ゲスト
(ka0000)
【AP】甘く滴る揺籠の柘榴
マスター:凪池シリル

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~4人
- サポート
- 0~4人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/04/07 22:00
- 完成日
- 2019/04/15 06:21
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●例文です
目を覚まそうとしたら何も見えなかったし身体も動かなかった。
「ふむ?」
声は出た。と共に身じろぎすると多少は動く……というか、固定範囲が分かった。腹の上で腕を纏めるようにしてそこから腰回りと寝具を留められている。
……むしろ良くこの状態でこれまでぐっすり寝てたな私? 思わずそんなことに感心してしまった。
ガチャリと音がする。ドアが開く音。視覚が無い分鋭敏に反応してしまった。人の気配。反応したことに反応したようだった。
「あ、リッキィ起きたのか。おはよう」
「……シュン?」
聴きなれた声。愛する彼の声は何事も起きてないかの如く優しく柔らかだった。
彼の声。音からおぼろげに感じるドアの位置。ベッドの感触。つまりここは、私たちが住んでるいつもの部屋か。そんな気がしてきた。
そのまま、近寄る足音。私の横たわる寝具が軽くギシリと軋みを立て、一部が沈むこむ気配。
……重ねられる体温の感触。吐息。
「シュン?」
「おう」
「これ、君?」
「うん。あ、飯とかは俺がやるから気にするなよ?」
……問いかければ彼の返答はごく当然、日常の一幕です、みたいな調子で。ちなみにこんなのは我々は別に良くやっているなどということは無い。
まあ要するに、何か彼の中で溢れちゃったんだろう。
実の所、私が彼の何が最も愛しいって、彼がまた私を愛するに至れたことそのものだ。
家族、いや生きる意味も同然と慕い己を育て上げた存在に裏切られた挙句に復讐すら許されず彼らは勝手に自滅した。それこそ生まれた価値を根こそぎ失いかねないその壮絶な体験をもって、また誰かを愛せるところまでよくぞ立ち直ったと思う。……その対象に自分が選ばれるなんて、なんとも誇らしいじゃないか。私が彼の元を離れなかったのは、単純な合理思考──まあ、その時はそれだけだと思ってた、かもしれないが──に基づくものだったというのに。
ただそうは言ったって、壮絶な傷跡は壮絶だ。新たな幸せを得たからって消えるものでも無い。
で、彼はふいにそれに耐えきれなくなったわけだ。全てを失って一人になった自分を思い出してたまらなく不安に襲われる。
彼が何を恐れてこんなことをしでかしたかは容易に推測可能であるがゆえに、怒る気になれなかった。
「……別に、逃げないよ?」
言ってやると、胸の上で彼がもぞりと動いた。
「……ゴメン」
呟かれた言葉は、苦しそうで、泣きそうだった。
やっぱり、分かってるけど。それがどうしても信じられないからこんなことをするんだって。
私じゃなくて、彼自身が。
言われなくても分かってるけど拗れて拗れてどうしようもなくて、それでこんな形で甘えてる。
彼が今どうしているかと言えば、私の胸の上に頭を乗せて、ゆっくりと呼吸している。
……ここまでしておいて、やりたいことはただくっつきたいそれだけらしい。
ああ、なんかもう、大分キテるんだな今回は。仕方ないか。
結局のところ、私の気持ちは「まあいいんだけど」から動かないのだった。私だって、彼にくっつかれているのは正直気持ちが良いし──私も大概、彼に参ってはいるのだ。
ただ。
「ええと、トイレ行きたい」
「……本当に、どうしても今?」
「いや、白状すると本当にそうなったら外してくれるかの確認だけど。外してくれるってことでいいのかな」
「……まあ、そういう趣味はあんまりねえし。俺も」
そっか。
そこさえどうにかなるなら、いよいよもう、別にいいか。
──気のすむまで君の好きにして。
目を覚まそうとしたら何も見えなかったし身体も動かなかった。
「ふむ?」
声は出た。と共に身じろぎすると多少は動く……というか、固定範囲が分かった。腹の上で腕を纏めるようにしてそこから腰回りと寝具を留められている。
……むしろ良くこの状態でこれまでぐっすり寝てたな私? 思わずそんなことに感心してしまった。
ガチャリと音がする。ドアが開く音。視覚が無い分鋭敏に反応してしまった。人の気配。反応したことに反応したようだった。
