純白の日に捧げしドロドロの愛と色々な感情

マスター:ことね桃

シナリオ形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2019/03/20 19:00
完成日
2019/03/31 20:50

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●3月上旬のある日

 冬が終わりを迎え、花が咲き始めたある日のこと。
 コロッセオ・シングスピラの隣にある自然公園の郵便受けに分厚い封筒が届けられた。
 差出人は帝国の火山に里帰りし、あるハンターに「焔」と名付けられた精霊。彼は今、火山の麓に広がる保養所跡地を温泉街として人間達とともに再興させようとしていたはずだが……何かあったのだろうか?
 フィー・フローレ(kz0255)は封筒を開けると「アッ」と小さく息を漏らした。
 封筒の中には手刷りのチラシと招待状が何枚も入っている。彼の説明によると、どうやら山の水脈を辿り掘削してみたところ真っ白な泥湯が発掘されたそうだ。
 泥湯というと刺激が強さから皮膚の弱い者の利用や、皮膚の薄い顔まわりへの泥の付着を禁じている地域があるが、幸いなことにこの泥湯は刺激が少なく誰でも利用できるらしい。
 ただし帝国でも外れの方にあるため、なかなか告知しても人が集まらず――このままでは宝の持ち腐れだと住民たちは嘆いている。
 今のところ泥を掬っては洗顔料や石鹸などに加工し土産品として販売しているが、毎回遠方まで行商や委託販売をするには費用が掛かりすぎる。
 結局、客が来なければ温泉の維持だけで赤字になってしまうのだ。
「フムフム。ソレデ転移門ヲ使エバスグニ温泉ニ行ケルハンターニモニターにナッテモラッテ、温泉ノ良サヲ沢山ノ地域ニ教エテモライタイ……トイウコトナノネ」
 招待状には「無料宿泊券」と手刷りで大きく刷られている。宿泊も可能とは何とも大盤振る舞いではないか。しかし。
「……使用期限ハ3月14日マデ!? モウスグオシマイナノヨ! 早く配ラナクチャイケナイワ!」
 恐らく焔は自然公園と自分の住む火山の距離をよく考えないまま日付を設定して発送したのだろう。
 アワアワしながら外に駆けだすフィー。もちろん行き先はハンターオフィスだ。


●ハンター、温泉へ行く

「温泉チケットの配布? それは構わないけど……」
 只埜 良人(kz0235)はそう言うと、壁に紙で作ったポケットを画鋲でセットし「ご自由にお持ち帰りください」と書き込んだ。
「アア、良カッタノヨ……。折角ノオ誘イ、誰モ行カナカッタラ焔モ向コウノ人達モガッカリダモノ」
 フィーがニコニコしながらお茶を飲む。
 転移門を潜れない彼女は温泉には行けないが、もしあちらに行くハンターがいれば焔にお礼状を渡してもらおうと考えているのだ。
 一方、良人はチラシを何気なく見ていると、その大きな手が突然震えた。
「温泉の効能は……疲労回復、筋肉痛の改善、硫黄による肌の整え(シミ、ソバカス、ニキビ等の改善)、蒸気による喉や鼻の改善……あと、泥の成分による美髪効果!? 発毛効果はないのか、発毛は……!?」
「ウーン、ソレハワカンナイノヨ。デモ良人ニモ生エテキタラアッタカクナルヨネ! オ帽子モイラナクナルノ!」
 夏と冬の出勤時には帽子が欠かせない身の良人に無邪気な一言をぶつけるフィー。
 純粋な子供だからこそ、その言葉はボディブローのように鋭く突き刺さる……が、辛うじてキリキリ痛む脇腹を抑える程度で済んだ。
「……まぁ、いいや。もう諦めてるし。それよりも多くの人がその温泉に行ってくれるといいな。少し遠出になっても行く価値のある場所だと認められれば、自然と周囲の人達も安定した生活が出来るようになるだろうし」
 そう呟いた瞬間、目の前で2人組のハンターがチラシとチケットをポケットから抜いた。
「へえ、温泉に無料宿泊ご招待だって」
「しかも新しい温泉だったら綺麗な施設だよね。楽しみ~!」
 ――早速、お客様1組確保。フィーはてててっとオフィスを駆けまわると他のハンターにも声を掛け始めた。
 奇しくも使用期限はホワイトデー。あなたも大切な人を誘って温泉で一休みしてみてはいかがだろうか。

リプレイ本文

●優しいお姉ちゃん達

『皆―ッ、温泉楽シンデキテネ!』
 ここはハンターオフィスの転移門前。フィー・フローレ(kz0255)はハンター達の出立を見送ると、ソファに座り温泉街のパンフレットを広げた。
 施設とお土産品、そして接客上手と評判の精霊・焔の紹介。フィーは寂しげにそれを見つめ、小さい脚を前後に揺らす。
 それを目に留めたマリィア・バルデス(ka5848)はすかさず彼女に声をかけた。
「ねえ、フィー。まだ温泉の宿泊券残ってる?」
『ウン。少シダケダケド』
 フィーが最後の3枚を差し出すと、マリィアが2枚受け取った。
「お誘いありがとう、フィー。でも貴女が来られないんじゃ、焔も寂しがるわよ? だから一緒に行きましょう」
『デモ、私……』
「私のサイドカーに乗って。寒くない格好だけして後は任せて頂戴。温泉には入れなくとも足湯は楽しめるだろうし、休憩所で皆と楽しくおしゃべりできるはずよ。こういう時こそハンターを使わなくちゃ」
『ウウ……マリィア、イツモ私ニ優シクシテクレテアリガトナノ! 大好キ!!』
 本当は温泉に行きたくてたまらなかった寂しがりのフィー。マリィアの脚に抱き着くと丸い頬を擦り寄せた。
 だがそこで「ちょっと待ったぁ! なのですぅ!!」と星野 ハナ(ka5852)の凛々しい声が響く。
「フィーちゃんには悪いお姉さんが良いことを教えてあげますぅ。この世界はぁ、努力さえすればそのものズバリは手に入らなくても大体代替手段があるんですぅ。労力に見合うかはさておきぃ、諦めないで頑張れば何でもできるんですぅ。それだけは忘れちゃ駄目ですよぅ?」
『ン? ハナッテ悪イお姉サン? 綺麗デ強クテ素敵ナノニ。デモ何ダカ、気ニナルノ!』
「ふふふ、それは悪くない反応ですねぇ。で、マリィアさん? 実は私ぃ、思いついたことがあるんですぅ。先に温泉で準備しますので、フィーちゃんをお願いしますねぇ♪」
 さりげなくフィーから最後の宿泊券を受け取り、転移門に姿を消すハナ。マリィアは首を傾げつつもフィーの手を引いて外に出た。


●不器用なふたり

 コウ(ka3233)は恋人のイルミナ(ka5789)との待ち合わせ場所に着くと、鞄から封筒を取り出した。
「イルミナは確かこういうの好きだったよな。今月の14日は先月のお返しをする日だし、誘っていこう」
 最近は物騒な情報ばかり錯綜している。……たまには大切な人と静かな場所で心安らぐ時間が欲しい。
 そこにいつもの艶姿なイルミナが現れた。
「コウ、あの……待った?」
「いや、忙しい所呼び出してごめん。あのさ、この前新しい温泉が見つかったらしくて。折角だから一緒に行かないか?」
 封筒から2枚綴りの温泉宿泊券が引き出される。それを見た途端イルミナが動揺した。
「えっ、あの、温泉!? 泊りで?」
「ああ。転移門を使えばすぐに温泉街。時間いっぱいまで遊んで美味いもの食べて元気つけようぜ」
「そ、そうね。ありがとう、行くわ……」
 実は自身も同じく2枚組で招待券を入手していたイルミナ。いつも冷静なはずの目が明らかに揺れる。
(何なのこれ? まさかこの子から? しかも泊りで温泉って! 覚悟しろって事!? そもそもこれ、どういうことなのよ。温泉でしかも泊りでホワイトデーって……なんかすごく意味出てこない? ねえ、わかってんの? コウ!)
 彼の表情には一片の邪気も感じられない。だからこそ次に発すべき言葉がわからなくなる。
 イルミナが頭の中に浮かぶ妄想を打ち消すも、たちまち白い頬に赤みがさした。コウはそんな恋人に自分のジャケットを羽織らせる。
「その恰好じゃ寒いだろ。返すのは後でいい。まだ寒いんだから体を大切にしてくれよ?」
「そ、それは……わかったわ。それじゃあ、宿泊の準備をしてくる。少しだけ待っていて」
 声だけは努めてクールに、彼女は顔を真っ赤にして駆け出した。


