ゲスト
(ka0000)
【血断】落ちる砂時計
マスター:猫又ものと

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/04/11 12:00
- 完成日
- 2019/04/25 07:42
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●アスガルドの子供達
「全くもう……! ランディもマルコスも、飛び出して行ったと思ったらまた騒ぎ起こして……! 戻って来たらお説教しなきゃ」
「……杏。2人をあまり怒らないであげて。『あなたの命はあと数年です』って言われてびっくりしない子なんていないもの」
「それはそれ、これはこれでしょ! もう私達ハンターなんだから甘やかしちゃダメ!」
ぷりぷり怒る杏に困ったような笑みを浮かべるユニス。
ユニスは杏の短い黒い髪をそっと撫でる。
「なーに? ユニス。ゴミでもついてた?」
「……ううん。杏はやさしいね。残り時間のこと聞かされて、怒ったり泣いたり落ち込んだりする子が沢山いるのに、杏は皆のお姉さんとして頑張ってるでしょう」
「わ、私は別に。そういうつもりじゃなくて……ほら、うじうじするの嫌いだから!」
「そうかもしれないけど……わたしの前でくらい、弱音吐いたっていいんだからね」
「何言ってるのよ、私は平気。さ、もう遅いわ。今日はもう寝ましょ」
「……うん。また明日ね」
「また明日」
ユニスにひらひらと手を振って、自室へ戻る杏。
……また明日。
明日も、明後日も、その次の日も。
当たり前のように訪れると信じていた。
――信じていたのに。
眠るのが怖い。
目が覚めなかったらどうしよう。
明日が来なかったらどうしよう。
強化人間になったのは、故郷を救いたいと思ったから。
その為の力だと教わって――。
自分達が手にしたのはVOIDの力だった、と。
後になってから聞かされた。
VOIDの力を使ったから、残された命は僅かだとも。
――どうして?
ただ故郷を救いたかっただけなのに。
戦いの末に死んで行った仲間達を沢山知っている。
戦場は死が隣り合わせだと習っていた。
私だって、ああなっていたかもしれなかった。
いつ死んでも大丈夫だと思っていたのに……。
……死ぬというのはこんなにも怖いものだったのだ。
今になって分かるなんて――。
……ああ。先生たちみたいな素敵な大人になりたかったな。
ベッドに潜り込んだ杏は、頭まで布団をかぶって――声を殺して泣いた。
●贖罪
ムーンリーフ財団総帥、トモネ・ムーンリーフは書類から顔を上げると深くため息をついた。
レギ(kz0229)から、アスガルドの子供達の報告を受けた為だ。
職員達から余命について聞かされた子供達は、様々な反応を見せた。
怒るもの、泣くもの、健気に受け入れようとするもの……。
職員達が繰り返し子供達のケアに当たり、落ち着いて来たと思っていた矢先に、ランディ達がああいう行動に出たのだ。
「……落ち着いていたのは表面上だったということか。私ももう少しこまめに声をかけてやるべきだったな」
「いえ。トモネ様もお忙しかったですし。仕方ありませんよ」
「忙しいのが言い訳になるか。私には子供達への責任があるのだぞ。……あの子達を、強化人間にしてしまった」
「トモネ様のせいじゃありませんよ。僕達は自分で選んで……」
「一部の強化人間達はそうだろう。だがアスガルドの子供達は違う! 行く宛のないあの子達に選択の余地などなかった……! 大人たちに良いように言いくるめられて強化人間にさせられたのだ!」
「……その点で言いますと、強化人間計画の全容を知った上で実行していた私が一番の罪人ということになりますね」
不意に聞こえた声に振り返るトモネとレギ。
そこには、ユーキ・ソリアーノが立っていた。
「ユーキさん、お久しぶりです! 戻って来られたんですね」
「お久しぶりです。……執行猶予中の身ではありますが、お陰様で拘束は解かれました」
「そうですか。良かったです。それじゃまた一緒にお仕事出来ますね」
驚きすぎて声が出ないトモネの代わりに話すレギ。ユーキは薄く笑って頭を下げる。
「はい。私のこれからの人生は、トモネ様の御為と贖罪の為に使わせて戴く所存でございます」
「……うむ。頼りにしておるぞ」
「Yes. My Lord」
久しぶりに聞いたユーキの決まり文句。
それが懐かしくて、嬉しくて……目頭が熱くなって、トモネはぷるぷると頭を振る。
「さて、こうしてはおられぬ。アスガルドの子供達に会いに行くぞ。レギ、おぬしも一緒に来い」
「あ、ハイ! でも、僕で役に立ちますかね」
「……同じ立場だからこそ分かることもあろう。それから……ユーキ。ハンター達にも声をかけてくれ」
「承りました。すぐに手配を致しましょう。……突然行って話をすると子供達に身構えられるかもしれません。お茶会ということにした方が良いかと思いますが、如何ですか?」
「そうだな。そうしよう。お茶菓子の用意も頼む」
「分かりました!」
「かしこまりました」
トモネに頷き返すレギとユーキ。
彼女が2人と依頼に応じたハンターを伴い、アスガルドの子供達を訪ねたのはそれからまもなくのことだった。
「全くもう……! ランディもマルコスも、飛び出して行ったと思ったらまた騒ぎ起こして……! 戻って来たらお説教しなきゃ」
「……杏。2人をあまり怒らないであげて。『あなたの命はあと数年です』って言われてびっくりしない子なんていないもの」
「それはそれ、これはこれでしょ! もう私達ハンターなんだから甘やかしちゃダメ!」
ぷりぷり怒る杏に困ったような笑みを浮かべるユニス。
ユニスは杏の短い黒い髪をそっと撫でる。
「なーに? ユニス。ゴミでもついてた?」
「……ううん。杏はやさしいね。残り時間のこと聞かされて、怒ったり泣いたり落ち込んだりする子が沢山いるのに、杏は皆のお姉さんとして頑張ってるでしょう」
「わ、私は別に。そういうつもりじゃなくて……ほら、うじうじするの嫌いだから!」
「そうかもしれないけど……わたしの前でくらい、弱音吐いたっていいんだからね」
「何言ってるのよ、私は平気。さ、もう遅いわ。今日はもう寝ましょ」
「……うん。また明日ね」
「また明日」
ユニスにひらひらと手を振って、自室へ戻る杏。
……また明日。
明日も、明後日も、その次の日も。
当たり前のように訪れると信じていた。
――信じていたのに。
眠るのが怖い。
目が覚めなかったらどうしよう。
明日が来なかったらどうしよう。
強化人間になったのは、故郷を救いたいと思ったから。
その為の力だと教わって――。
自分達が手にしたのはVOIDの力だった、と。
後になってから聞かされた。
VOIDの力を使ったから、残された命は僅かだとも。
――どうして?
