• 王戦

【王戦】ハルトフォート籠城戦 工廠の戦い

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
6~10人
サポート
0~10人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/03/15 22:00
完成日
2019/03/23 11:41

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 歪虚の大軍に包囲されたハルトフォート砦の遠景は、まるで大海の只中にポツンと孤立した小さな島の様に見えた。
 『海』は荒れていた。古い中世の城塞の周囲を近代的な星型城塞で取り囲んだような奇妙な外観のハルトフォート──それを十重二十重に取り囲んだ歪虚の攻勢の波は、幾度も幾度も砦の城壁・防壁に押し寄せ、その守りを削り取っていく。
 タワーハウスの周囲に鳶の如く舞っているのは彼我の空中戦力による巴戦。地上と砦の双方に煌く光はマテリアルの砲撃の光── そこで繰り広げられる戦の在り様は既に中世のそれではなく、まさに近代戦といった様相を呈していた。

 その砦の現状を、ハルトフォート砦機導砲兵隊、隊長ジョアン・R・パラディールは、遥か遠く、丘の上から双眼鏡で確認した。
 出向していたイスルダ島でリベルタース地方に歪虚の大軍が現れたと聞き、すぐに砲兵隊を率いてハンターたちのCAM隊と共に大陸に戻って来たのだが……敵の数は余りに多く、そして、侵攻は早かった。
「これは……もう砦への合流は不可能だな」
「……あの戦場にリズとハーマンはいるっていうのか」
 ジョアンの傍らで同様に砦の様子を見ていた部下、ナイジェルとトムが呟いた。
 リズとハーマンは共に王立学園でVolcaniusの運用を学んだ仲である。それがあんなちっぽけな城──心理的にそう見えるだけで、実際にはかなりの規模を誇る──に籠って、絶望的な戦いに身を投じているなんて……
「なんとか助けられませんか? なんとか……」
 蒼い顔で縋る様に訊ねるトム。だが、ジョアンは答えを返すことが出来なかった。


 実際に砦に籠った兵たちからすれば『荒れた海の小島』どころの話ではなかった。
 彼ら自身に例えさせれば、『嵐の只中に浮かぶ小舟』とでも形容したことだろう。
「敵襲ーッ!」
 警告の叫びと共に響き渡る鐘の音。砦の最外縁、星型城塞の低い防壁の陰で毛布に包まって寝ていた兵たちが飛び起き、抱えていた銃を外へと構える。
「畜生、朝駆けかよ……!」
「何言ってんだ。朝も昼も夜もねーよ。ずっと戦い続けているじゃねーか」
 不機嫌に笑みを浮かべる兵と、吐き捨てるように笑う兵。敵も敵とて、押し寄せる異界の兵の面貌に感情らしきものはなく。むしろ、狂ったように突撃して来る魔獣たちの方がよほど感情的だ。
 城郭の外に張り巡らせていた鉄条網はとっくに破壊されていた。防壁の外の広い堀は、あろうことか昨日までの戦闘で死んだ敵の体で埋まり始めていた。
 その仲間の死体を踏み越えて、敵が堀を渡り始めた。そこへ銃兵たちが一斉射撃を浴びせ掛けると、敵兵がバタバタと倒れ伏した。
 その背を蹴って、魔獣たちが防壁の内側へと飛び込んで来た。兵たちは一斉に悪態を吐くと後詰のハンターたちが駆けつけて来るまで犠牲者を出しつつ応戦した。

 激しい波間に佇立する岩礁の如く、砦中央に聳え立つタワーハウス── その最上階から、途切れることなく押し寄せて来る敵勢と、それを防いで守る部下たちの奮戦を眼下に見守りながら、砦司令ラーズスヴァンは敵将の可愛げのない戦い方に小さくフンと鼻を鳴らした。
「若造め……大軍を率いたことなどないくせに、大軍の戦い方を知っておるわい」
 開戦以来、攻撃は昼夜の別なく続いていた。味方はよく支えているが、疲労を士気で補うのも限度というものがある。それに……
 ボッ……! と言う音が響いて、炎がラーズスヴァンの顔を照らした。砦上空に進入して来た敵の飛行機械を、ハンターの飛竜が火炎の息で撃墜したのだった。
 火を噴いた飛行機械が、タワーハウスのすぐ近くを通過して落ちていった。身を竦ませた砦の幕僚たちが、階下へ避難するよう上官に具申した。
「馬鹿を言うな。指揮官が真っ先に『前線』から退いてどうす……」
「どいてどいて、前を空けて!」
 ラーズスヴァンの言葉は、階下から駆け上がって来た若い娘の声に押し退けられた。
 その娘──南面のVolcanius隊を率いる小隊長リズ・マレシャルは、ラーズスヴァンの横の窓に取りつくと双眼鏡で敵陣をグルっと見渡し……目標を見つけるや手にした地図に視線を落とし、無線機に砲撃座標をがなり立てた。
「目標、グリッド座標025、100! 弾種、炸裂……転移射始め!」
 眼下南面の砲兵たちが一斉に発砲し、敵陣奥に控えた敵砲兵が爆裂の華に包まれた。
「初弾命中! よくやった! 効力射が終わったらすぐに陣地変換して。味方の為にも敵の砲兵は見つけ次第潰すわよ!」
 本来の主の居場所を奪って、砲撃指示を出し続ける砲兵小隊長。慌てて下がらせようとする幕僚たちを微苦笑を浮かべて手で制し…… 後、ラーズスヴァンは真剣な表情で幕僚たちに訊ねた。
「工廠のデニムたちはどうしている?」
 幕僚たちは顔を見合わせ、沈痛な面持ちで答えた。
「まだ工場に残って作業を続けられています……ギリギリまで操業し、可能な限り武器弾薬をこちらに収めると」

