ゲスト
(ka0000)
右腕泥棒_木春菊
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- シリーズ(続編)
- 難易度
- 不明
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/04/19 07:30
- 完成日
- 2019/05/03 03:47
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
屋根の上に少女人形。
鈎に捕らわれ、鋼線の巻き付いた白い右腕は、人形に繋がれた肩から次第に黒ずんでいく。
人形は男の嗄れた声と、少女の声で会話をするように喋りながら、ハンター達を見下している。
硝子玉の瞳が煌めいて、左手がハンター達へ何かを投じた。それがブローチだと分かった時には既に爆ぜて、破片と煙の中、人形の姿は霞んでいた。
「追って。至急追って下さい、あの腕は――――」
●遡ること丸1年、アクレイギアの腕がそれなりに治って、日常生活に差し障りの無くなった頃。
ギアと出逢いその腕を治す事に尽力したある研究者は、口下手で、要領を得ずに取り留めも無く話し続けた。
ギアの腕は砲身だった。それを取り外し、義肢を付け、ナノマシンの回復を促す。その予定だった。
しかし、如何に精密な機械であっても、エバーグリーンの技術には至らず、結局、義肢部分にも数カ所、砲身から回収したパーツを使用することとなった。
即ち、魔機導の技術と骨子に、エバーグリーンのパーツを組み合わせ、更にそれがギアのオートマトンとしての自己治癒のナノマシンで覆われて、現在のギアの腕がある。
『ええと、どう言ったら良いのだろうか。つまり、その、ギア自身は、そう、使うのは、忌避するだろうけれど……否、だからといって出来ないわけでは無くて、完治まではそう使っていたわけで。ああ、だから、そう、ギアの、腕は……』
『マテリアルを備えた機導術の発動体なんだ』
砲身と変わらない。望めば腕だけで強力なマテリアルの砲撃を放つことが出来る。
だからなんだと受付嬢は首を傾げた。
『ギアという存在は、否、オートマトンという存在は、と言うべきだろうか。……どう言ったら良いのか、分からないけれど、ギアは、精霊でもあって、機械でもある、と、思う。ああ、そう、だな。そう、だから、外した砲身も、ギアの、……ギアだった、と、言えなくも、ない。そこに、機動術を、持って来たわけで……』
『腕だけで誰でもあの砲撃を撃てるんだ』
例えば切り離されても、腕だけが武器となり得る。
その武器を用いた攻撃に、使用者のマテリアルは関係ない。
扱うことさえ出来れば、誰でも。
『容量は片方で30発、否、40は、越える……だろうな』
●
煙の向こうを見据える。
「あの腕は、敵の武器になってしまいます。……すぐに、回収を、っ…………いいえ、破壊をお願いします」
腕を取り戻して。
そう、言いそうになって。助けて下さいと、言いそうになって。受付嬢は唇を噛み、肩を震わせて息を吐いた。
この街中で敵にあの腕が渡っている状況の危険さに、取り戻そうなんていう猶予はない。
ハンター達が敵を伐つあの力が、街へ、建物へ、人々へ向けられて仕舞っては。
今なら未だ。
未だ早朝、人もいない。敵の侵蝕も浅い、今なら、間に合うかもしれない。
浮かぶ希望を押し殺して、手をきつく握り締めた。
「……真っ直ぐ、行って下さい。どんなに細い道でも、真っ直ぐ進んで下さい。赤いトタン屋根の工場の前に出ます。工場の右には煙突。今なら昇れます、この辺りを見渡せる筈です」
見渡すにも、狙撃にも丁度良い場所。
「工場の前を左に行って、道が交差する度に細い方を選んでいくと、全力で走って3分程で10メートルくらいの袋小路になります。ここは回りの塀が高くて追い込めたら敵は逃げづらくなります。一方からなら、煙突から狙えます」
正面から向かうには丁度良い場所。
余り広くは無いけれど、対峙するには十分。
「トタン屋根の工場を迂回して裏に回ったところに、広いゴミ捨て場が一つあります。この辺りの廃品を収集しているところです。敵が消耗して戦力の補充を考えたら、寄るかも知れません」
戦闘になれば厳しい。けれど、敵の動きを考えるなら、こちらで押さえておきたい。
「周辺の工場の在庫を狙うなら、音を立てるはずです。それを聞き逃さないように……」
受付嬢は解いた指を真っ直ぐに伸ばす。
「……工場の前を左、広い道に三回曲がって、後は真っ直ぐ。振り返った時、真後ろに白と青の煙突が2本並んで見えたら、すぐ側にある斜めに入る道を行って下さい。塀の上を通って貰うことになりますが、この街を抜ける近道なんです」
工業区を囲む広い道。
今から走れば人形より先にたどり着ける。挟撃ならここから。
「他に、行きたいところがあれば仰って下さい。私が絶対に案内します」
自称、ハンターの案内人は見えない敵の姿を睨んで言った。
「ギアちゃん……私も行くよ。××××××××××××」
屋根の上に少女人形。
鈎に捕らわれ、鋼線の巻き付いた白い右腕は、人形に繋がれた肩から次第に黒ずんでいく。
人形は男の嗄れた声と、少女の声で会話をするように喋りながら、ハンター達を見下している。
