く止めを刺す。
「敵の足が平凡だと楽でいいな」
 残りを始末し俺達の苦労はなんだっんだと肩をすくめるボルディアは、イコニアがいるR7へ気遣う視線を向けていた。
「敵の増援じゃ。戦車16! 後なんじゃあれは!」
 広域浄化術が新手の負マテリアルに負け消し飛ぶ。
 かわりに、敵本陣を覆っていったマテリアルの偽装幕も消し飛んだ。
 それは、近い物を無理矢理選ぶなら特大のトラックだ。
 4桁トンに近いトラックの上に、自動生産設備がビルの如く屹立している。
 取り出され足下の戦車に供給されるのは主砲弾だ。
 これまでのマテリアルのない弾とは違い、ハンターを殺すための負の力が満ち満ちている。
 2つの笑い声が高らかに響く。
「最前線に行けない私が会えるなんて。エクラよ感謝いますだから死ねぇっ」
「相手にとって不足なしジャー!」
 年齢差は推定半世紀以上、歪虚殺し狂いと機械狂いという性質の違いがあるのに殺意は同じ質と量だ。
 再度展開された結界が敵の……歪虚に下った文明のなれの果てを押さえつけ、圧倒的な射程と威力のCAMが戦車部隊に接近戦闘以外の選択肢を無くさせる。
「駄目だよ」
 サクラが無造作に手を伸ばす。
 消えかかる命まで注ごうとしたイコニアが顎を打たれて脳を揺らされ意識を失った。

●決戦とキノコ雲
「負傷者は後退~。無事な子はあっちに向かって撃てー!」
 砲煙で空気が淀んでいるようだ。
 咳き込みそうになるのを堪えてメイムが指示を出し、ゴーレム砲を無理矢理抱えた農業ゴーレム達がばらばらに引き金を引く。
 結果は酷いものだった。
 最も近いものでも標的から10メートルは離れている。
 だがそれで十分だ。
 案山子にしか使えない農業用ゴーレムに敵の注意を引きつけたことで、増援のハンター達が真球歪虚の最後の生き残りを銃と術で打ち落とす。
 これで聖堂戦士やゴーレムが状態異常にひっかかる可能性もなくなった。
 メイムはマテリアルを全身にめぐらせ自己回復し、ミグ機へ続く道で敵を待ち構える。
 待ち構えていたR7がマテリアルビームで迎撃する。
 しかし貫通性能はあっても強大な装甲を貫くほどではなく、超々重斧に生身時の技を加えて振り下ろしても当たりはしても貫けない。
「でも」
 ディーナの本命は他にある。
 ゴーレム複数で用意した落とし穴だ。
 飛行能力を活かして地面があるふりまでしてみせる。
 だが敵は腐っても戦車。
 加速し、車体の長さを活かし、何両か危ない戦車もあったが1両も落とし穴に落ちずに前進を継続する。
「ここは通しません」
 光の波動が汚れた気配を吹き飛ばす。
 エステルの愛馬は主力戦車級を易々追い抜き退路を断ち、主に敵撃破の絶好の機会を与え続ける。
「ここで討てなければ……」
 敵の移動力が回復すれば負けすらあり得る。
 戦車と、その支援あるいは製造元である移動建造物を今討つしかない。
