ゲスト
(ka0000)
図書館員の清掃事情
マスター:硲銘介

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/01/19 12:00
- 完成日
- 2015/01/24 20:32
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
本は良い。人類の生んだ文化の極みだと思うのです。
無造作に本が積まれた図書館。その受付で椅子を揺らしながら茶を啜り、読書に浸る女――つまりは、私だが――フィーリア・ブッカーの日々は実に充実している。
子供の頃から本が好きで、そんな愛しい彼らが無尽蔵に納められている図書館というのは私にとって天国に他ならなかった。
そのおかげだろうか。人間関係とか、将来設計とか。私がその類のものに悩む事は一切無かった。我が事ながらなんとも色気のない事と思うが、本さえあれば私は幸せなのだった。
そんな本の虫である私は、めでたく念願の図書館に就職出来た。それからというもの、受付嬢をこなしつつ本を読み耽る毎日を過ごしているのだった。幸せとはこういうものを指すのだよ。
――あぁ、いいえ、一つ訂正が。受付嬢をこなしつつ、というのは忘れてもらいたい。
いや、何も仕事そっちのけで趣味に興じている訳ではないのです。ちゃんと職務を全うしている事はご理解いただきたい。
ただ、利用者がいないのだから働きようが無い。仕方ない、そう、仕方ない。おかげで私の欲求は十二分に満たされるので、心情的には大歓迎なのだが。
しかし、それにしたってこの図書館には人が来ない。小さな町の図書館にしては立派な施設だというのに、こうも寂れているのは不思議でさえある。
――とか、思うことはあるのだが。この生活に不満なんて、まるで無いのであった。本屋ならともかく、図書館に客入りは関係ない。
大好きな本を好きなだけ読んで、それでお給料まで貰える。天職とか言う前に、これ、ある種の永久機関じゃない?
そんな訳で、相も変わらず人の訪れない図書館の中、いつも通り私の優雅な時間が続く――
「随分と幸福そうだな、君は」
「ふぉわたぁっ!?」
筈だったのだが、ぬっとブルドックみたいなおっさんが現れ、至福の時を妨害してきたのだった。……うぅ、びっくりして変な声出たよぅ。
さて、この厳つい顔のブルドック――ゲフンゲフン、立派なおじさんはここの館長さん。私の上司に当たる人である。
この図書館、そこそこ広い割に私と彼の二人しか事務員はいない。しかも、彼はたまにしか顔を出さない。まぁ、誰も来ないので何も問題は無いのだが。
で、そのたまーに見た顔はいつになく不機嫌そうなのであった。
「お、おはようございまーす」
恐る恐る、陽気に挨拶してみる。こちらの雰囲気に乗ってきてくれれば儲けものである。
「おはよう」
一寸たりとも変わらぬ表情。私の笑顔は見事に売れ残る。
「その……今日は、どのようなご用件で」
「君の働き振りを見に来た。私が来たのにも気づかず読書に熱中していたから、些か声をかけ辛かったがね」
館長が来たにも拘らず知らぬ顔で読書に没頭なんて結構な働きぶりですねハハハハハ、と笑わないお顔が言っていた。
「いやぁ……あははは」
「ところで、この有様はどうだ」
と、突然館長が館内を示した。むむ、追求もう終わり?
なんて事は声に出さず、すぐさま話題変換に便乗する。
「どう、と言われましても……いつも通り、じゃないでしょうか」
広い館内は閑散としており、私達以外の人影は無い。至る所に無造作に置かれた机の上に、これまた無造作に本が積み重なり、溜まった埃がそれらを雪のように彩っている。
ふと本棚の間を見れば張り巡らされた蜘蛛の巣が。先日の雨に打たれた窓は水垢がはっきり見え、入り込んだ木の葉が館内に緑を持ち込んでいる。
あ、今なんか床を通った。ていうか走ってた。何が。まぁ鼠とか、いても喜ばれない虫さんでしょうか。何処から入ってくるのか、館内には小さなお客様がエトセトラエトセトラ。
――うん、いつも通りですよ。
「私は君に館内の整理、清掃も任せていた筈だが」
「はい、任されましたね」
「……これは職務怠慢と言うのではないかな」
「え? このくらい、別に……私の部屋とか、もっと――」
なんていうか、腐界染みてる。
余談だが、私の家はフルーツのアロマが漂っている。買い込んだ果物が丁度熟し、無遠慮に香りをぶちまけているのだ。そういえば、一昨日家に来た友人がコレアロマトチガウ、という謎の呪文を残していたのが気になる。
えー、閑話休題。館長の言いたいところが掴めずに首を傾げる私。心なしか、ブルドックが赤くなっていっている様な。なんか鼻がぴくぴくしてる。
次の瞬間、ブルドッグは鼻を鳴らし、
「一週間以内に片付けろ。でなければクビだ」
なんて恐ろしい事を言い出しやがりましたよ――!
