ゲスト
(ka0000)
【陶曲】お忍びポルトワール
マスター:のどか

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~4人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/04/26 22:00
- 完成日
- 2019/05/05 01:59
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
その日、アンナ=リーナ・エスト(kz0108)はヴァリオスのはずれにある小さな喫茶店を訪れていた。
看板も掛けられていない、営業しているのかも一見には怪しいお店。
どうしたものかと入口の前で戸惑っていたところ、中からこちらを覗いた店員らしき女性が、お待ちしてましたと快く通してくれた。
「すみません、わざわざ来ていただきまして」
通された彼女の姿に気づいた青年――エヴァルド・ブラマンデ(kz0076)が、にこやかな笑みで彼女を出迎える。
「そちらのテーブルを借りましょう。AとBのセットを試作でお願いします」
エヴァルドが店員に指示を出すと、彼女は慣れた所作で注文を承って、店の奥へと消えていく。
彼は再びアンナに向き直って、どうぞと椅子をすすめた。
着席し見渡した店内は、一言で言えば質素だった。
おそらくは開店準備中なのだろう。
内装は既に完成しているが、インテリアの類はほとんどなく、マンションの内覧に来たかのような感覚だ。
「また、開店準備のご依頼ですか?」
「はい? ……ああ、そういえば、そのようなこともありましたね」
エヴァルドは小さく首をひねってから、ポンと手を叩く。
「いえ、そうではありません。私がここから離れられないという点は、以前と変わりませんが」
それでわざわざお越しいただいたのです、と彼は付け加える。
程なくして、店員が湯気の立つお茶とお花の形をしたお菓子を小盆にのせて運んできた。
いわゆる緑茶と和菓子のセット。
どうやらリアルブルーの日本風をコンセプトにしたお店のようだ。
「どうぞ。試作段階だそうなので、お口に合えばよいのですが」
「いただきます」
アンナは楊枝のようなフォークで菓子を小さく切り、口へ運ぶ。
舌にのせてすぐに広がる餡の甘さと香り。
少しくどいくらい。
だが舌触りはさらっとしていて、直後に啜ったお茶と一緒にするりと喉の奥へと流れていった。
「あまりこういったものは食べ慣れないのですが、そんな私でも食べやすいですね。口当たりの強烈な甘さは少し気になりましたが、お茶と合わせることで完成していると思われます」
専門家でもないのにすみませんと頭を下げると、店員は笑顔でお礼を述べて、彼女の感想をさらさらとメモに残す。
「それで……試食がご用事で?」
「ああ、いえ、すみません。思わせぶりな状況ばかりで、混乱させてしまいましたね」
エヴァルドがふっと笑みをこぼして謝罪すると、自らも菓子を突く。
「要件は別で、実は護衛の依頼を頼もうと考えておりまして」
「護衛、ですか。どちらへ?」
「ポルトワールです」
ポルトワールはヴァリオスの隣都市である港町だ。
ヴァリオスに次ぐ同盟の大都市である一方で、いわゆる商売敵の関係にある。
「それでしたら、オフィスに依頼を出されるのが良いかと」
アンナは別にあてつけるわけではなく、純粋にそう思って口にしたのだが、エヴァルドは静かに首を横に振った。
「それが、今回はまるっきりのプライベート。お忍びなのです」
エヴァルドがどこか底の知れない笑みを浮かべる。
「正式な依頼を出せば、ポルトワールのオフィスにもそれが並ぶでしょう。それではちょっと、困るのです。お忍びですから」
「はあ……」
意図が掴み切れず、アンナは半端に頷き返した。
「差支えがなければ、ご用事をお伺いしても?」
「観光です」
彼は即答する。
「いち市民として、ポルトワールという街を散策してみたいと思いましてね。商工会会長、評議会議員、そんな肩書で視察をしても『上澄み』の整った部分を飲まされるばかりです。私はもっと、より皆さんが求めるような、等身大のあの街に興味があるのです」
まるで壮大な夢を語るかのように身振り手振りを交えて語る。
なるほど、彼が言いたいことはアンナにも確かに理解できた。
が、どうして今になって?