硝子玉の瞳が煌めいて、左手がハンター達へ何かを投じた。それがブローチだと分かった時には既に爆ぜて、破片と煙の中、人形の姿は霞んでいた。
「追って。至急追って下さい、あの腕は――――」
●遡ること丸1年、アクレイギアの腕がそれなりに治って、日常生活に差し障りの無くなった頃。
ギアと出逢いその腕を治す事に尽力したある研究者は、口下手で、要領を得ずに取り留めも無く話し続けた。
ギアの腕は砲身だった。それを取り外し、義肢を付け、ナノマシンの回復を促す。その予定だった。
しかし、如何に精密な機械であっても、エバーグリーンの技術には至らず、結局、義肢部分にも数カ所、砲身から回収したパーツを使用することとなった。
即ち、魔機導の技術と骨子に、エバーグリーンのパーツを組み合わせ、更にそれがギアのオートマトンとしての自己治癒のナノマシンで覆われて、現在のギアの腕がある。
『ええと、どう言ったら良いのだろうか。つまり、その、ギア自身は、そう、使うのは、忌避するだろうけれど……否、だからといって出来ないわけでは無くて、完治まではそう使っていたわけで。ああ、だから、そう、ギアの、腕は……』
『マテリアルを備えた機導術の発動体なんだ』
砲身と変わらない。望めば腕だけで強力なマテリアルの砲撃を放つことが出来る。
だからなんだと受付嬢は首を傾げた。
『ギアという存在は、否、オートマトンという存在は、と言うべきだろうか。……どう言ったら良いのか、分からないけれど、ギアは、精霊でもあって、機械でもある、と、思う。ああ、そう、だな。そう、だから、外した砲身も、ギアの、……ギアだった、と、言えなくも、ない。そこに、機動術を、持って来たわけで……』
『腕だけで誰でもあの砲撃を撃てるんだ』
例えば切り離されても、腕だけが武器となり得る。
その武器を用いた攻撃に、使用者のマテリアルは関係ない。
扱うことさえ出来れば、誰でも。
『容量は片方で30発、否、40は、越える……だろうな』
●
煙の向こうを見据える。
「あの腕は、敵の武器になってしまいます。……すぐに、回収を、っ…………いいえ、破壊をお願いします」
腕を取り戻して。
そう、言いそうになって。助けて下さいと、言いそうになって。受付嬢は唇を噛み、肩を震わせて息を吐いた。
この街中で敵にあの腕が渡っている状況の危険さに、取り戻そうなんていう猶予はない。
ハンター達が敵を伐つあの力が、街へ、建物へ、人々へ向けられて仕舞っては。
今なら未だ。
未だ早朝、人もいない。敵の侵蝕も浅い、今なら、間に合うかもしれない。
浮かぶ希望を押し殺して、手をきつく握り締めた。
「……真っ直ぐ、行って下さい。どんなに細い道でも、真っ直ぐ進んで下さい。赤いトタン屋根の工場の前に出ます。工場の右には煙突。今なら昇れます、この辺りを見渡せる筈です」
見渡すにも、狙撃にも丁度良い場所。
「工場の前を左に行って、道が交差する度に細い方を選んでいくと、全力で走って3分程で10メートルくらいの袋小路になります。ここは回りの塀が高くて追い込めたら敵は逃げづらくなります。一方からなら、煙突から狙えます」
正面から向かうには丁度良い場所。
余り広くは無いけれど、対峙するには十分。
「トタン屋根の工場を迂回して裏に回ったところに、広いゴミ捨て場が一つあります。この辺りの廃品を収集しているところです。敵が消耗して戦力の補充を考えたら、寄るかも知れません」
戦闘になれば厳しい。けれど、敵の動きを考えるなら、こちらで押さえておきたい。
「周辺の工場の在庫を狙うなら、音を立てるはずです。それを聞き逃さないように……」
受付嬢は解いた指を真っ直ぐに伸ばす。
「……工場の前を左、広い道に三回曲がって、後は真っ直ぐ。振り返った時、真後ろに白と青の煙突が2本並んで見えたら、すぐ側にある斜めに入る道を行って下さい。塀の上を通って貰うことになりますが、この街を抜ける近道なんです」
工業区を囲む広い道。
今から走れば人形より先にたどり着ける。挟撃ならここから。
「他に、行きたいところがあれば仰って下さい。私が絶対に案内します」
自称、ハンターの案内人は見えない敵の姿を睨んで言った。
「ギアちゃん……私も行くよ。××××××××××××」
リプレイ本文
●
このままじゃ格好つかねえ。
ジャック・エルギン(ka1522)は倒れた少女に背を向け、静かに灼けた鋼の緋色に染まった瞳を伏せる。
微風に揺らいだ長い髪が炎に照らされたように、次第にその色に染まり、燃え上がる様はマテリアルの火の粉を纏う。
「俺が必ず見つける。見つけ出すから、後を頼むぜ!」
煙突に昇れるのは工場の稼動前。一度動いて仕舞えば煙と熱で暫く使えなくなる。
双眼鏡を掴み駆け出すジャックをカティス・フィルム(ka2486)が追い、アリア・セリウス(ka6424)が続く。
「……やってくれるものね。――ジャック。今回は鏃だけではなく、目も頼りにさせて貰うわね」
通信機と地図を手に人形の消えた先を睨み。
アリアは最初の角でジャックと別れその背へと声を投げかける。
朝焼けの街並みに、月の様に白々とした淡い光の流線が棚引く。先を見据える青い眼はその瞳孔を縦に絞る。
「今回も宜しくね、玲瓏。……結果で応えてみせるから」
「はい。すぐに追います。とりもどしましょう……メグ様の為にも」
交換なんておかしい。番良いように作った物だから。
