雪明かり 下

マスター:ゆくなが

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~4人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/03/27 19:00
完成日
2019/04/07 03:31

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 ここは帝都の端にある大衆酒場。とある夜の、ライブが中止になった後のこと。
 シェオル型歪虚は無事退治されたが、これからがブレンネ・シュネートライベン(kz0145)とグリューエリン・ヴァルファー(kz0050)にとって本題であった。

●接近と反発
「グリューエリン、あたしもあんたに話がある」
 ブレンネが毅然とした態度で言い放つ。
 あの日から疎遠になってしまった2人の再会は、感動的なものではなかった。
「まずは、」
 ブレンネの言葉に、グリューエリンが肩を震わせる。それでも、逃げないと決めたので、グリューエリンもブレンネを見返した。
「……なんでしょう」
「歯、食いしばりなさい」
「え?」
 グリューエリンの理解が追いつくよりも先に、ブレンネはリズムよく踏み込んで、グリューエリンをぶん殴った。
 鮮やかな右ストレートである。
 殴られて、瞠目し後退るグリューエリン。
「なんで……なんで逃げたのよ!!」
 ブレンネが叫んだ。
「あの後、あたしがどれだけ寂しかったかわかってるの!? だいたい、あたしは……、あんたに憧れてアイドルになったのよ! 悔しいから認めなくないけど、でも、仕方ないでしょ憧れちゃったんだから!! それなのにあんたは、自分だけ傷ついたみたいな顔して、軍人に戻って……。いいわよね? 所詮アイドルなんて片手間で、あんたには歌うことなんて、その程度のことだったのよ……」
 ブレンネの言葉に、虚飾はない。打算もない。なりふり構っていられない。きっと、彼女はそんなギリギリの状態で今まで活動していたのだ。
「ブレンネ……」
 グリューエリンは呟く。殴られた頬をさするとじんじん痛い。シェオルの攻撃よりずっと痛い。指先が湿った音を立てたのは唇から流れた血に触れたからだ。
「そう、だったんですね……」
 グリューエリンも、ブレンネを誤解していた。歌い続ける彼女は強い人だと思っていた。でも、ブレンネだって悩んで、それでも止まれなかっただけなのかもしれない。そう考えると、黙ってブレンネの主張を聞くという選択肢もあったように思う。けれど、グリューエリンもここに来て、感情の箍が外れてしまた。
「どうせ、また逃げるんでしょ? 温室育ちのお嬢様にお似合いね。あんたなんかに憧れたあたしがバカみた──」
 ブレンネの言葉が途切れた。いや、厳密にはブレンネがグリューエリンをぶん殴って強制終了させた。
 ブレンネが鼻を押さえてよろめく。指の隙間から流れた鼻血が見えた。
「私も吹っ切れました。逃げてしまった負い目から下手に出ていましたが、それはもうやめます」
 淡々としたグリューエリンの声。
「ブレンネ、独り立ちなさい」
「……は?」
「私に憧れるのはあなたの勝手です! 確かに私は逃げました。認めます。自分が許せなくて逃げました! けれどあなたにとやかく言われたくありません! 私にとって歌がその程度? 違いますね、私は歌うことを真面目に考えていたから歌えなかったのです! あなたの方こそ、歌うことを軽んじすぎではないでしょうか!?」
「あたしが鈍感だって言いたいの!?」
「そういっているのですよ! あの戦場を見て、どうとも思わないなんておかしいんじゃありませんか!?」
「どうとも思ってないとはいってないでしょ! 勝手に決めつけないでくれる!?」
「ならあなたの方こそ言葉を撤回なさい! 私だって辛い時間を過ごしました!」
「辛いですって? 知ってるのよ、あんたが復帰ライブしたってことも、剣魔の時だって、いろんな人に囲まれてたじゃない! だいたい、あんたの復帰ライブでアイドルに興味持った奴があたしのライブに来るのよ? おかしくない? ずっと歌っていたのはあたしなんだから、あたしに興味を持ったあとにあんたのところに行けばいいでしょ!!」
「仕方ありません。私の方が先輩ですから」
「逃げたくせに先輩面やめてくれる? だいたい、後発のほうが洗練されてるのよ?」
「洗練とはおかしいですね、ブレンネ。一緒にレッスンをするときだって、何も考えずとりあえずやり始めて、あとから難題にぶつかってばかりだったでしょう!」
「あんたがぐちぐち考えるばかりで行動しないからいけないんでしょ? ああ、お嬢様だから下々の者に働かせておけばいいって考えなのかしら?」
「ヴァルファー家は革命時にいろいろあったので、さほど特別な暮らしはしていません! だいだい、ブレンネ。あなたは譜面に書き込む字が汚すぎるのではありませんか?」
「しょ、しょうがないでしょ、あたしストリートチルドレンで文字を書く機会なんてそうないんだから!」
「言い訳しないでください!」
「言い訳しているのはどっちよ!」
「だったらあの時も──」
「そういうあんただって──」
 グリューエリンとブレンネ、結果、お互いに溜め込んでいた不満をぶつけ合う結果となってしまった。正直、他人が入り込めない雰囲気だ。うっかり踏み込めば、大怪我しそう。だが、
「悪いけど、それまでよ」
 と、大柳莉子が言った途端、2人は床に倒れ込んだ。スリープクラウドで眠らせて、喧嘩を止めたのだ。
 同時に酒場の正面扉が開いた。
「威勢のいい声が聞こえたけど、戦いは終わったのかな?」
 酒場の主人、クラバック氏が様子を見に来たのだ。
「ああ、大丈夫です。シェオルは無事、ハンターの皆様が退治してくださいました」
「それは良かった。でも……」
 クラバックは店内を見渡す。今日はもう営業は無理だろう。
「どうせだから、お片づけ、お願いしてもいいかな? もちろん報酬は払うよ」
「ええ、もちろんですわ」
 莉子がこたえる。
「必要な道具はこちらで用意するよ。そちらのお嬢さん方は、大丈夫なのかい?」
「叩き起こせばいいですから」
「そうか。莉子ちゃんも無理しないでね」
 クラバックはそう言って給仕と共に厨房へと戻っていった。