「あ、リッキィ起きたのか。おはよう」
「……シュン?」
聴きなれた声。愛する彼の声は何事も起きてないかの如く優しく柔らかだった。
彼の声。音からおぼろげに感じるドアの位置。ベッドの感触。つまりここは、私たちが住んでるいつもの部屋か。そんな気がしてきた。
そのまま、近寄る足音。私の横たわる寝具が軽くギシリと軋みを立て、一部が沈むこむ気配。
……重ねられる体温の感触。吐息。
「シュン?」
「おう」
「これ、君?」
「うん。あ、飯とかは俺がやるから気にするなよ?」
……問いかければ彼の返答はごく当然、日常の一幕です、みたいな調子で。ちなみにこんなのは我々は別に良くやっているなどということは無い。
まあ要するに、何か彼の中で溢れちゃったんだろう。
実の所、私が彼の何が最も愛しいって、彼がまた私を愛するに至れたことそのものだ。
家族、いや生きる意味も同然と慕い己を育て上げた存在に裏切られた挙句に復讐すら許されず彼らは勝手に自滅した。それこそ生まれた価値を根こそぎ失いかねないその壮絶な体験をもって、また誰かを愛せるところまでよくぞ立ち直ったと思う。……その対象に自分が選ばれるなんて、なんとも誇らしいじゃないか。私が彼の元を離れなかったのは、単純な合理思考──まあ、その時はそれだけだと思ってた、かもしれないが──に基づくものだったというのに。
ただそうは言ったって、壮絶な傷跡は壮絶だ。新たな幸せを得たからって消えるものでも無い。
で、彼はふいにそれに耐えきれなくなったわけだ。全てを失って一人になった自分を思い出してたまらなく不安に襲われる。
彼が何を恐れてこんなことをしでかしたかは容易に推測可能であるがゆえに、怒る気になれなかった。
「……別に、逃げないよ?」
言ってやると、胸の上で彼がもぞりと動いた。
「……ゴメン」
呟かれた言葉は、苦しそうで、泣きそうだった。
やっぱり、分かってるけど。それがどうしても信じられないからこんなことをするんだって。
私じゃなくて、彼自身が。
言われなくても分かってるけど拗れて拗れてどうしようもなくて、それでこんな形で甘えてる。
彼が今どうしているかと言えば、私の胸の上に頭を乗せて、ゆっくりと呼吸している。
……ここまでしておいて、やりたいことはただくっつきたいそれだけらしい。
ああ、なんかもう、大分キテるんだな今回は。仕方ないか。
結局のところ、私の気持ちは「まあいいんだけど」から動かないのだった。私だって、彼にくっつかれているのは正直気持ちが良いし──私も大概、彼に参ってはいるのだ。
ただ。
「ええと、トイレ行きたい」
「……本当に、どうしても今?」
「いや、白状すると本当にそうなったら外してくれるかの確認だけど。外してくれるってことでいいのかな」
「……まあ、そういう趣味はあんまりねえし。俺も」
そっか。
そこさえどうにかなるなら、いよいよもう、別にいいか。
──気のすむまで君の好きにして。
リプレイ本文
妄想だよ?
妄想だよ。
──妄想だよ?
●
カタリと玄関の方で音がして、ユメリア(ka7010)ははっと顔を上げてパタパタとそちらへ向かう。
いつもの時間。いつもの姿。
「お帰りなさい。大好きなあなた。今日も一日お疲れ様」
そう告げて、部屋へと上がるその人の背後にくるりと回る。コートを羽織るその肩に手を置いて、ゆっくり引いて脱ぐのを手伝うと、封が解かれるようにそこに籠っていた香りがふわりと漂った。
──嗚呼。
ユメリアは、恍惚に目を細める。
玄関すぐの廊下にあるハンガーにコートをかけてしまうと、そのまま彼女は『あなた』へと腕を伸ばし、背中から優しく抱きしめた。
密着する。彼女の気配、彼女の意識を感じるのはまず首元。それから。腕の下を通って胸元へ回された手。その掌と彼女の姿勢はそのままだ。ただ彼女の喜びに合わせ時折震えるだけ。そのまま意識だけが、『あなた』の身体を沿っていく。
スン、と鼻が鳴らされる。『あなた』は苦笑する。
彼女はこうして『あなた』を抱きしめるのが好きだ。
こうして『あなた』の香りを感じることを。
だって……──
服に付いた香りで行き先を。
口の匂いで食べたものを。
手の匂いで、触れたもの。
首筋からはあなたの感情を。
つま先からはあなたの疲れを。
胸元からは愛情を。
その一日の全てをこうやって知ることが出来る。
……人は、香る。
香りはすべてを物語る。
シャツに残る『あなた』の苦手な上司の煙草の匂い。
口に残るコーヒーの香り。
手首につけた、先日差し上げたコロンの香りが今日は少し濃い目ですね?