●楽しいハーレム一家

「あはは。ざくろん、温泉は何度入っても飽きないわよね~♪」
 転移門から跳ねるように降りたアルラウネ(ka4841)は時音 ざくろ(ka1250)の手を取ると一歩離れた場所から転移門を見つめた。
 そこから現れたのはアデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)と白山 菊理(ka4305)とリンゴ(ka7349)。
 その殆どが美しい女性で、唯一の男性であるざくろさえも女性と見紛われるほどの美貌の持ち主だ。
 そんな一行が賑やかに温泉施設に入ると。
「お待ちしておりました、時音様御一行様」
 石で作った人形のような姿の精霊・焔が出迎える。
「私はこの施設の温泉を管理しております、焔と申します。賑やかな皆様をお迎えできて光栄です」
 見た目の厳つさに反した温和な態度に気を許したのだろう。ざくろが同行者の手をとり紹介する。
「うん、今日はよろしくね! あ、折角だから紹介するね。こっちは冒険団仲間のリンゴ。そして妻のアデリシア、アルラウネ、菊理。今回はバレンタインのお返し温泉旅行デートだよ♪ 普段のお礼も兼ねて、愛しい人に楽しみ&癒しを贈るんだ」
「それはそれは……ああ、もし施設内で何かご用命や不備がございましたらお気軽に私や係員に御申しつけくださいますよう」
 そこでアデリシアはパンフレットを手に口を開いた。
「そういえば泥湯が湧いたそうですね。泥湯とは珍しい。温泉だけで本が一冊出せそうな気がします」
「ええ、低刺激でしてご利用になられた方からはとても好評です。さぁ、荷物は私がお持ちします。まずはお部屋でお寛ぎください」
 焔はざくろ一行の荷物を持ち、彼らが希望していた角部屋へ案内する。
 ここなら多少の過ちも……。
 女性陣が妄想を膨らませた瞬間、焔がちらりと彼女達を見た。先ほどとは違う、何か鋭い視線で。
「それではどうぞ、ごゆっくり」
「うん! 温泉、楽しみにしてるねっ」
 無邪気に応じるざくろ。しかしアデリシアは焔の笑顔の裏を感じ、彼の姿が見えなくなるまで扉に背を預けた。


●傷負い人に手を添えて

「硫黄の匂いがするな」
「ええ、ここは硫黄泉の名所ですから。少しでも傷が癒されればいいのですが……」
 龍崎・カズマ(ka0178)は友人のヘルヴェル(ka4784)の手を借りて転移門から足を下ろす。彼は先の戦争で目をはじめとした全身に深い傷を負っているのだ。
「カズマさん、足元に気をつけて」
「階段か?」
「いえ、道が未舗装なのです。拡張で精一杯なのでしょう」
「そうか、それは仕方ないな。まぁ、ほどほどに楽しんで行こう」
「ええ」
 ふ、と笑うカズマ。ヘルヴェルはそれが空元気だと知っている。カズマの愛した女性の死――その心の傷は今も深く残っているのだ。
「施設には隣接する個室を用意し、お食事も湯治が終わり次第準備するよう手配しました」
「何から何まで悪いな」
「いいえ、お気になさらず。その目が慣れるまで私が貴方の手になりますよ」
 美しい顔を笑ませるヘルヴェル。しかしそれがカズマの網膜に映ることはない。だが彼女は気にすることなく、彼の手を握り続けた。


●えちい温泉と本気の湯治

 ざくろ一行が温泉に向かうさなか、ざくろとアルラウネが純白の湯に想いを馳せる。
「真っ白なお湯かぁ、お肌にもいいのかな」
「そうね~、乳白色とか泥湯は美肌効果ありそうな印象あるわよね」
「だよね、しっとりしそう。そうだ、出たらタオルを敷いて横になって? ざくろがマッサージしてあげる」
 その言葉に菊理が顎へ手を添えた。
(マッサージ。ざくろのマッサージか。まあ、うん。いつものだろうな)
 喜ぶべきなのか恥じらうべきなのか、どうも判断しにくい。
 その流れを知らぬリンゴは脱衣所の前でざくろとの一時的な別れに哀しみを見せた。
「主様……」
「大丈夫だよ、リンゴ。ここで水着に着替えたら奥の部屋に入るんだ。そこでざくろは待ってるから」
「は、はいっ!」
 その光景をアルラウネは「ふふ、甘酸っぱい光景ね」と穏やかに見つめた。
 ざくろの冒険団はひとつの家族でもある。主人のざくろが平等に家族へ愛情を返しているから誰も嫉妬心を抱かず風変わりな家庭を維持できているのだ。
 ――それはともかく。奥方達は水着を着ると、それぞれ髪を纏めたり小物を飾ったりで忙しくも楽しそうだ。
 アルラウネはざくろに選んでもらったワンピースとパレオ。華奢な体に淡い黄緑から緑のグラデーションが入った水着を合わせると妖精の姫君のよう。
 アデリシアは黒をベースにしたホルターネックのワンピース。背中が腰まで大きく開いたハイレグで、大人の美貌を持つ者にしか着こなせない本物の色香がある。
 菊理は最近入荷された和柄のビキニを纏った。ここのところ東方の彼岸花や菊のような花柄に興味を持つ客が増えているという。もっとも清楚な菊理以上にこのビキニが似合う者はいないだろうが。
 そんな中、リンゴはパールホワイトに赤のラインが入ったビキニを着たものの、飾り気のない自分が主を落胆させるのではと不安になった。
 そこに菊理がリンゴの手をとり、シュシュを嵌める。白地に赤や緑の林檎の絵が入ったものだ。
「本当は髪留めだけど、道具も使い方次第だと覚えておくといい」
 続いてアルラウネやアデリシアもグラデーションの入ったヘアピンと赤のリボンでリンゴを飾り付ける。すると人形のようだったリンゴが愛らしい少女になった。
「あ……ありがとうございます」
「うんうん、イイ感じ! それじゃあ行こうか、旦那様のとこに!」
 元気の出たリンゴにアルラウネが明るく笑うと温泉の扉を一気に開いた。

 その頃、カズマはヘルヴェルとともに紺色の暖簾を潜った。つまりすぐ前方は男性用脱衣所なのだが、ヘルヴェルは迷わずカズマの手を引く。
「おい、ヘル。ここはまさか男の脱衣所か?」
「え、ええ。でもカズマさんの目……」
「いや、身の回りのことは自分でやらせてくれ。物は色形で何とかわかる。湯着も何とかしてみせる」
 そう言って胸元のボタンをひとつ外すカズマ。逞しい胸板が見えた瞬間、ヘルヴェルは己を恥じた。彼は今、自分の意志で行動を起こしている。
「そ、そうですね。さすがに着替えは無理ですから!」
 深紅の髪を揺らし、女性用脱衣所に駆け込むヘルヴェル。胸が大きく高鳴った。
(カズマさんに気を遣わせてしまった。でもあの眼の異常、一時的なものであれば良いのですが……)
 ヘルヴェルはその豊満な身体をすぐにアイスブルーのビキニに押し込み、脱衣所の出口でカズマを待つ。無事に会えるよう願いながら。

