ゲスト
(ka0000)
【血断】大人は一緒に考えてくれましたか?
マスター:近藤豊

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 不明
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/04/11 15:00
- 完成日
- 2019/04/14 21:29
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「なんでそんな事、言えるんだよ」
強化人間研究施設『アスガルド』に身を置くランディは、黒い衣装を身に纏う女性にそう言い放った。
明確な警戒と嫌悪。
ランディも他人にこのような態度を取る人間ではないが、女性の言動はランディを強く警戒させていた。
「何故って?」
「だってそうだろ? 歪虚がなんで敵じゃないんだよ?」
「どうして敵と決めつけるの?」
「どうしてって……人間を攻撃するからだろ」
この女性とのやり取りに言葉が詰まる。
何故このような事を聞いてくるのか。
この言動が自身の立脚点の相違と気付くのに、ランディは相応の時間を要した。
「それは人が歪虚に抵抗するから。歪虚も仕方なく戦うだけ」
「でも、歪虚に捕まったら殺されちゃうんでしょ?」
女性の傍らにいた幼い子供が、言葉足らずな口調でそう言った。
女性は軽く笑みを浮かべる。
「いいえ。私達が歪虚を受け入れればいいの。そうすれば、私達は楽園へ行ける。楽園では人は時間の流れを越え、誰も苦しまずに生きていけるとファーザーは仰っているわ」
「なんだよそれ。本当の死ではないって……」
ランディは口籠もった。
この女性が何を言ってるのか分からない。
だが、女性の次の言葉にランディは衝撃を受ける事になる。
「このままでいいの? 寿命が削られて老い先短いあなたにも助かる方法があるというのに?」
●
黒き巫女達が引き起こした大霊堂占拠事件はハンターにより収束した。
しかし、問題はその後だった。
白龍信仰を捨てても大巫女ディエナ(kz0219)は彼女達を受け入れようとしたが、白龍を失った事で生きているうちに白龍に仕えられない巫女達の苦悩は変わらない。巫女を捨てても『巫女を送り出した事を部族の誉れとする』慣習から、部族へは帰れない。
結局、大巫女は聖地リタ・ティトを離れる決意をした辺境巫女達を待つ事にした。
離れていても家族は一つ。
大巫女に贈れる精一杯の言葉を、離れる彼女達にかけて。
「あたしは、ちゃんと大巫女として役割を果たせていたのかねぇ」
呼び出したハンターを前に、大巫女は一人呟いた。
あの事件から大巫女は明らかに元気を無くしている。無理もない。この事態ばかりはハンターだけではどうしようもない。
この事も歪虚ブラッドリー(kz0252)は織り込み済みなのか。
「今日呼んだのはね。キルトを探して欲しいんだ」
キルト。
元辺境巫女であり、ブラッドリーの誘いに乗って契約者となった黒き巫女である。
他の黒き巫女は捕縛したが、キルトだけはブラッドリーと共に姿を消していた。
「他の巫女達は覚醒者へ契約した後、自分でその後を決めさせた。けど、あの子は……」
大巫女の言葉は、キルトの身を案じるものだった。
黒き巫女となっても、大巫女に取っては辺境巫女であり、家族なのだ。
「あの子を何とか探し出して、身柄を確保してもらえないかね?」
「大巫女っ!」
「何だい? 今、大事なお客さんとお話中だよ」
「ですが、大巫女。キルトが……」
キルトの名前を耳にした大巫女の瞳孔が開く。
その後に続く言葉は、大巫女が心配していたものであった。
「リゼリオで子供達と立て籠もりました」
●
「誰でもいい! 本当の事を知っている奴を連れてこいっ!」
モノトーン教会を占拠したランディは、空に向かってアサルトライフルに放った。
ハンターとして、アスガルドを守る存在として幼いながらも周辺をパトロールしていた事が事態を混乱させた。
周辺の市民は逃げ惑い、恐怖に見舞われている。無茶な行為と分かってる。それでもランディは真実を確かめたかった。
「ランディ、もうお姉さんと一緒に行こうよ。そうしたら、僕たちも生きられるんだって」
マルコスの気弱な言葉。
キルトという女性が言うには、一度契約者となれば寿命は大きく削られる。リアルブルーで強化人間となったランディ達でも知っている事だ。それを知った時、多くの子供達がショックを受けた。
長く生きられない。漠然とした現実ながら、死が他の者よりも近くに存在している。
だが、キルトは削られた寿命に対して延命する方法があるという。
「早く行きましょう。邪魔が入れば、あなた達は楽園へ行くのが遅れます。そうなれば、寿命が尽きて本当に死んで……」
「うるさいっ!」
ランディはキルトの言葉を怒声で封じた。
「お前の言う事が本当か分からない。知ってる奴を呼び出して話を聞くんだ! 本当にそんな方法があるのかって」
「あなたが信じないというのならそれでも構いません。この場を去りなさい。ですが、楽園へ行く事を望むこの子達はどうなるのです?
楽園へ行けば、もう寿命は関係ありません。私達は楽園で誰にも縛られず、誰にも強制されずに暮らせるのです」
「俺は誰にも強制なんかされてない」
「いいえ。あなたは周りから圧力を受けて『選ばされて』いるのです。あなたは、それに気付いていないだけ。
ファーザーは仰いました。楽園へ行く以外、生きる術はないと」
「その楽園ってぇのはどうやって行くんだよ」
「ファーザーが導きます。すべてをファーザーに委ねるのです」
「…………」
ランディは黙る他なかった。
未だ信じられないキルト。自分の我が儘だけで、ここで足止めしても良いのか。だが、一度大人に騙された身分としてはこのまま黙って従う気にはなれない。
そして、それでも。
話が真実なら――助かる方法があるなら。
生きたい。
急に訪れる死を前に怯え続けたくはない。それにまだアスガルドには幼い子が沢山いる。その子達はこの話を知ってどうするのか。
「ねぇ、僕たち……死んじゃうの? 楽園ってとこに行けば、生きられるのに、やっぱり死んじゃうの?」
ランディの足下で、見上げるように少年が顔を上げる。
その瞳には涙が溢れていた。
一度は絶望し、現実を恨んだ子供達だ。ようやく子供なりに諦めたのか平穏な日々を送り始めたばかりだった。
しかし、キルトの告げる楽園の存在を知ってしまった。この時点で子供達が生への希望を見出してしまう。仮に楽園が嘘だとするなら再び強い絶望に見舞われるだろう。
「……くそ」
ランディは唇を噛み締める。
楽園とやらが何なのかは分からないが、生き続けられるのなら悪い話ではない。
楽園へ行かないのなら、短くなった寿命は変わらない。失われていく時間を後悔し、怯えて過ごすのか。
キルトの話が、ランディの警戒心を徐々に解きほぐしていく。
「歪虚は敵ではありません。あなた方の正義が、真実から目を背けさせます。ファーザーは仰いました。迷える子羊たるの命は世界の犠牲となり得る存在。犠牲を享受する事が果たして正義なのか。
ファーザーは今こそ、迷える子羊に手を差し伸べようとされているのです」
「そんな事……俺は……」
「では伺います。皆さんの残りの人生について……大人は一緒に考えてくれましたか?」
強化人間研究施設『アスガルド』に身を置くランディは、黒い衣装を身に纏う女性にそう言い放った。
明確な警戒と嫌悪。
ランディも他人にこのような態度を取る人間ではないが、女性の言動はランディを強く警戒させていた。
「何故って?」
「だってそうだろ? 歪虚がなんで敵じゃないんだよ?」
「どうして敵と決めつけるの?」
「どうしてって……人間を攻撃するからだろ」
この女性とのやり取りに言葉が詰まる。
何故このような事を聞いてくるのか。
この言動が自身の立脚点の相違と気付くのに、ランディは相応の時間を要した。
「それは人が歪虚に抵抗するから。歪虚も仕方なく戦うだけ」
「でも、歪虚に捕まったら殺されちゃうんでしょ?」
女性の傍らにいた幼い子供が、言葉足らずな口調でそう言った。
女性は軽く笑みを浮かべる。
「いいえ。私達が歪虚を受け入れればいいの。そうすれば、私達は楽園へ行ける。楽園では人は時間の流れを越え、誰も苦しまずに生きていけるとファーザーは仰っているわ」
「なんだよそれ。本当の死ではないって……」
ランディは口籠もった。
この女性が何を言ってるのか分からない。
だが、女性の次の言葉にランディは衝撃を受ける事になる。
「このままでいいの? 寿命が削られて老い先短いあなたにも助かる方法があるというのに?」
●
黒き巫女達が引き起こした大霊堂占拠事件はハンターにより収束した。
しかし、問題はその後だった。
白龍信仰を捨てても大巫女ディエナ(kz0219)は彼女達を受け入れようとしたが、白龍を失った事で生きているうちに白龍に仕えられない巫女達の苦悩は変わらない。巫女を捨てても『巫女を送り出した事を部族の誉れとする』慣習から、部族へは帰れない。
結局、大巫女は聖地リタ・ティトを離れる決意をした辺境巫女達を待つ事にした。
離れていても家族は一つ。
大巫女に贈れる精一杯の言葉を、離れる彼女達にかけて。
「あたしは、ちゃんと大巫女として役割を果たせていたのかねぇ」
呼び出したハンターを前に、大巫女は一人呟いた。
あの事件から大巫女は明らかに元気を無くしている。無理もない。この事態ばかりはハンターだけではどうしようもない。
この事も歪虚ブラッドリー(kz0252)は織り込み済みなのか。
「今日呼んだのはね。キルトを探して欲しいんだ」
キルト。
元辺境巫女であり、ブラッドリーの誘いに乗って契約者となった黒き巫女である。
他の黒き巫女は捕縛したが、キルトだけはブラッドリーと共に姿を消していた。
「他の巫女達は覚醒者へ契約した後、自分でその後を決めさせた。けど、あの子は……」
大巫女の言葉は、キルトの身を案じるものだった。
黒き巫女となっても、大巫女に取っては辺境巫女であり、家族なのだ。
「あの子を何とか探し出して、身柄を確保してもらえないかね?」
「大巫女っ!」
「何だい? 今、大事なお客さんとお話中だよ」
「ですが、大巫女。キルトが……」
キルトの名前を耳にした大巫女の瞳孔が開く。
その後に続く言葉は、大巫女が心配していたものであった。
「リゼリオで子供達と立て籠もりました」
●
「誰でもいい! 本当の事を知っている奴を連れてこいっ!」
モノトーン教会を占拠したランディは、空に向かってアサルトライフルに放った。
ハンターとして、アスガルドを守る存在として幼いながらも周辺をパトロールしていた事が事態を混乱させた。
周辺の市民は逃げ惑い、恐怖に見舞われている。無茶な行為と分かってる。それでもランディは真実を確かめたかった。
「ランディ、もうお姉さんと一緒に行こうよ。そうしたら、僕たちも生きられるんだって」
マルコスの気弱な言葉。
キルトという女性が言うには、一度契約者となれば寿命は大きく削られる。リアルブルーで強化人間となったランディ達でも知っている事だ。それを知った時、多くの子供達がショックを受けた。
長く生きられない。漠然とした現実ながら、死が他の者よりも近くに存在している。
だが、キルトは削られた寿命に対して延命する方法があるという。
「早く行きましょう。邪魔が入れば、あなた達は楽園へ行くのが遅れます。そうなれば、寿命が尽きて本当に死んで……」
「うるさいっ!」
ランディはキルトの言葉を怒声で封じた。
「お前の言う事が本当か分からない。知ってる奴を呼び出して話を聞くんだ! 本当にそんな方法があるのかって」
「あなたが信じないというのならそれでも構いません。この場を去りなさい。ですが、楽園へ行く事を望むこの子達はどうなるのです?
