ゲスト
(ka0000)
【幻想】虚中の真
マスター:電気石八生

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/03/23 07:30
- 完成日
- 2019/03/27 17:16
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●錠
怠惰ゴヴニアの“訪問”により、思わぬ綻びを露わとした辺境部族会議。
しかし、ハンターたちの流血なき仲裁により、綻びは繕われた。
その中でバタルトゥ・オイマトが提唱し、ファリフ・スコール以下多数の部族に支持された新たな方針は、アフンルパルへの非干渉。
警戒と監視を強めつつ、内に封じられた新怠惰王オーロラ討伐の手段が得られるまでけして手を出さぬことが定められ、部族会議は気まずさを残しながらも一応の結束を取り戻した――そう思われた、矢先。
アフンルパル監視の任に向かった部族の戦士たちが、森の内であるものを見つけたのだ。
それは複雑な文様が浮き彫られた黄金の錠。
傍らに立つ黄鉄の怠惰ゴヴニアは、戦士らに笑みかける。
「此は鍵穴。今は解かれても封じられてもおらぬが、オーロラの封と関わりを持つ。いかにするやは、汝(なれ)ら次第よ」
怠惰は手にしていたものを戦士たちの足元へ放った。錠と同じ文様で飾られた黄金の鍵をだ。
「我が約定を結んだは先の怠惰王。新たな怠惰王に少々の義理こそあれ、情は持ち合わせておらぬ。ゆえにオーロラとの因縁深き汝らへ此の鍵を託そう。しかしてこの先、錠は守護者により守られることとなる。汝らがなにを選ぶとて、ゆめ備えを怠ることなきよう」
戦士たちはすぐにその報と鍵とを持ち帰ったが、当然のごとくに会議の場は大きく揺れ動くこととなる。
なぜならば、それをもたらしたものがゴヴニアであり、さらにそれを持ち帰ったのがバタルトゥ・ファリフ主導を快く思わぬ反対派に属する部族の者たちだったからだ。
怠惰の言葉など信じられるものか。とはいえあの怠惰はオーロラに忠誠を誓ってはおらぬようだ。いやいや、怠惰としての企みあっての接触だ。しかし本当に封印を強められるのであれば一考に値しよう。それより、話を持ちかけられたが反対派というのは臭わぬか。然り、然り。否、否……
ファリフは再び親派と反対派に分かれようとする部族長たちをなだめ、ひとつの決を下した。
この鍵を情報と共にハンターズソサエティへ託す。
ある意味で逃げを打ったとも言える判断だが、彼は自らの声望を落とすことよりも、部族会議の結束が乱されることを恐れたのだ。
果たして。
●カギ
「……お引き受けするわ。ソサエティとしても、アタシ個人としても、この状況で部族会議に荒れてもらうのは困るから」
ゲモ・ママは鍵を収めた箱を手にうなずいた。
「ママはどう見てるわけ?」
帰路、ママの護衛として同行している天王洲レヲナが問い。
「嘘もほんとも半々ってとこね。ううん、アフンルパルの鍵だとは思ってねぇわ。ゴヴニアがどのくらいの力持ってるか知らないけど、精霊に匹敵するはずねぇからね。ただ」
応えたママは眉根をひそめ、不本意な顔で続ける。
「この鍵には別のなにかがある。多分、オーロラと戦わなくちゃいけないアタシたちにとって重要なカギになるなにかがね」
この言葉にレヲナは「そうだね」、うなずいた。
黙示騎士シュレディンガーの傀儡として“獅子鬼”なるCAMに繋がれたレヲナを救ったのはハンターの尽力と、ゴヴニアがしかけてくれた解除手段のおかげだ。
それは好意などというものではあるまいが、あの怠惰は自らにフェアであることを課しているようだ。だからといって、わかりやすいヒントをくれることもないのだが。
「でもほんと、そんなことしてゴヴニアになんの得があるんだろ」
「そればっかりはわかんねぇわね。ま、思いついたら教えてちょうだい。いい推論くれたらご褒美あげるから」
「じゃあお店のお昼営業やりたい! ボク喫茶店とかしてみたかったんだー」
ちなみにレヲナ、仕事で動いていないときは、ママが経営するバー『二郎』の従業員として働いている。彼が作るスイーツは好評で、ただでさえママの料理が売りの二郎は今、ほとんどの客が夜営業メインのレストランだと思い込んでいる始末なのだった。
「オッケーよぉ」
かるく返事をしておいて、ママは思いを巡らせた。
鍵をどうするか決める前に、錠をキープしておく必要がある。
錠につくという守護者はゴヴニア自身か、もしくはゴヴニアの造った雑魔だろうから、全力でこれを撃破して。
部族会議の騒ぎがとりあえず収まってくれたのは大きいわね。おかげでアタシたちは錠と鍵に集中できる。背中気にしながらじゃ、すっごく難しいことになってたとこだわ。
●虚中の真
怠惰ゴヴニアは、自らが造り上げた守護者の1体の内に錠を収め、固定した。
とはいえ、封じることはしない。追ってくるだろうハンターに見つけさせなければ意味のないものだからだ。
「虚中の真と言うておこうか。彼の者ども、虚中へ踏み入るものか、真に蓋するものか」
いつものごとく、どちらが選ばれようと構わない。彼女にとっては、歪虚と人間のどちらへも平等に機会が配されていることが重要なのだから。
「我は天秤が傾くが先を見届けるばかりよ」
怠惰ゴヴニアの“訪問”により、思わぬ綻びを露わとした辺境部族会議。
しかし、ハンターたちの流血なき仲裁により、綻びは繕われた。
その中でバタルトゥ・オイマトが提唱し、ファリフ・スコール以下多数の部族に支持された新たな方針は、アフンルパルへの非干渉。
警戒と監視を強めつつ、内に封じられた新怠惰王オーロラ討伐の手段が得られるまでけして手を出さぬことが定められ、部族会議は気まずさを残しながらも一応の結束を取り戻した――そう思われた、矢先。
アフンルパル監視の任に向かった部族の戦士たちが、森の内であるものを見つけたのだ。
それは複雑な文様が浮き彫られた黄金の錠。
傍らに立つ黄鉄の怠惰ゴヴニアは、戦士らに笑みかける。
「此は鍵穴。今は解かれても封じられてもおらぬが、オーロラの封と関わりを持つ。いかにするやは、汝(なれ)ら次第よ」
怠惰は手にしていたものを戦士たちの足元へ放った。錠と同じ文様で飾られた黄金の鍵をだ。
「我が約定を結んだは先の怠惰王。新たな怠惰王に少々の義理こそあれ、情は持ち合わせておらぬ。ゆえにオーロラとの因縁深き汝らへ此の鍵を託そう。しかしてこの先、錠は守護者により守られることとなる。汝らがなにを選ぶとて、ゆめ備えを怠ることなきよう」
戦士たちはすぐにその報と鍵とを持ち帰ったが、当然のごとくに会議の場は大きく揺れ動くこととなる。
なぜならば、それをもたらしたものがゴヴニアであり、さらにそれを持ち帰ったのがバタルトゥ・ファリフ主導を快く思わぬ反対派に属する部族の者たちだったからだ。
怠惰の言葉など信じられるものか。とはいえあの怠惰はオーロラに忠誠を誓ってはおらぬようだ。いやいや、怠惰としての企みあっての接触だ。しかし本当に封印を強められるのであれば一考に値しよう。それより、話を持ちかけられたが反対派というのは臭わぬか。然り、然り。否、否……
ファリフは再び親派と反対派に分かれようとする部族長たちをなだめ、ひとつの決を下した。
この鍵を情報と共にハンターズソサエティへ託す。
ある意味で逃げを打ったとも言える判断だが、彼は自らの声望を落とすことよりも、部族会議の結束が乱されることを恐れたのだ。
果たして。
●カギ
「……お引き受けするわ。ソサエティとしても、アタシ個人としても、この状況で部族会議に荒れてもらうのは困るから」
ゲモ・ママは鍵を収めた箱を手にうなずいた。
「ママはどう見てるわけ?」
帰路、ママの護衛として同行している天王洲レヲナが問い。
「嘘もほんとも半々ってとこね。ううん、アフンルパルの鍵だとは思ってねぇわ。ゴヴニアがどのくらいの力持ってるか知らないけど、精霊に匹敵するはずねぇからね。ただ」
応えたママは眉根をひそめ、不本意な顔で続ける。
「この鍵には別のなにかがある。多分、オーロラと戦わなくちゃいけないアタシたちにとって重要なカギになるなにかがね」
この言葉にレヲナは「そうだね」、うなずいた。
黙示騎士シュレディンガーの傀儡として“獅子鬼”なるCAMに繋がれたレヲナを救ったのはハンターの尽力と、ゴヴニアがしかけてくれた解除手段のおかげだ。
それは好意などというものではあるまいが、あの怠惰は自らにフェアであることを課しているようだ。だからといって、わかりやすいヒントをくれることもないのだが。
「でもほんと、そんなことしてゴヴニアになんの得があるんだろ」
「そればっかりはわかんねぇわね。ま、思いついたら教えてちょうだい。いい推論くれたらご褒美あげるから」
「じゃあお店のお昼営業やりたい! ボク喫茶店とかしてみたかったんだー」
ちなみにレヲナ、仕事で動いていないときは、ママが経営するバー『二郎』の従業員として働いている。彼が作るスイーツは好評で、ただでさえママの料理が売りの二郎は今、ほとんどの客が夜営業メインのレストランだと思い込んでいる始末なのだった。
「オッケーよぉ」
かるく返事をしておいて、ママは思いを巡らせた。
鍵をどうするか決める前に、錠をキープしておく必要がある。
錠につくという守護者はゴヴニア自身か、もしくはゴヴニアの造った雑魔だろうから、全力でこれを撃破して。
部族会議の騒ぎがとりあえず収まってくれたのは大きいわね。おかげでアタシたちは錠と鍵に集中できる。背中気にしながらじゃ、すっごく難しいことになってたとこだわ。
●虚中の真
怠惰ゴヴニアは、自らが造り上げた守護者の1体の内に錠を収め、固定した。
とはいえ、封じることはしない。追ってくるだろうハンターに見つけさせなければ意味のないものだからだ。
「虚中の真と言うておこうか。彼の者ども、虚中へ踏み入るものか、真に蓋するものか」
いつものごとく、どちらが選ばれようと構わない。彼女にとっては、歪虚と人間のどちらへも平等に機会が配されていることが重要なのだから。
「我は天秤が傾くが先を見届けるばかりよ」
リプレイ本文
●守護者
「来やったか」
“愚者の黄金”とも呼ばれる黄鉄の依代に宿った怠惰ゴヴニアは、森を抜けてきたハンターたちに金眼を向け、ギチと口の端を吊り上げた。
「さて、汝(なれ)らには錠を守りし守護者と争うてもらう。汝らが勝たば、錠をどうするも汝らの心のままよ」
ゴヴニアの後ろに控える3体の“守護者”が立ち上がった。R7エクスシア、ダインスレイブ、そしてオートソルジャー。大破した機体を金属で無理矢理に継ぎ接ぎ、拵えたゴーレムであるようだが、その動きは限りなくなめらかで力強い。
「言伝たとおり、此の場の規約は汝らが技と業とを十拍にひとつきりと制限することよ。邪魔が入るは本意ならぬがゆえ」
ゴヴニアの謎めいた言葉を、刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」“ルッ君”へ搭乗したゾファル・G・初火(ka4407)が『はん』と笑い飛ばし。
『小難しいこと言ってくれちゃってっけど、スキルの使用せーげんってことだろ? おもしれ~じゃん』
使えないわけではない以上、これというスキルを厳選して使い、思いきり叩きつければいい。そして彼女は、迷うことなくそれを決めていた。
『それにしてもよ、おつええ歪虚様が離間の計とか、台所事情かなりキビシー感じ?』
ついでに先の部族会議への介入を指して揶揄するが、これはひとつの情報戦だ。ゴヴニアと渡り合ってきた彼女は、この怠惰が舞台裏とはいえ事件の真ん中に姿を晒すような質でないことを知っているのだから。
「我は怠惰ゆえ面倒は好かぬ。少しばかりの義理を果たして面倒を避けたいばかりよ」
軽く言い返し、ゴヴニアが下がりかけた、そのとき。
「ゴヴニア、久しぶりだな」
メンカル(ka5338)が呼び止めた。
「仏頂面か。息災の様子、重畳よな」
メンカルの顔を指して言う怠惰に、メンカルは深く頭を下げて。
「獅子鬼の件では世話になった」
そのままの姿勢で、言葉を継ぐ。
「おまえが残す必要のない救いの糸を残してくれたおかげで、ひとり殺さずに済んだ。感謝する」
ハンターとして第二の人生を歩み出した強化人間、天王洲レヲナ。
黙示騎士の傀儡とされ、意思なき体をCAMへと繋がれてハンターと戦うこととなった彼を引き戻せたのは、ゴヴニアがあえて残した“結び目”あればこそである。
「縁はあまねくものへ等しく結ばれるもの。どこぞへ偏りあらば、其は正されねばならぬ」
それだけを応え、今度こそゴヴニアは下がった。腕を組んで立ち並ぶ木々の一本に背を預け、自らがこの戦いに手を出すつもりがないことを示す。
「あいかわらずひねくれてますね! 素直じゃない子は嫌われちゃいますからねー!」
ぶーっと唇を尖らせてみせたのは百鬼 一夏(ka7308)だ。
オーロラを巡る事変に深く関わりきた彼女は、影で動き続けるゴヴニアともその都度対してきた。だからこそ、思うのだ。この鍵も錠も、私たちを陥れるだけのものじゃないんですよね。信用なんてしてあげませんけど、あなたは嘘をつかない怠惰ですからそうなんじゃないかなって思ってあげます!