 一方、ざくろ達はいつも通りの展開を繰り広げていた。
「チョコ、そして何時も一緒にいてくれて、ありがとう。愛してるよ、アルラ」
 まずは体をくっつけてきたアルラウネにキス。彼女は初めての泥湯を何度も掬い身体に擦りつけていたので肌がじっとりと汗ばんでいる。だからキスの味は淡く塩の味がした。
「こちらこそありがとう。大好きよ、ざくろん。あなたと肌をあわせていると落ち着くの。これからもよろしくね」
 ざくろは続けてアデリシアに口づけする。
「アデリシア、チョコありがとう。それと。……これからも頼りにしてる。愛してる」
 艶やかな唇に愛らしい唇が重なる。アデリシアは吐息と共に彼に抱き着き、己の舌をざくろの舌に絡めた。甘い味がする、大人のキス。柔らかさを堪能した彼女は「ええ、お任せを。戦神の加護は貴方とともに」と微笑んだ。
 次に口づけしたのは菊理。彼女の細腰を抱き寄せ、ざくろが囁く。
「菊理、いつも一緒にいてくれてありがとう。冷静な君のおかげで冒険団は道を違えず進んでる。これからも色んなことを教えてね」
 そんなざくろに彼女はずるいと思った。
「どういたしまして。……でもそんなこと言ったら、ずっと離れられないじゃないか。そんな悪い子には御仕置きだ」
 しなやかな体をざくろに押し付け、彼の耳朶を軽く噛む菊理。彼は驚くも、菊理に「ごめん、でも気持ちは本物だよ」と笑って手を離す。
 そして最後は冒険団仲間のリンゴ。妻ではない彼女は常に隅に控えていたのだが。
「リンゴ、いつも頑張ってくれてありがとう」
 水音を立てて歩み寄る主。肩を掴まれたリンゴは途端に顔が真っ赤になった。
「あ、あの……主様?」
「可愛いよ、その髪飾りもシュシュも。女の子って感じ」
 ざくろの唇の先だけ触れるようなキス。だがそれでもリンゴには刺激的過ぎてへたり込んでしまう。
 湯あたりを起こしたのかと慌てざくろが彼女の細腰を抱き上げようとした瞬間、彼の頭にスッコーンと気持ちよい音を立てて湯桶がクリーンヒットした。
「いたっ! えっ、どこからっ!!?」

 その頃、カズマは湯桶置き場から新しい湯桶を手にしてため息を吐いた。タオルを手にしたヘルヴェルが首を傾げる。
「どうしました?」
「ああ、つい泥で手が滑ってな。随分と細やかなものだからシカタナイネ」
 本当は不吉な気配がしたので桶を放り投げたのだが、湯煙でどうもその先が見えない。もっとも歪虚でもなければ大丈夫だろうと彼は洗い場へ向かう。その時、足や湯着から薄く透ける傷にヘルヴェルが呟いた。
「カズマさん……傷だらけ、ですね……」
「あの時は自分のことさえ考えてなかったからな。俺は空のくせに……生きて……」
 あの日のことを悔いたのか。足が止まる。ヘルヴェルがタオルを手に労わるようにカズマの身体を洗い始めた。
「ヘル、すまない。こんな体に」
 背中を丸め、呻くカズマ。それに対しヘルヴェルが呟く。
「いいえ、私こそ。ごめんなさい……それと、ありがとう……」
「ん? 何か言ったか」
「いいえ。『お疲れ様』と。私もあの戦には特別な想いがありましたから。あの、お背中……流しますね」
 ヘルヴェルが大きな背中に湯を流す。少しでも痛みが流れ去り、再び強くて豪胆な彼が戻って来るよう祈りながら。カズマはそのぬくもりに安堵したように小さな笑みを浮かべた。


●まさかの!?

 コウとイルミナは温泉街に着くと、早速温泉へ向かった。
 そこでコウはハーフパンツ型の水着を借りたものの、ふと不安になる。
(そういえば贈り物が無料券だけなのも申し訳ないな。なんか名物……あいつは甘い物好きだから探してみよう)
 そこで好評の饅頭を購入し、手早く着替えるコウ。そして脱衣所の出口側に立ちイルミナをエスコートしようとしようとすると、とんでもないものを見てしまった。
 ひらり、と揺れるタオル。なんとイルミナが体をタオル一枚で隠して現れたのだ。
 コウが彼女を周囲からガードするよう立ちふさがり、声を潜めつつ早口で問う。
「い、イルミナ!? 水着はどうしたんだ!」
「温泉って裸で入るのよね? タオルを巻いたまま浸かるのはマナー違反と聞いたわ」
「男女別の温泉ならそうだろうけど、ここは混浴だぞ。やめとけって!」
「そうなの?」
「そうだよ! それに、イルミナの綺麗な身体を他の男に見られるの、嫌なんだ」
 その台詞に顔がぼんっと赤らむイルミナ。「待ってて!」と扉を閉め、湯かごの中の白ビキニを取り出した。
(お気に入りの水着……持ってきて良かった。コウが喜んでくれるといいけれど)
 そしてしっかり水着を着て現れるイルミナ。コウが照れつつ手を差し出す。今度こそ堂々とエスコートできそうだ。
「綺麗だよ、イルミナ。白も似合うんだな」
「あ、ありがとう。嬉しいわ……」
 こうしていい雰囲気になりかけたところで――イルミナの表情が凍り付いた。「良かったら」とコウが差し出した袋に大きな温泉饅頭が入っていたのだ。
(え? こんな大きな饅頭!? 餡子絶対多いわよね。去年もバレンタインを一緒に過ごしたし、今更甘いのが嫌いとは言えない……)
 返事に詰まり俯くイルミナ。コウが不安げに見つめると、彼女は必死で笑顔を作った。
「あ、そうだわ。折角だからコウも一緒に食べましょう」
「あ、ああ。そうだな、一緒に食うか!」
 饅頭をぱかっと半分に割るコウ。イルミナは(あ、食べきれる量になった)と安堵する。
「……美味しいわ、ありがとう」
 足湯に並んで座り、饅頭を食べるふたり。イルミナが饅頭を半ば口に押し込む姿を見てコウは胸が痛んだ。
(ああ、イルミナに気を遣わせてしまったな。でもこんなに大きな饅頭を半分とはいえすぐに完食するなんて、やっぱり甘い物好きなんだなぁ)
 愛し合っているのに、まだすれ違っているふたり。だがイルミナは本当のことをこれからも言わないのかもしれない。無邪気な彼の好意を愛しく想っているのだから。

