ゲスト
(ka0000)
【血断】隣人たちとの道のゆくえ
マスター:四月朔日さくら

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/05/16 19:00
- 完成日
- 2019/05/22 19:06
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
世界が一つの大きな選択を迫られている。
邪神討伐。
邪神封印。
そして、邪神恭順。
その選択によって道が決まるのは何もハンターだけではない。
この世界に生きとし生けるすべての存在、そのすべてに関わることだ。
事実が明らかになった今、その選択を決めるのは、今生きている人びとなのだ――。
●
――幻獣の森から、リムネラに客人が現れたのはそんな中のことだった。
「お久しぶりっス! じつはハンターの皆さんに、ナーランギ様から幻獣の森へ来てくれないかと言われているっス。なにやら話があるそうで」
そう言って客人――ツキウサギは、なにやら神妙な顔で頷いた。
「ナーランギ、カラ?」
ナーランギは大幻獣の中の大幻獣、元は六大龍としてこのクリムゾンウェストの守護者として存在していた。もっとも今は様々な経緯の後に幻獣の守護者となり、六大龍とも違う見方で世界を見つめてくれているのだが。
そのナーランギが、リムネラに――いや、ハンターたちに――話を、という。
タイミングがタイミングの上、話をするのがナーランギとあっては、きっとあのことにも関係があるに違いない。
「わかりまシタ……」
リムネラはゆっくり頷くと、傍らにいたヘレをそっと見つめた。
この子もなにか、気づいているのだろうか。知っているのだろうか。
けれどそれを聞くのははばかられた。何となく怖くて。
●
『よく来たな、ハンターたち』
それから数日後、幻獣の森――ハンターたちはナーランギに面会していた。
ついでに言うと、チューダも何故かちゃっかりいる。
「幻獣王である我輩をのけ者にしてなにかおしゃべりとはずるいのであります!」
とか何とか言ってついてきた結果である。
『今日は真面目な話なのだが、……チューダも関係のある話だ、きちんと聞いてくれるか』
ゴクリと、誰かが息をのんだ。
『今、邪神をどうするかで問題になっているのだろう? しかし、その選択が邪神以外にどう影響するか……気づいているか?』
一瞬の沈黙。
『いや、もう気づいているものもいるかもしれないが……邪神をもし封印すると言うことをお前たちが選ぶのなら、精霊たちは力をすべて使ってその手伝いをするだろう。もちろん、幻獣もだ。しかし、おそらくその代償に、この世界から『神秘』とよばれるものが失われる。それが幻獣にとって何を意味するかというと……我々幻獣は、人間と同じ世界に存在できなくなるのだ』
将来、お互いを認識することができなくなってしまう、と言うことらしい。
それはリアルブルーで『神秘』が失われ、魔法や精霊、妖精と言った存在が夢物語になったのと同じ未来が待っていると言うこと。
「ふむ……そしたら、我輩お菓子を盗み食い放題でありますか?」
のんきなことを言うチューダに、ナーランギは一瞥する。
『いや……盗み食いをされたこともわからなくなるだろう。そもそも触れることすらできなくなるかもしれぬ。同じ世界に存在できないというのは、それほど大きなことなのだ』
「え……そしたら我輩、大霊堂の巫女に膝枕してもらえないでありますか? おいしいものおごってもらえなくも!?」
相変わらず自分本位な意見だが、その認識はおおよそ誤っていない。チューダはがくっと肩を落とした。
『そこでハンターたちにも考えてほしい。あくまで個人の意見で構わない……封印という選択をしたときの、我々と生きる世界を分かつときの……お前たちの考えを、教えてほしいのだ』
封印という選択を選ぶ理由。あるいは選びたくない理由。
封印した後の、幻獣や精霊の消えた世界でのあり方。
そんな諸々を、今思うことを、教えてほしい――ナーランギはそう言って、叡智をたたえた瞳に悲しみをほんのりと浮かべた。
世界が一つの大きな選択を迫られている。
邪神討伐。
邪神封印。
そして、邪神恭順。
その選択によって道が決まるのは何もハンターだけではない。
この世界に生きとし生けるすべての存在、そのすべてに関わることだ。
事実が明らかになった今、その選択を決めるのは、今生きている人びとなのだ――。
●
――幻獣の森から、リムネラに客人が現れたのはそんな中のことだった。
「お久しぶりっス! じつはハンターの皆さんに、ナーランギ様から幻獣の森へ来てくれないかと言われているっス。なにやら話があるそうで」
そう言って客人――ツキウサギは、なにやら神妙な顔で頷いた。
「ナーランギ、カラ?」
ナーランギは大幻獣の中の大幻獣、元は六大龍としてこのクリムゾンウェストの守護者として存在していた。もっとも今は様々な経緯の後に幻獣の守護者となり、六大龍とも違う見方で世界を見つめてくれているのだが。
そのナーランギが、リムネラに――いや、ハンターたちに――話を、という。
タイミングがタイミングの上、話をするのがナーランギとあっては、きっとあのことにも関係があるに違いない。
「わかりまシタ……」
リムネラはゆっくり頷くと、傍らにいたヘレをそっと見つめた。
この子もなにか、気づいているのだろうか。知っているのだろうか。
けれどそれを聞くのははばかられた。何となく怖くて。
●
『よく来たな、ハンターたち』
それから数日後、幻獣の森――ハンターたちはナーランギに面会していた。
ついでに言うと、チューダも何故かちゃっかりいる。
「幻獣王である我輩をのけ者にしてなにかおしゃべりとはずるいのであります!」
とか何とか言ってついてきた結果である。
『今日は真面目な話なのだが、……チューダも関係のある話だ、きちんと聞いてくれるか』
ゴクリと、誰かが息をのんだ。
『今、邪神をどうするかで問題になっているのだろう? しかし、その選択が邪神以外にどう影響するか……気づいているか?』
一瞬の沈黙。
『いや、もう気づいているものもいるかもしれないが……邪神をもし封印すると言うことをお前たちが選ぶのなら、精霊たちは力をすべて使ってその手伝いをするだろう。もちろん、幻獣もだ。しかし、おそらくその代償に、この世界から『神秘』とよばれるものが失われる。それが幻獣にとって何を意味するかというと……我々幻獣は、人間と同じ世界に存在できなくなるのだ』
将来、お互いを認識することができなくなってしまう、と言うことらしい。
それはリアルブルーで『神秘』が失われ、魔法や精霊、妖精と言った存在が夢物語になったのと同じ未来が待っていると言うこと。
「ふむ……そしたら、我輩お菓子を盗み食い放題でありますか?」
のんきなことを言うチューダに、ナーランギは一瞥する。
『いや……盗み食いをされたこともわからなくなるだろう。そもそも触れることすらできなくなるかもしれぬ。同じ世界に存在できないというのは、それほど大きなことなのだ』
「え……そしたら我輩、大霊堂の巫女に膝枕してもらえないでありますか? おいしいものおごってもらえなくも!?」
相変わらず自分本位な意見だが、その認識はおおよそ誤っていない。チューダはがくっと肩を落とした。
『そこでハンターたちにも考えてほしい。あくまで個人の意見で構わない……封印という選択をしたときの、我々と生きる世界を分かつときの……お前たちの考えを、教えてほしいのだ』
封印という選択を選ぶ理由。あるいは選びたくない理由。
封印した後の、幻獣や精霊の消えた世界でのあり方。
そんな諸々を、今思うことを、教えてほしい――ナーランギはそう言って、叡智をたたえた瞳に悲しみをほんのりと浮かべた。
リプレイ本文
●
幻獣の森は、いつもと同じ光景が広がっていた。
木々はうっそうと生い茂り、自然そのままあるがままの姿で存在している。
森に生きとし生けるものたちは、その森の恵みを受けてのびのびと暮らし、その豊かな自然とマテリアルによって多くの幻獣も存在している。
そしてここには何より、賢者がいる。
元の六大龍『緑龍』であり、今は辺境随一の大幻獣としてハンターたちにも名前を知られている――その名をナーランギ。
かつては絶望をその双眸に宿し、森を結界の中に隠して外界の人間と接触することもなかったが、歪虚の攻撃により状況は変化した。
幻獣の森が何度も歪虚の攻撃の危機にさらされたとき、それを防がんとハンターたちは力を尽くした。
それもあり、今の幻獣たちとの関係は友好といえるのだが……今日のナーランギは、いつもと変わらない表情、とは行かないようだ。
深い叡智と絶望をその瞳にたたえて話したことは――世界の行く末と、幻獣たちの未来。
邪神ファナティックブラッドをどうするかで、変わる未来。
じっさい、この問題はまだまだハンターたちの間でも喧々囂々、三つの案にそれぞれ支持者がいる状態だ。
邪神殲滅……邪神を自分たちの手で滅ぼそうとする者。
邪神封印……邪神をあらゆる手を使って封印し、この世界を保とうとする者。
そして、邪神恭順――邪神に頭を垂れ、歪虚となり邪神とともに未来を探ろうとする者。
もちろん、それぞれの意見には反対意見もあるが、一理あるのも事実で、個人の意見を否定するのはあまり好ましくない。
今回ナーランギの元に集まったハンターたちも同様。
