• 陶曲

【陶曲】特機隊、奉仕の日

マスター:のどか

シナリオ形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
少なめ
相談期間
5日
締切
2019/04/26 12:00
完成日
2019/05/08 01:27

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 その日の特機隊のハンガーはびっくりするくらいの静けさに包まれていた。
 いつもなら油の匂いと、整備員たちの働く音、怒声、そしてCAMの駆動音が外まで聞こえてい来る賑やかな場所なのに、ここ数日はまるで廃墟のようにしんと静まり返っている。
 このまま寂れて解体されてしまうのではないだろうか。
 そんな心配も頭を過るが、まあ、状況としてはそこまで切羽詰まったものでないことは隊員一同十分に理解していた。
「いやぁ、こう静かだと書類仕事が進んでいいね。毎日こうあって欲しいものだよ」
 机の上に散らばった書類の山にペンを走らせながら、ダニエル・コレッティ(kz0102がそんなことを呟く。
 応接スペースのソファに腰かけていたディアナ・C・フェリックス(kz0105)が切れ長の目でそれをちらりと見やると、半ばあきらめたようなため息をひとつついた。
「それなら上の方に進言しますから、本舎の静かな執務室のひとつでも宛がっていただきましょうか?」
「えー? あー、いや、あそこはほら、なーんか空気が淀んでるっていうか、息が詰まっちゃうからさ。俺はここが好きだなぁ」
 つまりは特に仕事の遅れに対する改善の意志がないことを確認すると、ディアナはもうひとつため息をついて手元の資料に目を落とす。
 ここ数日の射撃訓練のスコアと、診察の経過報告書だった。
 どちらも彼女にとってはいい報告内容である。
 
 嫉妬王ラルヴァとの決戦に赴いた同盟軍特殊機体操縦部隊――通称特機隊は、熾烈な戦いの中でその大きな被害を受けた。
 死者こそ出ていないものの重傷者1名、負傷者2名、そして隊のシンボルである3機のCAMもそれぞれが大破。
 うち重傷者かつ非覚醒者であるジーナ・サルトリオ(kz0103)は現在、軍病院にて全治数か月の状態で入院中。
 機体に関しても流石にここの設備では限界があり、クリムゾンウェスト連合軍の整備施設を間借りして、大規模な修理とオーバーホールが行われている。
 整備員たちも機体と一緒に施設へ出払ってしまったため、この状況となっているのだ。
 とはいえリアルブルー産の整備技術を直に見学して触れる機会になるのであれば、整備員たちにとってもいい刺激になるだろう。
 
 一方で問題なのは現場の面々だ。
 大地の裂目での戦いは軍でもしっかりと評価され、ダニエルは中佐から大佐に。
 ジーナは怪我からの復帰次第、軍曹から准尉への昇進が約束されている。
 ヴィットリオ・フェリーニ(kz0099)ことヴィオとディアナは大尉のまま変わらずだが、勲章その他が授与されたことで軍内での待遇そのものは確かに向上していた。
「昇進なんて聞こえはいいけど、仕事と責任が増えるだけだよ? そのくせ手当の方は微増ときたもんだ」
 ヴィオとディアナがダニエルの昇進を祝った時、彼がへらへらと口にしたのはそんな言葉だった。
 実際のところ隊を挙げての待遇向上というのはそれだけ軍からの期待を背負うということで、相応の働きで名誉に応えなければならない。
 だが目下、それを成し遂げるための機体がない。
 機体がなければ仕事もない。
 仕事がなければ、のうのうと訓練という名の余暇に身を置くだけの給料泥棒と大差ないというものである。
 
