ゲスト
(ka0000)
【血断】闇と炎とエトセトラ
マスター:葉槻

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 4日
- 締切
- 2019/03/07 12:00
- 完成日
- 2019/05/27 09:41
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●過酷な戦い(数字)
「……なるほど」
ゾンネンシュトラール帝国、バルトアンデルス騎士会皇威議事堂、第三執務室。ヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)より手渡された書類に目を通すとイズン・コスロヴァ(kz0144)は小さく頷いて見せた。
書類の差出人はミリア・クロスフィールド(kz0012)。『オペレーション・ブラッドアウト』に全面協力すると宣言した帝国に下された『お願い』がそこに書かれていた。
「正直、今の第六師団からイズンを引き離すような事はしたくないのだが……」
「いえ、大丈夫です。ようやく事務方の人材も育ってきましたので、彼らの実力を測る良い機会となるでしょう」
「そうか……イズンが副師団長に就任して6年……良くそこまで頑張ってくれた」
「身に余るお言葉でございます」
「これで第六師団も本年度の決算は何とかなりそうだな」
微笑むヴィルヘルミナにイズンはやや困り顔の微笑で応える。
第六師団はその土地柄、6割がドワーフで構成されている師団だが、彼らはどうして書類仕事が大の苦手で、ヴィルヘルミナ即位以来一度たりともまともに期日を守れず、書類提出率ワーストワンという、不名誉な肩書きを持っている。
イズンは着任後よりこの現状打破に力を注いできたのだが、この2、3年で北へ南へと長期遠征業務が増え、部下に書類を任せる期間が増えたことで、逆に部下達にとっては「やらねばヤられる」という危機感を煽ったらしく自然と書類業務がこなせるようになっていったというのが実際のところで、イズンとしては複雑な思いを抱かないわけではなかった。
「では、行ってくれるか? 何しろ精霊と親和性の高い適任者が他にいないのだ」
「はい、喜んでこの任務、拝命いたします」
●植林と建立
帝国には現在、四大精霊が一柱、火と闇、正義を司るサンデルマンがいる……が。今イズンの肩にちょこんと乗っている手のひらサイズのてるてる坊主がそれとは誰が気付くだろうか。
サンデルマンには顔が無い。顔が無ければ口が無い。正義を司る精霊はその時代を生きる人々が『最も信頼出来る正義の人』の姿を取る。現在帝国に顕現しているため、その多くがヴィルヘルミナの姿を取っているが、これが王国であれば王女であったであろうし、辺境であれば族長であっただろう。……残念な事に今はただの不格好なてるてる坊主にしか見えないが。
「ところが、グラウンド・ゼロにはそもそも人がいません。さらに当然ですが正のマテリアルも少なく、負のマテリアルが渦巻く文字通り荒野です。サンデルマン様にとって非常に過酷な場所ですが、正義を司る精霊で無ければ出来ないことがあり、皆さんにご協力を頂きたいのです」
イズンはハンター達の顔を、瞳を見つめその意思を確認する。
「有り難うございます。皆さんの活躍によってグラウンド・ゼロでも浄化が進んでいます。実はグラウンド・ゼロには精霊が拠り所となる伝承、伝説がありません。ですがサンデルマン様の力を石碑に刻むことによって、今まで顕現させることが出来た精霊達を呼び寄せることが出来るようになります」
「俺達が転移門を使って移動できるようなもんか」
「近いですが、移動手段というだけではありません。この石碑を媒介にして四大精霊の力を送ることが出来るので、精霊達が力を発揮しやすくなります」
「ほー」「へー」「すごーい」といった感嘆の声がそこかしこから上がる。
「その為にはサンデルマン様を護りつつ、周囲にある程度の拠点を築く必要があります。候補としては小高い丘の上の遺跡が上げられています」
広い荒野が続くグラウンド・ゼロだが、古代文明のなごりか、時折何か建造物の跡が見つかることがある。その中の一つにソサエティは目を付けたようだ。
現地ではまず神霊樹の植樹。次に石碑の建立。その後周囲の拠点再構築といった手順となる予定だという。
「一刻すら惜しいため強行軍となりますが、皆さんよろしくお願いいたします」
●語る者なき彼の地にて
その廃墟は石造りの小型のピラミッドのような形をしていた。
長い階段――段数にしておおよそ100段はあるだろう――を頂上まで登れば、そこは40×40m程の正方形の広場になっている。
こういった建物は大概中に入れたりするものだが、外から見る限りあちらこちら崩れている割りには入口らしきものは無い。
だが、間違いなく頑丈な石造りの遺跡だ。周囲を見回せる丘の上にある故に、敵の接近にも気付きやすいだろう。
恐らくかつて周囲は森だったのではないかと誰かが呟いた。そのくらい、現在周囲には何もない。
だが、この下にはかつて龍脈が通っていたのだろう。微かな気配があるらしく、パルム達は大切そうに神霊樹の枝を抱えながらも周囲を落ち着き無く見回し、そしてある一点に目を付けた。さて、では浄化を……と準備を始めたその時――
「シェオル型!!」
一体のシェオル型が近付いて来るのに気付いたハンター達は各々武器を構え、イズンは肩に乗ったサンデルマンと背後にいる二体のパルムを護るべく銃を構える。
「ここで時間を使うのも惜しい。早々にご退場願いましょう」
銃声を皮切りに、戦いの火蓋は切って落とされたのだった。
「……なるほど」
ゾンネンシュトラール帝国、バルトアンデルス騎士会皇威議事堂、第三執務室。ヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)より手渡された書類に目を通すとイズン・コスロヴァ(kz0144)は小さく頷いて見せた。
書類の差出人はミリア・クロスフィールド(kz0012)。『オペレーション・ブラッドアウト』に全面協力すると宣言した帝国に下された『お願い』がそこに書かれていた。
「正直、今の第六師団からイズンを引き離すような事はしたくないのだが……」
「いえ、大丈夫です。ようやく事務方の人材も育ってきましたので、彼らの実力を測る良い機会となるでしょう」
「そうか……イズンが副師団長に就任して6年……良くそこまで頑張ってくれた」
「身に余るお言葉でございます」
「これで第六師団も本年度の決算は何とかなりそうだな」
微笑むヴィルヘルミナにイズンはやや困り顔の微笑で応える。
第六師団はその土地柄、6割がドワーフで構成されている師団だが、彼らはどうして書類仕事が大の苦手で、ヴィルヘルミナ即位以来一度たりともまともに期日を守れず、書類提出率ワーストワンという、不名誉な肩書きを持っている。