2人分の声を聞いたあの歪虚、親子のようにも聞こえたけれど、腕も作り直してくれないのかと、寂しくさえ思われた。
玲瓏(ka7114)はアリアの進む方向へと向き、仲間のハンターを振り返る。受付嬢が方向を指しながら、敵が向かいそうな、抑える必要の有りそうな場所を喋り続けている。
「敵が破壊された又は逃走したという一報が入るまで、誰かが補給のポイントを押さえておく必要がある」
道具さえあれば眷属なり爆発物なりを簡単に作れる相手が敵なのだから。
マリィア・バルデス(ka5848)が視線を向ける。
破壊、或いは逃走。
それを適えるまで、マリィア自身もそこを動かない。だから、メグを近付かせないように、と。
ゴミ捨て場までこれでは入れるわね、とスターターを蹴りながら尋ね、受付嬢が頷くと同時に走り出した。
「ミケーリさん。どうか落ち着いて、僕の話を聞いてください」
マキナ・バベッジ(ka4302)は立ち上がろうとするメグの肩を抑えた。マキナが押さえている内に他のハンター達もそれぞれの行き先を決めて動き出す。
ゴミ捨て場だけでは無く周辺の工場での補給も警戒したい。両方には現れないだろうが、怠ったせいで蹂躙されるのは絶対嫌だと、星野 ハナ(ka5852)は自転車に跨がり、付属のエンジンを起動させた。
「いってきますねぇ、街に被害は出したく無いのでぇ」
りんと、ベルを一つ。
星野の去った方を見て、マキナはメグへ視線を移した。
「アクレイギアさんを安全な場所へ保護するのにご協力いただけませんか?」
街の端まで走る、と、軽く足首を解して鞍馬 真(ka5819)はマキナに近付く。
「私も、友人の腕を壊したくはないんだ」
その危険性を知って尚。
2人のことは任せる。と、マキナに言い残し、工場の方へと走り出した。
Gacrux(ka2726)とアルマ・A・エインズワース(ka4901)も向かい、玲瓏がアリアの跡を追って走り出した。
安全な場所へ、とマキナは受付嬢に尋ねた。
ギアの安全を確保出来て、マキナとメグで運べる場所へ。
動き出したハンター達を見詰めていたメグは、マキナの言葉でギアの状態を思い知ったのか動けずにいた。
「今のアクレイギアさんをこのままにしておくわけにはいきません」
メグは目を見開いてギアを抱き締めた。
考え込んでいた受付嬢は、来た道を振り返る。
「腕は向かわれたハンターさん達にお任せしましょう。ハンターさんが強くて優しくてすごいっていうことは、私はよく知っています」
マキナさんも、マーガレットさんも。それから、アクレイギアさんも。
そう言って受付嬢は、マキナを真っ直ぐに見詰めた。
安全な場所へご案内します。
●
やはり。あの人形の仕業だった。
鮮やかに彩られた漆黒の瞳が街を見下ろす。軽く感じる身体は、二対の羽を思わせるアームの羽ばたきにより、壁の間や塀の上を難なく越えて進む。
煙突を通り過ぎる。最初に走り出したジャックはそろそろ到着した頃だろうか。
見下ろす辺りに人形の姿は無い。
ガクルックスは少し後ろを走る鞍馬に合図を送り、やや上方へ移動し、右手の方へと傾いて飛ぶ。
「――では、私は反対へ。アルマ君は真っ直ぐ進んで下さい」
通信を2人へ。瞬く瞬間に瞳を金に明滅させて、鞍馬は塀を一つ跳び越える。更に直進を続けると、目印の煙突と、斜めの道。
越えて進めば無舗装の道を越えて街の印象が変わる。
「僕だって、おてて持ってかれたら嫌ですもん」
一度奪われているからこそ。その喪失を知っているからこそ。
危うい足取りで塀を進み、見えた道に青い目を瞠った。
その右の瞳は紅に染まる。アルマを包む様に吹き上がる蒼い焔が彼のなくした腕を象り、絡み付く。黒衣を翻すと、その背に広がる黒い被膜の翼の先が滴るような血の色に染まっている。マテリアルの幻影を羽撃かせ、間に合えと言う様に直走る。
「わぅぅ。僕知ってるですっ。こういうの、最後の砦って言うです! 責任重大です?」
ジャックからの通信は、アルマの到着と間を置かずに届いた。
「見付けたぜ、ガクルックスが一番近え。頼んだぜ!」
人形は塀を伝い屋根を越えて。街を出ようと真っ直ぐに向かってくるらしい。
先回りが間に合ったのは僥倖だった。
「こちら、ですね」
近くの塀に、更に壁を蹴って屋根へ。未だ、人形の姿は見えない。
炎の様な三鈷杵をあしらう剣を手に黒い双眸は舐めるように辺りを見回す。
その目の先の屋根で小さな影が跳ねた。
「わぅーっ! いましたです!」
ガクルックスの方へと移動したアルマもそれに気付き、持ち手に仕込まれたマテリアル鉱石毎握り締めて、杖を構える。
止めなければ外まで駆け抜けそうな様子に、敵との距離を測りマテリアル結晶の陣を展開する。
現れた人魚の精霊が旋回すれば、水の渦が広がる。
渦に弾かれた人形はその勢いをオートマトンの右腕でいなしながら更に後退し、渦を迂回する先を探すよう首を揺らした。
動きを覗っていた鞍馬は血の色を持つ刃を翻す。トリガーに指を掛けると、鍔の魔導機械が起動しその刃を光りと闇の色を帯びて一層鋭さを増す。
「今は何も持っていないようだね」
人形の近くに、これまで爆発してきた物の類いは無い。
振り上げた刃を腕と肩の継ぎ目に、絡んだ鋼線を狙い振り下ろすが、人形は嗤う様にその右腕でそれを庇って身を翻す。
咄嗟に引いた刃は人形の髪を一房切り払った。
ふわりと舞った生糸の様な金の髪は、風に流される前に黒い靄に変わる。
