ゲスト
(ka0000)
【AP】春の夕暮れ、水面に映る私は
マスター:ことね桃

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/04/07 22:00
- 完成日
- 2019/04/12 10:57
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●それは突然、侵食する海のように
それは、とある依頼がきっかけだった。
リアルブルーの宇宙に現れた巨大な狂気型歪虚の始末。
奴を倒すために自分たちはユニットで空を駆り、思う存分火力を叩き込んでいつも通り仕事を終わらせたんだ。
だけどその時……機体に何かが張り付いた。腐肉のような、生物のような、何かが。
(汚いな、まぁ歪虚の死骸の一部ならそのうち消えるだろ)
そう思った自分はいつものように帰投しようと艦に向かう。――だが、その時。
「う、うわああっ! な、なんだよこれえええッ!!?」
仲間の悲鳴が通信機を通して耳をつんざかんばかりに響いた。
「お、おい。どうしたんだ、何があった?」
「た、タスケテくれ……俺のか、らだが……侵されてイく……」
「へ? 何を言っているんだ。まさか歪虚化なんてしてるとか冗談抜かすなよ? それより予定時間よりも長く出ているんだ、早く帰投しなけりゃ怒られんぞ」
メインカメラを仲間の機体に向ける。
すると――先ほどまで角ばったロボット然としていた機体が、ない。
ただ肉のような有機的な質感を持つ機械めいた造形の何かが……こちらを睨みつけるように巨大な単眼を向けた。
「くっ、新手か? 仕方ねえ、こいつもぶっ潰してやる!」
「了解、さっさと倒して帰還するよ。こっちはそろそろ弾薬が切れそうなんだ。時間はかけらんない!」
「ま、新型の歪虚なら戦闘報告に特別報酬がつくかもしれん。それを楽しみに倒させていただきますよっと」
自分はアサルトライフルを「それ」に向け、牽制するように連射した。
当然、他の仲間もブレードによる近接攻撃を叩き込み、後方から砲撃を撃つ。
もう少しでその単眼が潰れ、消えると誰もが思ったその時。
「いやっ! 何よ……これえっ!」
「な、何も見えん……何が起こっている!?」
友軍機から次々と聞こえてくる悲鳴。
そこで自分は見てしまった。友軍機に付着した腐肉が——仲間達を呑み込んでいる姿を。
――ああ、そういうことだったのか。
キャノピーを覆う硝子をすり抜けるように、腐肉が俺の膝にびちゃりと落ちる。
そしてそれは意志を持つように「ぴぃ」と鳴くと皮膚をずるりと広げて俺の頭に縋りつき、俺の体をじわじわと侵食し始めた。
……自分はまず脳をやられたのか?
不思議と恐怖はなくて、むしろ当たり前のように思えて。そのうちに意識を失った。この言葉を、最後に。
(ああ、できれば帰りたかった……あの世界、あの国へ……)
●転移先、それは帰りたい場所
それはうららかな春の日のことだった。
ゾンネンシュトラール帝国の港町の空に突然現れた無数の歪虚。
それらは狂気型歪虚に近い姿をしていたが、フォルムそのものはリアルブルーや帝国で生産されている機動兵器によく似ている。
しかしそれは、じっとこちらをみているだけで何もするわけでもない。
そんな不気味な風景に街を歩く子供が空を指さし、ぼんやりと呟いた。
「母様、何なの……あれ」
「……っ!」
母親が子供を抱きかかえ、駆ける。しかし歪虚は――動かない。
だが皇帝はこの事態を緊急に対処するべきと判断。
港町周辺に控えていた師団と魔導アーマーを集め、睨みあいを始めた。
当然英霊や精霊達も顕現し、歪虚に対峙するべく陣形をとる。
その時――歪虚の一体が音もなく帝国軍に接近した。
(ああ、ようやく帰れた! 大切な国に……! 皆が無事で嬉しいよ。聞いてくれよ、リアルブルーの宇宙で変な歪虚に遭遇してさ……)
歪虚の中にある「何か」が嬉しそうに笑みながら手を伸ばす。
これほどの軍勢が集まってくれたのだ、きっと自分達を心配して迎えに来てくれたのだと思いながら。
だが、それは決して歓待などではない。
ある師団長の「歪虚接近を確認! 撃てっ!!」との号令とともに魔導アーマーが次々と砲弾を発射。
前方に構えていたハンターや帝国軍兵士、精霊らも武器を手に一気に襲い掛かる。
(な、なんで。なんでだよ。自分達、何もしてないじゃないか。ただ近寄っただけなのに!)
彼が怯えるともうひとつの脳が彼に囁く。
『お前は悪くない。歪虚によってあいつらは操られ、英雄たるお前を討たんとしているのだ。愛する者と国を守るためには奴らを鎮圧し……元通りにするしかナイ』
(そうか、皆は歪虚にやられて……わかったよ。そうするしかないんだね、帰るためには……)
「自分」はそう結論付けると、かつて愛していた仲間達へ銃を向けた。
海に映るその姿が歪虚めいた姿になっていることに全く気づかずに――。
それは、とある依頼がきっかけだった。
リアルブルーの宇宙に現れた巨大な狂気型歪虚の始末。
奴を倒すために自分たちはユニットで空を駆り、思う存分火力を叩き込んでいつも通り仕事を終わらせたんだ。
だけどその時……機体に何かが張り付いた。腐肉のような、生物のような、何かが。
(汚いな、まぁ歪虚の死骸の一部ならそのうち消えるだろ)
そう思った自分はいつものように帰投しようと艦に向かう。――だが、その時。
「う、うわああっ! な、なんだよこれえええッ!!?」
仲間の悲鳴が通信機を通して耳をつんざかんばかりに響いた。
「お、おい。どうしたんだ、何があった?」
「た、タスケテくれ……俺のか、らだが……侵されてイく……」
「へ? 何を言っているんだ。まさか歪虚化なんてしてるとか冗談抜かすなよ? それより予定時間よりも長く出ているんだ、早く帰投しなけりゃ怒られんぞ」
メインカメラを仲間の機体に向ける。
すると――先ほどまで角ばったロボット然としていた機体が、ない。
ただ肉のような有機的な質感を持つ機械めいた造形の何かが……こちらを睨みつけるように巨大な単眼を向けた。
「くっ、新手か? 仕方ねえ、こいつもぶっ潰してやる!」
「了解、さっさと倒して帰還するよ。こっちはそろそろ弾薬が切れそうなんだ。時間はかけらんない!」
「ま、新型の歪虚なら戦闘報告に特別報酬がつくかもしれん。それを楽しみに倒させていただきますよっと」
自分はアサルトライフルを「それ」に向け、牽制するように連射した。
当然、他の仲間もブレードによる近接攻撃を叩き込み、後方から砲撃を撃つ。
もう少しでその単眼が潰れ、消えると誰もが思ったその時。
「いやっ! 何よ……これえっ!」
「な、何も見えん……何が起こっている!?」
友軍機から次々と聞こえてくる悲鳴。
そこで自分は見てしまった。友軍機に付着した腐肉が——仲間達を呑み込んでいる姿を。
――ああ、そういうことだったのか。
キャノピーを覆う硝子をすり抜けるように、腐肉が俺の膝にびちゃりと落ちる。
そしてそれは意志を持つように「ぴぃ」と鳴くと皮膚をずるりと広げて俺の頭に縋りつき、俺の体をじわじわと侵食し始めた。
……自分はまず脳をやられたのか?
不思議と恐怖はなくて、むしろ当たり前のように思えて。そのうちに意識を失った。この言葉を、最後に。
(ああ、できれば帰りたかった……あの世界、あの国へ……)
●転移先、それは帰りたい場所
それはうららかな春の日のことだった。
ゾンネンシュトラール帝国の港町の空に突然現れた無数の歪虚。
それらは狂気型歪虚に近い姿をしていたが、フォルムそのものはリアルブルーや帝国で生産されている機動兵器によく似ている。
しかしそれは、じっとこちらをみているだけで何もするわけでもない。
そんな不気味な風景に街を歩く子供が空を指さし、ぼんやりと呟いた。
「母様、何なの……あれ」
「……っ!」
母親が子供を抱きかかえ、駆ける。しかし歪虚は――動かない。
だが皇帝はこの事態を緊急に対処するべきと判断。
港町周辺に控えていた師団と魔導アーマーを集め、睨みあいを始めた。
当然英霊や精霊達も顕現し、歪虚に対峙するべく陣形をとる。
その時――歪虚の一体が音もなく帝国軍に接近した。
(ああ、ようやく帰れた! 大切な国に……! 皆が無事で嬉しいよ。聞いてくれよ、リアルブルーの宇宙で変な歪虚に遭遇してさ……)
歪虚の中にある「何か」が嬉しそうに笑みながら手を伸ばす。
これほどの軍勢が集まってくれたのだ、きっと自分達を心配して迎えに来てくれたのだと思いながら。
だが、それは決して歓待などではない。
ある師団長の「歪虚接近を確認! 撃てっ!!」との号令とともに魔導アーマーが次々と砲弾を発射。
前方に構えていたハンターや帝国軍兵士、精霊らも武器を手に一気に襲い掛かる。
(な、なんで。なんでだよ。自分達、何もしてないじゃないか。ただ近寄っただけなのに!)
彼が怯えるともうひとつの脳が彼に囁く。
『お前は悪くない。歪虚によってあいつらは操られ、英雄たるお前を討たんとしているのだ。愛する者と国を守るためには奴らを鎮圧し……元通りにするしかナイ』
(そうか、皆は歪虚にやられて……わかったよ。そうするしかないんだね、帰るためには……)
「自分」はそう結論付けると、かつて愛していた仲間達へ銃を向けた。
海に映るその姿が歪虚めいた姿になっていることに全く気づかずに――。
リプレイ本文
●終わりのはじまり
陽光を隠す巨大な黒い影に海鳥達がざわめき、一斉に飛び立った。
淡い雲間から音もなく降りてくるのは黄金の輝きと闇を纏う巨神。
それはかつて人類の希望だった「マスティマ」の一体、ウルスラグナがが歪虚により変貌したもの。
その澱んだ光を中心に歪虚の集団が不気味なほど静かに降りてきたのだ。
「な、なんだよ。あれ……」
「なんて禍々しいマテリアルなんだ。あんなのに勝てるのか?」
思わず帝国軍の新兵や中堅ハンター達が後退すると、師団長が厳しく一喝する。
「我らは誇り高き帝国軍! そして君達は世界を守る選択をした覚醒者だろう!