 執務室の扉が開いて、見慣れたガタイの男が顔を出す。
 彼は美しさすら感じる整った姿勢で敬礼すると、中へと足を踏み入れた。
「大佐、失礼します。本舎に書類を届けに行っていたら遅れてしまい、申し訳ありません」
「ヴィオ、お疲れ様。いいよいいよ、時間を守らなきゃいけないような仕事は今ないから」
 ヴィオは静かに頭を左右に振って、まっすぐダニエルを見つめる。
「それでも軍という環境は規律によって守られなければなりません。それが我々の力となるのですから」
「真面目だねぇ。上官としては誇らしいばかりだ」
 どこまで本気か分からないダニエルの言葉はさておき、ヴィオの登場にくつろいでいたディアナも腰を上げ、彼の隣に並ぶ。
 彼女の杖がコツンと床を打ったのを合図にするように、ダニエルもうんと背伸びをして2人に向き直った。
「今日2人に来てもらったのは他でもない、任務の通達だ」
「出撃ですか?」
 ヴィオの問いに、ダニエルはいいやと首を振る。
「街の奉仕活動」
「奉仕活動……?」
 ディアナが思わず眉をひそめる。
「知っての通り、同盟一帯の事件の裏で糸を引いていた歪虚王は倒された。これで近辺の当面の大きな脅威は去ったと思っていいだろう。もちろん、世の中じゃ邪神の事もあるし、同盟からも歪虚の脅威自体がなくなったわけじゃない。それでも市民にとっては大きな安心材料のひとつになったことは間違いないだろう」
 2人もそれに関しては異論がないようで、頷きまでせずとも無言の肯定を返す。
 そのためにここまで戦ってきたのだ。
 それはみんなにとっても誇りとなっている。
「とは言え、だ。もう一度言うが、歪虚の脅威自体がなくなったわけじゃない。むしろ、このちょっと浮かれた状況の気のゆるみに付け込んで、取り返しのつかない事件が起こる――なんてことも、我々としては常に気を張っていなければならない。それを市民にも注意喚起するため、軍で防犯指導講演を行うことになった」
「防犯指導、ですか?」
「そ。街の子供たちに、事件に巻き込まれないようにするにはどうしたらいいか――みたいなのを語って聞かせるわけ。はいこれ、日時と場所の資料」
 ダニエルに資料を手渡され、ヴィオは内容に軽く目を通す。
 このまま同じものが街でも配られているのだろう。
 低等身のデフォルメが施されたデュミナスのイラストと共に「特機隊のパイロットもくるよ!」とポップな字で書かれていた。
「大佐、私のは?」
「ディアナはこっち」
 ダニエルが彼女に渡したのはヴィオに渡したそれとは別の資料。
 同じようにサラリと目を通し、ディアナが柄にもなく小さくうめいた。
「……待ってください。なんで緑化活動……?」
 ギロリとタマをぶち抜くスナイパーの眼差して見つめられ、ダニエルは思わずぶるりと背筋が震える。
「こういう地道な活動が後々、市民から軍への当たりに影響してくるんだって」
「否定はしませんが、なぜ私が」
「俺みたいなくたびれたおっさんとか、筋骨隆々なヴィオがお花植えてるよりはイメージが良いじゃない、ね?」
「そういうの、今、ハラスメントでうるさいですよ?」
「面倒なことはやめてくれると嬉しいなぁ……あー、まあ、別にディアナが子供の相手してくれるってんならそれでもいいんだけど」
 ダニエルの出した代案に、ディアナは息を詰まらせて、しばし思案する。
 それから深く、深く、ため息をついた。
「……分かりました。任務を全うします」
「おお、良かった。ハンターも手配してるから、一緒によろしく頼むよ」
 満足げに頷いたダニエルだけが、この場で唯一、心穏やかだったことだろう。

