ゲスト
(ka0000)
春、萌す
マスター:KINUTA

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 7日
- 締切
- 2019/03/13 22:00
- 完成日
- 2019/03/20 01:55
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●ユニゾン
ここは、市民生産機関の会議室。机の上には白い花籠が、壁には白い花輪が飾られている。
『……異論がないようなので……国際人道支援についての特例解釈をユニオン法第54条7項に……付け加えますことを仮決定いたします……この特例解釈は……市民への公布を経て24時間経過の後……有効となります……皆様ご協力ありがとうございました……』
会議室で一人会議を終えたマゴイは、安堵したように一人ごちる。
『……これにて……法整備は一段落……』
もたもた会議室を退室し、その足でウテルスへ向かう。
とくとく脈打ち息づいている機関に、優しく語りかける。
『……そろそろ……長期休暇から……第一期のワーカーたちが戻ってくるわ……生殖細胞の採集も進むので……楽しみに待っていて……』
粒ぞろいの小さな市民がウテルスから出生する様を思い浮かべ、ほんわりした表情になる。
『……きっと……とてもかわいらしい……』
それから、ラボに向かう。
黄色い溶液に満たされた四角い容器の中で、スペットから採取した生体細胞が順調にすくすく分裂していた。
『……こちらも順調……』
●辺境
タホ郷では今年の春結婚するカップルが、ひいふうみいよの5組いる。
辺境を取り巻く環境は厳しさを増しているが、これはまことにおめでたきこと。 だものでタホ郷は部族を上げ、力いっぱい祝う所存だ。
「かなり大規模な宴になりそうじゃの。近隣の部族にも一声かけるか」
「それはええ。まあ、あまり集まらんかもしれんけどな。怠惰と戦うために、人手を多く割いておるところが多いで」
「ケチャさんのところは部族外から迎え婿するそうだな」
「婿? 嫁ではなかったか? 相手は女と聞いたが」
「ケチャさんとこの子も女じゃったろ」
「まあ婿でも嫁でもどっちでもええわい。とにかく宴になれば酒が飲めるでな」
「飲める機会にはしこたま飲むべし。それがタホ族の教えじゃ」
「その通りその通り」
●自由都市同盟
絵の具の匂いがこびりついたアトリエ。窓からは、柔らかい日が一杯に入ってきている。
画家兼ハンターの八橋杏子は腕組みをし、キャンバスを見据えた。壁一面を覆うほど大きい、真っ白なキャンバスを。
「さて、と……」
彼女はこれから描く絵をヴァリオスのビエンナーレに出品するつもりだ。今年のではなく、次のビエンナーレに。
これだけ大きな画面に挑戦するのは初めてだが、不安はない。自分ならやれるという自信がある。
だけど、さあ、何を描くか。
「うーん……」
方向性はぼんやりと定まっているのだ。明るいもの、前に進もうとするもの、喜ばしいもの、それらを感じさせる力。
だが、輪郭が――テーマがはっきり定まらない。
どうしたものかと考えあぐねた杏子は、いったん頭を冷やそうと思った。アトリエから、春の息吹の感じられる町に出る。
歩いていると花屋が目に入った。店頭にはミモザが花盛り。
わきあがるような黄色に心を引かれ入って行ってみると、顔見知りにぶつかった。
ベムブルの花屋はここのところ忙しい。大口の注文が相次いでいるのだ。内容はどれも同じく『結婚式の式場を飾って欲しい』というもの。
今日もまた一組、そんな客が訪れてきた。
「――というわけで、僕たちこの春結婚することになったんです。会場の飾りつけの方、お願い出来ますか?」
と言ってくるのは男。
その傍らにいるのも男。
同性カップルである。しかしベムブルは、そういうことを全然気にしなかった。異性にせよ同性にせよ本人達が幸せならそれでいいじゃないか、という意見の持ち主なのだ。
「はい。分かりました。日取りは大体いつ頃になりますか? それと、ご希望のカラーなどは」
そこへ別のお客が入ってくる。スケッチブックを小脇に抱えた女。
「あら、ジュアンにアレックス。久しぶりね」
「おー、杏子」
「お久しぶり」
どうやら彼女と彼らは顔見知りなようだ。早速世間話が始まる。
「聞いたわよ、二人とも、この春に結婚するんだって?」
「そうなんだ。ようやく、やっとって感じだよ。ね、アレックス?」
「ああ、年貢の納め時って感じだなー、我ながら」
「なんだよ、もうちょっと素直に喜んだら? 杏子さんも、式に来られそうなら来てよ。招待状送っとくから」
「ありがと。今から予定組んどくわ――そういえば、カチャも同じくらいの時期に結婚するんだって?」
「あー、予定ではな。なんでもタホ郷の方でやるらしいぜ。本人は『一応聖導士なんだからエクラ教会風にしたいなー』とか言ってたけど、部族の方で承知してもらえなかったみたいでな」
「そっかー。あっちもこっちもお祝い続きねえ」
と呟いた女は突如、パンと手を打つ。場を離れて行く。
残された男たちは顔を見合わせた。
「どうしたのかな」
「さあ? 何か忘れ物でも思い出したんじゃないか?」
杏子の目はキャンバスの上を撫でる。頭の中で線を引き、ものや人の配置を何パターンも模索する。
テーマは定まった。『愛情』だ。
さて、それをどう表現しよう。
せっかくの大画面なのだから、群像劇のような感じに仕立てたい。
男女の組み合わせに限定する必要性はない。同じ種族同士でなくたって構わない。そういう組み合わせが現実において、確実に存在しているのだから。
「――モデルが必要ね。なるべくたくさん」
彼女は再度スケッチブックを手に、町の通りへ出て行く。
まず真っ先に捕まえたのは、カチャであった。
「え? モデル?」
「そう。なってくれる?」
ここは、市民生産機関の会議室。机の上には白い花籠が、壁には白い花輪が飾られている。
『……異論がないようなので……国際人道支援についての特例解釈をユニオン法第54条7項に……付け加えますことを仮決定いたします……この特例解釈は……市民への公布を経て24時間経過の後……有効となります……皆様ご協力ありがとうございました……』
会議室で一人会議を終えたマゴイは、安堵したように一人ごちる。
『……これにて……法整備は一段落……』
もたもた会議室を退室し、その足でウテルスへ向かう。
とくとく脈打ち息づいている機関に、優しく語りかける。
『……そろそろ……長期休暇から……第一期のワーカーたちが戻ってくるわ……生殖細胞の採集も進むので……楽しみに待っていて……』
粒ぞろいの小さな市民がウテルスから出生する様を思い浮かべ、ほんわりした表情になる。
『……きっと……とてもかわいらしい……』
それから、ラボに向かう。
黄色い溶液に満たされた四角い容器の中で、スペットから採取した生体細胞が順調にすくすく分裂していた。
『……こちらも順調……』
●辺境
タホ郷では今年の春結婚するカップルが、ひいふうみいよの5組いる。
辺境を取り巻く環境は厳しさを増しているが、これはまことにおめでたきこと。 だものでタホ郷は部族を上げ、力いっぱい祝う所存だ。
「かなり大規模な宴になりそうじゃの。近隣の部族にも一声かけるか」
「それはええ。まあ、あまり集まらんかもしれんけどな。怠惰と戦うために、人手を多く割いておるところが多いで」
「ケチャさんのところは部族外から迎え婿するそうだな」
「婿? 嫁ではなかったか? 相手は女と聞いたが」
「ケチャさんとこの子も女じゃったろ」
「まあ婿でも嫁でもどっちでもええわい。とにかく宴になれば酒が飲めるでな」
「飲める機会にはしこたま飲むべし。それがタホ族の教えじゃ」
「その通りその通り」
●自由都市同盟
絵の具の匂いがこびりついたアトリエ。窓からは、柔らかい日が一杯に入ってきている。
画家兼ハンターの八橋杏子は腕組みをし、キャンバスを見据えた。壁一面を覆うほど大きい、真っ白なキャンバスを。
「さて、と……」
彼女はこれから描く絵をヴァリオスのビエンナーレに出品するつもりだ。今年のではなく、次のビエンナーレに。
これだけ大きな画面に挑戦するのは初めてだが、不安はない。自分ならやれるという自信がある。
だけど、さあ、何を描くか。
「うーん……」
方向性はぼんやりと定まっているのだ。明るいもの、前に進もうとするもの、喜ばしいもの、それらを感じさせる力。