●しかし、依頼は依頼であった
「……私もしっかりしなくちゃね」
 莉子が呟く。
 今のブレンネは、かつて荒れてここで酒を浴びるように飲んでいた自分に似ている。だから、シェオルとの戦闘もブレンネの腹いせになるならば、と許容したのだった。
「そんなことで、問題は解決しないのにね……」
 でも、莉子はブレンネとグリューエリンの喧嘩を見て、本音をぶつけ合える存在がいることに、少しほっとしていた。
「それはそれとして」
 莉子はブレンネとグリューエリンの頬をべちべち叩いた。
「ウェイクアップ、2人とも。仕事の時間よ? 現場に遅れるなんて、2流以下だわ」
 ビジネスモードの声音である。
「ハンターさんも、よろしくお願いしますね? できれば、この2人がさらなる問題を起こさないように見張っていただけると助かりますわ」
 さて、片付けの時間だった。

リプレイ本文

「と、とにかくお店を片付けましょう! ブレンネさん、こちらへ」
 Uisca Amhran(ka0754)がブレンネ・シュネートライベン(kz0145)の背中を押す。
「グ、グリューエリンはあっちでざくろたちと片付けしよう?」
 時音 ざくろ(ka1250)も、Uiscaとブレンネから離れるようにグリューエリン・ヴァルファー(kz0050)を誘導する。
 とにかくこの2人を近くに置いておくのはまずい、とハンターは考えたのだ。
「僕、掃除用具取りに行くー莉子さん手伝ってー」
 フューリト・クローバー(ka7146)は大柳莉子の腕を引っ張って連れて行く。
「……さて、これの後片付け、ですか。シェオルも容赦ありませんね」
 半分呆れつつ、ツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)は現状の認識を整理する。
「普通の片付けと大差ないでしょう。大事なのはあの2人の方でしょうか。……血を見ない手術はありません。これが良い機会になるよう、私は私に出来ることを」
 ツィスカは美しい黒髪を揺らして、グリューエリンのいる方へ向かった。


