祈りの遺伝子

マスター:守崎志野

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~5人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/05/04 19:00
完成日
2019/05/12 09:36

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 サラサラと葉擦れの音。荒んだ風がまるで癒やされたかのように緑の匂いを含む。
 人は、その中で穏やかに佇む。そこには嘆きも怖れも怒声もなく、流血の匂いもない。
 穏やかな気分だ。どうして自分はあんなに抗ったのだろう?受け入れてしまえばこんなに楽なのに。
 あんなに苦しんで守る程、ヒトの姿は尊いものだったのか?
 そんな意識も次第に遠くなっていく。
 そこには笑い声も話し声もない。ただ、静かに佇み空を仰ぎ、或いは俯く。
 ただ、静謐だけがあった。


 だ・か・ら、無関係だって言ってるだろーがこの石頭!
 ……とは思っても口に出せない。出せば一層立場が悪くなるに決まっているし、自分一人の問題では済まない。
 ケイカは息を吸って気を落ち着かせると、改めて口を開いた。
「何度も申し上げていますが、そちらの言われる集団失踪の件は当方とは関係ありません」
「集団失踪が起こった複数の村付近でお前の姿が目撃されてるんだぞ」
「私じゃありません。失踪が起こったっていう村の辺りには行ったことがありませんし」
 証言してくれる人は何人もいるといえば、
「予め口裏を合わせておくことも容易いだろうな。それに、開拓地も随分と問題を起こしているようだが」
「それ、関係あるんですか?」
「怪しげな物が随分とあったらしいな」
「それは……」
 とっさにケイカは口ごもった。

 開拓地で作られている作物はどういうものなのか。
 開拓地に雑魔が現れた事件の後、シャハラが不在の為にフリッツにそれを聞いてみた。
「知らない方が良いかとも思ったけど、ここまで来たら仕方がないね。君が薄々察している通りだよ」
「それじゃ……」
「うん、クリムゾンウエストの魔導技術とリアルブルーの科学技術を組み合わせて生み出された物だ。全部では無いけどね」
 魔導によって新種を生み出す事は認められていない。事が公になれば開発の差し止め、作物の廃棄は免れないだろう。場合に依っては違法として関係者が処罰される事もあり得る。
「どうして……」
 そんな危ない橋をと言いかけてケイカは口を閉じた。その理由は察しが付いたからだ。
 部族会議に発言力があったり、歪虚との戦いに有益な力を持つところはまだ良い。辺境には生きていくのだけで精一杯で、消えたとしても気に止められる事すらない人々がいる。そんな人々に誰が手を差し伸べるだろうか。
 ただでさえ、世界は大きな流れに呑まれているというのに。
「大部族も城塞都市の人間も、そこに気を配る余裕は無い。それどころか、辺境の貧しさや教育が行き届かない事につけ込んで搾り取る事を当然としている者もいる。そんな連中が、手にした利権を手放す筈がないだろう。まともな手段ではどうにもならないところまで来てるんだ」
 例え歪虚との戦いが人の側に最も望ましい形で終わり、力無き者がその時まで生き延びたとしても、状況が好転する事はない。弱い者を踏みつける事も、自分に関わりが無ければ思ってみる事さえ無い事も、人にとっては当たり前なのだから。
「今必要なのは辺境の人々が自らを養い、経済的に自立できるという事を既成事実化することなんだよ。禁忌に触れても、それが人々を生かす力になっていればいずれ認めざるを得ないだろうからね」
 力無き者、運が無い者、そんな人達がそれだけの理由で貶められ消える事がない世界。シャハラはそれを祈り、そして祈るだけではどうしようもない事を悟って実行した。

