ゲスト
(ka0000)
血脈なき絆
マスター:有坂参八

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~6人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/01/22 19:00
- 完成日
- 2015/01/30 06:39
みんなの思い出
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オープニング
●
歪虚ハイルタイの襲撃によって、有力部族オイマトの戦士達が多数戦死した事件は、辺境の部族たちに少なからぬ動揺を与えた。
余所者の帝国軍は兎も角として、同時に捜索を行ったスコール族さえもオイマト族を救えなかった。
その事実に、辺境の諸部族は今……心の拠り所を失いつつあった。
事件から数日後のある日、スコール族族長ファリフ・スコール(kz0009)はマギア砦の中庭で一人、物思いにふけっていた。
族長という肩書きからみればあまりに幼く無垢なこの少女にとって、こんなことはまれである。
だが、オイマト族の救出に失敗した日から、ファリフはずっと、この中庭で過ごしていた。
「『弱い獣が吼えるだけでは、縄張を守れない……』」
ファリフは小さな声で、呪文のように呟く。
オイマト族の戦士が大勢死んだあの日、ファリフは無力だった。
オイマトを救うため、あるいは、部族の誇りを守るために、先陣を切って戦っているつもりだった。
けれど実際は違う。事を成しているのは、オイマト族であり、手を貸してくれるハンター達であり、あるいは部族に帰順を迫る帝国軍であった。
知識も知恵も力もなく、ただ部族を守りたいと声高に叫ぶ……それは、そう、まさに子供の様な姿。
その残酷な事実を、ファリフはつきつけられた。
「……っ」
何度もこぼれそうになる涙を、ファリフは零すことなく堪えた。
勇敢なる戦士達を統べる者にとって、それは、許されない醜態だから。
――がさ
「……誰!?」
不意に背後の茂みが蠢き、ファリフは振り返った。
すぐに茂みの中から、小柄な背の丸い人影があらわれる。
「ふにゃぁ~。気づかれましたにゃ~」
現れたのは、辺境部族風の服をまとった、ファリフと同年代の少女。
だが、ただ事ではない。少女は傷だらけで、あちこち流血していた。
「テト?」
「おひさしぶりですにゃぁ、ファリフ」
その少女を、ファリフは知っていた。決して、近しい間柄でなかったが。
「その怪我、どうしたの」ファリフが問う。
「にゃにゃにゃ……順番に説明しにゃーなりませんにゃ」
対面する猫背の少女は、憔悴しきった表情でなお、精一杯に言葉を紡ぎだしていた。
「スコールの長殿。本日はお師匠様……蛇の戦士シバ(kz0048)の託により、お力添えを請いに参りましたにゃ」
「シバ……さん、が」
シバ。辺境に長年生きた戦士でありながら真っ先に帝国軍に降り、裏切り者の謗りを受けた男。
その名前を聞き、ファリフはほんの少し、背筋を伸ばした。
●
テトの語った内容はこうだ。
オイマト族捜索の際に帝国側への背信行為を行ったとして、シバは辺境帝国軍の審問隊ベヨネッテ・シュナイダーの監視を受ける様になった。
シバが辺境でも指折りの知識と情報力を持ち、帝国軍がそれを必要とする以上、帝国がシバを処断することは今の所ありえない。
だが、その行動が制限されてしまったのが、問題となった。
歪虚との戦いにあって、シバの報せはいつでも、並ぶ物がないほど程に早く、正確だった。
その理由こそは、彼と繋がる仲間。
テトは詳細を語らなかったものの、シバは自分と同じ、戦いで部族や故郷を失った戦士を集め、しかし戦いではなく諜報活動に従事する組織を作っていたらしい。
『部族なき部族』と自らを呼ぶその組織が情報収集活動に専念し、そこから情報を得たシバは自らの所属する山岳猟団を誘導、歪虚を撃退していたのだ。
本題は、ここからだ。
その『部族なき部族』の戦士が、歪虚の領域……マギア砦北東、黒き沼の森に取り残された。
近頃の騒動で動きを活発化させた歪虚を偵察する為に、テトを含む三人で敵地の奥深くに入った際、歪虚に察知されてしまった。
二人の戦士が囮となり、テトだけを包囲から抜け出させたが、その二人は今も敵に逃げ道を塞がれ、孤立したままだという。
●
「私達を襲ったのは、像みたいにでっかい真っ黒なイノシシの歪虚。心当たりはございませんかにゃ」
「たぶん、だけど……『黒槌グロボル』。大昔に森の北、紫の山脈より出でて、赤き大地の戦士を何人も殺した歪虚だ」
「さすが悠久の血脈スコールの長! 博識でございますにゃ」
「……おだてなくって、いいよ」
不意に無邪気に言い放ったテトに、ファリフは苦笑した。
「本来はシバ様に報告して知恵を仰ぐ所ですが、今のシバ様は虫篭に入ったバッタ状態ですにゃ。いま部族と接触してるのがばれたら、審問隊が何するか判らんですにゃ」
「それで、僕に……?」
ファリフの問いに、テトは頷く。
「それが、シバ様の託ですにゃ。窮して策失わば、スコールとオイマト、いずれかの長を頼れと」
その言葉にファリフは、にわかに信じられないといった風に、目を丸くした。
オイマト族は先の戦いで大打撃を受け、長のバタルトゥも部族の立て直しに奔走している。
とすれば……