 ハルトフォート砦の東に隣接する工場群──それを人はハルトフォート工廠と呼んだ。
 王国で初めて転炉を備え、王国軍に供給する武装の半数以上を生産する一大拠点。砦に駐留するゴーレムの多くもこの一角で作られた。
 工場は、剣や鎧といった個人装備を作る鍛冶部、銃や砲を製造する火砲部、その弾薬・爆弾の大量生産を担う弾薬部の3つに分かれ、それぞれダニム、デール、ドゥーンという三人のドワーフ技師が統括している。
 工廠であるが故に、隣接する砦程の防衛力はない。Gnomeがグルリと掘った堀と塹壕、土塁の壁、そして、工場で作った鉄条網が周辺部に幾重にも張り巡らされているだけだ。
 敵の大規模侵攻等、いざという時には工廠は放棄し、人員は砦へ逃げ込む手筈になっていた。だが、今回の王国の命運を分ける一大決戦── ドワーフ技師たちはラーズスヴァンの避難指示を断った。
「なに、武器弾薬なら腐るほど溜め込んである! 砦の東面に掛かる負担くらいこちらで請け負ってみせるわ!」
「こんなこともあろうかと、工場は全て半地下構造にしておいたのじゃ。設計者がドワーフだけに!」
「工場の屋根は全て被甲しておいたぞい! 場所がハルトフォートだけに!」
 その言葉の通り、撃ち込まれた砲弾を物ともせずに弾き返す工場群── 突撃してきた敵兵が埋設していた地雷原に引っ掛かって爆発する様を背景にしながら、3人のドワーフたちはガッハッハ! と高笑いした。
「こっ、この人たち、頭おかしい……」
 工廠でゴーレム製造の長を務める刻令術師エレン・ブラッドリーが、その笑みを強張らせる。
 彼女はすぐにGnomeに陣地補修を命じた。実際のところ、今回の工廠防衛は彼女とハンターたちの力に掛かっていた。

リプレイ本文

 時はOPより少し遡り、籠城戦初日の朝──
 工廠区画の一角、砦へと続く城門の前。砦のタワーハウスを見上げて、アルマ・A・エインズワース(ka4901)はホロリと涙を零した。
「ああ、ラーズスヴァンさん……工廠区画への配置でなければ今頃、もふもふしに行けたのに……」
 前回、彼をもふもふしたのは三年前。その時の感触は今でもしっかり覚えている。と言うか、一度もふったドワーフさんは絶対に忘れはしませんけども(←まがお
(あれから僕もちょっとは強くなったですよ…… たくさんがんばったら、あとでいいこいいこしてくれますか……?)
 再会は、それまでおあずけ。戦いに勝つまでは必死に我慢、我慢。ガマン……しようとはしたのだが。
「……忍び込むか」(←まがお
 結局、我慢し切れずに砦へ向かい始めたところで。アルマは、打ち合わせを終えて砦から出て来たダニム、デール、ドゥーンの三人のドワーフ技師長たちと至近距離で出くわした。
「あ……」
「あ?」
「あたらしいどわーふさんたちだあー!!!」
 まるで大型犬がじゃれつくように飛び掛かって言って3人纏めてモフるアルマ。されるがままの呑気なドゥーン以外の2人がガッシと剥がしにかかる。
「ぬぅ!? な、なんだ、貴様、敵勢か?!」
「そうか、さてはお主が『(度が過ぎて)ドワーフ好きのエルフ』!」
 だが、そんな空気は鳴り響いたサイレンの音に掻き消された。それは、敵飛行古代兵器の接近を報せる合図の一つだったからだ。

 その警報を発した木製の見張り台の上── 手回し式のサイレンのハンドルを必死に回す兵の横で、クオン・サガラ(ka0018)はキッと空を睨み据えながら、聖弓にゼノンの矢を番えた。
 蒼空を背景に侵攻して来る敵の鳥型飛行機械たち。そこへ、味方の防空隊──飛行幻獣とハンターたちが、高度を速度へ変換しつつ上空から襲い掛かっていく。
「迎撃します。敵を工廠上空に侵入させないで!」
 飛竜を駆るアニス・エリダヌス(ka2491)が他の竜騎たちと共に敵編隊へ突っ込み、空中戦が始まった。大空に描かれる巴戦の円と曲線。それを掻い潜る様に侵入して来た3機の敵爆撃機が、鳥型の翼を翻して逆落としに降下を開始した。
 急降下を始めた敵機を追って、闇の刃で拘束して炎を浴びせ掛けるアニスと飛竜。地上のクオンは弦を引きつつ弓を構えると、その矢と弓にマテリアルを纏わせ、狙いを絞り…… 戦いの喧噪の中、静寂に指を放した。射程と初速を強化されたその一矢は弓なりの音と共に先頭の鳥型にぶち当たり。機体前面をひしゃげさせた機体はまるで糸の切れた凧の様にクルクル回り、敷地外の地面に激突し、四散する。
 だが、残った1機は3発の小型爆弾をリリースしながら上昇へと転じた。3発の爆弾は吸い込まれるように工場を直撃し。だが、被甲されていた屋根に当たって弾き返された。
「こんなこともあろうかと、工場は全て半地下構造にしておいたのじゃ!」
「工場の屋根も全て被甲しておいたぞい!」
 どんなもんじゃい、とでも言いたげにガハハと笑う技師長たち。金目(ka6190)がそれを遠目に(半分苦笑交じりだが)頼もし気に見やって言った。
「半地下に被甲…… 御三方の魂はお変わりないらしい。いや、実に素晴らしい」
「まさか技師長になってもあの調子とは…… 相変わらず頭のネジが何本か吹っ飛んでいやがるようですね」
 呆れて呟くシレークス(ka0752)の傍らで、サクラ・エルフリード(ka2598)が更に小声で「シレークスさんに言われてしまっては形無しですね」と冗談めかして呟いてみる。
「ん? 何か言いやがりましたか、サクラ?」
「いえ、なんでも…… それより、シレークスさん以外にも、意外と光る人っているんですね……」
 コホンと咳払いをして、サクラは、遠く離れてなお太陽の様に輝く黄金の鎧を纏ったクオンへ視線を逸らした。
(余りにピカピカ過ぎて、夜戦には向かなそうです……夜に向かない人たち……シレークスさんは夜に向いてるけど、向いてない、と)
「ん?」
「いえ、なんでも」
 その視線の監視塔の見張りが、今度は高らかに喇叭を吹き鳴らし始めた。地上の敵が動き始めたことを報せる警報だ。
「前線は大丈夫でしょうか……」
「落ち着きやがるです、サクラ。私たちの出番はもうちょい先です」
 くつろいだように頭を腕に預けながら、シレークスは空を見上げた。

