• 血断

【血断】Juggernaut

マスター:ことね桃

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2019/05/13 12:00
完成日
2019/05/23 09:59

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●闇を裂く黒き巨人

 帝国のとある村が一夜にして消滅した。
 元々小さい村といえど、かの吸血姫エリザベートの暗躍が知られるようになってから
 ハンターに見張りを依頼するなど様々な対策を講じていたが……それでもすべてが消えたのは事実。
 そこから辛うじて生還した唯一のハンターが仲間の形見を手に震えながら報告する。
「……突然空間が歪んだと思うと、巨大な黒い歪虚が出てきたんだ。
 だから俺達はそれがシェオル型ってやつだとすぐにわかった。
 そこで必死で抵抗したんだけど……圧倒的に力が違い過ぎてさ……」
「そうでしたか……」
 只埜 良人(kz0235)が彼に買い置きしていたハーブティーを飲ませ、落ち着かせる。
「……身の丈は6mぐらい。真っ黒で、闇のマテリアルの匂いが強烈だった。
 一応人のカタチをしていたけど、全身が黒曜石みたいな……硬質な塊というか。
 でも腕にくっついている鉈のような刀は別で。それだけは自在に操るんだ。
 ぶった斬るだけじゃなくて、それこそ投げたり振り回したり。
 ……あと、鉈と腕を同化させて盾にしたりととにかく隙のない奴だった」
「ふむ、近接攻撃以外にも遠距離への攻撃も得意。防御にも隙がないと」
「ああ。それこそ奴の身体を貫くほどの力や防御をすり抜ける業がなければキツいかもしれない。
 だからできるなら……腕っぷしの強いハンターに依頼したいんだ。
 仲間の仇をとってくれるように。そしてこれ以上の被害が出ないように」
「わかりました。それでは依頼書を手配しましょう。ところで奴が向かった方向は?」
「……西だ。丁度そちらの方には中規模の街がある。奴がまっすぐ進んだとするなら、そこに突き当たる」
 カウンターに広げた地図へ定規をあて、ペンで印をつけるハンター。
 その腕の皮膚は聖導士の良人が治癒の魔法を重ねたにも関わらず、今なお赤く膨れあがり何とも痛々しい。
「幸い奴はそれほど脚は速くなかった。
 奴自身に空間を跳躍する力がないのであれば、まだ間に合うはずだ。……どうか、奴を止めてくれ!」
 ハンターが椅子を激しく揺らして立ち上がり、カウンターに叩きつけんばかりに頭を下げる。
 その切実さに良人は胸が痛くなった。
『大至急。シェオル型歪虚討伐隊を急募』
 こう大きく太い字で書かれた依頼書が壁に貼られたのはそれから数分後のことである。


●巨神の中に浮かぶもの

 ――私は、この世界のヒトを殺めなければならない。
 そうしなければ愛する世界に帰れないから。
 神様が言っていたの。
 私に大切な試練を与えると。
 それはこの穢れた世界で抵抗する因子を神様が必要とする分だけ殺すこと。
 そうすれば私は神様に認められて、家族のいるあの大切な世界に戻してもらえるかもしれない。
 ――だからお願い、私の行方を止めないで。
 私に逆らわず……みんな死んでください。
 ワタシノ。シアワセノタメニ。
 ワタシノ。ミライノタメニ。
 
 黒曜石の巨人の中に浮かぶ漆黒の泡。
 その中で赤子のように背を丸めた何かがまどろみの中、再び夢に堕ちる。
 それは自分が神に選ばれた英雄として野蛮な抵抗者たちを駆逐していく夢。
 ほんの一瞬の夢でしかないが――悲しいはずなのに、とても楽しくて心躍る英雄譚。
 泡の中のものは赤子のような顔に笑みを浮かべると、夢に溺れたまま巨人を西へと歩ませる。
 だってそこにヒトの気配があるから。
 実はどこまでが夢でここで起きていることは現実なのか。
 ――あれが本当に神様なのか。
 実は泡の中身自身もよくわかっていない。
 ただ、夢の中の神様が認めてくれるまで……いつものベッドで起きられないことだけは確かだった。