「何よりも、黒き沼の森は、歪虚の手に陥ちるその前はスコール族の土地でしたにゃ。土地の事を知っていて、道理も通るってんなら、ファリフに頼むのが『べすと』ですにゃ」
「で、でも……」
ファリフは、言葉を淀ませ、肩を落とした。
いまや辺境を取り巻く情勢は、茨のごとく複雑に絡み始めている。
いかにその資質を見出されたといえ、幼い一人の少女がすべてを見通し、正しい判断を行うには、あまりにも……
「……シバ様が帝国軍に降った事、まだお恨みですかにゃ。これが、部族に服従を迫る帝国への助けになってしまうと。あるいは、オイマト族を救えにゃんだ、自分自身の力を疑っているとか」
「……っ」
猫背の少女の、金色の瞳が、ファリフをじっと見つめた。
「これ以上は私も申しませんにゃぁ。お願いは唯ひとつ……仲間を、助けて頂きたく」
それから、深く、頭を下げた。
ファリフは、黙ったままだ。
「これから、ハンターズソサエティにも助けを求めますにゃ。手伝ってくれるハンター達と戻ってきた時に、もう一度、答えをお伺いしますにゃぁ」
それっきりテトは姿を消し、その場にはファリフだけが取り残された。
テトが立っていた場所には、彼女の体から流れ落ちた血が、大地に赤い染みを作っていた。
ファリフはじっと立ち尽くし……その赤い染みを見つめ続けた。
歪虚ハイルタイの襲撃によって、有力部族オイマトの戦士達が多数戦死した事件は、辺境の部族たちに少なからぬ動揺を与えた。
余所者の帝国軍は兎も角として、同時に捜索を行ったスコール族さえもオイマト族を救えなかった。
その事実に、辺境の諸部族は今……心の拠り所を失いつつあった。
事件から数日後のある日、スコール族族長ファリフ・スコール(kz0009)はマギア砦の中庭で一人、物思いにふけっていた。
族長という肩書きからみればあまりに幼く無垢なこの少女にとって、こんなことはまれである。
だが、オイマト族の救出に失敗した日から、ファリフはずっと、この中庭で過ごしていた。
「『弱い獣が吼えるだけでは、縄張を守れない……』」
ファリフは小さな声で、呪文のように呟く。
オイマト族の戦士が大勢死んだあの日、ファリフは無力だった。
オイマトを救うため、あるいは、部族の誇りを守るために、先陣を切って戦っているつもりだった。
けれど実際は違う。事を成しているのは、オイマト族であり、手を貸してくれるハンター達であり、あるいは部族に帰順を迫る帝国軍であった。
知識も知恵も力もなく、ただ部族を守りたいと声高に叫ぶ……それは、そう、まさに子供の様な姿。
その残酷な事実を、ファリフはつきつけられた。
「……っ」
何度もこぼれそうになる涙を、ファリフは零すことなく堪えた。
勇敢なる戦士達を統べる者にとって、それは、許されない醜態だから。
――がさ
「……誰!?」
不意に背後の茂みが蠢き、ファリフは振り返った。
すぐに茂みの中から、小柄な背の丸い人影があらわれる。
「ふにゃぁ~。気づかれましたにゃ~」
現れたのは、辺境部族風の服をまとった、ファリフと同年代の少女。
だが、ただ事ではない。少女は傷だらけで、あちこち流血していた。
「テト?」
「おひさしぶりですにゃぁ、ファリフ」
その少女を、ファリフは知っていた。決して、近しい間柄でなかったが。
「その怪我、どうしたの」ファリフが問う。
「にゃにゃにゃ……順番に説明しにゃーなりませんにゃ」
対面する猫背の少女は、憔悴しきった表情でなお、精一杯に言葉を紡ぎだしていた。
「スコールの長殿。本日はお師匠様……蛇の戦士シバ(kz0048)の託により、お力添えを請いに参りましたにゃ」
「シバ……さん、が」
シバ。辺境に長年生きた戦士でありながら真っ先に帝国軍に降り、裏切り者の謗りを受けた男。
その名前を聞き、ファリフはほんの少し、背筋を伸ばした。
●
テトの語った内容はこうだ。
オイマト族捜索の際に帝国側への背信行為を行ったとして、シバは辺境帝国軍の審問隊ベヨネッテ・シュナイダーの監視を受ける様になった。
シバが辺境でも指折りの知識と情報力を持ち、帝国軍がそれを必要とする以上、帝国がシバを処断することは今の所ありえない。
だが、その行動が制限されてしまったのが、問題となった。
歪虚との戦いにあって、シバの報せはいつでも、並ぶ物がないほど程に早く、正確だった。
その理由こそは、彼と繋がる仲間。
テトは詳細を語らなかったものの、シバは自分と同じ、戦いで部族や故郷を失った戦士を集め、しかし戦いではなく諜報活動に従事する組織を作っていたらしい。
『部族なき部族』と自らを呼ぶその組織が情報収集活動に専念し、そこから情報を得たシバは自らの所属する山岳猟団を誘導、歪虚を撃退していたのだ。
本題は、ここからだ。
その『部族なき部族』の戦士が、歪虚の領域……マギア砦北東、黒き沼の森に取り残された。
近頃の騒動で動きを活発化させた歪虚を偵察する為に、テトを含む三人で敵地の奥深くに入った際、歪虚に察知されてしまった。
二人の戦士が囮となり、テトだけを包囲から抜け出させたが、その二人は今も敵に逃げ道を塞がれ、孤立したままだという。
●
「私達を襲ったのは、像みたいにでっかい真っ黒なイノシシの歪虚。心当たりはございませんかにゃ」
「たぶん、だけど……『黒槌グロボル』。大昔に森の北、紫の山脈より出でて、赤き大地の戦士を何人も殺した歪虚だ」