「……お友達は出来ましたか」
その向こう、上方から斬り掛かったガクルックスの剣は、人形を捕らえる間際、纏う炎を鞭の様に撓らせた。
人形は、絡め取られる前に腕を振ってその鞭を払う。透き通る硝子の瞳は感情を浮かばせず、美しい限りの顔に表情は無い。
鞍馬とガクルックスが追い詰める様に攻撃を続け、陣を保っていたアルマが止めの様に、人形の足元へ続けざまに光線を放つと、逃走を諦めたそれは小さな身体を翻して街の方へと戻り始めた。
逃げた先を追われた人形は、突破の武器を得ようと静かな町を彷徨う。
3人からの連絡を受けてその行動を悉に辿るジャックは、人形の進路がゴミ捨て場へ向くとマリィアに警戒を促す。
サドルに跨がったまま、通信を得た方向へ僅かに揺れた緑の瞳。
整然と置かれた箱の中に、乱雑に詰められた廃品と、零れた小さな部品。徐行しながらその配置の僅かな変化を探る。
ライトの端が捕らえた影へ、小型の拳銃から、マテリアルを込めた抜き撃ちの一発。
地形を量り放たれたそれは、悠々と回避した人形のドレスを、塀に一度跳ねて背後から裂く。
物陰に逃げ込んで、小さな陶器の左手が手近な金属片を取るが、その頭上から光が降り注ぎ動きを止めさせた。
「それはこの前の廃屋で嫌と言う程体験したわ」
補給は許さない。拘束の力が尽きても、踊る弾丸は止まらない。
逃げる先、逃げる先を猟犬さながら追い詰め、避けきれない弾丸を叩き落とした右手の指が数本飛び、次の一撃で肘が砕けた。
軋む腕を揺らすさまに、他の仲間がいなくて良かったと僅かな安堵を感じる。
逃げながら作ったらしい爆弾が投じられて眼前に爆ぜたが、閃光に眩んだ目は辛うじて逃走した人形の背を捕らえていた。
「……行ったわ。ハナ、そっちまで行くかも知れない」
ブレーキを握り締めて通信に応じる。
「はいぃ……もう分かってますよぉ」
停車しても髪はふわふわと風に揺蕩う様に揺れ、星野の蒼く輝く双眸が、指に挟んだ一枚のカードを見詰め口角を上げる。
マリィアが追った方から走って、この辺りの工場を荒らすなら。引っ繰り返った衛星の図案が示す先は。
淡い白の半分の月を背に耳を澄ます。
見付けた、と微かな物音を頼りに塀を越える。
星野の立てた音に一瞬途切れた音はすぐ隣の工場から聞こえた。
一つずれたと軽く眉を寄せるが、改めてその工場の様子を覗う。割れた窓、右腕を引き摺る人形が、黒い靄で周囲を散らかして居る。
「見付けましたぁ……荒らさせないつもりだったんですけどぉ」
カードの代わりに手にした符を構える。
攻撃の手応えを感じると同時に、閃光と爆風が視界と足を一瞬奪う。
細い視界で睨んだ人形は、右腕で光りを防ぎ逃走を図る。腕だけを外して狙うことは出来ない。
けれど、ここに留まらせることはそれ以上に。握り締めた符を悔しさに叩き付ける様に放ち、何度も届く限り放ち続けた。
光りに包まれた人形は、次第に行く手に迷い逃れたはずの方へと引き返す。
こっちに向かってきたと通信を受けて星野は震える腕を下ろし、息を吐いた。
●
「……逃がさねえ」
ジャックは双眼鏡で敵の動きを睨む。
煙突のジャックを見上げ、玲瓏はここへ人形が追い込まれるまでに一通り確かめた辺りの位置関係を思い描く。
仲間から飛び込む通信、ジャックの観測を頼りに、自身の配置を取り、マテリアルを込めて剣を構える。
敵が動く。
傷付いた腕を引き摺り、長い道を正対し睨み合う。
ここは未だ煙突のカティスからは届かない。
「アリア様、追い込みます」
瞬間。振り翳す剣に放たれたマテリアルの球。人形の足元へ直進し、接近を阻む。
後退を始めた人形を更に追い込む一撃を加え、その移動に合わせて地面を蹴った。
弾けるマテリアルの風はその場に渦巻いてやがて霧散する。風の名残を背後に連ね、玲瓏は人形が道を逸れぬ様にマテリアルを放ち続ける。
駆け抜ける髪が翻り、追いながら放つマテリアルは桃の実の形を成し、風から逃れた人形を更にその場に留めようとする。攻撃から除くには近すぎる右腕は人形がその桃から抗う様に振り回され、縁石に、塀にぶつかる度に皮膚が剥がれ血を流すようにパーツを散らす。その痛ましさに唇を噛んだ。
「……これで、最後です」
敵の背後を塞ぐ。正面にアリアの青い瞳の煌めきを見た。
大剣を掲げ、祈る。
「貴方の腕を斬り捨てた、私の事は忘れていないでしょう」
二振りの剣を構え、花の紋様を刻む艶やかな靴のヒールを打ち鳴らし、描かれた白い彼岸花が揺れる様にドレスを翻す。詩を紡ぐ透き通る声が響き、人形へと肉薄する。
三日月の様に、そして二七夜の月の様に。重ねた鋭い斬撃に、更にもう一太刀を加える。
人形の脚を射抜いていた凍て付いた矢。
「回避するために移動する空間を大まかに予想して、なのです」
足を止められた人形は、アリアの攻撃を避けきれず、裂けたドレスから深い罅と中空の洞、その中の闇を覗かせた。
アリアは人形の方へと進む。袋小路へ追い詰めた形で、煙突を背に振り返る。
「アリア・セリウス。……惨劇の童話紡ぐ、あなたの名前は?」
人形は応えずにアリアを見上げた。小さな身体には重いのだろう腕を振り回す様に。
腕を包む黒い靄が更にその色を濃く、靡く程に増していく。それは、マリィアや星野が見た光景とよく似ていた。錘にしかならないなら。そう考えたのだろうか。しかし、そこへ至り人形は気付く。
