ゲスト
(ka0000)
うちにおいでよ(旧物置部屋)
マスター:ことね桃

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~4人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/04/28 22:00
- 完成日
- 2019/05/02 10:06
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●色があふれ始めた部屋
フリーデリーケ・カレンベルク(kz0254)はコロッセオ・シングスピラの旧物置部屋を自室にしている。
それはとっても狭くて、ほんの少し開く換気用窓が2つあるだけの部屋。
当初はそこに大きな鉄製のパイプベッドと酒を置くためのサイドテーブルさえあれば十分だった。
毎日が戦いで、帰ってきたら安酒を喇叭呑みして眠るだけ——それで十分だったから。
だから物はいらない。
打ちっぱなしの石床に黒いベッドというモノトーンの部屋だけれど眠れるならそれでいいとフリーデは満足していた。
何よりそれは罪人フリーデが住処としていた牢獄によく似ていたから。
それなのに最近は……なんでだろう。昨年末に盟友から護符をもらったのをきっかけに、
恋人からもらった鮮やかな花束やアクセサリーが部屋を彩るようになって。
しまいには友人となった精霊に言われるがまま恋人の外套と同じ色のラグマットを買って、
朝にそれを眺めては「ふふっ」と微笑む始末。
最近は家具店に行って白地に青い小花が散っている壁紙を見ては(……いいなぁ)と思い始めている。
それを思い出した瞬間(とんでもない少女趣味だ! 私に似合うわけがなかろう!?)と赤面する。
(……なんなんだ、最近の自分は。どうかしている!)
そう思いながらも、やはり護符は小綺麗な額に入れて壁に飾っているし。
花だって専門店で加工してもらい、今もサイドテーブルを彩っている。そしてアクセサリーは……自分の首元に。
(おかしいおかしいおかしい。自分は所謂罪人で、今も友の墓の再建のために戦っているはず。
そんな自分が満たされて良いはずなどないのに……)
それでもやはり満たされる瞬間はかけがえのないものばかりで。
『……っ』
この気持ちをどうすればいいのかフリーデはわからず……ベッドに伏せると枕をぎゅうっと抱きしめた。
●その頃、コロッセオの事務室では
「最近、ちょっと困ってるんですよね」
事務室でのちょっとした休憩時間に職員がぽろっと愚痴をこぼした。
上官がコーヒーカップを手に椅子にどっかりと大きな尻を落とす。
「何だ、何かあったのか?」
「いやぁ、精霊の皆さんが公園住まいになったり故郷に帰ったりでコロッセオに空き部屋が増えたじゃないですか。
それで訓練棟を使えるようにしたり、資料室に歴史書や新しく編纂した史書を並べたりしているんですけど」
「ああ、それは知っている。自然精霊さんの殆どは皆無事に故郷に帰ったそうだし何よりじゃないか。
こっちもいざという時、軍人として本来の責務に専念できるしな」
ぐび、と甘ったるいコーヒーを啜る上官。その熊のような姿に職員は(何をのんびりとしたことを)を苦く思いつつ続ける。
「でも……物置に困ってるんですよ。ほら、フリーデリーケ様が掃除用具を放り出してあそこを占拠したから。
他の部屋だと日当たりが良くてモップやブラシが乾きやすいのはいいんですけど、薬剤の日持ちが悪くなったんですよね」
「む、それは困るな。余計に予算を使えば御上に顔向けできなくなろう」
ただでさえ邪神との戦に向けて軍事予算がかさみ続けている帝国だ。
1Gでも無駄にしてはならないと上官は砂糖たっぷりのコーヒーを反省するように苦々しく見つめた。
「それに他の部屋をコロッセオ本来の機能に戻そうとした際、あの掃除用具をどこに置くべきかと。
そんなに大量にあるものではないですが、どうしても臭いが出るのです。
できればフリーデリーケ様には別の部屋に移っていただいて、あそこを元の物置部屋にしたいのですよ」
ささやかながらも切実な部下の訴え。上官は逡巡すると、突然晴れやかな顔で部下の両肩に手を置いた。
「なるほど、それに英霊といえば元は帝国の英雄、あの部屋では失礼にあたるだろう。
もし陛下がお出でになった際に案じられることのないよう、相応のお部屋を用意せねばな。
よし、お前をフリーデリーケ様の説得役に命ずる!」
「え、えええええっ!!?」
無理だ、絶対無理だ。フリーデリーケ様はあのお部屋を心底気に入っておられる。
だってこの前も引っ越しを提案したら明らかに迷惑そうな顔で酒臭い息を吐いて。
『狭いから掃除の手間が少なくて良い。余計な気遣いは不要だ』と言ってベッドで幸せそうに寝転んでいたもの!
あの青いラグマットを眺めて!!
職員は財布を開き、手持ちの金を数えるとハンターオフィスに向かうことにした。
●結局はハンターに頼むのね?
「……で、それでフリーデリーケが引っ越すようにしてほしいと」
只埜 良人(kz0235)は職員から話を聞くと困ったように禿頭を掻いた。
「ええ、とりあえずフリーデリーケ様がお気に召される部屋に移られれば、と。
物件を用意するのは予算の都合上難しいですが、
家具は精霊様方に購入した物の中で未使用品がありますのでお好みのものを用意できるかと思います」
「しかし精霊の精神は自由で頑固ですからね。
その部屋から離れることがフリーデの苦しみに繋がるとしたら良くはないでしょう?
ハンターは派遣しますが……もし結果が厳しくとも彼女のことを否定しないでやってください」
フリーデの過去を知る良人はそう言って書類に依頼内容を纏め、職員に確認させた。
「はい、それで結構です。どうかよろしくお願いします……」
気の弱そうな職員はぺこ、と頭を下げるとオフィスから心持ち背を丸めて出て行った。
その時、白いドレスの女が調子はずれの鼻歌を歌いながら現れる。曙光の精霊ローザリンデ(kz0269)だ。
『聞いたよ、フリーデリーケをあの辛気臭い部屋からついに叩きだすんだって? アタシもあの子の部屋のことは気にしてたんだよ。あれじゃ友達どころか彼氏も呼べやしないってね。第一女の子の部屋なのに化粧台どころか鏡のひとつもないというのも色気のない話だよ、まったく……ああ、そうだ! あの子の部屋でパーティーをするってのはどうだろうね。あの狭い部屋なら何かと不便だろうし、楽しいことをするならある程度の間取りがないとキツいってわかりゃ自然と広い部屋に行きたいって思うんじゃないかい? そしたらさぁ、他人の目も気にするようになってもっと綺麗な部屋にすると思うんだよ。ねえ、アンタそうは思わないかい!?』
お節介なローザがカウンターに両肘を乗せて身を乗り出し、早口でまくし立てる。その様は親戚のお節介なおばさんのようだ。
「は、はぁ……まぁ、そこら辺はハンターにお任せしますけど……」
『よし、準備はアタシに任せときな。アンタは人員の募集を頼んだよ!』
椅子から勢いよく立ち上がり、意気込んでどこかに走っていくローザ。
そこでぽつんと取り残された良人は依頼書の下に「楽しくパーティーしましょう」と書き加えた。
フリーデリーケ・カレンベルク(kz0254)はコロッセオ・シングスピラの旧物置部屋を自室にしている。
それはとっても狭くて、ほんの少し開く換気用窓が2つあるだけの部屋。
当初はそこに大きな鉄製のパイプベッドと酒を置くためのサイドテーブルさえあれば十分だった。
毎日が戦いで、帰ってきたら安酒を喇叭呑みして眠るだけ——それで十分だったから。
だから物はいらない。
打ちっぱなしの石床に黒いベッドというモノトーンの部屋だけれど眠れるならそれでいいとフリーデは満足していた。
何よりそれは罪人フリーデが住処としていた牢獄によく似ていたから。
それなのに最近は……なんでだろう。昨年末に盟友から護符をもらったのをきっかけに、
恋人からもらった鮮やかな花束やアクセサリーが部屋を彩るようになって。
しまいには友人となった精霊に言われるがまま恋人の外套と同じ色のラグマットを買って、
朝にそれを眺めては「ふふっ」と微笑む始末。
最近は家具店に行って白地に青い小花が散っている壁紙を見ては(……いいなぁ)と思い始めている。
それを思い出した瞬間(とんでもない少女趣味だ! 私に似合うわけがなかろう!?)と赤面する。
(……なんなんだ、最近の自分は。どうかしている!)
