• 東幕

【東幕】願いも救いもない世界で

マスター:赤山優牙

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2019/05/21 07:30
完成日
2019/05/26 17:41

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

   ===---…
 大気が揺れ、建物がガタガタと震える。
 幼い少女がそれに驚き、父親に飛びついた。
「怖がりだな、朱夏は」
「だって、お父様。恐ろしい憤怒が襲い掛かってきたのでしょう?」
「大丈夫だよ。黒龍様が我らを守ってくれるのだから」
 父親は愛娘の頭を優しく撫でる。
 結界が構築されている間は安心だ。それとて、完全無欠という訳ではないが、心の拠り所として、愛娘には必要だった。
「さぁ、朱夏。祈りなさい。優しき黒龍様に」
「……」
 少女は瞳を閉じ、両手を合わせる。
 ――どうか、お守り下さい。この東方と私達を、と。


 迫りくる憤怒を女侍は迎え撃つ。
 手勢は僅か。無事な者は一人もいない。誰しも戦いの傷を受けていた。
「持ち堪えよ! 立花院家の誇りにかけて!」
 刀を一閃、手首を返し剣先で撫でるように追撃を掛ける。
 それでも敵が怯む事はない。憤怒らしく怒りに任せて向かって来るのだ。
 死……その足音が迫る事をひしひしと感じたその時だった。
 目の前にいた憤怒が文字通り粉々になり消滅していく。
「どうやら間に合ったようですね」
「上様……っ!」
 女侍の目の前には立花院 紫草(kz0126)の姿があった。
 急いで駆け付けたようだが、余裕の微笑に、安心する。
「よく、頑張りましたね。ここから先は私達の出番です。朱夏は負傷兵を護衛して後方へ」
「畏まりました」
 深々と頭を下げ、女侍は倒れ込んでいる仲間を抱きかかえるように起こした。
 戦闘は早々に決着がつきそうであった。それほど、将軍の強さは圧倒的だった。


   …---===


 朱夏(kz0116)は鎧を脱ぎ捨てると着物に着替えた。
 地下龍脈での戦いは続いている。幾体もの“涅色の狐の雑魔”を倒しても、居なくなる気配がない。
 準備が必要だった。傷や疲労の回復もそうだが、それ以上に、敵を倒すための圧倒的な力が。
「黒龍様がいれば……」
 地下龍脈を浄化する事など、他愛も無かっただろう。
 しかし、その存在はもういない。東方を救う為、力を使い果たし消滅したのだ。
「上様もいない……」
 絶対なる救世主であれば、地下龍脈に蔓延る憤怒を粉砕しただろう。
 紫草はその地下龍脈で死んだのだ。膨大な負のマテリアルの奔流を受け止めて。
 願う事も救ってくれる者も、この世界からいなくなった。
「……私がやらないと」
 汚染された地下龍脈に待ち受ける“それ”を討伐しなくてはならない。
 他の誰にも邪魔はさせないし、何を言われても止める気はしない。
「じゃないと……私が、上様を……殺したようなもの……なのだから……」
 少女は涙を流しながら、真新しい符を握りしめた。


「朱夏は大丈夫じゃろうか……」
 中年の武士が落ち着きなく屋敷の中をうろうろとしていた。
 父親として娘が心配なのは分かるが、状況が状況なだけに、不安なのだろう。
「当主様が行方不明になってからというもの、地下龍脈で戦い続けてるとの話だが……」
 同僚の一人がボソリと呟く。
 あの子は立花院家の者としての役目を分かっているし、周囲の期待に答えてきた。
「……家の者の期待を全部、背負わせてしまったかもしれない」
「期待もする。あの若さで様々な苦難を乗り越えてきたのだから、な」
 同僚の言葉に父親は天井を仰ぎ見た。
 自分達も若い頃、そのようにして育った。だから、期待する事は、当たり前だった。
 そうした期待という重責を押し付けすぎたのかもしれない。もっと、年頃の娘のように接していれば……違ったのだろうか。
「あの日、上様と屋敷で何があったのか、分からない。屋敷に残っていた者も少なかったからな」
「屋敷に保管しておいた符が全てなくなっていた事と関係が?」
「それは分からないが。都や屋敷の防衛でも使っただろうし」
 父親と同僚は肩を落とした。
 神霊樹のライブラリにダイブすれば何か分かるかもしれないが……その記録を探し出して、確認する暇は無かった。
「そのうち、時間が解決してくれる事を祈るしかない」
 同僚の言葉に父親は唸る事しか出来なかった。


 西洋の直剣と真四角の白い盾を持つ、謎の剣士は天ノ都に隊商を護衛して到着していた。
 その素顔を商人は知らない。出逢った時から身に着けていたからだ。なんでも、仮面は外せないらしい。
「都の風景を見て、何か思い出したか?」
 商人の問いに剣士は首を横に振った。
 返事が出来ないのだ。この剣士は声を出す事すらできない。
 意思疎通に困るので、白板を兼ねる盾を渡したが、こちらはこちらであまり使う事もなかった。
 なんでも消したり書いたりするのが、思った以上に、面倒……らしい。
「書きっぱなしで済む手段があれば楽なんだがな。まぁ、いいか。ところで、またお出かけか?」
 コクンと剣士は頷いた。
 商人は都で暫く商売を行う予定なのだ。その間、剣士は用心棒として働いているが、空いた時間は都の中を巡回していた。
 街中に出没する雑魔を探し出しては討伐しているらしい。
「無茶しないでくれよ。麺屋の女将に泣かれると儂も困るからな」
 剣士は再び頷くと外へと出て行った。
 よく足を運んでいた麺屋に時折、姿を現していた素浪人らしいが、商人の記憶には無かった。
 だが、麺屋の女将がそう言うのであれば、そうなのだろう。
「どんな経緯があって、ああなったのか分からないが……記憶が戻るといいな」
 出て行った戸を眺めながら、商人はそう呟いた。

