ゲスト
(ka0000)
【陶曲】ヴァリオス・ビエンナーレ
マスター:のどか

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/02/28 07:30
- 完成日
- 2019/03/21 01:42
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
――時は年明けにさかのぼる。
アンナ=リーナ・エスト(kz0108)は中継ぎの受付嬢ルミ・ヘヴンズドア(kz0060)と並んで、同盟オフィスの応接室のソファに腰かけていた。
向かいにはヴァリオス商工会の青年会会長であるエヴァルド・ブラマンデ(kz0076)の姿がある。
エヴァルドはいささか緊張した様子の2人に柔らかく、だが堂々とした様子で笑いかけた。
「そうですか……とても残念です」
彼の口から零れたのは、言葉通りの至極残念そうなため息。
それに合わせてアンナが深く、深く、頭を下げた。
「お誘いはとても光栄なことであると身に染みています。しかし私は、ひとりのハンターとしてこの世界と、そして我々の世界と向き合っていきたいのです」
アンナがエヴァルドに秘書にならないか、と話を持ち掛けられたのは年末ごろのこと。
数名のハンター達と共に受けたインターンシップを通して、自分なりに答えを考えて来た。
この世界に来て、多くの人に出会い、多くの事件と向き合った日々。
そこで出会った沢山の言葉や価値観。
その中で彼女が至ったのは、彼の申し出を断るという決断だった。
「ルミも、面目を潰すようなことになって申し訳ない」
「いやいや、あたしはその、紹介しただけですし」
同じくらい頭を下げられて、ルミはプルプルと顔を左右に振る。
その様子を見ながら、エヴァルドはそっと頷いた。
「お気持ちは分かりました。それでは、今回の件はなかったことにいたしましょう」
「本当に、申し訳ありません」
「いえ、良いんですよ。むしろハッキリと断ってくださってよかった」
エヴァルドが落ち着いた様子で笑いかけると、アンナは申し訳なさこそ消えないものの、多少は安堵したように表情に余裕が生まれる。
彼は淹れて貰ったお茶に手を付けると、話を仕切り直すようにふたりへと向き直った。
「でしたら、今回はハンターとしてあなた方にご依頼をさせていただけませんか?」
「ええ、それはもちろん」
頷いたアンナの隣で、ルミがキョトンとしてエヴァルドを見る。
「がた……ってルミちゃんもですか?」
エヴァルドは頷き返す。
「ええ。ヴァリオスで芸術祭を開催する予定がありまして、その運営をお手伝いいただきたいのです」
「芸術祭、ですか」
尋ねたアンナにエヴァルドはつづけた。
「ビエンナーレ、というものがあるそうですね。2年に1度の芸術祭であるとか」
「ええ、私もリアルブルーで聞いたことくらいはあります」
「それをヴァリオスで開催したいと企画しておりまして、現在準備が進んでおります。今回が第1回となるのですが……これをただの芸術祭ではなく、ヴァリオス周辺の精霊たちを祭る意図を含ませたいと考えているのです」
そこまで言って、エヴァルドは一呼吸を置いた。
「知の精霊の結界の話は私も耳に挟んでいます。その力を高めるために、同盟各地の精霊の力を高めなければならないことも。しかしヴァリオスは見ての通り、クリムゾンウェストでも随一の文化的未来志向の街です。今になって精霊がどうこうといった話は、なかなかピンと来られない方もいるものです。ですが『芸術』という側面に絡めていくのであれば――人間主体となってしまったこの街の文化の中でも、精霊をお祀りすることができるのではないかと私は考えているのです」
「なるほど……そもそも芸術というものは信仰によって培われて来た側面が大いにあります。逆に芸術から信仰に寄りそう、ということも不可能ではないでしょう」
「ええ、その通りです。やはり、手放すには惜しい人材でしたね」
苦笑するエヴァルドに、アンナもやや疲れた笑顔を返す。
「そして何より、我々の街は我々市民が守っていきたい。皆さんに守られるだけでなく、我々の生活は我々の手で」
エヴァルドの言葉に、ほんのり熱がこもる。
アンナは、そんな彼に深く考えるでもなく、頷き返した。
「私だってこの街に長いこと世話になってきたのです。できる限りの力を貸したいという想いに、偽りはありません」
「ありがとうございます」
どちらからでもなく手を握り合う2人。
そんな中、やや蚊帳の外のルミは申し訳なさそうに手を挙げた。
「あ、あのぉ~、それでルミちゃんは何を?」
「ルミさんにはぜひ舞台芸術ブースの運営補助と……それともう1点。舞台に立ってみませんか?」
「……え?」
彼の言葉に、ルミは思わず息を呑む。
「不躾ながら――オフィスの報告書に目を通させていただきました。1年前のグラウンド・ゼロでのことも」
「それは、その……」
言葉を濁したルミに、エヴァルドは語り掛けるように言葉をやわらげた。
「ご友人を失われたこと、心中お察しいたします。しかしそれでも――あの舞台は素晴らしかった」
その場にはいなかったはずのエヴァルドは、さも見て来たかのように、その光景に思いをはせた。
「多くのハンター達の力があったことももちろんですが、それ以上に、人の心を惹きつけるものが貴方のステージにはありました。こういうのも何ですが、私はあなたのファンなのです」
「ファンって、そんな……」
謙遜するルミを、エヴァルドはそっと制する。
「ぜひ、歌っていただけませんか……? 貴方には歌をやめて貰いたくないのです」
「えっと……それは……」
助けを求めるようにルミは隣を見る。
目があったアンナは、「ルミが決めることだ」と目で語って首を振った。
うつむいて自分の考えをまとめるルミ。
それからおずおずと、顔を上げる。
「それがみんなのためになるなら……ううん、違う」
ぶるぶると頭を振って、もう一度エヴァルドを見た。
「私、歌いたい。あの時はみんなに背中を押して貰って、力を貰って――だから今度は私が、みんなのために歌いたい」
●
それから数週間の時が流れて、ビエンナーレの開催期間となったヴァリオスは街中が沢山の色であふれていた。
そもそも「極彩」をうたうきらびやかな街であるヴァリオスだが、こと芸術に満ちたこの期間はいつもとは違う、アンバランスでどこか混沌とも言える独特な雰囲気に包まれる。
「……大丈夫か?」
見回りに来ていたアンナが、舞台袖で一息つくルミに声をかけた。
ルミはあの日の――これが最後と思っていたヘヴンズドアの真っ赤な衣装に身を包んで、演目のスケジュールを確認している。
「う、ううう、うん、大丈夫だよ???」
「……とてもそうは見えないが」
珍しくガチガチの彼女に、アンナは小さくため息をつく。
「こういう面で私がアドバイスできることは何もないが……出番まで時間はあるから、それまであまり気負わずにな」
「ああああ、ありがとう!!??」
不安は残るがアンナもアンナで仕事がある。
差し入れの屋台のミックスジュースだけ手渡して、彼女は持ち場へと戻っていった。
ヴァリオスが名実共に「極彩」となるお祭りで、沢山の『祈り』がこの街に集う。
――時は年明けにさかのぼる。
アンナ=リーナ・エスト(kz0108)は中継ぎの受付嬢ルミ・ヘヴンズドア(kz0060)と並んで、同盟オフィスの応接室のソファに腰かけていた。
向かいにはヴァリオス商工会の青年会会長であるエヴァルド・ブラマンデ(kz0076)の姿がある。