ああ。あなた。今日のあなたは。
仕事場で嫌な上司に叱られ、気分を紛らわせるために濃いコーヒーを飲んで、それでも私の事を思いつつお仕事を頑張ってくれたのですね?
労わるように告げると、『あなた』は振り向いて、敵わないなあ、という顔で肩を竦めた。
そうして、何も誤魔化していないよ、と言いたげに腕を上げて見せる。
もう『あなた』は理解している。下手な嘘も、ごまかしのプレゼントも、消臭剤も効かないと。
全てを感じて暴こうとする彼女の【愛】を、ただ黙って受け入れる。
ユメリアは、そっと『あなた』の大きな掌を取って、頬に摺り寄せる。その匂いを嗅ぐ。
そのまま次いで首筋、胸、口臭。
脇の下、靴でも。
ひたすら鼻を寄せる。
何も隠してないだろう? と、困った顔にどこか誇らしさを浮かべる『あなた』。
ええ。ええ。決して裏切りを疑うわけでは無いのですよ、と、ユメリアは変わらぬ笑みを返す。
彼女にとってこの行為は全部が研究対象、好悪は二の次だった。
その香りからあなたの行動も心も全部分かる、分かりたい。けど縛りたいわけでは無いのです。
ただ感じていたいだけ。
あなたの匂いが幸せを作り。あなたの生きざまが私の心を満たしてくれます。
香りがあなたとなって脳を満たしてくれるのだから。
曇りなき瞳で真っ直ぐ言うユメリアを、『あなた』はただただ受け入れる。
暴かれることは己の潔白を、愛を常に明かせること言う事でもあるから。『あなた』もまた、ユメリアの執着を喜び、されるがままに差し出すのだ。
──私の匂いも混ぜさせてもらってもよろしいですか?
と問えば、『あなた』はどうやって? と少し意地わるく聞き返す。
これもすでに繰り返した茶番。『あなた』は何も言わず、手を伸ばしてはくれず、けど離れもしない。
野暮ですね、とユメリアは苦笑して彼にぎゅう、と抱き着いた。
ゆっくり、その腕が彼女を抱きしめ返す。彼女を、彼女のその習性ごと、包み込むように。
……やがて、囁くような歌声が聞こえてくる。
安らぎが『あなた』にあるように。それが、香りとなって『あなた』から立ち昇るまで。
香りは五感の中で唯一情動に直結するという。
あなたの香りに身を埋められる幸せ。
そんな彼女に求められ、差し出す喜びを、『あなた』も噛み締めている。
●
大きな窓からは広い景色が広がっている。
天窓からも光が差し込めるその部屋はとても明るい。
必要な家具に娯楽、最近の依頼の報告書。欲しがりそうなものは一通りそろっている。
──……ただ一つ、この部屋から外に出る手段、それ以外は。
監禁××日目。
高瀬 康太(kz0274)はうつむいて、腰掛けたその膝の上に置いた書類に視線を落としている。
監禁当初に付けていた長いチェーン付きの手かせは、今はもう外されていた。
もう、当初ほど暴れなくなったし……痛そうだし、あれ、と。この部屋の主たるメアリ・ロイド(ka6633)はそんな康太を幸せそうに見ている。
ただ、この瞬間を生きている彼を見られて幸せ、と。
幸せに、幸せに表情を蕩かせて……そしてその笑顔が、急速に凍り付く。
欺瞞の幸せから一歩でも我に返れば自覚するのは、自身が両親にされていたような軟禁と同じような事をしている事実。
たまらない罪悪感。だけど失う不安はそれ以上にどうしようもない。
寒い、寒い、こんなにも温かなのに。
「私が、リアルブルーを奪還して必ず康太さんの願いを叶えるから……安全なここで待っていて」
「……」
話しかける彼女に、康太は何も答えない。
微動だにしているのかすら怪しいほど、書類に視線を落とし続けた姿勢のまま変わらない。
「1人にはしません。戦って万が一貴女が死んだら、それが恐ろしくてたまらない」
ボロボロと涙を零しても、やはり彼の態度は変わらない。ここ数日、ずっとこうだった。
何も言う必要は無いという事か。
ああそうだ。分かっている。どうせそう短くない先、彼は寿命で死ぬ。こんなことに、意味は無いと。
