ゲスト
(ka0000)
【幻想】白百合の追想
マスター:電気石八生

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 3日
- 締切
- 2019/04/04 07:30
- 完成日
- 2019/04/06 23:32
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●門
木漏れる朝焼けに照らされた森を赤く染める、褪せた夕焼け。
怠惰ゴヴニアの言によれば、それは怠惰王オーロラの過去を映す虚像であり、それを見ることでハンターは選ぶこととなるのだという。
万感を胸に、ハンターは内へと踏み込んでいった。
●今暮
マタアシタ。
教会の外から夕焼けに乗って差し込んできた音へ少女は小首を傾げ、思い至った。
また明日。
人々が別れ際交わす、他愛のない挨拶だ。
今、内戦で荒れ果てたこの地にあって、人々は祈るようにその言葉を繰り返していた。また明日、会えますように。また明日、無事に目覚められますように。
――いつの頃からだろう? 人々の真摯な願いに心動かされなくなったのは。
修道女としての務めは十全に果たしている。しかし、彼女が幾万回祈ろうと、夜を徹して願おうと、教会に運び込まれてくる負傷者のほとんどは今日の内に命を失くしてしまう。『すまない』と『ありがとう』の裏に、無念と悔恨を隠して。
だから彼女は人々の最期をせめて飾ろうとあがく。あなたの苦しみも悲しみも、我らが主はその御手で包み、贖うでしょう。
届かない祈りと願いを重ねるにつれ、少女の心はすり減っていき、神の姿を見失っていく。
心がなくなってしまえば、この迷いを忘れられるのですか? 明日を忌むことなく、今日を生き抜けるのですか?
もしそうなら、私は……
救いを求めるように、少女は聖母像を返り見た。
そこに献げられている白百合は、褪せた薄闇の内で鮮やかに輝き、彼女を導く。
行かなくちゃ。意を決し、少女は教会の奥へ向かう。
受け入れた傷兵に拙い手当を施すために。
心ない慰めを添えて見送るために。
●今明
「近くまで来たんでな」
戦闘服に身を包んだ男が少女へ笑んだ。
「エンタ ウ」
うまく笑い返せているだろうか? 乾いた自問を投げかけてみたが、大丈夫。夜通し作り続けてきた笑みは、自動的に灯っている。
「物資に不足はないか? ああ、病院が機能していればな……」
彼は数ヶ月前に少女が見つけ、手当と看病をした兵士であり、その末に生き延びた希有な男であった。
生きていてくれた。そう思いながらもわずらわしさを拭いきれなくて、少女は胸中でため息をこぼす。
明日を迎えた男が、そのときから寄せてくれるようになった情。それは彼女がなくしてしまいたい心をこの生き地獄へ繋ぎ止め、苦しめ続けていたから。
男は少女の険しい顔に気遣わしげな目を向けてくる。
見透かされることを怖れ、少女はあわてて言葉を継いだ。
「……大丈夫」
続く男の言葉を心ない笑みでやり過ごした少女に、男が花を差し出してくる。
「新しい花だ。聖母像に献げてくれ」
少女の虚無に白百合の香りが染み入って、音と色とを取り戻させる。
最初は、死者に手向ける花を求めた少女に男が持ってきただけの花だった。しかし、やがてそれは少女にとって唯一のよすがとなっていて。
あらためて思ってみれば、容易く戦火に躙られる存在でありながら、それでも咲いてみせる花の白に、自らが失いつつある心の純然を重ねているのかもしれない。
「ありがとう、 ウ」
この花があれば、もう少しだけ今日を私のままでいられるから。
●今遠
戦火は日に日に拡大し、教会には傷兵ばかりでなく、一般の怪我人が横たえられ、そして等しく死んでいった。
元々看護や救急医療など知らぬ修道女である。手本から学んだだけの知識はきっとまちがいも多いのだろう。それでもせめて苦しみを和らげたいと、彼女らはかすれた祈りを唱え、死神の鎌へと立ち向かう。
少女もまたその内のひとりであったが、すでになにを思うこともなくなっていた。だから、泣いて嘆く他の修道女たちのことが理解できない。ただすべてが面倒で、どうでもいいことだ。
……そういえば、このところ白百合を見ていない。
花を持ってきてくれるあの男は、激戦のどこかで命を削り落としているのだろう。
だとすればもう二度と、少女の元を訪れたりしないのかもしれない。そう、今日の向こうにあるはずの明日と同じように。
明日なんていつまで経っても来ない。たとえ今日という日から逃げ出したって、結局は次の今日が来るだけ。
「主よ、彼の魂をその御手で、永遠の安らぎへとお導きください」
私も世界も今日も全部終わってなくなればいいのに。
それが私の欲しい明日で、永遠。
と。
教会の壁が吹き飛び、修道女の数人を巻き込んでずたずたに引きちぎれた。
数瞬なのか、それとも数分なのか。いくらかの後に踏み込んできた兵士たちがアサルトライフルの銃口を傷病者や生き残った修道女へ向け――
神様のいるとこに行かせてやるよ。
――引き金をやさしく引き絞った。
弾け飛ぶ自分の欠片を見下ろして、少女は小さく笑む。
これで私が繰り返してきた今日は、永遠におしまい。
●明日
気がつけば少女は見知らぬ場所に横たわっていて、見知らぬものに見下ろされていた。
「……天国? それとも地獄?」
「どっちでもねぇ。このビックマー・ザ・ヘカトンケイル様が統べる辺境だ」
巨大なクマのぬいぐるみは王冠の縁を示して答える。
どうやら少女は死に損なって、あの場所からクマの国へ移されたらしいが……体の傷は深く、どうせもうすぐ死ぬ。なら、どちらへ自分が行くかはすぐに知れるだろう。