楽園へ行けば、もう寿命は関係ありません。私達は楽園で誰にも縛られず、誰にも強制されずに暮らせるのです」
「俺は誰にも強制なんかされてない」
「いいえ。あなたは周りから圧力を受けて『選ばされて』いるのです。あなたは、それに気付いていないだけ。
ファーザーは仰いました。楽園へ行く以外、生きる術はないと」
「その楽園ってぇのはどうやって行くんだよ」
「ファーザーが導きます。すべてをファーザーに委ねるのです」
「…………」
ランディは黙る他なかった。
未だ信じられないキルト。自分の我が儘だけで、ここで足止めしても良いのか。だが、一度大人に騙された身分としてはこのまま黙って従う気にはなれない。
そして、それでも。
話が真実なら――助かる方法があるなら。
生きたい。
急に訪れる死を前に怯え続けたくはない。それにまだアスガルドには幼い子が沢山いる。その子達はこの話を知ってどうするのか。
「ねぇ、僕たち……死んじゃうの? 楽園ってとこに行けば、生きられるのに、やっぱり死んじゃうの?」
ランディの足下で、見上げるように少年が顔を上げる。
その瞳には涙が溢れていた。
一度は絶望し、現実を恨んだ子供達だ。ようやく子供なりに諦めたのか平穏な日々を送り始めたばかりだった。
しかし、キルトの告げる楽園の存在を知ってしまった。この時点で子供達が生への希望を見出してしまう。仮に楽園が嘘だとするなら再び強い絶望に見舞われるだろう。
「……くそ」
ランディは唇を噛み締める。
楽園とやらが何なのかは分からないが、生き続けられるのなら悪い話ではない。
楽園へ行かないのなら、短くなった寿命は変わらない。失われていく時間を後悔し、怯えて過ごすのか。
キルトの話が、ランディの警戒心を徐々に解きほぐしていく。
「歪虚は敵ではありません。あなた方の正義が、真実から目を背けさせます。ファーザーは仰いました。迷える子羊たるの命は世界の犠牲となり得る存在。犠牲を享受する事が果たして正義なのか。
ファーザーは今こそ、迷える子羊に手を差し伸べようとされているのです」
「そんな事……俺は……」
「では伺います。皆さんの残りの人生について……大人は一緒に考えてくれましたか?」
リプレイ本文
「早く! 誰か真実を知る奴はいないのか!」
元強化人間のランディが空に向けてアサルトライフルを撃ち鳴らす。
それは威嚇射撃でも脅しでもない。
焦りから来る射撃である事は、その場にいるものなら誰もが感じ取れた。
強化人間となっていたものは、クリムゾンウェストへ転移して覚醒者となった。これはクリムゾンウェストの大精霊と契約する事で邪神との契約を『上書き』する事だ。
これで強化人間となった者の寿命が削られる事は抑えられる。
しかし、それは削られる事が抑えられただけだ。削られた寿命が戻る訳ではない。
「ねぇ。まだ待ってないといけないの?」
幼い子供がランディに向けて悲しそうな顔を向ける。
削られた寿命が戻らない事は、子供達も知っている。その事実に嘆く者もいたが、多くの子供はその事実が理解できないでいた。無理もない。先も分からない子供達の生きる未来が、削られてたと言われてもピンと来ないだろう。
それでも子供達の中に眠っていた不安は、思わぬ形で爆発する。
削られた寿命でもたらされる死。それから逃れる術があるというのだ。
「ファーザーは仰いました。鎖から逃れる為には、楽園へ赴く他無いと。私達はファーザーと共に楽園へと向かうべきなのです」
元辺境巫女のキルトの声が、モノトーン教会へと響き渡る。
歪虚ブラッドリー(kz0252)に見出されたキルトは、従者として行動を共にしていた。辺境巫女達が捜索を続けている最中、強化人間研究施設『アスガルド』の子供達へ接触。削られた寿命から逃れる術があると囁いた。
それは漠然とした不安を抱える子供達にとって、魅力的な誘いであった。
だが、それに対してランディが必死で抵抗していた。
「うるさいっ! そんな事、信じられるか! ファーザーって誰だよ?」
「私達を正しき道へ導き、天使達が正しい選ぶ未来をように神が遣われた方です」
「へぇ。私にはただの歪虚にしか見えないけどなぁ」
キルトの言葉を否定する女性の声。
モノトーン教会の外へ目を向ければ、星野 ハナ(ka5852)が教会の正面で仁王立ちしていた。
「嘘つき堕落者が子供達を騙して何処へ行くんですぅ? 子供を騙す奴はブッコロですぅ」
陰陽符「天光」を持ち、ゆっくりと前へ歩み出るハナ。
多くのハンター達は説得を試みようとしていたが、ハナの中には説得という言葉はなかった。あるのは嘘つきな堕落者を容赦なく叩く事。それでキルトが死亡しても構わない。「しゃがめ、子供達! その堕落者の盾にされるぞ」
ハナの傍らからルベーノ・バルバライン(ka6752)が飛び出した。
ルベーノもキルトが攻撃をされた際、子供達が盾に利用される事を懸念していた。この位置から縮地瞬動――。
「ご覧なさい。力ですべてを治めようとする。真実を知る者を闇へ葬る者達です」
ここぞとばかりにキルトは子供達へアピールする。
その言葉に子供達は歩み寄るハナに恐怖を抱いている様子だ。
そこへ――。
「はい、そこまでですよ」
ハナとルベーノの目の前で、百鬼 一夏(ka7308)がワンダーフラッシュを炸裂させる。
二人の前で爆発した光弾が二人の視界をホワイトアウトさせる。
「うおっ、まぶしっ!」
「目が、目がぁ~!!」
突然の発光でハナとルベーノは目を塞いで発光の衝撃に耐える。
一夏はキルトを殺そうとする人を止める為、敢えてワンダーフラッシュを使ったのだ。
「説得する前に殺そうとしてはダメです。彼女にだって待っている人がいるし、子供達の前で希望を見せた人を殺すのはどうかと思いますよ」
一夏は地面へ転がる二人の前でそう言葉を告げた。
仮にルベーノが子供達を守ろうとしたとしても、ハンター達の言葉に子供達は耳を貸すだろうか。キルトの言う通りだったのではないか。その疑念は子供達の心にずっと居座る事になる。一夏は、その事を危惧していたのだ。
「ランディ、僕の声が聞こえるか?」
「……!」
魔導拡声機「ナーハリヒト」から発せられる声。
その声にランディは聞き覚えがあった。
教会の扉を思い切り開け放つランディ。そこにはランディと顔見知りだったキヅカ・リク(ka0038)の姿があった。
「キヅカ、だったよな?」
「聞いてくれ、その黒い巫女は……」
「甘言に惑わされてはなりません」
キヅカの言葉を遮るようにキルトが間へ割って入る。
「彼らは虚偽を口にする恐れもあります」
「それは君も同じだ、キルト」
キヅカの呼び掛けにキルトは憎しみの視線を送る。
「何故、そう言えるの?」
「君の言葉はすべてファーザーの受け売りじゃないのか。そのファーザーの言葉も本当か怪しい。
そうだ。お互いの言い分を話してランディ達に決めてもらおうのはどうだ?」
口の前にあったナーハリヒトを外したキルトへの提案。
子供達は今も楽園行きに揺れている。
それを力で取りもどすのではなく、説得で奪還する。
キルトもそれを拒否すれば子供達の心が離れる事は分かっているはずだ。
「いいでしょう。神の正しさは私が証明してみせます」
キルトは強い口調で言い放った。
●
「考えた上で自分達で決めなさい」
ハンター達の説得が始まる前にアテナ・マクリール(ka7401)は、幼い子供達にそう伝えた。
子供として保護する事もできる。しかし、目の前にいる子供達は幼いだけの子供じゃない。意図せず寿命を削られ、運命に翻弄されてきた者達だ。彼らを子供扱いするだけではダメだとアテナは考えていた。
「その決断によって、私達と戦う事になるかもしれません。でも、悔いの無い選択を。
お互いの話を聞いてゆっくり考えましょう」
アテナは子供達の手を取る。
その手に握られる銃がアテナに向けられたとしても、アテナは覚悟を決める。
それが子供達の選択であるなら。
「歪虚を受け入れる、か。それって歪虚と同じ存在になるって事じゃねぇか?」
ランディとマルコスと訓練を共にしていた玄武坂 光(ka4537)は、そう問いかけた。
久しぶりに見るランディの姿。アスガルドで訓練を受けていた頃から考えれば、真実を求めて教会に立て籠もるなんて真似は想像もしなかった。良い意味でみればランディも成長をしているのかもしれない。
「おじさん」
「おじさんじゃねぇ! ドリスキルのおっさんみたいに言うな!」
ランディの言葉に光は慌てて訂正する。
その傍らでマルコスは考え込んでいた。
「同じ、存在?」
疑問を口に出して、聞き返すマルコス。
「ああ。だってそうだろ? 良く知らねぇが、楽園ってぇのはそういう場所だろ?