彼の崩れない笑顔の裏に、それこそ上澄みの下に、別の真意があるように思えて、思わずたじろいでしまう。
アンナはお茶に口をつけて一呼吸を押すと、彼の方へと向き直った。
「分かりました。そういうことでしたらお引き受けしましょう」
立場上、断る理由はない。
それに何かあったら力を貸すと言ったのはアンナだ。
そのうえでわざわざ掛けて貰った声を無視するほど、薄情なつもりもない。
「それは良かった。もちろん報酬は支払わせていただきます。流石にひとりきりは大変でしょうから、他にも人を呼んで構いません。なに、護衛と言っても肩ひじを張る必要はありませんよ。むしろ普段されているような、街での休日の過ごし方を見せていただきたいのです」
「ガイドができるほど詳しくはありませんが……」
「そこまで求めているつもりはありません。気になったところを、一緒に回らせていただければと思います」
連れて行ってくれと言いながら、行きたい場所はないのか。
アンナにとっては、ますます彼の真意が闇に紛れるばかり。
それでもまあ、依頼は依頼だ。
とりあえずオフィスで人を見繕おう――そんなことを考えながら、お菓子の最後の一口をお茶で流し込んだ。
看板も掛けられていない、営業しているのかも一見には怪しいお店。
どうしたものかと入口の前で戸惑っていたところ、中からこちらを覗いた店員らしき女性が、お待ちしてましたと快く通してくれた。
「すみません、わざわざ来ていただきまして」
通された彼女の姿に気づいた青年――エヴァルド・ブラマンデ(kz0076)が、にこやかな笑みで彼女を出迎える。
「そちらのテーブルを借りましょう。AとBのセットを試作でお願いします」
エヴァルドが店員に指示を出すと、彼女は慣れた所作で注文を承って、店の奥へと消えていく。
彼は再びアンナに向き直って、どうぞと椅子をすすめた。
着席し見渡した店内は、一言で言えば質素だった。
おそらくは開店準備中なのだろう。
内装は既に完成しているが、インテリアの類はほとんどなく、マンションの内覧に来たかのような感覚だ。
「また、開店準備のご依頼ですか?」
「はい? ……ああ、そういえば、そのようなこともありましたね」
エヴァルドは小さく首をひねってから、ポンと手を叩く。
「いえ、そうではありません。私がここから離れられないという点は、以前と変わりませんが」
それでわざわざお越しいただいたのです、と彼は付け加える。
程なくして、店員が湯気の立つお茶とお花の形をしたお菓子を小盆にのせて運んできた。
いわゆる緑茶と和菓子のセット。
どうやらリアルブルーの日本風をコンセプトにしたお店のようだ。
「どうぞ。試作段階だそうなので、お口に合えばよいのですが」
「いただきます」
アンナは楊枝のようなフォークで菓子を小さく切り、口へ運ぶ。
舌にのせてすぐに広がる餡の甘さと香り。
少しくどいくらい。
だが舌触りはさらっとしていて、直後に啜ったお茶と一緒にするりと喉の奥へと流れていった。
「あまりこういったものは食べ慣れないのですが、そんな私でも食べやすいですね。口当たりの強烈な甘さは少し気になりましたが、お茶と合わせることで完成していると思われます」
専門家でもないのにすみませんと頭を下げると、店員は笑顔でお礼を述べて、彼女の感想をさらさらとメモに残す。
「それで……試食がご用事で?」
「ああ、いえ、すみません。思わせぶりな状況ばかりで、混乱させてしまいましたね」
エヴァルドがふっと笑みをこぼして謝罪すると、自らも菓子を突く。
「要件は別で、実は護衛の依頼を頼もうと考えておりまして」
「護衛、ですか。どちらへ?」
「ポルトワールです」
ポルトワールはヴァリオスの隣都市である港町だ。
ヴァリオスに次ぐ同盟の大都市である一方で、いわゆる商売敵の関係にある。
「それでしたら、オフィスに依頼を出されるのが良いかと」
アンナは別にあてつけるわけではなく、純粋にそう思って口にしたのだが、エヴァルドは静かに首を横に振った。
「それが、今回はまるっきりのプライベート。お忍びなのです」
エヴァルドがどこか底の知れない笑みを浮かべる。
「正式な依頼を出せば、ポルトワールのオフィスにもそれが並ぶでしょう。それではちょっと、困るのです。お忍びですから」
「はあ……」
意図が掴み切れず、アンナは半端に頷き返した。
「差支えがなければ、ご用事をお伺いしても?」
「観光です」
彼は即答する。
「いち市民として、ポルトワールという街を散策してみたいと思いましてね。商工会会長、評議会議員、そんな肩書で視察をしても『上澄み』の整った部分を飲まされるばかりです。私はもっと、より皆さんが求めるような、等身大のあの街に興味があるのです」
まるで壮大な夢を語るかのように身振り手振りを交えて語る。
なるほど、彼が言いたいことはアンナにも確かに理解できた。
が、どうして今になって?