リプレイ本文

●血染めの手に温もりを
 復興作業が進む天ノ都の通りを、覚悟を決めた穂積 智里(ka6819)が歩く。
 大切な人との関係――壊れたはずの繋がりを、新しく結び直す為に。
 それが受け入れられるかどうか分からないが……。
 確かな事は、苦しくて辛い日々が続くとしても、それでも“彼”の傍に居たいという想いだった。
「貴女から私を呼びだすのは珍しいですね」
 待ち合わせ場所で先に待っていたのは、ハンス・ラインフェルト(ka6750)だった。
 その表情からは“彼”の心情を読み取れない。
 回りくどい事は必要ないし、彼の性分にも合わない事は知っている。だから、智里は結論から告げた。
「私は、詩天で生き、詩天に尽くし、詩天で死ぬと誓いました。ハンスさんは水野様の下で詩天に与して生きるつもりなのでしょう?」
「今はそう思ってもらって構いませんよ」
 もっとも、それはあの狸の行動如何による所もあるだろうが。
「本質的な願いが違いますから、争う事はあると思います。ですが、それでも、私達の願いは多くの部分で重なる筈です」
 水野 武徳(kz0196)は詩天の為に全身全霊を尽くしている。
 だとしたら、智里とハンスの道は幾度とも交差するはずだ。
「組める範囲で構いません。詩天の為に、お互いの目的の為に……手を組みませんか?」
 ある意味、取引ともいえよう。
 お互いの力量はよく分かっている。その性格も思考も価値観も……だからこそ“共に在る”事は大きな意味を、これから持つはずだ。
「……詩天が大事なのは、確かに私も貴女も変わりません。その話、お受けしましょう」
 僅かに考えてから、ハンスはそう答えた。
 組むか組まないかと言われれば、断る理由がなければ、答えは一つだ。
「では、一つ野暮用を済ませてから、涅色の狐の雑魔退治に行きましょうか」
「野暮用……ですか?」
 首を傾げた智里に、ハンスは残忍な笑みを浮かべていた。

 路地を中心に歩き回り“野暮用”に辿り着いたハンス。
 自分に向けられていなくとも、彼からピリピリと感じられる殺気に智里はゴクリと唾を飲み込んだ。
 猛烈な殺気は、路地の先にいる仮面の剣士に向けられていた。
「歪虚には、特殊な装備で負のマテリアルを押さえて人に交じっている者が居るらしい……と、噂を聞いたことがありまして」
「あの剣士が歪虚だと?」
「歪虚になった紫草様だったら困るでしょう? 当人かどうか、倒せる相手かどうかを、見ておこうと思いまして」
 剣士は別のハンター二人と何やら話しているようだった。
 やがて、一人のハンターが木刀を剣士に渡した。どうやら、手合わせするようだ。
(あの剣士が本当に大将軍なのでしょうか?)
 疑問を抱きつつも、手合わせを見つめる。
 勝敗は一瞬でついた。ハンターが弱かった訳ではない。剣士が強すぎるのだ。
「行きますよ」
 暫く経過を見ていたハンスが言い放つと、剣士に向かうのかと思ったら踵を返した。
 剣士は殺気を感じていただろう。だが、その身体からは負のマテリアルは感じられなかった。
 考えられる最悪の状況にはなっていないようだ。
 歪虚でないのであれば、ハンスの“野暮用”は終わった。次の用事に移るだけだ。
(水野様から暗殺を請け負っても、今の私では歯が立ちませんね……)
 そんな依頼は無いだろうが、そう思う程、力量差を感じる出来事であった。

 天ノ都に出没する“涅色の狐の雑魔”をハンスと智里の二人は探し出して狩り続けていた。
 遷都という話もでたが、帝は天ノ都に残る事を決めた。
 復興作業の妨げになっている“涅色の狐の雑魔”を倒さないと、色々と障害になるだろう。そして、復興が進まないと詩天にも影響が出るのは必至だった。
「単体はやはり、強くはないようですね」
 聖罰刃を手に舞刀士としての力を十二分に発揮するハンスの前で、狐雑魔は雑兵だった。
 狐雑魔の群れに向かって駆け出す。
 牙を剥いて威嚇する狐雑魔を冷静に観察しながら、円の動きを描いて長屋の壁に走りあがると、飛び掛かりながら斬りかかった。
「ふんっ」
 着地と同時に返す刀で一体の脳天を砕くと身を捩って背後からの攻撃を避ける。
 腕で大地を力いっぱい押し、反動で姿勢を変えつつ、次の一撃。
 追撃を掛けようとした所で後方から光の筋が三つばかり飛翔した。
 智里が行使した機導術だった。
「ハンスさんのお好きなジャイアントキリングは出来そうにないですけど、数をこなすのも修行になるのではないですか」
「なるほど。確かにその通りですね」
 一人で繰り出せる手数は決まっている。
 だが、二人であれば、戦術の幅は広がる。ここでは、1+1は2ではなく、4なのだ。
「それでは、存分に付き合って貰いますよ」
「勿論です」
 二人の狐雑魔退治は、この後も続いた。