「守られるほど弱くない事は知ってます。その気になれば私から鍵を奪ってでられることも出来る。康太さんの優しさに、私は甘えてる。貴女は私など必要無いのに、私には貴方が必要なんだ」
「……」
答えない。
答えない。
彼は、答えない。
──こんなことしたんだから、当たり前だ。
私はただただ、彼の残り寿命を浪費している。
それでも──……縋り付くように抱き着けば、温もりを感じた。
暖かい。体温があった。声が聞けなければ呼吸の音でもいい。心音でも。それだけで嬉しい。
そうしていれば暫く後にメアリは落ち着きを取り戻した。……いつもの、人形のような表情の淡々とした彼女に。
「それじゃ……また来ます」
リアルブルーを取り返す。その約束のために、彼女は出ていく。唯一の外に出るドア、内からも外からも鍵穴で開閉する、彼女だけがカギを持つそこから。
部屋に一人残って……康太は一つ息を吐く。今日も確認はできなかった。
監禁されて暫く。暴れながら彼女を詰問した、その時の会話。
──ここから出るなら、私を殺して。
その言葉を契機に、彼はこうしてずっと無言と不動を貫いている。
反論できなかったわけでは無い。彼女が言うような優しさでもない。
反論の言葉なら思いついていた──それはつまり、僕に死ねと言っているのだと分かっているのか、と。
そうして。その言葉が思いついたときに……気付いてしまったのだ。
嗚呼。
僕は、死んで良いのか。
彼は良くも悪くも真面目過ぎるのだ。故に、自分では全く発想することのなかった自死、という選択肢にその時初めて気がついてしまったのだ。
誇りを挫かれ地球は閉ざされ残り寿命は僅かと知った、彼の心はもう、とっくに限界ギリギリだったのだ。それでも何とか見出した、友情という形に縋った希望がこんな結果を齎して。
もういいや、と。
高瀬 康太は、死ぬことにした。緩やかにこのまま死に体になることにした。
彼女はいつ気がついてくれるだろうか。貴女が愛でているこれはとっくに屍だという事に。
それでも、ああ、そうだ。
死後の魂などという当てにならないものなどと違って、今は実際、意識はある。そのうちに知りたいとは思った。
貴女が僕の死体をも愛せるというのならば。その時僕は貴女の想いを受け入れられるのかもしれない、と。
──それは、己の望む形とは違ったが、一つの幸せな結末ではあるのかもしれないじゃないか。
●
「おはようございます、フィリア。よく眠れました?」
お目覚めぱっちり! 爽やかに目覚めたLeo=Evergreen (ka3902)は、ベットの上で顔を向こうに向けたままの雨音に微睡む玻璃草(ka4538)の頬に手を当ててこちらを向かせる。ごろりとこちらを向くフィリアの瞳は閉じられたままだ。
まだ眠いの? とレオはフィリアの頬をつついて、少しぼさっとなった髪を指で梳く。
「朝食の前に朝の髪支度ですね」
目を開けないフィリアの頭を抱えて起こして、そのまま二人で風呂場に向かう。
レオはそっとフィリアの頭を彼女が楽にできるよう横たえてやり、ぬるま湯とシャンプーで丁寧に洗い始める。
鼻歌交じりに楽しそうに、この前手に入れた東方からの商品だという花の油をしっかり櫛に染みこませて、世界一のつやつやゆるふわの髪に仕上げようと丁寧に仕上げていく。
「どうです? 今日もばっちりだと思うのですが」
(ええ、素敵ね。レオ。有難う)
その声が聞こえるとレオは満足して、フィリアの頬にそっと手を添えて彼女の顔を己の真正面に持ってくると、改めてその顔を、髪をまじまじと見つめる。
「それじゃ、朝ご飯にしましょう」
そうして二人でリビングに戻る。
朝食を終えたら昼はお散歩。
買い物に行こうと、レオはフィリアに話しかける。
大きな鞄、フィリアを連れて。
「……っと」
ふと向かい来る人の姿に、レオは素早く縦の物陰に潜り込んだ。
(隠れんぼかしら?)