ただ故郷を救いたかっただけなのに。
戦いの末に死んで行った仲間達を沢山知っている。
戦場は死が隣り合わせだと習っていた。
私だって、ああなっていたかもしれなかった。
いつ死んでも大丈夫だと思っていたのに……。
……死ぬというのはこんなにも怖いものだったのだ。
今になって分かるなんて――。
……ああ。先生たちみたいな素敵な大人になりたかったな。
ベッドに潜り込んだ杏は、頭まで布団をかぶって――声を殺して泣いた。
●贖罪
ムーンリーフ財団総帥、トモネ・ムーンリーフは書類から顔を上げると深くため息をついた。
レギ(kz0229)から、アスガルドの子供達の報告を受けた為だ。
職員達から余命について聞かされた子供達は、様々な反応を見せた。
怒るもの、泣くもの、健気に受け入れようとするもの……。
職員達が繰り返し子供達のケアに当たり、落ち着いて来たと思っていた矢先に、ランディ達がああいう行動に出たのだ。
「……落ち着いていたのは表面上だったということか。私ももう少しこまめに声をかけてやるべきだったな」
「いえ。トモネ様もお忙しかったですし。仕方ありませんよ」
「忙しいのが言い訳になるか。私には子供達への責任があるのだぞ。……あの子達を、強化人間にしてしまった」
「トモネ様のせいじゃありませんよ。僕達は自分で選んで……」
「一部の強化人間達はそうだろう。だがアスガルドの子供達は違う! 行く宛のないあの子達に選択の余地などなかった……! 大人たちに良いように言いくるめられて強化人間にさせられたのだ!」
「……その点で言いますと、強化人間計画の全容を知った上で実行していた私が一番の罪人ということになりますね」
不意に聞こえた声に振り返るトモネとレギ。
そこには、ユーキ・ソリアーノが立っていた。
「ユーキさん、お久しぶりです! 戻って来られたんですね」
「お久しぶりです。……執行猶予中の身ではありますが、お陰様で拘束は解かれました」
「そうですか。良かったです。それじゃまた一緒にお仕事出来ますね」
驚きすぎて声が出ないトモネの代わりに話すレギ。ユーキは薄く笑って頭を下げる。
「はい。私のこれからの人生は、トモネ様の御為と贖罪の為に使わせて戴く所存でございます」
「……うむ。頼りにしておるぞ」
「Yes. My Lord」
久しぶりに聞いたユーキの決まり文句。
それが懐かしくて、嬉しくて……目頭が熱くなって、トモネはぷるぷると頭を振る。
「さて、こうしてはおられぬ。アスガルドの子供達に会いに行くぞ。レギ、おぬしも一緒に来い」
「あ、ハイ! でも、僕で役に立ちますかね」
「……同じ立場だからこそ分かることもあろう。それから……ユーキ。ハンター達にも声をかけてくれ」
「承りました。すぐに手配を致しましょう。……突然行って話をすると子供達に身構えられるかもしれません。お茶会ということにした方が良いかと思いますが、如何ですか?」
「そうだな。そうしよう。お茶菓子の用意も頼む」
「分かりました!」
「かしこまりました」
トモネに頷き返すレギとユーキ。
彼女が2人と依頼に応じたハンターを伴い、アスガルドの子供達を訪ねたのはそれからまもなくのことだった。
リプレイ本文
アスガルドの子供達はハンターとなった後も、崑崙で職員達と一緒に共同生活を送っている。
トモネ・ムーンリーフと、その補佐役であるユーキ・ソリアーノがハンター達を伴ってやってきた事を知った子供達は最初戸惑った様子を見せたが、その中に知った顔を見つけると、バタバタと駆け寄って来た。
「真先生とルシオ先生だ!」
「メアリお姉ちゃんもいる!」
「やあ、久しぶりだね」
「また皆に会えて嬉しいよ」
飛びついてきた子供達を受け止める鞍馬 真(ka5819)とルシオ・セレステ(ka0673)。
順番に子供達の頭を撫でていたメアリ・ロイド(ka6633)は、子供の瞳がみるみる潤んで行くのに気が付いて、その顔を覗き込む。
「あら? どうしました?」
「あのね……。私達、もうすぐ死んじゃうんだって。どうしたらいいのかなあ……?」
わんわんと泣き出す女の子。それに釣られて、子供達が次々と泣き出す。
「ううう。そうですよね。あんまりです……」
我慢していた涙が決壊し、エステル・ソル(ka3983)まで一緒に泣いて――メアリは子供達をぎこちなく抱き寄せて、その背中を撫でる。
「大丈夫ですよ。泣きたいだけ泣くといいです」
「美味しいお茶を淹れて来たわ。マカロンもあるのよ。落ち着いてから、皆で戴きましょう。ね?」
志鷹 都(ka1140)は、お盆の上にティーポットと優しい色のマカロンを乗せ、優しい笑みを浮かべて……。
ハーブと蜂蜜の甘い香りが漂う部屋。
泣く子供達を宥めながら、持ってきたお菓子を並べ始めるハンター達。
メアリとリューリ・ハルマ(ka0502)は手作りのクッキーを。
エステルはチョコレート、ルシオは林檎のクラフティを。
高瀬 未悠(ka3199)とユメリア(ka7010)は見ているだけで嬉しくなるような、可愛いお菓子や綺麗なお菓子を。
アリオーシュ・アルセイデス(ka3164)はキッシュとバターたっぷりのマドレーヌに、ミルクティーを添えて。
宵待 サクラ(ka5561)は子供が好きそうな甘いお菓子や飲み物を――。
美味しいものは幸せだ。
自分達と面会している間だけでも、悲しい現実を気にしないでいられるといい――。
そう思った者が沢山いて、子供達の集まる部屋には、お菓子が山積みになっていた。
「ごめんね、泣いたりして……」
「謝る事なんてないさ。死が怖いのは当たり前だからね」
「先生達も怖いの?」
穏やかな真の声に首を傾げる子供達。天央 観智(ka0896)もそうですね……と頷きながら続ける。
「死は、生きている以上は避けられないものですから……。ハンターなんて稼業も……多くは死と隣り合わせですし」
「……先生達も死んじゃうの?」
「ええ。いつかはそうなりますね」
「大人だって死を怖がる人がいるんだ。だから、泣いても、怒っても、怖がっても……誰も君達を責めたりはしないよ」
観智と真の言葉に考え込む子供達。メアリもゆっくりと口を開く。
「……こらえちゃ駄目ですよ。泣いたり怒ったりしてもどうにもならない事かもしれない。でも無理して押し込めたら苦しいままです。私たち大人が、受け止めますから全部出し切ってください」
「でも、先生達、迷惑じゃない?」
「そんなこと、ある訳ないじゃないですか!」
メアリを不安そうに見つめる子供達。言い切った穂積 智里(ka6819)。
自分達が一番辛いだろうに、こうやって気遣える……皆良い子達なのに、どうしてこんな目に遭うのだろう。
子供達の寿命は、頑張ってどうにかなるものではないのかもしれない。
それでも……彼らに前を向いて歩いて欲しいから――。
「みんなはもうハンターになりましたか? スキルはもう使えますか?」
「うん。ハンターになったよ」
「スキルも使えるよ。これで戦えると思ったのに……」
智里の問いかけにしょんぼりとする子供達。
リーベ・ヴァチン(ka7144)は子供達の頭を撫でる。
「戦うだけがハンターの仕事じゃないぞ? 色々、やれる事はある」
「そうなの?」
「そうですよ。ハンターの仕事は幅広いですからね」
小首を傾げる子供達に、頷く智里。リーベは遠い目をして続ける。
「私も1人の強化人間に出会った。……いい子だったよ」
「その子は今どうしてるの?」
「遠いところに行ってしまった。連れ戻したかったんだけどね」
――彼は生きてはいるが、人ではなくなった。
もう、戻っては来られないだろう……。
彼女自身、ドラグーンという短命種と言われる種族であり……隔世遺伝であったからか、ヒトである親との寿命の差で憐れまれた事がある。
どんなに嘆いても寿命は変わらない。明日の命の保障なんて誰にもない。
だから、哀れな運命とやらと喧嘩して密度濃く生きてやると決めた。
この子達と自分とは境遇も種族も違う。けれど……通じるものはある筈だ。
リーベは顔を上げると、子供達を真っ直ぐに見据える。
「あの子とお前達が違うのは、今ここにいる事だ。無責任な事を言うかもしれないが……最期の一瞬まで、笑って生きてほしい」
リーベの言葉に沈黙する子供達。アニス・テスタロッサ(ka0141)もどっこいしょと子供達の前に座る。
「そうだな……俺も、お前らと同じ強化人間だった奴の話でもするか」
「お姉さんのお友達に強化人間いたの?」
「おう。……ついこないだ、ガキ一人遺して逝っちまったけどな」
戦場に出なければ、もう少し長く息子と過ごせる日が続いただろう。
それをわかっていてなお、親友の敵討ちのために戦場に戻った――。
同じ強化人間の末路を語るアニス。
その言葉は衝撃だったのか、子供達が震えた声で続ける。
「死ぬの、怖くなかったのかな」