彼の崩れない笑顔の裏に、それこそ上澄みの下に、別の真意があるように思えて、思わずたじろいでしまう。
アンナはお茶に口をつけて一呼吸を押すと、彼の方へと向き直った。
「分かりました。そういうことでしたらお引き受けしましょう」
立場上、断る理由はない。
それに何かあったら力を貸すと言ったのはアンナだ。
そのうえでわざわざ掛けて貰った声を無視するほど、薄情なつもりもない。
「それは良かった。もちろん報酬は支払わせていただきます。流石にひとりきりは大変でしょうから、他にも人を呼んで構いません。なに、護衛と言っても肩ひじを張る必要はありませんよ。むしろ普段されているような、街での休日の過ごし方を見せていただきたいのです」
「ガイドができるほど詳しくはありませんが……」
「そこまで求めているつもりはありません。気になったところを、一緒に回らせていただければと思います」
連れて行ってくれと言いながら、行きたい場所はないのか。
アンナにとっては、ますます彼の真意が闇に紛れるばかり。
それでもまあ、依頼は依頼だ。
とりあえずオフィスで人を見繕おう――そんなことを考えながら、お菓子の最後の一口をお茶で流し込んだ。
リプレイ本文
●
午前中の港はコンテナを運ぶ人でごった返していた。
海鳥に誘われるようにして早朝の漁から帰った漁船や貨物船から運び下ろされる荷物で、普段よりも強い海の匂いが辺りに広がる。
「ま、ここに来なきゃポルトワールに来たとは言えねぇよな」
ちょっと散歩に来たような様子のジャック・エルギン(ka1522)はこの街の出身だ。
この辺り一帯は文字通り彼の庭と言ってもいいだろう。
「細かい案内や紹介はジャックに任せるよ。その方が僕らも観光気分で楽しめそうだ。ね、アンナさん」
「そうだな。私もポルトワールに関してはそこまで詳しいわけじゃない」
「おうよ、任しとけ」
頷き合うキヅカ・リク(ka0038)とアンナ=リーナ・エスト(kz0108)にジャックが力こぶを作って答える。
港にはいくつか小型の軍艦らしき姿が見える。
ここポルトワールは海軍のお膝元だ。
元陸軍だったアンナにとっては由縁のある場所であれ、馴染み深い場所ではない。
「そもそも、水辺はあまり得意じゃなくてな」
防波堤に打ち付けるさざ波を前に、アンナが苦い表情を浮かべる。
「水が苦手って感覚が俺らにとっちゃよくわかんねぇな。この辺のガキにとっちゃ海こそ庭で、海の男は憧れよ。気温が上がれば我先に水面に飛び込むってもんだ……っと、オウ久しいな! 元気か!」
知り合いの漁師を見つけたのか、挨拶程度に歩み寄っていくジャック。
その背中を、エヴァルド・ブラマンデ(kz0076)が笑みで見送る。
依頼主である彼は、地味なベージュのジャケットに身を包んでいた。
お忍びらしい恰好だが、よくよく見れば生地や仕立ての良さから高価な品であることが分かる。
「この飾らない感じがポルトワールのお顔ニャス。と言っても、それくらいはエヴァルドちゃんも知ってるニャスか?」
首をかしげるミア(ka7035)は、海の――というよりも魚の匂いだろうか――に反応してどことなくテンションが高い様子。
「知っていると体感するのとでは、また違った意味があるものですよ」
「じゃ、はやく飛び込んでみるニャスよ!」
グイグイと彼の手を引っ張って、ミアは積み上げられた魚のコンテナへと駆ける。
その勢いにエヴァルドは躓きそうになりながら連れ立った。
「これ、全部売り物になるのよね。いったいいくらくらいになるのかしら?」
アティ(ka2729)が頭の中でそろばんを叩く。
「例年に比べちゃ漁獲が少ない気がするな。それでも暮らしてくには十分なんじゃないか?」
「加工工場へ送られているものもありますから、水揚げ自体はもっとあるでしょうね」
「お詳しいんですね?」
「私も海で身を立てたものですからね」
成功者だからこその自信に満ちた表情で返すエヴァルドの腕を、横からミアが強く引いた。
「あー! あっちで浜焼き売ってるニャス!」
「あっ、ミアさん。ここで食べ過ぎたらお昼入らなくなっちゃいますよ」
そのの背中をアティは困った様子で追いかける。
年は彼女の方が低いのに、立ち振る舞いは逆にお姉さんみたいに見えるから不思議だ。
簡素な焚火窯の網の上で貝がジュウジュウと音を立てている。
調味料の類はかけないらしい。
食べ放題小屋ってわけじゃないのだ。
ちょっと摘まむくらいならそのままで十分だと、焼き場の親父が潮風に焼けた声で笑う。
昼食のこともあるので大ぶりの二枚貝を2つほど買って、身をそれぞれひと口サイズに切り分けて貰う。
貝の皿をみんなで回して摘まむと、程よいしょっぱさの後にとろっとした甘みが口の中に広がった。
●
ひとしきり港の活気を堪能して、一行の足は海辺の街並みへと向く。
オーシャンビューのこの辺りは飲食店にとって好条件の立地だ。
美食の街ポルトワール、その真髄が通り一帯でしのぎを削る。
「あまり外食ってしないものだから、お店選びはお任せするわ」
「任せろって。どんな店がいいだろうな。せっかく港見て来たんだから、もっと海鮮堪能できたほうがいいか?」
