ゲスト
(ka0000)
【王戦】善意に似た我儘
マスター:紺堂 カヤ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/05/10 09:00
- 完成日
- 2019/05/19 20:24
このシナリオは3日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
王都イルダーナには、暗雲が立ち込めていた。文字通りただの雲であったなら、まだよかった。だが、実際に王都へと影を落としているのは雲ではなく……、陸だ。人々の不安は日々膨らむばかりである。
王国随一の宝石商・モンド氏は、王都に宝石店だけでなく様々な商業施設を経営している。それだけに、従業員の数も多い。王都籠城に先駆けてモンド氏は、里へ帰せるものはいつもより多めの給料を支払ってすでに帰省させている。しかしモンド氏はかねてより身寄りのない者を優先的に雇い入れていたため、そもそも帰る場所のない者がたくさんいた。
モンド氏は、帰る場所のない従業員をすべて、王都内で面倒をみることに決めた。
実のところ、王都内のどこにいようが安全面において大した差はない。だが、誰もが明日を読めず不安がる中で、身寄りのない者はせめて身を寄せ合おうではないか、という動きが出てきたのである。モンド氏はそういう人々の気持ちをくみとり、氏がオーナーをつとめる『ダイヤモンドホール』に避難所を設け、従業員だけでなく近隣の人々も保護することにしたのである。
「物資は地下へ! 毛布や衣類は劇場内へ!」
ホール内で的確に指示を与えている青年――クロスも、身寄りのない従業員のひとりだった。普段クロスは、郊外に居を構えるモンド邸で、モンド氏の一人娘・ダイヤの側用人をしているのだが、避難所を取り仕切るのに人員が必要であるとわかるや、すぐさま駆け付けたのである。クロスにとって予想外だったのは、自分だけでなく、ともについてきてしまった人がいたことだった。その人、とは。
「医療班は楽屋で待機してね! 足らないものがあればすぐに言うのよ!」
モンド氏の一人娘・ダイヤ嬢である。クロスがそっとため息をつく。
「なんでついてきてしまうんですかね、このお嬢さまは」
「……まあ、ついてくるに決まってるでしょう、と言いたいところだけれどね、俺としては」
そう苦笑するのは、モンド邸に居候している青年――セブンス・ユング(kz0232)である。彼もまたモンド氏に世話になっている者として協力に乗り出していたのだ。だが、積極的に働きつつもどこか落ち着かぬ様子ではあった。
「そうよ、当然よ、私だって役に立ちたいんですもの」
「本当に役に立つんですか?」
「ハァ!?」
ダイヤが憤慨する。ふたりのやり取りに、周囲の人々が笑い声をあげた。ダイヤの存在は確実に、人々の心を和ませていた。クロスもそのことがわかっているだけに、心配こそすれど執拗に「お屋敷へ帰れ」とは言わない。
「しかし、我々だけではまだ人手が足りないな。物品を用意することはできても、ホールを警護できるわけではない」
セブンスが眉をひそめて呟いた。まさしくその通りで、今の状態はあまりにも武力に乏しかった。ホールの収容人数にはまだ余裕があるものの、その点がカバーできておらず安全が保障されていない状態ではむやみに受け入れる人々を増やすわけにもいかない。
「それについてなんだけど」
ダイヤが非常に落ち着いた声で話し始めた。
「先日、私からお父様に進言したの。王都籠城の役に少しでも立つためには、ここの守りもきちんとして、王国民の不安を取り除くことがひいては王国全体のためにもなると思うわ、って」
クロスとセブンスは思わず目を丸くした。ふたりの様子には気が付かぬように、ダイヤは話し続ける。
「今ならばまだ、ハンターに協力要請ができると思って。お父様も同意してくださって、明日にでもハンターが来てくれるように手配したわ」
「お嬢さま……」
クロスは内心で舌を巻いていた。本当に成長なさったことだ、と思ったのだ。
「だからね」
ダイヤはまっすぐに……セブンスの方を見た。まさか自分に語り掛けられるとは微塵も思っていなかったセブンスが少し面食らったようにまばたきをする。
「だからね、セブ君。ここは気にせず、行きたいところへ行っていいのよ」
「!」
セブンスは、両目を大きく見開いた。
「私、気が付いてたわ。セブ君がずっと、我慢してたことがあるって。行きたいところがあるんでしょう? 故郷に、行かなければならないんでしょう?」
「……ええ」
冬のはじめ、セブンスはモンド家にかかわるある事件をきっかけに、自分の「夢」に影響を及ぼしているかもしれない存在の手がかりを得た。それは、もしかしたらセブンスが長年追っている「先生を殺した犯人」を知る手がかりにもなるのではないかと予想していた。その手がかりとは……、セブンスの実家である「ユング家」の存在だった。
セブンスが、もうほとんど思い出すことのできない、実家。思い出すことはできないだけに、行かねばならないと、そう思っていた。
しかし、年末年始をモンド家で過ごし、なにやかにやと用事を手伝ううちに冬は過ぎ、春を迎えるころには王国全体が大きく動いていて、自分の都合など口に出せない状態になっていた。