 その頃、ネフィリア・レインフォード(ka0444)は妹のブリス・レインフォード(ka0502)と女性用脱衣所に入るや、すぱーんと服を脱いだ。
「温泉でまったりっていいよね~。さぁ、いっくぞ~!」
 健康的な生まれたままの姿で歩き出すネフィリア。だがその腕をブリスが掴み、愛らしい顔を横に振った。
「ここは混浴。女の人だけじゃなくて、男の人もいるよ。裸は、だめ」
「そ、そっか。そういえばそうだったね。止めてくれてありがと、ブリスちゃん!」
 そう言ってスレンダーな体によく似合う白ビキニを着るネフィリア。
 ブリスは持ち込みの青いワンピースを着た。しかし胸が成長したのか胸元が以前より開いている。
「あれ、また胸が大きくなった? 貸し出し品見てみる?」
「ううん、今日は平気。ただ、次は新しいの必要かも」
 胸を困り顔で見つめる妹。そこでネフィリアが「今度はもっと可愛いの買おうね!」と明るく言うと、ブリスも「うん。ネフィ姉様にもブリスが素敵なの、選ぶね」と抱き着いた。
 それからネフィリアとブリスは洗い場に移動するや、タオルに石鹸を塗り付けて大きく泡立てた。
「わわ、凄い泡立ち! お土産屋さんでもこれ、売ってるかな。家でも使ってみたい!」
 そんな姉の手をくいとブリスが引っ張る。
「……ブリスが姉様を隅々まで洗ってあげる」
「ブリスちゃん? 僕、自分で体ぐらい洗えるよ?」
「でも手の届きにくい所はあるよね。大丈夫、ブリスに任せて……」
「そう? それならお願いしよっかな」
 ブリスはネフィリアの髪を左手でそっと浮かせ、白い首筋を泡立てたタオルで丁寧に擦り始めた。
(首の付け根から足の先まで、たっぷりじっくり確実に完璧に、綺麗にしてあげるから……ね)
 そんな妹のやや病んだ愛に気づかず極楽気分に浸るネフィリア。
「あ、そうだ。ブリスちゃん、洗い終わったらお礼にマッサージしてあげる。お風呂でぎゅぎゅーっとね!」
「ね、姉様からのマッサージ? 嬉しい、姉様と体をくっつけてのんびりしたい……」
 ブリスは泡たっぷりの姉の背中に頬を押し付けて微笑む。思い切って来て良かった、と。
 その後、ネフィリアとブリスは無邪気に泥遊びを楽しんだ。
「おー。本当にドロドロで真っ白なのだ♪ 何か変な感じの温泉だね? 気持ちいいけど♪」
「……可愛い、無邪気なネフィ姉様。ドロドロで包み込んであげたい。キレイキレイにするの……ふふっ」
 やっぱり病んでいるこの妹。でもそれはそれで幸せそうだ。

 そうそう、マッサージといえばざくろ一行。
 彼は大判のタオルを敷いて妻達とリンゴに丁寧なマッサージをしようとしたのだが、いつも通り事故を多発してしまった。
 それはいわゆる「らきすけ」と呼ばれる事象。詳細は省くが、彼が「ご、ごめん!!」「わわわ、事故、事故だから!」と叫ぶ度に、妻達は「いつものことだから」「やれやれ」とばかりに身を任せる。
 特にアルラウネはらきすけ勃発ついでに「ざくろん、水着の紐緩めてくれる? 硫黄泉に入る時、泥を流しておかないと。私も少し緩めるから、流すの手伝ってよね」と要望する始末。「いいのかな、そんなことして」と戸惑う夫に彼女は堂々と言ってのけた。
「何言ってるの、夫婦なんだから互いに見えるぐらい気にすることないじゃない」
 しかしリンゴばかりは事情が違う。彼女は「主様にご奉仕いただくなんてっ」と畏れるばかり。
「リンゴ、緊張するとますます身体が凝っちゃうよ?」
「しかし、主様に触れていただくだけでドキドキします……」
 そこでざくろがリンゴのビキニの紐を解くと彼女が「きゃっ」と小さく叫ぶ。咄嗟に菊理がざくろの肩を掴み、耳元で囁いた。
「おい、摘まみ出されない程度にしてくれよ?」
「う、うん。でもまさかこんなにリンゴが敏感だと知らなくて」
 困り顔のざくろにアデリシアも耳打ちする。
「ざくろさん、マッサージもいいですけれどなぜか見えざる目のような何かを感じます。肩や脚だけにしておいた方がよいのでは?」
「そ、そのようだね……」
 すると彼の不安を打ち消すようにアルラウネが笑い、夫とリンゴの肩を軽く叩いた。
「ふたりとも、出入り禁止にならない程度にお願いね?」
「ぴゃっ!? イエ、ダイジョウブですます」
 いよいよパニックに陥るリンゴ。そこでざくろはまずリンゴをうつ伏せにさせ、肩のツボに静かに圧力をかけた。するとリンゴも落ち着いたのか深く息を吐き、蕩けるような瞳でタオルを握る。
「……あっ、そこ、きもちいい……です」
「そう、それならここにもう少し力入れるね。……リンゴは頑張りすぎるから疲れるんだ。僕らは家族、もっと甘えて。それがざくろの願い」
 その声にリンゴが涙した。ここにいる皆が孤児だった彼女に初めてできた家族。でも自分はやはり恩義のある主に尽くしたい。だから今は従者で十分だと――。彼女の心は不思議とすっきりとしていた。

 その後、掃除屋姿で現れた焔が床を磨きながら呟く。
「まぁ、今回はギリギリで許してやろう。本当はいつ乗り込むか悩んだが、悩める者が自ら道を拓く時に邪魔するほど我は野暮ではないのでな」
 桶から水をどばあっと放ち、泥を流す焔。やはりこの精霊、見るべきものは見ている。

 その頃、湯上りのネフィリアは売店に駆け込むと牛乳を購入した。
 瓶入りの牛乳を美味しそうに飲むネフィリア。その姿にブリスが小首を傾げる。
「おいしい?」
「うん。温泉の後のお楽しみ、牛乳。身体が火照っている間に飲むと最高だよ! ブリスちゃんは何がいい? 他はフルーツとコーヒーといちご味!」
「ブリスはコーヒー牛乳」
「おおっ、意外と大人の味を選んだね? おばちゃん、コーヒー牛乳お願い!」
 ブリスはこくこくとコーヒー牛乳を飲みつつ、幸せそうな姉の笑顔を見つめ(……可愛い姉様)と心の中だけでにんまり笑った。


●精霊たちとぬくもりを

「ふむ、湯ざわりは想像以上に柔らかいな。温度は硫黄泉より低いが、その分長湯できる。スクラブ的な効果も期待できるだろうし……泥を石鹸に加工したのは正解だな」
 メンカル(ka5338)は引き締まった肉体を泥湯に浸し、休養ついでに他の温泉と対比する形で湯の分析を開始した。
「しかし粒が小さいといえど、どうやってここまで濾過したのやら……泥湯とはここまで心地よくできるのか」
 そう呟いて足元の泥を掬う。しかしふいに聞こえてきた声に彼は大きく動揺した。
「わふ~、今日はフリーデさんと一緒に遊ぶです~♪」
(アル!?)
 メンカルは慌ててナイトカーテンで姿を隠し、奥の洗い場まで逃げ込んだ。
「……ん? いや、何で逃げたんだ。俺は」
 アルことアルマ・A・エインズワース(ka4901)はメンカルの実弟。時折顔を合わせて食事や談笑をしているのだが。
(まぁ、こうなったら仕方ない。泥だけ流して出るか)
 仕方なく泥を流し、浴衣を着る。後はゆっくり午睡して夕食でも……と廊下に出た時、強烈な風のマテリアルを纏う大きな背中が見えた。
「お前、フリーデリーケか?」
『なんだ、貴様。不躾な』
 英霊フリーデリーケ・カレンベルク(kz0254)が不機嫌そうに振り向く。メンカルは慌てて両手を軽く上げ、敵意がないことを示した。
「すまん、敵対の意思はない! 驚かせたか。俺はアルマの兄のメンカルだ。弟が世話になっている」
 しかしフリーデの視線は胡乱気なまま。
『アルマの兄だと? それにしては面影がないな』
「それは俺が人間の父親、アルがエルフの母親の血を強く継いだからだ。混血ゆえ、理解してほしい」
『そういえば私の時代では混血自体が滅多になかったな。血の違いで種族も見た目も大きく異なるのか。……それにしてもよく私を知っているな? 絶火の騎士としては格がかなり低いのだが』
 納得した様子のフリーデ。そこでようやくメンカルが安堵し、微笑む。
「ああ。最近アルがお前の話しかしないからな」
『なっ!? 奴が私の話をすると!? ど、どんな話をするのだ!? どどど、どうせガサツだとか力馬鹿だとか、そういう類のものだろうが!』
 途端に顔が真っ赤になり、後ずさりしつつ首を振るフリーデ。メンカルは「落ち着け」と言い、こう続けた。
「そういう話ではない。まず出来が悪くて馬鹿ほど強かろうと、弟が可愛くないお兄ちゃんはいない。そして大事な弟と縁ができた女が酷いものなら弟を守るべく説教のひとつでもする。だが俺はそれをしていない。その理由がわかるか?」
『……思ったよりは悪くない、と?』
「そう。挨拶しに来たんだ。未来の義妹候補をスルーする訳にもいかんだろう? ……ああ、アルには俺がいたことは内緒で頼む」
『了承した。……すまなかった、未来の義兄殿。これからよろしく頼む』
 深く頭を下げるフリーデを背に、個室に向かうメンカル。その胸にはひとつの要望が浮かんでいた。
(『カップルや家族向けに混浴を残すことを希望する』と温泉の要望書に書いておくか)と。

