ゲスト
(ka0000)
裁かれし者
マスター:神宮寺飛鳥

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/01/24 19:00
- 完成日
- 2015/01/29 13:51
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「――おかえりなさい、アイリス!」
扉が開いた瞬間、階段を駆け下りて女は少女に笑顔を向けた。
「ただいま、姉さん」
「お努めご苦労様! 怪我はなかった? 大丈夫?」
「森に侵入したゴブリンを追い払っただけですよ」
しかし姉は外套の下に手を隠す少女の仕草を見逃さなかった。引っ張りだすと、少女は腕に傷を負っていた。
「これは……その……」
「どうして隠すの? 痛い事や辛い事、隠さないでってお願いしてるのに」
「すみません……」
「じゃなくて?」
「……手当をお願いします、姉さん」
姉は笑顔を作り、妹を椅子に座らせると手当を始める。
二人は本当の家族ではなかったが、妹がまだ物心ついたばかりの頃からずっと一緒なのだ。
他人行儀な仕草をされるのは嫌だったし、妹には自分を本当の家族だと思って欲しかったのだが、妹は少々真面目過ぎた。
一人で生きていけるようにと里の警備隊に志願し、めきめきと頭角を表したのはいい。ただ、それが自分に迷惑をかけず生きる為だと思うと、どうにも寂しさがこみ上げる。
「警備隊では上手くやれてる? 最年少で部隊長だって聞いたけど」
「先人に助けられながら、なんとか」
「そっか。本当、出来のいい妹で姉さん鼻が高いな。だけど、無茶だけはしないでね」
「心配無用です。姉さんこそ、“図書館”の一員として多忙なのですから。私に構わずとも……」
「妹を構わない姉なんていません! もう、何も心配しないでずっと家にいたらいいのに!」
「そういうわけには……ね、姉さん……苦しいです」
突然姉に抱きしめられ顔を赤らめる妹。その視線の先、机の上には姉の開いた本があった。
あれは読書用ではない。書庫の一員である姉が情報をまとめる為に使っている執筆用だ。
「姉さん、あれは?」
「うん? 維新派の活動を纏めていたのよ」
その言葉に妹は苦い表情を浮かべる。
「維新派……人間と和解しようという一派でしたか。私には到底理解出来ませんね」
「人には言葉も文化も感情もあるのよ。話が出来るのなら、分かり合う事は可能だわ。いずれはゴブリンとも仲良くなれば、誰も傷つかずに済むでしょう?」
妹は無表情に目を逸らした。
森を実際に守る為に戦う警備隊の妹と、森の未来を想うも書庫に篭もり情報だけを知る姉。両者には温度差があった。
だが姉は本気で信じていたのだ。いずれこの森が開かれ、帝国に限らず全ての人間と手を取り合える日が、
「――目が覚めたか?」
夢は突然終わりを告げた。頭から被せられた冷水の冷たさに身体の芯まで凍てつくようだった。
エルフハイムの奥地にある石牢の一つ。天井から下がる鎖にジエルデ・エルフハイムが繋がれてから何日が経過しただろう。
長老の一人と、執行者が一人。青ざめた顔を上げジエルデは目を細める。
「長老にも罰は必要だ。特別若い貴様は尚更である」
秘宝である浄化の器を人前に晒し、挙句その器に触れるという禁忌を犯した。その罰が監禁なら安い物だ。
長老だからこれで済んでいるのだ。その辺のエルフや人間ならどうなっていた事か。
「申し訳……ございません」
「我々も貴様を重宝している。本意ではないが、罰は与えねばならん」
執行者は前に出ると、丸めた鞭を伸ばす。ジエルデは息を吐き、ただ頭の中をからっぽにする。
「申し訳ございません」
それが一番早く済むし楽だという事は、こう何度も投獄されれば理解する。
「もうしわ、け……ございません」
痛みも苦しみも、心を捨てれば堪えられる。
「申し訳……ぐっ、ございま……せ……」
楽しい事だけ思い出そう。少しでも早く終わるように。
まだ大切な家族と、妹と一緒に過ごしていたあの頃の事を。
「もう、し……わ、けっ、ござ……いっ、ま……せっ……あっ、うあ……」
はにかむように笑う妹の頭を撫で、一日の終わりに話を聞こう。本を書く手を止めて、お茶を淹れて、それで――。
「タングラム様、どちらへ?」
フクカンに何も返事もせず、タングラムはAPVを後にした。
空はどんよりと曇り、一雨降りそうな気配だ。握り締めた手紙に一度目を落とし、重い足取りで歩き出した。
フクカンが預かっていた手紙は、或いはこの幸せな時間を終わらせる為の物だった。だから何も言えなかったのだ。
これから自分がどうなるかわからない。だからこそ、誰も巻き込むわけにはいかない。
向かった先はリゼリオを出て暫く行った街道沿いにある雑木林の中だ。さして視界も悪くない、しかし人のあまり立ち寄らないその場所で男は待っていた。
「逃げずに来るとは思わなかったぜ。タングラム……いや、アイリス・エルフハイム」
あの外套には覚えがある。エルフハイム警備隊の……いや。独特の鋭い殺気は紛れも無く“執行者”のものだ。