エヴァルドはいささか緊張した様子の2人に柔らかく、だが堂々とした様子で笑いかけた。
「そうですか……とても残念です」
彼の口から零れたのは、言葉通りの至極残念そうなため息。
それに合わせてアンナが深く、深く、頭を下げた。
「お誘いはとても光栄なことであると身に染みています。しかし私は、ひとりのハンターとしてこの世界と、そして我々の世界と向き合っていきたいのです」
アンナがエヴァルドに秘書にならないか、と話を持ち掛けられたのは年末ごろのこと。
数名のハンター達と共に受けたインターンシップを通して、自分なりに答えを考えて来た。
この世界に来て、多くの人に出会い、多くの事件と向き合った日々。
そこで出会った沢山の言葉や価値観。
その中で彼女が至ったのは、彼の申し出を断るという決断だった。
「ルミも、面目を潰すようなことになって申し訳ない」
「いやいや、あたしはその、紹介しただけですし」
同じくらい頭を下げられて、ルミはプルプルと顔を左右に振る。
その様子を見ながら、エヴァルドはそっと頷いた。
「お気持ちは分かりました。それでは、今回の件はなかったことにいたしましょう」
「本当に、申し訳ありません」
「いえ、良いんですよ。むしろハッキリと断ってくださってよかった」
エヴァルドが落ち着いた様子で笑いかけると、アンナは申し訳なさこそ消えないものの、多少は安堵したように表情に余裕が生まれる。
彼は淹れて貰ったお茶に手を付けると、話を仕切り直すようにふたりへと向き直った。
「でしたら、今回はハンターとしてあなた方にご依頼をさせていただけませんか?」
「ええ、それはもちろん」
頷いたアンナの隣で、ルミがキョトンとしてエヴァルドを見る。
「がた……ってルミちゃんもですか?」
エヴァルドは頷き返す。
「ええ。ヴァリオスで芸術祭を開催する予定がありまして、その運営をお手伝いいただきたいのです」
「芸術祭、ですか」
尋ねたアンナにエヴァルドはつづけた。
「ビエンナーレ、というものがあるそうですね。2年に1度の芸術祭であるとか」
「ええ、私もリアルブルーで聞いたことくらいはあります」
「それをヴァリオスで開催したいと企画しておりまして、現在準備が進んでおります。今回が第1回となるのですが……これをただの芸術祭ではなく、ヴァリオス周辺の精霊たちを祭る意図を含ませたいと考えているのです」
そこまで言って、エヴァルドは一呼吸を置いた。
「知の精霊の結界の話は私も耳に挟んでいます。その力を高めるために、同盟各地の精霊の力を高めなければならないことも。しかしヴァリオスは見ての通り、クリムゾンウェストでも随一の文化的未来志向の街です。今になって精霊がどうこうといった話は、なかなかピンと来られない方もいるものです。ですが『芸術』という側面に絡めていくのであれば――人間主体となってしまったこの街の文化の中でも、精霊をお祀りすることができるのではないかと私は考えているのです」
「なるほど……そもそも芸術というものは信仰によって培われて来た側面が大いにあります。逆に芸術から信仰に寄りそう、ということも不可能ではないでしょう」
「ええ、その通りです。やはり、手放すには惜しい人材でしたね」
苦笑するエヴァルドに、アンナもやや疲れた笑顔を返す。
「そして何より、我々の街は我々市民が守っていきたい。皆さんに守られるだけでなく、我々の生活は我々の手で」
エヴァルドの言葉に、ほんのり熱がこもる。
アンナは、そんな彼に深く考えるでもなく、頷き返した。
「私だってこの街に長いこと世話になってきたのです。できる限りの力を貸したいという想いに、偽りはありません」
「ありがとうございます」
どちらからでもなく手を握り合う2人。
そんな中、やや蚊帳の外のルミは申し訳なさそうに手を挙げた。
「あ、あのぉ~、それでルミちゃんは何を?」
「ルミさんにはぜひ舞台芸術ブースの運営補助と……それともう1点。舞台に立ってみませんか?」
「……え?」
彼の言葉に、ルミは思わず息を呑む。
「不躾ながら――オフィスの報告書に目を通させていただきました。1年前のグラウンド・ゼロでのことも」
「それは、その……」
言葉を濁したルミに、エヴァルドは語り掛けるように言葉をやわらげた。
「ご友人を失われたこと、心中お察しいたします。しかしそれでも――あの舞台は素晴らしかった」
その場にはいなかったはずのエヴァルドは、さも見て来たかのように、その光景に思いをはせた。
「多くのハンター達の力があったことももちろんですが、それ以上に、人の心を惹きつけるものが貴方のステージにはありました。こういうのも何ですが、私はあなたのファンなのです」
「ファンって、そんな……」
謙遜するルミを、エヴァルドはそっと制する。
「ぜひ、歌っていただけませんか……? 貴方には歌をやめて貰いたくないのです」
「えっと……それは……」
助けを求めるようにルミは隣を見る。
目があったアンナは、「ルミが決めることだ」と目で語って首を振った。
うつむいて自分の考えをまとめるルミ。
それからおずおずと、顔を上げる。
「それがみんなのためになるなら……ううん、違う」
ぶるぶると頭を振って、もう一度エヴァルドを見た。
「私、歌いたい。あの時はみんなに背中を押して貰って、力を貰って――だから今度は私が、みんなのために歌いたい」
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それから数週間の時が流れて、ビエンナーレの開催期間となったヴァリオスは街中が沢山の色であふれていた。
そもそも「極彩」をうたうきらびやかな街であるヴァリオスだが、こと芸術に満ちたこの期間はいつもとは違う、アンバランスでどこか混沌とも言える独特な雰囲気に包まれる。
「……大丈夫か?」
見回りに来ていたアンナが、舞台袖で一息つくルミに声をかけた。
ルミはあの日の――これが最後と思っていたヘヴンズドアの真っ赤な衣装に身を包んで、演目のスケジュールを確認している。
「う、ううう、うん、大丈夫だよ???」
「……とてもそうは見えないが」
珍しくガチガチの彼女に、アンナは小さくため息をつく。
「こういう面で私がアドバイスできることは何もないが……出番まで時間はあるから、それまであまり気負わずにな」
「ああああ、ありがとう!!??」
不安は残るがアンナもアンナで仕事がある。
差し入れの屋台のミックスジュースだけ手渡して、彼女は持ち場へと戻っていった。
ヴァリオスが名実共に「極彩」となるお祭りで、沢山の『祈り』がこの街に集う。
リプレイ本文
●
「凄いね。街が本当に極彩色だ……」
鞍馬 真(ka5819)が、ビエンナーレのために装飾が施されたヴァリオスの通りを眺める。
もとより“極彩の街”と謳われる同盟都市ヴァリオスであるが、芸術祭の開催に相まって、街は文字通りの“色”にあふれていた。
展開される展示や露店のブースなどもそうだが、直接お祭りに関係しているわけではないお店も横断幕や店先のインテリアなどでカラフルな雰囲気に一躍買っている。
「おっと、見とれちゃった。じっくり見るのはまた別の日にするとして、舞台に遅れないようにしなくちゃ」
パタパタと、真が広場の方へ向けて歩みを進める。
すれ違った帽子の青年・天央 観智(ka0896)が彼の代わりにはたと足を止めると、珍しいものをみるような視線であたり一帯を見渡した。
(もう何年にもなりますけど……こんなお祭り、ありましたっけ……?)