それならお前等が操られていた時と何が違う? また操られて守りたかった物や手に入れた物に牙を剥くのか?」
光はランディ達が再び歪虚の手先にされる事を危惧していた。
歪虚との戦いの中で平和を感じさせてくれた子供達だ。できるなら最悪の展開は避けたい。
「手駒ではありません。神の為に働く名誉な仕事と考えるべきでしょう」
光にキルトが反論する。
しかし、光はそれに対して冷静だ。
「おーおー。必死だな」
「あなたの言葉を証明する証拠はあるのですか?」
「ねぇよ?」
光はあっさりと答える。
だが、さらに言葉を続ける。
「でも、何か違わねぇかって思うぞ。操ろうとしているようにしか見えねぇ。お前、こいつらの事をちゃんと考えてやってるのか?」
「証拠が必要なら示そう。この目で見てきた事実を語ればいい」
光の言葉を付け加えるように鞍馬 真(ka5819)が、過去を思い返す。
それは大転移の後から本格的に始まった歪虚との戦いの歴史でもある。
「……今まで、歪虚に誘われて契約してきた人を沢山見て来た。
長生きできる。
力が得られる。
死人を生き返らせる。
事情はそれぞれだけど、共通しているのは上手く行かなかったという事だよ」
鞍馬はその目で多くの者を見つめてきた。
中には歪虚に騙され、踊らされる者も多くみてきた。そんな彼らが幸せになれたかと聞かれれば、即座に否定する。
「ですが、それはファーザーではありません。悪しき心の持つ者の仕業です」
「では、別の視点から話をしよう。
もし歪虚の力で長生きしたとしても、それは人としての生じゃない。
その事は、歴史が、我々ハンターの戦いが証明している」
人の欲望や願望に纏わり付き、自らの良いように用いる。
そのような歪虚を鞍馬は相手にしてきた。
歪虚になって幸せになった者はいるか? ――否、鞍馬はそのような者をみた事がない。
「人でなかったとしても、生きられるなら……」
「私には、生きたいと思うきみ達を止める『権利』は無い。だけど、もし歪虚になって人類と敵対するなら、それを止める『義務』がある」
鞍馬の魔導剣「カオスウィース」がカチリと音を立てる。
楽園へ行くなら、鞍馬は説得を諦める他無い。
できれば、そのような真似はしたくないのだが。
●
「端的に言うなら、その堕落者の言っている事は嘘ね」
次にキルトを否定したのはマリィア・バルデス(ka5848)だった。
マリィアはキルトがファーザーと呼ぶ歪虚ブラッドリーと出会った事があった。戦闘の中、マリィアが目撃したブラッドリーの行動を明確に指摘して見せた。
「ファーザー。つまりブラッドリーという歪虚を東方で目撃したのだけど、あいつは堕落者にした者を魂を自らの術に使うの」
「え……」
マリィアの言葉に、子供達の背筋に氷る物が走る。
僅かな表情をマリィアは見逃さない。
「その女わね、自分が白龍に会えない不幸を他人にも味会わせてやれって思ったの。自分が死にたい程苦しいから、他の人間も死んじまえってね。
自分が苦しい時は誰かに助けて欲しいわよね。悪人はその機会を逃さない。不幸な人をより不幸に叩き込んで自分の利益を得ようとする。幼い貴方達を騙しやすいと考えたのでしょうね」
「待ちなさい。私だけではなく、ファーザーも愚弄する事は許しません」
マリィアの言葉に怒りを見せるキルト。
マリィアは装備していたパリィグローブ「ディスターブ」を動かして迎撃に備える。
「違うというの?」
「ええ。白龍は私達巫女を裏切った。仕える事を名誉としながら、ありもしない居場所を私達に押しつけようとした。それは許される事ではないでしょう。
それにファーザーの術は確かに犠牲を伴う。でも、それで世界を変えられるなら……そちらの方が名誉ではない?」
「……憐れね」
マリィアは一言呟いた。
軍人であるマリィアにとって名誉の死とはそのようなものではない。誰かに命を使われる事が名誉ではなく、命を賭して成し遂げた任務の中でそう呼ばれるリスクが転がっているだけだ。
それを名誉と信じるキルトが途端に可哀想に思えてきた。
「一つ聞きたいんじゃがな」
ミグ・ロマイヤー(ka0665)は、脳裏でキルトの言葉を思い返していた。
その中で生じた疑問。それを素直にキルトへぶつける事にした。
「子供達の苦難というのは、一人の人間に救えてしまう安っぽいものなのか?」
ミグに浮かんだ疑問とは、目の前の強大な困難を一人で解決できるのかというものだ。もしそのような事が可能だとすれば、それは大精霊や邪神といった大きな存在だ。ブラッドリーの関与から考えれば、今回成し遂げるのは邪神という事になる。
「ファーザーは正しい道を示される方。苦難を乗り越える術は楽園に御座す神のみです」
「今までの話からすれば、それは歪虚じゃな。そうなると歪虚によって縮めた命を歪虚によって救って貰う事になる。それは歪虚の命令に従わなければ、死ぬ事ではないのかえ?」
歪虚によって延命されてもそれは歪虚の為に働かなければ、寿命は戻されてしまう。
否、さらに削られる事も考えられる。逃げる場所も失い、残されるのは歪虚としての道。それが――果たして正しい道なのか。
「神の為に働く事。それはとても名誉な事なのです」
「名誉を得て死ぬ? 結局削られた寿命は変わらぬではないか」
結局死ぬ事に変わりがない。
ミグのその指摘に、キルトは一瞬押し黙った。
●
「なあ、お前等。お前等の夢ってなんだった?」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)は屈み込んで子供達に問いかけた。
寿命な短くなると知る前、子供達が抱いていた夢。
スポーツ選手、科学者、ケーキ屋……。先の見えない未来の中、希望を持って子供達は夢を描いていたはずだ。
「うーん、なんだろう。警察の人かな」
「じゃあ、もう一個聞くけどよ。それは寿命が長くちゃできねぇのか?」
叶えたい夢に、年齢制限はあるのか。
無くした時間を悲しむなら、なりたい自分になって、それから時間を惜しめばいい。
そう教えてやるつもりだったが――。
「でも、警察官になる前にボク、生きてるか分からない……」
子供達はリアルブルー出身だ。警察官になるには規定の年齢に到達しなければなれない。だが、寿命を削られ、いつまで生きられない子供達にとって警察官になれる年齢まで生きられる保証はないのだ。
「あ。そうか。でも、クリムゾンウェストなら何とかなるんじゃないか?」
「さらにだ、子供達!」
ボルディアの横から腕を組んで現れたのはルベーノであった。
「今の情報は今のものでしかない! 一生目覚めんと言われたお前達は目覚めた! 諦めない事。大人になる努力をする事……それでお前達は大人になれるとも」
ルベーノの指摘通り、今入手した情報が現時点の情報でしかない。
もし、この先削られた寿命を戻す方法が見つかる可能性もある。今は何の確証もないが、諦めず続ける事が希望に繋がるのだ。
「そっか。そうかもしれない」
「そうだ。では決して諦めない事を俺と約束だ」
律儀に子供達と指切りをするルベーノ。
豪快だが意外に義理堅い男である。
●
様々な説得がハンターで行われる中、ハンス・ラインフェルト(ka6750)はランディを褒めて見せた。
「やり方は間違っていましたが……よくやりました。貴方が立ち止まらなければ、ここにいる全員が契約者にされ殺され、雑魔やブラッドリーの力にされた事でしょう。貴方は仲間が殺されるのを防いだのです。ただ、少し他の人に被害が出たので、その反省をしなければなりませんね」
ハンスから見ればランディがモノトーン教会へ立て籠もらなければ、ハンターが到着する事もなかった。このままキルトに子供達が連れ去られていただろう。
「何をすれば良いか分からなくて……」
そう口籠もるランディだったが、すかさずキルトが口を挟む。
「それはどうでしょうか。ファーザーは仰っていました。契約者となるのもすべては楽園へ向かう為の手段だと」
「同じような事を各地で行っていますよ、ブラッドリーは。その証拠はハンターズソサエティにあります。報告書をじっくり確認なさい。考える時間を奪いコントロールしようとするのは悪人の常套手段です」
ハンスはキルトの言葉を明確に否定する。
悩む者に近づき、言葉巧みに騙して手駒とする。
それらの事件をハンスはハンターとして数々乗り越えて来た。その経験の積み重ねがハンターズソサエティには報告書として存在する。それが何よりも証拠である。
「…………」
「まだ悩むのか」
ハンター達の説得を前に悩むマルコス。
その様子を見ていた初月 賢四郎(ka1046)が声をかける。
「だって、どうすればいいのか分からなくて……」
「甘えるのも大概にしろ」
賢四郎はマルコスを強く突き放す。