 その頃、最外縁の防衛線では、前線指揮官たちの号令の下、塹壕に籠った兵たちが身を起こし、迫る敵へ銃を構えた。
 敵はまるで恐怖など知らぬように──或いは本当に恐怖を知らないのかもしれない──整然と隊列を組んで歩いて来る異界の兵たち。その後ろには『ブリキの兵隊』型の人型古代兵器が横列で続いている。
 戦闘に先立つ味方の砲撃支援は無い。Volcanius隊は対砲迫射撃──敵砲兵への対処──に手一杯で、前線を支援する余裕がなかった。
「数が多いな…… とは言え、こっちも精鋭揃いだ。何も問題はねえな!」
 兵らに交じって最前列の塹壕に籠ったリュー・グランフェスト(ka2419)が周りを励ますように明るい口調でそう言った。
「だよな、レイア!」
 話を振られたレイア・アローネ(ka4082)は力強く頷きながら、少々バツの悪い顔をした。
 共に戦士であり、気心の知れた友人同士であるが、リューの方がこういう時に味方を励ます術を知っている。レイアはどちらかと言えば言葉よりも戦う背中で味方を鼓舞するタイプなので、戦友のそういった性格を少し羨ましく思う時もある。
「……ああ、そうだな。砲撃支援はないが、ここには私たち、ハンターがいる」
 レイアは意識してそう声を上げると、チラと背後を振り返った。その視線を追って振り返った兵たちは、そこに後方から最前線に出て来るエルバッハ・リオン(ka2434)とアイシュリング(ka2787)の姿を見た。
「何か注目されている気がするのだけど……」
「美人2人が揃ってスカート姿で走っているからではないかしら」
 困惑するアイシュリングに、エルがしれっと冗談を返した。そして、そのまま、一般の兵なら2人~3人掛かりで運ぶ重機関銃一式(銃本体に三脚架、多数の弾薬ケースに予備銃身)を軽々と抱えて走りながら、事前に形成していた機関銃座に飛び込んだ。そして、三脚を広げてその上に重機関銃を据え、ケースから弾帯を引き出し、射撃体勢を整えた。
「……まあ、注目されるのも悪くはないわ。私たちが勝ってる間は、兵たちの士気も挫けない」
 エルの言葉を聞きながら、アイシュリングは彼女の左にふわりとしゃがむと、運んできた予備の弾薬ケースを手渡した。
 自分より年下のエルの言うことに、アイシュリングは感心しながら素直に信じた。……先の冗談口も含めて。
「なるほど……美人とは責任重大ね」
 アイシュリングはそう答えながら、敵が所定の位置まで接近したことを確認すると、技師長たちから預かったスイッチを3回、押し込んだ。直後、前進する敵の足下に仕掛けられていた有線地雷が一斉に爆発し、敵前衛を纏めて吹き飛んだ。
 生き残った敵兵たちが、一斉に突撃を開始する。後衛の『ブリキの兵隊』たちがそれを関節射撃で支援した。
 味方の銃兵たちも迎撃を開始した。エルもまたレバーを引いて初弾を装填すると、足の速い個体を優先的に狙って射撃を開始した。
 少女たちの指よりも太い銃弾に身を貫かれ、周囲へ体液を撒き散らしながらバタバタと倒れていく敵兵たち。だが、異界の兵たちは、弾の雨にも仲間の死にも怯む事無く、むしろ仲間の死体を踏み越えて鉄条網を突破した。
「来るぞ! 白兵戦準備! 絶対に壕から出るなよ!」
「この籠城戦、落とすわけにはいかない。守り抜くぞ!」
 リューとレイアは兵たちに叫ぶと、接近して来た敵へ対して斬り込みを敢行した。
 得物を引き抜き、斜面を下る。突撃は、だが、2人きりではなかった。ドワーフたちをモフッて気合十分に漲ったアルマもまた、その突撃に加わったのだ。
「わうぅーっ! 嫌な子は全部どっかんです!」
 アルマは叫ぶと同時に『デルタレイ』を発動させた。放たれた3条の光線がそれぞれ異なる敵兵を捉え、上半身から上を吹き飛ばす。その威力に怯みはせずとも驚く敵兵たちへ、アルマが更にわおーん! と肉薄。扇状に放った『炎』で呑み込み、消し飛ばす。
 それを見たリューはヒュ~と口笛を吹き鳴らすと、レイアに手信号で合図を送り、二手に分かれた。同時にレイアは『ソウルトーチ』の輝きを纏い、足を止めると指でちょいちょいと敵を招いて挑発。リューやアルマに向かおうとしていた周囲の敵を誘引する。
 守りの構えを取って壁となり、極限まで高めたマテリアルをその身の内から解放しつつ、血色の魔導剣を振るって敵を斬り飛ばしていくレイア。一方、リューは剛刀を振るって敵陣を切り裂いていく。彼は機動性を重視した軽装戦士だが、超々重鞘だけは別だった。盾として受け、或いは鈍器として『二刀』で殴りながら……リューは『所定の位置』まで一直線に切り込んだ。
「今だ、リュー!」
 程よく敵が集まって来たのを見て、レイアは剣を下段に構えた。リューもまた同様に……そして、二人で挟み込んだ敵に対して、『薙ぎ払い』からの『刺突一閃』で多数の敵を巻き込み、粉微塵に吹き飛ばした。
 陣地に湧き起った兵らのどよめきが歓声へと変わる。だが、それでも敵は怯まず、肉薄し続ける敵をリューとレイアの斬撃、アルマの3条の光の槍が貫いていった。
 敵前衛をほぼほぼ打ち倒したところで、支援射撃を続けていた『ブリキの兵隊』たちが後退を開始した。
 監視塔の上のクオンがマテリアルと共にゼノンの矢を放ち…… 退く『ブリキの兵隊』のバケツ頭を最後に一つ、撃ち貫いた。