「武器を持った人には近づきません、レオは荒事が嫌いなので」
(ふふ、本当ね。榛の影を踏みゆくようにこっそりと。でも九つ眠る柊の葉は駄目よ? だって吃驚しちゃうでしょう?)
言葉とともに、足音が蘇る。タタン、タタンと、雨音を聞く少女の軽やかな足取り。
くすくすと。陰に隠れて、密やかに。レオだけに分かる、彼女たちだけの秘密の会話。
見つかってはならない鬼ごっこもそうして楽しみながら、街を歩いて、目的の買い物を終えて。買い物袋と鞄を置く。
「はいフィリア、あーん」
そうしていたらおやつの時間。蜂蜜にバターたっぷりのパンケーキ!
(パンケーキは好きよ。春風のジャムとバターをたっぷり塗って)
フィリアの言葉を聞くと、レオはその通りにして、フィリアの口元に近づけてやるが……。
(あら、駄目よ)
フィリアはしかし、口を開かない。
あんまりお腹空いてない? とレオは首をかしげて、それからにやりと意地わるく笑う。
「さてはレオに隠れて美味しいものでも食べたのです?」
(ごめんなさいレオ。『歯車仕掛けの蛇』ったらいつも意地悪なの)
「仕方無いですねぇ」
レオはそう言うと、結局パンケーキは自分で食べる……と、見せかけて、甘い唇を彼女のそれに重ねた。舌が唇を、歯列をこじ開け、ジャムと小麦粉の香る甘いあまぁいそれをおすそ分けして。
そんな二人の一日。
終わりはやっぱり、レオの手によるフィリアの髪の手入れ。
「絡まったら大変なのです、今日は三つ編みにするのです」
ベッドの上。膝の上に彼女の頭を乗せて、丁寧に丁寧に編み込んで。
「ふああ。レオ、もう眠くなってしまったのです」
作業を終えて、レオがそう言ってフィリアを覗き込むと、フィリアは既に目を閉じていた。
「フィリアもです?」
既に夢の中に居るような彼女に、レオは微笑む。
その頭をぎゅっと抱き寄せて、掛け布団を持ち上げて共に布団に入った。
幸せな、幸せな一日がこうやって終わる。
──でも、ちょっと寂しい気がするのは何故だろう?
ああ、そうだ。
最近、手を繋いでいない。
……あったかくて、髪に触れる程ではなくても、大好きだった、のだけど。
(そうね)
『レオ。冬の駒鳥のように愛しい貴方。貴方と繋いだ手はとっても暖かいの』
『だから』
手を繋げていない寂しさを埋めるように、レオはフィリアの全てを抱え込むように、丸まって眠る。
そうして夢見るのは、あの時の。
レオに髪を梳かれるのを好んだ『雨音』に微睡む少女が。
レオの行う全てを受け入れたあの、とろりと微笑った最期の時の。
「おはようございます、フィリア」
また二人の朝が始まる。レオはフィリアに触れる。髪に、顔に。今の彼女の全てに、そうやって。
妄想だよ。
──妄想だよ?