イズンは着任後よりこの現状打破に力を注いできたのだが、この2、3年で北へ南へと長期遠征業務が増え、部下に書類を任せる期間が増えたことで、逆に部下達にとっては「やらねばヤられる」という危機感を煽ったらしく自然と書類業務がこなせるようになっていったというのが実際のところで、イズンとしては複雑な思いを抱かないわけではなかった。
「では、行ってくれるか? 何しろ精霊と親和性の高い適任者が他にいないのだ」
「はい、喜んでこの任務、拝命いたします」
●植林と建立
帝国には現在、四大精霊が一柱、火と闇、正義を司るサンデルマンがいる……が。今イズンの肩にちょこんと乗っている手のひらサイズのてるてる坊主がそれとは誰が気付くだろうか。
サンデルマンには顔が無い。顔が無ければ口が無い。正義を司る精霊はその時代を生きる人々が『最も信頼出来る正義の人』の姿を取る。現在帝国に顕現しているため、その多くがヴィルヘルミナの姿を取っているが、これが王国であれば王女であったであろうし、辺境であれば族長であっただろう。……残念な事に今はただの不格好なてるてる坊主にしか見えないが。
「ところが、グラウンド・ゼロにはそもそも人がいません。さらに当然ですが正のマテリアルも少なく、負のマテリアルが渦巻く文字通り荒野です。サンデルマン様にとって非常に過酷な場所ですが、正義を司る精霊で無ければ出来ないことがあり、皆さんにご協力を頂きたいのです」
イズンはハンター達の顔を、瞳を見つめその意思を確認する。
「有り難うございます。皆さんの活躍によってグラウンド・ゼロでも浄化が進んでいます。実はグラウンド・ゼロには精霊が拠り所となる伝承、伝説がありません。ですがサンデルマン様の力を石碑に刻むことによって、今まで顕現させることが出来た精霊達を呼び寄せることが出来るようになります」
「俺達が転移門を使って移動できるようなもんか」
「近いですが、移動手段というだけではありません。この石碑を媒介にして四大精霊の力を送ることが出来るので、精霊達が力を発揮しやすくなります」
「ほー」「へー」「すごーい」といった感嘆の声がそこかしこから上がる。
「その為にはサンデルマン様を護りつつ、周囲にある程度の拠点を築く必要があります。候補としては小高い丘の上の遺跡が上げられています」
広い荒野が続くグラウンド・ゼロだが、古代文明のなごりか、時折何か建造物の跡が見つかることがある。その中の一つにソサエティは目を付けたようだ。
現地ではまず神霊樹の植樹。次に石碑の建立。その後周囲の拠点再構築といった手順となる予定だという。
「一刻すら惜しいため強行軍となりますが、皆さんよろしくお願いいたします」
●語る者なき彼の地にて
その廃墟は石造りの小型のピラミッドのような形をしていた。
長い階段――段数にしておおよそ100段はあるだろう――を頂上まで登れば、そこは40×40m程の正方形の広場になっている。
こういった建物は大概中に入れたりするものだが、外から見る限りあちらこちら崩れている割りには入口らしきものは無い。
だが、間違いなく頑丈な石造りの遺跡だ。周囲を見回せる丘の上にある故に、敵の接近にも気付きやすいだろう。
恐らくかつて周囲は森だったのではないかと誰かが呟いた。そのくらい、現在周囲には何もない。
だが、この下にはかつて龍脈が通っていたのだろう。微かな気配があるらしく、パルム達は大切そうに神霊樹の枝を抱えながらも周囲を落ち着き無く見回し、そしてある一点に目を付けた。さて、では浄化を……と準備を始めたその時――
「シェオル型!!」
一体のシェオル型が近付いて来るのに気付いたハンター達は各々武器を構え、イズンは肩に乗ったサンデルマンと背後にいる二体のパルムを護るべく銃を構える。
「ここで時間を使うのも惜しい。早々にご退場願いましょう」
銃声を皮切りに、戦いの火蓋は切って落とされたのだった。
リプレイ本文
●
「他に敵は!?」
シェオルが現れたと分かったハンター達の行動は早かった。
颯爽と竜葵に飛び乗った藤堂研司(ka0569)が上空から周囲を見回し、ユリアン(ka1664)はパルム達をラファルのキャリアーへと誘導する。
「大丈夫だから落ちない様に、しっかり捕まって」
パルム達に優しく声をかけ、ユリアンもまたラファルに飛び乗った。
浅黄 小夜(ka3062)もまた竜胆に騎乗し浮上する一方で高瀬 未悠(ka3199)はユノから下馬し、鞍馬 真(ka5819)はレグルスに乗る。直ぐ様に己が足でシェオル型へと向かったのは央崎 枢(ka5153)のだけだった。
「この場所を守護する者なのか、そのなれの果てか……どちらにせよ、これ以上近づけさせない……!?」
カールスナウトを鞘から抜き放った枢の後ろから、3つの光と熱が掠めていった。
「わざわざ来てくれたのに悪いけれど、お呼びじゃないですよっと」
南條 真水(ka2377)が腕の一振りという最小限の動作と共に放った『ミカヅチ』。それはマテリアルを集束した上にデルタレイと親和性の高いドリーフックから放たれ、シェオル型に3つの穴を開ける。
続いて小夜の放った氷の矢がシェオル型を凍らせ、肩にサンデルマンを乗せたままのイズンから加速された弾丸が飛ぶと研司砲がさらにその身を抉った。
真はパルムとイズン・コスロヴァ(kz0144)、そしてサンデルマンから離れるようレグルスを走らせ炎の如きオーラを纏う。
研司が竜葵の背から見回す限り他に敵は居ないようだ。
「ヤツは何をもって俺達に向かってきた? 単に五感で俺達を捉えただけか、神霊樹の力を感じたのか、はたまたサンさんの力か?」
すでに交戦状態となってしまったシェオル型からそれらの類推は難しい。だが、次に現れるかも知れない敵への対策を立てることは重要だ。
真のオーラに引き付けられ炎のようなオーラを放ったシェオル型だが、真はそれを易々と避けてみせる。
無防備となったシェオル型へと枢が全力で駆け、駆け抜けると同時に斬り伏せる。
一度地を落ちつつもまだ消滅していないシェオル型へ真水の容赦のない熱光線が突き刺さり、あっけなくシェオル型は無言のまま塵へと化した。
「……一体で良かった。他にはいなさそうかな?」
「あぁ、空から見る限りは」
魔導剣を鞘へと収めながら周囲を注意深く見回す真に研司が頷き、同じく空へと飛んだユリアンと小夜も同様に頷く。
「じゃぁ、これ以上邪魔が入らないうちに早速調べ物に入るとしますか」
真水がホー之丞を呼び戻し遺跡へと顔を向けた。
角が所々欠け、下部には砂が積もり、廃墟の雰囲気を醸し出しているはいるが、今までこの地でみた遺跡の中では奇跡的に原型を留めている。
(他所の世界の、命を拒む死の大地にある、かつての文明の遺跡を調べられる。改めて考えるとロマン要素の詰め込みがすごいねこれ)