●
――そんなやり取りから数日経ち、期限まで残り二日を残すのみとなった。
此処に至って気づいた事が一つ。図書館の掃除というのはなかなかどうして、難度が高い。
というのも私の身に幾度も謎の現象が起こるせいである。ありのまま今起こったことを話すが、私は掃除していたと思ったらいつもの席いつもの姿勢で読書を嗜んでいた。超スピードとかそんなチャチなものじゃない、真面目な話、怪奇現象である。
そうして気づけば日が暮れていた。改めて館内を見渡すも、そこにはいつも通りの光景――つまるところ、僅かばかりも進んじゃいなかった。
今日のような事がこの一週間起こり続けた。こう続くと陰謀論の一つも唱えたくなる。
――いやいや、そんな冗談を言っている場合ではない。
今日――はこの読みかけの本に費やすとして――除いて、掃除期間は明日一日しか残っていない。
そうなってはもうこの生活が送れない。それは、困る。
人の幸せは何処にありますか? 即答するが、私の幸せは紛れもないこの場所にあるのだ。
……こうなれば最終手段である。初めから最終手段とか、そんな事はどうでもいい。
一人で出来ないなら、大勢でやればいいのだ。正直、出費とか痛いけど、私の幸福を維持できるかどうかの瀬戸際にそんな事も言っていられない。
そう覚悟し、私はハンターオフィスの扉を叩く事を決めた。あ、とりあえず手元の本を読みきってからの話ですけど――――
本は良い。人類の生んだ文化の極みだと思うのです。
無造作に本が積まれた図書館。その受付で椅子を揺らしながら茶を啜り、読書に浸る女――つまりは、私だが――フィーリア・ブッカーの日々は実に充実している。
子供の頃から本が好きで、そんな愛しい彼らが無尽蔵に納められている図書館というのは私にとって天国に他ならなかった。
そのおかげだろうか。人間関係とか、将来設計とか。私がその類のものに悩む事は一切無かった。我が事ながらなんとも色気のない事と思うが、本さえあれば私は幸せなのだった。
そんな本の虫である私は、めでたく念願の図書館に就職出来た。それからというもの、受付嬢をこなしつつ本を読み耽る毎日を過ごしているのだった。幸せとはこういうものを指すのだよ。
――あぁ、いいえ、一つ訂正が。受付嬢をこなしつつ、というのは忘れてもらいたい。
いや、何も仕事そっちのけで趣味に興じている訳ではないのです。ちゃんと職務を全うしている事はご理解いただきたい。
ただ、利用者がいないのだから働きようが無い。仕方ない、そう、仕方ない。おかげで私の欲求は十二分に満たされるので、心情的には大歓迎なのだが。
しかし、それにしたってこの図書館には人が来ない。小さな町の図書館にしては立派な施設だというのに、こうも寂れているのは不思議でさえある。
――とか、思うことはあるのだが。この生活に不満なんて、まるで無いのであった。本屋ならともかく、図書館に客入りは関係ない。
大好きな本を好きなだけ読んで、それでお給料まで貰える。天職とか言う前に、これ、ある種の永久機関じゃない?
そんな訳で、相も変わらず人の訪れない図書館の中、いつも通り私の優雅な時間が続く――
「随分と幸福そうだな、君は」
「ふぉわたぁっ!?」
筈だったのだが、ぬっとブルドックみたいなおっさんが現れ、至福の時を妨害してきたのだった。……うぅ、びっくりして変な声出たよぅ。
さて、この厳つい顔のブルドック――ゲフンゲフン、立派なおじさんはここの館長さん。私の上司に当たる人である。
この図書館、そこそこ広い割に私と彼の二人しか事務員はいない。しかも、彼はたまにしか顔を出さない。まぁ、誰も来ないので何も問題は無いのだが。
で、そのたまーに見た顔はいつになく不機嫌そうなのであった。
「お、おはようございまーす」
恐る恐る、陽気に挨拶してみる。こちらの雰囲気に乗ってきてくれれば儲けものである。
「おはよう」
一寸たりとも変わらぬ表情。私の笑顔は見事に売れ残る。
「その……今日は、どのようなご用件で」
「君の働き振りを見に来た。私が来たのにも気づかず読書に熱中していたから、些か声をかけ辛かったがね」
館長が来たにも拘らず知らぬ顔で読書に没頭なんて結構な働きぶりですねハハハハハ、と笑わないお顔が言っていた。
「いやぁ……あははは」
「ところで、この有様はどうだ」
と、突然館長が館内を示した。むむ、追求もう終わり?
なんて事は声に出さず、すぐさま話題変換に便乗する。
「どう、と言われましても……いつも通り、じゃないでしょうか」
広い館内は閑散としており、私達以外の人影は無い。至る所に無造作に置かれた机の上に、これまた無造作に本が積み重なり、溜まった埃がそれらを雪のように彩っている。
ふと本棚の間を見れば張り巡らされた蜘蛛の巣が。先日の雨に打たれた窓は水垢がはっきり見え、入り込んだ木の葉が館内に緑を持ち込んでいる。
あ、今なんか床を通った。ていうか走ってた。何が。まぁ鼠とか、いても喜ばれない虫さんでしょうか。何処から入ってくるのか、館内には小さなお客様がエトセトラエトセトラ。
――うん、いつも通りですよ。
「私は君に館内の整理、清掃も任せていた筈だが」
「はい、任されましたね」
「……これは職務怠慢と言うのではないかな」
「え? このくらい、別に……私の部屋とか、もっと――」
なんていうか、腐界染みてる。
余談だが、私の家はフルーツのアロマが漂っている。買い込んだ果物が丁度熟し、無遠慮に香りをぶちまけているのだ。そういえば、一昨日家に来た友人がコレアロマトチガウ、という謎の呪文を残していたのが気になる。
えー、閑話休題。館長の言いたいところが掴めずに首を傾げる私。心なしか、ブルドックが赤くなっていっている様な。なんか鼻がぴくぴくしてる。
次の瞬間、ブルドッグは鼻を鳴らし、
「一週間以内に片付けろ。でなければクビだ」
なんて恐ろしい事を言い出しやがりましたよ――!