腰を据え、それぞれに攻撃の準備を始めた守護者へ駆けるリュー・グランフェスト(ka2419)は、すがめた目の端で単独行動を開始したオートソルジャーを一瞥し、視線をもぎ離した。
俺の仕事はおまえを追いかけることじゃない。おまえを追いかける仲間の足を止めさせないことだ。
全力で戦えないのはもどかしいな。
こちらは一夏と連動し、オートソルジャーへ向かうアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)。
スキルを重ねて自らを疾風ならぬ疾焔と化し、瞬倒を為すが彼女の基本戦術だ。それを封じられたとてその能力をもってすれば十二分に戦えようが、まったくもって「もどかしい」。
不本意だが付き合ってやる。なにかよくないことが起きるにしても、余力があるうちに判明させられれば対抗策も練れるだろう。それに。
やらずに後悔するよりは、やって後悔したいところだからな。
レイア・アローネ(ka4082)は魔導剣「カオスウィース」を抜き放つ中、未だ名前のついていない相棒のポロウへ指示を出す。
……名づけをつい遅らせてしまうのは私の悪い癖だな。この戦いが終わったら、忘れずにつけてやらねば。
と。彼女は意識をリューの向こうに在るダインスレイブに集中させた。
鍵と錠をどうするか。答はすでに決まっているが、今は眼前の敵を討つが先だ。
力強く地を蹴って敵へ向かうレイアの目に、迷いの濁りはなかった。
●交戦
ダインスレイブの滑空砲が徹甲弾を撃ち出した。
守りの構えを取ったリューは、砲弾軌道の下へくぐってこれをやり過ごし、「ミケ!」。
みゃっ! 木肌をちぎって行き過ぎる弾の向こうから、相棒たるユグディラが応える。互いに射線に対して一直線にならぬよう心がけていたが、ミケは複合楽器「バンドリオン」を抱えての前進だ。リュー以上に読みが必要となる。
――なんでダインスレイブなのか、理由はわかった。森の中で動かなくていいからだ。だったら!
連続砲撃をスライディングで抜けて、前へ一転。横の木を蹴って軌道を変えて、さらに一転して体を引き起こしたリューは赤光を引いて加速。ダインスレイブへ肉迫する。
俺が動いて動いて動いて、おまえを討てばいい!!
「行くぜ!!」
構えを解いたリューは、手にした剛刀「大輪一文字」の刀身にマテリアルを点火させ、篝火の紋章を高く燃え上がらせた。
ここからなら、普通に踏み込めば刃が届く。我が身の守りを攻め抜く覚悟に変え、リューは剛刀を八相に掲げて踏み出した。
瞬脚を発動させてダインスレイブを目ざすレイア。
リューが敵の砲撃を引きつけてくれたおかげで、それほど遅れずにすんだのは幸いだ。全力移動を重ね、同じタイミングで間合に到達することができた。
連れてきてもらった礼は攻めでしなければなるまいな。
ポロウが惑わすホーを展開したのを確かめ、魔導剣を霞に構えて突撃。ゴーレム相手に幻惑効果がどれほど期待できるか知れないが、やれることはすべてやる。
「リュー、ポロウの惑わすホーの範囲を意識しろ! 技を限定されている今、連携は不可欠だからな!」
返ってきた短い肯定を追い、一気にダインスレイブの足元にまで跳び込んだレイアは魔導剣の切っ先を足首目がけて突き込んだ――硬い!
蹴り返しにきた足を、剣の柄頭で叩いて反動をつけ、転がりよけた彼女は止めていた息を吐き出す。なるほど、攻め込まれても動かずにすむよう、硬度を上げているのか。
こちらを向いた砲口から離脱するのではなく、踏み込んで追い抜いて、レイアは口の端をぎちりと吊り上げた。
どれほど硬かろうと、砕けるまで斬ればいいだけのことだ。
『行くぜルッ君!! 君の力を見せてもらうじゃん!!』
ダインスレイブへ攻めかかるリューとレイアの逆から跳び込んできたのは、ゾファルの駆るルッ君である。人機一体で自らと刻騎ゴーレムとを繋ぎ、いや増した力で強引に森を押し渡って来た。移動に制限こそ受けてはいたが、それでも普通に木々の間をすり抜けてくるよりはずいぶん早い。
『こっち見ろじゃーん!!』
まっすぐ踏み込み、ダインスレイブの肩口へ斬艦刀「天翼」の袈裟斬りを叩きつけた。
木々の密集により、刀を思いきり振るうことはできない。が、ゾファルはルッ君の上体をひねらせ、その捻れを乗せた縦振りで斬撃の威力を増していた。もちろん考えているわけではなく、喧嘩屋としての本能が為して成した最適解である。
砲を守って腕で受けたダインスレイブは、斬艦刀を押し退けながらルッ君へ砲口を振り込み、そのまま撃ち放した。
ゼロ距離砲撃を受けたルッ君だが、アームフレーム「エヴァイユ」を重ねて装備した腕でそれをいなし、さらには流す勢いに乗ってその身を反転させ。
『――こっちの腕も硬ぇじゃん?』
ダインスレイブの視界をその身で塞ぎ、斬艦刀を突き返した。
ナイトカーテンを張って自らを隠し、メンカルはオートソルジャーを追う。
上空にはポロウの“エーギル”が付き従い、ダインスレイブの射線から身をかわしつつ惑わすホーを展開、メンカルの守りを厚くする。
木々の間を駆けながら、チィと小首を傾げるオートソルジャー。メンカルの位置を特定できていないのは明白だが……
オートソルジャーの背に増設された射出口から、小振りな球体がいくつもこぼれ落ちた。それらは着地して一拍、爆ぜとんで電離気体――プラズマをばらまく。
小サイズだけに威力も低めながら、数を利して広範囲に効果を及ぼすプラズマボム攻撃である。
移動阻害を受けないばかりか見えずとも関係なしか。
メンカルは両眼をすがめ、無音で体を横へと流した。
ダメージを負うことを厭いはしないが、プラズマで炙られれば、それをきっかけに認識されるかもしれない。移動力でオートソルジャーに劣る彼は、隠密を保って常に最短ルートをなぞる必要があるのだ。
『連動する』
アルトのささやきによる通信へ、トランシーバーをノックして応えたメンカルは投具「コウモリ」を引き抜き、構えた。
通信を終えたアルトは、ユキウサギ“ユスト”の紅水晶の光が押し退ける暗闇の先へすがめた赤眼を向け、わずかにその身を横へ傾げた。
一瞬の後、今までそこにあった彼女の残像を貫いて行き過ぎるマテリアル光。エクスシアのマテリアルライフルによる狙撃である。
あの機体には認識阻害が効いていないようだ。それに、ダインスレイブもそうだが長距離攻撃に徹することで行動の制限を最少に抑えるつもりだな。
オートソルジャーから漏れ出すマテリアルの肌触りと、ダインスレイブにまるでかまわずそれを支援し続けるエクスシアの様子から、錠というものがオートソルジャーの内にあることはまちがいあるまい。
アルトはユストに紅水晶の発動を指示した。灯があることはこちらの行動の制限を減らしてくれるし、敵にとっては目くらましともなる。できることなら、オートソルジャーの足を止める罠にもしたいところだが、それは欲張りすぎだろうか。
ともあれ。
「百鬼君、メンカル君のしかけに合わせて私たちも行くぞ」
後に続く一夏へ告げ、エクスシアを無視する形でオートソルジャーへ向かうアルト。
「了解です!」
元気いっぱいに応えた一夏は、灯火の水晶球を導きとし、聖拳「プロミネント・グリム」で鎧った両腕を振って加速した。
エクスシアの射撃は正確にして無比。できることならポロウ“瑠璃茉莉”の伝えるホーで視認したいところだが、今、感覚が瑠璃茉莉のそれに切り替わってしまえば、地上に在るオートソルジャーを攻められなくなる。
ちなみに現在、瑠璃茉莉は上空にて戦場の内外の監視を行っていた。惑わすホーはエーギルと重なってしまうので一旦温存し、ゴヴニアが言った「邪魔」の介入に備える構えである。
ひとりで寂しいだろうけどがんばってね! 頼りにしてるよ!