だが、輪郭が――テーマがはっきり定まらない。
どうしたものかと考えあぐねた杏子は、いったん頭を冷やそうと思った。アトリエから、春の息吹の感じられる町に出る。
歩いていると花屋が目に入った。店頭にはミモザが花盛り。
わきあがるような黄色に心を引かれ入って行ってみると、顔見知りにぶつかった。
ベムブルの花屋はここのところ忙しい。大口の注文が相次いでいるのだ。内容はどれも同じく『結婚式の式場を飾って欲しい』というもの。
今日もまた一組、そんな客が訪れてきた。
「――というわけで、僕たちこの春結婚することになったんです。会場の飾りつけの方、お願い出来ますか?」
と言ってくるのは男。
その傍らにいるのも男。
同性カップルである。しかしベムブルは、そういうことを全然気にしなかった。異性にせよ同性にせよ本人達が幸せならそれでいいじゃないか、という意見の持ち主なのだ。
「はい。分かりました。日取りは大体いつ頃になりますか? それと、ご希望のカラーなどは」
そこへ別のお客が入ってくる。スケッチブックを小脇に抱えた女。
「あら、ジュアンにアレックス。久しぶりね」
「おー、杏子」
「お久しぶり」
どうやら彼女と彼らは顔見知りなようだ。早速世間話が始まる。
「聞いたわよ、二人とも、この春に結婚するんだって?」
「そうなんだ。ようやく、やっとって感じだよ。ね、アレックス?」
「ああ、年貢の納め時って感じだなー、我ながら」
「なんだよ、もうちょっと素直に喜んだら? 杏子さんも、式に来られそうなら来てよ。招待状送っとくから」
「ありがと。今から予定組んどくわ――そういえば、カチャも同じくらいの時期に結婚するんだって?」
「あー、予定ではな。なんでもタホ郷の方でやるらしいぜ。本人は『一応聖導士なんだからエクラ教会風にしたいなー』とか言ってたけど、部族の方で承知してもらえなかったみたいでな」
「そっかー。あっちもこっちもお祝い続きねえ」
と呟いた女は突如、パンと手を打つ。場を離れて行く。
残された男たちは顔を見合わせた。
「どうしたのかな」
「さあ? 何か忘れ物でも思い出したんじゃないか?」
杏子の目はキャンバスの上を撫でる。頭の中で線を引き、ものや人の配置を何パターンも模索する。
テーマは定まった。『愛情』だ。
さて、それをどう表現しよう。
せっかくの大画面なのだから、群像劇のような感じに仕立てたい。
男女の組み合わせに限定する必要性はない。同じ種族同士でなくたって構わない。そういう組み合わせが現実において、確実に存在しているのだから。
「――モデルが必要ね。なるべくたくさん」
彼女は再度スケッチブックを手に、町の通りへ出て行く。
まず真っ先に捕まえたのは、カチャであった。
「え? モデル?」
「そう。なってくれる?」
リプレイ本文
●モデルと画家 1
「はい、いいですよ。モデルになっても」
カチャがそう言ったのに続き、彼女の同行者であるリナリス・リーカノア (ka5126)も言う。
「その話あたしも受けた! いいよね杏子さん? あたしもカチャと一緒にモデルになりたいし♪」
「もちろん。モデルが多いほど私としては有難いわ。そういえば今さっきジュアンたちに聞いたんだけど、あなたたち結婚するんだって?」
カチャは緩んだ表情で頭をかいた。
「えへへ……はい」
リナリスは体一杯の高揚感を持て余すかのように、両手を上下させる。
「そ、もうすぐあたし達結婚するんだ♪ もー、待ち切れないよっ♪」
杏子はそんな2人の動きと表情を、素早く紙に写し取った。
「相思相愛ってわけだ。そういえば2人とも、相手のどこが好き? 今度の絵のテーマの参考になると思うから、できれば聞かせて欲しいんだけど……」
リナリスはがばりとカチャに抱き着いた。猫のようにほお擦りし、語彙の限りにのろけ倒す。
「どこが好き? っていうよりあたしの全存在がカチャを求めて燃え上がってるって感じかな♪ 幾度愛の言葉を囁き合っても、何度口づけを交わしても、どれだけ体を重ねても全然足りないんだ。もっともっとカチャを知りたい、全身で感じたい、狂おしいほどに味わいたい……そして、共に歩んでいきたい、永遠に……ね♪」
杏子が冷やかすように口笛を吹いた。
「カチャは? リナリスのどういうところが好きなの?」
「えっとですね――」
と言ってからカチャは、指折り数え始めた。
「過激で、狡くて、悪戯好きで、浮気で、かわいくて、優しくて、意地っ張りで――なんかもう……全部ですかね。どれが欠けてもリナリスさんじゃありませんもの」
こちらもかなりののろけぶり。
それに刺激されたか、リナリスは目を一杯に見開き潤ませた。
「カチャったら愛してるう!」
相手が引っくり返りそうな勢いで抱き着き唇重ね、あだっぽく囁く。
「じゃ、このポーズで描いてもらお♪」
そのとき何かが2人の顔の横に、ぶらんと吊り下がってきた。
見ればカチャそっくりな人形だ。
胴体は独楽の様にぐるぐる巻き。足に丸太がくくりつけられ、細めのヒモでてるてる坊主のような首吊り状態にされている。
首吊り紐の先には竿。
竿を持っているのはメイム (ka2290)。その隣にはエルバッハ・リオン (ka2434)。
「ちょっとちょっとメイムさん、私の人形虐待するの止めてくださいよ!」
カチャからの抗議にメイムは、しれりと答えた。
「やだな、虐待じゃないよ。これは、リナリスさんに首ったけかつ借金まみれなチャさんの現状を、象徴的に表現しようという試みなんだ。それはともかく杏子さん、あたしたちもモデルになろうか? ここまでの会話こっそり全部聞いてたから事情は分かったし」
「あ、本当? それは是非ともお願い――メイムは誰か好きな人、いる?」
「んー、正直今のところは思い当たらないかな。だから「愛」って言われてもいまいちピンと来なくて。隣人友達は大事だと思うけど。まあ、後々面白ければ、いいんじゃないって感じかなあ」
「隣人愛も友愛も愛のうちよ。リオンは?」
リオンはちらりとカチャのほうを盗み見て、言った。
「私も特にこれといった相手がいないので、あまり言えるようなことはないですね」
●モデルと画家 2
「好きな人は?」
という質問を受けてディーナ・フェルミ (ka5843)が思い浮かべたのは、さるサムライ的な人。
「タスカービレで道場主をやってるの。タスカービレ、温泉があって緑がいっぱいで良い所なの」
星野 ハナ (ka5852)が思い浮かべたのは、端正な顔立ちのドラグーン騎士。
「最近はぁ、龍園のシャンカラさんに熱烈アタックをかけてるんですぅ。いいですよねぇ、ああいう筋肉ぅ。もうすりすりぺろぺろはぁはぁくんかくんかしたいですぅ。さすがに許可なしにやりませんけどぉ」
欲望むき出しな発言だ。
とはいえ現実の行動に際して言えば、以下の台詞が示すように、意外と抑制的である。
「もう胃袋から掴む大作戦展開中ですねぇ。やっぱりぃ、ごはん美味しそうに食べてくれる男性はポイント高いですぅ」
フィロ (ka6966)が思い浮かべたのは、ちょい悪風なトパーズの精霊。
「……そうですね。起動に精霊を必要としたからでしょうか。とりわけ親愛を感じるのは精霊様であるように思います」
ルンルン・リリカル・秋桜 (ka5784)が思い浮かべたのは、超絶イケメン。
「とっても優しくて、ピンチの時には颯爽と駆けつけてくれる、石油王で勇者で貴公子で巨大財閥の総帥――そんな王子様が、きっとどこかにいるはずなんです」
しかし残念なことに、まだそのイケメンにはめぐり合えていないようだ。
ハナが「なーんだ」と呆れた声を上げる。
「結局全部ルンルンさんの妄想じゃないですかぁ」
「妄想じゃないですぅ、因果律的な確定事項なんですぅ! 私はいつかきっと白馬に乗った彼と運命的な出会いを果たすんですぅ!」
幾らか揉めそうになってきたので杏子は、別の方向に話をそらす。
「ねえ皆、その人は年上? 年下? 同年代?」
ディーナは人差し指を唇に当て、考えた。
「多分20歳近く年上なの。結構レディファーストかなぁ」
フィロもまた、考える。
「私の場合も、年上になりますね。私が目覚めるより前から、あの方は存在していらっしゃいますから」
ハナは指折り数えて計算した。
「私は……年下になりますかねぇ。でも相対的には年上かも。ドラグーンの人は皆、生き急いでますから」
ルンルンは明るく言い切る。
「私の王子様は王子様だから年齢なんてないんです」