一人静かに興奮する真水だが、ここに来たメンバーのその殆どが大体同じような事を思いつつそれぞれ遺跡を見上げたのだった。
●
ユリアンによって一体一体のパルムが丁寧にキャリアーから下ろされると、パルム達はぺこりとお辞儀をして歩き始める。
一同がその動向を固唾を呑んで見守っていると、パルム達は顔を見合わせて頷きイズンに向かって手を振った。
「……どうやら、あの場所ようですね」
イズンと共に一同もパルムの傍へと向かう。遺跡の階段を降り、10m程先。周囲には相変わらず何もないが、パルムには何か感じるものがあるのだろう。
未悠は以前見た植樹にまつわる報告書を思い出しつつ首を傾げた。
「植樹はパルム任せでいいんだっけ?」
「そうですね」
以前、実際に南方大陸で植樹に携わった枢が頷く。
「何か感じるものとかないのかしら?」
未悠がイズンの肩に乗るサンデルマンに問う。しかし、残念な事に見た目はどう見てものっぺらぼうなてるてる坊主は首を横に振って否定を示す。
その仕草に思わず“きゅん”ときた未悠は、『いやそんな馬鹿な』と自分の感情に驚く。いくら女性は丸いフォルムの物を見ると母性を刺激され可愛く感じるとはいえ、この姿に何かを感じるなど……感じるなど……可愛い……? いや、可愛くない……いや、可愛い……
「……可愛いかも」
あっさり陥落した未悠はサンデルマンに構いたくて疼く感情と勝手に突きたくなる右手をぐっと堪え、少し柳眉を寄せたイズンと視線を合わせた。
「調査の結果が『この遺跡を中心とした一帯が石碑建立に適いそうだ』という事でしたので、恐らくサンデルマン様からはこれ以上の事はお答え出来ないかと思います。
ここは非常に負のマテリアルが強く“何の伝承も残らない土地”。精霊が死に絶えた文字通り不毛の地。
我々と共にあるからこそ顕現されておられますが、四大精霊の一柱とはいえ、お一人ではこの地での顕現すら難しいのだそうです」
そういえば、どこにでもいるような気がするパルムだが、彼らもまた正のマテリアルが無い所にはいないという。覚醒者と共にいるときだけ不毛の地でも活動が出来る。それは神霊樹しかりだ。
「通常、神霊樹は枯れることはあっても、絶えることは無いそうです。ですが、グラウンド・ゼロは神霊樹さえ死に絶えた地。それでもその僅かな残滓をこの子達は掴み取ってくれた。神霊樹とより強く結ばれているパルムだからなのでしょうね」
「階段の……そば、ですね……ということは、こちらが正面、なんでしょうか……」
小夜が遺跡を見上げる。ピラミッドのような形をしているが、頂点の部分は無く、横から見る限り台形のように見える。竜胆の上から見たため、上辺の部分は四角い石造りの広場のような形になっており、階段は四方に伸びていることは確認済みだ。
「いや、御神木とかなら裏にあってもおかしくないんじゃないかなと、南條さんは思うね」
「どちらにせよ、次に石碑を建立する場所を決めましょう。皆さんよろしくお願いします」
「え? あの、まず、植樹と聞いてましたけど……」
少し戸惑い気味にユリアンがイズンに問う。
「あぁ、言葉が足りず申し訳ありません。植樹し、建立する、その手順に間違いはありません。ただ、まず場の浄化が必要となるのです。浄化は私が行いますが、当然石碑の周囲にも浄化が必要となりますので、まず建立する位置を決めて下さい。それから浄化し、植樹、建立となります」
イズンの言葉を聞いて、枢もそういえば前回も浄化が先だったと思い出す。そして今までの話しを思い出して合点がいったというように研司が手を打ち鳴らした。
「そうか。サンさんが建立してくれるんだから、場が浄化されていないとダメなのか」
暫し考え込むように顔を伏せていた真は、顔を上げると一同の顔を見回して頷いた。
「うん、ともかく神霊樹の位置は決まった。あとは石碑を建てるのにふさわしい場所を見つけよう、ね」
サンデルマンの反応を見るというアテは外れてしまった分、ここは覚醒者の勘にかかっていると言って過言ではないだろう。一同は頷き、各々気になる場所を探すため一時解散となった。
●
研司はまずこの時点で判明したことをアウトプットするためにマッピングセットで周囲の地図を作りはじめた。
「……そうか……神霊樹の予定位置周囲は、他の方角よりやや地面が低くなっているのか……」
なだらかな変化であったため空から見ただけでは分からず、実際にその場を歩いてみて知った事だった。
『藤堂のお兄はん、聞こえますか?』
「うん? 小夜さんどうした?」
研司は自分が石碑の立地に適した箇所と思われる部分意外にも集まった情報を次々に地図に書き込んでいく。
「絶望を体現した様なこの荒野であっても 木が根を下し枝葉が広がる様に可能性が広がるといいね」
ラファルに乗り上空から遺跡を見下ろしながらユリアンが呟く。
暑くもなく寒くも無い。なのに、まるで心が凍えるように感じるのは、見える限り周囲が荒野だからなのだろう。
――それは、いつかの心に吹く風を感じられなくなった日に感じた絶望にも似て――
「……やっぱりあの遺跡が気になるな……」
首を振り、思考を切り替えてユリアンは探索を続けて行った。
「あー、もふもふに癒されるぅ」
真水はホー之丞の背中に飛びついて羽毛を堪能しつつ、遺跡頂上を目指していた。
えぇ、歩いたりなんてしません。途中で力尽きるのが目に見えていますから。
頂上に着くと、ホー之丞に走査させつつ、真水自身もしゃがみ込んで残留物が無いか探し始める。
「石碑の場所は、守りやすさを考えれば遺跡の周囲かな。遺跡を壁代わりに使えるし」
そもそもここは“何”だったのだろうと真水は遥か過去に思いを馳せる。その手がかりが無いか、ホー之丞と共に探した。
「……精霊さんの、拠り所になる石碑の、建立……大事なお仕事、ですね……頑張ります」
握りこぶしをぎゅっと作って気合いを入れると、小夜は竜胆と共に神霊樹の反対側、対になる位置へと移動して周囲を見回した。
「うーん……神霊樹は、階段の、少し下……」
石碑にも力の伝わり易そうな場所が良いなら、神霊樹の植樹場所と離れていない場所の方がいいのだろうかと
も思う。
「何か感じる?」
竜胆に問いかけるも、竜胆は首を傾げるばかり。小夜も首を傾げながらマジックフライトで遺跡の周りをぐるりと見ていくことにした。
チョリソーと視界を共有した未悠は遺跡に小さな穴や崩れた石の隙間がないかを探していた。
崩れ落ちた石に絵や文字が無いか、慎重に見ていくがそれらしき物は見つからない。
「……遺跡自体は何かに攻撃を受けたのかしら……? 風化はしているし、所々削れている部分もあるけど、あんまり“攻撃された”っていう感じはしないわね……」
ここに来るまでの道中すら、遥か先にあるはずのこの遺跡だけがポツンと立っているのが見えたぐらいだ。それでも攻撃をされた様子はない。その価値を見出されなかったのか、それとも最期の時まで何か不思議な力で守られていたのか……