 技を繰り出すマテリアルを使い果たした所でハンスは聖罰刃を鞘に戻した。
「今日は、なかなかに良い日でした」
 その表情はいつもと変わらないが、智里には満足しているようだとなんとなく分かった。
 “彼”は戦い続けなければ生きていけないのかもしれない。その手は、敵と己の血で濡れ、乾く事は決してないだろう。
「戻りますか?」
 地面に染み付いた負のマテリアルに膝をついて浄化術を行使していた智里は見上げて訊ねた。
 どうやら、汚染は酷くはないようだ。すると――狐雑魔が出現するのは地表ではない可能性が高い。
「そうですね。帰りましょうか、智里」
 座り込んでいる智里にハンスは手を差し出した。
 その手に、一瞬、躊躇しながらも、智里は掴む。
(何か月ぶりだろう……)
 立ち上がると、そのまま“彼”の手を握って、地面に顔を向ける。
「行きますよ」
「は、はい……」
 戦いの熱が冷めないようで手が暖かい。
 これからも“彼”は自分の道を歩き続けるだろう。その横を、こうして居られ続けるのだろうか。
 込み上げて溢れそうになる気持ちを抑えるように、そんな顔を見せないように、智里は下を向いたまま、家に帰るのであった。


●深傷の称号
 天ノ都にある鳴月家の屋敷の門をくぐり、龍崎・カズマ(ka0178)は周囲を見渡す。
 人の気配をまるで感じない。屋敷の規模からすれば、かなりの人数が居てもいいはずだ。
 どうしたものかと思案していた時だった。屋敷の奥から見知った人が姿を現した。
「尋ね人が誰かと思いましたが、先の件でお世話になったハンターではないですか」
 それは立花院家の武士――確か、朱夏(kz0116)の父親だ。
 カズマは無言で頭を下げて応える。
「この屋敷の者は全員、自領に戻りましたので、私が、時折、様子を見に来ています。何か御用だったですか?」
「……いや、用という程ではないが……どうして自領に?」
「憤怒本陣へと戻る狐卯猾の通り道だったようで。大きな被害が出たと」
 武士の台詞にカズマは俯く「そうか」と短く返事をする。
 あの時、鳴月家の当主が言わなかった理由が、だ。カズマに気を遣ったのだろう。
「領内から移動していないはずなので、機会があれば、何か手伝いに行って欲しい。きっと、喜ぶだろうから。もちろん、無理にとは言わない……確か、龍崎さんといったか。貴方が出来るなら」
「……出来る事があれば、な」
 そう答えて、カズマは空を見上げ、ある少年の後ろ姿を思い出す。
 全てを諦めた自分に何が出来るかと止まった己の前で、少年は走りだした。
 あの少年は前に進むことを選んだのだ。立ち止まらずに走り続ける事を。
 だったら……存分に走れる道を作る位は、やろうじゃないかと思う。
(共に歩める人が多くなるように。たくさんの人が笑って迎える明日のために)
 その為に、自分が出来る事をやるしかない。
 差し当って、天ノ都の安全確保だろう。“涅色の狐の雑魔”の出現は人々を脅かしているのだから。
「此処でも問題は沢山ある。件の狐雑魔の騒ぎも続いている故」
「都の治安維持の状態は?」
「主には我ら立花院家の仕事だが……知っての通り、圧倒的に人手が足りん」
「分かった。それなら、この後、治安維持に従事させて貰おう」
 その申し出に武士は目を大きく見開き、カズマの両肩を掴んで喜びの声をあげた。
「それは助かる! でも、良いのかい? 正式な依頼ではないから……」
「俺は人の営みを守りたいんだよ。当たり前の明日を迎えられる人を……守りたいんだ」
 現在が終わり、未来になる明日を。
 そこに自分がいないとしても、それでも“永遠に続く今”よりは、良いものだと信じ。
「……龍崎さんは、紫草様によく似てらっしゃるな」
 少し間を開けてから呟くように言った武士の台詞。
 意図が分からず、尋ね返そうとしたが、この武士の話は続いた。
「あれは確か、先代の『女将軍』がお亡くなりなった後の事です。それまで、のらりくらりとしていた紫草様が変わられたのは」
「先代? 変わった?」
「『女将軍』の異名は、本来、それに相応しい女武士に与えられていたのです。そして、紫草様は、先代の『女将軍』と懇意にしていました……これは、あまり他人には知られてはいけない事ですが……」
 つまり、紫草が変わった原因は、『女将軍』と呼ばれた女武士が影響しているようだ。
 何という因果か……。カズマが天ノ都にある鳴月家の屋敷を訪れなければ、そして、この武士と顔見知りでなければ……知る由も無かった話だ。
「大事なお話、ありがとうございました」
 カズマは感謝の言葉を告げると踵を返す。
 色々と思う事はあるが、都の巡視に行く為だ。
「昔の話ですから……あ。そうだ。娘はまだ狐雑魔に執着しているようなので、これからも屋敷外で見つけたら、戻ってくるようキツく伝えて下さい」
 武士のお願いにカズマは小さく頷くと、屋敷の門をくぐるのであった。