「どうせならトラットリアが良いな。名店じゃなくてもいいから、街の人が通うようなところで」
ジャックを先頭にワイワイと通りを歩く。
お昼にはちょっと早いくらいの時間なら、どのお店でも飛び込みで入れるだろう。
「おじさん、その串焼き一本ちょうだいニャス」
「はいよ! 嬢ちゃん可愛いから、でかいとこくれてやるよ!」
持ってけコノヤローと差し出された肉と野菜の串焼きをミアが嬉しそうに頬張る。
甘辛いタレの香りが食欲をそそる中で、ジャックが難しい顔で腕を組んだ。
「やるな……何も言わずにサービスさせるとは」
「あれはサービスって言えるのかしら……?」
「ええい、ちょっと待ってろ!」
苦笑するアティらを置いて、ジャックは別の露店へと飛び込む。
彼は店員のお姉さんとなにやら壮絶な問答を繰り広げていた。
美人のいる店に行ったところにちょっと心の贅肉を感じる。
「あそこにいる人数分買うからよ。港の女の気前イイとこ見てえなあ――お、いいの? よし、ノッた!」
ジャックは手を打ってお金を手渡すと、焼き魚6本を戦果に凱旋する。
自慢げに配ってくれた塩焼きはプリプリと歯ごたえのある身で、普段家庭で食べる干物なんかとは比べ物にならないほどおいしい。
美味しい、が――
「これ食べたら……あんまりお昼入らないかもしれないわね」
お腹をさすりさすり口にしたアティにジャックははっとして、バツが悪そうに頬を掻いた。
「いやまぁ……メシの肴一品分だと思うことにして、な?」
「一品分って、どれだけ食べるつもりなんだ……?」
「そこは男手3人に任せろって! どうせならいろんなの摘まみたいだろ?」
「えっ、それ僕も数に入ってるの?」
がっしり肩を組まれて困惑するリクを尻目に、ジャックはぐっと親指を立てる。
やがて彼のおすすめのお店でテーブルを囲んで、あれをこれをと注文を取る。
あまり馴染みのない料理名も多いが、そこはジャックやミア、アンナ、エヴァルドと知識のある人間が多いので苦ではなかった。
とてもじゃないが高価ではない、盛り付けも並の皿。
エヴァルドはワイン煮の魚のぶつ切りを味わうように咀嚼する。
「良い材料で良いものを作る、という点において味の天井はありません。ですが限られた水準のもので良いものを作る、というのはそれ以上の腕を必要とするものですね」
「やっぱり、分かってくれますか。それにしても、この値段でこのレベルのものが食べられるならショートブレッドで済ますより良いのかな……?」
リクのその言葉に、不意にアティが目の色を変える。
「自分で作ってとは言わないけれど、ちゃんとしたもの食べないとダメよ。食事という言葉は『栄養を取る』って意味じゃないんだから」
「うーん、耳に痛いね」
「気持ちは分かるが、私もアティに賛成だ」
「アンナさんは食事どうしてるの?」
「私は外食派。自分では大したものを作れないのは分かっているから――」
アンナの答えの最後の方は、やや意気消沈地味に聞き取りにくいものだった。
「最近どう?」
尋ねるリクに、アンナは口元をナプキンで拭う。
「ハンターとしての生活ならだいぶ板についてきたとは思う」
「なら良かった。せっかくだから、色んなモノを見て触れて欲しいって思ってたから」
リクは一呼吸置くように料理を口に含む。
「こうしてこの街で安心してご飯が食べられる。それもまたひとつ。命をかけた甲斐があったってもんだよ」
「そういうのは自分で言わない方が格好つくんじゃないのか」
「アンナさんって、日本人より思考が謙虚だよね」
言葉の意味を測り兼ねて首をかしげたアンナへ、リクははにかんだ笑顔を浮かべた。
「すみません。あまりお役に立てず……」
「いえいえ。任された以上は全うしましょう」
エヴァルドにお礼を述べて、食後のお茶にシフトするアティ。
彼の横では言い出しっぺのジャックが死力を尽くして大皿にがっついている。
「ミアもまだまだイケるニャス♪」
ガツガツ、とまでは言わないが両手に華――もといフォークで次々料理を平らげるミア。
アティからすれば見ているだけでもお腹いっぱいだ。
「でも、こういう無計画な感じって好きなんです。街を歩くたびに新しい発見があって」
「そういった感覚は羨ましく思います。私も、本来はそうあるべきなのかもしれません」
アティの言葉に耳を傾けたエヴァルドが、その手をはたと止める。
「見知った街でも、意外と知らないお店や路地が沢山あるもの。目的を持って歩いてたら、どうしても馴染みのところにしか行かなくなってしまうから。その時その時の出会いを、神に感謝して」
「私は逆に、目的に沿ってスケジュールに組まれた生活を送ることが多いですね」
「そんなにギチギチなんですか?」
「商売のことを考えれば、忙しさ冥利に尽きるというものです」
「それって、息苦しくならないニャスか? 心のどこにも隙間がなくって」
いつの間にかミアもその手を止めて2人の会話に耳を傾けていた。
エヴァルドはちょっと考えてから、ため息交じりにうっすらと笑う。