通りを歩けば普段は街にないようなオブジェやモニュメントが並び、ところどころのお店では中でもそういった展示が行われているよう。
開催スタッフらしい人がパンフレットを配っていたので貰ってみると、なるほど、芸術祭ということらしい。
「街全体を美術館のようにするお祭り……ですか? テーマもあるんですね……なるほど、なるほど」
腑に落ちたように頷きながら、そういうことなら、と先ほどよりは軽くなった足取りを街へ向ける。
いつもと違った街並みは、いったい何を見せてくれるだろうか。
宝石店――それは、商店街を歩いていて何気なく目を引くお店のひとつだろう。
そこで展示を行っているのはジャック・エルギン(ka1522)だ。
普段なら商品を並べる店先のショーケースに飾るのは、銅板を叩いて作った浮き彫りのレリーフ。
祈る女性を中心に宝石がちりばめられている、目にも華やかな作品だ。
「この国で『祈り』っつったら、真っ先に思い浮かんだのがこれでな」
モチーフについて尋ねる見物客に、彼は答える。
アメジストやサファイヤ――これまで関わってきた同盟の精霊たち。
人が祈りを捧げることを忘れたために起きた亀裂なら、その祈りは彼らに届けたい。
そんな思いが込められている。
視線を通りに戻せば、星野 ハナ(ka5852)が星をちりばめた屋台で笑顔を振りまく。
「祈るならばお星さまへ。限定ドリンク『ヴァリオスの願い星』、いかがですか~」
星や精霊がカラフルに描かれたお手製の看板には「星と精霊さまの贈り物」の文字。
メニューは7色ジュースの「ヴァリオスの願い星」に「星と精霊さまのクッキー」、そして星型のチーズをのせたホットドック「ヴァリオス・スタードック」。
星に何を願うのかは自由。
だけど日常的な祈りを忘れた人たちにとっては、きっかけが重要だ。
そういう意味で星というモチーフは、わかりやすく街の人々に浸透しているように思えた。
「さーさー、“白い天の鳥”のサーカス団が一人、ミア! 風船唐綿の妙技、とくとご覧あれニャスー♪」
サーカス団の衣装と化粧を扮したミア(ka7035)が、道端で通行人を呼び止めるように声を張った。
手始めにと不安定な玉の上に乗って、クルクルとクラブをジャグリング。
おおー、と観客の声が漏れる。
芸術――なんて大したものはできないけど、見て笑顔になれるものという意味ではきっといっしょ。
賑やかに夢と希望を広めよう。
それがサーカス、夢の祭典だから。
そんな人だかりをぼんやりと眺めるフィロ(ka6966)は、ふと道端のゴミを見つけてスタッフ章をつけた腕で拾い上げる。
その瞬間、背後でまた人だかりがわっと湧いたのを聞いて、静かに息を吐いた。
「祈り――とは、願いや思いとは違うのでしょうか」
思考プログラムをたどっても、その単語に関する動作を引き出すことができない。
高次元の存在に対して行う誓いのようなもの、と浅く理解したつもりだったが、テーマとなっているこのお祭りの様子を見ていると、どうやらそれに限ったことではないらしい。
「祈りとは何でしょう……」
深まる疑問に、自答はできない。
数多ある展示の中でも、ひときわ大きなもののひとつがクレール・ディンセルフ(ka0586)の作品だ。
祈りというものを歴史的、技術的な側面から捉え、たどり着いたのが『農業の歩み』。
石器の時代から進化を経て、最新の農具までを再現制作。
同時にその時代ごとに開発・育成されてきた品種をオブジェとして添えて、農耕の歴史も振り返ることができる。
人間の最も根源的な営みである“食”。
それを育てる道具こそ、“生”への祈りと言えるだろう。
日が進むにつれ、次第に通りに賑わいが溢れていく。
お祭り自体は数日の開催となっているが、今日は特設の舞台イベントがあるのだ。
それを目当てとした観光客が集中してきているのだろう。
煉瓦造りの道をカラカラカウベルを響かせながら、ベル(ka1896)がニコニコと行きかう人々を眺めていた。
「メル、きょーはありがとなんだよ!」
くるりと振り向いてニッコリ。
岩井崎 メル(ka0520)も笑顔でそれに頷き返す。
「久しぶりだったから、ちょうどいい機会だなって」
「うん。にぎやかで、ぽかぽかで、とってもたのしい♪」
口にしながらぴょこぴょこ跳ねて歩くと、そのたびにベルが鳴る。
その音と彼女の笑顔がどうにも愛おしくって、メルの頬はついつい緩んでしまう。
「『それ』、どのあたりで配ろっか?」
メルが指差したのはベルが右手に下げた可愛いバスケット。
中には昨日準備した2人の祈りがぎっしりとつまっている。
「できるだけたくさんのひとにあげたい! ともだちもたくさん、きてるかな?」
「うーん、そうだね。時間はあるし、ゆっくり見て回りながらくばってこっか」
「うん♪」
カラカラ、ベルの音が通りを行く。
●
ヴァリオスの広場。
特設ステージの裏は、準備に明け暮れる演者たちであふれていた。
数年前は見様見真似だったこういったリアルブルー式の「ステージ」というものの設営も、今ではずいぶん手慣れたものだ。
「――と、ここで演出を入れるのでステージの前の方に寄ってもらって」
「うん、うん。なるほどね!」
進行表片手に語るアシェ-ル(ka2983)に、すっかりステージ衣装に着替えたルミ・ヘヴンズドア(kz0060)がコクコクと水飲み鳥みたいに頷く。
上ずった声で答えた彼女に、アシェールはどうにも心配そうに首をひねる。
そんな2人に、スタッフ章をつけたキヅカ・リク(ka0038)が歩み寄った。
「や、準備はどう? あ、これ差し入れね」
リクが差し出したのは通りのハナの店で買ったクッキーの包み。
星と人型のカラフルなクッキーは、可愛いうえに、時間の合間にちょっとつまむのにちょうどいい。
ぎくしゃくと受け取ったルミをリクはちょっと驚いた様子で見たが、やがて噴き出したように笑ってみせた。
「わかるわー。やべー戦場行くときの朝みたいだわー。今の僕、いつものルミちゃんの役の気分だわー」
「ちょっ! もー、必死なんだから茶化さないでよ!?」
「そんなこと言ったって、ねぇ?」
「そーですねぇ」
アシェールと2人頷きあうのを、ルミがぷくーと頬を膨らませながら睨みつけていた。
ステージ上では真がフルートのソロステージを奏でている。
伸びやかで温かい響きの音色は平和への祈りを込めて。
穏やかな拍手に包まれながら、真は満足げに降壇する。
タオルと飲み物を差し出したスタッフに笑顔で答えて、まずはほっと一息だ。
入れ違いに上手からステージへ昇ったのは央崎 遥華(ka5644)。
ゴシックのドレスを身にまとい、ギターのアームに指を這わせる。
(少しでもルミさんが歌いやすいように、私たちが盛り上げないと――)
軽やかな音色が会場に弾けた。
一音ずつ気持ちを込めて響かせるアルペジオ。
ミドルテンポで紡がれる旋律は、どこか聖歌のように美しくも力強い。
織り交ざるファルセットのハミングが、より壮麗さに磨きをかける。
やがて曲調を一転、リフを刻んで音が客席に迫るように。
それまでしっとりと聞き入っていた観客も、どこか圧倒されるように彼女に釘付けにされていた。
「それじゃルミちゃん、私たち先に行ってくるね」
「う、うん! 行ってらっしゃいルナちゃん!」
昇っていくルナ・レンフィールド(ka1565)たちを、ルミは1人ずつハイタッチで送り出す。
合わさる手のひとつひとつが温かい。
ステージ中央に立った天王寺茜(ka4080)がお辞儀をすると、代表して挨拶を述べた。
「えと、今から歌うのはリアルブルーの讃美歌です。そう聞くと堅苦しく感じるかもそしれませんが……どうぞ、聞いてみてください」
振り返り、エステル・クレティエ(ka3783)ともども3人で頷きあうと、テンポを取って演奏が始まる。
茜のキーボードにエステルのフルート、そしてルナのリュートの音色が重なっての3重奏。
讃美歌――と前置きながらも認識を打ち破って、アップテンポでノリをよく。
茜の快活な声を乗せると、ポップスのようにも感じられる。
(祈りは種――育てる雨風や光があって根付き、広がっていくもの)
ルナと茜の演奏に寄りそいながら、エステルは自らの音に自らの想いを乗せる。
根が、葉が、花が、広い大地を柔らかく覆うように、この曲の祈りがステージを、客席を包むよう。
(戦うことだけが守ることじゃないですものね)
思えば、ハンターとして最初の仕事もこうして音楽を奏でることだった。
そんな思い出が音に乗って思い起こされる。
(やっぱり……セッションは楽しいなぁ)
ルナも茜の主旋律にコーラスを重ねながら、しみじみと、旋律の重なりに心を委ねていた。
ひとりも楽しいけれど、ひとりじゃないこともこんなに頼もしい。
だからきっと、ルミちゃんも――
讃美歌として横ノリな会場に、やがて手拍子が混じり始める。
はじめに茜が口にした「堅苦しさ」は、とっくに音符の彼方に追いやられていた。
「フレーズを繰り返すだけだから、みんなも一緒に!」
繰り返しのサビに入り、観客を煽る。
観客だけじゃなく、舞台裏の他の演者たちもいつの間にか段に上って歌声と手拍子を重ねていた。
驚いた3人に、真がほほ笑む。
「ひとりよりもみんな。ここにいるみんなで、祈ろう」