(いや、それは言い訳だ)
セブンスは胸中で否定した。周囲の環境を言い訳にして、きっと思い出したくないことを目の前に見せられるとわかっているユング家へ行くことが、怖くなってしまったのだ。
だから。
もう、行くには今しかない。
「……ありがとう、ございます。お言葉に甘えて、行かせていただきます」
「ま、待ってください、何もこんなときでなくとも」
慌てて止めたのは、クロスだった。セブンスは、きっぱりと首を横に振る。
「こんなときでなくてはならないんですよ。この有事を乗り越えたとして、ユング家の者が無事に生き延びているかどうかはわからないでしょう。それに、俺も。生き延びられるか、わからない。だからこそ今行かねばなりません」
「そうかもしれませんが」
あまりにシビアすぎる言葉に、クロスは顔色を曇らせた。普段は、クロスこそが一番シビアな物言いをするというのに。
「ユング家へ辿り着くところまでは、護衛をつけるわ。明日来てくれるハンターたちの中から数名」
「いえ、それはダメです、お嬢さま。そのハンターは民を守るための」
「セブ君も民でしょ」
ダイヤがスパっと言い切った。
「私だって民だし、クロスだってセブ君だって民でしょ。私、王侯貴族を気取るつもりはないわよ。モンド家は成り上がり。いわゆる成金だもん。だからこそ、民を助けるなんてそんな威張ったこと言うつもりないの、私も、お父様も。目の前の大事な人たちを守りたいの。善意じゃなくて我儘よね、これ。……だから、セブ君を守ることは私の我儘。我儘だけど、最優先事項よ。お願い、連れて行って」
ダイヤが、澄んだ瞳で懇願した。セブンスは、ふう、と息をついて微笑んだ。
「有難く、連れてゆかせていただきます、お嬢さま。ただし、ホールの警備要員を第一にしてくださいね」
「ええ」
しっかりと頷くダイヤはもうすっかり、大人の女性に見え、クロスは眩しさすら感じたのだった。
王国随一の宝石商・モンド氏は、王都に宝石店だけでなく様々な商業施設を経営している。それだけに、従業員の数も多い。王都籠城に先駆けてモンド氏は、里へ帰せるものはいつもより多めの給料を支払ってすでに帰省させている。しかしモンド氏はかねてより身寄りのない者を優先的に雇い入れていたため、そもそも帰る場所のない者がたくさんいた。
モンド氏は、帰る場所のない従業員をすべて、王都内で面倒をみることに決めた。
実のところ、王都内のどこにいようが安全面において大した差はない。だが、誰もが明日を読めず不安がる中で、身寄りのない者はせめて身を寄せ合おうではないか、という動きが出てきたのである。モンド氏はそういう人々の気持ちをくみとり、氏がオーナーをつとめる『ダイヤモンドホール』に避難所を設け、従業員だけでなく近隣の人々も保護することにしたのである。
「物資は地下へ! 毛布や衣類は劇場内へ!」
ホール内で的確に指示を与えている青年――クロスも、身寄りのない従業員のひとりだった。普段クロスは、郊外に居を構えるモンド邸で、モンド氏の一人娘・ダイヤの側用人をしているのだが、避難所を取り仕切るのに人員が必要であるとわかるや、すぐさま駆け付けたのである。クロスにとって予想外だったのは、自分だけでなく、ともについてきてしまった人がいたことだった。その人、とは。
「医療班は楽屋で待機してね! 足らないものがあればすぐに言うのよ!」
モンド氏の一人娘・ダイヤ嬢である。クロスがそっとため息をつく。
「なんでついてきてしまうんですかね、このお嬢さまは」
「……まあ、ついてくるに決まってるでしょう、と言いたいところだけれどね、俺としては」
そう苦笑するのは、モンド邸に居候している青年――セブンス・ユング(kz0232)である。彼もまたモンド氏に世話になっている者として協力に乗り出していたのだ。だが、積極的に働きつつもどこか落ち着かぬ様子ではあった。
「そうよ、当然よ、私だって役に立ちたいんですもの」
「本当に役に立つんですか?」
「ハァ!?」
ダイヤが憤慨する。ふたりのやり取りに、周囲の人々が笑い声をあげた。ダイヤの存在は確実に、人々の心を和ませていた。クロスもそのことがわかっているだけに、心配こそすれど執拗に「お屋敷へ帰れ」とは言わない。
「しかし、我々だけではまだ人手が足りないな。物品を用意することはできても、ホールを警護できるわけではない」
セブンスが眉をひそめて呟いた。まさしくその通りで、今の状態はあまりにも武力に乏しかった。ホールの収容人数にはまだ余裕があるものの、その点がカバーできておらず安全が保障されていない状態ではむやみに受け入れる人々を増やすわけにもいかない。
「それについてなんだけど」
ダイヤが非常に落ち着いた声で話し始めた。
「先日、私からお父様に進言したの。王都籠城の役に少しでも立つためには、ここの守りもきちんとして、王国民の不安を取り除くことがひいては王国全体のためにもなると思うわ、って」
クロスとセブンスは思わず目を丸くした。ふたりの様子には気が付かぬように、ダイヤは話し続ける。
「今ならばまだ、ハンターに協力要請ができると思って。お父様も同意してくださって、明日にでもハンターが来てくれるように手配したわ」
「お嬢さま……」
クロスは内心で舌を巻いていた。本当に成長なさったことだ、と思ったのだ。