「さてな。少なくとも、最期の日に会った時、思い残しなんて無いって顔してたぜ」
目を伏せるアニス。
子供達にこういう言葉は重いのかもしれない。それでも、前に進むためには必要だと思うから。
「死ぬのが怖いのは、やり残した事があるからじゃねえのか? まあ、後悔するような選択はすんなって事だな」
「そうですね。泣いても笑っても、日々は過ぎます。大切なのは、自らの生を誇れる事……ではないか? と、思う訳ですよ。生きた証を遺すなり、ね」
「……イキタアカシって何?」
「ああ、後悔しないように。やりたい事をやって、毎日を精一杯生きて欲しいって事だよ」
観智の言葉が難しかったのか、考え込む子供達。
補足するように続けた真に、メアリも頷く。
「そうです。自分のやりたい事を見つけましょう」
「それって何でもいいの?」
「おう。世界中のうめぇ酒……はお前達には早ぇな。じゃあ美味い飯を食いまくるとかどうだ?」
「クリムゾンウェストの小物を集めたいでもいいんだぞ」
アニスとリーベの言葉に目を丸くする子供達に、メアリはくすくすと笑う。
「私の片思い相手は、強化人間の軍人なんですけどね。残りの時間に何がしたいかって聞いたら、リアルブルーを奪還して帰還して死にたいって。……とんでもない難題をふっかけられましたよ、本当。絶対叶えてやるけど」
「……リアルブルーに帰れるかな?」
「ええ、きっと。諦めなければ。目標を持ち続ける限り叶います」
故郷の名を聞いて、パッと顔を上げた子供達。
智里はぎゅっと、その手を握る。
ハンター達に励まされ、少しづつ目の輝きを取り戻す子供達をアニスはじっと見つめる。
「それと、もう一つ覚えとけ。……他人の死に慣れんじゃねぇぞ」
「強化人間の子達を覚えててあげろって事?」
「あー。まあ、そうだな」
少女の髪をわしわしとかき混ぜる彼女。言いたい事とは若干違ったが、そう受け取るなら、それでいい。
その様子を、真は嬉しく感じながらも……心のどこかで虚しさを感じていた。
――私はこの子達とは違う。
死ぬのが怖いと彼らに言った。
それは嘘だ。私は死ぬ事に恐怖を感じない。
夢も、未来への希望も無い。
こんな私じゃなくて、この子達が生きるべきなのに。
……本当に、儘ならないものだなあ。
命が分けてあげられるなら、喜んで差し出すのに――。
子供達に笑みを向ける真。今は『面倒見の良い先生』の仮面を被り続ける。
ハンター達が話しかければ、素直に答えて自分の思いを口にする子供達が大半ではあったが、中にはそうでない者もいる。
それぞれに思いはあるのだろうが、上手く言葉に出来ないのだろう。
先生達の話を聞きながらも、何も語ろうとしない子供達の前に、アシェ-ル(ka2983)とサクラはカードとペンを並べた。
不思議そうな顔をして、それを見つめている子供達に2人は声をかける。
「これはね、メッセージカードですよ。書いてみませんか?」
「口では上手く伝えられない事も、書いてみると案外スラスラ出て来たりするよ。やってみようよ」
「……でも、何を書いたらいいのか分かんないよ」
戸惑う子供達に、アシェールとサクラは励ますように声をかける。
「住みたいお家とか、好きな食べ物とか、好きな乗り物とか……思った事なら何でもいいんですよ」
「今までやって楽しかった事、やってみたい事でもいいかな。そういうのをトモネ様や先生、皆に伝えるんだ」
「そんな事して何か変わるの?」
「変わりますよ。少なくとも、ごちゃごちゃした気持ちは整理がつくと思います」
「そうだね。それに、やりたい事書いておけば、すぐには無理でも先生やトモネ様が叶えてくれると思うよ。もちろん自分で叶えたっていいしね」
「……叶うかな?」
「ええ、きっと叶うと思います」
「皆がハンターになったのだって、先生達や色々な人が諦めなかったからだよ。一緒に頑張ろうよ」
アシェールとサクラの言葉に頷き、おずおずとペンを手にする子供達。
目覚める事がないはずだった彼らが今こうしているのは、誰かが誰かの為に頑張ったからだ。
――だから、子供達にもそれが伝わればいいと思う。
「ほーら! ぐるぐる回すぞーーー!」
子供達を全力で振り回したり、高い高いを繰り出すユーレン(ka6859)。
広い場所に陣取った彼女は、肉体による遊園地と化していた。
元気のなかった子供達も、身体を動かしているうちに元気を取り戻しているようで、ユーレンはニヤリと笑う。
「難しい事はさておいてだな。よく食べ、よく寝て、よく遊べ。お前達はまだ子供だ、全てはそれからだ」
「これでいいの?」
「勿論だ。この世にはな、それでも絶対の真実がいくつかある。諦めない者だけが変われる。努力する者だけが変われる。それだけは絶対の真実だ」
「でもこれ、遊びだよ?」
「何を言う。遊びとて立派な努力だし勉強だ。人生に無駄な事などない! それが、それだけがこの世の真実だ」
自信たっぷりなユーレン。その言葉は、子供達の心にじわじわと染みて……。
「ふっふっふっ。こんな事もあろうかと! 私は尊敬する先輩に! リアルブルーの遊びを教わってきたのですよ!」
ビシィ! と虚空を指さす百鬼 一夏(ka7308)。
彼女は四角いクッキーを積み上げて塔を作り、それを1本づつ引き抜いて、いかに崩さずにいられるか……という複数人で盛り上がれて、小さい子でも出来る遊びを考案し、子供達と興じていた。
「引き抜いたら美味しく食べていいですからね! 崩した子はくすぐりの刑ですよ!」
「よし! 上手に引き抜けたぞ!」
「私もできた! 次お姉ちゃんの番だよ!」
「ぐぬ……? 何か結構きわどくなってますね……。子供だと思って侮っていられないですね!?」
子供達に促され、クッキータワーにそっと触れる一夏。
恐る恐る1本引き抜こうとして……上に載っていたクッキーが1つだけポロリと落ちた。
「あっ。お姉ちゃん崩した!」
「うわーん! 悔しい! でも崩したのは事実ですから刑を受けましょう」
「でも1本だけだし、このまま続けようよ。見逃してあげる代わりにこのクッキー私にちょうだい!」
「あっ。ズルい! 俺もクッキー食べたい!」
「クッキーまだ沢山あるから喧嘩しないでくださいよー!」
睨み合いを始める子供達を宥める一夏。
……きっと、こんな何気ない日常が『幸せ』と言うのだろう。
ユメリア(ka7010)と高瀬 未悠(ka3199)は、子供達に歌を歌って聞かせていた。
それはかつて、勇気をもって国を救いし聖女の物語。
前線に出て指揮を執り戦うも、敵に囚われ悪魔の使徒の烙印を押され、祖国からも見放されて処刑された――。
「聖女様、国の為に戦ったのに、誰も助けてくれなかったの?」
「聖女様可哀想。……ちょっと僕達と似てるね」
物語の聖女と自分達に通じるものを感じたのか、しょんぼりとする子供達。
ユメリアは微笑む。
「確かに貴方達とこの物語の聖女は似ていますが……違う事もありますよ」
「そうね。貴方達はこうしてハンターとして生きている。誰にも邪魔されたりする事なくね。そうでしょ?」
微笑む未悠にこくりと頷く子供達。
――どんなものであれ、命はいつか尽きる。
残酷だけれど、長さの違いは存在する。
それでも……。
未悠の瞳に強い意志が宿る。
「人生の中で、誰とどんな風に過ごしたか。どれだけ幸せを感じられたか……それが大事だと思うの」
「……先生の言う事は解るけど、辛い時はどうしたらいいの?」
「そういう時は、大切な人を想い浮かべてください」
「大切な人……?」
「ええ。独りではない事を実感できますから……」
未悠を見つめて微笑むユメリア。
――自分にとっての大切な人は、今目の前にいるこの人だ。
大切な大親友。彼女といると、いつも心が温かくなる。
「さあ、皆さんの名前を教えてください。死して歌われた聖女のように、私達が貴方達を不朽とする詩人となりましょう」
「皆の存在が、知らない誰かの心を慰められるように……ユメリアと一緒に、貴方達の活躍をあちこちで歌うわ。ステキな歌にしたいから、皆も協力して?」
「え。それってどうしたらいいの?」
「毎日元気に過ごして、その様子を教えてくれるだけで十分ですよ」
「ええ、とても素敵な、キラキラした冒険譚になるわね」
子供達に微笑みを向けるユメリアと未悠。ユメリアは徐にリュートをかき鳴らす。
「折角ですし、今日の事も唄にしましょうか。私達の出会いの物語なんていかがでしょう」
「素敵! 皆も一緒に考えましょ!」
子供達を呼びよせる未悠。
――今日こうして、親友と一緒に子供達と会えて良かった。
今日の事は絶対に忘れない。
そんな思いを、2人と子供達は歌として綴っていく。
そして都は、聖導士になったという子達に自分の思いを伝えていた。
「……聖導士として生きたいと願った貴方に、訊いて欲しい事があるの」
「なあに? 先生」