「あと何体だ」
「最低5両」
 直撃コースの主砲弾を聖盾剣アレクサンダーで受け防ぐ。
「グレン、奴の脚を止めるぞ!」
 深紅のイェジドが強烈かつ絶妙な体当たりを敢行する。
 爆発とは質の異なる衝撃が戦車を苛み身動きがとれなくなる。
 死に神の刃が一閃する。
 戦い方によっては単機で王国1部隊を相手取れるかもしれない1両が、ヴァイス主従によって葬り去られた。
「気付かれたか」
 ボルディアが舌打ちする。
 敵本拠の上端付近のランプが点滅を繰り返している。
 記憶にある符号とは一致しないが、まず間違いなく新たな指示を出している。
 ミグの機体に一度使ったルル人形は放り込んでいるが、以前の戦場と比べるとルルの本拠が近い。
 万一南に走られると、戦車の移動力が復活して丘を攻め落とされる可能性すらあった。
「ううーん、いいけど勧めないよ? いやホフマンは核が無事だし力を分けて貰わなくても復活するから」
 いきなりメイムが独り言を言い出した。
 戦闘には直接影響しないはずの土地浄化の術を詠唱し、えいとワンドを振り下ろして戦闘で汚れた土地を浄化する。
 戦場の音が消えた。
 浄化された猫の額ほどの地面に現れた、3歳児より小さな精霊に皆気をとられている。
「なにやってるでちゅかー!」
 戦線が崩壊した。
 符術による大火力と分厚い防御力で防衛線の一角を単身で担ってきた北谷王子 朝騎(ka5818)が、歪虚に背を向け魔導二輪を走らせ丘精霊ルルを掻っ攫う。
 歪虚からの攻撃はない。
 ルルが最高の獲物であることを本能的に悟り、後退を前進に切り替え移動建造物までが朝騎を追い始めた。
「丘で戦うと私消えちゃうもんっ。でちゅと離れたくないもんっ」
 涙を零しながら叫びルルの熱さに、朝騎は悲鳴じみた雄叫びをあげる。
「守れなかったら死んでも恨む」
 男とも女ともつかぬ、美し過ぎて邪悪にしか感じられない声を発し、全力でルルを投げた。
「えっ」
 かつてない乱暴な扱いに思考が追いつかない。
 こちらに向いた戦車砲がとっても怖いのだけどテレポートで逃げる余力もない。
 ごつごつした巨大な手の平が危なげ無くルルをキャッチ。
 至近距離での2つの砲声がルルの聴覚を麻痺させた。
 命中。
 そして特盛り爆薬が炸裂。
 猛烈な上昇気流がキノコ雲を発生させあたりを薄暗くさせる。
 強力な戦車を構成していた部品が壊れて宙を舞う。
 今後人類が存続すれば戦史に載りかねない活躍をしたCAMもついに限界に達し、HMDを含め全ての機能が停止し操縦席も暗闇に包まれる。
「歪虚は……燃えているか?」
 もえてるのー。
 せいれいぎゃくたい、はんたいなのー。
 コクピットハッチも歪んで開かない。
 ミグはベルトを緩めて息を吐き、泣き言を音以外で伝えてくる丘精霊を雑に宥めるのだった。