「なんだおまえ? 死ぬのがおっかなくねぇのか?」
クマは自分を気のない目で見上げる少女へ迫る。のんきな見かけにそぐわぬ強大な力を備えていることは知れたが、それでも彼女が返す言葉は変わらない。
「どうでもいい。なにもない明日がもらえるなら、それで」
少女の迷いのない投げ槍に、クマは器用に苦笑を作ってみせて。
「ふん、怠惰としちゃあ悪くねぇお返事だぜ」
よし。クマは膝を打ち、高らかに告げる。
「怠惰王ビックマーがおまえにだらだら寝てられる明日をくれてやる! 人間辞めて怠惰になりやがれ!」
クマは自らの力を少女へ送り込み始める中、ふと顔を傾げ。
「おう、ちゃんと持っとけ」
少女の体の上に置かれたものは、艶やかな白百合。
ただそれだけのことで、なにかが変わっていく。
少女は花の香りを吸い込んだ。なぜだろう、とても落ち着くのは。手放してしまいそうになるなにかが繋ぎ止められるようで、彼女は思わず薄笑んだ。
「そういやおまえ、名前はなんてぇんだ?」
クマがくれた白百合を抱きしめ、少女は答えた。
「オーロラ」
木漏れる朝焼けに照らされた森を赤く染める、褪せた夕焼け。
怠惰ゴヴニアの言によれば、それは怠惰王オーロラの過去を映す虚像であり、それを見ることでハンターは選ぶこととなるのだという。
万感を胸に、ハンターは内へと踏み込んでいった。
●今暮
マタアシタ。
教会の外から夕焼けに乗って差し込んできた音へ少女は小首を傾げ、思い至った。
また明日。
人々が別れ際交わす、他愛のない挨拶だ。
今、内戦で荒れ果てたこの地にあって、人々は祈るようにその言葉を繰り返していた。また明日、会えますように。また明日、無事に目覚められますように。
――いつの頃からだろう? 人々の真摯な願いに心動かされなくなったのは。
修道女としての務めは十全に果たしている。しかし、彼女が幾万回祈ろうと、夜を徹して願おうと、教会に運び込まれてくる負傷者のほとんどは今日の内に命を失くしてしまう。『すまない』と『ありがとう』の裏に、無念と悔恨を隠して。
だから彼女は人々の最期をせめて飾ろうとあがく。あなたの苦しみも悲しみも、我らが主はその御手で包み、贖うでしょう。
届かない祈りと願いを重ねるにつれ、少女の心はすり減っていき、神の姿を見失っていく。
心がなくなってしまえば、この迷いを忘れられるのですか? 明日を忌むことなく、今日を生き抜けるのですか?
もしそうなら、私は……
救いを求めるように、少女は聖母像を返り見た。
そこに献げられている白百合は、褪せた薄闇の内で鮮やかに輝き、彼女を導く。
行かなくちゃ。意を決し、少女は教会の奥へ向かう。
受け入れた傷兵に拙い手当を施すために。
心ない慰めを添えて見送るために。
●今明
「近くまで来たんでな」
戦闘服に身を包んだ男が少女へ笑んだ。
「エンタ ウ」
うまく笑い返せているだろうか? 乾いた自問を投げかけてみたが、大丈夫。夜通し作り続けてきた笑みは、自動的に灯っている。
「物資に不足はないか? ああ、病院が機能していればな……」
彼は数ヶ月前に少女が見つけ、手当と看病をした兵士であり、その末に生き延びた希有な男であった。
生きていてくれた。そう思いながらもわずらわしさを拭いきれなくて、少女は胸中でため息をこぼす。
明日を迎えた男が、そのときから寄せてくれるようになった情。それは彼女がなくしてしまいたい心をこの生き地獄へ繋ぎ止め、苦しめ続けていたから。
男は少女の険しい顔に気遣わしげな目を向けてくる。
見透かされることを怖れ、少女はあわてて言葉を継いだ。
「……大丈夫」
続く男の言葉を心ない笑みでやり過ごした少女に、男が花を差し出してくる。
「新しい花だ。聖母像に献げてくれ」
少女の虚無に白百合の香りが染み入って、音と色とを取り戻させる。
最初は、死者に手向ける花を求めた少女に男が持ってきただけの花だった。しかし、やがてそれは少女にとって唯一のよすがとなっていて。
あらためて思ってみれば、容易く戦火に躙られる存在でありながら、それでも咲いてみせる花の白に、自らが失いつつある心の純然を重ねているのかもしれない。
「ありがとう、 ウ」
この花があれば、もう少しだけ今日を私のままでいられるから。
●今遠
戦火は日に日に拡大し、教会には傷兵ばかりでなく、一般の怪我人が横たえられ、そして等しく死んでいった。
元々看護や救急医療など知らぬ修道女である。手本から学んだだけの知識はきっとまちがいも多いのだろう。それでもせめて苦しみを和らげたいと、彼女らはかすれた祈りを唱え、死神の鎌へと立ち向かう。
少女もまたその内のひとりであったが、すでになにを思うこともなくなっていた。だから、泣いて嘆く他の修道女たちのことが理解できない。ただすべてが面倒で、どうでもいいことだ。
……そういえば、このところ白百合を見ていない。
花を持ってきてくれるあの男は、激戦のどこかで命を削り落としているのだろう。
だとすればもう二度と、少女の元を訪れたりしないのかもしれない。そう、今日の向こうにあるはずの明日と同じように。
明日なんていつまで経っても来ない。たとえ今日という日から逃げ出したって、結局は次の今日が来るだけ。
「主よ、彼の魂をその御手で、永遠の安らぎへとお導きください」
私も世界も今日も全部終わってなくなればいいのに。
それが私の欲しい明日で、永遠。
と。
教会の壁が吹き飛び、修道女の数人を巻き込んでずたずたに引きちぎれた。
数瞬なのか、それとも数分なのか。いくらかの後に踏み込んできた兵士たちがアサルトライフルの銃口を傷病者や生き残った修道女へ向け――