「貴方達の手はね、誰かの無二の命を護り、救う事ができる事が出来るの」
子供達の小さな手を握る都。
――誰かの命を救う事は、その人を大切に思う人達の心を救う事。
その優しさを必要としている人が、世界には沢山居る事を知って欲しくて……。
「だからどうか、誇りを持って。光るものを胸に持っていて」
貴方達の命は決して無駄ではない。誰かの明日を繋ぐのだと……そう、信じて進んで欲しい。
「……ごめんね。お話難しかったかな?」
「先生が、私達を心配してるのはわかったよ」
「そう? いい子ね。分からない事があったらいつでも聞いてね」
素直にこくりと頷く子供達。
健気な様子が愛おしくて……都は子供達を抱き寄せた。
アリオーシュは、アスガルドの子供達の中でも最年少の少女に気に入られたらしい。
しがみついている彼女をあやすように声をかける。
「……ニーナと言ったっけ? どうしたのかな?」
「ニーナ達は人を傷つけた悪い子だから、死んじゃうのも仕方ないと思うけど……こわい」
ハッとするアリオーシュ。少女が抱き着いているのは、怯えからなのだろう。
彼は少女を抱えている手に力を込める。
「……それは、君達が悪いんじゃないよ。大人達がそうさせたんだ」
「でも悪い子は叱られるのよ」
「うーん。これからは皆を助けてあげればいいんじゃないかな」
「……それでいいの?」
「ああ、皆許してくれると思うよ」
「そうすれば、お兄ちゃんも嬉しい?」
「うん。嬉しい」
「そう? じゃあ、ニーナがんばるね」
ようやく顔を上げて笑顔を見せた少女に笑みを返すアリオーシュ。
幼いこの子が己の生を誇れるようになってくれたら、こんなに嬉しい事はない。
「君が頑張るなら俺も負けていられないな。もうすぐ戦いが始まるから頑張らないとね」
「……お兄ちゃん、たたかうの?」
「うん。今まで鍛えてきた事はこの時の為だからね。皆の未来が一つでも多く実る世界を守りにいくから」
「お兄ちゃん、ちゃんと戻って来る? しなない?」
「勿論。次に会いに来れた時に作って来るから、食べたいもの教えてくれる?」
「ニーナね、プリン食べたい」
「分かった。プリンだね」
「うん。お兄ちゃん約束よ?」
「ああ、約束」
小指を絡めるニーナとアリオーシュ。
小さな少女との約束。必ず果たさなければ……と。彼は気を引き締めた。
「レギ、紅茶淹れたからいらっしゃいな。ツナサンドもあるわよ」
「久しぶり! 元気だった?」
「はい! お陰様で!」
アルスレーテ・フュラー(ka6148)に呼ばれて振り返るレギ(kz0229)。笑顔のリューリに頷き返した彼の頭を、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が優しく撫でる。
「ん。顔色は悪くないね。……何か言いたい事はあるかい?」
「そうですね。今日も僕の天使さんは綺麗だなーとかですかね」
「……そうじゃないでしょ! 早世が決められてしまってる現状に不安はないの? ってアルトは聞いてるんだけど!」
「そうだよ。罵倒とか泣き言とかないのかい?」
相変わらずのレギに神妙な雰囲気もぶっ飛ばす勢いでツッコむアルスレーテ。
続けたアルトに、彼はうーん……と考え込む。
「僕、有り難い事に結構好きな事出来てると思うんですよ。強化人間になったのだって僕の意思でしたしね。だから、同情はしないでください」
「そう。随分割り切ってるのね」
「どうなんですかね。僕、強化人間になる前は結構なヘタレだったんで。実感沸いてないだけかもしれないです」
「……そこは貴方の天使の手前、強くなったってアピールしとくとこなんじゃないの?」
「あ。そうですね」
レギにツッコミつつ苦笑するアルスレーテ。彼女自身エルフという事もあり、寿命をそんなに意識した事はなかった。
だから今回、強化人間達の事を聞いて改めて意識した訳なのだが……。
彼のこういうさっぱりしたところは美徳ではあるし、負のマテリアルを得ても暴走しないでいられたのは、こういう『強さ』もあったからなのかもしれない。
「で、キミはやりたい事はないのか? もし仕事で時間が取れないとかなら言ってくれ。こう見えて私は結構稼いでるんでな。養えるぞ?」
「アルトさん。それはプロポーズですか?」
「……は?」
切り出したアルトに真顔で問うレギ。
固まる彼女にリューリとアルスレーテがニヤニヤとした目線を向けてくる。
「確かにそう受け取れるね!」
「そうねー。今のはねー」
「いやいや。違うよ!? 深い意味はないよ!?」
「やりたい事ですか……。僕の天使さんのお相手探しですかね」
「………は?」
本日2度目の硬直を見せるアルト。レギはうんうん、と頷きながら続ける。
「だってほら、僕は今のところ短命って言われてますから。アルトさんの気持ちは嬉しいんですけど、受ける訳にはいかないんで」
「だからプロポーズじゃないっての」
「僕の天使さんには幸せになって欲しいんで! リューリさんもアルスレーテさんも協力してください!」
「勝手に話進めないでくれるかな!?」
「えー。だったらレギ君が長生きすればいいじゃない! アルトちゃんの相手探しもそれで解決だよ!」
ギャーギャー言い合う2人に割り込むリューリ。
彼女はムーンリーフ財団や施設に、強化人間達の延命の研究をお願い出来ないかと考えていたらしい。
アルト自身も、今は無理でも未来の技術なら……リアルブルーのように凍結できれば時間も稼げるかもしれないなどと考えていたのだが、リューリはもっと一直線だった。
「もし何か代償が必要だっていうなら、私の寿命少し分けてあげてもいいよ。エルフだから長生きだし!」
「いやいや、そんなご迷惑をかける訳には……」
「迷惑じゃないよ! 将来、『レギ君もいたよね』っていなくなった人として話すの嫌だもん! レギ君も長生きできるように努力して!」
「でも……」
「そこは『はい』って言っとくの!!」
「リューリがムキになるなんて珍しいわね」
レギの襟首を掴む勢いで迫るリューリに、アルスレーテはくすくすと笑う。
「いいわよ、レギ。それが貴方の願いだっていうなら手伝うわ。ねえ、アルト?」
「それについてはコメントし難いんだけど……」
苦笑するアルト。
――レギはとてもいい子だ。
だからこそ……最後まで、前を向いていてくれる事を願う。
「ユーキ、元気そうで何よりだ。大分自由に動けるようになったそうじゃないか。良かったな」
「お陰様で。ひりょさんにも心配をおかけしてしまいましたね」
「そりゃね。流石に話を聞いた時は肝が冷えた」
「うむ。ひりょからももう無茶はせんように言ってやってくれ」
ユーキの前にティーカップを置いて苦笑する鳳凰院ひりょ(ka3744)。トモネはぶつぶつと言いながら紅茶を口に運ぶ。
「トモネ。お茶の味は如何かな?」
「うむ。相変わらずひりょの淹れた紅茶は美味しいな」
満面の笑みを浮かべるトモネに、安堵のため息を漏らすひりょ。
彼女の笑みを見ると、何だか嬉しいし安心する。
――以前こうして、トモネと2人でお茶会をしてから既に一年以上が過ぎている。
つい昨日の事のような、ずっと前の事のような……。
長閑にお茶を飲んでいたあの頃と違い、今の状況はアスガルドの子供達にとっても、トモネにとっても辛いものとなってしまった。
それでも、彼女が諦めずに戦い続けると言うのなら……出来うる限り支えになりたいと思う。
――あの頃はこんな風に唯一人を守りたい、支えたいと思うようになるなんて想像出来なかったけれど。
トモネの笑顔を守りたい、という気持ちは今もずっと変わらないから……。
「トモネ。辛かったらいつでも言うんだぞ。すぐに駆け付けるからな」
「うむ。こうしてお茶を出してくれるだけでも心が安らぐ。感謝しておるぞ、ひりょ」
微笑み合うひりょとトモネ。それを見て、ユーキがため息をつく。
「トモネ様が欲しくば、私を倒してから……などという決まり文句を言わないといけないでしょうか……」
「ユーキ、何か言ったか?」
「いいえ。お2人は仲が宜しいのだなと思っただけです」
「うむ! ひりょは強いし、ユーキと同じくらい頼りになるぞ!」
「えっ? そうなのか? それは嬉しいが……」
「そうですか。私と同じくらい、ですか……」
トモネの言葉に困惑しつつ笑みを零すひりょ。ユーキの眼鏡が、キラリと光ったような気がした。
ディーナ・フェルミ(ka5843)とフィロ(ka6966)、トリプルJ(ka6653)はトモネとユーキの元を訪れていた。
「3人共、畏まってどうしたのだ?」
「あのね。お願いしたい事があるんだけど、いいかな」
「子供達の寿命の件です。それに伴う検査と治療を継続して行う事を提案します」
ディーナとフィロの発言に目を丸くするトモネ。トリプルJも頷いて続ける。
「俺も金かけて出来るこたぁやるべきだなと思うぜ。ってか、あいつらの寿命なんてどうやって計ったんだよ」