祓いしもので浄化を試みるが、既に汚染され続けているこの地にはその力は及ばず、未悠は拾い上げた石を強く握り締めた。
グラウンド・ゼロの滅んだ文明がどの程度のものか……それは誰にもわからないことだ。
「何の目的で建てられたんだろう……」
文明があった前提で考えるならば、ここを中心に計画的に作られた都市があったのではないか……そんなことをつらつらと考えながら枢は真水のいる頂上から降り、亀裂や不自然なくぼみがないか探していく。
「リアルブルーの感覚で言えば、構造から見て位の高い人物の墳墓って考えちゃうけどな……」
幾何学的に見なくとも、頂上は見事な正方形。空から見ても綺麗な四角に見えるし、四方の階段もまた同様の造りになっていると聞いた。
「この場所を守護する者なのか、そのなれの果てか……」
先ほど戦ったシェオル型を思い、枢は静かに目を伏せた。
ワクワクと浮き立つ心を秘め、レグルスに乗って真は周囲を探索していた。
しかし、結果は芳しくない。占術を用いてみるが、「ここ」「捜し物はすぐみつかる」などの結果にしかならず、具体的な場所までは占術では示してはくれない。
レグルスの鼻にも期待を掛けてみたが、レグルスも周囲の負のマテリアルの濃さに辟易した様子で大きなくしゃみを一つ。
「うーん……本当に内部への入口はないのかな……」
見た目、入口は無さそうではある。だが、こういう遺跡でありがちなのは隠し扉、隠し部屋と相場は決まっている。
真はレグルスから降りると足元を叩くことから始めた。
ラファルの背から周囲を見回していたユリアンだったが、階段周囲が気になりラファルに着地をお願いする。
理由は無い。何となく……そう、何となく、階段が気になった。
また同時に真と小夜も階段を気にして一段ずつ調べて行っていた。
「なんで四方向に階段を作ったんだろう……」
研司もまた、地図を手に階段に腰を下ろした。
――その瞬間。
「だぁっ!?」
研司が背を預けた背後の石が後方へ動いて研司は後ろへとひっくり返った。
「藤堂さん!?」
丁度イズンと共に研司の階段下にいた枢が驚きの声を上げて研司へと駆け寄る。
「何々? どうしたどうした?」
真水が空から声をかけ、研司とは反対側、小夜と同じ方向にいた未悠は小夜と視線を交わした後、直ぐ様反対側へと走ったのだった。
そして、ひっくり返った研司が見たのは、奥へと続く狭い通路だった。
●
何故、開いたのか。その謎はホー之丞と共に空にいた真水が見ていた。
「4つの階段の、丁度同じとこらへんを調べていたよね」
「……下から、数えて……12段目を、調べてました……」
小夜がおずおずと告げ、真もまた頷いて「僕もその辺だったと思う」と頷いた。
「僕はとりあえず上を目指していたところだったんだけど……」
申し訳なさそうにユリアンが告げると、後頭部を強打した研司は念のためにと未悠のヒールを受けながら「なるほど」と呟いた。
「どうやら各方向の階段に同時に体重を掛けることが必要だったって事かな?」
とりあえず、入口がないと思っていた遺跡にぽっかりと開いた穴。どうやら研司が背もたれにしていた階段部分、上8段が地面に埋まるように消えたようだ。
いつ消えるか分からない入口であるため、念のためまだ誰も中に入っていない。
「もう一回乗ってみようか?」
真の提案でもう一度12段目に4人で立ってみるが閉まる様子は無い。
「んー……違うのか……」
「中からじゃ無いと閉まらないとか? 一度空いちゃうと閉まらないとか?」
真水が思いつくままに言葉を並べる。
「正のマテリアルに反応して空いた可能性もあるんじゃないかな? どうやったら閉まるのかは……分からないけど」
枢の言葉に「ありうるな」と研司は頷く。
「とりあえず、入るか」
「誰か外で待ってた方がいいかな?」
真が問うと、イズンの肩からふわりと飛び降りたサンデルマンがズンズンと奥へ入って行く。
「サンデルマン様!?」
思わず驚く一同に、どちらが顔だか分からないサンデルマンが“振り向いて”頷いて見せた。
「……どうやら全員おいで、という事のようですね」
イズンの言葉にサンデルマンは満足したのか再び奥へと入って行く。
「サンデルマン様が大丈夫だと感じる何かがあるという事……?」
床から少し浮いて先を行くサンデルマンの後ろ姿すら『可愛い』と震える心を抑え、努めて冷静な声を出しつつ未悠は隣の真を見る。
「……なのかもね。とりあえず、行きますか?」
「ここで見つめていても物事は進まないでしょう……行きましょう」
「おぉ? 冒険物っぽくなってきたっ」
イズンの言葉に真水が嬉しそうに声を上げ、一同は遺跡の奥へと足を踏み入れた。
LEDライトを持っていたイズンが先頭に立ち、小型懐中電灯を持っていた未悠が最後尾に付く形で一同は細く暗い石の廊下に入ったが、存外すぐに広間に出た。
「広いな……」
「どうだろう……天井が低いから広く見えるけど……頂上の広場と同じくらいの広さじゃないかな?」
研司、ユリアン、枢が身を屈めなければならないため、恐らく170cmぐらいなのだろう。それを複雑な思いで眺めつつ真が答える。
周囲をライトで照らすと、部屋の中央辺りに浮いているサンデルマンを見つけた。その下には、何やら塵が積もっている。
「……元は木か……何か繊維質の物だったんだろうな、もう風化し過ぎて原型留めてないけど」
研司が指に取って、指先に触れる感触から推測する。
「何か、重要な書物とかを保存……いや、隠していたのかな……?」
「神殿っぽいな、とは思ってたけど、やっぱりそれ系なのかな」
ユリアンの推測に枢も推測を重ねる。
「……サンデルマン様、ここで、えぇの?」
小夜が問うと、サンデルマンは頷いて見せる。それを見た一同から歓声が上がった。
「ここなら頑丈な造りだし、そもそも石碑そのものが外から見えない。あとは周囲の環境を整えれば……っ! よし!! やれるぞ!!」
研司が先ほど起こした地図を脳内で展開させ、めまぐるしい速さで必要な物をピックアップし始める。
「とりあえず、一度出ましょう。周囲を浄化させなければ植樹も、建立も出来ませんから」
イズンの言葉に一同は頷くと来た道をぞろぞろと戻っていった。
●
外に出る。明らかに負のマテリアルの濃い良い環境とは言えない場所なのに、背と腕を思い切り伸ばせる場所というだけで、何となく開放感を感じるというのは不思議な感覚だった。
「ところで、イズン。どうやって浄化をするの? 私、手伝えるかしら?」
未悠の言葉にイズンは「有り難うございます、でも大丈夫ですよ」と頷く。
「以前は浄化に巫女の力を借りる必要がありましたが、浄化術が向上したことで私1人でも何とかなるようになったのは大きいです。皆さんの日頃の活躍のお陰ですね」
そうイズンは言うと、背負っていた荷物からパイルバンカーのような無骨で巨大な魔導機械を取り出した。