「否定しないんだな。まさかお前が人間と一緒に、しかも帝国の手先として仲良くやってるとは誰も思わなかったろうぜ。俺もお前を見つけたのは単なる偶然……いや、お前のお仲間のハンターのお陰だった」
執行者が追いかけるのはエルフハイムに害を成すと長老会が定めた咎人達。その中でも特別な大罪人としてアイリスの名は語られる。
「俺はあんたの事は知らないが、あんたが何をしたのかは知っている。そして……あんたの家族が今どんな目に遭っているのかもな」
「きみは、ジエルデと親しいのですか?」
「ただの上司でそれ以上でも以下でもねぇがな。あんたが居なくなった後、あいつがどんな地獄を生きてきたのかは知ってんだよ」
――かつて、エルフハイムに反旗を翻し、人間と組んで森を焼いたとされる大罪人、アイリス・エルフハイム。
その者は部下でもあった警備隊を壊滅させ、執行者四名を返り討ちにし、当時の“浄化の器”を強奪。逃亡戦の挙句、器を殺害したという。
「お前の姉貴だってだけで、あいつは死んだ方がマシな目に遭ってんだ。死ぬ事すら許されずしょっちゅう一人でメソメソ泣いてんだ。別に世直しがしたいわけじゃねぇが、寝覚めが悪すぎんだよ」
唾を吐きながらタングラムを睨み、男は拳を構える。
「何故里を裏切った? ジエルデは育ての親代わりでもあったはずだ。あんたに情ってもんはねぇのか?」
「きみに答える義理はないのですね」
「……そうかい。だったら力づくで聞かせてもらうまでだッ!!」
音もなく、しかし強い踏み込みで加速する執行者。タングラムは無言で二対の短剣を抜き、繰り出される拳に身構えた。
扉が開いた瞬間、階段を駆け下りて女は少女に笑顔を向けた。
「ただいま、姉さん」
「お努めご苦労様! 怪我はなかった? 大丈夫?」
「森に侵入したゴブリンを追い払っただけですよ」
しかし姉は外套の下に手を隠す少女の仕草を見逃さなかった。引っ張りだすと、少女は腕に傷を負っていた。
「これは……その……」
「どうして隠すの? 痛い事や辛い事、隠さないでってお願いしてるのに」
「すみません……」
「じゃなくて?」
「……手当をお願いします、姉さん」
姉は笑顔を作り、妹を椅子に座らせると手当を始める。
二人は本当の家族ではなかったが、妹がまだ物心ついたばかりの頃からずっと一緒なのだ。
他人行儀な仕草をされるのは嫌だったし、妹には自分を本当の家族だと思って欲しかったのだが、妹は少々真面目過ぎた。
一人で生きていけるようにと里の警備隊に志願し、めきめきと頭角を表したのはいい。ただ、それが自分に迷惑をかけず生きる為だと思うと、どうにも寂しさがこみ上げる。
「警備隊では上手くやれてる? 最年少で部隊長だって聞いたけど」
「先人に助けられながら、なんとか」
「そっか。本当、出来のいい妹で姉さん鼻が高いな。だけど、無茶だけはしないでね」
「心配無用です。姉さんこそ、“図書館”の一員として多忙なのですから。私に構わずとも……」
「妹を構わない姉なんていません! もう、何も心配しないでずっと家にいたらいいのに!」
「そういうわけには……ね、姉さん……苦しいです」
突然姉に抱きしめられ顔を赤らめる妹。その視線の先、机の上には姉の開いた本があった。
あれは読書用ではない。書庫の一員である姉が情報をまとめる為に使っている執筆用だ。
「姉さん、あれは?」
「うん? 維新派の活動を纏めていたのよ」
その言葉に妹は苦い表情を浮かべる。
「維新派……人間と和解しようという一派でしたか。私には到底理解出来ませんね」
「人には言葉も文化も感情もあるのよ。話が出来るのなら、分かり合う事は可能だわ。いずれはゴブリンとも仲良くなれば、誰も傷つかずに済むでしょう?」
妹は無表情に目を逸らした。
森を実際に守る為に戦う警備隊の妹と、森の未来を想うも書庫に篭もり情報だけを知る姉。両者には温度差があった。
だが姉は本気で信じていたのだ。いずれこの森が開かれ、帝国に限らず全ての人間と手を取り合える日が、
「――目が覚めたか?」
夢は突然終わりを告げた。頭から被せられた冷水の冷たさに身体の芯まで凍てつくようだった。
エルフハイムの奥地にある石牢の一つ。天井から下がる鎖にジエルデ・エルフハイムが繋がれてから何日が経過しただろう。
長老の一人と、執行者が一人。青ざめた顔を上げジエルデは目を細める。
「長老にも罰は必要だ。特別若い貴様は尚更である」
秘宝である浄化の器を人前に晒し、挙句その器に触れるという禁忌を犯した。その罰が監禁なら安い物だ。
長老だからこれで済んでいるのだ。その辺のエルフや人間ならどうなっていた事か。
「申し訳……ございません」
「我々も貴様を重宝している。本意ではないが、罰は与えねばならん」
執行者は前に出ると、丸めた鞭を伸ばす。ジエルデは息を吐き、ただ頭の中をからっぽにする。
「申し訳ございません」
それが一番早く済むし楽だという事は、こう何度も投獄されれば理解する。
「もうしわ、け……ございません」
痛みも苦しみも、心を捨てれば堪えられる。
「申し訳……ぐっ、ございま……せ……」
楽しい事だけ思い出そう。少しでも早く終わるように。