そう思いながらも、やはり護符は小綺麗な額に入れて壁に飾っているし。
花だって専門店で加工してもらい、今もサイドテーブルを彩っている。そしてアクセサリーは……自分の首元に。
(おかしいおかしいおかしい。自分は所謂罪人で、今も友の墓の再建のために戦っているはず。
そんな自分が満たされて良いはずなどないのに……)
それでもやはり満たされる瞬間はかけがえのないものばかりで。
『……っ』
この気持ちをどうすればいいのかフリーデはわからず……ベッドに伏せると枕をぎゅうっと抱きしめた。
●その頃、コロッセオの事務室では
「最近、ちょっと困ってるんですよね」
事務室でのちょっとした休憩時間に職員がぽろっと愚痴をこぼした。
上官がコーヒーカップを手に椅子にどっかりと大きな尻を落とす。
「何だ、何かあったのか?」
「いやぁ、精霊の皆さんが公園住まいになったり故郷に帰ったりでコロッセオに空き部屋が増えたじゃないですか。
それで訓練棟を使えるようにしたり、資料室に歴史書や新しく編纂した史書を並べたりしているんですけど」
「ああ、それは知っている。自然精霊さんの殆どは皆無事に故郷に帰ったそうだし何よりじゃないか。
こっちもいざという時、軍人として本来の責務に専念できるしな」
ぐび、と甘ったるいコーヒーを啜る上官。その熊のような姿に職員は(何をのんびりとしたことを)を苦く思いつつ続ける。
「でも……物置に困ってるんですよ。ほら、フリーデリーケ様が掃除用具を放り出してあそこを占拠したから。
他の部屋だと日当たりが良くてモップやブラシが乾きやすいのはいいんですけど、薬剤の日持ちが悪くなったんですよね」
「む、それは困るな。余計に予算を使えば御上に顔向けできなくなろう」
ただでさえ邪神との戦に向けて軍事予算がかさみ続けている帝国だ。
1Gでも無駄にしてはならないと上官は砂糖たっぷりのコーヒーを反省するように苦々しく見つめた。
「それに他の部屋をコロッセオ本来の機能に戻そうとした際、あの掃除用具をどこに置くべきかと。
そんなに大量にあるものではないですが、どうしても臭いが出るのです。
できればフリーデリーケ様には別の部屋に移っていただいて、あそこを元の物置部屋にしたいのですよ」
ささやかながらも切実な部下の訴え。上官は逡巡すると、突然晴れやかな顔で部下の両肩に手を置いた。
「なるほど、それに英霊といえば元は帝国の英雄、あの部屋では失礼にあたるだろう。
もし陛下がお出でになった際に案じられることのないよう、相応のお部屋を用意せねばな。
よし、お前をフリーデリーケ様の説得役に命ずる!」
「え、えええええっ!!?」
無理だ、絶対無理だ。フリーデリーケ様はあのお部屋を心底気に入っておられる。
だってこの前も引っ越しを提案したら明らかに迷惑そうな顔で酒臭い息を吐いて。
『狭いから掃除の手間が少なくて良い。余計な気遣いは不要だ』と言ってベッドで幸せそうに寝転んでいたもの!
あの青いラグマットを眺めて!!
職員は財布を開き、手持ちの金を数えるとハンターオフィスに向かうことにした。
●結局はハンターに頼むのね?
「……で、それでフリーデリーケが引っ越すようにしてほしいと」
只埜 良人(kz0235)は職員から話を聞くと困ったように禿頭を掻いた。
「ええ、とりあえずフリーデリーケ様がお気に召される部屋に移られれば、と。
物件を用意するのは予算の都合上難しいですが、
家具は精霊様方に購入した物の中で未使用品がありますのでお好みのものを用意できるかと思います」
「しかし精霊の精神は自由で頑固ですからね。
その部屋から離れることがフリーデの苦しみに繋がるとしたら良くはないでしょう?
ハンターは派遣しますが……もし結果が厳しくとも彼女のことを否定しないでやってください」
フリーデの過去を知る良人はそう言って書類に依頼内容を纏め、職員に確認させた。
「はい、それで結構です。どうかよろしくお願いします……」
気の弱そうな職員はぺこ、と頭を下げるとオフィスから心持ち背を丸めて出て行った。
その時、白いドレスの女が調子はずれの鼻歌を歌いながら現れる。曙光の精霊ローザリンデ(kz0269)だ。
『聞いたよ、フリーデリーケをあの辛気臭い部屋からついに叩きだすんだって? アタシもあの子の部屋のことは気にしてたんだよ。あれじゃ友達どころか彼氏も呼べやしないってね。第一女の子の部屋なのに化粧台どころか鏡のひとつもないというのも色気のない話だよ、まったく……ああ、そうだ! あの子の部屋でパーティーをするってのはどうだろうね。あの狭い部屋なら何かと不便だろうし、楽しいことをするならある程度の間取りがないとキツいってわかりゃ自然と広い部屋に行きたいって思うんじゃないかい? そしたらさぁ、他人の目も気にするようになってもっと綺麗な部屋にすると思うんだよ。ねえ、アンタそうは思わないかい!?』
お節介なローザがカウンターに両肘を乗せて身を乗り出し、早口でまくし立てる。その様は親戚のお節介なおばさんのようだ。
「は、はぁ……まぁ、そこら辺はハンターにお任せしますけど……」
『よし、準備はアタシに任せときな。アンタは人員の募集を頼んだよ!』
椅子から勢いよく立ち上がり、意気込んでどこかに走っていくローザ。
そこでぽつんと取り残された良人は依頼書の下に「楽しくパーティーしましょう」と書き加えた。
リプレイ本文
●サプライズパーティーの準備とは
それはフリーデリーケ・カレンベルク(kz0254)が私用で昼下がりまで外出していた日のこと。
家主がいないのを確認した澪(ka6002)と濡羽 香墨(ka6760)が合鍵で扉を開ける。そこは石造りのこじんまりとした部屋。
「オフィスで説明は受けたけど……予想外に狭いね」
「うん、狭い。それに物もない。あ……でも、あの札」
香墨はかつてフリーデに渡した札が額に入れられて飾られているのを見つけると嬉しそうに微笑んだ。
しかしフリーデの部屋はリアルブルーの日本でいうところの4畳でとにかく狭い。
そこにあの巨体が寝転ぶ「頑丈」という言葉を体現したような鉄の巨大なベッドが部屋の半分近くを占拠している。
「ベッドは外に出した方が良さそう」
「うん。このままじゃ。雑談しかできない」
そこでふたりは仕方なく覚醒し(何しろ普通の少女には重すぎるものだ)、ベッドを隣室に移した。
隣室には椅子や机が端に寄せられているものの十分な広さがあり、ベッドを置いても十分なスペースがある。
思わず澪がため息をついた。
「これぐらい広ければフリーデものびのびできるのに」
「……でも、気持ちは。わかる。私も路地裏で生活していた頃。ああいう部屋で休むこと。多かったから」
身寄りのない香墨にはかつて「鬼」というだけで理不尽な差別に晒された時期があった。
当時路地裏の廃屋に隠れて息を潜め、差別主義者達をやり過ごした事を思い出す。
だから馴染みのある空間に安堵する気持ちは理解できる……そんな憂いを帯びた香墨を澪が抱きしめた。
「大丈夫。香墨の隣には私がいるから」
「……ん。ありがと。そうだね。私には澪がいる」
澪の手に己の手を重ね、微笑む香墨。
以前は歪虚どころかヒトさえも憎んでいた彼女だが、長い旅を終えた香墨は心穏やかでこうして友誼を結んだ者に心を傾けることも自然とできるようになった。
……それはとても良い変化だと澪は思う。
そんなふたりがフリーデの部屋に戻ったところ、フリーデの部屋ではフィロ(ka6966)とローザリンデ(kz0269)が大きめのラグを敷き、いわゆる卓袱台に近い形のテーブルを部屋の中央に置いていた。
これらは全てコロッセオの備品。フィロとローザは美しい見た目にそぐわぬ膂力で一気にそれらを運んできたのだ。
「ああ。澪様、香墨様、お久しゅうごさいます。申し訳ありませんがラグを敷きましたのでお靴を脱いでお入りくださいませ」
「ん、うん」
澪と香墨が靴を脱いでラグに上がると足裏にぬくもりを感じる。先ほどまでフィロが干してくれていたのだろう。
「あ、そういえば御主人様よりフリーデ様のお部屋には大きなベッドがあると伺っていたのですが、もしかしておふたりが動かしてくださったのですか? 見当たらないものでどうしたものかと」
御主人様とは依頼人のこと。オートマトンとして起動した折に世界観の混同が発生したフィロは依頼人を「御主人様」と呼ぶ異常が発生している。
とはいえ、フィロとも依頼で何度も顔を合わせている澪達だ。疑問に感ずることなく頷く。
「ん。さすがにあれは邪魔になるから」
「まぁ、ありがとうございます! おかげで支度は順調に進んでおります」
そう言ってクッションを人数分並べるフィロ。彼女は護衛用を兼ねたメイド型オートマトンとのことだが、その手際の良さは本職さながらだ。そしてローザは何やら大きな紙箱を壁に立てかけ、そわそわしている。
そんな中、フィロは少し残念そうな顔で机にトレイを並べた。
「床に直接座って食事をする場合に、箱膳ではなく板状のものを置いて食す文化があるそうですが、それを見つけられなかったものですから。皆様ご容赦くだされば嬉しいのですが……」