神様のいるとこに行かせてやるよ。
――引き金をやさしく引き絞った。
弾け飛ぶ自分の欠片を見下ろして、少女は小さく笑む。
これで私が繰り返してきた今日は、永遠におしまい。
●明日
気がつけば少女は見知らぬ場所に横たわっていて、見知らぬものに見下ろされていた。
「……天国? それとも地獄?」
「どっちでもねぇ。このビックマー・ザ・ヘカトンケイル様が統べる辺境だ」
巨大なクマのぬいぐるみは王冠の縁を示して答える。
どうやら少女は死に損なって、あの場所からクマの国へ移されたらしいが……体の傷は深く、どうせもうすぐ死ぬ。なら、どちらへ自分が行くかはすぐに知れるだろう。
「なんだおまえ? 死ぬのがおっかなくねぇのか?」
クマは自分を気のない目で見上げる少女へ迫る。のんきな見かけにそぐわぬ強大な力を備えていることは知れたが、それでも彼女が返す言葉は変わらない。
「どうでもいい。なにもない明日がもらえるなら、それで」
少女の迷いのない投げ槍に、クマは器用に苦笑を作ってみせて。
「ふん、怠惰としちゃあ悪くねぇお返事だぜ」
よし。クマは膝を打ち、高らかに告げる。
「怠惰王ビックマーがおまえにだらだら寝てられる明日をくれてやる! 人間辞めて怠惰になりやがれ!」
クマは自らの力を少女へ送り込み始める中、ふと顔を傾げ。
「おう、ちゃんと持っとけ」
少女の体の上に置かれたものは、艶やかな白百合。
ただそれだけのことで、なにかが変わっていく。
少女は花の香りを吸い込んだ。なぜだろう、とても落ち着くのは。手放してしまいそうになるなにかが繋ぎ止められるようで、彼女は思わず薄笑んだ。
「そういやおまえ、名前はなんてぇんだ?」
クマがくれた白百合を抱きしめ、少女は答えた。
「オーロラ」
リプレイ本文
●前置
すべての情景を見終え、自らが向かう先を定めて門へと踏み入ったハンターたち。
その背を、怠惰ゴヴニアの声音がなぜる。
『憶えおけ。汝(なれ)らの様を見、声音を聞き、触れるがかなうは、情景の主たるオーロラのみ。――我は見届けよう。汝らがオーロラを揺らすや揺らさずやを』
●今暮
夕日差し込む教会の内、ふと聖母像を見た修道女オーロラ。
その背にわだかまる黒い疲労を押し退けるように、イスフェリア(ka2088)は静かに声音をかけた。
「オーロラさん、はじめまして」
びくりと振り返ったオーロラは、当然のごとく眉根をひそめ。
「誰ですか?」
「いつかの昔、聖職者だった亡霊。さまよっている内、ここに引き寄せられていたの。あなたがわたしと同じ聖職者だからかも」
最初に決めていたとおり、偽りの立場を示して笑みを傾げるイスフェリア。
対してオーロラは彼女から目を逸らし、歩き出した。主の御愛を人々に示すべき聖職者が迷い出るなど、この世界は本当にもう――
オーロラの思いが、語るほどの確かさでイスフェリアへ届く。
オーロラさんは信じることに疲れ果てて、絶望している。だったらわたしがするべきことは、あなたと同じように絶望した過去を踏み越えた、今の思いを語ること。
意を定めてイスフェリアは切り出した。
「修道女でいることが、辛い?」
心の芯を貫かれて立ち止まったオーロラに、イスフェリアはさらに言い募る。与えられた時間は短い。この機を逃さず、伝えなければ。
「神も人も、かならずしも誰かを助けられるとは限らない。あなたが辛いのは、それを誰より思い知らされないとならない聖職者だから」
オーロラが半歩を後じさるが、逃がさない。だってわたしは、絶望がなにかを知っているんだもの。このまま行かせるわけにいかないよ。
「でも。あなたに見送られた人たちは、幸いだった。人は孤独がなによりも怖いもので、いちばん大切なのは誰かとの繋がりだから……オーロラさんが必死に看病してくれて、見守ってくれたことは、その人にとって灯火みたいな救いになったはずなんだ。だから」
もっともやさしく、もっとも残酷なひと言を突きつけた。
「あきらめないで」
神じゃなくて、あなた自身を信じることを。人は共感することで救われるものだからこそ、あなたに送られる誰かのために、誰かを送るあなたのために、どうか――
かくて、暗転。
●今明
「ありがとう、 ウ」
白百合を渡されたオーロラが、黒髪黒瞳の男へ薄笑みを傾げたそのとき。
「エンタロウ――青木 燕太郎。それが彼の名前だよ」
アルバ・ソル(ka4189)は、一音一音をオーロラのかすれた心へ刻みつけるようはっきりと紡ぎ上げた。
「きみは彼を忘れたいのか。本当に?」
「なにを言っているの? あなたなんて知らない。近寄らないで」
意味がわからない顔をして、オーロラはアルバから逃げ出した。花を渡した体勢を保って動かない、“ ン ウ”の影へ。
名前を明確に表わせないのは、思い出すのを無意識に拒絶しているからか。なら、僕のすべきことは決まっている。
アルバは踏み出し、そして。
「その男が本当にきみをこの世界に繋ぎ止め、苦しみ続ける存在ならば、どうしてきみはその影に隠れる?」
一方、アルバの追求を無言で見守るレイア・アローネ(ka4082)は、その碧眼をわずかに伏せて息をついた。
正直なところ、友である彼の選んだやりかたが正しいものだとは思えない。感情と感傷に心を飽和させた少女へ理を説き、真実を突きつけることは。しかし、彼がまたそれを選ぶよりないのだということも、友であればこそ知っていた。
そして私も……おそらくは彼女も、こうすることを選ぶよりないのだろう。だから私は迷わずに進もう。そしてオーロラ、おまえを救うために、あがく。