●異文明の最期
 ビルの頂上から真下に向かって亀裂が入る。
 亀裂は左右に内側から崩れ、セラミックに見えていた素材が力を使い果たして消えていく。
 残ったのはたった1機の機械だ。
 マントも剣も無いが、何故かルクシュヴァリエに似た姿をしていた。
「狙えないなら近づけば良い」
 痩せぎすのイェジドと共に戦車に取り付き、砲口へ渾身の一撃を叩き込むカイン。
 その背後に音も無く迫る新手に気づけたのは、無限軌道に手を出せず戸惑っていたイェジドが先だった。
 予想外の加速で戦車の止めに失敗する。
 カインは即座に思考を切り替え、鈍色の巨人の拳を迎え撃つ。
「お前はっ」
 盾で防いだのに内臓が傷む。
 拳を引く動作も再度繰り出す動作も視認するのが難しいほど速く、しかしカインは1機のエクスシアを庇う位置を維持し続ける。
 がんばれー。
 テレパシーで応援が届くが有り難迷惑だ。
 ルルが滅べばこの場で生き延びてもイコニアは死ぬ。社会的にも物理的にもだ。
「お前達の道連れになどさせるか!」
 魂を込めた刃で斬り付けるとみせかけて対物ライフルで銃撃。
 高位の前衛ハンターであるカインですら肩が外れかける反動と共に凶悪な銃弾を吐き出す。
 鈍色の装甲で火花が散って、それだけだった。
 ある文明が最後に生み出した機械は、主力戦車の3分の1を葬ったCAMを倒すための超重装甲兵器だ。
 R7の中、血の気の引いた唇が薄く開き、虚ろな緑の瞳がサクラを見上げる。
「もうちょっと寝てて良いよ」
 加速でイコニアの内臓が揺れ吐きかけるが気にしている余裕はない。
 ルルと比べればはるかに劣るとはいえ、この悪友は生け贄に向いている。
 質そのものはここにいる守護者連中の方が高いが、戦力的に数段劣るので歪虚の玩具に向いている。
「このっ」
 ブラストハイロゥ展開。
 だが対戦車戦を見ていたらしく、パンチの余波を浴びせることでR7の装甲にダメージを与えてくる。
 このままでは2人用の棺桶になりかねない。
 残存戦車が内側から火を噴き砲塔が吹き飛ぶ。
 だが、この鉄の巨人だけでもこの地の聖堂教会を滅ぼすには十分すぎる。
「待たせたな」
 深紅のイェジドが全身を使って体当たり。
 その衝撃の強さと鋭さは、超高性能砲戦機との戦いに特化した機体では耐えられない。
 威力に耐える頑丈さを得た代わりに、状態異常に耐える柔軟さを失っていた。
「しかし」
 ヴァイスの弾幕じみたマジックアローが装甲で弾かれ、ならばと繰り出された真紅の刃も表面を浅く切り裂くだけで終わる。
「硬いな」
「援護はいるか?」
 ボルディアは斧を手に迷っている。
 まだ戦えはするが、リアルブルーの主力戦車並の何台も倒すためにかなりの傷を負っているので自己治癒をしておかないと万一がある。
「増援を警戒してくれ。注意を散らして勝てる相手ではなさそうだ」
 ヴァイスから紅蓮のオーラが噴き出す。
 大鎌が際限なく飲み込み存在感を増し、華やかな印象はそのままに死に神の鎌じみた気配を纏いだす。
 息を吐く。
 グレンと完全に同期して、1人と1体の全ての動きが繋がり魔鎌に異様な加速を与える。
 リアルブルー以上の技術で作られたセンサでも捉えられず、対スペースデブリ仕様の装甲が切り破られる。
 切り口は、物理的な存在で斬られたとは思えないほど滑らかだった。
「先生、ボルディア先生っ」
 これまで沈黙していた通信機がしゃべり出す。
 聞き覚えのある生徒の声が4人分。
 訓練で徹底的に追い込んだときより慌てている。
「報告は簡潔にしろ。卒業後は守ってやれないんだからよ」
 残りのスキル全部を叩き込めばサイコロで全て不利な目が出て勝てると冷静に判断し、ほんの僅かだけ気を抜いてしまっていた。
「結界が壊れかかってます、早く逃げっ」
 ボルディアが目を見開いた。
 結界の端があるはずの場所に闇が蠢いている。
「イコちゃん!」
 防御に徹していたR7が唐突にバランスを崩す。
 結界が崩れていく。
 反動でイコニアが激しく血を吐く。
 内側からひび割れるようにして浄化の力が消えていく。