「ううん。座れる場所と机があるだけでもすごく嬉しい。ね、香墨」
「うん。机があると。色々できる。……それより。フリーデが帰ってくる前に。準備。終わらせないと。フィロ、手伝うよ」
そう言いながらフィロの持参した荷物をほどくふたり。多種にわたる飲み物や部屋を彩る花籠が木箱に並んでいた。
「わ、綺麗」
「ええ、サプライズパーティーと言えばやはり主賓を驚かせなければと。フラワーリースはパーティー用にも、そのままドライフラワーにしても部屋の飾りになります」
「ドライフラワー……それなら外に出ることの多いフリーデに喜んでもらえそう」
「ええ。花もそうなのですが……花瓶がないだろうと想像できるお宅に持ち込むのは失礼だと思いました。栄養剤入りですので、それなりに長く楽しめると思います」
フィロの心配りに感心する澪と香墨。
彼女達が卓上コンロとカトラリー一式をセットし、飲み物とグラスをサイドテーブルに品よく並べればパーティー会場の完成だ。
そこに大きなバッグを抱えたアルマ・A・エインズワース(ka4901)が飛び込んでくる。
「フリーデさん、もう少しで来るですっ! さっきお城から出てくるのを見たですよっ」
「アルマ様、ご安心くださいませ。パーティーの準備は澪様と香墨様と私で済ませて頂きました」
「わ、わふ。ありがとうなのですっ! 僕もお手伝いできればよかったのですが……」
「いいえ、本日のパーティーはアルマ様とフリーデ様のお祝いですから。アルマ様も主賓のおひとりとしてお楽しみくださいませ」
「そうそう。アルマ、おめでとう」
「良かった。フリーデが。幸せになるなら」
「わわっ、ありがとうなのです!」
耳をへちょ、と垂れるアルマにフィロが微笑みながらフォローすることで、皆が自然と祝いの言葉を述べる雰囲気を作る。多少の混同やこだわりはあれど、やはりフィロの根本は気配り十分なメイドなのだ。
●帰ってきた家主
『……なんだ? 私の部屋からマテリアルの匂いがする』
フリーデはコロッセオに帰還するなり、怪訝そうな顔で自室に向かった。
ここは精霊に解放されているといえど軍事施設。マテリアルを持つ者でも安易に個人の部屋には入れないようになっているはずだ。
彼女はすり足気味で息を殺しながらドアノブに手をかける。侵入者が好ましくない者だった場合、早急に取り押さえられるようにと。
『何者だ、私の部屋に勝手に入るとはいい度胸だな!!』
厳しい声音と険しい顔で勢いよく扉を開けるフリーデ。だが次の瞬間、彼女の目の前にフィロの笑顔と春の花がこんもりと盛られた花籠がとびこんできた。
「おかえりなさいませ、そしておめでとうございます、フリーデ様とアルマ様。少し遅くなりましたがお祝いにと参りました」
『え、え? ……どういうことなのだ?』
突然のことにキョトンとするフリーデ。
花籠はありがたく頂戴したが、どうにも事態が掴めていないようで全員の顔を見回して瞬きを繰り返す。
そこに澪が悪戯めいた顔で微笑んだ。澪の双子の片割れはかなりの悪戯者なのだが、彼女もまた面白いことが好きらしい。
「アルマとフリーデが交際を始めたと聞いて。皆でお祝いに来た。だから今日はおめでとうとお幸せにの日」
『あ……ええと……ありがとう? というか、皆……何で知っているのだ??』
不思議そうに首を傾げるフリーデに香墨がおどおどと答える。
「あの……報告書、読んだ。あと、最近のアルマとフリーデを……見ればわかる」
「うん、アルマがフリーデを気に入っているのは前から知ってたけど。でもフリーデがバレンタインの頃からアルマに対して明らかに表情とか。言葉とか。変わったねって」
『そ、そうなのか。そんなに違うのか?』
「ええ、それはもう。オートマトンかつ任務遂行を何よりと思考する私でさえ感受できるほど、アルマ様への挙動が変化されています」
フィロの言葉がよほど心に突き刺さったのかフリーデが花籠を天井側の棚に置くと、しゃがみ込んで真っ赤になった顔を覆ってしまう。
そこに当事者のアルマが今までの流れを完全に無視し、大型犬の如く跳びついた。
「わふーっ! フリーデさん、遊びましょー!」
2m近いフリーデの身長のせいで忘れられがちだが、アルマとて187cmの高身長。
びょーんとジャンプすればそれなりの重みが相手に掛かるわけで。
『あ、アルマ……今はそれは危険だ!』
そこで咄嗟に立ち上がり、力づくでアルマをキャッチしすると、子供をあやすように抱き上げてぐるぐる回転するフリーデ。
いつものリアクションにアルマはご機嫌になり、きゃふきゃふ笑う。
その様子はまるで子供か大型犬と遊ぶよう。
それでもやはりフリーデに恥じらいという感情が伴う以上は友情とも異なるのだろう。
(ああいうのが。恋人。なのかな?)
よくわからない、と香墨は不思議そうにふたりを見つめた。
●精霊からの贈り物
ようやく事態を理解し、大人しくなったフリーデにローザが渡したものは黒地に薄いグレーの入ったワンピースとリボンと靴。そして姿見だった。
『アンタはいつもその革鎧ばかりだからねェ。たまには女らしい格好でもしてみなって思ったんだよ』
本当はもっと可愛いものがあればと思ったものの、約2m近い筋肉質の体に合う服などそうそうないわけで。
結局吊るしの中で着られるのはこのシンプルなワンピースしかなく……でも、とにかく着てみろとローザが紙袋をフリーデに押し付ける。
『う……でも、私なんかが着ても絶対似合わないに決まってる……』
おろおろと扉から逃げようとするフリーデ。そこを澪と香墨がしっかりガードする。
「見てみたいな。フリーデのワンピース姿」
「うん。興味。ある」
『し、しかしだな……』
そこにフィロが何の邪心もなく問う。
「アルマ様、アルマ様はフリーデ様があのお洋服を着られたらところをご覧になりたいと思われますか?」
「わふふ、それは見てみたいです! フリーデさん、いつも恰好いいから。たまには可愛い服も着てみてほしいですし、絶対に似合うです!」
「それなら着付けは私にお任せください。きっと素敵な仕上がりにして参りますので!」
フィロが張り切って紙袋を小脇に抱き、フリーデを隣室へ連れ込んでいく。
その後『や、やめ……!』とか『そういうのは私には……!』とか必死な声が聞こえてくるのが何ともおかしくて。主犯のローザはもちろん、澪達も思わずくすっと笑ってしまう。2年前までひどく荒んでいたあの英霊がここまで女性の部分を取り戻すとは誰が思っていただろうか。
とにもかくにもアルマは心を躍らせながら紅茶を飲んでいた。
数分後、疲労困憊した様子で現れたのはワンピースだけでなくレースのリボンがついた靴を履き、髪にしっかり櫛を通した上に白のレースのリボンを付けたフリーデ。そしてやりきった男……もとい、メイドの顔をしたフィロ。
だがフリーデは姿見を見て『うう……肩幅が広すぎる。腕なんかはちきれそうになっている……。やはりいつものが……』と嘆く。
フィロがすぐさま「大丈夫です、次はきちんとしたテーラーに依頼して体に合う服を作っていただきましょう。それにメイクをすればきっともっと素敵になります、フリーデ様は元がよろしいのですから」とフォローするも、肩を落とすばかりだ。
その時アルマが「わふー! こういうフリーデさんも可愛いですっ。強いフリーデさんも大好きですけど、女の子なフリーデさんも素敵なのですー!」と叫んで恋人にしっかと抱き着いた。
『アルマ、お前……本当にそう思っているのか?』
「僕がフリーデさんに嘘ついたことあるです? 僕は嘘っこ嫌いですよ?」
『いや……うん、それなら……今日ぐらいは……着る……』
どうやらフリーデはアルマにすっかり絆されたようだ。靴を脱ぐとリボンをひらひらさせながらテーブルの前に座った。
●まずは乾杯を
フィロは澪と香墨にサングリアを、成人組にはコンロで温めたホットワインを配った。
そしてテーブルの中央には色とりどりの春の果物。殺風景な壁の部屋でありながら、目にも楽しい光景が広がる。
「それでは乾杯といきましょうか。まずは発起人のローザ様、お願いいたします」
フィロがそう言ってグラスを手にする。
『んー。まぁ、今まで色々あったみたいだけど。アルマとフリーデのこれからを祝して乾杯! ……でいいかい?』
そんなローザの中途半端な音頭はともかくとして。小さい部屋ながら全員でグラスを掲げて口をつける。
柔らかな香気が口腔を満たし、澪と香墨はため息をついた瞬間に肩がぶつかりあうと「大人になったみたい」と笑い合った。
こういう楽しみはもしかしたら狭い部屋だからこそできることなのかもしれない。
リアルブルーに存在した炬燵のようにちょっとした瞬間に肌が触れあって、笑ったり喋ったり。
そんな幸せを誰もが感じていた。
●ボードゲームで人生を考える者達
アルマが持参した品は「人生遊戯」というボードゲームだった。
大型の板紙に無数のマス目が並んでおり、そのひとつひとつに人生で起こり得る様々な幸運やトラブルが書かれている。
サイコロを転がして進む点は通常のすごろくと同様だが、一番先にゴールすれば勝ちではなく。