リプレイ本文


「みんな、こんにちわ。今日はみんなのために特機隊の人やハンターさんが駆けつけてくれたぞ!」
 キヅカ・リク(ka0038)が笑顔でマイクを握りしめる。
 公園に集まった子供たちは、期待に満ちた目で彼の姿を見上げていた。
「それじゃ、みんなで“センセー!”って呼んでみよう! せーの!」
「「「せんせー!」」」
「こんにちわ!」
 リクの隣にぞろぞろと特機隊とハンターの面々が連なって並ぶ。
 第一声に答えた天王寺茜(ka4080)が手を振ってから、ぺこりとお辞儀する。
「はじめまして、私はハンターのアカネお姉さんです!」
「ざくろはざくろだよ!」
「小夜、です」
「同盟陸軍特機隊のヴィオだ」
 時音 ざくろ(ka1250)、浅黄 小夜(ka3062)、そしてヴィットリオ・フェリーニ(kz0099)が次々に自己紹介をする。
「それじゃ、最初に特機隊の隊長さんからお話があります。みんな、静かに聞こうね」
 元気のよい返事に導かれて、ダニエル・コレッティ(kz0102)がマイクを受け取ってニンマリと笑みを浮かべた。
「いやー、元気が良いと嬉しいね。特機隊隊長の同盟陸軍大佐ダニエルです」
 いつもの調子で自己紹介をして、彼は簡単に今日の講演会の主旨を語る。
 同盟で悪さをしていた歪虚の王様が倒されたこと。
 それでも同盟の街から脅威がなくなったわけではないこと。
 それはみんなの身近に潜んでいるかもしれないこと。
「だから、今日はお兄さんお姉さんから、安全に生活するための方法を学んでいってください」
 形式的に敬礼をしてから、ダニエルはひらひらと手を振りながら引っ込んでいった。
「それじゃあ、まずはざくろたちが怖い目にあわないための方法を教えてあげるね!」
「はーい、ザクロお姉ちゃん!」
 びしっと手を挙げて答えた女の子の返事に、ざくろは慌てて顔を赤くする。
「い、いやいやいや、お兄さん! ざくろお兄さんだからねっ!」
「えっ、でも女の子の恰好……」
「こ、これがリアルブルーの冒険者の恰好なんだよ!」
「……そうなのか?」
「どうか、そういうことにしておいてあげてください」
 ヴィオが小声で尋ねると、リクは苦笑しながら答えた。
「さてと、みんなは歪虚ってどういう姿をしているか知ってるかな?」
 茜の質問に、子供たちの何人かがぽつりぽつりと答える。
 お化け。
 大きな怪物。
 ドラゴン。
「そうだね。全部正解。歪虚って色々なこわーい姿をしているよね。だけど、中にはそうじゃないのもいるのよ。見た目はみんなの好きな玩具の恰好をしているけど、こわーいこわーい歪虚だったりすることもあるの」
「だから、道端とかで変なものを見つけても絶対に近づいたりしないこと。安全に過ごすための一番の方法は、危険に近づかないことだって覚えていてね」
 ざくろが言い添えると、はーいと大きな返事が響いた。
 