スケッチを終えた杏子は彼女らに礼を述べ、カチャの結婚式が近々タホ郷で行われるらしいことを伝える。
ディーナ、ルンルン、フィロはその情報に沸き立った。
「……結婚式?! それはすごいの見に行くのー」
「結婚式、憧れなのです……ブーケがあればゲットなんだからっ!!」
「カチャ様達の部族の結婚式ですか。それは是非参加させていただきたいと思います。八橋様もご一緒にいかがでしょう? 結婚式の絵は、とても喜ばれる贈り物だと思います」
「そうねえ……じゃあ、スケッチが終わってから覗きに行くことにするわ」
ハナはその場から離れていく。
彼女はタホ郷に行かない。これから心ゆくまで、ビエンナーレを楽しむ所存なのだ。
●モデルと画家 3
「ずいぶんめかし込んでるのね」
という杏子にマルカ・アニチキン (ka2542)は、自信なさげに聞き返した。
「に、似合いませんか?」
今日の彼女は普段使いの魔法使いな格好ではない。ゆるい円錐型の縦巻ツインロールと、カントリースタイルの服装。
「いいえ、そんなことないわよ。誰かとデートでもするの?」
杏この勘繰りをマルカは、ぶんぶん首を振って否定した。
「い、いいえ、これはその、メイムさんにオマージュを得てのことでして……」
「あ、そうなんだ。ところで好きな人、いる?」
「特定の誰かをということではないですが――私によくしてくださる周囲の皆様には、常日頃から好意と感謝を抱いています。魔術とFC名誉会員やらで、恥ずかしいところばかり見せてる感じがしてますけど――役立てる時、この感謝の気持ちを形にしてゆきたい……と」
と言いながらポートレイトEXを見せてくる。
それに対し杏子は、直感的な質問をぶつけた。
「あなた、この人が好きなんじゃないの?」
「い、いいえ! ジルボさんは私にとって生ける伝説なんです! そんな人を相手に好きだの嫌いだの……おこがましい真似出来ません!」
天竜寺 舞 (ka0377)は余計なおせっかいを呟く。声に出さずに。
(……そこまで崇め奉らず普通に付き合えばいいと思うけどなー)
杏子は、その舞に聞いた。
「舞は? 誰かいる?」
「んー、恋愛的な意味なら、あたしは今はいないかな。てゆーか、杏子はどうなの? 好きな人いるの?」
「いたわ」
「あれ、過去形?」
「そう、過去。今のところ特定の人はいないの。詩は?」
天竜寺 詩 (ka0396)は照れながら答える。静かな面差しを思い描きながら。
「うーん……恋愛かは解らないけどその人の役に立ちたいって思う人ならいるよ」
それを聞いた舞は血相を変えた。
「まさかどこぞの将軍なのか!?」
詩は極力誤魔化そうとした。
「え? えーと」
しかし顔が赤らんでいるので誤魔化しきれない。
ますますいきり立った舞は、娘を嫁に出したくない頑固おやじのような台詞を吐いた。
「誰にしろ詩を幸せにできる人じゃないとあたしは認めないからね!」
● モデルと画家 4
「……そうだニャぁ。憧れてる関係ニャらあるニャスよ」
ミア (ka7035)の頭に思い浮かぶのは、石榴色の瞳の少年――実年齢は青年だが。
「その人のこと、好き?」
「好きニャス。むしろ大好きニャス。でも愛してるかと聞かれたら……んんー……」
疑問符を頭上に浮かべ言葉を詰まらせたミアは、ルベーノ・バルバライン (ka6752)の方を見た。
自分と同じ質問を受けた彼もまた、答えづらそうにしている。
その挙句、なにやら難しげなことを言いだした。
「悩ましい質問だな、それは。アガペーとエロース、どちらかだけで満足できるか。特に相手が自分に対しフィリアやストルゲーしか感じていない場合にな。大事な相手であることは間違いない、それ以上は俺も分からん」
ミアは耳慣れない単語の羅列に、目をぱちくり。
「アガ……てなんニャ?」
杏子がすかさず注釈をつける。
「エロスは恋愛、フィリアは友愛、ストルゲーは家族愛、そしてアガペーは無償の愛、神の愛とも言われるけどね――それにしてもルベーノ、見た目に反して意外と……」
「意外と何だ」
「あれこれ気を回すタイプなのね。英霊相手に踏み込むのは、やっぱり難しいなって思う?」
「英霊であるから踏みこまんのではない、踏み込めば確実に関係が壊れると分かっているから踏みこまんだけだ。刷り込まれた常識は簡単には覆せん」
とぶっきらぼうに言ってルベーノは、会話を断ち切る。
ミアは小声で杏子に聞いた。
「どういうことニャス?」
杏子も小声で答える。
「友達のAさんのことが好きだ。だから告白したい。でも告白して気まずい感じになったら嫌だ。友達関係まで壊れちゃうかもしれないし。だから黙っていようかな――っていう感じの話」
「おー、ニャるほど。学園ドラマとかによくあるシチュということニャスな」
両手を合わせうんうん頷くミア。
杏子は彼女の尾が感情に合わせ動く様を描きながら、重ねて聞いた。
「現実には恋愛も友愛も家族愛も、それ単体では存在してないと思うけどね。多かれ少なかれ複数が混ざり合ってるものよ――ところでミアは、その人との関係をどうしたいの?」
ミアは考えた。空に浮かぶ雲を眺めて。
「いつか、彼と“家族”になれたらなぁ……なんて、思うニャス」
多分恋愛感情じゃない。もっと強い結び付きを求める気持ち。彼らのようなあたたかい繋がりが出来たら幸せだろうな、と思うのだ。それは自分が、唯一の家族である兄を失っているから――なの――かもしれない。
「多分、ミアは家族が欲しいのニャス……それも、“愛情”になるニャス?」
「もちろんよ」
●モデルと画家 5
「Gacrux――で間違ってないかしら? お久しぶり」
呼び止められたGacrux (ka2726)は振り向いた。
声をかけてきた相手の顔を見て数秒間記憶をたどり、口を開く。
「あんたはあの時の……? えーと、確かエビサ島の依頼で……八橋杏子でしたか?」
「当たり。よく覚えててくれたわね」
「いや、あんたこそよく覚えてましたね。二年ぶりでしょうか」
簡単な挨拶の杏子はGacruxに、モデルになってくれないかと頼んだ。
「もうスケッチブック、描くところが残ってないからね。あなたで〆って事になるわ――お願いしてかまわない?」
「ああ、いいですよ。特に用事もありませんし」
「そう。ありがと。それにしてもあなた、2年前とは雰囲気がちょっと変わってる」
「そうですか? どんな感じに」
「そうね、寂しそうになったかな。あ、誤解しないで。寂しそうっていうのは悪い意味じゃないの。なんて言うかなあ、色の幅と深みが増したっていうか――好きな人、出来た?」
唐突な質問にGacruxは目を丸くし、ついで穏やかな顔付きになる。
「――ええ」
「どういう人?」
思い起こすのは爛れた不毛の大地。
そこに咲いた一輪の花。
つかの間の輝きを残し消えていった凄烈で可憐な仇花。
今でもありありと思い出せる。最後に交わした抱擁の暖かさを。
「彼女は素敵な人で……俺の光であり希望だった……それは今も変わらない」
杏子はGacruxの姿を紙に写し取る。恋慕と痛みがないまぜになったその眼差しも。
「この先も?」
「……この先何が起ころうとも、俺は彼女のことを愛している……たとえそのために命を落とすことになったとしても」
「……愛は死のごとく強し、ね」
●結婚に備えて~タホ郷編
「これがタホ郷の伝統衣装?」
「はい、そうなんです。代々手直ししながら使ってるもので……リナリスさんにはちょっと丈が長いから、裾のところ、縫い縮めないといけないですね」
カチャがリナリスに着せているのは、いつぞや彼女が大晦日の際に着ていた神子装束に近いもの。
びっしり刺繍がしてあり、ビーズが縫い付けられている。絢爛にしておごそか。
「動きにくいし重いしで、あんまりいいものじゃないんですけどね」
「そんなことない、すごくいいじゃない! なんかこう、いかにも辺境、いかにも部族って感じ!」
カチャが身に着けているものは、リナリスが身につけているものと大分違っていた。
晴れ着に恥じぬ細かい刺繍が施してあるところまでは同じだが、デザインは比較にならぬほど単純。装身具もなし。ぱっと狩装束だ。何故か盾もついている。
そのあたり、リナリスとしては、ちょっと物足りない。これだからカチャは部族式の結婚式をいやがってたのかな、とも思う。
「ねえカチャ、可能ならお色直しを何回か入れて、カチャが着たい衣装を全部着るのもいいんじゃないかな♪ あたしはドレスは勿論だけどタキシードも着てみたい♪」
カチャは遠くを見るような目をした。