「だからね」
ダイヤはまっすぐに……セブンスの方を見た。まさか自分に語り掛けられるとは微塵も思っていなかったセブンスが少し面食らったようにまばたきをする。
「だからね、セブ君。ここは気にせず、行きたいところへ行っていいのよ」
「!」
セブンスは、両目を大きく見開いた。
「私、気が付いてたわ。セブ君がずっと、我慢してたことがあるって。行きたいところがあるんでしょう? 故郷に、行かなければならないんでしょう?」
「……ええ」
冬のはじめ、セブンスはモンド家にかかわるある事件をきっかけに、自分の「夢」に影響を及ぼしているかもしれない存在の手がかりを得た。それは、もしかしたらセブンスが長年追っている「先生を殺した犯人」を知る手がかりにもなるのではないかと予想していた。その手がかりとは……、セブンスの実家である「ユング家」の存在だった。
セブンスが、もうほとんど思い出すことのできない、実家。思い出すことはできないだけに、行かねばならないと、そう思っていた。
しかし、年末年始をモンド家で過ごし、なにやかにやと用事を手伝ううちに冬は過ぎ、春を迎えるころには王国全体が大きく動いていて、自分の都合など口に出せない状態になっていた。
(いや、それは言い訳だ)
セブンスは胸中で否定した。周囲の環境を言い訳にして、きっと思い出したくないことを目の前に見せられるとわかっているユング家へ行くことが、怖くなってしまったのだ。
だから。
もう、行くには今しかない。
「……ありがとう、ございます。お言葉に甘えて、行かせていただきます」
「ま、待ってください、何もこんなときでなくとも」
慌てて止めたのは、クロスだった。セブンスは、きっぱりと首を横に振る。
「こんなときでなくてはならないんですよ。この有事を乗り越えたとして、ユング家の者が無事に生き延びているかどうかはわからないでしょう。それに、俺も。生き延びられるか、わからない。だからこそ今行かねばなりません」
「そうかもしれませんが」
あまりにシビアすぎる言葉に、クロスは顔色を曇らせた。普段は、クロスこそが一番シビアな物言いをするというのに。
「ユング家へ辿り着くところまでは、護衛をつけるわ。明日来てくれるハンターたちの中から数名」
「いえ、それはダメです、お嬢さま。そのハンターは民を守るための」
「セブ君も民でしょ」
ダイヤがスパっと言い切った。
「私だって民だし、クロスだってセブ君だって民でしょ。私、王侯貴族を気取るつもりはないわよ。モンド家は成り上がり。いわゆる成金だもん。だからこそ、民を助けるなんてそんな威張ったこと言うつもりないの、私も、お父様も。目の前の大事な人たちを守りたいの。善意じゃなくて我儘よね、これ。……だから、セブ君を守ることは私の我儘。我儘だけど、最優先事項よ。お願い、連れて行って」
ダイヤが、澄んだ瞳で懇願した。セブンスは、ふう、と息をついて微笑んだ。
「有難く、連れてゆかせていただきます、お嬢さま。ただし、ホールの警備要員を第一にしてくださいね」
「ええ」
しっかりと頷くダイヤはもうすっかり、大人の女性に見え、クロスは眩しさすら感じたのだった。
リプレイ本文
ハンターたちがダイヤモンドホールに到着すると、その場の人々はそれだけで、目に見えてホッとしたようだった。それは、依頼主であるダイヤも例外ではない。テキパキと今回の依頼について説明しだすクロスの一歩後ろで、こっそり安堵の息をついた。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ない」
ダイヤの様子を見て、セブンス・ユング ( kz0232 )が頭をさげた。ダイヤはぶんぶんと首を横に振る。
「迷惑だなんていいっこなしだわ。セブくんにはこれまで、たくさん助けてもらったんだから」
「お嬢さまの言う通りです、これに関しては」
相変わらず一言多いクロスが真面目な顔でセブンスに頷いて見せてから、ダイヤの方を向いた。
「お嬢さま、このおふたりがセブンスさんの護衛をしてくださるそうです」
「はじめまして。よろしくお願いします」
クロスに紹介され、リラ(ka5679)がにっこりと挨拶する隣で、ユメリア(ka7010)も微笑んだ。
「また、お会いしましたね」
ユメリアの言葉に、セブンスは申し訳なさそうに眉を下げた。
「すみません、覚えていないんだ」
ホールを出て行ったセブンス一行を見送ったダイヤとクロスは、隠せぬ不安を抱きながら顔を見合わせた。特に示し合わせたわけではないが、ふたり同時に、よしっ、と掛け声をかける。
「私たちには私たちのやることがありますからね」
「うん。ここをきちんと守って、またセブくんを出迎えるようにしておかなくちゃ」
そしてふたりはホールに残ってくれたハンターたちを振り返った。
「よろしくお願いします!」
「一緒に頑張りましょう」
志鷹 都(ka1140)が微笑み、他のハンターも笑顔で力強く頷いた。きっと大丈夫だ、とダイヤは大きく頷き返した。
「ダイヤさんへお願いがあります」
都はさっそく、ダイヤに提案をした。それは、傷病者のための部屋をつくることだった。医務室はすでに用意がされていたが、それだけでなく、乳児を抱える者や妊婦などのことも考えた部屋をつくってほしい、との要望だった。