 敵の第一陣が退き、戦場に束の間の小康状態が訪れた。
 この間に、クオンとシレークスの二人は、工場で作られている武器の幾つかを今回の防衛戦用に改造・転用できないものか相談する為、技師長たちの元を訪れた。
 だが、そこには既に先客がいた。ミグ・ロマイヤー(ka0665)とハンス・ラインフェルト(ka6750)の二人だった。

「だーかーらー、まずは物資の総量を確認せんといかんのじゃ! 蔵を開けいと言っとるじゃろうが!」
 叫んでいたのはドワーフたちではなくミグだった。いや、ミグもドワーフなのでややこしいところだが。
 そのミグは工廠に残った物資の量を気に掛けていた。なぜなら、この3人の技師長たちが、限られた物資の使い道に頓着する様子がミジンコも感じられなかったからだった。
「物資のことは気にするな。どうせ使い切る前にここは陥ちる」
 デニムの言葉に沈黙が舞い降りた。彼は「ここだけの話」と前置きした上で、ミグに対して話を続けた。
「どうせ工場がなければ使い道のない物資だ。だからこそ、出来得る限り武器弾薬に変えちまって、砦に収める。本丸が一日でも長く戦えるように」
 ミグは絶句した。ダニムたちの覚悟に……ではなく、話が全く通じていないということに。
「いや、だから、砦に回す武器弾薬『以外』の備蓄を確認しに来たのじゃが。全て砦に送ってしまったら、どうやって工廠を守るのじゃ?」
 三人の技師長たちは顔を見合わせた。そして、小さく「……あ!」と呟いた。
「だあー! やっぱりそなたらには任せておけん! わしが補修や防衛に仕える物資を再計算して、適量を弾き出して管理する!」
 ミグは工場の事務室に過大集積魔導機塊を持ち込むと、資料を基に今後一週間(それだけの期間、工場を稼働し続けることができれば、残った全ての物資を無駄なく武器弾薬にすることが出来る)の管理表を作成した。
「一週間……」
「そうじゃ。それまでこの工廠を陥とさせるつもりはないぞ?」
「その為にも、ハンターたちの覚醒時間とタイミングは適切に管理されなければいけません」
 計算作業に入ったミグに代わって、今度はハンスが前に出た。
 ハンターたちは強力だが、常時覚醒していられるわけではない。たとえば、皆が野放図に覚醒しまくり、敵の攻勢時に誰一人覚醒できなくなってしまうような事態は避けねばならない。
「ハンターの覚醒時間は1時間。回数はこのメンバーだと日に4~8回くらい……となると平均6時間を1サイクルとして、交代で休みを取りましょう。でないと、守れるものも守れませんから」
 そう言うと、ハンスは事務室の黒板に予定表を書き込んだ。4サイクルの内1を睡眠、2を戦闘、残った1を休憩やその他作業に備えた予備とした。ただし、誰か最低一人はいつでも覚醒できる態勢を整えておくようにする。
「まあ、これだけ人がいれば、ある程度その場その場で対応してしまっても大丈夫だとは思いますが。何かあったら通信機で呼んでください。すぐに人員を派遣します」
 そう纏めると、ハンスは早速、皆に希望の時間を聴取し、調整する為、工場から出て行った。
 入れ替わる様にやって来たエルが、深刻そうな表情で技師長たちに声を掛けた。
「あの、念の為の確認ですが……この工廠区画に、外部と繋がっている通路などはあったりしますか? その……秘密の通路だとか」
「ヒミツの通路ぉ?」
 ドワーフたちは顔を見合わせた。エルは彼女にしては珍しく、少し恥ずかしそうにしながら答えた。
「歴史書や戦記物の小説からの知識でお恥ずかしいのですが……外部と繋がった非常用の脱出路とか、外から掘られたトンネルを通って敵が侵入して来て、内部で混乱を起こされて落城、というのは珍しくもない話だったりするので、一応、確認を、と……」
 ドワーフたちは真面目に応じた。
「秘密の通路は無い。少なくともこの工廠区画には」
「路と言えば、水路はあるがの。原料を搬入したり、製品を搬出する為の水路がエリダス川に繋がっておる。一応、水の中にワイヤーネットは張ってはいるが……」
 水路、とエルは沈思した。
「一応、警戒して監視は怠らないようお願いします」
「ふむ……では、何人か歩哨を手配しておこう」
 そうした後、ようやくクオンとシレークスの番がやって来た。新たな武器の開発という『本業』に関わる話に、技師長たちは子供の様にその表情を輝かせた。
 クオンの方は、弓で飛ばせる時限式榴弾、シレークスの方は魔導炮烙玉のようなものを、ここの余材で作れないかと相談した。
「弓で飛ばせる程度だと、威力はそんなに出せんぞい? 射程も落ちる」
「はい。手榴弾程度の威力でも、それを弓で飛ばせれば大分楽になりますし」
「ふむ……構造自体は炸裂弾の流用でいけそうじゃ。とりあえず試作してみよう。で、そっちの嬢ちゃんは炮烙玉じゃったの」
 技師長はシレークスにVolcaniusの炸裂弾を手渡した。
「とりあえず、それでも敵に投げといて」
「は?」
「うん、マテリアル込めてポイすれば衝撃で爆発するから。あ、正規の使い方じゃないからね(←重要)。くれぐれも自爆に気を付けて」