●
――そんなやり取りから数日経ち、期限まで残り二日を残すのみとなった。
此処に至って気づいた事が一つ。図書館の掃除というのはなかなかどうして、難度が高い。
というのも私の身に幾度も謎の現象が起こるせいである。ありのまま今起こったことを話すが、私は掃除していたと思ったらいつもの席いつもの姿勢で読書を嗜んでいた。超スピードとかそんなチャチなものじゃない、真面目な話、怪奇現象である。
そうして気づけば日が暮れていた。改めて館内を見渡すも、そこにはいつも通りの光景――つまるところ、僅かばかりも進んじゃいなかった。
今日のような事がこの一週間起こり続けた。こう続くと陰謀論の一つも唱えたくなる。
――いやいや、そんな冗談を言っている場合ではない。
今日――はこの読みかけの本に費やすとして――除いて、掃除期間は明日一日しか残っていない。
そうなってはもうこの生活が送れない。それは、困る。
人の幸せは何処にありますか? 即答するが、私の幸せは紛れもないこの場所にあるのだ。
……こうなれば最終手段である。初めから最終手段とか、そんな事はどうでもいい。
一人で出来ないなら、大勢でやればいいのだ。正直、出費とか痛いけど、私の幸福を維持できるかどうかの瀬戸際にそんな事も言っていられない。
そう覚悟し、私はハンターオフィスの扉を叩く事を決めた。あ、とりあえず手元の本を読みきってからの話ですけど――――
リプレイ本文
●
「それでは皆さん、今日はよろしくお願い致します」
依頼に応じ集まってくれた者達へフィーリアが言って、図書館入り口の扉を開け放つ。
外見だけでは惨憺たる内部は分からない。開かれた扉から覗く館内を目にした白水 燈夜(ka0236)は、
「あー……うん、凄いな……」
遠い目をしながらそう言った。というか、それ以外に言えなかった。目に余る汚れっぷりである。
入り口に立ち尽くす燈夜の脇を抜け、他のハンター達が館内に入っていく。その誰もが中の有様を見ては驚愕、辟易していた。
「書籍の管理を預かる者が、大切な本達をこの扱い……ありえないわ……」
無造作に散らばった埃塗れの一冊を手に取ったエルティア・ホープナー(ka0727)が言う。直後、彼女の背後でレイン・レーネリル(ka2887)が声を上げる。
「うへぁ……これはまた随分と立派な魔窟だなぁ。下手な廃墟より貫禄あるよ――悪い意味で」
言い得て妙である。この荒廃ぶり、予め図書館だと知らされなければ何の施設か分からないだろう。
予想以上の荒れっぷりにレインは苦笑いを浮かべつつ、フィーリアへと視線を移す。
曰く、読書家の天国を地獄へ堕落させた張本人は平然といつもの定位置に腰を下ろしていた。そして女は何事も無く本を開き、読書を始める。その様子に燈夜が、
「よし、じゃあ掃除頑張ろう。フィーリアさんもちゃんと手伝ってくださいね」
と、彼女を含めた全員に声をかける。ワンテンポどころか大分遅れてフィーリアが反応する。
「……私もするんですか?」
それを微塵も考えていなかったのか、驚愕の表情を浮かべるフィーリア。そんな彼女に、
「一緒に掃除しよう!」
ジオラ・L・スパーダ(ka2635)がカウンターに身を乗り出しながら元気良く言う。困惑するフィーリアはあからさまに視線を逸らす。
「いやぁ……私は……」
「一度書物を手に取ってしまうと、そこから先は推して知るべし……お気持ちは痛いほどに良く分かります。私も読書は大好きです」
逸らした先にはセレス・カルム・プルウィア(ka3145)の姿があった。彼女はまずフィーリアへの理解を示し、
「ですが大事な書物とブッカーさんの今後を考えると、此処は性根を据えて掛からなければならない事案に思えます。一緒に頑張りましょう」
それでもこれがあなたの未来の為だと、その言葉を口にした。その正論に、うぅ、とフィーリアが唸る。
セレスに続くのは仁川 リア(ka3483)。彼はフィーリアが一人でも掃除が行えるように練習する事を薦める。
「今無事に終わっても定期的に掃除しないとクビ、って言われるかも知れないんだよ?」
それでも渋るフィーリアにリアが続けた。だが、
「で、でも……私には掃除とか向いてないといいますかですね……」
それでもフィーリアは首を縦に振ろうとしなかった。往生際の悪い拒絶ぶりである。
だが、そんな態度をエルティアは赦さなかった。ビブロフィリアの彼女はこの惨状を見過ごせない。此れを良しとする事、其れは即ち本への侮辱に等しい。
表情にこそ変化は無いが、明らかに怒りを湛えた鋭い眼光がフィーリアを震え上がらせる。
「貴女、自分基準にモノを考えるのを止めなさい。人と本にとってこの環境は劣悪過ぎるわ」
エルティアの言葉に黙って一同が頷く。この埃塗れの館内は間違いなく有害物件であろう。
「整理も掃除も出来ないのなら職を辞めるか――死になさい」
「し、死――ッ!?」
――後に、フィーリアは語る。自分の人生で命を落とす場面が在ったとすれば、それはこの時を措いて他には無いと。
結局、エルティアの迫力に負けたフィーリアは、渋々掃除に参加する事を承諾するのだった。
●
掃除は二階から順番に上から下へ、清掃の基本に従って行われる事となった。