●闇を阻む刃

 精霊ローザリンデ(kz0269)はハンターオフィスで件の依頼書を見るなり顔を顰めた。
『シェオル型で闇の力……これはアタシも頑張らなきゃなんないかねェ』
「や、相手は巨大で力も強いと聞いています。本来の力を取り戻されていないローザさんには……」
『何言ってんだい、アタシの光の力はあらゆる生命を守るためにあるんだよ。
 アンタが寝る間も惜しんで情報を収集・解析しているのと同じで、
 アタシだって命を懸ける価値のある戦があれば覚悟を決めんのさ。
 丁度アタシには歪虚を足止めする力がある。こういう仕事にはうってつけだろ?』
 腕と脚と急所以外惜しげもなく肌を晒した奇妙な甲冑姿のローザ。
 それは敵よりも速く斬るか、動きを止めている間に容赦ない斬撃を叩き込むためにある。
「わかりました。そもそも精霊の意思を折ることが難しい事ぐらいは俺もわかってますし……。
 それではローザさんの同行を表記しておきます。御武運を」
『ああ、吉報を待ってな。殺されたハンターや村人たちの仇は必ずとってやるよ』
 ローザはそう言って不敵に笑う。
 彼女は煙管に火をつけるとロビーのソファにどっかと座り、同行者の来訪を待つことにした。