ここで背を向けてどうする! 必ずや歪虚を殲滅し、皇帝陛下と民へ勝利を報告するぞ!」
砲弾の雨の中、雄々しく響く戦士たちの雄叫び。グリフォン部隊が砲兵達の後方から飛び立ち、各々が弓矢や槍を構える。
その様にエルバッハ・リオン(ka2434)が不思議そうに呟いた。
(あれはグリフォン。鞍に帝国軍の紋章が入っていますが、どういうことなのでしょう)
今の彼女は全身が薔薇の花と蔓に覆われた人形に変容している。
艶やかな銀の髪は深紅に染まり、瞳は硝子玉のように透き通り内側に淡い青と銀の粉が散っていた。
そして白い肌には蔓薔薇と棘を模したような血管が蠢いていて――ああ、なんと美しく悍ましいことか。
そこにもうひとりの「何か」がエルの口調を真似て囁く。
『アレは歪虚による擬態、私は殺サナケレバナりません。
ホラ、あのグリフォンの兵士は今にも私を撃ち落とソウト投擲槍を構エテいるではアリマセンカ』
(成程。歪虚は全員殺さなきゃいけません。敵ならば殲滅するのみです)
もうひとつの声に疑問を抱くことなく、エルは軍機関銃「ラワーユリッヒNG5」のトリガーを引いた。
10の弾丸がグリフォンと兵士の体に風穴を空けていく。
「が……っ!」
「うああああッ! せ、制御不能っ、助けてくれえええっ!!」
兵士達の血が海を赤く染めていく。しかしエルはその姿に何の感情を抱かなかった。彼等は歪虚なのだから悼む必要はない。
(たしかフリーデリーケはアルマさんの獲物。ならば目標から一旦外しましょう。
それまでは歪虚や雑魔達を葬るだけ、それでいいのでしょう?)
『私トシテはフリーデリーケも抹消シテ良いと判断シマスガ、私がソウ思うのなら待ちマショウ』
脳に響く優しい声。エルはそれに頷くと、再び銃を軍人やハンター達に向けた。
●愛するもののため、血に塗れても
エルが応戦するさなか、マリィア・バルデス(ka5848)が苦しく爪を噛んだ。
以前の落ち着いた女性らしい声が獣の唸りと化したことに気づかずに。
(私は早く帰ってジェイミーにただいまって言いたいだけよ。それなのにこの状況……一体何なの!?)
コクピットでひたすら通信機を操作するマリィア。
彼女の乗機R7エクスシア、愛称メルセナリオから彼女は何度も帝国軍へ通信を試みたものの、真っ当な会話が成り立たない。
自分の言葉を相手が全く理解しないのだ。
もし対話ができたなら。
「せっかく戻ってきた私達を弾丸パーティーで歓迎なんて、少しエッジが効き過ぎだと思うわ」
なんて苦笑いして師団を赦す気でいたのに。
――その時、彼女の機体が大きく揺れた。魔導アーマーヘイムダルから発射された「天華」がメルセナリオの胸部に被弾したのだ。
(きゃあっ!?)
全てが緑色に染まった瞳が大きく見開かれる。今の彼女は美しい獣。
豊満でありつつ引き締まった艶やかな肉体から総毛が逆立ち、口から大きな牙を剥く。
(魔導アーマープラヴァー、ヘイムダル、量産型。それに無数の帝国兵とハンターと精霊達。
どう見ても中隊規模……私達を殲滅するつもり? どうしてよ!?)
その時、彼女の中の何かが囁いた。
(まさか。皆、歪虚に堕とされたとでもいうの? ……いいえ、それなら辻褄が合うわ。
だって私達を問答無用で狙うなんてありえないもの!)
息荒く拳で何度もコンソールを叩くマリィア。
その時、歪虚によって発動された直感視と鋭敏視覚によって彼女は1体の精霊を見つけた――いや、見つけてしまった。
(フィー! なんで貴女が、なんで歪虚に! 精霊も歪虚と同じで消滅すると思っていたのに!)
かつて歪虚から命を救い、名前を与え、可愛がってきた花の精霊フィー・フローレ(kz0255)が震えながらもこちらを見つめている。
(なんで、あの子が……なんで、なんで!? ……殺してあげなくちゃ、救ってあげなくちゃ。私が、フィーを!)
きっとあの子は歪虚に殺されてその姿を奪われたのよ。ならばその苦しみと辱めから解放するのは自分の役目。
マリィアは咆哮を上げるとブラストハイロゥを展開し、聡明な頭脳でフィーを殺害するまでのプロセスを組み立てた。
●引き裂かれた恋人達
次々と血に染まっていく戦場。そこに背中に翼を生やした何かが舞い降りた。
彼はアルマ・A・エインズワース(ka4901)と呼ばれていた青年。
以前は青い外套に青い帽子を被った、愛嬌のある端正な顔の青年だった。
しかし今は鳥を模した皮で顔を覆われ、右腕に激しい炎と風を渦巻かせている。
羽で覆われた黒衣を纏う彼は先陣をきる英霊フリーデリーケ・カレンベルク(kz0254)の姿を視界に収めると、
その鳥顔を無邪気に笑ませた。
(わぅーっ。フリーデさん、ただいまです! 僕、ちゃんと生きて帰ってきましたよ!)
いつも通り元気に手を振って、駆け寄ろうとするアルマ。だがその鼻から口までを覆う嘴を斧が掠めた。
『躱したか、賢しい歪虚め。ここから先は私が通さぬ。我が名はフリーデリーケ! 凶状持ちの絶火の騎士よ!!』
(わうぅっ!? ぼ、僕ですー! アルマです! どうして斧を構えるですー!?)
咄嗟に後方へ跳び退り、叫ぶアルマ。しかしその声は金切り声にしか聞こえない。
『逃げてばかりでは戦にならぬ。得物を構えろ! 私と戦え!』
彼はただひたすらフリーデの斧を攻性防壁で耐え続ける。
その姿に弱い歪虚と判断したのか、スペルブレードを発動したヘイムダルがアルマへ吶喊する。だがそれは大きな過ちだった。
「先手を打つホー」によりその動きを読んでいたアルマの指先が躍った。
(邪魔しないでくださいです! きらいですっ、壊れちゃえですー!!)
彼の金切り声が響き渡った瞬間に炎風宿る腕から闇の力が3本発射される。
ヘイムダルとその周囲で飛び掛からんとしていたハンター達を瞬時に灼き払われた。
『貴様、よくも!』
その瞬間、フリーデが怒りを露わに斧でアルマを突き上げる。その時、鳥の青い瞳が悲しみに揺れた。
(きみも、僕を裏切るですか? もしかして歪虚さんのせいです? それなら、僕が助けないと……!)
アルマは泣きだしたい気持ちを堪え、翼を広げる。大切な恋人をもう一度、この手で抱きしめるために。
●心地よき飛翔、そして舞う刃
アルマとフリーデが対峙していた頃、鞍馬 真(ka5819)は大空を滑空しながらグリフォン部隊に飛び掛かっていた。
(今日は一段と張り切っているね、カートゥル!)
相棒の名を呼ぶも、彼は何にも乗っていない。カートゥルは既に歪虚により真の体内へ取り込まれている。
だがそれを代償に、真は相棒の巨大な翼と力を得た。その影響か彼は常にカートゥルが傍にいる幻覚を抱いている。
(帰る場所を奪った歪虚を許すわけにはいかないね。これ以上被害を広げないためにも、早急に全滅させよう。
……とはいえ、相手は相応の数だ。グリフォン部隊と対空兵器をまずは叩かなければ)
彼はマリィアの展開したブラストハイロゥを利用し、巧みに敵の攻撃を避けながら大鎌「グリムリーパー」を構えた。
(どうしてかな、いつもより体が軽い。いつもこれぐらい調子がいいと良いのだけれど)
真に生えているものは骨に青い粘液を塗り固めて繋げたようなグロテスクな翼。
身体にはびっしりと蒼黒い鱗が生えており、瞳孔が爬虫類のように縦長く伸びている。
しかし人間時代の名残なのか漆黒の戦装束を纏っている彼は、今や異形の死神と呼ぶにふさわしい姿になっていた。
(カートゥル、力を貸して。……堕ちてもらうよ。ファイアブレスっ!)
真が高らかに宣言した瞬間、火炎弾が彼の大きく裂けた口から発射される。
守りの陣形に入っていたグリフォン部隊はゲイルランパートで辛うじて苛烈な爆撃に耐えたが、そう何度も耐えきれるものではない。
そこでグリフォンに乗った若い軍人が「化け物め!」と真をハルバードで突こうとしたが、
熟練した闘狩人ににわか仕込みの吶喊など効くはずがなかった。
(若いね、元気なのは結構なことだけど)
それでは、次の獲物は君にしようか。真は目を細めると漆黒の舌でちろりと唇を舐め上げた。
●喪失と狂騒
(私達がちょっと離れていた間にぃ……みんながぁ、みんながこんな歪虚にぃ……
フィーちゃんやフリーデさんまでぇ……あはははは、あははははははは)
星野 ハナ(ka5852)は壊れた楽器のような声で叫ぶと血色の涙を流した。
今の彼女は人間だった頃の可憐さと程遠い、無数の符と鎖によって身を包んだ奇妙な人形。
符の隙間から見える瞳は深紅で、そこから流れ出る涙でじわじわと符が赤く染まっていく。
――間に合わなかった。
また間に合わなかった。
友達になりたかった女の子は自死して私の腕の中で歪虚になった。
彼女が歪虚にならないよう願って抱きしめて
私の腕の中で彼女は完全な雑魔になった。
受けた依頼を許せなくて蹴ったことがある。
その時、彼女のあの運命は定まったのだろうか。
だから大精霊に誓った。
死ぬ時に歪虚のいない世界が欲しい。
そうすればきっと
彼女のように歪虚の囁きに唆される人がいなくなるにちがいない。
そう思った。
それなのに。
私の目の前にはまた
歪虚の契約者が
堕落者がこんなにたくさん。
エルや真、アルマの攻撃によって前衛が崩壊しつつある帝国軍に対しハナは己の体から符を引きちぎり、呪詛を唱える。
(全員、全員殺してあげますよぅ! あははは、あははははは)
駆けながら紡ぐ呪詛には大きすぎる哀しみと怒りが満ちていた。
あれほど隆盛を誇っていた帝国軍の一師団とハンター達、
そして精霊らがたった数日で篭絡されるとは強力な歪虚がこの裏に潜んでいるに違いない。
(せめて、せめてあんまり苦しまないで逝ってくださいぃ!!)