それぞれにそれぞれの意見と意志を持ち、そのためにこの世界のこれからを真面目に考えた結果だ。
ナーランギは言う。
『今日ここに集ったハンターたちの、考えを教えてほしい』
と。
別に彼らがハンターの代表というわけではない。特別というわけでもない。
それでもここに来たのは、自分の意見を、他人の意見を、強く持ちたかったからに違いない。
●
重い話ばかりでは気分もめいってしまいますから――
そう言う思いで、何人かのハンターは甘いものや酒などを持ってきていた。酒はナーランギの好物だが、話が一段落するまではとりあえずお預け、甘いお菓子で気分をリラックスさせる。
ユメリア(ka7010)の持ち込んできたマカロンやサクラ・エルフリード(ka2598)の用意したケーキ、持ってきた者たちの気持ちがそれぞれにたっぷり詰め込まれている。たとえ買ってきたものであっても、思いが込められているならそれが大事なのだ。
「チューダ様がナッツでぇ、ナーランギ様はお酒でしたよねぇ?」
そう言いながら星野 ハナ(ka5852)も楽しそうに荷物を置いていく。ちょっとしたお茶会ムードだ。
今回半ば強引につきまとっているチューダも、これらを食べては満足そうに頬袋を膨らませていて。
でもそれは、真面目な話をするまでのひとときの憩いだ。
「……この決断はみんながぶつかり合って、苦しいくらい悩んで、納得できない思いも飲み込んで……そうやって決めなきゃいけないものだと思います」
そう、最初に言葉にしたのは百鬼 一夏(ka7308)だ。ハンターになったのはこの中でも比較的新しい方、ではあるが、ハンターとしての経験はしっかり積まれている。鬼という種族の割に小柄な体躯の彼女だが、目標は大きい。
実際、そうなのだ。
対立する意見も数多いが、それは今度行われるハンターズソサエティの投票ですべてを決める事となる。それまでは、さまざまな意見を聞くのも大切なことだ。
なにを選んでも失うものがあり、諦めなければならないものがある――それは、間違いのない共通認識。
そして今回、ナーランギから示された、幻獣や精霊といった『神秘』との別れ。無論、魔法などと言うものも含まれるが、今回の集まりにおいて大事なのは幻獣だ。ナーランギやチューダはもちろんのこと、ここに今いない幻獣たち、ハンター達が手塩にかけて育ててきた仲間の幻獣……それらがすべて、消える。認識できなくなってしまう。
今まで当たり前だったことが、当たり前でなくなってしまう。
もし、邪神の封印を選べば、その未来は間違いなくやってくるのだという。
それは、すぐに受け入れられない事実かも知れない。だからこそ、一夏は言葉を続けた。
「私は……殲滅を、選びたいです」
そしてゆっくりと自分の意見を述べる。
恭順は負けて死ぬのと同じ、あるいは今度は自分たちが他の世界を脅かす存在になるかもしれない――
「どこかの世界の誰かを苦しめる存在になってしまうかもしれないだなんて、楽だからってそんな道に逃げちゃいけないと思うんです。戦うつらさを、私たちだって知っているから」
いったん言葉を切って、次の言葉にうつる。
「封印もやめた方がいいと思います。いつとけるかわからない、そんな封印を前にしておびえながら過ごす日々が幸せ……だなんて、とうてい思えないですし、それに幻獣だって私たちの仲間なのに、それを差し出してのひとときの平和を手に入れるのが正しいとも思えません」
だから殲滅なんです、鬼の少女はきゅっと唇をひきしばって言う。
「たくさんの犠牲が出ることも、わかってます。私自身やここにいる大切な仲間が死ぬかもしれないことも。でも、ここで斃さなきゃいけないって思います。勝負に出なくちゃいけない……そのためにここまで、戦ってきたんですから」
その表情にはまだおびえの色がほんのり覗いているが、瞳はきりりと、曇りのない色をしていた。
「覚悟は出来ています。今までと何も変わりありません、負けたら死ぬってことは同じなんですから。だから、絶対勝ちます!」
そして未来を勝ち取ります――少女は力強く頷いた。
「私は最後まで足掻いて……すべての人が生き残る道を模索したいのです」
そうきっぱり言ったのは、Uisca Amhran(ka0754)。チューダを膝枕してやりながら、そう言う彼女の声はいつもよりも大きく感じられた。
「私は誰かの犠牲を前提とした作戦を認めたくありません……白龍の巫女としての修行を積んだ私としては、幻獣さんや精霊さんはいつも隣にいる大切なパートナーのような存在なのです……」
白龍の巫女、と言えば聖地リタ・ティトで修行を積んだ巫女全体を指す言葉だ。彼女もその一人であることは間違いない。
『ふむ、お前の意見などはどうなのだ?』
ナーランギが低い声で問いかける。
「私は……私の知る限り、殲滅を希望する声が多いようですけれど……殲滅も多くの存在が消えるという点で封印と変わりはないと思うんです。あくまで『特定の誰か』が、『不特定の誰か』になっただけなのじゃないか、って……」
殲滅を選べば、多くの犠牲が出るのはわかっている。不特定の誰か、というのはそう言うことだろう。
「恭順も認めることは出来ないのです。歪虚化はその人の死だから……そうなった人たちはたとえ生前の記憶を保持していても、別人だと思うのです……ただ、歪虚たちの抱えた思いは救えたら、とは思います。――だから、私は三つの選択肢とは別の道を模索したいのです。どのような道なのかについては、ある程度考えはありますが……ここはその方法を議論する場でないと思うので、話すのは控えておきますね」
三つ以外の選択肢。それは本当に可能なのだろうか。仲間たちも、ナーランギも、じっと彼女を見つめる。
「それより、守護者の私としては、守護者というのはむしろ幻獣さんや精霊さんに立場が近いのでは……と思っています。神秘が消えたら、守護者も消える可能性があるのではないのですか、ナーランギ様?」
Uiscaの問いは数人の心に敏感に刺さる。守護者という存在なのは、何もUiscaだけではないからだ。
『それは……わからない。守護者という立場は、確かに特殊だろう。ただ封印と言うことになれば、少なくとも覚醒者ではいられなくなる可能性も高かろう。もっと大きな影響もあるかもしれないが、それはわしにもわからんよ、お嬢さん』
ナーランギはすまなそうに応じた。
「いえ……それならいいんです。でも、幻獣さんや精霊さんも、同じこの世界の住人です。だから、選挙権などがないとしてもどのような選択肢を望むのか、それをきちんと言ってほしいのです……! 人にゆだねるとか、人が選ぶべきとか……そう言われる方が、悲しいです」
Uiscaは感情を思い切り吐露させる。しかし、それに対しては、ナーランギはまた目をゆっくり伏せた。
『……それは無理というものだ。そもそも精霊や幻獣というのは世界の維持によって存在が可能なものだ。だから、今回のハンターたちの選択も、われわれにとってみれば正直殲滅でも封印でも構わない。もっと言ってしまえば、最終的に大精霊の選択、宣言に逆らうことが出来ないのだよ、われわれは……だから、それらを深く考えても仕方がないのだ』
もちろん考え方に個体差は生じるが、とナーランギはのんきに膝枕を満喫しているチューダを横目で見つめた。
『それに、元々その投票とやらは、ハンター以外には参加する権利がないのだろう? わしらの意見は、参考になるかすらわからないからな』
ナーランギの言葉に、Uiscaはいっしゅん悲しそうな表情を浮かべたが、
『しかし、わしらのことも憂いてくれてありがとう……無論、皆がそう思ってくれているのだろうが』
森の賢人はそう、優しく頷いた。
●
三つの選択肢以外の道を探りたいと思っているのは、無論彼女だけではない。
天央 観智(ka0896)も、共存や協力していく道がないものかと、密かに模索していた。
(三つの選択肢のなかなら殲滅、そして封印……恭順は選択肢外ですけれど。でも、やはり選択肢に縛られない、お互いに苦労があったとしても共存を図れる道があるとするのなら……協力して、そしてあと一歩を進ませることが第一ですし。けれどそもそも、邪神のあと一歩を進めるという欠片がなんなのかがわからないこと……それが、問題ですよね)
ぐるぐると考えているが、自分の中で自問自答を繰り返すばかりでは決して答えは出てこない。何か、外からの刺激がほしいのは事実だった。今回の依頼は、そう言う意味ではもっとも適したものの一つだったのかもしれない。
観智は一歩進み出て、ナーランギに言った。
「神秘が失われる……ですか? でもたぶん、それだけではすまないと思いますし……何より、それはただの時間稼ぎ、ですよね? かつて一度、邪神に滅ぼされかけている者たちが、力をさいて……今なら封印し続けられる……訳がない、ですし」
その言葉に、ハナも同調した。ハナはどちらかというと殲滅派だが、観智の言葉に思うことがあったようだ。
「そうですぅ。封印された幻獣さん精霊さんのこともですけれどぉ、封印されたリアルブルーみたいにぃ、自身の生殺与奪の権利を奪ってしまうことになりませんかぁ? それにぃ、リアルブルーの星一つを封印に使って、たかだか数ヶ月ですよぉ? 幻獣や精霊を代償に封じたとしてぇ、私たちは何年の猶予をむさぼるつもりですぅ?」
そう。リアルブルーの封印では、確かに数ヶ月の猶予しかなかった。ではこの世界は、クリムゾンウェストは――?