リプレイ本文

●それは地を大きく揺らすもの

 ずん、ずずん……。
 まるで黒く塗り潰した小山のような物体が木を薙ぎ倒し、岩を踏み砕き、西へ西へと歩みを進める。
 ハンター達は己が相棒を連れて、この地を防衛ラインとして歪虚を迎え撃つことにした。
 ここは街に至るまでに十分な距離がある。派手な戦闘を繰り広げても人の生活圏に影響が出ないはずだ。
 まずはアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が
 ポロウのパウルに後衛を務めるサクラ達に向けて「惑わすホー」を展開するよう指示を出した。
 そして自身は歪虚が仲間と完全に接敵する前に先手を打つべく焔舞で残像を纏い、踏鳴で力強く大地を蹴る。
 勿論歪虚は真っ先に飛び込んで来た彼女に向け鉈を構えたが、
 重い動きでは到底アルトの人間離れした速度に応じることが叶わない。
 彼女は詰め寄る直前に光の力を宿す試作法術刀「華焔」を抜刀し、
 回り込むように駆けながら散華で幾度もその硬質な肌を斬りつける。
 すると初めは微かにしか入らなかったヒビが広がり――ある瞬間。右太腿の表皮が重い音を立てて滑落した。
「痛いか? 痛いだろう? さあ、私を憎め! その憎しみを私が全部受け止めて砕いてやる!!」
 アフターバーナーで最後の一斬りを加え、後衛陣とは逆の方向へ駆け抜けたアルトが力強く叫ぶ。
 その声に歪虚が大きく肩を揺らし、体を傾ける。目の前の赤い髪の女剣士を明確に敵と認識したのだ。
(シェオル型は基本的にヒトを憎むことが多い。
 ヒトである私が仲間のいない方向で距離をとることで仲間から少しでも意識を逸らしてやろう)
 この世界において最強クラスのハンターであるアルトでもひりつく感覚を覚えるほどの重量感と頑強さ。
 並の歪虚ならばとうに崩れる散華とアフターバーナーのコンボを受けても
 失ったのは表皮だけという事実に(厄介なものだ)と彼女は苦笑し、上唇にそっと舌を這わせる。
 ――もっともこういう手合いがいるからこそ自分が戦場に立つ価値があるのだが、と。
 それと時を同じくして華奢な身を黒のルクシュヴァリエに収めたサクラ・エルフリード(ka2598)は、
 機体が自分のもの同然に動くのを確認するとひとりごちた。
「さて、今回は補助がメインですし。あまり前に出過ぎてこちらがやられないよう気を付けないとですね……」
 今のところアルト以外は前線に出ていない。
 仲間が射線上にいないことを確認すると、彼女は機鎌「グガルアンナ」を構えた。
 万象の器を発動させ、鎌に更なる力を満たしていく。
 自分もヒトの身なれど、敵の意識がアルトに向かっている今なら攻撃も効くはずだ。
「この距離でも十分に射程内なのです……。聖なる光を我が手に……光あれ……!」
 光の刃が天から地へ叩きつけられると同時に、歪虚の頭へ斜の傷がはしった。
 どうやら歪虚は闇のマテリアルに属しているようだ。巨体がよろけ、その巨大な脚が木々を乱暴に踏みつぶす。
 その様子を苦く見つめるのは精霊ローザリンデ(kz0269)。
 万物に生命は宿るもの。その体現者が(ここから先の命を乱されてたまるか!)と歪虚へ封印の術を行使する。