●腐れ縁の眼鏡
 ミィリア(ka2689)と銀 真白(ka4128)の二人は天ノ都で“ある人物”を探していた。
 先の依頼で出会った仮面の剣士だ。真白は人通りが少ない路地を確認しながら呟く。
「過日の剣士殿……記憶もなく、顔も拝見出来なかった故、確証は取れなかったが、やはり気になる」
 あれが、立花院 紫草(kz0126)なのか、そうでないのか。
 確証を得る為にも、もう一度、会う必要があった。
「もう少し詳しく話をしてみたいものだが……」
「仮面のかっこいいお兄さんなら、目立ちそうなのにね」
 聞き取りは難航していた。天ノ都は復興途上なのだ。
 広い事もあり簡単には見つからない。それでも二人は諦めずに探し続けた。

 目的の人物を発見したのはまともな人なら、入らない薄暗い路地の中だった。
 “涅色の狐の雑魔”を退治すべく、仮面の剣士が盾を構え、直剣を手に戦っている。その剣捌きは基本に忠実ながらも動作の一つ一つが早く、正確だった。
 二人が駆け寄りも早く、狐雑魔は斬り倒された。
「見事な腕前でござる!」
 ミィリアの率直な感想に剣士は剣を鞘に納めると軽く会釈した。
 どうやら、二人の存在は覚えているようだ。
「過日、依頼に同行した銀である。貴方の身元に心当たりがあるかもと思っている故、少し話を伺わせて欲しい」
 真白は名乗ると正直に用件を告げた。
 剣士はどうしたものかと思案した後、とりあえず、頷いた。
 その反応に、真白は紙と筆を用意する。声が出ないのであれば、書いて貰おうと思ったからだ。
 気を利かせたミィリアが転がっている水桶を椅子代わりに拾ってきた。
「尋ねたい事は……」
 そう前置きしてから真白は剣士に質問するのであった。

 幾つかの質問の答えを紙に書いてもらい、それを大事に仕舞う真白。
 仮面は『目が見えなくなるので』という理由で外してくれなかった。ただ、仮面に描かれた紋様をじっくりと観察し、真白は思い出した。
(これは……確か、地下龍脈で見た大将軍殿の鎧に描かれた紋様に似ている……)
 呪術的なものなのかもしれない。
 紋様を確りと書き写した所で、ミィリアが嬉しそうに腕を振り回していた。
 小難しい事は真白に任せて、直接、手合わせして正体を探ろうという脳筋――もとい、アツイ展開だ。
「手合わせをどーんと、お願いでござる!」
「……」
 手渡した木刀を確かめながら剣士は頷いた。
 立会人のように真白は両者の間に立った。ミィリアは正眼に構えている一方、剣士の方は、構える事なく、だらりと降ろしたままだった。
「はじめっ!」
 合図と共にミィリアが気合の掛け声と共に全力で斬りかかる。
 風を巻き込んで振り下ろされる強力な一撃。だが、剣士は僅かに後ろに下がり、紙一重で避けると、ミィリアの木刀の先を足で抑えた。
「ほぇ!?」
 間抜けな声がミィリアの口から出た。
 喉元に突き付けられている剣士の木刀。勝負は一瞬で付いてしまったのだ。
 ミィリアが弱かった訳でも脳筋だった訳でもない。剣士が強すぎたのだ。

 仮面の剣士と別れ、得られた情報を整理する為、ミィリアと真白の二人は適当な店に入っていた。
 腕に自信があっただけに初手で終わった事がショックのようで ずーんと落ち込んでいるミィリア。
 真白が気を遣って飲み物を注文した地酒をチビチビと飲んでいると通りがかった武士が足を止めた。
「昼間っから酒飲みとは良い身分になったな」
 ムッとしながらミィリアは顔をあげると、そこには眼鏡の位置を直している青年がいた。
「……誰でござる?」
 本気で言っているようなミィリアの言葉に青年はズッコケそうになる。
「大轟寺蒼人だ」
「そうそう、蒼人だ! 久しぶりでござる」
「十鳥城の件では、お世話になりました」
 ミィリアに続いて真白も頭を下げた。
 本当に覚えていなかったのかという態度に溜息をついた蒼人だったが、机に広がっていた紙に視線を向けると驚いた表情で、1枚手にとった。
「これは……ムラちゃんの字! どこで、これを!?」
 別の紙を慌てて手にして食い入るように見る様子から、どうやら本人の直筆であるのは疑いのないようだ。
「……やはり、大将軍殿なのか……」
「ネムレスっていう記憶喪失の剣士さんに狐雑魔を退治した後で書いて貰ったでござるよ」
「ちょ、ちょっと、順を追って詳しく!」
 蒼人がミィリアを押しのけるように席に座って叫ぶのであった。