「赤子の泣き声によるトラブルを防げますし、傷病者の部屋には医療者を一人配置し、直ぐに治療を受けられる状態にしておけば命を落とさずに済みます」
「わかりました、すぐ用意します。クロス、頼んでいい?」
「はい」
ダイヤは一瞬の迷いもなく都の提案を受け入れ、準備の手筈を整えることにした。その判断の早さに、鞍馬 真(ka5819)は目を見張った。
「しばらく見なかった間にダイヤ嬢は大人になったなあ……。人はいつの間にか成長していくものなんだね……」
少々しんみりしつつ、自分もやれることをやらなければ、と真は周囲を見回した。ホール警護に当たるハンターたちは皆、それぞれの行動を開始していた。
キヅカ・リク(ka0038)はホールに集まっている人々に自己紹介をしてまわり、「ハンターがついてるぞ」というアピールをすることで安心感を持ってもらうことから始めた。
(いつもは最前線にいるけれど、こういう場所も知っておかないと。傷つくことは、身体を張ることはいつでもできる。でも不安に寄り添うことはきっと今しかできないから)
リクは、頼りがいのある笑顔を振りまきつつ、人々の顔を胸中に刻みつけるように眺め、内心でそう呟いたのだった。
玲瓏(ka7114)は、まず集まった人々の情報を得ることに注力していた。
「身寄りのない方が集まっておられるとのことで……」
できるかぎり、皆の心に寄り添いたいと、玲瓏はそう思っていた。人々の顔と名前を聞いてまわりつつ毛布などを配り、ひとりひとりから困りごとはないか、心配事はないか、を丁寧に聞き取って行った。その中で、表情などから特に心配だと感じた者については、こまめに様子を見に来よう、と心に留めておく。
「今のところ、咳など、集団感染に拡がりそうな現象はないようです」
玲瓏は、医療ケアを取り仕切ることとなった都に、そう報告した。
「ありがとうございます、玲瓏さん。あっ、ノートまで作ってくれたの?」
都が目を丸くする。玲瓏は、見回って得た情報をノートにまとめ、共有できるようにしていたのだ。
「はい。しばらくはホールで過ごされるでしょうし。ノートにまとめて、情報をたしながら共有できれば、引継ぎの際にも役に立つかと。私にも医療の心得がありますから、必要時にはサポートいたします」
「とても心強いです、ありがとう」
都と玲瓏は、微笑みあい、頷き合った。
レイレリア・リナークシス(ka3872)とエステル・ソル(ka3983)も、ホールを巡回しながら人々のケアにあたっていた。エステルはまず明るく挨拶しながら。
「挨拶は信頼関係の基本なのです!」
レイレリアは落ち着いた微笑みで声をかけながら。
「何かお困りのことがおありでしたら、お助け致しますのでどうぞ、お気軽におっしゃってください」
そのようにして人々の様子をみるのと当時に、いざという時に備えて、出入口の場所の確認と周知したり、避難路に足を取られるような荷物が置かれていないかチェックもしていった。
「備えあれば憂いなしです!」
エステルの言葉に、レイレリアも頷く。と、ふたりの視線がホールの最奥に向いた。そこには、明るくて立派なステージが、ぽっかりと浮かびあがるようにあった。今は誰の姿もないステージは、本来ならばここに集う人々の注目を一身に浴びるはずの場所だ。
「折角のホールなのです、少し演奏したり歌ったりしても良いでしょうか……?」
「是非、させていただきたいですね」
エステルの呟きに、レイレリアも同意した。さすがに勝手に始めるわけにはいかないだろうと、ダイヤの姿を探し、許可を取りに行く。楽屋で立ち働いていたダイヤは話を聞くと顔を輝かせ、一も二もなく承諾してくれた。
「私も聞きたいわ! 手が空いたらホールの方へ行くわね!」
エステルとレイレリアは早速、ステージへと上がった。何が始まるのだろう、と人々の好奇のまなざしが、ふたりに注がれる。エステルは、そんな人々ににっこりと笑いかけて、お辞儀をした。レイレリアと目配せでタイミングを合わせ、星弓で和音を奏でながら、穏やかで明るい曲を歌いだす。サークレットを通された声は、ホールの奥までゆるやかに響いてゆく。
レイレリアはリュートでエステルの伴奏をつとめた。穏やかな音楽、安心できる音楽を演奏して、避難してきた方々をリラックスさせられるように……、そんな思いをこめて。
一曲が終わると、ふたりは割れんばかりの拍手をもらった。それにお辞儀でこたえつつ、エステルが微笑む。人々の顔を見まわして、そっと、語った。
「どうしてこの弓が音を奏でられるかわかりますか? 戦いが終わった後に訪れる平和の時にも役に立ちたいからなのです。戦いの後には必ず平和が訪れます、いつだってそうなのです」
その場にいた誰もが、エステルの言葉に頷いた。エステルはいっそうにっこりと微笑んで、さあ、と明るい声を出す。
「もう少し演奏させてください! リクエストも受け付けますよー!」
不安げな顔ばかりだったホールに、笑顔が増えた。
ダイヤモンドホールが音楽に包まれているころ。セブンスたちは緊迫した雰囲気の元、先を急いでいた。ぐずぐずしていれば、たとえ少人数だとはいえ、王都からは出られなくなってしまう。
(これは……、王国の現状は俺が思っていたよりもはるかに悪いのでは……?)