歪なほどに損傷した腕から無雑作に放たれた光りは、アリアの脇を擦り抜けて煙突を掠めた。
すぐ側を不意の攻撃が襲ったカティスは、届く内に氷の矢を放った。
「ごめんなさい。修理……手伝うのです」
恐らく。腕を避けた意図は感付かれている。その上で盾にも武器にもしてくるのなら。損傷を躊躇うことは出来ない。
それでも尚、取り戻したい気持ちは変わらない。
カティスは人形を注視したまま、ジャックの声に耳を傾ける。
幸え給え。玲瓏の祈りがアリアの身体を包む。
得物を構え直し、敵を見据える。交差する二振りの大剣。銀水晶の優美な剣の刀身と、竜の尾の禍々しい軍刀のそれ。
煙突天辺から鏃が人形を狙う。
純白の弓がマテリアルを帯びて桜色の弦を張る。
敵を指す指に添わせた重い矢の先が違わずに頭部を狙っている。
引き絞り、一撃。花弁の幻影を舞い散らせて放たれた矢は、狙い通りに飛んでいくが、攻撃に気付いた人形が屈む動きが僅かに早い。小さな頭を覆った右手の甲を削ぎ、地面へと突き刺さる。
同じく放たれたカティスの氷で足を止めている間に放たれる次ぎの矢は、左の腕を割って地面へ、その破片が軽い音を立てて砕け、さらりと砂の様に舞い上がり風に溶ける。
追い詰められたと知る人形は、右腕の攻撃を続ける。アリアを狙って中空へ、そして再度煙突へ。
燐光を煌めかせて放たれたアリアの剣が鞭に変わると、自ら手を絡ませて不安定な前腕を折る。
無残に覗く肘の骨子は鈍色に濁り、しかし、繋ぐコードや零れる歯車は、未だ正常な色に煌めいてさえいるように見えた。
前腕を垂らしたまま、その右腕の狙いが煙突へ、僅かに揺れて中程で定まる。
「狙いはここか! カティス、掴まれ! 撃ってくんぞ!」
龍鉱石の剣を盾代わりに、カティスを庇いながら、煙突を下りる。
煙突に攻撃当たる轟音が響いた。
人形が背を見せた隙、アリアの剣が迫り翻る。
取り返してみせる。
祈る様に砕いた人形の肩。けれど、右腕に絡む鋼線は完全に引き剥がすことを阻む。
擦り切れた鋼線を手繰る半分だけの左腕に操られた剥き出しの骨が、アリアを見詰めて泣いた様にぽとりと歯車を溢した。
身を守る猶予の無い距離で放たれた光線に貫かれながら、再度斬り付けた右腕は砕ける様に地面に散らばる。
間を置かずに玲瓏の祈りがアリアを包み、その傷を塞ぎ癒やす。
駆けつけたジャックと、カティスも人形の姿を探すが、それらしい姿は何処にも無い。
アリアは剣に感じた手応えを思う。あれで終わりだと、全て砕いたと、そう願う。
●
先に壊されていた手と前腕は、半分ほどのパーツを回収出来た。人形に最後まで絡まっていた上腕部分は、汚染と損傷が酷く、殆どがその場で錆色に黒ずみ形さえ保てなくなっている。
パーツは全体量の4分の1程度が回収され、人形が武器として用いた際の汚染の為だろうか、骨子となっている魔導機械の部分は使用出来る状態での回収は適わなかった。
状況を確認する頃、散開した仲間が集まってきた。
小さなパーツも出来る限り集めようと、周囲を探す。
マリィアも拾ってきた指をそっと加えた。
広げたストールに集めたパーツを包んで鞄へ、それを仲間に托し、玲瓏とジャックは入り組んだ道の周辺から、街の外れまでを確かめに。
2人と別れ、マキナに連絡を取る。
ギアは目を覚ましたところらしい。
マキナは2人の少女を見守っていた。
工業区を外れ、オフィスまでの中間にある小さな診療所。急拵えの寝台に寝かせたギアと、その傍に座って祈り続け、祈りが尽きると不安と焦燥に泣き出していたメグ。
マキナが宥めている内に瞼を腫らせたままで眠ってしまっていた。
目覚めたギアは状況に戸惑いながら、痛む腕を庇うように押さえた。ギアの動きに目覚めたメグが、抱き付いて言う。
「腕は必ずみんなが取り返してくれるよ。私が傍にいるよ、だから、ギアちゃんここにいて」
泣き疲れて眠るまで、マキナが繰り返した言葉を、メグは思い出す様にギアに伝える。
「ええ、皆さんが、きっと……」
マキナは僅かに目を伏せて、微かに音を漏らしていた通信を閉ざした。
状況を終えた仲間はもうすぐ帰ってくる。ギアも目覚めたのなら、集まるのはオフィスの方が良いだろう。
「行きましょうか」
マキナが声を掛けた。
近くに座っていた受付嬢は、近道使いますかと尋ねて、おどけたように滲んだ目を瞑った。
このままじゃ格好つかねえ。
ジャック・エルギン(ka1522)は倒れた少女に背を向け、静かに灼けた鋼の緋色に染まった瞳を伏せる。
微風に揺らいだ長い髪が炎に照らされたように、次第にその色に染まり、燃え上がる様はマテリアルの火の粉を纏う。
「俺が必ず見つける。見つけ出すから、後を頼むぜ!」
煙突に昇れるのは工場の稼動前。一度動いて仕舞えば煙と熱で暫く使えなくなる。
双眼鏡を掴み駆け出すジャックをカティス・フィルム(ka2486)が追い、アリア・セリウス(ka6424)が続く。
「……やってくれるものね。――ジャック。今回は鏃だけではなく、目も頼りにさせて貰うわね」
通信機と地図を手に人形の消えた先を睨み。
アリアは最初の角でジャックと別れその背へと声を投げかける。
朝焼けの街並みに、月の様に白々とした淡い光の流線が棚引く。先を見据える青い眼はその瞳孔を縦に絞る。
「今回も宜しくね、玲瓏。……結果で応えてみせるから」
「はい。すぐに追います。とりもどしましょう……メグ様の為にも」