「……ええ、そうしたいですよね……余力が残ってるものなら……」
そこにカチャの弟、キクルが入ってくる。
「おねえちゃん、そろそろ結婚式のリハーサル始めるって母さんが」
リオンはカチャ宅の蔵の物陰で、魔導スマホをいじっていた。
画面に映っているのは、去年の年末イタズラで撮ったカチャとの濡れ場的記念写真。
そのとき映っていた背景は雪山だったのだが、今は何故か室内のベッド。そして妖しげな音声がついている――個人的な伝手を総動員して画像編集したのだ。
「仕上がりは上々ですね」
ほくそ笑んだ直後彼女はスマホを隠し、振り向いた。
いつからそこにいたものか、メイムがにこにこしながら立っている。
「すごいもの作ったねー、エルさん」
「何のことです?」
「隠さなくていいよー。あたしもカチャさんの結婚式を、無難にすませるつもりはないから。せっかくのお祝いだ、心行くまでやりたいことやんないとね♪」
数秒見合った後エルフたちは、キレのいいハイタッチを交わした。
「事後の静止画に行為中の音声が聞こえるのは変ですし、合成した画像も良く見れば不自然な箇所がたくさんあります。この程度の画像を否定できないようであれば、失礼ながらお二人の愛もその程度。それなら、遠慮なくカチャさんを頂けますね」
「わー、修羅場だ修羅場ー♪」
「冷蔵技術がないから長時間運搬にはこれが安全なの」
樽一杯の塩漬け肉を背負うディーナ。
「お二人の式には、是非祝いの品と共に出席させていただきたく思います……」
新巻鮭を背負うマルカ。
「今回は是非メイドウェイを極めさせていただきたいと思います」
酒樽をかつぐフィロ。
「きっとすてきな式なんだろうな、楽しみなのです」
何も持たず目をキラキラさせているルンルン。
以上4名はタホ郷へ急ぐ。
険しい山間部にも春は確実に訪れていた。もう日陰以外、雪はほとんど見かけない。
青みを帯び膨んだ木々の蕾、枝先で鳴き交わす小鳥たち。
心洗われる様な光景が繰り広げられる中彼女らは、タホ郷にたどり着く。
そして一様に戸惑う。
郷の周囲には悪鬼や猛獣を象った物々しい上りが乱立。成人男女はことごとく武器を手にしている。
どう贔屓目に見てもお祝いしている雰囲気ではない。
もしや歪虚の襲撃でもあったのではと心配するディーナたちは、おーいと自分たちを呼ぶ声を聞く。
「皆、こっちこっちー」
メイムだ。リオンもいる。どうも先に来ていたらしい。
何やら事情を知っていそうなので、一同そちらに赴く。
「一体この騒ぎはどうしたんです?」
というルンルンの質問にリオンは、事もなげに答えた。
「結婚式の予行演習をやるんですよ」
「あれ? 今日が結婚式じゃなかったんですか?」
と聞き返すルンルン。
そこに足音。
振り向いてみればケチャだ。銅鑼を持っている。
「違うわよ。本番は4月。今日はリハーサル。まあ、ゆっくりしていきなさい。引き出物は本番に備えて、こっちで預かっておくから――」
部族の結婚衣装に身を固めた5組の花嫁花婿が、郷の商会所前に姿を現す。
メイムが早速解説を始めた。
「男の娘がスシヲさん、完璧未成年な女の子がリルルゥちゃん。今回最年少のカップルだよ。続いてがヨサクさん 赤ん坊つれてるのがトモエさん。事実婚だって。次がタンゲさん、コユキさん。どっちも郷でも名うての猟師らしいよ。それからマシラさん、マミさん。どっちもずっと前に連れ合いをなくしてからずっと独身で来たけど、今回再婚する気になったんだって。そしてー、真打ちのカチャさん、リナリスさん♪ 豆知識だけど、部族同士が結婚するときは、入れ墨に何かするってことはないらしいよ♪ 対の場所に云々は、あくまでも部族へのご新規さんに限る慣わしなんだって」
花嫁は皆正装。だが花婿は皆軽装。
釣り合わない格好だ。
どうしてだろうと皆が思った直後、理由が知れた。
ケチャが銅鑼を鳴らす。
「始めえーい!」
花婿全員が目にも留まらぬ早さで花嫁を抱き上げ、四方八方に散る。
ウオー!と鬨の声を上げ武装した者たちがそれを追いかける。皆本気の目だ。
あっけに取られるディーナたちに、再びメイムが説明する。
「タホ族は結婚式に際して花婿を狩るんだよ。花嫁を守り切る力を試すとかなんとか理由がついてるんだけど……どーも略奪婚が行われてた名残じゃないかと思うんだよねー、あたしは」
ルンルンは手を挙げて聞く。
「あのーそれじゃあ、ブーケトスとかは……」
「ないね。ああでも、花婿に矢が当たれば次の結婚の当事者になれるとか、そういう言い伝えはあるみたい。誰かやってみる?」
メイムが弓矢を差し出す。
ルンルンはそれを受け取った。そして走っていった。花婿たちが逃げていった方へ。
ちょうどそこへ杏子が到着。
「いやー、面白い。こんな奇祭めったにお目にかかれないわ」
と言って彼女は、、騒ぎのただ中に向かって行く。
マルカのパルムはすべてを記憶するため、その肩に張り付き同行する。
●結婚に備えて~ジェオルジ編
天龍寺姉妹は、ジェオルジ支局を訪ねていた。
「こんにちはー」
入ってみれば中にはいつも通り、ジュアンとマリーがいた。
詩は早速ジュアンに質問する。カチャの方の日取りと被ってなればいいがと思いながら。
「ねえジュアンさん、結婚式の日取りはいつになるの? よかったら教えてもらいたいんだけど。私たちも出席したいんだ」
ジュアンは、快く答えてくれた。
「本当? うれしいな」
そこで教えてもらった日取りは、幸いカチャの側の日取りに被っていなかった――もっともカチャ側の式は一日で終わるものではないらしい。5組同時にやるとかで、数日間にわたる催しになりそうだとか。
「本当に物入りよねえ」
と愚痴るマリー。
そんな彼女に舞は、ニヤニヤしながら話しかける。
「皆幸せそうでいいな~。所でマリーさんはナルシスとはいつ結婚すんの?」
「何言ってんのよ。ナルシスくんは未青年なんだから犯罪になるじゃないの」
「もう関係出来てるんだから今更そんなこと言わなくても。あれでしょ、越えちゃってるんでしょ色々と」
「こっ……越えてないわよっ!」
「あれウソ。まだ握手止まり? そんなことないよね全然」
「そ、そうじゃないけど、色々って言うほどには……もう! いいから黙ってて!」
そのやり取りを見て詩は、内心嘆息する。
(お姉ちゃんも悪趣味だなぁ)
そこへ「わし! わし!」と吠える声。
コボちゃんが餌入れを手に入ってきた。
「おやーつう」
ちょうどいいので、彼にも聞いてみる。
「ねえコボちゃん、コボちゃんもジュアンさんたちの結婚式に出るの?」
コボちゃんは眉間を狭め、小鼻を蠢かした。
「ごちそう、くわせるなら、いかない、こともない」
条件付きなら行く意志はあるようだ。
ならばと詩は畳み掛ける。
「それならお祝いに歌を歌ってあげたら? 私が結婚式の定番ソングを教えてあげるから。そしたら、きっとジュアンさん達喜んでくれるよ」
舞も適当に煽る。
「完璧に歌えたら結婚式の料理、あんただけ倍にしてくれるかもよ(あくまでかも、だけどね)」
言うまでもないことだが、()部分は舞の心の声である。
ごちそうが倍というキーワードに、コボちゃん大いに乗り気になった。
「うたわない、こともない」
「そっか、じゃあ早速練習しよ。曲はそうだなあ、結婚式だから……高砂がいいかな」
●その愛の色
ユニゾン島。外部者宿泊所。
ロビー受付の台には鉢植えの白梅。その隣には盆に盛られた白一色の雛霰。どっちもルベーノのお土産だ。
暑い場所に来たことで弱っていた梅だったが、涼しい屋内に置かれたことで生気を取り戻し、芳香を漂わせていた。
その前でマゴイとルベーノが話をしている。
『……これはとてもよい香りがする……何という花……?』
「梅だ。花言葉は早春に長寿に健康だったか……? この時期は雛祭りや花見もあるらしいからな。本来はいろんな色に言祝ぎを込めるらしいがμは白以外は好まんのだろう?」
『……そう、私は……白が好き……白はとてもよい色……』
目を細めたマゴイは、ついで不可解な一言を付け加えた。
『……すべての色が……その中にある……』
ルベーノは首を傾げる。
「……? すべての色を排除したのが白ではないのか?」
『……?……いいえ……すべての色を重ねると……白くなる……』
「……?? いや、重ねれば重ねるほど黒くなると思うが」
マゴイもゆっくり首を傾けた。しばしそのままでいて、「ああ」と何かに思い当たったように呟いた。
『……あなたが言っているのは……顔料における混色の法則……私が言っているのは光における混色の法則……』