「さすが悠久の血脈スコールの長! 博識でございますにゃ」
「……おだてなくって、いいよ」
不意に無邪気に言い放ったテトに、ファリフは苦笑した。
「本来はシバ様に報告して知恵を仰ぐ所ですが、今のシバ様は虫篭に入ったバッタ状態ですにゃ。いま部族と接触してるのがばれたら、審問隊が何するか判らんですにゃ」
「それで、僕に……?」
ファリフの問いに、テトは頷く。
「それが、シバ様の託ですにゃ。窮して策失わば、スコールとオイマト、いずれかの長を頼れと」
その言葉にファリフは、にわかに信じられないといった風に、目を丸くした。
オイマト族は先の戦いで大打撃を受け、長のバタルトゥも部族の立て直しに奔走している。
とすれば……
「何よりも、黒き沼の森は、歪虚の手に陥ちるその前はスコール族の土地でしたにゃ。土地の事を知っていて、道理も通るってんなら、ファリフに頼むのが『べすと』ですにゃ」
「で、でも……」
ファリフは、言葉を淀ませ、肩を落とした。
いまや辺境を取り巻く情勢は、茨のごとく複雑に絡み始めている。
いかにその資質を見出されたといえ、幼い一人の少女がすべてを見通し、正しい判断を行うには、あまりにも……
「……シバ様が帝国軍に降った事、まだお恨みですかにゃ。これが、部族に服従を迫る帝国への助けになってしまうと。あるいは、オイマト族を救えにゃんだ、自分自身の力を疑っているとか」
「……っ」
猫背の少女の、金色の瞳が、ファリフをじっと見つめた。
「これ以上は私も申しませんにゃぁ。お願いは唯ひとつ……仲間を、助けて頂きたく」
それから、深く、頭を下げた。
ファリフは、黙ったままだ。
「これから、ハンターズソサエティにも助けを求めますにゃ。手伝ってくれるハンター達と戻ってきた時に、もう一度、答えをお伺いしますにゃぁ」
それっきりテトは姿を消し、その場にはファリフだけが取り残された。
テトが立っていた場所には、彼女の体から流れ落ちた血が、大地に赤い染みを作っていた。
ファリフはじっと立ち尽くし……その赤い染みを見つめ続けた。
リプレイ本文
●
ハンター達が、テトと共にマギア砦にやって来た時、ファリフはまだ砦の中庭にいた。
「ファリフ君、お久しぶり〜!」
「……来てくれたんだ」
開口一番オキクルミ(ka1947)が声を掛けると、ファリフは顔を上げ、ぱっと微笑んだ。
「悩み事みたいだね」
「……ちょっと、ね」
オキクルミや三日月 壱(ka0244)は、幾度か依頼を共にしたファリフの友人だ。
その姿を見てファリフの表情が、幾分か、和らぐ。
「ファリフさん、この前の事……」
「あ……ううん、気にしないでっ」
先日の依頼での失敗を謝ろうとした壱を察し、ファリフが慌てて首を横に振った。
……彼女らしくない表情だな。
壱は、そう思った。心の中にある蟠りを、精一杯笑顔で取り繕う。それはまるで、誰かの様な……
「今回の依頼は、ファリフさんも、もちろん一緒に来てくれるんだよね……あれ、違うの?」
レホス・エテルノ・リベルター(ka0498)が優しく問いかけると、ファリフは俯き、言葉を淀ませた。
ハンター達は、道中でテトから聞かされた話によって、大凡の事情を把握している。
或いは、壱の様に、その当事者であるものも居た。
「ちと前に会ったオイマトの族長と言い、辺境の部族ってのも大したことないね。こりゃシバって奴が帝国に尻尾を振るのも仕方がない」
イブリス・アリア(ka3359)。先の戦いでは、オイマト族を、ハイルタイの包囲から脱出させたハンターの一人。
故意に発せられた侮辱の言葉に、ファリフが明確な怒りを浮かべた。
「全く、誇り高き戦士が聞いて呆れる。スコールの族長さん、迷いがあるなら足を引っ張る前に帰ってくれよ?」
ファリフは、黙して反論しない。それきり、イブリスも語らなかった。
「……まあ、まだ10代前半のファリフが、知識や経験を持っているわけがない。それはこれから着実に身に着けていけばいいことだ」
沈黙を破ったのは、ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)だった。
「責任を、一身に背負わねばならぬのだろう。気ばかり逸って、実力が伴わず悩んでいるのも判る」
ルトガーは、その隻眼で、ファリフの瞳を見つめた。
不安、焦燥、怒り、誇りの欠片……そういったものが詰め込まれた、小さな瞳。
「ただ、失敗を恐れて協力依頼を拒むのは、どうかな。テトとシバは、ファリフを頼ってきた、ファリフを信じてな。
その信頼から逃げては、人心は離れ、自身の成長の機会も失われるぞ」
「ボクを、頼って……」
ハンターの言葉を反芻したファリフの前に、もう一つ、大きな人影が近づいた。
「貴方は……」
「バルバロス(ka2119)。わしも、辺境の一部族の長だった……まあ、今ではわし以外は……皆、死に絶えたがな」
人影は、ただ一人だけとなった、自らの部族名を名乗った。
ファリフは、僅かに間を置いて、口を開いた。
「それでも……戦い続けてきたの? たった、一人で」
「然り……いや、ある意味では違うか」
バルバロスは微かに目を細め、自らの記憶をなぞる。戦いの日々、地に伏す仲間、己が身を穿つ歪虚達。
「長であることの重圧は理解している、多くの能力を必要とされることも。だが……だが、だ。わしのように、全てを失ってからでは 何もできなくなるぞ?」