交換なんておかしい。番良いように作った物だから。
2人分の声を聞いたあの歪虚、親子のようにも聞こえたけれど、腕も作り直してくれないのかと、寂しくさえ思われた。
玲瓏(ka7114)はアリアの進む方向へと向き、仲間のハンターを振り返る。受付嬢が方向を指しながら、敵が向かいそうな、抑える必要の有りそうな場所を喋り続けている。
「敵が破壊された又は逃走したという一報が入るまで、誰かが補給のポイントを押さえておく必要がある」
道具さえあれば眷属なり爆発物なりを簡単に作れる相手が敵なのだから。
マリィア・バルデス(ka5848)が視線を向ける。
破壊、或いは逃走。
それを適えるまで、マリィア自身もそこを動かない。だから、メグを近付かせないように、と。
ゴミ捨て場までこれでは入れるわね、とスターターを蹴りながら尋ね、受付嬢が頷くと同時に走り出した。
「ミケーリさん。どうか落ち着いて、僕の話を聞いてください」
マキナ・バベッジ(ka4302)は立ち上がろうとするメグの肩を抑えた。マキナが押さえている内に他のハンター達もそれぞれの行き先を決めて動き出す。
ゴミ捨て場だけでは無く周辺の工場での補給も警戒したい。両方には現れないだろうが、怠ったせいで蹂躙されるのは絶対嫌だと、星野 ハナ(ka5852)は自転車に跨がり、付属のエンジンを起動させた。
「いってきますねぇ、街に被害は出したく無いのでぇ」
りんと、ベルを一つ。
星野の去った方を見て、マキナはメグへ視線を移した。
「アクレイギアさんを安全な場所へ保護するのにご協力いただけませんか?」
街の端まで走る、と、軽く足首を解して鞍馬 真(ka5819)はマキナに近付く。
「私も、友人の腕を壊したくはないんだ」
その危険性を知って尚。
2人のことは任せる。と、マキナに言い残し、工場の方へと走り出した。
Gacrux(ka2726)とアルマ・A・エインズワース(ka4901)も向かい、玲瓏がアリアの跡を追って走り出した。
安全な場所へ、とマキナは受付嬢に尋ねた。
ギアの安全を確保出来て、マキナとメグで運べる場所へ。
動き出したハンター達を見詰めていたメグは、マキナの言葉でギアの状態を思い知ったのか動けずにいた。
「今のアクレイギアさんをこのままにしておくわけにはいきません」
メグは目を見開いてギアを抱き締めた。
考え込んでいた受付嬢は、来た道を振り返る。
「腕は向かわれたハンターさん達にお任せしましょう。ハンターさんが強くて優しくてすごいっていうことは、私はよく知っています」
マキナさんも、マーガレットさんも。それから、アクレイギアさんも。
そう言って受付嬢は、マキナを真っ直ぐに見詰めた。
安全な場所へご案内します。
●
やはり。あの人形の仕業だった。
鮮やかに彩られた漆黒の瞳が街を見下ろす。軽く感じる身体は、二対の羽を思わせるアームの羽ばたきにより、壁の間や塀の上を難なく越えて進む。
煙突を通り過ぎる。最初に走り出したジャックはそろそろ到着した頃だろうか。
見下ろす辺りに人形の姿は無い。
ガクルックスは少し後ろを走る鞍馬に合図を送り、やや上方へ移動し、右手の方へと傾いて飛ぶ。
「――では、私は反対へ。アルマ君は真っ直ぐ進んで下さい」
通信を2人へ。瞬く瞬間に瞳を金に明滅させて、鞍馬は塀を一つ跳び越える。更に直進を続けると、目印の煙突と、斜めの道。
越えて進めば無舗装の道を越えて街の印象が変わる。
「僕だって、おてて持ってかれたら嫌ですもん」
一度奪われているからこそ。その喪失を知っているからこそ。
危うい足取りで塀を進み、見えた道に青い目を瞠った。
その右の瞳は紅に染まる。アルマを包む様に吹き上がる蒼い焔が彼のなくした腕を象り、絡み付く。黒衣を翻すと、その背に広がる黒い被膜の翼の先が滴るような血の色に染まっている。マテリアルの幻影を羽撃かせ、間に合えと言う様に直走る。
「わぅぅ。僕知ってるですっ。こういうの、最後の砦って言うです! 責任重大です?」
ジャックからの通信は、アルマの到着と間を置かずに届いた。
「見付けたぜ、ガクルックスが一番近え。頼んだぜ!」
人形は塀を伝い屋根を越えて。街を出ようと真っ直ぐに向かってくるらしい。
先回りが間に合ったのは僥倖だった。
「こちら、ですね」
近くの塀に、更に壁を蹴って屋根へ。未だ、人形の姿は見えない。
炎の様な三鈷杵をあしらう剣を手に黒い双眸は舐めるように辺りを見回す。
その目の先の屋根で小さな影が跳ねた。
「わぅーっ! いましたです!」
ガクルックスの方へと移動したアルマもそれに気付き、持ち手に仕込まれたマテリアル鉱石毎握り締めて、杖を構える。
止めなければ外まで駆け抜けそうな様子に、敵との距離を測りマテリアル結晶の陣を展開する。
現れた人魚の精霊が旋回すれば、水の渦が広がる。
渦に弾かれた人形はその勢いをオートマトンの右腕でいなしながら更に後退し、渦を迂回する先を探すよう首を揺らした。
動きを覗っていた鞍馬は血の色を持つ刃を翻す。トリガーに指を掛けると、鍔の魔導機械が起動しその刃を光りと闇の色を帯びて一層鋭さを増す。
「今は何も持っていないようだね」
人形の近くに、これまで爆発してきた物の類いは無い。
振り上げた刃を腕と肩の継ぎ目に、絡んだ鋼線を狙い振り下ろすが、人形は嗤う様にその右腕でそれを庇って身を翻す。