「それは?」
「以前オルクスが結界を張るのに『楔』を撃ち込んでいました。それから発想を得て作られた杭打ち機型イニシャライザー浄化砲……の試作品です」
そういえばイズンはドワーフが大半を占める第六師団に所属だった……とユリアンと未悠は思い出す。
「撃ち込んだ部位を始点としておおよそ直径100m程を浄化します。ただ、汚染濃度によっては増減があるようなので、使ってみないと何とも言えませんが、最低でも植樹の周囲と石碑を建立する周囲が浄化出来れば良いかと」
「凄いな……杭の数は?」
「5本です」
研司が興味津々に覗き込み「一般化はされないの!?」と問えば「安定した拠点構築の為に目下改良中です」とイズンが返す。
……ともかくそんなやり取りを行ったイズンが、遺跡を中心に階段下4箇所と遺跡の頂上中央にイニシャライザーの杭を打ち込んだ。
打ち込む度に負のマテリアルがイニシャライザーに吸い込まれ、正のマテリアルが周囲に満ちるのが分かる。身が軽くなり、心が晴れるような気がした。
「いよいよ、植樹ね!」
未悠が期待の眼差しでパルム達を見る。
負のマテリアルが消えた頃、イズンの足元で大事そうに神霊樹を抱えていたパルム達が、互いに神妙な顔つきで頷き合ってふわふわと浮きながら移動すると地面へと降りた。
そして。
勢いよく神霊樹の枝を地面にぶっ突き刺した。
「「「「!?」」」」」
始めて植樹を見た者達は目を丸くしたし、枢は『あーこんな感じだった、うん』と懐かしく思いだし、報告書でこのシーンを見ていた未悠はそのワイルドなぶっ刺しに感動していた。
「ダイナミックだわ……! 神霊樹に気合いを注入してるのね」
(それはどうかな……?)と思っただけで、口にはしなかった真は思いの代わりに大きく息を吐いた。
色々な意味で言葉を失い、一同が呆然とパルムと神霊樹を見つめていると、地面に突き刺さった神霊樹の葉がサワサワと風も無いのに揺れ、50cmほどの枝はみるみるうちに2mを越える成木へと成長した。
また、マテリアル感知能力に長けた覚醒者達は神霊樹の根が網の目のように周囲へと張り巡らされていくイメージも同時に見えた。
真水が足元を見て、それから神霊樹を見る。
「……これが、精霊樹の植樹……」
「さて、本日のメインイベントだ!」
周囲の警戒を怠らず、見守っていた研司と真が振り返り、遺跡を見る。反対側の入口は閉まる様子がなく覚醒者達を迎え入れるようですらある。
細く暗い通路を抜け、天井の低さに圧迫されそうな気すらするが、それでも負のマテリアルが無くなった室内は静謐な空気に満ちているように感じた。
サンデルマンは部屋の中央に降りると、手の平を上にかざす。空中からサンデルマンの大きさに合わせた、豆本のような大きさの書物が現れた。
風も無いのにページがひとりでに繰られ、光を放つページを開いて止まる。
(風……じゃない、マテリアルの奔流……!)
ユリアンはサンデルマンの本から嵐のようにマテリアルが溢れ出てくるのを感じ、思わず後ずさる。ユリアンだけでは無い、全員が1歩、2歩と後ずさる。
押し潰されそうな程のマテリアルの圧力と、まばゆい光に思わず一同が目を庇う。
――その瞬間、一同の脳裏に見えたのは、この遺跡すら覆い隠すほどの巨大な森。極彩色の鳥が飛び、見た事も無い猿が木々を自由に渡っていく。
風が、吹く。
何処までも自由な風が木々を揺らす。
木々の向こうには燃える火山が。
耳を澄ませば小川のせせらぎが。
大地を踏みしめる音。
太陽が照り、影の下で眠る――
光が消え、マテリアルの奔流が納まると、研司は自分が息を忘れていた事に気付き、思い切り息を吸い込んだ。そして、暗かった筈の室内にぼんやりと光と熱が満ちていることに気付く。
「風……? 土の匂い?」
「水の気配……?」
何もなかった筈の室内に精霊の気配を感じ、真はサンデルマンが居た方向を見る。
そこには、無色透明な“石碑”が出来ていた。
その石碑は薄ぼんやりと光り、瞬きをする度に青みを帯びて見えたり、赤みを帯びて見えたりする。不思議な、強いて言うならしゃぼん玉のような……だが、誰もが直感した。これは、神霊樹と同じく“触れられないもの”なのだと。
●
「うーん、とりあえず拠点を作る感じでいいのかな……」
「そうだね。とりあえず遺跡のお陰で“石碑が剥き出し”だけは避けられたわけだし」
「……でも、遺跡の補修は……したい、です」
小夜の意見に未悠も真も頷く。
「まずは、転移門だよね。そうすればすぐに俺達が駆けつけられる」
「あ、忘れてた。そうすれば、あとは食う寝るところ」
ユリアンの提案に真水が眼鏡の奥の瞳を丸くし、線を引く。
「……うん、良し! 出来た!!」
皆の提案をまとめた調査書を完成させた研司がイズンへと提出する。
『オペレーション・ブラッドアウト』。それを達成する為に、グランド・ゼロを精霊も立ち入られる地にする。
その大きな目標が無事達成されたのだった。
「他に敵は!?」
シェオルが現れたと分かったハンター達の行動は早かった。
颯爽と竜葵に飛び乗った藤堂研司(ka0569)が上空から周囲を見回し、ユリアン(ka1664)はパルム達をラファルのキャリアーへと誘導する。
「大丈夫だから落ちない様に、しっかり捕まって」
パルム達に優しく声をかけ、ユリアンもまたラファルに飛び乗った。
浅黄 小夜(ka3062)もまた竜胆に騎乗し浮上する一方で高瀬 未悠(ka3199)はユノから下馬し、鞍馬 真(ka5819)はレグルスに乗る。直ぐ様に己が足でシェオル型へと向かったのは央崎 枢(ka5153)のだけだった。
「この場所を守護する者なのか、そのなれの果てか……どちらにせよ、これ以上近づけさせない……!?」
カールスナウトを鞘から抜き放った枢の後ろから、3つの光と熱が掠めていった。
「わざわざ来てくれたのに悪いけれど、お呼びじゃないですよっと」
南條 真水(ka2377)が腕の一振りという最小限の動作と共に放った『ミカヅチ』。それはマテリアルを集束した上にデルタレイと親和性の高いドリーフックから放たれ、シェオル型に3つの穴を開ける。
続いて小夜の放った氷の矢がシェオル型を凍らせ、肩にサンデルマンを乗せたままのイズンから加速された弾丸が飛ぶと研司砲がさらにその身を抉った。
真はパルムとイズン・コスロヴァ(kz0144)、そしてサンデルマンから離れるようレグルスを走らせ炎の如きオーラを纏う。
研司が竜葵の背から見回す限り他に敵は居ないようだ。
「ヤツは何をもって俺達に向かってきた? 単に五感で俺達を捉えただけか、神霊樹の力を感じたのか、はたまたサンさんの力か?」
すでに交戦状態となってしまったシェオル型からそれらの類推は難しい。だが、次に現れるかも知れない敵への対策を立てることは重要だ。
真のオーラに引き付けられ炎のようなオーラを放ったシェオル型だが、真はそれを易々と避けてみせる。