合理主義者である賢四郎にとって、利害関係さえ生まれなければ相手の意思を尊重するべきと考えていた。それで子供達が楽園へ行くというのなら、ハンターとして相手しなければならないが、当の子供達が自ら選んだ結果なら致し方ない。
「他人に相談して委ねるのは簡単だ。だが、委ねる決断をするのは本人だ。
後になって『こんなはずじゃなかった』と後悔してからでは遅い。どうすれば、そう言わないで済むか考えろ」
「え……」
マルコスは比較的大人しい子だ。
強い主張をするタイプではない。我慢強く内に不満を溜め込み、流れに身を任せる事も多く見受けられる。
マルコスが判断を迷うのは、誰かが決断してくれるのを待っている。
そんなマルコスを賢四郎は突き放したのだ。
「自分で、決断する?」
「そうだ。自分で決断して、自分でその結末の責任を取る。子供だからと曖昧にする事は許されない。自分で決断する、それが今だ」
賢四郎はハンスとキルトのやり取りに視線を移す。
同じ光景を見つめるマルコスは、何を考え、何を決断するのか――。
●
説得は子供達だけではない。この事件を引き起こしたキルトにも行われていた。
「楽園に行けば苦しみも寿命も無いなんて、それって死後の世界そのものですよね」
夜桜 奏音(ka5754)は、キルトへズバリ指摘する。
既に他のハンターからも指摘されているが、楽園の話を聞けば歪虚化する事を示している。
それが本当に幸せな未来なのか。
「人と人の繋がりや世界との繋がりといったものがあるからこそ、楽しんだり苦しんだりするものです。自分の思うようにいかないから楽園に行きたいみたいで、子供が駄々をこねているようにみえるんですよね」
「……あなたはとても強い方ですね」
奏音の言葉にキルトはそう返した。
「どういう事?」
「誰もがあなたのように強くはありません。強い体も、心も持ち合わせていません。この世界で生きて行く事が辛い者もいるのdす。
誰かの助けを求め、それにファーザーが応えた。それを子供が駄々をこねているように見えるのですか?」
「でも、楽園について詳細も知らないのにファーザーが仰ったからなんて、何も知らなくても問題ないように思考も何もかもすべて管理されているみたいですね」
すれ違う会話。
キルトの持つ信仰心が真実から目を背けさせているのか。
いや、それだけではない。仮にこの場で納得してもキルト自身の問題は何一つ解決しない。他者から頑張れ、と声をかけられても頑張るのは当人だ。頑張って限界を迎えた者に対して頑張れという応援は、その者に言葉は届かない。
「あー、もしかして……」
Gacrux(ka2726)はキルトをジッと見据えた。
続く沈黙。
それに耐えきれなくなったキルトはGacruxへ語気を強めながら聞き返す。
「……何か?」
「その歪虚の男に惚れたのでは? ああ、別に責めはしませんよ」
「なっ!?」
突然の問いかけに、キルトは思わず声を裏返した。
キルトは慌てて否定する。
「そのような事はありません。ファーザーは神に身を捧げられた方。私はそのような関係ではありません!」
「そうですか。ただ言っておく事があるとすれば、あんたが慕う歪虚の男も完璧ではなく、絶望を抱えている筈です」
Gacruxは経験上知っていた。
歪虚の多くは、絶望に留まる者達だと。
それら絶望に留まる者に光で照らす者こそ、Gacruxはキルトのような存在と考えていた。
「巫女の力は白龍だけに役立つわけではない。あんたは自分の未来を選べる。
生きて、その男さえも照らす光になる道もあるでしょう。
そして……もしそうなら俺達の元へ、大巫女の元へ帰れますよね?」
手を差し伸べるGacrux。
しかし、キルトは顔を背けて軽く体を震わせる。
恐怖? いや、それとは少し違うようだ。
「ファーザーは……ファーザーに絶望があるとは、思えません。もっと違う事をお考えな気がします。証拠がある訳ではありませんが……」
●
「ねぇ。ボク達はどうすればいいの?」
説得が続くなか、不安に怯える男の子。
どちらも正しく聞こえるのだろう。キルトの言葉が嘘ならば、削られた寿命は戻らない事になる。それは一度楽園で延命できると希望を抱いたが故に、落胆は最初に聞いた時よりも大きい。
だが、コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)は、そのような子供にも明確な答えを突き付ける。
「乗せられるな。人間としての命を全うした後、歪虚として生きて行く事になるのかもしれんのだぞ。それこそ文字通りの『化物』だ」
「人間じゃないの?」
「そうだ。お前達は人間として生きたいのだろう? なら、自分の人生ぐらい自分で舵取りしろ。また奴らに操られて人殺しの道具に成り下がるのは真っ平御免だろう?」
コーネリアから見ても眼前の子供は幼い。
しかし、この子達が強化人間にされた時点で彼らは過酷な運命に巻き込まれた。幼さなど理由にできない程の人生が待っている。だからこそ、自分自身で選ばなければならない。
「もし奴らに従って本当に歪虚化すれば、私はお前達を倒せねばならん。それでも奴らに従うか?」
「いやだけど……」
迷う子供。
そこへアルマ・A・エインズワース(ka4901)は片膝をついて涙で汚れた顔をハンカチで拭いてやる。
「実は楽園って、よく解ってないです」
「そうなの?」
「でも、推測できるですー。材料は……足りないかもですけど」
アルマは自分の語彙を懸命に引き出して子供へ推測できる楽園を説明する。
グラウンドゼロと呼ばれる場所で目にした異世界のような光景。死はないが、永遠に同じ時間を繰り返し続けるループ。終わりのないループは果たして楽園と呼べるのか。
「死なないけど、終わらないの?」
「そう。『死なない』です。何も変えたり進める事もなく、未来もなくて考える必要がない、だから誰も争わないです。でもそれ、みんなを裏切ってループになっちゃったら、楽園どころか地獄ですー」
ループの恐怖。
アルマは敢えてその部分を強調した。
子供にもその恐怖はうっすら伝わったようだ。
「お顔を見せて欲しいです」
アルマの言葉を受けて顔を上げる子供。
アルマはその顔を見て優しく微笑み掛ける。
「ボイヤー」
「あ。ボクを知ってるの?」
「……覚えてますよ。みんなの顔、忘れる訳ないです」
アルマの手にはアスガルドの記念写真が握られていた。
一緒に楽しんだ思い出。その思い出も、子供達の笑顔もループの中に入れる訳にはいかない――。
●
「キルトさんに一つだけ聞きます。楽園は『人として』生きられる場所ですか?」
エステル・ソル(ka3983)は、キルトへ指摘した。
多くのハンター達が楽園へ行く事は人間である事を辞める事だと説明していた。
人間を辞める。それは、本当の意味で幸せなのか。
「……くっ」
悔しさを滲ませるキルト。
エステルは、キルトがその問いを答えられないと察していた。ブラッドリーから言葉だけで誘われたキルトだ。楽園がどのような場所なのかも正しく説明はされていない。だから、楽園の本質を突けばキルトは回答できないのだ。
それを確かめた上で、エステルは子供達へ向き直る。
「キルトさんの話も一部は真実かもしれません。でも、わたくしは覚えています。
歪虚に利用され、意を沿わずに大切な人達を傷付けた子供達を。
船の動力として利用され無くなった子供達を。
そして、歪虚と契約した事で命を削られた……あなた達を」
命を削られた。
その言葉が子供達の体を震わせる。
幼くとも、それがどういう意味を持つのかは知っているのだろう。
その上でエステルは子供達に選択を促す。
「子供達はずっと大人の都合で利用されてきました。だから、どうするかは自分の意志で決めていいと思います。
だからこそ、見定めて下さい。あなた達を説得する人達が信用できる人かどうか。
そして考えて下さい。どう生きたいかを」
「そうだよ。ここにはあなた達と共に過ごした人達もいっぱいいます。そんな人達があなた達の死を望むと思いますか?」
エステルの言葉に一夏が続ける。
何故ハンター達がここへ足を運んだのか。
ランディが呼んだから? 違う、誰も子供達を死なせたくなかったからだ。
ここに多くのハンターが集まった事。それがすべてだ。
「寿命の事は……望んでも叶わない。だから受け止めるしかないの。でも、絶対に一人にはさせない。寂しい思いもさせない。最後まで私達が一緒だから」
一夏でも寿命の事は助けられない。
その代わり、子供達が残酷な現実を受け止めてそれを助ける事はできる。
「ランディ。みんなからも聞いただろう。強化人間の計画やファーザーの存在。そして、楽園の正体。全部、お前達を操るのが目的なんだ」