自分の都合を優先させている場合だろうか、という思いが、セブンスの胸に兆す。しかし、ダイヤやクロス、そして同行してくれているハンターの厚意を無下にはできない。
「私たちはできる限りお守りします。それは同時にあなたの運命を見守るということでもあります。独りで立ち向かわないこと、お約束くださいね」
ユメリアにそう念押しされてもいた。セブンスはまったく覚えていなかったが、ユメリアは以前、セブンスと言葉を交わしたことがあるという。覚えていないことを詫びたとき、ユメリアは穏やかに微笑んで、気にしないでいい、と言ってくれた。そのとき、彼女からふわり、と花の香りが漂ってきた。セブンスは、その香りだけはなんとなく、記憶にあるような気がした。
「王都の中心部から離れるに従って不穏な空気は濃くなっていますね……、嫌な雰囲気です」
常に気を張り、注意深く警戒して先導しているリラが、ほつりと呟いた。王都の道はどこも閑散としている。当然ではある、皆、閉じこもったり避難したりしているのだから。
「……! 前方に何か影が見えますね……、こんなところに動物の群れがいるのはおかしい……、雑魔ですね……、見つからないように回避して進みましょう」
リラが目ざとく状況を判断し、道を選ぶ。こうしたことがすでに何回も行われていた。だが、ただ回避して進むにはそろそろ限界が来ていることに、三人ともが気が付いていた。
「! 見つかってしまったかもしれません……! セブンスさん、走って!! ユメリアさん、セブンスさんをお願いします!!」
リラが叫ぶ。三人ともが実に素早く行動していたが、それでも雑魔は見逃さなかったとみえ、一見野犬のように思える雑魔たちが駆けてきた。ユメリアは、セブンスを促して雑魔から充分に距離を取ると、ディヴァインウィルで防護に入った。走り続けるよりも、こちらの方が身を守りやすいとの判断だ。
「一直線に突進して来ますね……、好都合です」
リラは雑魔を見据えて身構えた。間合いをしっかりと読み、『青龍翔咬波』で攻撃する。直線状の雑魔は、なすすべなく霧散した。しかし、その後ろにまだ雑魔の群れは続いていたらしい。攻撃を逃れた第二陣が、リラに迫った。
「っ!!」
『金剛不壊』の使用が間に合わず、リラは両腕とわき腹に傷を負った。慌てて『金剛不壊』を使用し、耐えつつ『青龍翔咬波』を繰り返して野犬のような雑魔を殲滅した。
「セブンスさん、ユメリアさん、無事ですか!?」
「ええ、おかげでこちらはかすり傷ひとつありません。リラさん、すぐに怪我の治療を」
ユメリアはセブンスを連れてリラに駆け寄り、『フルリカバリー』でリラの回復にあたった。小柄なリラの体から血がにじむのを見て、セブンスは目を伏せる。そのセブンスの様子を見て取ったリラが、安心させるような笑顔をセブンスに向けた。
「大丈夫ですよ、心配しないでください。さあ、行きましょう!」
リラは元気いっぱいに立ち上がった。セブンスの憂い顔を吹き飛ばすような笑顔に、セブンスも気を取り直して頷く。
そこからの道のりも、かなりの困難の連続であったと言ってよい。王都を出るまでに数度、雑魔と交戦があり、リラとユメリアの迅速な対応によりなんとかかわしながら、予定よりも倍の時間をかけて王都を脱出した。
「嫌な気配が薄くなってきました……、ここからは、少し警戒を解いて先を急ぐ方に力を入れてもいいかもしれません」
リラが肩で息をしながら言った。度重なる戦闘で疲弊はしていたが、ここからの道のりを乗り越えるのに支障はない程度だ。
「故郷の町までの道筋は、おわかりになりますか、セブンス様?」
ユメリアが問うと、セブンスはしっかりと頷いた。
「玉虫色の目をした男が妨害に入らないとも限りません、注意いたしましょう」
セブンスはその言葉に少し驚いて目を見張った。ユメリアがそのことまで知っているとは思わなかったのだ。
「たぶん、その心配はないと思いますが、注意に越したことはないですね」
セブンスがそうはっきりと言うのを見て、ユメリアは少し安心した。セブンスの精神状態が不安定になることを危惧していたのだ。しかし、この分ではそのおそれもなさそうだった。
「急ぎましょう。暗くなればその分危険は増します」
リラに促され、セブンスは歩を速めた。
日が、暮れた。夜が深まり、ダイヤモンドホールも闇に包まれた。夜間の警備を買って出ていたリクと、真がしん、としたホールを静かに巡回する。
人気のないロビーに出た際には、ふたり、声をひそめて語り合ったりもした。
「いやー、王国がやばくなってるって話は聞いてるし、この前ダンテとはやりあってきたけれど。避難を強いるまでの事になっちゃったか……」
「そうだね……、今後どうなるかはわかんないけど、とにかくここにいる人々は安心させてあげないとね」
リクと真が頷き合うと、人影が見えた。誰か眠れなくて起きてきてしまったのだろうか、と近寄ってみると、それは避難してきた人々ではなく……、ダイヤだった。
「ダイヤ嬢。どうしたの、眠れない?」
真が声をかけると、ダイヤは疲れの見える笑顔で頷いた。モンド家の者として精一杯気丈に振舞っていたのに違いない。