『未来を憂いているのだな、ハンターたちも。……正直、我らが力を使った封印が、どれほどの効果をもたらすことになるのかはわからない。具体的な犠牲、代償の規模もわからない。ただ、伝え聞く話だとリアルブルーの封印とここで行われるかもしれない封印は、その性質が異なる。リアルブルーの時よりは、強力になるだろう、とは思うが、具体的な期間は我々にもわからんのだ』
その言葉に、複雑な表情を浮かべるハンターたち。幻獣の中でも高位の存在であるはずのナーランギにもわからない……もっとも、これは人間たちの意思も関わってくるし、断言の難しい問題だからかもしれないが、歯切れの悪い言葉には落胆の表情を見せるものもいなくはなかった。
『すまぬな』
ナーランギは申し訳なさそうにつぶやく。観智はいえいえ、と首を横に振った。
「いえ、いいんです。一つの指針にはなるでしょうし……ただ、その封印が破られるときには、対抗手段もなく、人は滅びるしか道がない……とも、いえそうですね。場合によっては、精霊や幻獣が完全な絵空事になって、この戦いすらも風化した頃に、そうなる可能性もあるのですから。そう言うことも合わせれば、個人的な思いを言わせてもらえば、封印は最悪手です。まあ、恭順は、滅ぼされれば必然的に選ばされる……とも言えるかもしれないので、そもそも選択外、ですけれど」
ゆっくり、自分の言葉で説明をしていく。
「先ほども言いましたが、すでに知り得なくなってしまっている理が、ない……とも言えないあたりが怖いところではありますけれど……神秘が失われるというのは、この世界を形成する法則や仕組みの一部を、わからない以前に……知り得る機会さえ失うと言うことですから……そう言う意味でも、個人的にはあり得ない選択だと、言わせてもらいます」
ぽつぽつと、丁寧に話していく観智の言葉は、胸にじんわりしみこんで。
言われてみればその通りなのだ。神秘の喪失は、確かにそう言うことに繋がっていく。
ハナも、口を開いた。
「私もその三つだけからなら、殲滅を選びますよぉ。さっきの通りなら、大切な仲間たちに不自由を強いてぇ、戦力すらも半分以下になってぇ、いちばんやっちゃいけない悪手が封印だと思いますぅ。その点ではぁ、天央さんとも意見は似ていますぅ」
なるほど、確かにそれはそうだ。そして更に言葉は続く。
「恭順も、やっぱり論外ですぅ。死に続ける世界の苦しさを、私たちは何度も見てきたじゃないですかぁ。狂ったシステムがいくら力をため込んだって、今更違うことなんか出来ませんよぅ」
だから、とハナは力を込めて言う。
「もちろん、本当の殲滅戦になる可能性も高いですけどぉ、斜め四五度に殴るみたいに、ぎりぎりまでダメージ与えて再取り込みみたいな手段を私たちは試していないじゃないですかぁ。最後まで戦いながらできるチャレンジを続けていくべきだと思いますぅ」
――そう、誰も諦めたくなんかない。
だからぼろぼろになるかもしれなくても、模索を続けているのだ。
観智も、ハナも、視点は少し違うかもしれないが、似た道を選ぼうとしている。それは、もしかしたら心強いことなのかもしれなかった。
●
「殲滅……を今は考えています」
サクラは言う。
「でも、他にもっといい選択肢ができるのなら、それも含めて考えていきたいです。私も、封印をすることによって問題を先のばしにし、後の世代に任せる――なんてことは納得いきませんから。自分たちの世代のことは自分たちで、結果がどうなるにせよ決着をつけるべきなのではと思っていますから。それに、私も精霊や幻獣の皆さんに会えなくなる、というのは……いやです」
言いながら手作りというクッキーを振る舞おうとする。……もっとも、見た目や味がアレなので、手を伸ばす人はあまり……と言うか、いないが。
「何世代もあとに問題を先送りするのは、やはり出来ないです……もしかしたら、その間に決定的な解決策が見つかる可能性も、あるかもしれませんが……それはあくまで可能性です」
それに、と少女らしい柔らかな、ほんのり照れ笑いを浮かべて、チューダにケーキを与えながら言う。
「それに、幻獣さんたちと逢えなくなるのは、私、困りますね……。こう……おなかに抱きついてもふれないと、命の危機です……」
予想外の言葉に全員が一瞬きょとんとして、そして笑う。
そう、こんなかわいい意見で少しくらい欲張ったっていいじゃないか。だって、世界を動かすのは、彼らハンターなのだから。
「チューダは相変わらずだな。こんな時もいつものままだ」
そう言って目を細めたのはレイア・アローネ(ka4082)。普段は少しチューダにあたりの強いレイアだが、今日は微妙にやさしい。
(それにしても結構いつもの面子にいつもの流れ、だな)
ナーランギの元へ来るのはこれで何度目か。気むずかしいこの大幻獣と話すときは、お茶会を兼ねることはままあった。それはたいてい、ここに来るようなときはやっかいな事態が起きているとき、と言うこともあるからなのだろうが――やはり気分転換も必要なのだ。
「……さて、それにしても殲滅か封印か、恭順か……正直私は、封印という選択肢は可能性の一つとして考えてはいる」
レイアには何かレイアなりの考えがあるのだろう。言葉を続けた。
「理想の世界を戦って勝ち取る……それは確かに理想的な回答だが、その戦いで失うものを考えると……心が固まってしまう。私達はこれまでの戦いで、多くのものを失いすぎてしまったからな。それを無駄にはしたくないし、けれどこれ以上の犠牲も――避けたい。いや違うな、必要な犠牲など……あってはならないんだ」
誰もが考えること。言葉は挟めない。
「だが、討伐を選んだとしたら……」
「えっ、そしたらつまみ食いが出来なくならないのでありますか?」
チューダが空気を読まずに言葉を挟む。
「はは、そうだな……世界を違えてつまみ食いをするか、世界を違えずにつまみ食いをするか……まあ、お前のいたずらに困るものもいなくなるのかもしれないな」
そう言ってチューダの頭を軽くなでる。
「――ナーランギ。そして皆。私は正直迷っている。この世界には別れたくない者たちが大勢いる……私一人ですらそうなのだから、他の皆はきっともっとだろう。けれど別れるだけで、互いに死ぬと、そう決まったわけではない。邪神を倒そうとするのなら、多くの人間が死ぬことになる……それははたして正しいのか? その我が儘を貫き通す資格は、私達に本当にあるのだろうか?」
レイアの悩みは、少なからず誰の中にもあるものだろう。悲痛にも感じられる言葉は、一瞬皆の心をぎくりとさせたが、すぐにレイアは首を横に振った。
「いや……それは人に委ねるべきことではないな……。私自身で決めて、選ばなければならない。そうでなければ、私はなんの為に星神器を手に取ったのか……。私は……」
(リムネラたちの悲しむ顔は、見たくない……それに、ああ……あのいらっとくるげっ歯類とも、別れたくはないようだ……)
最後の言葉は、あえて口の中に飲み込んだ。
白龍の巫女であり、次代の白龍ヘレをいつも伴っている『ガーディナ』のリーダー、リムネラ。封印を選んだ場合、彼女がヘレと別れることも遠い未来ではないだろう。
そしていつもムードメーカーのようなチューダ。こんな面々と別れるのは、いつも気丈なレイアにとってもつらいのだ。いや、辛くないものなんて、いないのではないだろうか?