 そんなやりとりの裏で。白樺(ka4596)は温泉旅行に誘ったローザリンデ(kz0269)が白い花飾りの付いたビキニ姿で歩いてきたのを見ると嬉しそうに抱き着いた。
「ローザ、この前の水着もいいけど白いロングパレオも似合うのーっ♪」
『ありがと、でもアンタも相変わらず可愛らしいね。ビスチェとマイクロミニなんて、随分と冒険したじゃないか。綺麗な肌によく似合ってるよ。さてと硫黄泉と泥湯、どっちから入ろうか』
「えっとね、えっとね! シロは泥湯に興味があるの。泥湯に入ると髪の毛綺麗になるって聞いたから。シロもローザみたいに綺麗な髪になりたいの!」
『いや、アタシはアンタの方が羨ましいよ。いつだってふわふわして暖かな……春の昼下がりみたいな色で綺麗だからね』
 仲良し姉妹のように身を浄めたふたりは湯の肌触りを楽しみ、身を寄せ合う。その時、ふいに白樺がローザの手を掴んだ。
『おや、いきなりどうしたんだい?』
「えへへ、お湯の中なら誰にも見えないよねって思って。お湯、あったかいね」
『へえ、アタシはアンタの身体の方が温かいよ? だってさ、ほら!』
 悪戯っぽく笑って白樺の脇を擽るローザ。たまらず白樺が笑い、仕返しとばかりにローザに抱き着く。
「あははっ、これならこちょこちょできないでしょ? シロの勝ちだよ♪」
『ははは、これじゃあ手を引っ込めるしかない。白樺には敵わないね』
 一体ふたりはどんな関係なのやら。もう少し様子を眺める必要がありそうだ。

 一方、フリーデが浴室に入ると、そこでは既にアルマが泥湯に指先を入れたり掬ったりして遊んでいた。
『すまん、待たせたか』
「いいえ、実は僕もさっき入ったばかりです。だからどんなお風呂があるのかなって見て回ってたです。これから一緒に洗いっこしましょー!」
 アルマは右腕のハンデを全く気にせず、フリーデを左手で元気よく案内する。
 そして洗い場で先日と同じくフリーデがアルマの身体を丸洗いすると、今度はアルマが「お背中流すですーっ」と左腕だけで器用にフリーデの背中をせっせと洗い始めた。
『何というか、恥ずかしいな。こんな筋肉と傷だらけの体で……』
「そんなことないですっ。やっぱりフリーデさんは綺麗なのですー。逃げずに戦ってきたんだって思うですよ」
 アルマは見た目の美醜にとらわれない。ただ、相手の生きざまを見つめているだけだ。
『そうか。お前にそう言ってもらえると、救われる気がするよ。私だけではなく、過去のフリーデリーケも』
 そんなフリーデを元気づけようとアルマが笑いながら湯を流す。
「それに僕、エルフなんで、種族柄筋肉つきにくいんですよ? それこそ筋力だけだと駆け出しハンターさんと変わらなくてー」
『む、それは難儀だな。力仕事は私に任せるが良い。不器用だが、荷物運びや物を支える程度ならいつでもやってやる』
「じゃあ、その時は一緒に頑張るです。僕も筋肉つけるですー♪」
 そう明るく言って泥湯に向かうアルマの髪は何故か結い上げられていない。背中でふわりと揺れている。
『髪はそのままで良いのか?』
「わふふ。この泥、髪にもいいって聞いたですっ。だからちょっと着けてみようかなって思ったです!」
『いや、直接付けると硫黄が髪を傷める。この温泉は肌から美髪成分を摂取することで艶を出すそうだ』
「え、そうだったですか!? わわわ、僕ってば紐、脱衣所に置いてきてしまったです!」
 するとフリーデが腕に飾っていたリボンを外した。
『そうか、ならばこれを使うが良い。それに片手では纏めづらいだろう? どれ、私が髪を纏めてやる』
「あ、ありがとうございます、フリーデお姉さん」
『よし、椅子に座ってだな……っと、意外と難しいぞ。これは』
 アルマの黒髪をわしゃわしゃ弄り、纏めようとするフリーデ。だが不器用ここに極まれり。折角の綺麗な髪がぐしゃぐしゃのお団子になってしまった。
『すまん、汚くして……そういえば私は自分の髪を結ったこともなかった……』
 へちょりと落ち込むフリーデ。だがアルマが気持ちよく笑う。
「ううん、僕は嬉しいですー。フリーデさんと今までで一番触れ合ってた気がするですし。後でリボン、綺麗に洗って返しますね!」
 そう言ってクリーム状の泥湯をフリーデにちゃぷちゃぷ掛けるアルマ。負けじとフリーデも応戦し、最終的に互いに真っ白になってしまう。しかしそれすらも楽しいこと。
 やがて硫黄泉で安らぐ頃にはいつの間にかふたり手を繋ぎ、肩を寄せ合っていた。

 その頃、ハナは温泉街の酒蔵に着くや大樽を注文した。
「ハンターの姉さん、酒じゃなくて樽でいいのかい?」
「そうですぅ。人が入る程度の大きさでぇ、水さえ漏れなければいいんですぅ」
 聞こえ方によっては非常に危険な物を想像させる要望だが、蔵では持て余していた樽の処分に困っていたのだろう。
「それじゃあ、運搬用の荷車の貸し賃だけでいいよ。2つあるから持っていきな」
「わぁ、ありがとうございますぅ。荷車はきちんとお返ししますねぇ♪ 樽は後で始末しますのでぇ、ご安心くださいぃ」
 どことなく剣呑な言葉を残し彼女は荷車を牽いていく。目指すは温泉施設の裏。丁度源泉が取水できる川の近くだ。