 通りの方では、有志のハンター達による花壇の整備が行われていた。
 古いものを耕し、場所によっては新しいものに入れ替え、肥料と混ぜ合わせるようにして柔らかい土を作る。
「ふぅー、こんなもんか?」
 シャベルを手に額の汗を拭ったリコ・ブジャルド(ka6450)。
 手に付いた泥が肌をうっすらと汚す。
「どうぞ、お使いください」
「あれ、ついてる?」
 ユメリア(ka7010)に差し出されたハンカチで、汚れをふき取るリコ。
「ひひっ、それにしてもこれでお金が貰えんなら儲けもんだな」
 にっと歯を見せて笑う彼女に、ディアナ・C・フェリックス(kz0105)ため息をつく。
「どうして私がこんなことを……」
「でも、勤務時間内なんだろ? それにどうせやることないって聞いてるぜ」
 ディアナはあからさまに嫌そうな顔をするが、かといって反論できる材料も持っていない。
「普段はどのようなことをなさっているのですか?」
「任務に出撃するか訓練よ。ま……機体がない今じゃ何もできないのだけれど」
 大きなため息をつきながら、彼女はしぶしぶと用意された苗を手に取る。
「それで、どうすれば。埋めればいいの?」
「どうぞ、最初はご覧になってください」
 ユメリアは花壇の前にしゃがみ込むと、慣れた手つきで苗を植え始めた。
 風に揺れて甘いハーブの香りが鼻先をくすぐる。
「被せる土は赤ん坊に布団をかけるように優しく、ふんわりと、ですよ」
「わかったわ」
「ああ、それではいけません。穴はもう少しだけ広く深く――」
 ディアナが手を付けた先から、ユメリアの指摘が飛ぶ。
 バツが悪そうに四苦八苦しながら、それでも何とか1つの苗を植え終わる。
「……思ったより難しいのね」
「そんなことはありませんよ。それに、集中力を養う練習にも……なんて」
 ユメリアは温かい笑みを浮かべた。
「ふふふ、次は寄せ植えに挑戦してみましょうか」
 彼女が次の苗を吟味する後ろで、ディアナはひとつ息を吐く。
 ユメリアはいくつかの苗を手に取りながら、澄んだ声で花の歴史を歌い上げる。
「なんだ、思ったよりちゃんとできてるじゃんか」
 声を掛けられた方を見ると、リコが大ぶりの麻袋を両手で抱えて立っていた。
「それは?」
「ああこれ? 街路樹用の苗だぜ。成長すりゃ日陰になって、吹き抜ける風が気持ちいいんだ」
「そうなの」
「なんだよもー、聞いといてノリ悪いなぁ」
 言葉とは裏腹に、リコはケラケラと笑顔で答える。
「そういうディアナは植えたいものとかないのかよ?」
「そういうの詳しくないから」
「じゃ、色とかさ。街がこういう色になったらいいなーとか、なんかあんだろ?」
 リコの言葉に、ディアナはしばし沈黙する。
 それから、うっすら濡れた唇でぽつりと答えた。
「……赤。血のように綺麗な、ワインの赤よ」
「だってさ」
 リコが視線だけ振り返ると、ユメリアがいくつかの苗を腕に抱えて立っている。
「では、こちらを。夏が近づくと小さな赤い花をたっぷり咲かせるんです」
「まだ咲いてないじゃないの」
「咲いたころにまた訪れるんですよ」
「そういうものかしら」
 ディアナは、まだどこかピンとこない様子で鼻を鳴らす。
「みな様とハンターでこの街を護ったからこそ、街の未来があるのです。そうでなければ、この苗も花をつけることはなかったかもしれません」
「ロマンチストね」
「ディアナ様も、街の未来のために戦われたのではないのですか?」
「任務よ」
「では、なぜそのようなお仕事についているのでしょうか?」
 決して嫌味などではない、ユメリアの純粋な問いかけ。
 ディアナは表情を隠すように軍帽のつばを下げる。
 リコが苦笑しながら街並みへと目を向けた。
「あたしはさー、親父が愛した街を護ることができなかった。あ、VOIDじゃないぜ。メンツ潰された奴ら――人間同士のいざこざさ。だけど、奪われちまったらVOIDも人間もかわりゃしない」
 今は封印されてしまった、遠い故郷の景色が街並みに重なる。
「……って、ヤメヤメ! 今のなし! ほら、喋ってないで手ぇうごかそうぜ」
 ディアナの肩を叩いて、リコは苗を抱えて軽やかに駆けていく。
 残されたディアナは咳ばらいをした後にユメリアから苗を受け取った。
 足元の花壇にそれを植えながら、ふと口を開いた。
「夏前に咲くのよね」
 その問いかけに、ユメリアは柔らかく微笑んだ。
「はい。また、そのころに参りましょう」