先に瑠璃茉莉へ告げた言葉を胸中で繰り返す一夏。うなずきながらもそっと目を逸らした瑠璃茉莉は、きっと主に感涙を見せたくなかったのだろう。うきうきと飛び立っていったように見えたのも同じ理由にちがいない。
「プラズマボムが来ます!!」
右へ跳んだアルトと逆方向へ跳んだ一夏は、着地する瞬間地を蹴り返し、前へ。爆ぜるプラズマを横目にオートソルジャーへ突撃する。
●了解
ダインスレイブの砲弾が森を裂いて飛び来たる。
風圧に押され、複合楽器を抱えてみぎゃーと転がったミケは、それでも森の宴の狂詩曲を奏でる四肢を止めることなく、レイアを支援し続けていた。
「感謝する!」
踏み出したレイアの身捧の腕輪がマテリアルの輝きを魔導剣へと注ぎ込み、ソウルエッジを顕現させた。物理防御に特化しているなら、魔法攻撃はそれなり以上に効いてくれるはず。それに、持続時間のあるソウルエッジならば、次の10秒でもうひとつのスキルを重ねることもできる。
ポロウがエクスシアの射線上に出入りして攻撃を誘うのを視界の端に映し、彼女は気合一閃、ダインスレイブの足元へと踏み込んだ。
「はっ!」
装甲の継ぎ目へ前進力と体重を乗せて切っ先を突き込み、金属がじょぐりと削げる手応えを感じる間もなく、アサルトライフル弾の雨を避けて飛び退く。
髪先ばかりでなく、法術装甲「転生照臨」の疑似法術刻印もそれなりに削られたが、衝撃以上のダメージはなんとか避けられたようだ。
『そっちばっか見てたらこーなるじゃん!?』
うつむいたダインスレイブの延髄へ、ルッ君が、こちらもソウルエッジで魔法強化した刃を押し当てた。叩くでもぶった斬るでもなく、下へ引き斬る。狭い間合を有効に活用した斬撃であった。
首を三割方断たれたダインスレイブだが、特に気にする様子もなくルッ君へ滑空砲を突きつける。
『びっくりもしねーのかよ! かわいくねーじゃん!』
と。レイアのポロウがあわてて羽ばたき、高度を上げた。その足下をマテリアル光が貫き、ルッ君を削る。
もちろんポロウは、魔法攻撃を惑わすホーで相殺する心づもりであった。しかし、相手が魔法スキルならぬ以上、その気概も空振りである。
「ポロウ、無理はするな!」
レイアはひとつところに留まることなく動き続け、下からダインスレイブを牽制する。
攻撃が通ることは知れた。ならばおまえは斬り倒せない巨木などではないということだ。
レイアの動きに合わせてポジショニングを変えながら、リューは冷静に守護者どもの間隔を測っていた。
オートソルジャーはただ回避しているだけのように見えるが、実際はほぼ動かないダインスレイブとエクスシアの十字砲火が受けられるよう、三角形のひとつの頂点を為している。
今はダインスレイブへこちらの戦力が偏り、十字砲火の形成を妨げているわけだが、それでもエクスシアをフリーにしておけば、オートソルジャーへ向かう仲間はいつか足を掬われることとなろう。
やるしかないか!
肚を据えたリューは、ダインスレイブの砲撃に突き放されたルッ君へ、魔導パイロットインカムを通して要請した。
「ダインスレイブの注意を今いるところに固定したい。エクスシアに自由に撃たせてるのはまずいからな」
「よくわかんねーけど了解じゃん!」
トランシーバーへ返し、ゾファルはルッ君に両腕を押し立てさせた。ゴーレムちゃん、俺様ちゃんと力比べじゃん?
『おおおおおおお!!』
撃ち込まれた砲弾を十字受けで止めて払い捨て、その反動で踏み出した足を起点に不退の駆を発動。ダインスレイブを弾いてその向こうにまで踏み抜ける。
打ち据えられた衝撃で重い機体のあちらこちらから金属片を散らし、難とかその場に踏みとどまったダインスレイブ。武装の照準をレイアからルッ君へと移したところで、がくん。足を揺らされ、再びバランスを崩す。
「よく見ろよ、ここだぜ!」
置き去ってきたダインスレイブのモニタアイへよく映るよう、リューは篝火灯る剛刀を掲げてみせた。
この火が消えるまでまだいくらかの時間がある。それを利し、ダインスレイブの足首を竜貫で突き抜いたのだ。機体自体の耐久力はともかく、繋ぎに使われた金属との接合部はそれなり以上のダメージを負っていた。
「釘づければいいんだな!?」
レイアもまた、ポロウと連携して上下からダインスレイブに攻撃をかける。移動力をいっぱいに使った一撃離脱で、傷ついた敵機の足をさらに痛めつけ、さらに振り向かせることで負担を強いて、確実にその効果を重ねていった。
「ミケ、俺に合わせて狂詩曲だ!」
相棒へ指示を送ったリューは、自らのポジションが狙いどおりの場に至ったことを確かめた。ここからなら、頭の先から尻尾の先まで行けるぜ!?
あえて超々重鞘「リミット・オーバー」に剛刀を収めて左へ佩いたリューは腰を据えて構え、呼気を噴いた。
●迷宮
メンカルの投具がオートソルジャーへ飛び、回避されたところからこの一幕は始まる。
あの奇襲をかわすのか、とは思わない。これまでの機動を見れば、敵が反応速度に特化していることは明白だからだ。
しかし、それゆえに武装はボム頼み、おそらくは装甲も薄いはず。
一手で足りないならば三手を重ねればいい。その内のひとつが功を奏すれば、続く四手めを当てられる。
「左だ!」
「はい!」
メンカルの声を受けて一夏がまっすぐ跳んだ。
しかしオートソルジャーはスペルスラスターを噴かしてそれを避けにかかる。距離からしても、一夏は追いつけない――そう思いきや。
メンカルの逆側から、一夏に先んじて回り込んでいたアルトがオートソルジャーの挙動を妨げた。
進路が限定されていれば、スキルを使わずとも十分に追いつける。
胸中でうそぶき、彼女が指先を伸べると。
その手に装着された鈎爪「飛蛇」が機構によって伸び出し、オートソルジャーの肩口へ噛みついた。
さあ、ここからが私の一手だ。
スラスターの推力で爪を振りほどこうとするオートソルジャーを、爪と手甲を繋ぐ縄を繰ってトローリングのごとくにいなし、引きずり、推力を一方向へ向けさせぬよう捌く。熟達した技によるエンタングルである。
果たして脱出をあきらめたオートソルジャーが背の射出口を開いた、そのとき。
「遅いですよ!!」
跳び込んできた一夏が地へ左のつま先を突き立てた。法術足甲「アルド・ロム」に鎧われた親指の付け根を絞り込んで強く躙り、その回転が生み出す遠心力に乗せて右の聖拳を、倒し込んだ上体ごと横へ振り抜く。
十全な体勢から繰り出された右のオーバーハンドフックは、メンカルとアルトの連動で回避力を奪われたオートソルジャーの顎先を正確に捕らえて、こくり。傾げさせた。
「落ちました!?」
思いきり倒した上体を引き起こす中で、オートソルジャーの挙動が止まったことを確かめた一夏だったが。
「離れろ!」
アルトの鋭い声を受けて反射的に側転し、間合を開けた。その直後。
ボギグジヂギ――プラズマが互いを喰らい合う耳障りな濁音が響き、3人の耳を痛めつけた。
「機械の意識を奪うのは無理か。弱点を突かなければ止められん」
眉根をしかめたメンカルにアルトはうなずき、言葉を返す。
「そのために、足を止める」
ユストが張った紅水晶陣を指し、アルトはその身に焔舞のオーラをまとい、自らの残像をその加速でかき消してオートソルジャーへと駆け出した。
「俺とアルトで奴を追い立てる。その間に準備を。――エーギル、惑わすホーを切らさないようにな!」
一夏と相棒に声をかけたメンカルは、ナイトカーテンをまとってアルトの軌跡を追う。
走るだけが勢子(せこ)の仕事じゃあない。
慎重に位置取り、アルトに進路を阻まれたオートソルジャーが身を転じた瞬間、その足へ投具を投げる。
アルトへの対応に気を取られていたオートソルジャーは足の甲を弾かれてつんのめった。それでも片手をついて宙返り、プラズマボムを撒く。
そこへエクスシアの支援射撃が飛んできたが、射線は大きく逸れ、オートソルジャーの逃走を助けるには至らない。
ユストが張る紅水晶陣までの距離を意識しつつ、一夏はエクスシアの牽制にかかっていた。
ポロウたちの惑わすホーで隠された戦場の中、動きながらエクスシアの射線を断つ。
たとえエクスシアに認識阻害が効いていなくとも、照準を塞がれた上に水晶球の灯をちらつかせられれば、撃ち損なう可能性も上がるはず。
遠すぎて攻撃できないのが悔しいところですけどね!
宙返りを打ったオートソルジャーの着地地点を測ったアルトは、撒かれたプラズマボムが起爆するよりも迅く散華ですべり抜け、オートソルジャーの左腕を試作法術刀「華焔」で撫で斬った。
片腕を飛ばされたオートソルジャーは錐揉み回転を打つが、その中で断たれた腕を取り戻し、切断部同士を繋げて十全を取り戻してみせる。
錠を収める本命の守護者だからか、たいした手妻を見せてくれるものだな。しかし。
鋭く身を翻したアルトが、今度こそ着地したオートソルジャーへ向かう。
それに合わせて横へ回ったメンカルが、胸の前に交差させた両手を引き開いた。手挟まれていた多数の投具が一斉に宙をはしり、オートソルジャー本体ばかりか踏み出す先、下がる先、かわす先まですべてを塞ぐ。
わかってるさ。おまえはこれもよけるんだろう。
メンカルの思いどおり、オートソルジャーはスラスターを噴かして上空へ逃げる。そこへ。
「間に合いましたよー!」
瑠璃茉莉からの合図を受けて戻ってきた一夏が青龍翔咬波で突き上げた。
スラスターを噴かしてこれを避けたオートソルジャーは、安全な着地地点を見極めて降り立った。しかし、その間にハンターたちは距離を詰めている。オートソルジャーは上空から降り来たるエーギルを払いのけ、追撃から遠ざかるべく駆け出して――迷宮へ捕らわれたことに気づいた。
●一閃
ここだ!