まだ大切な家族と、妹と一緒に過ごしていたあの頃の事を。
「もう、し……わ、けっ、ござ……いっ、ま……せっ……あっ、うあ……」
はにかむように笑う妹の頭を撫で、一日の終わりに話を聞こう。本を書く手を止めて、お茶を淹れて、それで――。
「タングラム様、どちらへ?」
フクカンに何も返事もせず、タングラムはAPVを後にした。
空はどんよりと曇り、一雨降りそうな気配だ。握り締めた手紙に一度目を落とし、重い足取りで歩き出した。
フクカンが預かっていた手紙は、或いはこの幸せな時間を終わらせる為の物だった。だから何も言えなかったのだ。
これから自分がどうなるかわからない。だからこそ、誰も巻き込むわけにはいかない。
向かった先はリゼリオを出て暫く行った街道沿いにある雑木林の中だ。さして視界も悪くない、しかし人のあまり立ち寄らないその場所で男は待っていた。
「逃げずに来るとは思わなかったぜ。タングラム……いや、アイリス・エルフハイム」
あの外套には覚えがある。エルフハイム警備隊の……いや。独特の鋭い殺気は紛れも無く“執行者”のものだ。
「否定しないんだな。まさかお前が人間と一緒に、しかも帝国の手先として仲良くやってるとは誰も思わなかったろうぜ。俺もお前を見つけたのは単なる偶然……いや、お前のお仲間のハンターのお陰だった」
執行者が追いかけるのはエルフハイムに害を成すと長老会が定めた咎人達。その中でも特別な大罪人としてアイリスの名は語られる。
「俺はあんたの事は知らないが、あんたが何をしたのかは知っている。そして……あんたの家族が今どんな目に遭っているのかもな」
「きみは、ジエルデと親しいのですか?」
「ただの上司でそれ以上でも以下でもねぇがな。あんたが居なくなった後、あいつがどんな地獄を生きてきたのかは知ってんだよ」
――かつて、エルフハイムに反旗を翻し、人間と組んで森を焼いたとされる大罪人、アイリス・エルフハイム。
その者は部下でもあった警備隊を壊滅させ、執行者四名を返り討ちにし、当時の“浄化の器”を強奪。逃亡戦の挙句、器を殺害したという。
「お前の姉貴だってだけで、あいつは死んだ方がマシな目に遭ってんだ。死ぬ事すら許されずしょっちゅう一人でメソメソ泣いてんだ。別に世直しがしたいわけじゃねぇが、寝覚めが悪すぎんだよ」
唾を吐きながらタングラムを睨み、男は拳を構える。
「何故里を裏切った? ジエルデは育ての親代わりでもあったはずだ。あんたに情ってもんはねぇのか?」
「きみに答える義理はないのですね」
「……そうかい。だったら力づくで聞かせてもらうまでだッ!!」
音もなく、しかし強い踏み込みで加速する執行者。タングラムは無言で二対の短剣を抜き、繰り出される拳に身構えた。
リプレイ本文
ハジャの拳はマテリアルの軌跡を残し、高速で連打される。
一撃一撃が重く鋭いそれらの攻撃をタングラムはかわし、時に短剣で弾いて対処する。
余裕はある。が、短剣の方が心配だ。執行者用のナックルをガンガン当てられては、安物ではそのうち壊れそうだ。
蹴りに交差させた短剣を合わせるが、タングラムの身体は大きく後退する。膂力ではハジャに分があるのだろう。
更に追撃へと踏み込もうとしたハジャだが、寸前で動作を変更する。側面から放たれた機導砲を回避する為だ。
視線の先には機杖を構えた南條 真水(ka2377)の姿が。そしてその左右から駆け寄るハンターの姿があった。
Σ(ka3450)の投擲するナイフを空中で受け止めると、ハジャは足元に散らばる枯れ葉を蹴り上げる。視線を巡らせるシュネー・シュヴァルツ(ka0352)だが、瞬きの刹那、ハジャの姿を見失った。
「ところで質問なんだが……君達はタングラムに頼まれてここに来たのかい?」
駆け寄ろうとしていたこなゆき(ka0960)とシュネー、その二人の間にハジャはいた。二人それぞれの手を取り馴れ馴れしく笑うが、それが武器を抜けないようにする為の行いである事は直ぐに理解できる。
二人が驚き、答えるまでの間にΣは光の鞭を放つ。ハジャはシュネーの手を離しこの鞭を右手で絡めとるように掴むと、先に受け取ったナイフを手から零し、足で蹴る事でΣへ飛ばす。
回転しながら接近するナイフだが、ハジャは軽く鞭を引いてΣの動きを阻害する。ジェールトヴァ(ka3098)はそのナイフを盾で弾き、シュネーは体当たりでハジャを突き飛ばし、こなゆきの手を離させた。
「頼まれたのは事実ですが……タングラムさんにではありません」
「APVにて、タングラムさんを連れ戻すようにと頼まれたのです。どの様な事情なのか、説明を願いたいのは此方の方です」
シュネーに続いて口を開いたこなゆきだが、この段階で彼女は既にさほど謎の男を危険視はしていなかった。
元より刀を抜くつもりはなかったが、それを封じるだけの最低限の拘束。その気になれば二人共攻撃出来たろうに、男はそれをせずまず問う姿勢を見せた。
次に攻撃してきたΣにだけ、軽い反撃を加えている。問答無用に殺生をするような質ではないと見たが……。
「まさかとは思ったけど……やっぱりハジャだったのね」
「お? リサちゃんじゃないか。久しぶりだな」