エステルが、ステージ上から客席へ向かってラッピングした小さな包みを撒く。
中に入っているのは花の種だ。
あなたの祈りが、きっとどこかで芽吹きますように――歌声がヴァリオスに響いた。
●
午後の「星と精霊さまの贈り物」は、ちょっとしたお茶の時間の付け合わせや小腹を満たしに来たお客であふれていた。
店主のハナはというと、あっちを対応したりこっちを対応したりてんやわんやの状態。
ひとりで回しきれないほどではないが、欲を言えばもうひとりスタッフが欲しい。
「これはなあに?」
ふと、店先の子供が店頭に飾られた手のひら大の紙細工を指差す。
「あ~、これは紙を折ってできたツルですよぅ。さっきお客さんがプレゼントしてくれたんですぅ。はい、どうぞ。お星さまに祈りを込めて」
「ありがとう!」
クッキーを受け取った子供が包みを抱えながら通りを駆けていく。
休まる暇もないが、ちょっとでも誰かが元気になってくれるのなら悪い気はしない。
「よーし、それじゃ俺もちょっと出てくるぜ」
「はい、行ってらっしゃい」
宝石店の店主に見送られ、ジャックは街へと繰り出した。
「さて、ルミのライブ間に合うかね? オオトリらしいし大丈夫か」
パンフレットのスケジュールと時計とを確認しつつ、向かうのは広場。
「異界んときも楽しかったが、必死でもあったからな。純粋にあいつのステージを楽しみに行くのは初めてか」
さっき見物客から貰った折り鶴をつつきながら、ちょうど一年前の記憶に想いを馳せる。
この胸の高揚感はまだ会場に着くまで取っておこう。
「クレール様の祈りとはなんですか?」
「おおう、またストレートな質問が来たね」
祈りを知りたいフィロは、展示品を見て回ってはその作者にそんな質問を投げかけていた。
クレールは展示した農機具たちを眺めながら、うーんと小さく唸る。
「農業って太陽や雨――自然の象徴のひとつだよね。それでいて、人間が手を加える人為的なものの象徴でもある。それは過去からずっと続いてきて、きっとこれからどんどん進化していくと思う。だけど、どんなに進化しても、おいしいご飯をお腹いっぱい食べたいっていう根本的な想いは変わらないと思うんだ。昨日より今日、今日より明日。それがずっと新しい時代に続いていくことが、私の祈りかな」
「なるほど……」
「うーん、これで伝わったかな?」
考え込むフィロに、クレールは申し訳なさそうに尋ねる。
「ありがとうございます。もっと、他の方にも聞いてみます。ところで……」
それは、と彼女はスペース脇にちょこんと飾られた折り鶴に目を向ける。
「あー、友達がくれたんだ。リアルブルーの祈りの象徴なんだって」
「これも祈り、ですか」
作者不在の小さな祈りに、フィロの疑問がまたひとつ増えた。
「そっか。申し出、断ったんだ」
インフォメーションセンターでチラシの折り込み作業をしながら、リクが息を吐く。
アンナ=リーナ・エスト(kz0108)は手も視線もチラシに落としたまま静かに頷き返した。
「ああ。リク達と過ごして、私はハンターとしてこの世界にありたいと思った」
「うん。良いと思うよ。僕は大歓迎」
「ありがとう」
短い言葉だが、彼女から伝わる誠意。
はじめて会ったときは気難しい人かと思っていたが、そうではない。
彼女の短い言葉のひとつひとつは、ひたすらストレートな本心なのだ。
「ところで、アンナさんは何か祈ったりした?」
「このイベントの成功と、また2年後に――と」
「はは、アンナさんらしいや」
「リクは何か祈ったのか?」
「僕? 僕は――」
考えようとして、言葉を詰まらせる。
「――僕は祈らない。その分、誰かの祈りを背負いたいんだ」
「背負う?」
手を止めて目を向けたアンナに、リクは向かい合う。
「僕……いや、俺にとっての祈りは叶えるものなんだ。そう誓って、今の俺がある。だから俺は祈らない。祈ったらダメなんだ」
震える拳を握りしめた彼からアンナは視線を外して、そっと、祭りの賑わいを眺める。
「なら私の祈りは、リクのような人たちが自分のために願える未来になることだ。ひいてはイベントの成功と、またの開催に繋がる」
「はは……アンナさんらしいや」
理屈っぽい言葉。
だけど手の震えは不思議と止まっていた。
舞い散る色とりどりの花びらの中で、たくさんの風船が青空に舞う。
客の視線が一斉に空へ向いた時、ミアがパチンと指を鳴らすと、割れた風船の中から切り紙の白い鳩が降り注いだ。
溢れんばかりの歓声の中でミアはひらりとお辞儀をすると、手を振りながらその場を後にした。
「盛況じゃったのう、団長の直伝は」
優雅に拍手を送りながら、蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)はミアの紙の毛についた“鳩”をひらりと空へ放ってやる。
「失敗しなくてよかったニャス~。練習の時は1個だけ割れなかったりして」
「本番に強いミアなら大丈夫じゃろうて」
「ニャハハ……あっ、お花の演出もありがとうニャス!」
「いやいや、これくらいはお安い御用じゃ」
笑いながら語り合う2人。
そんな時、ミアがふと先ほどの観客の中から去っていくひとりの影を見つける。
「あっ! み、蜜鈴ちゃん、またあとでニャス!」
そのままピューっと猫まっしぐらな彼女の背中を見送って、蜜鈴は可笑しそうに笑いをこらえた。
「良いことじゃが、多少は寂しさもあるのぅ……おや?」
彼女もまた雑踏の中に見知った影を見つけて、ふっと穏やかな吐息を溢す。
そのまま花のような声で歌を口ずさんで、しゃなりしゃなりと歩いて行った。
往来に戻ったミアはきょろきょろと辺りを見渡す。
が、其の背中はすでに人込みに紛れてしまったのか、彼方に見失ってしまった。
見に来てくれたなら声を掛けてくれればいいのに――ふと思いつつも、彼の忙しさを思えば我が儘なんだろうなと自分を戒める。
「エヴァルドちゃんの祈りって、何ニャスかな。ミアは――」
肩書のない彼の言葉を聞いてみたい、それも我が儘になるのだろうか。
「きれいなおはなー! これはベル、まだおれない!」
「良かったね、ベル君」
蜜鈴に貰った細やかな折り花をキラキラした目で見つめるベルの姿を、メルは微笑ましい様子で見守る。
「もうずいぶん配ったんじゃない? あとどれくらい残ってる?」
「えっと、のこりは――あっ」
バスケットを漁るベルが声をあげる。
中から取り出したのは、2つの青い折り鶴。
「残り2個だね。ステージの方で配ろっか」
「ううん」
ベルが首を激しく左右に振る。
「これはねー、とくべつなんだよ!」
「特別? 誰か、決まった相手が居るのかな?」
「うん!」
今度は力強く頷くと、ベルはメルの傍に駆け寄り、彼女の手のひらにそれを乗せる。
「ベルからのおれいだよ!」
「そんな、私だってちょうどゆっくりできたらなーって思ってただけで」
「ちがうの!」
また左右にぶるぶる。
「きょーだけじゃなくって、まえからも、これからも、ずっとずっとまいにちのおれい! アオイトリはシアワセのかたちだから、なかよししてあげてて♪」
「ベル……」
思わずキュッと胸が締まる。
だめだな、お姉さんでいなきゃって思ってたのに……ほんと、かなわないや。
メルは赤く染まった頬を向けて、にっこりと笑い返した。
「ありがと、ベルっ」
●
ステージの照明が落ちて、客席が静けさに包まれる。
舞台裏では関係者が円陣を組んで、差し出した手を重ねていた。
「私たちじゃカナデ達の代わりにはなれないけど……私もルミの歌が聞きたいから、ね」
ベースを携えた茜が張り詰めた緊張の中で声をあげる。
「私、あっちの世界にいたころちょっとしたファンで……だから、精一杯力を尽くします」
ギターを携えた遥華が、。
「お客さんに届けた、祈りの種が芽吹きますよう」
エステルが、ここまで繋げた想いを重ねる。
「遥華さんと2人、ギター2枚ならきっとカナデのサウンドにも負けないから……だから行こう、ルミちゃん!」
手元にリュート、背中にギターを背負ったルナが、ルミへと笑いかける。
ルミはぐっと唇を噛んでから大きく息を吸って、叫んだ。
「いくぞーッ!!」
「「「「おーッ!」」」」
ステージを駆けのぼり、みんなで温まった客席を見渡す。
スポットライトが眩しくて、ひとりひとりの顔なんてよく見えない。
でも、みんなが期待の眼差しで見ているのが空気からピリピリと伝わった。
静けさの中で、ルナのリュートがポップなイントロを奏でる。
まずは肩慣らし。
ガチガチの緊張を取らないと――
ヘヴンズドアというバンドには似つかないかもしれないが、今、ここに立っているのは「私たち」なのだ。
落ち穂を拾うようにひとつずつ、声を、音を重ねる。
1曲を歌いきって、ルミがふと、その場にしゃがみ込んだ。
心配そうにする4人だったが、ルミは僅かに覗いた口元を、ニィと吊り上げる。
「みんな――ぶっ叩くよ」
声に応じるように、スポットのドラマーが激しいビートを刻んだ。
「落ちて、落ちて、落ちた先には登るだけ――求めてッ! 叩いてッ! 掴めッ! ノッキン・オン・ヘヴンズドアァァァアア!!」
ルミが叫び、音が乗る。
桃色の花火が、爆音と閃光となってステージ上空で弾けた。
(これこれ……そう、これです。暴走するようなエネルギー。野暮ったい理屈なんていらない。ただ、全てをさらけ出す!)