 籠城戦開始から二日目、午後──
 中央から攻勢を仕掛ける異界の兵らの左側を、それまで温存されていた魔獣の群れが電撃的に侵攻して来た。
 波の様に迫る敵の先陣を切って突撃して来る魔猪の群れ── 『歩兵』の侵攻スピードに慣れた守備兵たちは、その速さに対応が遅れた。あっという間に戦場を駆け抜けた魔猪の群れが最初の鉄条網を瞬く間に蹂躙し……速度を失ったところを第二の鉄条網に絡み取られた。
 だが、敵の急襲はそれで終わらなかった。猪に後続してきた魔狼たちが動けなくなった猪の背を踏み台にして跳躍。鉄条網を突破して塹壕へと飛び込んで来たのだ。
「まずい……! レイア、ここは任せた!」
 中央の戦場で奮戦していたリューが、戦友にその場を任せてそちらへ向かう。エルもまた身体を左に寄せて重機関銃の銃口を右へ振って、狼が鉄条網を跳び越えて来るところを火線で捉えて撃ち落とす。
「出番……」
 アイシュリングはポツリと呟くと、エルの機関銃座から飛び出て、そのまま味方の戦線まで駆け下った。
 ふわりとドレスのスカートを膨らませて塹壕を跳び越え、味方の防衛線の前に出る。そして、鉄条網を跳び越えて塹壕に飛び込もうとしていた狼たちを、『グラビティーフォール』で地面に押し付けた。それに銃剣で止めを刺す兵隊たち。アイシュリングはクルリと身を返すと、鉄条網の向こうに向かって爆裂火球を投げ放ち。跳び越えようとしていた狼たちを、土台の猪ごと吹き飛ばす……
 やがて、リューが隣りの戦線から嵐の様に敵側面へと突っ込んで来て、味方に時間的余裕が生まれた。その間に戦場に突入したのは、エレンのGnomeや工兵たちと共に駆けつけて来たシレークスやサクラたちだった。
「サクラ、金目! あの破壊された防衛線を修復しやがります! ついてきやがれ!」
「えぇ、えぇ、強く豊かな女性に使われるなんて、控えめに言ってご褒美ですよ」
 仲間のハンターたちが敵を追い掃う間に陣地の破損個所に突入し、剛力で運んできた物資を地面へばら撒き、鉄条網に絡まった猪たちの死骸をどりゃあ! と脇へ除けていくシレークス。無防備な姿を晒す怪力修道女に飛び掛からんとした狼たちは、鉄条網をひょいと跳び越えて前に出たサクラが盾で受け弾き、落ちたところへ剣を突き入れた。
 その間に、金目や工兵たちが破壊された鉄条網を新たに張り直し、更にシレークスが鉄条網の前に逆茂木を植え、即興の植杭陣地を拵えて突撃への対抗手段とした。
「……まだですか? そろそろ限界が近いですよ……!」
 盾に喰いついた狼の首を落としながら、サクラが汗と共に後方を振り返った。アイシュリングは既に範囲魔法を使い果たし、リューもまた多数の敵に囲まれ孤軍奮闘を続けている。
 機関銃座で支援射撃を続けていたエルは、自身も前に出るかと思案して……ふと視界の隅に捉えたものにパチクリと目を瞬かせた。
(あれは……あんずさん……?)
 この殺伐とした戦場を一生懸命に(というか必死に)飛ぶ桜型妖精を見てエルが呟き。気付いたアイシュリングもまたちょっと嬉しそうに微笑を浮かべる。
 そして……
「ホフマン! 連続装填指示! 弾種炸裂×2! 撃てー!」
 その妖精の上空視界を通じて敵勢を把握したメイム(ka2290)の指示が飛び、砲声が轟いた。味方の危機に、砲兵隊が対砲迫射撃の合間を縫って砲撃支援を敢行してくれたのだ。
 放たれた砲弾は、攻撃を続ける中央と右翼の敵勢の只中に飛び込み、後続の多くを吹き飛ばした。その間に、ハンターと工兵たちは直したばかりの陣地の内側へ引っ込んだ。
「はいはぁい、【輸送し隊】のレベッカちゃん到着だよぉっ♪」
「輸送の事なら私達にお任せなんだよ♪ 陸でも空でも、荒れ地でも戦場でも、何処でも運ぶ輸送し隊、参上♪」
 敵の攻勢が減衰した僅かな時間に、工廠区画作業用の三輪魔導トラック(なぜか工廠ではターレと呼ばれていた)に乗ったレベッカ・ヘルフリッヒ(ka0617)や狐中・小鳥(ka5484)らの『輸送し隊』が戦場を駆け巡り、各戦線に武器弾薬銃弾砲弾・戦闘糧食を届けて回った。
 空になった荷台には負傷者を乗せ、後方の救護所へ運んだ。