「不安は……当然あるだろうけど、何か困っていることはない? 私にできることなら、何でも手伝うよ」
「うん、それは大丈夫……、皆さん、本当によくしてくれて、ありがとう」
ダイヤが深々とお辞儀をすると、リクがにこにこ笑ってダイヤの頭を撫でた。
「ダイヤちゃんも頑張ってたと思うよ」
「うん、ありがとう……、でも……」
「でも?」
「セブ君が、心配で」
ダイヤの言葉に、リクと真が顔を見合わせた。そうか、という思いになる。ダイヤはここの人々だけでなく、その心配も抱えていたのだ、と。
と、そのとき。
「何者です!?」
ホールの入口の方で、都の声がした。リクと真が駆けつけると。
「ただいま、です」
「驚かせてしまって申し訳ありません」
そこにいたのは、リラとユメリアであった。
「セブ君! セブ君は!?」
あとから走ってきた、ダイヤが勢いよく尋ねると、ユメリアが落ち着いて、と静かに諭した。
「ちゃんと、故郷まで送り届けましたよ。怪我ひとつなく、ご無事です」
「よかった……」
ダイヤがホッと、肩を降ろす。あとのことは、セブンス自身にかかっている。
王国の未来。
セブンスの未来。
どちらが大事なのかなど、比べるべきものでもない。同等に重いものとみるべきだ。
どうか、どちらにも、幸あらんことを。
夜更けの、ダイヤモンドホールに、そうした言葉なき祈りが、満ちて行ったのだった。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ない」
ダイヤの様子を見て、セブンス・ユング ( kz0232 )が頭をさげた。ダイヤはぶんぶんと首を横に振る。
「迷惑だなんていいっこなしだわ。セブくんにはこれまで、たくさん助けてもらったんだから」
「お嬢さまの言う通りです、これに関しては」
相変わらず一言多いクロスが真面目な顔でセブンスに頷いて見せてから、ダイヤの方を向いた。
「お嬢さま、このおふたりがセブンスさんの護衛をしてくださるそうです」
「はじめまして。よろしくお願いします」
クロスに紹介され、リラ(ka5679)がにっこりと挨拶する隣で、ユメリア(ka7010)も微笑んだ。
「また、お会いしましたね」
ユメリアの言葉に、セブンスは申し訳なさそうに眉を下げた。
「すみません、覚えていないんだ」
ホールを出て行ったセブンス一行を見送ったダイヤとクロスは、隠せぬ不安を抱きながら顔を見合わせた。特に示し合わせたわけではないが、ふたり同時に、よしっ、と掛け声をかける。
「私たちには私たちのやることがありますからね」
「うん。ここをきちんと守って、またセブくんを出迎えるようにしておかなくちゃ」
そしてふたりはホールに残ってくれたハンターたちを振り返った。
「よろしくお願いします!」
「一緒に頑張りましょう」
志鷹 都(ka1140)が微笑み、他のハンターも笑顔で力強く頷いた。きっと大丈夫だ、とダイヤは大きく頷き返した。
「ダイヤさんへお願いがあります」
都はさっそく、ダイヤに提案をした。それは、傷病者のための部屋をつくることだった。医務室はすでに用意がされていたが、それだけでなく、乳児を抱える者や妊婦などのことも考えた部屋をつくってほしい、との要望だった。
「赤子の泣き声によるトラブルを防げますし、傷病者の部屋には医療者を一人配置し、直ぐに治療を受けられる状態にしておけば命を落とさずに済みます」
「わかりました、すぐ用意します。クロス、頼んでいい?」
「はい」
ダイヤは一瞬の迷いもなく都の提案を受け入れ、準備の手筈を整えることにした。その判断の早さに、鞍馬 真(ka5819)は目を見張った。
「しばらく見なかった間にダイヤ嬢は大人になったなあ……。人はいつの間にか成長していくものなんだね……」
少々しんみりしつつ、自分もやれることをやらなければ、と真は周囲を見回した。ホール警護に当たるハンターたちは皆、それぞれの行動を開始していた。
キヅカ・リク(ka0038)はホールに集まっている人々に自己紹介をしてまわり、「ハンターがついてるぞ」というアピールをすることで安心感を持ってもらうことから始めた。
(いつもは最前線にいるけれど、こういう場所も知っておかないと。傷つくことは、身体を張ることはいつでもできる。でも不安に寄り添うことはきっと今しかできないから)
リクは、頼りがいのある笑顔を振りまきつつ、人々の顔を胸中に刻みつけるように眺め、内心でそう呟いたのだった。
玲瓏(ka7114)は、まず集まった人々の情報を得ることに注力していた。
「身寄りのない方が集まっておられるとのことで……」
できるかぎり、皆の心に寄り添いたいと、玲瓏はそう思っていた。人々の顔と名前を聞いてまわりつつ毛布などを配り、ひとりひとりから困りごとはないか、心配事はないか、を丁寧に聞き取って行った。その中で、表情などから特に心配だと感じた者については、こまめに様子を見に来よう、と心に留めておく。
「今のところ、咳など、集団感染に拡がりそうな現象はないようです」
玲瓏は、医療ケアを取り仕切ることとなった都に、そう報告した。
「ありがとうございます、玲瓏さん。あっ、ノートまで作ってくれたの?」