背に燃え立つ赤焔なびかせ、リューは踏み出した右足で文字どおりに地を穿ち、超々重鞘から剛刀を抜き打った。
当然のごとく、大刀の長刃を普通に引き抜けるはずはない。しかし彼は刀を前へ引くと同時に鞘を後ろへ押し投げ、さらに歩を超加速させるという荒技で不可能の「不」を斬り落としてみせたのだ。
果たして、鞘に蓄えられたマテリアルが刃へと塗り込められ、凄絶な“力”と化した刃はリューを芯として一閃、いや、噴き上げるマテリアルの赤を映した一焔を為し――ダインスレイブの傷ついた足首を、その先で膝撃ち姿勢をとるエクスシアが地についた片膝を突き抜いて。
「届いたぜ」
背中越し、片足を砕かれて膝をついたダインスレイブと、片膝を傷つけられて体勢を崩すエクスシアへ告げるリュー。
ひとつの戦いで一度しか使えない超々重鞘の特殊能力を乗せ、射程の限界を超えた先まで刃を突き抜いた、渾身の竜貫であった。
そしてリューは余韻を払って身を翻し、エクスシアへ駆ける。
「そっちの仕上げは頼む! それまで俺はこいつを抑えとくぜ!」
尻餅をつく形となったエクスシアがマテリアルライフルをこちらへ向けたが、かまわない。刃で燃えゆらぐ篝火を導きに、リューは地を強く蹴った。
ダインスレイブはちぎれた足首を地へ突き立て、無事な脚を曲げて調整しつつ立ち上がる。
「ただながめていると思うな」
その眼前に迫るレイアが魔導剣に換えて抜いた刀は、大精霊の力宿せし武具がひとつ、星神器「天羽羽斬」。
濡羽のごとくに輝く刀身へレイアのマテリアルが伝い、闘志の動と慈愛の静を織り重ねて刃をより美しく彩っていく。
共に戦う仲間をこれ以上傷つけさせはしない!
腰を据えることなく、レイアは跳ぶ。地を踏んではダインスレイブの四肢を傷つけるだけだ。そして首を断たれることにかまわなかったことを思えば、敵機の動力源となっている核は胴の内にあるのだろう。だから。
ダインスレイブの膝に足をかけて上へ跳び、腰部の隙間へつま先をねじりこんで体を固定。……元々険しい山中にて育ち、技を磨いてきた彼女である。無理矢理に足場を確保することには慣れていた。だからこそレイアは、その斬撃にすべてを込められる。
見切れるものなら見切ってみろ!
突き込まれたはずの切っ先は振り上げられており、振り上げられたはずの刃は斬り下ろされており、薙ぎ払われており、気がつけばやはり突き込まれて――ただ一度の攻めの中で無尽の剣閃を重ね、巨大な敵をも微塵に刻むオロチアラマサが、寸毫をもってダインスレイブの強靱な胴装甲を斬り砕いていた。
『あぶねーじゃん!』
後ろへよろめき、それでもレイアを打ち据えようとしたダインスレイブのハンマーパンチを掬い上げたのはルッ君の豪腕である。
「ありがとう、託した!」
言い残して跳び降りたレイアは、そのままエクスシアへと向かう。
ちぇー。マジで託されちまったじゃん?
苦笑しつつ、ゾファルはルッ君を突き進ませた。撃ち込まれる砲弾をかざした腕でブロックし、ソウルエッジをまとわせた斬艦刀を突き出す。
果たして砲身の一本がへし折れたダインスレイブだが、補助腕での高速再装填で無事な砲へ弾を込め、ゼロ距離から撃ち返した。
『――っ!!』
腹を抉られるルッ君。五臓を揺さぶる衝撃を奥歯で噛み殺し、ゾファルは弾かれた勢いで機体を巡らせた。ダインスレイブとすれちがってその斜め後ろまで踏み出せば、砲の射角から外れるばかりでなく、剥き出しの補助腕を間合に入れることとなる。
もらったぜ!
左右の補助腕へ引っかけるように差し込んだ斬艦刀を引き斬り、これを斬り落としたルッ君が、振り向きざまのガトリング斉射を押し退けて踏み込んで。
腹に空いた傷口へ、アームフレームと共に左腕を固めるKBシールド「エフティーア」をねじり込んだ。
『これで終わりじゃん!?』
思いきりの闘気を握り込んだ拳が真上へと撃ち出され、ちぎれかけた頭ごと核を噴き飛ばされたダインスレイブは、まっすぐに崩れ落ちて活動を停止した。
●王手
紅水晶を避けてオートソルジャーは駆ける。
人ならぬオートソルジャーに焦りこそなかったが、ここへ至るまでに幾度も攻撃を受けてきたこと、紅水晶の罠に追い込まれてきたことは事実だ。今のところ罠に絡め取られずにすんではいたが、支援射撃を受けることのできない状況が続けば、いつ足を止められるか知れたものではない。
と、その眼前を横切るユスト。
オートソルジャーは足を止め、ばら撒いたプラズマボムで迫る一夏とアルトごと押し退けた。メンカルはまだ自分に追いつけない。前方には紅水晶があり、踏み出すのは危険だ。しかし、あえてメンカルに迫っても、わずかにでも時間を稼がれては他のふたり……特にアルトに絡め取られる。
それはごくわずかな時を費やしただけの逡巡だ。プラズマの守りが消える前に踏み出せるほどの、まさに一瞬。
「捕まえましたよ……!」
計算不能。オートソルジャーは人のようにかぶりを振る。なぜ、敵がここにいる?
その問いを察したか、一夏はヒーリングポーションを飲み下した口の端を不敵に上げて。
「私!」
オートソルジャーの右腕に飛びつき、膂力と自重のすべてをかけて引き下ろしながら左足を斜め後ろへ払い。
「意外と!」
オートソルジャー自体が崩れる力を利して右腕を左腕で引き込みながら、右の肩口へ右腕を突き込んで押し込み。
「ガマン強いのでーっ!!」
彼女の体につまずくようにして跳ね上がったオートソルジャーを、頭部から一気に投げ落とした。
オートソルジャーどころか、柔能制剛を打った一夏すら知るまい。その技の型が、リアルブルーの極東に伝わる武術、柔道で“山嵐”と呼ばれる技に酷似していたことを。
支援は必要なかったようだな。
焔舞を閃かせたアルトは、その加速に置き去られて霞みゆく世界を踏み抜ける。
おそろしくゆっくりとオートソルジャーの背から落ちたプラズマボムを蹴り退けて空間を空け、腰を落として体を据えれば。吹き戻されるかのごとくに、彼女の姿がこの世界へと顕現する。
「もう少し転がっていろ」
上体を起こすオートソルジャーの片膝を法術刀で断ち斬ったアルトのまわりで円を描くプラズマに、彼女の軌跡をなぞるマテリアルの残滓が花弁のごとく吹き散った。
これだけの間で、敵の損傷した頭部は再生しつつある。斬れた脚も容易く繋がるのだろう。しかし、それをするには斬れた脚を手で掴み、切断面を合わせるという動作が必要となる。
そんな時間を与えてやると思うなよ。
彼女はふと上体を前へ折った。典雅な一礼にも見えたそれは、後方から飛び来る投具を迎えるためのもの。
投具の接近に気づいたオートソルジャーは片脚で跳ね起きようとするが、そのまま喉元を抉られ、倒れ込んだ。
隠密だけでなく、連携も奇襲の一端になるということだ。
メンカルはすがめた目でオートソルジャーの挙動を見据え、手に新たな投具を滑り落とす。
戦場を盤として考えるなら、このような戦いは詰め将棋となるだろう。ここまでサポートに徹し、盤面を整えてきたメンカルは、その手で詰みの一手を打ち込んだのだ。
まだだ。その詰みを損なわんよう、最後まで寄せ続ける。
胸中で唱え、あらためて心を研ぎ澄ませた彼は、エーギルへ未だ健在のエクスシアに注意するよう伝えて足を速めた。
●吐露
本命たるオートソルジャーが倒され、ダインスレイブの連動も失ったエクスシアに勝機は残されていなかった。
「行くぞ」
言い終えたときにはもう、アルトはエクスシアの足元をすり抜けており、その装甲を斬り裂いていた。
「繋ぎます!」
すでに瞬迅の構えを据えていた一夏の聖拳が機首を上げるように上向いてはしり、エクスシアの膝を抉る。心ならぬ関節部を砕かれた敵機はがくりと崩れ、動きを止めた。
『まだまだじゃーん!』
斬艦刀を諸手突き、エクスシアの胴の一点を突いたルッ君がさらに踏み込む。その一歩の内、刃をふわりと引きつけたルッ君は、踏み込む反動に乗せて、エクスシアの傷をさらなる一閃で薙ぎ払った。
「ふっ!」
魔導剣と星神器とを二刀流で構えたレイアが、上体をくの字に曲げたエクスシアへ体を伸び上がらせ。体を回してフォアハンドで剣、バックハンドで刀を傷へと叩きつける。
あと一手、重ねさせてもらう。
メンカルがその傷口目がけ、投具を投げ打った。最後に残してあったナイトカーテンを先にかけての奇襲。それは上空からのエーギルの奇襲と連動し、狙った一点へ深く突き立った。
傷口の奥から晒される核。それでもエクスシアはマテリアルライフルを突き出し、撃ち放す。
その一射に髪先をちぎられながらもリューは止まらない。
エクスシアを見据えた彼は、次いで降り落ちる鋼の拳をすべるように歩き抜け、霞に構えた剛刀を核へと突き出した。
篝火の赤を湛えた刃は直ぐに伸び、吸い込まれるがごとくに核を貫いて。
「――これでいいんだな、ゴヴニア?」
刃をひと捻りさせたリューの手へ、微塵に砕け散る核の断末魔を伝わせた。
「……守護者の沈黙をもち、錠は汝らへ与えられた」
戦いをながめていたゴヴニアが、傷ついたハンターたちへ一点を指した。
オートソルジャーの残骸の上に浮き上がり、宙の一点に固定された古めかしい錠。内に収められていたときとは比べものにならぬ、異様なまでの存在感を放って鍵の訪れを誘う。
「汝らに“在る”ことを見いだされ、錠はより一層に錠であろうとする。――人も錠も変わりはせぬよ」
うそぶいたゴヴニアはハンターたちを視線で撫で、続けた。
「さて。汝らは錠を開くるか、閉ざすか?」
問われた6人は顔を見合わせる。怠惰が示した錠は新怠惰王オーロラの“封”と関わりがあるという。そして彼らにこの依頼を持ち込んだゲモ・ママの言によれば、おそらくはアフンルパルを開閉するものではないだろうとも。
そしてゴヴニアは、ただ静かにハンターの選択を待つ構えである。
「開けよう」
リューが一同に告げた。
「正直、あいつは信用できない。でも守護者任せにしないでわざわざここにいたのは、あいつなりの意気ってことなんだろう。俺はそれに賭けたい」
レイアは「開けることを提案する」とリューを支持し。
「なにが起こるのかはわからない。が、現状のままでなにが変わるわけでもあるまい。ならば虎穴に入り、虎子を得よう」
これにうなずいたのはアルトである。
「ああ。それに歪虚に利するだけの話なら、わざわざこちらへ話を持ちかけてはこないだろうしな――多分」
ゴヴニアは武よりもむしろ舌先を繰ることに長けているようだが……ここは下手に考え込むより直感を信じていきたいところだ。戦う前に思ったように、やらずに後悔するよりやって後悔したいこともある。
「俺様ちゃんも開けるってことでいいぜー」
ルッ君から降りたゾファルはかるく手を挙げて賛同を示した。
実は『鍵とか錠とかめんどくせーし? 一刀両断でぱっかんしちまやいーんじゃん?』などと“ゴルディアスの結び目”的解決を考えていたりもしたのだが、こう見えて空気は読む質なので言わずにすませている。
「ゴヴニア」
と、ここでメンカルが黄鉄の怠惰へ視線を投げ。
「おまえは意図して真実を口にしないことはあっても、嘘はつかん奴だ。嘘はおまえが言う等しさ――フェアを穢すからな」
と、俺は思っている。気恥ずかしさもあってか言葉をわずかに濁し、メンカルは息を整えて。
「だから俺は、おまえの問いに開けると答えよう。おまえと、おまえが示した可能性を信じてみたい。それにどのみち、盤面が動くことに変わりはないんだろう?」
ゴヴニアは応えず、沈黙は金とばかりに薄笑みを返すばかり。
「私たちが鍵を開けるか閉めるかしないと話してくれない気ですね」
一夏は他の5人の了解を得て預かっていた鍵を手に踏み出した。
「みなさんは一応、なにが起こるかわからないですから下がっててください」
今も他のポロウたちと共に上空から監視の目を巡らせる瑠璃茉莉へ異常がないこと、ディヴァイングローブ「月詠」に込められたマテリアルバリアが発動可能であることを確かめて。
「開けます!」
錠に鍵を差し込み、行き止まった瞬間、一気に左へと捻った。
なにかを封じ止めていた錠が、落ちる。
錠に封じ止められていたなにかが、あふれ出す。
それはセピアに染め上げられた夕日。
やけに懐かしく感じられるのは、それが今ならぬ色を映した幻灯――過去の情景であるからなのだと、ハンターたちは悟らされていた。
「彼の錠はオーロラの心の一端を封ぜしもの。即ち、開かれた先に在るはオーロラの思い出――とはいえ其は思い出なる情景映せし虚像なれど、繋がっておることは確かよ」
ついにゴヴニアが黄鉄の唇を開く。
「オーロラの、思い出?」
眉根を下げるレイア。
守護者などというものを拵え、ハンターに演じさせたこの騒ぎ。それが怠惰王の過去を見せたいがためだというのか?