●
カタリと玄関の方で音がして、ユメリア(ka7010)ははっと顔を上げてパタパタとそちらへ向かう。
いつもの時間。いつもの姿。
「お帰りなさい。大好きなあなた。今日も一日お疲れ様」
そう告げて、部屋へと上がるその人の背後にくるりと回る。コートを羽織るその肩に手を置いて、ゆっくり引いて脱ぐのを手伝うと、封が解かれるようにそこに籠っていた香りがふわりと漂った。
──嗚呼。
ユメリアは、恍惚に目を細める。
玄関すぐの廊下にあるハンガーにコートをかけてしまうと、そのまま彼女は『あなた』へと腕を伸ばし、背中から優しく抱きしめた。
密着する。彼女の気配、彼女の意識を感じるのはまず首元。それから。腕の下を通って胸元へ回された手。その掌と彼女の姿勢はそのままだ。ただ彼女の喜びに合わせ時折震えるだけ。そのまま意識だけが、『あなた』の身体を沿っていく。
スン、と鼻が鳴らされる。『あなた』は苦笑する。
彼女はこうして『あなた』を抱きしめるのが好きだ。
こうして『あなた』の香りを感じることを。
だって……──
服に付いた香りで行き先を。
口の匂いで食べたものを。
手の匂いで、触れたもの。
首筋からはあなたの感情を。
つま先からはあなたの疲れを。
胸元からは愛情を。
その一日の全てをこうやって知ることが出来る。
……人は、香る。
香りはすべてを物語る。
シャツに残る『あなた』の苦手な上司の煙草の匂い。
口に残るコーヒーの香り。
手首につけた、先日差し上げたコロンの香りが今日は少し濃い目ですね?
ああ。あなた。今日のあなたは。
仕事場で嫌な上司に叱られ、気分を紛らわせるために濃いコーヒーを飲んで、それでも私の事を思いつつお仕事を頑張ってくれたのですね?
労わるように告げると、『あなた』は振り向いて、敵わないなあ、という顔で肩を竦めた。
そうして、何も誤魔化していないよ、と言いたげに腕を上げて見せる。
もう『あなた』は理解している。下手な嘘も、ごまかしのプレゼントも、消臭剤も効かないと。
全てを感じて暴こうとする彼女の【愛】を、ただ黙って受け入れる。
ユメリアは、そっと『あなた』の大きな掌を取って、頬に摺り寄せる。その匂いを嗅ぐ。
そのまま次いで首筋、胸、口臭。
脇の下、靴でも。
ひたすら鼻を寄せる。
何も隠してないだろう? と、困った顔にどこか誇らしさを浮かべる『あなた』。
ええ。ええ。決して裏切りを疑うわけでは無いのですよ、と、ユメリアは変わらぬ笑みを返す。
彼女にとってこの行為は全部が研究対象、好悪は二の次だった。
その香りからあなたの行動も心も全部分かる、分かりたい。けど縛りたいわけでは無いのです。
ただ感じていたいだけ。
あなたの匂いが幸せを作り。あなたの生きざまが私の心を満たしてくれます。
香りがあなたとなって脳を満たしてくれるのだから。
曇りなき瞳で真っ直ぐ言うユメリアを、『あなた』はただただ受け入れる。
暴かれることは己の潔白を、愛を常に明かせること言う事でもあるから。『あなた』もまた、ユメリアの執着を喜び、されるがままに差し出すのだ。
──私の匂いも混ぜさせてもらってもよろしいですか?
と問えば、『あなた』はどうやって? と少し意地わるく聞き返す。
これもすでに繰り返した茶番。『あなた』は何も言わず、手を伸ばしてはくれず、けど離れもしない。
野暮ですね、とユメリアは苦笑して彼にぎゅう、と抱き着いた。
ゆっくり、その腕が彼女を抱きしめ返す。彼女を、彼女のその習性ごと、包み込むように。
……やがて、囁くような歌声が聞こえてくる。
安らぎが『あなた』にあるように。それが、香りとなって『あなた』から立ち昇るまで。
香りは五感の中で唯一情動に直結するという。
あなたの香りに身を埋められる幸せ。
そんな彼女に求められ、差し出す喜びを、『あなた』も噛み締めている。
●
大きな窓からは広い景色が広がっている。
天窓からも光が差し込めるその部屋はとても明るい。
必要な家具に娯楽、最近の依頼の報告書。欲しがりそうなものは一通りそろっている。
──……ただ一つ、この部屋から外に出る手段、それ以外は。
監禁××日目。
高瀬 康太(kz0274)はうつむいて、腰掛けたその膝の上に置いた書類に視線を落としている。
監禁当初に付けていた長いチェーン付きの手かせは、今はもう外されていた。
もう、当初ほど暴れなくなったし……痛そうだし、あれ、と。この部屋の主たるメアリ・ロイド(ka6633)はそんな康太を幸せそうに見ている。
ただ、この瞬間を生きている彼を見られて幸せ、と。
幸せに、幸せに表情を蕩かせて……そしてその笑顔が、急速に凍り付く。