ギターを弾き慣らしながら、遥華が隣でマイクにかじりつくルミの横顔を見る。
走る、飛ぶ、ドストレートにさらけ出すパッション。
それが、ヘヴンズドアの音楽。
何度と聞いた音に身をゆだねて、思わず高鳴る鼓動に笑みが浮かぶ。
楽しい、楽しもう!
(緊張なんて嘘みたいじゃない……だけど、まだまだ、負けてられないから!)
間奏に入って、ルナが先行してギターの音を走らせる。
譜面にないアレンジに驚いて振り向いたルミに、彼女は挑戦的に笑いかける。
(自分が引っ張るって? いいよ、買ってやろうじゃん――)
被せるように、ルミが即興のフレーズを刻む。
いや、というよりは叫びに近い。
言葉なんてない。
ただただ溢れ出した感情を乗せた、声という音。
(も、もー! ついていかなきゃいけないこっちの身にもなってよ!)
茜が苦い表情で笑うが、だからと言って抑えてというつもりはない。
茜もホンモノを知っているから――ここに立った以上は、自分もヘヴンズドアなのだから。
エステルも同様に、慣れないパンクロックの音楽に必死に縋る。
本来バンドにはないフルートの音色は独特の滑らかな世界観を挟み、分厚いガラスをぶち破るような音楽の、砕け散った破片のひとつひとつに煌めきを与える。
(たまにはこういうのもいいですね。頭の中を空っぽにして、思い浮かんだ音をそのまま重ねる……本音をぶつけ合う、喧嘩のような音楽)
喧嘩――他に思い浮かばないがためのたとえだが、それは嫌っているから、というわけじゃない。
好きだから、認めているからこその喧嘩――そう発端のルナとルミ、そしてそれに乗った自分たちのように。
演出として舞台裏から見守るアシェ-ルは、ステージそして客席を見渡して目を輝かせる。
「凄い。ルミさんの唄で会場が一つになっているみたい……」
もともと人前に出るのは苦手だ。
必要がないなら出たくない。
だから、裏方の仕事はすごく楽しい。
でもこのステージを、観客の熱狂を見ていると、理由のない憧れがふつふつと沸き起こる。
「よし、私もしっかりちゃっかりやりますからね!」
ルミやバンドの動きに合わせて錬金杖を翻す。
溢れる想いを視覚化するように、私もこのステージの一員なんだ。
「飛ばしてんなぁ、最後まで持つのかよ! いいぞ、もっとやれ!」
声を出して笑いながらも、他の観客と一緒に拳を振り上げるジャック。
一方の観智はパンクロックのノリに興味深そうに耳を傾けながら、ステージの上の少女たちを見た。
「なるほど……ステージと音楽は人の本質を描く。あれが本来の“彼女”なのですね」
中央で叫ぶのは、いつもオフィスで元気を振りまく少女。
普段の狙いすましたような媚びた笑顔は、汗だくで取り繕うところのない、必死の形相に。
だけどなんだか、いいな、と思える。
「とは言え、ここまで空っぽになってしまったら祈りなんてどこかに飛んでしまいそうですね……それもそれで、良いのでしょうか」
苦笑しながら、他の観客の見様見真似で手を振ってみる。
フィロも喧騒の中でステージを見上げながら、ふつふつと湧き上がる高揚感に身を委ねていた。
会場から感じる熱意や思い。
お祭りが成功してよかった――自分も少しでもその手伝いができたのなら、と思うと悪い気はしない。
「ですが、私のこれは祈りではないような……そんな気がするのです」
1日、沢山の人に話を聞いたが結局答えは出なかった。
なぜならみんながみんな、違った答えをくれたから――結局どれが正解なのだろうか。
謎はまだ迷宮の中にあった。
「祈りとは……何なのでしょう」
曲が終わって、アシェールの降らせた炎の雨が流星群のようにステージを彩る。
一緒にはらはらとルミの衣装と同じ紅い花びらが舞って、会場は彼女の色に包まれた。
「ありがとうー! まだまだいくよーッ!!」
声援止まぬ客席に気持ちのいい笑顔を振りまきながら、次の曲のイントロが始まる。
そのタイミングで緋色の花火を打ち上げると、蜜鈴は満足げに煙管を吹かした。
「良い舞台じゃ……ここには全てがあって、同時に何もない。辛さも痛みも、幸せを識る為のものなれど、過剰なるはただの暴力――であれば、何もない方が良いというもの」
思い描くのは友の笑顔。
そして、答えを持たぬ知恵の精霊の面影。
「嘆き悲しむよりも、こうして空っぽになって笑っている方が、よほど気持ちの良いというものじゃのぅ」
どこか慈しむように唇をなぞると、ふらりとステージを後にする。
みんなに会いに行こう。
少なくともミアはどこかにいるはずだし、ヴァリオスなら他の者も来ているだろう。
語らい、そして笑おう。
私の願いは、自ら叶えることができるのだから。
「凄いね。街が本当に極彩色だ……」
鞍馬 真(ka5819)が、ビエンナーレのために装飾が施されたヴァリオスの通りを眺める。
もとより“極彩の街”と謳われる同盟都市ヴァリオスであるが、芸術祭の開催に相まって、街は文字通りの“色”にあふれていた。
展開される展示や露店のブースなどもそうだが、直接お祭りに関係しているわけではないお店も横断幕や店先のインテリアなどでカラフルな雰囲気に一躍買っている。
「おっと、見とれちゃった。じっくり見るのはまた別の日にするとして、舞台に遅れないようにしなくちゃ」
パタパタと、真が広場の方へ向けて歩みを進める。
すれ違った帽子の青年・天央 観智(ka0896)が彼の代わりにはたと足を止めると、珍しいものをみるような視線であたり一帯を見渡した。
(もう何年にもなりますけど……こんなお祭り、ありましたっけ……?)