 そんな訳で真白がこれまでの経緯を大轟寺蒼人に説明をする。
 また、ネムレスは、恵土城の城下町で目を覚ます前の記憶は無い事。声が出ない事。仮面がないと目が見えない事を紙に残していた。
「目を覚ました日付は、ムラちゃんが行方不明になって数日後か……」
 眼鏡に手を伸ばしながら考えるように蒼人は呟く。
 酒を口にしながらミィリアは言った。
「なんとなーくモヤっとするのは、絶賛記憶喪失中ぽい状況なのに、持ってるのが手に入りやすい刀とかじゃなくって、立派な西洋剣という所でござる」
「詳しくは知らないけど、ムラちゃんは若い頃、西洋かぶれだったという話だから、好んで選んだかもしれない」
「やっぱり、大将軍殿御本人であるのに間違いはないか?」
 食い入るように訊く真白の問いに蒼人は深く頷いて答える。
「この筆跡と、それにミィリアさんが手合わせした際の話を聞くと……ムラちゃんの“無形の位”だろうから、まず間違いないはず」
「あのだらりと下げて構えていなかったのって、技だったでござるか」
「技というより……そのような剣術かと」
 感心するミィリアに突っ込む真白。
「残る謎は、どうして、どのように助かったのかだ。記憶を取り戻すヒントになるかもしれない」
「精霊さんとかが瀕死のネムレスさんを助けた線とかないかな!」
「「えっ?」」
 突拍子もない言葉に真白と蒼人の声が重なった。
「その精霊さんにまつわる伝説の武器と仮面! だったりとかぁー!? だったらなんか、カッコいいでござるー!」
「……蒼人殿。申し訳ない」
「う、うむ。ちゃんと宿に連れて行って、な……」
「なぁぁぁ! 蒼人とミィリアの仲じゃないかー!」
 ぐいぐいと襟を引っ張るミィリアをハイハイと宥めながら、蒼人は真白に紙を返した。
「幕府も朝廷も今、大事な時だ。実は記憶喪失で生きていましたって、公にしたら、軌道に乗りかけた復興に悪い影響が出るかもしれない。この事は預けてもらっていいかい。それと……もし、良かったら、ムラちゃんの記憶を取り戻す方法を探して欲しいが……頼んでもいいか?」
 眼鏡の位置を直しながら青年は二人にそう言ったのであった。


●記憶の行方
 天ノ都にある麺屋に天竜寺 詩(ka0396)は到着した。
 他のハンターが遭遇したという仮面の剣士を探して、天ノ都を走り回った末の事だ。
「……開いてる?」
「おっと。店はまだ開店準備だよ」
 麺屋の中から商人が出てきた。
 痛んだ所を修繕しているようだ。何人かの職人の姿も見える。
「あの……仮面の剣士を探しているのですが……」
「あー。なんだい、嬢ちゃんは知り合いか? 運が良かったな。彼奴はさっき、巡回から戻った所だ」
 店の奥。ボロボロの座敷の端に目的の人物がいた。
 不揃いで痛んだ灰色の髪が微かに揺れる。
 詩の存在に気が付いて仮面の顔を向けた。覚悟を決めて詩は剣士へと近寄る。
「えと、ネムレスさん? 紫草或いはタチバナって名に心当たりはない?」
「……」
 剣士は首を横に振った。
 覚えはないようだ。だが、後ろから声を掛けられた。
「やっぱり嬢ちゃんは知っているんだな。この麺屋の女将も常連も、そう呼んでいたんだ」
「それじゃ……本当に、タチバナさんなの?」
「……」
 が、当の本人は首を振る。
 この再会を商人は見ていられないといった様子で、仕事に戻るようだ。立ち去り際、商人は言い放った。
「残念だが、ソイツは記憶喪失だ。声も出ないし、目も見えない」
 無慈悲ともいえる商人の言葉に詩は涙を湛えながら仮面の剣士を見つめる。
 死んではいないと信じていた。だが、記憶を失い、声も出ず、目も見えない状態では――この先、どうすればいいのだろうか。
 この事実をスメラギ(kz0158)に伝えるべきか……それが、果たして彼の為になるのか。それを、紫草は望むのだろうか。
「……ごめんなさい。突然、尋ねてきて、こんな状態で。そうだ、とっておきを持ってきているから」
 そう言って取り出したのは、小壺だった。
 仮面の剣士は少し興味を持ったようだ。覗き込むような仕草に詩は壺の蓋を取って説明する。
「これね、琵琶のコンポートなの。きっと、喉に良いと思う。突然尋ねてしまったお詫びにね」
 そう言いながら、皿代わりの笹に数個乗せる。
 ふと、去年風邪をひいたタチバナに同じ物を渡した事が頭の中で蘇った。
 涙が流れ落ちそうになり、天井を見上げて堪える。今は、まだ、泣いてはいけないと、そう思うから。
「……」
「い、今、お茶を煎れるね」
 逃げるように厨房へと向かう詩。
 辛うじて使えるかまどの片隅で湯を沸かす準備をする。視界の片隅でジッと待っている剣士の姿が見えた。
(目が見えない……紋様が描かれた仮面……もしかして……)
 湯が沸くまで時間はある。その間に、仮面の紋様を模写できるだろう。
 思い当たった事が正しいか、詩は確認する為、仮面の剣士の傍へと戻った。
「ネムレスさん。仮面を見せて貰ってもいいですか?」
 懇願するような詩の申し出に、剣士はゆっくりとした動作で仮面に手を掛けた。
 ぐっと力を入れて仮面を外す――その顔は……詩が良く知っている顔だった。
 それまで堪えていたものが一気に流れる。
 崩れ落ちるように、詩は剣士の頭を抱き締めた。
「……」
 成すがままの剣士はどう応えるべきなのか分かっていないようだった。
 ただ、何か、理解をしたようだ。仮面から離した手で詩の頬に優しく触れる。
 記憶もない。声も出ない。目も見えない。それでも――自身の為に涙を流してくれる人がいるという事への感謝を。