欺瞞の幸せから一歩でも我に返れば自覚するのは、自身が両親にされていたような軟禁と同じような事をしている事実。
たまらない罪悪感。だけど失う不安はそれ以上にどうしようもない。
寒い、寒い、こんなにも温かなのに。
「私が、リアルブルーを奪還して必ず康太さんの願いを叶えるから……安全なここで待っていて」
「……」
話しかける彼女に、康太は何も答えない。
微動だにしているのかすら怪しいほど、書類に視線を落とし続けた姿勢のまま変わらない。
「1人にはしません。戦って万が一貴女が死んだら、それが恐ろしくてたまらない」
ボロボロと涙を零しても、やはり彼の態度は変わらない。ここ数日、ずっとこうだった。
何も言う必要は無いという事か。
ああそうだ。分かっている。どうせそう短くない先、彼は寿命で死ぬ。こんなことに、意味は無いと。
「守られるほど弱くない事は知ってます。その気になれば私から鍵を奪ってでられることも出来る。康太さんの優しさに、私は甘えてる。貴女は私など必要無いのに、私には貴方が必要なんだ」
「……」
答えない。
答えない。
彼は、答えない。
──こんなことしたんだから、当たり前だ。
私はただただ、彼の残り寿命を浪費している。
それでも──……縋り付くように抱き着けば、温もりを感じた。
暖かい。体温があった。声が聞けなければ呼吸の音でもいい。心音でも。それだけで嬉しい。
そうしていれば暫く後にメアリは落ち着きを取り戻した。……いつもの、人形のような表情の淡々とした彼女に。
「それじゃ……また来ます」
リアルブルーを取り返す。その約束のために、彼女は出ていく。唯一の外に出るドア、内からも外からも鍵穴で開閉する、彼女だけがカギを持つそこから。
部屋に一人残って……康太は一つ息を吐く。今日も確認はできなかった。
監禁されて暫く。暴れながら彼女を詰問した、その時の会話。
──ここから出るなら、私を殺して。
その言葉を契機に、彼はこうしてずっと無言と不動を貫いている。
反論できなかったわけでは無い。彼女が言うような優しさでもない。
反論の言葉なら思いついていた──それはつまり、僕に死ねと言っているのだと分かっているのか、と。
そうして。その言葉が思いついたときに……気付いてしまったのだ。
嗚呼。
僕は、死んで良いのか。
彼は良くも悪くも真面目過ぎるのだ。故に、自分では全く発想することのなかった自死、という選択肢にその時初めて気がついてしまったのだ。
誇りを挫かれ地球は閉ざされ残り寿命は僅かと知った、彼の心はもう、とっくに限界ギリギリだったのだ。それでも何とか見出した、友情という形に縋った希望がこんな結果を齎して。
もういいや、と。
高瀬 康太は、死ぬことにした。緩やかにこのまま死に体になることにした。
彼女はいつ気がついてくれるだろうか。貴女が愛でているこれはとっくに屍だという事に。
それでも、ああ、そうだ。
死後の魂などという当てにならないものなどと違って、今は実際、意識はある。そのうちに知りたいとは思った。
貴女が僕の死体をも愛せるというのならば。その時僕は貴女の想いを受け入れられるのかもしれない、と。
──それは、己の望む形とは違ったが、一つの幸せな結末ではあるのかもしれないじゃないか。
●
「おはようございます、フィリア。よく眠れました?」
お目覚めぱっちり! 爽やかに目覚めたLeo=Evergreen (ka3902)は、ベットの上で顔を向こうに向けたままの雨音に微睡む玻璃草(ka4538)の頬に手を当ててこちらを向かせる。ごろりとこちらを向くフィリアの瞳は閉じられたままだ。
まだ眠いの? とレオはフィリアの頬をつついて、少しぼさっとなった髪を指で梳く。
「朝食の前に朝の髪支度ですね」
目を開けないフィリアの頭を抱えて起こして、そのまま二人で風呂場に向かう。
レオはそっとフィリアの頭を彼女が楽にできるよう横たえてやり、ぬるま湯とシャンプーで丁寧に洗い始める。
鼻歌交じりに楽しそうに、この前手に入れた東方からの商品だという花の油をしっかり櫛に染みこませて、世界一のつやつやゆるふわの髪に仕上げようと丁寧に仕上げていく。
「どうです? 今日もばっちりだと思うのですが」
(ええ、素敵ね。レオ。有難う)
その声が聞こえるとレオは満足して、フィリアの頬にそっと手を添えて彼女の顔を己の真正面に持ってくると、改めてその顔を、髪をまじまじと見つめる。
「それじゃ、朝ご飯にしましょう」
そうして二人でリビングに戻る。
朝食を終えたら昼はお散歩。
買い物に行こうと、レオはフィリアに話しかける。
大きな鞄、フィリアを連れて。
「……っと」
ふと向かい来る人の姿に、レオは素早く縦の物陰に潜り込んだ。
(隠れんぼかしら?)