「そちらについては、彼らの治療を担当したトマーゾ教授によるものです。……実際、既に寿命を迎えた強化人間も確認されております」
「あー。そういう事ね……」
ユーキの説明に、帽子を被り直すトリプルJ。
実際に強化人間を救う方策を編み出し、対応に当たって来たトマーゾ教授の言う事であれば、信憑性はあるのだろう。
それでも……とフィロは続ける。
「現時点で全てを諦め絶望するのは愚かです。契約に伴う負のマテリアルが人体に悪影響を及ぼしたなら、正のマテリアルを恒常的に浴びられる環境を作ればいいのでは」
「わたしもそう思うの。だから、子供達に、毎日正のマテリアルに触れる機会をあげてほしいの。それを、子供達に説明する機会もほしい。お願いできないかな」
「……試すのは構わんが、確証のない情報を子供達に与えるのはやめて欲しい」
ディーナの訴えに難しい顔をするトモネ。トリプルJが首を傾げる。
「何でだ? お前達が子供の寿命を伸ばそうとどんな努力してるか教えてやるのは悪い事じゃねえだろ。子供達の先を考えてるし、子供達は生き延びると信じてると分かりやすくあいつらに伝えてやるのも大事なんじゃねえのか?」
「……勿論、私とて彼らを救いたい。その努力もしたいとも思う。だからこそ、確証のない事は言えんのだ! 既に寿命を迎えた強化人間達もいるというのに、どうして信じろなどと気安く言える!? そうじゃなかった時、一番傷つくのはあの子達なのだぞ!!」
「……トモネ様」
トモネの叫びにハッとするフィロ。ディーナも目を伏せる。
――彼女は、強化人間計画に結果的に加担してしまったと自分を責めていた。
アスガルドの子供達についても……この不条理を憤っていたのはトモネも同じだったのかもしれない。
「……あの子達に、もう傷ついて欲しくはないのだ。もう十分すぎるくらい苦しんで来たから……」
「トモネ様は子供達を預かる立場だからこそ、無責任な事は言えないのです。……どうぞ、ご理解下さい」
「うん。解るの。……すごくよく分かるの。でも諦めるのは絶対に違うの」
ユーキのフォローに頷くディーナ。トリプルJもそうだな、と続ける。
「俺が言いたいのは諦めないで前を向けって事だ。だって、現に昏睡したまま起きないって言われてたあいつらは起きたんだぜ。何かしら試せば、状況は変わるだろうよ」
「仰る通りです。誰もが、誰かが信じ諦めず努力する事でしか状況は変わりません。……トモネ様の成したい事に、私達も協力させていただけませんか」
フィロの真摯な訴えに、トモネは少し涙目になる。
「お前達の支援があれば心強い。リアルブルーにいた頃から何度も交流したお前達は、あの子達の拠り所の一つになっているからな。どうか、あの子達の為に力を貸して欲しい」
「OK。それじゃ、出来る事を試そうじゃねえの。俺達そういうの得意だぜ?」
「うん! 私も今から浄化魔法試して来るの! やる事をハッキリ説明は出来なくても、『おまじない』っていうのはアリだと思うの。子供達そういうの好きでしょ」
「善は急げと申しますからね。それでは早速やってみましょうか」
頷き合うトリプルJとディーナ、フィロ。トモネとユーキへの挨拶もそこそこに子供達の元へと急いだ。
「杏、ユニス。おいで……」
「ルシオ先生……!」
ルシオに呼ばれて、胸に飛び込んで行く杏とユニス。
ユニスは顔を上げて先生に訴える。
「ルシオ先生、聞いて。杏ったらずっと無理してるの」
「私は大丈夫だって言ってるじゃない」
「嘘! 杏の目真っ赤だもん!」
「……杏。ユニスや私の前でまで無理をする事はないんじゃないのかな。私達は君の友達だ。君が泣いても怒っても離れたりしないよ」
ルシオの言葉に頷くユニス。
杏はルシオに頬を撫でられて……気が緩んだのか、涙を零す。
「ルシオ先生。私本当は怖い。死にたくない……!」
声をあげて泣く杏を抱き留めるユニス。
少女達のぬくもりを感じながら、ルシオは考える。
――何故、皆私を置いていってしまうの?
婚約者たるあの人、シバ……そしてこの子達……。
杏と一緒だ。喪う事を叫びたい程に恐れている。
代われるものなら代わってやりたい。
この子達の命を諦めたくない。
でも、約束はできない……。
2人に初めましての挨拶をしに来ていたエステルは、涙目になりながら少女達の背中を撫でた。
「わたくしも時間を巻き戻せたら良いなって思う事があります。あの時、わたくしがもっと賢くて強くければ、助けられたかもしれない人が沢山いました。それでも……過去は巻き戻せないのです」
どんなに辛くて悲しくても、やり直す事は出来ない。
強化人間になった事を、取り消す事は出来ない。
その代わり、今や未来は、変えていく事が出来るから……。
そう続けたエステルに、ルシオも頷く。
「そうだね。沢山思い出を作ろう。今が楽しくて死にたくないと思ったら、何時でも呼べばいい。その都度私達が飛んでくるから」
「はいです。いつでも来ますです」
「……こんなに怖いのに、楽しくなるかな」
「杏もわたしも一人じゃないよ。どうやったら楽しく過ごせるか、一緒に考えよ?」
震える杏。その背を撫でるユニスも震えていて……。
エステルはぎゅっと2人にしがみつく。
「わたくし達にも、杏さんやユニスさんの今や未来が楽しくなるように、お手伝いさせてくださいです」
「まずは今日の思い出を増やそう。お菓子を作って来たんだ。君達に食べて貰えると嬉しいな」
「お茶も持ってきてるです。一緒にいかがです?」
「いいね。眺めのいい場所で戴こうか」
エステルとルシオの提案に頷く子供達。
優しいこの子達の不安が、少しでも拭える事を祈る。
静まり返っていた施設に、様々な声が響く。
泣き声であったり、笑い声であったり……子供達によって反応は違ったけれど。
今日の交流はきっと、子供達の心に何かを残す事だろう。
この先の彼らの行く末に光があるように。また、そうなるように。
力を貸そうと心に誓うハンター達だった。
トモネ・ムーンリーフと、その補佐役であるユーキ・ソリアーノがハンター達を伴ってやってきた事を知った子供達は最初戸惑った様子を見せたが、その中に知った顔を見つけると、バタバタと駆け寄って来た。
「真先生とルシオ先生だ!」
「メアリお姉ちゃんもいる!」
「やあ、久しぶりだね」
「また皆に会えて嬉しいよ」
飛びついてきた子供達を受け止める鞍馬 真(ka5819)とルシオ・セレステ(ka0673)。
順番に子供達の頭を撫でていたメアリ・ロイド(ka6633)は、子供の瞳がみるみる潤んで行くのに気が付いて、その顔を覗き込む。
「あら? どうしました?」
「あのね……。私達、もうすぐ死んじゃうんだって。どうしたらいいのかなあ……?」
わんわんと泣き出す女の子。それに釣られて、子供達が次々と泣き出す。
「ううう。そうですよね。あんまりです……」
我慢していた涙が決壊し、エステル・ソル(ka3983)まで一緒に泣いて――メアリは子供達をぎこちなく抱き寄せて、その背中を撫でる。
「大丈夫ですよ。泣きたいだけ泣くといいです」
「美味しいお茶を淹れて来たわ。マカロンもあるのよ。落ち着いてから、皆で戴きましょう。ね?」
志鷹 都(ka1140)は、お盆の上にティーポットと優しい色のマカロンを乗せ、優しい笑みを浮かべて……。
ハーブと蜂蜜の甘い香りが漂う部屋。
泣く子供達を宥めながら、持ってきたお菓子を並べ始めるハンター達。
メアリとリューリ・ハルマ(ka0502)は手作りのクッキーを。
エステルはチョコレート、ルシオは林檎のクラフティを。
高瀬 未悠(ka3199)とユメリア(ka7010)は見ているだけで嬉しくなるような、可愛いお菓子や綺麗なお菓子を。
アリオーシュ・アルセイデス(ka3164)はキッシュとバターたっぷりのマドレーヌに、ミルクティーを添えて。
宵待 サクラ(ka5561)は子供が好きそうな甘いお菓子や飲み物を――。
美味しいものは幸せだ。
自分達と面会している間だけでも、悲しい現実を気にしないでいられるといい――。
そう思った者が沢山いて、子供達の集まる部屋には、お菓子が山積みになっていた。
「ごめんね、泣いたりして……」
「謝る事なんてないさ。死が怖いのは当たり前だからね」
「先生達も怖いの?」
穏やかな真の声に首を傾げる子供達。天央 観智(ka0896)もそうですね……と頷きながら続ける。
「死は、生きている以上は避けられないものですから……。ハンターなんて稼業も……多くは死と隣り合わせですし」
「……先生達も死んじゃうの?」
「ええ。いつかはそうなりますね」
「大人だって死を怖がる人がいるんだ。だから、泣いても、怒っても、怖がっても……誰も君達を責めたりはしないよ」
観智と真の言葉に考え込む子供達。メアリもゆっくりと口を開く。