手分けして二階の窓を開けて回ると、館内に外の清らかな空気が入ってきた。そうして準備を整え、本格的な掃除が始まった。
本棚や高所の清掃はエルティアとセレスの両名が担当する。二人は互いの掃除場所が被らない様に分担し動いていく。
エルティアは脚立を使い、高い所から順々に埃を落として回っていく。
「ありえない……ありえないわ……これだけ貴重な本が揃っているのにこの有様……」
エルティアの言う通り、館内には珍しい書物がたくさん在った。発行部数の少なかった物、リアルブルーから流れ込んだ物までが揃っている。
それがすぐさま分かるのはさすがというべきか。だが、それが分かるが故に劣悪な保管状態が嘆かわしい。
愛書家として怒りを覚えながら掃除をするエルティア。その背後を小さな影が駆け抜けた。彼女は振り返らずにただ一言、
「フォグ」
自身の飼う梟の名を呼ぶ。フォグが飛翔し極小の侵入者――鼠を追跡する。
森の宙空を舞うハンターは、この書物の森でも健在であった。梟はすぐさま対象を捕らえ、それを丸呑みにしてしまった。フォグは小さく咽を鳴らすと、また別の獲物を見つけすぐに飛び立って行った。
狩りはしばらく続いた。それはつまり、それだけ数が居た事を意味する。愛鳥の羽音を背後に聞きながら、エルティアはわなわなと肩を震わせていた。
一方、本棚を担当するもう一人、セレスは穏やかな様子で掃除を進めていた。
彼女もまた本を愛する者、この惨状に思うところは当然あろう。だが、それでも傍目には彼女は楽しげに見えた。
高所の埃が散らばらぬ様、セレスは手刷毛で丁寧に掃いていく。その最中、彼女は幾度も手を止める事があった。
彼女の視線の先には本。そう、フィーリアの認識は正しい。この場所は読書家にとっては――紛れもない天国である。
セレスは興味を持った本を見つけるとそれを漏らさずメモに記していく。掃除が終わった後で読む為だ。
荒れた遺跡から宝を探す、さながら本の発掘を行う様に彼女は作業を進めていった。
「自分の酒場の掃除を普段からやってる身としては、手馴れたもんだ」
命綱をつけぶら下がったジオラが雑巾で壁を丁寧に磨いていく。言葉通り普段の経験が活かされるのに加え、持ち前の立体感覚が手助けし軽業師の様に軽快に動く。
時折、勢いをつけてブランコの様に動いたり、アクロバティックな動作で作業を楽しんでいる様だった。
壁に続き窓を拭きながら、ジオラは雑巾の数が足りないと思い、買出しに出る事にした。
「清掃道具の買出しに行ってくる! とりあえず雑巾を買い込んでくるけど、他に何かいるかー?」
床に降り、館内の仲間に向けてジオラが叫ぶ。離れた所からすかさずレインの声が返ってくる。同時に、本棚の間からセレスが顔を出す。
「ありがとー、ティーバッグがあったらお願いー!」
「ジオラさん。此方でも使いたいので雑巾を多めにお願い出来ますか」
「よし、任せろ!」
二人の注文に答え、ジオラは本を蹴飛ばさないよう館内を走り抜けて行った。
「それにしてもホント汚い場所だね……ゲホッゲホッ……」
箒で床を掃き、舞う埃に咳をしながらリアが言う。すぐ横の燈夜も同意見らしく、口元を押さえながら掃除していた。
二人は高所の埃を落とし終わった場所から掃き、埃を集めていく。穂先を抑え気味に掃くなど工夫はしているが、それでも埃は舞い上がる。
そこにレインとフィーリアがやって来る。彼女達は散らばった本や机の整理が仕事、ここにも本を拾い集めに来たのだが、
「うわぁ、酷いなぁ。こんな所で働いてたら病気になっちゃうよ、フィーリアさーん?」
「いえ、このくらいなら大丈夫ですよ!」
幸か不幸か、環境に適応してしまったらしいフィーリアが胸を張る。三人は顔を合わせ苦笑いする。
「埃除去の鉄則は湿らすこと。乾燥してると舞い上がっちゃうからね」
レインはそう言うと持参していたティーバッグを取り出し、解して床に散らした。
「茶殻をばら撒くと誇りが湿って掃除しやすくなるんだ。ジオラさんに追加を頼んだから、後で他の場所にも撒いておくよ」
説明に傍らで感心するフィーリア。舞う埃に苦労していたリアもレインに礼を言う。
「助かったよ、埃が凄くて少しまいってたんだ」
そうして二人は掃き掃除を再開する。箒で一通り掃き、燈夜は次にモップに持ち変える。
横掛けで丁寧に残った埃を取り、折り返しではハの字を書く様に動かす。器用に燈夜は掃除を進めていく。
一方、リアは燈夜が埃を排除した床を水拭きで行く。
「折角依頼としてハンター呼んでるんだから、こういうやり方でも問題ないよね」
リアはそう行ってスキルを行使する。瞬脚の足運びで瞬く間に床を磨いていく。
その効果は絶大で、見る見るうちに床磨きは進んでいった。
燈夜達と別れ、レインは自分の作業を進めていた。
出鱈目に並んだ机を整頓し、本をチェックしていく。この環境ではカビが生えてやしないかと心配であった。
「時間あれば虫干ししたいけど……」
数が膨大なうえ、この後には収納作業も控えている。今日一日という制約もある中では難しいだろう。
それならば、とレインは別の案を講じ背後のフィーリアへ話しかける。
「ねぇ、ラベンダーや月桂樹の葉ってあるかな? ハーブでも良いんだけどね。所々に置いたり本の栞にすればシミ予防効果が――って、アレ?」