「ちょっと、あの、フューリトさん、でしたっけ? 何か私に用でも?」
 莉子はフューリトに引張られるまま、店の控え室に連れていかれる。
「うん。聞きたいことあってねー」
 フューリトは莉子の腕から手を離す。
「ごめんね、腕引張ちゃって」
「いえ、お気になさらず」
「えへへ、ありがとー」
 どこか気の抜けた笑顔でフューリトが言った。
「……僕、グリューさんと知り合ったの、歌わなくなった時期なの」
 グリューエリンが歌わなくなった切っ掛けをもちろん莉子も知っている。
「歌わなくなったきっかけも人づて。グリューさんは謝って許されるものじゃないと思う位に申し訳なく思ってたよ。ブレンネさんはどうかなって。あなたの目から見て、その任務の後から今までどうだった?」
「……そういう話ね。あなたも知っているかもしれないけど、あの後もブレンネは休まず歌ってた。……でも、ちょっとやりすぎね」
「やりすぎ?」
「そう。ブレンネはあの後、自ら仕事を増やすように私に言ったの。それからのライブは……何というか、自分で自分を追い詰めているようだった。自傷行為みたい、なんて、私……思ってしまって」
 ぽつぽつと、莉子は話す。
「グリューエリンが歌わなくなったことは、私も知っている。それが自責の念に由来することもわかるわよ。……でも、止まらなかった人間が何も考えてないなんてのは、違うと思うわ」
 やってしまった以上、その行為を無駄にしないために前へ進むことを選んでしまう人間もいる。莉子はそう続けた。
「どちらが正しいかなんて、私にはわからない。けれど、私はブレンネのプロデューサーだもの。彼女を輝かせるのが、私の仕事なの」
 それだけは、莉子の中で確かなことだった。
「でも、たまには休んで欲しいとは思うけどね……」
「そっか。莉子さん、話してくれてありがとー」


「さっきは凄かったね……」
 ざくろが、先ほどの喧嘩を指してグリューエリンに言う。ブレンネへは声が届かない位置だ。
「物理的に喧嘩になるのはあんまり良くないと思うから、何だったらざくろが話聞くよ、ほら表に出したらすっきりする事もあるだろうし、ね」
 軍手をはめたざくろが、壊れたテーブルの一端を持つ。
 グリューエリンも、ざくろと向き合う形で同じテーブルの端を持った。
「先に殴って来たのはあっちです」
 と、グリューエリンは頑なな態度。
「そうなんだね」
 心に溜まったものを吐き出すだけで、落ち着くこともある。ざくろはそう考えたから、肯定も否定もせずに聞き役に徹していた。
「私だって、私なりに苦しんだり頑張ったりしたんですっ」
 荷車にテーブルだったものを運ぶ間も、グリューエリンは愚痴を続けた。
 ざくろは相槌を打って、それを聴いている。
 ツィスカが壊れた家具を発掘して、運びやすいように並べている。
 喋る内に、グリューエリンも次第に落ち着いて来たようだった。
「じゃあ、ブレンネの事でここは好きだなとか、凄いなって思ってる事も良かったら聞かせてよ」
 にこり、とざくろは優しく笑った。
 グリューエリンは、実際ブレンネへの愚痴を言いつくした感はあったし、そんな自分にも疲れて来ていた。まだ、ブレンネのことを考えると腹がたつ部分もあったが、彼女の良い面を考えはじめる。
「……ダンスが上手いところ、でしょうか。彼女は振り付けを覚えるのも早いのです」
 スローペースではあるが、グリューエリンはブレンネを凄いと思ったところを列挙する。
「後……、ずっと歌い続けていること」
 その最後にグリューエリンはそう言った。
 自分が折れてしまったのを知ってるから、続けた者の凄さがわかる。同時に、どうして自分にそれが出来なかったのかと、悔しく思う気持ちもあるのだ。
「嫌いな所、好きな所、どっちもあるよね人間だもん……」
 それらを引っくるめて、ざくろはそれが人だと言う。
「でも、アイドルなら最終的に決着をつけるなら、その歌でだよ。だから、色々思う所はあるかもしれないけど、今はブレンネとも一緒にこの酒場を片付けようよ、ここは彼女の大事なステージだもん、そこを護ってあげるのも先輩務めじゃないかな?」
「おふたりの悶着の話から感じたのは、似た者同士という所ですかね」
 足の欠損した椅子を運ぶツィスカ。
「ブレンネさんはグリューエリン殿に憧れていたという話ですが、それ故に納得しかねると感じたから筋を通した訳ですし。売り言葉に買い言葉とは言いますけど、お互いに己の役目への誇りと熱意、そして互いのそれらを認めているから、あんなにムキになられたのでしょう」
「そうですね……私も彼女の全てが嫌い……ではないと思います」
 ざくろに思う存分話したので、グリューエリンは冷静な心を取り戻しつつあった。
「貴殿の徹底抗戦の構えも、心の中では彼女を認めている所があるが故のものかもしれませんね」
「ツィスカ殿、私はブレンネに負けたくないんです。でも、その……ブレンネにも負けて欲しくないという……そういう気持ちもあって……」
「ふむ……」
 ツィスカは細い指を顎に当てて考える。
「貴殿はきっと、ブレンネさんと対等な存在でありたい、と思っているのでは? だから歌い続けたブレンネさんへ、歌うことをやめた自分を卑下してしまう……、と考えられますが」
「私、さらに矛盾したことを言うようですが、ブレンネとは仲良くできる気もしないんです……! 私、変でしょうか……?」
「人の関係は人それぞれだと思います。でも、私から言えることは、ブレンネさんの事を大切にしてあげて下さいね、ということです」
 ツィスカが微笑む。
「良い所も悪い所も腹を割って話し合える機会は貴重な事……。確かに痛い思いをすることもあります。ですが、時が経てば美しき思い出にもなるでしょう。ブレンネさんはきっと、貴殿がこれからも、戦い続ける為の強さを育む為にも必要な存在だと思いますよ」