「――エン ウ。エ タ ? 知らない、誰?」
かぶりを振るオーロラへ、アルバがもう一歩踏み出した。
「あたたかな思い出も、だからこそ辛く響くことはあるのだろう。すべてを忘れてしまいさえすれば、確かに傷つくこともせずにすむ。けれどきみは、それを拒否した」
セピアを映して静止する“エンタロウ”を追い越し、アルバは声音の厳しさをそのままにオーロラへ告げた。
「きみは青木の手を振り払わなかっただろう? 信じることが怖くて、受け入れることはできなかったのかもしれない。それでも振り払わなかった……いや、振り払えなかったのは、その手にきみを繋ぎ止めたものが他ならぬきみ自身だったからだ」
「知らない――知らない知らない知らない! 私はなにもいらない! すがらないすがらないすがらない!」
頭を抱えてオーロラが叫ぶ。セピアの情景が揺らぎ、アルバが片膝をついた、そこへ。
「楽になりたいのか?」
情景を貫いて飛んだレイアの問いが、オーロラの狂騒を止めた。
「楽に、なりたい? 私は、もう、なにも」
ああ、オーロラ。それは確かにおまえの本心なのだろうが、しかし。
レイアは轟きを潜めた情景を渡り、少女の前に立つ。その据えた心同様、けして揺らがぬようにしっかりと。そして。
「ならばなぜ、すぐにその道を選ばなかった? その男の言葉など無視すればよかった。それ以前にその男を救わなければよかった。そもそも誰ひとり救おうなどと思わなければよかった」
オーロラのうつむいていた顔が、かすかな怒りを映して上がる。
それでいい。アルバが剥き出させたおまえの心を、私があらためて突きつけてやる。
「それをしなかったのは、楽になりたい心と同じほど、楽になることをせずに貫きたい心があったからだ。……おかしいことはあるまい。あの男を忘れたいおまえも、あの男を救ったおまえも、同じおまえなのだから」
レイアはオーロラの肩をつかみ、まっすぐに立たせて。
「私はおまえの苦しみを理解できるなどと思い上がりはしない。だから嘘も偽りも含めることなく、ただの勝手を言わせてもらう」
息を吸い込み、強く見開いた碧眼を真っ向から向けた。
「誰よりやさしく情け深いからこそ負うこととなった傷は、けして忌むべきものではない。それを忘れないでほしい。だからこそ」
万感を全力で、押しつける。
「怠惰なる安息に浸ることへ抗い、不屈を願った心のままに、果てなく苦しめ」
そこへ追いついてきたアルバが、言葉を重ねる。
「忘却という甘美な怠惰へ逃げ込むことなく、苦痛のすべてを飲み込んで、抱え込むことこそがきみの為すべきことだ。白百合に込めた思いと共にきみが選んだ答は、きっとそれであるはずだから」
と、声音をやわらかく絞り。
「そして憶えていてやってくれ。青木 燕太郎……きみを思い、守る、きみだけの騎士のことを」
かくて、暗転。
●今遠
ジェールトヴァ(ka3098)は思慮深く視線をはしらせ、現状を把握する。
どうやらカウントを取る必要はないようだ。
教会の壁をぶち抜いて踏み込んできた兵士たちが、アサルトライフルの引き金を引き絞った。
果たして薄笑むオーロラへと殺到した粗悪な銃弾は、ジェールトヴァの構えた聖盾「コギト」より伸びだした光の障壁に遮られ、ばらばらと瓦礫の上にこぼれ落ちた。
「――きみを救ったわけではないよ」
スキルが正しく発動したこと、そして兵士たちが情景の一部となって静止したことに息をつき、尻餅をついたオーロラへと歩み寄っていく。
「私は未来からやってきたのでね、知っているんだ。私が手を出そうと出すまいと、きみがここで死なずに生き延びることを」
オーロラの表情が曇り、固く強ばった。
聞かされた未来への絶望、実際に生きていることへの悲哀、そして得体の知れぬ老人への疑念、すべてを壁として心を覆い隠す。
だが、それに構わず、ジェールトヴァは彼女の傍らへ腰を下ろした。有情とは、けして甘いものではない。私もまた覚悟をしなければなるまいからね。
「ここで終わらせたかった?」
ジェールトヴァの問いに、オーロラは応えない。突きつけられた1秒先の未来を、虚ろな目でながめやるばかりだ。
「今のきみがそうしているように、未来のきみもそうしているよ。自ら考えることも誰かから受け取ることも拒絶して」
ジェールトヴァはオーロラの横顔へさらに語りかける。
「幸せは小さな喜びの影にあり、小さな喜びは大きな悲しみや苦しみの向こうにある。だからこそ、絶望から目をそむけてはいけない。その先にある、自ら命を断つことなく生き続けてきたきみの幸せを見つけるために」
反応が返らぬだろうことはもう悟っている。が、これだけは残していかなければ。そうでなければ、あの男があまりにも報われまい。
「もうひとつだけ未来の話をしよう。きみに救われたひとりの男が、きみを救うために果てなく戦い続けている。そんな誰かがいてくれる幸せを、どうか忘れないで」
かくて、暗転。
●明日
「どうでもいい。なにもない明日がもらえるなら、それで」
オーロラの応えにビックマーは満足気にうなずいた。
「人間辞めて怠惰になりやがれ!」
「ちょっと待ったー!!」
オーロラとビックマーの間にヘッドスライディングで跳び込んだ百鬼 一夏(ka7308)が、前回りして立ち上がった次の瞬間、横たわるオーロラへ跳びついて。
「なに投げ槍になってるんですか! はい、これ飲んで傷治して話聞いてくださーい!」
「っ、あっ、なっ」
猛々しい筋力をもって弱々しいオーロラの抵抗を抑えつけ、その口にヒーリングポーションを飲み込ませていく。効きますよね? 効きますよ! 私が効くって決めたら効くんです!