振り返ると、さっきまでいた筈のフィーリアの姿が無かった。慌てて辺りを見渡すと彼女の指定席、カウンターに座って本を読んでいた。
「こら! フィーリアさん本読まない!」
「ハッ……!? 私は今、何を……?」
「それはもういいから……」
無自覚でサボっていたらしいフィーリアに呆れるレイン。実はこのやり取りは既に三回ほど繰り返されている。
本を整理していると自然と読み始めてしまうらしい。どうしたものかと思案するレイン、そこへ、
「あ、エルティアさん」
「エ、エルティアさん!?」
静かにエルティアが歩いてきていた。緊張にフィーリアの表情が強張る。
フィーリアは黙って箒を握らされる。これは? 目でそう尋ねられ、エルティアは答える。
「貴女はそこで掃き掃除でもしてなさい。本には触らずに」
「……はい」
フィーリアはすっかり苦手意識を持ったのか素直に頷いた。
彼女は甘やかしてはいけない。エルティアの監督ぶりにレインはそう学ぶのだった。
●
各々二階から階段を経て一階まで清掃を終え、作業は本の収納へと移っていた。
既に夕刻だが、皆の奮闘もあり館内はちゃんと図書館と呼べるものになっている。後は出しっぱなしの本を棚に戻すだけである。
かき集めてきた本はかなりの量がある。効率化の為、一行は手分けしてジャンル毎に仕分けを行う。
「これで来た人も探しやすいと思うし、片付ける場所もわかるでしょう」
エルティアが中心となり、サイズ、作者別の本の配置一覧なども作られた。サイズの違いは清掃が困難で汚れの原因になりやすいという指摘からだ。
仕分けされた本は掃除中に棚の位置を確認していた燈夜やセレスを中心に行われていく。
「ん、これって何のジャンルかな?」
途中、リアがフィーリアに本を見せ確認する。題名や表紙では何の本なのか判断できない物も中にはあり、そういう時は彼女に確認する。
「それは……あぁ、歴史書ですね。私も読むまではわかりませんでしたね」
それにフィーリアはあっさり答えてみせるのだ。本の虫は伊達ではないらしい。
リアも感心しつつ――微かな疑問が一つ浮かんだ。
「あのさ、ここってあんまり人来ないんだよね? それじゃあ、この本ってもしかして――」
「はい。私が読んだ物です」
――絶句する。
出しっぱなしの本は相当数が在った。
それを全部彼女は読んだというのか。そしてまったく片付けなかったというのかっ。
「ははは……折角綺麗にしたし、また様子見に来ようかな。僕も本読みたいし」
少し油断すればまた読み散らかされてしまう。不吉な未来が見えた気がして、リアは苦笑しつつそんな事を呟く。
そのやり取りを聞いていたエルティアも頷いた。
「気になる本も有るし、私も暫く通わせてもらうわ……貴女も気になる事だし――ねぇ?」
「は、はい……! 是非、お待ちしています」
二人の申し出をフィーリアは快く受け入れた。快く、受け入れた。
●
やがて、全ての作業が終了する。
館内にはもう蜘蛛の巣の一つも見当たらない。無造作に放られた本も無い。其処は確かに、落ち着きを取り戻した本の空間だった。
「お掃除お疲れ様……ってことで、紅茶淹れてきたんだけど、軽くお茶しない?」
収納作業に目途がついた辺りで控え室に向かった燈夜がティーセットを手に戻ってくる。ジオラが清掃用具と共に買ってきた菓子も並べて、小さなお茶会が開かれる。
紅茶を口にしながらセレスが本を開く。彼女の前には他にも何冊かの本が置かれている。
「未知の本、懐かしい本、欲しかった本、色々在りますね――至福です、全てが」
手元に持ってきたのはメモしていたもののほんの一部。彼女の求める書物がこの図書館にはまだまだ埋まっている。
セレスはその全てを読むつもりだ。掃除は終わったが、彼女にとってはここからが本番なのかもしれない。
「うーん……酒に纏わる本とか、接客の仕方とか……真面目に何か読んでみようかな」
早くも読書に没頭するセレスを見て、ジオラも何かを読んでみようかと思い立つ。この場の空気が普段読書をしない彼女にも誘いをかけていた。
それぞれが本を読み出す中、レインがフィーリアに声をかける。
「フィーリアさん、あんな環境だと大好きな本が傷ついちゃうよ。この状態を保って本達を労わってあげようよ。ね?」
にこりと微笑みかけるレイン。読んでいた本から顔を上げ、フィーリアも笑う。
「そうですね……読めなくなってしはいけませんしね」
そうそう、と相槌を打ちながら燈夜が席に着く。その手には掃除中に目をつけていた魔導書が握られている。
「本棚の掃除でつい読書しちゃって、気持ちは分かるけど、クビになりたくなかったら明日からは定期的に掃除しましょうね」
「はい。頑張ろうと思います……怠るとその、怖いので」
言って、フィーリアはチラリとエルティアを窺う。
既に本に夢中になっている彼女は反応しない。だが、彼女が暫く通うのなら当分は安泰か。
すっかり怯えたフィーリアに様子に燈夜とレインが笑う。
「ところで、フィーリアさんの読んだ中でオススメってありますか」
「あ、それ私も知りたいな」
「はい、たくさんありますよ。どんな本がお好きですか――?」
自然とその場の誰もが本を手に取っていく。書物に囲まれたこの場所にはそんな魅力があった。