彼女の疑問を引き継ぐ形でゾファルが問うた。
「なんでそんなことできんだよ、とか今さら訊かねーけど? そろそろゴヴニアちゃんの企み教えてくれてもいーんじゃん?」
“先”と言うからには行かせたいはずだ。オーロラの思い出の世界へハンターを。開いたからには行くしかないだろうが、せめてゴヴニアの意図だけは知っておきたかった。
「此は闇黒の魔人と謳われし騎士の意によらぬ、我が身勝手なれど」
前置きをして、ゴヴニアは応えた。
「決戦の時来たらば汝らは押し寄せよう。無情の刃弾もて、オーロラならぬ怠惰王へと。其は我の望みならぬこと」
アルトは声に出さず、ゴヴニアの真意を推し量る。
この結界が闇黒の魔人こと青木 燕太郎の介入を避けるために張られたものであることは知れた。そしてゴヴニアは、戦いを止めたいわけではないようだが……
「なるほどな。俺たちが情を抱くだろう過去が、オーロラにはあるわけだ」
メンカルはそこで言葉を切る。
ゴヴニアはハンターたちに、オーロラとの縁を結ばせたいのだ。ハンターが怠惰王ではなく、オーロラと対することを望んで。
「私たちに顔しか知らない怠惰王と戦わせたくないって、そういうことですよね!」
一夏にびしりと人差し指を突きつけられて、ゴヴニアは苦笑した。
「然り。縁なき無情はつまらぬゆえな」
わずかずつ赤みを増しゆく世界を遠い目で見やり、紡ぐ。
「彼の娘の昔を垣間見た汝らは、再び選ぶを迫られよう。怠惰王に固き忘却の果ての安穏を与えるか、オーロラに柔き思い出の底の悲痛を与えるか。いずれにせよ、其が縁の有情にて選ばれること、我は願う」
声音に香る寂寥を吹き払うように息をつき、ゴヴニアはハンターたちへ背を向けた。
「此処はすでにオーロラの“彼の時”へと巻き戻りつつある。思わぬものを失くし果てる前に、ひとまずは人の世へ戻るがよい」
最初に異変へ気づいたのは、高い直感を備えたアルトだった。体や防具に刻まれた傷が、吹き消されるように消えていく――!
それにより、彼女はさらに気づかされた。
「傷が治っているのではないな。時間が戻っている」
一夏もまた自分の装備を確かめる中で「えー!」と声をあげた。
「使ったポーションも元どおりになってます!」
「俺様ちゃん的にはお得感あってありがたいじゃん」
マテリアルヒーリングでは回復の追いつかなかった、人機一体の使用で大きく削られた生命力と、体を張り続けたルッ君の損傷とがなかったことになるのを、ゾファルはニヤリと受け入れる。
と、それぞれがそれぞれに奇蹟を確かめる中、ゴヴニアはふと振り返り。
「時の歪みは我が正しておこう。汝らは心を据えた後、戻り来るがよい」
黄鉄の肢体をごぞりと崩れ落とした。
ハンターたちはいや増す赤から逃れ、森を後にした。
「ゴヴニアはすべてを語ったわけではないのだろうが……あいつの質からして、それはオーロラの情景とやらの内で知れるものなんだろう」
一度森を返り見たメンカルは言い、さらに思うのだ。
そして、俺たちが語られなかったなにかを知るときは、すぐに来る。
「来やったか」
“愚者の黄金”とも呼ばれる黄鉄の依代に宿った怠惰ゴヴニアは、森を抜けてきたハンターたちに金眼を向け、ギチと口の端を吊り上げた。
「さて、汝(なれ)らには錠を守りし守護者と争うてもらう。汝らが勝たば、錠をどうするも汝らの心のままよ」
ゴヴニアの後ろに控える3体の“守護者”が立ち上がった。R7エクスシア、ダインスレイブ、そしてオートソルジャー。大破した機体を金属で無理矢理に継ぎ接ぎ、拵えたゴーレムであるようだが、その動きは限りなくなめらかで力強い。
「言伝たとおり、此の場の規約は汝らが技と業とを十拍にひとつきりと制限することよ。邪魔が入るは本意ならぬがゆえ」
ゴヴニアの謎めいた言葉を、刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」“ルッ君”へ搭乗したゾファル・G・初火(ka4407)が『はん』と笑い飛ばし。
『小難しいこと言ってくれちゃってっけど、スキルの使用せーげんってことだろ? おもしれ~じゃん』
使えないわけではない以上、これというスキルを厳選して使い、思いきり叩きつければいい。そして彼女は、迷うことなくそれを決めていた。
『それにしてもよ、おつええ歪虚様が離間の計とか、台所事情かなりキビシー感じ?』
ついでに先の部族会議への介入を指して揶揄するが、これはひとつの情報戦だ。ゴヴニアと渡り合ってきた彼女は、この怠惰が舞台裏とはいえ事件の真ん中に姿を晒すような質でないことを知っているのだから。
「我は怠惰ゆえ面倒は好かぬ。少しばかりの義理を果たして面倒を避けたいばかりよ」
軽く言い返し、ゴヴニアが下がりかけた、そのとき。
「ゴヴニア、久しぶりだな」
メンカル(ka5338)が呼び止めた。
「仏頂面か。息災の様子、重畳よな」
メンカルの顔を指して言う怠惰に、メンカルは深く頭を下げて。
「獅子鬼の件では世話になった」
そのままの姿勢で、言葉を継ぐ。
「おまえが残す必要のない救いの糸を残してくれたおかげで、ひとり殺さずに済んだ。感謝する」
ハンターとして第二の人生を歩み出した強化人間、天王洲レヲナ。
黙示騎士の傀儡とされ、意思なき体をCAMへと繋がれてハンターと戦うこととなった彼を引き戻せたのは、ゴヴニアがあえて残した“結び目”あればこそである。
「縁はあまねくものへ等しく結ばれるもの。どこぞへ偏りあらば、其は正されねばならぬ」
それだけを応え、今度こそゴヴニアは下がった。腕を組んで立ち並ぶ木々の一本に背を預け、自らがこの戦いに手を出すつもりがないことを示す。
「あいかわらずひねくれてますね! 素直じゃない子は嫌われちゃいますからねー!」
ぶーっと唇を尖らせてみせたのは百鬼 一夏(ka7308)だ。
オーロラを巡る事変に深く関わりきた彼女は、影で動き続けるゴヴニアともその都度対してきた。だからこそ、思うのだ。この鍵も錠も、私たちを陥れるだけのものじゃないんですよね。信用なんてしてあげませんけど、あなたは嘘をつかない怠惰ですからそうなんじゃないかなって思ってあげます!
腰を据え、それぞれに攻撃の準備を始めた守護者へ駆けるリュー・グランフェスト(ka2419)は、すがめた目の端で単独行動を開始したオートソルジャーを一瞥し、視線をもぎ離した。
俺の仕事はおまえを追いかけることじゃない。おまえを追いかける仲間の足を止めさせないことだ。
全力で戦えないのはもどかしいな。
こちらは一夏と連動し、オートソルジャーへ向かうアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)。
スキルを重ねて自らを疾風ならぬ疾焔と化し、瞬倒を為すが彼女の基本戦術だ。それを封じられたとてその能力をもってすれば十二分に戦えようが、まったくもって「もどかしい」。
不本意だが付き合ってやる。なにかよくないことが起きるにしても、余力があるうちに判明させられれば対抗策も練れるだろう。それに。
やらずに後悔するよりは、やって後悔したいところだからな。
レイア・アローネ(ka4082)は魔導剣「カオスウィース」を抜き放つ中、未だ名前のついていない相棒のポロウへ指示を出す。
……名づけをつい遅らせてしまうのは私の悪い癖だな。この戦いが終わったら、忘れずにつけてやらねば。
と。彼女は意識をリューの向こうに在るダインスレイブに集中させた。
鍵と錠をどうするか。答はすでに決まっているが、今は眼前の敵を討つが先だ。
力強く地を蹴って敵へ向かうレイアの目に、迷いの濁りはなかった。
●交戦
ダインスレイブの滑空砲が徹甲弾を撃ち出した。
守りの構えを取ったリューは、砲弾軌道の下へくぐってこれをやり過ごし、「ミケ!」。
みゃっ! 木肌をちぎって行き過ぎる弾の向こうから、相棒たるユグディラが応える。互いに射線に対して一直線にならぬよう心がけていたが、ミケは複合楽器「バンドリオン」を抱えての前進だ。リュー以上に読みが必要となる。
――なんでダインスレイブなのか、理由はわかった。森の中で動かなくていいからだ。だったら!
連続砲撃をスライディングで抜けて、前へ一転。横の木を蹴って軌道を変えて、さらに一転して体を引き起こしたリューは赤光を引いて加速。ダインスレイブへ肉迫する。
俺が動いて動いて動いて、おまえを討てばいい!!