●
「紅茶も少し如何ですか」
ユメリアがオリジナルアレンジだという紅茶の入った瓶を手に、微笑みかける。それがハンターたちののどを潤してから、ユメリアもでは――と話し始めた。
「全員が幸せになる方法というのを模索するのは皆同じことだと思います。ですからこれまでの話も、本当に参考にさせてもらっているんですよ」
いって、それからかすかに俯いた。
「命というのは無限の可能性を秘めています。強さで運命を変えることもできるかもしれません。ですが、それは歪虚と紙一重なのでは――と思うのです。なので、私は封印派です」
力で無理矢理何かを成し遂げるというのは、あるいは確かにそうなのかもしれない。
「幻獣や精霊の皆様と会えないのは辛いですが、私もいずれ朽ちる身。別れは遅かれ早かれ、いずれ来ます。でも、今日のように逢えたことは忘れないし、出会えたこの喜びはまた伝えて、未来の果てまで伝えることはできるはずなのです」
風化はさせたりしない。そう信じているような、静かで優しい声だった。
「思いを受けて、響き合って……そして友へ、見知らぬ人へ、やがて次代の子へ――そうやって繋ぎ続け、少しずつ変えていく。そして形を変えていき、星の導となる……それが、無限の可能性の意味ではないでしょうか」
静かな声音は、いつもと同じ。吟遊詩人と言うこともあって、その言葉遣いもどこか詩的に感じられる。
「肉体は死んでも魂は不滅……辺境の教えの通り。邪神が残さなくても、私達は更にすべてをこの胸にしまうことができるのです。担いあい、託すことで」
そのまま、ゆっくり言葉を続けた。
「封印派とは言いましたが、もちろん可能性は捨てていません。この胸に、幻獣の皆様も、私達も、この大地のすべての命を託す輝きを託せたら、邪神と取り込まれた星にも救いを与えられるはず。だから……もしそんな希望が現実になりそうなときは、ぜひお力をお貸しくださいね。だから、今日あった出来事は全部素敵な、大切な想い。全部胸にしまいます……」
もちろん皆さんとの出会いも大切なものですよ、そう微笑んで。
彼女の紅茶の香りが、きっと皆の心に今日の出来事を思い起こさせる、そのように。
お菓子を適度につまみながら、夢路 まよい(ka1328)はふむふむと頷いていた。それぞれの意見はそれぞれのもので、絡められたらと思うものの、しっかり聞き入ってしまっていたのだ。
そんなまよいが、ぴょんと手を上げる。
「私はこの世界が好きだから、それを護りたくて守護者になった。これまでにも色んな人と関わりを持って……それも私の好きな世界の一部で。色んな戦場で一緒に戦ったりしてきた幻獣たちも、私の側にいる……それも私の好きな世界の一部。恭順を選んだら道を違えると、そう宣言している大精霊も……私の好きな世界の一部」
そう言ってから、何度か瞬きをする。
「だからなにを選んでも、今の世界の有様が失われるんだとしたら……なにを犠牲にするか選べ、っていわれたとき、私は選べないかもしれない。だから何を掴めるか、それを選びたいと思っているんだ」
誰も犠牲を生み出すのはいやなのだ。そして、言葉は続く。
「私は、『未来』を掴む為には殲滅を選ぶのがいいのかな、と今のところ思ってる。私が転移前に憧れた物語の世界が現実になったのが……また物語の中になるのも寂しいって言う、勝手な感傷もあるけれどね」
小さく笑う。
「もちろん何も犠牲にせずにすべて丸く収まる都合のいい道、なんてのがあれば飛びつくんだろうけどね。でもそんな道がないことを嘆いて何も選ばなかった結果、すべてを犠牲にするなんていうのはいやだから……」
そう言ってから、ナーランギに問いかける。
「もう一度確認なんだけど、幻獣や精霊たちって投票には参加できるの……? もし出来ないのだとしたら、ハンターだけの投票で、幻獣や精霊たちの道を決めるのも勝手な話かな、って……それはちょっと思ってる。人類でも投票できない人がいたら、その人の犠牲を決めるのも勝手な話なのは、同じなんだけれど……」
『ふむ』
ナーランギは頷いた。
『確かにあの投票はハンターズソサエティのもので、投票ができるのはハンターだけと、そう聞いた。人間好きの幻獣も、結構多いものでな……だから、この先のクリムゾンウェストは、文字通りお前たちハンターに委ねられている。ハンターは、この世界の代表のようなものだ。むしろそれで、最善の道を選んでほしい。我々は、世界の仕組みの一つに過ぎないからな』
その台詞はどこか寂しく、しかし彼らにすべてを委ねるような言葉だった。
●
(しかし、精霊も幻獣もいない世界か……リアルブルーが嫌だと言うわけではないが、クリムゾンウェストがそうなってしまうのは嫌だな)
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)はそう思いながら、皆の話を聞いている。周囲を見回し、彼女も語りはじめた。
「……精霊や幻獣がいなくなれば、個人レベルから国家間の力関係が変動し、経済や産業にもさまざまな影響が出るだろう……戦争とかもな」
彼女が思ったのは、すべてが終わった未来。確かに、今と同じバランスではいられなくなるだろう。神秘の消失とは、それほど大きなことなのだ。
「だがそんな『些細』なこともあるが、何よりもともにあった精霊達がいなくなり、そして再び友となれた幻獣たちと別れる……正直考えることすらしたくないな」
懐かしそうに、アルトは目を閉じる。
「駆け出しの頃からともに戦場を渡り、一緒に成長をしてきた契約精霊がいなくなれば、私は半身をなくしたも同然の思いを感じるだろう……」
普段、戦場において人の死などに心揺らさぬようにしている彼女がそう言った。そして更に幻獣についても言う。
「幻獣たちとも一緒に戦ってきた戦友というのはもちろんだが、天気のよい日に一緒にひなたぼっこをしたり、気分のよいときには一緒に歌を歌ってくれたり、強くなる為に一緒に稽古をしてくれたり……一緒に楽しいことや辛いことを、分かち合って乗り越えてきた」
他のハンターたちもそうだが、彼女も例に漏れず幻獣をユニットとしてともに戦うことがある。いや、幻獣をユニット化するのは何も戦う為だけではない。幻獣を癒やしとする人は少なくないのだ。
「だから、そんな彼らがいなくなるのは、彼らだけに押しつけるのは、私には出来ないな。せめてともに人も何かをいっしょにできないならば、絶対に選びたくない……。人は忘れる生き物で、時が経ち時代が進めば見えないモノは忘れられていく。過去に縛られすぎない為には必要な能力ではあるが、それによって精霊や幻獣のことも忘れてしまうだろう……ソレはとても悲しいことと思う」
アルトはそっと目を伏せる。思い出しているのだろうか。彼女の認識はユメリアのそれとは異なるが、忘れてしまうのは怖いことと認識している。忘却は、なかったことにまでされてしまうことがあるからかもしれない。
「……まあ、そもそも私は未来を差し出すような恭順も、友たちに押しつけるだけ押しつけるような封印も、どちらも選ぶ気はないけれど。人も精霊も幻獣も、この世界に生きるモノだ。無論、力及ばず倒れることもあるかもしれない、それでも私は最後まで、精霊立ちやあなたたちと、足掻いてみたいんだ」