 ブレンネはとにかく目に入ったものを、クラバックに指定された箱の中に運んでいた。
「ねえ、ブレンネさん」
「何よ、Uisca」
「エリンさんの、嫌なところや、どうして欲しかったのかって話、私でよければ聴きますよ?」
「あたしとグリューエリンを仲直りさせるため?」
「……私はブレンネさんとエリンさんが笑えればいいと思うんです。だって、このままじゃ、悲しいと思うから」
「まあ、いいわよ。Uiscaには恨みはないし、八つ当たりしても仕方ないのはシェオルを叩きのめして学んだし」
 ブレンネはUiscaから顔を逸らし、木箱に壊れた皿を運ぶ。
「あたしは……グリューエリンに歌っていて欲しかった。そりゃあ、将来歌わなくなることもあると思う。でも、あんな形でやめるのは許せなかったのよ」
 箱に皿を入れると、すでに入っていた別の皿とぶつかって高い音をたてた。
「あたしは、あいつに憧れてアイドルを目指して……ナサニエルさんと会う前は全然売れなくて、路上ライブでよく知らない人にひどいことを言われたこともある。でも、諦めなかった。確かに暴言とあの日のことは全然スケールが違うと思う。それでもグリューエリンが折れるところなんて見たくなかったのよ」
「それが、ブレンネさんにとっての一番大事なところなのですね」
「そーよ。確かに金持ちは嫌いだし、気にくわないところもあったけど、それはまあ、誰だって嫌な所ぐらいあるでしょ。だから、あたしはあいつが歌わなくなったことが許せない。それだけなのよ」
「……じゃあ、逆に、なんですけど」
 と、Uiscaは続ける。
「エリンさんは、ブレンネさんの何が嫌で、これからどうすれば良いと思うでしょうか? いきなりは難しいかもしれないけど、自分にも非があったと感じたなら理由も伝えてちゃんと謝る事も大事だと思うのです」
「さっきの喧嘩だって、余計なこと言った自覚はある。でも……あの時ぶつけなきゃ、あたしの気持ちが死んじゃう気がしたのよ。黙っていれば、なんとなく仲良く出来たかもしれない。でも、あいつのと関係で、それだけはしたくなかったの」
「やっほー、お掃除道具持って来たよー」
 その時、フューリトと莉子が戻って来た。
「ねー、ブレンネさん、夜食何が出るかなー? 好きな食べ物何ー?」
「そうね。肉とか好きよ。あと甘い物。基本的に嫌いなものはないわね」
「そうなんだー。えへへ、ご飯楽しみだねぇー」
 その後しばらく、3人は黙々と掃除をする。
 その間、フューリトは歌を歌っていた。
「夜が歌うコウモリマーン
 あなたを歌うコウモリマーン
 見ている先は夜の調べだコウモリマーン
 夜があなたを見つめて歌うコウモリマーン」
「フューリト、だっけ。なによ、その歌」
 ブレンネが、フューリトの歌に興味を示した。
「……コウモリ? リトさん、もしかして──」
 グリューエリンも、フューリトの歌がかつて戦った少年のことを思い起こさせたので、彼女の方を振り返った時──、
 ──ブレンネとグリューエリンの目があった。
「「ふんっ」」
 そして、同時に髪を波打たせる勢いで顔を逸らした。
 2人の間に再び沈黙が降りかけた時、今度は皿の割れる音が響く。
「あわわ、ごめんなさい、落としてしました……」
 Uiscaが張り詰めた空気に、すでに欠けている皿を取り落としたのだった。
 その音がブレンネとグリューエリンが醸す緊張感から目を逸らさせ、ハンターたちは再び、作業に戻る。
「……ねえ、フューリト。あんたはあたしたちについて何か聞かないの?」
「んー?」
 屈んで作業をしていたフューリトはブレンネへ視線を向ける。
「そもそもさ、仲良くしてって言われて簡単にできるもんなの?」
「そうね。それが出来るんなら、殴り合ったりしないわね」
「あーでも。個人的には会わなかった時何してたか、お互いの状況がどうだったか話したら? とは思うかなー。別に許すとかの話じゃないけどさ、聞くも聞かないも許すも許さないも……ブレンネさんが後悔しなければいいんじゃない? あなたにもグリューさんにもその自由がある」
「それもそうね。……あたしだって、後悔しないために歌い続けていたんだから」
 そんなことを言うブレンネをフューリトは上目遣いで見つめる。
「……何よ」
「歌うの好きー? 僕歌うの楽しいから好きー」
「好きよ。今だって、ずっと好きよ」