壊れた声と符で締め付けられた指から放たれたものは闇を帯びた五色光符陣。
その強烈な威力に中堅ハンターが全身を呑み込まれ消滅した。
ベテランのハンターも全身が焼けただれ、半ば失明に近い感覚に陥るや「目が、目がアあぁ!!」と悲鳴を上げ地に転がる。
だがハナの歩みは止まらない。ここにいる全ての歪虚を殺すまで。そして元凶たる歪虚をこの手で抹消するまで戦わねば。
(みんなと契約した歪虚はどこですぅ!? 絶対お前を見つけて消滅させてやりますぅ!!!)
そこに五色光符陣を耐えきったローザリンデ(kz0269)が刃を向けた。
『アンタ……その力、もしかしてハナかい? 以前一緒に戦っただろう、アタシはローザリンデだよ!
何があったのかは知らないけれどここは一旦手を引いておくれ、話はいくらでも聞くから!』
(何を言うかと思えば、お前はローザさんの姿をした歪虚でしょうぅ!?
そうでなければそっちからの先制攻撃なんて許すわけないですぅ!!)
真っ赤に染まった符の間から鋭い犬歯が露わになり、脳を破壊せんばかりの奇怪な音が発される。その声にローザは顔を伏せた。
『それはアンタ達が……くっ、やりあうしかないってのかい』
ローザが刀に浄化の力を込め、オーラを放つとハナの脚を封じた。しかしこれは一時的なものに過ぎない。
自分が殺されるか、ハナがその封印を解けば再び殺戮が始まる。
ローザはかつての仲間にせめて苦痛を与えないように、次こそ全力で両断してみせると刀を正眼に構えた。
●ゆらぎ
濡羽 香墨(ka6760)は良くも悪くもいつも通りの歪虚によく似た鎧を纏っていた。
それは彼女を知る者にとっては違和感のないもの。
しかし、今日の彼女は兜の奥で悲しげに目を伏せた。
(見覚えのある場所……見覚えのあるみんな……でも……なんで?)
何しろかつて頼りにしていた仲間達が次々と襲い掛かってくるのだ。
『香墨……お前も取り込まれたのか。ならば苦しませないように逝かせてやる!』
砂の精霊グラン・ヴェルが巨大な拳を香墨に向けて振り下ろす。しかし香墨の中の何かが囁き、すんでのところで殴打を避けた。
(……いつも通り。前に出て。みんな守る。庇う。盾になる。……だけど。グラン……なんで? 歪虚に。なった?)
かつて自然公園を一緒に造り上げた仲間であり、フリーデの暴虐から精霊達を救ってくれた恩人でもあるグラン。
香墨はその拳をギリギリで躱しつつ周囲の戦力を数えた。
(フィーとか葵とか。フリーデにローザも。グランも。みんなよく知ってるけど。きっとあれはその形をした歪虚。だから。倒さなきゃ)
グランの攻撃を躱した隙に襲い掛かってくるハンター。咄嗟に香墨は体を捻り、彼の腹に膝を入れてよろめかせた。
その背中に逆手で持った四彩の十字架を容赦なく突き刺す。すると鎧が砕け、赤い血が彼女の兜にぱっと散る。
(赤い血。……まだ、人間だった? でも歪虚と契約したからには。助けられない。これほどの敵が。いる場所じゃ)
幸いにもフリーデはアルマ、ローザはハナが互角以上の戦いを繰り広げている。ならば自分が戦うべき相手は。
(グラン。とっても強いから、ひとりじゃきついかも。フィーと葵。いっしょにがんばったけど。解放してあげる)
香墨は聖槍「ザイフリート」を握り、前線に向けて走り出した。
(よりにもよって。みんなの形を真似るから。ゆるさない。ゆるせない。
フリーデと初めて戦った時……あの時はなやんだけど、コールジャスティス……つかわせてもらう)
彼女は狙うべき敵を選別すると槍を掲げ、祈りを捧げた。この戦いを一刻も早く終わらせるために。
●崩れゆく者たち
ダダダダダダダダダダッ!!
歪虚R7エクスシアと歪虚ダインスレイブが上空から戦況を見極め、魔導アーマーに銃撃を加える。
無論、帝国軍とてそれを甘んじて受けるほど間抜けではない。
ヘイムダルがスペルシールドで仲間を庇いつつ、別のヘイムダルが天華を撃っては敵の陣形を崩し続ける。
そこに生き残りのグリフォン部隊がツイスターを重ねて発生させ、歪虚R7エクスシアを大きく損傷させるかと思いきや、傍で防備にあたっていたマリィアがマテリアルカーテンで風を防ぐ。
(あ、ありがとうございます! おかげで助かりました!)
(些細な事だ。それよりも私は先に地上へ降りる。君は対空部隊を制することに専念してくれ)
(了解です!)
マリィアが直感視でフィーから目を逸らさず真っすぐに移動し、マテリアルライフルを乱射する。
フィーは守りの要として大きな役割を果たす精霊だ。
重なるように軍人が彼女の盾となり、プラヴァーもメルセナリオが射程に入ったのを見るや激しいローラー音とともに炎のオーラを叩きつけようと疾走する。だが。
(邪魔するな雑魔ァ!)
彼女はライフルをプラヴァーに突きつけると乱射し、中のパイロットごと粉砕した。
だが彼女を囲むように次々と魔導アーマーと手練れのハンター達が集まってくる。
例え一機でも落とさなければ。その険しい視線にマリィアはフライトシステムを起動させ、一旦後退した。
(あの子を殺していいのは私だけなの……あの子は妹みたいなものだったから、最後ぐらいは!)
それを見逃さないのが空中からの殲滅戦を担当していたエル。
彼女はブレイズウィングを展開し、胸部に力を集め始めた。
それは「ハルマゲドン」と呼ばれる、最強の兵器の発動の兆候。
そこで清水の精霊が『ここは妾が!』と巨大な水の殻を展開した。しかしマスティマにはその程度のシールドなど玩具に過ぎない。
(さあウルスラグナ、今こそ光明で歪虚を滅ぼしなさい!!)
その力はあまりにも狂暴。ウルスラグナのコクピットも光に満ち、エルの肌をうっすらと灼く。
しかし今の彼女は蔓薔薇に巻き付かれた美しい人形。
身体に無数の薔薇を咲かせたエルは負のマテリアルが吹き荒れるこの空間でふわりと笑った。
眼下に映るものは爆ぜた魔導アーマーと無数の遺体、そして清水の精霊だったと思われる水たまりだったのだから。
しかし――フィー・フローレの姿が見えない。
どうやらプラヴァーによりギリギリのところでハルマゲドンの射程外へ運ばれたようだ。
燃える倉庫の裏で白い花弁が無数に舞い、そこから軍人達が再び戦線に復帰している様子が見てとれる。
彼女は思わず爪を噛んだ。
(フィー・フローレの存在は厄介ですね。どうにかして仕留めなければ)
そこでウルスラグナがラワーユリッヒNG5を手に宙を駆けようとしたところ、メルセナリオがそれを制止するように手を伸ばす。
(マリィアさん?)
(あの子を歪虚から救ったハンターの一人は私。あの子に名前を与え、大切にしてきたのも私。だから……壊すのも私でなければ)
(了解しました。ですが1分以内に仕留めることが出来なければ私も射撃に加わります)
(……仕方がない、ではその通りに)
覚悟をきめたマリィアのメルセナリオが倉庫の裏に音もなく着陸する。
そこに潜んでいたのは傷ついた兵士達と、野菊の花を翳して治療を続けるフィーの姿。
「……!」
フィーは驚きのあまり、声すらも失ったようにその場にへたり込む。
兵士たちは這う這うの体で逃げていくので精一杯だ。
そこでマリィアはフィーだけを見つめた。泣き虫で甘えん坊の妹分を。
(この前は一緒にサイドカーでドライブして温泉に行ったわね。ハナさんと一緒に樽風呂で遊んで……ずっとあんな時間を過ごせたら良かったのに、ね)
メルセナリオの腕が重い駆動音を出してフィーに迫る。しかしフィーは涙を流し震え続ける。
「葵、マリィア、香墨、ハナ……助ケテ……」
友達の名前を何度も何度も呼び、助けを請うフィー。その姿にマリィアが目を細め、優しく語り掛けた。
(怖かったわね、フィー……貴女が怖かった時に傍にいなくてごめんなさい。歪虚にさせられるなんて、本当に辛かったでしょう?)
小さなフィーを人形のように手に乗せ、指先でそっと頭を撫でてやるマリィア。
フィーがそれを不思議そうに見上げた瞬間、メルセナリオの両手が彼女の体を呆気なく握りつぶした。
(さようなら、私のフィー・フローレ……)
フィーの遺骸が一輪の野菊となって花弁を舞い散らせる。
その瞬間、エルの声が頭に響いた。
(時間にして58秒、ギリギリでしたね)
(仕方がないだろう、所縁のある者だ。最期の時間ぐらいもっと融通を利かせてほしいぐらいだよ)
肩を竦め、メルセナリオを再び飛行させるマリィア。
彼女は機体の足元を一瞬だけ見返すも、そのまま空中へ舞い上がった。
●堕ちる、砕ける
『はぁっ、はあっ……』
フリーデが荒く息を吐き、アルマに斧を振るう。彼女は今までずっと彼を殺めるためにマテリアルを放ち続けていた。
しかしアルマの「惑わすホー」により雷撃が封じられ、斧を振る動作も鈍くなっている。
それを隙のない動作でアルマは避け、何度も声をかけ続けた。
(フリーデさん……忘れたら、やーです……)
初めて会ったパーティーの日、彼女は恥じらいながらもアルマの友達になった。
次に会った時は彼女の友人の墓前で。友人の2度目の死に苦しむ彼女を慰めては「大好き」と言って頭を撫でた。
それから出逢いを重ねる度に次第に好きになって……あの夕焼けの日。恋人になった。
傷だらけの体も、苦しみ抜いた過去も、全てを愛していた。……それなのに。
(もう、やめましょう。フリーデさん。僕はあなたを殺したくないんです)
アルマは右手で三角を描き、斧を握る腕を闇の力で撃ち抜いた。分厚い大斧が地に転がる。
『ぐっ! 貴様ァ……』
(フリーデさん、気づいてください。この手……覚えているでしょう?)