大掃除で図書館は本来の姿を取り戻し、そこに開かれたお茶会は読書の場へと変わった。
こうしてフィーリアの楽園は守られた。それは恒久的とは行かずとも、暫くはこのまま、汚れる事無く在り続けるだろう――――
「それでは皆さん、今日はよろしくお願い致します」
依頼に応じ集まってくれた者達へフィーリアが言って、図書館入り口の扉を開け放つ。
外見だけでは惨憺たる内部は分からない。開かれた扉から覗く館内を目にした白水 燈夜(ka0236)は、
「あー……うん、凄いな……」
遠い目をしながらそう言った。というか、それ以外に言えなかった。目に余る汚れっぷりである。
入り口に立ち尽くす燈夜の脇を抜け、他のハンター達が館内に入っていく。その誰もが中の有様を見ては驚愕、辟易していた。
「書籍の管理を預かる者が、大切な本達をこの扱い……ありえないわ……」
無造作に散らばった埃塗れの一冊を手に取ったエルティア・ホープナー(ka0727)が言う。直後、彼女の背後でレイン・レーネリル(ka2887)が声を上げる。
「うへぁ……これはまた随分と立派な魔窟だなぁ。下手な廃墟より貫禄あるよ――悪い意味で」
言い得て妙である。この荒廃ぶり、予め図書館だと知らされなければ何の施設か分からないだろう。
予想以上の荒れっぷりにレインは苦笑いを浮かべつつ、フィーリアへと視線を移す。
曰く、読書家の天国を地獄へ堕落させた張本人は平然といつもの定位置に腰を下ろしていた。そして女は何事も無く本を開き、読書を始める。その様子に燈夜が、
「よし、じゃあ掃除頑張ろう。フィーリアさんもちゃんと手伝ってくださいね」
と、彼女を含めた全員に声をかける。ワンテンポどころか大分遅れてフィーリアが反応する。
「……私もするんですか?」
それを微塵も考えていなかったのか、驚愕の表情を浮かべるフィーリア。そんな彼女に、
「一緒に掃除しよう!」
ジオラ・L・スパーダ(ka2635)がカウンターに身を乗り出しながら元気良く言う。困惑するフィーリアはあからさまに視線を逸らす。
「いやぁ……私は……」
「一度書物を手に取ってしまうと、そこから先は推して知るべし……お気持ちは痛いほどに良く分かります。私も読書は大好きです」
逸らした先にはセレス・カルム・プルウィア(ka3145)の姿があった。彼女はまずフィーリアへの理解を示し、
「ですが大事な書物とブッカーさんの今後を考えると、此処は性根を据えて掛からなければならない事案に思えます。一緒に頑張りましょう」
それでもこれがあなたの未来の為だと、その言葉を口にした。その正論に、うぅ、とフィーリアが唸る。
セレスに続くのは仁川 リア(ka3483)。彼はフィーリアが一人でも掃除が行えるように練習する事を薦める。
「今無事に終わっても定期的に掃除しないとクビ、って言われるかも知れないんだよ?」
それでも渋るフィーリアにリアが続けた。だが、
「で、でも……私には掃除とか向いてないといいますかですね……」
それでもフィーリアは首を縦に振ろうとしなかった。往生際の悪い拒絶ぶりである。
だが、そんな態度をエルティアは赦さなかった。ビブロフィリアの彼女はこの惨状を見過ごせない。此れを良しとする事、其れは即ち本への侮辱に等しい。
表情にこそ変化は無いが、明らかに怒りを湛えた鋭い眼光がフィーリアを震え上がらせる。
「貴女、自分基準にモノを考えるのを止めなさい。人と本にとってこの環境は劣悪過ぎるわ」
エルティアの言葉に黙って一同が頷く。この埃塗れの館内は間違いなく有害物件であろう。
「整理も掃除も出来ないのなら職を辞めるか――死になさい」
「し、死――ッ!?」
――後に、フィーリアは語る。自分の人生で命を落とす場面が在ったとすれば、それはこの時を措いて他には無いと。
結局、エルティアの迫力に負けたフィーリアは、渋々掃除に参加する事を承諾するのだった。
●
掃除は二階から順番に上から下へ、清掃の基本に従って行われる事となった。
手分けして二階の窓を開けて回ると、館内に外の清らかな空気が入ってきた。そうして準備を整え、本格的な掃除が始まった。
本棚や高所の清掃はエルティアとセレスの両名が担当する。二人は互いの掃除場所が被らない様に分担し動いていく。
エルティアは脚立を使い、高い所から順々に埃を落として回っていく。
「ありえない……ありえないわ……これだけ貴重な本が揃っているのにこの有様……」
エルティアの言う通り、館内には珍しい書物がたくさん在った。発行部数の少なかった物、リアルブルーから流れ込んだ物までが揃っている。
それがすぐさま分かるのはさすがというべきか。だが、それが分かるが故に劣悪な保管状態が嘆かわしい。
愛書家として怒りを覚えながら掃除をするエルティア。その背後を小さな影が駆け抜けた。彼女は振り返らずにただ一言、
「フォグ」
自身の飼う梟の名を呼ぶ。フォグが飛翔し極小の侵入者――鼠を追跡する。
森の宙空を舞うハンターは、この書物の森でも健在であった。梟はすぐさま対象を捕らえ、それを丸呑みにしてしまった。フォグは小さく咽を鳴らすと、また別の獲物を見つけすぐに飛び立って行った。