キヅカは改めてランディに対峙した。
確かに死ぬのが怖いのは解る。
ただ――あの時助けたのは、例え残り少なくてもそれで笑っていて欲しかったからだ。
楽園にその笑顔はあるのか? 楽園に行った後、誰かに銃を向ける未来が待っているのかもしれない。その未来でランディは本当に笑顔なのか。
「答えてくれ、ランディ。それでも楽園へ、行くのか?」
キヅカは手を差し出した。
それに対してランディはポツリと呟いた。
「……行かない。楽園はやっぱり俺達が行くべき場所じゃない」
●
ランディが楽園行きを否定した事は、子供達の判断を決定付けた。
他の子供達もランディと共にハンターの手を取る。
後は――。
「私は問う。楽園の導き手。キルトよ。貴方は自分の目で、耳で、世界を知ったのか。
人と歪虚のあり様。正と負のマテリアルの関係。私は未だ答えを出せていない」
雨を告げる鳥(ka6258)はキルトへ問いかけた。
キルトは元々辺境巫女の一人。覚醒者でなかったとするなら、狭い世界の中で生きてきたはずだ。
「いいえ。ですがそれはファーザーが……」
「私は知っている。リアルブルーは無慈悲に平穏を奪われた。
そして、十数度の大戦を経たが、歪虚王すら『楽園』を口にした事はなかった」
雨を告げる鳥は敢えて言葉を遮った。
楽園があるなら、何故ブラッドリー以外から語られないのか。それはあまりにも不自然だ。既に楽園の話に無理がある事をキルト自身も気が付いているはずだ。
「信仰とは疑わない事ではない。識る事は罪ではない。貴女の信仰が本物か。真実とは何か」
「…………」
「神霊樹。星の記憶を貴女自身が確かめるべきだ」
雨を告げる鳥はキルトは知識を得るべきだと考えていた。
識る事は羅針盤となり、不安を拭い去る。そして本当に居るべき場所を教えてくれる。辺境巫女ではなくなっても、知識があればキルトは決して迷わない。
「その楽園だけど」
八島 陽(ka1442)は楽園について自らの推測を話し始めた。
雨を告げる鳥と共にブラッドリーや古代文明を調査してきた陽は、情報を整理する意味でも推理を言語化する。
「ブラッドリーの言う神は邪神の事。それは本人が認めている。
邪神は無数の世界を滅ぼし、負のマテリアルに変換してそれを吸収、保存していく。つまり、邪神に吸収される事をブラッドリーは楽園と表現していると考えられます」
陽はブラッドリーから得た情報や過去の事件を元にこの推理に辿り着いた。
楽園は実在したとしても、それは邪神の中。
それが楽園なのかと言えば――。
「邪神内に保存された記憶や人物は、知らずに滅亡の過程と結末を無限に繰り返す。これは邪神に限界がある証左であり、より多くの世界を保存する為に弱者の記憶をソードオブジェクトとして廃棄される。
つまり……楽園は永遠ではない」
「……え?」
キルトは思わず聞き返した。
陽の言葉はあくまでも推論だ。まだ証拠と呼べる物は手に入れていない。しかし、キルトの心を揺るがすには十分過ぎたようだ。
「そんな。ファーザーは神に吸収される事は教えてくれたのに……」
自分の手を見て震わせるキルト。
すべてを教えてくれていないと気付いた。それはブラッドリーから信頼されていないのではないかという疑念を生じさせる。
「キルト。白龍の巫女の役目って白龍さまをお世話するより、白龍さまがいない時の方が重要なんじゃないかな?」
元巫女であるUisca Amhran(ka0754)は、キルトへ優しく問いかける。
不安と疑心に揺れるキルト。Uiscaはそんなキルトの手をそっと握る。
「白龍さまがいなくなって不安を抱えているのは巫女だけじゃない。辺境の皆がそう感じているの。巫女はそんな時、白龍さまの代わりとして白龍さまの想いを代弁して心の拠り所であるべきじゃない?」
確かに仕えるべき白龍がいなくなって不安だろうが、それは巫女だけじゃない。
辺境に住むすべての民が白龍の不在を不安視している。その不安を取り除き、白龍の伝承と後世へと伝えていく。それこそが白龍に仕える辺境巫女の役目だ。
その事に気付いたのか、キルトはUiscaの肩に額を付けて涙を流し始める。
「私は……私は……」
「大丈夫。大巫女は許してくれる。今もあなたを心配していたから」
Uiscaはそっとキルトの頭を撫でた。
後悔するかもしれない。でも、誰もキルトを咎めたりはしない。誰もが不安で未来が見えないのだから。キルトはちょっと迷っただけ。
Uiscaの優しい声がキルトの心に染み渡った。
●
「じゃあ、行きましょう」
ハンター達の尽力で子供達は無事保護。キルトも覚醒者へ契約を上書きして事なきを得た。
一人で大巫女の元へ戻るのは怖いというので、Uiscaがキルトと同行する事になった。大巫女はキルトを叱る事はしないと思うが、Uiscaも幻獣の森へ送り届けた方が気が休まる。
「あ、待って下さい」
そう言ってキルトが駆け寄ったのは陽の元だった。
「あ、あの……思い出した事があるんです。楽園へ行った後、平和を持て余したら私達は何をすれば良いのでしょうか。私はファーザーに問いかけました」
「そして?」
陽もその内容に強い興味を惹かれる。
そして、それに対する答えはキルトにはまったく理解できないものだった。
「『MのEvangelion。7の7から12』……一体、なんの事でしょう?」
元強化人間のランディが空に向けてアサルトライフルを撃ち鳴らす。
それは威嚇射撃でも脅しでもない。
焦りから来る射撃である事は、その場にいるものなら誰もが感じ取れた。
強化人間となっていたものは、クリムゾンウェストへ転移して覚醒者となった。これはクリムゾンウェストの大精霊と契約する事で邪神との契約を『上書き』する事だ。
これで強化人間となった者の寿命が削られる事は抑えられる。
しかし、それは削られる事が抑えられただけだ。削られた寿命が戻る訳ではない。
「ねぇ。まだ待ってないといけないの?」
幼い子供がランディに向けて悲しそうな顔を向ける。
削られた寿命が戻らない事は、子供達も知っている。その事実に嘆く者もいたが、多くの子供はその事実が理解できないでいた。無理もない。先も分からない子供達の生きる未来が、削られてたと言われてもピンと来ないだろう。
それでも子供達の中に眠っていた不安は、思わぬ形で爆発する。
削られた寿命でもたらされる死。それから逃れる術があるというのだ。
「ファーザーは仰いました。鎖から逃れる為には、楽園へ赴く他無いと。私達はファーザーと共に楽園へと向かうべきなのです」
元辺境巫女のキルトの声が、モノトーン教会へと響き渡る。
歪虚ブラッドリー(kz0252)に見出されたキルトは、従者として行動を共にしていた。辺境巫女達が捜索を続けている最中、強化人間研究施設『アスガルド』の子供達へ接触。削られた寿命から逃れる術があると囁いた。
それは漠然とした不安を抱える子供達にとって、魅力的な誘いであった。
だが、それに対してランディが必死で抵抗していた。
「うるさいっ! そんな事、信じられるか! ファーザーって誰だよ?」
「私達を正しき道へ導き、天使達が正しい選ぶ未来をように神が遣われた方です」
「へぇ。私にはただの歪虚にしか見えないけどなぁ」
キルトの言葉を否定する女性の声。
モノトーン教会の外へ目を向ければ、星野 ハナ(ka5852)が教会の正面で仁王立ちしていた。
「嘘つき堕落者が子供達を騙して何処へ行くんですぅ? 子供を騙す奴はブッコロですぅ」
陰陽符「天光」を持ち、ゆっくりと前へ歩み出るハナ。
多くのハンター達は説得を試みようとしていたが、ハナの中には説得という言葉はなかった。あるのは嘘つきな堕落者を容赦なく叩く事。それでキルトが死亡しても構わない。「しゃがめ、子供達! その堕落者の盾にされるぞ」
ハナの傍らからルベーノ・バルバライン(ka6752)が飛び出した。
ルベーノもキルトが攻撃をされた際、子供達が盾に利用される事を懸念していた。この位置から縮地瞬動――。
「ご覧なさい。力ですべてを治めようとする。真実を知る者を闇へ葬る者達です」
ここぞとばかりにキルトは子供達へアピールする。
その言葉に子供達は歩み寄るハナに恐怖を抱いている様子だ。
そこへ――。
「はい、そこまでですよ」
ハナとルベーノの目の前で、百鬼 一夏(ka7308)がワンダーフラッシュを炸裂させる。
二人の前で爆発した光弾が二人の視界をホワイトアウトさせる。
「うおっ、まぶしっ!」
「目が、目がぁ~!!」
突然の発光でハナとルベーノは目を塞いで発光の衝撃に耐える。
一夏はキルトを殺そうとする人を止める為、敢えてワンダーフラッシュを使ったのだ。
「説得する前に殺そうとしてはダメです。彼女にだって待っている人がいるし、子供達の前で希望を見せた人を殺すのはどうかと思いますよ」