●再会

 温泉施設の休憩所で濡羽 香墨(ka6760)は「……なんで。澪、ここに?」と声を詰まらせた。
 香墨は昨年末の食事会を最後に、ずっと旅を続けてきた。だが焔への挨拶ついでに温泉街へ立ち寄ったところで親友の澪(ka6002)を見かけてしまったのだ。
「……香墨? 香墨っ! ずっと会いたかった!」
 それまで兄の雹(ka5978)や双子の静玖(ka5980)と団欒していた澪の動きが一瞬止まり、駆け出しざま香墨を強く抱きしめる。
「ちょっと、くるしい」
「ごめん、でも本当に心配だったから。いつも考えてた。香墨、大丈夫かなって。怪我してないか、毎日ちゃんとご飯食べてるかって」
「大丈夫。私は各地の古戦場や霊廟で。荒む魂を癒すため。鎮魂歌を歌ってた。今は。暴食の歪虚が不思議と大人しいし」
「そう。でもやっぱり会いたかった。この2カ月半、身体の半分が無くなったような気がして……」
 そう言って澪は涙を拭い、家族に向けてはにかむ。
「雹兄ぃ、静玖。こちらは香墨。私の親友だけど、それだけじゃ語り尽くせないほど大事なひと」
 そんな妹に雹は(澪がここまで信頼する人なら礼節を尽くすべきだな)と考え、笑顔で会釈する。
「雹と言います。妹がお世話になっているようで、ありがたいです」
 続いて静玖も愛想よく笑った。
「いつも澪がお世話になってます、片割れの静玖と申します。どうぞよろしゅう。あ、そうや! 香墨はん、香墨はん。ここで問題や。澪とうち、どっちが澪かわかります?」
 悪戯心から澪を連れて一緒に物陰に隠れる静玖。得物を置き、鏡写しの姿になったところで再び皆の前に現れる。
「私が澪。香墨なら、わかるよね?」
「静玖の意地悪。私が澪。香墨、信じて」
 すると香墨が「こっち」と言って後者の手を取った。
「澪は優しいから。人を試すようなことは言わない。静玖も面白い人だと。思うけど」
 その答えに静玖はあっさり相好を崩した。
「ああ~ん、バレてしもうたわ~」
「それはそうだ、静玖の悪戯顔は隠せないからな」
 そんな和やかな空気の中、澪が家族にこう切り出す。
「ねえ、部屋に香墨を一緒に泊めてもらっていい? 久しぶりなの。丁度、余ったチケットをあるハンターさんから貰ったから。今晩しっかり休んでほしい」
「ああ、それは構わないけど。でも香墨さんの都合は?」
 雹が尋ねる。もし一緒に泊まるとしたら、香墨に気を遣わせないよう自分が個室へ移動した方がいいのではと考えたのだ。
「それは。お邪魔、じゃなければ」
 それは香墨が澪達家族の部屋に泊まるということ。
 澪が嬉しそうにする中、雹は思案顔になった。静玖がそれを覗き込み、にっと笑う。
「まぁ、うちは澪が幸せならそれでえぇね。というか、雹兄ぃ……もしかして寂しおす? うちがおりますえ」
「ありがと。でも寂しいわけではないんだよ? 家族が誰かと繋がりを持ち、成長するってこういうことなんだと思ってね。静玖こそ、大丈夫だよ。俺が傍にいるから」
 静玖の柔らかい髪を撫でて微笑む雹。彼が湯かごを持って歩き始めると、静玖も足並みを揃えて駆けていった。

 その頃フィーを乗せたマリィアのバイクが温泉施設の駐車場に停まった。
 出発前のハナの張り切りが気になるふたり。おそらく温泉の管理者に交渉したのだろうと想像していたが、ハナの思考はその上をゆく展開だった。
「マリィアさん、フィーちゃーん! こっちですぅ!」
 エンジン音を聞きつけたハナが施設の裏から顔を出し、ふたりを手招きする。そこには間仕切りと大樽が2つ並び、源泉が丁度いい温度で注がれていた。
「ワァ! 小ッチャイオ風呂ナノ!」
「樽は酒蔵から調達、お湯と間仕切りの使用は管理者から許可済みですぅ。マリィアさんも遠慮なくご利用くださぁい」
 ハナはそう言って、ビキニを2着取り出した。1着は自分のもの、もう1着は子供向け。つまりフィーに着せるつもりらしい。
「さぁフィーちゃん、お姉さんと一緒にお風呂をたのしみましょぉ? 大丈夫、他の人の迷惑にはなりませんからぁ」
「ウン! ハナモマリィアモ一緒ニ入ルノ! 皆デオ風呂、楽シイヨ!!」
 早速身体を洗い始めるフィー。マリィアは水着を借りてくると言い、こう続けた。
「ハナ、ありがとう。これならフィーも安心して温泉に入れる。ここにはこうして誰でも入れる場所が必要ね。後で要望書に書くわ」
「はいぃ。特に樽風呂なら丸洗いして乾燥させればすぐ綺麗になりますし、壊れてもすぐ代替が効きますぅ」
「ふふ、そうね。それとフィー? 転移門を使えないから、お風呂に入れないから、移動手段がないから。そんな理由で旧交を温められないのは寂しすぎるわ。そういう時こそハンターを頼りなさい。私が必ず貴女を楽しませるから。後で焔にも会いに行きましょう。きっと喜んでくれるわ」
「ウン!」
 フィーは大きく頷くと即席の湯船にハナと並んで足を湯に浸し、マリィアの到着を待ち――存分に温泉を堪能した。

 ところ変わって。雹は妹達から勧められた水着を見るや顔色を変えた。静玖が笑う。
「うちが着るのは水着は澪とお揃いの色違いや♪ 雹兄ぃもちょいとお揃いやで☆」
 それは裾にフリルがあしらってあるメンズ用ビキニ。
「ご心配なく、水着はちゃんと持ってきてるよ。……というかどこから持ってきたんだ、そんなの。男物でフリル付きとかニッチにもほどがあるぞ」
「だってあったんやもの。仕方ないことおす。な、澪?」
「ん。絶対似合う」
 こくこく頷く澪。香墨が顔を真っ赤にし、湯着で顔を隠す。悪戯盛りの妹達。これを無碍にするのもなぁ、と雹は仕方なく折れた。
「仕方ない。まぁ、泥湯ならそんなに見えないだろうし。いいよ、それで」
「やった!」
「……楽しみ」
 妹達のハイタッチに苦笑いする雹。早速浴場へ向かう妹達に彼は声を張った。
「はしゃぎすぎて転ばないようにね!」

 その後、ゆったりとした時間が浴場に流れる。澪は香墨の背中を流し、湯着から薄く見える傷口に痛々しさを感じた。だが香墨は振り返らず、俯いたままだ。
「澪や精霊達が。頑張ってるのは、オフィスの報告書で読んできた。……旅しているあいだ。任せっきりにしちゃったから……ありがとう」
「ううん、平気。香墨がいないのはちょっと寂しいけど。こうして会えて、元気だってわかったから。それ以上望むことなんて、ない」
「でも。もうすぐ戻るから。もうちょっとだけ。……やっぱり心配だから」
 香墨にも思うことが多くあるのだろう。その視線の先は自身の爪先。まだ彼女の旅路は続いている。
「わかった。でも絶対無事で帰ってきて。約束」
「ん、約束」
 その時、聴きなれた声が響いた。
『んー、そろそろ疲れてきたかねェ、白樺?』
「うん、楽しいけどたっぷり汗かいたの。そろそろお部屋に戻ろ?」
 ローザと白樺が温泉をすっかり堪能したらしく、手を繋いで洗い場にやってきた。
 そこで全員が目を丸くする。
「え、ローザと白樺……も?」
 香墨が声を漏らすと澪が微笑む。
「ふたりも来てたの。よかった、私も家族と一緒。あと、香墨とも会えた」
「あ、香墨、久しぶりなの! 元気そうで良かったの!」
 にっこり笑って香墨の手を包み込むように握る白樺。香墨の顔がほんのり赤く染まり、小声で返事をした。
「……白樺、元気で良かった」
 澪達の後ろから静玖と雹も顔を出す。
「ん、また澪のお友達かな?」
「えと、こちらのローザは帝国の自然精霊。女性としても剣術家としても尊敬してる。白樺は依頼で一緒になる機会が多い戦友」
「そうか、俺は澪の兄の雹。澪と仲良くしてくれてありがとうございます。照れ屋な妹ですがこれからもよろしくお願いします」
『ああ、いいんだよ。そんな畏まらなくて。アタシこそ何度、澪や白樺や香墨に助けてもらったことか。それにしても嬉しいね。香墨が元気な上に、澪の家族にも会えるなんてさ!』
「そうなの、お友達の輪が広がった気がするの!」
 そう言って笑いあう一行。夕餉までまだ時間がある。もう少し温泉を楽しむのも悪くない。