「武器を持った人には近づきません、レオは荒事が嫌いなので」
(ふふ、本当ね。榛の影を踏みゆくようにこっそりと。でも九つ眠る柊の葉は駄目よ? だって吃驚しちゃうでしょう?)
言葉とともに、足音が蘇る。タタン、タタンと、雨音を聞く少女の軽やかな足取り。
くすくすと。陰に隠れて、密やかに。レオだけに分かる、彼女たちだけの秘密の会話。
見つかってはならない鬼ごっこもそうして楽しみながら、街を歩いて、目的の買い物を終えて。買い物袋と鞄を置く。
「はいフィリア、あーん」
そうしていたらおやつの時間。蜂蜜にバターたっぷりのパンケーキ!
(パンケーキは好きよ。春風のジャムとバターをたっぷり塗って)
フィリアの言葉を聞くと、レオはその通りにして、フィリアの口元に近づけてやるが……。
(あら、駄目よ)
フィリアはしかし、口を開かない。
あんまりお腹空いてない? とレオは首をかしげて、それからにやりと意地わるく笑う。
「さてはレオに隠れて美味しいものでも食べたのです?」
(ごめんなさいレオ。『歯車仕掛けの蛇』ったらいつも意地悪なの)
「仕方無いですねぇ」
レオはそう言うと、結局パンケーキは自分で食べる……と、見せかけて、甘い唇を彼女のそれに重ねた。舌が唇を、歯列をこじ開け、ジャムと小麦粉の香る甘いあまぁいそれをおすそ分けして。
そんな二人の一日。
終わりはやっぱり、レオの手によるフィリアの髪の手入れ。
「絡まったら大変なのです、今日は三つ編みにするのです」
ベッドの上。膝の上に彼女の頭を乗せて、丁寧に丁寧に編み込んで。
「ふああ。レオ、もう眠くなってしまったのです」
作業を終えて、レオがそう言ってフィリアを覗き込むと、フィリアは既に目を閉じていた。
「フィリアもです?」
既に夢の中に居るような彼女に、レオは微笑む。
その頭をぎゅっと抱き寄せて、掛け布団を持ち上げて共に布団に入った。
幸せな、幸せな一日がこうやって終わる。
──でも、ちょっと寂しい気がするのは何故だろう?
ああ、そうだ。
最近、手を繋いでいない。
……あったかくて、髪に触れる程ではなくても、大好きだった、のだけど。
(そうね)
『レオ。冬の駒鳥のように愛しい貴方。貴方と繋いだ手はとっても暖かいの』
『だから』
手を繋げていない寂しさを埋めるように、レオはフィリアの全てを抱え込むように、丸まって眠る。
そうして夢見るのは、あの時の。
レオに髪を梳かれるのを好んだ『雨音』に微睡む少女が。
レオの行う全てを受け入れたあの、とろりと微笑った最期の時の。
「おはようございます、フィリア」
また二人の朝が始まる。レオはフィリアに触れる。髪に、顔に。今の彼女の全てに、そうやって。
依頼結果
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MVP一覧
- Philia/愛髪
Leo=Evergreen (ka3902)
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- 雨音に微睡む玻璃草(ka4538)
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/04/07 12:44:39 |