一夏は地面へ転がる二人の前でそう言葉を告げた。
仮にルベーノが子供達を守ろうとしたとしても、ハンター達の言葉に子供達は耳を貸すだろうか。キルトの言う通りだったのではないか。その疑念は子供達の心にずっと居座る事になる。一夏は、その事を危惧していたのだ。
「ランディ、僕の声が聞こえるか?」
「……!」
魔導拡声機「ナーハリヒト」から発せられる声。
その声にランディは聞き覚えがあった。
教会の扉を思い切り開け放つランディ。そこにはランディと顔見知りだったキヅカ・リク(ka0038)の姿があった。
「キヅカ、だったよな?」
「聞いてくれ、その黒い巫女は……」
「甘言に惑わされてはなりません」
キヅカの言葉を遮るようにキルトが間へ割って入る。
「彼らは虚偽を口にする恐れもあります」
「それは君も同じだ、キルト」
キヅカの呼び掛けにキルトは憎しみの視線を送る。
「何故、そう言えるの?」
「君の言葉はすべてファーザーの受け売りじゃないのか。そのファーザーの言葉も本当か怪しい。
そうだ。お互いの言い分を話してランディ達に決めてもらおうのはどうだ?」
口の前にあったナーハリヒトを外したキルトへの提案。
子供達は今も楽園行きに揺れている。
それを力で取りもどすのではなく、説得で奪還する。
キルトもそれを拒否すれば子供達の心が離れる事は分かっているはずだ。
「いいでしょう。神の正しさは私が証明してみせます」
キルトは強い口調で言い放った。
●
「考えた上で自分達で決めなさい」
ハンター達の説得が始まる前にアテナ・マクリール(ka7401)は、幼い子供達にそう伝えた。
子供として保護する事もできる。しかし、目の前にいる子供達は幼いだけの子供じゃない。意図せず寿命を削られ、運命に翻弄されてきた者達だ。彼らを子供扱いするだけではダメだとアテナは考えていた。
「その決断によって、私達と戦う事になるかもしれません。でも、悔いの無い選択を。
お互いの話を聞いてゆっくり考えましょう」
アテナは子供達の手を取る。
その手に握られる銃がアテナに向けられたとしても、アテナは覚悟を決める。
それが子供達の選択であるなら。
「歪虚を受け入れる、か。それって歪虚と同じ存在になるって事じゃねぇか?」
ランディとマルコスと訓練を共にしていた玄武坂 光(ka4537)は、そう問いかけた。
久しぶりに見るランディの姿。アスガルドで訓練を受けていた頃から考えれば、真実を求めて教会に立て籠もるなんて真似は想像もしなかった。良い意味でみればランディも成長をしているのかもしれない。
「おじさん」
「おじさんじゃねぇ! ドリスキルのおっさんみたいに言うな!」
ランディの言葉に光は慌てて訂正する。
その傍らでマルコスは考え込んでいた。
「同じ、存在?」
疑問を口に出して、聞き返すマルコス。
「ああ。だってそうだろ? 良く知らねぇが、楽園ってぇのはそういう場所だろ?
それならお前等が操られていた時と何が違う? また操られて守りたかった物や手に入れた物に牙を剥くのか?」
光はランディ達が再び歪虚の手先にされる事を危惧していた。
歪虚との戦いの中で平和を感じさせてくれた子供達だ。できるなら最悪の展開は避けたい。
「手駒ではありません。神の為に働く名誉な仕事と考えるべきでしょう」
光にキルトが反論する。
しかし、光はそれに対して冷静だ。
「おーおー。必死だな」
「あなたの言葉を証明する証拠はあるのですか?」
「ねぇよ?」
光はあっさりと答える。
だが、さらに言葉を続ける。
「でも、何か違わねぇかって思うぞ。操ろうとしているようにしか見えねぇ。お前、こいつらの事をちゃんと考えてやってるのか?」
「証拠が必要なら示そう。この目で見てきた事実を語ればいい」
光の言葉を付け加えるように鞍馬 真(ka5819)が、過去を思い返す。
それは大転移の後から本格的に始まった歪虚との戦いの歴史でもある。
「……今まで、歪虚に誘われて契約してきた人を沢山見て来た。
長生きできる。
力が得られる。
死人を生き返らせる。
事情はそれぞれだけど、共通しているのは上手く行かなかったという事だよ」
鞍馬はその目で多くの者を見つめてきた。
中には歪虚に騙され、踊らされる者も多くみてきた。そんな彼らが幸せになれたかと聞かれれば、即座に否定する。
「ですが、それはファーザーではありません。悪しき心の持つ者の仕業です」
「では、別の視点から話をしよう。
もし歪虚の力で長生きしたとしても、それは人としての生じゃない。
その事は、歴史が、我々ハンターの戦いが証明している」
人の欲望や願望に纏わり付き、自らの良いように用いる。
そのような歪虚を鞍馬は相手にしてきた。
歪虚になって幸せになった者はいるか? ――否、鞍馬はそのような者をみた事がない。
「人でなかったとしても、生きられるなら……」
「私には、生きたいと思うきみ達を止める『権利』は無い。だけど、もし歪虚になって人類と敵対するなら、それを止める『義務』がある」
鞍馬の魔導剣「カオスウィース」がカチリと音を立てる。
楽園へ行くなら、鞍馬は説得を諦める他無い。
できれば、そのような真似はしたくないのだが。
●
「端的に言うなら、その堕落者の言っている事は嘘ね」
次にキルトを否定したのはマリィア・バルデス(ka5848)だった。
マリィアはキルトがファーザーと呼ぶ歪虚ブラッドリーと出会った事があった。戦闘の中、マリィアが目撃したブラッドリーの行動を明確に指摘して見せた。
「ファーザー。つまりブラッドリーという歪虚を東方で目撃したのだけど、あいつは堕落者にした者を魂を自らの術に使うの」
「え……」
マリィアの言葉に、子供達の背筋に氷る物が走る。
僅かな表情をマリィアは見逃さない。
「その女わね、自分が白龍に会えない不幸を他人にも味会わせてやれって思ったの。自分が死にたい程苦しいから、他の人間も死んじまえってね。
自分が苦しい時は誰かに助けて欲しいわよね。悪人はその機会を逃さない。不幸な人をより不幸に叩き込んで自分の利益を得ようとする。幼い貴方達を騙しやすいと考えたのでしょうね」
「待ちなさい。私だけではなく、ファーザーも愚弄する事は許しません」
マリィアの言葉に怒りを見せるキルト。
マリィアは装備していたパリィグローブ「ディスターブ」を動かして迎撃に備える。
「違うというの?」
「ええ。白龍は私達巫女を裏切った。仕える事を名誉としながら、ありもしない居場所を私達に押しつけようとした。それは許される事ではないでしょう。
それにファーザーの術は確かに犠牲を伴う。でも、それで世界を変えられるなら……そちらの方が名誉ではない?」
「……憐れね」
マリィアは一言呟いた。
軍人であるマリィアにとって名誉の死とはそのようなものではない。誰かに命を使われる事が名誉ではなく、命を賭して成し遂げた任務の中でそう呼ばれるリスクが転がっているだけだ。
それを名誉と信じるキルトが途端に可哀想に思えてきた。
「一つ聞きたいんじゃがな」
ミグ・ロマイヤー(ka0665)は、脳裏でキルトの言葉を思い返していた。
その中で生じた疑問。それを素直にキルトへぶつける事にした。
「子供達の苦難というのは、一人の人間に救えてしまう安っぽいものなのか?」
ミグに浮かんだ疑問とは、目の前の強大な困難を一人で解決できるのかというものだ。もしそのような事が可能だとすれば、それは大精霊や邪神といった大きな存在だ。ブラッドリーの関与から考えれば、今回成し遂げるのは邪神という事になる。
「ファーザーは正しい道を示される方。苦難を乗り越える術は楽園に御座す神のみです」
「今までの話からすれば、それは歪虚じゃな。そうなると歪虚によって縮めた命を歪虚によって救って貰う事になる。それは歪虚の命令に従わなければ、死ぬ事ではないのかえ?」
歪虚によって延命されてもそれは歪虚の為に働かなければ、寿命は戻されてしまう。
否、さらに削られる事も考えられる。逃げる場所も失い、残されるのは歪虚としての道。それが――果たして正しい道なのか。
「神の為に働く事。それはとても名誉な事なのです」
「名誉を得て死ぬ? 結局削られた寿命は変わらぬではないか」
結局死ぬ事に変わりがない。
ミグのその指摘に、キルトは一瞬押し黙った。
●
「なあ、お前等。お前等の夢ってなんだった?」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)は屈み込んで子供達に問いかけた。
寿命な短くなると知る前、子供達が抱いていた夢。
スポーツ選手、科学者、ケーキ屋……。先の見えない未来の中、希望を持って子供達は夢を描いていたはずだ。