「……っ」
「とりあえず前を向いて歩くのだ、まだお主は若く、多くの友と仲間が居るのだからな」
蛮勇の、獣の如き瞳は、しかしだからこそ、言葉にはならない事象までを物語る。
「ファリフはんには、部族の皆も、ハンターも、『部族なき部族』も居る。皆と共に助けあって、成長していく姿を示すのも長としての在り方の1つ……ちゃうんかなって、うちは思いますよ」
俯きかけたファリフを制するように、今度はアカーシャ・ヘルメース(ka0473)が、優しく説いた。
「前回の失敗はハンター側にも非がある。でも……その上でもうちらは、ファリフはんや『部族なき部族』に協力したいって、思うんよ」
「アカーシャさん……」
言葉を失ったファリフの肩に、オキクルミがそっと、手を乗せた。
「気がつけたのが、色々と致命傷になる前でよかったよ。現実は御伽噺とは違う、十を救う為には五も六も殺すし、助かった人間からも不平が出る」
「……犠牲が必要って、こと?」
ファリフの問を、オキクルミは、柔らかく否定した。
「腕っ節だけじゃやっていけない、ていう意味。だから集まって、話をして、欲望(ネガイ)を知って、すり合わせて生きていくんだ」
「それが……故郷も魂も捨てて従えと迫る人達相手でも?」
オキクルミは、微笑んだ。
「大切なのは転んだ後どう立ち上がるかだよ。毛嫌いせず沢山の人と話し合って何故そうなったのかを知って、もう一度考えてごらん?」
帝国軍は辺境部族を保護する代償として、その文化も生活も、その他あらゆる生き様をも捨てて帝国文化に『同化』せよと迫った。
それは、厳然たる事実だ。
だが一方でファリフはどうか……それを解決するために、成すべき事を、本当に成していたのか。
「どうするかはファリフさん自身の判断だろうけど……」
それまでじっと話を聞いていたレホスが、口を開く。
「『やらずに後悔するくらいなら、やって後悔した方が良い』。ボクの座右の銘さ。誰かを守ってあげられるほど、ボクは強くないけど……でも、力が無いことを言い訳にして何もしないのは、違うと思うから」
それは、自分の未熟さを自覚するがゆえの、レホスの信条。
ファリフの眼つきが、少しずつ変わっていく。
「過去は変えられません。でも未来は変えることができます。大事なのは何かに失敗してもそれを乗り越え、進む足を止めないことです」
そう語ったのは、壱。
彼自身、先の依頼では自分に落ち度があったと感じている。
それでも彼は、今、ここにいる。乗り越える為に。
「お主がスコールの長に選ばれたのは偶然ではなく必然。スコールの希望なのだろう。その希望に、今の自分では足りぬとわかったのなら、友を仲間を頼ればいい。人の輪の力こそが、長の力だ」
バルバロスが語るのは、かつて彼自身が歩んだ道だ。同じ道をファリフが歩めど、同じ痛みは味わうことがないように。
「……頼っても、いいのかな」
「そのためのハンターだろう」
掠れる声のファリフに、ルトガーは微かに笑って答えた。
「ですから、一つ約束してください。力を合わせ部族の方を救助できたら、もっと積極的に『色々な人の力』を頼ってくださいね?」
壱の言葉。
ファリフは、漸く……首を、縦に振った。
ハンターと、共に、行くと。
「決まったな。テトはどうする。行けるかね?」
ルトガーが、依頼人を見やった。
彼の手当を受けてテトは全身包帯だらけながら、軽やかに答えた。
「ご案内仕りますにゃぁ。仲間と、友を助ける為に」
「ウチが護衛についていくわ。いざと慣れば一緒に馬で逃げれば、安全も確保できるやろ?」
アカーシャが、自分の馬に乗るよう、テトに促す。彼女も、それに従った。
●
「この作戦の、指揮を取ってくれませんか?」
「ボクが?」
黒き森の沼への道中、壱が、ファリフに対して切り出した。
ハンター達全員で決めていた事だ。ファリフにその力を証明させるために、指揮を取らせると。
「でも、また皆に……」
「言ったでしょ? 一人でぜんぶ背負い込む必要はないんです。ハンターや他の部族も頼って、力を合わせれば」
壱は、精一杯の笑顔を、ファリフも不安げながら、頷いた。
「……わかった。スコール以外の戦士を率いるのは、初めてだけど」
結論から言えば……ハンター達の想像以上に、黒槌グロボルは難敵であった。
テトの案内でハンターが洞窟周辺に到着した時、グロボルの姿はそこに無かった。
「罠か?」
イブリスが辺りを見渡す。事前に地形はテトから聞かされており、頭に叩きこんである。
「森が静かすぎる……」
ファリフがはっとなってその場に伏せ、耳を地面に当てた。僅か数秒、再び跳ね起きる。
「皆、散って! 右から来る!」
その瞬間、ハンター達の目の前にグロボルが『出現』した。
密集した木々の向こうから、その全ての木をなぎ倒して。
「来たかッ!」
咄嗟、バルバロスが槍を構え、グロボルに殺気全開のクラッシュブロウを叩き込む。
確かにその攻撃は、命中した筈だ。
しかしグロボルの勢いは衰えない。
バルバロスは突進する巨猪の影に、飲み込まれる。
「危ないっ……間に合って!」
レホスが防御障壁を展開してバルバロスを守ったが、それでも深手は免れない。
更に、グロボルの動きはそれに留まらない。
その進路上に居るオキクルミとイブリスまでもを巻き込み轢いて、グロボルは通り過ぎて行く。
「クソッ……」