「……こらえちゃ駄目ですよ。泣いたり怒ったりしてもどうにもならない事かもしれない。でも無理して押し込めたら苦しいままです。私たち大人が、受け止めますから全部出し切ってください」
「でも、先生達、迷惑じゃない?」
「そんなこと、ある訳ないじゃないですか!」
メアリを不安そうに見つめる子供達。言い切った穂積 智里(ka6819)。
自分達が一番辛いだろうに、こうやって気遣える……皆良い子達なのに、どうしてこんな目に遭うのだろう。
子供達の寿命は、頑張ってどうにかなるものではないのかもしれない。
それでも……彼らに前を向いて歩いて欲しいから――。
「みんなはもうハンターになりましたか? スキルはもう使えますか?」
「うん。ハンターになったよ」
「スキルも使えるよ。これで戦えると思ったのに……」
智里の問いかけにしょんぼりとする子供達。
リーベ・ヴァチン(ka7144)は子供達の頭を撫でる。
「戦うだけがハンターの仕事じゃないぞ? 色々、やれる事はある」
「そうなの?」
「そうですよ。ハンターの仕事は幅広いですからね」
小首を傾げる子供達に、頷く智里。リーベは遠い目をして続ける。
「私も1人の強化人間に出会った。……いい子だったよ」
「その子は今どうしてるの?」
「遠いところに行ってしまった。連れ戻したかったんだけどね」
――彼は生きてはいるが、人ではなくなった。
もう、戻っては来られないだろう……。
彼女自身、ドラグーンという短命種と言われる種族であり……隔世遺伝であったからか、ヒトである親との寿命の差で憐れまれた事がある。
どんなに嘆いても寿命は変わらない。明日の命の保障なんて誰にもない。
だから、哀れな運命とやらと喧嘩して密度濃く生きてやると決めた。
この子達と自分とは境遇も種族も違う。けれど……通じるものはある筈だ。
リーベは顔を上げると、子供達を真っ直ぐに見据える。
「あの子とお前達が違うのは、今ここにいる事だ。無責任な事を言うかもしれないが……最期の一瞬まで、笑って生きてほしい」
リーベの言葉に沈黙する子供達。アニス・テスタロッサ(ka0141)もどっこいしょと子供達の前に座る。
「そうだな……俺も、お前らと同じ強化人間だった奴の話でもするか」
「お姉さんのお友達に強化人間いたの?」
「おう。……ついこないだ、ガキ一人遺して逝っちまったけどな」
戦場に出なければ、もう少し長く息子と過ごせる日が続いただろう。
それをわかっていてなお、親友の敵討ちのために戦場に戻った――。
同じ強化人間の末路を語るアニス。
その言葉は衝撃だったのか、子供達が震えた声で続ける。
「死ぬの、怖くなかったのかな」
「さてな。少なくとも、最期の日に会った時、思い残しなんて無いって顔してたぜ」
目を伏せるアニス。
子供達にこういう言葉は重いのかもしれない。それでも、前に進むためには必要だと思うから。
「死ぬのが怖いのは、やり残した事があるからじゃねえのか? まあ、後悔するような選択はすんなって事だな」
「そうですね。泣いても笑っても、日々は過ぎます。大切なのは、自らの生を誇れる事……ではないか? と、思う訳ですよ。生きた証を遺すなり、ね」
「……イキタアカシって何?」
「ああ、後悔しないように。やりたい事をやって、毎日を精一杯生きて欲しいって事だよ」
観智の言葉が難しかったのか、考え込む子供達。
補足するように続けた真に、メアリも頷く。
「そうです。自分のやりたい事を見つけましょう」
「それって何でもいいの?」
「おう。世界中のうめぇ酒……はお前達には早ぇな。じゃあ美味い飯を食いまくるとかどうだ?」
「クリムゾンウェストの小物を集めたいでもいいんだぞ」
アニスとリーベの言葉に目を丸くする子供達に、メアリはくすくすと笑う。
「私の片思い相手は、強化人間の軍人なんですけどね。残りの時間に何がしたいかって聞いたら、リアルブルーを奪還して帰還して死にたいって。……とんでもない難題をふっかけられましたよ、本当。絶対叶えてやるけど」
「……リアルブルーに帰れるかな?」
「ええ、きっと。諦めなければ。目標を持ち続ける限り叶います」
故郷の名を聞いて、パッと顔を上げた子供達。
智里はぎゅっと、その手を握る。
ハンター達に励まされ、少しづつ目の輝きを取り戻す子供達をアニスはじっと見つめる。
「それと、もう一つ覚えとけ。……他人の死に慣れんじゃねぇぞ」
「強化人間の子達を覚えててあげろって事?」
「あー。まあ、そうだな」
少女の髪をわしわしとかき混ぜる彼女。言いたい事とは若干違ったが、そう受け取るなら、それでいい。
その様子を、真は嬉しく感じながらも……心のどこかで虚しさを感じていた。
――私はこの子達とは違う。
死ぬのが怖いと彼らに言った。
それは嘘だ。私は死ぬ事に恐怖を感じない。
夢も、未来への希望も無い。
こんな私じゃなくて、この子達が生きるべきなのに。
……本当に、儘ならないものだなあ。
命が分けてあげられるなら、喜んで差し出すのに――。
子供達に笑みを向ける真。今は『面倒見の良い先生』の仮面を被り続ける。
ハンター達が話しかければ、素直に答えて自分の思いを口にする子供達が大半ではあったが、中にはそうでない者もいる。
それぞれに思いはあるのだろうが、上手く言葉に出来ないのだろう。
先生達の話を聞きながらも、何も語ろうとしない子供達の前に、アシェ-ル(ka2983)とサクラはカードとペンを並べた。
不思議そうな顔をして、それを見つめている子供達に2人は声をかける。
「これはね、メッセージカードですよ。書いてみませんか?」
「口では上手く伝えられない事も、書いてみると案外スラスラ出て来たりするよ。やってみようよ」
「……でも、何を書いたらいいのか分かんないよ」
戸惑う子供達に、アシェールとサクラは励ますように声をかける。
「住みたいお家とか、好きな食べ物とか、好きな乗り物とか……思った事なら何でもいいんですよ」
「今までやって楽しかった事、やってみたい事でもいいかな。そういうのをトモネ様や先生、皆に伝えるんだ」
「そんな事して何か変わるの?」
「変わりますよ。少なくとも、ごちゃごちゃした気持ちは整理がつくと思います」
「そうだね。それに、やりたい事書いておけば、すぐには無理でも先生やトモネ様が叶えてくれると思うよ。もちろん自分で叶えたっていいしね」
「……叶うかな?」
「ええ、きっと叶うと思います」
「皆がハンターになったのだって、先生達や色々な人が諦めなかったからだよ。一緒に頑張ろうよ」
アシェールとサクラの言葉に頷き、おずおずとペンを手にする子供達。
目覚める事がないはずだった彼らが今こうしているのは、誰かが誰かの為に頑張ったからだ。
――だから、子供達にもそれが伝わればいいと思う。
「ほーら! ぐるぐる回すぞーーー!」
子供達を全力で振り回したり、高い高いを繰り出すユーレン(ka6859)。
広い場所に陣取った彼女は、肉体による遊園地と化していた。
元気のなかった子供達も、身体を動かしているうちに元気を取り戻しているようで、ユーレンはニヤリと笑う。
「難しい事はさておいてだな。よく食べ、よく寝て、よく遊べ。お前達はまだ子供だ、全てはそれからだ」
「これでいいの?」
「勿論だ。この世にはな、それでも絶対の真実がいくつかある。諦めない者だけが変われる。努力する者だけが変われる。それだけは絶対の真実だ」
「でもこれ、遊びだよ?」
「何を言う。遊びとて立派な努力だし勉強だ。人生に無駄な事などない! それが、それだけがこの世の真実だ」
自信たっぷりなユーレン。その言葉は、子供達の心にじわじわと染みて……。
「ふっふっふっ。こんな事もあろうかと! 私は尊敬する先輩に! リアルブルーの遊びを教わってきたのですよ!」
ビシィ! と虚空を指さす百鬼 一夏(ka7308)。
彼女は四角いクッキーを積み上げて塔を作り、それを1本づつ引き抜いて、いかに崩さずにいられるか……という複数人で盛り上がれて、小さい子でも出来る遊びを考案し、子供達と興じていた。
「引き抜いたら美味しく食べていいですからね! 崩した子はくすぐりの刑ですよ!」
「よし! 上手に引き抜けたぞ!」
「私もできた! 次お姉ちゃんの番だよ!」
「ぐぬ……? 何か結構きわどくなってますね……。子供だと思って侮っていられないですね!?」
子供達に促され、クッキータワーにそっと触れる一夏。
恐る恐る1本引き抜こうとして……上に載っていたクッキーが1つだけポロリと落ちた。
「あっ。お姉ちゃん崩した!」
「うわーん! 悔しい! でも崩したのは事実ですから刑を受けましょう」
「でも1本だけだし、このまま続けようよ。見逃してあげる代わりにこのクッキー私にちょうだい!」
「あっ。ズルい! 俺もクッキー食べたい!」
「クッキーまだ沢山あるから喧嘩しないでくださいよー!」