都が目を丸くする。玲瓏は、見回って得た情報をノートにまとめ、共有できるようにしていたのだ。
「はい。しばらくはホールで過ごされるでしょうし。ノートにまとめて、情報をたしながら共有できれば、引継ぎの際にも役に立つかと。私にも医療の心得がありますから、必要時にはサポートいたします」
「とても心強いです、ありがとう」
都と玲瓏は、微笑みあい、頷き合った。
レイレリア・リナークシス(ka3872)とエステル・ソル(ka3983)も、ホールを巡回しながら人々のケアにあたっていた。エステルはまず明るく挨拶しながら。
「挨拶は信頼関係の基本なのです!」
レイレリアは落ち着いた微笑みで声をかけながら。
「何かお困りのことがおありでしたら、お助け致しますのでどうぞ、お気軽におっしゃってください」
そのようにして人々の様子をみるのと当時に、いざという時に備えて、出入口の場所の確認と周知したり、避難路に足を取られるような荷物が置かれていないかチェックもしていった。
「備えあれば憂いなしです!」
エステルの言葉に、レイレリアも頷く。と、ふたりの視線がホールの最奥に向いた。そこには、明るくて立派なステージが、ぽっかりと浮かびあがるようにあった。今は誰の姿もないステージは、本来ならばここに集う人々の注目を一身に浴びるはずの場所だ。
「折角のホールなのです、少し演奏したり歌ったりしても良いでしょうか……?」
「是非、させていただきたいですね」
エステルの呟きに、レイレリアも同意した。さすがに勝手に始めるわけにはいかないだろうと、ダイヤの姿を探し、許可を取りに行く。楽屋で立ち働いていたダイヤは話を聞くと顔を輝かせ、一も二もなく承諾してくれた。
「私も聞きたいわ! 手が空いたらホールの方へ行くわね!」
エステルとレイレリアは早速、ステージへと上がった。何が始まるのだろう、と人々の好奇のまなざしが、ふたりに注がれる。エステルは、そんな人々ににっこりと笑いかけて、お辞儀をした。レイレリアと目配せでタイミングを合わせ、星弓で和音を奏でながら、穏やかで明るい曲を歌いだす。サークレットを通された声は、ホールの奥までゆるやかに響いてゆく。
レイレリアはリュートでエステルの伴奏をつとめた。穏やかな音楽、安心できる音楽を演奏して、避難してきた方々をリラックスさせられるように……、そんな思いをこめて。
一曲が終わると、ふたりは割れんばかりの拍手をもらった。それにお辞儀でこたえつつ、エステルが微笑む。人々の顔を見まわして、そっと、語った。
「どうしてこの弓が音を奏でられるかわかりますか? 戦いが終わった後に訪れる平和の時にも役に立ちたいからなのです。戦いの後には必ず平和が訪れます、いつだってそうなのです」
その場にいた誰もが、エステルの言葉に頷いた。エステルはいっそうにっこりと微笑んで、さあ、と明るい声を出す。
「もう少し演奏させてください! リクエストも受け付けますよー!」
不安げな顔ばかりだったホールに、笑顔が増えた。
ダイヤモンドホールが音楽に包まれているころ。セブンスたちは緊迫した雰囲気の元、先を急いでいた。ぐずぐずしていれば、たとえ少人数だとはいえ、王都からは出られなくなってしまう。
(これは……、王国の現状は俺が思っていたよりもはるかに悪いのでは……?)
自分の都合を優先させている場合だろうか、という思いが、セブンスの胸に兆す。しかし、ダイヤやクロス、そして同行してくれているハンターの厚意を無下にはできない。
「私たちはできる限りお守りします。それは同時にあなたの運命を見守るということでもあります。独りで立ち向かわないこと、お約束くださいね」
ユメリアにそう念押しされてもいた。セブンスはまったく覚えていなかったが、ユメリアは以前、セブンスと言葉を交わしたことがあるという。覚えていないことを詫びたとき、ユメリアは穏やかに微笑んで、気にしないでいい、と言ってくれた。そのとき、彼女からふわり、と花の香りが漂ってきた。セブンスは、その香りだけはなんとなく、記憶にあるような気がした。
「王都の中心部から離れるに従って不穏な空気は濃くなっていますね……、嫌な雰囲気です」
常に気を張り、注意深く警戒して先導しているリラが、ほつりと呟いた。王都の道はどこも閑散としている。当然ではある、皆、閉じこもったり避難したりしているのだから。
「……! 前方に何か影が見えますね……、こんなところに動物の群れがいるのはおかしい……、雑魔ですね……、見つからないように回避して進みましょう」
リラが目ざとく状況を判断し、道を選ぶ。こうしたことがすでに何回も行われていた。だが、ただ回避して進むにはそろそろ限界が来ていることに、三人ともが気が付いていた。
「! 見つかってしまったかもしれません……! セブンスさん、走って!! ユメリアさん、セブンスさんをお願いします!!」
リラが叫ぶ。三人ともが実に素早く行動していたが、それでも雑魔は見逃さなかったとみえ、一見野犬のように思える雑魔たちが駆けてきた。ユメリアは、セブンスを促して雑魔から充分に距離を取ると、ディヴァインウィルで防護に入った。走り続けるよりも、こちらの方が身を守りやすいとの判断だ。