「うーん、なんだろう。警察の人かな」
「じゃあ、もう一個聞くけどよ。それは寿命が長くちゃできねぇのか?」
叶えたい夢に、年齢制限はあるのか。
無くした時間を悲しむなら、なりたい自分になって、それから時間を惜しめばいい。
そう教えてやるつもりだったが――。
「でも、警察官になる前にボク、生きてるか分からない……」
子供達はリアルブルー出身だ。警察官になるには規定の年齢に到達しなければなれない。だが、寿命を削られ、いつまで生きられない子供達にとって警察官になれる年齢まで生きられる保証はないのだ。
「あ。そうか。でも、クリムゾンウェストなら何とかなるんじゃないか?」
「さらにだ、子供達!」
ボルディアの横から腕を組んで現れたのはルベーノであった。
「今の情報は今のものでしかない! 一生目覚めんと言われたお前達は目覚めた! 諦めない事。大人になる努力をする事……それでお前達は大人になれるとも」
ルベーノの指摘通り、今入手した情報が現時点の情報でしかない。
もし、この先削られた寿命を戻す方法が見つかる可能性もある。今は何の確証もないが、諦めず続ける事が希望に繋がるのだ。
「そっか。そうかもしれない」
「そうだ。では決して諦めない事を俺と約束だ」
律儀に子供達と指切りをするルベーノ。
豪快だが意外に義理堅い男である。
●
様々な説得がハンターで行われる中、ハンス・ラインフェルト(ka6750)はランディを褒めて見せた。
「やり方は間違っていましたが……よくやりました。貴方が立ち止まらなければ、ここにいる全員が契約者にされ殺され、雑魔やブラッドリーの力にされた事でしょう。貴方は仲間が殺されるのを防いだのです。ただ、少し他の人に被害が出たので、その反省をしなければなりませんね」
ハンスから見ればランディがモノトーン教会へ立て籠もらなければ、ハンターが到着する事もなかった。このままキルトに子供達が連れ去られていただろう。
「何をすれば良いか分からなくて……」
そう口籠もるランディだったが、すかさずキルトが口を挟む。
「それはどうでしょうか。ファーザーは仰っていました。契約者となるのもすべては楽園へ向かう為の手段だと」
「同じような事を各地で行っていますよ、ブラッドリーは。その証拠はハンターズソサエティにあります。報告書をじっくり確認なさい。考える時間を奪いコントロールしようとするのは悪人の常套手段です」
ハンスはキルトの言葉を明確に否定する。
悩む者に近づき、言葉巧みに騙して手駒とする。
それらの事件をハンスはハンターとして数々乗り越えて来た。その経験の積み重ねがハンターズソサエティには報告書として存在する。それが何よりも証拠である。
「…………」
「まだ悩むのか」
ハンター達の説得を前に悩むマルコス。
その様子を見ていた初月 賢四郎(ka1046)が声をかける。
「だって、どうすればいいのか分からなくて……」
「甘えるのも大概にしろ」
賢四郎はマルコスを強く突き放す。
合理主義者である賢四郎にとって、利害関係さえ生まれなければ相手の意思を尊重するべきと考えていた。それで子供達が楽園へ行くというのなら、ハンターとして相手しなければならないが、当の子供達が自ら選んだ結果なら致し方ない。
「他人に相談して委ねるのは簡単だ。だが、委ねる決断をするのは本人だ。
後になって『こんなはずじゃなかった』と後悔してからでは遅い。どうすれば、そう言わないで済むか考えろ」
「え……」
マルコスは比較的大人しい子だ。
強い主張をするタイプではない。我慢強く内に不満を溜め込み、流れに身を任せる事も多く見受けられる。
マルコスが判断を迷うのは、誰かが決断してくれるのを待っている。
そんなマルコスを賢四郎は突き放したのだ。
「自分で、決断する?」
「そうだ。自分で決断して、自分でその結末の責任を取る。子供だからと曖昧にする事は許されない。自分で決断する、それが今だ」
賢四郎はハンスとキルトのやり取りに視線を移す。
同じ光景を見つめるマルコスは、何を考え、何を決断するのか――。
●
説得は子供達だけではない。この事件を引き起こしたキルトにも行われていた。
「楽園に行けば苦しみも寿命も無いなんて、それって死後の世界そのものですよね」
夜桜 奏音(ka5754)は、キルトへズバリ指摘する。
既に他のハンターからも指摘されているが、楽園の話を聞けば歪虚化する事を示している。
それが本当に幸せな未来なのか。
「人と人の繋がりや世界との繋がりといったものがあるからこそ、楽しんだり苦しんだりするものです。自分の思うようにいかないから楽園に行きたいみたいで、子供が駄々をこねているようにみえるんですよね」
「……あなたはとても強い方ですね」
奏音の言葉にキルトはそう返した。
「どういう事?」
「誰もがあなたのように強くはありません。強い体も、心も持ち合わせていません。この世界で生きて行く事が辛い者もいるのdす。
誰かの助けを求め、それにファーザーが応えた。それを子供が駄々をこねているように見えるのですか?」
「でも、楽園について詳細も知らないのにファーザーが仰ったからなんて、何も知らなくても問題ないように思考も何もかもすべて管理されているみたいですね」
すれ違う会話。
キルトの持つ信仰心が真実から目を背けさせているのか。
いや、それだけではない。仮にこの場で納得してもキルト自身の問題は何一つ解決しない。他者から頑張れ、と声をかけられても頑張るのは当人だ。頑張って限界を迎えた者に対して頑張れという応援は、その者に言葉は届かない。
「あー、もしかして……」
Gacrux(ka2726)はキルトをジッと見据えた。
続く沈黙。
それに耐えきれなくなったキルトはGacruxへ語気を強めながら聞き返す。
「……何か?」
「その歪虚の男に惚れたのでは? ああ、別に責めはしませんよ」
「なっ!?」
突然の問いかけに、キルトは思わず声を裏返した。
キルトは慌てて否定する。
「そのような事はありません。ファーザーは神に身を捧げられた方。私はそのような関係ではありません!」
「そうですか。ただ言っておく事があるとすれば、あんたが慕う歪虚の男も完璧ではなく、絶望を抱えている筈です」
Gacruxは経験上知っていた。
歪虚の多くは、絶望に留まる者達だと。
それら絶望に留まる者に光で照らす者こそ、Gacruxはキルトのような存在と考えていた。
「巫女の力は白龍だけに役立つわけではない。あんたは自分の未来を選べる。
生きて、その男さえも照らす光になる道もあるでしょう。
そして……もしそうなら俺達の元へ、大巫女の元へ帰れますよね?」
手を差し伸べるGacrux。
しかし、キルトは顔を背けて軽く体を震わせる。
恐怖? いや、それとは少し違うようだ。
「ファーザーは……ファーザーに絶望があるとは、思えません。もっと違う事をお考えな気がします。証拠がある訳ではありませんが……」
●
「ねぇ。ボク達はどうすればいいの?」
説得が続くなか、不安に怯える男の子。
どちらも正しく聞こえるのだろう。キルトの言葉が嘘ならば、削られた寿命は戻らない事になる。それは一度楽園で延命できると希望を抱いたが故に、落胆は最初に聞いた時よりも大きい。
だが、コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)は、そのような子供にも明確な答えを突き付ける。
「乗せられるな。人間としての命を全うした後、歪虚として生きて行く事になるのかもしれんのだぞ。それこそ文字通りの『化物』だ」
「人間じゃないの?」
「そうだ。お前達は人間として生きたいのだろう? なら、自分の人生ぐらい自分で舵取りしろ。また奴らに操られて人殺しの道具に成り下がるのは真っ平御免だろう?」
コーネリアから見ても眼前の子供は幼い。
しかし、この子達が強化人間にされた時点で彼らは過酷な運命に巻き込まれた。幼さなど理由にできない程の人生が待っている。だからこそ、自分自身で選ばなければならない。
「もし奴らに従って本当に歪虚化すれば、私はお前達を倒せねばならん。それでも奴らに従うか?」
「いやだけど……」
迷う子供。
そこへアルマ・A・エインズワース(ka4901)は片膝をついて涙で汚れた顔をハンカチで拭いてやる。
「実は楽園って、よく解ってないです」
「そうなの?」
「でも、推測できるですー。材料は……足りないかもですけど」
アルマは自分の語彙を懸命に引き出して子供へ推測できる楽園を説明する。
グラウンドゼロと呼ばれる場所で目にした異世界のような光景。死はないが、永遠に同じ時間を繰り返し続けるループ。終わりのないループは果たして楽園と呼べるのか。
「死なないけど、終わらないの?」