オーロラがむせないよう、その頭を上向けて支えながら、ボルディア・コンフラムス(ka0796)は常ならぬ難しい表情で言う。
「なにもない明日、ね。……なあ、それってほんとにおまえが欲しかったもんか?」
ビックマーは情景の内に沈み込んで動かない。ってこた、オーロラはまだ人間だ。なら、やれるよな。いや、やるぜ。
ボルディアはオーロラの応えを待たず、彼女の華奢な上体を起き上がらせた。傷が塞がっているのはきちんと確認ずみだ。
「離すぜ。人間ってのはよ、誰かに寄っかかるんじゃなくて、テメェでテメェを支えなきゃなんねぇんだ」
一夏もまた、ボルディアの意を汲んでオーロラから身を離す。
途端、オーロラは立ち上がってふたりから離れ、両手で白百合をかばった。
と、花弁から溢れだした香りが野太いクマの前肢を為し、ボルディアへ、一夏へ振り下ろされた。
「……その白百合はね、あなたを思う人があなたに差し出してくれた思いそのものです。クマがくれた怠惰の証なんかじゃ、ないんですよ」
その身へ深々と潜り込んだ爪を全力で押し返し、一夏が告げる。
そして、轟とマテリアルの炎を噴き上げたボルディアもまた、自らを打ち据えた爪をその肉から引き抜いて。
「おまえが全部投げ出しちまう前に持ってた願いはなんだ!? 行きたかった未来にいたのは誰だ!? 祈った明日はこんな黒茶色か!? その花におまえが込めた想いはなんだ!?」
「憶えてなんかない知らないなにもない。私には、ビックマーがくれた、この花だけ」
弱々しくかぶりを振るオーロラの拒絶を、一夏の咆哮が塗り潰した。
「エンタロウ――青木 燕太郎!! あなたにその白百合を託した人の名前です! あなたは自分の無力に絶望したかもしれないけど、エンタロウは確かに明日へ行きましたよ! あなたの戦いは、ムダなんかじゃありませんでした!!」
「それは私のおかげじゃない。それは私のせいじゃない。私はなにもできないから、なにもしない。それだけでいい。それだけがいい。私は」
顕現する無数の熊爪がハンターふたりへ襲いかかる。肉を裂き、骨を砕き、命を削り、すべてを無に帰さんと唸る。
「アホか、おまえは」
熊爪と白百合を突き抜けた血まみれの指先が、オーロラの胸元へと届いた。
「寝くたばって待ってるだけでお望みの明日が来る世界なんて、ツマンネェだろ。欲しい明日ってのはなぁ、しがみついて噛みちぎってつかみ取るモンなんだよ!!」
開いていたその手は、ボルディアの太い声音と共に強く握り込まれ、オーロラを揺らす。
よくわからないけれど――でも――私は――
と、ボルディアの拳の横に、一夏の血まみれの拳が並び。
「あなたが怠惰になるのはもう止められないです。でも、あなたを忘れたあなたと戦うなんて、いやですから」
正直、なにも知らないオーロラを倒すほうが簡単なのだろうが、しかし。
「怠惰に支配されたオーロラじゃなくて、怠惰を支配したオーロラと戦いたいんです! 怠惰王なんかじゃない、オーロラと!!」
ニガヨモギをかき消すほど強い思いが込められた花。その絆が誰と結ばれていたのか、一夏は知ってしまったから、この選択を悔いない。
「迷うならこの花に訊け」
握り込んでいたものを託すように、開いた指先で白百合をなぜ、ボルディアが身を翻した。
「本当のおまえは何者なのか、本当の望みはなんだったのか、本当に自分を救えるモンはなんなのか。そいつは全部、花に映ったおまえの中にあるんだぜ。だからよ」
そして肩越しに、告げる。
「テメェから逃げるんじゃねぇぞ」
かくて、暗転。
●先
幕が下りたかのような黒が払われた先には、現世の夕暮れが待ち受けていた。加えて、愚者の黄金たる黄鉄に赤茶けた日ざしを照り返す、怠惰ゴヴニアも。
「些末はともあれ、汝らは役を演じきった」
「もう少し説明を求めてもいいかな? さすがにそれだけでは理解が追いつかない」
ジェールトヴァの求めをすくめた肩でいなし、ゴヴニアは言葉を継いだ。
「オーロラの深き絶望を揺さぶりきれたものとは言えぬが、ともあれ怠惰王ならぬオーロラへ汝らは有情をもたらし、縁を結ばった。今は其をして重畳よ」
ゴヴニアのしたり顔へ、一夏が静かに言い返す。
「あなたの重畳なんてどうでもいいです。私は怠惰王じゃなくてオーロラさんと戦いますから」
これを受けたゴヴニアはハンターたちを見渡して。
「其の言、決戦の場にて問われようよ」
姿をかき消した。
「……彼女に選択を強いた責任を取らないといけないね」
アルバが息をついて漏らした言葉に、レイアがああと応え。
「強いたばかりでなく、私たちもまた選んだのだ。あとはそれを貫くよりあるまい」
傷の消えた手を握り締め、ボルディアは強く紡ぎ上げた。
「きっちり見せてやる。得物に込めた俺の想いってやつを、あいつによ」