睨み合いを始める子供達を宥める一夏。
……きっと、こんな何気ない日常が『幸せ』と言うのだろう。
ユメリア(ka7010)と高瀬 未悠(ka3199)は、子供達に歌を歌って聞かせていた。
それはかつて、勇気をもって国を救いし聖女の物語。
前線に出て指揮を執り戦うも、敵に囚われ悪魔の使徒の烙印を押され、祖国からも見放されて処刑された――。
「聖女様、国の為に戦ったのに、誰も助けてくれなかったの?」
「聖女様可哀想。……ちょっと僕達と似てるね」
物語の聖女と自分達に通じるものを感じたのか、しょんぼりとする子供達。
ユメリアは微笑む。
「確かに貴方達とこの物語の聖女は似ていますが……違う事もありますよ」
「そうね。貴方達はこうしてハンターとして生きている。誰にも邪魔されたりする事なくね。そうでしょ?」
微笑む未悠にこくりと頷く子供達。
――どんなものであれ、命はいつか尽きる。
残酷だけれど、長さの違いは存在する。
それでも……。
未悠の瞳に強い意志が宿る。
「人生の中で、誰とどんな風に過ごしたか。どれだけ幸せを感じられたか……それが大事だと思うの」
「……先生の言う事は解るけど、辛い時はどうしたらいいの?」
「そういう時は、大切な人を想い浮かべてください」
「大切な人……?」
「ええ。独りではない事を実感できますから……」
未悠を見つめて微笑むユメリア。
――自分にとっての大切な人は、今目の前にいるこの人だ。
大切な大親友。彼女といると、いつも心が温かくなる。
「さあ、皆さんの名前を教えてください。死して歌われた聖女のように、私達が貴方達を不朽とする詩人となりましょう」
「皆の存在が、知らない誰かの心を慰められるように……ユメリアと一緒に、貴方達の活躍をあちこちで歌うわ。ステキな歌にしたいから、皆も協力して?」
「え。それってどうしたらいいの?」
「毎日元気に過ごして、その様子を教えてくれるだけで十分ですよ」
「ええ、とても素敵な、キラキラした冒険譚になるわね」
子供達に微笑みを向けるユメリアと未悠。ユメリアは徐にリュートをかき鳴らす。
「折角ですし、今日の事も唄にしましょうか。私達の出会いの物語なんていかがでしょう」
「素敵! 皆も一緒に考えましょ!」
子供達を呼びよせる未悠。
――今日こうして、親友と一緒に子供達と会えて良かった。
今日の事は絶対に忘れない。
そんな思いを、2人と子供達は歌として綴っていく。
そして都は、聖導士になったという子達に自分の思いを伝えていた。
「……聖導士として生きたいと願った貴方に、訊いて欲しい事があるの」
「なあに? 先生」
「貴方達の手はね、誰かの無二の命を護り、救う事ができる事が出来るの」
子供達の小さな手を握る都。
――誰かの命を救う事は、その人を大切に思う人達の心を救う事。
その優しさを必要としている人が、世界には沢山居る事を知って欲しくて……。
「だからどうか、誇りを持って。光るものを胸に持っていて」
貴方達の命は決して無駄ではない。誰かの明日を繋ぐのだと……そう、信じて進んで欲しい。
「……ごめんね。お話難しかったかな?」
「先生が、私達を心配してるのはわかったよ」
「そう? いい子ね。分からない事があったらいつでも聞いてね」
素直にこくりと頷く子供達。
健気な様子が愛おしくて……都は子供達を抱き寄せた。
アリオーシュは、アスガルドの子供達の中でも最年少の少女に気に入られたらしい。
しがみついている彼女をあやすように声をかける。
「……ニーナと言ったっけ? どうしたのかな?」
「ニーナ達は人を傷つけた悪い子だから、死んじゃうのも仕方ないと思うけど……こわい」
ハッとするアリオーシュ。少女が抱き着いているのは、怯えからなのだろう。
彼は少女を抱えている手に力を込める。
「……それは、君達が悪いんじゃないよ。大人達がそうさせたんだ」
「でも悪い子は叱られるのよ」
「うーん。これからは皆を助けてあげればいいんじゃないかな」
「……それでいいの?」
「ああ、皆許してくれると思うよ」
「そうすれば、お兄ちゃんも嬉しい?」
「うん。嬉しい」
「そう? じゃあ、ニーナがんばるね」
ようやく顔を上げて笑顔を見せた少女に笑みを返すアリオーシュ。
幼いこの子が己の生を誇れるようになってくれたら、こんなに嬉しい事はない。
「君が頑張るなら俺も負けていられないな。もうすぐ戦いが始まるから頑張らないとね」
「……お兄ちゃん、たたかうの?」
「うん。今まで鍛えてきた事はこの時の為だからね。皆の未来が一つでも多く実る世界を守りにいくから」
「お兄ちゃん、ちゃんと戻って来る? しなない?」
「勿論。次に会いに来れた時に作って来るから、食べたいもの教えてくれる?」
「ニーナね、プリン食べたい」
「分かった。プリンだね」
「うん。お兄ちゃん約束よ?」
「ああ、約束」
小指を絡めるニーナとアリオーシュ。
小さな少女との約束。必ず果たさなければ……と。彼は気を引き締めた。
「レギ、紅茶淹れたからいらっしゃいな。ツナサンドもあるわよ」
「久しぶり! 元気だった?」
「はい! お陰様で!」
アルスレーテ・フュラー(ka6148)に呼ばれて振り返るレギ(kz0229)。笑顔のリューリに頷き返した彼の頭を、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が優しく撫でる。
「ん。顔色は悪くないね。……何か言いたい事はあるかい?」
「そうですね。今日も僕の天使さんは綺麗だなーとかですかね」
「……そうじゃないでしょ! 早世が決められてしまってる現状に不安はないの? ってアルトは聞いてるんだけど!」
「そうだよ。罵倒とか泣き言とかないのかい?」
相変わらずのレギに神妙な雰囲気もぶっ飛ばす勢いでツッコむアルスレーテ。
続けたアルトに、彼はうーん……と考え込む。
「僕、有り難い事に結構好きな事出来てると思うんですよ。強化人間になったのだって僕の意思でしたしね。だから、同情はしないでください」
「そう。随分割り切ってるのね」
「どうなんですかね。僕、強化人間になる前は結構なヘタレだったんで。実感沸いてないだけかもしれないです」
「……そこは貴方の天使の手前、強くなったってアピールしとくとこなんじゃないの?」
「あ。そうですね」
レギにツッコミつつ苦笑するアルスレーテ。彼女自身エルフという事もあり、寿命をそんなに意識した事はなかった。
だから今回、強化人間達の事を聞いて改めて意識した訳なのだが……。
彼のこういうさっぱりしたところは美徳ではあるし、負のマテリアルを得ても暴走しないでいられたのは、こういう『強さ』もあったからなのかもしれない。
「で、キミはやりたい事はないのか? もし仕事で時間が取れないとかなら言ってくれ。こう見えて私は結構稼いでるんでな。養えるぞ?」
「アルトさん。それはプロポーズですか?」
「……は?」
切り出したアルトに真顔で問うレギ。
固まる彼女にリューリとアルスレーテがニヤニヤとした目線を向けてくる。
「確かにそう受け取れるね!」
「そうねー。今のはねー」
「いやいや。違うよ!? 深い意味はないよ!?」
「やりたい事ですか……。僕の天使さんのお相手探しですかね」
「………は?」
本日2度目の硬直を見せるアルト。レギはうんうん、と頷きながら続ける。
「だってほら、僕は今のところ短命って言われてますから。アルトさんの気持ちは嬉しいんですけど、受ける訳にはいかないんで」
「だからプロポーズじゃないっての」
「僕の天使さんには幸せになって欲しいんで! リューリさんもアルスレーテさんも協力してください!」
「勝手に話進めないでくれるかな!?」
「えー。だったらレギ君が長生きすればいいじゃない! アルトちゃんの相手探しもそれで解決だよ!」
ギャーギャー言い合う2人に割り込むリューリ。
彼女はムーンリーフ財団や施設に、強化人間達の延命の研究をお願い出来ないかと考えていたらしい。
アルト自身も、今は無理でも未来の技術なら……リアルブルーのように凍結できれば時間も稼げるかもしれないなどと考えていたのだが、リューリはもっと一直線だった。
「もし何か代償が必要だっていうなら、私の寿命少し分けてあげてもいいよ。エルフだから長生きだし!」
「いやいや、そんなご迷惑をかける訳には……」
「迷惑じゃないよ! 将来、『レギ君もいたよね』っていなくなった人として話すの嫌だもん! レギ君も長生きできるように努力して!」
「でも……」
「そこは『はい』って言っとくの!!」
「リューリがムキになるなんて珍しいわね」
レギの襟首を掴む勢いで迫るリューリに、アルスレーテはくすくすと笑う。
「いいわよ、レギ。それが貴方の願いだっていうなら手伝うわ。ねえ、アルト?」
「それについてはコメントし難いんだけど……」