ゴール時点で幸運度が高い順に勝負が決まる「終わりよければ全て良し」という人生哲学をしみじみと感じるゲームである。
それゆえにサイズが大きく……恐らく以前の部屋の状況だったらまずプレイさえできなかったであろうゲームだ。
「それじゃあ、ジャンケンで順番を決めてサイコロを振るですー♪」
無邪気に「最初はグー♪」と歌うアルマに続いて順番を決める仲間達。もちろん最初はルールを覚えるのと、突然発生する出来事の数々に一喜一憂するばかりだ。
その様子を長閑に眺めながらフィロが紅茶を淹れる。
彼女は勝ち負けよりも、いかに皆が気持ちよく楽しめるのかが大切と考えている。
その中でプレイスタイルは人それぞれ。
アルマはギャンブル要素のあるコマに停まると毎回チャレンジし、勝負運があるのかたちまち富豪になった。
しかし何度も勝てるわけではなく、時折負けては「わふー……貧乏神さんが来ちゃったです?」と転落しては再浮上するという何ともエキサイティングなプレイを見せる。
一方で手堅いのは澪。
平常心を常に意識し、カードを使うギャンブルでは顔に感情を表さないため相手に手札を読ませない。
そのため早々に独立し、悠々自適な人生を送る。
また、隣に座る香墨は危機管理能力が高いのかギャンブルはできるだけ避け健全に稼ぐ。そんな中で。
「……結婚のマス。止まったんだけど。誰と結婚するの」
桃色のマスに停まった彼女は首を傾げ、サイコロを握る。
「んーとですね、このゲームでは特定の誰かというのはないんです。でも結婚すると子供ができるようになるので後々幸福度がアップするから後で有利になりますね」
「そうなんだ。一緒にいるなら。澪とが良かったのに」
アルマの説明を聞いて少し残念そうに結婚札を受け取る香墨。
澪が「私も香墨とだったらいいな」と微笑むと、彼女は「ね」と微かに笑った。
続いてフィロは全てを運に任せてサイコロを振る。
しかし彼女も堅実に稼ぐ性質らしく、失敗マスを踏んでも幸運マスでしっかりと取り戻して稼いでいく。
そして円満な家庭もきっちり組み上げて。まさに彼女の誠実さを表したような人生だ。
最後に――フリーデとローザといえば。
賭け事好きの帝国出身の血が騒ぐのか、とにかくギャンブルに大金をつぎ込んでは大負けするという大惨事を繰り返していた。
やがてフリーデが自己破産し、絶望の嘆きと共にテーブルに突っ伏す。
『何故だ、何故勝てない……!? 私は人生どころかゲームまで負け組となるのか!?』
『そりゃアンタ、勝つまで賭けないからだよ。勝つまでやれば負けないんだよ!! アンタはどうする? アタシはそうするね!』
実は既に借金持ちの癖に男前の顔で親指を立てるローザ。その果敢さにフリーデが発奮し、がばりと起き上がった。
『おお、それはそうだ! 諦めなければ必ず勝てるはず……金はどこまで借りられる!? アルマ、教えてくれ!』
――ああ。このふたりには財布を任せない方がいいだろう。少なくともこの場にいる皆はそう思ったに違いない。
●激戦の末のお茶会
結局、ゲームは波乱の末にアルマが一位、続いて澪、フィロ、香墨、ローザ、フリーデの順で決着がついた。
「……なかなか難しいゲームだったけど。色々考えさせられたね」
澪がジュースを飲みながら呟く。人生とは金や土地とその運用だけではなく、家族や友人との繋がりも大切にせねばならないのだと。
その点フリーデは危険な香りがするのだが……まぁ、本人は物欲がないタイプなので大丈夫だろう。と思いたい。
しかしフリーデは不満そうでもう一度やりたいと口を尖らせる。するとアルマがにっこりと笑った。
「またやるなら、大きめの机があっても便利ですよー。その方がカードを手で直接持たずに並べて管理できますし、資産をメモして確認しながらやれるので勝率も上がるかもです」
『なるほど……しかしこれ以上大きな机となると部屋の大きさが足りんな』
そこで皆の視線が一斉に交差した。攻勢をかけるなら今だ、と。
「それなら広いお部屋に行くです? すっごくいいと思うです! そしたらゲーム以外にももっと色々置けるですっ。これからの思い出、もっとたくさん増やすですー」
アルマの無邪気な笑顔。でもフリーデは『しかし広いと落ち着かんのだ』と眉尻を落とす。
そこで香墨が口を開いた。
「私もここは昔を思い出すけど。お勧めはできない。……私が言えたことじゃないけど。もうちょっと広い方が、落ち着くと思う。……それにフリーデ。あの時の。ちゃんと持っててくれた。これからもっと。増えるかもしれないし。服も。増えるかもしれないし。部屋が広い方が良いと思う。……あと、面と向かっては言いづらいけど。狭すぎるのは事実だし」
『……でも、やはり私にはこの部屋が……』
「過去を捨てろなんて。私は言える立場じゃないかもしれないけれど。前は見てほしい。私が言えるのは。それだけ」
『……』
フリーデがしゅん、と俯く。本当はわかっている。この部屋にこだわるべきではないと。
だけど苦しんだ友のことを思うたびに、視界の狭いこの部屋が自分にはお似合いだと思ってしまうのだ。
そんな時、フリーデを見下ろすように澪が立ち上がった。
「フリーデは軍人だよね。偉いよね?」
『ぐ、軍人ではあるが……最終経歴は一兵卒だ。絶火の騎士としても下位で偉くなど……』
「口答えしない!」
『む……』
フリーデが肩を強張らせ、澪を見上げる。澪は丹田に力を込め、思考を巡らせながら声を張った。
「精霊でえらいフリーデが狭い部屋だと他の人への示しがつかない。フリーデは今、あちこちの戦場で戦ってるけど。頑張ってるけど。そうすると力のない精霊や、訓練期間中だったり待機中の軍人の立場がなくなってしまうの」
『……!』
「フリーデがここに居続けることで、フリーデより活躍できない子はもっと狭い環境で質素に暮らさないといけないの? ってことにもなるんだよ。贅沢どころか必要なものが欲しくても言えなくなる。……それに今は過度に質素にすることが美徳の時代ではないこと、わかってるよね」
『……そうだな。私は周りのことを考えていなかった。それは認めよう』
その言葉に澪はふっと笑みを浮かべた。
「それに何より、私達は友達。これからもこうやってパーティーをしていきたい。だから狭いと困る。ね、香墨?」
「ん。友達だから言えること。あるし。息抜きは必要。そういう時。パーティーはいい機会に。なると思う」
「だから引っ越ししよう。軍人さんが言ってた、空き部屋はあるんだって。きっとすぐに話はつくはず。一緒に話に行こう」
そう言って澪はフリーデの手を取った。フリーデが頷く。――こうして、フリーデの引っ越しが決定した。
●宴もたけなわ
引っ越しが決定した後、澪達はアルマとフリーデを部屋に残してコロッセオの給湯室で簡単な料理を作っていた。
おにぎりとポテトサラダとじゃがいもとベーコンのスープ。スープはフリーデのリクエストで、生前食べていたものらしい。
そこでコロッセオの資料室で見つけたレシピを参考にスープを作るフィロ。しかし味見をするといまひとつ、という顔をした。
「戦場で食料のない中作ったものなのでしょうね。素朴というか……少し味気ない感じがします」
「今だと色々調味料があるし。私達の感覚と少し違うのかも。フリーデ、連れてくればよかったかな……でも少し、邪魔になりそうな気もする……」
あの超絶不器用な英霊がここにいたらどうなっただろうと澪が首を傾げる中、香墨は調味料を小皿に入れるとトレイに乗せた。
「あちらにも。コンロあるし。口に合わなければ。その場で調味すれば。いいんじゃない」
「そっか、それもいいかも。フリーデにもいい経験になるだろうし」
そう言うと澪達はトレイを運び始めた。
その頃、アルマはというと最近少し元気のないフリーデを案じていた。
「最近、フリーデさん元気ない気がするです。何かお悩みでもあるですか?」
『……お前が、守護者になって。ますます強くなったのを頼もしく思うと同時に……何となく遠くなったような気がしてな。それに守護者は星やヒトを守るための義務を課される。それ故に危険な地へと駆り出されることも多くなるだろうから……』
先ほどまで揺れていたリボンがへたれたように頭に垂れる。するとアルマはにっこり笑ってフリーデの頭を撫でた。
「大丈夫ですよ。守護者になったの、ほぼフリーデさんのためですもん」
『何だと?』
「フリーデさんがここにいるには信仰が必要でしょう? なら、ヒトを守ることってフリーデさんを守ることですよね」
『確かに私を信じる者がいなくなれば私は消えるが、でもお前に何かあったらと思うと辛いのだ。私は帝国以外の地に往くことはできない。お前に何かあったら……きっと消えた方が良いぐらい辛くなる……』
「大丈夫です、僕は強い子ですから。それに守護者なら精霊さんにちょっと近い存在になれるかなって。少なくとも大精霊さんとは理解し合えたわけですし」
大丈夫大丈夫、と繰り返してフリーデの頬を撫でるアルマ。ぬくもりがフリーデの心を満たしていく。
「それにずっと一緒だって言ったですっ。フリーデさんの為ならなんでもするです! だから最前線に行っても必ず戻って来るですよ。これは約束ですっ」