咄嗟に引いた刃は人形の髪を一房切り払った。
ふわりと舞った生糸の様な金の髪は、風に流される前に黒い靄に変わる。
「……お友達は出来ましたか」
その向こう、上方から斬り掛かったガクルックスの剣は、人形を捕らえる間際、纏う炎を鞭の様に撓らせた。
人形は、絡め取られる前に腕を振ってその鞭を払う。透き通る硝子の瞳は感情を浮かばせず、美しい限りの顔に表情は無い。
鞍馬とガクルックスが追い詰める様に攻撃を続け、陣を保っていたアルマが止めの様に、人形の足元へ続けざまに光線を放つと、逃走を諦めたそれは小さな身体を翻して街の方へと戻り始めた。
逃げた先を追われた人形は、突破の武器を得ようと静かな町を彷徨う。
3人からの連絡を受けてその行動を悉に辿るジャックは、人形の進路がゴミ捨て場へ向くとマリィアに警戒を促す。
サドルに跨がったまま、通信を得た方向へ僅かに揺れた緑の瞳。
整然と置かれた箱の中に、乱雑に詰められた廃品と、零れた小さな部品。徐行しながらその配置の僅かな変化を探る。
ライトの端が捕らえた影へ、小型の拳銃から、マテリアルを込めた抜き撃ちの一発。
地形を量り放たれたそれは、悠々と回避した人形のドレスを、塀に一度跳ねて背後から裂く。
物陰に逃げ込んで、小さな陶器の左手が手近な金属片を取るが、その頭上から光が降り注ぎ動きを止めさせた。
「それはこの前の廃屋で嫌と言う程体験したわ」
補給は許さない。拘束の力が尽きても、踊る弾丸は止まらない。
逃げる先、逃げる先を猟犬さながら追い詰め、避けきれない弾丸を叩き落とした右手の指が数本飛び、次の一撃で肘が砕けた。
軋む腕を揺らすさまに、他の仲間がいなくて良かったと僅かな安堵を感じる。
逃げながら作ったらしい爆弾が投じられて眼前に爆ぜたが、閃光に眩んだ目は辛うじて逃走した人形の背を捕らえていた。
「……行ったわ。ハナ、そっちまで行くかも知れない」
ブレーキを握り締めて通信に応じる。
「はいぃ……もう分かってますよぉ」
停車しても髪はふわふわと風に揺蕩う様に揺れ、星野の蒼く輝く双眸が、指に挟んだ一枚のカードを見詰め口角を上げる。
マリィアが追った方から走って、この辺りの工場を荒らすなら。引っ繰り返った衛星の図案が示す先は。
淡い白の半分の月を背に耳を澄ます。
見付けた、と微かな物音を頼りに塀を越える。
星野の立てた音に一瞬途切れた音はすぐ隣の工場から聞こえた。
一つずれたと軽く眉を寄せるが、改めてその工場の様子を覗う。割れた窓、右腕を引き摺る人形が、黒い靄で周囲を散らかして居る。
「見付けましたぁ……荒らさせないつもりだったんですけどぉ」
カードの代わりに手にした符を構える。
攻撃の手応えを感じると同時に、閃光と爆風が視界と足を一瞬奪う。
細い視界で睨んだ人形は、右腕で光りを防ぎ逃走を図る。腕だけを外して狙うことは出来ない。
けれど、ここに留まらせることはそれ以上に。握り締めた符を悔しさに叩き付ける様に放ち、何度も届く限り放ち続けた。
光りに包まれた人形は、次第に行く手に迷い逃れたはずの方へと引き返す。
こっちに向かってきたと通信を受けて星野は震える腕を下ろし、息を吐いた。
●
「……逃がさねえ」
ジャックは双眼鏡で敵の動きを睨む。
煙突のジャックを見上げ、玲瓏はここへ人形が追い込まれるまでに一通り確かめた辺りの位置関係を思い描く。
仲間から飛び込む通信、ジャックの観測を頼りに、自身の配置を取り、マテリアルを込めて剣を構える。
敵が動く。
傷付いた腕を引き摺り、長い道を正対し睨み合う。
ここは未だ煙突のカティスからは届かない。
「アリア様、追い込みます」
瞬間。振り翳す剣に放たれたマテリアルの球。人形の足元へ直進し、接近を阻む。
後退を始めた人形を更に追い込む一撃を加え、その移動に合わせて地面を蹴った。
弾けるマテリアルの風はその場に渦巻いてやがて霧散する。風の名残を背後に連ね、玲瓏は人形が道を逸れぬ様にマテリアルを放ち続ける。
駆け抜ける髪が翻り、追いながら放つマテリアルは桃の実の形を成し、風から逃れた人形を更にその場に留めようとする。攻撃から除くには近すぎる右腕は人形がその桃から抗う様に振り回され、縁石に、塀にぶつかる度に皮膚が剥がれ血を流すようにパーツを散らす。その痛ましさに唇を噛んだ。
「……これで、最後です」
敵の背後を塞ぐ。正面にアリアの青い瞳の煌めきを見た。
大剣を掲げ、祈る。
「貴方の腕を斬り捨てた、私の事は忘れていないでしょう」
二振りの剣を構え、花の紋様を刻む艶やかな靴のヒールを打ち鳴らし、描かれた白い彼岸花が揺れる様にドレスを翻す。詩を紡ぐ透き通る声が響き、人形へと肉薄する。
三日月の様に、そして二七夜の月の様に。重ねた鋭い斬撃に、更にもう一太刀を加える。
人形の脚を射抜いていた凍て付いた矢。
「回避するために移動する空間を大まかに予想して、なのです」
足を止められた人形は、アリアの攻撃を避けきれず、裂けたドレスから深い罅と中空の洞、その中の闇を覗かせた。
アリアは人形の方へと進む。袋小路へ追い詰めた形で、煙突を背に振り返る。
「アリア・セリウス。……惨劇の童話紡ぐ、あなたの名前は?」
人形は応えずにアリアを見上げた。小さな身体には重いのだろう腕を振り回す様に。