イスフェリアは門の向こうに封じられたオーロラの心を返り見て、思う。
独りぼっちの怠惰王じゃない、やさしくて弱くてさみしがり屋なオーロラさんを、わたしたちみんなで送るから。だからどうか――
ハンターたちは有情の重みを胸に、迫る決戦へと歩を踏み出していく。
すべての情景を見終え、自らが向かう先を定めて門へと踏み入ったハンターたち。
その背を、怠惰ゴヴニアの声音がなぜる。
『憶えおけ。汝(なれ)らの様を見、声音を聞き、触れるがかなうは、情景の主たるオーロラのみ。――我は見届けよう。汝らがオーロラを揺らすや揺らさずやを』
●今暮
夕日差し込む教会の内、ふと聖母像を見た修道女オーロラ。
その背にわだかまる黒い疲労を押し退けるように、イスフェリア(ka2088)は静かに声音をかけた。
「オーロラさん、はじめまして」
びくりと振り返ったオーロラは、当然のごとく眉根をひそめ。
「誰ですか?」
「いつかの昔、聖職者だった亡霊。さまよっている内、ここに引き寄せられていたの。あなたがわたしと同じ聖職者だからかも」
最初に決めていたとおり、偽りの立場を示して笑みを傾げるイスフェリア。
対してオーロラは彼女から目を逸らし、歩き出した。主の御愛を人々に示すべき聖職者が迷い出るなど、この世界は本当にもう――
オーロラの思いが、語るほどの確かさでイスフェリアへ届く。
オーロラさんは信じることに疲れ果てて、絶望している。だったらわたしがするべきことは、あなたと同じように絶望した過去を踏み越えた、今の思いを語ること。
意を定めてイスフェリアは切り出した。
「修道女でいることが、辛い?」
心の芯を貫かれて立ち止まったオーロラに、イスフェリアはさらに言い募る。与えられた時間は短い。この機を逃さず、伝えなければ。
「神も人も、かならずしも誰かを助けられるとは限らない。あなたが辛いのは、それを誰より思い知らされないとならない聖職者だから」
オーロラが半歩を後じさるが、逃がさない。だってわたしは、絶望がなにかを知っているんだもの。このまま行かせるわけにいかないよ。
「でも。あなたに見送られた人たちは、幸いだった。人は孤独がなによりも怖いもので、いちばん大切なのは誰かとの繋がりだから……オーロラさんが必死に看病してくれて、見守ってくれたことは、その人にとって灯火みたいな救いになったはずなんだ。だから」
もっともやさしく、もっとも残酷なひと言を突きつけた。
「あきらめないで」
神じゃなくて、あなた自身を信じることを。人は共感することで救われるものだからこそ、あなたに送られる誰かのために、誰かを送るあなたのために、どうか――
かくて、暗転。
●今明
「ありがとう、 ウ」
白百合を渡されたオーロラが、黒髪黒瞳の男へ薄笑みを傾げたそのとき。
「エンタロウ――青木 燕太郎。それが彼の名前だよ」
アルバ・ソル(ka4189)は、一音一音をオーロラのかすれた心へ刻みつけるようはっきりと紡ぎ上げた。
「きみは彼を忘れたいのか。本当に?」
「なにを言っているの? あなたなんて知らない。近寄らないで」
意味がわからない顔をして、オーロラはアルバから逃げ出した。花を渡した体勢を保って動かない、“ ン ウ”の影へ。
名前を明確に表わせないのは、思い出すのを無意識に拒絶しているからか。なら、僕のすべきことは決まっている。
アルバは踏み出し、そして。
「その男が本当にきみをこの世界に繋ぎ止め、苦しみ続ける存在ならば、どうしてきみはその影に隠れる?」
一方、アルバの追求を無言で見守るレイア・アローネ(ka4082)は、その碧眼をわずかに伏せて息をついた。
正直なところ、友である彼の選んだやりかたが正しいものだとは思えない。感情と感傷に心を飽和させた少女へ理を説き、真実を突きつけることは。しかし、彼がまたそれを選ぶよりないのだということも、友であればこそ知っていた。
そして私も……おそらくは彼女も、こうすることを選ぶよりないのだろう。だから私は迷わずに進もう。そしてオーロラ、おまえを救うために、あがく。
「――エン ウ。エ タ ? 知らない、誰?」
かぶりを振るオーロラへ、アルバがもう一歩踏み出した。
「あたたかな思い出も、だからこそ辛く響くことはあるのだろう。すべてを忘れてしまいさえすれば、確かに傷つくこともせずにすむ。けれどきみは、それを拒否した」
セピアを映して静止する“エンタロウ”を追い越し、アルバは声音の厳しさをそのままにオーロラへ告げた。
「きみは青木の手を振り払わなかっただろう? 信じることが怖くて、受け入れることはできなかったのかもしれない。それでも振り払わなかった……いや、振り払えなかったのは、その手にきみを繋ぎ止めたものが他ならぬきみ自身だったからだ」
「知らない――知らない知らない知らない! 私はなにもいらない! すがらないすがらないすがらない!」