「隙間がある方が不安に感じてしまうのかもしれません。そこからきっと焦りが湧いてくる。昔から、そういう性分なのです。たまの休みなんて、時間の使い方が分からないものですよ」
詰め込まれているからこそ保たれる形がある。
ぬいぐるみのようなものかもしれませんと、彼は言い含めた。
●
食事を終えて小休止(お腹の)の後、最後の観光箇所として選んだのは点在する蚤の市だった。
シートを広げただけの簡素な露店に並ぶ中古市場。
人によっては抵抗があるかもしれないが、この街では日常の光景だ。
これまで同様、さっそく飛び込んでいくミアを慣れた様子で温かく見送って、面々はゆっくり後を追いながら見て回る。
「こういうところってあんまり来ないから、私も楽しみにしていたの」
アティが軽快な足取りで露店の合間をふらりと歩く。
「旦那にとっても、あんまり馴染みがないもんじゃないか?」
「そうですね。ヴァリオスにいては、ほぼ手にする機会がないものです。この食器なんか、まだ新品のようじゃないですか」
エヴァルドが店先にあった平皿を取って、日にかざすように回し見る。
「ヴァリオスの貴族の払い下げのようなものではないかな」
アンナの推察に、店主は同意するように頷いて皿を手に入れた経緯を嬉々として語ってくれた。
奇縁が巡り巡ってという、冒険譚じみたやや……いやかなり尾ひれのついているだろう内容だったが、その力説っぷりは劇場の役者にも引けを取らない。
「その陶芸家さんは有名なんですか?」
店主の語りの中で何度か出て来た名前をアティが呟くと、エヴァルドが感心したように頷く。
「ええ。おそらく新品であれば今日の費用などゆうに超える品でしょう。これも決して安いとは言えませんが、誰もが少し背伸びすれば届く値段というのは驚きです」
「そんなに……うう、確かに素敵なお皿だけどお財布には厳しいかしら。でも今日という出会いは今日しかないし……」
美しい白磁の皿を前に、アティの視線は財布と商品とを右往左往する。
その葛藤もまた買い物の醍醐味だろう。
そんな彼らの隣にしゃがんで、リクはよく分からない土器みたいなデザインのツボを眺る。
「もちろん商品価値こそあるでしょうけど、確実に売れると思って並んでるわけじゃないと思います。今日売れなかったものが明日人気商品になっているかもしれない。逆もまたしかり」
「そうして古いものから新しい流行が生まれたり、昔の流行が再燃することもあるんだぜ」
「なるほど……新しいものに関してはヴァリオスは引けを取らないと思います。しかし、それを支えているのは、こういった中古市場の存在なのかもしれませんね」
消費する人間がいるからこそ経済は回る。
だが巡り巡っていくうちに、本来とは別の価値がついていくこともある。
蚤の市は経済の末端であるかもしれないが、昇りつめた山頂でもあるのかもしれない。
「それに職人からしちゃ、まだまだ使えるってこと自体が価値だしな」
そう、ジャックが誇るように言い添えた。
「うーん、ミアはあんまり古いとか新しいとかってこだわりはないニャスね」
隣の露店を物色していたミアは、古い反物をほっかむって遊んでいた。
「今そこにあるものに古いも新しいもないかニャって。でも古いものの良さが新しいものに引き継がれていったりとかは、考えたら素敵ニャス」
彼女が手にしているのはヴァリオスでは何シーズンか前に流行った柄だ。
流石にそのものはもう流行遅れと見なされるが、派生デザインはまだまだ現役で界隈を賑やかせている。
「でも、いつかはどうしても古いものになっちゃうんニャスよね……この感情も――」
自問するようにそこまで口にして、ふるふると考えを捨てるように頭を振る。
それから、エヴァルドの事を見上げて言った。
「ねぇねぇ、エヴァルドちゃん。ミア、髪を結ぶリボンが欲しかったんニャスけど、どれがいいと思うニャス?」
「そうですね……ミアさんは温かい春色の髪をしていますから、生命力を感じる色合いが似合うのではないでしょうか? 新芽のような緑、もしくは大海原のような青か――」
実際に髪に当てながら、候補の色を吟味する。
ミアは猫がそうするように、こそばゆそうに目を細めてみせた。
●
視察という名の観光を終えて、帰りの馬車がひっそりと街道を駆ける。
一日中歩き回って流石に疲れたのか、穏やかな時間がそこにあった。
「転移門――というのはどの程度の時間で移動できるものなのですか?」
ふと、エヴァルドがそんなことを口にする。
向かいに座ったアティが、うーんと虚空を見上げる。
「多少のタイムラグはありますが、ほぼ一瞬と言っていいでしょうか」
「なるほど」
頷き返し、再び静けさが訪れる。
覗き窓の外から交代で御者を務めているジャックが視線だけ振り返った。
「興味あんのか? ……つっても、非覚醒者じゃマテリアル不足でぶっ倒れるらしいな。まあ、だからこれなんだろうが」
「そうですね。時間という制約の中で、私たちにとってはこれが最大限です」
「ミアはこういうのんびりしたのも好きニャスよ」
「最近は特に激戦続きだしね。依頼とはいえ、息抜きができるのはありがたい……って、別に手を抜いてるわけじゃないですよ?」