●楽しき夕餉

 カズマは浴衣をヘルヴェルに着付けし直してもらうと、準備されたお膳の前に腰を下ろした。
「これは山菜と川魚の揚げ物をメインに、鍋ものと小鉢料理5点、デザートに果物。後は山菜の炊き込みご飯とお茶ですね」
「へえ、随分と豪勢じゃないか」
 ヘルヴェルがカズマの隣に自分のお膳を並べ、カズマの箸を手に取る。
「カズマさん、その手と目ではまだご飯を食べづらいですよね? あーんしてください。特に魚は先に身をほぐしておきますよ」
「はいはい。健全な再生には十分な食事と休息が大事だからね。ゆっくり堪能させてもらいますよっと」
 さすがのカズマも熱々の鍋物や落としたら壊れそうな小鉢に格闘するつもりはないらしい。友人の手を借りて食事をする。
 ヘルヴェルはそんな彼の食欲に深く安堵した。飲食こそ心が生を欲している証なのだから。
 やがて空になったお膳が下がると、ヘルヴェルは自室へ戻ることにした。
「あの、身体が痛くなったり辛くなったら壁を叩いてください。私はこちらの壁に布団を寄せて休みますから」
 すると布団で横になったカズマが「助かる」と苦く笑って目を閉じる。どうか穏やかな夜となるよう……ヘルヴェルは灯を消して祈った。

 その頃、ネフィリアは次々と夕餉の食器を空にしていた。まずは料理を見つめ、香りを楽しみ、具材をメモし、味を見極める。
「全種類二周制覇が目標だよ! しっかり味わって楽しまなきゃね♪ はぁ~、それにしても山菜料理美味しい~♪ 作り方習って帰ろうかな? かな? 山に自生している野菜がご馳走になるなんて面白いし!」
「……ん、おいしい。ネフィ姉様のご飯には負けるけど、でもおいしい」
 幸いブリスの口にもあったのだろう。もぐもぐ食べるブリスにネフィリアが天ぷらを差し出す。
「ブリスちゃん、これ美味しいよ♪ はい、あーん♪」
「……おいしい。さくさくしてる」
「だよねー。小麦粉を薄ーくつけてさっと揚げるとこうなるんだ。しかも山菜の味がじゅわーって広がるの!」
「それじゃ、ブリスも姉様にも食べさせてあげる。あ~ん……」
 今度はネフィリアの口に自分の天ぷらを差し出すブリス。軽やかな触感に思わずふたりとも微笑んでしまう。
「今度家に帰ったらみんなに山菜料理食べさせたいな~。美味しくて健康に良いなんていいよね~!」
「ん、その時はブリスも手伝う」
 仲良し姉妹の料理談義はそれ以降もずっと続いたとかなんとか。

 その頃、温泉を満喫したリューリ・ハルマ(ka0502)とアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は浴衣姿でツインルームに入った。
「本当にピカピカで良かったよ~、温泉! 泥湯は汚れが目立ちやすいと聞いたことあるけど、浄化や掃除を丁寧にしているのかな? スープの中にいるみたいで面白かった!」
 リューリが満足そうに両腕を動かす。アルトも「ん」とクールな顔を珍しく微笑ませた。
「ここのところ戦ってばかりだからたまにはこういったところで疲れをとらないとな。……っと、リューリちゃん、パンフレットによるとどうやら温泉には疲労回復と筋肉痛の改善といった効果があったみたいだ。あとはしっかり食べて休んでゆったり身体をほぐして体中の疲れを出してしまいたいものだね」
「だねー! これからアルトちゃんとプチ女子会っ♪ ワクワクしちゃう」
 無邪気に喜ぶリューリに「僕もだよ」と頷くアルト。この親友の前なら本当の自分を見せられる。その事が一騎当千の戦士たるアルトの心を解してくれる。
 さて、部屋を見回してみれば。室内は発展途上で、座椅子と少し洒落た意匠のミニテーブルが窓際に配置されている以外に華美なものはない。部屋の中央に置かれた机や座布団はごくありふれたシンプルなものだ。
 しかし大きめの清潔感あふれる布団が用意されていることにアルトが安心する。
(リューリちゃんはお酒、そんなに強くなかったはず。部屋で呑めるのは安全だな、酔いつぶれても大丈夫だ)
「うんうん、広くてお布団も大きいし。万が一ご飯食べてからゴロンしちゃっても大丈夫だね!」
「そうだね、気疲れせずに過ごせそう。あ、テーブルに何か紙がある」
「ほんとだ。……あ、アルトちゃん! お酒の注文書だ! 折角だから飲もう、温泉と料理とお酒って組み合わせは最高だよね!」
「うん。身体が火照っているうちの冷酒もいいし、冷えてきた頃に熱いのを一杯やるのもいい。あ、しかもこれは産地がドワーフ領じゃないか。味は保証されてるよ、リューリちゃん」
「わわー、それじゃあ早速注文だよ!」
 ――それから数分後、向かい合うふたりの間に夕餉と酒が並んだ。
「山菜のご飯とお酒……天ぷらもあるし、これはたまらないね」
 早速猪口に熱燗を注ぎ、口に含むアルト。熱を孕んだ息を吐きつつ、まずは天ぷらを塩で楽しむ。
「いいなあ、アルトちゃんはお酒強くて。私、お酒に弱いから」
「でもリューリちゃんは料理が上手じゃないか。自分の食べたい物をすぐに作れるのって凄いことだよ」
「でもお酒も好きなのに、沢山呑めないのって悲しいよ。アルトちゃんが羨ましいよー!」
 眉尻だけ下げて笑うリューリ。酒が飲めなくとも小鉢をつつくたびに「あ、これ初めての味」とか「この山菜、漬けるとこんなに美味しくなるんだ~! 今度真似してみよう」と楽しむその姿をアルトはほのぼのと眺めつつ、酒を呑む。
 そんな中でリューリは茶を一服飲み干すと「うーん」と考え込んだ。
「山菜料理とお酒って相性が良いから、料理も推したらお客さんが増えるんじゃないかな。この辺りの地域の料理と組み合わせたら名物料理にもなってグルメ目的の人も来るようになると思うんだよね」
「うん、じゃが芋以外にも美味しいものがあるって知名度が高くなれば富裕層の利用者も増えるんじゃないかな」
「よーし、それじゃ他のメニューも試してみよう! ご当地料理って結構面白いんだよねぇ」
 会話が進むにつれて積み重なっていく皿。アルトは旨い酒を合間合間に呑んで、親友と心置きなく喋ることで日ごろの疲れが消えていくのを感じた。やはりドワーフ領は酒の名産地だと思いながら。
 その反面、食が進むにつれて飲酒量が増えてきたリューリは。
「飲み過ぎないように注意注意……あまり飲み過ぎちゃうと寝ちゃうもん……」
 空になったお膳の前でそう呟きながらくったりと頭を垂れた。規則正しくも心地よさそうな吐息が聞こえてくる。
「リューリちゃん、リューリちゃん? ああ、寝ちゃったか。……心配しないで、布団に連れていくからね」
 アルトはリューリを抱き上げるとそっと布団に横たわらせ、掛布団を肩まで掛けた。
 ――こうしてアルトは部屋の灯を消すと、カーテンだけ開けて月明かりの下で最後の酒を啜る。温かい酒はまるで親友の手のぬくもりのよう。
(……戦いはこれからも激化していくだろう。次にこんな機会がいつ取れるかもわからない。せめてこの時間を十分に堪能させてもらおう。そしていつかまた、リューリちゃんとこのような時間が得られたら……いいな)

 時同じくして。澪、静玖、雹、香墨、白樺、ローザの6人は同じ部屋に宿泊することになった。
 とはいえローザは光の精霊。夜ともなれば力が弱まり、自分のお膳を供え物として吸収するとそのまま窓際のミニテーブルで顔を俯かせる。
「ね、ローザ。良かったらこれをお供えさせて? 一緒に食べてる感じになりたいの」
 白樺が小鉢を差し出すとローザは力なく微笑む。
『ん、アタシは大丈夫。アンタは食べ盛りなんだからしっかり食べなきゃ……ダメだよ……』
 そう言ってローザは月明かりの下で音もなく姿を消した。青ざめた白樺が慌ててミニテーブルの周辺を探し回る。
「大丈夫、白樺。ローザは光が弱い時や消えた時に眠りにつくだけ。朝になればまた帰って来る」
 バレンタインデーの夜にローザが姿を消す瞬間を見た澪が言う。すると白樺はぺたんと座り込んだ。
「……ありがと、澪。でも夜も皆で楽しくお話ししたかったの……」
 残念そうに呟く白樺。その声に同室の仲間達は次々と頷いた。