まるで友人に向けるような笑顔にリサ=メテオール(ka3520)は眉を潜める。
「やっぱりこういう形で会う事になったね。あたしの事なんて覚えてないだろうと思ってたけど」
「可愛い女の子の顔は忘れないさ」
「だったらあんたがあたし達に何をしたのかも覚えてるんでしょうね?」
リサとハジャは対照的な表情で見つめ合う。緊迫した空気の中、ジェールトヴァは何度か頷き。
「まあ、まずは落ち着いて。ハジャさんも誤解をしないで欲しい。私達はあなたと戦いに来たわけではないのだから」
「ハジャ……確かエルフハイムの執行者の?」
「ということは、フクカン君の杞憂ではなかったというわけだね。グラたんもいい歳だしそろそろ……なんて思ってたけど、良い人ってわけでもないのか」
呟くシュネー。真水は肩を竦めながら軽く笑っている。
「無駄に有名になってるなあ俺。女の子に顔が知れるのはいいんだけど、暗殺者としては問題だよなあ」
「しかし、目的は暗殺ではないのでしょう? 殺すつもりならばもう少しそれらしく振る舞う筈ですから」
こなゆきの視線にハジャは頬を掻く。タングラムは既に刃を収めているが、状況を見守る為か口を開いていない。
「どういうつもりかは関係ない。そいつが敵だというのなら……」
首に巻いた布を指先でくいと持ち上げ、Σは光の鞭を振るう。
「ハジャ……おまえを殺す」
「待て待て待てぇーい!」
まさにその時である。ショットアンカーを木に打ち込むと、紫月・海斗(ka0788)が颯爽とターザンしながら現れたではないか!
「おうおう! 俺の未来の嫁に何しようとしてんだコラァー!」
ずざーっと地べたを滑り、海斗はくいっと帽子を持ち上げると目を見開く。当たり前だが、みんな目が死んでいる。
「純粋な疑問なんだけど……君は誰を嫁にするつもりなんだい?」
真水の質問に首を傾げる海斗。そう、今向き合っているのはΣとハジャなので。
「まさかお前、俺の事が……」
「ちがーう! 何が悲しくておまえと結婚せにゃならんのだ!?」
「一応、そういう物を好む人がいるというのは、知識として理解してはいますが……」
「だからちがーう! ……Σ、おまえ狙いでもないから鞭をしまえ!」
頬を赤らめるハジャに、目を逸らすシュネーに、そして襲いかかってきそうなΣにそれぞれ一回ずつツッコみ。
「とにかく! タングラムに文句があるなら先ずは俺を通しやがれぃ!」
「うおおおお……!」
ハジャを指さす海斗だが、背後から更に男の声が聞こえてきた。ジャック・J・グリーヴ(ka1305)の登場だ。
全員で振り返って見ていると、後ろで腕を組み神妙な面持ちで様子を見守っていたタングラムにスライディング気味に駆け寄ると、そのままタングラムのスカートを掴み、一気に持ち上げたではないか!
「――どうなった!?」
「これも純粋な疑問なんだけど……スカート捲りをするまではいい。けど、どうして目を瞑っているんだい?」
「バババ、バカ野郎! そそ、そんなの確認出来るか!」
顔を真っ赤にしたまま叫ぶジャック。そう、彼は目を瞑ったまま全力でタングラムのスカートを持ち上げていた。無駄にマテリアルの篭った右手が限界まで引っ張りあげているぞ。
「じゃあなんで捲ったんですかねぇ……」
震える声でタングラムが呟く。ジャックは数分前の事を思い出していた。
二人のエルフの戦闘を阻止しようとこのアイデアを思いついたまでは良かったが、いつ行くのか、そもそも行くのかどうか、心を決めるまでに少し時間がかかってしまったのだ。勿論悪気はない。
「グリーヴさんはこの緊迫した空気を和らげようとわざとした事でしょうから、頭ごなしに叱るような事はしません」
うんうんと頷きながら歩み寄り、こなゆきは太刀に手を伸ばす。
「しかし、下ネタはいけませんよ?」
目を瞑ったままのジャックの頭に鞘に収められたままの太刀がめり込んだ。うめき声を上げながら倒れたジャックの横顔はイケメンだった。
「ジャックゥー!? バカ野郎ーッ!!」
目尻に浮かんだ涙を拭い、海斗が駆け寄る。そのまま膝でスライディングしながらタングラムへと抱きついた。
「タングラムは俺の嫁だっつってんだろうが! 勝手にスカート捲……あ、こら殴るな、刃物はやめろぅ!?」
かちゃりと音を立てこなゆきが太刀を抜く。次の瞬間刃が煌き、海斗はジャックの隣に同じポーズで倒れこんだ。
「ご安心を、峰打ちです」
ずるずると二人を引きずっていくこなゆき。リサはハイライトのない目でそれを見ていたが……。
「……ぶっ! だははは! バッカじゃねーのお前ら!」
「あのハジャが……笑っている……」
バシバシ手を叩きながら笑っている執行者に戸惑うリサ。ハジャは深呼吸を一つ。
「なんだかよくわかんねーが、お前らが俺と戦いに来たわけじゃないってのは信じてやるよ。で? 何の話だっけ?」
そしてそれが意外とちゃんと効果を発揮していたので、リサはまた遠い目になった。
「俺達が何をしていたのか話すのは構わんが……そいつはどう思うかね?」
ハジャの言葉にタングラムは答えない。それもその筈だ。