要らんことを言った気がして慌てて取り繕ったリクに、エヴァルドは気にしないでくださいと苦笑を返す。
「私もゆっくりできることはそう多くないので、この時間は貴重だと感じます。ですが――」
エヴァルドはゆったりと流れていく車窓の景色に目を移した。
「それでもやはり、この道のりは遠いものですね」
そう語る彼の目は、景色でないもっと別の何かを見ているようだった。
午前中の港はコンテナを運ぶ人でごった返していた。
海鳥に誘われるようにして早朝の漁から帰った漁船や貨物船から運び下ろされる荷物で、普段よりも強い海の匂いが辺りに広がる。
「ま、ここに来なきゃポルトワールに来たとは言えねぇよな」
ちょっと散歩に来たような様子のジャック・エルギン(ka1522)はこの街の出身だ。
この辺り一帯は文字通り彼の庭と言ってもいいだろう。
「細かい案内や紹介はジャックに任せるよ。その方が僕らも観光気分で楽しめそうだ。ね、アンナさん」
「そうだな。私もポルトワールに関してはそこまで詳しいわけじゃない」
「おうよ、任しとけ」
頷き合うキヅカ・リク(ka0038)とアンナ=リーナ・エスト(kz0108)にジャックが力こぶを作って答える。
港にはいくつか小型の軍艦らしき姿が見える。
ここポルトワールは海軍のお膝元だ。
元陸軍だったアンナにとっては由縁のある場所であれ、馴染み深い場所ではない。
「そもそも、水辺はあまり得意じゃなくてな」
防波堤に打ち付けるさざ波を前に、アンナが苦い表情を浮かべる。
「水が苦手って感覚が俺らにとっちゃよくわかんねぇな。この辺のガキにとっちゃ海こそ庭で、海の男は憧れよ。気温が上がれば我先に水面に飛び込むってもんだ……っと、オウ久しいな! 元気か!」
知り合いの漁師を見つけたのか、挨拶程度に歩み寄っていくジャック。
その背中を、エヴァルド・ブラマンデ(kz0076)が笑みで見送る。
依頼主である彼は、地味なベージュのジャケットに身を包んでいた。
お忍びらしい恰好だが、よくよく見れば生地や仕立ての良さから高価な品であることが分かる。
「この飾らない感じがポルトワールのお顔ニャス。と言っても、それくらいはエヴァルドちゃんも知ってるニャスか?」
首をかしげるミア(ka7035)は、海の――というよりも魚の匂いだろうか――に反応してどことなくテンションが高い様子。
「知っていると体感するのとでは、また違った意味があるものですよ」
「じゃ、はやく飛び込んでみるニャスよ!」
グイグイと彼の手を引っ張って、ミアは積み上げられた魚のコンテナへと駆ける。
その勢いにエヴァルドは躓きそうになりながら連れ立った。
「これ、全部売り物になるのよね。いったいいくらくらいになるのかしら?」
アティ(ka2729)が頭の中でそろばんを叩く。
「例年に比べちゃ漁獲が少ない気がするな。それでも暮らしてくには十分なんじゃないか?」
「加工工場へ送られているものもありますから、水揚げ自体はもっとあるでしょうね」
「お詳しいんですね?」
「私も海で身を立てたものですからね」
成功者だからこその自信に満ちた表情で返すエヴァルドの腕を、横からミアが強く引いた。
「あー! あっちで浜焼き売ってるニャス!」
「あっ、ミアさん。ここで食べ過ぎたらお昼入らなくなっちゃいますよ」
そのの背中をアティは困った様子で追いかける。
年は彼女の方が低いのに、立ち振る舞いは逆にお姉さんみたいに見えるから不思議だ。
簡素な焚火窯の網の上で貝がジュウジュウと音を立てている。
調味料の類はかけないらしい。
食べ放題小屋ってわけじゃないのだ。
ちょっと摘まむくらいならそのままで十分だと、焼き場の親父が潮風に焼けた声で笑う。
昼食のこともあるので大ぶりの二枚貝を2つほど買って、身をそれぞれひと口サイズに切り分けて貰う。
貝の皿をみんなで回して摘まむと、程よいしょっぱさの後にとろっとした甘みが口の中に広がった。
●
ひとしきり港の活気を堪能して、一行の足は海辺の街並みへと向く。
オーシャンビューのこの辺りは飲食店にとって好条件の立地だ。
美食の街ポルトワール、その真髄が通り一帯でしのぎを削る。
「あまり外食ってしないものだから、お店選びはお任せするわ」
「任せろって。どんな店がいいだろうな。せっかく港見て来たんだから、もっと海鮮堪能できたほうがいいか?」
「どうせならトラットリアが良いな。名店じゃなくてもいいから、街の人が通うようなところで」
ジャックを先頭にワイワイと通りを歩く。
お昼にはちょっと早いくらいの時間なら、どのお店でも飛び込みで入れるだろう。
「おじさん、その串焼き一本ちょうだいニャス」
「はいよ! 嬢ちゃん可愛いから、でかいとこくれてやるよ!」
持ってけコノヤローと差し出された肉と野菜の串焼きをミアが嬉しそうに頬張る。
甘辛いタレの香りが食欲をそそる中で、ジャックが難しい顔で腕を組んだ。
「やるな……何も言わずにサービスさせるとは」
「あれはサービスって言えるのかしら……?」
「ええい、ちょっと待ってろ!」
苦笑するアティらを置いて、ジャックは別の露店へと飛び込む。