「行くぜ!!」
構えを解いたリューは、手にした剛刀「大輪一文字」の刀身にマテリアルを点火させ、篝火の紋章を高く燃え上がらせた。
ここからなら、普通に踏み込めば刃が届く。我が身の守りを攻め抜く覚悟に変え、リューは剛刀を八相に掲げて踏み出した。
瞬脚を発動させてダインスレイブを目ざすレイア。
リューが敵の砲撃を引きつけてくれたおかげで、それほど遅れずにすんだのは幸いだ。全力移動を重ね、同じタイミングで間合に到達することができた。
連れてきてもらった礼は攻めでしなければなるまいな。
ポロウが惑わすホーを展開したのを確かめ、魔導剣を霞に構えて突撃。ゴーレム相手に幻惑効果がどれほど期待できるか知れないが、やれることはすべてやる。
「リュー、ポロウの惑わすホーの範囲を意識しろ! 技を限定されている今、連携は不可欠だからな!」
返ってきた短い肯定を追い、一気にダインスレイブの足元にまで跳び込んだレイアは魔導剣の切っ先を足首目がけて突き込んだ――硬い!
蹴り返しにきた足を、剣の柄頭で叩いて反動をつけ、転がりよけた彼女は止めていた息を吐き出す。なるほど、攻め込まれても動かずにすむよう、硬度を上げているのか。
こちらを向いた砲口から離脱するのではなく、踏み込んで追い抜いて、レイアは口の端をぎちりと吊り上げた。
どれほど硬かろうと、砕けるまで斬ればいいだけのことだ。
『行くぜルッ君!! 君の力を見せてもらうじゃん!!』
ダインスレイブへ攻めかかるリューとレイアの逆から跳び込んできたのは、ゾファルの駆るルッ君である。人機一体で自らと刻騎ゴーレムとを繋ぎ、いや増した力で強引に森を押し渡って来た。移動に制限こそ受けてはいたが、それでも普通に木々の間をすり抜けてくるよりはずいぶん早い。
『こっち見ろじゃーん!!』
まっすぐ踏み込み、ダインスレイブの肩口へ斬艦刀「天翼」の袈裟斬りを叩きつけた。
木々の密集により、刀を思いきり振るうことはできない。が、ゾファルはルッ君の上体をひねらせ、その捻れを乗せた縦振りで斬撃の威力を増していた。もちろん考えているわけではなく、喧嘩屋としての本能が為して成した最適解である。
砲を守って腕で受けたダインスレイブは、斬艦刀を押し退けながらルッ君へ砲口を振り込み、そのまま撃ち放した。
ゼロ距離砲撃を受けたルッ君だが、アームフレーム「エヴァイユ」を重ねて装備した腕でそれをいなし、さらには流す勢いに乗ってその身を反転させ。
『――こっちの腕も硬ぇじゃん?』
ダインスレイブの視界をその身で塞ぎ、斬艦刀を突き返した。
ナイトカーテンを張って自らを隠し、メンカルはオートソルジャーを追う。
上空にはポロウの“エーギル”が付き従い、ダインスレイブの射線から身をかわしつつ惑わすホーを展開、メンカルの守りを厚くする。
木々の間を駆けながら、チィと小首を傾げるオートソルジャー。メンカルの位置を特定できていないのは明白だが……
オートソルジャーの背に増設された射出口から、小振りな球体がいくつもこぼれ落ちた。それらは着地して一拍、爆ぜとんで電離気体――プラズマをばらまく。
小サイズだけに威力も低めながら、数を利して広範囲に効果を及ぼすプラズマボム攻撃である。
移動阻害を受けないばかりか見えずとも関係なしか。
メンカルは両眼をすがめ、無音で体を横へと流した。
ダメージを負うことを厭いはしないが、プラズマで炙られれば、それをきっかけに認識されるかもしれない。移動力でオートソルジャーに劣る彼は、隠密を保って常に最短ルートをなぞる必要があるのだ。
『連動する』
アルトのささやきによる通信へ、トランシーバーをノックして応えたメンカルは投具「コウモリ」を引き抜き、構えた。
通信を終えたアルトは、ユキウサギ“ユスト”の紅水晶の光が押し退ける暗闇の先へすがめた赤眼を向け、わずかにその身を横へ傾げた。
一瞬の後、今までそこにあった彼女の残像を貫いて行き過ぎるマテリアル光。エクスシアのマテリアルライフルによる狙撃である。
あの機体には認識阻害が効いていないようだ。それに、ダインスレイブもそうだが長距離攻撃に徹することで行動の制限を最少に抑えるつもりだな。
オートソルジャーから漏れ出すマテリアルの肌触りと、ダインスレイブにまるでかまわずそれを支援し続けるエクスシアの様子から、錠というものがオートソルジャーの内にあることはまちがいあるまい。
アルトはユストに紅水晶の発動を指示した。灯があることはこちらの行動の制限を減らしてくれるし、敵にとっては目くらましともなる。できることなら、オートソルジャーの足を止める罠にもしたいところだが、それは欲張りすぎだろうか。
ともあれ。
「百鬼君、メンカル君のしかけに合わせて私たちも行くぞ」
後に続く一夏へ告げ、エクスシアを無視する形でオートソルジャーへ向かうアルト。
「了解です!」
元気いっぱいに応えた一夏は、灯火の水晶球を導きとし、聖拳「プロミネント・グリム」で鎧った両腕を振って加速した。
エクスシアの射撃は正確にして無比。できることならポロウ“瑠璃茉莉”の伝えるホーで視認したいところだが、今、感覚が瑠璃茉莉のそれに切り替わってしまえば、地上に在るオートソルジャーを攻められなくなる。
ちなみに現在、瑠璃茉莉は上空にて戦場の内外の監視を行っていた。惑わすホーはエーギルと重なってしまうので一旦温存し、ゴヴニアが言った「邪魔」の介入に備える構えである。
ひとりで寂しいだろうけどがんばってね! 頼りにしてるよ!
先に瑠璃茉莉へ告げた言葉を胸中で繰り返す一夏。うなずきながらもそっと目を逸らした瑠璃茉莉は、きっと主に感涙を見せたくなかったのだろう。うきうきと飛び立っていったように見えたのも同じ理由にちがいない。
「プラズマボムが来ます!!」
右へ跳んだアルトと逆方向へ跳んだ一夏は、着地する瞬間地を蹴り返し、前へ。爆ぜるプラズマを横目にオートソルジャーへ突撃する。
●了解
ダインスレイブの砲弾が森を裂いて飛び来たる。
風圧に押され、複合楽器を抱えてみぎゃーと転がったミケは、それでも森の宴の狂詩曲を奏でる四肢を止めることなく、レイアを支援し続けていた。
「感謝する!」
踏み出したレイアの身捧の腕輪がマテリアルの輝きを魔導剣へと注ぎ込み、ソウルエッジを顕現させた。物理防御に特化しているなら、魔法攻撃はそれなり以上に効いてくれるはず。それに、持続時間のあるソウルエッジならば、次の10秒でもうひとつのスキルを重ねることもできる。
ポロウがエクスシアの射線上に出入りして攻撃を誘うのを視界の端に映し、彼女は気合一閃、ダインスレイブの足元へと踏み込んだ。
「はっ!」
装甲の継ぎ目へ前進力と体重を乗せて切っ先を突き込み、金属がじょぐりと削げる手応えを感じる間もなく、アサルトライフル弾の雨を避けて飛び退く。
髪先ばかりでなく、法術装甲「転生照臨」の疑似法術刻印もそれなりに削られたが、衝撃以上のダメージはなんとか避けられたようだ。
『そっちばっか見てたらこーなるじゃん!?』
うつむいたダインスレイブの延髄へ、ルッ君が、こちらもソウルエッジで魔法強化した刃を押し当てた。叩くでもぶった斬るでもなく、下へ引き斬る。狭い間合を有効に活用した斬撃であった。
首を三割方断たれたダインスレイブだが、特に気にする様子もなくルッ君へ滑空砲を突きつける。
『びっくりもしねーのかよ! かわいくねーじゃん!』
と。レイアのポロウがあわてて羽ばたき、高度を上げた。その足下をマテリアル光が貫き、ルッ君を削る。
もちろんポロウは、魔法攻撃を惑わすホーで相殺する心づもりであった。しかし、相手が魔法スキルならぬ以上、その気概も空振りである。
「ポロウ、無理はするな!」
レイアはひとつところに留まることなく動き続け、下からダインスレイブを牽制する。
攻撃が通ることは知れた。ならばおまえは斬り倒せない巨木などではないということだ。
レイアの動きに合わせてポジショニングを変えながら、リューは冷静に守護者どもの間隔を測っていた。
オートソルジャーはただ回避しているだけのように見えるが、実際はほぼ動かないダインスレイブとエクスシアの十字砲火が受けられるよう、三角形のひとつの頂点を為している。
今はダインスレイブへこちらの戦力が偏り、十字砲火の形成を妨げているわけだが、それでもエクスシアをフリーにしておけば、オートソルジャーへ向かう仲間はいつか足を掬われることとなろう。
やるしかないか!
肚を据えたリューは、ダインスレイブの砲撃に突き放されたルッ君へ、魔導パイロットインカムを通して要請した。
「ダインスレイブの注意を今いるところに固定したい。エクスシアに自由に撃たせてるのはまずいからな」
「よくわかんねーけど了解じゃん!」
トランシーバーへ返し、ゾファルはルッ君に両腕を押し立てさせた。ゴーレムちゃん、俺様ちゃんと力比べじゃん?
『おおおおおおお!!』
撃ち込まれた砲弾を十字受けで止めて払い捨て、その反動で踏み出した足を起点に不退の駆を発動。ダインスレイブを弾いてその向こうにまで踏み抜ける。
打ち据えられた衝撃で重い機体のあちらこちらから金属片を散らし、難とかその場に踏みとどまったダインスレイブ。武装の照準をレイアからルッ君へと移したところで、がくん。足を揺らされ、再びバランスを崩す。
「よく見ろよ、ここだぜ!」
置き去ってきたダインスレイブのモニタアイへよく映るよう、リューは篝火灯る剛刀を掲げてみせた。
この火が消えるまでまだいくらかの時間がある。それを利し、ダインスレイブの足首を竜貫で突き抜いたのだ。機体自体の耐久力はともかく、繋ぎに使われた金属との接合部はそれなり以上のダメージを負っていた。
「釘づければいいんだな!?」
レイアもまた、ポロウと連携して上下からダインスレイブに攻撃をかける。移動力をいっぱいに使った一撃離脱で、傷ついた敵機の足をさらに痛めつけ、さらに振り向かせることで負担を強いて、確実にその効果を重ねていった。
「ミケ、俺に合わせて狂詩曲だ!」
相棒へ指示を送ったリューは、自らのポジションが狙いどおりの場に至ったことを確かめた。ここからなら、頭の先から尻尾の先まで行けるぜ!?