アルトの最後の言葉は、きっぱりとしていた。
そんな仲間たちの言葉を聞いて、シェリル・マイヤーズ(ka0509)は何度も瞬きを繰り返していた。
彼女の意見は決まっていた。つれている妖精のモイラとフェルンと戯れながら、静かに意見を聞いていたが、
『小さな少女、お前は何を思う?』
ナーランギに問われ、頭を巡らせる。彼女が最後の意見者だ。
(正直……多数決だというのなら、意見を交換したところでどんな意味があるのかな……私には私の選択肢はあるけれど……強要されることも、諭されることも嫌だ……)
そして思う。
(同じ、『恭順』を選ぶ人は……どれだけいるのかな……)
小柄な少女の意見は、予想していた人も、していなかった人もいるだろう。
ぽつり、ぽつり。
シェリルは語りはじめる。
「私は……アナタたち幻獣という存在が……当たり前にあるここが……気に入ってる……」
彼女の心が死にかけてしまったときですら、一番そばに、いつも一緒にいてくれたのは、幻獣たちだった。
「だから、犠牲の出る殲滅も……封印して世界が別れることも……絶対に嫌」
ハンターたちは少女の意見を静かに聞いている。彼女がこれまで静かに聞いてくれていたように。
「封印は……犠牲と何が違うのだろう……生きていれば、それで、なんて……私達はもう、彼らのぬくもりに、絆に、触れてしまった……それらはどうなるの? 私は……全部、手放せない……一緒に、未来にいきたい……」
だからこそ彼女が出した答えは、恭順の更にその先。
無論絶対ではない。けれど、一か八かの賭けであるのはどの選択肢でも言えることではある。
「歪虚は私にとって、もはや種族の違い程度でしかない……私が私であれば、肉体の変質は気にしないから。でも生きることを諦めるわけじゃない……だから三大精霊とは戦わず……協力が出来れば……犠牲を出さず、幻獣とも別れない……それが私が選ぶ選択肢……」
幼い少女は、たくさんの辛い思いを繰り返してきた。大切なものを失い、自身も傷つき、世界の絶望も知った。辛いことを、幼い胸に抱えてきた。
だからこそ、少女の意見に口は挟めない。
「この世界も……リアルブルーも、飲み込まれた異世界も……ファナティックブラッドごと、すくい上げる……内側から侵食して、新しい宇宙へ、皆で……皆でいけたらいいなって、思う……私の願いは……誰も欠けてほしくない、から……」
静かな声。
少女の声は、皆の心にどう響くのだろう。
●
『皆の意見、興味深かったぞ』
皆、共通しているのは、幻獣や精霊との別れを望んでいないこと。
あるいはたとえ別れても、忘れたくないと言うこと。
その気持ちが伝わるから、ナーランギも深く頭を下げる。
チューダはというと、難しい話をしていたからだろうか、途中からは眠りこけている。きっとまた桃缶を夢でほおばっているのだろう。
『ありがとう。皆の思いは、伝わった。わしらとて、別れるのは切ないことではある……しかし、世界がどんな選択をしても、悔いはない。いろいろな、大切な意見を聞くことが出来たから』
そう言って、ナーランギは目を細めた。
『さあ、難しい話はここまで。酒もあるのだろう? 少し戯れようではないか。こうやって話が出来て、よかった』
そう言うと酒を持ってきたハンターたちがピンと立ち上がり、ではと嬉しそうに支度をする。
(これが最後の機会かもしれない)
ナーランギはあえて口にしなかった。他の誰も口にしなかった。
そんな未来を、迎えたいなんて、誰も思っていないはずなのだから――。
幻獣の森は、いつもと同じ光景が広がっていた。
木々はうっそうと生い茂り、自然そのままあるがままの姿で存在している。
森に生きとし生けるものたちは、その森の恵みを受けてのびのびと暮らし、その豊かな自然とマテリアルによって多くの幻獣も存在している。
そしてここには何より、賢者がいる。
元の六大龍『緑龍』であり、今は辺境随一の大幻獣としてハンターたちにも名前を知られている――その名をナーランギ。
かつては絶望をその双眸に宿し、森を結界の中に隠して外界の人間と接触することもなかったが、歪虚の攻撃により状況は変化した。
幻獣の森が何度も歪虚の攻撃の危機にさらされたとき、それを防がんとハンターたちは力を尽くした。
それもあり、今の幻獣たちとの関係は友好といえるのだが……今日のナーランギは、いつもと変わらない表情、とは行かないようだ。
深い叡智と絶望をその瞳にたたえて話したことは――世界の行く末と、幻獣たちの未来。
邪神ファナティックブラッドをどうするかで、変わる未来。
じっさい、この問題はまだまだハンターたちの間でも喧々囂々、三つの案にそれぞれ支持者がいる状態だ。
邪神殲滅……邪神を自分たちの手で滅ぼそうとする者。
邪神封印……邪神をあらゆる手を使って封印し、この世界を保とうとする者。
そして、邪神恭順――邪神に頭を垂れ、歪虚となり邪神とともに未来を探ろうとする者。
もちろん、それぞれの意見には反対意見もあるが、一理あるのも事実で、個人の意見を否定するのはあまり好ましくない。
今回ナーランギの元に集まったハンターたちも同様。
それぞれにそれぞれの意見と意志を持ち、そのためにこの世界のこれからを真面目に考えた結果だ。
ナーランギは言う。
『今日ここに集ったハンターたちの、考えを教えてほしい』
と。
別に彼らがハンターの代表というわけではない。特別というわけでもない。
それでもここに来たのは、自分の意見を、他人の意見を、強く持ちたかったからに違いない。
●
重い話ばかりでは気分もめいってしまいますから――
そう言う思いで、何人かのハンターは甘いものや酒などを持ってきていた。酒はナーランギの好物だが、話が一段落するまではとりあえずお預け、甘いお菓子で気分をリラックスさせる。
ユメリア(ka7010)の持ち込んできたマカロンやサクラ・エルフリード(ka2598)の用意したケーキ、持ってきた者たちの気持ちがそれぞれにたっぷり詰め込まれている。たとえ買ってきたものであっても、思いが込められているならそれが大事なのだ。
「チューダ様がナッツでぇ、ナーランギ様はお酒でしたよねぇ?」
そう言いながら星野 ハナ(ka5852)も楽しそうに荷物を置いていく。ちょっとしたお茶会ムードだ。
今回半ば強引につきまとっているチューダも、これらを食べては満足そうに頬袋を膨らませていて。
でもそれは、真面目な話をするまでのひとときの憩いだ。
「……この決断はみんながぶつかり合って、苦しいくらい悩んで、納得できない思いも飲み込んで……そうやって決めなきゃいけないものだと思います」
そう、最初に言葉にしたのは百鬼 一夏(ka7308)だ。ハンターになったのはこの中でも比較的新しい方、ではあるが、ハンターとしての経験はしっかり積まれている。鬼という種族の割に小柄な体躯の彼女だが、目標は大きい。
実際、そうなのだ。
対立する意見も数多いが、それは今度行われるハンターズソサエティの投票ですべてを決める事となる。それまでは、さまざまな意見を聞くのも大切なことだ。
なにを選んでも失うものがあり、諦めなければならないものがある――それは、間違いのない共通認識。