 宙に浮かべた無数の光の刃が歪虚に突き刺さり、地にその足を縫い留めた。
 そこで歪虚と距離をとりつつMライフル「イースクラW」を構えたのは
 R7エクスシアを豪奢に彩ったカスタム機「ジャウハラ」。
 パイロットのディヤー・A・バトロス(ka5743)が
「決められる時に決めねばの。こちらは非物理の射撃じゃ、貫けぬとも表面を焼くことぐらいはできようて」と、
 アルトがつけた傷を狙ってトリガーを引く。
 しかし歪虚もここまでやられれば警戒する。右手の鉈を盾状に広げるとマテリアルの弾丸を弾いた。
「む……これはひょっとしてワシでは傷もつかんか?
 シェオル型には再生もあると聞くが、これは厄介かもしれん。……帰りたくなってきたのう」
 弱気ぶった言葉だが、実際は真逆だ。彼は小さく笑い、次の手を考える。
 ただの射撃では歯がたたなくとも、この戦いで有効な手となる手はいくらでもある。
 たった一手で逃亡を考えるほどディヤーは臆病ではないし、知恵もあるのだ。
 一方、濡羽 香墨(ka6760)は
「木蘭と来るの。久々だけど。一緒に頑張ろう。……いつもの演奏を」とユグディラの木蘭を前方に送り出し、
 自身は澪(ka6002)とサクラとディヤーへホーリーセイバーを付与した。
 各々の武器がたちまち禍々しい光の力に満ちる。
 木蘭は歪虚に接近すると複合楽器「バンドリオン」を巧みに操り「猫たちの挽歌」を奏でた。
 それは本来ならば聴いた者の心を哀愁で満たし、攻撃意欲を失わせる音曲。
 しかし歪虚はそれを振り切るほどの強い意志を持つのか。鉈をアルトに向けて振り下ろした。
「……ッ!」
 アルトが咄嗟に体を捻りそれを躱す。鉈から強烈な風圧が殺気が放たれ、アルトの長髪を激しくなぶった。
 ――シネ、シネシネシネッ!!
「ふむ、お前は相当の人間嫌いとみた。……ああ、いいとも。
 私とて歪虚を殲滅する気で戦っているからな。所詮共存が叶わぬ身だ。手加減など期待するなよ!」
 再度武器を構え直すアルト。その逆方向から澪がオートソルジャー「シロガネ」と共に武器を構える。
「シロガネは今回が初陣。無理しないで。まずは私の傍で射撃援護、いい?」
 シロガネが頷いたのを確認するや、澪が次元斬で歪虚を乱れ斬りにする。
 香墨に与えられた光の力も伴い、歪虚の背に細かなヒビがびっしりと入った。
 それに倣うようにシロガネがフォトンチャージで射撃威力を引き上げ、ライトマシンガンで攻撃を重ねる。
 ヒビが入った表皮が細かく砕け落ちていくのが確かに見えた。
(ん、シロガネは良い子。この調子でいく!)
 その頃、白樺(ka4596)はグリフォンの山桜桃に搭乗し空中から仲間の位置を確認した。
「……シェオル型って、元々は人間だったり精霊だったりするって聞いたの。もう、何一つ助けられないのかな?」
 白樺は優しい子だ。救済の道を探ろうとするも――契約者はともかく、歪虚は死者に過ぎない。
 ましてや「これ」はとうに人間を殺め過ぎているのに。
「倒すしかないのはわかってる。でも……!」
 低空飛行しながらアイデアル・ソングを歌い始める白樺。
 ――悪い予感がする。山桜桃の手綱を操作しながら彼は懸命に美しい声を戦場に広げた。