「そう。『死なない』です。何も変えたり進める事もなく、未来もなくて考える必要がない、だから誰も争わないです。でもそれ、みんなを裏切ってループになっちゃったら、楽園どころか地獄ですー」
ループの恐怖。
アルマは敢えてその部分を強調した。
子供にもその恐怖はうっすら伝わったようだ。
「お顔を見せて欲しいです」
アルマの言葉を受けて顔を上げる子供。
アルマはその顔を見て優しく微笑み掛ける。
「ボイヤー」
「あ。ボクを知ってるの?」
「……覚えてますよ。みんなの顔、忘れる訳ないです」
アルマの手にはアスガルドの記念写真が握られていた。
一緒に楽しんだ思い出。その思い出も、子供達の笑顔もループの中に入れる訳にはいかない――。
●
「キルトさんに一つだけ聞きます。楽園は『人として』生きられる場所ですか?」
エステル・ソル(ka3983)は、キルトへ指摘した。
多くのハンター達が楽園へ行く事は人間である事を辞める事だと説明していた。
人間を辞める。それは、本当の意味で幸せなのか。
「……くっ」
悔しさを滲ませるキルト。
エステルは、キルトがその問いを答えられないと察していた。ブラッドリーから言葉だけで誘われたキルトだ。楽園がどのような場所なのかも正しく説明はされていない。だから、楽園の本質を突けばキルトは回答できないのだ。
それを確かめた上で、エステルは子供達へ向き直る。
「キルトさんの話も一部は真実かもしれません。でも、わたくしは覚えています。
歪虚に利用され、意を沿わずに大切な人達を傷付けた子供達を。
船の動力として利用され無くなった子供達を。
そして、歪虚と契約した事で命を削られた……あなた達を」
命を削られた。
その言葉が子供達の体を震わせる。
幼くとも、それがどういう意味を持つのかは知っているのだろう。
その上でエステルは子供達に選択を促す。
「子供達はずっと大人の都合で利用されてきました。だから、どうするかは自分の意志で決めていいと思います。
だからこそ、見定めて下さい。あなた達を説得する人達が信用できる人かどうか。
そして考えて下さい。どう生きたいかを」
「そうだよ。ここにはあなた達と共に過ごした人達もいっぱいいます。そんな人達があなた達の死を望むと思いますか?」
エステルの言葉に一夏が続ける。
何故ハンター達がここへ足を運んだのか。
ランディが呼んだから? 違う、誰も子供達を死なせたくなかったからだ。
ここに多くのハンターが集まった事。それがすべてだ。
「寿命の事は……望んでも叶わない。だから受け止めるしかないの。でも、絶対に一人にはさせない。寂しい思いもさせない。最後まで私達が一緒だから」
一夏でも寿命の事は助けられない。
その代わり、子供達が残酷な現実を受け止めてそれを助ける事はできる。
「ランディ。みんなからも聞いただろう。強化人間の計画やファーザーの存在。そして、楽園の正体。全部、お前達を操るのが目的なんだ」
キヅカは改めてランディに対峙した。
確かに死ぬのが怖いのは解る。
ただ――あの時助けたのは、例え残り少なくてもそれで笑っていて欲しかったからだ。
楽園にその笑顔はあるのか? 楽園に行った後、誰かに銃を向ける未来が待っているのかもしれない。その未来でランディは本当に笑顔なのか。
「答えてくれ、ランディ。それでも楽園へ、行くのか?」
キヅカは手を差し出した。
それに対してランディはポツリと呟いた。
「……行かない。楽園はやっぱり俺達が行くべき場所じゃない」
●
ランディが楽園行きを否定した事は、子供達の判断を決定付けた。
他の子供達もランディと共にハンターの手を取る。
後は――。
「私は問う。楽園の導き手。キルトよ。貴方は自分の目で、耳で、世界を知ったのか。
人と歪虚のあり様。正と負のマテリアルの関係。私は未だ答えを出せていない」
雨を告げる鳥(ka6258)はキルトへ問いかけた。
キルトは元々辺境巫女の一人。覚醒者でなかったとするなら、狭い世界の中で生きてきたはずだ。
「いいえ。ですがそれはファーザーが……」
「私は知っている。リアルブルーは無慈悲に平穏を奪われた。
そして、十数度の大戦を経たが、歪虚王すら『楽園』を口にした事はなかった」
雨を告げる鳥は敢えて言葉を遮った。
楽園があるなら、何故ブラッドリー以外から語られないのか。それはあまりにも不自然だ。既に楽園の話に無理がある事をキルト自身も気が付いているはずだ。
「信仰とは疑わない事ではない。識る事は罪ではない。貴女の信仰が本物か。真実とは何か」
「…………」
「神霊樹。星の記憶を貴女自身が確かめるべきだ」
雨を告げる鳥はキルトは知識を得るべきだと考えていた。
識る事は羅針盤となり、不安を拭い去る。そして本当に居るべき場所を教えてくれる。辺境巫女ではなくなっても、知識があればキルトは決して迷わない。
「その楽園だけど」
八島 陽(ka1442)は楽園について自らの推測を話し始めた。
雨を告げる鳥と共にブラッドリーや古代文明を調査してきた陽は、情報を整理する意味でも推理を言語化する。
「ブラッドリーの言う神は邪神の事。それは本人が認めている。
邪神は無数の世界を滅ぼし、負のマテリアルに変換してそれを吸収、保存していく。つまり、邪神に吸収される事をブラッドリーは楽園と表現していると考えられます」
陽はブラッドリーから得た情報や過去の事件を元にこの推理に辿り着いた。
楽園は実在したとしても、それは邪神の中。
それが楽園なのかと言えば――。
「邪神内に保存された記憶や人物は、知らずに滅亡の過程と結末を無限に繰り返す。これは邪神に限界がある証左であり、より多くの世界を保存する為に弱者の記憶をソードオブジェクトとして廃棄される。
つまり……楽園は永遠ではない」
「……え?」
キルトは思わず聞き返した。
陽の言葉はあくまでも推論だ。まだ証拠と呼べる物は手に入れていない。しかし、キルトの心を揺るがすには十分過ぎたようだ。
「そんな。ファーザーは神に吸収される事は教えてくれたのに……」
自分の手を見て震わせるキルト。
すべてを教えてくれていないと気付いた。それはブラッドリーから信頼されていないのではないかという疑念を生じさせる。
「キルト。白龍の巫女の役目って白龍さまをお世話するより、白龍さまがいない時の方が重要なんじゃないかな?」
元巫女であるUisca Amhran(ka0754)は、キルトへ優しく問いかける。
不安と疑心に揺れるキルト。Uiscaはそんなキルトの手をそっと握る。
「白龍さまがいなくなって不安を抱えているのは巫女だけじゃない。辺境の皆がそう感じているの。巫女はそんな時、白龍さまの代わりとして白龍さまの想いを代弁して心の拠り所であるべきじゃない?」
確かに仕えるべき白龍がいなくなって不安だろうが、それは巫女だけじゃない。
辺境に住むすべての民が白龍の不在を不安視している。その不安を取り除き、白龍の伝承と後世へと伝えていく。それこそが白龍に仕える辺境巫女の役目だ。
その事に気付いたのか、キルトはUiscaの肩に額を付けて涙を流し始める。
「私は……私は……」
「大丈夫。大巫女は許してくれる。今もあなたを心配していたから」
Uiscaはそっとキルトの頭を撫でた。
後悔するかもしれない。でも、誰もキルトを咎めたりはしない。誰もが不安で未来が見えないのだから。キルトはちょっと迷っただけ。
Uiscaの優しい声がキルトの心に染み渡った。
●
「じゃあ、行きましょう」
ハンター達の尽力で子供達は無事保護。キルトも覚醒者へ契約を上書きして事なきを得た。
一人で大巫女の元へ戻るのは怖いというので、Uiscaがキルトと同行する事になった。大巫女はキルトを叱る事はしないと思うが、Uiscaも幻獣の森へ送り届けた方が気が休まる。
「あ、待って下さい」
そう言ってキルトが駆け寄ったのは陽の元だった。
「あ、あの……思い出した事があるんです。楽園へ行った後、平和を持て余したら私達は何をすれば良いのでしょうか。私はファーザーに問いかけました」
「そして?」
陽もその内容に強い興味を惹かれる。
そして、それに対する答えはキルトにはまったく理解できないものだった。
「『MのEvangelion。7の7から12』……一体、なんの事でしょう?」
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/04/10 20:34:48 |
|
![]() |
【相談卓】 Uisca=S=Amhran(ka0754) エルフ|17才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2019/04/10 21:26:01 |