彼は店員のお姉さんとなにやら壮絶な問答を繰り広げていた。
美人のいる店に行ったところにちょっと心の贅肉を感じる。
「あそこにいる人数分買うからよ。港の女の気前イイとこ見てえなあ――お、いいの? よし、ノッた!」
ジャックは手を打ってお金を手渡すと、焼き魚6本を戦果に凱旋する。
自慢げに配ってくれた塩焼きはプリプリと歯ごたえのある身で、普段家庭で食べる干物なんかとは比べ物にならないほどおいしい。
美味しい、が――
「これ食べたら……あんまりお昼入らないかもしれないわね」
お腹をさすりさすり口にしたアティにジャックははっとして、バツが悪そうに頬を掻いた。
「いやまぁ……メシの肴一品分だと思うことにして、な?」
「一品分って、どれだけ食べるつもりなんだ……?」
「そこは男手3人に任せろって! どうせならいろんなの摘まみたいだろ?」
「えっ、それ僕も数に入ってるの?」
がっしり肩を組まれて困惑するリクを尻目に、ジャックはぐっと親指を立てる。
やがて彼のおすすめのお店でテーブルを囲んで、あれをこれをと注文を取る。
あまり馴染みのない料理名も多いが、そこはジャックやミア、アンナ、エヴァルドと知識のある人間が多いので苦ではなかった。
とてもじゃないが高価ではない、盛り付けも並の皿。
エヴァルドはワイン煮の魚のぶつ切りを味わうように咀嚼する。
「良い材料で良いものを作る、という点において味の天井はありません。ですが限られた水準のもので良いものを作る、というのはそれ以上の腕を必要とするものですね」
「やっぱり、分かってくれますか。それにしても、この値段でこのレベルのものが食べられるならショートブレッドで済ますより良いのかな……?」
リクのその言葉に、不意にアティが目の色を変える。
「自分で作ってとは言わないけれど、ちゃんとしたもの食べないとダメよ。食事という言葉は『栄養を取る』って意味じゃないんだから」
「うーん、耳に痛いね」
「気持ちは分かるが、私もアティに賛成だ」
「アンナさんは食事どうしてるの?」
「私は外食派。自分では大したものを作れないのは分かっているから――」
アンナの答えの最後の方は、やや意気消沈地味に聞き取りにくいものだった。
「最近どう?」
尋ねるリクに、アンナは口元をナプキンで拭う。
「ハンターとしての生活ならだいぶ板についてきたとは思う」
「なら良かった。せっかくだから、色んなモノを見て触れて欲しいって思ってたから」
リクは一呼吸置くように料理を口に含む。
「こうしてこの街で安心してご飯が食べられる。それもまたひとつ。命をかけた甲斐があったってもんだよ」
「そういうのは自分で言わない方が格好つくんじゃないのか」
「アンナさんって、日本人より思考が謙虚だよね」
言葉の意味を測り兼ねて首をかしげたアンナへ、リクははにかんだ笑顔を浮かべた。
「すみません。あまりお役に立てず……」
「いえいえ。任された以上は全うしましょう」
エヴァルドにお礼を述べて、食後のお茶にシフトするアティ。
彼の横では言い出しっぺのジャックが死力を尽くして大皿にがっついている。
「ミアもまだまだイケるニャス♪」
ガツガツ、とまでは言わないが両手に華――もといフォークで次々料理を平らげるミア。
アティからすれば見ているだけでもお腹いっぱいだ。
「でも、こういう無計画な感じって好きなんです。街を歩くたびに新しい発見があって」
「そういった感覚は羨ましく思います。私も、本来はそうあるべきなのかもしれません」
アティの言葉に耳を傾けたエヴァルドが、その手をはたと止める。
「見知った街でも、意外と知らないお店や路地が沢山あるもの。目的を持って歩いてたら、どうしても馴染みのところにしか行かなくなってしまうから。その時その時の出会いを、神に感謝して」
「私は逆に、目的に沿ってスケジュールに組まれた生活を送ることが多いですね」
「そんなにギチギチなんですか?」
「商売のことを考えれば、忙しさ冥利に尽きるというものです」
「それって、息苦しくならないニャスか? 心のどこにも隙間がなくって」
いつの間にかミアもその手を止めて2人の会話に耳を傾けていた。
エヴァルドはちょっと考えてから、ため息交じりにうっすらと笑う。
「隙間がある方が不安に感じてしまうのかもしれません。そこからきっと焦りが湧いてくる。昔から、そういう性分なのです。たまの休みなんて、時間の使い方が分からないものですよ」
詰め込まれているからこそ保たれる形がある。
ぬいぐるみのようなものかもしれませんと、彼は言い含めた。
●
食事を終えて小休止(お腹の)の後、最後の観光箇所として選んだのは点在する蚤の市だった。
シートを広げただけの簡素な露店に並ぶ中古市場。
人によっては抵抗があるかもしれないが、この街では日常の光景だ。
これまで同様、さっそく飛び込んでいくミアを慣れた様子で温かく見送って、面々はゆっくり後を追いながら見て回る。
「こういうところってあんまり来ないから、私も楽しみにしていたの」
アティが軽快な足取りで露店の合間をふらりと歩く。
「旦那にとっても、あんまり馴染みがないもんじゃないか?」