狩りはしばらく続いた。それはつまり、それだけ数が居た事を意味する。愛鳥の羽音を背後に聞きながら、エルティアはわなわなと肩を震わせていた。
一方、本棚を担当するもう一人、セレスは穏やかな様子で掃除を進めていた。
彼女もまた本を愛する者、この惨状に思うところは当然あろう。だが、それでも傍目には彼女は楽しげに見えた。
高所の埃が散らばらぬ様、セレスは手刷毛で丁寧に掃いていく。その最中、彼女は幾度も手を止める事があった。
彼女の視線の先には本。そう、フィーリアの認識は正しい。この場所は読書家にとっては――紛れもない天国である。
セレスは興味を持った本を見つけるとそれを漏らさずメモに記していく。掃除が終わった後で読む為だ。
荒れた遺跡から宝を探す、さながら本の発掘を行う様に彼女は作業を進めていった。
「自分の酒場の掃除を普段からやってる身としては、手馴れたもんだ」
命綱をつけぶら下がったジオラが雑巾で壁を丁寧に磨いていく。言葉通り普段の経験が活かされるのに加え、持ち前の立体感覚が手助けし軽業師の様に軽快に動く。
時折、勢いをつけてブランコの様に動いたり、アクロバティックな動作で作業を楽しんでいる様だった。
壁に続き窓を拭きながら、ジオラは雑巾の数が足りないと思い、買出しに出る事にした。
「清掃道具の買出しに行ってくる! とりあえず雑巾を買い込んでくるけど、他に何かいるかー?」
床に降り、館内の仲間に向けてジオラが叫ぶ。離れた所からすかさずレインの声が返ってくる。同時に、本棚の間からセレスが顔を出す。
「ありがとー、ティーバッグがあったらお願いー!」
「ジオラさん。此方でも使いたいので雑巾を多めにお願い出来ますか」
「よし、任せろ!」
二人の注文に答え、ジオラは本を蹴飛ばさないよう館内を走り抜けて行った。
「それにしてもホント汚い場所だね……ゲホッゲホッ……」
箒で床を掃き、舞う埃に咳をしながらリアが言う。すぐ横の燈夜も同意見らしく、口元を押さえながら掃除していた。
二人は高所の埃を落とし終わった場所から掃き、埃を集めていく。穂先を抑え気味に掃くなど工夫はしているが、それでも埃は舞い上がる。
そこにレインとフィーリアがやって来る。彼女達は散らばった本や机の整理が仕事、ここにも本を拾い集めに来たのだが、
「うわぁ、酷いなぁ。こんな所で働いてたら病気になっちゃうよ、フィーリアさーん?」
「いえ、このくらいなら大丈夫ですよ!」
幸か不幸か、環境に適応してしまったらしいフィーリアが胸を張る。三人は顔を合わせ苦笑いする。
「埃除去の鉄則は湿らすこと。乾燥してると舞い上がっちゃうからね」
レインはそう言うと持参していたティーバッグを取り出し、解して床に散らした。
「茶殻をばら撒くと誇りが湿って掃除しやすくなるんだ。ジオラさんに追加を頼んだから、後で他の場所にも撒いておくよ」
説明に傍らで感心するフィーリア。舞う埃に苦労していたリアもレインに礼を言う。
「助かったよ、埃が凄くて少しまいってたんだ」
そうして二人は掃き掃除を再開する。箒で一通り掃き、燈夜は次にモップに持ち変える。
横掛けで丁寧に残った埃を取り、折り返しではハの字を書く様に動かす。器用に燈夜は掃除を進めていく。
一方、リアは燈夜が埃を排除した床を水拭きで行く。
「折角依頼としてハンター呼んでるんだから、こういうやり方でも問題ないよね」
リアはそう行ってスキルを行使する。瞬脚の足運びで瞬く間に床を磨いていく。
その効果は絶大で、見る見るうちに床磨きは進んでいった。
燈夜達と別れ、レインは自分の作業を進めていた。
出鱈目に並んだ机を整頓し、本をチェックしていく。この環境ではカビが生えてやしないかと心配であった。
「時間あれば虫干ししたいけど……」
数が膨大なうえ、この後には収納作業も控えている。今日一日という制約もある中では難しいだろう。
それならば、とレインは別の案を講じ背後のフィーリアへ話しかける。
「ねぇ、ラベンダーや月桂樹の葉ってあるかな? ハーブでも良いんだけどね。所々に置いたり本の栞にすればシミ予防効果が――って、アレ?」
振り返ると、さっきまでいた筈のフィーリアの姿が無かった。慌てて辺りを見渡すと彼女の指定席、カウンターに座って本を読んでいた。
「こら! フィーリアさん本読まない!」
「ハッ……!? 私は今、何を……?」
「それはもういいから……」
無自覚でサボっていたらしいフィーリアに呆れるレイン。実はこのやり取りは既に三回ほど繰り返されている。
本を整理していると自然と読み始めてしまうらしい。どうしたものかと思案するレイン、そこへ、
「あ、エルティアさん」
「エ、エルティアさん!?」
静かにエルティアが歩いてきていた。緊張にフィーリアの表情が強張る。
フィーリアは黙って箒を握らされる。これは? 目でそう尋ねられ、エルティアは答える。
「貴女はそこで掃き掃除でもしてなさい。本には触らずに」
「……はい」
フィーリアはすっかり苦手意識を持ったのか素直に頷いた。
彼女は甘やかしてはいけない。エルティアの監督ぶりにレインはそう学ぶのだった。
●
各々二階から階段を経て一階まで清掃を終え、作業は本の収納へと移っていた。