無防備となったシェオル型へと枢が全力で駆け、駆け抜けると同時に斬り伏せる。
一度地を落ちつつもまだ消滅していないシェオル型へ真水の容赦のない熱光線が突き刺さり、あっけなくシェオル型は無言のまま塵へと化した。
「……一体で良かった。他にはいなさそうかな?」
「あぁ、空から見る限りは」
魔導剣を鞘へと収めながら周囲を注意深く見回す真に研司が頷き、同じく空へと飛んだユリアンと小夜も同様に頷く。
「じゃぁ、これ以上邪魔が入らないうちに早速調べ物に入るとしますか」
真水がホー之丞を呼び戻し遺跡へと顔を向けた。
角が所々欠け、下部には砂が積もり、廃墟の雰囲気を醸し出しているはいるが、今までこの地でみた遺跡の中では奇跡的に原型を留めている。
(他所の世界の、命を拒む死の大地にある、かつての文明の遺跡を調べられる。改めて考えるとロマン要素の詰め込みがすごいねこれ)
一人静かに興奮する真水だが、ここに来たメンバーのその殆どが大体同じような事を思いつつそれぞれ遺跡を見上げたのだった。
●
ユリアンによって一体一体のパルムが丁寧にキャリアーから下ろされると、パルム達はぺこりとお辞儀をして歩き始める。
一同がその動向を固唾を呑んで見守っていると、パルム達は顔を見合わせて頷きイズンに向かって手を振った。
「……どうやら、あの場所ようですね」
イズンと共に一同もパルムの傍へと向かう。遺跡の階段を降り、10m程先。周囲には相変わらず何もないが、パルムには何か感じるものがあるのだろう。
未悠は以前見た植樹にまつわる報告書を思い出しつつ首を傾げた。
「植樹はパルム任せでいいんだっけ?」
「そうですね」
以前、実際に南方大陸で植樹に携わった枢が頷く。
「何か感じるものとかないのかしら?」
未悠がイズンの肩に乗るサンデルマンに問う。しかし、残念な事に見た目はどう見てものっぺらぼうなてるてる坊主は首を横に振って否定を示す。
その仕草に思わず“きゅん”ときた未悠は、『いやそんな馬鹿な』と自分の感情に驚く。いくら女性は丸いフォルムの物を見ると母性を刺激され可愛く感じるとはいえ、この姿に何かを感じるなど……感じるなど……可愛い……? いや、可愛くない……いや、可愛い……
「……可愛いかも」
あっさり陥落した未悠はサンデルマンに構いたくて疼く感情と勝手に突きたくなる右手をぐっと堪え、少し柳眉を寄せたイズンと視線を合わせた。
「調査の結果が『この遺跡を中心とした一帯が石碑建立に適いそうだ』という事でしたので、恐らくサンデルマン様からはこれ以上の事はお答え出来ないかと思います。
ここは非常に負のマテリアルが強く“何の伝承も残らない土地”。精霊が死に絶えた文字通り不毛の地。
我々と共にあるからこそ顕現されておられますが、四大精霊の一柱とはいえ、お一人ではこの地での顕現すら難しいのだそうです」
そういえば、どこにでもいるような気がするパルムだが、彼らもまた正のマテリアルが無い所にはいないという。覚醒者と共にいるときだけ不毛の地でも活動が出来る。それは神霊樹しかりだ。
「通常、神霊樹は枯れることはあっても、絶えることは無いそうです。ですが、グラウンド・ゼロは神霊樹さえ死に絶えた地。それでもその僅かな残滓をこの子達は掴み取ってくれた。神霊樹とより強く結ばれているパルムだからなのでしょうね」
「階段の……そば、ですね……ということは、こちらが正面、なんでしょうか……」
小夜が遺跡を見上げる。ピラミッドのような形をしているが、頂点の部分は無く、横から見る限り台形のように見える。竜胆の上から見たため、上辺の部分は四角い石造りの広場のような形になっており、階段は四方に伸びていることは確認済みだ。
「いや、御神木とかなら裏にあってもおかしくないんじゃないかなと、南條さんは思うね」
「どちらにせよ、次に石碑を建立する場所を決めましょう。皆さんよろしくお願いします」
「え? あの、まず、植樹と聞いてましたけど……」
少し戸惑い気味にユリアンがイズンに問う。
「あぁ、言葉が足りず申し訳ありません。植樹し、建立する、その手順に間違いはありません。ただ、まず場の浄化が必要となるのです。浄化は私が行いますが、当然石碑の周囲にも浄化が必要となりますので、まず建立する位置を決めて下さい。それから浄化し、植樹、建立となります」
イズンの言葉を聞いて、枢もそういえば前回も浄化が先だったと思い出す。そして今までの話しを思い出して合点がいったというように研司が手を打ち鳴らした。
「そうか。サンさんが建立してくれるんだから、場が浄化されていないとダメなのか」
暫し考え込むように顔を伏せていた真は、顔を上げると一同の顔を見回して頷いた。
「うん、ともかく神霊樹の位置は決まった。あとは石碑を建てるのにふさわしい場所を見つけよう、ね」
サンデルマンの反応を見るというアテは外れてしまった分、ここは覚醒者の勘にかかっていると言って過言ではないだろう。一同は頷き、各々気になる場所を探すため一時解散となった。
●
研司はまずこの時点で判明したことをアウトプットするためにマッピングセットで周囲の地図を作りはじめた。
「……そうか……神霊樹の予定位置周囲は、他の方角よりやや地面が低くなっているのか……」
なだらかな変化であったため空から見ただけでは分からず、実際にその場を歩いてみて知った事だった。
『藤堂のお兄はん、聞こえますか?』
「うん? 小夜さんどうした?」
研司は自分が石碑の立地に適した箇所と思われる部分意外にも集まった情報を次々に地図に書き込んでいく。
「絶望を体現した様なこの荒野であっても 木が根を下し枝葉が広がる様に可能性が広がるといいね」
ラファルに乗り上空から遺跡を見下ろしながらユリアンが呟く。
暑くもなく寒くも無い。なのに、まるで心が凍えるように感じるのは、見える限り周囲が荒野だからなのだろう。
――それは、いつかの心に吹く風を感じられなくなった日に感じた絶望にも似て――
「……やっぱりあの遺跡が気になるな……」
首を振り、思考を切り替えてユリアンは探索を続けて行った。
「あー、もふもふに癒されるぅ」
真水はホー之丞の背中に飛びついて羽毛を堪能しつつ、遺跡頂上を目指していた。
えぇ、歩いたりなんてしません。途中で力尽きるのが目に見えていますから。
頂上に着くと、ホー之丞に走査させつつ、真水自身もしゃがみ込んで残留物が無いか探し始める。
「石碑の場所は、守りやすさを考えれば遺跡の周囲かな。遺跡を壁代わりに使えるし」
そもそもここは“何”だったのだろうと真水は遥か過去に思いを馳せる。その手がかりが無いか、ホー之丞と共に探した。
「……精霊さんの、拠り所になる石碑の、建立……大事なお仕事、ですね……頑張ります」
握りこぶしをぎゅっと作って気合いを入れると、小夜は竜胆と共に神霊樹の反対側、対になる位置へと移動して周囲を見回した。