そう言ってフリーデの傷ついた手を両手で包み込む。右は青い炎を纏う冷たい義手、左は温かいエルフの手。
『お前……まさか、アルマなのか?』
目を見開いたフリーデの手から次第に正のマテリアルが消え、腕が崩れ始める。それだけアルマの負のマテリアルは強力だった。
しかし彼はようやく気付いてもらえたと喜び、全身で抱きしめる。
(良かった、気づいてもらえて。……暖かなマテリアルの気配……風の匂いがしますね)
フリーデの喉元に顔を埋めるアルマ。その時ようやくフリーデの体が緑の光になって消えていくことに彼は気づいた。
(ああ、このままじゃフリーデさんが消えてしまいます。それだけは嫌ですっ!)
アルマは慌てて翼を開き、彼女のマテリアルを繋ぎ止めるべく強く包み込んだ。恋人の全身が砕け散っていく様に気づくことなく。
(フリーデさん、大好きです。愛しています。だから、永遠に。この夕暮れの光も、時を超えて……いつまでも、どこまでも、僕と一緒に、生きてください)
その言葉と同時に発されたのは黒い旋風。正のマテリアルを負のマテリアルに書き換える歪虚の力により、フリーデが堕落したのだ。
『おまえがそれを……のぞむなら。わたしのちからを……つかって』
そう言い残し、フリーデの体が崩壊する。それと同時に彼の右腕に血肉と骨が取り戻された。
(フリーデ……さん?)
右腕の神経にマテリアルの奔流を感じる。すると指先から激しい風が巻き起こり、雷光を放った。
そうか、自分が彼女を呑み込んだのか。
(あははははッ、僕……フリーデさんを食べちゃいました。こんな手よりもずっとずっと大切なのに!
なんで、こうなるんだろう。望んだものが砂のように指の間から落ちていく……あはははは!!)
金切り声で笑うアルマ。周囲を取り囲んでいた軍人達が警戒する中、彼は暴風を纏い駆け出した。
(こうなったら、フリーデさんの力で全員滅ぼしてやりますっ、僕らの邪魔をする歪虚は細切れにっ!!)
風がびゅうと吹いた瞬間、軍人達の体がぐしゃりと潰れる。旋風で切り刻まれたのだ。
(ほーらほら、早く逃げないとクズ肉になりますよっ。
僕とフリーデさんは共に戦ってきた恋人だったんです。ふたりの力、そう簡単に止められると思わないでくださいっ!!)
アルマの高らかな声に風の声が交わり、まるで歌っているかのような音色となる。
死を運ぶ声がまさかこのように美しい歌になると誰が思っていただろうか。
アルマは翼を広げて飛ぶと、デルタレイで軍人やハンター達の頭や胸を潰し。ファイアスローワーで遺体も残らないよう焼き尽くした。
――それでも彼の嗤いは止まらない。
●壊滅の時
真はグリフォン部隊が全員戦死したのを目視すると、ほっと息を吐いた。
なにしろゲイルランパートによる防衛力が強力で、後方のCAMたちの援護を受けつつ真が大鎌にソウルエッジを付与し、
敵陣に飛び込んでは薙ぎ払いで落としていくため手間がかかったのだ。
(飛行部隊は全滅、となれば次は地上か。砲撃が厄介だね……カートゥル、君の力を借りるよ。レイン・オブ・ライトッ!)
その光の先には量産型スペルランチャーをこちらに向けている魔導アーマー量産型があった。
そしてヘイムダルも天華の砲撃準備に入っていたが、全て光の雨に貫かれる。
そこで歪虚ダインスレイブのパイロットがとどめを刺さんと降下を開始した。だが真が制止する。
(君達は降りなくて大丈夫。ここは私達に任せて。今すごく調子がいいんだ)
(いや、それでは……)
(気にしないでよ、これぐらい。『仲間』なら当然のことだからね)
そう言って真が曙光の精霊ローザリンデのもとに直滑降する。
既に彼女はハナの攻撃で深手を負っていたが、そこに真がソウルエッジを宿らせた大鎌で肩から脇腹にかけて袈裟懸けに振り下ろした。
――ローザの利き腕が呆気なく光となって消える。
『う、うぅ……』
がくりと膝をつくローザ。そこにハナと真が壁の如く立ち塞がる。
(ほら、やっぱりあなたはローザさんじゃないですぅ。あの人は帝国の自然精霊で最も強いと言われていましたけどぉ、あなたはもう戦えないほど弱いじゃないですかぁ)
そしてハナが腕を振り上げた。
その手には符など必要なく、膝まで届く夜叉の如き鉤爪がぎりりと音を立て、ローザの頭から下腹部までを一気に裂いた。
するとその身が淡い光となって跡形もなく消えていく。
真はそれを見届けると、ふいに西側へ視線を投げかけた。
(首尾は上々。でも喜んでばかりはいられないね。どうやら増援が来たようだ。これぐらい暴れれば仕方ないか)
遠くから聞こえてくる魔導アーマーの駆動音と軍人達の勇ましい声。しかしハナはこれ幸いとばかりに爪を舐めた。
(今度こそ今回の元凶になった歪虚がいるかもしれません。絶対に今度こそ仕留めてみせますぅ)
そう不敵に笑い、足元に転がる軍人の腕から重火器を奪う。戦を終わらせるためにはただ「殺す」だけでいいのだ。
その様に真は苦笑し、彼女の手に己の手を重ねた。協力しようという意味合いで。
(まあ良いさ、どれだけの数が来ようとも私は戦い続けるよ。無事に帰るその時まで、ね)
●気づき
増援が迫るさなか、香墨はグランを相手取り槍を振るった。
しかし相手はフリーデやローザに及ばないまでも武闘派と呼ばれる類の精霊だ。
槍で薙いだものの拳が腹にめり込んだ瞬間、香墨はブラッドレインで傷を塞いだ。……だが、その時些細な違和感を抱く。
(……なんだろう。お腹が膨れたような気がする)
そしてグランの動きを止めようと、レクイエムを歌う。本来なら歪虚をはじめとした死者の動きをたちどころに止めるはずの歌を。
しかしグランの動きは止まらず、香墨の脚を掴むと地面に叩きつけた。
(……ぐぅっ!? なんで、なんでレクイエムが効かないの? まさか……でも。そんな。ありえない)
そういえば、と彼女は思い出す。
今回無数の歪虚や雑魔と戦っているのに、そのいずれもが統制の取れた動きで会話が成り立っていた。
雑魔はまともな言葉が離せないほど知性が低いし、歪虚だって高位でなければあれほどのユニットを使いこなせるはずがない。
――まさか、まさか、まさか!
その時、メルセナリオがグランをマテリアルライフルで撃ち抜いた。
『……がはッ』
グランの体が一気に崩れ落ち、砂山と化す。だがマリィアの怒りはそれだけでは収まらない。
(お前も、お前達も……全員フィーの所へ送ってあげるわ!)
そう叫び、増援の軍人達にも容赦なく銃口を向けるマリィア。
香墨はその凄惨な光景に(やめて!)と何度も叫んだが――誰の耳にもそれは届かなかった。歪虚が彼女の声を封じたのだ。
そこにエルが待っていたとばかりにインジェクションを発動し、ハルマゲドンを補填する。
その瞬間香墨が(みんな、にげて!)と叫ぶも、増援の多くが破滅の光に呑み込まれていった。
……やがて、増援が止み静寂が訪れる。その頃には陽が沈みかけ――海は血と油の色で濁りきっていた。
●はじまりの終わり
終戦を迎えた直後、アルマがふいに翼を広げた。マリィアが問う。
(アルマ、何処へ?)
(僕のマテリアルでフリーデさんが変質したのなら、逆に僕の体を使うことでいつかフリーデさんが帰って来ると思うんです。
……フリーデさんは僕の中にいますから、必ず助けないと)
(そうか。アルマ君、それでは君は私達と共には行かないということかな?)