通りを歩けば普段は街にないようなオブジェやモニュメントが並び、ところどころのお店では中でもそういった展示が行われているよう。
開催スタッフらしい人がパンフレットを配っていたので貰ってみると、なるほど、芸術祭ということらしい。
「街全体を美術館のようにするお祭り……ですか? テーマもあるんですね……なるほど、なるほど」
腑に落ちたように頷きながら、そういうことなら、と先ほどよりは軽くなった足取りを街へ向ける。
いつもと違った街並みは、いったい何を見せてくれるだろうか。
宝石店――それは、商店街を歩いていて何気なく目を引くお店のひとつだろう。
そこで展示を行っているのはジャック・エルギン(ka1522)だ。
普段なら商品を並べる店先のショーケースに飾るのは、銅板を叩いて作った浮き彫りのレリーフ。
祈る女性を中心に宝石がちりばめられている、目にも華やかな作品だ。
「この国で『祈り』っつったら、真っ先に思い浮かんだのがこれでな」
モチーフについて尋ねる見物客に、彼は答える。
アメジストやサファイヤ――これまで関わってきた同盟の精霊たち。
人が祈りを捧げることを忘れたために起きた亀裂なら、その祈りは彼らに届けたい。
そんな思いが込められている。
視線を通りに戻せば、星野 ハナ(ka5852)が星をちりばめた屋台で笑顔を振りまく。
「祈るならばお星さまへ。限定ドリンク『ヴァリオスの願い星』、いかがですか~」
星や精霊がカラフルに描かれたお手製の看板には「星と精霊さまの贈り物」の文字。
メニューは7色ジュースの「ヴァリオスの願い星」に「星と精霊さまのクッキー」、そして星型のチーズをのせたホットドック「ヴァリオス・スタードック」。
星に何を願うのかは自由。
だけど日常的な祈りを忘れた人たちにとっては、きっかけが重要だ。
そういう意味で星というモチーフは、わかりやすく街の人々に浸透しているように思えた。
「さーさー、“白い天の鳥”のサーカス団が一人、ミア! 風船唐綿の妙技、とくとご覧あれニャスー♪」
サーカス団の衣装と化粧を扮したミア(ka7035)が、道端で通行人を呼び止めるように声を張った。
手始めにと不安定な玉の上に乗って、クルクルとクラブをジャグリング。
おおー、と観客の声が漏れる。
芸術――なんて大したものはできないけど、見て笑顔になれるものという意味ではきっといっしょ。
賑やかに夢と希望を広めよう。
それがサーカス、夢の祭典だから。
そんな人だかりをぼんやりと眺めるフィロ(ka6966)は、ふと道端のゴミを見つけてスタッフ章をつけた腕で拾い上げる。
その瞬間、背後でまた人だかりがわっと湧いたのを聞いて、静かに息を吐いた。
「祈り――とは、願いや思いとは違うのでしょうか」
思考プログラムをたどっても、その単語に関する動作を引き出すことができない。
高次元の存在に対して行う誓いのようなもの、と浅く理解したつもりだったが、テーマとなっているこのお祭りの様子を見ていると、どうやらそれに限ったことではないらしい。
「祈りとは何でしょう……」
深まる疑問に、自答はできない。
数多ある展示の中でも、ひときわ大きなもののひとつがクレール・ディンセルフ(ka0586)の作品だ。
祈りというものを歴史的、技術的な側面から捉え、たどり着いたのが『農業の歩み』。
石器の時代から進化を経て、最新の農具までを再現制作。
同時にその時代ごとに開発・育成されてきた品種をオブジェとして添えて、農耕の歴史も振り返ることができる。
人間の最も根源的な営みである“食”。
それを育てる道具こそ、“生”への祈りと言えるだろう。
日が進むにつれ、次第に通りに賑わいが溢れていく。
お祭り自体は数日の開催となっているが、今日は特設の舞台イベントがあるのだ。
それを目当てとした観光客が集中してきているのだろう。
煉瓦造りの道をカラカラカウベルを響かせながら、ベル(ka1896)がニコニコと行きかう人々を眺めていた。
「メル、きょーはありがとなんだよ!」
くるりと振り向いてニッコリ。
岩井崎 メル(ka0520)も笑顔でそれに頷き返す。
「久しぶりだったから、ちょうどいい機会だなって」
「うん。にぎやかで、ぽかぽかで、とってもたのしい♪」
口にしながらぴょこぴょこ跳ねて歩くと、そのたびにベルが鳴る。
その音と彼女の笑顔がどうにも愛おしくって、メルの頬はついつい緩んでしまう。
「『それ』、どのあたりで配ろっか?」
メルが指差したのはベルが右手に下げた可愛いバスケット。
中には昨日準備した2人の祈りがぎっしりとつまっている。
「できるだけたくさんのひとにあげたい! ともだちもたくさん、きてるかな?」
「うーん、そうだね。時間はあるし、ゆっくり見て回りながらくばってこっか」
「うん♪」
カラカラ、ベルの音が通りを行く。
●
ヴァリオスの広場。
特設ステージの裏は、準備に明け暮れる演者たちであふれていた。
数年前は見様見真似だったこういったリアルブルー式の「ステージ」というものの設営も、今ではずいぶん手慣れたものだ。
「――と、ここで演出を入れるのでステージの前の方に寄ってもらって」
「うん、うん。なるほどね!」
進行表片手に語るアシェ-ル(ka2983)に、すっかりステージ衣装に着替えたルミ・ヘヴンズドア(kz0060)がコクコクと水飲み鳥みたいに頷く。
上ずった声で答えた彼女に、アシェールはどうにも心配そうに首をひねる。
そんな2人に、スタッフ章をつけたキヅカ・リク(ka0038)が歩み寄った。
「や、準備はどう? あ、これ差し入れね」
リクが差し出したのは通りのハナの店で買ったクッキーの包み。
星と人型のカラフルなクッキーは、可愛いうえに、時間の合間にちょっとつまむのにちょうどいい。
ぎくしゃくと受け取ったルミをリクはちょっと驚いた様子で見たが、やがて噴き出したように笑ってみせた。
「わかるわー。やべー戦場行くときの朝みたいだわー。今の僕、いつものルミちゃんの役の気分だわー」
「ちょっ! もー、必死なんだから茶化さないでよ!?」
「そんなこと言ったって、ねぇ?」
「そーですねぇ」
アシェールと2人頷きあうのを、ルミがぷくーと頬を膨らませながら睨みつけていた。
ステージ上では真がフルートのソロステージを奏でている。
伸びやかで温かい響きの音色は平和への祈りを込めて。
穏やかな拍手に包まれながら、真は満足げに降壇する。
タオルと飲み物を差し出したスタッフに笑顔で答えて、まずはほっと一息だ。
入れ違いに上手からステージへ昇ったのは央崎 遥華(ka5644)。
ゴシックのドレスを身にまとい、ギターのアームに指を這わせる。
(少しでもルミさんが歌いやすいように、私たちが盛り上げないと――)
軽やかな音色が会場に弾けた。
一音ずつ気持ちを込めて響かせるアルペジオ。
ミドルテンポで紡がれる旋律は、どこか聖歌のように美しくも力強い。
織り交ざるファルセットのハミングが、より壮麗さに磨きをかける。
やがて曲調を一転、リフを刻んで音が客席に迫るように。
それまでしっとりと聞き入っていた観客も、どこか圧倒されるように彼女に釘付けにされていた。
「それじゃルミちゃん、私たち先に行ってくるね」
「う、うん! 行ってらっしゃいルナちゃん!」
昇っていくルナ・レンフィールド(ka1565)たちを、ルミは1人ずつハイタッチで送り出す。
合わさる手のひとつひとつが温かい。
ステージ中央に立った天王寺茜(ka4080)がお辞儀をすると、代表して挨拶を述べた。
「えと、今から歌うのはリアルブルーの讃美歌です。そう聞くと堅苦しく感じるかもそしれませんが……どうぞ、聞いてみてください」
振り返り、エステル・クレティエ(ka3783)ともども3人で頷きあうと、テンポを取って演奏が始まる。
茜のキーボードにエステルのフルート、そしてルナのリュートの音色が重なっての3重奏。