「うーん……神霊樹は、階段の、少し下……」
石碑にも力の伝わり易そうな場所が良いなら、神霊樹の植樹場所と離れていない場所の方がいいのだろうかと
も思う。
「何か感じる?」
竜胆に問いかけるも、竜胆は首を傾げるばかり。小夜も首を傾げながらマジックフライトで遺跡の周りをぐるりと見ていくことにした。
チョリソーと視界を共有した未悠は遺跡に小さな穴や崩れた石の隙間がないかを探していた。
崩れ落ちた石に絵や文字が無いか、慎重に見ていくがそれらしき物は見つからない。
「……遺跡自体は何かに攻撃を受けたのかしら……? 風化はしているし、所々削れている部分もあるけど、あんまり“攻撃された”っていう感じはしないわね……」
ここに来るまでの道中すら、遥か先にあるはずのこの遺跡だけがポツンと立っているのが見えたぐらいだ。それでも攻撃をされた様子はない。その価値を見出されなかったのか、それとも最期の時まで何か不思議な力で守られていたのか……
祓いしもので浄化を試みるが、既に汚染され続けているこの地にはその力は及ばず、未悠は拾い上げた石を強く握り締めた。
グラウンド・ゼロの滅んだ文明がどの程度のものか……それは誰にもわからないことだ。
「何の目的で建てられたんだろう……」
文明があった前提で考えるならば、ここを中心に計画的に作られた都市があったのではないか……そんなことをつらつらと考えながら枢は真水のいる頂上から降り、亀裂や不自然なくぼみがないか探していく。
「リアルブルーの感覚で言えば、構造から見て位の高い人物の墳墓って考えちゃうけどな……」
幾何学的に見なくとも、頂上は見事な正方形。空から見ても綺麗な四角に見えるし、四方の階段もまた同様の造りになっていると聞いた。
「この場所を守護する者なのか、そのなれの果てか……」
先ほど戦ったシェオル型を思い、枢は静かに目を伏せた。
ワクワクと浮き立つ心を秘め、レグルスに乗って真は周囲を探索していた。
しかし、結果は芳しくない。占術を用いてみるが、「ここ」「捜し物はすぐみつかる」などの結果にしかならず、具体的な場所までは占術では示してはくれない。
レグルスの鼻にも期待を掛けてみたが、レグルスも周囲の負のマテリアルの濃さに辟易した様子で大きなくしゃみを一つ。
「うーん……本当に内部への入口はないのかな……」
見た目、入口は無さそうではある。だが、こういう遺跡でありがちなのは隠し扉、隠し部屋と相場は決まっている。
真はレグルスから降りると足元を叩くことから始めた。
ラファルの背から周囲を見回していたユリアンだったが、階段周囲が気になりラファルに着地をお願いする。
理由は無い。何となく……そう、何となく、階段が気になった。
また同時に真と小夜も階段を気にして一段ずつ調べて行っていた。
「なんで四方向に階段を作ったんだろう……」
研司もまた、地図を手に階段に腰を下ろした。
――その瞬間。
「だぁっ!?」
研司が背を預けた背後の石が後方へ動いて研司は後ろへとひっくり返った。
「藤堂さん!?」
丁度イズンと共に研司の階段下にいた枢が驚きの声を上げて研司へと駆け寄る。
「何々? どうしたどうした?」
真水が空から声をかけ、研司とは反対側、小夜と同じ方向にいた未悠は小夜と視線を交わした後、直ぐ様反対側へと走ったのだった。
そして、ひっくり返った研司が見たのは、奥へと続く狭い通路だった。
●
何故、開いたのか。その謎はホー之丞と共に空にいた真水が見ていた。
「4つの階段の、丁度同じとこらへんを調べていたよね」
「……下から、数えて……12段目を、調べてました……」
小夜がおずおずと告げ、真もまた頷いて「僕もその辺だったと思う」と頷いた。
「僕はとりあえず上を目指していたところだったんだけど……」
申し訳なさそうにユリアンが告げると、後頭部を強打した研司は念のためにと未悠のヒールを受けながら「なるほど」と呟いた。
「どうやら各方向の階段に同時に体重を掛けることが必要だったって事かな?」
とりあえず、入口がないと思っていた遺跡にぽっかりと開いた穴。どうやら研司が背もたれにしていた階段部分、上8段が地面に埋まるように消えたようだ。
いつ消えるか分からない入口であるため、念のためまだ誰も中に入っていない。
「もう一回乗ってみようか?」
真の提案でもう一度12段目に4人で立ってみるが閉まる様子は無い。
「んー……違うのか……」
「中からじゃ無いと閉まらないとか? 一度空いちゃうと閉まらないとか?」
真水が思いつくままに言葉を並べる。
「正のマテリアルに反応して空いた可能性もあるんじゃないかな? どうやったら閉まるのかは……分からないけど」
枢の言葉に「ありうるな」と研司は頷く。
「とりあえず、入るか」
「誰か外で待ってた方がいいかな?」
真が問うと、イズンの肩からふわりと飛び降りたサンデルマンがズンズンと奥へ入って行く。
「サンデルマン様!?」
思わず驚く一同に、どちらが顔だか分からないサンデルマンが“振り向いて”頷いて見せた。
「……どうやら全員おいで、という事のようですね」
イズンの言葉にサンデルマンは満足したのか再び奥へと入って行く。
「サンデルマン様が大丈夫だと感じる何かがあるという事……?」
床から少し浮いて先を行くサンデルマンの後ろ姿すら『可愛い』と震える心を抑え、努めて冷静な声を出しつつ未悠は隣の真を見る。
「……なのかもね。とりあえず、行きますか?」
「ここで見つめていても物事は進まないでしょう……行きましょう」
「おぉ? 冒険物っぽくなってきたっ」
イズンの言葉に真水が嬉しそうに声を上げ、一同は遺跡の奥へと足を踏み入れた。
LEDライトを持っていたイズンが先頭に立ち、小型懐中電灯を持っていた未悠が最後尾に付く形で一同は細く暗い石の廊下に入ったが、存外すぐに広間に出た。
「広いな……」
「どうだろう……天井が低いから広く見えるけど……頂上の広場と同じくらいの広さじゃないかな?」
研司、ユリアン、枢が身を屈めなければならないため、恐らく170cmぐらいなのだろう。それを複雑な思いで眺めつつ真が答える。
周囲をライトで照らすと、部屋の中央辺りに浮いているサンデルマンを見つけた。その下には、何やら塵が積もっている。
「……元は木か……何か繊維質の物だったんだろうな、もう風化し過ぎて原型留めてないけど」
研司が指に取って、指先に触れる感触から推測する。
「何か、重要な書物とかを保存……いや、隠していたのかな……?」
「神殿っぽいな、とは思ってたけど、やっぱりそれ系なのかな」
ユリアンの推測に枢も推測を重ねる。
「……サンデルマン様、ここで、えぇの?」
小夜が問うと、サンデルマンは頷いて見せる。それを見た一同から歓声が上がった。
「ここなら頑丈な造りだし、そもそも石碑そのものが外から見えない。あとは周囲の環境を整えれば……っ! よし!! やれるぞ!!」