●いつかの手紙
 龍尾城の一角にある紫草の“自宅”。
 本来は、紫草だけが管理しているそうだが、家の主が行方不明になって久しく、また、戦闘の余波で荒れ果てていた。
 城の復旧が最優先というのもあるが……これは酷い状態だと鳳城 錬介(ka6053)は思った。
(権力争いの噂も、あながち嘘ではなさそうですね……)
 表向きはスメラギ(kz0158)を頂点として一つに纏まって復興に向かっているが、複雑な力関係は残ったままだろう。
「……此処に来るのも久しぶりですね。復興もまだ始まったばかりで、しなくてはいけない事は他に沢山ありますが……」
 そう言って、錬介は“自宅”の中に入った。
 天井は崩れ、家具が倒れ、小さい庭は雑草で生い茂っていた。
「何となく、此処に来てしまうのですよね。天ノ都で一番思い出深い場所だからでしょうか」
「左様でしたか」
 応えるように言ったのは立花院家の女性だった。紫草の血縁らしく、歳は錬介よりも一回りは上だろうか。
 “自宅”の整理を申し出た錬介に対し、幕府に掛け合い、許可を貰ってきてくれたのだ。そして、そのまま、片付けを手伝うようだ。
「……もう誰もいない筈ですが、ひょっこり帰ってきそうな所があの方ですから」
「そうですね。あの御方は昔からその様な事がありましたから」
 口振りから、昔の紫草を知っているようだ。
 だが、今は詮索している場合ではない。錬介は腕まくりをした。
「勝手に入って申し訳ないですが、ちょっと綺麗にさせていただきましょう」
 これは一日では終わらないかもしれない。
 そんな予感をしつつ、気合を入れる錬介であった。

「……鳳城さま」
 作業に集中し過ぎていて、女性が呼んでいた事に気が付かなかったようだ。
「あ……すみません。少しぼんやりとしていました」
 片付けをしている中で、農具や食器に触れ、その記憶を呼び起こしていた。
 その度に、気持ちの整理が上手く繋がらない事で、ボーとしていた。
「いえ、大丈夫です。これらはどこに仕舞いましょうか?」
 女性の足元には多くの食器。
 割れていなかった分をまとめたのだが、家具が壊れているので収納場所が無いのだ。
「押し入れに入れますか」
 そう言って錬介は押し入れの戸を開けた。
 ぎっしりといかなくとも、大小さまざまな長持が収納されていた。
「空いている物の中に入れましょう」
「分かりました」
 手近い長持から中身を確認する錬介。
 なかなかスペースに余裕がある長持が見つからず、彼は一番奥にあった長持に手を伸ばした。
「……これは、なんでしょうか? 手紙ですか?」
「そのようですね……」
 個人的な手紙を勝手に見てしまうのは気が引けるが、内容を確認しないと大事なものなのか判断がつかない。
 錬介は幾枚か手紙を読むが、不思議な事に差出人と宛先人の名前は記されていなかった。
「……暁丸という赤ん坊の話が多いですね……何か知っていますか?」
「い、いえ……」
 紫草は結婚しておらず側室もいないという。
 という事は紫草の子の話ではないようだ。そうなると、親族か懇意していた人の話だろうか。
「なんにせよ、きっと、大事なものなのでしょう。この長持はこのままにしておきますか」
「……それがよろしいかと存じます」
 いつかの手紙が、いつか、本人の手に戻る事を信じながら、手紙を大切に戻すのであった。


●再来の予感を
 立花院家の屋敷から地下龍脈に降り立ったルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)は、ドンと胸を張った。
 豊かな丸みに今にもはち切れそうになる衣服。
「ルンルン忍法と情報収集と整理を駆使して、“涅色の狐の雑魔”の発生源や発生要因を探っちゃいます! どうして、敵が現れるのか、それを知りたいもの」
「まぁ、そういう事だなァ。朱夏さんが戦い続けているとはいえ、場所が場所だけに、広大で全て回り切れないだろうし」
 煙草の火を消して、シガレット=ウナギパイ(ka2884)が暗闇の先へと視線を向ける。
 その暗闇に向かって、ルンルンが符を向けた。
「大量に沸き続けるのは理由があると思うし、発生源を見つけて元から絶たなくちゃ行けないって思うもの……黒光する何かも、1匹見かけたら100匹いる奴みたいだし」
「そりゃ、ゴキブリの話だァ」
 ルンルンのボケにすかさずツッコミを入れるシガレット。
 魔法の灯りを点けた所で、その横をアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が通り抜けた。
「100匹程度で済むなら可愛いものだろうがな。まずは“涅色の狐の雑魔”の撃破が現状優先だろう」
 法術刀を手にアルトは比較的大きな通りを進む。
 高密度のマテリアル刀身を確かめつつ、屋敷で休んでいた朱夏(kz0116)との会話を思い出していた。
 討伐に誘ったのだが、キッパリと断られたのだ。
(ハンター達を見る瞳……怨みに満ちていたな……)
 こうなった事態がまるで、ハンター達の責任かのような視線だった。
 ルンルンが持参したお菓子も意味もなさなかった。いずれ、何かしらの問題を起こさなければいいが……。
 兎に角、今は“涅色の狐の雑魔”の討伐だ。
「獄炎の影のような特性を持っているということだし、場所が場所だ」
「涅色というか黒というか……場所が此処だけに、黒龍と関係あると思うのは安直かねェ」
 アルトの言葉に頷きながらシガレットが応えた。
 黒龍が消滅して久しい。その後の話を聞かないので、一概に関係があるのかないのかはなんとも言えない事だ。
「朱夏さんの方で把握している情報もあれば、もっと調査は進むと思うのに」
 残念そうにルンルンが符をペラペラと捲っていた。
 何かに追い詰められている人を久々に見た気がしたが、用意に踏み込めない雰囲気に情報を聞き出せなかった。
 自分達で調べるしかない。幸いな事に、これまでの調査から地下龍脈の性質は少しわかってきていた。