腕を包む黒い靄が更にその色を濃く、靡く程に増していく。それは、マリィアや星野が見た光景とよく似ていた。錘にしかならないなら。そう考えたのだろうか。しかし、そこへ至り人形は気付く。
歪なほどに損傷した腕から無雑作に放たれた光りは、アリアの脇を擦り抜けて煙突を掠めた。
すぐ側を不意の攻撃が襲ったカティスは、届く内に氷の矢を放った。
「ごめんなさい。修理……手伝うのです」
恐らく。腕を避けた意図は感付かれている。その上で盾にも武器にもしてくるのなら。損傷を躊躇うことは出来ない。
それでも尚、取り戻したい気持ちは変わらない。
カティスは人形を注視したまま、ジャックの声に耳を傾ける。
幸え給え。玲瓏の祈りがアリアの身体を包む。
得物を構え直し、敵を見据える。交差する二振りの大剣。銀水晶の優美な剣の刀身と、竜の尾の禍々しい軍刀のそれ。
煙突天辺から鏃が人形を狙う。
純白の弓がマテリアルを帯びて桜色の弦を張る。
敵を指す指に添わせた重い矢の先が違わずに頭部を狙っている。
引き絞り、一撃。花弁の幻影を舞い散らせて放たれた矢は、狙い通りに飛んでいくが、攻撃に気付いた人形が屈む動きが僅かに早い。小さな頭を覆った右手の甲を削ぎ、地面へと突き刺さる。
同じく放たれたカティスの氷で足を止めている間に放たれる次ぎの矢は、左の腕を割って地面へ、その破片が軽い音を立てて砕け、さらりと砂の様に舞い上がり風に溶ける。
追い詰められたと知る人形は、右腕の攻撃を続ける。アリアを狙って中空へ、そして再度煙突へ。
燐光を煌めかせて放たれたアリアの剣が鞭に変わると、自ら手を絡ませて不安定な前腕を折る。
無残に覗く肘の骨子は鈍色に濁り、しかし、繋ぐコードや零れる歯車は、未だ正常な色に煌めいてさえいるように見えた。
前腕を垂らしたまま、その右腕の狙いが煙突へ、僅かに揺れて中程で定まる。
「狙いはここか! カティス、掴まれ! 撃ってくんぞ!」
龍鉱石の剣を盾代わりに、カティスを庇いながら、煙突を下りる。
煙突に攻撃当たる轟音が響いた。
人形が背を見せた隙、アリアの剣が迫り翻る。
取り返してみせる。
祈る様に砕いた人形の肩。けれど、右腕に絡む鋼線は完全に引き剥がすことを阻む。
擦り切れた鋼線を手繰る半分だけの左腕に操られた剥き出しの骨が、アリアを見詰めて泣いた様にぽとりと歯車を溢した。
身を守る猶予の無い距離で放たれた光線に貫かれながら、再度斬り付けた右腕は砕ける様に地面に散らばる。
間を置かずに玲瓏の祈りがアリアを包み、その傷を塞ぎ癒やす。
駆けつけたジャックと、カティスも人形の姿を探すが、それらしい姿は何処にも無い。
アリアは剣に感じた手応えを思う。あれで終わりだと、全て砕いたと、そう願う。
●
先に壊されていた手と前腕は、半分ほどのパーツを回収出来た。人形に最後まで絡まっていた上腕部分は、汚染と損傷が酷く、殆どがその場で錆色に黒ずみ形さえ保てなくなっている。
パーツは全体量の4分の1程度が回収され、人形が武器として用いた際の汚染の為だろうか、骨子となっている魔導機械の部分は使用出来る状態での回収は適わなかった。
状況を確認する頃、散開した仲間が集まってきた。
小さなパーツも出来る限り集めようと、周囲を探す。
マリィアも拾ってきた指をそっと加えた。
広げたストールに集めたパーツを包んで鞄へ、それを仲間に托し、玲瓏とジャックは入り組んだ道の周辺から、街の外れまでを確かめに。
2人と別れ、マキナに連絡を取る。
ギアは目を覚ましたところらしい。
マキナは2人の少女を見守っていた。
工業区を外れ、オフィスまでの中間にある小さな診療所。急拵えの寝台に寝かせたギアと、その傍に座って祈り続け、祈りが尽きると不安と焦燥に泣き出していたメグ。
マキナが宥めている内に瞼を腫らせたままで眠ってしまっていた。
目覚めたギアは状況に戸惑いながら、痛む腕を庇うように押さえた。ギアの動きに目覚めたメグが、抱き付いて言う。
「腕は必ずみんなが取り返してくれるよ。私が傍にいるよ、だから、ギアちゃんここにいて」
泣き疲れて眠るまで、マキナが繰り返した言葉を、メグは思い出す様にギアに伝える。
「ええ、皆さんが、きっと……」
マキナは僅かに目を伏せて、微かに音を漏らしていた通信を閉ざした。
状況を終えた仲間はもうすぐ帰ってくる。ギアも目覚めたのなら、集まるのはオフィスの方が良いだろう。
「行きましょうか」
マキナが声を掛けた。
近くに座っていた受付嬢は、近道使いますかと尋ねて、おどけたように滲んだ目を瞑った。
依頼結果
依頼成功度 | 普通 |
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面白かった! | 12人 |
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MVP一覧
- 時の守りと救い
マキナ・バベッジ(ka4302)
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 鞍馬 真(ka5819) 人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2019/04/19 00:41:12 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/04/14 14:04:28 |