 最後の歪虚の装甲が変化する。
 鈍色の金属から、無数の眼球が密集した異形の装甲へ。
 センサも関節部も覆い尽くされ、1個の文明を構成していた知性と狂気が無差別に周囲へ撒き散らされる。
「聖堂戦士団は今すぐ丘へ逃げろ。呑まれるぞ!」
 歪虚王イヴを称える歌が世界を歪める。
「ボルディア!」
「やっている!」
 守護者が世界を歪め返す。
 密度を保ったまま極短時間膨れあがり、魔斧を超高速で振り回して実体化しようとする異形をなぎ倒す。
 激しい風切り音を置き去りにして紅の刃が振るわれる。
 眼球装甲は壊されても回復しない。
 とうに滅びた世界の残滓であり、狂信と狂気も莫大ではあっても増えはせず救われることもない。
「あれが核か」
 装甲割れ目から噴き出す小さな眼球を踏みつぶし押しのけながら、ヴァイスは狙い澄ませた魔力矢と放った。
 最後の機械の核は小さな像だ。
 微かに知性を残した魂が眼球を動かし盾となる。
 4本目の矢がひび割れた神像の手前で止められ、5本目の矢が尽き立つがひびは広がっても破壊には至らない。
 呪詛が大地を覆いヴァイス達の足を地面にめり込んだ。
「ここ、で」
 イコニアが痙攣している。
 目鼻から血が流れ、髪も顔面も無残な有様に成り果てている。
 サクラは止められない。
 物理的に止めても今度こそ己を使ってしまうことを知っているからだ。
 ボルディアが潰しきれなかった異形が実体化を完了する。
 途中で引きちぎられた神経と体液を伴う、狂信だけが残った人体の残骸の海であった。
「カーナボン司祭が守護者か聖女かは私には分からないけど、司祭が神使であることは間違いないだろうなって思うの」
 問答無用の癒やしの光が装甲の割れ目から差し込む。
 イコニアが回復。
 呆然とする彼女より早く我に返ってサクラが改めて意識を奪う。
「でも、だからって常に命を懸けて行き急ぐ必要はないかなって思うの」
 そういう性質だから特異な法術を使えるのだろうなと考えながら、ディーナがよいしょと星神器を振り抜いた。
 凹みと歪みで開かない胸部装甲が前に向かって吹き飛ぶ。
 装甲が地面に転がり数百数千の眼球を砕いて粘液まみれになる。
 数日前までは生徒が明日に向かっていた場所が、今は地獄そのものだ。
 ディーナが大きく息を吸う。
 文明1つの重みを感じても引きずられず、守護者として何よりディーナ自身として真っ直ぐに向かい合う。
「貴方達の苦しみを受け止めて昇華して」
 光の波動が広がる。
 個々は雑魔でしか無い眼球が粘液も残せず消し飛び、最後の兵器を構成する眼球装甲も白く濁る。
 足止めがなくなればハンターの攻撃も復活する。
 魔術が、刃が、猛烈な襲撃が人型兵器を刻んで核を表へ引きずり出した。
「今度こそここは、全てのものが手を取り合える楽土になるの!」
 地面の底には古エルフの怨念。
 土の上には異界の狂信。
 ディーナは全てを理解した上で踏みつけ走り抜け、雷霆纏う星神器を振り下ろす。
 眼球の海に浮かぶ神像に直撃する
 イヴに似せて加工された、元は雷霆を象徴する神像だったそれがほろほろと崩れ……。
「まずいの」
 腰から下が消えずに残った。
 手応えはあった。
 放置しても1時間も経てば消える。
 だが1時間もあれば丘まで飲み込まれみんなそろって負に堕ちかねない。
 眼球が神像を核に集まり始める。
 ディーナが凶悪な威力のセイクリッドフラッシュを連射しても潰しきれない、圧倒的な量と重さであった。
 古くから使われてきた詠唱が響く。
 エルバッハのファイアーボールが神像を隠そうとする眼球を焼いていく。
 銃器の発砲音が敷地のあちこちから響く。
 神像を狙い撃ちにするほどの精度はなくても、雑魔でしかない眼球は次々砕かれ歪虚としての生を終わらされていく。
「悪ぃが遠慮はしねぇぜ。遠慮して討ち損ねたらガキ共に会わせる顔がないんでな」
 巨大な斧が歪虚の核を捉える。
 物としての強度ではなく霊的な強度で耐えられたのは約1秒。
 神像が砕け、文明の最後の残滓が砕け、その残像でしかない眼球全てが形を喪い消えていくのだった。