マゴイは近くの白い壁に手をかざす。青い光、赤い光、緑の光が浮き出てきた。その三つがより集まる。重なった部分に出来た色は――。
「……なるほど白だな」
『……でしょう……それはそれとして……花見や雛祭りとは何かしら……』
「うん? 花見とはまあ、読んで字のごとくだな。花を見ながら皆で飲み食いするのだ。雛祭りというのは東方の行事でな。ちょうどこのくらいの時期に人形を飾り、女児の幸福を祈るのだ」
『……人形を飾ることと……幸福とに……何の関連が……?……そしてまた……なぜ女児に限られているの……?』
自分の手に余る質問だと素直に認めたルベーノは、積極的に茶を濁す。
「いわゆる宗教的理由からだ。男児には男児で別の祝いの日があるらしいとは聞く――ところでμ、ユニオンには宗教はあったのか」
マゴイは、習ったことを復唱するような口ぶりで言った。
『……宗教は……現実に幸福が得られない場合……心理的安定を得る手段として有効……しかしユニオンは現実における幸福を保証する……よって宗教の存在意義はない……ということで……ない……』
そこに、コボルドたちがやってきた。
「おー、うべーの」「かえてきた!」「るべのかえてきた!」
「おお、お前たち戻ってきたのか。保養所での暮らしはどうだった?」
お土産のドッグフードを分けてやろうとしたルベーノは、見慣れぬ個体が数匹交じっていることに気づく。それらは島のコボルドほど毛艶も肉付きもよくない。人間であるルベーノを警戒しているのか、近寄ってこようとしない。
「μ、なにやら見かけぬ顔が交じっているようだが」
『……ワーカーたちが……保養所にいる間に……新しい市民候補者を勧誘してきてくれたのよ……ところで市民……』
とルベーノに呼びかけたマゴイは、はたと自分の間違いに気づき訂正する。含羞を帯びた調子で。
『……失礼……あなたは市民ではなかったわね……』
●月の下で
花屋の店先で花を見ていたGacruxは、ベムブルに声をかけられた。
「よろしければお店の中もご覧ください。いいお花がそろっていますよ」
勧めに従い店内に入ってみると、太陽にも似た鮮やかな橙色と金色が目に飛び込んでくる。
彼はその花の名を知っていた。
「……あの人の名前と同じ花ですね」
そっと花弁を撫で、近くにある赤いガーベラに目を留める。
「店長さん、この花の花言葉は何ですか?」
「ガーベラですか? 『希望』です」
希望。
その単語はGacruxの心を強く、熱く揺さぶった。
「そうですか。では、それとこの――カレンデュラで花束を作っていただけますか?」
「はい、お安い御用で」
花束が出来た。赤と、黄色と、橙。弾けるように力強い色の集まり。
「ああ、綺麗な花だ……」
そう言って彼は花束を胸に抱く。まるで恋人のように。
ハナは一人、ビエンナーレの街角を歩く。
「あー、こういうお祭りで一緒に歩きたいですぅ。シャンカラさんとこう、腕を組んで、筋肉の厚みを感じながら、夜も更けるまでぇ……」
妄想に次ぐ妄想で周囲確認がおろそかになっていたのか、向かいから来たミアと衝突しそうになった。
「あ、すみませぇん」
「ニャ、こちらこそごめんニャ」
相手と同時に頭を下げたミアは、帰り道を急ぐ。
サーカス団の彼に――彼らにとても会いたい。今すぐに。
「みんな今頃、ニャニしてるニャス?」
答えのない問いかけは、春の宵に吸い込まれる。
空気の冷え冴えわたる宵に、銅鑼とケチャの声が響く。
「本日はこれまで!」
本日の婿狩りのリハーサルが、ようやく終わったらしい。聞けば明日もあるそうな。
満身創痍の花婿たちが担架に乗せられ、花嫁を付き添いとして、即席救護所へ運ばれていくのが見える。
リルルゥという子は、ほっぺをぷうと膨らませ怒っていた。
「もー、このくらいで動けなくなるなんてスシヲだらしなさすぎ!」
(結婚というのも大変なんですね)
思いながらフィロは、猪ナベを宴参加者に配って回る。
「煮えました。どうぞ」
「郷土料理ウマウマなの、私は食べ専なのー」
もりもり食べるディーナ、メイム、リオン、ルンルン。
杏子は篝火のそばで、スケッチの整理。
矢が刺さったカチャがばたりと宴席に倒れ込んでくる。リナリスは傷一つついておらず、きれいなまま。
「カチャ、ご苦労様-。本番が楽しみだねー」
なんて言っている。
ルンルンが近寄ってきた。刺さっている矢を確かめ、残念そうな顔。
「これ、私の矢じゃないですねえ」
マルカが救急箱を持ってきた。
「お疲れ様です……」
ディーナもカチャのもとへ行く。そして、こんな提案をする。
「タホ郷まで来られる一般の人は少ないと思うの、だから町で披露宴して、その時エクラ式っぽくすれば良いと思うの。行ければ司祭役は私がやってもいいの」
カチャがよろよろ顔を上げ、ディーナの手を握った。
「……是非お願いします……」
コボちゃんはコボちゃんハウスの屋根の上。詩から教わった歌を自主練習。空き缶三味線をかき鳴らして。
「わわーわごーやーーわをーしわーわみーにーをおおーおーおー」
今のところ遠吠えにしか聞こえないが、結婚式までにはちゃんと歌えるようになるであろう。
多分、きっと、恐らくは。
「はい、いいですよ。モデルになっても」
カチャがそう言ったのに続き、彼女の同行者であるリナリス・リーカノア (ka5126)も言う。
「その話あたしも受けた! いいよね杏子さん? あたしもカチャと一緒にモデルになりたいし♪」
「もちろん。モデルが多いほど私としては有難いわ。そういえば今さっきジュアンたちに聞いたんだけど、あなたたち結婚するんだって?」
カチャは緩んだ表情で頭をかいた。
「えへへ……はい」
リナリスは体一杯の高揚感を持て余すかのように、両手を上下させる。
「そ、もうすぐあたし達結婚するんだ♪ もー、待ち切れないよっ♪」
杏子はそんな2人の動きと表情を、素早く紙に写し取った。
「相思相愛ってわけだ。そういえば2人とも、相手のどこが好き? 今度の絵のテーマの参考になると思うから、できれば聞かせて欲しいんだけど……」
リナリスはがばりとカチャに抱き着いた。猫のようにほお擦りし、語彙の限りにのろけ倒す。
「どこが好き? っていうよりあたしの全存在がカチャを求めて燃え上がってるって感じかな♪ 幾度愛の言葉を囁き合っても、何度口づけを交わしても、どれだけ体を重ねても全然足りないんだ。もっともっとカチャを知りたい、全身で感じたい、狂おしいほどに味わいたい……そして、共に歩んでいきたい、永遠に……ね♪」
杏子が冷やかすように口笛を吹いた。
「カチャは? リナリスのどういうところが好きなの?」
「えっとですね――」
と言ってからカチャは、指折り数え始めた。
「過激で、狡くて、悪戯好きで、浮気で、かわいくて、優しくて、意地っ張りで――なんかもう……全部ですかね。どれが欠けてもリナリスさんじゃありませんもの」
こちらもかなりののろけぶり。
それに刺激されたか、リナリスは目を一杯に見開き潤ませた。
「カチャったら愛してるう!」
相手が引っくり返りそうな勢いで抱き着き唇重ね、あだっぽく囁く。
「じゃ、このポーズで描いてもらお♪」
そのとき何かが2人の顔の横に、ぶらんと吊り下がってきた。
見ればカチャそっくりな人形だ。
胴体は独楽の様にぐるぐる巻き。足に丸太がくくりつけられ、細めのヒモでてるてる坊主のような首吊り状態にされている。
首吊り紐の先には竿。
竿を持っているのはメイム (ka2290)。その隣にはエルバッハ・リオン (ka2434)。
「ちょっとちょっとメイムさん、私の人形虐待するの止めてくださいよ!」
カチャからの抗議にメイムは、しれりと答えた。
「やだな、虐待じゃないよ。これは、リナリスさんに首ったけかつ借金まみれなチャさんの現状を、象徴的に表現しようという試みなんだ。それはともかく杏子さん、あたしたちもモデルになろうか? ここまでの会話こっそり全部聞いてたから事情は分かったし」
「あ、本当? それは是非ともお願い――メイムは誰か好きな人、いる?」
「んー、正直今のところは思い当たらないかな。だから「愛」って言われてもいまいちピンと来なくて。隣人友達は大事だと思うけど。まあ、後々面白ければ、いいんじゃないって感じかなあ」
「隣人愛も友愛も愛のうちよ。リオンは?」
リオンはちらりとカチャのほうを盗み見て、言った。
「私も特にこれといった相手がいないので、あまり言えるようなことはないですね」