そう言って右手の小指を差し出すアルマ。冷たいがその意思を示すように堅い指がフリーデの指に絡みつく。
「……それに何度生まれ変わっても、たぶん僕フリーデさんのこと好きになりますし。あとね、僕が死んだら英霊になりたいです。そうしたらずっとフリーデさんと一緒にいられるじゃないですか」
『馬鹿者……そういうのは生き切ってからいうものだ。しわくちゃのおじいちゃんになって、あったかい布団の中で横になって、最期の時にようやく約束するものだ。そうしたら私は何百年経とうとお前を待つぞ。お前を必要とする人が増えるように伝承しながら、いつまでもいつまでも……』
「ん、わかったです。それじゃあますます死ねないですね。……寂しがりの君を置いていくわけにはいかないですから。本当に寂しがりで……可愛い子です」
そう言ってフリーデの頭を抱きしめるアルマ。フリーデは袖で涙をぐしぐしと拭いた。
いつのまにこんなに涙もろくなったのだろうと思うと同時に、化粧をしなくてよかったと思う。
そうしたらきっと――ぼろぼろのひどい顔になっていただろうから。
それからしばらくして。
澪達が料理を次々と運んできた。可愛らしいおにぎりにサラダに旧い時代のものを再現したスープ。
それに香墨が旅先で購入した乾物や果物も綺麗に盛り付けられている。
フィロはスープ皿に一掬いスープを注ぐと、フリーデに「ご賞味ください」と差し出した。
『うむ……たしかにこれはあの時代の味。イモとベーコンの味しかしない素朴な旨味……懐かしい。ありがとう、ありがとう、フィロ!』
仲間達にとっては素っ気ないだけのスープだが、フリーデにとっては思い出の味らしい。
さすが帝国、旧時代から現代に至るまで引き続く伝統のメシマズ国家である。
そこでフリーデの分とそれ以外のメンバーの鍋を分け、味を加えることでなんとか対処した。
おにぎりは澪が主に作ったもので、香墨の好みを熟知しているからこその具が一通り揃っている。
澪は一番出来がいいものを手に取ると親友に差し出した。
「香墨。これ自信作。あーん」
綺麗に三角に握ったおにぎりの中には香墨の好きな具が大きめにカットされて詰められている。
香墨は周りを少し恥ずかしそうに見るも、髪をわけて「あーん」と口にする。
途端に口の中いっぱいに旨味が広がり、彼女は幸せそうに頬張った。
「……フリーデもやってあげたらどう?」
ちら、とフリーデを見る澪。
フリーデは『いいのか?』とアルマに尋ねると「わふふ、喜んで! でも次はフリーデさんの作ったおにぎりを食べたいです!」と元気に答える。
先ほどの頼もしさと凛々しさはどこへ行ったのやら――でも、そこがとても愛おしい。
『……あーん』
「はい、あーん」
そんなふたりの姿を見てフィロは(ああ、これでおふたりともお命を大切にされることでしょう)と安堵し、飲み物をグラスに注いだ。
「皆さま、お飲み物をどうぞ! おにぎりもサラダもたくさんございますが、喉につまりやすいですからね。香墨さんのデザートも美味しいですよ、ぜひお楽しみに」
●夕闇迫る
時は18時を過ぎた。
日が暮れ、薄闇に包まれそうになる中でローザがうとうとと舟をこぎはじめる。その背を軽く澪が叩いた。
「ローザ、そろそろ眠くなってきた? いつもの灯りの下まで送ろうか」
『……ありがと。それじゃあ悪いけど、少し力を借りるよ』
澪がローザの手を引いて立ち上がらせる。そしてもう一方の手を香墨に差し出した。
「それじゃあ私達もお暇しよう、香墨。アルマはフリーデと、ごゆっくり」
「そうだね。アルマもいるし、遅くなりすぎると大変だから。おやすみなさい」
「んー。澪さん、香墨さん、ローザさん、ありがとうですー。お気をつけて!」
手を振るアルマに澪達は小さく一礼するとコロッセオの外に出た。
ローザの仮宿であるランタンまではほんの3分程度。
ローザがいつものように消えるのを見送ると、澪は香墨に腕を絡める。
「おかえり、香墨」
「ただいま、澪」
年末から分かれて5カ月近く。
依頼で偶然再会したこともあったといえど、会えない日々は互いに心が乾いていた。
香墨には帝国により犠牲になった魂達を天へ送るため各地で歌い続けるという目的があったとはいえ――それでも愛する人と離れることはただただ苦しい。
だから帰還した今、ふたりはようやく比翼連理の鳥と同様に再び羽ばたき始める。
かの鳥が翼と目を一対しか持っていないように、彼女達もその魂が対になるように重ね合わせているのだから。
「今日はいっぱいお話ししようね?」
「……ん。旅の話とか。いっぱいある。澪も。たくさんの出来事が。あったんでしょう?」
「うん。だから宿でゆっくり休んでいっぱい話そう。冒険に出るのはそれからでもいい」
はにかむ澪と目を細める香墨。今はそれだけで幸せだった。
一方、フィロも食器の片づけを一通り終わらせると帰り支度を始めた。
『フィロ、今日は本当にありがとう。楽しい一日だった』
「いいえ、これが私の仕事のひとつですから。……それよりも、お引越しされましたらフリーデ様の周りには人も英霊も精霊も、たくさん集まることでしょう。カトラリーも多めに準備された方が良いかもしれませんね」
『なっ! そんなに来るのか?』
「いえ、いきなりはないと思いますが……でも、これから楽しいことがたくさんあると思います。フリーデ様、どうかこれからの生を楽しまれてください。それが私からの願いです」
『ああ……ありがとう。そのことは忘れないよ』
フィロと握手を交わすフリーデ。その笑顔にはもう曇りはなかった。
●すべてが終わった? いやいやまだまだ
皆を見送った後、アルマは4本の高級酒を鞄から取り出しては次々と机に並べた。
シードル「エルフハイム」、デュニクスワイン「ロッソフラウ」、「ヨアキム」純米大吟醸、グリューワイン「ヴァンショー」。いずれも帝都では入手しにくい美酒ばかり。
「年末の酒場ではあまり良いお酒をご馳走できなかったので……わふふ。フリーデさん、お好きですよね? どれ飲んだことがあるかわかんなくて、色々持ってきたですー!」
『……! アルマ、お前という奴は……でかした!』
早速空のグラスに並々と注いで乾杯し、飲み比べるふたり。
その姿に遠慮はなく、フリーデはほろ酔いでアルマに抱き着くと『あったかいなーお前は……こうしているだけで……幸せ……酒も旨いし、というか……お前がいるから殊更旨いのかもしれんなぁ』と彼の胸に顔を埋める。
フリーデのふわふわの猫っ毛を撫でながらアルマは「……そうですねぇ、きっと。僕もこの時間ごと美味しいと思ってますよ」と子供をあやすように呟いた。
その後、宵が深まりアルマが帰宅する時。
外に見送りに出たフリーデにアルマが「あ、そうだ。フリーデさん」とちょいちょいと手招きをした。
『どうした?』
まだ春の夜は寒い。酔いがさめたフリーデが彼に駆け寄ると、アルマがその唇に軽くキスをした。
『……っ!』
「……おやすみ!」
せめて今日は良い夢を。そう思いながらバイクを牽いていくアルマ。その後ろでフリーデは酔いの中に取り残されたような、夢見心地で立ち尽くしていた。
それはフリーデリーケ・カレンベルク(kz0254)が私用で昼下がりまで外出していた日のこと。
家主がいないのを確認した澪(ka6002)と濡羽 香墨(ka6760)が合鍵で扉を開ける。そこは石造りのこじんまりとした部屋。
「オフィスで説明は受けたけど……予想外に狭いね」
「うん、狭い。それに物もない。あ……でも、あの札」
香墨はかつてフリーデに渡した札が額に入れられて飾られているのを見つけると嬉しそうに微笑んだ。
しかしフリーデの部屋はリアルブルーの日本でいうところの4畳でとにかく狭い。
そこにあの巨体が寝転ぶ「頑丈」という言葉を体現したような鉄の巨大なベッドが部屋の半分近くを占拠している。
「ベッドは外に出した方が良さそう」
「うん。このままじゃ。雑談しかできない」
そこでふたりは仕方なく覚醒し(何しろ普通の少女には重すぎるものだ)、ベッドを隣室に移した。
隣室には椅子や机が端に寄せられているものの十分な広さがあり、ベッドを置いても十分なスペースがある。
思わず澪がため息をついた。
「これぐらい広ければフリーデものびのびできるのに」
「……でも、気持ちは。わかる。私も路地裏で生活していた頃。ああいう部屋で休むこと。多かったから」
身寄りのない香墨にはかつて「鬼」というだけで理不尽な差別に晒された時期があった。
当時路地裏の廃屋に隠れて息を潜め、差別主義者達をやり過ごした事を思い出す。
だから馴染みのある空間に安堵する気持ちは理解できる……そんな憂いを帯びた香墨を澪が抱きしめた。
「大丈夫。香墨の隣には私がいるから」
「……ん。ありがと。そうだね。私には澪がいる」
澪の手に己の手を重ね、微笑む香墨。
以前は歪虚どころかヒトさえも憎んでいた彼女だが、長い旅を終えた香墨は心穏やかでこうして友誼を結んだ者に心を傾けることも自然とできるようになった。
……それはとても良い変化だと澪は思う。
そんなふたりがフリーデの部屋に戻ったところ、フリーデの部屋ではフィロ(ka6966)とローザリンデ(kz0269)が大きめのラグを敷き、いわゆる卓袱台に近い形のテーブルを部屋の中央に置いていた。