既に夕刻だが、皆の奮闘もあり館内はちゃんと図書館と呼べるものになっている。後は出しっぱなしの本を棚に戻すだけである。
かき集めてきた本はかなりの量がある。効率化の為、一行は手分けしてジャンル毎に仕分けを行う。
「これで来た人も探しやすいと思うし、片付ける場所もわかるでしょう」
エルティアが中心となり、サイズ、作者別の本の配置一覧なども作られた。サイズの違いは清掃が困難で汚れの原因になりやすいという指摘からだ。
仕分けされた本は掃除中に棚の位置を確認していた燈夜やセレスを中心に行われていく。
「ん、これって何のジャンルかな?」
途中、リアがフィーリアに本を見せ確認する。題名や表紙では何の本なのか判断できない物も中にはあり、そういう時は彼女に確認する。
「それは……あぁ、歴史書ですね。私も読むまではわかりませんでしたね」
それにフィーリアはあっさり答えてみせるのだ。本の虫は伊達ではないらしい。
リアも感心しつつ――微かな疑問が一つ浮かんだ。
「あのさ、ここってあんまり人来ないんだよね? それじゃあ、この本ってもしかして――」
「はい。私が読んだ物です」
――絶句する。
出しっぱなしの本は相当数が在った。
それを全部彼女は読んだというのか。そしてまったく片付けなかったというのかっ。
「ははは……折角綺麗にしたし、また様子見に来ようかな。僕も本読みたいし」
少し油断すればまた読み散らかされてしまう。不吉な未来が見えた気がして、リアは苦笑しつつそんな事を呟く。
そのやり取りを聞いていたエルティアも頷いた。
「気になる本も有るし、私も暫く通わせてもらうわ……貴女も気になる事だし――ねぇ?」
「は、はい……! 是非、お待ちしています」
二人の申し出をフィーリアは快く受け入れた。快く、受け入れた。
●
やがて、全ての作業が終了する。
館内にはもう蜘蛛の巣の一つも見当たらない。無造作に放られた本も無い。其処は確かに、落ち着きを取り戻した本の空間だった。
「お掃除お疲れ様……ってことで、紅茶淹れてきたんだけど、軽くお茶しない?」
収納作業に目途がついた辺りで控え室に向かった燈夜がティーセットを手に戻ってくる。ジオラが清掃用具と共に買ってきた菓子も並べて、小さなお茶会が開かれる。
紅茶を口にしながらセレスが本を開く。彼女の前には他にも何冊かの本が置かれている。
「未知の本、懐かしい本、欲しかった本、色々在りますね――至福です、全てが」
手元に持ってきたのはメモしていたもののほんの一部。彼女の求める書物がこの図書館にはまだまだ埋まっている。
セレスはその全てを読むつもりだ。掃除は終わったが、彼女にとってはここからが本番なのかもしれない。
「うーん……酒に纏わる本とか、接客の仕方とか……真面目に何か読んでみようかな」
早くも読書に没頭するセレスを見て、ジオラも何かを読んでみようかと思い立つ。この場の空気が普段読書をしない彼女にも誘いをかけていた。
それぞれが本を読み出す中、レインがフィーリアに声をかける。
「フィーリアさん、あんな環境だと大好きな本が傷ついちゃうよ。この状態を保って本達を労わってあげようよ。ね?」
にこりと微笑みかけるレイン。読んでいた本から顔を上げ、フィーリアも笑う。
「そうですね……読めなくなってしはいけませんしね」
そうそう、と相槌を打ちながら燈夜が席に着く。その手には掃除中に目をつけていた魔導書が握られている。
「本棚の掃除でつい読書しちゃって、気持ちは分かるけど、クビになりたくなかったら明日からは定期的に掃除しましょうね」
「はい。頑張ろうと思います……怠るとその、怖いので」
言って、フィーリアはチラリとエルティアを窺う。
既に本に夢中になっている彼女は反応しない。だが、彼女が暫く通うのなら当分は安泰か。
すっかり怯えたフィーリアに様子に燈夜とレインが笑う。
「ところで、フィーリアさんの読んだ中でオススメってありますか」
「あ、それ私も知りたいな」
「はい、たくさんありますよ。どんな本がお好きですか――?」
自然とその場の誰もが本を手に取っていく。書物に囲まれたこの場所にはそんな魅力があった。
大掃除で図書館は本来の姿を取り戻し、そこに開かれたお茶会は読書の場へと変わった。
こうしてフィーリアの楽園は守られた。それは恒久的とは行かずとも、暫くはこのまま、汚れる事無く在り続けるだろう――――
依頼結果
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MVP一覧
- 物語の終章も、隣に
エルティア・ホープナー(ka0727)
重体一覧
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依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/01/15 14:30:02 |
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相談卓 仁川 リア(ka3483) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/01/16 14:21:47 |