地面に叩きつけられたイブリスが、口の中の鉄臭い液体を吐き出しながら立ち上がる。反応し、避けようとはしたが、それさえ適わず直撃を受けた。
「……あいつ、真っ直ぐ走るだけじゃないね」
オキクルミはそう語りながらも、呼吸を深めて自己治癒を行う。
「まずはグロボルの気を囮に引きつけるか、沼に嵌めたい所だが、さてどうするかね」
ルトガーが、一度自分たちから遠ざかっていくグロボルを見やる。
敵に先手を撃たれたせいで、罠を仕掛ける時間も無いのが惜しい。
「壱さんとイブリスさんは、二人を助けに行って」
「え?」
唐突に放たれたファリフの言葉に、壱が、目を丸くする。
「チャンスが来るまで待ってたらやられちゃう。囮が一斉に攻撃するのと同時に、救出班には洞窟に向かってもらう」
「グロボルが救出班に向かっちゃったら……」
「どんな手を使ってでも止める。信じてもらうしか、ないけど」
壱の心配気な問に、ファリフははっきりと答えた。
先程までの悩める少女とはまるで違う姿だが、寧ろ、それが本来のファリフなのだろう。
即ち、人類の最前線に立つ、辺境部族の戦士。
「賭けだな。だが……別に倒してしまっても構わんのだろう?」
そこに、バルバロスが並び立つ。
短弓を構えて笑った巨体を見上げ、ファリフが深く頷く。彼女は、腰の投斧を抜いた。
「ファリフさんがそう決めたなら、私は信じるよ。的があれなら狙いやすいや」
レホスは、魔導銃の安全装置を解除して、再びこちらを向いたグロボルに狙いを定めた。
本当は、レホス自身も自分の実力に不安を抱えてはいる。
だが、彼女もまた、決めているのだ。
助けを待つ人々のために、自分がやれることをやる、と。
「……また来るよ!」
オキクルミが駆け出す。同時に、ファリフを含めた囮組は、散開しつつ一斉に射撃。
その隙に、壱とイブリスは洞窟へと駆け出した。
幸いグロボルは囮へと向かい、救助班の二人は楽に件の洞窟へと到達できた。
『部族なき部族』の二人は、洞窟の一番奥に居た。
壱が、ランプシェードで、その姿を浮かび上がらせる。
一人は男、もう一人は女だった。
「なんだ、思ったよりは元気そうだな。洞窟に篭ったって事は、重傷かと思ってたが」
「あんなのにずっと入り口を張られちゃ、動くに動けなくてな」
イブリスの言葉にそう答え、部族の霊闘士二人は立ち上がった。
「ま、いいけどな。ああ言った手前、お前達に死んで貰っちゃ格好がつかん」
「……?」
「こっちの話だ」
イブリスのぼやくような言葉に、部族の戦士が少し困惑の表情を浮かべつつ。
「テトが助けを呼んだのね。感謝するわ」
「行きましょう。ファリフさんや僕達の仲間が、グロボルを引きつけてます」
「スコールの……? よく今のあの子を動かしたわね」
「友達ですからっ」
感嘆した女戦士に、壱は悪戯っぽい笑みを返す。
それから短伝話を取り出し、レホスに救出が成功したことを伝えた。
問題は、どうやってここを離脱するかだ。
「……二人の救出に成功したから、脱出するって」
魔導短伝話ごしに伝わってきた壱からの通信に、レホスがほっと安堵の表情を浮かべる。
しかしそれも一瞬のこと、彼女は直ぐに、向かってくるグロボルに弾丸を打ち込みながら、相手を避ける様に走りだす。
囮班はグロボルを引きつける代償に、既に相当の被害を受けていた。
沼に誘い込みもしたが、深さが足りないのか、完全に足を止め続ける事はできない。
「端から奴は、わざとテトを逃したのだろうな。助けに戻ってくる仲間諸共皆殺しにする、その自信を持っていたと」
激戦の中、ルトガーの呟きに、直近のオキクルミが頷いた。
「相手の足が速いのがまずいね。ただ逃げたんじゃ背中から突き飛ばされちゃう」
「もう一回、沼に誘い込もう。足は止まらないけど、遅くする事はできるよ」
そう語るファリフの誘導で、ハンター達は最も沼地の多い、森の西側を抜けて撤退を始めた。
当然、敵も追撃してくるが……
「これなら、どうっ!」
グロボルが沼地へ踏み込む瞬間、オキクルミは手にした斧でノックバックを放つ。
敵に、ではない。沼の水面にだ。
巨大な泥飛沫が柱の様に立ちあがり、それを目にしたグロボルの動きが、僅か一瞬、鈍った。
「ここだな」
その隙を逃さず、放たれる雷光。
ルトガーのエレクトリックショックが、沼の水面を駆け抜けて、グロボルを激しく痙攣させる。
「今しか無いだろう、退くぞ」
バルバロスが叫び、オキクルミとルトガーに撤退を促した。
事実、それが最後で、最大のチャンスだった。
ハンターはその隙に現場を離脱し、森を抜けた。グロボルは、追ってこなかった。
●
囮となった五人、救出班と対象の四人、そしてアカーシャとテトの計十一名は、マギア砦で落ち合った。
結果として囮組がグロボルを引きつけ続けた事で、他の二組も無事に森を脱出することができた、というわけだ。
仲間と再開したテトの喜び様は凄まじく、顔をぐしゃぐしゃにしながら救出された二人に飛びついていた。
その光景を横目に苦笑しながら、ファリフは、ハンター達に向き直って言った。
「皆……ありがとう。まだ、うまく出来るかはわからないけど……兎に角、やってみるよ。今のボクに足りないこと、少しだけ、判ったから」
その表情は、明らかに出発前の彼女とは違い、また更にその前の、純粋無垢な少女ともまた少し違っていた。
そんなファリフの変化に、ハンター達は想い想いの反応を示したが……オキクルミが、ふと思い出したように口を開いた。