これらは全てコロッセオの備品。フィロとローザは美しい見た目にそぐわぬ膂力で一気にそれらを運んできたのだ。
「ああ。澪様、香墨様、お久しゅうごさいます。申し訳ありませんがラグを敷きましたのでお靴を脱いでお入りくださいませ」
「ん、うん」
澪と香墨が靴を脱いでラグに上がると足裏にぬくもりを感じる。先ほどまでフィロが干してくれていたのだろう。
「あ、そういえば御主人様よりフリーデ様のお部屋には大きなベッドがあると伺っていたのですが、もしかしておふたりが動かしてくださったのですか? 見当たらないものでどうしたものかと」
御主人様とは依頼人のこと。オートマトンとして起動した折に世界観の混同が発生したフィロは依頼人を「御主人様」と呼ぶ異常が発生している。
とはいえ、フィロとも依頼で何度も顔を合わせている澪達だ。疑問に感ずることなく頷く。
「ん。さすがにあれは邪魔になるから」
「まぁ、ありがとうございます! おかげで支度は順調に進んでおります」
そう言ってクッションを人数分並べるフィロ。彼女は護衛用を兼ねたメイド型オートマトンとのことだが、その手際の良さは本職さながらだ。そしてローザは何やら大きな紙箱を壁に立てかけ、そわそわしている。
そんな中、フィロは少し残念そうな顔で机にトレイを並べた。
「床に直接座って食事をする場合に、箱膳ではなく板状のものを置いて食す文化があるそうですが、それを見つけられなかったものですから。皆様ご容赦くだされば嬉しいのですが……」
「ううん。座れる場所と机があるだけでもすごく嬉しい。ね、香墨」
「うん。机があると。色々できる。……それより。フリーデが帰ってくる前に。準備。終わらせないと。フィロ、手伝うよ」
そう言いながらフィロの持参した荷物をほどくふたり。多種にわたる飲み物や部屋を彩る花籠が木箱に並んでいた。
「わ、綺麗」
「ええ、サプライズパーティーと言えばやはり主賓を驚かせなければと。フラワーリースはパーティー用にも、そのままドライフラワーにしても部屋の飾りになります」
「ドライフラワー……それなら外に出ることの多いフリーデに喜んでもらえそう」
「ええ。花もそうなのですが……花瓶がないだろうと想像できるお宅に持ち込むのは失礼だと思いました。栄養剤入りですので、それなりに長く楽しめると思います」
フィロの心配りに感心する澪と香墨。
彼女達が卓上コンロとカトラリー一式をセットし、飲み物とグラスをサイドテーブルに品よく並べればパーティー会場の完成だ。
そこに大きなバッグを抱えたアルマ・A・エインズワース(ka4901)が飛び込んでくる。
「フリーデさん、もう少しで来るですっ! さっきお城から出てくるのを見たですよっ」
「アルマ様、ご安心くださいませ。パーティーの準備は澪様と香墨様と私で済ませて頂きました」
「わ、わふ。ありがとうなのですっ! 僕もお手伝いできればよかったのですが……」
「いいえ、本日のパーティーはアルマ様とフリーデ様のお祝いですから。アルマ様も主賓のおひとりとしてお楽しみくださいませ」
「そうそう。アルマ、おめでとう」
「良かった。フリーデが。幸せになるなら」
「わわっ、ありがとうなのです!」
耳をへちょ、と垂れるアルマにフィロが微笑みながらフォローすることで、皆が自然と祝いの言葉を述べる雰囲気を作る。多少の混同やこだわりはあれど、やはりフィロの根本は気配り十分なメイドなのだ。
●帰ってきた家主
『……なんだ? 私の部屋からマテリアルの匂いがする』
フリーデはコロッセオに帰還するなり、怪訝そうな顔で自室に向かった。
ここは精霊に解放されているといえど軍事施設。マテリアルを持つ者でも安易に個人の部屋には入れないようになっているはずだ。
彼女はすり足気味で息を殺しながらドアノブに手をかける。侵入者が好ましくない者だった場合、早急に取り押さえられるようにと。
『何者だ、私の部屋に勝手に入るとはいい度胸だな!!』
厳しい声音と険しい顔で勢いよく扉を開けるフリーデ。だが次の瞬間、彼女の目の前にフィロの笑顔と春の花がこんもりと盛られた花籠がとびこんできた。
「おかえりなさいませ、そしておめでとうございます、フリーデ様とアルマ様。少し遅くなりましたがお祝いにと参りました」
『え、え? ……どういうことなのだ?』
突然のことにキョトンとするフリーデ。
花籠はありがたく頂戴したが、どうにも事態が掴めていないようで全員の顔を見回して瞬きを繰り返す。
そこに澪が悪戯めいた顔で微笑んだ。澪の双子の片割れはかなりの悪戯者なのだが、彼女もまた面白いことが好きらしい。
「アルマとフリーデが交際を始めたと聞いて。皆でお祝いに来た。だから今日はおめでとうとお幸せにの日」
『あ……ええと……ありがとう? というか、皆……何で知っているのだ??』
不思議そうに首を傾げるフリーデに香墨がおどおどと答える。
「あの……報告書、読んだ。あと、最近のアルマとフリーデを……見ればわかる」
「うん、アルマがフリーデを気に入っているのは前から知ってたけど。でもフリーデがバレンタインの頃からアルマに対して明らかに表情とか。言葉とか。変わったねって」
『そ、そうなのか。そんなに違うのか?』
「ええ、それはもう。オートマトンかつ任務遂行を何よりと思考する私でさえ感受できるほど、アルマ様への挙動が変化されています」
フィロの言葉がよほど心に突き刺さったのかフリーデが花籠を天井側の棚に置くと、しゃがみ込んで真っ赤になった顔を覆ってしまう。
そこに当事者のアルマが今までの流れを完全に無視し、大型犬の如く跳びついた。
「わふーっ! フリーデさん、遊びましょー!」
2m近いフリーデの身長のせいで忘れられがちだが、アルマとて187cmの高身長。
びょーんとジャンプすればそれなりの重みが相手に掛かるわけで。
『あ、アルマ……今はそれは危険だ!』
そこで咄嗟に立ち上がり、力づくでアルマをキャッチしすると、子供をあやすように抱き上げてぐるぐる回転するフリーデ。
いつものリアクションにアルマはご機嫌になり、きゃふきゃふ笑う。
その様子はまるで子供か大型犬と遊ぶよう。
それでもやはりフリーデに恥じらいという感情が伴う以上は友情とも異なるのだろう。
(ああいうのが。恋人。なのかな?)
よくわからない、と香墨は不思議そうにふたりを見つめた。
●精霊からの贈り物
ようやく事態を理解し、大人しくなったフリーデにローザが渡したものは黒地に薄いグレーの入ったワンピースとリボンと靴。そして姿見だった。
『アンタはいつもその革鎧ばかりだからねェ。たまには女らしい格好でもしてみなって思ったんだよ』
本当はもっと可愛いものがあればと思ったものの、約2m近い筋肉質の体に合う服などそうそうないわけで。
結局吊るしの中で着られるのはこのシンプルなワンピースしかなく……でも、とにかく着てみろとローザが紙袋をフリーデに押し付ける。
『う……でも、私なんかが着ても絶対似合わないに決まってる……』
おろおろと扉から逃げようとするフリーデ。そこを澪と香墨がしっかりガードする。
「見てみたいな。フリーデのワンピース姿」
「うん。興味。ある」
『し、しかしだな……』
そこにフィロが何の邪心もなく問う。
「アルマ様、アルマ様はフリーデ様があのお洋服を着られたらところをご覧になりたいと思われますか?」
「わふふ、それは見てみたいです! フリーデさん、いつも恰好いいから。たまには可愛い服も着てみてほしいですし、絶対に似合うです!」
「それなら着付けは私にお任せください。きっと素敵な仕上がりにして参りますので!」
フィロが張り切って紙袋を小脇に抱き、フリーデを隣室へ連れ込んでいく。
その後『や、やめ……!』とか『そういうのは私には……!』とか必死な声が聞こえてくるのが何ともおかしくて。主犯のローザはもちろん、澪達も思わずくすっと笑ってしまう。2年前までひどく荒んでいたあの英霊がここまで女性の部分を取り戻すとは誰が思っていただろうか。
とにもかくにもアルマは心を躍らせながら紅茶を飲んでいた。
数分後、疲労困憊した様子で現れたのはワンピースだけでなくレースのリボンがついた靴を履き、髪にしっかり櫛を通した上に白のレースのリボンを付けたフリーデ。そしてやりきった男……もとい、メイドの顔をしたフィロ。
だがフリーデは姿見を見て『うう……肩幅が広すぎる。腕なんかはちきれそうになっている……。やはりいつものが……』と嘆く。
フィロがすぐさま「大丈夫です、次はきちんとしたテーラーに依頼して体に合う服を作っていただきましょう。それにメイクをすればきっともっと素敵になります、フリーデ様は元がよろしいのですから」とフォローするも、肩を落とすばかりだ。
その時アルマが「わふー! こういうフリーデさんも可愛いですっ。強いフリーデさんも大好きですけど、女の子なフリーデさんも素敵なのですー!」と叫んで恋人にしっかと抱き着いた。
『アルマ、お前……本当にそう思っているのか?』
「僕がフリーデさんに嘘ついたことあるです? 僕は嘘っこ嫌いですよ?」