あえて超々重鞘「リミット・オーバー」に剛刀を収めて左へ佩いたリューは腰を据えて構え、呼気を噴いた。
●迷宮
メンカルの投具がオートソルジャーへ飛び、回避されたところからこの一幕は始まる。
あの奇襲をかわすのか、とは思わない。これまでの機動を見れば、敵が反応速度に特化していることは明白だからだ。
しかし、それゆえに武装はボム頼み、おそらくは装甲も薄いはず。
一手で足りないならば三手を重ねればいい。その内のひとつが功を奏すれば、続く四手めを当てられる。
「左だ!」
「はい!」
メンカルの声を受けて一夏がまっすぐ跳んだ。
しかしオートソルジャーはスペルスラスターを噴かしてそれを避けにかかる。距離からしても、一夏は追いつけない――そう思いきや。
メンカルの逆側から、一夏に先んじて回り込んでいたアルトがオートソルジャーの挙動を妨げた。
進路が限定されていれば、スキルを使わずとも十分に追いつける。
胸中でうそぶき、彼女が指先を伸べると。
その手に装着された鈎爪「飛蛇」が機構によって伸び出し、オートソルジャーの肩口へ噛みついた。
さあ、ここからが私の一手だ。
スラスターの推力で爪を振りほどこうとするオートソルジャーを、爪と手甲を繋ぐ縄を繰ってトローリングのごとくにいなし、引きずり、推力を一方向へ向けさせぬよう捌く。熟達した技によるエンタングルである。
果たして脱出をあきらめたオートソルジャーが背の射出口を開いた、そのとき。
「遅いですよ!!」
跳び込んできた一夏が地へ左のつま先を突き立てた。法術足甲「アルド・ロム」に鎧われた親指の付け根を絞り込んで強く躙り、その回転が生み出す遠心力に乗せて右の聖拳を、倒し込んだ上体ごと横へ振り抜く。
十全な体勢から繰り出された右のオーバーハンドフックは、メンカルとアルトの連動で回避力を奪われたオートソルジャーの顎先を正確に捕らえて、こくり。傾げさせた。
「落ちました!?」
思いきり倒した上体を引き起こす中で、オートソルジャーの挙動が止まったことを確かめた一夏だったが。
「離れろ!」
アルトの鋭い声を受けて反射的に側転し、間合を開けた。その直後。
ボギグジヂギ――プラズマが互いを喰らい合う耳障りな濁音が響き、3人の耳を痛めつけた。
「機械の意識を奪うのは無理か。弱点を突かなければ止められん」
眉根をしかめたメンカルにアルトはうなずき、言葉を返す。
「そのために、足を止める」
ユストが張った紅水晶陣を指し、アルトはその身に焔舞のオーラをまとい、自らの残像をその加速でかき消してオートソルジャーへと駆け出した。
「俺とアルトで奴を追い立てる。その間に準備を。――エーギル、惑わすホーを切らさないようにな!」
一夏と相棒に声をかけたメンカルは、ナイトカーテンをまとってアルトの軌跡を追う。
走るだけが勢子(せこ)の仕事じゃあない。
慎重に位置取り、アルトに進路を阻まれたオートソルジャーが身を転じた瞬間、その足へ投具を投げる。
アルトへの対応に気を取られていたオートソルジャーは足の甲を弾かれてつんのめった。それでも片手をついて宙返り、プラズマボムを撒く。
そこへエクスシアの支援射撃が飛んできたが、射線は大きく逸れ、オートソルジャーの逃走を助けるには至らない。
ユストが張る紅水晶陣までの距離を意識しつつ、一夏はエクスシアの牽制にかかっていた。
ポロウたちの惑わすホーで隠された戦場の中、動きながらエクスシアの射線を断つ。
たとえエクスシアに認識阻害が効いていなくとも、照準を塞がれた上に水晶球の灯をちらつかせられれば、撃ち損なう可能性も上がるはず。
遠すぎて攻撃できないのが悔しいところですけどね!
宙返りを打ったオートソルジャーの着地地点を測ったアルトは、撒かれたプラズマボムが起爆するよりも迅く散華ですべり抜け、オートソルジャーの左腕を試作法術刀「華焔」で撫で斬った。
片腕を飛ばされたオートソルジャーは錐揉み回転を打つが、その中で断たれた腕を取り戻し、切断部同士を繋げて十全を取り戻してみせる。
錠を収める本命の守護者だからか、たいした手妻を見せてくれるものだな。しかし。
鋭く身を翻したアルトが、今度こそ着地したオートソルジャーへ向かう。
それに合わせて横へ回ったメンカルが、胸の前に交差させた両手を引き開いた。手挟まれていた多数の投具が一斉に宙をはしり、オートソルジャー本体ばかりか踏み出す先、下がる先、かわす先まですべてを塞ぐ。
わかってるさ。おまえはこれもよけるんだろう。
メンカルの思いどおり、オートソルジャーはスラスターを噴かして上空へ逃げる。そこへ。
「間に合いましたよー!」
瑠璃茉莉からの合図を受けて戻ってきた一夏が青龍翔咬波で突き上げた。
スラスターを噴かしてこれを避けたオートソルジャーは、安全な着地地点を見極めて降り立った。しかし、その間にハンターたちは距離を詰めている。オートソルジャーは上空から降り来たるエーギルを払いのけ、追撃から遠ざかるべく駆け出して――迷宮へ捕らわれたことに気づいた。
●一閃
ここだ!
背に燃え立つ赤焔なびかせ、リューは踏み出した右足で文字どおりに地を穿ち、超々重鞘から剛刀を抜き打った。
当然のごとく、大刀の長刃を普通に引き抜けるはずはない。しかし彼は刀を前へ引くと同時に鞘を後ろへ押し投げ、さらに歩を超加速させるという荒技で不可能の「不」を斬り落としてみせたのだ。
果たして、鞘に蓄えられたマテリアルが刃へと塗り込められ、凄絶な“力”と化した刃はリューを芯として一閃、いや、噴き上げるマテリアルの赤を映した一焔を為し――ダインスレイブの傷ついた足首を、その先で膝撃ち姿勢をとるエクスシアが地についた片膝を突き抜いて。
「届いたぜ」
背中越し、片足を砕かれて膝をついたダインスレイブと、片膝を傷つけられて体勢を崩すエクスシアへ告げるリュー。
ひとつの戦いで一度しか使えない超々重鞘の特殊能力を乗せ、射程の限界を超えた先まで刃を突き抜いた、渾身の竜貫であった。
そしてリューは余韻を払って身を翻し、エクスシアへ駆ける。
「そっちの仕上げは頼む! それまで俺はこいつを抑えとくぜ!」
尻餅をつく形となったエクスシアがマテリアルライフルをこちらへ向けたが、かまわない。刃で燃えゆらぐ篝火を導きに、リューは地を強く蹴った。
ダインスレイブはちぎれた足首を地へ突き立て、無事な脚を曲げて調整しつつ立ち上がる。
「ただながめていると思うな」
その眼前に迫るレイアが魔導剣に換えて抜いた刀は、大精霊の力宿せし武具がひとつ、星神器「天羽羽斬」。
濡羽のごとくに輝く刀身へレイアのマテリアルが伝い、闘志の動と慈愛の静を織り重ねて刃をより美しく彩っていく。
共に戦う仲間をこれ以上傷つけさせはしない!
腰を据えることなく、レイアは跳ぶ。地を踏んではダインスレイブの四肢を傷つけるだけだ。そして首を断たれることにかまわなかったことを思えば、敵機の動力源となっている核は胴の内にあるのだろう。だから。
ダインスレイブの膝に足をかけて上へ跳び、腰部の隙間へつま先をねじりこんで体を固定。……元々険しい山中にて育ち、技を磨いてきた彼女である。無理矢理に足場を確保することには慣れていた。だからこそレイアは、その斬撃にすべてを込められる。
見切れるものなら見切ってみろ!
突き込まれたはずの切っ先は振り上げられており、振り上げられたはずの刃は斬り下ろされており、薙ぎ払われており、気がつけばやはり突き込まれて――ただ一度の攻めの中で無尽の剣閃を重ね、巨大な敵をも微塵に刻むオロチアラマサが、寸毫をもってダインスレイブの強靱な胴装甲を斬り砕いていた。
『あぶねーじゃん!』
後ろへよろめき、それでもレイアを打ち据えようとしたダインスレイブのハンマーパンチを掬い上げたのはルッ君の豪腕である。
「ありがとう、託した!」
言い残して跳び降りたレイアは、そのままエクスシアへと向かう。
ちぇー。マジで託されちまったじゃん?
苦笑しつつ、ゾファルはルッ君を突き進ませた。撃ち込まれる砲弾をかざした腕でブロックし、ソウルエッジをまとわせた斬艦刀を突き出す。
果たして砲身の一本がへし折れたダインスレイブだが、補助腕での高速再装填で無事な砲へ弾を込め、ゼロ距離から撃ち返した。
『――っ!!』
腹を抉られるルッ君。五臓を揺さぶる衝撃を奥歯で噛み殺し、ゾファルは弾かれた勢いで機体を巡らせた。ダインスレイブとすれちがってその斜め後ろまで踏み出せば、砲の射角から外れるばかりでなく、剥き出しの補助腕を間合に入れることとなる。
もらったぜ!
左右の補助腕へ引っかけるように差し込んだ斬艦刀を引き斬り、これを斬り落としたルッ君が、振り向きざまのガトリング斉射を押し退けて踏み込んで。
腹に空いた傷口へ、アームフレームと共に左腕を固めるKBシールド「エフティーア」をねじり込んだ。
『これで終わりじゃん!?』
思いきりの闘気を握り込んだ拳が真上へと撃ち出され、ちぎれかけた頭ごと核を噴き飛ばされたダインスレイブは、まっすぐに崩れ落ちて活動を停止した。
●王手
紅水晶を避けてオートソルジャーは駆ける。
人ならぬオートソルジャーに焦りこそなかったが、ここへ至るまでに幾度も攻撃を受けてきたこと、紅水晶の罠に追い込まれてきたことは事実だ。今のところ罠に絡め取られずにすんではいたが、支援射撃を受けることのできない状況が続けば、いつ足を止められるか知れたものではない。
と、その眼前を横切るユスト。
オートソルジャーは足を止め、ばら撒いたプラズマボムで迫る一夏とアルトごと押し退けた。メンカルはまだ自分に追いつけない。前方には紅水晶があり、踏み出すのは危険だ。しかし、あえてメンカルに迫っても、わずかにでも時間を稼がれては他のふたり……特にアルトに絡め取られる。
それはごくわずかな時を費やしただけの逡巡だ。プラズマの守りが消える前に踏み出せるほどの、まさに一瞬。
「捕まえましたよ……!」
計算不能。オートソルジャーは人のようにかぶりを振る。なぜ、敵がここにいる?