●モデルと画家 2
「好きな人は?」
という質問を受けてディーナ・フェルミ (ka5843)が思い浮かべたのは、さるサムライ的な人。
「タスカービレで道場主をやってるの。タスカービレ、温泉があって緑がいっぱいで良い所なの」
星野 ハナ (ka5852)が思い浮かべたのは、端正な顔立ちのドラグーン騎士。
「最近はぁ、龍園のシャンカラさんに熱烈アタックをかけてるんですぅ。いいですよねぇ、ああいう筋肉ぅ。もうすりすりぺろぺろはぁはぁくんかくんかしたいですぅ。さすがに許可なしにやりませんけどぉ」
欲望むき出しな発言だ。
とはいえ現実の行動に際して言えば、以下の台詞が示すように、意外と抑制的である。
「もう胃袋から掴む大作戦展開中ですねぇ。やっぱりぃ、ごはん美味しそうに食べてくれる男性はポイント高いですぅ」
フィロ (ka6966)が思い浮かべたのは、ちょい悪風なトパーズの精霊。
「……そうですね。起動に精霊を必要としたからでしょうか。とりわけ親愛を感じるのは精霊様であるように思います」
ルンルン・リリカル・秋桜 (ka5784)が思い浮かべたのは、超絶イケメン。
「とっても優しくて、ピンチの時には颯爽と駆けつけてくれる、石油王で勇者で貴公子で巨大財閥の総帥――そんな王子様が、きっとどこかにいるはずなんです」
しかし残念なことに、まだそのイケメンにはめぐり合えていないようだ。
ハナが「なーんだ」と呆れた声を上げる。
「結局全部ルンルンさんの妄想じゃないですかぁ」
「妄想じゃないですぅ、因果律的な確定事項なんですぅ! 私はいつかきっと白馬に乗った彼と運命的な出会いを果たすんですぅ!」
幾らか揉めそうになってきたので杏子は、別の方向に話をそらす。
「ねえ皆、その人は年上? 年下? 同年代?」
ディーナは人差し指を唇に当て、考えた。
「多分20歳近く年上なの。結構レディファーストかなぁ」
フィロもまた、考える。
「私の場合も、年上になりますね。私が目覚めるより前から、あの方は存在していらっしゃいますから」
ハナは指折り数えて計算した。
「私は……年下になりますかねぇ。でも相対的には年上かも。ドラグーンの人は皆、生き急いでますから」
ルンルンは明るく言い切る。
「私の王子様は王子様だから年齢なんてないんです」
スケッチを終えた杏子は彼女らに礼を述べ、カチャの結婚式が近々タホ郷で行われるらしいことを伝える。
ディーナ、ルンルン、フィロはその情報に沸き立った。
「……結婚式?! それはすごいの見に行くのー」
「結婚式、憧れなのです……ブーケがあればゲットなんだからっ!!」
「カチャ様達の部族の結婚式ですか。それは是非参加させていただきたいと思います。八橋様もご一緒にいかがでしょう? 結婚式の絵は、とても喜ばれる贈り物だと思います」
「そうねえ……じゃあ、スケッチが終わってから覗きに行くことにするわ」
ハナはその場から離れていく。
彼女はタホ郷に行かない。これから心ゆくまで、ビエンナーレを楽しむ所存なのだ。
●モデルと画家 3
「ずいぶんめかし込んでるのね」
という杏子にマルカ・アニチキン (ka2542)は、自信なさげに聞き返した。
「に、似合いませんか?」
今日の彼女は普段使いの魔法使いな格好ではない。ゆるい円錐型の縦巻ツインロールと、カントリースタイルの服装。
「いいえ、そんなことないわよ。誰かとデートでもするの?」
杏この勘繰りをマルカは、ぶんぶん首を振って否定した。
「い、いいえ、これはその、メイムさんにオマージュを得てのことでして……」
「あ、そうなんだ。ところで好きな人、いる?」
「特定の誰かをということではないですが――私によくしてくださる周囲の皆様には、常日頃から好意と感謝を抱いています。魔術とFC名誉会員やらで、恥ずかしいところばかり見せてる感じがしてますけど――役立てる時、この感謝の気持ちを形にしてゆきたい……と」
と言いながらポートレイトEXを見せてくる。
それに対し杏子は、直感的な質問をぶつけた。
「あなた、この人が好きなんじゃないの?」
「い、いいえ! ジルボさんは私にとって生ける伝説なんです! そんな人を相手に好きだの嫌いだの……おこがましい真似出来ません!」
天竜寺 舞 (ka0377)は余計なおせっかいを呟く。声に出さずに。
(……そこまで崇め奉らず普通に付き合えばいいと思うけどなー)
杏子は、その舞に聞いた。
「舞は? 誰かいる?」
「んー、恋愛的な意味なら、あたしは今はいないかな。てゆーか、杏子はどうなの? 好きな人いるの?」
「いたわ」
「あれ、過去形?」
「そう、過去。今のところ特定の人はいないの。詩は?」
天竜寺 詩 (ka0396)は照れながら答える。静かな面差しを思い描きながら。
「うーん……恋愛かは解らないけどその人の役に立ちたいって思う人ならいるよ」
それを聞いた舞は血相を変えた。
「まさかどこぞの将軍なのか!?」
詩は極力誤魔化そうとした。
「え? えーと」
しかし顔が赤らんでいるので誤魔化しきれない。
ますますいきり立った舞は、娘を嫁に出したくない頑固おやじのような台詞を吐いた。
「誰にしろ詩を幸せにできる人じゃないとあたしは認めないからね!」
● モデルと画家 4
「……そうだニャぁ。憧れてる関係ニャらあるニャスよ」
ミア (ka7035)の頭に思い浮かぶのは、石榴色の瞳の少年――実年齢は青年だが。
「その人のこと、好き?」
「好きニャス。むしろ大好きニャス。でも愛してるかと聞かれたら……んんー……」
疑問符を頭上に浮かべ言葉を詰まらせたミアは、ルベーノ・バルバライン (ka6752)の方を見た。
自分と同じ質問を受けた彼もまた、答えづらそうにしている。
その挙句、なにやら難しげなことを言いだした。
「悩ましい質問だな、それは。アガペーとエロース、どちらかだけで満足できるか。特に相手が自分に対しフィリアやストルゲーしか感じていない場合にな。大事な相手であることは間違いない、それ以上は俺も分からん」
ミアは耳慣れない単語の羅列に、目をぱちくり。
「アガ……てなんニャ?」
杏子がすかさず注釈をつける。
「エロスは恋愛、フィリアは友愛、ストルゲーは家族愛、そしてアガペーは無償の愛、神の愛とも言われるけどね――それにしてもルベーノ、見た目に反して意外と……」
「意外と何だ」
「あれこれ気を回すタイプなのね。英霊相手に踏み込むのは、やっぱり難しいなって思う?」
「英霊であるから踏みこまんのではない、踏み込めば確実に関係が壊れると分かっているから踏みこまんだけだ。刷り込まれた常識は簡単には覆せん」
とぶっきらぼうに言ってルベーノは、会話を断ち切る。
ミアは小声で杏子に聞いた。
「どういうことニャス?」
杏子も小声で答える。
「友達のAさんのことが好きだ。だから告白したい。でも告白して気まずい感じになったら嫌だ。友達関係まで壊れちゃうかもしれないし。だから黙っていようかな――っていう感じの話」
「おー、ニャるほど。学園ドラマとかによくあるシチュということニャスな」
両手を合わせうんうん頷くミア。
杏子は彼女の尾が感情に合わせ動く様を描きながら、重ねて聞いた。
「現実には恋愛も友愛も家族愛も、それ単体では存在してないと思うけどね。多かれ少なかれ複数が混ざり合ってるものよ――ところでミアは、その人との関係をどうしたいの?」
ミアは考えた。空に浮かぶ雲を眺めて。
「いつか、彼と“家族”になれたらなぁ……なんて、思うニャス」
多分恋愛感情じゃない。もっと強い結び付きを求める気持ち。彼らのようなあたたかい繋がりが出来たら幸せだろうな、と思うのだ。それは自分が、唯一の家族である兄を失っているから――なの――かもしれない。
「多分、ミアは家族が欲しいのニャス……それも、“愛情”になるニャス?」
「もちろんよ」
●モデルと画家 5
「Gacrux――で間違ってないかしら? お久しぶり」
呼び止められたGacrux (ka2726)は振り向いた。
声をかけてきた相手の顔を見て数秒間記憶をたどり、口を開く。
「あんたはあの時の……? えーと、確かエビサ島の依頼で……八橋杏子でしたか?」
「当たり。よく覚えててくれたわね」
「いや、あんたこそよく覚えてましたね。二年ぶりでしょうか」
簡単な挨拶の杏子はGacruxに、モデルになってくれないかと頼んだ。
「もうスケッチブック、描くところが残ってないからね。あなたで〆って事になるわ――お願いしてかまわない?」