讃美歌――と前置きながらも認識を打ち破って、アップテンポでノリをよく。
茜の快活な声を乗せると、ポップスのようにも感じられる。
(祈りは種――育てる雨風や光があって根付き、広がっていくもの)
ルナと茜の演奏に寄りそいながら、エステルは自らの音に自らの想いを乗せる。
根が、葉が、花が、広い大地を柔らかく覆うように、この曲の祈りがステージを、客席を包むよう。
(戦うことだけが守ることじゃないですものね)
思えば、ハンターとして最初の仕事もこうして音楽を奏でることだった。
そんな思い出が音に乗って思い起こされる。
(やっぱり……セッションは楽しいなぁ)
ルナも茜の主旋律にコーラスを重ねながら、しみじみと、旋律の重なりに心を委ねていた。
ひとりも楽しいけれど、ひとりじゃないこともこんなに頼もしい。
だからきっと、ルミちゃんも――
讃美歌として横ノリな会場に、やがて手拍子が混じり始める。
はじめに茜が口にした「堅苦しさ」は、とっくに音符の彼方に追いやられていた。
「フレーズを繰り返すだけだから、みんなも一緒に!」
繰り返しのサビに入り、観客を煽る。
観客だけじゃなく、舞台裏の他の演者たちもいつの間にか段に上って歌声と手拍子を重ねていた。
驚いた3人に、真がほほ笑む。
「ひとりよりもみんな。ここにいるみんなで、祈ろう」
エステルが、ステージ上から客席へ向かってラッピングした小さな包みを撒く。
中に入っているのは花の種だ。
あなたの祈りが、きっとどこかで芽吹きますように――歌声がヴァリオスに響いた。
●
午後の「星と精霊さまの贈り物」は、ちょっとしたお茶の時間の付け合わせや小腹を満たしに来たお客であふれていた。
店主のハナはというと、あっちを対応したりこっちを対応したりてんやわんやの状態。
ひとりで回しきれないほどではないが、欲を言えばもうひとりスタッフが欲しい。
「これはなあに?」
ふと、店先の子供が店頭に飾られた手のひら大の紙細工を指差す。
「あ~、これは紙を折ってできたツルですよぅ。さっきお客さんがプレゼントしてくれたんですぅ。はい、どうぞ。お星さまに祈りを込めて」
「ありがとう!」
クッキーを受け取った子供が包みを抱えながら通りを駆けていく。
休まる暇もないが、ちょっとでも誰かが元気になってくれるのなら悪い気はしない。
「よーし、それじゃ俺もちょっと出てくるぜ」
「はい、行ってらっしゃい」
宝石店の店主に見送られ、ジャックは街へと繰り出した。
「さて、ルミのライブ間に合うかね? オオトリらしいし大丈夫か」
パンフレットのスケジュールと時計とを確認しつつ、向かうのは広場。
「異界んときも楽しかったが、必死でもあったからな。純粋にあいつのステージを楽しみに行くのは初めてか」
さっき見物客から貰った折り鶴をつつきながら、ちょうど一年前の記憶に想いを馳せる。
この胸の高揚感はまだ会場に着くまで取っておこう。
「クレール様の祈りとはなんですか?」
「おおう、またストレートな質問が来たね」
祈りを知りたいフィロは、展示品を見て回ってはその作者にそんな質問を投げかけていた。
クレールは展示した農機具たちを眺めながら、うーんと小さく唸る。
「農業って太陽や雨――自然の象徴のひとつだよね。それでいて、人間が手を加える人為的なものの象徴でもある。それは過去からずっと続いてきて、きっとこれからどんどん進化していくと思う。だけど、どんなに進化しても、おいしいご飯をお腹いっぱい食べたいっていう根本的な想いは変わらないと思うんだ。昨日より今日、今日より明日。それがずっと新しい時代に続いていくことが、私の祈りかな」
「なるほど……」
「うーん、これで伝わったかな?」
考え込むフィロに、クレールは申し訳なさそうに尋ねる。
「ありがとうございます。もっと、他の方にも聞いてみます。ところで……」
それは、と彼女はスペース脇にちょこんと飾られた折り鶴に目を向ける。
「あー、友達がくれたんだ。リアルブルーの祈りの象徴なんだって」
「これも祈り、ですか」
作者不在の小さな祈りに、フィロの疑問がまたひとつ増えた。
「そっか。申し出、断ったんだ」
インフォメーションセンターでチラシの折り込み作業をしながら、リクが息を吐く。
アンナ=リーナ・エスト(kz0108)は手も視線もチラシに落としたまま静かに頷き返した。
「ああ。リク達と過ごして、私はハンターとしてこの世界にありたいと思った」
「うん。良いと思うよ。僕は大歓迎」
「ありがとう」
短い言葉だが、彼女から伝わる誠意。
はじめて会ったときは気難しい人かと思っていたが、そうではない。
彼女の短い言葉のひとつひとつは、ひたすらストレートな本心なのだ。
「ところで、アンナさんは何か祈ったりした?」
「このイベントの成功と、また2年後に――と」
「はは、アンナさんらしいや」
「リクは何か祈ったのか?」
「僕? 僕は――」
考えようとして、言葉を詰まらせる。
「――僕は祈らない。その分、誰かの祈りを背負いたいんだ」
「背負う?」
手を止めて目を向けたアンナに、リクは向かい合う。
「僕……いや、俺にとっての祈りは叶えるものなんだ。そう誓って、今の俺がある。だから俺は祈らない。祈ったらダメなんだ」
震える拳を握りしめた彼からアンナは視線を外して、そっと、祭りの賑わいを眺める。
「なら私の祈りは、リクのような人たちが自分のために願える未来になることだ。ひいてはイベントの成功と、またの開催に繋がる」
「はは……アンナさんらしいや」
理屈っぽい言葉。
だけど手の震えは不思議と止まっていた。
舞い散る色とりどりの花びらの中で、たくさんの風船が青空に舞う。
客の視線が一斉に空へ向いた時、ミアがパチンと指を鳴らすと、割れた風船の中から切り紙の白い鳩が降り注いだ。
溢れんばかりの歓声の中でミアはひらりとお辞儀をすると、手を振りながらその場を後にした。
「盛況じゃったのう、団長の直伝は」
優雅に拍手を送りながら、蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)はミアの紙の毛についた“鳩”をひらりと空へ放ってやる。
「失敗しなくてよかったニャス~。練習の時は1個だけ割れなかったりして」
「本番に強いミアなら大丈夫じゃろうて」
「ニャハハ……あっ、お花の演出もありがとうニャス!」
「いやいや、これくらいはお安い御用じゃ」
笑いながら語り合う2人。
そんな時、ミアがふと先ほどの観客の中から去っていくひとりの影を見つける。
「あっ! み、蜜鈴ちゃん、またあとでニャス!」
そのままピューっと猫まっしぐらな彼女の背中を見送って、蜜鈴は可笑しそうに笑いをこらえた。
「良いことじゃが、多少は寂しさもあるのぅ……おや?」
彼女もまた雑踏の中に見知った影を見つけて、ふっと穏やかな吐息を溢す。
そのまま花のような声で歌を口ずさんで、しゃなりしゃなりと歩いて行った。
往来に戻ったミアはきょろきょろと辺りを見渡す。
が、其の背中はすでに人込みに紛れてしまったのか、彼方に見失ってしまった。
見に来てくれたなら声を掛けてくれればいいのに――ふと思いつつも、彼の忙しさを思えば我が儘なんだろうなと自分を戒める。
「エヴァルドちゃんの祈りって、何ニャスかな。ミアは――」
肩書のない彼の言葉を聞いてみたい、それも我が儘になるのだろうか。
「きれいなおはなー! これはベル、まだおれない!」
「良かったね、ベル君」
蜜鈴に貰った細やかな折り花をキラキラした目で見つめるベルの姿を、メルは微笑ましい様子で見守る。
「もうずいぶん配ったんじゃない? あとどれくらい残ってる?」
「えっと、のこりは――あっ」
バスケットを漁るベルが声をあげる。
中から取り出したのは、2つの青い折り鶴。
「残り2個だね。ステージの方で配ろっか」
「ううん」
ベルが首を激しく左右に振る。
「これはねー、とくべつなんだよ!」