「そうだ、ちゃん様こと帝国皇帝について調べてごらん。最も重責で最も自由な最新の革命者だ、なにか参考になるかもね?」
「……」
頷くファリフの表情は、複雑だった。
まだ、割り切れぬ感情があるのだろう。
それでも、以前のファリフであれば、絶対に頷かなかったはずだ。
それこそが、小さく、けれど確かな、進歩の証。
時間は、掛かるだろう。けれど、決して歩みは止まるまい。
そんな予感を抱かせつつ……ファリフは「部族なき部族」と共に、ハンターの下を去っていった。
ハンター達が、テトと共にマギア砦にやって来た時、ファリフはまだ砦の中庭にいた。
「ファリフ君、お久しぶり〜!」
「……来てくれたんだ」
開口一番オキクルミ(ka1947)が声を掛けると、ファリフは顔を上げ、ぱっと微笑んだ。
「悩み事みたいだね」
「……ちょっと、ね」
オキクルミや三日月 壱(ka0244)は、幾度か依頼を共にしたファリフの友人だ。
その姿を見てファリフの表情が、幾分か、和らぐ。
「ファリフさん、この前の事……」
「あ……ううん、気にしないでっ」
先日の依頼での失敗を謝ろうとした壱を察し、ファリフが慌てて首を横に振った。
……彼女らしくない表情だな。
壱は、そう思った。心の中にある蟠りを、精一杯笑顔で取り繕う。それはまるで、誰かの様な……
「今回の依頼は、ファリフさんも、もちろん一緒に来てくれるんだよね……あれ、違うの?」
レホス・エテルノ・リベルター(ka0498)が優しく問いかけると、ファリフは俯き、言葉を淀ませた。
ハンター達は、道中でテトから聞かされた話によって、大凡の事情を把握している。
或いは、壱の様に、その当事者であるものも居た。
「ちと前に会ったオイマトの族長と言い、辺境の部族ってのも大したことないね。こりゃシバって奴が帝国に尻尾を振るのも仕方がない」
イブリス・アリア(ka3359)。先の戦いでは、オイマト族を、ハイルタイの包囲から脱出させたハンターの一人。
故意に発せられた侮辱の言葉に、ファリフが明確な怒りを浮かべた。
「全く、誇り高き戦士が聞いて呆れる。スコールの族長さん、迷いがあるなら足を引っ張る前に帰ってくれよ?」
ファリフは、黙して反論しない。それきり、イブリスも語らなかった。
「……まあ、まだ10代前半のファリフが、知識や経験を持っているわけがない。それはこれから着実に身に着けていけばいいことだ」
沈黙を破ったのは、ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)だった。
「責任を、一身に背負わねばならぬのだろう。気ばかり逸って、実力が伴わず悩んでいるのも判る」
ルトガーは、その隻眼で、ファリフの瞳を見つめた。
不安、焦燥、怒り、誇りの欠片……そういったものが詰め込まれた、小さな瞳。
「ただ、失敗を恐れて協力依頼を拒むのは、どうかな。テトとシバは、ファリフを頼ってきた、ファリフを信じてな。
その信頼から逃げては、人心は離れ、自身の成長の機会も失われるぞ」
「ボクを、頼って……」
ハンターの言葉を反芻したファリフの前に、もう一つ、大きな人影が近づいた。
「貴方は……」
「バルバロス(ka2119)。わしも、辺境の一部族の長だった……まあ、今ではわし以外は……皆、死に絶えたがな」
人影は、ただ一人だけとなった、自らの部族名を名乗った。
ファリフは、僅かに間を置いて、口を開いた。
「それでも……戦い続けてきたの? たった、一人で」
「然り……いや、ある意味では違うか」
バルバロスは微かに目を細め、自らの記憶をなぞる。戦いの日々、地に伏す仲間、己が身を穿つ歪虚達。
「長であることの重圧は理解している、多くの能力を必要とされることも。だが……だが、だ。わしのように、全てを失ってからでは 何もできなくなるぞ?」
「……っ」
「とりあえず前を向いて歩くのだ、まだお主は若く、多くの友と仲間が居るのだからな」
蛮勇の、獣の如き瞳は、しかしだからこそ、言葉にはならない事象までを物語る。
「ファリフはんには、部族の皆も、ハンターも、『部族なき部族』も居る。皆と共に助けあって、成長していく姿を示すのも長としての在り方の1つ……ちゃうんかなって、うちは思いますよ」
俯きかけたファリフを制するように、今度はアカーシャ・ヘルメース(ka0473)が、優しく説いた。
「前回の失敗はハンター側にも非がある。でも……その上でもうちらは、ファリフはんや『部族なき部族』に協力したいって、思うんよ」
「アカーシャさん……」
言葉を失ったファリフの肩に、オキクルミがそっと、手を乗せた。
「気がつけたのが、色々と致命傷になる前でよかったよ。現実は御伽噺とは違う、十を救う為には五も六も殺すし、助かった人間からも不平が出る」
「……犠牲が必要って、こと?」
ファリフの問を、オキクルミは、柔らかく否定した。
「腕っ節だけじゃやっていけない、ていう意味。だから集まって、話をして、欲望(ネガイ)を知って、すり合わせて生きていくんだ」
「それが……故郷も魂も捨てて従えと迫る人達相手でも?」
オキクルミは、微笑んだ。
「大切なのは転んだ後どう立ち上がるかだよ。毛嫌いせず沢山の人と話し合って何故そうなったのかを知って、もう一度考えてごらん?」