(ごめんなさい、真さん。でもフリーデさんが帰ってきたらその時はふたりで皆を追いかけます。
どこまでも僕たちは飛んでいけるはずですから)
そう言って、アルマは右腕を優しく撫でた。すると優しい風が彼の頬を包み込むように撫でる。
その反応にアルマは幸せそうに微笑むと早速地を蹴り、夕暮れの空に消えた。誰もいないどこかを目指して。
――そして香墨もこの地に残ると皆に告げた。香墨は多感な年頃の少女だ、仕方がないと仲間達は顔を見合わせる。
(香墨さん、気をつけて。この辺りにはまだ歪虚がいるかもしれませんから)
エルがそう言って香墨の手を握る。
人形独特の冷たく硬質な肌に香墨はぞっとすると同時に納得した。ああ、私達が間違っていたのだと。
やがてひとりになった香墨は濁った海を見つめ……自分の兜へ手を伸ばした。
いつもなら難なく外れる兜。それなのに何度爪で掻き上げようとしても、両手で引っ張り上げようとしても外れやしない。
むしろ兜の装飾だった青い石がぎょろりと喉元を見ていることに気づくと彼女は手を下ろした。
(ああ、やはり。これは。兜では。ない。自分の目で頭で……体だ)
死者たる自分は涙を零す事も叶わない。ひたすら呻いた後、香墨はぼんやりとした表情でしばし……たたずむ。
そして、そっと目を閉じる。
思い浮かぶのは親友のはにかんだ笑顔や相棒のユグディラのこと。彼等は生きていてくれるだろうか。
せめて、せめて自分がまともな鬼であったなら今すぐ守りに馳せたのに。
目を開くと彼女は静かに頷き、四彩の十字架の切っ先を喉に突きつけた。
これ以上、誰かを傷つけないように。奴等が広まらないようにするのが……自分の最期の役目。
歪虚の声がノイズのように脳を奔ったが、もう遅い。
(私の、勝ち。お前と一緒に。消えてやる)
どっ。
全力で喉を横に斬り裂く。頸動脈から黒い血がどぷどぷと流れ落ち、首が落ちる。そして彼女は濁った緑色の粘液となった。
しかしいつしかその濁りが消えた。そして透明な泡となった香墨は波に呑まれると、一瞬の清らかな輝きとともに弾けた。
その輝きこそが彼女の真心を表していたに違いない。
それからどれほどの月日が流れたのだろう。
ここはとある宙域。
エル達はクリムゾンウェストの殆どを焦土と化したことで歪虚の殲滅を確信し、宇宙に進出していた。
そんな中、マリィアはコックピット内で腕に巻いたミサンガを指で優しく弾いて顔を伏せる。
今、あの人はこのミサンガと対のミサンガを身につけていてくれるだろうかと思いながら。
だけどその日々は穏やかなものではない。
今日もエルと真とハナと自分の4人でリアルブルーの艦隊に襲撃され、返り討ちにしたばかりだ。
(……疲れたわ、ジェイミー……知り合いがまた歪虚になったの……早く貴方に会いたいわ……)
そう呟く彼女の思考能力は徐々に落ち始めている。人間と言葉を交わせなくなった彼女は全ての通信を諦めていた。
そんな時、必ず彼女の中の歪虚がこう囁く。
(大丈夫、死なナければイツカは会える)
今の彼女ならもし愛した男が乗る艦と交戦することになったとしても、生き残るために一切の迷いなく撃つだろう。
その時、声が聞こえた。ハナの嬉々とした声だ。
(マリィアさん、前方にCAMが見えますぅ。もしかしたらまともなヒトが乗ってるかもですぅ! 私ぃ、ちょっと見てきますねぇ♪)
ハナと真はマリィアのメルセナリオの肩に乗り、宇宙を旅している。
その姿を見たCAM搭乗のハンター達が発狂したように悲鳴を上げ、銃を乱射した。
しかし汎用の弾丸では硬い鱗に覆われた異形達に傷ひとつつけられない。
(ああ。やはり今回も駄目でしたか。仕方ありませんね、歪虚は抹殺しなければ)
エルが表情ひとつ動かさずマシンガンを撃つ。
そしてウルスラグナが戦闘を繰り広げた空間には何も残らない。
……運よく生き残れたとしても、腐肉に取り込まれ新たな歪虚に生まれ変わるだけだ。
その時、エルの一撃に耐えた機体が異形化を始めた。
(ああ、私の攻撃を耐えるとは。仲間が増えるのは良い事です、理解とはとても大事なこと。
もっともっと増やさなければ、私達の仲間を。大切な宝物ですもの)
エルがパイロットである青年の悲鳴と鈍く響く歪虚の声を聴きながら、黒薔薇の咲き乱れる肌を掻き抱いて妖艶に嗤う。
マリィアはその声に静かに微笑んだ。
(そうね、彼と同じように私もあの人を助けなきゃ。私達と同じにできたならきっともっと長く生きられるはず。
そして平和になったら……あの人がおじいちゃんになっても、ずっと幸せに。私が幸せにする)
――やがてウルスラグナと共に転移を繰り返した影響だろうか、一行の目の前にリアルブルーの地球が見えてきた。真が声を弾ませる。
(カートゥル、ほら御覧。これが私の生まれた星。今は凍結されているけれど、本当は美しい星なんだ。歪虚達を全滅させたら一緒にどこまでも旅をしよう。きっと君も気に入ってくれるはずだよ)
(うんうん。それに今度こそ、私たちを受け入れるはずですぅ。だって邪神を倒すにはぁ、私達の力も必要になるはずですぅ。さっさと邪神を倒して全部終わらせるですぅ!)
新たな仲間と共に明るく笑うハナ。マリィアが頷いた。
(ええ、今度こそ邪神と決着をつけて彼と会うわ。そして今までの分まで思いっきり甘えるの。きっと彼なら理解してくれるから)
マリィアは愛する人の無事を祈り、片割れのミサンガを腕に嵌め直した。そしてメルセナリオの魔導エンジンを全開にする。
邪神をはじめとした歪虚から人類と世界を守り、幸福な未来を手にするために。選ばれた彼らの目に迷いはなかった。
●静寂の中の幸福
ひゅうひゅうと風の音が響く。
ここはクリムゾンウェストの地の果てに隠れた洞窟。
アルマは自分の隣で恋人が安らかな寝息を立てていることを確認すると、優しく微笑んだ。
(フリーデさん、おはようございます)
いつも通りの幸福なモーニングキス。
しかし彼女は目を覚まさない。
なぜならアルマは自分の体を使ってフリーデを造っている最中なのだから。
今のフリーデは頭から胸までしか存在しない抜け殻だ。
だから彼はまずフリーデそのものである右腕を彼女の身体に戻し、
身体を維持させるためにマテリアルに満ちた自身の翼をもぎ取り彼女に与えた。
そして今は自分の命を繋ぐマテリアルを与えながら彼女の体を構築している。
あとどれぐらい自分の命を捧げれば恋人は瞳を開けてくれるだろうか。
(まぁ、負のマテリアルならここにはたくさんありますもん。
僕なら少しぐらいの無理は平気です。……フリーデさん、それまで素敵な夢をたくさん見てくださいね)
彼はフリーデの額を撫で、改めて口づけすると彼女の右手に己の左手を絡め、そのぬくもりを伝えた。
陽光を隠す巨大な黒い影に海鳥達がざわめき、一斉に飛び立った。
淡い雲間から音もなく降りてくるのは黄金の輝きと闇を纏う巨神。
それはかつて人類の希望だった「マスティマ」の一体、ウルスラグナがが歪虚により変貌したもの。
その澱んだ光を中心に歪虚の集団が不気味なほど静かに降りてきたのだ。
「な、なんだよ。あれ……」
「なんて禍々しいマテリアルなんだ。あんなのに勝てるのか?」
思わず帝国軍の新兵や中堅ハンター達が後退すると、師団長が厳しく一喝する。
「我らは誇り高き帝国軍! そして君達は世界を守る選択をした覚醒者だろう!
ここで背を向けてどうする! 必ずや歪虚を殲滅し、皇帝陛下と民へ勝利を報告するぞ!」
砲弾の雨の中、雄々しく響く戦士たちの雄叫び。グリフォン部隊が砲兵達の後方から飛び立ち、各々が弓矢や槍を構える。
その様にエルバッハ・リオン(ka2434)が不思議そうに呟いた。
(あれはグリフォン。鞍に帝国軍の紋章が入っていますが、どういうことなのでしょう)
今の彼女は全身が薔薇の花と蔓に覆われた人形に変容している。
艶やかな銀の髪は深紅に染まり、瞳は硝子玉のように透き通り内側に淡い青と銀の粉が散っていた。
そして白い肌には蔓薔薇と棘を模したような血管が蠢いていて――ああ、なんと美しく悍ましいことか。
そこにもうひとりの「何か」がエルの口調を真似て囁く。
『アレは歪虚による擬態、私は殺サナケレバナりません。
ホラ、あのグリフォンの兵士は今にも私を撃ち落とソウト投擲槍を構エテいるではアリマセンカ』
(成程。歪虚は全員殺さなきゃいけません。敵ならば殲滅するのみです)
もうひとつの声に疑問を抱くことなく、エルは軍機関銃「ラワーユリッヒNG5」のトリガーを引いた。
10の弾丸がグリフォンと兵士の体に風穴を空けていく。
「が……っ!」
「うああああッ! せ、制御不能っ、助けてくれえええっ!!」
兵士達の血が海を赤く染めていく。しかしエルはその姿に何の感情を抱かなかった。彼等は歪虚なのだから悼む必要はない。
(たしかフリーデリーケはアルマさんの獲物。ならば目標から一旦外しましょう。
それまでは歪虚や雑魔達を葬るだけ、それでいいのでしょう?)
『私トシテはフリーデリーケも抹消シテ良いと判断シマスガ、私がソウ思うのなら待ちマショウ』
脳に響く優しい声。エルはそれに頷くと、再び銃を軍人やハンター達に向けた。
●愛するもののため、血に塗れても
エルが応戦するさなか、マリィア・バルデス(ka5848)が苦しく爪を噛んだ。
以前の落ち着いた女性らしい声が獣の唸りと化したことに気づかずに。
(私は早く帰ってジェイミーにただいまって言いたいだけよ。それなのにこの状況……一体何なの!?)
コクピットでひたすら通信機を操作するマリィア。
彼女の乗機R7エクスシア、愛称メルセナリオから彼女は何度も帝国軍へ通信を試みたものの、真っ当な会話が成り立たない。
自分の言葉を相手が全く理解しないのだ。
もし対話ができたなら。
「せっかく戻ってきた私達を弾丸パーティーで歓迎なんて、少しエッジが効き過ぎだと思うわ」
なんて苦笑いして師団を赦す気でいたのに。
――その時、彼女の機体が大きく揺れた。魔導アーマーヘイムダルから発射された「天華」がメルセナリオの胸部に被弾したのだ。
(きゃあっ!?)
全てが緑色に染まった瞳が大きく見開かれる。今の彼女は美しい獣。
豊満でありつつ引き締まった艶やかな肉体から総毛が逆立ち、口から大きな牙を剥く。
(魔導アーマープラヴァー、ヘイムダル、量産型。それに無数の帝国兵とハンターと精霊達。
どう見ても中隊規模……私達を殲滅するつもり? どうしてよ!?)
その時、彼女の中の何かが囁いた。
(まさか。皆、歪虚に堕とされたとでもいうの? ……いいえ、それなら辻褄が合うわ。
だって私達を問答無用で狙うなんてありえないもの!)
息荒く拳で何度もコンソールを叩くマリィア。
その時、歪虚によって発動された直感視と鋭敏視覚によって彼女は1体の精霊を見つけた――いや、見つけてしまった。
(フィー! なんで貴女が、なんで歪虚に! 精霊も歪虚と同じで消滅すると思っていたのに!)
かつて歪虚から命を救い、名前を与え、可愛がってきた花の精霊フィー・フローレ(kz0255)が震えながらもこちらを見つめている。
(なんで、あの子が……なんで、なんで!? ……殺してあげなくちゃ、救ってあげなくちゃ。私が、フィーを!)
きっとあの子は歪虚に殺されてその姿を奪われたのよ。ならばその苦しみと辱めから解放するのは自分の役目。
マリィアは咆哮を上げるとブラストハイロゥを展開し、聡明な頭脳でフィーを殺害するまでのプロセスを組み立てた。
●引き裂かれた恋人達
次々と血に染まっていく戦場。そこに背中に翼を生やした何かが舞い降りた。
彼はアルマ・A・エインズワース(ka4901)と呼ばれていた青年。
以前は青い外套に青い帽子を被った、愛嬌のある端正な顔の青年だった。
しかし今は鳥を模した皮で顔を覆われ、右腕に激しい炎と風を渦巻かせている。
羽で覆われた黒衣を纏う彼は先陣をきる英霊フリーデリーケ・カレンベルク(kz0254)の姿を視界に収めると、
その鳥顔を無邪気に笑ませた。
(わぅーっ。フリーデさん、ただいまです! 僕、ちゃんと生きて帰ってきましたよ!)