「……タングラムさんは他人を巻き込まない為、そして知られたくないからこそ、一人でここに足を運んだ。しかしハジャさんは執行者だからね。どういう理由でここにいるのか、予想は出来るよね」
ジェールトヴァの落ち着いた声にハンター達は思考を巡らせる。
「だから、大事にするのは良くないと思う。他人の事情をなんでも詳らかにするのは無遠慮だからね。だけど、この場は上手く収めないと行けない。だから、最低限の事情は知る必要があるんじゃないかな」
「タングラムさんは、この人に何を言われたんですか……?」
「ちょっとした昔話です。私はエルフハイムを抜ける時に罪を犯し咎人となりました。彼は行方不明だった私を見つけ、その話をつけにきたのですよ」
シュネーに答えるタングラムの声は冷静だ。リサはぽりぽり頬を掻き。
「あの……ハジャがタングラムを見つけちゃったのは、多分あたし達のせいです」
「おう、お手柄だぜリサちゃん」
親指を立てるハジャの笑顔をリサは睨めつけるが、全然効いてない。
「うーん、エルフハイム。エルフハイムかぁ……」
「本当に面倒……」
腕組み溜息混じりの真水。シュネーは先の戦いを思い出し、なんとも言えない表情を浮かべている。
「ハジャさんはタングラムさんをどうしたいんです?」
「それがちと悩ましくてなあ」
首を傾げるシュネー。ハジャはハンター達をぐるりと眺め。
「そいつが俺の追っている咎人だという確信がないんだよね」
何せ男はその女の顔を知らない。ヒントはキアラというエルフとの繋がりと、その呼び名だけ。
「そいつが咎人でないのなら、俺は手を出す意味がないが……否定もしない。だろ?」
タングラムは黙り込んでいる。仮面で表情は覗えないが、何かをまだ隠しているのはよくわかる。
「しかし、力づくで話してくれるような人かな? 自ら語ってくれるのを待つべきでは?」
「だな。あんたがそういう態度なら俺も話すが、文句はないな?」
ハジャがその咎人について語るのをタングラムは止めなかった。
アイリス・エルフハイム。器を殺し森を焼いた裏切りのエルフ。その話を聞きながらハンター達はそれぞれの思いに耽る。
「……オメェの事情は分かった。だがよ、タングラムがそのアイリスって咎人だとは限らないんだろ?」
起き上がった海斗が真面目な様子で口を挟む。ジャックもその横に並び。
「ったく、仮面女も違うなら違うってはっきり言えばいいだろうに。もしそうだとしても、恥ずかしがってねぇで他人を頼れってんだバーカ」
「過去に何かあるのはわかります……ですが、今はAPVの人間です」
「エルフハイムにはエルフハイムのルールがあるのだろうけれど、ここはエルフハイムではない。郷に入っては郷に従え……今の状況ではあなたは不利だよ」
ジェールトヴァの言う通り、ここはエルフハイムではないし、過去ではなく現在だ。ハンターと事を構えれば執行者も無事ではいられない。
「だが、執行者に手を出してエルフハイムとの関係を悪化させたくもねぇ」
ジャックの言葉に頷くハジャ。どちらにせよソサエティとエルフハイムの戦力差は明白だ。ハジャも全面衝突など望んではいない。
「わかった。ここは手を引こう」
「……待って! ハジャは何がしたいの?」
背を向けようとしたハジャを呼び止めるリサ。
「貴方はバカじゃない。本気でタングラムを始末したければ伏兵を用意するし、ハンターに干渉されたくなければこんな場所選ばない。どうして肝心な事を何も言ってくれないの?」
ゆっくりと振り返るハジャ。そこに表情はない。
「人間は信用出来ない? 話してもわからない? それが掟なの?」
「伝統とか。しきたりとか。掟とか。そんなものを守ることばかり……けれど執行者さん、キミには見えているのかい。それらが作られた理由が、それらに込められた願いが。本当に大事なのは、掟を守る事なのかい」
真水は眼鏡を光らせ、その向こう側で目を細める。
「南条真水という人間はエルフハイムが嫌いでね。あんなの老朽化したシステムに縋る老害と、何も考えない人形の集まりじゃないか」
ハジャは二人に歩み寄ると、ふっと優しく笑う。それからリサの肩をポンと叩き。
「眼鏡ちゃんの言う通りだ。エルフハイムなんてのはな……クソの集まりだ。だから俺はそのシステムを壊す為にここに来た。アイリスは知っている筈なんだ。あの森を包む呪いの解き方をな」
タングラムを一瞥し、男は身を引く。
「俺はその解き方を訊く為にここに来た。……取引をしよう。君達は“アイリス”から真実を聞き出してくれ。それまでの間、俺は長老会に“タングラム”を報告しない」
「取引って……ちょっと!?」
ハジャはもう振り返らなかった。去っていく姿に手を伸ばし、リサは呆然と立ち尽くした。
「何よ、真実って……」
ハジャが去った後も場の空気は重苦しいままだった。残された言葉と幾つかの疑念がハンターにのしかかっていた。
しかしこれで無事、タングラムを連れ戻す事が出来る。今はそれで良しとするしかない。
「ったくこのお馬鹿リーダー様が。荒事になると分かってて一人で突っ走りやがって……」
「人間一人で解決できる問題なんてたかが知れてんだ。だから人間は皆協力し合ってんだよ。これは人間もエルフも一緒だろ?」