そして今回、ナーランギから示された、幻獣や精霊といった『神秘』との別れ。無論、魔法などと言うものも含まれるが、今回の集まりにおいて大事なのは幻獣だ。ナーランギやチューダはもちろんのこと、ここに今いない幻獣たち、ハンター達が手塩にかけて育ててきた仲間の幻獣……それらがすべて、消える。認識できなくなってしまう。
今まで当たり前だったことが、当たり前でなくなってしまう。
もし、邪神の封印を選べば、その未来は間違いなくやってくるのだという。
それは、すぐに受け入れられない事実かも知れない。だからこそ、一夏は言葉を続けた。
「私は……殲滅を、選びたいです」
そしてゆっくりと自分の意見を述べる。
恭順は負けて死ぬのと同じ、あるいは今度は自分たちが他の世界を脅かす存在になるかもしれない――
「どこかの世界の誰かを苦しめる存在になってしまうかもしれないだなんて、楽だからってそんな道に逃げちゃいけないと思うんです。戦うつらさを、私たちだって知っているから」
いったん言葉を切って、次の言葉にうつる。
「封印もやめた方がいいと思います。いつとけるかわからない、そんな封印を前にしておびえながら過ごす日々が幸せ……だなんて、とうてい思えないですし、それに幻獣だって私たちの仲間なのに、それを差し出してのひとときの平和を手に入れるのが正しいとも思えません」
だから殲滅なんです、鬼の少女はきゅっと唇をひきしばって言う。
「たくさんの犠牲が出ることも、わかってます。私自身やここにいる大切な仲間が死ぬかもしれないことも。でも、ここで斃さなきゃいけないって思います。勝負に出なくちゃいけない……そのためにここまで、戦ってきたんですから」
その表情にはまだおびえの色がほんのり覗いているが、瞳はきりりと、曇りのない色をしていた。
「覚悟は出来ています。今までと何も変わりありません、負けたら死ぬってことは同じなんですから。だから、絶対勝ちます!」
そして未来を勝ち取ります――少女は力強く頷いた。
「私は最後まで足掻いて……すべての人が生き残る道を模索したいのです」
そうきっぱり言ったのは、Uisca Amhran(ka0754)。チューダを膝枕してやりながら、そう言う彼女の声はいつもよりも大きく感じられた。
「私は誰かの犠牲を前提とした作戦を認めたくありません……白龍の巫女としての修行を積んだ私としては、幻獣さんや精霊さんはいつも隣にいる大切なパートナーのような存在なのです……」
白龍の巫女、と言えば聖地リタ・ティトで修行を積んだ巫女全体を指す言葉だ。彼女もその一人であることは間違いない。
『ふむ、お前の意見などはどうなのだ?』
ナーランギが低い声で問いかける。
「私は……私の知る限り、殲滅を希望する声が多いようですけれど……殲滅も多くの存在が消えるという点で封印と変わりはないと思うんです。あくまで『特定の誰か』が、『不特定の誰か』になっただけなのじゃないか、って……」
殲滅を選べば、多くの犠牲が出るのはわかっている。不特定の誰か、というのはそう言うことだろう。
「恭順も認めることは出来ないのです。歪虚化はその人の死だから……そうなった人たちはたとえ生前の記憶を保持していても、別人だと思うのです……ただ、歪虚たちの抱えた思いは救えたら、とは思います。――だから、私は三つの選択肢とは別の道を模索したいのです。どのような道なのかについては、ある程度考えはありますが……ここはその方法を議論する場でないと思うので、話すのは控えておきますね」
三つ以外の選択肢。それは本当に可能なのだろうか。仲間たちも、ナーランギも、じっと彼女を見つめる。
「それより、守護者の私としては、守護者というのはむしろ幻獣さんや精霊さんに立場が近いのでは……と思っています。神秘が消えたら、守護者も消える可能性があるのではないのですか、ナーランギ様?」
Uiscaの問いは数人の心に敏感に刺さる。守護者という存在なのは、何もUiscaだけではないからだ。
『それは……わからない。守護者という立場は、確かに特殊だろう。ただ封印と言うことになれば、少なくとも覚醒者ではいられなくなる可能性も高かろう。もっと大きな影響もあるかもしれないが、それはわしにもわからんよ、お嬢さん』
ナーランギはすまなそうに応じた。
「いえ……それならいいんです。でも、幻獣さんや精霊さんも、同じこの世界の住人です。だから、選挙権などがないとしてもどのような選択肢を望むのか、それをきちんと言ってほしいのです……! 人にゆだねるとか、人が選ぶべきとか……そう言われる方が、悲しいです」
Uiscaは感情を思い切り吐露させる。しかし、それに対しては、ナーランギはまた目をゆっくり伏せた。
『……それは無理というものだ。そもそも精霊や幻獣というのは世界の維持によって存在が可能なものだ。だから、今回のハンターたちの選択も、われわれにとってみれば正直殲滅でも封印でも構わない。もっと言ってしまえば、最終的に大精霊の選択、宣言に逆らうことが出来ないのだよ、われわれは……だから、それらを深く考えても仕方がないのだ』
もちろん考え方に個体差は生じるが、とナーランギはのんきに膝枕を満喫しているチューダを横目で見つめた。
『それに、元々その投票とやらは、ハンター以外には参加する権利がないのだろう? わしらの意見は、参考になるかすらわからないからな』
ナーランギの言葉に、Uiscaはいっしゅん悲しそうな表情を浮かべたが、
『しかし、わしらのことも憂いてくれてありがとう……無論、皆がそう思ってくれているのだろうが』
森の賢人はそう、優しく頷いた。
●
三つの選択肢以外の道を探りたいと思っているのは、無論彼女だけではない。
天央 観智(ka0896)も、共存や協力していく道がないものかと、密かに模索していた。
(三つの選択肢のなかなら殲滅、そして封印……恭順は選択肢外ですけれど。でも、やはり選択肢に縛られない、お互いに苦労があったとしても共存を図れる道があるとするのなら……協力して、そしてあと一歩を進ませることが第一ですし。けれどそもそも、邪神のあと一歩を進めるという欠片がなんなのかがわからないこと……それが、問題ですよね)
ぐるぐると考えているが、自分の中で自問自答を繰り返すばかりでは決して答えは出てこない。何か、外からの刺激がほしいのは事実だった。今回の依頼は、そう言う意味ではもっとも適したものの一つだったのかもしれない。
観智は一歩進み出て、ナーランギに言った。
「神秘が失われる……ですか? でもたぶん、それだけではすまないと思いますし……何より、それはただの時間稼ぎ、ですよね? かつて一度、邪神に滅ぼされかけている者たちが、力をさいて……今なら封印し続けられる……訳がない、ですし」
その言葉に、ハナも同調した。ハナはどちらかというと殲滅派だが、観智の言葉に思うことがあったようだ。
「そうですぅ。封印された幻獣さん精霊さんのこともですけれどぉ、封印されたリアルブルーみたいにぃ、自身の生殺与奪の権利を奪ってしまうことになりませんかぁ? それにぃ、リアルブルーの星一つを封印に使って、たかだか数ヶ月ですよぉ? 幻獣や精霊を代償に封じたとしてぇ、私たちは何年の猶予をむさぼるつもりですぅ?」
そう。リアルブルーの封印では、確かに数ヶ月の猶予しかなかった。ではこの世界は、クリムゾンウェストは――?