いつも通り元気に手を振って、駆け寄ろうとするアルマ。だがその鼻から口までを覆う嘴を斧が掠めた。
『躱したか、賢しい歪虚め。ここから先は私が通さぬ。我が名はフリーデリーケ! 凶状持ちの絶火の騎士よ!!』
(わうぅっ!? ぼ、僕ですー! アルマです! どうして斧を構えるですー!?)
咄嗟に後方へ跳び退り、叫ぶアルマ。しかしその声は金切り声にしか聞こえない。
『逃げてばかりでは戦にならぬ。得物を構えろ! 私と戦え!』
彼はただひたすらフリーデの斧を攻性防壁で耐え続ける。
その姿に弱い歪虚と判断したのか、スペルブレードを発動したヘイムダルがアルマへ吶喊する。だがそれは大きな過ちだった。
「先手を打つホー」によりその動きを読んでいたアルマの指先が躍った。
(邪魔しないでくださいです! きらいですっ、壊れちゃえですー!!)
彼の金切り声が響き渡った瞬間に炎風宿る腕から闇の力が3本発射される。
ヘイムダルとその周囲で飛び掛からんとしていたハンター達を瞬時に灼き払われた。
『貴様、よくも!』
その瞬間、フリーデが怒りを露わに斧でアルマを突き上げる。その時、鳥の青い瞳が悲しみに揺れた。
(きみも、僕を裏切るですか? もしかして歪虚さんのせいです? それなら、僕が助けないと……!)
アルマは泣きだしたい気持ちを堪え、翼を広げる。大切な恋人をもう一度、この手で抱きしめるために。
●心地よき飛翔、そして舞う刃
アルマとフリーデが対峙していた頃、鞍馬 真(ka5819)は大空を滑空しながらグリフォン部隊に飛び掛かっていた。
(今日は一段と張り切っているね、カートゥル!)
相棒の名を呼ぶも、彼は何にも乗っていない。カートゥルは既に歪虚により真の体内へ取り込まれている。
だがそれを代償に、真は相棒の巨大な翼と力を得た。その影響か彼は常にカートゥルが傍にいる幻覚を抱いている。
(帰る場所を奪った歪虚を許すわけにはいかないね。これ以上被害を広げないためにも、早急に全滅させよう。
……とはいえ、相手は相応の数だ。グリフォン部隊と対空兵器をまずは叩かなければ)
彼はマリィアの展開したブラストハイロゥを利用し、巧みに敵の攻撃を避けながら大鎌「グリムリーパー」を構えた。
(どうしてかな、いつもより体が軽い。いつもこれぐらい調子がいいと良いのだけれど)
真に生えているものは骨に青い粘液を塗り固めて繋げたようなグロテスクな翼。
身体にはびっしりと蒼黒い鱗が生えており、瞳孔が爬虫類のように縦長く伸びている。
しかし人間時代の名残なのか漆黒の戦装束を纏っている彼は、今や異形の死神と呼ぶにふさわしい姿になっていた。
(カートゥル、力を貸して。……堕ちてもらうよ。ファイアブレスっ!)
真が高らかに宣言した瞬間、火炎弾が彼の大きく裂けた口から発射される。
守りの陣形に入っていたグリフォン部隊はゲイルランパートで辛うじて苛烈な爆撃に耐えたが、そう何度も耐えきれるものではない。
そこでグリフォンに乗った若い軍人が「化け物め!」と真をハルバードで突こうとしたが、
熟練した闘狩人ににわか仕込みの吶喊など効くはずがなかった。
(若いね、元気なのは結構なことだけど)
それでは、次の獲物は君にしようか。真は目を細めると漆黒の舌でちろりと唇を舐め上げた。
●喪失と狂騒
(私達がちょっと離れていた間にぃ……みんながぁ、みんながこんな歪虚にぃ……
フィーちゃんやフリーデさんまでぇ……あはははは、あははははははは)
星野 ハナ(ka5852)は壊れた楽器のような声で叫ぶと血色の涙を流した。
今の彼女は人間だった頃の可憐さと程遠い、無数の符と鎖によって身を包んだ奇妙な人形。
符の隙間から見える瞳は深紅で、そこから流れ出る涙でじわじわと符が赤く染まっていく。
――間に合わなかった。
また間に合わなかった。
友達になりたかった女の子は自死して私の腕の中で歪虚になった。
彼女が歪虚にならないよう願って抱きしめて
私の腕の中で彼女は完全な雑魔になった。
受けた依頼を許せなくて蹴ったことがある。
その時、彼女のあの運命は定まったのだろうか。
だから大精霊に誓った。
死ぬ時に歪虚のいない世界が欲しい。
そうすればきっと
彼女のように歪虚の囁きに唆される人がいなくなるにちがいない。
そう思った。
それなのに。
私の目の前にはまた
歪虚の契約者が
堕落者がこんなにたくさん。
エルや真、アルマの攻撃によって前衛が崩壊しつつある帝国軍に対しハナは己の体から符を引きちぎり、呪詛を唱える。
(全員、全員殺してあげますよぅ! あははは、あははははは)
駆けながら紡ぐ呪詛には大きすぎる哀しみと怒りが満ちていた。
あれほど隆盛を誇っていた帝国軍の一師団とハンター達、
そして精霊らがたった数日で篭絡されるとは強力な歪虚がこの裏に潜んでいるに違いない。
(せめて、せめてあんまり苦しまないで逝ってくださいぃ!!)
壊れた声と符で締め付けられた指から放たれたものは闇を帯びた五色光符陣。
その強烈な威力に中堅ハンターが全身を呑み込まれ消滅した。
ベテランのハンターも全身が焼けただれ、半ば失明に近い感覚に陥るや「目が、目がアあぁ!!」と悲鳴を上げ地に転がる。
だがハナの歩みは止まらない。ここにいる全ての歪虚を殺すまで。そして元凶たる歪虚をこの手で抹消するまで戦わねば。
(みんなと契約した歪虚はどこですぅ!? 絶対お前を見つけて消滅させてやりますぅ!!!)
そこに五色光符陣を耐えきったローザリンデ(kz0269)が刃を向けた。
『アンタ……その力、もしかしてハナかい? 以前一緒に戦っただろう、アタシはローザリンデだよ!
何があったのかは知らないけれどここは一旦手を引いておくれ、話はいくらでも聞くから!』
(何を言うかと思えば、お前はローザさんの姿をした歪虚でしょうぅ!?
そうでなければそっちからの先制攻撃なんて許すわけないですぅ!!)
真っ赤に染まった符の間から鋭い犬歯が露わになり、脳を破壊せんばかりの奇怪な音が発される。その声にローザは顔を伏せた。
『それはアンタ達が……くっ、やりあうしかないってのかい』
ローザが刀に浄化の力を込め、オーラを放つとハナの脚を封じた。しかしこれは一時的なものに過ぎない。
自分が殺されるか、ハナがその封印を解けば再び殺戮が始まる。
ローザはかつての仲間にせめて苦痛を与えないように、次こそ全力で両断してみせると刀を正眼に構えた。
●ゆらぎ
濡羽 香墨(ka6760)は良くも悪くもいつも通りの歪虚によく似た鎧を纏っていた。
それは彼女を知る者にとっては違和感のないもの。
しかし、今日の彼女は兜の奥で悲しげに目を伏せた。
(見覚えのある場所……見覚えのあるみんな……でも……なんで?)
何しろかつて頼りにしていた仲間達が次々と襲い掛かってくるのだ。
『香墨……お前も取り込まれたのか。ならば苦しませないように逝かせてやる!』
砂の精霊グラン・ヴェルが巨大な拳を香墨に向けて振り下ろす。しかし香墨の中の何かが囁き、すんでのところで殴打を避けた。
(……いつも通り。前に出て。みんな守る。庇う。盾になる。……だけど。グラン……なんで? 歪虚に。なった?)
かつて自然公園を一緒に造り上げた仲間であり、フリーデの暴虐から精霊達を救ってくれた恩人でもあるグラン。
香墨はその拳をギリギリで躱しつつ周囲の戦力を数えた。
(フィーとか葵とか。フリーデにローザも。グランも。みんなよく知ってるけど。きっとあれはその形をした歪虚。だから。倒さなきゃ)
グランの攻撃を躱した隙に襲い掛かってくるハンター。咄嗟に香墨は体を捻り、彼の腹に膝を入れてよろめかせた。
その背中に逆手で持った四彩の十字架を容赦なく突き刺す。すると鎧が砕け、赤い血が彼女の兜にぱっと散る。
(赤い血。……まだ、人間だった? でも歪虚と契約したからには。助けられない。これほどの敵が。いる場所じゃ)
幸いにもフリーデはアルマ、ローザはハナが互角以上の戦いを繰り広げている。ならば自分が戦うべき相手は。
(グラン。とっても強いから、ひとりじゃきついかも。フィーと葵。いっしょにがんばったけど。解放してあげる)
香墨は聖槍「ザイフリート」を握り、前線に向けて走り出した。
(よりにもよって。みんなの形を真似るから。ゆるさない。ゆるせない。
フリーデと初めて戦った時……あの時はなやんだけど、コールジャスティス……つかわせてもらう)
彼女は狙うべき敵を選別すると槍を掲げ、祈りを捧げた。この戦いを一刻も早く終わらせるために。
●崩れゆく者たち
ダダダダダダダダダダッ!!
歪虚R7エクスシアと歪虚ダインスレイブが上空から戦況を見極め、魔導アーマーに銃撃を加える。
無論、帝国軍とてそれを甘んじて受けるほど間抜けではない。
ヘイムダルがスペルシールドで仲間を庇いつつ、別のヘイムダルが天華を撃っては敵の陣形を崩し続ける。
そこに生き残りのグリフォン部隊がツイスターを重ねて発生させ、歪虚R7エクスシアを大きく損傷させるかと思いきや、傍で防備にあたっていたマリィアがマテリアルカーテンで風を防ぐ。
(あ、ありがとうございます! おかげで助かりました!)
(些細な事だ。それよりも私は先に地上へ降りる。君は対空部隊を制することに専念してくれ)
(了解です!)