「いやいや、元はと言えばあたし達のせいだから……都合も考えず、勝手な事をして本当にゴメンなさいっ!」
深々と頭を下げるリサ。その頭を優しく撫で、タングラムは笑う。
「リサのせいではないですし、私の勝手な行動が招いた結果ですからね。ジャックもカイトも、心配をかけて悪かったですよ」
「お、俺は別に心配なんかしてねぇからな……」
そっぽを向くジャックの背中を海斗が強めに叩く。その様子にこなゆきは笑みを浮かべ。
「貴女が一人で色々なものを飲み込もうとしても、紡がれた縁はそう易々と切れるものではないのですよ」
今度はタングラムの頭をこなゆきが撫でる。ジェールトヴァは複雑に張り巡らされたそれぞれの思惑に想いを馳せつつ、一足先に林を出て行くΣの背中を見送り。
「そろそろ戻ろうか」
ぞろそろと歩き出すハンター達。ふと、シュネーは足を止め振り返る。
「南条さん……帰るよ?」
「ああ。しかし、システムを壊すと豪語するとはね。彼、中々面白いかもね」
「……何か悪いことを考えている顔してる」
「そんな事はないさ」
小さく笑いながらシュネーを追い越す真水。
こうして幾つかの疑問を残したまま、小さな騒動は幕を下ろした。
一撃一撃が重く鋭いそれらの攻撃をタングラムはかわし、時に短剣で弾いて対処する。
余裕はある。が、短剣の方が心配だ。執行者用のナックルをガンガン当てられては、安物ではそのうち壊れそうだ。
蹴りに交差させた短剣を合わせるが、タングラムの身体は大きく後退する。膂力ではハジャに分があるのだろう。
更に追撃へと踏み込もうとしたハジャだが、寸前で動作を変更する。側面から放たれた機導砲を回避する為だ。
視線の先には機杖を構えた南條 真水(ka2377)の姿が。そしてその左右から駆け寄るハンターの姿があった。
Σ(ka3450)の投擲するナイフを空中で受け止めると、ハジャは足元に散らばる枯れ葉を蹴り上げる。視線を巡らせるシュネー・シュヴァルツ(ka0352)だが、瞬きの刹那、ハジャの姿を見失った。
「ところで質問なんだが……君達はタングラムに頼まれてここに来たのかい?」
駆け寄ろうとしていたこなゆき(ka0960)とシュネー、その二人の間にハジャはいた。二人それぞれの手を取り馴れ馴れしく笑うが、それが武器を抜けないようにする為の行いである事は直ぐに理解できる。
二人が驚き、答えるまでの間にΣは光の鞭を放つ。ハジャはシュネーの手を離しこの鞭を右手で絡めとるように掴むと、先に受け取ったナイフを手から零し、足で蹴る事でΣへ飛ばす。
回転しながら接近するナイフだが、ハジャは軽く鞭を引いてΣの動きを阻害する。ジェールトヴァ(ka3098)はそのナイフを盾で弾き、シュネーは体当たりでハジャを突き飛ばし、こなゆきの手を離させた。
「頼まれたのは事実ですが……タングラムさんにではありません」
「APVにて、タングラムさんを連れ戻すようにと頼まれたのです。どの様な事情なのか、説明を願いたいのは此方の方です」
シュネーに続いて口を開いたこなゆきだが、この段階で彼女は既にさほど謎の男を危険視はしていなかった。
元より刀を抜くつもりはなかったが、それを封じるだけの最低限の拘束。その気になれば二人共攻撃出来たろうに、男はそれをせずまず問う姿勢を見せた。
次に攻撃してきたΣにだけ、軽い反撃を加えている。問答無用に殺生をするような質ではないと見たが……。
「まさかとは思ったけど……やっぱりハジャだったのね」
「お? リサちゃんじゃないか。久しぶりだな」
まるで友人に向けるような笑顔にリサ=メテオール(ka3520)は眉を潜める。
「やっぱりこういう形で会う事になったね。あたしの事なんて覚えてないだろうと思ってたけど」
「可愛い女の子の顔は忘れないさ」
「だったらあんたがあたし達に何をしたのかも覚えてるんでしょうね?」
リサとハジャは対照的な表情で見つめ合う。緊迫した空気の中、ジェールトヴァは何度か頷き。
「まあ、まずは落ち着いて。ハジャさんも誤解をしないで欲しい。私達はあなたと戦いに来たわけではないのだから」
「ハジャ……確かエルフハイムの執行者の?」
「ということは、フクカン君の杞憂ではなかったというわけだね。グラたんもいい歳だしそろそろ……なんて思ってたけど、良い人ってわけでもないのか」
呟くシュネー。真水は肩を竦めながら軽く笑っている。
「無駄に有名になってるなあ俺。女の子に顔が知れるのはいいんだけど、暗殺者としては問題だよなあ」
「しかし、目的は暗殺ではないのでしょう? 殺すつもりならばもう少しそれらしく振る舞う筈ですから」
こなゆきの視線にハジャは頬を掻く。タングラムは既に刃を収めているが、状況を見守る為か口を開いていない。
「どういうつもりかは関係ない。そいつが敵だというのなら……」
首に巻いた布を指先でくいと持ち上げ、Σは光の鞭を振るう。
「ハジャ……おまえを殺す」
「待て待て待てぇーい!」
まさにその時である。ショットアンカーを木に打ち込むと、紫月・海斗(ka0788)が颯爽とターザンしながら現れたではないか!