 幾つかの狐雑魔を打ち倒しつつ、一行は大きな通路をひたすら進んでいた。
 ルンルンが広げた地図は二種類。地上と地下のものだ。
「……多分、今頃、天ノ都の外縁部ぐらいかな?」
 あくまでも概略だ。
 地上の距離感と地下の距離感は違うだろうし、機械で正確に測っている訳でもない。
「沸くのに位置は関係ないみたい」
「敵は体当たりや噛みつきといった近接攻撃しかないようだなァ」
 結論ついたルンルンに、ふわぁと欠伸をするシガレット。
 一人ではこんな余裕は無かったかもしれないが、今は鬼神ともいえる程の実力者であるアルトと、後衛としてルンルンがいるのだ。
 余裕がある戦いが出来た。というか、むしろ、強い憤怒歪虚が出現しても、今なら、あっさりと倒す事もできそうな勢いだ。
「軽く100体以上は倒しているはずだが……」
 アルトは法術刀の刀身を確かめていた。
 微かに刃こぼれが目立つようになってきた。だが、まだ戦闘に影響が出るレベルではない。
「どうしたんだァ?」
「いや、少しずつ、刃が欠けている気がしてね。こいつらは何だろうな、狐卯猾のマテリアルとは関係あるとは思うが……」
 シガレットの問いにアルトが正直に答えた。
 その言葉にシガレットが眉間にしわを寄せる。
「それは、狐さんに、なにか知っているか教えてもらわないとなァ」
「狐さんに聞けるのですか!?」
 驚いて胸を盛大に揺らすルンルン。
「いや、ジョーダンだァ。というか、狐といえば、思い出すなァ、でっかい狐をよォ」
「『獄炎』の事か……そういえば、負のマテリアルが形になって影を形成していた事もあったか。確か、ルンルンさんは前回、地下龍脈を調査したと言っていたよね?」
 話を振られ、ルンルンは符を取り出しながら答えた。
 地下龍脈の中に潜って雑魔を討伐しつつ、地下の構造を調べる事が出来た。朱夏は見つける事は出来なかったが、聞いた話によると、ハンター達が帰還した後に、ちゃんと戻っては来たらしい。
「浄化した場所に“涅色の狐の雑魔”が集まっていたから……きっと、この地下龍脈を汚染させたいのかなって」
「……自分達に適した環境にしたいって事かァ」
「そこだよ、シガレット。つまり、この事象に親玉がいたとして、そいつは、此処を自分にとって都合の良い住処にしたいから、狐雑魔を放っている――と推測できるんじゃないか」
 アルトの推理にポンッと手を叩く、シガレットとルンルン。
 だとしたら、浄化が進まない理由の説明にもなるし、勢力を広げようと地上に出てくる意味も分かる。
「えと……もし、アルトさんの推理が正しいとしたら、これまでも含めてかなりの狐雑魔を倒しているはずだから……親玉がいたら、物凄い存在じゃ?」
「規模的に言うと“獄炎の影”と戦った時と同じ位でもあり得るって事かァ」
 既に一年前以上の事だ。天ノ都郊外に出現した“獄炎の影”。
 その討伐にアルトとシガレットは関わっていたし、ルンルンも所属しているギルド――冒険拠点『蒼海の理想郷』――のリーダーが戦いに臨んでいた。
 “獄炎の影”は憤怒の歪虚王 獄炎の残留思念が五芒星術式で集められた負のマテリアルと合わさって形作られた仮初の存在だった。
 いわば、巨大な憤怒雑魔ともいえようか。
 “涅色の狐の雑魔”が持っている特殊能力は“獄炎の影”ととても類似していた。
「……狐卯猾は地下龍脈に負のマテリアルを流す事でゲートを強引に開こうとした。タチバナさんが地下龍脈を流れる負のマテリアルの直撃に備えて、何かの術で分断でもしたんだろうか」
 神霊樹のライブラリには地下龍脈に降りようとしていた紫草の映像が残っていた。
 大量の符を、彼は手にしていたが……。
「大将軍ってのは、符術師ではないはずだろォ。それでも術を使えるのかァ?」
「何ともいえないですが、スキルウェポンの条件によっては出来なくもなくないですか? 立花院家ほどの上位武家なら、それこそ、伝説級の品を持っていても不思議ではありませんし」
「そうか……確か、宝物庫の管理は御登箭家ではなくなっているはず?」
 少しずつだが、真相に近づいてきた気がしてきた。
「ただ、膨大な負のマテリアルを全て浄化するのは無理がありそうです」
 首を傾げるルンルン。
 “獄炎の影”と同等な負のマテリアルの浄化など、簡単にできる訳がない。
 敵を物理的に攻撃してマテリアルを消費させて、消滅させてから、浄化しないと、幾度も汚染されてしまい、意味がないからだ。
「ルンルンさん、例えば“浄化”ではなく“受け止める”ならどうだ? 侵入させないというべきか、移動を強引に止める手段なら」
「浄化ではなく侵入を防ぐ結界陣なら、もしかしてできるかもしれません」
「なるほどなァ。法術でいえばディヴァインウィルみたいなものかァ」
 詳細な術は現状では分からないが、そういった類で負のマテリアルを無理やり受け止めたのだろう。
「受け止めた以上、膨大な負のマテリアルは消えてないはず。受け止めた時の衝撃で圧縮され、それで“獄炎の影”のように形成された存在が生み出されたとしたら」
「憤怒そのものがまだ、この地下龍脈に居続けているって事かァ」
 シガレットの台詞にルンルンが符を持った手をブンブンと振った。
「それは早く退治しないと! というか、受け止めたなら、その人は?」
 膨大な負のマテリアルの流れを受け止めたのだ。その衝撃はとんでもない威力だろう。
 木端微塵なのは容易に想像できた。
「……人は簡単に死ぬ、いくら強くてもだ」
 アルトが声を落として呟いた。
 人である以上、不死身は無い。いくら強くとも死ぬ時は死ぬ。それは強者の位置にアルトであっても例外ではない。
 そして、そんな死がある事を、アルト自身はよく知っているつもりだった。それでも……。
「正直、あのタチバナさんだと、そこに当てはまらない気が少々している。なんとなくだが」
「そりゃ、誰もがそう思うだろうなァ」
 殺しても死なないような男……立花院紫草とは、そういう人間だ。
 だからこそ、行方不明という衝撃的な事実に、多くの人を苦しめているのだが。
「私のような一介の兵の立場ならともかく、やるべき事を多数抱えた人間が、そうそう自殺にでもなりかねない事を、一人でやるだろうか?」
 そうだと良いなという願望めいたものをアルトは口にした。
「確かに、そうですね!」
 ウンウンと胸を揺らして同意するルンルン。
 いつだって、東方と帝の為に身を捧げてきた人が、そう簡単に死を選ぶだろうか。
「……まさかとは思うが、行方不明になるのも、思惑の中に入っていた……とかはねぇよなァ」
 朝廷と幕府の間に権力闘争があったという。
 生き残った事で、東方にとって良くない事になるのであれば――姿を消すというのはありえそうな選択だ。