『未来を憂いているのだな、ハンターたちも。……正直、我らが力を使った封印が、どれほどの効果をもたらすことになるのかはわからない。具体的な犠牲、代償の規模もわからない。ただ、伝え聞く話だとリアルブルーの封印とここで行われるかもしれない封印は、その性質が異なる。リアルブルーの時よりは、強力になるだろう、とは思うが、具体的な期間は我々にもわからんのだ』
その言葉に、複雑な表情を浮かべるハンターたち。幻獣の中でも高位の存在であるはずのナーランギにもわからない……もっとも、これは人間たちの意思も関わってくるし、断言の難しい問題だからかもしれないが、歯切れの悪い言葉には落胆の表情を見せるものもいなくはなかった。
『すまぬな』
ナーランギは申し訳なさそうにつぶやく。観智はいえいえ、と首を横に振った。
「いえ、いいんです。一つの指針にはなるでしょうし……ただ、その封印が破られるときには、対抗手段もなく、人は滅びるしか道がない……とも、いえそうですね。場合によっては、精霊や幻獣が完全な絵空事になって、この戦いすらも風化した頃に、そうなる可能性もあるのですから。そう言うことも合わせれば、個人的な思いを言わせてもらえば、封印は最悪手です。まあ、恭順は、滅ぼされれば必然的に選ばされる……とも言えるかもしれないので、そもそも選択外、ですけれど」
ゆっくり、自分の言葉で説明をしていく。
「先ほども言いましたが、すでに知り得なくなってしまっている理が、ない……とも言えないあたりが怖いところではありますけれど……神秘が失われるというのは、この世界を形成する法則や仕組みの一部を、わからない以前に……知り得る機会さえ失うと言うことですから……そう言う意味でも、個人的にはあり得ない選択だと、言わせてもらいます」
ぽつぽつと、丁寧に話していく観智の言葉は、胸にじんわりしみこんで。
言われてみればその通りなのだ。神秘の喪失は、確かにそう言うことに繋がっていく。
ハナも、口を開いた。
「私もその三つだけからなら、殲滅を選びますよぉ。さっきの通りなら、大切な仲間たちに不自由を強いてぇ、戦力すらも半分以下になってぇ、いちばんやっちゃいけない悪手が封印だと思いますぅ。その点ではぁ、天央さんとも意見は似ていますぅ」
なるほど、確かにそれはそうだ。そして更に言葉は続く。
「恭順も、やっぱり論外ですぅ。死に続ける世界の苦しさを、私たちは何度も見てきたじゃないですかぁ。狂ったシステムがいくら力をため込んだって、今更違うことなんか出来ませんよぅ」
だから、とハナは力を込めて言う。
「もちろん、本当の殲滅戦になる可能性も高いですけどぉ、斜め四五度に殴るみたいに、ぎりぎりまでダメージ与えて再取り込みみたいな手段を私たちは試していないじゃないですかぁ。最後まで戦いながらできるチャレンジを続けていくべきだと思いますぅ」
――そう、誰も諦めたくなんかない。
だからぼろぼろになるかもしれなくても、模索を続けているのだ。
観智も、ハナも、視点は少し違うかもしれないが、似た道を選ぼうとしている。それは、もしかしたら心強いことなのかもしれなかった。
●
「殲滅……を今は考えています」
サクラは言う。
「でも、他にもっといい選択肢ができるのなら、それも含めて考えていきたいです。私も、封印をすることによって問題を先のばしにし、後の世代に任せる――なんてことは納得いきませんから。自分たちの世代のことは自分たちで、結果がどうなるにせよ決着をつけるべきなのではと思っていますから。それに、私も精霊や幻獣の皆さんに会えなくなる、というのは……いやです」
言いながら手作りというクッキーを振る舞おうとする。……もっとも、見た目や味がアレなので、手を伸ばす人はあまり……と言うか、いないが。
「何世代もあとに問題を先送りするのは、やはり出来ないです……もしかしたら、その間に決定的な解決策が見つかる可能性も、あるかもしれませんが……それはあくまで可能性です」
それに、と少女らしい柔らかな、ほんのり照れ笑いを浮かべて、チューダにケーキを与えながら言う。
「それに、幻獣さんたちと逢えなくなるのは、私、困りますね……。こう……おなかに抱きついてもふれないと、命の危機です……」
予想外の言葉に全員が一瞬きょとんとして、そして笑う。
そう、こんなかわいい意見で少しくらい欲張ったっていいじゃないか。だって、世界を動かすのは、彼らハンターなのだから。
「チューダは相変わらずだな。こんな時もいつものままだ」
そう言って目を細めたのはレイア・アローネ(ka4082)。普段は少しチューダにあたりの強いレイアだが、今日は微妙にやさしい。
(それにしても結構いつもの面子にいつもの流れ、だな)
ナーランギの元へ来るのはこれで何度目か。気むずかしいこの大幻獣と話すときは、お茶会を兼ねることはままあった。それはたいてい、ここに来るようなときはやっかいな事態が起きているとき、と言うこともあるからなのだろうが――やはり気分転換も必要なのだ。
「……さて、それにしても殲滅か封印か、恭順か……正直私は、封印という選択肢は可能性の一つとして考えてはいる」
レイアには何かレイアなりの考えがあるのだろう。言葉を続けた。
「理想の世界を戦って勝ち取る……それは確かに理想的な回答だが、その戦いで失うものを考えると……心が固まってしまう。私達はこれまでの戦いで、多くのものを失いすぎてしまったからな。それを無駄にはしたくないし、けれどこれ以上の犠牲も――避けたい。いや違うな、必要な犠牲など……あってはならないんだ」
誰もが考えること。言葉は挟めない。
「だが、討伐を選んだとしたら……」
「えっ、そしたらつまみ食いが出来なくならないのでありますか?」
チューダが空気を読まずに言葉を挟む。
「はは、そうだな……世界を違えてつまみ食いをするか、世界を違えずにつまみ食いをするか……まあ、お前のいたずらに困るものもいなくなるのかもしれないな」
そう言ってチューダの頭を軽くなでる。
「――ナーランギ。そして皆。私は正直迷っている。この世界には別れたくない者たちが大勢いる……私一人ですらそうなのだから、他の皆はきっともっとだろう。けれど別れるだけで、互いに死ぬと、そう決まったわけではない。邪神を倒そうとするのなら、多くの人間が死ぬことになる……それははたして正しいのか? その我が儘を貫き通す資格は、私達に本当にあるのだろうか?」
レイアの悩みは、少なからず誰の中にもあるものだろう。悲痛にも感じられる言葉は、一瞬皆の心をぎくりとさせたが、すぐにレイアは首を横に振った。
「いや……それは人に委ねるべきことではないな……。私自身で決めて、選ばなければならない。そうでなければ、私はなんの為に星神器を手に取ったのか……。私は……」
(リムネラたちの悲しむ顔は、見たくない……それに、ああ……あのいらっとくるげっ歯類とも、別れたくはないようだ……)
最後の言葉は、あえて口の中に飲み込んだ。
白龍の巫女であり、次代の白龍ヘレをいつも伴っている『ガーディナ』のリーダー、リムネラ。封印を選んだ場合、彼女がヘレと別れることも遠い未来ではないだろう。
そしていつもムードメーカーのようなチューダ。こんな面々と別れるのは、いつも気丈なレイアにとってもつらいのだ。いや、辛くないものなんて、いないのではないだろうか?
●
「紅茶も少し如何ですか」
ユメリアがオリジナルアレンジだという紅茶の入った瓶を手に、微笑みかける。それがハンターたちののどを潤してから、ユメリアもでは――と話し始めた。
「全員が幸せになる方法というのを模索するのは皆同じことだと思います。ですからこれまでの話も、本当に参考にさせてもらっているんですよ」
いって、それからかすかに俯いた。
「命というのは無限の可能性を秘めています。強さで運命を変えることもできるかもしれません。ですが、それは歪虚と紙一重なのでは――と思うのです。なので、私は封印派です」
力で無理矢理何かを成し遂げるというのは、あるいは確かにそうなのかもしれない。
「幻獣や精霊の皆様と会えないのは辛いですが、私もいずれ朽ちる身。別れは遅かれ早かれ、いずれ来ます。でも、今日のように逢えたことは忘れないし、出会えたこの喜びはまた伝えて、未来の果てまで伝えることはできるはずなのです」
風化はさせたりしない。そう信じているような、静かで優しい声だった。
「思いを受けて、響き合って……そして友へ、見知らぬ人へ、やがて次代の子へ――そうやって繋ぎ続け、少しずつ変えていく。そして形を変えていき、星の導となる……それが、無限の可能性の意味ではないでしょうか」
静かな声音は、いつもと同じ。吟遊詩人と言うこともあって、その言葉遣いもどこか詩的に感じられる。
「肉体は死んでも魂は不滅……辺境の教えの通り。邪神が残さなくても、私達は更にすべてをこの胸にしまうことができるのです。担いあい、託すことで」
そのまま、ゆっくり言葉を続けた。
「封印派とは言いましたが、もちろん可能性は捨てていません。この胸に、幻獣の皆様も、私達も、この大地のすべての命を託す輝きを託せたら、邪神と取り込まれた星にも救いを与えられるはず。だから……もしそんな希望が現実になりそうなときは、ぜひお力をお貸しくださいね。だから、今日あった出来事は全部素敵な、大切な想い。全部胸にしまいます……」