●夜の痛みと朝焼けの空

 ヘルヴェルが浅い眠りについていた深夜。トン、とか細い音が隣室から響いてきた。
(カズマさん、まさか傷が!?)
 すぐさまカズマの部屋へ直行するヘルヴェル。扉を開けるとカズマが布団に横たわったまま壁に手を伸ばしていた。
「どうしました、カズマさん!?」
「……ヘル、すまない。今晩だけ傍にいてもらえないか」
 灯を消した部屋では満足に物が見えないのだろう。ヘルヴェルの顔と違う方向を見つめ、彼は声を絞り出すように言う。
「くっ、どうして……」
(ああ、あの方の夢を……)
 カズマの呻きに胸を傷めるヘルヴェル。そこで彼を抱きしめ声を紡いだ。
「胸、貸しますよ? 今なら誰も見ていませんから、辛い気持ちは遠慮なく吐き出して。私の心に封じますから……」
 だがカズマはヘルヴェルの腕の中で息を整え、静かに目を瞑る。
(まだ言葉にするには早い、ですか。でもカズマさんの心が少しでも安らぎますように。私だって居所ぐらいにはなれますから)
 ヘルヴェルはカズマの額を優しく撫でると彼に布団をかけ直し、カーテンの隙間から覗く月を見上げた。

 同じ頃、アルマとフリーデは同じ布団の中にあった。とはいえ、ふたりともきちんと浴衣を着て抱き合っているだけという清らかさだ。
 そのきっかけは「……フリーデお姉さん、一緒に寝ていいです?」とアルマが甘えてきたこと。「ぎゅってくっついてたら、その間はどこにも行かないですー」と子供のように手を広げるアルマに、フリーデが『そ、それぐらいなら』と応えてしまったのだ。
 だが、ここまで距離が近いと相手の匂いを感じる。その匂いに(ああ、やはり男なのだな)とフリーデは思った。ハーブの匂いがする洗いたての髪の香りと、ほんのり漂うやわらかな汗の匂い。
 一方、自分には匂いがない。信仰の力で集められた風のマテリアルの塊なのだから。それに掛け値なしの感情をぶつけてくれる彼がただただ愛しい。
(私は英雄フリーデリーケを模しただけの存在。信仰を失い力を使い果たせば消える。それなのに……)
 冷たい右手と温かい左手が強く抱いてくれる。そうされることでフリーデは自分の存在を認識できる。そして同時に自分の弱い心も自覚してしまう。
(まだ私はここに居ていいのだよな?)
 フリーデはそう心の内で問いかけると、彼を離さないよう大きな腕で抱き返した。

 そして時は早朝。白樺はカーテンから細い陽が射しているのを見ると、そっと部屋を抜け出した。
(綺麗な朝焼け。朝焼けの光って曙光っていうんだよね)
 もしかしたらと彼は駆ける。屋上に繋がる階段を昇り、扉を開けば――ああ、いた。
 純白のドレスが似合うのに、いつも言葉が乱暴で気が強くてお節介で……でも優しいあの精霊が。
『すまないね、昨日は心配させてしまって』
「ううん、平気なの。今、傍にいてくれるから。……あのね? ローザはいらないっていうかもしれないけど、シロの信仰はローザのもの。シロの力はローザのもの。シロの全部がローザのもの……悲しい想いにさせたりなんてしないの。独りになんてしない。何度いなくなったって探す。絶対に見つける。……ずっと傍にいるよ」
『……ありがと。それじゃあアタシもアンタの傍にいるよ。アンタがいい男になるのが楽しみだからね』
 ふふ、と笑って白樺の額に自分の額を押し付けるローザ。まだふたりの身長差はあるけれど……いつか、きっと。


●帰投

 ホワイトデー翌日。次々と感想や要望書を焔に渡しハンター達が帰る中、アデリシアが温泉街の垂れ幕を見てため息を吐いた。
「ところであのキャッチフレーズを考えたのはどなたなのでしょう。客入りが少ないのはそのせいなのでは?」
 そこにはピンク色の大文字で『ホワイトデーは白くてドロドロねっとりとした温泉で!』と書いてある。
「あー。たしかにあれはヒくかもねー。なんか汚い感じ」
 容赦ないアデリシアとアルラウネの声にビクビクっと震える焔。
 結局客入りの少なさはキャッチを考えた者の偏った語彙に原因があったのではと菊理が結論付ける。
「つまり、えっちなことを意識し続けているとそれが考え方の基準になるってこと?」
 そんなざくろの声に焔が真理を悟る。健全化のため温泉や夜の監視に力を入れ過ぎたがゆえに、焔はエロスの深淵に呑み込まれたのだ。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているように。
『くっ!』
 焔は走り去った。おそらくマグマの激流の中で邪念を祓うつもりなのだろう。
 だがアデリシアはその件を全く気にせず誰かに向けて言った。
「え、私達が湯上り時よりもスッキリしていると? 何もありませんよ、普通に温泉とお食事によるものでしょう。ええ、それだけですとも。ね、ざくろさん?」
「そうだね。よく寝たし……ね」
 女性陣とは逆に何故かやつれているざくろ。――その理由は永遠の秘密にしておこう。

 最後にこの街を去るカズマはヘルヴェルにこう告げた。
「悪くない旅だった。詳細に報告することで温泉街の周知に協力しようか」
「ええ。そういたしましょう」
 ヘルヴェルはカズマと共に転移門を潜る。その時、後ろから聞こえた「ありがとな」の囁きに静かに微笑んだ。

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    龍崎・カズマ(ka0178
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • 爆乳爆弾
    フローレンス・レインフォード(ka0443
    エルフ|23才|女性|聖導士
  • 爆炎を超えし者
    ネフィリア・レインフォード(ka0444
    エルフ|14才|女性|霊闘士
  • ヤンデレ☆ブリス
    ブリス・レインフォード(ka0445
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • 元気な墓守猫
    リューリ・ハルマ(ka0502
    エルフ|20才|女性|霊闘士
  • 戦神の加護
    アデリシア・R・時音(ka0746
    人間(紅)|26才|女性|聖導士
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 誰が為の祈り
    コウ(ka3233
    人間(紅)|13才|男性|疾影士
  • 黒髪の機導師
    白山 菊理(ka4305
    人間(蒼)|20才|女性|機導師
  • 曙光とともに煌めく白花
    白樺(ka4596
    人間(紅)|18才|男性|聖導士
  • 絆を繋ぐ
    ヘルヴェル(ka4784
    人間(紅)|20才|女性|闘狩人
  • 甘えん坊な奥さん
    アルラウネ(ka4841
    エルフ|24才|女性|舞刀士
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • 胃痛領主
    メンカル(ka5338
    人間(紅)|26才|男性|疾影士
  • 無くした過去に背を向けて
    イルミナ(ka5759
    エルフ|17才|女性|猟撃士
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 陽と月の舞
    雹(ka5978
    鬼|16才|男性|格闘士
  • 機知の藍花
    静玖(ka5980
    鬼|11才|女性|符術師
  • 比翼連理―瞳―
    澪(ka6002
    鬼|12才|女性|舞刀士
  • 比翼連理―翼―
    濡羽 香墨(ka6760
    鬼|16才|女性|聖導士
  • 何時だってお傍に
    時音 リンゴ(ka7349
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2019/03/19 22:11:41