 その為に、今は事を公にする訳にはいかないのだ。例え歪虚との関係を疑われたとしても。
「でも、それは長期にわたる品種改良の成果です。失踪事件とも歪虚とも関係ありません。それに、こちらにも調査に行った者が失踪する被害が出てるんです。」
「拙い事を掴まれて始末したのか?」
 ……似たようなやりとりがどれだけ繰り返されたことか。
「だったらうかがいますけど、当方が関係してるって確かな証拠でもあるんですか!?」
「埒が明かんな。一緒に来い!」
 結果がこうだ。
「ちょっと!勝手に決めるな!権力横暴!」
「野放しにして証拠隠滅でもされたら困るからな」
「無い物を隠滅なんて出来る筈無いだろうがー!」
 抗議虚しく、ケイカは連行され拘束される事となった。


「お陰様で、開拓地はここ数ヶ月平穏なのですが……別の問題が起こりました」
 眉間を押さえてフリッツは切り出した。
「複数の村で失踪者が出たのですが、それが当方と関係があると疑われているんです」
 勿論濡れ衣でこちらとしては全く覚えが無いのですとフリッツは続けた。
「とはいえ放置する訳にもいかないので、人をやって失踪者を調べさせたのですが……」
 調査にやった者も相次いで連絡を絶ってしまった。おまけに失踪者達が姿を消す直前にケイカに似た少女と接触していたという話まで出てますます疑いが深まっている。
 折悪しくシャハラの方も出先で事故に巻き込まれたとかですぐには戻れそうにない。
「正直、シャハラを良く思っていない人間は結構います。そういう連中がこの機に乗じてこちらを潰そうとしているのだと思いますが……どうやら向こうもはっきりとした証拠を掴んでいる訳では無い。だから、ケイカに自分達にとって都合の良い自白をさせようとしているのでしょう」
 そうさせない為には事実を掴んでおかなければならない。
「まずは連絡を絶った調査員の行方を調べてください。連絡が途絶えた位置はこちらで把握出来ています」


 かつてはささやかな営みがあっただろう家々は既に朽ち果て、人が住めるとは思えない。
 それでも、そこには人が居た。
 木々に溶け込むようにひっそりと、働くでも話すでも無くただ佇んで。

リプレイ本文


 長い首をもたげて漆黒の鳥が舞い上がる。
「Lo+セットアップ、今ざくろ達の絆は結ばれた!」
 時音 ざくろ(ka1250)の視界が広がって機械強化された鳥のそれに重なった。
 眼下に広がるのは乾いて荒れた土地。だが、そこには妙に場違いな影があった。
 黒っぽく見える程の濃密な緑。あれは人の背丈程ある低木の茂みだろうか?だが、その周囲には緑は見えず、かつて人が暮らした建物の成れの果てかと思われる瓦礫ばかりだ。歪虚の影響か、それとも過酷な自然のせいか。かつてここにいた人々はここを捨てて何処かに行ったか死に絶えたのか、それもわからない。
「あれは、人なのかな?」
 視界に入ったのは人影……のようなものだった。しかし、人と呼んでいいのだろうか?空を仰ぐような姿勢だが、Lo+の姿が目に入る位置の筈なのに頭を動かす事すらしない。
「動物はいないんだね」
 あの緑は、何の恩恵ももたらさないのだろうか。俯瞰すると、それらは妙に作り物めいて不自然だった。

 不自然に見えるのは、地上から見ても同じだった。
「酷い荒地にこれだけの植物。それなのに虫一匹見つからないなんて」
 ツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)の目の前にはあり得ないほどバランスの悪い光景があった。
 水すら無い荒地で人が住めなくなってうち捨てられた、これはわかる。緑があるのは地下深くに水脈があるという可能性も考えられる。
 だが、これ程の緑がありながら他に動物どころか下草一本、虫一匹すら無いというのはどういうことだろうか。
「もっと早くから失踪事件を調べれば、また違ったでしょうか」
 ツィスカは依頼者に聞いた話を思い出していた。
 結局関係者達は失踪事件を自分達に都合良く使う事ばかりに血道を上げて、事実関係の調べをなおざりにしていたのだろう。
「己の勝手な都合を、都合のいい事実を作って、相手に其れを当て嵌めようとする……生贄にされた側は堪ったものではない」
 ともかくも依頼された事実をはっきりさせる事だ。それが結果的にどんなものであろうと、思い込みや都合で作られたものよりも確かな手がかりになるだろうから。
 