頭を抱えてオーロラが叫ぶ。セピアの情景が揺らぎ、アルバが片膝をついた、そこへ。
「楽になりたいのか?」
情景を貫いて飛んだレイアの問いが、オーロラの狂騒を止めた。
「楽に、なりたい? 私は、もう、なにも」
ああ、オーロラ。それは確かにおまえの本心なのだろうが、しかし。
レイアは轟きを潜めた情景を渡り、少女の前に立つ。その据えた心同様、けして揺らがぬようにしっかりと。そして。
「ならばなぜ、すぐにその道を選ばなかった? その男の言葉など無視すればよかった。それ以前にその男を救わなければよかった。そもそも誰ひとり救おうなどと思わなければよかった」
オーロラのうつむいていた顔が、かすかな怒りを映して上がる。
それでいい。アルバが剥き出させたおまえの心を、私があらためて突きつけてやる。
「それをしなかったのは、楽になりたい心と同じほど、楽になることをせずに貫きたい心があったからだ。……おかしいことはあるまい。あの男を忘れたいおまえも、あの男を救ったおまえも、同じおまえなのだから」
レイアはオーロラの肩をつかみ、まっすぐに立たせて。
「私はおまえの苦しみを理解できるなどと思い上がりはしない。だから嘘も偽りも含めることなく、ただの勝手を言わせてもらう」
息を吸い込み、強く見開いた碧眼を真っ向から向けた。
「誰よりやさしく情け深いからこそ負うこととなった傷は、けして忌むべきものではない。それを忘れないでほしい。だからこそ」
万感を全力で、押しつける。
「怠惰なる安息に浸ることへ抗い、不屈を願った心のままに、果てなく苦しめ」
そこへ追いついてきたアルバが、言葉を重ねる。
「忘却という甘美な怠惰へ逃げ込むことなく、苦痛のすべてを飲み込んで、抱え込むことこそがきみの為すべきことだ。白百合に込めた思いと共にきみが選んだ答は、きっとそれであるはずだから」
と、声音をやわらかく絞り。
「そして憶えていてやってくれ。青木 燕太郎……きみを思い、守る、きみだけの騎士のことを」
かくて、暗転。
●今遠
ジェールトヴァ(ka3098)は思慮深く視線をはしらせ、現状を把握する。
どうやらカウントを取る必要はないようだ。
教会の壁をぶち抜いて踏み込んできた兵士たちが、アサルトライフルの引き金を引き絞った。
果たして薄笑むオーロラへと殺到した粗悪な銃弾は、ジェールトヴァの構えた聖盾「コギト」より伸びだした光の障壁に遮られ、ばらばらと瓦礫の上にこぼれ落ちた。
「――きみを救ったわけではないよ」
スキルが正しく発動したこと、そして兵士たちが情景の一部となって静止したことに息をつき、尻餅をついたオーロラへと歩み寄っていく。
「私は未来からやってきたのでね、知っているんだ。私が手を出そうと出すまいと、きみがここで死なずに生き延びることを」
オーロラの表情が曇り、固く強ばった。
聞かされた未来への絶望、実際に生きていることへの悲哀、そして得体の知れぬ老人への疑念、すべてを壁として心を覆い隠す。
だが、それに構わず、ジェールトヴァは彼女の傍らへ腰を下ろした。有情とは、けして甘いものではない。私もまた覚悟をしなければなるまいからね。
「ここで終わらせたかった?」
ジェールトヴァの問いに、オーロラは応えない。突きつけられた1秒先の未来を、虚ろな目でながめやるばかりだ。
「今のきみがそうしているように、未来のきみもそうしているよ。自ら考えることも誰かから受け取ることも拒絶して」
ジェールトヴァはオーロラの横顔へさらに語りかける。
「幸せは小さな喜びの影にあり、小さな喜びは大きな悲しみや苦しみの向こうにある。だからこそ、絶望から目をそむけてはいけない。その先にある、自ら命を断つことなく生き続けてきたきみの幸せを見つけるために」
反応が返らぬだろうことはもう悟っている。が、これだけは残していかなければ。そうでなければ、あの男があまりにも報われまい。
「もうひとつだけ未来の話をしよう。きみに救われたひとりの男が、きみを救うために果てなく戦い続けている。そんな誰かがいてくれる幸せを、どうか忘れないで」
かくて、暗転。
●明日
「どうでもいい。なにもない明日がもらえるなら、それで」
オーロラの応えにビックマーは満足気にうなずいた。
「人間辞めて怠惰になりやがれ!」
「ちょっと待ったー!!」
オーロラとビックマーの間にヘッドスライディングで跳び込んだ百鬼 一夏(ka7308)が、前回りして立ち上がった次の瞬間、横たわるオーロラへ跳びついて。
「なに投げ槍になってるんですか! はい、これ飲んで傷治して話聞いてくださーい!」
「っ、あっ、なっ」
猛々しい筋力をもって弱々しいオーロラの抵抗を抑えつけ、その口にヒーリングポーションを飲み込ませていく。効きますよね? 効きますよ! 私が効くって決めたら効くんです!