研司が先ほど起こした地図を脳内で展開させ、めまぐるしい速さで必要な物をピックアップし始める。
「とりあえず、一度出ましょう。周囲を浄化させなければ植樹も、建立も出来ませんから」
イズンの言葉に一同は頷くと来た道をぞろぞろと戻っていった。
●
外に出る。明らかに負のマテリアルの濃い良い環境とは言えない場所なのに、背と腕を思い切り伸ばせる場所というだけで、何となく開放感を感じるというのは不思議な感覚だった。
「ところで、イズン。どうやって浄化をするの? 私、手伝えるかしら?」
未悠の言葉にイズンは「有り難うございます、でも大丈夫ですよ」と頷く。
「以前は浄化に巫女の力を借りる必要がありましたが、浄化術が向上したことで私1人でも何とかなるようになったのは大きいです。皆さんの日頃の活躍のお陰ですね」
そうイズンは言うと、背負っていた荷物からパイルバンカーのような無骨で巨大な魔導機械を取り出した。
「それは?」
「以前オルクスが結界を張るのに『楔』を撃ち込んでいました。それから発想を得て作られた杭打ち機型イニシャライザー浄化砲……の試作品です」
そういえばイズンはドワーフが大半を占める第六師団に所属だった……とユリアンと未悠は思い出す。
「撃ち込んだ部位を始点としておおよそ直径100m程を浄化します。ただ、汚染濃度によっては増減があるようなので、使ってみないと何とも言えませんが、最低でも植樹の周囲と石碑を建立する周囲が浄化出来れば良いかと」
「凄いな……杭の数は?」
「5本です」
研司が興味津々に覗き込み「一般化はされないの!?」と問えば「安定した拠点構築の為に目下改良中です」とイズンが返す。
……ともかくそんなやり取りを行ったイズンが、遺跡を中心に階段下4箇所と遺跡の頂上中央にイニシャライザーの杭を打ち込んだ。
打ち込む度に負のマテリアルがイニシャライザーに吸い込まれ、正のマテリアルが周囲に満ちるのが分かる。身が軽くなり、心が晴れるような気がした。
「いよいよ、植樹ね!」
未悠が期待の眼差しでパルム達を見る。
負のマテリアルが消えた頃、イズンの足元で大事そうに神霊樹を抱えていたパルム達が、互いに神妙な顔つきで頷き合ってふわふわと浮きながら移動すると地面へと降りた。
そして。
勢いよく神霊樹の枝を地面にぶっ突き刺した。
「「「「!?」」」」」
始めて植樹を見た者達は目を丸くしたし、枢は『あーこんな感じだった、うん』と懐かしく思いだし、報告書でこのシーンを見ていた未悠はそのワイルドなぶっ刺しに感動していた。
「ダイナミックだわ……! 神霊樹に気合いを注入してるのね」
(それはどうかな……?)と思っただけで、口にはしなかった真は思いの代わりに大きく息を吐いた。
色々な意味で言葉を失い、一同が呆然とパルムと神霊樹を見つめていると、地面に突き刺さった神霊樹の葉がサワサワと風も無いのに揺れ、50cmほどの枝はみるみるうちに2mを越える成木へと成長した。
また、マテリアル感知能力に長けた覚醒者達は神霊樹の根が網の目のように周囲へと張り巡らされていくイメージも同時に見えた。
真水が足元を見て、それから神霊樹を見る。
「……これが、精霊樹の植樹……」
「さて、本日のメインイベントだ!」
周囲の警戒を怠らず、見守っていた研司と真が振り返り、遺跡を見る。反対側の入口は閉まる様子がなく覚醒者達を迎え入れるようですらある。
細く暗い通路を抜け、天井の低さに圧迫されそうな気すらするが、それでも負のマテリアルが無くなった室内は静謐な空気に満ちているように感じた。
サンデルマンは部屋の中央に降りると、手の平を上にかざす。空中からサンデルマンの大きさに合わせた、豆本のような大きさの書物が現れた。
風も無いのにページがひとりでに繰られ、光を放つページを開いて止まる。
(風……じゃない、マテリアルの奔流……!)
ユリアンはサンデルマンの本から嵐のようにマテリアルが溢れ出てくるのを感じ、思わず後ずさる。ユリアンだけでは無い、全員が1歩、2歩と後ずさる。
押し潰されそうな程のマテリアルの圧力と、まばゆい光に思わず一同が目を庇う。
――その瞬間、一同の脳裏に見えたのは、この遺跡すら覆い隠すほどの巨大な森。極彩色の鳥が飛び、見た事も無い猿が木々を自由に渡っていく。
風が、吹く。
何処までも自由な風が木々を揺らす。
木々の向こうには燃える火山が。
耳を澄ませば小川のせせらぎが。
大地を踏みしめる音。
太陽が照り、影の下で眠る――
光が消え、マテリアルの奔流が納まると、研司は自分が息を忘れていた事に気付き、思い切り息を吸い込んだ。そして、暗かった筈の室内にぼんやりと光と熱が満ちていることに気付く。
「風……? 土の匂い?」
「水の気配……?」
何もなかった筈の室内に精霊の気配を感じ、真はサンデルマンが居た方向を見る。
そこには、無色透明な“石碑”が出来ていた。
その石碑は薄ぼんやりと光り、瞬きをする度に青みを帯びて見えたり、赤みを帯びて見えたりする。不思議な、強いて言うならしゃぼん玉のような……だが、誰もが直感した。これは、神霊樹と同じく“触れられないもの”なのだと。
●
「うーん、とりあえず拠点を作る感じでいいのかな……」
「そうだね。とりあえず遺跡のお陰で“石碑が剥き出し”だけは避けられたわけだし」
「……でも、遺跡の補修は……したい、です」
小夜の意見に未悠も真も頷く。
「まずは、転移門だよね。そうすればすぐに俺達が駆けつけられる」
「あ、忘れてた。そうすれば、あとは食う寝るところ」
ユリアンの提案に真水が眼鏡の奥の瞳を丸くし、線を引く。
「……うん、良し! 出来た!!」
皆の提案をまとめた調査書を完成させた研司がイズンへと提出する。
『オペレーション・ブラッドアウト』。それを達成する為に、グランド・ゼロを精霊も立ち入られる地にする。
その大きな目標が無事達成されたのだった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/03/05 20:01:12 |
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相談卓 ユリアン・クレティエ(ka1664) 人間(クリムゾンウェスト)|21才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2019/03/07 11:47:16 |
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![]() |
質問卓 ユリアン・クレティエ(ka1664) 人間(クリムゾンウェスト)|21才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2019/03/03 22:55:43 |