その問いを察したか、一夏はヒーリングポーションを飲み下した口の端を不敵に上げて。
「私!」
オートソルジャーの右腕に飛びつき、膂力と自重のすべてをかけて引き下ろしながら左足を斜め後ろへ払い。
「意外と!」
オートソルジャー自体が崩れる力を利して右腕を左腕で引き込みながら、右の肩口へ右腕を突き込んで押し込み。
「ガマン強いのでーっ!!」
彼女の体につまずくようにして跳ね上がったオートソルジャーを、頭部から一気に投げ落とした。
オートソルジャーどころか、柔能制剛を打った一夏すら知るまい。その技の型が、リアルブルーの極東に伝わる武術、柔道で“山嵐”と呼ばれる技に酷似していたことを。
支援は必要なかったようだな。
焔舞を閃かせたアルトは、その加速に置き去られて霞みゆく世界を踏み抜ける。
おそろしくゆっくりとオートソルジャーの背から落ちたプラズマボムを蹴り退けて空間を空け、腰を落として体を据えれば。吹き戻されるかのごとくに、彼女の姿がこの世界へと顕現する。
「もう少し転がっていろ」
上体を起こすオートソルジャーの片膝を法術刀で断ち斬ったアルトのまわりで円を描くプラズマに、彼女の軌跡をなぞるマテリアルの残滓が花弁のごとく吹き散った。
これだけの間で、敵の損傷した頭部は再生しつつある。斬れた脚も容易く繋がるのだろう。しかし、それをするには斬れた脚を手で掴み、切断面を合わせるという動作が必要となる。
そんな時間を与えてやると思うなよ。
彼女はふと上体を前へ折った。典雅な一礼にも見えたそれは、後方から飛び来る投具を迎えるためのもの。
投具の接近に気づいたオートソルジャーは片脚で跳ね起きようとするが、そのまま喉元を抉られ、倒れ込んだ。
隠密だけでなく、連携も奇襲の一端になるということだ。
メンカルはすがめた目でオートソルジャーの挙動を見据え、手に新たな投具を滑り落とす。
戦場を盤として考えるなら、このような戦いは詰め将棋となるだろう。ここまでサポートに徹し、盤面を整えてきたメンカルは、その手で詰みの一手を打ち込んだのだ。
まだだ。その詰みを損なわんよう、最後まで寄せ続ける。
胸中で唱え、あらためて心を研ぎ澄ませた彼は、エーギルへ未だ健在のエクスシアに注意するよう伝えて足を速めた。
●吐露
本命たるオートソルジャーが倒され、ダインスレイブの連動も失ったエクスシアに勝機は残されていなかった。
「行くぞ」
言い終えたときにはもう、アルトはエクスシアの足元をすり抜けており、その装甲を斬り裂いていた。
「繋ぎます!」
すでに瞬迅の構えを据えていた一夏の聖拳が機首を上げるように上向いてはしり、エクスシアの膝を抉る。心ならぬ関節部を砕かれた敵機はがくりと崩れ、動きを止めた。
『まだまだじゃーん!』
斬艦刀を諸手突き、エクスシアの胴の一点を突いたルッ君がさらに踏み込む。その一歩の内、刃をふわりと引きつけたルッ君は、踏み込む反動に乗せて、エクスシアの傷をさらなる一閃で薙ぎ払った。
「ふっ!」
魔導剣と星神器とを二刀流で構えたレイアが、上体をくの字に曲げたエクスシアへ体を伸び上がらせ。体を回してフォアハンドで剣、バックハンドで刀を傷へと叩きつける。
あと一手、重ねさせてもらう。
メンカルがその傷口目がけ、投具を投げ打った。最後に残してあったナイトカーテンを先にかけての奇襲。それは上空からのエーギルの奇襲と連動し、狙った一点へ深く突き立った。
傷口の奥から晒される核。それでもエクスシアはマテリアルライフルを突き出し、撃ち放す。
その一射に髪先をちぎられながらもリューは止まらない。
エクスシアを見据えた彼は、次いで降り落ちる鋼の拳をすべるように歩き抜け、霞に構えた剛刀を核へと突き出した。
篝火の赤を湛えた刃は直ぐに伸び、吸い込まれるがごとくに核を貫いて。
「――これでいいんだな、ゴヴニア?」
刃をひと捻りさせたリューの手へ、微塵に砕け散る核の断末魔を伝わせた。
「……守護者の沈黙をもち、錠は汝らへ与えられた」
戦いをながめていたゴヴニアが、傷ついたハンターたちへ一点を指した。
オートソルジャーの残骸の上に浮き上がり、宙の一点に固定された古めかしい錠。内に収められていたときとは比べものにならぬ、異様なまでの存在感を放って鍵の訪れを誘う。
「汝らに“在る”ことを見いだされ、錠はより一層に錠であろうとする。――人も錠も変わりはせぬよ」
うそぶいたゴヴニアはハンターたちを視線で撫で、続けた。
「さて。汝らは錠を開くるか、閉ざすか?」
問われた6人は顔を見合わせる。怠惰が示した錠は新怠惰王オーロラの“封”と関わりがあるという。そして彼らにこの依頼を持ち込んだゲモ・ママの言によれば、おそらくはアフンルパルを開閉するものではないだろうとも。
そしてゴヴニアは、ただ静かにハンターの選択を待つ構えである。
「開けよう」
リューが一同に告げた。
「正直、あいつは信用できない。でも守護者任せにしないでわざわざここにいたのは、あいつなりの意気ってことなんだろう。俺はそれに賭けたい」
レイアは「開けることを提案する」とリューを支持し。
「なにが起こるのかはわからない。が、現状のままでなにが変わるわけでもあるまい。ならば虎穴に入り、虎子を得よう」
これにうなずいたのはアルトである。
「ああ。それに歪虚に利するだけの話なら、わざわざこちらへ話を持ちかけてはこないだろうしな――多分」
ゴヴニアは武よりもむしろ舌先を繰ることに長けているようだが……ここは下手に考え込むより直感を信じていきたいところだ。戦う前に思ったように、やらずに後悔するよりやって後悔したいこともある。
「俺様ちゃんも開けるってことでいいぜー」
ルッ君から降りたゾファルはかるく手を挙げて賛同を示した。
実は『鍵とか錠とかめんどくせーし? 一刀両断でぱっかんしちまやいーんじゃん?』などと“ゴルディアスの結び目”的解決を考えていたりもしたのだが、こう見えて空気は読む質なので言わずにすませている。
「ゴヴニア」
と、ここでメンカルが黄鉄の怠惰へ視線を投げ。
「おまえは意図して真実を口にしないことはあっても、嘘はつかん奴だ。嘘はおまえが言う等しさ――フェアを穢すからな」
と、俺は思っている。気恥ずかしさもあってか言葉をわずかに濁し、メンカルは息を整えて。
「だから俺は、おまえの問いに開けると答えよう。おまえと、おまえが示した可能性を信じてみたい。それにどのみち、盤面が動くことに変わりはないんだろう?」
ゴヴニアは応えず、沈黙は金とばかりに薄笑みを返すばかり。
「私たちが鍵を開けるか閉めるかしないと話してくれない気ですね」
一夏は他の5人の了解を得て預かっていた鍵を手に踏み出した。
「みなさんは一応、なにが起こるかわからないですから下がっててください」
今も他のポロウたちと共に上空から監視の目を巡らせる瑠璃茉莉へ異常がないこと、ディヴァイングローブ「月詠」に込められたマテリアルバリアが発動可能であることを確かめて。
「開けます!」
錠に鍵を差し込み、行き止まった瞬間、一気に左へと捻った。
なにかを封じ止めていた錠が、落ちる。
錠に封じ止められていたなにかが、あふれ出す。
それはセピアに染め上げられた夕日。
やけに懐かしく感じられるのは、それが今ならぬ色を映した幻灯――過去の情景であるからなのだと、ハンターたちは悟らされていた。
「彼の錠はオーロラの心の一端を封ぜしもの。即ち、開かれた先に在るはオーロラの思い出――とはいえ其は思い出なる情景映せし虚像なれど、繋がっておることは確かよ」
ついにゴヴニアが黄鉄の唇を開く。
「オーロラの、思い出?」
眉根を下げるレイア。
守護者などというものを拵え、ハンターに演じさせたこの騒ぎ。それが怠惰王の過去を見せたいがためだというのか?
彼女の疑問を引き継ぐ形でゾファルが問うた。
「なんでそんなことできんだよ、とか今さら訊かねーけど? そろそろゴヴニアちゃんの企み教えてくれてもいーんじゃん?」
“先”と言うからには行かせたいはずだ。オーロラの思い出の世界へハンターを。開いたからには行くしかないだろうが、せめてゴヴニアの意図だけは知っておきたかった。
「此は闇黒の魔人と謳われし騎士の意によらぬ、我が身勝手なれど」
前置きをして、ゴヴニアは応えた。
「決戦の時来たらば汝らは押し寄せよう。無情の刃弾もて、オーロラならぬ怠惰王へと。其は我の望みならぬこと」
アルトは声に出さず、ゴヴニアの真意を推し量る。
この結界が闇黒の魔人こと青木 燕太郎の介入を避けるために張られたものであることは知れた。そしてゴヴニアは、戦いを止めたいわけではないようだが……
「なるほどな。俺たちが情を抱くだろう過去が、オーロラにはあるわけだ」
メンカルはそこで言葉を切る。
ゴヴニアはハンターたちに、オーロラとの縁を結ばせたいのだ。ハンターが怠惰王ではなく、オーロラと対することを望んで。
「私たちに顔しか知らない怠惰王と戦わせたくないって、そういうことですよね!」
一夏にびしりと人差し指を突きつけられて、ゴヴニアは苦笑した。
「然り。縁なき無情はつまらぬゆえな」
わずかずつ赤みを増しゆく世界を遠い目で見やり、紡ぐ。
「彼の娘の昔を垣間見た汝らは、再び選ぶを迫られよう。怠惰王に固き忘却の果ての安穏を与えるか、オーロラに柔き思い出の底の悲痛を与えるか。いずれにせよ、其が縁の有情にて選ばれること、我は願う」
声音に香る寂寥を吹き払うように息をつき、ゴヴニアはハンターたちへ背を向けた。
「此処はすでにオーロラの“彼の時”へと巻き戻りつつある。思わぬものを失くし果てる前に、ひとまずは人の世へ戻るがよい」
最初に異変へ気づいたのは、高い直感を備えたアルトだった。体や防具に刻まれた傷が、吹き消されるように消えていく――!
それにより、彼女はさらに気づかされた。
「傷が治っているのではないな。時間が戻っている」
一夏もまた自分の装備を確かめる中で「えー!」と声をあげた。
「使ったポーションも元どおりになってます!」
「俺様ちゃん的にはお得感あってありがたいじゃん」
マテリアルヒーリングでは回復の追いつかなかった、人機一体の使用で大きく削られた生命力と、体を張り続けたルッ君の損傷とがなかったことになるのを、ゾファルはニヤリと受け入れる。
と、それぞれがそれぞれに奇蹟を確かめる中、ゴヴニアはふと振り返り。
「時の歪みは我が正しておこう。汝らは心を据えた後、戻り来るがよい」
黄鉄の肢体をごぞりと崩れ落とした。
ハンターたちはいや増す赤から逃れ、森を後にした。
「ゴヴニアはすべてを語ったわけではないのだろうが……あいつの質からして、それはオーロラの情景とやらの内で知れるものなんだろう」
一度森を返り見たメンカルは言い、さらに思うのだ。
そして、俺たちが語られなかったなにかを知るときは、すぐに来る。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/03/20 01:45:55 |
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【相談卓】虚中へ踏み入るか 百鬼 一夏(ka7308) 鬼|17才|女性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2019/03/23 02:05:28 |
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【質問卓】教えてゲモ・ママ! 百鬼 一夏(ka7308) 鬼|17才|女性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2019/03/22 23:34:57 |