オーロラがむせないよう、その頭を上向けて支えながら、ボルディア・コンフラムス(ka0796)は常ならぬ難しい表情で言う。
「なにもない明日、ね。……なあ、それってほんとにおまえが欲しかったもんか?」
ビックマーは情景の内に沈み込んで動かない。ってこた、オーロラはまだ人間だ。なら、やれるよな。いや、やるぜ。
ボルディアはオーロラの応えを待たず、彼女の華奢な上体を起き上がらせた。傷が塞がっているのはきちんと確認ずみだ。
「離すぜ。人間ってのはよ、誰かに寄っかかるんじゃなくて、テメェでテメェを支えなきゃなんねぇんだ」
一夏もまた、ボルディアの意を汲んでオーロラから身を離す。
途端、オーロラは立ち上がってふたりから離れ、両手で白百合をかばった。
と、花弁から溢れだした香りが野太いクマの前肢を為し、ボルディアへ、一夏へ振り下ろされた。
「……その白百合はね、あなたを思う人があなたに差し出してくれた思いそのものです。クマがくれた怠惰の証なんかじゃ、ないんですよ」
その身へ深々と潜り込んだ爪を全力で押し返し、一夏が告げる。
そして、轟とマテリアルの炎を噴き上げたボルディアもまた、自らを打ち据えた爪をその肉から引き抜いて。
「おまえが全部投げ出しちまう前に持ってた願いはなんだ!? 行きたかった未来にいたのは誰だ!? 祈った明日はこんな黒茶色か!? その花におまえが込めた想いはなんだ!?」
「憶えてなんかない知らないなにもない。私には、ビックマーがくれた、この花だけ」
弱々しくかぶりを振るオーロラの拒絶を、一夏の咆哮が塗り潰した。
「エンタロウ――青木 燕太郎!! あなたにその白百合を託した人の名前です! あなたは自分の無力に絶望したかもしれないけど、エンタロウは確かに明日へ行きましたよ! あなたの戦いは、ムダなんかじゃありませんでした!!」
「それは私のおかげじゃない。それは私のせいじゃない。私はなにもできないから、なにもしない。それだけでいい。それだけがいい。私は」
顕現する無数の熊爪がハンターふたりへ襲いかかる。肉を裂き、骨を砕き、命を削り、すべてを無に帰さんと唸る。
「アホか、おまえは」
熊爪と白百合を突き抜けた血まみれの指先が、オーロラの胸元へと届いた。
「寝くたばって待ってるだけでお望みの明日が来る世界なんて、ツマンネェだろ。欲しい明日ってのはなぁ、しがみついて噛みちぎってつかみ取るモンなんだよ!!」
開いていたその手は、ボルディアの太い声音と共に強く握り込まれ、オーロラを揺らす。
よくわからないけれど――でも――私は――
と、ボルディアの拳の横に、一夏の血まみれの拳が並び。
「あなたが怠惰になるのはもう止められないです。でも、あなたを忘れたあなたと戦うなんて、いやですから」
正直、なにも知らないオーロラを倒すほうが簡単なのだろうが、しかし。
「怠惰に支配されたオーロラじゃなくて、怠惰を支配したオーロラと戦いたいんです! 怠惰王なんかじゃない、オーロラと!!」
ニガヨモギをかき消すほど強い思いが込められた花。その絆が誰と結ばれていたのか、一夏は知ってしまったから、この選択を悔いない。
「迷うならこの花に訊け」
握り込んでいたものを託すように、開いた指先で白百合をなぜ、ボルディアが身を翻した。
「本当のおまえは何者なのか、本当の望みはなんだったのか、本当に自分を救えるモンはなんなのか。そいつは全部、花に映ったおまえの中にあるんだぜ。だからよ」
そして肩越しに、告げる。
「テメェから逃げるんじゃねぇぞ」
かくて、暗転。
●先
幕が下りたかのような黒が払われた先には、現世の夕暮れが待ち受けていた。加えて、愚者の黄金たる黄鉄に赤茶けた日ざしを照り返す、怠惰ゴヴニアも。
「些末はともあれ、汝らは役を演じきった」
「もう少し説明を求めてもいいかな? さすがにそれだけでは理解が追いつかない」
ジェールトヴァの求めをすくめた肩でいなし、ゴヴニアは言葉を継いだ。
「オーロラの深き絶望を揺さぶりきれたものとは言えぬが、ともあれ怠惰王ならぬオーロラへ汝らは有情をもたらし、縁を結ばった。今は其をして重畳よ」
ゴヴニアのしたり顔へ、一夏が静かに言い返す。
「あなたの重畳なんてどうでもいいです。私は怠惰王じゃなくてオーロラさんと戦いますから」
これを受けたゴヴニアはハンターたちを見渡して。
「其の言、決戦の場にて問われようよ」
姿をかき消した。
「……彼女に選択を強いた責任を取らないといけないね」
アルバが息をついて漏らした言葉に、レイアがああと応え。
「強いたばかりでなく、私たちもまた選んだのだ。あとはそれを貫くよりあるまい」
傷の消えた手を握り締め、ボルディアは強く紡ぎ上げた。
「きっちり見せてやる。得物に込めた俺の想いってやつを、あいつによ」
イスフェリアは門の向こうに封じられたオーロラの心を返り見て、思う。
独りぼっちの怠惰王じゃない、やさしくて弱くてさみしがり屋なオーロラさんを、わたしたちみんなで送るから。だからどうか――
ハンターたちは有情の重みを胸に、迫る決戦へと歩を踏み出していく。
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マテリアルリンク参加者一覧
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質問卓 ボルディア・コンフラムス(ka0796) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2019/03/31 22:22:58 |
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白百合に想い寄せ(相談卓) ボルディア・コンフラムス(ka0796) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2019/04/03 23:37:39 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/04/02 18:59:16 |