●漆黒の闇

 ローザが自分の動きを犠牲にして相手の足を止めている間、ハンター達は次々と攻撃を叩き込んだ。
 なにしろ相手の武器は一振りの鉈のみ。
 主に身軽なアルトが見切を併用しながら歪虚の攻撃をひきつけ躱し、
 他のハンターが中長距離から強烈な業を叩き込むのだから今のところ大きな負傷者は出ていない。
 そこで歪虚が幾度か強烈な闇のマテリアルを体内に満たし一気に爆発させようとしたものの、
 ディヤーがそれを察知する度にカウンターマジックを唱えてマテリアルの膨張を抑え込んでしまう。
 つまり歪虚にとっては運悪く非常に厄介なハンター達を相手取ったことになる。
 ――ナンデウマクタタカエナイノ? コノマエハモットマエニススンデ……。
 苛立ちを言葉に滲ませる歪虚。
 そこからぐるりと周囲を見回すと、己の足の自由を封じているローザの存在に気付いた。
 煌々とした光の力はあの精霊のものに違いない。
 ――アナタ、ニンゲンジャナイケド。ジャマヨ!!
 大振りに鉈を振り上げブーメランのように投擲する。
『……っ!』
 このまま動けば相手を自由にしてしまう。回避を諦め刀を構えるローザ。
「駄目、ローザ! 逃げてっ!!」
 急いで彼女を救おうと白樺が手綱を引くも、この距離では間に合わない!
 するとその前にブラストハイロウを展開したジャウハラが立ち塞がり、刃をあらぬ方向へ弾き飛ばした。
『ディヤー!?』
「ローザ殿、無理は召されるな。それよりも気にされているのか? 奴めと貴殿の技の性質が似ておることに」
『それは……』
 たしかに。刀一本で戦い、自身のマテリアルを放出しながら戦うさまは酷似していると言えた。
 それが無意識の対抗心となってローザ自身の足も止めていたとも言える。
「奴が闇を操るならば貴殿の光はあの硬き殻を打ち破る導きとなるやもしれぬ。
 奴の足を封じる力を持つのは幸いにして貴殿だけではない。皆を信じてほしいとワシは思うぞ」
『……わかったよ、すまないね』
 その時、空中から白樺が叫んだ。
「鉈が遠くに飛んだ今なら盾を作れないはずなの! 集中攻撃も効くはずなのっ!」
 そこで力強く駆け出す者がいた。
「ああ、存分に黒の花弁を散らしてやろう」
 アルトが再度散華で歪虚の体をあらゆる面から削っていく。
 そしてアフターバーナーで締めた瞬間、左の下腕がぼろりと大きく欠けた。
 そこにパウルが主の元に戻るや「惑わすホー」の結界を展開する。どうやら彼は主に似て聡明な気質のようだ。
 続けてサクラが自分の生体マテリアルをルクシュヴァリエに捧げる苦しみに息を荒げつつも、機体を駆けさせた。
「相手の隙を見逃すわけには行きませんね……。
 全力全開で行かせて貰います……。人機一体……一気に行きますよ……!」
 サクラの力で大きく強化されたルクシュヴァリエが高速で歪虚の懐に飛び込み、
 不安定な左腕を突き上げるように斬る。だがここで攻撃は終わらない。
「光を纏いし流転の炎、躱せますか……!?」
 振り上げた鎌を流れるような動きで斜に振り下ろす。
 脆くなっていた左腕がずん、と地面に落ちてたちまち風化して消えていった。
 そこで香墨は藻掻く歪虚へ中距離まで接近し、自身の拘束具たる「アルタ・レグル」の力でマテリアルを高める。
「あんまり得意じゃないけど。もっと黒いのを」
 彼女から発される無数の漆黒の刃。それが歪虚の巨躯に浅けれど無数の傷を与えていく。