「一直線に突進して来ますね……、好都合です」
リラは雑魔を見据えて身構えた。間合いをしっかりと読み、『青龍翔咬波』で攻撃する。直線状の雑魔は、なすすべなく霧散した。しかし、その後ろにまだ雑魔の群れは続いていたらしい。攻撃を逃れた第二陣が、リラに迫った。
「っ!!」
『金剛不壊』の使用が間に合わず、リラは両腕とわき腹に傷を負った。慌てて『金剛不壊』を使用し、耐えつつ『青龍翔咬波』を繰り返して野犬のような雑魔を殲滅した。
「セブンスさん、ユメリアさん、無事ですか!?」
「ええ、おかげでこちらはかすり傷ひとつありません。リラさん、すぐに怪我の治療を」
ユメリアはセブンスを連れてリラに駆け寄り、『フルリカバリー』でリラの回復にあたった。小柄なリラの体から血がにじむのを見て、セブンスは目を伏せる。そのセブンスの様子を見て取ったリラが、安心させるような笑顔をセブンスに向けた。
「大丈夫ですよ、心配しないでください。さあ、行きましょう!」
リラは元気いっぱいに立ち上がった。セブンスの憂い顔を吹き飛ばすような笑顔に、セブンスも気を取り直して頷く。
そこからの道のりも、かなりの困難の連続であったと言ってよい。王都を出るまでに数度、雑魔と交戦があり、リラとユメリアの迅速な対応によりなんとかかわしながら、予定よりも倍の時間をかけて王都を脱出した。
「嫌な気配が薄くなってきました……、ここからは、少し警戒を解いて先を急ぐ方に力を入れてもいいかもしれません」
リラが肩で息をしながら言った。度重なる戦闘で疲弊はしていたが、ここからの道のりを乗り越えるのに支障はない程度だ。
「故郷の町までの道筋は、おわかりになりますか、セブンス様?」
ユメリアが問うと、セブンスはしっかりと頷いた。
「玉虫色の目をした男が妨害に入らないとも限りません、注意いたしましょう」
セブンスはその言葉に少し驚いて目を見張った。ユメリアがそのことまで知っているとは思わなかったのだ。
「たぶん、その心配はないと思いますが、注意に越したことはないですね」
セブンスがそうはっきりと言うのを見て、ユメリアは少し安心した。セブンスの精神状態が不安定になることを危惧していたのだ。しかし、この分ではそのおそれもなさそうだった。
「急ぎましょう。暗くなればその分危険は増します」
リラに促され、セブンスは歩を速めた。
日が、暮れた。夜が深まり、ダイヤモンドホールも闇に包まれた。夜間の警備を買って出ていたリクと、真がしん、としたホールを静かに巡回する。
人気のないロビーに出た際には、ふたり、声をひそめて語り合ったりもした。
「いやー、王国がやばくなってるって話は聞いてるし、この前ダンテとはやりあってきたけれど。避難を強いるまでの事になっちゃったか……」
「そうだね……、今後どうなるかはわかんないけど、とにかくここにいる人々は安心させてあげないとね」
リクと真が頷き合うと、人影が見えた。誰か眠れなくて起きてきてしまったのだろうか、と近寄ってみると、それは避難してきた人々ではなく……、ダイヤだった。
「ダイヤ嬢。どうしたの、眠れない?」
真が声をかけると、ダイヤは疲れの見える笑顔で頷いた。モンド家の者として精一杯気丈に振舞っていたのに違いない。
「不安は……当然あるだろうけど、何か困っていることはない? 私にできることなら、何でも手伝うよ」
「うん、それは大丈夫……、皆さん、本当によくしてくれて、ありがとう」
ダイヤが深々とお辞儀をすると、リクがにこにこ笑ってダイヤの頭を撫でた。
「ダイヤちゃんも頑張ってたと思うよ」
「うん、ありがとう……、でも……」
「でも?」
「セブ君が、心配で」
ダイヤの言葉に、リクと真が顔を見合わせた。そうか、という思いになる。ダイヤはここの人々だけでなく、その心配も抱えていたのだ、と。
と、そのとき。
「何者です!?」
ホールの入口の方で、都の声がした。リクと真が駆けつけると。
「ただいま、です」
「驚かせてしまって申し訳ありません」
そこにいたのは、リラとユメリアであった。
「セブ君! セブ君は!?」
あとから走ってきた、ダイヤが勢いよく尋ねると、ユメリアが落ち着いて、と静かに諭した。
「ちゃんと、故郷まで送り届けましたよ。怪我ひとつなく、ご無事です」
「よかった……」
ダイヤがホッと、肩を降ろす。あとのことは、セブンス自身にかかっている。
王国の未来。
セブンスの未来。
どちらが大事なのかなど、比べるべきものでもない。同等に重いものとみるべきだ。
どうか、どちらにも、幸あらんことを。
夜更けの、ダイヤモンドホールに、そうした言葉なき祈りが、満ちて行ったのだった。
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 鞍馬 真(ka5819) 人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2019/05/10 08:32:01 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/05/06 10:06:55 |