マリィアが直感視でフィーから目を逸らさず真っすぐに移動し、マテリアルライフルを乱射する。
フィーは守りの要として大きな役割を果たす精霊だ。
重なるように軍人が彼女の盾となり、プラヴァーもメルセナリオが射程に入ったのを見るや激しいローラー音とともに炎のオーラを叩きつけようと疾走する。だが。
(邪魔するな雑魔ァ!)
彼女はライフルをプラヴァーに突きつけると乱射し、中のパイロットごと粉砕した。
だが彼女を囲むように次々と魔導アーマーと手練れのハンター達が集まってくる。
例え一機でも落とさなければ。その険しい視線にマリィアはフライトシステムを起動させ、一旦後退した。
(あの子を殺していいのは私だけなの……あの子は妹みたいなものだったから、最後ぐらいは!)
それを見逃さないのが空中からの殲滅戦を担当していたエル。
彼女はブレイズウィングを展開し、胸部に力を集め始めた。
それは「ハルマゲドン」と呼ばれる、最強の兵器の発動の兆候。
そこで清水の精霊が『ここは妾が!』と巨大な水の殻を展開した。しかしマスティマにはその程度のシールドなど玩具に過ぎない。
(さあウルスラグナ、今こそ光明で歪虚を滅ぼしなさい!!)
その力はあまりにも狂暴。ウルスラグナのコクピットも光に満ち、エルの肌をうっすらと灼く。
しかし今の彼女は蔓薔薇に巻き付かれた美しい人形。
身体に無数の薔薇を咲かせたエルは負のマテリアルが吹き荒れるこの空間でふわりと笑った。
眼下に映るものは爆ぜた魔導アーマーと無数の遺体、そして清水の精霊だったと思われる水たまりだったのだから。
しかし――フィー・フローレの姿が見えない。
どうやらプラヴァーによりギリギリのところでハルマゲドンの射程外へ運ばれたようだ。
燃える倉庫の裏で白い花弁が無数に舞い、そこから軍人達が再び戦線に復帰している様子が見てとれる。
彼女は思わず爪を噛んだ。
(フィー・フローレの存在は厄介ですね。どうにかして仕留めなければ)
そこでウルスラグナがラワーユリッヒNG5を手に宙を駆けようとしたところ、メルセナリオがそれを制止するように手を伸ばす。
(マリィアさん?)
(あの子を歪虚から救ったハンターの一人は私。あの子に名前を与え、大切にしてきたのも私。だから……壊すのも私でなければ)
(了解しました。ですが1分以内に仕留めることが出来なければ私も射撃に加わります)
(……仕方がない、ではその通りに)
覚悟をきめたマリィアのメルセナリオが倉庫の裏に音もなく着陸する。
そこに潜んでいたのは傷ついた兵士達と、野菊の花を翳して治療を続けるフィーの姿。
「……!」
フィーは驚きのあまり、声すらも失ったようにその場にへたり込む。
兵士たちは這う這うの体で逃げていくので精一杯だ。
そこでマリィアはフィーだけを見つめた。泣き虫で甘えん坊の妹分を。
(この前は一緒にサイドカーでドライブして温泉に行ったわね。ハナさんと一緒に樽風呂で遊んで……ずっとあんな時間を過ごせたら良かったのに、ね)
メルセナリオの腕が重い駆動音を出してフィーに迫る。しかしフィーは涙を流し震え続ける。
「葵、マリィア、香墨、ハナ……助ケテ……」
友達の名前を何度も何度も呼び、助けを請うフィー。その姿にマリィアが目を細め、優しく語り掛けた。
(怖かったわね、フィー……貴女が怖かった時に傍にいなくてごめんなさい。歪虚にさせられるなんて、本当に辛かったでしょう?)
小さなフィーを人形のように手に乗せ、指先でそっと頭を撫でてやるマリィア。
フィーがそれを不思議そうに見上げた瞬間、メルセナリオの両手が彼女の体を呆気なく握りつぶした。
(さようなら、私のフィー・フローレ……)
フィーの遺骸が一輪の野菊となって花弁を舞い散らせる。
その瞬間、エルの声が頭に響いた。
(時間にして58秒、ギリギリでしたね)
(仕方がないだろう、所縁のある者だ。最期の時間ぐらいもっと融通を利かせてほしいぐらいだよ)
肩を竦め、メルセナリオを再び飛行させるマリィア。
彼女は機体の足元を一瞬だけ見返すも、そのまま空中へ舞い上がった。
●堕ちる、砕ける
『はぁっ、はあっ……』
フリーデが荒く息を吐き、アルマに斧を振るう。彼女は今までずっと彼を殺めるためにマテリアルを放ち続けていた。
しかしアルマの「惑わすホー」により雷撃が封じられ、斧を振る動作も鈍くなっている。
それを隙のない動作でアルマは避け、何度も声をかけ続けた。
(フリーデさん……忘れたら、やーです……)
初めて会ったパーティーの日、彼女は恥じらいながらもアルマの友達になった。
次に会った時は彼女の友人の墓前で。友人の2度目の死に苦しむ彼女を慰めては「大好き」と言って頭を撫でた。
それから出逢いを重ねる度に次第に好きになって……あの夕焼けの日。恋人になった。
傷だらけの体も、苦しみ抜いた過去も、全てを愛していた。……それなのに。
(もう、やめましょう。フリーデさん。僕はあなたを殺したくないんです)
アルマは右手で三角を描き、斧を握る腕を闇の力で撃ち抜いた。分厚い大斧が地に転がる。
『ぐっ! 貴様ァ……』
(フリーデさん、気づいてください。この手……覚えているでしょう?)
そう言ってフリーデの傷ついた手を両手で包み込む。右は青い炎を纏う冷たい義手、左は温かいエルフの手。
『お前……まさか、アルマなのか?』
目を見開いたフリーデの手から次第に正のマテリアルが消え、腕が崩れ始める。それだけアルマの負のマテリアルは強力だった。
しかし彼はようやく気付いてもらえたと喜び、全身で抱きしめる。
(良かった、気づいてもらえて。……暖かなマテリアルの気配……風の匂いがしますね)
フリーデの喉元に顔を埋めるアルマ。その時ようやくフリーデの体が緑の光になって消えていくことに彼は気づいた。
(ああ、このままじゃフリーデさんが消えてしまいます。それだけは嫌ですっ!)
アルマは慌てて翼を開き、彼女のマテリアルを繋ぎ止めるべく強く包み込んだ。恋人の全身が砕け散っていく様に気づくことなく。
(フリーデさん、大好きです。愛しています。だから、永遠に。この夕暮れの光も、時を超えて……いつまでも、どこまでも、僕と一緒に、生きてください)
その言葉と同時に発されたのは黒い旋風。正のマテリアルを負のマテリアルに書き換える歪虚の力により、フリーデが堕落したのだ。
『おまえがそれを……のぞむなら。わたしのちからを……つかって』
そう言い残し、フリーデの体が崩壊する。それと同時に彼の右腕に血肉と骨が取り戻された。
(フリーデ……さん?)
右腕の神経にマテリアルの奔流を感じる。すると指先から激しい風が巻き起こり、雷光を放った。
そうか、自分が彼女を呑み込んだのか。
(あははははッ、僕……フリーデさんを食べちゃいました。こんな手よりもずっとずっと大切なのに!
なんで、こうなるんだろう。望んだものが砂のように指の間から落ちていく……あはははは!!)
金切り声で笑うアルマ。周囲を取り囲んでいた軍人達が警戒する中、彼は暴風を纏い駆け出した。
(こうなったら、フリーデさんの力で全員滅ぼしてやりますっ、僕らの邪魔をする歪虚は細切れにっ!!)
風がびゅうと吹いた瞬間、軍人達の体がぐしゃりと潰れる。旋風で切り刻まれたのだ。
(ほーらほら、早く逃げないとクズ肉になりますよっ。
僕とフリーデさんは共に戦ってきた恋人だったんです。ふたりの力、そう簡単に止められると思わないでくださいっ!!)
アルマの高らかな声に風の声が交わり、まるで歌っているかのような音色となる。
死を運ぶ声がまさかこのように美しい歌になると誰が思っていただろうか。
アルマは翼を広げて飛ぶと、デルタレイで軍人やハンター達の頭や胸を潰し。ファイアスローワーで遺体も残らないよう焼き尽くした。
――それでも彼の嗤いは止まらない。
●壊滅の時
真はグリフォン部隊が全員戦死したのを目視すると、ほっと息を吐いた。
なにしろゲイルランパートによる防衛力が強力で、後方のCAMたちの援護を受けつつ真が大鎌にソウルエッジを付与し、
敵陣に飛び込んでは薙ぎ払いで落としていくため手間がかかったのだ。
(飛行部隊は全滅、となれば次は地上か。砲撃が厄介だね……カートゥル、君の力を借りるよ。レイン・オブ・ライトッ!)
その光の先には量産型スペルランチャーをこちらに向けている魔導アーマー量産型があった。
そしてヘイムダルも天華の砲撃準備に入っていたが、全て光の雨に貫かれる。
そこで歪虚ダインスレイブのパイロットがとどめを刺さんと降下を開始した。だが真が制止する。
(君達は降りなくて大丈夫。ここは私達に任せて。今すごく調子がいいんだ)
(いや、それでは……)
(気にしないでよ、これぐらい。『仲間』なら当然のことだからね)
そう言って真が曙光の精霊ローザリンデのもとに直滑降する。
既に彼女はハナの攻撃で深手を負っていたが、そこに真がソウルエッジを宿らせた大鎌で肩から脇腹にかけて袈裟懸けに振り下ろした。
――ローザの利き腕が呆気なく光となって消える。
『う、うぅ……』
がくりと膝をつくローザ。そこにハナと真が壁の如く立ち塞がる。
(ほら、やっぱりあなたはローザさんじゃないですぅ。あの人は帝国の自然精霊で最も強いと言われていましたけどぉ、あなたはもう戦えないほど弱いじゃないですかぁ)
そしてハナが腕を振り上げた。
その手には符など必要なく、膝まで届く夜叉の如き鉤爪がぎりりと音を立て、ローザの頭から下腹部までを一気に裂いた。
するとその身が淡い光となって跡形もなく消えていく。
真はそれを見届けると、ふいに西側へ視線を投げかけた。
(首尾は上々。でも喜んでばかりはいられないね。どうやら増援が来たようだ。これぐらい暴れれば仕方ないか)
遠くから聞こえてくる魔導アーマーの駆動音と軍人達の勇ましい声。しかしハナはこれ幸いとばかりに爪を舐めた。
(今度こそ今回の元凶になった歪虚がいるかもしれません。絶対に今度こそ仕留めてみせますぅ)
そう不敵に笑い、足元に転がる軍人の腕から重火器を奪う。戦を終わらせるためにはただ「殺す」だけでいいのだ。
その様に真は苦笑し、彼女の手に己の手を重ねた。協力しようという意味合いで。
(まあ良いさ、どれだけの数が来ようとも私は戦い続けるよ。無事に帰るその時まで、ね)
●気づき
増援が迫るさなか、香墨はグランを相手取り槍を振るった。
しかし相手はフリーデやローザに及ばないまでも武闘派と呼ばれる類の精霊だ。
槍で薙いだものの拳が腹にめり込んだ瞬間、香墨はブラッドレインで傷を塞いだ。……だが、その時些細な違和感を抱く。
(……なんだろう。お腹が膨れたような気がする)
そしてグランの動きを止めようと、レクイエムを歌う。本来なら歪虚をはじめとした死者の動きをたちどころに止めるはずの歌を。
しかしグランの動きは止まらず、香墨の脚を掴むと地面に叩きつけた。
(……ぐぅっ!? なんで、なんでレクイエムが効かないの? まさか……でも。そんな。ありえない)
そういえば、と彼女は思い出す。
今回無数の歪虚や雑魔と戦っているのに、そのいずれもが統制の取れた動きで会話が成り立っていた。
雑魔はまともな言葉が離せないほど知性が低いし、歪虚だって高位でなければあれほどのユニットを使いこなせるはずがない。
――まさか、まさか、まさか!