苦笑するアルト。
――レギはとてもいい子だ。
だからこそ……最後まで、前を向いていてくれる事を願う。
「ユーキ、元気そうで何よりだ。大分自由に動けるようになったそうじゃないか。良かったな」
「お陰様で。ひりょさんにも心配をおかけしてしまいましたね」
「そりゃね。流石に話を聞いた時は肝が冷えた」
「うむ。ひりょからももう無茶はせんように言ってやってくれ」
ユーキの前にティーカップを置いて苦笑する鳳凰院ひりょ(ka3744)。トモネはぶつぶつと言いながら紅茶を口に運ぶ。
「トモネ。お茶の味は如何かな?」
「うむ。相変わらずひりょの淹れた紅茶は美味しいな」
満面の笑みを浮かべるトモネに、安堵のため息を漏らすひりょ。
彼女の笑みを見ると、何だか嬉しいし安心する。
――以前こうして、トモネと2人でお茶会をしてから既に一年以上が過ぎている。
つい昨日の事のような、ずっと前の事のような……。
長閑にお茶を飲んでいたあの頃と違い、今の状況はアスガルドの子供達にとっても、トモネにとっても辛いものとなってしまった。
それでも、彼女が諦めずに戦い続けると言うのなら……出来うる限り支えになりたいと思う。
――あの頃はこんな風に唯一人を守りたい、支えたいと思うようになるなんて想像出来なかったけれど。
トモネの笑顔を守りたい、という気持ちは今もずっと変わらないから……。
「トモネ。辛かったらいつでも言うんだぞ。すぐに駆け付けるからな」
「うむ。こうしてお茶を出してくれるだけでも心が安らぐ。感謝しておるぞ、ひりょ」
微笑み合うひりょとトモネ。それを見て、ユーキがため息をつく。
「トモネ様が欲しくば、私を倒してから……などという決まり文句を言わないといけないでしょうか……」
「ユーキ、何か言ったか?」
「いいえ。お2人は仲が宜しいのだなと思っただけです」
「うむ! ひりょは強いし、ユーキと同じくらい頼りになるぞ!」
「えっ? そうなのか? それは嬉しいが……」
「そうですか。私と同じくらい、ですか……」
トモネの言葉に困惑しつつ笑みを零すひりょ。ユーキの眼鏡が、キラリと光ったような気がした。
ディーナ・フェルミ(ka5843)とフィロ(ka6966)、トリプルJ(ka6653)はトモネとユーキの元を訪れていた。
「3人共、畏まってどうしたのだ?」
「あのね。お願いしたい事があるんだけど、いいかな」
「子供達の寿命の件です。それに伴う検査と治療を継続して行う事を提案します」
ディーナとフィロの発言に目を丸くするトモネ。トリプルJも頷いて続ける。
「俺も金かけて出来るこたぁやるべきだなと思うぜ。ってか、あいつらの寿命なんてどうやって計ったんだよ」
「そちらについては、彼らの治療を担当したトマーゾ教授によるものです。……実際、既に寿命を迎えた強化人間も確認されております」
「あー。そういう事ね……」
ユーキの説明に、帽子を被り直すトリプルJ。
実際に強化人間を救う方策を編み出し、対応に当たって来たトマーゾ教授の言う事であれば、信憑性はあるのだろう。
それでも……とフィロは続ける。
「現時点で全てを諦め絶望するのは愚かです。契約に伴う負のマテリアルが人体に悪影響を及ぼしたなら、正のマテリアルを恒常的に浴びられる環境を作ればいいのでは」
「わたしもそう思うの。だから、子供達に、毎日正のマテリアルに触れる機会をあげてほしいの。それを、子供達に説明する機会もほしい。お願いできないかな」
「……試すのは構わんが、確証のない情報を子供達に与えるのはやめて欲しい」
ディーナの訴えに難しい顔をするトモネ。トリプルJが首を傾げる。
「何でだ? お前達が子供の寿命を伸ばそうとどんな努力してるか教えてやるのは悪い事じゃねえだろ。子供達の先を考えてるし、子供達は生き延びると信じてると分かりやすくあいつらに伝えてやるのも大事なんじゃねえのか?」
「……勿論、私とて彼らを救いたい。その努力もしたいとも思う。だからこそ、確証のない事は言えんのだ! 既に寿命を迎えた強化人間達もいるというのに、どうして信じろなどと気安く言える!? そうじゃなかった時、一番傷つくのはあの子達なのだぞ!!」
「……トモネ様」
トモネの叫びにハッとするフィロ。ディーナも目を伏せる。
――彼女は、強化人間計画に結果的に加担してしまったと自分を責めていた。
アスガルドの子供達についても……この不条理を憤っていたのはトモネも同じだったのかもしれない。
「……あの子達に、もう傷ついて欲しくはないのだ。もう十分すぎるくらい苦しんで来たから……」
「トモネ様は子供達を預かる立場だからこそ、無責任な事は言えないのです。……どうぞ、ご理解下さい」
「うん。解るの。……すごくよく分かるの。でも諦めるのは絶対に違うの」
ユーキのフォローに頷くディーナ。トリプルJもそうだな、と続ける。
「俺が言いたいのは諦めないで前を向けって事だ。だって、現に昏睡したまま起きないって言われてたあいつらは起きたんだぜ。何かしら試せば、状況は変わるだろうよ」
「仰る通りです。誰もが、誰かが信じ諦めず努力する事でしか状況は変わりません。……トモネ様の成したい事に、私達も協力させていただけませんか」
フィロの真摯な訴えに、トモネは少し涙目になる。
「お前達の支援があれば心強い。リアルブルーにいた頃から何度も交流したお前達は、あの子達の拠り所の一つになっているからな。どうか、あの子達の為に力を貸して欲しい」
「OK。それじゃ、出来る事を試そうじゃねえの。俺達そういうの得意だぜ?」
「うん! 私も今から浄化魔法試して来るの! やる事をハッキリ説明は出来なくても、『おまじない』っていうのはアリだと思うの。子供達そういうの好きでしょ」
「善は急げと申しますからね。それでは早速やってみましょうか」
頷き合うトリプルJとディーナ、フィロ。トモネとユーキへの挨拶もそこそこに子供達の元へと急いだ。
「杏、ユニス。おいで……」
「ルシオ先生……!」
ルシオに呼ばれて、胸に飛び込んで行く杏とユニス。
ユニスは顔を上げて先生に訴える。
「ルシオ先生、聞いて。杏ったらずっと無理してるの」
「私は大丈夫だって言ってるじゃない」
「嘘! 杏の目真っ赤だもん!」
「……杏。ユニスや私の前でまで無理をする事はないんじゃないのかな。私達は君の友達だ。君が泣いても怒っても離れたりしないよ」
ルシオの言葉に頷くユニス。
杏はルシオに頬を撫でられて……気が緩んだのか、涙を零す。
「ルシオ先生。私本当は怖い。死にたくない……!」
声をあげて泣く杏を抱き留めるユニス。
少女達のぬくもりを感じながら、ルシオは考える。
――何故、皆私を置いていってしまうの?
婚約者たるあの人、シバ……そしてこの子達……。
杏と一緒だ。喪う事を叫びたい程に恐れている。
代われるものなら代わってやりたい。
この子達の命を諦めたくない。
でも、約束はできない……。
2人に初めましての挨拶をしに来ていたエステルは、涙目になりながら少女達の背中を撫でた。
「わたくしも時間を巻き戻せたら良いなって思う事があります。あの時、わたくしがもっと賢くて強くければ、助けられたかもしれない人が沢山いました。それでも……過去は巻き戻せないのです」
どんなに辛くて悲しくても、やり直す事は出来ない。
強化人間になった事を、取り消す事は出来ない。
その代わり、今や未来は、変えていく事が出来るから……。
そう続けたエステルに、ルシオも頷く。
「そうだね。沢山思い出を作ろう。今が楽しくて死にたくないと思ったら、何時でも呼べばいい。その都度私達が飛んでくるから」
「はいです。いつでも来ますです」
「……こんなに怖いのに、楽しくなるかな」
「杏もわたしも一人じゃないよ。どうやったら楽しく過ごせるか、一緒に考えよ?」
震える杏。その背を撫でるユニスも震えていて……。
エステルはぎゅっと2人にしがみつく。
「わたくし達にも、杏さんやユニスさんの今や未来が楽しくなるように、お手伝いさせてくださいです」
「まずは今日の思い出を増やそう。お菓子を作って来たんだ。君達に食べて貰えると嬉しいな」
「お茶も持ってきてるです。一緒にいかがです?」
「いいね。眺めのいい場所で戴こうか」
エステルとルシオの提案に頷く子供達。
優しいこの子達の不安が、少しでも拭える事を祈る。
静まり返っていた施設に、様々な声が響く。
泣き声であったり、笑い声であったり……子供達によって反応は違ったけれど。
今日の交流はきっと、子供達の心に何かを残す事だろう。
この先の彼らの行く末に光があるように。また、そうなるように。
力を貸そうと心に誓うハンター達だった。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/04/11 08:27:16 |