 二日目、夜──
 仲間と交代し、その日の覚醒時間を申告する為に事務室へとやって来たハンターたちは、机の上に用意されていた夕食の豪華さに目を見開いた。
「お疲れ様です。ほんの心づくしですが、夕食(もう夜食の時間ですね……)を用意させていただきました」
 疲れて戻って来るハンターたちの為に、配膳をしたのはハンスだった。なぜか動物のワンポイントの入ったエプロン姿で、「どうやら身内の荷物が交じっていたようで……」と珍しく照れた様にはにかんだ。
 机の上に並んだ料理はどれも温かく、焼いた肉や生野菜まであった。聞けば、フル操業で燃え盛っている転炉の余熱を利用したという。
「いいのかな、俺たちだけこんな豪勢で…… みんな(兵ら)は戦闘糧食なのに」
「技師長たちからの差し入れなんです。どうせ長期の保存に向かないものですし、気にせず食べちゃってください」
 リューに答えたハンスの言葉に、アルマは遠慮なく舌鼓を打つことにした。
「いざという時に力が出なかったりするのが一番良くない。特に、疲労と判断力の低下。誤射に繋がる」
 ……ちなみに、見回りに来て夕食のメニューを知ったミグが、技師長たちの所へ「物資とっとけと言うとるじゃろうがー!」と怒鳴り込み、「どうせとっとけない分は喰っちまっても構わんじゃろがー!」と取っ組み合いをしたのはナイショだ。

 食事を終えると、クオンは、後方に構築しておいた誘爆防止用のバリゲードに潜り込むと、毛布一枚を引っ被って泥の様な眠りに入った。
 サクラもまた武具を外すこともなく、いつ連絡が来てもいいよう無線機を胸に抱えたままで背を丸めた。
 そんな中、地上に降りて休憩していたアニスは月を見上げて子守歌を歌っていたが…… 突如、探照灯の光が地上を走査し始めるのを見て、慌てて愛竜の元へと走った。
「敵だ! 歩兵が匍匐前進で近づいて来ている! あいつら、昼間の死体に紛れていやがった!」
 伝令の報告にハンターたちは飛び起きようとしたが、そんな彼らをハンスが制した。
「私が行きます。皆さんはしっかり睡眠をとっておいてください」


 三日目、朝──
 戦闘は昨夜から継続したままだった。敵は攻めては退き、退いては新手を繰り出し、と間断なく陣地を攻め立てていた。
 兵らは殆ど眠ることも出来ず、乾いたパンだけを齧りながら応戦し続けた。銃身の過熱した銃と交換する為、新たな銃と弾薬を届けに来た技師たちが、そのまま臨時の交代要員として銃を撃ったりすることもあった。
 陣地の破損個所も確実に増え続け、修復し切れぬ所が多く出て来た。レベッカや小鳥は負傷者の搬送を続け、愛竜の翼を休める為に降りたアニスは、その間、臨時の看護師として救護所を手伝った。
 ハンスはローテーションの1サイクルを、6時間から3時間に変えて細かく覚醒時間を調整し、状況の変化に対応した。
 レイアは全てのスキルを使い尽くした後も、剣を振るって戦場に立ち続けた。アルマもなるべくスキルを温存して対応しようとしたが、止まぬ敵の攻勢に『機導砲』を撃ち尽くし、引き抜いた魔導拳銃を敵兵に発砲し続けた。
「レイア! アルマ! 下がれ! もう覚醒時間が6時間を超えておる!」
 報せに来たミグに、二人は戦いの手を休めず、答えた。
「私は覚醒していられる時間は割と長い方だ。最後まで味方をフォローする」
「僕も……せっかく覚醒したんだから、使い切らないと勿体ないよ!」

「ともかく防衛線の幅が狭すぎる。防衛線はもっと重層的であるべきだ」
 自身の休憩時間を用いて陣地の改良箇所を訊ねたシレークスに、同じく休憩中の兵らはそう答えた。
 出来得ることなら、砦の様に星型の堀を作っておきたかった── それが兵たちの総論だった。とにかく今のままでは、敵の大軍を押し留めるには守りが弱すぎる。
「エレンとこのGnomeと工兵を総動員すれば……」
「出来ますか、今から……」
 シレークスの言葉に重く頭を振るサクラ。エルもまた「言っても詮無きことだけど」と前置きをして続けた。
「機関銃の製造は間に合わなかったんですよね、王国は…… もっと機関銃があれば、全ての防衛線をキルゾーンにしてみせますのに……」
 前線に置きっ放しになっていた水を『ピュアウォーター』で浄水しながら、無言で話を聞いていたアイシュリングが、こちらに駆けて来る伝令に気付いて皆に声を掛けた。
 攻撃の激化を告げて伝令は去り、エルは即座に立ち上がった。
 そして、皆と頷き合うと、前線の味方を支えるべく、休憩時間を切り上げて戦線へと駆けていった。

 覚醒が切れるまで戦い続けたアルマが、そこへ入れ替わる様に戻って来た。誰もいない休憩所を見て、疲れ切った様に肩を落とし……そうだ、ドワーフさんたちをモフりに行こう! と気持ちを切り替えて工場へ向かう。
 だが、技師長たちに面会することはできなかった。彼らもまた、自分たちの仕事を懸命にこなしていたからだ。
 大忙しの彼らを見て、アルマは「僕も頑張ろう……!」と気合を入れた。
 とりあえず、アルマは休憩中に工廠区画を(それこそ、番犬の如く)見回ることにした。頑張れば後でもふってもらえる(←逆)かもしれないし……! え? ミグさんにシレークスさん? ……女のドワーフさんはノーサンキューです。セクハラ言われるし、ヒゲ無いし。