「おうおう! 俺の未来の嫁に何しようとしてんだコラァー!」
ずざーっと地べたを滑り、海斗はくいっと帽子を持ち上げると目を見開く。当たり前だが、みんな目が死んでいる。
「純粋な疑問なんだけど……君は誰を嫁にするつもりなんだい?」
真水の質問に首を傾げる海斗。そう、今向き合っているのはΣとハジャなので。
「まさかお前、俺の事が……」
「ちがーう! 何が悲しくておまえと結婚せにゃならんのだ!?」
「一応、そういう物を好む人がいるというのは、知識として理解してはいますが……」
「だからちがーう! ……Σ、おまえ狙いでもないから鞭をしまえ!」
頬を赤らめるハジャに、目を逸らすシュネーに、そして襲いかかってきそうなΣにそれぞれ一回ずつツッコみ。
「とにかく! タングラムに文句があるなら先ずは俺を通しやがれぃ!」
「うおおおお……!」
ハジャを指さす海斗だが、背後から更に男の声が聞こえてきた。ジャック・J・グリーヴ(ka1305)の登場だ。
全員で振り返って見ていると、後ろで腕を組み神妙な面持ちで様子を見守っていたタングラムにスライディング気味に駆け寄ると、そのままタングラムのスカートを掴み、一気に持ち上げたではないか!
「――どうなった!?」
「これも純粋な疑問なんだけど……スカート捲りをするまではいい。けど、どうして目を瞑っているんだい?」
「バババ、バカ野郎! そそ、そんなの確認出来るか!」
顔を真っ赤にしたまま叫ぶジャック。そう、彼は目を瞑ったまま全力でタングラムのスカートを持ち上げていた。無駄にマテリアルの篭った右手が限界まで引っ張りあげているぞ。
「じゃあなんで捲ったんですかねぇ……」
震える声でタングラムが呟く。ジャックは数分前の事を思い出していた。
二人のエルフの戦闘を阻止しようとこのアイデアを思いついたまでは良かったが、いつ行くのか、そもそも行くのかどうか、心を決めるまでに少し時間がかかってしまったのだ。勿論悪気はない。
「グリーヴさんはこの緊迫した空気を和らげようとわざとした事でしょうから、頭ごなしに叱るような事はしません」
うんうんと頷きながら歩み寄り、こなゆきは太刀に手を伸ばす。
「しかし、下ネタはいけませんよ?」
目を瞑ったままのジャックの頭に鞘に収められたままの太刀がめり込んだ。うめき声を上げながら倒れたジャックの横顔はイケメンだった。
「ジャックゥー!? バカ野郎ーッ!!」
目尻に浮かんだ涙を拭い、海斗が駆け寄る。そのまま膝でスライディングしながらタングラムへと抱きついた。
「タングラムは俺の嫁だっつってんだろうが! 勝手にスカート捲……あ、こら殴るな、刃物はやめろぅ!?」
かちゃりと音を立てこなゆきが太刀を抜く。次の瞬間刃が煌き、海斗はジャックの隣に同じポーズで倒れこんだ。
「ご安心を、峰打ちです」
ずるずると二人を引きずっていくこなゆき。リサはハイライトのない目でそれを見ていたが……。
「……ぶっ! だははは! バッカじゃねーのお前ら!」
「あのハジャが……笑っている……」
バシバシ手を叩きながら笑っている執行者に戸惑うリサ。ハジャは深呼吸を一つ。
「なんだかよくわかんねーが、お前らが俺と戦いに来たわけじゃないってのは信じてやるよ。で? 何の話だっけ?」
そしてそれが意外とちゃんと効果を発揮していたので、リサはまた遠い目になった。
「俺達が何をしていたのか話すのは構わんが……そいつはどう思うかね?」
ハジャの言葉にタングラムは答えない。それもその筈だ。
「……タングラムさんは他人を巻き込まない為、そして知られたくないからこそ、一人でここに足を運んだ。しかしハジャさんは執行者だからね。どういう理由でここにいるのか、予想は出来るよね」
ジェールトヴァの落ち着いた声にハンター達は思考を巡らせる。
「だから、大事にするのは良くないと思う。他人の事情をなんでも詳らかにするのは無遠慮だからね。だけど、この場は上手く収めないと行けない。だから、最低限の事情は知る必要があるんじゃないかな」
「タングラムさんは、この人に何を言われたんですか……?」
「ちょっとした昔話です。私はエルフハイムを抜ける時に罪を犯し咎人となりました。彼は行方不明だった私を見つけ、その話をつけにきたのですよ」
シュネーに答えるタングラムの声は冷静だ。リサはぽりぽり頬を掻き。
「あの……ハジャがタングラムを見つけちゃったのは、多分あたし達のせいです」
「おう、お手柄だぜリサちゃん」
親指を立てるハジャの笑顔をリサは睨めつけるが、全然効いてない。
「うーん、エルフハイム。エルフハイムかぁ……」
「本当に面倒……」
腕組み溜息混じりの真水。シュネーは先の戦いを思い出し、なんとも言えない表情を浮かべている。
「ハジャさんはタングラムさんをどうしたいんです?」
「それがちと悩ましくてなあ」
首を傾げるシュネー。ハジャはハンター達をぐるりと眺め。
「そいつが俺の追っている咎人だという確信がないんだよね」
何せ男はその女の顔を知らない。ヒントはキアラというエルフとの繋がりと、その呼び名だけ。
「そいつが咎人でないのなら、俺は手を出す意味がないが……否定もしない。だろ?」
タングラムは黙り込んでいる。仮面で表情は覗えないが、何かをまだ隠しているのはよくわかる。