 人影は5人、いや蹲っているのがもう1人、全部で6人か。纏っている服は風化したようにボロボロで、そこから見える皮膚は汚れのせいか茶色がかっている。失踪した調査員だろうか?
 念の為に使ったレジストの影響なのか、風も無いのに髪を靡かせながら近付くユメリア(ka7010)に人影は見向きどころか微動だにしなかった。それどころか精気というものがまるで感じられない。そっと触れてみた腕は人の……生き物のそれとは思えない程固く乾いていた。
 まるで立ち枯れた木の皮に触れたような……
「まるで魅了か、同化のようですね」
 ユメリアの髪や服が風に舞い上げられるように動き、有るか無しかの澄んだ旋律と共に浄化の力が周囲を包み込んだ。
 その上を、Lo+とは別の存在がよぎっていく。

 それは魔箒に乗ったラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)だった。
 失踪者達が直前に接触していたというケイカに似た少女。今のところもしかしたらという程度ではあるが、ラィルには心当たりがあった。
 ケイカの双子の妹だという燈火。以前に請け負った依頼の際に事件が起こった開拓地にいて、いつの間にか姿を消した少女。その時は気に止めなかったが、後になって考えれば燈火が事態の引き金を引いたとも取れるものがあった。
 双子だけに2人はよく似た顔立ちをしている。ケイカしか知らない者が見れば、燈火をケイカだと思い込んでも不思議は無いだろう。
 ただ、燈火の存在は曖昧だ。開拓地の人々は燈火の存在を認識しておらず、事実上知っているのはあの依頼に加わったハンターとケイカ自身だけなのだ。
 彼女の存在を証明できれば少なくともケイカは無実だということを納得させられるかもしれない。或いはここに燈火がいて、事の成り行きを監視しているのではあるまいか。
 その姿を探して上空から一帯を巡ったが、どうやら見つかりそうも無い。
「一旦降りた方が良さそうやな」
 
 ラィルが気にする以前の依頼にはロニ・カルディス(ka0551)も加わっていたが、彼は取り敢えずその時の事を頭の隅に追いやっていた。その件と今度の件が共通の原因かどうかはまず事実を確認してから判断する事だろう。
 茂みに分け入ってみると、危険な気配こそしないがどこか気分が沈むような空気に包まれる。あちこちに花弁のようにヒラヒラするものがまるで手招きしているようだ。木々の高さはばらつきがあるが、概ねヒトの身長の範囲だろうか。根に近いところが心なしか中程より細くなっていたり二つに分かれているような気がする。そして、花弁のように見えたのはボロボロの布切れだった。
「これは?」
 中には幹に布が巻き付いたようなものもあった。いや、巻き付いたというより着ていると言った方が近いような……だが、その服は紐やボタンで止めるものでは無く貫頭衣と呼ばれる形のものだ。それを、枝に引っかからずにこんな形に出来るものだろうか?
 改めて足許を見ると、目を引くのは木々の根元に散らばった道具類だ。背負い袋、鞄、靴……中には杖や携帯食も僅かながらあった。
「誰かがここで暮らしたのか?しかし……」
 立ち去ったのなら道具は持っていくだろう。死んだなら近くに白骨なり埋葬なりの痕跡がある筈だ。だが、見る限りそんなものはどこにもない。それに、こんな風に服を樹木に着せる意味があるのか?
 手掛かりを求めて背負い袋を探ると黄ばんだ紙が出てきた。そこには何やら文字が書かれている。
 歪虚が居ようと居まいと……所詮自分達に……あの娘には感謝して……もう何も辛くは……
 これは、遺書だろうか? 木々は何も語らない。