「やあああぁぁぁ!」
 剣と拳がぶつかり合い、激しい金属音が鳴り響いた。
「今のうちに逃げてください!」
「ありがとう……ございます」
 茜に誘導されて、小夜はお礼を言いながらステージ脇へと離れていく。
 それを見送ってから、茜はざくろの方へと向き直った。
「さぁ、これでみんなはもう安全。全力を出せるわよ!」
「――と、避難指示にはきちんと従い、決して近くに残ったりしないように」
 ステージ上の役者たちが一時停止をしたようにぴたりと動きを止めた中、ヴィオが解説の言葉を挟んだ。
 解説が終わると、再び茜とざくろが入り乱れるように戦い始める。
 多少ドラマチックにピンチや逆転の展開を含みながら、ついに茜の拳にざくろは倒れた。
 子供たちから温かい拍手が送られる。
 ステージに戻ってきた小夜が、ヴィオからマイクを受け取った。
「もしも歪虚に出会ってしまったら……すぐに近くの大人の人を呼んでください。そして避難指示がなくても……遠く離れるように逃げてください。もしも、近くに誰も居なかったら……これがおすすめです」
 そう言って、小夜は首から下げたホイッスルをくわえ、ピーっと鳴らしてみせた。
「これなら……声をあげるのが苦手な子でも大きな音で知らせられるし、軽くて、持ち運ぶのにも楽です。ぜひ……外を歩くときは持ち歩いてみてください」
「連絡さえ貰えれば、ざくろたちはすぐに駆け付ける。だけど、ざくろたちもみんなと同じ人間だから、手の届く人しか守れない。だから、みんな一人一人が危険にあわない意識を持ってほしいんだ」
 やられた歪虚役から起き上がったざくろは子供たちの顔を見渡す。
「このことを、今日家に帰ったら親御さんや兄弟のみんなに話してあげてね」
 にこりと笑うとみんな大きく頷き返してくれた。
「いい? 大人の人の言うことをよく聞いて、友達を大事にしよう。歪虚は悪い子や寂しい子が大好きなの。約束を守らなかったり、仲間外れをしちゃう子に寄ってくるわよ~」
 ちょっと脅すように茜が言うと、何人かの子供はちょっと不安そうな表情になる。
 その不安を拭うように、茜も笑顔を振りまいた。
「大丈夫。いい子でいれば特機隊やハンターが必ず助けに来るわ。行儀よく話を聞いてくれたみんななら、大丈夫」
「4人ともありがとう! それじゃ、隊長さん。今日のまとめをお願いします」
「あ、はいはい。もうそんな時間か」
 リクに導かれて、ダニエルがぽりぽりと頭を掻きながらステージ中央へと向かう。
 入れ替わりにハンターとヴィオが袖に引っ込むと、お互いに疲れを労いあった。
「それにしても、ざくろさんが歪虚役……なんて」
「良いんじゃない? 可愛い女の子歪虚、結構いるし」
 申し訳なさそうな小夜に茜がクスリと笑う。
「せめて男の子って言ってよ!」
 力説するざくろだったが、当たりには温かい笑みがこぼれるだけだった。
「うう……と、とにかく! まだ邪神だっているんだ。これで少しでも子供たちが安全に過ごせればいいな」
 ざくろはぐっと拳を握りしめて、今日の頑張りを振り返る。
 それは他のハンターも想いは同じだ。
 互いに頷きあうと、子供たちから大きな拍手がこぼれた。