もちろん皆さんとの出会いも大切なものですよ、そう微笑んで。
彼女の紅茶の香りが、きっと皆の心に今日の出来事を思い起こさせる、そのように。
お菓子を適度につまみながら、夢路 まよい(ka1328)はふむふむと頷いていた。それぞれの意見はそれぞれのもので、絡められたらと思うものの、しっかり聞き入ってしまっていたのだ。
そんなまよいが、ぴょんと手を上げる。
「私はこの世界が好きだから、それを護りたくて守護者になった。これまでにも色んな人と関わりを持って……それも私の好きな世界の一部で。色んな戦場で一緒に戦ったりしてきた幻獣たちも、私の側にいる……それも私の好きな世界の一部。恭順を選んだら道を違えると、そう宣言している大精霊も……私の好きな世界の一部」
そう言ってから、何度か瞬きをする。
「だからなにを選んでも、今の世界の有様が失われるんだとしたら……なにを犠牲にするか選べ、っていわれたとき、私は選べないかもしれない。だから何を掴めるか、それを選びたいと思っているんだ」
誰も犠牲を生み出すのはいやなのだ。そして、言葉は続く。
「私は、『未来』を掴む為には殲滅を選ぶのがいいのかな、と今のところ思ってる。私が転移前に憧れた物語の世界が現実になったのが……また物語の中になるのも寂しいって言う、勝手な感傷もあるけれどね」
小さく笑う。
「もちろん何も犠牲にせずにすべて丸く収まる都合のいい道、なんてのがあれば飛びつくんだろうけどね。でもそんな道がないことを嘆いて何も選ばなかった結果、すべてを犠牲にするなんていうのはいやだから……」
そう言ってから、ナーランギに問いかける。
「もう一度確認なんだけど、幻獣や精霊たちって投票には参加できるの……? もし出来ないのだとしたら、ハンターだけの投票で、幻獣や精霊たちの道を決めるのも勝手な話かな、って……それはちょっと思ってる。人類でも投票できない人がいたら、その人の犠牲を決めるのも勝手な話なのは、同じなんだけれど……」
『ふむ』
ナーランギは頷いた。
『確かにあの投票はハンターズソサエティのもので、投票ができるのはハンターだけと、そう聞いた。人間好きの幻獣も、結構多いものでな……だから、この先のクリムゾンウェストは、文字通りお前たちハンターに委ねられている。ハンターは、この世界の代表のようなものだ。むしろそれで、最善の道を選んでほしい。我々は、世界の仕組みの一つに過ぎないからな』
その台詞はどこか寂しく、しかし彼らにすべてを委ねるような言葉だった。
●
(しかし、精霊も幻獣もいない世界か……リアルブルーが嫌だと言うわけではないが、クリムゾンウェストがそうなってしまうのは嫌だな)
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)はそう思いながら、皆の話を聞いている。周囲を見回し、彼女も語りはじめた。
「……精霊や幻獣がいなくなれば、個人レベルから国家間の力関係が変動し、経済や産業にもさまざまな影響が出るだろう……戦争とかもな」
彼女が思ったのは、すべてが終わった未来。確かに、今と同じバランスではいられなくなるだろう。神秘の消失とは、それほど大きなことなのだ。
「だがそんな『些細』なこともあるが、何よりもともにあった精霊達がいなくなり、そして再び友となれた幻獣たちと別れる……正直考えることすらしたくないな」
懐かしそうに、アルトは目を閉じる。
「駆け出しの頃からともに戦場を渡り、一緒に成長をしてきた契約精霊がいなくなれば、私は半身をなくしたも同然の思いを感じるだろう……」
普段、戦場において人の死などに心揺らさぬようにしている彼女がそう言った。そして更に幻獣についても言う。
「幻獣たちとも一緒に戦ってきた戦友というのはもちろんだが、天気のよい日に一緒にひなたぼっこをしたり、気分のよいときには一緒に歌を歌ってくれたり、強くなる為に一緒に稽古をしてくれたり……一緒に楽しいことや辛いことを、分かち合って乗り越えてきた」
他のハンターたちもそうだが、彼女も例に漏れず幻獣をユニットとしてともに戦うことがある。いや、幻獣をユニット化するのは何も戦う為だけではない。幻獣を癒やしとする人は少なくないのだ。
「だから、そんな彼らがいなくなるのは、彼らだけに押しつけるのは、私には出来ないな。せめてともに人も何かをいっしょにできないならば、絶対に選びたくない……。人は忘れる生き物で、時が経ち時代が進めば見えないモノは忘れられていく。過去に縛られすぎない為には必要な能力ではあるが、それによって精霊や幻獣のことも忘れてしまうだろう……ソレはとても悲しいことと思う」
アルトはそっと目を伏せる。思い出しているのだろうか。彼女の認識はユメリアのそれとは異なるが、忘れてしまうのは怖いことと認識している。忘却は、なかったことにまでされてしまうことがあるからかもしれない。
「……まあ、そもそも私は未来を差し出すような恭順も、友たちに押しつけるだけ押しつけるような封印も、どちらも選ぶ気はないけれど。人も精霊も幻獣も、この世界に生きるモノだ。無論、力及ばず倒れることもあるかもしれない、それでも私は最後まで、精霊立ちやあなたたちと、足掻いてみたいんだ」
アルトの最後の言葉は、きっぱりとしていた。
そんな仲間たちの言葉を聞いて、シェリル・マイヤーズ(ka0509)は何度も瞬きを繰り返していた。
彼女の意見は決まっていた。つれている妖精のモイラとフェルンと戯れながら、静かに意見を聞いていたが、
『小さな少女、お前は何を思う?』
ナーランギに問われ、頭を巡らせる。彼女が最後の意見者だ。
(正直……多数決だというのなら、意見を交換したところでどんな意味があるのかな……私には私の選択肢はあるけれど……強要されることも、諭されることも嫌だ……)
そして思う。
(同じ、『恭順』を選ぶ人は……どれだけいるのかな……)
小柄な少女の意見は、予想していた人も、していなかった人もいるだろう。
ぽつり、ぽつり。
シェリルは語りはじめる。
「私は……アナタたち幻獣という存在が……当たり前にあるここが……気に入ってる……」
彼女の心が死にかけてしまったときですら、一番そばに、いつも一緒にいてくれたのは、幻獣たちだった。
「だから、犠牲の出る殲滅も……封印して世界が別れることも……絶対に嫌」
ハンターたちは少女の意見を静かに聞いている。彼女がこれまで静かに聞いてくれていたように。
「封印は……犠牲と何が違うのだろう……生きていれば、それで、なんて……私達はもう、彼らのぬくもりに、絆に、触れてしまった……それらはどうなるの? 私は……全部、手放せない……一緒に、未来にいきたい……」
だからこそ彼女が出した答えは、恭順の更にその先。
無論絶対ではない。けれど、一か八かの賭けであるのはどの選択肢でも言えることではある。
「歪虚は私にとって、もはや種族の違い程度でしかない……私が私であれば、肉体の変質は気にしないから。でも生きることを諦めるわけじゃない……だから三大精霊とは戦わず……協力が出来れば……犠牲を出さず、幻獣とも別れない……それが私が選ぶ選択肢……」
幼い少女は、たくさんの辛い思いを繰り返してきた。大切なものを失い、自身も傷つき、世界の絶望も知った。辛いことを、幼い胸に抱えてきた。
だからこそ、少女の意見に口は挟めない。
「この世界も……リアルブルーも、飲み込まれた異世界も……ファナティックブラッドごと、すくい上げる……内側から侵食して、新しい宇宙へ、皆で……皆でいけたらいいなって、思う……私の願いは……誰も欠けてほしくない、から……」
静かな声。
少女の声は、皆の心にどう響くのだろう。
●
『皆の意見、興味深かったぞ』
皆、共通しているのは、幻獣や精霊との別れを望んでいないこと。
あるいはたとえ別れても、忘れたくないと言うこと。
その気持ちが伝わるから、ナーランギも深く頭を下げる。
チューダはというと、難しい話をしていたからだろうか、途中からは眠りこけている。きっとまた桃缶を夢でほおばっているのだろう。
『ありがとう。皆の思いは、伝わった。わしらとて、別れるのは切ないことではある……しかし、世界がどんな選択をしても、悔いはない。いろいろな、大切な意見を聞くことが出来たから』
そう言って、ナーランギは目を細めた。
『さあ、難しい話はここまで。酒もあるのだろう? 少し戯れようではないか。こうやって話が出来て、よかった』
そう言うと酒を持ってきたハンターたちがピンと立ち上がり、ではと嬉しそうに支度をする。
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ナーランギはあえて口にしなかった。他の誰も口にしなかった。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/05/15 03:20:40 |
|
![]() |
封印への考察 星野 ハナ(ka5852) 人間(リアルブルー)|24才|女性|符術師(カードマスター) |
最終発言 2019/05/16 07:05:31 |