 各々手分けしての調べを終えて一旦集まったが、皆の口はすぐには開かなかった。調査の結果は一つの方向を示している。だが、なかなかそれを言葉に出来ずにいたのだが。
「人が木になってしまったんじゃないかな」
 はっきりと言葉にして口に出したのはざくろだった。どうして、とか詳しい事まではわからないがそう考えれば色々と説明が付く。
「あの人達には浄化の魔法も効きませんでした」
 ユメリアが寂しげにその事実を口にする。ユメリアだけで無くそれぞれが持てる浄化法を試したのだがマテリアル汚染が深すぎるのか、それとも違う力が働いているのかはわからないが、彼らを人に戻すのは最早不可能のようだ。
「どうやら、時間の経過と共に樹木化していくようだな」
 ロニが見つけた手記の紙や道具類の劣化具合からそう結論づけた。
 皆の目が既にヒトでは無くなった人影と茂みを見た。一見するとただそこに在るだけで害はないように見えるが、放っておけばいずれ多くの人間を同じものにし版図を広げていくに違いない。
「そうだね、これ以上被害が広がらないようにしないと」
 ざくろが抱いた疑問のいくつかは解消されないままだ。とはいえ、わかるまでこの状態をそのままというわけにはいかない。
 ラィルの脳裏に、かつて開拓地に現れた雑魔が火の中で燃え尽きた光景が浮かぶ。あれも、もしかしたらこんな風に雑魔に変わった人間だったのだろうか?
「せめて、火葬くらいはしてやっていいやろなあ」
 それならば同じ方法で処理できるのではと思った事もあるが、目の前に人の形のものもあるのだ。ほとんどが知る術もないが、それぞれに理由があってここに来たのだろう。ただ処理するのでは寂しすぎる。
「そうですよね。でしたら、これを」
 ユメリアがレンジャーキットの中からライターを取りだした。あまり気分は良くないが、樹木化した雑魔から枝を折り取って火起こしに使う。滴るような緑とは裏腹にまるで枯れ木のように乾いた音を立てて枝は折れた。そして、そこには何の反応も現れない。
 やがて火が燃え上がり、人の形を保っているものも樹木化したものも炎に包まれていく。
「何か色々厄介な事になってるみたいだから、力になれたらって思ったけど」
 それは果たせるのだろうか?できる限り残した写真や報告は、困っている誰かの力になれたのだろうか。
 ざくろの言外に漂う問いに、さあな、とでも言うようにロニが首を振った。
 事実が常に正しく受け止められる訳では無い。誰かの都合でねじ曲げられ、或いは闇に葬られる事など良くある事だ。
「不当な扱いになるなら是正を促したいところだがな」
 ツィスカは黙っている。
 勿論思うところはあるものの、それでも自分達のなすべき事は、調べた事実を可能な限り正確に報告することであって勝手に介入する事ではないのだ。
 静かに弔いの歌を歌うユメリアの考えもそれに近い。弱さに流されてしまうのか、強さに変えていくのか。いずれにせよこの結果をどうするかはフリッツ達のやるべき事なのだ。

 新たな真実を照らす灯火となるのか、それとも弱い者を焼き捨てる業火となるか。
 弔いの炎は、ただ赤い。

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MVP一覧

  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろka1250

重体一覧

参加者一覧

  • 支援巧者
    ロニ・カルディス(ka0551
    ドワーフ|20才|男性|聖導士
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • システィーナのお兄さま
    ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929
    人間(紅)|24才|男性|疾影士
  • アウレールの太陽
    ツィスカ・V・A=ブラオラント(ka5835
    人間(紅)|20才|女性|機導師
  • 重なる道に輝きを
    ユメリア(ka7010
    エルフ|20才|女性|聖導士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談
ツィスカ・V・A=ブラオラント(ka5835
人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2019/05/04 18:02:52
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/05/04 16:41:20