●未来
 奇妙な感覚だった。
「朝騎が死ぬまでのあいだだけでいいでちゅからルルしゃんと一緒に……」
 これはいつの記憶だろう。
 己の過去に怯え、現在に怯え、未来に絶望しながら半ば逃避していた頃の記憶だろうか。
「ルルしゃんの事を考えると朝騎、不安が消えまちゅ」
 その想いはいまも褪せずにある。
「どんな戦いも怖くありまちぇん。ルルしゃんの事を考えると気持ちが暖かくなりまちゅ」
 なのに違和感を覚えている。
「朝騎、ルルしゃんの事が好きでちゅ。大好きでちゅ。朝騎の一方的な気持ちかもしれまちぇんけど、大好きでちゅ」
 嬉しい。
 嬉しい?
 私はそんな仕様をしていたか?
 広く深い、時間が意味を持たない広がりの中に、あのひとと2柱でいたのではなかったか。
「朝騎のお嫁さんになってもらえまちぇんか」
 笑顔で頷き飛びついてきたあのひとの貌が、思い出せない。
「げふぅっ!?」
 百年の声も冷める声と息が朝騎の口から飛び出た。
 五感が人間のものに戻っている。
 爽やかな風と微かに香る桜の香りは、愛するひとの本拠のものだ。
「ルルしゃんはどこでちゅかーっ!!」
 腹筋だけで跳ね起きる。
 鈍っていた聴覚も復活し、北から聞こえてくる超大規模な基礎工事の音に気付く。
「同意の上のようですから連れて行くのは構いません。ですが、邪神や歪虚王と戦っている今、朝騎さんを連れて行くのが何を意味するか分かりますよね!」
 何故かイコニアが光っている。
 桜色だ。
「ごめん」
 しかも何故かルルが正座している。
 回復には長い時間がかかるはずなのに6歳児姿にまで戻っている。
「謝る相手が違います。こんな形で代替わりなんて私も嫌ですし、一時的とはいえ土地が大精霊様から見捨てられると誰が苦しむか分かりますよね生徒達ですよ!!」
 枝振りの良い桜の木が怒りに似た気配を発していた。
「えーと、そのくらいで。っていうか」
 ルルの横に正座しつつ小首を傾げる朝騎。
「今はどこここは誰?」
「学校に攻め込んだ傲慢勢力撃破から10日後です。あなたはハンターの朝騎様。この体とと協力して人間に戻したつもりですが、不具合があればこの体に聞いて下さいっ。なんでこの格で精霊と人と色恋沙汰なんかに巻き込まれるのよぅ」
 桜の色が消え、携帯型点滴を抱えたイコニアが残された。
「ルルしゃーん」
 呼びかけたので何故か顔を真っ赤にされてそっぽを向かれた。
 事情を聞かせて貰おうと司祭を見てみる。
「邪神との戦いが終わった後、この丘でルル様に告げて下さい。きっと朝騎さんの望み通りになります」
 これ以上は立場上言えないと言い残し、イコニアは丘を降りていく。
「おつかれー。いやー凄い物みちゃった。オフィスに報告する?」
 メイムがPDAを渡してくる。
 復興用の資材の購入費や、種籾の購入や輸送についての具体的な手続き書類が数十枚入っている。
「愛が起こした奇跡ということにしておきましょう」
「永遠の命が云々という話になるとろくでもない展開になりそうだしねー」
「分かっているなら言わないでくださいよ。はい全部このままでいきましょう」
 復興がこれほど早く進んでいるのはメイムの手当のお陰だ。
 人材が無事でも財産を失いすぎれば回復しようがなくなる。
 丘に持ち出せた重要資材とデータがあればこその復興速度だ。
「これからどうなるー?」
「この地方の傲慢勢力は消えましたが、この地方の聖堂戦士団も一時的に戦力喪失です。ですから……」
 足を止めて少し考える。
「南の歪虚を解決すれば後は学校と領地経営ですね。そのとき私がいなくても幹部になれるようにはしておきます。……皆さんが希望すればですけど」
 生き残りの魔導トラックに乗り、次の目的へ向かった。
「イツキさん?」
「あの、助けて頂けると……」
 木の枝に腰掛けたイツキが困っている。
 丸々とした子猫が膝で丸まり、小鳥がイツキの肩に止まって身を寄せ合っている。
 親猫達は我が物顔で森の中を見回りしている。
「好かれているんですね。お昼ご飯は後で持って来ます」
 楽しんでいる気がしたので、魔導トラックを降りて1人で森の中へ進む。
「しさいごめーん」
 反省中と墨書された鉢巻きを巻いたルルが出迎える。
 予備の体なので3歳児にしか見えず、しかし食欲は変わらずユウ作のケーキで口元を汚している。
「ルル様、それは失敗作ですから……」
 これまで使っていた厨房が壊れているのでユウも実力を出し切れななかった。
 彼らがいるのは覆堂だ。
 古エルフの安らかな眠りや想いを歪虚に利用されないよう、物理的にも霊的にも多重の仕掛けが施されている。
 なかなおり会まで校舎内に隠しておく予定だったのだが、校舎がなくなってしまったので森の中で秘密裏に組み立てたのだ。
「イコニアさん」
 祈りを捧げていたソナが司祭に向き直る。
 司祭は、失脚かそれ以上の境遇に陥ることを前提に動いている。
「私は、あなたにも校長にも犠牲になって欲しくはないのです」
 聖堂教会ももっと合理的に考え、過去の虐殺を顧み、温情を示すことで市民の崇敬の念も篤くなるのではないのかと問いかける。
「リアルブルーから来られた方であれば……いえ、クリムゾンウェスト出身者であってもリゼリオの方であればそれでいけるかもしれません」
 微笑みに諦めの色が濃い。
「残念ながら王国では無理です」
 出身世界や国籍も様々な専門家から亡命を勧められている。
 全ての責任と聖堂教会でのキャリアも投げ出すことになるが、それでも亡命が許可される程度の法術使いであり対歪虚の戦士なのだ。
「人死にが最大で1桁で済みそうなのが奇跡なんです」
 王国は良い意味でも悪い意味でも古い。
 一部例外もあるがあくまで例外だ。
 この学校地域も、ハンターがこれまで積み上げた実績がなれければ古エルフのことなど無視されていたはずだ。
 いずれにせよ終わりは近い。
 イコニアはソナと共に、追悼の祈りを捧げていた。