「しかし、力づくで話してくれるような人かな? 自ら語ってくれるのを待つべきでは?」
「だな。あんたがそういう態度なら俺も話すが、文句はないな?」
ハジャがその咎人について語るのをタングラムは止めなかった。
アイリス・エルフハイム。器を殺し森を焼いた裏切りのエルフ。その話を聞きながらハンター達はそれぞれの思いに耽る。
「……オメェの事情は分かった。だがよ、タングラムがそのアイリスって咎人だとは限らないんだろ?」
起き上がった海斗が真面目な様子で口を挟む。ジャックもその横に並び。
「ったく、仮面女も違うなら違うってはっきり言えばいいだろうに。もしそうだとしても、恥ずかしがってねぇで他人を頼れってんだバーカ」
「過去に何かあるのはわかります……ですが、今はAPVの人間です」
「エルフハイムにはエルフハイムのルールがあるのだろうけれど、ここはエルフハイムではない。郷に入っては郷に従え……今の状況ではあなたは不利だよ」
ジェールトヴァの言う通り、ここはエルフハイムではないし、過去ではなく現在だ。ハンターと事を構えれば執行者も無事ではいられない。
「だが、執行者に手を出してエルフハイムとの関係を悪化させたくもねぇ」
ジャックの言葉に頷くハジャ。どちらにせよソサエティとエルフハイムの戦力差は明白だ。ハジャも全面衝突など望んではいない。
「わかった。ここは手を引こう」
「……待って! ハジャは何がしたいの?」
背を向けようとしたハジャを呼び止めるリサ。
「貴方はバカじゃない。本気でタングラムを始末したければ伏兵を用意するし、ハンターに干渉されたくなければこんな場所選ばない。どうして肝心な事を何も言ってくれないの?」
ゆっくりと振り返るハジャ。そこに表情はない。
「人間は信用出来ない? 話してもわからない? それが掟なの?」
「伝統とか。しきたりとか。掟とか。そんなものを守ることばかり……けれど執行者さん、キミには見えているのかい。それらが作られた理由が、それらに込められた願いが。本当に大事なのは、掟を守る事なのかい」
真水は眼鏡を光らせ、その向こう側で目を細める。
「南条真水という人間はエルフハイムが嫌いでね。あんなの老朽化したシステムに縋る老害と、何も考えない人形の集まりじゃないか」
ハジャは二人に歩み寄ると、ふっと優しく笑う。それからリサの肩をポンと叩き。
「眼鏡ちゃんの言う通りだ。エルフハイムなんてのはな……クソの集まりだ。だから俺はそのシステムを壊す為にここに来た。アイリスは知っている筈なんだ。あの森を包む呪いの解き方をな」
タングラムを一瞥し、男は身を引く。
「俺はその解き方を訊く為にここに来た。……取引をしよう。君達は“アイリス”から真実を聞き出してくれ。それまでの間、俺は長老会に“タングラム”を報告しない」
「取引って……ちょっと!?」
ハジャはもう振り返らなかった。去っていく姿に手を伸ばし、リサは呆然と立ち尽くした。
「何よ、真実って……」
ハジャが去った後も場の空気は重苦しいままだった。残された言葉と幾つかの疑念がハンターにのしかかっていた。
しかしこれで無事、タングラムを連れ戻す事が出来る。今はそれで良しとするしかない。
「ったくこのお馬鹿リーダー様が。荒事になると分かってて一人で突っ走りやがって……」
「人間一人で解決できる問題なんてたかが知れてんだ。だから人間は皆協力し合ってんだよ。これは人間もエルフも一緒だろ?」
「いやいや、元はと言えばあたし達のせいだから……都合も考えず、勝手な事をして本当にゴメンなさいっ!」
深々と頭を下げるリサ。その頭を優しく撫で、タングラムは笑う。
「リサのせいではないですし、私の勝手な行動が招いた結果ですからね。ジャックもカイトも、心配をかけて悪かったですよ」
「お、俺は別に心配なんかしてねぇからな……」
そっぽを向くジャックの背中を海斗が強めに叩く。その様子にこなゆきは笑みを浮かべ。
「貴女が一人で色々なものを飲み込もうとしても、紡がれた縁はそう易々と切れるものではないのですよ」
今度はタングラムの頭をこなゆきが撫でる。ジェールトヴァは複雑に張り巡らされたそれぞれの思惑に想いを馳せつつ、一足先に林を出て行くΣの背中を見送り。
「そろそろ戻ろうか」
ぞろそろと歩き出すハンター達。ふと、シュネーは足を止め振り返る。
「南条さん……帰るよ?」
「ああ。しかし、システムを壊すと豪語するとはね。彼、中々面白いかもね」
「……何か悪いことを考えている顔してる」
「そんな事はないさ」
小さく笑いながらシュネーを追い越す真水。
こうして幾つかの疑問を残したまま、小さな騒動は幕を下ろした。
依頼結果
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サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/01/20 00:27:00 |
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相談卓 リサ=メテオール(ka3520) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2015/01/24 11:16:11 |