『いや……うん、それなら……今日ぐらいは……着る……』
どうやらフリーデはアルマにすっかり絆されたようだ。靴を脱ぐとリボンをひらひらさせながらテーブルの前に座った。
●まずは乾杯を
フィロは澪と香墨にサングリアを、成人組にはコンロで温めたホットワインを配った。
そしてテーブルの中央には色とりどりの春の果物。殺風景な壁の部屋でありながら、目にも楽しい光景が広がる。
「それでは乾杯といきましょうか。まずは発起人のローザ様、お願いいたします」
フィロがそう言ってグラスを手にする。
『んー。まぁ、今まで色々あったみたいだけど。アルマとフリーデのこれからを祝して乾杯! ……でいいかい?』
そんなローザの中途半端な音頭はともかくとして。小さい部屋ながら全員でグラスを掲げて口をつける。
柔らかな香気が口腔を満たし、澪と香墨はため息をついた瞬間に肩がぶつかりあうと「大人になったみたい」と笑い合った。
こういう楽しみはもしかしたら狭い部屋だからこそできることなのかもしれない。
リアルブルーに存在した炬燵のようにちょっとした瞬間に肌が触れあって、笑ったり喋ったり。
そんな幸せを誰もが感じていた。
●ボードゲームで人生を考える者達
アルマが持参した品は「人生遊戯」というボードゲームだった。
大型の板紙に無数のマス目が並んでおり、そのひとつひとつに人生で起こり得る様々な幸運やトラブルが書かれている。
サイコロを転がして進む点は通常のすごろくと同様だが、一番先にゴールすれば勝ちではなく。
ゴール時点で幸運度が高い順に勝負が決まる「終わりよければ全て良し」という人生哲学をしみじみと感じるゲームである。
それゆえにサイズが大きく……恐らく以前の部屋の状況だったらまずプレイさえできなかったであろうゲームだ。
「それじゃあ、ジャンケンで順番を決めてサイコロを振るですー♪」
無邪気に「最初はグー♪」と歌うアルマに続いて順番を決める仲間達。もちろん最初はルールを覚えるのと、突然発生する出来事の数々に一喜一憂するばかりだ。
その様子を長閑に眺めながらフィロが紅茶を淹れる。
彼女は勝ち負けよりも、いかに皆が気持ちよく楽しめるのかが大切と考えている。
その中でプレイスタイルは人それぞれ。
アルマはギャンブル要素のあるコマに停まると毎回チャレンジし、勝負運があるのかたちまち富豪になった。
しかし何度も勝てるわけではなく、時折負けては「わふー……貧乏神さんが来ちゃったです?」と転落しては再浮上するという何ともエキサイティングなプレイを見せる。
一方で手堅いのは澪。
平常心を常に意識し、カードを使うギャンブルでは顔に感情を表さないため相手に手札を読ませない。
そのため早々に独立し、悠々自適な人生を送る。
また、隣に座る香墨は危機管理能力が高いのかギャンブルはできるだけ避け健全に稼ぐ。そんな中で。
「……結婚のマス。止まったんだけど。誰と結婚するの」
桃色のマスに停まった彼女は首を傾げ、サイコロを握る。
「んーとですね、このゲームでは特定の誰かというのはないんです。でも結婚すると子供ができるようになるので後々幸福度がアップするから後で有利になりますね」
「そうなんだ。一緒にいるなら。澪とが良かったのに」
アルマの説明を聞いて少し残念そうに結婚札を受け取る香墨。
澪が「私も香墨とだったらいいな」と微笑むと、彼女は「ね」と微かに笑った。
続いてフィロは全てを運に任せてサイコロを振る。
しかし彼女も堅実に稼ぐ性質らしく、失敗マスを踏んでも幸運マスでしっかりと取り戻して稼いでいく。
そして円満な家庭もきっちり組み上げて。まさに彼女の誠実さを表したような人生だ。
最後に――フリーデとローザといえば。
賭け事好きの帝国出身の血が騒ぐのか、とにかくギャンブルに大金をつぎ込んでは大負けするという大惨事を繰り返していた。
やがてフリーデが自己破産し、絶望の嘆きと共にテーブルに突っ伏す。
『何故だ、何故勝てない……!? 私は人生どころかゲームまで負け組となるのか!?』
『そりゃアンタ、勝つまで賭けないからだよ。勝つまでやれば負けないんだよ!! アンタはどうする? アタシはそうするね!』
実は既に借金持ちの癖に男前の顔で親指を立てるローザ。その果敢さにフリーデが発奮し、がばりと起き上がった。
『おお、それはそうだ! 諦めなければ必ず勝てるはず……金はどこまで借りられる!? アルマ、教えてくれ!』
――ああ。このふたりには財布を任せない方がいいだろう。少なくともこの場にいる皆はそう思ったに違いない。
●激戦の末のお茶会
結局、ゲームは波乱の末にアルマが一位、続いて澪、フィロ、香墨、ローザ、フリーデの順で決着がついた。
「……なかなか難しいゲームだったけど。色々考えさせられたね」
澪がジュースを飲みながら呟く。人生とは金や土地とその運用だけではなく、家族や友人との繋がりも大切にせねばならないのだと。
その点フリーデは危険な香りがするのだが……まぁ、本人は物欲がないタイプなので大丈夫だろう。と思いたい。
しかしフリーデは不満そうでもう一度やりたいと口を尖らせる。するとアルマがにっこりと笑った。
「またやるなら、大きめの机があっても便利ですよー。その方がカードを手で直接持たずに並べて管理できますし、資産をメモして確認しながらやれるので勝率も上がるかもです」
『なるほど……しかしこれ以上大きな机となると部屋の大きさが足りんな』
そこで皆の視線が一斉に交差した。攻勢をかけるなら今だ、と。
「それなら広いお部屋に行くです? すっごくいいと思うです! そしたらゲーム以外にももっと色々置けるですっ。これからの思い出、もっとたくさん増やすですー」
アルマの無邪気な笑顔。でもフリーデは『しかし広いと落ち着かんのだ』と眉尻を落とす。
そこで香墨が口を開いた。
「私もここは昔を思い出すけど。お勧めはできない。……私が言えたことじゃないけど。もうちょっと広い方が、落ち着くと思う。……それにフリーデ。あの時の。ちゃんと持っててくれた。これからもっと。増えるかもしれないし。服も。増えるかもしれないし。部屋が広い方が良いと思う。……あと、面と向かっては言いづらいけど。狭すぎるのは事実だし」
『……でも、やはり私にはこの部屋が……』
「過去を捨てろなんて。私は言える立場じゃないかもしれないけれど。前は見てほしい。私が言えるのは。それだけ」
『……』
フリーデがしゅん、と俯く。本当はわかっている。この部屋にこだわるべきではないと。
だけど苦しんだ友のことを思うたびに、視界の狭いこの部屋が自分にはお似合いだと思ってしまうのだ。
そんな時、フリーデを見下ろすように澪が立ち上がった。
「フリーデは軍人だよね。偉いよね?」
『ぐ、軍人ではあるが……最終経歴は一兵卒だ。絶火の騎士としても下位で偉くなど……』
「口答えしない!」
『む……』
フリーデが肩を強張らせ、澪を見上げる。澪は丹田に力を込め、思考を巡らせながら声を張った。
「精霊でえらいフリーデが狭い部屋だと他の人への示しがつかない。フリーデは今、あちこちの戦場で戦ってるけど。頑張ってるけど。そうすると力のない精霊や、訓練期間中だったり待機中の軍人の立場がなくなってしまうの」
『……!』
「フリーデがここに居続けることで、フリーデより活躍できない子はもっと狭い環境で質素に暮らさないといけないの? ってことにもなるんだよ。贅沢どころか必要なものが欲しくても言えなくなる。……それに今は過度に質素にすることが美徳の時代ではないこと、わかってるよね」
『……そうだな。私は周りのことを考えていなかった。それは認めよう』
その言葉に澪はふっと笑みを浮かべた。
「それに何より、私達は友達。これからもこうやってパーティーをしていきたい。だから狭いと困る。ね、香墨?」
「ん。友達だから言えること。あるし。息抜きは必要。そういう時。パーティーはいい機会に。なると思う」
「だから引っ越ししよう。軍人さんが言ってた、空き部屋はあるんだって。きっとすぐに話はつくはず。一緒に話に行こう」
そう言って澪はフリーデの手を取った。フリーデが頷く。――こうして、フリーデの引っ越しが決定した。
●宴もたけなわ
引っ越しが決定した後、澪達はアルマとフリーデを部屋に残してコロッセオの給湯室で簡単な料理を作っていた。
おにぎりとポテトサラダとじゃがいもとベーコンのスープ。スープはフリーデのリクエストで、生前食べていたものらしい。
そこでコロッセオの資料室で見つけたレシピを参考にスープを作るフィロ。しかし味見をするといまひとつ、という顔をした。
「戦場で食料のない中作ったものなのでしょうね。素朴というか……少し味気ない感じがします」
「今だと色々調味料があるし。私達の感覚と少し違うのかも。フリーデ、連れてくればよかったかな……でも少し、邪魔になりそうな気もする……」
あの超絶不器用な英霊がここにいたらどうなっただろうと澪が首を傾げる中、香墨は調味料を小皿に入れるとトレイに乗せた。
「あちらにも。コンロあるし。口に合わなければ。その場で調味すれば。いいんじゃない」