「ああ、いいですよ。特に用事もありませんし」
「そう。ありがと。それにしてもあなた、2年前とは雰囲気がちょっと変わってる」
「そうですか? どんな感じに」
「そうね、寂しそうになったかな。あ、誤解しないで。寂しそうっていうのは悪い意味じゃないの。なんて言うかなあ、色の幅と深みが増したっていうか――好きな人、出来た?」
唐突な質問にGacruxは目を丸くし、ついで穏やかな顔付きになる。
「――ええ」
「どういう人?」
思い起こすのは爛れた不毛の大地。
そこに咲いた一輪の花。
つかの間の輝きを残し消えていった凄烈で可憐な仇花。
今でもありありと思い出せる。最後に交わした抱擁の暖かさを。
「彼女は素敵な人で……俺の光であり希望だった……それは今も変わらない」
杏子はGacruxの姿を紙に写し取る。恋慕と痛みがないまぜになったその眼差しも。
「この先も?」
「……この先何が起ころうとも、俺は彼女のことを愛している……たとえそのために命を落とすことになったとしても」
「……愛は死のごとく強し、ね」
●結婚に備えて~タホ郷編
「これがタホ郷の伝統衣装?」
「はい、そうなんです。代々手直ししながら使ってるもので……リナリスさんにはちょっと丈が長いから、裾のところ、縫い縮めないといけないですね」
カチャがリナリスに着せているのは、いつぞや彼女が大晦日の際に着ていた神子装束に近いもの。
びっしり刺繍がしてあり、ビーズが縫い付けられている。絢爛にしておごそか。
「動きにくいし重いしで、あんまりいいものじゃないんですけどね」
「そんなことない、すごくいいじゃない! なんかこう、いかにも辺境、いかにも部族って感じ!」
カチャが身に着けているものは、リナリスが身につけているものと大分違っていた。
晴れ着に恥じぬ細かい刺繍が施してあるところまでは同じだが、デザインは比較にならぬほど単純。装身具もなし。ぱっと狩装束だ。何故か盾もついている。
そのあたり、リナリスとしては、ちょっと物足りない。これだからカチャは部族式の結婚式をいやがってたのかな、とも思う。
「ねえカチャ、可能ならお色直しを何回か入れて、カチャが着たい衣装を全部着るのもいいんじゃないかな♪ あたしはドレスは勿論だけどタキシードも着てみたい♪」
カチャは遠くを見るような目をした。
「……ええ、そうしたいですよね……余力が残ってるものなら……」
そこにカチャの弟、キクルが入ってくる。
「おねえちゃん、そろそろ結婚式のリハーサル始めるって母さんが」
リオンはカチャ宅の蔵の物陰で、魔導スマホをいじっていた。
画面に映っているのは、去年の年末イタズラで撮ったカチャとの濡れ場的記念写真。
そのとき映っていた背景は雪山だったのだが、今は何故か室内のベッド。そして妖しげな音声がついている――個人的な伝手を総動員して画像編集したのだ。
「仕上がりは上々ですね」
ほくそ笑んだ直後彼女はスマホを隠し、振り向いた。
いつからそこにいたものか、メイムがにこにこしながら立っている。
「すごいもの作ったねー、エルさん」
「何のことです?」
「隠さなくていいよー。あたしもカチャさんの結婚式を、無難にすませるつもりはないから。せっかくのお祝いだ、心行くまでやりたいことやんないとね♪」
数秒見合った後エルフたちは、キレのいいハイタッチを交わした。
「事後の静止画に行為中の音声が聞こえるのは変ですし、合成した画像も良く見れば不自然な箇所がたくさんあります。この程度の画像を否定できないようであれば、失礼ながらお二人の愛もその程度。それなら、遠慮なくカチャさんを頂けますね」
「わー、修羅場だ修羅場ー♪」
「冷蔵技術がないから長時間運搬にはこれが安全なの」
樽一杯の塩漬け肉を背負うディーナ。
「お二人の式には、是非祝いの品と共に出席させていただきたく思います……」
新巻鮭を背負うマルカ。
「今回は是非メイドウェイを極めさせていただきたいと思います」
酒樽をかつぐフィロ。
「きっとすてきな式なんだろうな、楽しみなのです」
何も持たず目をキラキラさせているルンルン。
以上4名はタホ郷へ急ぐ。
険しい山間部にも春は確実に訪れていた。もう日陰以外、雪はほとんど見かけない。
青みを帯び膨んだ木々の蕾、枝先で鳴き交わす小鳥たち。
心洗われる様な光景が繰り広げられる中彼女らは、タホ郷にたどり着く。
そして一様に戸惑う。
郷の周囲には悪鬼や猛獣を象った物々しい上りが乱立。成人男女はことごとく武器を手にしている。
どう贔屓目に見てもお祝いしている雰囲気ではない。
もしや歪虚の襲撃でもあったのではと心配するディーナたちは、おーいと自分たちを呼ぶ声を聞く。
「皆、こっちこっちー」
メイムだ。リオンもいる。どうも先に来ていたらしい。
何やら事情を知っていそうなので、一同そちらに赴く。
「一体この騒ぎはどうしたんです?」
というルンルンの質問にリオンは、事もなげに答えた。
「結婚式の予行演習をやるんですよ」
「あれ? 今日が結婚式じゃなかったんですか?」
と聞き返すルンルン。
そこに足音。
振り向いてみればケチャだ。銅鑼を持っている。
「違うわよ。本番は4月。今日はリハーサル。まあ、ゆっくりしていきなさい。引き出物は本番に備えて、こっちで預かっておくから――」
部族の結婚衣装に身を固めた5組の花嫁花婿が、郷の商会所前に姿を現す。
メイムが早速解説を始めた。
「男の娘がスシヲさん、完璧未成年な女の子がリルルゥちゃん。今回最年少のカップルだよ。続いてがヨサクさん 赤ん坊つれてるのがトモエさん。事実婚だって。次がタンゲさん、コユキさん。どっちも郷でも名うての猟師らしいよ。それからマシラさん、マミさん。どっちもずっと前に連れ合いをなくしてからずっと独身で来たけど、今回再婚する気になったんだって。そしてー、真打ちのカチャさん、リナリスさん♪ 豆知識だけど、部族同士が結婚するときは、入れ墨に何かするってことはないらしいよ♪ 対の場所に云々は、あくまでも部族へのご新規さんに限る慣わしなんだって」
花嫁は皆正装。だが花婿は皆軽装。
釣り合わない格好だ。
どうしてだろうと皆が思った直後、理由が知れた。
ケチャが銅鑼を鳴らす。
「始めえーい!」
花婿全員が目にも留まらぬ早さで花嫁を抱き上げ、四方八方に散る。
ウオー!と鬨の声を上げ武装した者たちがそれを追いかける。皆本気の目だ。
あっけに取られるディーナたちに、再びメイムが説明する。
「タホ族は結婚式に際して花婿を狩るんだよ。花嫁を守り切る力を試すとかなんとか理由がついてるんだけど……どーも略奪婚が行われてた名残じゃないかと思うんだよねー、あたしは」
ルンルンは手を挙げて聞く。
「あのーそれじゃあ、ブーケトスとかは……」
「ないね。ああでも、花婿に矢が当たれば次の結婚の当事者になれるとか、そういう言い伝えはあるみたい。誰かやってみる?」
メイムが弓矢を差し出す。
ルンルンはそれを受け取った。そして走っていった。花婿たちが逃げていった方へ。
ちょうどそこへ杏子が到着。
「いやー、面白い。こんな奇祭めったにお目にかかれないわ」
と言って彼女は、、騒ぎのただ中に向かって行く。
マルカのパルムはすべてを記憶するため、その肩に張り付き同行する。
●結婚に備えて~ジェオルジ編
天龍寺姉妹は、ジェオルジ支局を訪ねていた。
「こんにちはー」
入ってみれば中にはいつも通り、ジュアンとマリーがいた。
詩は早速ジュアンに質問する。カチャの方の日取りと被ってなればいいがと思いながら。
「ねえジュアンさん、結婚式の日取りはいつになるの? よかったら教えてもらいたいんだけど。私たちも出席したいんだ」
ジュアンは、快く答えてくれた。
「本当? うれしいな」
そこで教えてもらった日取りは、幸いカチャの側の日取りに被っていなかった――もっともカチャ側の式は一日で終わるものではないらしい。5組同時にやるとかで、数日間にわたる催しになりそうだとか。
「本当に物入りよねえ」
と愚痴るマリー。
そんな彼女に舞は、ニヤニヤしながら話しかける。
「皆幸せそうでいいな~。所でマリーさんはナルシスとはいつ結婚すんの?」
「何言ってんのよ。ナルシスくんは未青年なんだから犯罪になるじゃないの」
「もう関係出来てるんだから今更そんなこと言わなくても。あれでしょ、越えちゃってるんでしょ色々と」
「こっ……越えてないわよっ!」
「あれウソ。まだ握手止まり? そんなことないよね全然」