「そうですね。ヴァリオスにいては、ほぼ手にする機会がないものです。この食器なんか、まだ新品のようじゃないですか」
エヴァルドが店先にあった平皿を取って、日にかざすように回し見る。
「ヴァリオスの貴族の払い下げのようなものではないかな」
アンナの推察に、店主は同意するように頷いて皿を手に入れた経緯を嬉々として語ってくれた。
奇縁が巡り巡ってという、冒険譚じみたやや……いやかなり尾ひれのついているだろう内容だったが、その力説っぷりは劇場の役者にも引けを取らない。
「その陶芸家さんは有名なんですか?」
店主の語りの中で何度か出て来た名前をアティが呟くと、エヴァルドが感心したように頷く。
「ええ。おそらく新品であれば今日の費用などゆうに超える品でしょう。これも決して安いとは言えませんが、誰もが少し背伸びすれば届く値段というのは驚きです」
「そんなに……うう、確かに素敵なお皿だけどお財布には厳しいかしら。でも今日という出会いは今日しかないし……」
美しい白磁の皿を前に、アティの視線は財布と商品とを右往左往する。
その葛藤もまた買い物の醍醐味だろう。
そんな彼らの隣にしゃがんで、リクはよく分からない土器みたいなデザインのツボを眺る。
「もちろん商品価値こそあるでしょうけど、確実に売れると思って並んでるわけじゃないと思います。今日売れなかったものが明日人気商品になっているかもしれない。逆もまたしかり」
「そうして古いものから新しい流行が生まれたり、昔の流行が再燃することもあるんだぜ」
「なるほど……新しいものに関してはヴァリオスは引けを取らないと思います。しかし、それを支えているのは、こういった中古市場の存在なのかもしれませんね」
消費する人間がいるからこそ経済は回る。
だが巡り巡っていくうちに、本来とは別の価値がついていくこともある。
蚤の市は経済の末端であるかもしれないが、昇りつめた山頂でもあるのかもしれない。
「それに職人からしちゃ、まだまだ使えるってこと自体が価値だしな」
そう、ジャックが誇るように言い添えた。
「うーん、ミアはあんまり古いとか新しいとかってこだわりはないニャスね」
隣の露店を物色していたミアは、古い反物をほっかむって遊んでいた。
「今そこにあるものに古いも新しいもないかニャって。でも古いものの良さが新しいものに引き継がれていったりとかは、考えたら素敵ニャス」
彼女が手にしているのはヴァリオスでは何シーズンか前に流行った柄だ。
流石にそのものはもう流行遅れと見なされるが、派生デザインはまだまだ現役で界隈を賑やかせている。
「でも、いつかはどうしても古いものになっちゃうんニャスよね……この感情も――」
自問するようにそこまで口にして、ふるふると考えを捨てるように頭を振る。
それから、エヴァルドの事を見上げて言った。
「ねぇねぇ、エヴァルドちゃん。ミア、髪を結ぶリボンが欲しかったんニャスけど、どれがいいと思うニャス?」
「そうですね……ミアさんは温かい春色の髪をしていますから、生命力を感じる色合いが似合うのではないでしょうか? 新芽のような緑、もしくは大海原のような青か――」
実際に髪に当てながら、候補の色を吟味する。
ミアは猫がそうするように、こそばゆそうに目を細めてみせた。
●
視察という名の観光を終えて、帰りの馬車がひっそりと街道を駆ける。
一日中歩き回って流石に疲れたのか、穏やかな時間がそこにあった。
「転移門――というのはどの程度の時間で移動できるものなのですか?」
ふと、エヴァルドがそんなことを口にする。
向かいに座ったアティが、うーんと虚空を見上げる。
「多少のタイムラグはありますが、ほぼ一瞬と言っていいでしょうか」
「なるほど」
頷き返し、再び静けさが訪れる。
覗き窓の外から交代で御者を務めているジャックが視線だけ振り返った。
「興味あんのか? ……つっても、非覚醒者じゃマテリアル不足でぶっ倒れるらしいな。まあ、だからこれなんだろうが」
「そうですね。時間という制約の中で、私たちにとってはこれが最大限です」
「ミアはこういうのんびりしたのも好きニャスよ」
「最近は特に激戦続きだしね。依頼とはいえ、息抜きができるのはありがたい……って、別に手を抜いてるわけじゃないですよ?」
要らんことを言った気がして慌てて取り繕ったリクに、エヴァルドは気にしないでくださいと苦笑を返す。
「私もゆっくりできることはそう多くないので、この時間は貴重だと感じます。ですが――」
エヴァルドはゆったりと流れていく車窓の景色に目を移した。
「それでもやはり、この道のりは遠いものですね」
そう語る彼の目は、景色でないもっと別の何かを見ているようだった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/04/22 23:08:23 |
|
![]() |
お忍び散歩【相談卓】 ミア(ka7035) 鬼|22才|女性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2019/04/26 21:23:57 |