 しかし歪虚の動きを完全に封じることはできなかった。
「……強い負の匂い。嫌な匂い。でも私も。闇を操るから……次は必ず」
 鋭い瞳で歪虚を見据える主の力になればと、
 木蘭が仲間達ができるだけ多く入る位置に陣取り「旅人たちの練習曲」を奏で始める。
 その音色に香墨、澪、ディヤー、ローザは力が湧き出てくるのをはっきりと感じた。
 今のタイミングを逃すわけには行かない。
 澪が「急がないと。行こう、シロガネ」と告げ、駆けながら大太刀を地に擦りつけ炎を生み出す。
 紅蓮斬で歪虚の左太腿の傷を抉るように焼き斬った後、放たれたのは火鳥風月。
 火と風と香墨に与えられた光も含めた3つの力が守りの薄くなった歪虚の胴に大きな割れ目を作る。
 そこに絶妙なタイミングでシロガネが改めてフォトンチャージを使用し、接近戦向けのモードにチェンジする。
 深紅のガントレットで腹を抉るように一打を加えれば胴の傷がびしりと深くなった。
 シロガネは最近澪についてくるようになった存在だが、思う以上に彼女と息の合う戦友になれるのかもしれない。
 だが次の瞬間、周囲に闇の匂いが強く重く漂った。そして地面から強烈な暗闇が噴出する。
「っ! それを撃たせるわけにはいかん!」
 急遽ブラストハイロウを解除し、カウンターマジックの術式を唱えるディヤー。
 しかしその怨念じみた強烈な魔力に術をねじ込むことがついに叶わず、
 せめて光の精霊であるローザを庇わねばと彼女を闇マテリアルの範囲外へ突き飛ばす。
 ――イタイイタイイタイッ、ミンナキライッ! シンジャエ!!
 猛烈な「漆黒」に身体が軋むと同時に、視界が大きく歪む。
 アルトはパウルの「惑わすホー」の結界で守られ、サクラは咄嗟にダメージコントロールを使用し身を守った。
 香墨とローザは敵と距離が離れていたため無事。
 しかし山桜桃、ジャウハラ、澪とシロガネが大きく傷つき、その身を崩す。
 白樺は「ユーちゃん、ごめん。必ず助けるから!」と地に伏せた相棒に叫ぶとピュリフィケーションを唱えた。
 浄化の力が澪とジャウハラと山桜桃に正常な視界を取り戻していく。
「白樺……ありがと。でも、ここは危ない……」
 痛みを堪えて白樺を案じる澪。だが彼はいつもの朗らかな笑みを浮かべた。
「ううん。無事に皆が帰れるようにしないといけないの。どこにいたって傷ついた人は助けるの。
 シロはおケガしたってへっちゃらなの! ……それよりもあの鉈、戻ってきたみたい。気をつけて!」
 再び山桜桃に搭乗せんと駆けだした白樺が空を指さす。
 弾かれたはずの鉈がくるりと歪虚に方向転換し、風を切りながら飛来する姿がはっきりと目視できた。
 ――幸い、その射線上に仲間はいない。
(鉈は奴の手に自然と戻るもののようだが、その軌道には捻りがない。ならば無防備な間に仕留める……!)
 アルトは再びパウルに後衛陣へ「惑わすホー」で守るように指示を出すと、
 再び焔舞を纏って強烈な斬撃を幾度も繰り出す。
 彼女の連撃によって黒光りする殻を失った歪虚は体を容赦なく削られ、今やいびつな石人形のようだ。
 刀の音が鳴るたびに響く歪虚の悲鳴。白樺がその声に胸を痛める。
(身体が歪虚になっちゃったらきっともう救えない。
 でも、シェオルには意識がある子もいるって聞いたの。それならせめて……心だけでも助けられないかな)