「特別? 誰か、決まった相手が居るのかな?」
「うん!」
今度は力強く頷くと、ベルはメルの傍に駆け寄り、彼女の手のひらにそれを乗せる。
「ベルからのおれいだよ!」
「そんな、私だってちょうどゆっくりできたらなーって思ってただけで」
「ちがうの!」
また左右にぶるぶる。
「きょーだけじゃなくって、まえからも、これからも、ずっとずっとまいにちのおれい! アオイトリはシアワセのかたちだから、なかよししてあげてて♪」
「ベル……」
思わずキュッと胸が締まる。
だめだな、お姉さんでいなきゃって思ってたのに……ほんと、かなわないや。
メルは赤く染まった頬を向けて、にっこりと笑い返した。
「ありがと、ベルっ」
●
ステージの照明が落ちて、客席が静けさに包まれる。
舞台裏では関係者が円陣を組んで、差し出した手を重ねていた。
「私たちじゃカナデ達の代わりにはなれないけど……私もルミの歌が聞きたいから、ね」
ベースを携えた茜が張り詰めた緊張の中で声をあげる。
「私、あっちの世界にいたころちょっとしたファンで……だから、精一杯力を尽くします」
ギターを携えた遥華が、。
「お客さんに届けた、祈りの種が芽吹きますよう」
エステルが、ここまで繋げた想いを重ねる。
「遥華さんと2人、ギター2枚ならきっとカナデのサウンドにも負けないから……だから行こう、ルミちゃん!」
手元にリュート、背中にギターを背負ったルナが、ルミへと笑いかける。
ルミはぐっと唇を噛んでから大きく息を吸って、叫んだ。
「いくぞーッ!!」
「「「「おーッ!」」」」
ステージを駆けのぼり、みんなで温まった客席を見渡す。
スポットライトが眩しくて、ひとりひとりの顔なんてよく見えない。
でも、みんなが期待の眼差しで見ているのが空気からピリピリと伝わった。
静けさの中で、ルナのリュートがポップなイントロを奏でる。
まずは肩慣らし。
ガチガチの緊張を取らないと――
ヘヴンズドアというバンドには似つかないかもしれないが、今、ここに立っているのは「私たち」なのだ。
落ち穂を拾うようにひとつずつ、声を、音を重ねる。
1曲を歌いきって、ルミがふと、その場にしゃがみ込んだ。
心配そうにする4人だったが、ルミは僅かに覗いた口元を、ニィと吊り上げる。
「みんな――ぶっ叩くよ」
声に応じるように、スポットのドラマーが激しいビートを刻んだ。
「落ちて、落ちて、落ちた先には登るだけ――求めてッ! 叩いてッ! 掴めッ! ノッキン・オン・ヘヴンズドアァァァアア!!」
ルミが叫び、音が乗る。
桃色の花火が、爆音と閃光となってステージ上空で弾けた。
(これこれ……そう、これです。暴走するようなエネルギー。野暮ったい理屈なんていらない。ただ、全てをさらけ出す!)
ギターを弾き慣らしながら、遥華が隣でマイクにかじりつくルミの横顔を見る。
走る、飛ぶ、ドストレートにさらけ出すパッション。
それが、ヘヴンズドアの音楽。
何度と聞いた音に身をゆだねて、思わず高鳴る鼓動に笑みが浮かぶ。
楽しい、楽しもう!
(緊張なんて嘘みたいじゃない……だけど、まだまだ、負けてられないから!)
間奏に入って、ルナが先行してギターの音を走らせる。
譜面にないアレンジに驚いて振り向いたルミに、彼女は挑戦的に笑いかける。
(自分が引っ張るって? いいよ、買ってやろうじゃん――)
被せるように、ルミが即興のフレーズを刻む。
いや、というよりは叫びに近い。
言葉なんてない。
ただただ溢れ出した感情を乗せた、声という音。
(も、もー! ついていかなきゃいけないこっちの身にもなってよ!)
茜が苦い表情で笑うが、だからと言って抑えてというつもりはない。
茜もホンモノを知っているから――ここに立った以上は、自分もヘヴンズドアなのだから。
エステルも同様に、慣れないパンクロックの音楽に必死に縋る。
本来バンドにはないフルートの音色は独特の滑らかな世界観を挟み、分厚いガラスをぶち破るような音楽の、砕け散った破片のひとつひとつに煌めきを与える。
(たまにはこういうのもいいですね。頭の中を空っぽにして、思い浮かんだ音をそのまま重ねる……本音をぶつけ合う、喧嘩のような音楽)
喧嘩――他に思い浮かばないがためのたとえだが、それは嫌っているから、というわけじゃない。
好きだから、認めているからこその喧嘩――そう発端のルナとルミ、そしてそれに乗った自分たちのように。
演出として舞台裏から見守るアシェ-ルは、ステージそして客席を見渡して目を輝かせる。
「凄い。ルミさんの唄で会場が一つになっているみたい……」
もともと人前に出るのは苦手だ。
必要がないなら出たくない。
だから、裏方の仕事はすごく楽しい。
でもこのステージを、観客の熱狂を見ていると、理由のない憧れがふつふつと沸き起こる。
「よし、私もしっかりちゃっかりやりますからね!」
ルミやバンドの動きに合わせて錬金杖を翻す。
溢れる想いを視覚化するように、私もこのステージの一員なんだ。
「飛ばしてんなぁ、最後まで持つのかよ! いいぞ、もっとやれ!」
声を出して笑いながらも、他の観客と一緒に拳を振り上げるジャック。
一方の観智はパンクロックのノリに興味深そうに耳を傾けながら、ステージの上の少女たちを見た。
「なるほど……ステージと音楽は人の本質を描く。あれが本来の“彼女”なのですね」
中央で叫ぶのは、いつもオフィスで元気を振りまく少女。
普段の狙いすましたような媚びた笑顔は、汗だくで取り繕うところのない、必死の形相に。
だけどなんだか、いいな、と思える。
「とは言え、ここまで空っぽになってしまったら祈りなんてどこかに飛んでしまいそうですね……それもそれで、良いのでしょうか」
苦笑しながら、他の観客の見様見真似で手を振ってみる。
フィロも喧騒の中でステージを見上げながら、ふつふつと湧き上がる高揚感に身を委ねていた。
会場から感じる熱意や思い。
お祭りが成功してよかった――自分も少しでもその手伝いができたのなら、と思うと悪い気はしない。
「ですが、私のこれは祈りではないような……そんな気がするのです」
1日、沢山の人に話を聞いたが結局答えは出なかった。
なぜならみんながみんな、違った答えをくれたから――結局どれが正解なのだろうか。
謎はまだ迷宮の中にあった。
「祈りとは……何なのでしょう」
曲が終わって、アシェールの降らせた炎の雨が流星群のようにステージを彩る。
一緒にはらはらとルミの衣装と同じ紅い花びらが舞って、会場は彼女の色に包まれた。
「ありがとうー! まだまだいくよーッ!!」
声援止まぬ客席に気持ちのいい笑顔を振りまきながら、次の曲のイントロが始まる。
そのタイミングで緋色の花火を打ち上げると、蜜鈴は満足げに煙管を吹かした。
「良い舞台じゃ……ここには全てがあって、同時に何もない。辛さも痛みも、幸せを識る為のものなれど、過剰なるはただの暴力――であれば、何もない方が良いというもの」
思い描くのは友の笑顔。
そして、答えを持たぬ知恵の精霊の面影。
「嘆き悲しむよりも、こうして空っぽになって笑っている方が、よほど気持ちの良いというものじゃのぅ」
どこか慈しむように唇をなぞると、ふらりとステージを後にする。
みんなに会いに行こう。
少なくともミアはどこかにいるはずだし、ヴァリオスなら他の者も来ているだろう。
語らい、そして笑おう。
私の願いは、自ら叶えることができるのだから。
依頼結果
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ビエンナーレ準備室 ジャック・エルギン(ka1522) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2019/02/27 21:46:14 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/02/27 17:50:16 |