「おい、弾薬が足りんぞ! 特に銃兵たちの小銃弾!」
「分かっとる! が、既にフル増産体制だぞい! これ以上は増やせんわい!」
 その工場の中で、物資管理を担当するミグは弾薬生産担当のドゥーンと頭を抱えていた。銃兵たちの主力小銃の弾薬消費が事前予測を遥かに上回ったのだ。
 材料が無くなったわけではない。人手が足りないわけでもない。……足りないのは工作機械だった。幾ら材料や技師が余っていても、機械が無ければライフル弾は作れない。
「どうする? 砦に回す分を融通して……」
「それじゃあ本末転倒じゃろうが!」
 ミグは悩み抜いた挙句、鍛冶担当のデニムと銃砲担当のデールに相談をした。
「……滑腔銃の円弾なら、鍛冶でも量産が可能だぞ?」
「砦の防衛には射程の長いライフルがいる。が、こっちはもう半分肉弾戦みたいなものじゃし……」
 返って来た提案は、弾が無いなら銃器自体を変えてしまえばいいじゃない、という発想だった。

 四日目、黎明──
「騎士王の剣よ! 分け与えの権能を、いまここに!」
 灯火の水晶球と共に徹夜で戦い続けたリューが掲げ持った聖剣の星神器から光が溢れた。
 それは周囲に倒れた兵らの傷を癒し、更に戦う為の力をも分け与えた。
「押し返せ!」
 叫ぶリューを先頭に銃剣で反撃に出る銃兵たち。異界の兵らに奪われかけていた塹壕を取り戻し、兵たちが勝鬨の声を上げる……

「敵が突っ込んできます……!」
 壊れた陣地を修復中の工兵たちの所へ向かって突撃して来る魔猪の群れ── 目の下に隈をつくったシレークスが「あぁん?」とヤサぐれた声を出し、爆裂元気エリュシオンAをグイッと呷って塹壕の上に躍り出た。
「邪魔すんじゃねぇです。帰れ!」
 シレークスはありったけの炸裂弾にマテリアルを込めると、それを向かって来る敵勢に投げつけた。どかんどかんと爆発が湧き起り、猪たちが吹き飛んだ。
 だが、敵の突撃はそれでは終わらなかった。後続していたのは、スピードよりもパワーに優れた巨大な魔熊の集団だった。魔熊の群れは鉄条網を力任せに引きずり(!)、引き千切り(!!!)ながら突進すると、作業中の工兵たちの間に突っ込もうとした。
 エレンがすぐにGnomeに工兵たちの盾になるよう指示を出し。同時に、シレークスが剛力を発現させながら前に出て、「おらあ!」と魔熊とがっぷり四つに組んだ。
「次ぃ!」
 最初の熊を脇へうっちゃり、続く魔熊とがっちり両手を組んで力比べに入るシレークス。そこへ駆けつけて来たハンスが『次元斬』で熊らを斬り裂き、魔熊たちの前に立ちはだかった。
「18時間、いつでも戦う可能性がありますからね。できるだけ覚醒は節約したいのですが、ここは使いどころでしょう」
 だが、鉄条網は広い範囲に亘って既にずたずたにされていた。そして、そこから多数の敵兵が既に工廠内に流れ込み始めていた。
「後退しましょう。もう外縁陣地の修復どころではありません」
 振るわれた魔熊の鉤爪を流れるように受け流し、切り落としから逆袈裟に斬り上げながら、ハンスがシレークスに告げる。
 シレークスは同意すると、工兵と銃兵らに防衛線を一つ下げるように伝え、後退を始めた。
 ハンスは最後に『次元斬』を放って後続の敵兵たちを血煙の中に倒すと、シレークスと共に殿軍に立って撤収を開始した。

 四日目、朝──
 工場フル操業で生産した簡易滑腔銃と鉛玉が『輸送し隊』の手によって前線に届けられた。
 それにより、弾不足で一時減衰していた味方の火力(近接火力だが)が復活し、一時的に敵の進軍が押し留められた。

 四日目、夕方──
 上空に、大きな円盤型の飛行機械が飛んで来た。それはこれまでの飛行機械とは違って低空へは進入せず、こちらの攻撃が届かぬ高空を悠々と飛行し続けた。
 監視塔の上から地上の敵の群れに擲弾の矢を放ち続けて来たクオンは気づいて空を見上げたが、黙って見送る他はなかった。工場近くで同じ物を見上げたデールは「今度は、高い所にいる敵を狙える武器も作らんと……」と眉をひそめた。
 上空を守る防空隊も、既に人獣共に疲労の極みに達しつつあったが、この新手には嫌な予感を拭えず、全力での迎撃を開始した。
 飛行機械は機銃弾を撒き散らしながら水平飛行を続け……やがて、大型爆弾を投弾した。その直前、アニスの飛竜が攻撃を加え、急降下攻撃で敵の片翼をもぎ取った。
 投下された爆弾は狙いを外し、工場と工場の間に着弾した。
 巨大な爆発は誘爆防止用のバリゲードを薙ぎ払い、二つの工場棟の壁の1/4をひしゃげさせた。窓ガラスが割れて飛び散り、小規模ながら火災も起こった。
 それを見た後衛のエルとアイシュリングは、消火の為に工場へと向かった。サクラはその時、砦に運ぶ物資を護送する為に『輸送し隊』と共に工場の近くにいたが、すぐに2人と合流してまずは工場の消火に当たった。
 金目が技師たちと合作した放水用の手押しポンプ(車輪付き)を引っ張り出し、ホースをガラガラ引き出して、その先端を水路まで運んで行って水の中へと投げ込んだ。
「後は体力と気合と根性でポンプを……」
 呟いて戻りかけたところで、サクラはふと足を止めた。
 違和感があった。水路の傍にいるはずの、歩哨がただの一人もいなかった。……火事の消火に向かったのだろうか? そう考えた時。足元の石畳の舗装路面が水に濡れていることに気が付いた。
 ざわり、と背に悪寒が走った。「警戒!」と周囲の仲間に叫び、すぐにその場で円陣を組んだ。
 侵入者の可能性──その目的を考察する。工場の破壊? 或いは砦への侵入? 砦正面の防備は硬く、外からの侵入は困難だ。が、工廠内という『裏口』からなら、侵入はずっと容易だ。
「あ」
 見回りの為に広小路に入って来たアルマとサクラたちの目が合った。そのアルマの背後に、蛙を二足歩行にして立たせたような外観の異界の兵がいて……
「後ろー!!!」
「わふーん!?」
 水の中に、水路の陰に、或いは建物の壁に張り付いた蛙人が続々と現れて。改めて隊列を組み直した4人のハンターたちと、戦闘が始まった。