●重き刃を越えて

 サクラが一旦後退しヒーリングスフィアで澪たちの傷を癒している間、
 歪虚は鉈を手にすると元のように鉈を振るい始めた。
 しかし不思議なことに先ほどまでの強い闇のマテリアルを感じず、
 腕力も衰えたのか鉈で自分の周囲を斬りつけるしかできない。
 そこでローザが刀に手を掛けた。白樺が姐御肌の恋人の身を案ずる。
「……ローザ、大丈夫? シロ頑張るから、ローザも無理しないでね?」
『任せな、アンタ達を守るのもアタシの役目だからね。それより白樺も無理するんじゃないよ、
 アンタに何かあったらアタシは耐えられたもんじゃないからね。約束は守ってもらわないと!』
 彼女の表情はまるで憑き物が落ちたかのように落ち着き、そして守るべき者を見失わない強さを取り戻していた。
 それに安堵した白樺は
「わかったの! でも絶対にローザも皆も守るの。それがシロの仕事だから!」と宣言し、山桜桃と共に空を往く。
 そしてローザは地を蹴ると、先ほどのディヤーの言葉を思い返した。
(あの少年、言ってくれるじゃないか。私の光が導き、か……ならばやってやろうじゃないか!)
 彼女は闇に呑み込まれぬ程度の距離まで駆けると刀を振り上げ、一気に自身のマテリアルを解き放つ。
 その光の波は歪虚を傷つけるだけでなく、
 左胸部に浮かぶ泡状の円とその中にいる奇妙な赤子のようなものを透かすように照らし出した。
 それを白樺が目に留めた。
「……! 歪虚の左胸に小さな子供がいるの! もしかしたらそれがこの歪虚の核なのかもしれないっ」
 彼の声に早速反応したのがディヤーだ。
「十分に魔力を込めた一撃ならば盾があろうとも力は通ろうて!」
 彼はイースクラWでマテリアルライフルを放つ。
 紫色の濃密なマテリアルの奔流は生憎左胸こそ直撃しなかったものの、首元から左肩を粉砕した。
 ――奴には今や盾を作る力さえない。
 しかし歪虚の戦意はまだ衰えてはいない。
 傷の治りきっていない澪を狙い、片手で重い刃を振り上げる。
 そこで彼女のボディーガードたるシロガネが駆け付けようとするも、
 視認能力の異常が続いているのか立ち上がることさえままならない。
「助けて……シロガネ……!」
 その声に応じる者がいた。後方に控えていた香墨が澪の前に立ちはだかる。
 彼女は一旦は歪虚に鉈で薙ぎ倒されながらも澪にアンチボディの術を紡ぎ、澪の手足に再び活力を漲らせた。
「香墨っ! 前に出ちゃ、駄目だって……!」
「だって。澪に何かあったら。そう思うと。守り合うのが友達で。恋人。でしょ?」
 痛みを堪えて微笑む香墨。
 澪は彼女の心の温かさに触れた途端、戦意が湧き上がってきた。必ずこの歪虚を倒して皆で生還するのだと。
 ボロボロになったシロガネもようやく真っ当に立ち上がり、武器を構える。
「シロガネ……まだ一緒に戦ってくれる?」
『……』
 澪の目を見つめまっすぐに頷くシロガネ。どうやら主に似て物静かだが健気な心が宿っているらしい。
「それじゃ……私と。香墨と。一緒に行こう……!」
 澪が大地を蹴り、シロガネとともに駆け出した。たとえ何度倒れようとも自分には香墨が、仲間がいる。
 もう一度大太刀に炎を宿して脚を薙ぎ、激しい炎風のオーラで歪虚の脇腹を深く抉る澪。
 すると「ごり」と硬いものが擦れあう音が響く。
 続いてシロガネが両手をその傷にねじり込み、ガントレットを突き上げる。するとついに歪虚の腰が圧し折れた。
 ――ギャアアアアアッ!!!
 地面に崩れ落ち、鉈を杖代わりに上体を必死で起こす歪虚。
 そこで攻撃を重ねるべく再び前線に向かおうとするサクラへ白樺がフルリカバリーを唱えた。
 サクラは既に人機一体で生体マテリアルを多く消耗している。
 その身体に温かなマテリアルが満たされ、疲弊したその瞳に再び力が宿った。
「……ありがとう、ございます……」
「ううん、サクラ達が頑張ってくれているからシロも支援に専念できるの。これぐらいはやらせてね!」
「そうですね……聖導士の役目は人を守ること……。私も皆さんを……守らなければ……!」
 力を取り戻した黒のルクシュヴァリエが万象の器を発動させ、疾走する。
 サクラは足掻く歪虚の頭に大上段から大鎌で一撃を喰らわせると、
 そこから「流転の炎」で流麗な動作で鎌を振り上げ右の肩口から斜に深く鎌を叩き込んだ。
 するととうとう核に亀裂が入ったのか、歪虚の力が衰え胸に潜んだ赤子が悲鳴を上げる。
 ――ナンデ、ナンデ、ナンデ? ワタシハナンデコンナトコロデ……!!
 怒りに満ちた問い。それに答えたのはアルトだった。
「お前はシェオル型歪虚、要はこの世界の生命全ての敵だ。
 私たちの未来は私たちのモノ。私は邪神に恭順も封印も選ぶつもりはない。
 涓滴岩を穿つ、僅かでも奴の力を削るためにお前は確実に滅ぼさせてもらう」
 それはひどく厳かで、憐れむように。
 アルトは踏鳴で一瞬にして歪虚に距離を詰めると、華焔を身動きできない歪虚の左胸へ深く突き刺した。
「なにより、アレの中で永遠に終わりを繰り返えさせるのは、さすがにな。
 慈悲とも救いとも言わん、滅ぼす事には変わりがない。……だが、終わりには導いてやる。眠れ」
 潰れた頭の表面を泣き叫ぶように歪める歪虚。
 それがあの頑強さからは信じられないほど呆気なく崩れ、最後は様々な色の小石や砂となって……消えた。