帝国軍は辺境部族を保護する代償として、その文化も生活も、その他あらゆる生き様をも捨てて帝国文化に『同化』せよと迫った。
それは、厳然たる事実だ。
だが一方でファリフはどうか……それを解決するために、成すべき事を、本当に成していたのか。
「どうするかはファリフさん自身の判断だろうけど……」
それまでじっと話を聞いていたレホスが、口を開く。
「『やらずに後悔するくらいなら、やって後悔した方が良い』。ボクの座右の銘さ。誰かを守ってあげられるほど、ボクは強くないけど……でも、力が無いことを言い訳にして何もしないのは、違うと思うから」
それは、自分の未熟さを自覚するがゆえの、レホスの信条。
ファリフの眼つきが、少しずつ変わっていく。
「過去は変えられません。でも未来は変えることができます。大事なのは何かに失敗してもそれを乗り越え、進む足を止めないことです」
そう語ったのは、壱。
彼自身、先の依頼では自分に落ち度があったと感じている。
それでも彼は、今、ここにいる。乗り越える為に。
「お主がスコールの長に選ばれたのは偶然ではなく必然。スコールの希望なのだろう。その希望に、今の自分では足りぬとわかったのなら、友を仲間を頼ればいい。人の輪の力こそが、長の力だ」
バルバロスが語るのは、かつて彼自身が歩んだ道だ。同じ道をファリフが歩めど、同じ痛みは味わうことがないように。
「……頼っても、いいのかな」
「そのためのハンターだろう」
掠れる声のファリフに、ルトガーは微かに笑って答えた。
「ですから、一つ約束してください。力を合わせ部族の方を救助できたら、もっと積極的に『色々な人の力』を頼ってくださいね?」
壱の言葉。
ファリフは、漸く……首を、縦に振った。
ハンターと、共に、行くと。
「決まったな。テトはどうする。行けるかね?」
ルトガーが、依頼人を見やった。
彼の手当を受けてテトは全身包帯だらけながら、軽やかに答えた。
「ご案内仕りますにゃぁ。仲間と、友を助ける為に」
「ウチが護衛についていくわ。いざと慣れば一緒に馬で逃げれば、安全も確保できるやろ?」
アカーシャが、自分の馬に乗るよう、テトに促す。彼女も、それに従った。
●
「この作戦の、指揮を取ってくれませんか?」
「ボクが?」
黒き森の沼への道中、壱が、ファリフに対して切り出した。
ハンター達全員で決めていた事だ。ファリフにその力を証明させるために、指揮を取らせると。
「でも、また皆に……」
「言ったでしょ? 一人でぜんぶ背負い込む必要はないんです。ハンターや他の部族も頼って、力を合わせれば」
壱は、精一杯の笑顔を、ファリフも不安げながら、頷いた。
「……わかった。スコール以外の戦士を率いるのは、初めてだけど」
結論から言えば……ハンター達の想像以上に、黒槌グロボルは難敵であった。
テトの案内でハンターが洞窟周辺に到着した時、グロボルの姿はそこに無かった。
「罠か?」
イブリスが辺りを見渡す。事前に地形はテトから聞かされており、頭に叩きこんである。
「森が静かすぎる……」
ファリフがはっとなってその場に伏せ、耳を地面に当てた。僅か数秒、再び跳ね起きる。
「皆、散って! 右から来る!」
その瞬間、ハンター達の目の前にグロボルが『出現』した。
密集した木々の向こうから、その全ての木をなぎ倒して。
「来たかッ!」
咄嗟、バルバロスが槍を構え、グロボルに殺気全開のクラッシュブロウを叩き込む。
確かにその攻撃は、命中した筈だ。
しかしグロボルの勢いは衰えない。
バルバロスは突進する巨猪の影に、飲み込まれる。
「危ないっ……間に合って!」
レホスが防御障壁を展開してバルバロスを守ったが、それでも深手は免れない。
更に、グロボルの動きはそれに留まらない。
その進路上に居るオキクルミとイブリスまでもを巻き込み轢いて、グロボルは通り過ぎて行く。
「クソッ……」
地面に叩きつけられたイブリスが、口の中の鉄臭い液体を吐き出しながら立ち上がる。反応し、避けようとはしたが、それさえ適わず直撃を受けた。
「……あいつ、真っ直ぐ走るだけじゃないね」
オキクルミはそう語りながらも、呼吸を深めて自己治癒を行う。
「まずはグロボルの気を囮に引きつけるか、沼に嵌めたい所だが、さてどうするかね」
ルトガーが、一度自分たちから遠ざかっていくグロボルを見やる。
敵に先手を撃たれたせいで、罠を仕掛ける時間も無いのが惜しい。
「壱さんとイブリスさんは、二人を助けに行って」
「え?」
唐突に放たれたファリフの言葉に、壱が、目を丸くする。
「チャンスが来るまで待ってたらやられちゃう。囮が一斉に攻撃するのと同時に、救出班には洞窟に向かってもらう」
「グロボルが救出班に向かっちゃったら……」
「どんな手を使ってでも止める。信じてもらうしか、ないけど」
壱の心配気な問に、ファリフははっきりと答えた。
先程までの悩める少女とはまるで違う姿だが、寧ろ、それが本来のファリフなのだろう。
即ち、人類の最前線に立つ、辺境部族の戦士。
「賭けだな。だが……別に倒してしまっても構わんのだろう?」
そこに、バルバロスが並び立つ。
短弓を構えて笑った巨体を見上げ、ファリフが深く頷く。彼女は、腰の投斧を抜いた。
「ファリフさんがそう決めたなら、私は信じるよ。的があれなら狙いやすいや」
レホスは、魔導銃の安全装置を解除して、再びこちらを向いたグロボルに狙いを定めた。