その時、メルセナリオがグランをマテリアルライフルで撃ち抜いた。
『……がはッ』
グランの体が一気に崩れ落ち、砂山と化す。だがマリィアの怒りはそれだけでは収まらない。
(お前も、お前達も……全員フィーの所へ送ってあげるわ!)
そう叫び、増援の軍人達にも容赦なく銃口を向けるマリィア。
香墨はその凄惨な光景に(やめて!)と何度も叫んだが――誰の耳にもそれは届かなかった。歪虚が彼女の声を封じたのだ。
そこにエルが待っていたとばかりにインジェクションを発動し、ハルマゲドンを補填する。
その瞬間香墨が(みんな、にげて!)と叫ぶも、増援の多くが破滅の光に呑み込まれていった。
……やがて、増援が止み静寂が訪れる。その頃には陽が沈みかけ――海は血と油の色で濁りきっていた。
●はじまりの終わり
終戦を迎えた直後、アルマがふいに翼を広げた。マリィアが問う。
(アルマ、何処へ?)
(僕のマテリアルでフリーデさんが変質したのなら、逆に僕の体を使うことでいつかフリーデさんが帰って来ると思うんです。
……フリーデさんは僕の中にいますから、必ず助けないと)
(そうか。アルマ君、それでは君は私達と共には行かないということかな?)
(ごめんなさい、真さん。でもフリーデさんが帰ってきたらその時はふたりで皆を追いかけます。
どこまでも僕たちは飛んでいけるはずですから)
そう言って、アルマは右腕を優しく撫でた。すると優しい風が彼の頬を包み込むように撫でる。
その反応にアルマは幸せそうに微笑むと早速地を蹴り、夕暮れの空に消えた。誰もいないどこかを目指して。
――そして香墨もこの地に残ると皆に告げた。香墨は多感な年頃の少女だ、仕方がないと仲間達は顔を見合わせる。
(香墨さん、気をつけて。この辺りにはまだ歪虚がいるかもしれませんから)
エルがそう言って香墨の手を握る。
人形独特の冷たく硬質な肌に香墨はぞっとすると同時に納得した。ああ、私達が間違っていたのだと。
やがてひとりになった香墨は濁った海を見つめ……自分の兜へ手を伸ばした。
いつもなら難なく外れる兜。それなのに何度爪で掻き上げようとしても、両手で引っ張り上げようとしても外れやしない。
むしろ兜の装飾だった青い石がぎょろりと喉元を見ていることに気づくと彼女は手を下ろした。
(ああ、やはり。これは。兜では。ない。自分の目で頭で……体だ)
死者たる自分は涙を零す事も叶わない。ひたすら呻いた後、香墨はぼんやりとした表情でしばし……たたずむ。
そして、そっと目を閉じる。
思い浮かぶのは親友のはにかんだ笑顔や相棒のユグディラのこと。彼等は生きていてくれるだろうか。
せめて、せめて自分がまともな鬼であったなら今すぐ守りに馳せたのに。
目を開くと彼女は静かに頷き、四彩の十字架の切っ先を喉に突きつけた。
これ以上、誰かを傷つけないように。奴等が広まらないようにするのが……自分の最期の役目。
歪虚の声がノイズのように脳を奔ったが、もう遅い。
(私の、勝ち。お前と一緒に。消えてやる)
どっ。
全力で喉を横に斬り裂く。頸動脈から黒い血がどぷどぷと流れ落ち、首が落ちる。そして彼女は濁った緑色の粘液となった。
しかしいつしかその濁りが消えた。そして透明な泡となった香墨は波に呑まれると、一瞬の清らかな輝きとともに弾けた。
その輝きこそが彼女の真心を表していたに違いない。
それからどれほどの月日が流れたのだろう。
ここはとある宙域。
エル達はクリムゾンウェストの殆どを焦土と化したことで歪虚の殲滅を確信し、宇宙に進出していた。
そんな中、マリィアはコックピット内で腕に巻いたミサンガを指で優しく弾いて顔を伏せる。
今、あの人はこのミサンガと対のミサンガを身につけていてくれるだろうかと思いながら。
だけどその日々は穏やかなものではない。
今日もエルと真とハナと自分の4人でリアルブルーの艦隊に襲撃され、返り討ちにしたばかりだ。
(……疲れたわ、ジェイミー……知り合いがまた歪虚になったの……早く貴方に会いたいわ……)
そう呟く彼女の思考能力は徐々に落ち始めている。人間と言葉を交わせなくなった彼女は全ての通信を諦めていた。
そんな時、必ず彼女の中の歪虚がこう囁く。
(大丈夫、死なナければイツカは会える)
今の彼女ならもし愛した男が乗る艦と交戦することになったとしても、生き残るために一切の迷いなく撃つだろう。
その時、声が聞こえた。ハナの嬉々とした声だ。
(マリィアさん、前方にCAMが見えますぅ。もしかしたらまともなヒトが乗ってるかもですぅ! 私ぃ、ちょっと見てきますねぇ♪)
ハナと真はマリィアのメルセナリオの肩に乗り、宇宙を旅している。
その姿を見たCAM搭乗のハンター達が発狂したように悲鳴を上げ、銃を乱射した。
しかし汎用の弾丸では硬い鱗に覆われた異形達に傷ひとつつけられない。
(ああ。やはり今回も駄目でしたか。仕方ありませんね、歪虚は抹殺しなければ)
エルが表情ひとつ動かさずマシンガンを撃つ。
そしてウルスラグナが戦闘を繰り広げた空間には何も残らない。
……運よく生き残れたとしても、腐肉に取り込まれ新たな歪虚に生まれ変わるだけだ。
その時、エルの一撃に耐えた機体が異形化を始めた。
(ああ、私の攻撃を耐えるとは。仲間が増えるのは良い事です、理解とはとても大事なこと。
もっともっと増やさなければ、私達の仲間を。大切な宝物ですもの)
エルがパイロットである青年の悲鳴と鈍く響く歪虚の声を聴きながら、黒薔薇の咲き乱れる肌を掻き抱いて妖艶に嗤う。
マリィアはその声に静かに微笑んだ。
(そうね、彼と同じように私もあの人を助けなきゃ。私達と同じにできたならきっともっと長く生きられるはず。
そして平和になったら……あの人がおじいちゃんになっても、ずっと幸せに。私が幸せにする)
――やがてウルスラグナと共に転移を繰り返した影響だろうか、一行の目の前にリアルブルーの地球が見えてきた。真が声を弾ませる。
(カートゥル、ほら御覧。これが私の生まれた星。今は凍結されているけれど、本当は美しい星なんだ。歪虚達を全滅させたら一緒にどこまでも旅をしよう。きっと君も気に入ってくれるはずだよ)
(うんうん。それに今度こそ、私たちを受け入れるはずですぅ。だって邪神を倒すにはぁ、私達の力も必要になるはずですぅ。さっさと邪神を倒して全部終わらせるですぅ!)
新たな仲間と共に明るく笑うハナ。マリィアが頷いた。
(ええ、今度こそ邪神と決着をつけて彼と会うわ。そして今までの分まで思いっきり甘えるの。きっと彼なら理解してくれるから)
マリィアは愛する人の無事を祈り、片割れのミサンガを腕に嵌め直した。そしてメルセナリオの魔導エンジンを全開にする。
邪神をはじめとした歪虚から人類と世界を守り、幸福な未来を手にするために。選ばれた彼らの目に迷いはなかった。
●静寂の中の幸福
ひゅうひゅうと風の音が響く。
ここはクリムゾンウェストの地の果てに隠れた洞窟。
アルマは自分の隣で恋人が安らかな寝息を立てていることを確認すると、優しく微笑んだ。
(フリーデさん、おはようございます)
いつも通りの幸福なモーニングキス。
しかし彼女は目を覚まさない。
なぜならアルマは自分の体を使ってフリーデを造っている最中なのだから。
今のフリーデは頭から胸までしか存在しない抜け殻だ。
だから彼はまずフリーデそのものである右腕を彼女の身体に戻し、
身体を維持させるためにマテリアルに満ちた自身の翼をもぎ取り彼女に与えた。
そして今は自分の命を繋ぐマテリアルを与えながら彼女の体を構築している。
あとどれぐらい自分の命を捧げれば恋人は瞳を開けてくれるだろうか。
(まぁ、負のマテリアルならここにはたくさんありますもん。
僕なら少しぐらいの無理は平気です。……フリーデさん、それまで素敵な夢をたくさん見てくださいね)
彼はフリーデの額を撫で、改めて口づけすると彼女の右手に己の左手を絡め、そのぬくもりを伝えた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
質問卓 エルバッハ・リオン(ka2434) エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2019/04/06 04:40:02 |
|
![]() |
相談卓 エルバッハ・リオン(ka2434) エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2019/04/07 11:36:15 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/04/06 13:42:44 |