 洞窟内が大きく揺れたのは、そんな話をハンター達がしている時だった。
 バラバラと天井が崩れて、太陽の光が差し込んでくる。
 大小様々な瓦礫が落下してくるが、咄嗟にルンルンは符術で防御力を高める結界を構築した。
「ジュゲームリリ(中略)マジカル……ルンルン忍法、鉄壁符堅の術!」
 しかし、落下してくる瓦礫は全てを受けていては潰されてしまう。
 腕に光を帯びながら、シガレットが進み出ると光の波動を放った。
「細かいのは、俺に任せなァ。でっかいのは頼んだぜぇェ」
「任された!」
 壁を蹴って飛び上がるとアルトは剛刀を目にも止まらぬ速さで振るう。
 巨大な瓦礫はそれで粉々に粉砕されてしまった。
「よし、崩れた所から脱出できるなァ」
「あ、あれ、見て下さい!」
 ルンルンが洞窟の奥を指差した。
 衝撃で崩れた先、負のマテリアルの塊で形成された巨大な狐のような何かが見えたからだ。
「あれが“涅色の狐の雑魔”を生み続ける地下龍脈に潜む元凶か!」
 “獄炎の影”と同様の存在のようだ。あれを倒さない限り、地下龍脈の浄化は進まないし、天ノ都には狐雑魔が出現し続けるだろう。
 ハンター達の目の前で、巨大な狐の化け物は地中に吸い込まれるように、消えていったのであった。


 天ノ都でとある一日を過ごしたハンター達。“涅色の狐の雑魔”を追い掛ける者、仮面の剣士の正体を探る者など、大きな意味がある日をそれぞれが過ごしたのであった。
 また、地下龍脈に潜む巨大な憤怒の存在も発見する事が出来たのであった。


 おしまい。


●焦燥
 地下龍脈に潜む憤怒の存在は、立花院家の中で瞬く間に知れ渡った。
 屋敷で休んでいた朱夏はその話を聞いて、舌打ちする。
「ついに……見つかってしまった……。もう、やるしかない。私が先に、決着をつけないと……」
 朱夏は独り言を呟くと、スッと立ち上がると、着物姿のまま刀を背負った。
 こうなった以上、狐雑魔をチマチマと倒している暇はなさそうだ。
「私が、私がやらないと……」
 悲痛な決意と共に、朱夏は歩き出す。刀の腕を補う方法は、今の彼女にとって一つしかないから。
 彼女のその手には、特殊な形状の鍵が握られていた。それは――龍尾城の宝物庫の鍵だった。

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  • 虹の橋へ
    龍崎・カズマ(ka0178
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
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    天竜寺 詩(ka0396
    人間(蒼)|18才|女性|聖導士
  • 春霞桜花
    ミィリア(ka2689
    ドワーフ|12才|女性|闘狩人
  • 紫煙の守護翼
    シガレット=ウナギパイ(ka2884
    人間(紅)|32才|男性|聖導士
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 正秋隊(雪侍)
    銀 真白(ka4128
    人間(紅)|16才|女性|闘狩人
  • 忍軍創設者
    ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784
    人間(蒼)|17才|女性|符術師
  • 流浪の聖人
    鳳城 錬介(ka6053
    鬼|19才|男性|聖導士
  • 変わらぬ変わり者
    ハンス・ラインフェルト(ka6750
    人間(蒼)|21才|男性|舞刀士
  • 私は彼が好きらしい
    穂積 智里(ka6819
    人間(蒼)|18才|女性|機導師

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/05/21 05:38:14
アイコン 相談卓だよ
天竜寺 詩(ka0396
人間(リアルブルー)|18才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2019/05/20 22:55:16