本当は、レホス自身も自分の実力に不安を抱えてはいる。
だが、彼女もまた、決めているのだ。
助けを待つ人々のために、自分がやれることをやる、と。
「……また来るよ!」
オキクルミが駆け出す。同時に、ファリフを含めた囮組は、散開しつつ一斉に射撃。
その隙に、壱とイブリスは洞窟へと駆け出した。
幸いグロボルは囮へと向かい、救助班の二人は楽に件の洞窟へと到達できた。
『部族なき部族』の二人は、洞窟の一番奥に居た。
壱が、ランプシェードで、その姿を浮かび上がらせる。
一人は男、もう一人は女だった。
「なんだ、思ったよりは元気そうだな。洞窟に篭ったって事は、重傷かと思ってたが」
「あんなのにずっと入り口を張られちゃ、動くに動けなくてな」
イブリスの言葉にそう答え、部族の霊闘士二人は立ち上がった。
「ま、いいけどな。ああ言った手前、お前達に死んで貰っちゃ格好がつかん」
「……?」
「こっちの話だ」
イブリスのぼやくような言葉に、部族の戦士が少し困惑の表情を浮かべつつ。
「テトが助けを呼んだのね。感謝するわ」
「行きましょう。ファリフさんや僕達の仲間が、グロボルを引きつけてます」
「スコールの……? よく今のあの子を動かしたわね」
「友達ですからっ」
感嘆した女戦士に、壱は悪戯っぽい笑みを返す。
それから短伝話を取り出し、レホスに救出が成功したことを伝えた。
問題は、どうやってここを離脱するかだ。
「……二人の救出に成功したから、脱出するって」
魔導短伝話ごしに伝わってきた壱からの通信に、レホスがほっと安堵の表情を浮かべる。
しかしそれも一瞬のこと、彼女は直ぐに、向かってくるグロボルに弾丸を打ち込みながら、相手を避ける様に走りだす。
囮班はグロボルを引きつける代償に、既に相当の被害を受けていた。
沼に誘い込みもしたが、深さが足りないのか、完全に足を止め続ける事はできない。
「端から奴は、わざとテトを逃したのだろうな。助けに戻ってくる仲間諸共皆殺しにする、その自信を持っていたと」
激戦の中、ルトガーの呟きに、直近のオキクルミが頷いた。
「相手の足が速いのがまずいね。ただ逃げたんじゃ背中から突き飛ばされちゃう」
「もう一回、沼に誘い込もう。足は止まらないけど、遅くする事はできるよ」
そう語るファリフの誘導で、ハンター達は最も沼地の多い、森の西側を抜けて撤退を始めた。
当然、敵も追撃してくるが……
「これなら、どうっ!」
グロボルが沼地へ踏み込む瞬間、オキクルミは手にした斧でノックバックを放つ。
敵に、ではない。沼の水面にだ。
巨大な泥飛沫が柱の様に立ちあがり、それを目にしたグロボルの動きが、僅か一瞬、鈍った。
「ここだな」
その隙を逃さず、放たれる雷光。
ルトガーのエレクトリックショックが、沼の水面を駆け抜けて、グロボルを激しく痙攣させる。
「今しか無いだろう、退くぞ」
バルバロスが叫び、オキクルミとルトガーに撤退を促した。
事実、それが最後で、最大のチャンスだった。
ハンターはその隙に現場を離脱し、森を抜けた。グロボルは、追ってこなかった。
●
囮となった五人、救出班と対象の四人、そしてアカーシャとテトの計十一名は、マギア砦で落ち合った。
結果として囮組がグロボルを引きつけ続けた事で、他の二組も無事に森を脱出することができた、というわけだ。
仲間と再開したテトの喜び様は凄まじく、顔をぐしゃぐしゃにしながら救出された二人に飛びついていた。
その光景を横目に苦笑しながら、ファリフは、ハンター達に向き直って言った。
「皆……ありがとう。まだ、うまく出来るかはわからないけど……兎に角、やってみるよ。今のボクに足りないこと、少しだけ、判ったから」
その表情は、明らかに出発前の彼女とは違い、また更にその前の、純粋無垢な少女ともまた少し違っていた。
そんなファリフの変化に、ハンター達は想い想いの反応を示したが……オキクルミが、ふと思い出したように口を開いた。
「そうだ、ちゃん様こと帝国皇帝について調べてごらん。最も重責で最も自由な最新の革命者だ、なにか参考になるかもね?」
「……」
頷くファリフの表情は、複雑だった。
まだ、割り切れぬ感情があるのだろう。
それでも、以前のファリフであれば、絶対に頷かなかったはずだ。
それこそが、小さく、けれど確かな、進歩の証。
時間は、掛かるだろう。けれど、決して歩みは止まるまい。
そんな予感を抱かせつつ……ファリフは「部族なき部族」と共に、ハンターの下を去っていった。
依頼結果
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MVP一覧
- クラシカルライダー
ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
- アカーシャ・ヘルメース(ka0473)
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 三日月 壱(ka0244) 人間(リアルブルー)|14才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2015/01/22 00:15:21 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/01/20 01:20:46 |