「そ、そうじゃないけど、色々って言うほどには……もう! いいから黙ってて!」
そのやり取りを見て詩は、内心嘆息する。
(お姉ちゃんも悪趣味だなぁ)
そこへ「わし! わし!」と吠える声。
コボちゃんが餌入れを手に入ってきた。
「おやーつう」
ちょうどいいので、彼にも聞いてみる。
「ねえコボちゃん、コボちゃんもジュアンさんたちの結婚式に出るの?」
コボちゃんは眉間を狭め、小鼻を蠢かした。
「ごちそう、くわせるなら、いかない、こともない」
条件付きなら行く意志はあるようだ。
ならばと詩は畳み掛ける。
「それならお祝いに歌を歌ってあげたら? 私が結婚式の定番ソングを教えてあげるから。そしたら、きっとジュアンさん達喜んでくれるよ」
舞も適当に煽る。
「完璧に歌えたら結婚式の料理、あんただけ倍にしてくれるかもよ(あくまでかも、だけどね)」
言うまでもないことだが、()部分は舞の心の声である。
ごちそうが倍というキーワードに、コボちゃん大いに乗り気になった。
「うたわない、こともない」
「そっか、じゃあ早速練習しよ。曲はそうだなあ、結婚式だから……高砂がいいかな」
●その愛の色
ユニゾン島。外部者宿泊所。
ロビー受付の台には鉢植えの白梅。その隣には盆に盛られた白一色の雛霰。どっちもルベーノのお土産だ。
暑い場所に来たことで弱っていた梅だったが、涼しい屋内に置かれたことで生気を取り戻し、芳香を漂わせていた。
その前でマゴイとルベーノが話をしている。
『……これはとてもよい香りがする……何という花……?』
「梅だ。花言葉は早春に長寿に健康だったか……? この時期は雛祭りや花見もあるらしいからな。本来はいろんな色に言祝ぎを込めるらしいがμは白以外は好まんのだろう?」
『……そう、私は……白が好き……白はとてもよい色……』
目を細めたマゴイは、ついで不可解な一言を付け加えた。
『……すべての色が……その中にある……』
ルベーノは首を傾げる。
「……? すべての色を排除したのが白ではないのか?」
『……?……いいえ……すべての色を重ねると……白くなる……』
「……?? いや、重ねれば重ねるほど黒くなると思うが」
マゴイもゆっくり首を傾けた。しばしそのままでいて、「ああ」と何かに思い当たったように呟いた。
『……あなたが言っているのは……顔料における混色の法則……私が言っているのは光における混色の法則……』
マゴイは近くの白い壁に手をかざす。青い光、赤い光、緑の光が浮き出てきた。その三つがより集まる。重なった部分に出来た色は――。
「……なるほど白だな」
『……でしょう……それはそれとして……花見や雛祭りとは何かしら……』
「うん? 花見とはまあ、読んで字のごとくだな。花を見ながら皆で飲み食いするのだ。雛祭りというのは東方の行事でな。ちょうどこのくらいの時期に人形を飾り、女児の幸福を祈るのだ」
『……人形を飾ることと……幸福とに……何の関連が……?……そしてまた……なぜ女児に限られているの……?』
自分の手に余る質問だと素直に認めたルベーノは、積極的に茶を濁す。
「いわゆる宗教的理由からだ。男児には男児で別の祝いの日があるらしいとは聞く――ところでμ、ユニオンには宗教はあったのか」
マゴイは、習ったことを復唱するような口ぶりで言った。
『……宗教は……現実に幸福が得られない場合……心理的安定を得る手段として有効……しかしユニオンは現実における幸福を保証する……よって宗教の存在意義はない……ということで……ない……』
そこに、コボルドたちがやってきた。
「おー、うべーの」「かえてきた!」「るべのかえてきた!」
「おお、お前たち戻ってきたのか。保養所での暮らしはどうだった?」
お土産のドッグフードを分けてやろうとしたルベーノは、見慣れぬ個体が数匹交じっていることに気づく。それらは島のコボルドほど毛艶も肉付きもよくない。人間であるルベーノを警戒しているのか、近寄ってこようとしない。
「μ、なにやら見かけぬ顔が交じっているようだが」
『……ワーカーたちが……保養所にいる間に……新しい市民候補者を勧誘してきてくれたのよ……ところで市民……』
とルベーノに呼びかけたマゴイは、はたと自分の間違いに気づき訂正する。含羞を帯びた調子で。
『……失礼……あなたは市民ではなかったわね……』
●月の下で
花屋の店先で花を見ていたGacruxは、ベムブルに声をかけられた。
「よろしければお店の中もご覧ください。いいお花がそろっていますよ」
勧めに従い店内に入ってみると、太陽にも似た鮮やかな橙色と金色が目に飛び込んでくる。
彼はその花の名を知っていた。
「……あの人の名前と同じ花ですね」
そっと花弁を撫で、近くにある赤いガーベラに目を留める。
「店長さん、この花の花言葉は何ですか?」
「ガーベラですか? 『希望』です」
希望。
その単語はGacruxの心を強く、熱く揺さぶった。
「そうですか。では、それとこの――カレンデュラで花束を作っていただけますか?」
「はい、お安い御用で」
花束が出来た。赤と、黄色と、橙。弾けるように力強い色の集まり。
「ああ、綺麗な花だ……」
そう言って彼は花束を胸に抱く。まるで恋人のように。
ハナは一人、ビエンナーレの街角を歩く。
「あー、こういうお祭りで一緒に歩きたいですぅ。シャンカラさんとこう、腕を組んで、筋肉の厚みを感じながら、夜も更けるまでぇ……」
妄想に次ぐ妄想で周囲確認がおろそかになっていたのか、向かいから来たミアと衝突しそうになった。
「あ、すみませぇん」
「ニャ、こちらこそごめんニャ」
相手と同時に頭を下げたミアは、帰り道を急ぐ。
サーカス団の彼に――彼らにとても会いたい。今すぐに。
「みんな今頃、ニャニしてるニャス?」
答えのない問いかけは、春の宵に吸い込まれる。
空気の冷え冴えわたる宵に、銅鑼とケチャの声が響く。
「本日はこれまで!」
本日の婿狩りのリハーサルが、ようやく終わったらしい。聞けば明日もあるそうな。
満身創痍の花婿たちが担架に乗せられ、花嫁を付き添いとして、即席救護所へ運ばれていくのが見える。
リルルゥという子は、ほっぺをぷうと膨らませ怒っていた。
「もー、このくらいで動けなくなるなんてスシヲだらしなさすぎ!」
(結婚というのも大変なんですね)
思いながらフィロは、猪ナベを宴参加者に配って回る。
「煮えました。どうぞ」
「郷土料理ウマウマなの、私は食べ専なのー」
もりもり食べるディーナ、メイム、リオン、ルンルン。
杏子は篝火のそばで、スケッチの整理。
矢が刺さったカチャがばたりと宴席に倒れ込んでくる。リナリスは傷一つついておらず、きれいなまま。
「カチャ、ご苦労様-。本番が楽しみだねー」
なんて言っている。
ルンルンが近寄ってきた。刺さっている矢を確かめ、残念そうな顔。
「これ、私の矢じゃないですねえ」
マルカが救急箱を持ってきた。
「お疲れ様です……」
ディーナもカチャのもとへ行く。そして、こんな提案をする。
「タホ郷まで来られる一般の人は少ないと思うの、だから町で披露宴して、その時エクラ式っぽくすれば良いと思うの。行ければ司祭役は私がやってもいいの」
カチャがよろよろ顔を上げ、ディーナの手を握った。
「……是非お願いします……」
コボちゃんはコボちゃんハウスの屋根の上。詩から教わった歌を自主練習。空き缶三味線をかき鳴らして。
「わわーわごーやーーわをーしわーわみーにーをおおーおーおー」
今のところ遠吠えにしか聞こえないが、結婚式までにはちゃんと歌えるようになるであろう。
多分、きっと、恐らくは。
依頼結果
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【シツモンタク】 メイム(ka2290) エルフ|15才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2019/03/10 16:25:27 |
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【相談卓】 メイム(ka2290) エルフ|15才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2019/03/11 01:34:16 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/03/12 21:21:53 |