●2つの消失、そして

 こうして、帝国の一農村を消滅させた歪虚の討伐が無事完了した。
 澪が皆の無事を確認し「……良かった。シロガネも頑張ったね」と安堵する。
 しかし白樺は寂しげな瞳で足元の石を拾うとそれを木陰に積み上げていく。
「どうしたの。白樺」
 香墨がそれを不思議そうに覗くと、白樺は悲しげに微笑んだ。
「……手遅れだって、知ってる……。それでも心だけは助けられるように……」
 彼が紡いだ歌はピュリフィケーションを重ねた鎮魂歌。どうかこの魂に永遠の安らぎをと彼は願う。
(自分だけの幸せのために大切な家族を傷つけちゃダメなの……。
 それじゃあ独りぼっちになっちゃうの……。次は……ちゃんと皆と幸せになれますように)
 すると香墨が野花を集め、石の前にそっと植えた。
 木蘭がその想いに応じ、心癒す温かな音曲を奏で始める。
「これなら。……少しは寂しくない?」
「ありがとう、香墨。木蘭も優しいね……」
 澪がそんな2人とともに小さな墓石の前で手をあわせる。
 どうかこれ以上人間や精霊が歪虚に利用されないように。犠牲にならないように、と。
 
 一方、アルトとサクラとディヤーはローザとともに「消された村」に向かった。
 あの歪虚の足が鈍重だったため、村までの距離はさほどのものでもない。
 状況を確認する程度なら帰還の予定時刻までに十分だという判断に基づく行動だ。
 アルトが道中に厳しい顔で言う。
「奴が消したという村にもし負のマテリアルが残存しているとしたら歪虚の発生源になるかもしれない。
 看過できない問題だからな、確認と報告をせねば」
「そう……ですね……。確認できることはしておかないと……。もし、生存者がいれば助けたいですし……」
 そんな彼女達が見た風景は想像以上に凄惨な光景だった。崩れ落ちた家屋と地面に広がる無数の血痕。
 畑だった場所は巨大な足に踏み荒らされ、生命の気配ひとつ存在しない。
 ――おそらくあの闇のマテリアルで一瞬にして人々は消されてしまったのだろう。
「……くっ」
 ディヤーが無念そうにモニターを叩く。
 ローザも本来の気性なら地面に拳を叩きつけるぐらいのことをしそうなものだが、
 己の力の使い道を思い出した途端不思議と心が鎮まった。
『怒りも悼みも大切な気持ちだけど、それと同時にやらなきゃいけないことがあるね。
 ……ここからシェオル型歪虚が出現したというのなら
 近いうちに神霊樹の加護をもらう必要があるけれど、一旦アタシが浄化させてもらうよ』
 その提案にもちろん反対意見はない。
 ローザが6属性の刃を地に突き刺し、真っ先に負のマテリアルを消滅させる。
 そして少しずつこの地に留まる無念や怒りも昇華させていく。
 その間ハンター達はルクシュヴァリエとジャウハラを活用し、近隣から岩を運ぶと簡素な石碑を建てた。
 今はこれが精一杯の供養となるだろう。
 ――そして帰途につくさなか。
 ディヤーがぽつりと呟いた。
「……シェオル型歪虚、か。いつまでこの悲劇は続くんじゃろうの」
 先頭をゆくアルトが振り向かずに答える。
「あと少しだ。邪神の喉笛を噛み千切りさえすれば全てが終わる。未来に禍根など残さない。
 それが奴らに踏みにじられてきた命たちに私が報いられる唯一の手段だからな」
 その言葉にサクラは静かに瞑目すると、胸の前で小さく十字を切った。
 たとえ我々のゆく道がどれほど血に塗れていたとしても、どうか2つの世界の未来に繋がりますように……と。

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MVP一覧

  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニka3109
  • 鉄壁の機兵操者
    ディヤー・A・バトロスka5743

重体一覧

参加者一覧

  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    コッキゴーレム「ルクシュヴァリエ」
    刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」(ka2598unit008
    ユニット|CAM
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    パウル
    パウル(ka3109unit005
    ユニット|幻獣
  • 曙光とともに煌めく白花
    白樺(ka4596
    人間(紅)|18才|男性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ユスラ
    山桜桃(ka4596unit002
    ユニット|幻獣
  • 鉄壁の機兵操者
    ディヤー・A・バトロス(ka5743
    人間(紅)|11才|男性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ジャウハラ
    ジャウハラ(ka5743unit001
    ユニット|CAM
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    澪(ka6002
    鬼|12才|女性|舞刀士
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    シロガネ(ka6002unit002
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    ユニット|幻獣

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/05/10 00:01:10
アイコン 【質問卓】心を救う為に
白樺(ka4596
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2019/05/09 14:49:24
アイコン 【相談卓】願いの末路
白樺(ka4596
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2019/05/13 00:09:58