「水路より侵入者多数! 砦と工場に向かって侵攻中との由!」
 駆け込んで来た伝令により報告を受けたミグは、サクラと同じ推論に至って蒼い顔で立ち上がった。
「すぐにハンターたちを向かわせよ」
「既に交戦中の模様」
「流石じゃ。わしも出る」
 得物を手に事務室を出て水路側へと向かうミグ。
 その頃、水路脇の戦場では、(蛙の癖に)火を吐く異界の兵との激戦が繰り広げられていた。
 ペタペタと立体機動をしながら迫る蛙をアルマのデルタレイとエルの風雷陣が撃ち落とし。全身を自ら吐いた炎に包んで突っ込んで来た敵をサクラが闇の刃で空中に足止めし、それをアイシュリングが重力塊で圧し潰す。

 その蛙人の侵入に呼応したものか、工廠正面の防衛線でも敵の攻勢が激しさを増していた。
 クオンは全ての擲弾矢を撃ち尽くすと、監視塔から飛び降りて前線の機銃座へと走った。掛かっていたシートを外し、ダニムに作ってもらった防盾付きの機銃座を露わにする。
 そこには全長3mを越えるCAM用の重多銃身砲が据え付けられていた。クオンは電源を入れてそれを起動すると、多重砲身を高速回転させて敵の前面に対して『制圧射撃』を実施した。
 まるで最新式のミシンの様に一続きとなった砲声がヴオォォォ……と鳴り響き、判別できぬ程高速で撃ち出された砲弾が敵勢と大地を撃ち貫いた。クオンの手によって横へと砲身が振られるのに併せ、着弾の爆煙もラインを描く様に大地に直線を引いた。原型を留めぬ程に粉々になって砕け散る異界の兵と魔獣たち── その猛威に、恐れを知らないはずの正面の敵らが身を伏せて足を止める。
 だが、他の戦線では逆に次々と外縁防衛線を突破されていた。鉄条網は既に破壊され尽くして用を為さず……そして、塹壕に籠る兵たちも限界だった。
「おい、しっかりしろ!」
 リューはただの一人の重傷者も残さずにターレの荷台へ運び込むと、荷台を叩いて運転手に出発を促し、再び剛刀を手に戦場へと戻っていった。
「迎え討つ敵の数、計り知れずとも……王国の未来の為、尽力しやがりますよ!」
 シレークス、レイア、ハンスもまた最前列──いや、既に殿軍、即ち『最後列』となってしまった──に立って敵を掃い続けた。
 防衛線は工場を守る最後の一線にまで退いた。味方を守り、多銃身砲を担いで最後に後退して来たクオンが、「まさか寝台のバリゲードに立て籠もることになるとは……」と苦笑いしながら弾幕を張り続けた。
「ホフマン、キャニスター弾装填。撃てー!」
 最終防衛線の外周に立ったVolcaniusたちが、ゼロ距離の水平発射で迫る敵へ散弾をばら撒いた。メイムの力がパルムによって周囲へ増幅・伝播され、力を増した一斉射撃が迫る敵を薙ぎ払った。
 蛙人らを撃滅したハンターたちも防御に加わり、戦線は改めて膠着した。だが、既にまともな防御設備はなかった。兵たちはゴーレムを防壁代わりにして、その陰から銃撃しているような有様だった。
「ここまでじゃな……」
 技師長たちはミグを呼び出し、砦への撤収を決断したことを告げた。
「これ以上の抗戦は兵と技師たちに深刻な損害を与えかねない。現在、最優先すべきは砦の保持──その為の兵力を、ここでこれ以上失う訳にはいかん」
「何より、これ以上戦力を失っては砦へ撤収することすらできなくなる。工廠の保持はあくまで砦へ物資を搬入するのが目的。それが叶わなくなるなら、ここを守る意味もない」
 撤収じゃ、と3人のドワーフたちが声を揃えた。
 残る物資と工場が煙幕と共に爆破され……その混乱に乗じて技師たちは兵を連れ、かねてからの訓練通りに砦へと撤収した。

 工廠区画は放棄された。
 だが、技師長たちは呟いた。
「何、まだ負けたわけじゃない。戦いはこれからじゃ──」

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参加者一覧

  • 課せられた罰の先に
    クオン・サガラ(ka0018
    人間(蒼)|25才|男性|機導師
  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • 流浪の剛力修道女
    シレークス(ka0752
    ドワーフ|20才|女性|闘狩人
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェスト(ka2419
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 未来を想う
    アイシュリング(ka2787
    エルフ|16才|女性|魔術師
  • 乙女の護り
    レイア・アローネ(ka4082
    人間(紅)|24才|女性|闘狩人
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • 変わらぬ変わり者
    ハンス・ラインフェルト(ka6750
    人間(蒼)|21才|男性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 作戦相談卓
シレークス(ka0752
ドワーフ|20才|女性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2019/03/15 12:45:38
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/03/15 08:13:34