 最後に全員で床を拭き、乾拭きをして、片付けは終わった。
 作業は夜遅くまでかかったが、ハンターたちはようやく酒場を綺麗に片付けた。アイドルたちへのメンタルケアは手厚かったが、もう少し掃除にも力を入れていれば、作業時間は短縮できたかもしれない。
 シェオルの暴れた跡だけが空白地帯になっている。
「もう一度、話し合われたほうが良いと思いますが」
 ツィスカが離れて立っているブレンネとグリューエリンに言う。
「ざくろも、これ以上、仲悪くなって欲しくないな。グリューエリンもブレンネの歌もすごく素敵だと思うから」
「わかったわよ。グリューエリン、決着をつけましょう」
「ええ、ブレンネ。望むところです」
 その様子に、莉子が不安そうな顔をするが、フューリトが再び彼女の腕をつかんだ。
「大丈夫だよ。見守ろう?」
「グリューエリン。あたし、謝らないわよ」
 ブレンネはグリューエリンを真っ直ぐ見る。
 グリューエリンも彼女から目を逸らさなかった。
「私も謝ろうとは思いません」
「あたしはあんたの友達でも仲間でも恋人でも同僚でもない。でも、グリューエリンがいたからあたしはアイドルになって、ここにいる」
「私もあなたが好きかと言われれば、迷います。けれど、ブレンネがアイドルを続けていてくれたから、私は復活できた」
「これで貸し借りはチャラね」
「そうですね。殴られた分殴り返しましたし」
「痛かったわよ?」
「お互い様でしょう」
 これが仲直りというのはわからない。少なくとも仲良しと呼ばれる関係でもない。でも、2人の胸には、
 ──これでようやく対等な関係になれた。
 そんな充実感が広がっていた。


 折角なので、クラバックと給仕の作った夜食であるサンドウィッチとポテトサラダは、大判のテーブルクロスを床に引いて、車座になって食べることにした。
「ブレンネさんはここでよくライブをしていたのですか?」
 Uiscaがポテトサラダを取り分けた皿を渡して訊く。
「実は今日がここでの初ライブなの。全く、ついてないわよね」
「折角なので、歌う予定だった歌を聴かせてもらたら、嬉しいのです」
「良いわよ。莉子、ギター弾いて。グリューエリン、折角だからコーラスやってよ」
 ブレンネとグリューエリンへ視線を向ける。
 すると、グリューエリンはにっこり笑って、
「嫌です。私、リードヴォーカルが良いです」
 と、言った。
「あ・た・し・の、ライブの予定だったんだけど?」
「知ってます。何か問題でも?」
 そんなこんなでいがみ合いが再びはじまったが、それは前よりもずっと穏やかに見えないこともなかった。
「えっと……、一件落着したのでしょうか……? しましたよね……?」
 Uiscaが心配そうに2人を交互に見る。
「なーんか、これ見たことある光景だよねー」
 と、フューリトは言った後、フルーツサンドをもぐもぐする。
「ざくろも思った。……動物の縄張り争い?」
「むしろ猫のじゃれ合いかと。あれは放っておいても大丈夫な類でしょう。ですから、Uiscaさんも気に病む必要はないかと思います」
 言いつつ、ツィスカが優雅にフォークでサラダを食した。
 結局、莉子がギターを弾き、強制的に曲を開始したので2人は競うようにリードヴォーカルを歌い上げる。
 お互いの個性を主張しつつも、高らかに歌声は伸びる。
 そこには、後ろめたさだけは欠片もなかった。

おわりではじまり

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重体一覧

参加者一覧

  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhran(ka0754
    エルフ|17才|女性|聖導士
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • アウレールの太陽
    ツィスカ・V・A=ブラオラント(ka5835
    人間(紅)|20才|女性|機導師
  • 寝る子は育つ!
    フューリト・クローバー(ka7146
    人間(紅)|16才|女性|聖導士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談
ツィスカ・V・A=ブラオラント(ka5835
人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2019/03/27 07:11:02
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/03/23 14:03:31