「そっか、それもいいかも。フリーデにもいい経験になるだろうし」
そう言うと澪達はトレイを運び始めた。
その頃、アルマはというと最近少し元気のないフリーデを案じていた。
「最近、フリーデさん元気ない気がするです。何かお悩みでもあるですか?」
『……お前が、守護者になって。ますます強くなったのを頼もしく思うと同時に……何となく遠くなったような気がしてな。それに守護者は星やヒトを守るための義務を課される。それ故に危険な地へと駆り出されることも多くなるだろうから……』
先ほどまで揺れていたリボンがへたれたように頭に垂れる。するとアルマはにっこり笑ってフリーデの頭を撫でた。
「大丈夫ですよ。守護者になったの、ほぼフリーデさんのためですもん」
『何だと?』
「フリーデさんがここにいるには信仰が必要でしょう? なら、ヒトを守ることってフリーデさんを守ることですよね」
『確かに私を信じる者がいなくなれば私は消えるが、でもお前に何かあったらと思うと辛いのだ。私は帝国以外の地に往くことはできない。お前に何かあったら……きっと消えた方が良いぐらい辛くなる……』
「大丈夫です、僕は強い子ですから。それに守護者なら精霊さんにちょっと近い存在になれるかなって。少なくとも大精霊さんとは理解し合えたわけですし」
大丈夫大丈夫、と繰り返してフリーデの頬を撫でるアルマ。ぬくもりがフリーデの心を満たしていく。
「それにずっと一緒だって言ったですっ。フリーデさんの為ならなんでもするです! だから最前線に行っても必ず戻って来るですよ。これは約束ですっ」
そう言って右手の小指を差し出すアルマ。冷たいがその意思を示すように堅い指がフリーデの指に絡みつく。
「……それに何度生まれ変わっても、たぶん僕フリーデさんのこと好きになりますし。あとね、僕が死んだら英霊になりたいです。そうしたらずっとフリーデさんと一緒にいられるじゃないですか」
『馬鹿者……そういうのは生き切ってからいうものだ。しわくちゃのおじいちゃんになって、あったかい布団の中で横になって、最期の時にようやく約束するものだ。そうしたら私は何百年経とうとお前を待つぞ。お前を必要とする人が増えるように伝承しながら、いつまでもいつまでも……』
「ん、わかったです。それじゃあますます死ねないですね。……寂しがりの君を置いていくわけにはいかないですから。本当に寂しがりで……可愛い子です」
そう言ってフリーデの頭を抱きしめるアルマ。フリーデは袖で涙をぐしぐしと拭いた。
いつのまにこんなに涙もろくなったのだろうと思うと同時に、化粧をしなくてよかったと思う。
そうしたらきっと――ぼろぼろのひどい顔になっていただろうから。
それからしばらくして。
澪達が料理を次々と運んできた。可愛らしいおにぎりにサラダに旧い時代のものを再現したスープ。
それに香墨が旅先で購入した乾物や果物も綺麗に盛り付けられている。
フィロはスープ皿に一掬いスープを注ぐと、フリーデに「ご賞味ください」と差し出した。
『うむ……たしかにこれはあの時代の味。イモとベーコンの味しかしない素朴な旨味……懐かしい。ありがとう、ありがとう、フィロ!』
仲間達にとっては素っ気ないだけのスープだが、フリーデにとっては思い出の味らしい。
さすが帝国、旧時代から現代に至るまで引き続く伝統のメシマズ国家である。
そこでフリーデの分とそれ以外のメンバーの鍋を分け、味を加えることでなんとか対処した。
おにぎりは澪が主に作ったもので、香墨の好みを熟知しているからこその具が一通り揃っている。
澪は一番出来がいいものを手に取ると親友に差し出した。
「香墨。これ自信作。あーん」
綺麗に三角に握ったおにぎりの中には香墨の好きな具が大きめにカットされて詰められている。
香墨は周りを少し恥ずかしそうに見るも、髪をわけて「あーん」と口にする。
途端に口の中いっぱいに旨味が広がり、彼女は幸せそうに頬張った。
「……フリーデもやってあげたらどう?」
ちら、とフリーデを見る澪。
フリーデは『いいのか?』とアルマに尋ねると「わふふ、喜んで! でも次はフリーデさんの作ったおにぎりを食べたいです!」と元気に答える。
先ほどの頼もしさと凛々しさはどこへ行ったのやら――でも、そこがとても愛おしい。
『……あーん』
「はい、あーん」
そんなふたりの姿を見てフィロは(ああ、これでおふたりともお命を大切にされることでしょう)と安堵し、飲み物をグラスに注いだ。
「皆さま、お飲み物をどうぞ! おにぎりもサラダもたくさんございますが、喉につまりやすいですからね。香墨さんのデザートも美味しいですよ、ぜひお楽しみに」
●夕闇迫る
時は18時を過ぎた。
日が暮れ、薄闇に包まれそうになる中でローザがうとうとと舟をこぎはじめる。その背を軽く澪が叩いた。
「ローザ、そろそろ眠くなってきた? いつもの灯りの下まで送ろうか」
『……ありがと。それじゃあ悪いけど、少し力を借りるよ』
澪がローザの手を引いて立ち上がらせる。そしてもう一方の手を香墨に差し出した。
「それじゃあ私達もお暇しよう、香墨。アルマはフリーデと、ごゆっくり」
「そうだね。アルマもいるし、遅くなりすぎると大変だから。おやすみなさい」
「んー。澪さん、香墨さん、ローザさん、ありがとうですー。お気をつけて!」
手を振るアルマに澪達は小さく一礼するとコロッセオの外に出た。
ローザの仮宿であるランタンまではほんの3分程度。
ローザがいつものように消えるのを見送ると、澪は香墨に腕を絡める。
「おかえり、香墨」
「ただいま、澪」
年末から分かれて5カ月近く。
依頼で偶然再会したこともあったといえど、会えない日々は互いに心が乾いていた。
香墨には帝国により犠牲になった魂達を天へ送るため各地で歌い続けるという目的があったとはいえ――それでも愛する人と離れることはただただ苦しい。
だから帰還した今、ふたりはようやく比翼連理の鳥と同様に再び羽ばたき始める。
かの鳥が翼と目を一対しか持っていないように、彼女達もその魂が対になるように重ね合わせているのだから。
「今日はいっぱいお話ししようね?」
「……ん。旅の話とか。いっぱいある。澪も。たくさんの出来事が。あったんでしょう?」
「うん。だから宿でゆっくり休んでいっぱい話そう。冒険に出るのはそれからでもいい」
はにかむ澪と目を細める香墨。今はそれだけで幸せだった。
一方、フィロも食器の片づけを一通り終わらせると帰り支度を始めた。
『フィロ、今日は本当にありがとう。楽しい一日だった』
「いいえ、これが私の仕事のひとつですから。……それよりも、お引越しされましたらフリーデ様の周りには人も英霊も精霊も、たくさん集まることでしょう。カトラリーも多めに準備された方が良いかもしれませんね」
『なっ! そんなに来るのか?』
「いえ、いきなりはないと思いますが……でも、これから楽しいことがたくさんあると思います。フリーデ様、どうかこれからの生を楽しまれてください。それが私からの願いです」
『ああ……ありがとう。そのことは忘れないよ』
フィロと握手を交わすフリーデ。その笑顔にはもう曇りはなかった。
●すべてが終わった? いやいやまだまだ
皆を見送った後、アルマは4本の高級酒を鞄から取り出しては次々と机に並べた。
シードル「エルフハイム」、デュニクスワイン「ロッソフラウ」、「ヨアキム」純米大吟醸、グリューワイン「ヴァンショー」。いずれも帝都では入手しにくい美酒ばかり。
「年末の酒場ではあまり良いお酒をご馳走できなかったので……わふふ。フリーデさん、お好きですよね? どれ飲んだことがあるかわかんなくて、色々持ってきたですー!」
『……! アルマ、お前という奴は……でかした!』
早速空のグラスに並々と注いで乾杯し、飲み比べるふたり。
その姿に遠慮はなく、フリーデはほろ酔いでアルマに抱き着くと『あったかいなーお前は……こうしているだけで……幸せ……酒も旨いし、というか……お前がいるから殊更旨いのかもしれんなぁ』と彼の胸に顔を埋める。
フリーデのふわふわの猫っ毛を撫でながらアルマは「……そうですねぇ、きっと。僕もこの時間ごと美味しいと思ってますよ」と子供をあやすように呟いた。
その後、宵が深まりアルマが帰宅する時。
外に見送りに出たフリーデにアルマが「あ、そうだ。フリーデさん」とちょいちょいと手招きをした。
『どうした?』
まだ春の夜は寒い。酔いがさめたフリーデが彼に駆け寄ると、アルマがその唇に軽くキスをした。
『……っ!』
「……おやすみ!」
せめて今日は良い夢を。そう思いながらバイクを牽いていくアルマ。その後ろでフリーデは酔いの中に取り残されたような、夢見心地で立ち尽くしていた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/04/25 21:25:37 |
|
![]() |
相談卓 濡羽 香墨(ka6760) 鬼|16才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2019/04/28 21:43:33 |