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MVP一覧

  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤーka0665
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムスka0796
  • 闇を貫く
    イツキ・ウィオラスka6512
  • 無垢なる守護者
    ユウka6891

重体一覧


  • ヴァイス・エリダヌスka0364
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムスka0796
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボンka5336
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラka5561
  • 聖堂教会司祭
    エステルka5826
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミka5843
  • 闇を貫く
    イツキ・ウィオラスka6512
  • 無垢なる守護者
    ユウka6891

参加者一覧


  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    グレン
    グレン(ka0364unit001
    ユニット|幻獣
  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    ヤクトバウプラネットカノーネ
    ヤクト・バウ・PC(ka0665unit008
    ユニット|CAM
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ノーム」
    刻令ゴーレム「Gnome」(ka0796unit004
    ユニット|ゴーレム
  • エルフ式療法士
    ソナ(ka1352
    エルフ|19才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ペガサス
    ディアン(ka1352unit005
    ユニット|幻獣
  • タホ郷に新たな血を
    メイム(ka2290
    エルフ|15才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ホフマン
    ホフマン(ka2290unit003
    ユニット|ゴーレム
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ウィザード
    ウィザード(ka2434unit003
    ユニット|CAM
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボン(ka5336
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ワイルドハント
    -Wild Hunt-(ka5336unit002
    ユニット|幻獣
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ココノソジロウ
    九十二郎(ka5561unit003
    ユニット|CAM
  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎(ka5818
    人間(蒼)|16才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ノーム」
    刻令ゴーレム「Gnome」(ka5818unit018
    ユニット|ゴーレム
  • 聖堂教会司祭
    エステル(ka5826
    人間(紅)|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ヴォルカヌス」
    刻令ゴーレム「Volcanius」(ka5826unit004
    ユニット|ゴーレム
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    アールセブンエクスシア
    R7エクスシア(ka5843unit002
    ユニット|CAM
  • 闇を貫く
    イツキ・ウィオラス(ka6512
    エルフ|16才|女性|格闘士
  • ユニットアイコン
    エイル
    エイル(ka6512unit001
    ユニット|幻獣
  • 無垢なる守護者
    ユウ(ka6891
    ドラグーン|21才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    オートソルジャー
    オートソルジャー(ka6891unit005
    ユニット|自動兵器

サポート一覧

  • アニス・テスタロッサ(ka0141)
  • エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)
  • アルマ・A・エインズワース(ka4901)
  • フィーナ・マギ・フィルム(ka6617)

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
カイン・A・A・カーナボン(ka5336
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2019/03/01 08:28:34
アイコン 質問卓
ボルディア・コンフラムス(ka0796
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2019/03/01 17:49:48
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/02/26 11:56:27
アイコン 相談卓2
ユウ(ka6891
ドラグーン|21才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2019/03/01 18:21:45