「やっほー、元気に寝てるかー?」
 軍病院の一室。
 へらへらと笑顔で押し入った特機隊とハンターの面々を出迎えたのは、全身を包帯に巻かれたジーナ・サルトリオ(kz0103)の姿だった。
「あっれー、みんなだ! どうして――あ、いたたたっ」
 ジーナは包帯の下でぱっと表情を明るくすると、飛び起きようとして身体の傷を押さえた。
「ちょっと、無茶しないの。あんまり具合よくなさそうね?」
 慌てて茜が近寄って、身を起こすのを手伝ってあげる。
「うーん、怪我以外は元気なんだけどね」
「それ元気って言わないの」
 こつんとジーナの頭を小突くと、彼女はバツが悪そうに舌を出して見せた。
「……お見舞いのお菓子と果物、こっちの台に置いてくね」
「ありがとう小夜ちゃん! もう、ここの食事味気なくってさぁ」
 ジーナが笑うと、小夜はちょっと複雑そうに目を伏せる。
 リコもごそごそと鞄を漁って、中から小型のゲーム機を取り出した。
「あたしからも差し入れだぜ。CAMのコマンド入力に似てっから、シミュレーションくらいにはなるんじゃねえかなって。あとイヤフォンも」
「うっわー、なにこれ! ハンターになるとこんなの貰えるの!?」
「別にハンターだからってわけじゃないんだけどね」
 リクが苦笑する横で、リコがゲームの初期設定を手伝ってあげている。
「それにしても、お互い新型での初任務が王相手とかついてないよね」
「うん……でも最終的には、私の実力不足かなって」
 リクの言葉に対して、彼女は寂しそうに笑ってみせた。
「……お姉はん、あの」
 不意に、小夜が割って入るように口を開く。
 だが彼女が次の言葉を口にするより前によりも前に、茜がフルーツ籠を抱えて椅子から立ち上がる。
「洗ってきてあげる。ちょっと待ってて」
「あっ、それなら僕も手伝うよ」
 茜とリクが病室を出ていくと、リコもうんと背伸びをして立ち上がる。
「あたしも飲み物買ってくるかね。続きはちょっと待っててな」
 そして、ぽんと小夜の肩を叩いてから病室から出ていく。
 ふたりきりになって、小夜は改めて口を開いた。
「お姉はん……助けてくれてありがとう」
「いいっていいって。それが私の仕事なんだ」
「でも……!」
 不意に声を荒げて、ジーナが目を見開く。
「身体が怪我しなかった代わりに、心が、すごく痛かった……だから無茶しないで欲しいし、私も庇われなくても大丈夫なくらい強くなりたい」
 震える口で声を振り絞ると、頬を小さな雫が伝った。
「小夜ちゃん……その、ごめんね」
「ううん、謝って欲しいんやないの。ただ、お友達だから」
 強いトーンで、その言葉を口にする。
「お友達だから、一緒に背中を預けて支え合いたい。それくらい……強くなるから」
 そこまで言って、部屋に静寂が流れる。
 ジーナが一度詰まらせるように息を吐き、それから優しい顔で小夜を見上げた。
「……うん、私も」
 やがて3人が病室へ戻ってくる。
 話が丸く収まったんだろうことを察した彼女らは、ホッと視線を交わした。
「それにしても、覚醒者だったらなぁ。もうとっくに元気になってるはずなのに」
 ぽつりとジーナがつぶやくと、リクが難しい表情で頬を掻く。
「マスティマ――エルモのご先祖様だね。あれ、乗るだけで今のジーナと同じくらいのダメージを負うんだ」
「ほんとに?」
「うん。だけど、それをすぐに治してしまう術も今はある。でも、最近思うんだ。そうしてまでここにいる僕って、本当に生きているって言えるのかなって」
「どういうこと……?」
 ジーナが首をかしげると、リクはまっすぐ彼女の事をみつめた。
「痛みってのは生きてる証拠なんだ」
「生きてる……」
 ぶるりと、ジーナが身体を震わせる。
 それから口元に引き寄せた手を、ぎゅっと握りしめた。
「……私、生きてるんだ」
「うん。今は、それを噛みしめてよ」
 そっと自分の肩を抱く彼女を、リクは静かに声を掛けることしかできなった。
「――さ、剥けたわよっ」
 茜が声をあげる。
 手に持った皿には、可愛い兎型のリンゴが並んでいた。
「ちゃんと栄養取って、早く治すこと。それがジーナの今の仕事ね」
「……うん」
 ちょっと震える声でジーナは答える。
 今はまだ届かないかもしれない。
 それでも、まだまだ成長できるのだ。

 ――生きてさえいれば。

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  • 白き流星
    鬼塚 陸ka0038
  • きら星ノスタルジア
    浅黄 小夜ka3062

重体一覧

参加者一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • きら星ノスタルジア
    浅黄 小夜(ka3062
    人間(蒼)|16才|女性|魔術師
  • 語り継ぐ約束
    天王寺茜(ka4080
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
  • 《キルアイス》
    リコ・ブジャルド(ka6450
    人間(蒼)|20才|女性|機導師
  • 重なる道に輝きを
    ユメリア(ka7010
    エルフ|20才|女性|聖導士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン volunteer
リコ・ブジャルド(ka6450
人間(リアルブルー)|20才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2019/04/24 09:23:04
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/04/23 12:29:26